ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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2、U R

 

 

 IS学園に入学して数日、昼飯は学食で取るしか手がないので、そちらに向かってのんべんだらりと廊下を歩いている。そこにクラスの女子が声をかけてきた。

「二瀬野クン、今からご飯?」

「そうだよ。一緒行くか?」

「いいの? やったー」

 そう言って喜ぶのは、国津さんだ。ちょっと外側に跳ねた黒いストレートに、明るい表情を携えた可愛い子だった。てかこのクラス、可愛い子ばっかりなんですけどー?

「お、レミ、成功した?」

「大成功! てか逆ナンされた!」

「グッジョブグッジョブ!」

 背の低いメガネをかけた子が駆け寄ってくる。その後ろを背の高い大人しそうな子が歩いてきた。たしか岸原さんと四十院さんだ。てか逆ナンって逆じゃないか?

 大事なことを言うならば。

 オレは童貞ではない。

 中学校二年のときには付き合ってる子がいた。三年で受験で忙しくなってからフラれたが、致すことは致しました。なので童貞ではない。童貞ではない。

 いやだって二度目の人生だよ? それなりに女の子に耐性がつくってもんでしょ。精神的余裕もあるわけだし。なので、少なくとも一夏のように戸惑うことは少ない。少ないだけで、結構あるんだけどなっ!

「二瀬野君は、今日はお弁当じゃないんですか?」

 おっとりとした声で、背の高い四十院さんが問い掛けてくる。

「んー今日ぐらいから、家を出てどっかで暮らすつもり。親が引っ越すらしくてさー」

 何とか軽い調子で返すことが出来たようだ。三人とも少し小首を傾げる程度で、内容を正確には把握できなかったようだ。

 食堂につくと何人かの見知ったクラスメイトが先にいて、明るく手を振ってきたので、軽く振り返す。あの袖の余り具合は噂の布仏さんか。

 食券を買って、空いてる席に四人で座った。

「そういえば、二瀬野クンって、専用機貰えるんだって?」

 小さな口にハンバーグを詰め込みながら、女子(小)こと岸原さんが尋ねる。

「お? なんで知ってるんだ?」

「ふふふふーひみつの情報網さっ」

「やっぱり、唯一の男性操縦者だからなのかしら?」

 女子(大)こと四十院さんがサンドイッチから口を離して聞いてくる。

「そりゃそうだろうなあ。それ以外に理由とかないし……」

「二瀬野クン、世界中の男の期待の星だもんねーいいなー」

 女子(中)こと国津さんがスープを飲み込んでからオレに大きな目を向けた。

 緑茶を飲んでいた四十院さんが湯呑を置いてから、

「でも実験機を預ける方も大変なのよ、玲美」

 と友人に教える。

「え? 気に行った人に、はいどうぞって感じじゃないの?」

「メーカーとしては誰かに専用機として渡した方がデータだって一杯取れるし、そうなったらIS学園なんて専用機だらけになるわよ」

「あーそれはそうだね。なるほど」

「ISの専用機を預かる方には、思想チェックも含めて幾つものテストがあるし、それを満たした人でも、官僚と政治家含めた何人もの人が了承した人じゃないと渡せないわ」

「お国って、お仕事遅いもんね。誰か偉い人がポンっと押して『こいつだ』ってすればいいのに」

 それじゃ独裁だろと思ったが、まだ親しくないのでツッコミはよそう。その代わりに、

「ちなみにオレの専用機って、何なのか知ってる? なんか政府のオッサンが、楽しみにしとけって言ってたけど」

 と尋ねる。

 一夏なら、ここで白式なんていう規格外なISが貰えるんだろうけど、何をどうしたってオレは二瀬野鷹だ。あいつと同じように、白式が貰える保証なんて無い。それにオレは『篠ノ之束』との面識もない。

「うーん、明日ぐらいに届くって聞いてるから、それまで楽しみにしてたほうが良いんじゃないかな?」

「……明日か」

「頑張ってね、専用機持ちさん」

「あたし、整備科志望だから、色々触らせてね」

「期待しています」

 中小大の順番で言ってくる。

「りょーかいりょーかい。でもやっぱ、カッコいい機体がいいなぁ」

 今日の昼飯は、そんな和やかな感じで終わった。

 

 

 

 放課後になって、第六アリーナの格納庫にISスーツを着て来いと呼び出しを受ける。

 とうとう来たか、と胸が高鳴った。圧縮空気により分厚いドアが自動で開き、格納庫に入る。

 まっさきに目に入るのは、白いヴェールを被せられた、人と同じぐらいの高さの物体だ。あれが、オレの専用機か!

「失礼します! 二瀬野鷹、到着いたしました!」

 逸る気持ちを抑えつつ、姿勢を正して挨拶をする。

 現場には織斑千冬先生と山田先生、それと研究者と思える男女一組、スーツを着た中年の男、そしてなぜか女子(中)こと国津さんがいた。

「あれ、国津さん?」

「あ、二瀬野クン。早かったね」

「なんでここに?」

「いやーうちのパパとママが来てるもんで」

 と隣にいる白衣を着た二人を見上げた。

「やあこんにちは、どうも四十院IS研究所の国津です」

「四十院って……」

 思わず国津さんに視線を向ける。

「そうだよ、四十院って財閥の一部門。そこのお嬢様が四十院神楽こと、かぐちゃん」

 えへへと自慢げに国津さんが笑う。

 そこへ野太い咳払いが聞こえる。発生主は、スーツを着た中年の男だった。

「空自の岸原だ。よろしく頼む」

「……む、岸原というと」

 ふたたび国津さんに助けを求める。

「お察しの通り、理子のパパさん」

「な、なるほど」

 つまり今日、昼飯を一緒に食ってた三人は、オレの専用機の関係者ということらしい。

「二瀬野君!」

 ガシッと、岸原父がオレの手を掴む。

「は、はい」

「キミが我々の星なんだ! そのために四方八方と手を回して、このISを手に入れた! ぜひとも、ぜひともよろしく頼むよ!」

 岸原父は、四角い顔の熱い男だった。だが、嘘偽りのない期待の視線は、悪い気はしない。

「わかりました、可能な限り頑張ります」

 大きな手を力強く握り返す。その様子に、頼もしげに大きく頷いてくれたようだ。

「二瀬野」

 織斑先生のするどい声が飛ぶ。

「はい」

「ではさっそくフィッティングに入る。手順は読んできたな?」

「はい」

 全て頭の中に暗記している。

「では、ISを装着しろ」

「了解です」

 深呼吸をして、白い布を被せられた機体の前に立った。横に立つ国津さんのお父さんが、勢い良くヴェールを剥ぎ取る。

「テンペスタ……!」

 それはイタリア製の第二世代機だった。

「テンペスタ後期型、その高機動モデルをうちでカスタムした機体だよ。おそらく第三世代機を合わせても世界で最速が出せるんじゃないかな」

 穏やかな声で国津さんのお父さんが説明してくれる。

「正式名称は、テンペスタ・後期高機動型サイクロトロン共鳴加熱高機動加速装置採用試験機。うちじゃHAWCって呼んでるけど」

 少しでも速く飛ぶために作られた機体。空気を切り裂くために成形された、イタリア伝統の黒いスポーツカーデザイン。腰と背面に供えられた大型ウイングスラスター。

 イメージは一言で言えば猛禽類だ。

「まるで二瀬野クンの名前みたいだね。スペル違うけど」

 国津さんが、鷹のようだね、と言った。

「テンペスタ・ホーク。君の名にちなんで、そう呼ぶとしようじゃないか」

 岸原さんのお父さんが力強い声で提案する。

 第二世代機・テンペスタ・ホーク(岸原父命名)。

 それが、オレの専用機だった。

 

 

 

 もう上機嫌なオレだった。

 試乗したテンペスタ・ホークは、まるでオレを本物の鷹にしてくれたかのようだった。自由に空を舞い、空を切り裂いた。

 デフォルトの兵装こそ少ないけど、最大の武器はそのスピードだ。第6アリーナで練習していた先輩たちも度肝を抜かれたようだった。

 エネルギーが尽きて戻ってきたオレを、国津さんの両親と岸原さんの親父さんが嬉しそうな笑みで迎えてくれた。特に岸原さんの親父さんは、感激して熱い抱擁までくれた。

 試しに取ったデータは、四十院研究所に属するどの女性パイロットよりも速い最高速度を記録していたらしい。

 今は待機状態に戻っている。待機状態は、左足首に止まる金属の輪っかだった。いわゆるアンクレットだ。

 そんなこんなで、オレは超上機嫌で、夕ご飯を食べている。

「いやーまさか三人とも関係者だったなんてなあ」

 オレが話を振ると、国津さん岸原さん四十院さんが顔を見合わせて笑う。

「パパたちは、大学の飛行機部だったんだよ」

 国津さんが説明してくれる。

「そうそう。うちのオヤジも、あんな顔して、昔は戦闘機のパイロットだったんだから」

 岸原さんが笑うと、四十院さんが優しく微笑んだ。

「理子のお父さんは、昔っから、あんな感じよね」

「暑苦しいって言うんだよ、ホント。でもでも、帰り際に会ったとき、超嬉しそうだったよ! ありがとね!」

 岸原さんが親指を立てて、満面の笑みを向けてくれた。

「でも、オレが言うのも何だけど、はしゃぎ過ぎじゃないかな、お父さんたち」

「いいえ、うちの父も今日は来れませんでしたが、電話をしたら、すごく喜んでましたわ。夢が一歩、前に進んだんですから。」

 四十院さんが、やや下がった目尻をさらに落として、嬉しそうな笑みを作る。

「夢が第一歩?」

「ほら、今、空はISの独壇場でしょ?」

 国津さんが笑いながら答える。

「つまり、飛行機にかけたお父さんたちが、ISに奪われた空を取り戻そうっていうこと?」

「まーそんな大げさな話じゃないよ。理子のお父さんもパイロットになってブイブイ言わせてたところに、ISの登場だったからね。パイロットも辞めさせられて、ちょっと悔しい思いしてたんだよ」

「なるほどねー」

「今って、空は平等じゃないからね。ホントはISコアに頼らない、誰だって飛べる物を実現したいんだよ」

「誰だって飛べる……か」

「だから、男でISに乗れる君が、パパたちの第一歩ってこと」

 残念ながら、オレの登場まで、ISは女性しか操作できなかった。でもそうじゃなくて誰だってISのように自由に飛べるようなモノを作りたい。あの人たちは、オレが空を飛んだことが本当に嬉しそうだった。大学の飛行機部だったっていうぐらいだから、本当に空を飛ぶのが好きな人たちだったのかもしれない。

 やっぱり、知らず知らずのうちに、オレはいろんな人の期待を背負ってたようだ。

 こうなったら、精いっぱい活躍して、新聞とかに乗って、父さん母さんに立派な姿を見せてあげたい。一人前になれば、VIP保護プログラムも解けて、また会えるようになるかもしれない。

 結局のところ、オレは、このIS学園で頑張るしかない。

「国津さん、岸原さん、四十院さん。色々迷惑かけるかもしれないけど、よろしくお願いします」 

 立ち上がって、きちんとお辞儀をする。

 三人とも少し驚いたようだったが、すぐに顔を見合わせて笑う。

「改めてよろしくね。国津玲美。玲美でいいよ」

「岸原理子だよ。理子で充分!」

「四十院神楽です。神楽って呼んでください」

 三人の顔を見渡す。その後ろに彼女たちのお父さんたちの期待が見えた。

「んじゃあレミ、リコ、カグラ、よろしくな!」

「いきなり呼び捨てとか」

 玲美が少しためらいがちに笑う。

「あれ、ダメだった?」

「いいよ別に。でも、男の子に名前呼び捨てにされるのって、新鮮かも……。まさかIS学園に来てそんな経験するとは……」 

「まあ、何はともあれ、よろしく!」

「うん、こちらこそよろしくね。テンペスタ・ホークのパイロットさん」

 三人が、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 夜、一人の部屋に帰って、昨日と今日のことを思い出す。 

 激動の数日間だった。

 ずっと一緒だった両親と別れ、新しい友達に会い、その親たちの期待を感じた。

 テンペスタ・ホーク。無限の成層圏の、嵐の中を飛ぶ鷹。

 ちなみに今は、IS学園の寮の1025室だ。女子ばかりの寮で一番奥の、少し隔離された部屋である。

「疲れたー……」

 机の引き出しを開けると、小さなお守りが入っていた。袋は篠ノ之神社まで行って買ってきたもので、中には母親から貰った小さな石が収めてある。何でもオレが生れるときに、病室のベッドに落ちていたらしい。

 間違いなくそこにあることを確認すると、引き出しを閉めて、ベッドに転がった。

 本来なら、織斑一夏がいるはずだった部屋。そこにはオレがいる。

 これから起こるであろう出来事に思いを馳せた。

 とりあえずは一つずつこなしていくしかない。

 それが、全ての人の期待に答える第一歩。二度目の人生、二度目の命。せめて今度は道端で命を落とすのでなく、誰かの期待に答えられるように。

 ゆっくりと、瞼を閉じる。

 疲れていたせいか、すぐに意識を失った。

 

 

 

 

 やあ、初めまして。どうだい? 新しい命は。

 そんな声が聞こえてくる。

 誰だ?

 楽しんでいるならいいんだよ。でも、努々忘れるなよ。キミはキャストじゃない。最初から本番に立つことのない、単なる代役だ。

 ……何の話だよ。

 いつかは消え去る存在。忘れるなよ。

 

 

 

 

 次の日の実習、貰ったばかりのテンペスタ・ホークは絶好調だった。

 セシリアと一緒に飛んだが、高機動タイプの第三世代機ブルーティアーズよりも速かった。停止こそまだ上手く行かないが、速さだけなら全く問題ない。

 そろそろ必殺技考えるか。ひき逃げアタック的な。

 そんな物騒なことを考える、オレこと二瀬野鷹だった。

 放課後、調子の乗ってたオレは、地面にめり込んでいた。

 模擬戦の相手をしてくれたのは、もちろんセシリア・オルコットだ。

 彼女はまるで闘牛士のようにオレのひき逃げアタックを回避し、最終的には地面にぶち当たった。

「はぁ……子供ですか」

 呆れたようにため息を吐かれる。

「す、すみません」

「ヨウさん、あなたのその『テンペスタ・ホーク』は確かに最大速度こそ速いですが、その速度を生かすことが出来ないのでは、お話になりませんわ」

「生かすことが出来てないっていうと……」

「つまり、速度差を出さなければ意味が無いということですわ。速く飛ぶだけでは、簡単に捕まってしまいますわよ」

「止まることと、加速をすること、この二つを使いこなせってことか」

「ええ。IS戦はスピードレースではありませんわ。確かにわたくしのブルーティアーズは速度も速いですが、制動距離も他の機体に比べて短いのですのよ」

「……ふむふむ」

 セシリアの言うことはいちいち尤もだった。専用機歴二日のオレにとっては、ありがたい話だ。

「まずは、機体角度を十二時三十五度に取り、その後コンマ35秒のちに右足を四十二度方向に突きだし、左足を十二時三十五度方向へ、そうして機体のバランスを取りつつ背面スラスターを」

 前言撤回。なんて理論的かつ、わけのわからん説明なんだ。

 そんなこんなで、オレは専用機持ちの先輩セシリア・オルコット師匠に付き合ってもらい、少しずつ速度の制御を覚えていった。

 

 

 

「はれ? そんな練習してたの?」

 外ハネ黒髪ストレートの玲美が、スプーンを咥えたまま、不思議そうな顔で小首を傾げる。今は夕飯時だ。

「何回地面に激突したやら……アリーナの地面、穴だらけにしちまったよ……犯人がオレだってバレませんように」

「足の制御スラスター使ってないの?」

「ナニソレ? マニュアルに載ってなかったぞ?」

「え? ああ、最後についたから載ってないのかな。足に逆噴射スラスターが六機ずつあって、それで機体バランスをオートで取りつつ、スピードを殺せるはずだけど? 言ってなかったっけ」

「おいぃ? 聞いてねえぞ?」

「あーごめんごめん、言ってなかったかも。お父さんに伝えるように言われてたのに」

 テヘっと舌を出してゴメンネっと謝る玲美。ちっ、可愛いじゃねーか。

「って騙されるかあああああ! 何度ぶつかったと思うんだよ地面に! 二十四回だぞ二十四回!」

「あ」

 唐突に玲美が目を逸らして知らん顔をする。

「ほほう、犯人はお前か、二瀬野」

 背中から絶対零度を感じさせる声がした。すぐに誰だかわかったが、振り向きたくはなかった。

 目の前の玲美は冷や汗を垂らしながら、必死に目線を逸らし、私は部外者ですとアピールしてやがる。ほとんど共犯者じゃねーか、てめぇは!

 ガシっと、後頭部を掴まれる。

「痛い痛い痛いなにこれ万力かなんかで掴まれてんのオレ!?」

「教師を無視するとは良い度胸だな、二瀬野」

「すみませんマジで痛いです離して下さい千冬さん久しぶりです昔篠ノ之道場で一緒だった二瀬野です覚えてないかもしれませんが一夏の幼馴染です許してください超いてぇ!」

 必死に頭を回転させ何とか逃れようとするが、頭を掴んだベアクローは一向に緩む気配がない。

「織斑先生だ」

「オレが第六アリーナの地面を穴だらけにした犯人です!」

「よし自白したな」

 そこでようやく後頭部の激痛から解放される。

 本気で頭を潰されるかと思った。どんな握力してんだこの人。

「何か文句でもあるのか」

「い、いえありません。どんな罰でも受けます」

「では反省文四枚提出、あと施設損害報告書と同時に修繕申請書、明日までに提出しとけよ」

「は、はひ」

 これでオレの夜の自由時間は潰れた。下手すれば睡眠時間も削らなければならない。おぼえとけよ玲美。

「あ」

 オレを見下ろす織斑千冬教員の後ろを、鼻歌交じりでセシリア・オルコット嬢が歩いていた。

「ふむ、共犯がいるようだな」

 しまった、すまんセシリア師匠。思わずあの人も仲間です、という目をしてしまった。それを織斑先生が敏感に察知する。

「へ?」

 急に絶対零度の視線を向けられ、硬直するセシリアさんでしたとさ。

 

 

 

 

 夜、自室で反省文の執筆作業をしていると、国津玲美、岸原理子、四十院神楽の三名が訪ねてきた。

「あれ、どうした?」

「いやーさすがに手伝おうかなぁと」

「マジか。超助かる」

 反省文は何だかんだでもうすぐ終わりそうだったが、施設損害報告書と修繕申請書がまだ手つかずだったのだ。

「おじゃましまーす」

 一番身長の小さな、メガネをかけた理子を先頭に、玲美も我がテリトリーへと気軽に侵入してくる。そして最後に一礼して優雅に神楽が入ってきた。

「そんな畏まらなくても」

「いあいあ、かぐちゃんは昔っからそうなんだよ。育ちがいいのさ」

 理子がカラカラと笑いながら、布団の敷いてない空いているベッドに腰掛ける。

「二人はイスにでも座っておいてくれ。今、お茶を出す」

「はーい。じゃあ私が損害報告書書くね。かぐちゃん、修繕申請書をお願い」

「わかったわ」

 二人とも手際よく机に空間投影ディスプレイとキーボードを映す。

「フォームはどこでしょうか?」

「クラスの共有フォルダに保存しといた」

「あ、これですね」

 何だかんだで手際よく作業を始める二人。

「で、理子、お前は?」

「アタシは応援だよー。手伝うことなさそうだし」

「……あ、そ」

 部屋の入り口にある簡易キッチンでお湯を沸かし始める。

 その間、三人を見つめていた。

 ……どういうキャラだったっけ、三人とも。

 そもそも三人の背後に、そういう背景があったなんて知る由もなかったわけだし、前の人生では本の中でその名前を見た記憶すらない。

 メガネにカチューシャ、小さな体にオーバーアクションの岸原理子。少し外ハネしている髪を気にしているのか、いつも手で押さえつける癖がある国津玲美。上品で優雅な仕草がいかにも大和撫子(この世界では死語だ)を思わせる四十院神楽。

 オレが知らないだけで、この『IS世界』のキャラクターたちも命があって、ちゃんと生きてるんだなと小学生並みの感想を思い浮かべる。

 理子が手に持った小さなケータイから、ホログラムで空中に何かを投射し始めた。それはテンペスタ・ホークの3D映像だった。

「ほらこれこれ。この足の部分」

「どれどれ」

 呼ばれて近づいて、3D映像を覗き込む。

「この足の部分に六機ずつの逆噴射スラスターが搭載されてるわけ。機体がオートで姿勢制御してくれるから、思いっきり足でブレーキを踏むイメージをすれば、スラスターが稼働するはずだよ」

「ほほー。これが玲美の言い忘れた機能かー。なるほどなー。これが玲美の言い忘れた」

「ぐ、ごめんって言ってるじゃないの。悪いと思ってるから、手伝いに来てるわけで……」

「でもこれ、逆噴射って、出力も半端ないよな? こんな密度で吹きだしたら」

「うん、結局、地面が抉れちゃうかもね?」

 玲美が画面から目をそらさずに答える。

「……結局、アリーナの地面を壊してたってことかよ」

 がっくりと肩を落とす。

 ピーっと電子音がお湯の沸騰を教えてくれた。慌てて駆け寄り、加熱を止める。

 用意してあった紙コップを四つ取り出した。

「全員、紅茶でいいか? ティーパックのだけど」

 オレが尋ねると、三人がハモりながら返事をする。

 仲良いねホント。弾や一夏や数馬のことを思い出すなあ。三バカだと中学校では有名だった。なぜ三人かってそりゃ『あ、一夏君は別だからね?』みたいな扱いだったからだ、コンチクショウ。

 取っ手つきの紙コップに紅茶を作り、お盆に乗せて運ぶ。

「手抜きで悪いけど」

「ありがとうございます」

 神楽が丁寧にお辞儀をして紙コップを受け取る。画面を覗けば、もうすでに申請書は出来上がっていた。

「速いなぁ。こういうの得意なんだ」

「ええまあ。研究所の事務方のお手伝いはしていましたから」

「高校生でもうこんぐらい出来るなんて、尊敬するぜ」

「そ、そうでしょうか」

 褒められたのが照れくさいのか、少し俯いて頬を染める神楽。くぅ、女尊社会にもいるんだなぁ、女神さまは。

「ほい玲美、理子も」

「ありがと。カグちゃんはほんと可愛いよね」

「ホントホント。アタシの嫁にしたいぐらい」

 二人が口々に褒め立てるので、神楽が一層と赤くなってしまう。

「で、二瀬野クンは、気になる女の子とかいないの?」

 理子が唐突にそんなことを言い出す。

 玲美が少し覗き込み気味に、

「し、篠ノ之さんとは知り合いなのかな?」

 と尋ねてきた。

「ん? いや、ありゃオレの友達に惚れてんの。ガキの頃からずっと。織斑先生の弟だけど」

「へ? 織斑先生の弟?」

「そうそう。幼馴染ってやつかな」

「へえー。篠ノ之さんって、あの篠ノ之さんだよね」

「あの、ってのがどういう意味かは知らんけど、篠ノ之束博士の妹って言う意味なら正解だよ。オレはご本人様と面識ないけど」

「そうなんだ……」

 玲美が少し考え込むように茶色の液体を口に含む。

「あの、セシリアさんと仲がよろしいようですけど……」

 遠慮気味に聞いてきたのは神楽だ。先ほどまでの余韻か、頬がまだ少し紅潮している。

「専用機持ちだから、師匠みたいなもんかなあ。色々教えてくれるし……。他意はないよ、いやホント。大体、オレなんかとは釣り合わないだろ」

 そう、それこそ織斑一夏レベルでないと。

「そ、そうですか」

「あ、彼女とかは?」

 理子が遠慮なしに聞いてくる。その質問に残りの二人の耳がピンと立った気がした。女の子ってこういう話好きだよねホント。

「あー、一年前ぐらいはいたけど、別れた。それぐらいかな」

「へー意外」

「どういう意味だ、失礼なやつだな」

「じゃあクラスに気になる子とかは?」

「うーん。まだ一週間も経ってないしな。強いて言うなら、今はこの三人かなぁ」

「ほえ?」

「いや、テンペスタ・ホークと関連のある三人じゃん。それに三人の親御さんには世話になるだろうしさ」

「あ、そ、そういう意味ね、なるほど」

 ……ふむ。三人とも恋愛に興味深々のようだ。そりゃそっか。いくらIS学園とはいえ、三人とも普通の女の子だ。

「まあ、何はともあれ、テンペスタ・ホーク組なんだ。四人で親御さんたちのために一緒に頑張ろうぜ」

 そう言って三人に笑顔を向け、乾杯の真似ごとのようにカップを軽く持ち上げる。

「おー!」

「うん!」

「はい!」

 三様の答えが返ってくる。言葉こそ違いはすれ、タイミングはバッチリ合っていた。

 

 

 

 

 その週の土曜日は月に一度の思想チェックの日だった。

 つまらない映画を見せられ、そのあとにいくつか質問を受け、最後は感想文を提出して終わる。専用機持ちの義務らしい。ただ、これは各国の監視下で行われるので、セシリアは三カ月に一度、自国に戻ったときに受けるとの話だ。他のIS学園の生徒も、三か月に一度、同様の物を受けるらしい。

 今日は延々と戦争映画を見せられた。タイトルも明かされずに色々な国の戦争が映し出される。おそらく一世紀近く前の記録映画だろうという物もあれば、最近作られたIS物(もちろんCG)もあった。

 土曜日の日中はコレで潰れた。時刻はもう夕方だ。早く終われば私物の買い出しにでも行こうかと思ってはいたが、あと二時間もすればメシ時だった。

 仕方なしに学校のアリーナまで出てきた。ずっとイスに座ってたせいか、体が鈍って仕方ない。

 ISスーツに着替え、軽く準備体操をしてから、目を閉じる。

 意識を集中させ、テンペスタ・ホークを呼び出した。

 視点が高くなる。すぐさま待機状態に戻した。そしてまたISの呼び出しを行う。

 熟練した操縦士はISの装着まで一秒とかからない、だっけ。

 今の自分では完全に展開して動作可能になるまで五秒はかかる。これではダメだ。専用機の訓練は、思ったよりも地味だ。これを自分の体と思えるようになるまでやれ。そう織斑先生にアドバイスをいただいたので、まずは第一目標として、二秒以内の装着を目指す。

 そういう訓練を続けてきて、段々とわかってきたことだが、自分は思ったよりも筋がよろしくない。

 セシリアの場合は全身展開から動作可能まで一秒ぐらいだ。話を聞けば、二秒以内の展開は三日ほどで可能になったとのことだ。自分も今日で三日目だが、未だ五秒。道は遠い。

 本音を言えば、テンペスタ・ホークを展開し続け、エネルギーが尽きるまで飛びまわっていたい。だが、そんなことを許されるほど、自分は進歩が早くないようだ。

 ちなみにIS適正はC。ランクは決して高くはない。地道な訓練も必要だ。

「お、今のはなかなか速かった気がする!」

 誰もいないアリーナの隅っこで、一人ではしゃぐ。

 女の子ばっかりのIS学園だが、その女の子たちもそれなりに忙しい。興味深げにオレの元に寄ってくる子も多いが、それだって四六時中というわけでもない。なので、今は一人ぼっちだ。寂しくなんかないやい。

 意識を集中、ISを装着。全身展開のイメージを終えて、動作可能になる。すぐに解除して、もう一度意識を集中。

 それを一時間ほど繰り返したあと、今度は背中の推進翼をグルグルと回す練習を始める。本当に飛ばずにグルグルと回すだけの練習だ。テンペスタ・ホークは大出力のスラスターを内蔵した羽根を動かすことによって、方向転換を行う。

 空を飛んで練習すればいいのに、と言われたこともあるが、空を飛ぶとどうしても滑空の時間が増え、羽根で方向を変える回数が減るのだ。目的はスラスターの向きを俊敏に変えることであり、空を飛ぶことじゃない。本音は飛びたいのだけど、それはグッと我慢し、目を閉じて、背中の推進翼に意識を集中させる。背中の装甲から生えたそれを折り畳んだり広げたり、横を向けたり縦に伸ばしたりを繰り返す。地味な練習だけど、こっちはセシリアにアドバイスを貰った練習だ。手を抜くわけには行かない。ただでさえ、彼女より圧倒的に筋が悪いのだから。

 そんなこんなで、世界で唯一の、男子IS操縦者の土曜日が虚しく終わる……。

 

 

 

 

 二時間後、エネルギーが尽きたのでメンテナンスルームに行って補充し、ジャージを羽織って自室に戻る。授業時と違い、休日のアリーナをたった一人の男子に裂く余裕はない。

 部屋でようやくISスーツを脱いで、軽くシャワーを浴び、タオル一枚を頭から被って、部屋に戻った。

 一人暮らしなので、誰かに気を使う必要はない。下着なんか持ってシャワーに行かないワイルドスタイルで、オレは部屋に戻ってバッグの中から肌着を漁る。

「おーっす」

 唐突にドアが開いた。

 そちらを振り向けば、そこには、玲美が立っている。

「げ」

「え」

 二人の体が止まる。オレは生尻をドアに向けて肌着を漁っていたところだった。

「ぎゃああああ」

 と、オレの叫び声が響いた。

 

 

「ったく、ノックぐらいして入ってこい。観覧料取るぞ」

「ご、ごめんなさい、つい女子寮のノリで」

 玲美が申し訳なさそうにうつむいて謝る。頬が少し赤くなってるのは、恥ずかしい思いをしたせいだろうか。いや、待て、こういう場合って、何で女の子が頬を染めるんだろう? 男なら興奮して、ということでわかるが。

「ここは今や女子寮でなく男女混合寮だ……覚えておくと、恥ずかしい思いをしなくていいぞ」

 主にオレが。

「で、何の用だったんだ?」

「あ、えっと、パスポート持ってるか聞いておけってパパに言われたから」

「パスポート? 外国に行くのか?」

「ゴールデンウィークに、アメリカの西海岸で行われる国際ISショーに来て欲しいんだって。テンペスタ・ホークの技術公開もあるらしくて」

「なるほどなー。パスポートなら持ってるぞ。確かIS適正試験の後に貰った。赤じゃないけど大丈夫だよな?」

「IS乗りは赤じゃないからね。菊の紋入ってるなら大丈夫だよ」

「なら大丈夫そうだ」

 申請もなしにポンとくれたのは、どういう理由だったんだろうか。まあ、貰って損ではないんだけど。

「おっけー。じゃあパパには大丈夫って言っておくね」

「頼むわ」

 そう言って、タオルをバッグの上に投げつけて、軽く首を鳴らす。

 ……おや、なんでコイツ、帰らないんだ?

 ドアが閉まらず、玲美が出て行く様子がない。

「……メシ食った?」

 とりあえず聞いてみる。

「あ、ううん、まだ! まだ食べてない!」

「おっけー。んじゃメシ食いに行こうぜ」

「うん!」

 実はそれが本題だったようだ。

 ……モテるなぁ、IS操縦者。

 

 

 

 

 他の二人、つまり小さな体の元気少女の理子とモデル体系の大和撫子である神楽も合流し、四人で円形のテーブルを囲む。

「そういえば、何でクラス代表、辞退したの?」

 小さな口にトマトスープのロールキャベツを頬張りながら、理子が尋ねる。

「いや、セシリアの方が強いじゃん。クラス代表マッチがあるんだし、強い奴の方がいいだろ」

「えー、男子が出た方が面白いじゃん。今からでもセシリアに変わってもらおうよ!」

「んなわけいくか」

 なおも食いつく理子をテキトーにあしらいながら、オレはオレで焼き肉定食を堪能している。

「やっぱり男の子はよく食べますねー」

 神楽が関心したようにオレを見ていた。

「いや、こんなもん、男子にゃ普通だろ。どっかの誰かみたいに、夜は抑えて朝ガッツリみたいな発想はないからな。成長期なんだから、いつだってモリモリ食うに限る」

「肉食系?」

「おう。お肉超好き」

 ワイルド系を目指してるわけじゃないが、昼間は運動量が半端じゃないので夜はやっぱり腹が減る。もちろん、この後は日課の食後の運動があるわけだが。

「そうそう、カグちゃん、理子、パパが今度、また集まって食事しようって話。今週の日曜にってさ」

 プチトマトをフォークに刺したまま、玲美が友人二人に呼びかける。彼女はかなりのパパ好きで、二言目にはパパという単語が出てくる気がする。まあ、如何にも学者的なカッコいいお父さんだったのは間違いないが。

「ちゃんと伝えておくわね」

「了解。うちのパパにも言っておくねー。二瀬野クンに会いたがってたし、ちょうど良いよね」

 理子のパパは職業軍人だ。元戦闘機パイロットらしい。

「ってなぜオレの名前が出る?」

「え? 二瀬野クンも呼べって」

 きょとんとした顔で玲美が小首を傾げる。

「いや、そういう大事なことは言えよ」

 この子は大事なことを言い忘れる癖があるに違いない。

「こ、来ないの?」

「行くよ。もちろん」

 ご両親方もテンペスタの話を聞きたいに違いない。ISログは送ってるが、口頭でのログも欲しいはずだ。

「そういや神楽のお父さんは来るの?」

「次は日曜日にいらっしゃる予定です」

「日曜か。りょーかいりょーかい。外出届出さないと」

 オレはご飯茶碗を持って立ち上がる。

「どこ行くの?」

「おかわり取ってくる」

「……男子ってよく食べるね」

 玲美が少し呆れたように言った。

 食堂のカウンターに向かって歩いていると、入口の方が騒がしいことに気付く。

 何やら、誰かが揉めているようだ。一人は金髪の女生徒で、麗しのセシリア師匠だ。相手は……あれ? もうそんな時期なんだ。やはり本の中の世界は、時系列が掴みにくいなあ。

「このわたくしを存じ上げないなんて、どこの山猿ですの?」

「だから、アンタなんか知らないっての。どこの国か知んないけど」

 セシリアより低い位置で、黄色いリボンで止められたツインテールがピョコピョコ動く。

「おーっす」

「あらヨウさん。貴方もこの山猿に一つ、わたくしの素晴らしさをご教授さしあげてくれませんこと?」

 鼻息荒く、お師匠様がオレに命令してくるが、さすがに昔馴染みの友人にそれは出来ない。

「ヨウ? なんでアンタここにいるのよ」

 その昔馴染みの友人は、ようやくオレに気付いたようだった。

「お前な。ほんと、一夏以外に興味ないのな」

「なっ!? 何言ってんのよ! アタシはあんなやつなんか」

「はいはい、ご馳走様ご馳走様。お前と一夏のために、オレと数馬がどんだけ頑張ったと思うんだ。そのくせに全然チャンスを物に出来ねえし」

「頼んだわけじゃないわよ、余計なお世話だっての!」

 砕けた様子で会話するオレと鈴に、セシリア含む女子連中がきょとんとした顔をする。ちなみに弾は妹に脅迫され、二人をくっつけることを拒否していた。

「えーっと、ヨウさん、こちらの方をお知り合いなんですの?」

「同じ中学だったんだよ。なあ、ファン・リンイン」

「まあね。あーひょっとして唯一の男性IS操縦者って、アンタなの、ヨウ」

「今頃かよ。結構、大々的に報道されたはずだぞ」

「いやだって、興味なかったし」

「ぜんっぜん、変わらないな、お前」

「一年やそこらで変わってたまりますかっての」

 鼻を鳴らしてそっぽを向く。いかにもコイツらしい態度だ。

「んでセシリアと何を揉めてたわけ?」

「ちょっとぶつかっただけよ。謝ったのに全然許そうとしないからさ、この金髪が」

「あんな態度で謝ったっていうんですの?」

 喧々諤々と再び言い争いを始める。

 どうやらセシリアに対し、鈴はかなりおざなりな態度で謝ったらしい。ふと地面を見ると、何ともカロリー高そうな色のケーキが地面に落ちて潰れていた。これは予測だが、セシリアはこれを食べるために、たぶん一日の大半を空腹で過ごしてたんだろう。

「あーちょっと待った待った。専用機持ち同士なんだし、クラス代表マッチで戦って決着つけろよ」

「は? 何でアタシが専用機持ってるって知ってんのよ?」

 しまった。これは前の世界の知識だった。

「あーいや、何だっていいだろ。オレだってIS操縦者の端くれなんだ。独自の情報網ぐらいある」

「ふーん……まあいいけど、でもアタシ、まだクラス代表じゃないんだけど」

「お前が普通の一般生徒で我慢するような女かよ。お国だって許さんだろ」

「よくわかってんじゃない。ま、いいわ。近々、クラス代表になって、そこで決着つけてあげようじゃない」

「ということだ。セシリア、それでいいか?」

 オレの確認に、金髪のお嬢様は腕を組んで考え込み、返事をしない。

「セシリア?」

 もう一度呼びかけるオレの顔を見て、我がクラスの代表様は小さく不敵に笑った。

「……まずは、そちらの方の実力を見極めさせていただきますわ」

「へ?」

「ヨウさん、貴方も一組の専用機持ちですわよね」

「おう?」

「そしてわたくしから教授を受ける身。いわば弟子ですわ」

「あ、はい」

 まだ一週間も経ってないし、教えてもらったのも数回ですけど……。

「では、ファンさんとおっしゃいましたわね」

「なによ?」

「最初にこちらの、わたくしの弟子と戦っていただきますわ。そこで苦戦しようものなら、わたくしと戦う価値なし、と判断いたします」

 なんですとぉー? って判断しようがしまいが、クラス対抗戦で当たれば一緒じゃん……。

「へー。んじゃヨウをぶっ飛ばして、アンタを倒せば一組も制覇ってわけね」

「出来るものなら、やってごらんなさい。一組は負けませんわ」

「はっはーん。わかったわ。んじゃヨウとアンタを倒して、一年最強は私ってことを周囲に認めさせてあげるわ」

 おーい。

 オレの知っている話の流れと違うぞ。いや、一夏がいない時点でもう違う話なんだけどさ。

「首を洗って待ってなさい、この高飛車金髪バカ!」

「ほほほほっ、まさか弟子ごときに負けませんよう、せいぜい頑張ってくださいまし」

 二人の後ろに、フェニックスとドラゴンが浮かんで見えるのはオレの幻覚か。

 どうしてこうなった!

 

 

 

 

 

 まあ、鈴と戦う直前に聞いた話なんだが、セシリア・オルコットお嬢様はクラス代表になった結果、一組を強くしたいと思ったらしい。自分が長を務めるのだから、その周囲も強くできないようでは貴族ではない。そういうノブリシなんとかに駆られた結果だった。その精神は素晴らしい。尊敬に値する物がある。

 だが、不肖の弟子としては、優秀な師匠の期待がつらい!

「ほらほら、逃げ回ってんじゃないわよ!」

「くそっ、見えないってのはこんなに厄介だったなんて!」

 アニメじゃ色がついて、視聴者にわかりやすくなってたんだぞ、あの龍砲は!

 月曜日の放課後、さっそくクラス代表に成り上がった鈴は、オレに決闘を申し込んできた。

 模擬戦とはいえ、第二グラウンドを貸し切った本番さながらの戦闘だ。

 鈴の操る甲龍は中国の第三世代機で、京劇に出てくる鎧のような赤いISだ。肩に浮かんだ丸い装甲の中心部から、空間に圧力をかけて打ちだす龍砲という見えない大砲が最大の武器で、当たれば酷いことになるのは目に見えている。

 対して、オレのテンペスタ・ホークは第二世代のスピード重視型。射撃武装なんかも用意されてるが、まだ実戦で使えるほど練習を積んでないし、セシリアに止められている。曰く、高機動タイプで素人が銃を使うと、反動でとんでもないことになると。ゆえに今は手に持つ合金製ブレードと機体だけが武器だ。

 必然と龍を中心に鷹がグルグルと回る形になる。

 最初はそのスピードにこそ驚いていた鈴だが、すぐに速度に慣れたようで、確実にオレの動きを読んできやがる。今はまだ当てられてはいないが、先ほどから狙いが正確になってきた。

 どうする、ジリ貧だぞ。このまま回避し続けても……だが、龍砲に阻まれて近づけない。

 何か手はないかと思案を始める。

 一瞬、オレの意識が鈴から離れてしまった。

 そんな失点を見逃すほど、代表候補生は甘くはない。

「そろそろ落ちなさいよ!」

 龍砲の空圧がわずか一メートル背後をかすめる。

「あぶねっ!?」

 そう思った瞬間に、目の前に影が差した。

「甘いのよ!」

 周囲に派手な衝突音が響く。

 オレのテンペスタ・ホークが地面に向かって落下し、激突して大穴を開けた。

 鈴は龍砲を撃つと同時にオレの軌道に回り込み、手に持った近接武装でオレを叩き落としたのだ。

「いてててっ」

 地面から、空を見上げる。太陽を背に、鈴がオレを見下ろしていた。

「降参する? アンタにゃいくつか借りがあるし、もうちょっと痛めつけて上げたら許してあげるけど?」

 どうするか。

 正直、オレには手がない。そもそも大した乗り手でもなく、専用機を手に入れてから大した訓練もしていない自分に、最初から勝ち目などない。セシリアも、たぶん、オレに経験を積ませるためにこの模擬戦を組んだのだろう。端から勝てるわけなどないのだから。

 その師匠の姿を探して、グラウンドの周りを見渡す。シールドに囲まれた観覧席に金髪のお嬢様が制服姿で立っていた。怒っている様子はない。オレの顔を見て、少し困ったような顔をしただけだ。

 やはりそんなものだろう。オレは織斑一夏じゃない。

 他の観客も皆、もう終わりか、という顔で見つめていた。

 その中に、玲美と理子、そして神楽の姿を発見する。あの三人だけは、揺るがない瞳でオレの姿を見つめていた。いや、オレじゃない、彼女の親たちが期待を込めた、このテンペスタ・ホークを。

「どうすんのよ、ヨウ」

 早く答えろ、と鈴が見下した態度で急かしてくる。

 オレは空を見上げた。

 青い、青い空だった。

 遠くで鳥が飛んでいる。オレは今、地べたに這い蹲っていた。

 それでいいのか転生者。たった一度きりの人生、という大前提さえ捨てて、二度目の人生を踏み切ったこの命。また路傍にひれ伏して死んでいくのか。

「……また飛べるよな、テンペスタ」

 独り言のように問いかけると、行けるさ、と声が返ってきた気がした。

 もう一度、あの三人を見る。立ちあがったオレを見て、安心したような笑みを見せていた。

「ヨウ?」

「まだ続ける。オレは死んじゃいない。告白も出来ない弱虫野郎に負けるわけにゃいかねえ」

「はんっ、良い度胸してんじゃないのよ!」

「行くぞ!」

 ふたたび、鷹は舞い上がる。

 最大速度、アクセル全開をイメージして再び龍の周囲を飛び回る。今度は逃げまどっている弱者ではなく、獲物を狙う猛禽類そのものだ。手には腰の後ろから取り出したブレードという武器があった。

 甲龍の肩から空間圧力砲が放たれる。狙いは正確で、さっきまでのオレなら当たったかもしれない。だが獲物を定めたオレにそんな速さじゃ当たらない。さらに加速して回避した。

「まだスピード上がるわけ?」

 そうは言いながらも彼女はオレから目線は外さない。ここが最大チャンスだ。こっちはまだ一つ、高出力加速を残している。

 背中に意識を集中し、推進翼の出力を爆発的に上げた。

「イグニッション・ブースト!?」

 それはエネルギーを排出しきらずに再度取り込み、推進装置内部で爆発的加速に変化させる機能、『瞬時加速』だ。

 鷹がさらに速く、今度は真っ直ぐ龍に襲いかかった。

 だが、向こうもさすがに手慣れてる。オレのブレードを手に持った青龍刀『双天牙月』で受け止め、背中の推力を全開にし十メートルほど押し込まれただけで踏み留まった。

「はん、甘いわよ」

 鈴の肩に浮かんだ二つの衝撃砲が起動する。零距離射撃でオレを吹っ飛ばそうという魂胆らしい。

「鈴、知ってるか」

オレはこいつのことをよく知ってる。わりと何でも努力なしで出来るがゆえに、他人を過小評価してしまいがちだ。

「何よ?」

「鷹の爪って、辛いんだぜ?」

 オレは両足を上げて、踵を鈴に向けた。足の裏にあった装甲が横にスライドし、急ブレーキ用の逆噴射ブーストが現れる。

「しまっ」

 鈴の声が、大出力スラスターの直撃に遮られ、甲龍はそのまま猛スピードで地面へと吹き飛ばされていった。

 何せ、おそらく世界最高のスピードを持つこのテンペスタ・ホークの最高速度を、一瞬で止めるために開発されたスラスターだ。食らえば一たまりもないだろう。

 反動を受け、空中でキレイに回転して姿勢を立て直し、オレはゆっくりと地面に降りて行く。

 ずっと信じてくれた三人の姿を見た。抱き合って嬉しそうに喜んでいる。その様子を見て、オレは諦めないで良かった、という気持ちになった。

 観覧席を見回し、最後にセシリアの姿に目を向けた。お師匠様はホッと胸を撫で下ろし、優しい頬笑みをオレに……あれ? なぜに驚いてんだ?

 小首を傾げながら、その視線の先を見た。

 その瞬間、オレの頭に強い衝撃が走る。地面に仰向けに倒れながら、オレは鈴がいる方向を見た。

 肩で息をし、ISも腕だけになった中国代表候補生が、二本の双天牙月を連結し、思いっきり投擲したようだった。そのままオレに向かって、したり顔で中指を突き立てる。

 あんのアマァ! 根性きたねえなっ!!

 消えていくシールドエネルギーを見ながら、オレも最後の力を振り絞ってブレードを投げつけた。

 咄嗟に両腕でガードした鈴だったが、そのまま地面に倒れていく。最後に残ってた腕部分も解除されていった。

 結局、中学の同級生同士の戦いは、ダブルKOという決着で終わる。

 観客席からの呆れたような溜息の合唱が聞きながら、オレは情けない気持ちで意識を失っていった。

 

 

 

 

 日曜日になって、四十院研究所に黒塗りの車で送り届けられた。

 今日の予定は、ここで機体のチェック、予備機との換装テスト、口頭でのフィードバック、オレの健康診断などをこなした後、玲美たちや研究所関係の人たちとバーベキューパーティだ。

 四十院研究所は都内の外れにある緑地再開発地区の一角を占めている。IS関連の研究所だけあって、警備は厚い。

 建物は巨大なドーム状の空間であり、母体である四十院財閥の財力の賜物と言えるだろう。

 ロビーで玲美たちと武装警備員にチェックを受け、ISの航空試験場に向かった。その野球とサッカーが同時に行えそうな広さの一角で、国津博士が何やら人型の機械をいじってた。

「パパー、もう着いちゃった」

 私服姿の玲美が駆け出して、白衣姿の父親に抱きつく。

「おや、早かったね。理子ちゃん、神楽ちゃん、二瀬野君、いらっしゃい」

 娘をぶら下げたまま、国津博士が軽く手を上げる。

「おじさん、こんにちは!」

「おじ様、今日もお願いします」

「こんにちは、国津博士。よろしくお願いします」

 それぞれが挨拶をしている。

「こらこら、俺にも挨拶せんか」

 と、近くにあった人型の機械の向こうから、笑うような声が聞こえた。

「あれ、パパ」

「よう、理子」

「なあに、その油まみれの格好。きたなぁい」

「何を? お前も父親に抱きついてこんか!」

 冗談を言って笑っているのは空自の岸原一佐だ。理子の父親であり、オレに専用機を渡すために色々動いてくれた恩人の一人である。

「国津博士、岸原一佐、この人型の機械、見たことないISですけど……」

 ISというよりは飛行機に手足をつけたようにしか見えないものが、金属の光を持って立っていた。

「はっはっはっ、二瀬野君、これはISではない、ただのパワードスーツだ」

 岸原さんがさも楽しそうに笑い飛ばす。その横で国津博士が、

「私たちの趣味だよ。君たちが来るまで時間があったから、ちょっといじってたのさ」

 と目を細める。

「パワードスーツ……って、もっと三メートルぐらいある、卵みたいな形のヤツじゃないんですか?」

「これはまあ最先端かな。なるべくISに近いようにしてるんだけどね。なかなか難しいよ」

「でも、何のために作ってるんです?」

 素朴な疑問だった。ISの兵装を作っている四十院の研究所の主席研究者であるお人が、空自の一佐ともあろうお方と、およそISに勝てそうにもないパワードスーツを作ってる意味が、オレには理解できなかった。

「趣味だよ趣味。本当に、ただの趣味さ。工具やパーツに至るまで自費で作ってるのさ。場所は借りてるけどね」

 本当に楽しそうに、国津博士が得意げな顔で笑った。まるで少年のようだ。

 がっしりとした体格の岸原さんが、

「これは空の奪還計画なのだ、秘密だぞ?」

 とお茶目な顔で笑いかけてくる。仕事中は怖い感じだが、今はただの気の良いオッサンにしか見えない。

 理子がパワードスーツの近くに駆け寄って、ふむふむと頷きながら触り始める。

「へー結構進んでるじゃん。前に見たときよりも足腰もしっかりしてるし。あ、翼は可変機構つけたんだ。本格的!」

「今日は今から試験飛行をしようと思ってたところだぞ」

 と、岸原一佐が頼もしげにパワードスーツの肩を叩く。

「やあ、遅れてすまないな。やっと本社の会議が終わったところなんだ」

 オレたちの後ろから、爽やかな顔つきの青年が近寄ってきた。

「お父様」

 神楽がそう呼ぶってことは、これが四十院研究所の所長か。若く見えるなあ。

「やあ神楽。元気してたかい? なかなか会えなくてすまないね」

 そう言いながら、娘の頭を軽く撫でる。少し恥ずかしそうにしながらも、神楽がされるがままになっていた。

「おいシジュ、さっさと準備運動しろよ。こっちは万端だぞ」

「待ちたまえよ岸原、ちゃんと挨拶をしないと」

「後回しでもよかろうに」

「そうはいくか。理子ちゃん、玲美ちゃん、久しぶりだね。二人とも可愛くなったなあ」

 なんて爽やかな褒め方なんだ。勉強になる。理子と玲美の二人がはにかんだ笑みでお辞儀をした。

 最後に所長はオレへと向きを変え、右手を差し出した。

「やあ、キミが二瀬野クンだね。ここの所長で神楽の父だ。よろしく頼むよ」

 年齢を感じさせない好青年っぷりだった。玲美のお父さんもカッコいいけど、こういう如何にもビジネスマン然とした人もカッコいいな。

「二瀬野鷹です。お世話になっています」

 意外に力強い手を握り返す。

「ああ、いいよいいよ、そんな堅くならないで。でもこんな早くから私たちの計画の見学かい?」

「いや、よくわかってないんですが、これ、何なんですか?」

「あっはっはっ、私たちもよくわかってないんだ。本当にただの趣味さ。私たちは空の奪還計画なんて呼んでるけどね」

 やはり楽しそうな四十院所長がスーツの上着を脱ぎながら、ネクタイを外す。神楽が近づいて手を出した。

「ありがとう、神楽」

 娘にお礼を言いながら脱いだ服を渡し、肩をぐるぐると回して、屈伸などの準備運動を開始する。

 その間に国津博士はパワードスーツに繋がった端末を操作し、岸原一佐が工具を持って色々いじり始めた。

「さて、今日は何メートル飛べるやら」

 笑いながら、所長がパワードスーツに近づく。国津博士が端末を操作すると、前面の装甲が前に倒れ、人が一人、何とか乗りこめるぐらいのスペースが覗く。ワイシャツ姿のパイロットが足と腕を通して、すっぽりと入りこんだのを確認すると、岸原一佐が前面装甲を持ち上げて、元の位置に戻した。

「まだマニュアル搭乗なの?」

 理子が呆れた様子で問いかけると、

「そこを自動にするとスペースが勿体ないからな。それにあれは、ただの蓋だ」

 とその父親が豪快に笑った。

「それじゃあみんな、ちょっと離れてね。あと耳塞いでて」

 と国津博士がパワードスーツから離れる。オレたちもそれに習って距離を取った。

 改めてその機械を見る。ISを太くしたような形状の、かろうじて人型をした機械で、どちらかといえば戦闘機に手足を生やしただけと言った方が正確なの形状だ。その無骨な腕がゆっくりと動く。テンペスタの滑らかさには程遠い。

 岸原さんが旗を持って、機体の遥か前方に立った。

「じゃあ行くぞ!」

 元戦闘機乗りらしい機敏な動作で旗を振る。それに合わせて、パワードスーツが前傾姿勢となり、戦闘機のような羽根が動いた。

「うわっ!」

 パワードスーツの背部スラスターから、とんでもない轟音が航空試験ドーム内に響く。

 その男たちの『計画』が、ゆっくりと斜め前方に飛び始めた。やがて十メートルほどの高さに上がると、ゆっくりとドーム上空を旋回し始めた。

「は、あははは、すげえー、ははははっ!」

 オレの口から自然と笑いが漏れる。バカにしてるのではない。純粋に楽しいんだ。なぜだかわかんないけど、アレが飛んでるだけで楽しさがこみ上げてくる。

「よーし、今日は新記録だー!」

 理子が腕を上げて応援する。

「がんばれー四十院のおじさん!」

 玲美が機体の音に負けまいと大声で声援を送った。

「ふぁ、ファイトです……!」

 父の上着を力いっぱい握りしめて、神楽が固唾を飲んで見守っている。

 娘たちに見守られて、男たちの夢が空中に舞っていた。

「あははは、がんばれ、いっけぇー!」

 オレも負けじと声援を送った。

 この世の中には『インフィニット・ストラトス』がある。だからって、それ以外が存在しないわけじゃない。

 事実、父親たちの『空の奪還計画』なんてある意味バカげた遊びを、ISパイロット候補の娘たちが応援しているのだ。こんなに愉快な光景を見たのは、この世界に生れて初めてだった。

 いろんな人が夢を追って、笑って楽しんで、そして生きている。

 そんな当たり前の実感が、オレには楽しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 










*12/2 一部表記揺れを訂正

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