ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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17、絶望からのアプローチ

 

 

「あ、やっと終わったの。長かったね」

 待合室で日本語の学習本を読んでいたリアが、歩いてきたオレに気付いて声をかけてくる。

「途中、寝てた」

 ボーっとする頭を抱えながら、黒い眼帯をつけた赤い髪の少女の横に座った。

「おつか……寝てた?」

 ここは自衛隊病院で、リアとの買い物がおわった後に、定期健診のためにやって来たのだ。そして最後に思想チェックがあったんだが、大した内容じゃなかった。

「よく眠れたか?」

 今日の引率の先生こと、バッチリ化粧をしているヤンキー隊長の宇佐さんが、オレの頭をグリグリと撫でる。濃紺のパンツスーツを着た様は、夜のお姉さんに見えないこともない。

 しっかし、なんか違和感があるなぁ。

「ったく、内容は覚えてるの?」

 本と閉じたリアが、眼帯をつけていない右目で呆れたように笑う。

「覚えちゃいるんだけどな。身体チェックは終わって最後の思想チェックでちょっと眠ったみたいだ。起こされてからはちゃんと受けた」

「ふーん……」

「リアの方は?」

「私は一時間ぐらい早く終わったわよ。体はちょっと疲労が見えるけど異常なしだって」

「思想とか大丈夫か?」

「それは私の頭がおかしくないかと聞いてるの?」

 こめかみに血管を浮かせ、赤毛のドイツ人が怒りを含んだ笑顔を浮かべていた。

「そういえばリア、あとで二瀬野のカルテについて、二つ三つ尋ねても良いか?」

「私ですか?」

 隊長の要請に、リアが少し訝しげな顔をする。確かに彼女はISのパイロット候補生であって、医療班ではない。

「そうだ。織斑一夏の面倒を見ていたのはお前なんだろう?」

「はい」

「何か気付く点があったら教えて欲しい。IS学園とドイツ以外では、初の男性IS操縦者だからな」

「了解しました」

「では帰るか」

 歩き出す隊長を二人で追いかける。

 同じようなことでも、IS学園と外とじゃ、少しずつ変わってきている。

 そういうことの積み重ねが、きっと人を変えるんだろうな。

 チラリと横を歩くリアを見た。

「ん? なに?」

「いや何でも」

 軍人らしく姿勢正しい行進は、同じ場所で教育された一夏やラウラと似ている。

「……そういえば」

「ん?」

「珍妙も奇天烈も褒め言葉じゃないし!」

 リアがそう言って、手に持っていた日本語の学習本を突き出す。

 そういや昨日、初対面のとき黒兎隊の恰好を、珍妙奇天烈とか言った記憶があるな。

「え? そうなの?」

「あ、あれ? 知らなかったの? でもこの本には」

 少し驚きながら、彼女はページを捲って一生懸命、目的の単語を探し出し初める。

「悪い悪い。知ってたけど、わざと言ったんだ。悪気はなかった、いやホントすまん」

「あ、そうなの。じゃあ仕方ないわね、うん……って、悪気しかないじゃない!」

 危うく納得しかけたリアが、途中で気付いて頬を膨らませる。

「おう」

「おう、じゃないわよ、このバカ! うちの隊をバカにしたら許さないからね!」

 キーッと動物が威嚇するような声を出し、リアがオレの右腕を抓った。

「ってぇえ!!!」

「ふんだ、ホント、一夏と大違いね!」

「ぐあぁぁぁ、すげえ痣になってる……」

「大体、貴方だって人のこと言えないじゃない。そのメガネもセンス悪いし!」

「うっせ。これは他人に選んでもらったん……」

 そういやそっか。これは玲美たちに強制的に選ばれたメガネだったっけ。

 急に言葉を止めたオレを、リアは怪訝な顔で見つめる。

「どうしたの?」

「……まあ、いっか」

 どうせISに乗れば視覚補助が入るから外すんだし、どんなメガネだろうと関係ない。

 気にしすぎる方がカッコ悪いってもんだよな、たぶん。

 外に出ると、黒塗りの高級車が待ち構えていた。SPっぽい男の人が、後部座席を開けてくれる。宇佐隊長はその男と軽く目配せをして、中に入っていった。リアとオレもそれに続いて中に入る。ドアが閉められ、男の人が助手席に乗り込むと同時に車が静かに発進された。

「しっかし、さすが男性操縦者がいるとVIP扱いだねえ」

「良かったら代わりましょうか?」

「ちっともなりたくねえな、男なんて」

 隊長が小さく鼻で笑う。相変わらずの田舎ヤンキー口調全開だ。

「それより二瀬野、明日は四十院研究所だ。ISで飛んで行って良いぞ」

 IS学園から出ても、専用機はテンペスタ・ホークのままだし、使われているISコアも四十院の所有物だ。だから定期的にメンテに行くのはわかる話だけど、いつもは黒塗りの車がお迎えに来てくれていた。

「飛んで行くって……あそこは郊外とはいえ、一応は市街地ですよ」

「いや所長曰く、洋上ラボの方らしい。場所も近いし海の上を真っ直ぐ飛べば、すぐ着くだろ」

「……はぁ」

「なんだ、気が進まねえのか」

「まあ、仕事なんで行きます」

 気が進まない理由は、元クラスメイトの三人と会う確率が最も高い場所であるがゆえだ。

 しかし、四十院の機体に乗り続けるためには、いずれ会うのは間違いない。なにせ玲美も理子も神楽も父親が四十院研究所に関係していて、オレもその親御さんたちにかなりお世話になっている。そして三人は頻繁に研究所を訪れているのだ。

 そのまま無言になり、車はしばらく走り続けていた。

 ちらりと横を見れば、リアはずっと日本語の本を読み耽っている。彼女も彼女で真剣なようだ。

 それを邪魔するような会話も思いつかないので、ドアに肘をついてスモーク越しの風景を眺めていた。

 

 

 

 

 翌朝、テンペスタ・ホークを装着して、海の上を飛び続ける。と言っても今は大して速度を出しておらず、せいぜい高速船と並走できるレベルだ。

 しっかしこんなに長距離を飛ぶなんて、メテオブレイカー以来か。そもそもISで長距離飛行なんて、滅多にないしな。

 視界ウィンドウに航海図を表示して、船舶の影などがないかを気にしながら飛ぶ。事前に航路における船舶の航行予定図を貰ってコース選びをしているけど、それも絶対というわけじゃないからな。業者ではなく民間の釣り船なんて把握しようもないし、それこそ密漁船なんてのもいるかもしれん。

 ……密漁船か。

 自分の思考から、記憶を紡ぎ出していく。

 7月7日、確か銀の福音と一夏たちのファーストコンタクトは、巻き込まれそうになった密漁船を見捨てることが出来なくて、一夏が落ちたんだよな。時刻は確か11時半か。

 これは放置するか否か。オレの記憶通りに行くなら、きっと一夏は落ちる。

 だが、変わっている点を挙げて再検証すべきだ。

 まず紅椿がどうなるか。コイツの封印が解けなければ、銀の福音が暴走させられる意味はない。つまり、銀の福音の暴走イコール紅椿のデビュー戦で、この二つは必ずセットのはず。ということは、銀の福音が暴走するならば、必ず紅椿がいることになる。

 次に一夏の修練度が違う。黒兎隊で2月から第二世代機に乗っていたという一夏は、かなりの成長度合いを見せている。接近戦ならオレは相手にならないし、鈴相手でも対等にやり合っている。

 これに加えて、白式の左腕にはすでに荷電粒子砲が備わっていた。テンペスタのレーザーライフルを撃った経験と、おそらくは宇宙に浮かぶ超大型荷電粒子砲の観測、この二つの事象によって作り出されているはずだ。照準の精度がどうかはわからないが、武装として脅威なのは間違いない。

 あとは箒の精神状態か。今の箒なら紅椿を使っても、そのスペックに振り回されることはないかもしれない。そして多分、これが一番マズい。打鉄であれだけの試合をやってのけたパイロットに、最高スペックの機体を備わることになる。

 二機の性能を考えるに、いくらナターシャさんのIS『シルバリオ・ゴスペル』といえど、この二機相手では少しツラいだろう。ナターシャさんが操縦しているなら、また勝負は変わるというか、むしろ一夏と箒なんて相手にならない気がする。だけど、今回は無人機状態だし、彼女の経験と腕が生かされることはない。

 端的な結論を言えば、テンペスタ・ホークとオレでは、勝てる可能性なんか無いに等しい。

 ……そうだな。何を正々堂々と戦おうとしてるんだ、これはIS学園での試合じゃない。ここで踏ん張らなければ、オレはもう生まれてきた意味すら持てない。

 7月7日、午前十一時半。この時間をもう一度、頭に刻み込む。

 付け加えて最大の問題点は、勝っても助けたことにはならないという点だ。ここは国津博士に聞いてみるか。

 色々と考えながら低空飛行を続けていると、やがて海のド真ん中に、高層ビルの屋上に足を生やしたような建造物を見つける。オレは初めて来るが、あれが四十院研究所が誇る洋上ラボらしい。

 上はヘリポートになっていて、そこへ目がけて降下を始めた。推進翼へのエネルギーを送るのを止め、PICだけでゆっくりと真ん中に降り立つ。

 周囲を見渡せば、本当に海のど真ん中だ。大きさは200メートル四方って感じか。

 ISを解除すると同時に、端っこにある階段から人が昇ってくる。

「こんにちは。ようこそ四十院研究所、洋上ラボラトリーへ」

 灰色のスーツを着た彼女の名前は四十院神楽。この前までクラスメイトだった女の子だった。

「アラスカ条約機構極東理事会、試験飛行IS分隊の二瀬野鷹です」

 慣れない敬礼をする。

 二人して黙ってしばらく視線を交わした後、同じタイミングで笑いを吹き出した。

「似合いませんね」

「だろ。オレもそう思う。元気だった?」

「まだ一週間も経ってませんよ」

 四十院研究所のロゴが入った上着をオレに両手で差し出してきた。それを受け取って羽織り、ISスーツの首元に挟んでいたメガネをかける。

「そうだな。ここは初めて来るんだけど、どこに行けばいい?」

「こちらへ」

「了解。学校はどした? 平日だぞ」

「少しお休みをいただいています」

「合宿は?」

「参加するつもりです」

「んじゃ、案内よろしく」

 我ながら自然に出来た。昨日の夜に何度もシミュレーションしたおかげだ。しかし神楽だけで良かったな。理子と玲美がいたら、さすがに今みたいなやりとりは難しかったかもしれない。

 何も思わないよう、何も聞かないように心がけ、元クラスメイトの後ろをついて歩き出した。

 

 

 

 通された部屋は、ガラス張りの部屋だった。

 中には内部が剥き出しになった機体がある。まだ未完成なのか、装甲がつけられておらず、周囲にあるいくつもの端末とケーブルで接続されていた。オレと同じジャケットを羽織った数人の所員たちが、それを囲むように慌ただしく作業をしている。

「おや、いらっしゃい」

 その中で唯一、白衣を着ていた国津博士がオレに気付いて、挨拶をしてくる。

「おはようございます」

 頭を下げてから、部屋の中に入っていく。

「今日はホークの性能試験を色々やってもらおうかなって。フラグメントマップがどれくらい成長したかも気になるし」

「了解です。可能な限り協力するよう、上官に言われてます」

「岸原みたいな喋り方、止めた方がいいよ、女の子にモテなくなるから」

「げ、マジですか」

 優しく冗談をかけてくる国津博士とオレのやりとりに、周囲にいた数人の研究員たちも小さく吹き出して笑う。

「あ、神楽ちゃんは所長を呼んできて」

「わかりました」

 深く頭を下げてから、秘書のような格好をした神楽が部屋から出て行く。ガラス越しにそれを見送ってから、オレは国津博士にもう一度、頭を下げる。

「この度はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 オレの謝罪に、国津博士が目を丸くした後、オレの右肩に軽く手を添えてくる。

「男が決めたことだよね。じゃあ仕方ないよ」

「……そんな大したことじゃないんですけど」

「いいよ。私はキミに賛成さ。それもまた道だね」

 そう背中を後押しして、小さく微笑んでくれた。

「そうそう。二瀬野君は二瀬野君の好きにして良いんだよ」

 部屋の入り口から、若々しくハキハキとした男の声がかかる。振り向けば、神楽を後ろに従わせた四十院所長が立っていた。

 こうして所長と会うのは久しぶりだ。いかにもビジネスマン風の装いをしたこの人は、四十院という財閥の御曹司である。今はその一部門である、四十院研究所の所長職についている。研究者ではなく、あくまで研究所という企業の社長だ。

「シジュ、仮眠してたのかい? ボサボサだよ、頭」

「ああ、悪い悪い。近頃、ずっと忙しくてね。今日は搬送ついでに逃げてきてたってわけさ」

 半笑いで回答しながら、所長は部屋の端っこにあった机の上に腰掛ける。オレは小走りで近寄ると、所長の前で頭を下げた。

「この度はご迷惑をおかけしました」

「いいよいいよ。こっちも都合良かったし」

 二人して、神楽が入れたコーヒーを受け取って一口飲み込んだ。

「都合が良いというのは……?」

「今、織斑千冬先生の下に預けておくのも、あんまりよろしくないってこと」

「はい? 織斑先生が何か? ひょっとして第四世代機という謎のISが、篠ノ之束博士から妹に供与された件ですか?」

「大体は当たり」

 所長が音を立ててコーヒーを飲む。隣にいる神楽は何も喋ろうとはせず、黙ってオレたちの傍に控えているだけだ。

「大体というのは?」

「IS学園の理事長はまあ、国際IS委員会直下の運営組織であるアラスカ条約機構のお人だけど、その副理事長が彼女の旦那で、実質的に取り仕切ってるわけでしょ。こりゃマズいよ」

「すみません、最初からよくわからなくなったんですが……確かに副理事長が色々と実務的なことをやってるのは知ってますけど」

「閉鎖性の話をしてるのさ。理事長と副理事長が夫婦ってのは、普通の私立教育機関ならよくあることだけど、IS学園は普通じゃないでしょ。で、その二人が織斑千冬先生を頼ってるわけ」

「はぁ、わかる理屈ではありますが、それこそ理事たちは国際IS委員会が指名した人材ではないでしょうか」

「組織が一枚岩なことなんて滅多にないよ。それも今、一番ホットな話題を取り扱う場所で、さらに多様な国家が参加してる機関だよ」

「……なるほど。対抗勢力からしたら面白くない場所ということですか」

「それと篠ノ之博士が妹に供与した機体、えっと、椿姫?」

「紅椿ですね、第四世代機、紅椿」

「そう、それそれ。それと白式という二体を独占して、情報を一切上げてこない組織。そんなのを対抗勢力がいつまでも許しておくわけないでしょ、普通。で、それを取り仕切ったのが織斑千冬先生というわけさ。そりゃ立場も悪くなるよ」

 所長はやり手ビジネスマンらしく、まるで営業成績の説明のように、さらさらと色々な説明をしてくれる。

「アラスカ内でも、IS学園を敵視する勢力が、織斑先生をやり玉に上げてるってことですか」

「それで私は紅椿の情報を、アラスカに売ったわけさ」

 いきなり言われたトンデモナイ内容に、オレはコーヒーを吹き出しそうになった。

「情報って、リベラーレが戦ったデータ……ですよね?」

 学年別タッグトーナメントが始まる前、玲美が箒のひと悶着の末に紅椿は一時的に封印された。

 つまり現段階では、紅椿との戦闘データを持っているのは、封印される前に少しだけタッグの練習をしていた白式と、ここから期間限定専用機として持ち出していたテンペスタⅡ・リベラーレしかない。そのリベラーレのログから作ったデータをアラスカ条約機構に渡した、と言っているのだ。

「そうそう。ラッキーだったよ。そこから類推できるスペック値だけでも、かなり驚きの値だったわけだし。で、そんな数字を見たアラスカ内のIS学園を良く思ってない勢力が、さらに憤るわけだ。やはりけしからん、とね」

「なるほど……それで再びIS学園と織斑先生に矛先が向けられたわけですか」

「篠ノ之束博士には、この世の全員がひれ伏すしかないからね。一番がダメなら、二番目をやり玉にってのが、この世の常さ。会ったことあるけど悪い子じゃないよね」

 まるで親戚の子を評するような感想だが、まあ確かに所長は織斑先生よりかなり年上だし、そう評価しても不思議じゃない。そして自分の娘の担任でもあるわけだから、会ったことがあってもおかしくはない。

「ですが、篠ノ之束……博士がそのままにしておきますかね。例えば織斑先生が旧友に実情を話すとか」

「話すわけないよ。だってそうなると、三番目四番目が責められちゃうだけだし」

 責任感の強い織斑千冬という人は、おそらく無用な苦労を他の人間に放り投げるような真似はしない。

 そこまで話し終えて、四十院所長は残りのコーヒーを飲み終えて、大あくびを吐く。

 オレ、この人のこと苦手かもしれない。

 この四十院所長という人間はおそらく、アラスカに入った亀裂をグリグリと大きくするために、紅椿の類推スペックデータを売ったのだ。ビジネスマンゆえに、そこに利益を見出したということだろう。

 思わず不満げな気持ちが顔に出てしまったのか、所長はオレを見て小さく笑う。

「ま、急にどうのこうのじゃないよ。ただ何か失敗があったら、ますます織斑先生とIS学園の理事会面々は立場が辛くなるよって話。それでなくとも彼女は弟の一夏君だっけ。彼のことで色々と無茶してるしね」

 嫌な情報だった。

 オレがこれから起こすかもしれない事態は、決して織斑千冬先生に対して風向きが良い物じゃない。むしろ悪化する。

 付け加えるなら織斑先生は、IS学園の生徒にとっては強力な庇護者である。ここが破られたなら、立場が悪くなる人間も多い。

 世界は主人公を中心に回っている。

 だが、右に回転させるか左に動かすか、それを決めるのは別の者である可能性だってある。

「所長は、その、何が目的なんですか?」

 恐る恐る尋ねるオレに、疲れた表情でコーヒーを飲んでいたIS業界のトップランナーが苦笑する。

「もちろん利益さ。私は企業人だからね」

 同等の二つの組織を作り上げることは対立構造を生みだし、東西冷戦構造時代の軍需産業のように、それによって利益を得る人間が多数現れる。自分はその一人なのだ、と所長は言っているんだ。

 世界は二つに割れ始めた。

 アラスカ条約機構内の対立がIS学園に対する試験飛行分隊を生み出し、四十院はデュノアや他のIS企業と組みし、オレと一夏は分かたれた。更に言うなら、篠ノ之束とそれ以外の世界は、ずっと冷戦を続けている。

 国家、企業、人。ISに関する概念は、どちらかに着かざるを得ないのかもしれない。

 

 

 

 研究所での幾多のテストを終えた昼休み、ランチ代わりのサンドイッチを頂いた後、オレは風に当たるため洋上ラボの屋上へと出た。

 ヘリポートを囲んだ柵に寄りかかり、ボーっと海を見ている。日差しが強いが、潮風も気持ち良く、本土よりかなり涼しく感じる。

「こちらでしたか」

 後ろからかかってきた声は、聞き慣れた元クラスメイトのものだ。

「おう、おつかれ」

 首だけ向けて挨拶をすると、オレは再び太平洋へと視線を戻す。ここは相模湾のど真ん中だから、右手に見えるのが三原山のある大島か。

 神楽も特に喋らずに、オレと同じ方向を見つめていた。おっとりとした大和撫子風の彼女だが、体形が大人びているせいか、ビジネススーツを着てると所長秘書にしか見えない。

「合宿、この近くだな」

 世間話のように、その話題を切り出した。一応、行き先が変わってないかを確認しておきたかった。

「そうですね。と言っても海の向こうですが」

「そういや」

 さらにもう一つ、聞かなきゃいけないことがある。

「何でしょうか?」

「紅椿の封印、解かれたか?」

「あの第四世代機ですか。篠ノ之さんのお話では、合宿にはあの機体で参加するそうです」

「……そうか」

 やっぱりそうなるか。これでもう決まったような物だ。あの件は起きる。自然と気分が昂揚していくのを感じる。

 結局、何をどう変えようと、あるべきことは起きてしまうんだろうな。

 これはオレにとって最後の決戦だ。今度こそ自分の力で未来を変える。

「おそらく、お父様が紅椿の推測スペックを、アラスカに送った件が効いています。おかげで条約加盟国の関係企業から突き上げも多く、要請にIS学園理事側が耐えられなかったようですね」

「何者だよ、あの人」

 思わず嘆息のため息が出る。

 神楽も財閥のご令嬢らしからぬ人間で、この歳で事務仕事や商談までこなすハイスペックだが、その父親も企業家としてはかなりの切れ者のようだ。あれが世界を動かす人間なのか。

 その辺りは素直に感心してしまうが、基本的に今のオレには関係ないことだ。欲しい情報が貰えればそれでいい。これ以上、オレから彼女に尋ねることもない。神楽が知っていることで、オレが知りたいことは全て教えてもらった。

 視線を再び海へと戻す。ラボの周囲に魚群がいるのか、カモメが忙しく水面のスレスレを飛び交っていた。

 少し離れた場所で鉄柵に手を添えている神楽も、それ以上は喋ることがないようだ。

「そういえば、一つだけ」

「なんでしょう?」

「一夏に謝っといてくれ。バーベキュー参加できなくてすまんって。あと、アイツが用意で困ってたら協力してもらってもいいか?」

「……バーベキューですか」

「ちょっと前にな、合宿でやるって約束してたんだよ」

 なんてことない約束をふと思い出してしまった。もうIS学園の生徒ではないオレには、手伝うことすら出来ない。

 主人公としての一夏はどうあれ、ダチとの約束をそのまま放置ってのも、何か気持ち悪い。

 横目で神楽を見れば、長い黒髪が潮風に揺られている。こちらを見ずに、オレと同じようにずっと先を見ていた。

「それも」

「ん?」

「未来であったことですか?」

 唐突に、そんなことを言い出した。少し驚いたが、オレは視線を海面へと戻す。

「いや、一夏がバーベキューをしたなんて記録はねえな」

 意外に平静な気持ちで返答することが出来た。まあ、玲美や理子、神楽と会っても感情を制御できるよう、心構えしておいた甲斐があったってもんだ。

「そうですか」

「なんでそんなことを聞くんだ?」

「ISコア2237」

「……それか」

「貴方が未来人と言ったとき、真っ先にアレが思い浮かびました。テンペスタⅡ・ディアブロのことが」

「言われてみれば、四ケタのナンバーと未来人ってのを組み合わせは、それっぽく見えるな」

「はい」

「悪いけど、オレはあのコアのことを知らないんだ。なんでオレが生まれたときに病室にあったのかも知らん。それに未来人ってのは比喩表現で、実際に未来人ってわけじゃない。って何言ってんだろな。いるわけねえだろ未来人なんて」

 つらつらと説明していく自分に対し、思わず自嘲の笑みが込み上げてくる。

「未来を知っているわけではない、と?」

「勝負は最後までわからねえよ」

 冗談めかして、あのときに一夏に言ったセリフと同じ言葉を返す。

「未来人というのは、嘘だったんですか?」

「さあな。言ったって信じないだろ」

 胸の高さの柵に体重を預けて、頬杖をついた。なるべく神楽を見ないように、オレは海だけを見ている。

 だというのに、神楽は真っ直ぐこっちを見て、深く頭を下げてきた。

「申し訳ありませんでした……」

「何が?」

「先日の件です」

 少し震えている声がオレの耳に届く。だからといって、オレはそっちを見る気はしない。見ればきっと、オレとあちらの境界線を幻視していまうだけだ。

「気にしてねえよ、っていうか、悪かったな。勝手に棄権して、勝手に怒って、勝手に出て行って」

「それは」

「言うな触るなもうこれ以上は良いんだ。気にするな忘れろ、みんなにもそう伝えてくれ。IS学園の男性操縦者は、織斑一夏ただ一人だ。それがこの世界の理で、お前らはその日常に戻ればいいんだ」

 早口でまくし立てて、神楽を黙らせようとする。段々と声が荒くなっていくのを抑えるように小さな呼吸で、感情を抑えようと目を閉じた。

「玲美が……」

「どした」

「あの部屋に入り浸ってます」

「知るか、クソッタレ!」

 その事実を知った瞬間に、怒りにまかせて金属の柵を叩く。冷静に対処してたのが台無しだ。

 怒りに震えながら神楽を見れば、怯えるように驚いていた。

「アイツがどの部屋にいようが何を思おうが、オレはもうIS学園の男性操縦者じゃねえ!」

 潮風が二人の間を通り過ぎて行く。遠くでカモメが叫んでいて、洋上ラボに寄せては返す波が水音を立てる。

 吐き出した息は整えた意味がないほど、あっという間に荒くなっていた。怯えて震える神楽から目を逸らす。

「……申し訳ありません」

 泣きそうな声に、これ以上ぶつける言葉が湧いてこなかった。ただ、可能な限り声を抑えて、

「7月7日、合宿の日」

 と日付を切り出す。

「え?」

「たぶん会いに行く。IS学園の連中に、お前たちに」

 お前らを陥れる敵となっていても、会いに行く。

 約束は投げつけた。

 先ほどの所長の話、そしてオレの記憶を合わせて考える。

 銀の福音の暴走が起きるなら、今は立場の悪い織斑先生が責任者となる。失敗は許されない作戦に、オレが妨害へと現れる可能性が高い。

 ISを統括するアラスカは割れ、降ろされたシャッターの外と内に二瀬野鷹とIS学園は分かれたのだ。

「……そう、伝えておきます」

「ああ」

 深く頭を下げたままの神楽に背を向けて、踵を返しラボの中へと戻っていく。

 オレにとって、7月7日以降の時間は存在しないも同然だ。

 色々と聞かされた裏で走る事実も、彼女たちの感情も、自分には関係ないと思い込ませる。

 本当はとっくに気付いている真実さえも心に仕舞い込み、賢明に忘れようと自分の心を湧き立たせるだけだ。

 今は、未来に訪れるナターシャさんの涙を止めるだけに、自分の身はそのためだけにあったのだと思い込ませて、他の全ては投げ捨てるだけだ。

 二瀬野鷹にとっては、7月7日が最後である。

 ISの待機状態である足首のアンクレットがしゃらりと鳴ったが、その音はすぐに潮騒にかき消されていった。

 

 

 

 今日の予定を終えて、そろそろ分隊の基地に帰る時間になった。

「では、これで失礼します」

 夕焼けの中、洋上ラボの屋上にあるヘリポートで、見送りに出てきてくれた国津博士や神楽、四十院所長に敬礼を送る。

「まだぎこちないねえ。若い時の岸原みたいだよ」

 所長が軽く笑うと、同級生である国津博士も愉快そうに笑っていた。オレも苦笑いを浮かべるしかない。あのオッサンは良い人だけど、似てると言われるとちょっと凹む。

 このまま帰れば、IS学園を出たことを除けば、いつも通りの研究所でのメンテだ。

 だが飛び立つ前に、最後まで聞けていなかった質問を、意を決して口に出す。

「国津博士、最後に一つ、聞いても良いですか?」

「何だい?」

 小さく唇を噛んでから、なるべく感情を込めないよう心がけて口を開く。

「例えば無人機のようなISがあったとして、それを止めて正常に戻す術があると思いますか?」

 その言葉に、国津博士が眉をしかめ、所長がアメリカナイズに小さく口笛を吹いた。

「いいね、それを聞いて来るか。まあ二瀬野君はうちの広告塔だし、答えられることは答えよう」

「お願いします」

「国津、教えてあげなよ。あのISのこと」

 隣にいた親友に所長が問いかけると、深いため息が聞こえてきた。

「いいかい、二瀬野君。ISのログデータ、完璧に消したつもりでも僕たちにはわかるんだよ」

「……それは」

「良い腕だったよ。よく自分の専用機を理解してる。僕らが常に取っているバックアップもほとんど消されていた。でも実は君に言ってないだけでもう一つ、暗号分散化して違う場所に保存してる物があるんだ」

 つまり、オレが無人機と戦ったことは、博士と所長はすでに知っているようだ。どうにも、この大人たちは抜け目がない。

 確かにタッグトーナメントでの出来事が終わった後、授業中で生徒が出払っている間に、無人機に関連するログデータは全て消した。しかし完璧だと思ったアリバイ工作は実は筒抜けだったようだ。

 事情を知らない神楽だけが、不安げに国津博士とオレを交互に見やっていた。

 そんな中、四十院所長が笑顔で近づいてきて、オレの肩に手を置く。

「知らない振りをしようと思ったけど、聞いてくるなら答えるよ。今日、ラボに一機のISがあったでしょ」

「はい。分解されてましたね」

「あれ、フランスで事件を起こした機体なんだ。私が紅椿のデータと引き換えに、ちょっと前にアラスカから借りてきたんだよ」

 フランスの事件ってのは一昨日、所長が言っていた欧州統合コンペでの襲撃事件だろう。

「……どうしてそんなことを」

「実は、その現場にいてね。非常に興味が湧いたから次の事業の足しにしようと思ってたんだ。で、最近はここで研究してたわけ。そんな危ない物を本土でやるわけにはいかないからね」

 この人は何者なんだろうか。何でも知っていそうで本当に恐い。

 少し離れた場所にいる国津博士が、腕を組んで困ったような顔でオレを見ていた。

「所長に頼まれて色々と研究した結果、ISコアを覆うように張り付いた非常に複雑なプログラムがあった。これを剥がすのは意外に簡単だったけど、そのプログラム自体は、剥がされると自壊してしまうようだね。結局のところ、何にもわからなかったよ」

 国津博士の言葉に、思わず小さなガッツポーズを作ってしまう。

 光明が見えてきた。

 やはりIS業界の先頭を走っている人たちは違う。篠ノ之束という超越して超然とした天才がいようとも、それに腐らず地道にISを作ってきた人たちだけはある。

「ありがとうございます。参考になりました!」

「これだけで良いのかい?」

「はい!」

 久しぶりに元気良く返事をした気がする。

 だが、お辞儀しようとしたとき、すぐ眼前の四十院所長が意味ありげに笑っていた。その意味がわからなかったが、どうにもオレが何かを言い出すのを待っているようだ。

 ……そうだな、この人は多分、受け入れて駒にするだろう。

 彼にだけ聞こえるように、オレは声を潜める。

「似たような機体、持ってきたら助かりますか?」

 その申し出に、利益という供物を目にした獰猛な獣が不敵に笑った。

 おそらく、朝方に所長自らがオレに色々と教えてくれたのは、共犯者に仕立てるためだったんだろう。

「いいね、さすがだ。次はIS学園なんかに渡さずに持ってきてくれよ」

 この人の目的は、やっぱりそれだったんだ。今だって誰にも聞かれない会話をするために、オレに近づいてきたんだろう。

「それが例えば、既存のISだとしても?」

「ここなら誰にもバレないよ。大丈夫、私を信じて」

 これ以上ないぐらい胡散臭い言葉で、ビジネスマンが笑う。

 確約が取れたわけではないが、やはり利益という繋がりは強い。

「では、これで失礼します」

 頭を下げてから、距離を取る。

 棚からボタ餅だが、大きな問題が解決しそうだ。見えてきた希望に自然と胸が高鳴る。

 オレはお世話になっている四十院研究所の面々に背中を向け、ISを展開して洋上ラボから飛び去った。

 

 

 

 分隊の基地のど真ん中、アスファルトで覆われたIS用の訓練場にオレは帰ってきた。時刻は夕方を過ぎていて、敷地内は闇に閉ざされている。空の端っこに赤い夕焼けがあるぐらいだ。

「ああ、ヨウおかえり」

「おかえり、二瀬野クン」

 オレが降り立った場所のすぐ近くで、夏仕様の黒兎隊制服を着たリアと、ISスーツを着ていた悠美さんが声をかけてきた。

「ただいま戻りました」

 傍にはテントが設営してあり、その中には多種の機材が設営してあった。他の隊員もそこに集まっているようだ。

「どうかしたの?」

 長い髪をヘアクリップで止めた悠美さんがオレの顔を覗きこんでくる。少し眉間に皺を寄せて、心配するような眼差しを向けていた。

「ちょっと疲れただけですよ」

 辛うじて作れた苦笑いに近い表情を浮かべ、小さく手を振って誤魔化す。

「そう? なら良いんだけど」

 不思議そうに小首を傾げたあと、同じく怪訝な様子でこちらを見ているリアのところに戻ってきた。

「それじゃやろっか、リアちゃん」

「はぁ……」

 元気いっぱいの悠美さんに対し、理由はわからんがリアは思いっきり呆れているようだ。

 周囲を見渡せば、やたらと照明器具が置いてあることに気付いた。カラフルなレーザー光を発したりするヤツだ。よく見れば、オレの背丈と同じぐらいのサイズのスピーカーなんかも置いてある。

「何するんです?」

「新装備のテストだよ」

 得意げに小鼻を膨らませて、悠美さんが仁王立ちをしていた。

 その横では、リアがノートサイズの端末を片手に、物凄く呆れた顔をしている。

「こんな装備を思いつくなんて、ここの上層部と技術研究部は、なんてバカなの……」

「何の装備?」

「見ればわかるわよ。こっちに退避して」

 赤毛のドイツッ子が歩き出すので、それについてテントの方へと向かう。

「おかえり」

「おかえりなさいませ」

「おっかえりー」

 テントの中にある机に向かっていた三人の隊員が、こちらに声をかけてくる。どうやらキツネ隊長こと宇佐中尉はいないようだ。

「ただ今戻りました。何が始まるんです?」

「面白いことだよー」

 下側だけ赤い縁のついたメガネの人が、含み笑いでオレに教えてくれる。

 何が起きるのかさっぱりわからんが、とりあえずテントの方から、ISを展開して立っている悠美さんを見る。

 彼女が目を瞑ると同時に、頭部に青い光が現れて、何かの兵装が具現化する。

 ……いわゆるヘッドセットだよな、あれ。マイクとヘッドホンが一体になったヤツ。

『あー、あー、テステス。グレイス、おっけー?』

「おっけー、いつでもカモン」

『んじゃ、しとやかに夕焼けに似合うバラードから、いってみようやってみよー!』

 元気に声と手を上げると、グレイスと呼ばれたツナギを着た隊員が目の前にある機械に触れた。

 ……つか、これ、どう見てもライブとかで使う音響用のミキサーだし。

「えっとリア、これまさか」

「そうよ、アイドル専用ライブ装備。ISと周囲のレーザー光装置やらスピーカーやらを連動させる、アホみたいな装備よ。私が作ったんじゃないからね!」

 オレに怒りをぶつけるように声を上げてから、鼻息荒く腕を組んで悠美さんに視線を戻す。手にある端末にいくつかのグラフが表示されていた。どうやら新兵装(笑)と連動しているようだ。

『じゃあ、行くよー!』

 悠美さんがマイク越しに最後の合図を送ると、ゆっくりとしたしとやかなメロディーがスピーカーから流れてくる。同時に淡く青いレーザー光が、夕闇に沈む彼女を照らし出す。

 正にアイドルの衣装と言わんばかりの白とピンクのISで、緩やかなダンスとともに、操縦者がしっとりバラードを歌い上げていた。

 特徴のある声じゃないけど、濁りのない澄んだ音色の、どこまでも届きそうな響きだった。

「……上手いな」

「そ、そうね。初めて聞いたけど」

「さすが自称アイドル」

「自称とかつけてたら、怒られるわよ」

「悠美さんなら怒られたいわー」

 今起きてることにオレとリア二人とも呆れているんだが、悠美さんの歌自体は聞き惚れるぐらいに上手かったので、感心してもいた。

 何とも言えない複雑な心境で、オレは目の前のアイドル・オン・ステージを眺めている。

 まあ……これも試験飛行分隊の宣伝活動なのか……?

 とりあえず、終わったら感想を求められることは間違いないので、オレは耳と目を悠美さんに傾けて美声に集中することにした。

 

 

 

 次の日の朝、朝の体力作りから自室に戻ろうとしたとき、隣からリアが欠伸をしながら出てきた。今日はちゃんとパンツの上にハーフパンツを履いている。

「オハヨ」

「うぃっす」

 お互いに軽い挨拶をを交わす。

 今日は履いてるのかと、リアに対して怪訝な視線を向けてしまう。

「な、なによ? 今日はちゃんと履いてるでしょ?」

「ん、それじゃなくてな」

「なに?」

「いくら壁が厚い部屋と言っても、普通のマンションみたいな作りだからな、ここ」

「ん? それが何なの?」

「夜中に大声で歌うと、ベランダ越しに聞こえるぞ」

 どうやら悠美さんの歌に触発されたようだ。

 昨夜に聞こえてきたリア・エルメラインヒのワンマンショーに対して忠告を送ると、途端に真っ赤にゆで上がったリアが、

「うるさい、バカ、死ね!」

 と叫んでから走り去って行った。

 廊下に轟く大声に、耳がキーンとする。……声、デカいんだよ、お前……。

 

 

 

 午前中は基地内の電算室でログデータのチェックをしていた。二十台ほどあるデータ端末を使っているのは、オレぐらいだ。

 このメインベースは、白い合金製の素材で出来ていて、かなりの広さがある。隣接した格納庫はIS用輸送機を二台置いてもまだ余るぐらいだが、ここもそれと同等の面積みたいだ。

 しかし出来たばかりなせいか、それだけ広い建物も今のところ空室も多い。人員もISパイロットがオレを含めて7人で、その他の技術系スタッフが10人ほど、それに警備担当の兵士が30人程度というぐらいだ。

 ちなみにISパイロットだけが基地内の寮に部屋を貰っているらしい。まだ空き部屋もあるから、これから人が増えていくのかもしれない。

 ログデータ整理を終え、端末から四十院の国津博士に送信し、次の作業に移る。

 内部のデータベースにあるISの情報をディスプレイに表示していく。自分が閲覧可能なデータなど限られてはいるが、それでもアラスカ条約機構直下の組織であり、IS学園に引けを取らないぐらいの量はありそうだ。

 そんな中から、ISの機体データを漁って行く。見慣れたIS学園の専用機はパス。探してるのはコレじゃない。

 ホログラムウィンドウに映る情報を右から左へと流しながら、目的を探す。

 やっぱり銀の福音のデータが見当たらない。参ったな。スペックデータぐらいは欲しかったんだけどな。

「お? ここにいたのか。何をしてる?」

 開けっぱなしになっていた部屋の入り口から声がかかる。振り向けば、くすんだ金髪の宇佐つくみ隊長が立っていた。

「少しISのことを勉強していました」

「感心感心。で、何が知りたかったんだ?」

「銀の福音、シルバリオ・ゴスペルです」

「ほう」

 マスカラで大きく見せていた目が細くなる。

 米軍所属第三世代機・銀の福音。超長距離を巡航可能かつ、強力なエネルギー武装を持った強襲用ISだ。

「隊長はご存じですか?」

「もちろん。米軍のエースパイロット、ナターシャ・ファイルスの専用機で、アメリカとイスラエルで共同研究を行っている機体だろ。ああ、四十院も噛んでたっけか」

「ですね。オレのと同系統の推進翼が使われている機体です」

「なんでまた?」

「オレが知ってる、最強の機体の一つですから、興味が湧きました」

「ふーん、最強ねえ。まあ向上心があるのは良いことなんだがなあ」

 入口にもたれかかり、腕を組んで足でリズムを刻む。たっぷり三十秒ほど間を開けたあと、宇佐隊長が人差し指の動きでオレを招いた。

「ちょっとツラ貸せ。今からお前の身体測定をやる」

 

 

 

「ISを出せ」

 格納庫の一角で、オレは言われた通りにテンペスタ・ホークを出す。

 周囲には、数人の技術スタッフと警備スタッフの他に、リアや悠美さんと言った隊員たちも控えている。リアが少し不安げな顔をしているが、何だ?

 近くには、ISを立て懸けるためのキャリーが置いてある。垂直に立てられた十字架の合金にISをかけるタイプだ。この辺りはまだ国際規格が固まってなく、メーカーや場所によって、形状がまちまちだ。

 やがて一人の技術スタッフが近づいてきて、何本ものケーブルをテンペスタに差し込んでいく。

「ちょっと羽根だけ動かしてみせろ。可能な限り速くな」

 技術スタッフが作業を終えた後、宇佐隊長に言われた通りに、オレは三枚の推進翼をバラバラに動かした。

「これで良いですか?」

「同時に腕も動かしてみせろ。そうだな、右手と左手でジャンケンをしてみるんだ。必ず右手が勝つようにな」

 何の意味があるのかわからず、オレは言われたとおりに翼を動かしながら、ISの手を動かしてジャンケンを始める。

「器用だな」

 宇佐隊長が自分の胸に落ちていた、錆びた黄色の髪束を背中に投げる。

 隣にいた技術スタッフがノート端末とスピードガンのような物を抱えて、オレの動きを計測していた。

 隊長たちとは反対側に控えていた悠美さんは感心したような声を出して、小さく拍手をしている。

 ただ、リアの不安げな顔だけが、先ほどより深刻さを増していた。

「歩いてみせろ。今の動作と同時にな。翼をスタッフにぶつけるなよ」

「はい」

 これも言われた通りにこなす。歩きながらジャンケンをして、翼を動かしている姿は、ちょっと間抜けすぎるだろ……。悠美さんがちょっと笑ってるし。

 軽く前後に三メートルほど進んだあと、

「もういいぞ。ISは軽くメンテを行う。キャリーに立てかけろ」

 と鋭い口調の命令が飛んだ。

 技術スタッフが何やら隊長に耳打ちをし始めた。なんだ?

「昨日、四十院で診てもらったばかりですが」

「ヨンケンだけがメンテ担当じゃねえぞ。ほら、さっさとしろ」

 そんな略し方初めて聞いた、と思いながらも命令通りに動く。

 十字架状のスタンドに、推進翼と尾翼が当たらないように少しズラして背中を預けた。同時に肩と足がキャリーに固定されたので、オレは視界に浮かんだウィンドウを操作し、スリープモードに落とす。

 拘束されていた手足と胸部装甲が外れ、オレは合金製の床へと飛び降りた。

 同時に、警備スタッフが携行用の小型マシンガンを持って、オレに近づいてくる。

 クセのある金属音がいくつも同時に鳴り、全ての銃口がオレに向けられていた。

 突然のことに事態が把握できないが、うかつに動けないことだけは理解できる。他の人間は全員、これを知っていたようだが、悠美さんだけが何も聞いてなかったのか、驚いて目を丸くしていた。

 もちろん、一番驚いてるのはオレ自身だ。

「な……んですか、コレ!」

 血の上ったままの頭で、思わず隊長を睨んで叫ぶ。だが、相手は腕を組んで眉間に皺を寄せ、

「二瀬野、お前にはしばらく療養してもらう」

 と冷徹に宣告をしてきた。

「何言ってんです? ちょっと意味がわからねえよ、このヤンキー!?」

「リア、言ってやれ」

 隊長が顎の動きだけで部下を促す。ドイツから来た少女は、先ほどのスピードガンを持っていた技術スタッフから端末を受け取り、その画面をオレに向けた。

「今日、貴方がいない間に色々と調べたの」

「調べたって、何を」

「貴方は異常よ、フタセノ・ヨウ」

「おいリア、何言ってやがんだ、ホントに意味がわかんねえぞ」

「人間に翼はないのよ」

「はあ? 何言ってやがんだ、当たり前だろ。オレが天使にでも見えんのか」

「そして貴方の推進翼の制御速度、メテオブレイカーのときより上がってるのよ」

「だからどうした?」

「大丈夫よ、一カ月も離れていれば、自然と治るものだから。これは貴方がIS乗りを続けていくために、必要な処置だから」

「だから! 何を話してんだよリア!」

「貴方の病名はIWS。インフィニットストラトス・イン・ワンダーランド・シンドロームの可能性が高いわ」

 冷たい口調で、そんな病名を告げる。

 IWSは、IS乗りがかかる職業病のようなもので、ISに乗っている感覚が降りても戻らないという感覚異常の病だ。だがもちろん、オレにはその自覚症状がない。

 周囲をグルリと見回す。銃口を向けているのは、オレが暴れたときのためか……どんだけ危険人物に思われてんだ、オレはまともだろ……!

「待てよ、自覚症状すらないんだぞ! どうしてそんな診断が出るんだよ!」

「第二世代機で推進翼を、自分に生えた翼のように動かす人間の、どこか異常でないというのよ」

「いや、オレはずっとそれを練習してたから、当たり前だろ!」

「メテオブレイカー作戦、貴方が最後に隕石を破壊して離脱したとき、その制御速度は火事場の馬鹿力、と呼ぶのかな、それと同じようなものと判断されていた。全てのパイロットの記録を大幅に塗り替えるぐらいだったから。でも今、計測したら、そのときよりも反応速度が上がってる。つまり、あの異常なデータは貴方にとって通常だったということよ」

「意味がわかんねえぞ、リア!」

「これが手足ならまだ理解できたわ。でも本来は人間にない器官なのよ、翼は」

「た、確かシャルロットも同じようなことを言っていたな。いや、でもアイツだって同じように扱ってたぞ!」

「それを再確認するためのチェックよ。手足を通常起動させながら、異常な速度で翼を動かす貴方は普通じゃない。昨日、ラウラ隊長たちに連絡して確認したわ。隊長がシャルロットに聞いたみたいよ。貴方、あの子とタッグ組んでたんでしょ」

「あ、ああ」

「シャルロットは同じ疑問を持ってたみたいよ。あの子は腕を使わずにはなら同じ真似が出来たみたいだけど。貴方のように手足と同時に三枚の推進翼を別々に動かすなんて異常すぎるのよ」

 ……ここでアイツらの名前が出てくんのか! IS学園を離れてまで! クソ、なんだコレ!

 苛立ちが内燃し、奥歯がギリっと鳴る。

「それに貴方、入学時より右眼の視力落ちてるでしょ」

 突然、慣れ切った事実を再確認させられる。もう当たり前になっていたので、オレ本人ですら気にしてなかった。

「ああ。だけどそれが何だってんだ。大した異常じゃねえ!」

「左腕の触覚がかなり鈍いという報告もあるわ。これらが感覚異常でなくて何だというの?」

 憤るオレの言葉を、リアが理詰めで塞いでいく。血の昇った頭では、それらに上手く反論できない。

 確かに左腕は明らかに感覚異常だ。IWSと結びつけたことはなかったが、腕の触覚がないというのは、装甲で覆われたISと同じと言えなくもない。

「だ、だけど、IS学園でも四十院でもそんな診断なかった! オレはおかしくねえ! こじつけだろ、自覚症状もねえんだぞ!」

「落ち着いて、ヨウ・フタセノ。貴方は今、半分ぐらい現実に生きてないの」

 胸の中に仕舞っていたものへ直接、サクリとナイフを入れられた気がした。

「現実に生きていない? いや、生きてるだろ、オレは! ここで、この足で!」

 抗うように叫んだオレに対し、宇佐つくみ隊長が一歩だけ前に出て威嚇するように睨む。

「お前のセラピー、一昨日は簡易催眠チェックを行わせてもらった。こちらは大問題だ」

 は……? 催眠チェック?

 背筋が凍る思いだった。実質的には自白剤を使われたのと一緒だ。

「……人権侵害ですよ、それ」

 オレが最も恐れていた件だ。道理であの思想チェックの最中に寝ていたわけだ。

 二瀬野鷹を名乗るオレは、通常の人間とは違う記憶を持っている。ゆえに記憶を覗き見られるのを一番恐れていた。普通の人が二瀬野鷹の記憶を覗き見れば、単なる妄想癖か異常者にしか見えない。そんな人間を強力な兵器であるISを任せておくなんて、あり得ない話だ。

「この分隊の重要性は理解しているな? 男であるお前という人材は貴重だが、不穏な言動が他でもあったという報告もあるからな」

 ……うかつに未来人なんて喋ったツケか。おそらく無人機について隊長に話した件も効いているんだろう。

 確かに最近のオレは、7月7日のことばかり考えていて、不審に思われない言動については大分おろそかになっていた。それさえ越してしまえば、後はどうなっても良いと思っていたし、そんなに早く何らかの対処がされるとも思っていなかった。

 だが、どうにも目の前の隊長殿は、ヤンキーみたいな見かけに寄らず慎重派のようだ。

「お前はしばらく専用機を剥奪する」

「……了承できません。オレは普通です」

「しばらくの間、専用機のテンペスタはこちらで預かる。これは今朝方、四十院にも話を通した。だが貴重な男性IS操縦者ということもあるので、追ってデータ計測用のスケジュールを伝える。明日は計測器が届くぞ。良いな?」

 有無を言わせぬ口調と、それを後押しをする銃火器に、オレはこれ以上の反論が出来ない。

 足から力が抜け、膝が崩れる。

「ヨウ、大丈夫だから、一カ月後に再検査するころには、治ってると思うから」

 気付けば近くに寄ってきていたリアが、まるで家族にでも話しかけるように優しく教えてくれる。

 しかしオレの感情が、差し伸べられた手を勝手に跳ねのけていた。

「……てめえも結局、アイツらの仲間ってことか」

 そんな怨念が口から洩れる。

 

 

 

 こうして、週末にあるIS学園の合宿、つまり銀の福音事件を控え、オレは専用機であるテンペスタ・ホークすら奪われた。

 一つ希望が見えてきた次の日には、自分の全てを剥ぎ取られ、鍛えてきた翼ですら、それは病だと罵られた。

 いつもこうだ。

 二瀬野鷹の人生は、いつだって、何をやっても、大事なことだけは上手くいった試しがない。

 

 

 

 

 





少し遅れました。
次週は作者取材のためお休みをいただきます。18話は8/17夜の予定です。



今まで出てきた試験分隊のオリキャラ。
宇佐 つくみ:くすんだ金髪の試験分隊隊長。通称ヤンキー隊長
沙良色 悠美:アイドルパイロット。キラッ☆とかしない。
グレイス 竜王:パイロットだが整備畑の人
日田 東:ヒタ・アズマ。まだ名前だけ。


自分の出身がバレるなこりゃ。



*12/2 一部表記揺れを訂正
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