ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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21、混戦

 

 

 オータムとM宛の伝言をリア経由で残した後、鈴の甲龍に捕まって海上を飛び続けていた。

 状況は良くない。

 IS学園の一年の専用機と篠ノ之束が用意したクラスメイトの乗る機体、合わせて九機。それを玲美がどうにかすると言ってるのだ。

 一夏たちはまだ良いが、篠ノ之束はおそらく容赦しないだろう。

 玲美が無茶してないと良いんだけどな……。

 色々と思索しているうちに、気付けば四十院の洋上ラボ上空に到着していた。かなり壊れていたと言っても、甲龍は思ったより速く飛んでくれたようだ。鈴も無理をしてくれたんだと思う。

 甲龍が洋上ラボの屋上にあるヘリポートに着地してから、その腕から飛び降りた。

「申し訳ありません、ファンさんはここまでで」

「おっけ、その方がお互いのためね。一応、ここで待ってるわ」

「後でスタッフをよこします」

「ありがと」

 礼儀正しくお辞儀してから、神楽が走り出す。

「んじゃな、鈴。最悪の乗り心地だった、さんきゅ」

「荷物にしちゃ最低のバランスだったわ。せいぜい頑張んなさいよ」

 友人同士ならではの、気易い軽口の言い合いで別れ、先行した神楽を追いかけて洋上ラボの金属の階段を下りる。

 青緑の合成樹脂を塗装された廊下を走り、目的地へと急いだ。

 途中で何人かのスタッフとすれ違ったが、驚いている人もいれば笑顔で手を振ってくれる人もいた。

 通路の奥に、丘の研究所と同じような黒い大きな扉がある。

 その前に、白衣を着た女の人が立っていた。

「いらっしゃい、二瀬野君」

「お久しぶりです、ママ博士」

 玲美のお母さんで国津博士の奥さんだ。娘とそっくりなその姿は、理知的なメガネの奥には優しい笑みを携えている。

「じゃあ行くわよ」

 ぽちっとボタンを押しただけで、黒い合金製の重厚な扉が開いていく。中はエレベーターらしい。

 中に乗ると同時に神楽がボタンを押し、三人を乗せて下へ下へと降りて行く。

「これはメインシャフト?」

「バランサーが主な役目です。この研究所は海上に浮いてますからね。一番下に秘密の格納庫があるというわけですよ」

 神楽の説明を聞いてるうちに、目的の階に到着し扉が開いた。

 20メートル四方の部屋を包む天井と壁には、光る幾何学模様のラインが走っている。

 そしてその中央に、黒光りを放つインフィニット・ストラトスが十字架のようなスタンドにかけられていた。それこそまるで、どこぞの神様みたいに磔にされている。その周囲を、いくつもの青いホログラムディスプレイが囲んでいた。

「ディアブロ、か」

 自分と共に生まれたISを見上げる。

 フルスキンタイプだったはずのボディは、背中と腰だけを残して綺麗さっぱり無くなっている。

 ……また形態変化してるのか。気持ち悪いにも程があるよな。

 胴の前面に装甲はなく、後ろから横だけに密着したボディスーツのような形状に近い。

 鋭利な刃物のような鋭さを持つ四肢の装甲と、猛禽類を思わせる10本の指。そこにかかっているリングは、おそらく頭部のヘッドドレスだ。白式と同じリングタイプ、ただし顎のラインから後頭部を包むガードがついてる。

 最大の特徴は背中に生えた二枚二組、合計四枚の推進翼だ。

 ホークのときにあった尾翼が二枚になった感じか。肩甲骨を包む装甲の上に巨大な翼と、その内側やや下側に少し小さな翼が二枚ついている。大きい方は軽くISを包みこめるぐらいだろう。それにフレキシブルなフレームを使ってるのか、まるで鳥のように翼の骨が曲がる仕組みっぽい。

「推進翼がデカすぎる。何を飛ばす気だ、この機体」

「勝手に変形していくんだから、止めようがないわよ」

 ママ博士が呆れたように笑いながら、ホログラムで立体投影されたのボタンを一つ押す。閉じていた脚部と腕部の入り口が、オレの手足を入れるために開いた。肉体を包む場所は青い合皮製か。

「何なんですかね、この機体」

「未知のISであることは間違いないわ。そしておそらく、篠ノ之博士の手が触れていない、初めてのISコア」

「そんなもん、あるんですかね」

「元々、持ってきたのはキミじゃない、二瀬野君」

「そーでした」

 近くに浮いていた画面に触れて、横にスライドさせた。その動作に連動して、他のディスプレイも道を開ける。

 足元に置いてあった小さな脚立を足で引き寄せて、ISの足の真ん中に置いて登った。

 脚を脚部装甲に通したところで、一枚のホログラムディスプレイが近寄ってくる。

 少し離れた場所でキーボードを叩いている神楽とママ博士が、オレを見て頷いた。

 大きく深呼吸し、ディスプレイの中に表示されていたキーボードのエンターキーを押し、腕を十字架に張り付けられていたISに通す。

「ルート2、という機能」

 ホログラムウィンドウを軽やかにタッチしながら、ママ博士が独り言のように呟いた。

「それって、玲美が見たっていう」

「おそらく、イメージインターフェースの進化系なんだと思うわ」

「はぁ?」

「外部からイメージインターフェースの反応を確認すると、必ずこのルート2という機能が返答してくるわ。もちろんイメージインターフェース自体も、テンペスタⅡとして作ったときにあったはずなんだけど、これはもう存在していないのよ」

 イメージインターフェースは、搭乗者の思ったとおりにISを動かすための入出力装置で、ISコアと密接に関係している機関だ。

「……意味がわかりません」

「当然よ、私たちだってわからないもの。このISコア2237は、現在のISコアに似た何かとしか言いようがない」

 考えながらも、右手では絶え間なく投影型キーボードを叩く。

「あの」

 神楽が申し訳なさそうに声をかけてきた。

「ん?」

「玲美が言ってたのですが、篠ノ之束博士が、ルート1とルート3、そういう単語を発したそうです」

「篠ノ之束が? ルート1?」

「ルート1は確か、けんらんぶとう、と」

「絢爛舞踏? いや紅椿のワンオフアビだけど」

 オレの言葉に神楽が少し眉間をしかめる。

「やはりご存じだったんですね」

「絢爛舞踏がワンオフってことだけだ。エネルギー増幅機能って聞いてるけどな」

 会話しながらも、お互いに空間に映し出されたキーボードを叩きながら、作業を次へ次へと進めていく。

「本当に未来から来たんですね」

 まるで高山に咲く小さな白い花のように、優しく微笑みかけてきた。

「正確には違う。似たようなもんであることは間違いないけど。んで、ルート3は?」

「あ、はい。ルート3は零落白夜のことだと」

「……ってことは、ルート2もワンオフアビリティのことなのか? 発現してりゃいいだろうけど。つかイメージンターフェースがワンオフ? 意味わかんねえ。っと、ママ博士、パイロット側、終わりました」

 オレが終了を呼び掛けるが、ママ博士は何かを考え込むように手を止めていた。

「ママ博士?」

「あ……うん、ごめんね。調子はどう? 異常があったら、すぐに強制終了した方がいいわ。テストパイロットを乗せたことはないけれど、勝手に動いて陸の研究所の重要機密格納庫をボロボロにしてしまったのだから」

「いや、動くのはこれしかないんだし、行きます……玲美が危ないかもしれないんで」

「まあ、あの子のことだから、きっとよく考えずに行動してたと思うのだけど」

「でも、行きます」

「……お願いするわ。かぐちゃん、上を開いて」

「はい」

 神楽が壁にあったテンキーを叩くと、何かを巻き取るような重い音が鳴り初め、天井の一部が開いていく。見上げる限り、ヘリポートの直下だったようだ。50メートルぐらい上に、切り取られたような漂う雲と暮れて行く濃紺の空が見える。

「ヨウ君はフィッティングを」

「了解っす」

 ホログラムウィンドウを横に投げて、作業していた手もISへと入れる。

「装着開始」

 手にかかっていたリンク状の頭部パーツが空中に浮き、オレの頭に密着した。顎のラインにも細い装甲が張り付いていく。

 同時に視界にいくつものウィンドウが浮いては自動で消えていった。

「搭乗者登録開始」

「搭乗者登録開始、フィッティング、パイロット情報送信」

「あれ、そこも自分で出来るの?」

「分隊で覚えました」

「じゃあその調子で、私は内部データのフィードバックチェックをやるわ」

「了解です」

 合計で七百以上のウィンドウが浮いてくるはずだが、これは全て高速で消えていく。

 そして最後に大きなウィンドウがオレの眼前に出てきた。

「Welcome back、You……ね」

 誰とも知れない『貴方』を歓迎しているのか、それとも『オレ(ヨウ)』の帰還を祝ってるのか。小さくため息を吐いて、いつまでも消えない仮想ウィンドウを消すために、視線を動かそうとした。

 その瞬間、オレの意識が強制的にスイッチオフされた。

 

 

 

 懐かしい部屋にいる。

 オレが生れる前、いや死ぬ前に過ごしてた自分の部屋だ。

 机があってイスがあってPCがあって、テレビがあってベッドがあって、木製の大きな本棚がある。

 並んでいる本は全てインフィニット・ストラトスと書かれた小説。もしくはそれに関連すると思われる書籍ばかりだ。

 テレビの画面が勝手に表示される。その中で動く一夏たちがいた。

 こんな部屋に用事はないし、こんな過去にも用事はない。

 足を踏み出して、ドアを開ける。

 板張りの廊下を踏み鳴らして玄関へと向かった。

 誰もいない家だ。

 革靴を履いてドアを出る。

 トラックばかりが走ってる道路沿いを歩いた。

 そうだ、友達の家に行こう。

 ゆっくり歩き出すが、友達の名前も顔も思い出せない。

 仕方ない本屋に行こう。ISの八巻買わないとな。

 気付けば、郊外にある大きな本屋とレンタルビデオ屋にいた。駐車場に車はあるが、中に客はおろか店員すらいない。どこ行ってんだ?

 仕方なしに店内を歩く。

 書籍コーナーにあるものは全てがインフィニット・ストラトスと書かれた本だ。1巻から7巻までばかり。

 おかしいな。もっと他に本はないのか? 

 DVDはどうだ?

 こっちもそうだな。インフィニット・ストラトスばかりだ。

 なんで、この世界にはインフィニット・ストラトスしかないんだ?

 ……そういやそもそも、オレの家族とかどうした?

 

 

 

「ヨウさん?」

「ん? ああ」

「どうしたんですか?」

 神楽が目の前で、心配そうな顔で見つめている。

「あ、あれ? 気絶してたのか?」

「い、いえ、ボーっとして目を閉じていったので」

「悪い。血が流れ過ぎたのか……」

 体調が悪いとかそんな感覚は、いつのまにか消えてんな。体がハイになってるからか……?

「あまり調子が良ろしくないのなら……」

「気にしてる場合じゃねえ。それよりフィッティングとフォーマットは」

 視界内のウィンドウを目で操作して作業進捗を確認する。

「よし終わってるみたいだ。離れてろ」

「は、はい」

 操作マニュアルを探すが、もちろん入ってない。

 武装リストのチェックを開始……ルート2がワンオフアビリティってなら、ここに挙がってくるはずだけど、何もねえ。右手と左手しかない。

「結局、ワンオフは無しか。ったく、我ながら意味わからん。玲美の座標は?」

「座標位置、ディアブロに送ります」

「状況は?」

「……よろしくありません」

「わかった。それじゃあママ博士、ありがとうございました」

「あっ、待った。ちょっとこれだけ見て」

「何でしょう?」

 ママ博士が投影キーボードに触れると、オレの視界に一つのウィンドウが浮いて来る。コマンドラインが上から下へとゆっくり流れていった。

「データ……たぶんISコア制御系に当てるパッチなんだけど、うちの旦那が残していったのよ。二瀬野君へって」

 送られてきたデータの内容を速やかに確認する。タイトルは対自動操縦ISコア用パッチ、って書いてあるな。なんだ、四十院所長には内緒でってメモ書きは。

「……たぶん、オレが欲しかった物だと思います」

 これが本当に欲しい内容なのか、確信はない。だけど、試す価値はありそうだ。

 そもそも四十院の男たちは何をやってるんだ?

「なら良かった。……えっとヨウ君」

「はい?」

「……頑張ってね。応援してる」

 その眼差しは、娘に本当に似ていた。

「ありがとうございました。んじゃ神楽」

「はい、お気をつけて」

 神楽が律義に頭を下げる。なんか懐かしくて、つい笑みが零れた。

 手足を確認、指先を一本ずつ動かしてみる。

 とりあえずはホーク並みには思ったとおりに動く。ってことは、手足の繊細な操作は期待できそうにないな。

「準備完了、行けます」

「了解。ISスタンド解除、キャリーオフ」

 神楽の声と同時に、背後にある十字架型のスタンドが自走して離れて行く。自分の足で数歩進んで、頭上に伸びる通路の下へと立った。

「自足歩行、確認、推進翼の動作……チェックアウト」

「腕部脚部、推進翼1番から4番、ヘッドドレス動作、フィードバック、いずれも数値正常、行けるわ」

 ママ博士の声に頷きを返す。少し離れた場所で心配そうな顔をしている神楽にも、右手を上げて親指を立てた。

 上を見上げる。空まで続く道に、光る線が走っていく。

「テンペスタⅡ・ディアブロ、二瀬野鷹、行きます」

 そのまま一気に上空まで、一回の羽ばたきで駆け上がった。

 

 

 

「クソ速ぇ」

 上空200メートルまで一瞬で駆け上がった。ホークと同じつもりじゃダメだな、これ。出力が高すぎる。

「ちょっと、ヨウ!」

 すぐ近くに甲龍が浮いてて、オレに非難の目を向けていた。

「おう、行ってくるわ」

「それが新しいヤツ? 変わってるわね」

「詳しい説明はまた今度な。あっと、鈴」

「何よ?」

「ありがとな」

「……ふん。まあ一夏たちにボコボコにされたらいいのよ。でも」

「ん?」

「ごめん」

「気にすんな。またな」

 しおらしい鈴の顔なんて見たくもねえ。

 そのまま座標を確認し、方向を確定する。

 じゃあ、行くとするか。

 背中の推進翼に意識を集中した。

 黒い四枚の翼がバラバラに動く。オレの病気は今だ健在のようだ。だけどそれでいい。今までの努力も含めて今の二瀬野鷹だ。

 スラスターが白く光る粒子を吸い込んだあと、一気に加速した。

 ディアブロの瞬時加速は、一瞬でマッハ3を超えた。

 確かに速いが、感動してる場合じゃない。

 エネルギー総量はそれなりだ。

 問題は兵装か。

 テンペスタⅡは元々、イメージインターフェースから手足へのフィードバックを強化した機体だ。それゆえに他の第三世代のような特殊機能がない。代わりに玲美のような繊細かつアクロバティックな操作が可能になる。

 細かい操作が苦手なオレが、この機体についていけるのか。

『ヨウさん』

「神楽か。何だ?」

『宇佐つくみ隊長という方から伝言です』

「何て?」

『お前が元の仲間をぶっ飛ばしたら、手助けしてやらんでもない、だそうです』

 信じるに値するか態度で示せってことか。

「上等だ」

 そりゃ簡単に信じられるわけがない。だったら行動で示すだけだ。

「こう返しとけ。ご期待に添えますので、デートに遅刻しないよう、よろしくお願いしますってな」

『わかりました。玲美をお願いします』

 通信回線が切れる。

 超望遠モードでISを11機ロック。敵機は9機、友軍機はリベラーレと銀の福音の2機で設定。

 現状は友軍機が捕まってる。

 さあ加速しろ、ここからはスピードの世界だ。

 玲美の右腕が掴まれていた。赤い機体のあちこちが損傷している。

 よし、オレの、戦いを始めよう。

「死ね」

 その女の唇が、確かにそう開いた。

 イメージインターフェース『ルート2』進行中。

 オレ自身は玲美を捕まえている機体をロック。

 怨念を吐け。脇役から世界の中心たちへ、万感の思いを込めて宣言してやる。

「てめぇが、死ね」

 お前らを邪魔しにきたと。

 

 

 

 

 黒い機体を吹き飛ばし、両腕で玲美をそっと抱きかかえる。

 間近で見たテンペスタⅡ・リベラーレは、至る所が損傷していて、まともに動ける様子じゃない。特に右腕の損傷がかなり激しく、完全に握りつぶされていた。推進翼もダメそうだ。

 敵機の損壊具合を確認する。

 白式は右腕とスラスター、ラファールは右側面を重点的に、レーゲンは中破と言ってもいいかもしれん。

「頑張ったな」

 腕の中の少女にオレが笑いかけると、弱々しい笑みで小さくブイの字を作ってきた。表情がかなり辛そうで、頬と口元に体液の這った後がある。呼吸もかなり浅くて荒い。

 短くなった髪をマジマジと見る。時間がない中、ハサミでバッサリやったんだろう。本人が嫌がってた柔らかい癖っ毛は、首の後ろまでしかなくなっていた。

 思わず小さな笑みが零れる。似合ってないけど、ちゃんと切れば可愛くなりそうだ。

 オレの視線と意味に気づいたのか、プイッと顔を逸らすが、その動きが体に響いたのか、苦痛に顔をしかめた。

「大丈夫か?」

「う、うん……もうちょっと休めば、うごけ、ると思う。痛いだけ……だし」

 そう強がりはしているものの、砕けている右腕の装甲の隙間から、血が少しずつ漏れ出していた。

 折れてる、ってレベルなら良いんだけどな……。

 さて。

 緊張した様子でオレに対して身構える連中を尻目に、走るぐらいの速度で飛んで、打鉄弐式を装備している、ショートカットにメガネ女子の前に立った。自信なさそうな振る舞いをしているこの子の名前は更識簪。四組のクラス代表で、その家柄は確か対暗部用の対策組織とか何とか言ってたはずだ。

「オッス、久しぶり」

「あ、……うん。こ、こんにちは」

「悪いんだけど、これ預かってくれないか? ちょっと息も絶え絶えっぽくて」

「え、っと、わ、わかりました」

「さんきゅ」

 残念そうな顔を見せる玲美を無視して、更識にゆっくりとISを装着したままの玲美を受け渡す。

 よし、これで一人封印した。

 我ながら姑息すぎるが、少なくとも更識は傍観してた一人のようだし、ケガ人を抱えたままじゃ積極的に攻撃をしかけられないだろう。

 ゆっくりと他の機体を見回す。

 目を細めて悲痛な表情を浮かべているセシリアは、戦闘には不参加だったようだ。セシリアは何だかんだで情に厚い博愛主義者だしな。箒に至っては武装すら抜いていない。

 つまりヨーロッパ組だけが戦闘に参加したってことか。

「んで、どうするよ? オレとしては後は銀の福音さえ渡してくれれば良いんだけど」

「そんなこと出来るわけがない! お前こそ何が目的だ!」

 ラウラが他の二人を抑えながら、張りつめた声で問いかけてくる。

「不正の阻止だ。こう見えてもオレ、真面目なんだぜ。間違ってることは許せない性質なんでな」

「どの口がぬけぬけと……」

 軽口で会話しながらも、視線を悟られないようにして、視界ウィンドウ内でスペックの再確認を続ける。

 大体わかった。

 こいつはホークより基本スペックがちょっと上ってだけだ。後は変わった機能はない。そして武器すらねえ。

 あとはなぜかイメージインターフェースがなくて、代わりに『ルート2』という謎のインターフェースが搭載してあり、そいつが代わりを担ってるってことだ。意味は不明で動くなら問題はねえけど、何なんだよこのルート2ってのは。単語からしてマジうぜえ。

 チェックを終えて、意識を前方に戻した瞬間だった。

 目の前に黒い拳がある。

「おわっ!?」

 全力で腰を後ろに曲げてスウェーをし、突き出された拳をかわした。

 どうやら夜竹さんの機体が襲いかかってきたようだ。

 回転しながら飛び上がり、距離を取ろうとするが、相手も追いかけてくる。

「意外に速いな……」

 何か言いたそうで何も言わない一夏たちを置いて、空中戦を始める。

 相手は二機。螺旋状に飛び上がりながら、

「夜竹さんに相川さん、聞こえるか!?」

 と問いかけてみるが、やっぱり返事がない。

 絶対に篠ノ之束が何か仕掛けてやがる。銀の福音と同じか? いや、あれは周囲のISが全て敵に見えるんだっけか。

 どうするか、と考えていたとき、前方に相川さんの機体が立ち塞がっていた。

 いつも元気な笑顔の相川清香さん。ハンドボール部だっけか。

 IS学園で見た笑顔の様子など微塵も無く、口元以外隠されたISの左手を目の前に突き出して、オレの正面からこっちに突進してきた。さっきよりスピードが少し遅い。

 なんだ? と訝しみながら、ギリギリをすれ違おうとした瞬間に、オレの機体が完全制止した。

 動かねえ! AIC(慣性停止結界)かよ!?

 周囲の空間が歪んで見える。振り解こうとしても、ビクともしない。

 ラウラから食らったことはなかったけど、こんな厄介な機能だったのかよ!

 360度視界を確保できる視覚センサーで、背後から迫る敵を認識する。夜竹さんの機体が、左腕を構えていた。

 その場所に光の粒子が集まっていく。そして姿を現したのは、巨大なシールドと炸薬点火式パイルバンカーだった。

「反則だろ!」

 相手が密着した状態でパイルバンカーを撃ち出す。

 推進翼のちょうど間、背中のど真ん中に強烈な打撃を食らい、衝撃が体の内部を揺らした。

 クソ痛ぇ!

 吹き飛ばされたところを再び相川さんのAICで確保される。インパクトの瞬間だけ解除されたのか。そりゃそうだ。あれの効果範囲にいたら金属の杭が撃ち出せない。

 もう一度、背中の真ん中をパイルバンカーで殴打された。

 吐血しそうだが、気合いの入れどころはココだろ。

 食らった瞬間に翼を寝かして瞬時加速を発動させる。

 吹き飛ばされながらも軌道をずらし、何とかAICから逃れることが出来た。

 距離を取ったと安心した瞬間に、胚から血が溢れて口から零れる。

「くそっ」

 反則気味だ。何だっけ、対IS用ISとか、そんな感じの機体か。さすが篠ノ之束製だけはある。

 しかもそれが三機。勝てる見込みがねえ。

「つっても、やるしかねえよな」

 本当なら、さっさと一夏たちを攻撃して、オータムたち亡国機業に態度を表明し、その助力を呼び込みたい。

 そんなことをしようものなら、一夏たちも全員で迎撃してくるだろう。一夏とシャルロット、ラウラは機体の損傷で戦えない。しかしそこを狙えば、セシリアたちも積極的に迎撃に来る可能性が高いだろう。

 そしてセシリアたちに苦戦している間に、クラスメイトの三機に落とされる。それじゃ意味がねえ。

 さて、どうする……。

 口元を左腕の装甲で拭ってから、迫ってくる二機から距離を取るように加速を始める。

 高度計チェック、上空200メートルか。

 さらに急上昇しようとした瞬間に、敵が推進翼を広げて猛スピードで迫ってきた。

 咄嗟に回避して旋回しながら、隙を窺おうとした瞬間、足元をレーザーがかすめていった。

 発射元を確認もせずに飛び退りながら、再び上空へと舞い上がって見下ろして状況を確認する。

 右手に銀の福音をぶら下げていた谷本さんの機体が、左手に銀の福音と同じビームマシンガンを装着している。

「もう何でもありだなチクショウ!」

 しかし妙だな。

 どうして銀の福音をこの海域近くにまで接近してるアメリカの船に渡さない? 一夏たちの目的はそれで完了のはずだろ。他の目的があるのか?

 空中で制止していたオレと同じ高さへ、AICを装着した相川さんと、シールドピアースを備えた夜竹さんが浮き上がってくる。

 その顔を見据える。

 唯一空いている口元から、漏れる呼吸がかなり荒い。あの機体、絶対にパイロットの体に良くないだろ。

 そりゃそうだ。たぶん意識はないんだろうけど、ISを動かしてるってことは体も全力で動いてる。体力の消耗だって激しいはずだし、慣れていない機体で無理やり動かされてるんだ。しかも本人の限界を超えようが、篠ノ之束には関係ない。

 まずいな、早く止めないと。と言っても、オレだって落とされるわけにはいかない。

 ……これは逆手に取れるか。

 チラリと篠ノ之束の顔を一瞥し舌舐めずりをしてから、背中を向けて再び逃げ始める。

「おいセシリア!」

『は、はい!』

 急に呼びかけられて、動揺しながらも返事を返してくる。

「夜竹さんたちは限界だ、下げさせろ!」

『し、しかし!』

「しかしもクソもあるか。クラス代表だろ! 息が荒いのが見えないのか! 限界だ!」

 オレの呼びかけに戸惑ったような表情ながらも、セシリアは恐る恐る篠ノ之束に話しかける。

『し、篠ノ之博士、夜竹さんたちはもう限界です、代わりにわたくしたちが」

 甘い……そいつは周囲を人間として認識できないクズ野郎だぜ? 他人のことは言えねえけど。

「うーん? 何の話? 限界? 人間の限界なんか知らないけど、っていうかキミ、誰さ。私に命令なんて」

 よし来た!

「篠ノ之博士!」

「ああもうウルサイな、黙ってなよ」

 自分にたかる虫を追い払うような仕草をセシリアに向ける。

 青い貴婦人が絶望に唇を噛む。すぐに何かを決意したように顔を見上げた。

「下げる気はねえってか!」

「当たり前さ。お前だけは、絶対にここで殺す。ロクなことにならないからな」

 ……なんかオレにだけ口調が強くないか? ま、上等だ。

「おい、織斑一夏! 篠ノ之箒、何をボサっと見てやがる! 夜竹さんたちを止めろ! もう限界だ!」

 全力で上空を旋回しつつ、この場にいる主人公へと呼びかける。

 ハッと我に返ったような一夏が、

「た、束さん! 俺たちがやる! いいから、あの子たちを下げてくれ」

「えー? いっくんたちはボロボロだし、面倒だからこっちでやるよ」

「そうだ姉さん、私たちがやる、タカのことは任せろ!」

「箒ちゃんにはアレとあんまり戦って欲しくないんだよねー。大事を取りたいっていうか。紅椿を今、損傷したくないっていうか。ま、いいからお姉さんに任せておきなってば」

 能面のような笑みを浮かべて、自分の家族たちに優しく提案していた。

 目論見通りだ。

 オレがこう問いかければ、一夏たちはクラスメイトを救うために、何らかのアクションを起こさざるを得ない。

 仮に黒い三機が下がって一夏たちがきても、この厄介な三機が下がるなら問題ない。こっちとしては好都合だ。

 逆に下げなくても、今度は一夏たちが黒い三機を止めざるを得ない。オレが逃げ回るなら、力づくで止めないと夜竹さんたちがヤバいからだ。何故なら、オレは一夏たちの味方じゃない。

「チッ、オレじゃ勝てねえから、逃げ回らせてもらうぞ、夜竹さんたちには悪いけど!」

 今、この現状で生きてる高機動機は、セシリアのブルーティアーズと紅椿だけだ。そして自爆しそうなクラスメイトを見捨てられるほど、セシリア・オルコットと篠ノ之箒は下劣じゃない。

「くっ、夜竹さん、相川さん、おやめになって!」

 セシリアが腰にビットをつけたまま、高速機動し始める。

 まだオレを攻撃して良いか判断に悩んでいるセシリアなら、クラスメイトを止めに行くはず。

「理由はわからんが、聞こえてないみたいだ。こうなったら可能な限り穏便に止めるぞセシリア! 相川さんを任せる」

「え、ええ。ではヨウさんは夜竹さんを!」

「了解だ、クラス代表殿!」

 心の中でガッツポーズを決める。

 チョロいぜオルコットさん。

 あともう一機欲しいところだな。

「おい箒、ヒマならセシリアを手伝え、早く止めないと、息がかなり上がってるぞ!」

「く、姉さん! 早く止めるんだ!」

「そいつが普通じゃねえのは、妹のお前が一番知ってるだろ! 早くしろ!」

 そう言ってチラリと姉を見た後、箒は唇を噛んでから、武器を持たずにISを動かし始めた。

「ならば、私たちで止める!」

 姉の言葉を無視して、一夏以外には正義感の強い箒がセシリアと共に相川さんの機体へと向かう。

 人を唆すのが悪魔の仕事ってね。

 そうして、状況はまた変化していく。

 

 

 

 オレを追いかけて飛翔するのは、シールドピアースを装備した夜竹さんの機体だ。ホークと比べても、遜色ないスピードが出てる。

 だがその口元を見る限り、搭乗者の体調はホントに良くなさそうで、呼吸の感覚がかなり短い。

 ……冗談抜きで早く止めてやらないとな。

 夜竹さんは大人しくて真面目で優しい子だ。わからないことがあったら、とことんまで理解しないと気が済まない性格らしく、無駄に知識の広いオレのところへ質問をしに来るぐらいだった。

 決して、こんなわけのわからない騒動に巻き込まれて良い子じゃない。

 だけど、どうやって止める?

 速度を落として、背後を振り返った。

 そこには、オレに向かってイグニッションブーストを仕掛けてきた黒いISがいる。

「女の子を無理やり抱き締める趣味はねえけど!」

 こっちもイグニッションブーストを仕掛けて、相手を上回る速度で飛びかかった。

 ぶつかる寸前で推進翼を寝かし、再び加速をかけて背後に回る。

 そしてその無防備な背中にしがみつこうとした瞬間、相手の背中にある推進翼が膨大な粒子を吐き出して、横方向へと加速して曲がり、体が目の前から消えた。

「クソッ、無軌道瞬時加速まで使いやがるのか! って上!」

 影が差した方向を咄嗟に見上げる。

 シールドピアースがない?

 こちらに超加速してくる夜竹さんの機体が、右腕を真横に伸ばして手を開く。そこに粒子集まり一本の棒が現れた。

 なんてことのない、十手を逆にしただけのような、何の変哲のない棒だ。

「レクレスかよ!」

 あれはアホみたいに堅いテンペスタ・ホークの武装だ。オレはあのレクレスを使って、一撃で無人機を串刺しにした。

 つまり猛スピードで加速して、堅くて細い物で突っ込んでくる物は超危険ってことだ。

「くっ!」

 必死にフレキシブルな推進翼を羽ばたかせて飛び退いた。

 オレの眼前を夜竹さんの機体が通り過ぎていき、音速を超えたゆえの衝撃波が遅れて訪れる。

 ひょっとしてベースはテンペスタ・ホークなのか?

 夜竹さんの機体が海面すれすれで静止して、オレの方を見上げていた。そして背中にある二枚の推進翼を立てる。

 来るっ!

 まさに巨大な砲弾だ。しかもISのシールドを易々と突破してくる篠ノ之束仕様なら、レクレスを食らったらオレは一撃でオダブツだろう。

 こちらも上から下へと急上昇して回避をし、通り過ぎていった機体を見上げる。

 何か手はないのか。クソ、実はテンペスタ・ホークってすげえ厄介な機体だったのかよ。

 どうする? ギリギリで受け止める? 

 正直、細かい操作は苦手だ。

 だが、機体側は繊細な動作が可能なテンペスタⅡである。

 背部外側上方大型二枚、下方中型二枚、合計四枚の推進翼はオッケー。

 手足も順番に動かしてみるが、テンペスタ・ホークのときと大して変わらない。翼以外は思ったとおりに動かないもどかしさを覚える。

 超スピードで戦うインフィニット・ストラトスにとって、この違和感が全ての命取りだ。こんな繊細な動作を求められる場面なら尚更だろう。

 クソッ、どうする?

 超望遠レンズで相手を捕捉する。夜竹さんの機体は遥か上空で方向転換してかれ制止し、こちらをロックしてレクレスを構えていた。

 自然と体調を確認するかのように、その口元がズームになる。

 荒い呼吸を続けていた唇が、小さく何かの言葉を発する。

 助けて。

 そう動いたように見えた。

 まだIS学園にいた頃、忘れ物を取りに戻った教室で、驚いたような顔をして振り向く夜竹さゆかを幻視した。

 チクショウ。

 オレは何を思う? あのとき、アリーナでオレを囲んでいたクラスメイトを、どう思えば良い?

 悪気がないことぐらいわかってる。それで許されるなら、オレが一夏をドイツへと追いやったことだって、罪にはなっていない。

 それでも、あの大人しい彼女が、あの場でオレにいて欲しいって声を上げたんだ。

「叶えることはもう出来ないけど」

 一瞬だけ目を閉じて呼吸を整える。

 エネルギー不足になるまで飛ばせるか? いやそれじゃいつ止まるかもわからないし、オレのエネルギーも減っていく。

 可能な限り速やかに止める方法を探せ。

 横目で海域をグルリと見渡して、何かないかと考える。

 いや、いるじゃねえか。なるべく人体に傷つけず、シールドエネルギーをごっそりと減らせる武器を持ったヤツが。

「おい一夏!」

『あ? え?』

「いつまでもボーっとしてんな。そっち持ってくぞ!」

『何をするつもりだよ!?』

「お前の零落白夜で無理やり止める。左腕に同じ機能あんだろうが。雪羅を出せ! 収束クローモードにしろ!」

『……どうしてそれを』

「答えてる暇はねえ! 行くぞ!」

『あ……ああ、来い!』

 まるで隕石のように、相手が真っ直ぐオレに向けて重力を味方にしながら加速と加重をしてくる。

 内側の推進翼を立て、外側の大きな推進翼を寝かす。

 推進翼に送られているエネルギーのゲージが、視界の隅で一気に上昇した。

 音速同士の戦いだ。失敗したらオレだけが死ぬ。

 分が悪い賭けは慣れっこだ。

 でもこの一瞬だけは、玲美が言ったとおりになってやる。

 ヒーローってヤツに。

 

 

 

 急下降してくる夜竹さんの機体と鋭角で当たるように角度を調整し、真っ直ぐ最大出力で駆け昇る。

 機体同士で正面衝突するわけにはいかない。

 レクレスの先端が外れたとしても、ぶつかった衝撃で相手にかなりのダメージを負わせてしまうし、当たりどころが悪ければ腕や足なんかぶっ飛ぶ。そして、それはこっちも一緒だ。

 運が良ければ生命に異常があるだろうし、運が悪ければ生命に異常がない。つまり、絶対防御が発動するとは限らないのだ。

 オレがしてきたことは何だ、と自分に問いかけて鼓舞していく。

 一刻も早く止めてあげないと。

 黒い線と線が交差しようとしていた。

 ここだ。

 内側下方の小さい推進翼を横に曲げる

 高度1500メートルで機体同士がぶつかる一秒前に、オレだけが直角に上昇した。

 四枚の翼であるからこそ出来る、最高速の無軌道瞬時加速の最高点。手足の細かい動作が苦手でも、推進翼の動作だけなら得意なんだ。

 通り過ぎた彼女の背中を捕捉した。

 意識を背中にある四枚の翼に集中し、連続でイグニッションブーストを発動、速度計は一瞬でマッハ4に近づいた。

 相手の背中に追いつくと同時に、背中に伸びた推進翼を両腕で掴んで、翼をはばたかせて相手のスピードを殺す。

 さらにこれ以上は動けないように、相手の無機質な黒い翼を引きちぎった。

 誰の悲鳴なのか、電子音の甲高い共鳴が周囲を振るわせた。

 肉食の鳥でも、より強い鳥により駆逐されることだってあるんだ。

 このディアブロは多分、力だけならアハトレベル、スピードならホークより上。つまりオレの集大成たる機体だ。

 速度を殺された夜竹さんの機体が、重力だけに従い真っ直ぐ回転しながら墜落していく。

「一夏!」

『おう!』

 海面ぎりぎりの獲物をさらうように、夜竹さんの機体を背中から抱き締めて、同じ高さで左腕の光る爪を構えた白式へと向かう。 

 そういや何だかんだで、ISじゃ初めてのコンビネーションだよな。

 そんな下らないことを思いながら、200メートル先の一夏の顔を見た。

 向こうも同じことを考えているのか、一瞬だけ困ったように笑ってから、真剣な顔で迎え撃つために構える。

 よし、上等だ。

 手足を振って暴れる機体をしっかりと掴み、当てやすいように速度を落としながら、スラスターの壊れた白式へと夜竹さんを届けようとする。

「これ以上は好きにさせるか!」

 そう叫んで二人の間に立ちはだかったのは、ドイツの特殊部隊の少佐ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 右腕に残っていたプラズマ手刀で、オレを迎え撃つ。

 回避が間に合うわけがない。

 この瞬間は完全に一夏を信じ切っていたのだから。

 

 

 

 水面を跳ねる石のように何度も転がり、ようやく止まったときは、一夏たちの姿が500メートル先に見えたときだった。

「ラウラ!!」

「黙れ!!!」

 何が……どうなった?

 機体ごと徐々に海面へと沈んでいく中、混乱している頭を整理しようとフル回転させる。

 外側の大きい推進翼から漏電しているようだ。

 ラウラに切られたのか。

 事実を確認して少しだけ冷静になった。

 PICで海上2メートルまで浮き上がる。

 夜竹さんはどうなった?

 反応を探すとシャルロットが抱えているようだ。ぐったりしていて動く様子はない。口元を確認する限り、不規則ながらもしっかりと呼吸をしていた。

 あの状況の中、一夏はしっかりと仕事をしたようだ。

 ホッと安堵のため息を零してから周囲を見回す。

 先ほどまでセシリアと交戦していた相川さんの機体は、戦闘行動を止めて停止しているようだ。そういや篠ノ之束が紅椿を傷つけたくないって言ってたな。箒が参戦した結果か。

 何やら篠ノ之束に対し、箒が抗議の声を上げている。ただ、姉は妹に対し聞く耳を持たないのか、残る二体がISを解除する様子はない。

 さて問題は、あっちか。

「二瀬野君……」

 気付けば玲美を抱えた更識がオレの近くに寄って来ていた。どうやら面倒を見ていたケガ人に、オレのとこへ行けって命令されたらしい。

「ヨ……ウ君、大……丈夫?」

 玲美も苦痛に顔を歪ませながら、ゆっくりと震える手を伸ばしてくる。

「ああ」

 返事をしてから、ラウラ・ボーデヴィッヒたちの方を見据えた。

『ラウラ、どうして邪魔をした! なんであのタイミングでヨウを切った!』

『黙れ黙れ黙れ! アイツが何もしてこないとも限らないではないか! 事実、お前たちは昼間の戦いで、アイツに何度も騙され墜とされたんだぞ! どこまでお人好しなのだ、キサマらは!』

 食ってかかる一夏を、ラウラがそれ以上の勢いで撥ね退けながら叫び付ける。

「ま、待ってよ二人とも。今はこんなことしてる場合じゃ」

 困惑してる様子のシャルロットが、口論する二人の間に入ろうとする。だがラウラは、

『邪魔だ! 今は一夏に言って聞かせなければ始まらん!』

 とシャルロットを押し退ける。

『シャルロット、下がっててくれ。ラウラ、あの瞬間は夜竹さんを止めようとしてただろ!』

『本当にそう思っていたのかはわからん! 事実、アイツは、お前が誘拐されようとしたのも、助けようと思ったからではないと告げたではないか! それに目的は果たした! 夜竹の機体は止まっている!』

 憤る一夏に対し、ラウラは今にも泣きそうな顔で怒鳴り散らしていた。

 アイツも多分、悩んだ末にオレを攻撃したんだろう。それが織斑千冬の教え子であり一夏の上官であるボーデヴィッヒ少佐の責任だと思ったのかもしれない。

 ……ああ、気持ちはわかるぜ、ラウラ。すげえ同感だ。

 今、警戒すべきは闖入者だ。自分の機体は損傷していてまともに戦えない。だが、そいつが隙を見せる一瞬があるなら、オレだって狙う。

『だけど、アイツは守ろうとしたんだ、オレと目を合わせて、夜竹さんを!』

『もう私たちに後はない! 国際IS委員会のオーダーは、銀の福音の日本上陸を防ぎ機体を米国に渡すこと。それさえ守れれば織斑教官の、いやIS学園の面子は守れる! そのために教官の命令に反したのだ!』

『そんなことはわかってる! それでも今のは許せないぞ!』

『許せない!? どうしろと言うのだ。玲美とアイツによってボロボロにされた我々で、篠ノ之博士の協力すら断るなど、有り得ないだろうが!』

『それでもダメだ! 苦しんでるクラスメイトを助けようって……オレたちがあんなことをしたヨウがあの子を助けようとしてるのに、それを信じないなんて、オレには許せない!』

『黙れ! 過去に何があろうとも、戦闘中は目の前の戦闘行動に集中しろ!』

 二人は周囲をそっちのけで言い合いを続けていた。

 ……ああもう、滅茶苦茶だ。いっそ、このまま戦闘を終えて帰ってくれないかな。

 ラウラの気持ちはすげえわかる。だが正直、頭に血が上って、ラウラを許せそうにない。

 一夏が器用に夜竹さんの機体だけ狙い落としたから良かったものの、失敗してたらどうなった? 荒い息を漏らすクラスメイトに無理をさせ続け、オレを倒して万歳ってか。

 立場が違っていても気持ちがわかるが、それだけは許せねえ。

 メインキャラクターたちが、モブキャラを蹂躙していく様を黙って見ていられるほど、脇役歴は短くない。

 これはこの世界を物語の中と認識していたオレの業なんだろう。

『一夏、なぜわからない! 今、この場で最も危険なのは、二瀬野鷹だ!』

『それでも! オレは守るために戦ってるんだ! さっきだけは、よくわかんねえけど、通じ合えた気がしたんだ!』

『そんなのは錯覚だ。一夏! 黒兎隊の一員なら、その眼帯に誇りがあるなら、私の命令に従え!』

『……ラウラ、ああ、わかったよ、わかりましたよ少佐殿! それが黒兎隊っていうなら、オレはこんなものいらねえ! こんなの黒兎隊じゃねえ!』

 そう言って、一夏が眼帯を剥ぎ取って、海に投げ捨てる。

『い、ちか?』

 一瞬でラウラの顔が硬直した。それでも一夏は言葉を止めない。

『そうじゃなかっただろ! オレたちが、オレたちがドイツで誓ったことは……思ったことはそうじゃなかっただろ! オレたちが憧れた千冬姉は、そんなんじゃなかった。ヨウはさっき、夜竹さんを守りたいって思ったはずだ! それを否定したらオレたちは、始まらなかったはずだ!』

 そうさ、主人公が言ってることは正しい。オレはさっきの瞬間、何も考えずに一夏と二人で、夜竹さんを止めようとした。

 茫然と一夏を見つめるラウラの焦点は合っていなそうだ。

 その二人を正面に見据え、推進翼を立て、腰を落として海面に手をつける。 

「更識、離れてろ。玲美、更識にしっかりと、しがみついておけよ」

 自分の声が冷たくなった気がした。

 一部から破壊されバチバチと火花を漏らす推進翼を立てた。まだ無理をすれば動きそうだ。そして四枚のうち下方内側の二枚は無事である。

 さあ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。オレがお前の正しさを証明してやる。

 一瞬だけ目を閉じて、浅い深呼吸をした。

「さあ、ディアブロ、行くぜ」

 二枚の翼でイグニッションブーストをかけた瞬間に、さらに残り二枚で同じ動作をかける。

 合計四枚の黒い翼が、オレを一発の弾丸へと変化させた。

 スタートから音速を超え、掴み合う二人へと左手の爪を突き立てようと、500メートルの距離を波を吹き飛ばしながら突進する。

『一夏!』

『ラウラさん、逃げてくださいまし!』

 そして声より速く、二人の眼前へと迫っていた。

『ラウラ!』

 一夏が茫然としていたラウラを無理やり射線外へと押し出す。

 その瞬間、ディアブロの爪が一夏へとぶち当たった。

 刹那たりとも止まることなく、白い機体を木の葉のように舞わせる。

 手応えを受けてから、PICで慣性をゆっくりとブレーキをかけ、静止してから振り向いた。その瞬間に上部二枚の推進翼が勢いよく爆発する。

「クソッ、限界かよ」

 だが、ダメージを負った中で、よくあれだけの加速を見せた。嫌いだけど悪い機体じゃねえな。

『一夏!』

『一夏さん!』

『大丈夫か!? 一夏!』

 ヒロインたちが主人公の名前を叫ぶ。

 体を包む白式は光る粒子になって消えていき、一夏は海中へと沈んでいった。

『いち……か?』

 長い銀髪の少女が、うわごとのように思い人の名前を呟いた。

 真っ先に箒が海中へと飛び込んで、一夏を抱えて浮上してくる。

『一夏、しっかりしろ一夏!』

 真っ青な表情の箒が、一夏を揺らす。本人も意識がまだあるのか、咳き込んで飲み込んでいた海水を吐き出した。

 何かうわごとのように呟いているが、ISを展開していない人間の声はさすがに聞こえてこない。

 ラウラ以外の全員が安堵のため息を漏らした。

 そしてセシリアがオレを睨む。

『ヨウさん……そこまで』

「あん? ちゃんとラウラの言葉の正しさを証明してやったろ。油断すんじゃねえよ」

『さ、先ほどはクラスメイトを助けようと』

「助けようとしたさ。だが、邪魔をしたのはラウラだろ?」

 肩を竦めるオレの言葉にセシリアが唇を噛む。

『それは……そうですが!』

 何か言いたそうな顔をしているが、それ以上は言葉が出て来ないようだった。

 ふぅっとため息を吐いて周囲を見回した。

 四枚あるうち、二枚の推進翼は動かなくなり、長所であるスピード半減以下、武器は無し。

 撃墜した機体は白式と夜竹さんの機体のみ。レーゲンは戦闘続行不能だろうし、打鉄弐式はたぶん戦えないだろ。あと敵機の残りは、ブルーティアーズと紅椿、それに黒いIS二機が無傷、ラファールが小破ってところか。

 まあ、でもオーダーは果たしたかな。

「ほらほら、もう私は手を出さないから、箒ちゃんたちでソイツを落としちゃってよ。相手はもう限界っぽいし、それなら紅椿もケガしないだろうしさ。それともまた私の機体でやろうか?」

 無表情な笑みの篠ノ之束が、全員へ攻撃を促した。

 天を仰いだ箒が目を瞑って深呼吸した後、何かを決意したかのように瞳を見開いた。

『ああ、ではやろう』

『箒さん?』

『一夏も落とされた。タカは作戦の邪魔をしてくる。単純な構図だろう。異論はないな? タカ』

 ようやく戦う決意をしたのか、ラウラの近くにある海面から姿を出していた岩礁に、一夏をそっと寝かせる。

『一夏、しばらく我慢していてくれ』

 一夏が何かを言ったが、優しく笑みを作った箒が首を横に振って、こちらを見上げる。

「ああ、そこのオレンジ色の、その子は放っておいて良いよ」

 篠ノ之束が指を鳴らすと、PICが自動で動作したのか、夜竹さんの機体がゆっくりと浮遊してシャルロットの手を離れる。そのまま一夏と同じ岩礁の上に寝かされた。

 紅椿が敵意を込め、敵機を落とす殺意を携えて、二本の刀を構える。

『覚悟を……決めましたわ』

 ブルーティアーズのパイロットが、出会ったころに見た鋭い眼差しをオレに向ける。

 おそらく、セシリアはまだオレが一夏たちを襲ったことを、心の底では信じてなかったのかもしれない。何かの間違いじゃないかと思ってた部分があったんだろう。

 今、目の前で堂々と白式をぶっ飛ばす姿を見て、ようやく確信したようだ。

 セシリアとシャルロットが互いに見つめ合い、大きく頷いてから、それぞれの銃口をオレへと向けた。

 その意思を受け止めて、オレも身構える。

 出力が半分以下になった機体で、どこまでやれるか。

 そう思ったときに、視界内に仮想ウィンドウが立ち上がった。通信のようだ。

 内容を確認したとき、自然と唇に自嘲の笑みが零れる。

『さあ、行くぞタカ!』

 箒がグッと腰を下ろして飛び立とうした瞬間だった。

 青白いレーザー光が天から降り注ぎ、オレと敵対しようとした三機の武器を撃ち落とした。

『誰ですの!?』

『援軍?』

 金髪の二人が上空を見上げる。

 青いISがライフルの引き金を引きながら、真っ直ぐ急降下してきた。

 箒たち三人が咄嗟に回避し、空中へと逃げる。

『よう二瀬野、仲間はちゃんとぶっ飛ばしたようだな。見ててやったぞ』

 本当に愉快げに笑う声が、通信回線を通してオレの耳だけに届いた。

「どうも宇佐隊長。デートには遅刻ですよこのクソアマ」

『はっ、口の悪いヤツだな、てめえは。女の誘いなら、二年は現地待機してろっつーんだ』

「モンドグロッソっかっつーの。おかげでMには悪いことしましたよ。一夏は落としちまった」

『おかげで大層機嫌が悪いがな。ま、とりあえず』

「なんでしょ?」

『獲物をいただきに来たぜ、この亡国機業がな』

 

 

 

 始まったのは、一方的な蹂躙だった。

『あれは……まさかBT二号機、サイレント・ゼフィルスですの!?』

 セシリアが驚愕の声を上げながら回避行動を取る。

 戦闘が始まった。Mことマドカの操る機体は、紅椿とラファール・リヴァイヴ・カスタム、そしてブルーティアーズの三機を相手にした状態でも、全く苦戦する気配がない。むしろ相手を圧倒している。

『くっ、なんだこの機体は!』

 箒が相手のスピードに焦りながらも、手に持った日本刀からエネルギーの刃を飛ばす。だがゼフィルスから展開されたビットが、光る傘のようなフィールドを展開して防いだ。どうやらシールド機能を持つ個体らしい。

『なに!? うわあっ!』

 同時にライフルから放たれたレーザーが、紅椿の胸部に着弾して機体を吹き飛ばす。

『このっ!』

 スラスターが壊れ半ば固定砲台となったシャルロットは、手に持ったアサルトライフル二丁で、接近する機体をけん制する。

 だが、本体に気を取られていた隙に、展開されていた二機のレーザービットが、無防備になっていた背中を後ろから狙い撃った。

『くっ』

 持ち前の器用さで体をよじってかわすが、すでに目の前には青い機体が迫っている。

 左手によって鋭いアッパーカットが放たれ、さらにローリングソバットを放って吹き飛ばす。その上で近距離からライフルを連射でぶっ放した。

 シャルロット咄嗟にシールドで光学兵器だけを防ぐが、威力に耐えられなかったのか、焼き切られるようにシールドがパイルバンカーごと真っ二つになった。爆発するかと思った瞬間にシールドを外し、本体が逃げ切っただけでも、さすがだなと感じる。

『シャルロットさん! こ、この』

 同じBT実験機を持つセシリアが、落とされたライフルを拾い上げて、引き金を引き続ける。

 だが、相手はその全てをシールドビットのエネルギーフィールドで防ぐと、一回だけ明後日の方向へとレーザーを撃ち放った。

『どこを狙っていますの!?』

 しかし、発射されたエネルギーは、大きな曲線を描いてセシリアの背後に着弾する。

 セシリアが悲鳴を上げて、落下していった。

 圧倒的だった。

 ただ本人はつまらなそうに、ライフルを肩に担ぎ、損傷を抱えて海面に漂う三機を見下ろす。

『ヨウさん……これは……どういうことですの?』

 わなわなと唇を震わせながら、オレに鋭い口調で問いかけをしてくる。

「いや、よく知らん」

 ハリウッド映画の黒人のようにわざとらしく肩を竦め、とぼけてみせた。

 オレの言葉にブルーティアーズのパイロットが唇を噛む。

『わかりました……何はどうあれ、そのサイレント・ゼフィルスはこちらで対処いたしますわ』

「おう、頑張れ、超応援してる」

『くっ、あとで覚えておくように!』

 懐かしい怒りの言葉とともに、再びセシリアがMに向かって攻撃を仕掛け始めた。箒とシャルロットもそれに続く。

 さて、あっちは平気そうだな。

『あれが……亡国機業……行かなきゃ……。ご、ごめんなさい、国津さん、一人で大丈夫?』

 それまで戸惑いながら静観していた更識が、対暗部用暗部という肩書の元に動き出す。

 抱きかかえられていた玲美も、それまでは状況に驚いて目を丸くしていたが、更識の言葉にそっと離れた。

 オレは玲美と目配せを交わす。

 更識が背中を向けた瞬間、玲美が生きていた左腕のブレードをその背中に思いっきり振り下ろした。それだけの動作で、攻撃した玲美の顔が苦痛に歪む。

 玲美がそれまで全く動かなかったせいか、油断していたんだろう。完全に虚を突かれた攻撃を受けて、打鉄弐式の背中が反り上がる。

 今だ。

 驚き戦慄いて振り向こうとした更識簪の操るISに向け、オレは生き残ってた推進翼二枚に火を入れて突撃した。

「く、国津さ……きゃあああぁぁぁぁ」

 爪の一撃で肩の上に浮いている推進装置を叩き壊すと、もう一度、曲線を描きながら上昇し、急降下して蹴りを無防備な背中へと叩きこんだ。

 ここで逃がすつもりはない。

 戦場で敵味方を判別できないヤツなんて邪魔なだけだ。それにコイツはクラス代表マッチで優勝してるからな。

「くっ、させない!」

 打鉄弐式の薙刀を抜き打ちながら、肩に浮いたミサイルランチャーから四発が撃ち出される。

 チッ、本来のスピードが出ないなら、誘導ミサイルとは相性が悪い!

 咄嗟に推進翼を寝かして旋回し、突き離そうとする。しかしさすがに追いつかれそうだ。

 旋回して回避しようとするが、さすが無人の誘導弾だ。簡単に離れちゃくれない。

 思い切って海中に飛び込む。

 ミサイル自体にはPICがついてない。ならばISほどの機動性を海中で発揮できないはずだ。

 センサーで後方を確認すると、どういう原理をしてるのかわからないが、ミサイルは海中を追って来やがる。ただしスピードは差が付き始めていた。

 だったら!

 目的を探す。……ビンゴ。

 水中から空中へと飛び上がり、目的の機体を後ろから捕獲した。

「なっ? 二瀬野!?」

 一夏が墜ち、茫然としていたラウラを持ち上げ、追いかけてきたミサイルへの盾とする。

 ぶつかった瞬間に間近で四発の爆発音が聞こえた。

 オレ自身は激突する瞬間に、レーゲンを蹴り出して無傷で終わった。

 完全にISを破壊され、具現限界を超えたラウラ・ボーデヴィッヒが海中へと沈んでいく。

『ラウラ!』

 シャルロットが戦場を離脱して、助けに行こうとした瞬間、その眼前を青いレーザーが薙ぎ払う。

 助けに行かせまいと、Mが攻撃を仕掛けたのだ。目と鼻はバイザーで隠されているが、その口元がわずかに愉悦の表情を浮かべている。

『くっ』

 更識の焦りが聞こえてきた。

 荒い呼吸音を立てながら、玲美がブレードで打鉄弐式の薙刀と打ち合っている。

「おい二瀬野、貰って良いのはこの黒いヤツか?」

 いつのまにか一夏と夜竹さんが寝かされていた岩礁に、オータムが赤いセパレートのISスーツを着て立っていた。なんつーかハイレグでTバックっすね。あと胸元の切れ込みスゲぇ。

「そいつが篠ノ之束製だ。頼む」

「てめえが命令してんじゃねえよ」

 手に持った大きさ四十センチほどの、円筒形の箱にに四本の足がついたような機械を取り出した。それを夜竹さんの機体に近づける。

 あれがリムーバーか。ISを強制的に解除して、奪うことが出来るらしい。

 電気がショートするような音を立てて、寝ていた彼女の体が大きく跳ねる。だがすぐに収まり、オータムの手には球形のISコアが乗っていた。

 夜竹さんの胸がしっかりと上下して呼吸をしている。大丈夫そうだな。

「さて、まず一機と。こっちで寝てる男は織斑一夏か。ついでにこっちも奪っちまうか」

「好きにしろ。ただしあと二機もあるぞ」

 吐き捨ててからオレは玲美と更識の方へと向かう。

剥離剤(リムーバー)か。あんなものまで持ち出して……」

 篠ノ之束の舌打ちに合わせ、静観を宣言されていた相川さんの機体が、推進翼から粒子をまき散らしてオータムへと突進してくる。

「ハハハハハッ、来たぜ来たぜ羽虫が。このバァル・ゼブルに勝てると思うなよ!」

「あんまり傷つけんなよ! さっさとリムーバーで奪え!」

「どうだろうな、調子が良過ぎてわかんねえぞ、止めたけりゃてめえがかかってこい、二瀬野!」

 上機嫌のオータムが銀色の機体を装着して迎え撃つ。極小型ビットを搭載し、甲龍をあっという間に葬り去った機体だ。

 そこで初めて、篠ノ之束の眉間に皺が寄った。

「……あの機体がもう完成してるとはな。誰が作った……?」

 まるでうわごとのように漏らした、憎々しげな呟きがオレの耳に届いた。

 

 

 

「ご、ごめん、でも、邪魔をしないで国津さん!」

 超振動する刃を持った薙刀を、更識が玲美へと鋭く振り下ろす。

「くっ」

 咄嗟に身を翻し、横へと回避するが、体に残る激痛のためか動きに繊細さがない。回避された刃は即座に横へと切り返され、痛みで動きが一瞬止まったテンペスタⅡ・リベラーレへと迫る。

「させるか!」

 加速したオレの一撃が、更識の機体を弾き飛ばした。ISの装甲を易々と切り裂く刃が、玲美の鼻先をかすめる。

「ご……ごめんね」

「全身痛むんだろ、無理させて悪かった……」

 玲美の前に立ち塞がりながら、体勢を立て直した相手を見据える。

「ちょっと……休ん……だから、平気」

 そう笑みを浮かべて腕をぶんぶんと振っているが、無理してるようにしか見えねえ。

「こっから先は休んどけ」

「で、出来るよ、大丈夫!」

 そう叫ぶ顔に汗が伝ってる。たぶん、痛みによる冷や汗だろうな。

 さっき食らってわかったが、篠ノ之束製ISの攻撃はおそろしく痛い。ISの各種シールドを突破して衝撃を伝えてくる。斬突兵器なら傷がつくどころでは済まない。それをISがここまで損傷するほど食らっているのだ。満身創痍に近いだろう。

 オレがすでに痛くねえのは、たぶんアドレナリン出まくってるからか。それとも、ディアブロの装甲が異常に堅いのかもしれない。

「そうかい、んじゃ無茶すんなよ」

「うん!」

 翼を破壊された玲美から標的を外すように、二枚だけ残った翼で無軌道に飛び回る。

「悪いけど、更識、ここで落ちてもらう!」

 自らを鼓舞するように叫んで、真っ直ぐ相手の機体へと襲いかかろうとした。

 

 

「さて、それはどうかな? ふったせのクーン?」

 歌うような声とからかうような調子で、さらなる乱入者が現れる。

 オレの機体が横殴りの衝撃を受けて、吹き飛ばされた。

『お姉ちゃん!?』

 咄嗟に体勢を立て直し、その姿を捕えた。亡国機業を追いかけてきたってわけか。

『簪ちゃん、大丈夫? でもお姉ちゃんが助けに来たから、安心して!』

 水色のヴェールを纏ったIS、ミステリアス・レイディのパイロットがそう言ってブイの字を作る。

 自他称ともにIS学園最強、ロシア正代表、更識楯無。

 よりにもよって、最悪のパターンで登場しやがった。

 何か策はないかと周囲を見渡す。

 サイレント・ゼフィルスは相変わらず遊ぶように、紅椿とラファール・リヴァイヴ・カスタム、そしてブルーティアーズの三機を相手にしていた。

 オータムの操る銀色のIS、バァル・ゼブルは相川さんの乗る機体に対し、虫の大群のような極小ビットを放っていた。

 目的である銀の福音は谷本さんが捕獲されたままだ。

 一夏とラウラはISを解除され戦線離脱している。

 負傷している玲美と四枚のうち二枚の翼を奪われたオレは、IS学園を代表する専用機持ち姉妹を前にしていた。

 事態はさらに混迷していく。

 

 

 

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは海中に沈んでいった。

 自分には力がない。そんな自責の念に囚われていた。

 全てはあの乱入者、二瀬野鷹と国津玲美によって打ち砕かれてしまった。

 果てには一夏と戦闘中に口論し、一夏が眼帯を捨て去った。

 自分は間違ってなかったはずだ。

 自機であるシュヴァルツェア・レーゲンは玲美によって大きく損傷させられ、まともに飛べなくなっていた。

 つまり二瀬野鷹がクラスメイトの機体を掴み、無防備に突っ込んできたときは、最高のチャンスだったのだ。だから攻撃を仕掛けた。

 こうなったのは全ては自分に力がないせいだ。

 嫁である一夏を守る力も、尊敬する教官を守ることが出来る力もない。

 眼帯を締める革ひもが自然と緩んで、海の中へ流れて行った。金色に光る左目が露わになる。

 力が欲しい。

 そう思いながら、暗い海底へと沈んでいく。

 夢現の境さえ定かにならないラウラの目の前に、鉄面皮の笑みを浮かべた人間のような物が立っていた。

「そこのヤツ」

 何だ?

「力が欲しいか?」

 まるで廃棄される鉄クズでも見るかのような目線で、ラウラを見下ろしていた。

 欲しい。全てを守れる力が欲しい。

「願うか? 今より圧倒的に強い力が欲しいか?」

 ……ああ、くれるなら寄こせ。今すぐ一夏と教官を守れる力を、この私に。誰にも負けない最強の力を、このラウラ・ボーデヴィッヒによこせ!!

「ならば、くれてやろう。お前なら丁度良い」

 そうして、ラウラ・ボーデヴィッヒは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 










遅れまして申し訳ありません。次回は日曜か月曜日に投稿する予定です。
(次回から、遅れる旨は活動報告を使ってみます)
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