ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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19、その手を汚して

 

 

 マスドライバーから射出されたカイトに乗り、ステルスモードのまま周囲をサーチする。

 周囲に船影は限りなく少ない。

 元々、合宿をしている近海は事前に近づけないようになっているはずだ。合宿用にどっかの国が用意したっぽい強襲揚陸艦を見つけたが、これも外洋に向けて進んでる。まあ暴走するISが突撃してくるんじゃ、コースに入らないようにするのが正解だしな。

 さらに銀の福音の侵入コースは、海保か海自の通達により漁船なんかは立ち去っているはず。

 その船影の数から、戦闘区域の割り出しにかかる。

 よし、目的を発見した。

 ステルス戦闘機を小型にしたようなカイトのハンドルを握って、航路を変える。

 同時に装着しているISの再チェックにかかる。

 このメッサーシュミット八番機は、本当にボロボロの機体だ。

 腰にあるスラスターの出力はホークの1%にも満たず、近距離移動ぐらいしか出来ない。

 ただ、左腕のパワーだけは目を見張るものがある。おそらく第三世代機でもここまでパワーがある機体はないと思う。たぶん、これに関してはリアが調整してくれたんだろうな。計測器には必要がないパワーだし。

 しかし、武器は本当にそれだけで、他は色々と問題ありだ。シールドエネルギー上限がホークの三割もないし、武器は遠近含めて何一つ持っていない。足も装甲があるが、ただの板みたいなもので歩く以外は何もできない。

 四十院に預けているテンペスタⅡ・ディアブロを奪いに行くことも考えたが、あれは内陸部にある四十院研究所の地下30メートルの機密格納庫に置き去りだ。

 ディアブロがまともに動く保証もないが、一番大きな問題点は取りに行く時間は無いことだろうな。

 そろそろマスドライバーカイトの推力も落ちてきている。これじゃ到底、四十院研究所には辿りつかない。ホークでもあれば別だが、オレが現在装着しているISでは、腰に小さなスラスターがある程度だ。それにディアブロが仮にテンペスタⅡと同じ性能だとしたら、往路に時間がかかり過ぎて戻ってきたときには終わっている。

 つまり、今のオレに出来る攻撃は、このオンボロ複葉機みたいなISの左腕で殴ることだけ。

 そこを起点に戦術を組み立てて行くしかない。

 勝てる見込みとか、勝率とかは捨てておいて、とりあえずは、アイツらが悔しがるように頑張るとしよう。

 作戦の確認だ。

 まずは一回目の戦闘、銀の福音を確実に逃がす必要がある。間違っても紅椿と白式に勝たせるわけにはいかない。

 次に、二回目の戦闘。専用機持ち全機で銀の福音に当たるはずだ。

 その留守を狙い、IS学園の宿泊所を襲って打鉄を奪取し、同時に生徒一名を人質に取る。可能な限りオレと関係ない子が良い。

 そして人質を盾にアイツらが持って帰った銀の福音との交換を要求する。なおかつ箒か織斑先生に篠ノ之束を呼び出すように指示し、銀の福音を復元するよう交渉させる。

 よし、最高の作戦だ。成功が見えねえぞ。自嘲の笑みしか出てこねえ。

 でも、やろう。

 もう決めたんだ。誰がどうなろうと知ったことじゃない。オレがやりたいことをやる。失敗しようと成功しようと誰も喜ばない。誰も知らない未来が人知れず変わる、たったそれだけの話だ。

 戦力はオンボロ一機と三流パイロット。敵は主人公たち。

 最高のシチュエーションだよな。

 

 

 

 準備を終えて現場に辿り着いたのは、11時半過ぎだった。間に合ったようだ。

 さて。

 大きく深呼吸をして、潮風混じりの空気で胚を満たす。

 マスドライバーカイトは乗り捨てていた。今は最初の戦術行動開始タイミングを待っているだけだ。

 ISを待機モードにしたまま、空を見上げる。青い空の端に、三機の光る物体を見つけた。

 すぐ近くで、見知らぬ男たちが騒ぎ始める。

 視覚野だけを展開し、望遠モードで目標を捕捉する。

 白式と紅椿が、銀の福音と交戦していた。

 ……やっぱり思ったより白式と紅椿が押している。パイロットと機体がオレの知っている事実より進化してるせいか。

 ただ、必死ではあるのか、こちらにまだ気付いていないようだ。どんどんオレのいる場所へと近づいてきている。

 オレは基地から持ち出したマシンガンを、近くの男に突きつける。それだけで指示を理解したようで、こちらも接近を開始した。

 再び視界を戦闘に戻す。

 もちろん、オレには気づいていない。気付くはずもないだろうな。

 念のために、右隣にいた男から麦わら帽子を奪って頭に被る。

 やがて、戦闘が肉眼でも見えるほどに近づいた。

 暴走したISと交戦しているのは、想定通り白式と紅椿の二機だ。

 銀の福音は対象に当たると爆発するビーム兵器を、恐るべき速度で連射し続ける。それを回避しながら白式と紅椿が遠距離武装で牽制し続けていた。

 やはり荷電粒子砲が強力すぎるな。無人操縦状態である銀の福音には、荷が重い相手だ。

 それに箒の動きが良い。一夏の零落白夜で落とす作戦だったっけ。それをサポートするように二本の刀とビットを上手く使い、空中で銀の福音を翻弄している。

 そして零落白夜の一撃が、銀の福音の推進翼にかすった。それだけで対象は一気に減速し、動きが鈍り始める。

 やっぱり、このままじゃ銀の福音がここで捕えられてしまう。オレの狙いは合宿所から戦闘可能なISが無くなることだ。紅椿と白式にここで作戦終了してもらうわけにはいかない。

 さあ、オレの戦いの始まりだ。

 もう一度、マシンガンを隣の男に突きつけると、オレの足元が一気に加速する。

 戦況の不利を悟り、何とか離脱して逃げようとする銀の福音と、追いすがる二機の第四世代IS。

 だが、白式を駆る一夏が、ようやく周囲の異常に気付いた。

 船籍不明の船が一艘、戦闘区域を航行している。もちろん密漁船だ。

『そこの船、逃げろ、ここは危険だ!』

 箒がオープンチャンネルで呼び掛け始める。

『くそ、言葉が通じないのか!』

 一夏の焦った様子の声も聞こえた。

『箒、そっちを守ってやってくれ!

『だ、だが、あれはおそらく密漁船……』

『それでも見捨てるなんて出来ない!』

『わ、わかった。任せろ!』

 オープンチャンネルのまま会話してんじゃねえよ、ヘタクソども。

 だが、こっちとしては状況がわかりやすくてありがたい。

 紅椿が密漁船を守ろうと、銀の福音との間に立ち塞がる。

『そこの船、早くこの海域を離れろ! クソ、言葉が通じないのか!?』

 さっさとテンプレの警告文を呼び出せよ。それとも第四世代機にはそんな標準機能すら乗ってねえのか?

 まあ警告文ぐらいで逃げては行かないんだけどな。

『なッ!? クソ!』

『一夏!?』

 逃げ出そうと暴れる銀の福音が、近距離での速射ビーム砲を白式に食らわせる。肩部スラスターへの一発を含め、数回の爆発が白式の装甲を抉る。かなりの損傷が起きたようだ。

 その事態に慌てた紅椿のパイロットが、密漁船に背中を向けた。

 ここだ。

 オレは麦わら帽子を投げ捨てて、ISを展開する。

 密漁船に潜んでて正解だったな!

 紅椿は軽く飛び上がるだけで辿り着く高度で、オレに背中を向けている。

 その機体から伸びたスラスターを左手で抱き抱えた。

「よう、元気してたか!?」

「タカ!?」

 久しぶりに会った幼馴染に問いかけると同時に、全力でスラスターを握りつぶす。このIS、古臭いくせに力だけは大したもんだ。

 破砕音が聞こえ、左のスラスターが破壊されたのを確認すると同時に解放し、自由になった左腕で逆のスラスターを殴り飛ばした。

「きゃあああぁぁぁ!?」

 悲鳴を上げながら、紅椿が回転しながら海面へと落ちて行く。

『箒!? ……ガッ!? クソッ!』

 焦った一夏が目を逸らした瞬間に、銀の福音が再び速射砲を食らわせ、隙をついて高速でこの海域から離脱した。おそらく少し離れた海域で、自己修復を待つはずだ。

 そして二機とも推進装置に損傷を抱えた状態では、とてもアレには追いつけまい。

 ともあれ、一回目の遭遇で落とされる危険は無くなった。

 後はどうにかして、白式と紅椿から逃げるだけだ。

「ど、どうして……タカ……」

 箒が信じられない、という目つきと震える言葉をオレに投げかける。

「……ヨウ、お前!」

 雪片弐型を構えた一夏が、オレを見下ろして睨んでいた。

「久しぶりだな、二人とも。元気してたか」

 思ったより挨拶が気さくになってしまった。やけっぱちって怖いね、ホント。

「勝手にいなくなったと思ったら、なんで邪魔をしに来た!?」

 怒りに溢れた声で、ヒーローが叫ぶ。

「何でって……言っても信じないだろ」

 挑発するようにヘラヘラと笑うと、一夏が歯軋りを鳴らす。

「これに失敗すると、千冬姉がヤバいんだ! 邪魔しないでくれ!」

 IS学園側は、織斑先生を取り巻く状況を理解しているらしい。ラウラ辺りの入れ知恵か。

「知ってて邪魔しに来たんだよ」

「なんでだよ、なんでまた何も言わないんだ! 言ってくれよ!」

 一方の箒はどうしたら良いのかわからない、という顔でオレと一夏を交互に見ていた。

 オレはその様子を鼻で笑って、小さくため息を吐く。

「そうだな、ちょっと話し合うか。妥協点があるかもしれないしな」

 構えていた手を下ろして肩を竦める。箒だけが安堵の息を吐いた。一夏はまだ警戒しているようだ。

「ちょっと一夏は冷静さを欠いてるようだ。箒」

「あ、ああ。タカ、ずっと心配してたんだぞ。連絡もつかなかった」

「悪いな、黙って出て行って。ちょっと事情がありだったんだ。オレにも色々あってな」

「じ、事情とは何だ?」

「あんまり大声じゃ言えないんだよ。ただまあ、お前らなら話しても良いか」

 出来る限りの笑顔で、オレは箒に手招きをする。まだ警戒したままの強張った笑みだったが、それでも箒がオレに近寄ってくる。

 多分、贖罪か何かのつもりなんだろう。乱暴者の箒ではあるが、基本が良いヤツ過ぎる。

 一方の織斑君はといえば、怒ったような顔でオレを睨んでいた。こっちは近づく様子がない。

「紅椿、封印解けたんだな」

「ああ、こっちも事情ありだ。色々と」

「そういや、誕生日だな」

 なるべく声を抑えて、内緒話をするかのようにヒソヒソと箒に話しかける。

「あ、ああ。よく覚えてたな」

 オレがこの日を忘れるわけがない。

「一夏に誕生日プレゼント、貰ったか?」

「い、一夏に!?」

 思わず大声を出した箒が、赤面したまま思い人の顔を見上げたあと、オレに近寄ってくる。その顔はすでに友達と会話している女子高校生だ。

「よ、用意などしてるわけがないだろう?」

「いや、アイツはああ見えて、友達にはマメだぜ。ましてやお前はファースト幼馴染だ。自信持っていいと思うぜ」

 チラチラと一夏を見ながら、段々と声を潜めて行く。その音量に合わせて、箒がさらに近寄ってきた。

「そ、そうか?」

「ああ。タッグトーナメントだってずっと一緒だし、他のヤツらにも一歩リードしてるって」

 なるべく警戒を解かせようと、表情豊かに笑いかけながら、IS学園にいた頃のように話を続ける。

「い、いや、私は別に」

「まあ照れなさんなって。あ、そうだ、忘れてた」

「ん?」

「オレからも、ハッピーバースデーだ!」

 密着した状態から、思いっきり箒にボディーブローを叩きこむ。

 声もなく紅椿の体が『く』の字に曲がった。

「ヨウ! てめえ!」

 ヒーローが怒気に塗れた叫びを上げた。

 すでに推進装置が壊れかかっている。それでも出来るだけのスピードで、オレへと零落白夜を振り下ろしてきた。

「おっと!」

 切りかかる一夏に対し、紅椿の後ろに回るように回避した。箒を盾にしたことで一夏の動きが止まる。

 そこで渾身の力を込めて、赤い機体へと左腕を振り降ろした。

「きゃあああ!」

 女の子っぽい悲鳴を上げて、紅椿が白式に向けて吹き飛ばされた。虚を突かれたせいで箒を上手に受け止められず、押し出されるように一夏が海面へと吹き飛んでいく。

 まるっきり小悪党だな、オレ。油断を誘って、女の子を利用して。

 もはや笑いしか出てこねえ。

 だが、こうでもしないと、左腕しか武器がないこのISじゃ勝てやしない。脚なんてただの板みたいなもんで蹴りすら出来ねえ。

 とにかく、ここは逃げ切る必要がある。スラスターが損傷しているとはいえ、第四世代機のパワーは伊達じゃない。特に紅椿の全身展開装甲は、何が出来るかさっぱりわからないからな。

 ついでに白式も落としておかなければ。大型スラスターが破壊されているとはいえ、このままじゃ追いかけられてしまうし、捕まれば終わりだ。

 何の確実性もない作戦に自嘲の笑みを浮かべ、体勢が崩れたままの二機へと空中を駆ける。

 次の狙いは白式。紅椿を狙えば、カバーしようとして一夏が攻撃を食らうだろう。

 奥歯を噛みしめて、腰のスラスターとハートに火を点けた。

 その瞬間、接近警報が鳴る。

 もう一機!? どこだ!? 

 センサーを確認しながら周囲を見回した瞬間、横から強い力を受けて吹き飛ばされた。

「ヨウ君、もうやめて!!!」

 頭から海面へと落ちる寸前にPICへの入力値を入れ替えて、何とか踏み留まる。

「もう……もうやめてよ、ヨウ君!」

 体勢を整えて、攻撃してきた機体を見据えた。

「……玲美」

 オレを吹き飛ばしたのは、テンペスタⅡ・リベラーレだった。

 久しぶりに見た、赤を基調にトリコロールラインの入った機体。パイロットは、外ハネしてる長い黒髪と大きな目をした、可愛らしい女の子だ。

 貸し出しはタッグトーナメントまでだと思ってたが、まだ玲美が装備してたのか。

 それで専用機持ちとして今回の作戦に参加したと。第四世代機と一緒に来れないまでも、高機動タイプだから後から追いかけてきたんだろう。

 そうなるとセシリアも近いか? シャルロットも推進翼が高機動型に変わってたな。状況がまずい。

「私、ずっと待ってた! 今日、会いに来るってカグちゃんに言ってくれたよね!」

 状況確認を思索していたはずの思考が、玲美の泣き声一つで目の前に叩き戻される。

 自分のバカバカしさに心中で自嘲の笑みを浮かべた。だが外面では呼吸を整えるようにわざとらしく、

「……ちゃんと会いに来ただろ、お前らに」

 と大きなため息のように告げる。

 同時に目の片隅でダメージチェックを開始した。どうやら玲美の攻撃はオレを吹き飛ばすだけが目的だったようで、損傷自体はほとんどない。さすがの腕前だ。

「だったら、何でこんなことをしてるの……理由を教えてよ……」

 再び感情が目の前に引き戻された。

 ったく、オレってヤツは。

 気を引き締めて相手を見据えようとしたが、涙を浮かべて歪んだ目に、思わず視線を逸らしてしまう。

 こんな汚い姿を見られるなんて、思っていなかった。

 左腕と下半身しかないISで、アイツらの人の良さにつけこんで、自分のエゴを押し通そうとしてる。そんなオレを見られるなんて、最悪だ。

 少し前までは国津玲美は、オレがカッコつけたい相手だった。その意識がまだ抜けてないらしい。

「ヨウ」

 呼びかけられた方を向けば、ぐったりとした箒を抱えた一夏がいる。紅椿はさっきの攻撃で上手くノックアウトしたらしい。中々に強力だったようだな、この左腕。

 気絶してるヒロインを見ながら色々と思考していると、一夏が再度、一段と低い声で、

「ヨウ」

 とオレの名前を呼んだ。

「なんだよ?」

「……お前は、どうしてそうなんだ」

「あん?」

「どうして何も言わない! いや、俺に言わなくてもいい。ただ、自分を思ってくれる子には、ちゃんと向き合えよ!」

 至極真っ当な正論を、一夏から投げつけられた。

 ただ、まあ言い返させてもらおう。ちょっとその言い草は頭に来たし。

「てめえが言ってんじゃねえよ。お互い様だろう」

 オレも真っ当な意見を低い声で返す。

「俺は関係ねえだろ!」

「お前、自分がどんだけ周りに好かれてると思ってんだよ! それに気付いてない振りか!? それともホントに気付いてねえのか! 情けねえやつだな、オイ!」

「それを言うならお前だってそうだ。どんだけ周りに尊敬されてたか知ってるのか! ずっと皆が憧れてた! どんなことだって腐らず真面目で!」

「知るか! 知らねえよ! オレぐらいがいなくなったって、大した影響なんかねえんだよ、世の中には!」

「自分を低く評価して逃げようとするなよ! お前が出て行った後、どうなったか知ってるか、IS学園!」

「IS学園? どうもこうもねえだろ、お前を中心にまとまってたんじゃねえのかよ」

「なんでそんなことを思うんだ。全くの逆だよ、俺たちは孤立した。お前を慕う他のクラスの子や上級生たちから、言葉と無言で責められた!」

「そんなの知るか! てめえらが起こして、オレが決めたことだろ!」

「お前と仲が良かった子たちだって、事情を知らない人間たちから責められ続けた!」

「……てめえが」

「俺がどうした!?」

「てめえとオレがエゴで巻き起こしたことだろうがよ!」

「そうだよ! 俺のエゴだ! 俺がお前に近づきたいと思ってやったことだ!」

「だったらテメエらで受け止めやがれ!」

「俺だけが責められるなら、それで良い! だけど他の子たちまで責められる必要はねえだろ!」

「じゃあ、あそこにいた他のヤツらに責任がねえとか思ってんのか!」

「責任はねえだろ!」

「ふざけんな、他人にも責任を負わせろ! お前だけが生きてるんじゃねえんだよ! 気づけよこのバカ! お前の周りのヤツらだって生きてる! お前の知らないヤツらだって生きてるんだ! だったら失敗して、悔んで責められて前に進むチャンスを与えろ! お前が背負い込んで、それが他人のためなのかよ!」

「それでも俺のせいだろ! 二瀬野鷹! 他人が自分のせいで苦しんで、俺の思いつきで傷ついて、それを見捨てて生きるような生き様が正しいっていうのかよ! それで何かが守れるっていうのかよ! せめて俺が力になって一緒に悩んで解決していくべき話だろ!」

「その瞬間だけ解決して、その先を放り出すんなら最初っから自分で解決させた方が正しいだろ。それが力だ! オレはずっとそうしてきた!」

「違う! せめて手の届く範囲だけでも、一緒にいる間だけでも俺は力になりたい! 俺はこれからもそうしていく! だからお前は連れ戻す!」

 力の限り叫び合う。

 オレとアイツじゃ、こういうところで意見が合わないようだ。そりゃ当然か。ヒーローと脇役じゃ思考が違う。

 これ以上は言葉と心とISのエネルギーの無駄遣いだ。

 左腕の拳を打ち抜くために、構えをつける。推進翼もヘッドギアも右腕もないISじゃ、カッコ悪いにも程がある。

 だけどオレにはもう、カッコつける相手がいない。

「も、もう止めようよ! ヨウ君、ね、一緒に帰ろう?」

 鮮やかな赤にトリコロールラインの走るISが、両手を広げてこっちに近寄ろうとしてきた。

「来るなよ!」

「一緒に帰ろうよ! またIS学園で一緒にご飯食べようよ!」

「オレはもうIS学園の人間じゃねえんだ! もう戻れないんだよ!」

 今の二瀬野鷹は、試験分隊からISを奪った脱走兵だ。国によっちゃ極刑にされたっておかしくない罪を犯している。

 もうIS学園には戻れない。

「理子とかぐちゃんと四人で……また一緒に研究所に行って、帰り道に運転手さんに我が儘言って寄り道したり……」

 今のオレは亡国機業と四十院の繋がりを知ってしまった。

 もう四十院にはもう戻れない。

「遅いんだ……何も戻らないんだ、『国津さん』」

 突き放すように、会ったばかりの頃の呼び方で、可能な限り声の震えを抑えて言葉を紡ぐ。

「……そんな呼び方、やめてよ……遠いよ……何度だって謝るから……」

 さっきからホロホロと玲美が涙を零していた。

「謝るとかそういう問題じゃない。オレが選んだ道で、お前らの歩く道とぶつかったってだけだ」

「遠いよ……ずっと遠かったよ……」

「遠くはねえよ、わかりあえないだけだ。元々、ISの男性操縦者は一人しかいない。それがこの世界の大前提だ」

「いるよ、目の前に! 私にとっては!」

「もう、いなくなる。安心しろ」

「せめて、何が、何を……どうしたいの? あの機体に乗ってるナターシャさんだって、私たちが助けられるんだよ!?」

「助けるって言葉の意味が、オレとお前らじゃ違うんだよ」

 こいつらは銀の福音が異常な機体と判断され封印される未来を知らない。

 まあ、知っててもどうしようもない話だな。こいつらは銀の福音を倒し、その後はすぐに米軍に引き渡して作戦完了だ。

 言うならば、踏み台だ。ナターシャさんと銀の福音は、篠ノ之束によって用意された、ヒーローとヒロインに対する踏み台に過ぎないんだ。

「成長するって凄いよな」

 思わず考えていた言葉が口から漏れてしまった。

「え?」

「時間か、他人か、物資か。何かを犠牲にしなければ出来ない。だから無意識に成長して強くなっていくお前たちを見て、オレは素晴らしいと思わない。何かを犠牲にした証拠だからな。前回はオレが、今回はナターシャさんがその犠牲だ」

 何を言っているのかわからないって顔だな、二人とも。

 もう向き合う時間は終わりだ。

 人間と人間が分かり合うことなんて無いんだ。オレが人生で一番深く関わり合ったこの二人ですら、分かり合えないんだから。

 ISが解除され気絶している箒を抱えたまま、一夏が玲美に近づく。

「箒を頼む」

「織斑君?」

「アイツを力づくでも連れて帰ろう。下がっててくれ、玲美」

 一夏がその単語を口にした瞬間に、体中の血液が一瞬で沸騰した気がした。

「てめえが玲美とか呼んでんじゃねえよ!!!」

 作戦すらも忘れて、左腕を振り被ってISで殴りかかる。

 それを一夏が雪片弐型で受け止めた。

「その左腕……まさかと思ってたけど……」

「ああ、てめえはドイツでメッサー乗ってたって言ったっけな。ドイツに転がってた、ぶっ壊れたISに予備パーツをくっつけただけの、クソッタレなISだよ、このメッサーシュミット・アハトは!」

「まだ……残ってたのかよ。てっきり違うISに換装されたもんだと……」

「知りもしなかったんだろうが……今のドイツの上院じゃ軍縮派が多くて予算はつかねえよ。そんでリアと一緒にやってきたってわけだ。今じゃ計測器扱いだ」

「リアと……日本に来てるって聞いてたけど」

「お前はいつも振り向かねえのな、前だけ見て。今はたまたまオレが目の前にいるだけだ。それを乗り越えたら、お前は次の目標を目指す」

「……耳が痛てえよ。でもそれを言うなら、今のお前だってそうだろ! 見えない振りして振り向こうとせずに、前だけを見て!」

「オレをお前と一緒に扱うんじゃねえよ、オレのいる場所は、お前の遥か後方なんだよ、舐めんな!」

 左腕に力を込めて、圧力の弱まった一夏を押し返す。

 弾き飛ばされて体勢が崩れたヒーローに、オレは再び拳で襲いかかった。

 だが所詮は左腕しかないISだ。一夏は自慢の白式を細やかに操作し、再び刀で受け止める。

「だけどなヨウ。言い返させてもらう。俺だって、精いっぱいなんだ。頭が悪くて、目先のことしかわからないんだよ! 俺だって生きてるんだ!」

 絞り出すような叫びと共に、一夏が押し返してくる。

 おい、メッサーシュミット、生きてるんなら力を出せ! お前を置いてきぼりにしたご主人さまをぶっ飛ばす力を、オレに寄こせ! お前の面倒見てたリアだって置き去りにされてんだぞ!

 心に恨みと妬みと嫉みを重ねて、こっちもあらん限りの力を振り絞って白式を押し返す。このIS、パワーだけは第四世代にも負けてねえ!

 そして力が拮抗し、お互いの体の真ん中で拳と刃が止まる。

「ヨウ、帰って来い! まだお前の場所はあるんだ。お前がいないIS学園は何か違うんだ!」

「一夏、もう戻れねえんだよ! IS学園にオレがいたことが間違ってたんだ!」

「俺と一緒に千冬姉を守ってくれよ! お願いだ! 俺はあの人にずっと守られてきた! だから今度は俺が守る番なんだ! 俺は千冬姉と千冬姉の帰る場所を守りたいんだ!」

「何かを守ってみたいってか!? じゃあお前はオレが守りたい人を守れるのかよ! オレが守りたいモノとお前が守りたい人は相容れねえんだ!」

 そう叫んだ瞬間、オレは力を抜いて一夏の体を自分の後方へと流した。

「クッ!?」

 体勢の崩れた一夏を置き去りにして、玲美が抱える気絶した箒へと殴りかかる。

 どんな最低の手段だって使ってみせる。オレはそう決めた。

 玲美が右手に持ったブレードで、箒に当たる前で器用に受け止めた。さすがオレと比べるもなくIS操縦の精度が高い。

「ヨウ君!?」

「ヨウ、お前そこまで!!!」

 白式のパイロットが背後から、零落白夜を発動して襲いかかる。

「それを待ってた!」

 翼が無くなった背中で空気の流れを感じる。

 玲美に密着して抱き抱え、ブレードを構えた右腕を巻き取って、その先にある刃を背中から襲いかかる白式へと突き刺した。

「なっ!?」

 言葉にならない驚きとともに、一夏の左肩へと吸い込まれる。

 最高のタイミングで決まったが、玲美と箒に零落白夜が当たらないよう配慮したせいで、こっちも無傷とはいえない。

 かすっただけで、シールドエネルギーが残り一割を切った。そのせいでオレは玲美へとのしかかったままだ。こういう細かいヘマをしてしまうのは、オレのIS操縦技術が未熟なせいだろう。

 だがそれでも、一夏へのダメージはかなり酷いようだ。徐々に意識が遠のいていっているのか、傷を抑えたままふらふらと空中を漂った後、ゆっくりと海面方向へと落ちていく。ISも具現意地限界を向かえ、光の粒子となって消えていった。

「玲美」

「あ……あ……え……」

「一夏を拾って帰れ。オレを追うな」

 それだけ言って、オレは彼女を突き離し、よろよろとPICで浮遊する。

「よ、ヨウ君」

「早くしろ!」

 叫んでから、オレは別方向へとスラスターを吹かした。

 ……ったく。泣き虫め。泣きそうなのはオレだっつーの。

 俊敏な動きが売りのリベラーレが、海面ギリギリで何とか一夏の手を取った。

 それを確認して、オレは海中へと沈んで行く。さすがに二人の負傷者を抱えてたら、すぐに旅館へ戻るしか出来ねえだろ。

 

 

 徹頭徹尾、酷い作戦で酷い戦術だらけだった。それに一夏と言い合ってエネルギーを消耗する必要なんて全くなかったってのに。

 大したスピードが出ないスラスターを動かして、オレはこの海域を離脱していく。

 遠い、か。

 オレから見れば、そっちに行くのが遠くて仕方ねえ。まるで透明な分厚いガラスで遮られてるみたいだ。

 でも今は全部忘れて、次の行動へと移ろう。

 

 

 

 誰もいない砂浜で、落ちて行く夕日を見上げていた。

 もう何も考えたくないと思いながらも、考えなければならないことが沢山ある。

 銀の福音の場所は捕捉していた。動きがないことから、少し離れた海域で自己修復モードに入っているようだ。

 大きくため息を吐く。

 このオンボロISで、一夏と箒は落とした。オレ史上最大の戦果だ。

 だがタッグトーナメントで無人機を落としたときと同様に、満足感など少しもない。

 織斑千冬のために、ラウラは残存兵力で挑むはずだ。オレが覚えている通りなら、一夏はおそらく搭乗者修復なんて奇跡の機能で再び戦場に赴く。

 銀の福音と戦う戦力は、白式、レーゲン、ラファール、ブルーティアーズ、打鉄弐式、甲龍、そしてリベラーレ。

 紅椿はたぶん絶対防御と機体修復のために居残りだろう。

 そろそろだな。

 オレが目標としている場所は、ISの反応が1体ある。

 ……どういうことだ? 何が残っている? 実習用の汎用機はステルスモードか?

 いや、いずれにしても問題ないな。残ってる機体が白式だろうが紅椿だろうが、戦闘不能だから残っているんだ。旅館が手薄であることは間違いない。実習用の機体にしたって、旅館の敷地内に置いてある。いくら老舗の旅館だろうと広さは知れてるだろうしな。

 海に落ちて行く夕焼けを背に、オレは砂浜を歩く。細かい粒子の砂を踏み鳴らして音を立てていた。

 今からやることを確認する。

 IS学園の一年生が泊っている場所は、ただの旅館だ。多少の警備があるかもしれないが、仮にもISを装備しているオレの敵ではない。実習用の機体さえ押さえてしまえば終わりだ。

 加えて専用機持ち以外の生徒たちは全員、部屋に待機するよう指示が出ているはずだ。

 まず汎用機の打鉄を奪取し、他を破壊。同時に生徒を一名、人質に取る。

 そしてアイツらが持って帰った銀の福音との交換を要求する。

 なおかつ箒か織斑先生に篠ノ之束を呼び出してもらい、銀の福音の復元を要求する。

 行動予定を指折り数えながら、砂浜から防波堤を超え道路を渡り、その旅館を目指す。

 左腕に傷を負ったまま戦闘して海を泳いだのが効いているようだ。血液が結構失われたのかもしれない。

 周囲の空気はまだ昼間の余熱を保っているはずなのに、体の芯が冷え切っている。心なしか、頭もボーっとしてきた。

 一歩、また一歩と足を進める。

 やがて、目的の旅館が見えてきた。大きな平屋建ての建物は静まり返っている。旅館の門にはちょうちんがかけてあり、ぼんやりと周囲の闇に火を灯している。

 さて、やるか。

 対象を見上げて、ISを展開しようとした瞬間に、

「ホントに来るなんてね」

 と呆れたような調子の言葉が聞こえてきた。

 ピンク色のISスーツを着た女子が、門の影から姿を見せる。

「鈴か」

「久しぶりね」

 中国代表候補生、IS学園一年二組クラス代表、IS『甲龍』を専用機として持つエリートパイロット。そういった多様な肩書を持つオレの昔馴染みが、うっすい胸を張って、見下ろすような視線を向けてくる。

「晩飯食わしてくれねえ? みんなは中か?」

「残念ね。専用機持ちと千冬さん以外は、みんな帰ってもらったわよ。今頃、高速のサービスエリアでご飯でもしてんじゃない?」

 ……最悪だ。

 いや、考えてみれば当たり前か。

 予想外の侵入者がいて作戦の妨害をしてきた。その近くでいつまでも生徒を宿泊させておく意味はない。その当たり前を、当然のように行うってのは司令官が冷静なんだろうな。

「相変わらず舐めたヤツよね、アンタって」

 内容のわりに抑揚のない調子で言葉が続く。

 ってことは、紅椿と白式は戦場にいるのか……まあいい。問題はそっちじゃねえ。

「相変わらずのぼっちなのか。友達増えたか?」

「うっさいわね。アンタに言われたくないわよ、精神的ぼっち」

「うっせ。物理的ぼっちのてめえに言われたくねえよ」

「まあいいわ。数少ない友達であるアタシがアンタに引導を渡してあげるわよ」

「そりゃありがたいこって。でもダチが少ねえのはてめえであって、オレはそれなりにダチ多いぞ」

 顔を合わせれば悪態を吐き合う関係は、小学校中学校と一緒にいたときから変わらない。

 一分ほどだろうか、二人して無言のまま視線を交わし合う。

 その間にも色々と作戦を立てるが、分が悪すぎて勝てる見込みがない。こっちは零落白夜を食らったせいで、シールドエネルギーが残り1割もないんだ。

 深呼吸我割に大きなため息を吐いてから、鈴へ敵意を込めた目を向けた。

「どうしてわかった?」

「アンタがいるってわかったからね。念のために一人、旅館に残しておこうってラウラが」

「良い読みだ、さすが部隊長様は違う」

 強がって吐き捨てるが、作戦失敗にも程がある。

 ここで専用機持ちが出てくるなんて、勝てるわけがない。昼間の戦闘の話を聞いていれば、油断なんてするわけもないだろうし。

 それでも諦めるわけにはいかない。

 やるしかない。相手の心情に訴えかけて隙を作って、一撃で仕留めるよう臨機応変に行く。

 引き返せないなら、突っ走るだけだ。

「ここじゃ旅館を巻き込む。場所を変えようぜ」

「いいわよ」

「砂浜に行くか」

「ええ」

 オレが先導する形で来た道を戻る。

「左腕から血が流れてるけど、大丈夫なわけ?」

「問題ねえよ。どうせ感覚はねえし」

 左腕を抑えながら歩くが、ポタリポタリと血が落ち続けていた。塞がったと思った傷が開いたようだ。

「今度は何がしたいわけ?」

「別にお前にゃ関係ねえだろ」

「内容によっては、協力しないでもないわよ。アンタには借りがあるし」

「貸した覚えがねえよバーカ」

 距離を開けて、二人で暗いアスファルトの上を歩く。左手には防波堤があり、その向こうには砂浜がある。アスファルトの切れ目が見え、そこにある階段を下りたら決闘の地である。

 足の進みが我ながら遅い。出血のためか勝ち目のない戦いで気が重いせいかか、まだどこかに迷いがあるためか。

 それでも、オレがやることは変わらない。間違っているとわかってても、進むだけだ。

 フラリと足元がもたつく。

 かなりマズい状況だ。

 だが、まだ手はある。

 決意した瞬間に、オレはアスファルトの上に倒れ込んだ。

 慌てた様子で鈴が駆け寄ってくる。

「何やってんのよ!」

 鈴が前のめりに倒れているオレの顔を覗き込んでくる。

「……どうにも限界らしい」

「何がしたいのよ、アンタは!」

「うっせ、てめえにゃ関係ねえよ」

 悪態を吐きながら、防波堤に寄りかかって何とか立ち上がる。やばい、演技のつもりで倒れたのに、本当に下半身に力が入らない。

 前のめりに倒れ込みそうになるオレを、鈴が体で支えてくれる。

「何よこれ、アンタ、体が冷たいにも程があるわよ!」

「てめえの体はあったけえな、子供かよ」

「バカ言う暇があったら、休みなさいよ!」

 声を荒げながらも、心配げな様子を隠せないでいた。

 何だかんだで優しいヤツだ。傍若無人で口と同時に手が出てくるバカだが、根はただのツンデレだ。

 だから、その優しさが命取りになる。

 右手で鈴を突き飛ばした。

 小柄ゆえに簡単に押し出され、たたらを踏みながらも体勢を立て直そうとする。

 これ以上の言葉はない。

 戸惑いながらもオレを心配げに見つめる、少し子供っぽい顔の友人を見据えた。

 ISの左腕部装甲を部分展開。

 そして、ISを展開すらしていないその体に向けて、ボディブローを叩きこもうとする。

「ヨウ!?」

 だが、オレの最後の武器は、虚しく空を切っただけだった。

「チッ、野性児が」

 思わず悪態を吐いてしまう。

 昔っからどんなことも直感で何とかしてしまう女だった。

 殺さないように可能な限り力を抑えたのが災いし、オレの拳は大したスピードが出ていなかったのもあるだろう。

 結論として、下を向いた鈴の腹にオレの攻撃は刺さらなかった。

 後ろに飛び退った回避した鈴が、視線を落とし、

「そういうこと……ね」

 と暗さを持った言葉で声帯を振るわせる。

 赤い光の粒子が集まり、一瞬で鈴のISが展開された。肩に浮いた球形の武装が特徴的な、中国の京劇にでも出てきそうな鎧を模した機体『甲龍』。それが、オレの前に立ち塞がったのだ。

 はっきり言って勝ち目はない。今の攻撃が最後のチャンスだった。

 うつむいたままの鈴が右手を伸ばす。そこに現れたのは青龍刀、銘を双天牙月と呼ばれる兵装の片割れだ。

「引導を渡してあげるわよ、二瀬野鷹」

 

 

 

 

 咄嗟に残りの部分も展開させて防波堤を飛び越え、PICを起動させ砂浜に飛び降りた。

「逃がさないわよ!」

 同じように鈴が飛び越えて追いかけてくる。

 万全の状態である甲龍と、砂浜で向き合った。

「さて、どうしてあげようかしら」

 二本の青龍刀を持った赤いISが、悠々とした足取りで歩いてくる。

「逃がしてくれねえか?」

「そんなわけないでしょ」

「だよな」

 刃の届く位置まで来た鈴が、右腕をオレに向けて振り下ろす。

 咄嗟にバックステップをして回避するが、相手もそれに追いすがってきた。

 今度は左腕の青龍刀を横に振るう。

 後方に飛んで逃げようとするが、動作が間に合わず攻撃がオレの右足に直撃した。それだけでオレは横に十メートルほど吹き飛ばされて砂の上に落下する。

 脚部装甲というには脆すぎるただの金属板が砕け散っていた。

 しかし幸いというか、側面だけだったのでまだ立つことは出来ている。

「いつかは引き分けだったっけ」

 青龍刀を肩に担ぎ、赤いISのパイロットが幼い声で嘲笑った。

「お前はバカだからな」

「お互い様、でしょ!」

 言葉と同時に砂を踏みしめて、鈴が飛び込んでくる。

 まともに戦える武器は左腕だけの状態で、攻撃を捌き切るなんて無理だ。

 右側から振ってきた青龍刀、双天牙月を左手で受け止める。だが一瞬遅れて振り払われた左からの攻撃が、オレを吹き飛ばした。

 何とかたたらを踏んで持ちこたえて、前を見据えた。

 シールドエネルギーは2%以下だ。相手を殴れば、その反動でISが解除されるかもしれないレベルである。

「あの羽付きはどうしたわけ?」

「テンペスタはもうねえよ」

「ああ、取られちゃったの」

 いつもの興味なさげ声で、冷たく事実を確認してくる。

「興味ねえなら、最初っから聞くなよバカツン」

「……ったく、憎まれ口ばっかの男よね、アンタって」

「IS学園じゃお前だけだよ感謝して安心しろ」

 実際の話、ここまで憎まれ口を叩くのは、鈴ぐらいのものだ。一夏とは会話になるし、弾や数馬だって普通に話をする。

「会ったときは、全然会話しなかったくせに」

「お前のこと、嫌いだったからな」

 事実、最初は鈴のことが嫌いだったが、今はもう慣れた。

「そりゃ初耳だわ。一夏は一夏でお節介ばっかり焼くし」

「思い出話か。いいねえ、一昼夜語りつくせそうだわ。セカンド幼馴染さん」

 軽口を叩いて自分を鼓舞する。こういうときこそテンションが上げていかないと、くじけてしまいそうだ。

 そんなオレに対し、鈴が怪訝な目つきをしたあと、ぷいっと目を逸らした。

「あの後、不思議に思ったのよね。どう考えても、アタシはサードでしょ」

「何の話だよ?」

「箒がファーストなら、アンタがセカンドでしょ?」

 一夏と出会った時期から言えば、箒と鈴とオレの中では、確かに二番目だ。確かにオレがセカンド幼馴染でもおかしくはない。以前の知識で凝り固まった頭じゃ、全く気付かなかった。

「言われてみりゃそうだな。アイツ、オレのことなんて眼中になかったのか、実は」

「アンタは一夏にとって、幼馴染じゃないのよ。残念だったわね」

「みたいだな。オレは友達と思ってたんだけど」

「今でも?」

「今でもだ。色々と事情があるけど、友達ってのは別に敵味方に分かれてても良いだろ」

「じゃ、今でもアタシと友達なわけだ」

「……えー……? お前とー?」

「何でそこで渋るのよ!」

「だってお前ガサツだし」

「ガサツとか言うなっての! 充分女らしいでしょうが!」

「どこがだよ……。酢豚ぐらい作れるようになったのかよ、中華料理屋の娘」

「……何でアタシが酢豚を練習してること知ってんのよ。またお得意の何でもお見通しってやつ?」

 鈴が疑わしげに眉間に皺を寄せる。

 この世界では、織斑一夏が鈴と交わすはずだった約束が存在しない。何故なら鈴が転校していくより前に、一夏は何も言わずにドイツへと渡っていったからだ。

「カンだよバァカ。どうせ一夏が昔、美味いって食ってたのでも思い出したんだろ。そういや昔、お前んちでテレビ見ながら食ってたな酢豚」

 時間を稼いで油断を誘おうと、思いつく限りの思い出を口にしていく。

「ああ、店のちっこいテレビを子供で占領してたヤツね。そういや紅の豚見て泣いてたアンタが傑作だったわ」

「初めて見たんだよ。良い話じゃねえか。あとアレだ、夏休みの昼前に、ネズミとネコが追いかけっこするヤツも見てたよな」

「一夏がアタシとアンタみたいだとか言ったヤツね。失礼なヤツよね、アイツは」

「アイツは基本が朴念仁で唐変木だ。知ってるだろ」

 会話してるうちに意識がハッキリしてきた。時間稼ぎにゃなったな、思い出話も。

「さて、そろそろ終わらせて、アタシもあっちを追いかけないと」

「オレを置いて行っても良いぜ。もう戦えねえ」

「残念だけど、それは出来ない相談ね。アンタを簀巻きにして玲美に渡すって約束したし」

「余計なことを」

 さて。

 この状態ならIS使った方が逆効果だな。

 ISへ送られる搭乗者の健康状態のフィードバックが一定値を下回れば、おそらく絶対防御が発動する。そうすれば眠りこけてしまい、ゲームオーバーだ。

 視界に浮いたウィンドウを操り、あと一回だけ目線を動かせばISから手足が抜けるようにセットした。残念ながら自爆機能とかがないのがツラいところだ。

 ったく、男ならつけとけよな、自爆機能。ロマンだろ。

「何やってんのよ」

 ISから手足を抜いて地面に降りる。一瞬ふらついたが、軽く足を叩くと感覚が戻ってきた。

「んじゃな」

 軽く手を挙げてから、それこそネコから逃げるネズミのように、オレは砂浜を駆けだして寮へと向かおうとする。

「逃がすかっての!」

 一気に加速した甲龍が、オレの前の数メートル先に立ち塞がった。

 地面から砂を一握り掴んで、前方へと投げつける。

「そんな眼つぶし、効くわけが」

「勢い余ってオレを殺すなよ!? 今はISつけてねえぞ!」

 もちろん、視界を遮ってもセンサーで捕捉できるのはわかっている。

 だが目的は鈴が微妙な手加減をできない状況に落とすことだ。つまり、アイツはオレを殺すことが出来ないがゆえに、見逃すしかない。

 人質は自分自身だ。相手は思い出話ができる友人を、殺すことができるようなヤツじゃねえ。

 作戦が成功したかに見え、一気に鈴の横を駆け抜けようとしたときだった。

「甘いわよバカ」

 冷たい声とともに、オレの体が空中に舞った。

「んな!?」

 驚いて眼下を見下ろせば、鈴の龍砲が地面を向いている。自分を中心に足元の砂に向けて圧力砲を打ち出して、着弾の爆風でオレを吹き飛ばしたようだ。

 そしてISの右腕で空中に舞ったオレをキャッチする。

「はい終わりよ」

「……クソッ」

 オレの体はまるで洗濯物のように甲龍の右腕にぶら下がっっていた。さっきの衝撃が効いたせいか指先ぐらいしか動かせねえ。

「何をしたかったのか、教えてくれるわけ?」

「言ったって何も変わらねえ」

 気が遠くなっていく。ぶら下がった左腕は、傷が盛大に広がったせいか血が止めどなく滴り続けていた。

「ふーん。ま、とりあえずケガの治療ね。このままじゃアンタ死ぬわよ?」

 大きなため息とともに呟きながら、鈴がISをゆっくりと空中へと飛ばせる。

「命とか、いらねえよ。すでに一回、死ん……でるから、な」

 そんな短い言葉すら、まともに吐き出せない。息も絶え絶えってのはこのことか。

 ……何か手を考えないと……。

「残念だけど、死んで欲しくないから」

「だけどな鈴」

「……もう喋んないでよ」

「どうせもう、死んだ方がマシな人生だ」

 決してカッコ良い意味じゃないのが二瀬野クオリティだ。

 なにせオレは世間的に見て頭がおかしいヤツだし、ISの強奪という重罪を犯し、なおかつ脱走兵でもある。どうやったってまともに生きられるわけがない。

 オレはこの先ずっと、檻の中で暮らしていくような生活を強いられることが確定しているようなもんだ。

 ああ、チップはまだ一つあるじゃねえか。それなら今から交渉をしよう。

「鈴」

「何よ」

「頼みがある」

「嫌よ」

「んじゃ……別にいい」

 ボロ雑巾のようにぶら下がった体で、最後の力を振り絞る。高さ3メートルほどを飛ぶISから飛び降りた。

「ちょっと!」

 慌てた様子でも、オレの体が地上に落ちる寸前で拾い上げたのはさすがだと思う。オレじゃそこまで正確な動きは出来ない。

「バカ! 何してんのよ! 死ぬわよ、本気で!」

「死ぬ気だったんだよ」

「何で死のうとすんのよ! 意味わかんないわよ!」

 今度は離さないようにするつもりか、鈴はISの両腕でしっかりとオレを抱きかかえる。

「交渉だ」

「交渉? 何言ってんの?」

「オレの命」

「はぁ?」

「今から言うオレの言葉を聞かなければ、オレは自殺する」

「……なに馬鹿なこと言ってんのよ」

 呆れたようにため息を吐きながら、鈴が砂浜にISを着地させた。

「いいか、よく……聞けよ。オレを見逃せ」

「嫌よ」

「残念だけどな、オレはこれに賭けてる。死んでもいいと思ってる。だから、ここで足止め食らうぐらいなら、死んだ方がマシだ」

「残念だけど、自殺なんてさせないわよ」

「ここでしなくても、終わったら自殺する。何があろうとも絶対にオレは自殺する。別に恨みつらみは言わねえ」

 朦朧とする意識をはっきりさせるように、大きく息を吸い込む。

 信じられないという鈴の顔を見据えて、オレは最低なことを口にした。

「なあ鈴、友達を、自殺させたくないだろ?」

「……アンタ」

 小さな口から歯軋りが漏れる。

 ま、そりゃ怒るわな、普通。

「こちらとしても、そいつに自殺してもらっちゃ困るんだけどなぁ」

 オレたちが睨み合う中、あざ笑うような女の声が響いてきた。

 暗闇の中、至近距離で沈黙して睨み合うオレたちの前に突如、二機のISが現れる。

 ……チッ、こんなところまで追いかけてきやがった。

「どうも、宇佐隊長」

「おう、脱走兵。覚悟は出来てるよなぁ?」

 腕を組んで、オレと鈴を見下ろしているのは、亡国機業のパイロット、オータムだ。

 予想外の事態に、おかげさまで頭が冴えてきた。

 ただし、装着しているのはテンペスタじゃない。見たこともない鈍い銀色のISだ。随分と角ばった形で、装甲の各所にコネクタ状の穴があった。あれ、電子戦用のメイルストラム・クラケンか?

 そしてもう一機のISが暗闇から姿を現す。

 鈴が目を細めて、

「ブルーティアーズ?」

 と尋ねてきた。

 よりにもよって、アイツかよ。

「いや、BT実験タイプ二号機、サイレント・ゼフィルスだ」

「ってことは、相手はイギリスの代表? 候補? アンタ、一体どこにいたわけ?」

「違う。イギリスは関係ない。おそらく盗まれた機体だ」

「はぁ?」

 クソッ、状況が最悪すぎる。

「鈴、いいか? 逃げろ。絶対に勝てる相手じゃない」

 黒いバイザーをつけたままのBT二号機のパイロットが無表情のまま突っ立っている。年頃はおそらくオレたちと同じぐらいだが、隠されている顔は、織斑千冬と同じものだろうな。

 ……あれが亡国機業のM、織斑マドカか。

「ハッ、中国の第三世代機か。大したことなさそうだなぁ。そいつも徴収していっちまうか」

 宇佐隊長様殿が腹を抱えてケタケタと笑う。美人が台無しだな。

「オータム、私は何をすればいい?」

「そっちの男を抑えてろ。殺すなよ」

「了解」

 興味なさそうに返事をしてから、織斑マドカがライフルを片手でオレに向ける。

 鈴がゆっくりと地面に降りて、オレを手放す。

「あれ、敵?」

「……敵かどうかはわからん。だけど鈴、お前じゃ無理だ」

「言ってくれるわね。でも逃がしてくれそうにないけど?」

 そう言って、唇の渇きを潤すように舌で舐める。その表情はやる気満々だ。

「戦うな、最悪、ISを剥がされるぞ」

 なるべく相手に聞こえないように小さな声で呟く。

「何言ってんの?」

「……リムーバーっていう、ISを強制的に剥がす武器がある。気をつけろ」

「そんなもんがあるの? でも、逃がしてくれないんじゃ仕方ないわよね。あっちの青いのは、セシリアと同じぐらい?」

「段違いだ、話にならねえ。ビームが曲がる」

「曲がる?」

「BT兵器ってのは元々、ビームを低速化させる代わりに偏向射撃が出来るようになっているんだ。セシリアじゃ稼働率が低くて無理なんだが、あっちのパイロットは平気でやってくる」

「何でアンタがそんなこと知ってんのよ」

「何でもお見通しっつったのはお前だろうが」

「ま、それがわかってりゃ充分よ。アンタは逃げなさい」

「狙いはオレだ。一機なら逃げられるか?」

「アタシが二機相手にして勝ってあげるわよ」

「無理だ、おいバカ!」

「いいからさっさと逃げろっての!」

 鈴がオレを置き去りにし、空中に舞い上がりながら、龍砲を撃ち始める。

「お、やる気じゃねえか」

 オータムが馬鹿にしたような笑いで嘲る。

 甲龍から放たれる不可視の弾丸を、亡国機業の二人は軽々と回避し、次の行動に移り始めた。

 つまらなそうに鼻で笑いながら、織斑マドカがビットを展開して射撃を始める。まずは小手調べなのか、偏向射撃を使う様子はない。

 それよりも……オータムのISは何だ? アラクネでもホークでもねえ。メイルストラム・クラケンはまだ未完成のはずだぞ。突貫工事で持ってきたとしても、何でそんな未完成の電子戦用ISを持ち出してきた? 

 オレは置き去りにしていたメッサーシュミットに乗り込みながら、相手を観察する。

「オラッ、行くぜ!」

 オータムが装着している角ばった装甲の、各所にあるコネクタ状の穴からホタルのように光る物体が溢れ出した。

 なんだ、あの光? 

 全身に開いた穴から、それこそ生きている虫のごとく群体を形成しながら甲龍へと襲いかかる。鈴も咄嗟に回避しようと、上空へ回転しながら舞い上がっていった。

「ハハハハッ、どうだ、このバァル・ゼブルはよ!」

 蝿の王と名付けられたISは文字通り、小蝿がごとき極小の光を、無尽蔵に放出し続けていた。

「くぅっ!?」

「鈴!」

 光る虫の大群に襲われ、鈴の着けている装甲がガリガリと削られていく。右肩の龍砲が爆発した。

 電子戦用のメイルストラムじゃねえ……まだあんな機体隠し持ってたのかよ! なんだ、あの武装……。極小の実弾ビットなのか? 

「アンタはさっさと逃げなさいよ!」

 虫を振り払うように二本の青龍刀を振り回すが、無軌道に動いてまとわりつく小さな虫が次々と小爆発を起こしていった。

 どうする……!?

「動くな」

 すぐ近くに浮いていたゼフィルスが、オレにライフルとビットの銃口が向けている。

「……Mか」

「ふん、色々と事情通らしいな」

「お姉ちゃんは近くにいるぜ? 会いに行かなくていいのかよ」

 挑発するように軽口を叩いた瞬間に、一つのビットがオレの足元を狙い撃った。

「喋るな。殺すなとしか言われていない」

 冷たい声音で短く告げられる。

「クソッ」

 何とか隙を探そうとするが、周囲を完全にBTビットで囲まれていて、動ける場所がない。

「キャッ!?」

 鈴の短い悲鳴が聞こえる。煙を挙げながら、甲龍が砂の上に落ちた。

「ふん、下らねえ。機体が勿体ねえな、てめえには」

 甲龍の動きがない。IS自体は展開されてるからエネルギーは残ってるんだろうけど、機体は明らかに満身創痍だ。二門の龍砲は破壊され、装甲の至るところに虫食いされたような傷跡が残っていた。あの爆発する極小ビットが原因か……。

「さて、赤いのを奪って、脱走兵を連れて帰るか。M、てめえがついてきた意味はなかったな」

 つまらなそうに吐き捨てながら、オータムが倒れ伏している鈴に近づいていく。

 砂浜に突っ伏していた鈴が、地面に落ちていた双天牙月を拾おうとするが、その手をオータムが踏みにじった。

「い、痛いわね……」

「おうおう、ガキんちょが。粋がっちゃってまあ。こちとら慣れない管理職までやっててストレスが貯まってんだ。あんまり余計なことをすると」

 不愉快げに唾を吐き捨てた後、足へと体重を大きく乗せる。その下にあった甲龍の手甲が破壊された。

「殺すぞ?」

 短い悲鳴を上げる鈴に対し冷徹に、だが明確な殺意を持って言い放つ。

 クソ、どうする……このままじゃ鈴が……。

「オータム、こっちは?」

 織斑マドカが興味なさげに事務的な問いかけを投げる。

「ISは破壊してもいいが、コアは残せよ。死なない程度に思い知らせておけ。ああ、あんまり目立つ傷はつけるなよ。私が疑われるからなあ」

「わかった」

 Mのサイレント・ゼフィルスの引き金を引こうとする。同時にビットにも光が充填されていった。

「ヨウ君!」

 女の子の声が響く。

 その瞬間に、全てのビットが破壊された。

「理子っ!?」

「早く!」

 空中高くに桜色のラファール・リヴァイヴが一機、浮いていた。あれはたぶん、デュノアからコアを借りて四十院が作ってた機体だ。実弾の狙撃ライフルを持ち、数機のミサイルポッドを脚部につけているようだ。

 理子が腰から数本のグレネードを取り出して投げつける。

「ふん」

 Mが興味なさそうに片手で銃を持ちあげて、引き金を引いた。その一回のビームが弧を描き、全てのグレネードが空中で爆発する。

「うそっ!? 何そのビーム!?」

 驚いた様子で理子が再びグレネードを投げつけた。

 ……ったく。

「何だ? 二瀬野のオンナか?」

 オータムが空を見上げると同時に、IS『バァル・ゼブル』の各部に供えられた超小型ビット射出口が開いて、中から光る虫の大群が、まるで巨大な蛇のようにうねりながら理子のラファールに向かう。

 理子の狙いはわかった。アイツは別に勝つ気で来てない。

 その証拠に、オレたちのいる砂浜に向けて、ガソリンエンジンの唸る音が近づいてくる。

「鈴! IS解除! 目を閉じろ!」

 同時にオレもISを待機モードにして走り出す。

 バァル・ゼブルの極小ビットが、投げられたグレネードに接触すると同時に、網膜を焼き尽くすほどの閃光を放った。

「対ISバイザー閃光弾だと!?」

 ったく、演技がわざとらしいんだよ、理子め。

 いくつかのセンサーに焼き付けを数秒間起こすだけの、大した意味のない兵器だ。ちなみに国際IS委員会認定の競技種目では使用禁止されているレア物である。

 だが、人間を捕捉できなくするにはちょうど良い。

「ヨウさん!」

 オレを呼ぶ少しだけ懐かしい声と、ガソリンエンジンの音が聞こえる方へ、目を閉じたまま走り抜けていく。

 ようやく止み始めた閃光に背中を向けて、目を開ければ、そこには軍用の黒いゴーグルをつけ、バイクにまたがった神楽がいた。

「二輪免許なんて持ってたのかよ」

「食材の貸し出しに便利なんです」

「マジかよ、地獄の使者だな、このストファイ」

 彼女は味覚障害があるんじゃないかってぐらい、不味いメシを作る。IS学園にいたころは何度、その被害にあったことやら。

 オレはその後部座席に飛び乗り、神楽に密着して後部座席にわずかな空間を作った。

「鈴!」

「はいよ!」

 それこそ上海雑技団の軽業師のように鈴がジャンプして、オレと背中合わせになるように飛び乗った。

「行きます!」

 バイクが唸りを上げて走り出す。

「理子は!? アイツが勝てる相手じゃねえぞ?」

「もう一機、応援が来ます。ある程度時間を稼いだら、逃げる手はずです」

「誰だ?」

「接近が確認できました。さっきの閃光弾で場所も伝えられたはずです。向こうから直接コンタクトがあり協力したいとのことでした」

 戦場から遠ざかっていく中、理子は各種グレネードを投擲しながら逃げ回っていた。

 だが、相手が悪すぎる。曲がるビームと極小ビットであっという間に追い詰められていた。たぶんこっちはすぐに追いつくと思って放置しているんだろう。

 そんな絶望的状況に落ちた夕闇の戦場に、やってきちゃいけない人がやってきた。

『ばーん! 頼れる女、IS学園最強、更識楯無、ただいま参上!』

 空中に現れた青いヴェールをまとった女の人は、古巣の生徒会長様だった。

『いきなりクリアパッション!』

 楽しそうな声と共に、砂浜側で巨大な爆発が起きた。

「だ、大丈夫なの!? あれ!」

 背中から不安げな鈴の声が聞こえる。

「まあ、戦況を見誤ったりはしねえだろ。仮にもIS学園最強でロシアの代表だ。それより神楽、助かった」

「これぐらい、なんてことありません」

「悪いんだけど、少し離れたら下ろしてくれ。やらなきゃいけないことが」

「何をするんですか?」

「……言っても仕方ねえ」

「もう少し走ったら、下ろします。それまでは狭いですが我慢を」

「わかった、すまねえ」

 理子のグレネードと生徒会長の起こす爆発が遠くなっていく。

 オレたちを乗せた定員オーバーのバイクは、沿岸の道を走り抜けていった。

 

 

 

 海岸線を五分も走ったところにある崖の傍で、神楽がバイクを止めた。

「助かる」

 後部座席から鈴が飛び降りたのを確認して、オレと神楽も地面に足を下ろす。

 さっきまでオレたちがいた場所は、まだ戦闘中のようだ。理子、大丈夫か……?

 ゴーグルを外した神楽はIS学園の制服のままだった。いつもどおり淑やかな動作で、髪を軽く整える。

 ……こいつらが何をしたいのか、わからないが、やることは変わらん。

「悪いんだけど、神楽」

「はい」

「人質になってくれないか?」

「……はい?」

 呆気に取られた神楽と共に、隣に立っていた鈴が目を細める。

「何言ってんの、このバカ」

「色々と事情ありだ」

「ったく。結局、何がしたいわけ?」

「言っても信じないし、協力も期待してねえよ」

 吐き捨てるように言ったオレに対し、鈴が鋭く睨みつける。だが、それ以上何も言う気はないのか、小さくため息を吐いた。

 代わりに神楽が悲しそうに微笑みながら、

「何をしたいのかは、何となくわかります。理由はわかりませんが」

 と答えてくれる。

「ま、お前は賢いからな。ただ、オレはもう四十院を信じる気はねえ」

「もちろん信じてくださいなんて、口が裂けても言えません。私自身、少し疑いを持ってますから」

「は?」

「テンペスタ・ホークの件といい、父たちが何を考えているかわかりません。それよりも」

「ん?」

「狙いは、ナターシャさんというより銀の福音、ですよね」

「……さすがだな。正解だ」

「米軍のIS用揚陸艇も横須賀沖に停泊中、作戦が終わり次第、海上で銀の福音を回収予定です」

「……んだと?」

 クソッ、ここに着いたときに見えた揚陸艇か。銀の福音をそのまま回収されると、交渉どころじゃねえ。米軍に持ちかえれば即封印だ。

「玲美が今、頑張っています」

「玲美が? いや頑張ってもらっちゃ困るんだが」

 アイツは今、ラウラたちと一緒に、銀の福音と戦っているはずだ。

「玲美がIS学園のみんなに、あの機体を渡さないように戦っているはずです」

「んだと!? 他の専用機と? 自殺行為だぞ! てか意味ねえだろ!」

 一緒に行っている機体の数は、6機だ。6対1なんて馬鹿げてる。

「さらに篠ノ之束博士が作戦に同行しています」

「はぁ?」

 白式と紅椿も、篠ノ之束に修復されたおかげで、戦闘に直行したってわけかよ。

「黒いISを三機、夜竹さんと相川さん、それと谷本さんに装着させ、作戦に同行していると玲美から通信がありました」

「どういうこった!? 意味がわかんねえぞ!?」

 なんだその動きは。知らない、オレは知らねえぞ。どういうつもりで……。

「どうしろってんだって、9対1じゃねえかよ、あのバカ!」

「それでもやる、と」

「な……んでだよ、なんでそんなことを!」

 無理に決まってるし、玲美が銀の福音を渡さないようにする意味だってない。

 ここで余計な行動をしたら、銀の福音を守れても守れなくても、玲美は圧倒的に立場が悪くなる。やる意味なんて全くない。

 ……ああ、やる意味ないよな、オレがやろうとしてること自体が。玲美に人のことを言えた義理じゃない。

 それでもやると決めたらやる。誰が喜ばなくとも、自分のエゴのために動く。

「私たち三人には、これしか出来ません。私たちの行いの償いを。どんな理由であれ、今は貴方を信じて……いえ」

 そう言って神楽がもう一歩、近づいてくる。

「神楽?」

 目の前の女の子が、柔らかい唇をオレの頬につけた。

「今は信用を失っていると思いますが」

「……って」

「今は、貴方を……いえ、どんな過去と秘密があろうとも、今は二瀬野鷹という人と過ごした三か月を信じて」

 ゆっくりと優しい声で、四十院神楽が三人を代表して、オレに思いを告げてくれた。

 だが、オレには返す言葉がない。

 もう一度、信じて良いというのだろうか。

 この三人だって、どこまで行ってもIS学園の生徒で、四十院研究所の関係者だ。

「これを」

 神楽がポケットから和紙で包まれた何かを取り出す。そっと開いて見せてくれた中身には、黒く長い髪の毛が一房、納めてあった。

「……これは」

「玲美のです」

 言われなくても見ればわかる。

 何度も撫でてきた、柔らかく艶やかで、いつも本人が癖を気にして押さえつけてた、長い髪だ。

 おずおずと手を出して、それに触れた。指先に伝わる感触が懐かしい。

「ったく。いい加減にするわよ!」

 鈴がオレの背中を大きく叩いた。

「ってぇな!」

「今度はアンタに協力してあげるわ。千冬さんには申し訳ないけど」

「鈴?」

「アンタには借りもあるし付き合いは長いしね。一夏には悪いけど、今のアンタを見ない振りしてIS学園で何も無かったのように生きてくとか、アタシらしくないわ」

 薄い胸を張って、鼻息荒く得意げに言い放つ。

 それを聞いて、神楽が、

「鈴さん、ISは?」

 と問いかけた。

「低空ならある程度のスピードで飛べるぐらいね。戦闘は無理」

「では、四十院の洋上ラボへ、私とヨウさんを連れて行って下さい」

 玲美の髪を丁寧に和紙へと納めながら、神楽がそんなことを言い出した。

「洋上ラボ? 何しに?」

「ヨウさん」

「なに?」

「『悪魔』を、お返しします」

「……あれは内陸の研究所にあるんじゃねえの?」

「この間、洋上ラボへと搬入したんです。私がいたのも、そのためです」

「なるほどな……でも厳重なロックとか」

「キーは全て把握しています。おそらくお父様たちも警戒はしていますが、鈴さんがいるなら」

「……いいんだな? 後戻りは出来ねえぞ」

「若さゆえの過ち、とお父様たちには言っておきます」

「若さゆえって……」

 ちっとも見かけが高校生っぽくねえくせに、よく言いやがる。

「わかった。鈴、頼む」

「了解」

 ボロボロになった赤いISが現れる。軽く調子を確かめるように屈伸運動をした後、

「落ちないようにね。拾わないわよ」

 と鈴が膝をついた。少し笑ってるようにも見える。

 差し出された両腕にそれぞれが腰掛けてしがみつくと、甲龍が地面からゆっくりと飛び立った。

「それでは、参りましょう」

「座標指示よろしく」

 オレたちを振り落とさないように注意しながらも、鈴がスピードを上げて海面ギリギリを飛んでいく。

 テンペスタⅡ・ディアブロ。

 この二瀬野鷹と因縁のあるISコア2237、それを乗せたインフィニット・ストラトス。

 ディアブロがどんな性能を持ってるかなんてわからないけど、スペックは所詮、乗ったこともないテンペスタⅡに過ぎないだろう。

 これに賭けるしかないのか……。

 いや、篠ノ之束が三機、持ってきたっつってたな。

「神楽、電話持ってるか?」

「はい、ありますが……」

「オレのいた分隊の基地に繋げてくれ。リア・エルメラインヒを呼び出して欲しい。」

 ポケットから取り出されたケータイを操作し始める。

 せっかくだ、逆手に取ってやる。

 敵は9機。白式、ラファール・リヴァイヴ・カスタム、ブルーティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲン、打鉄弐式、紅椿。そして篠ノ之束が持ってきた、クラスメイトの乗る三機。

 こっちは、性能すらわからないオレのディアブロ一機のみ。甲龍は戦闘不可、理子のラファールはおそらく離脱中、生徒会長はもちろん参加するはずがない。たぶん、局所的に介入してきただけだ。

 だったら。

 アイツらにとって最悪の敵となってやろう。

「ヨウさん、リア・エルメラインヒさんに繋がりました」

「さんきゅ」

 電話を受け取ると、回線の向こうから、

『何やってんのよ、今』

 といら立った声が聞こえてきた。

「悪い。ちょっと伝言があって」

『伝言? てか今、何やってんの? 隊長は貴方を追って』

「急ぎなんだ。オレもやることがある。んで、その隊長に伝えて欲しいんだ、至急」

『なに?』

「篠ノ之束お手製のISが三機、欲しくないかって。あと、同行してるMってヤツに伝えて欲しい」

『M? 誰?』

「向こうは知ってる」

『それで何て伝えれば?』

「兄弟と戦わせてやるってな」

 

 

 

 

 

 










次話は、国津玲美視点で時間が少し巻き戻ってからになります。

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