相手にしている更識姉妹は、ヤバイぐらい強い。
ナノマシンにより水を操るIS、ミステリアス・レイディを駆る姉は学園最強の専用機持ちでロシア正代表。
独立稼働型誘導ミサイルを多数装備したIS、打鉄弐式を装着した妹は、一年四組のクラス代表で、ラウラたちがいなかったとはいえ、一年では暫定最強。
つまり、この姉妹はIS学園で一番強いのだ。
「キミとは一度、戦ってみたかったんだよねー。ワクワクしてる」
姉である更識楯無が手に持ったランスを構える。
「こっちはゾクゾクしてますよ、絶対に戦いたくねえ相手が来たんですから」
「あはっ、つれないの。でもちょっと私とダンスして欲しいかな」
上品に左手で口元を隠しながら、愉快そうに笑う。
「踊るの下手なんですよ。……さっきは何で助けた?」
「そりゃ分家から情報があったからよ。でも、今は別」
「副理事長の要請か」
「ありゃ、詳しいのね」
「IS学園の実務責任者って言えば、あのオジサンしかいねえし」
副理事長である轡木十蔵氏は、理事長である妻を支える事実上の運営責任者である。国際IS委員会でもその手腕を認められていたはずだ。
「それでどうするのかな? 大人しく手伝ってくれる?」
「いや無理」
「何がしたいのかな? 元生徒だし、出来る限りその要望は聞いてあげたいんだけどね」
「……泣いてる人……いや、未来で泣くだろう人がいて、その涙を止めたい」
「不思議な言い回しだね。で、誰が泣くのかな」
「ナターシャ・ファイルス」
「それって、あのパイロットだよねー? どうして泣くの? 私たちは助けてあげようとしてるんだけど」
「それじゃ本当に助かったことにはならない。守りたいのは未来のあの人だ。今じゃない」
「ふむふむ、でも私たちも未来のIS学園のために頑張ってるんだけど?」
「じゃあこれ以上邪魔しないから、何日かかるかわからないけど、オレに銀の福音を貸しといてくれ」
「はいって言える状況だと思う?」
むふふと訳知り顔で笑う生徒会長。
「出来ないことぐらい知ってるよ。だから言っても信じてもらえねえことは言いたくねえ」
結局は、一夏が誘拐されたときの焼き直しだ。オレが未来について語っても、信じる奴もいなけりゃ協力するやつもいねえ。
「随分とヤサぐれてるけど、私の答えはノーだよ。別にキミが未来を知ってるなんてステキだと思うし、信じても害はないでしょ」
「害がない……そんな発想はなかったな」
「で、どうするの? 私はこの状況を打破して、あの亡国機業をとっ捕まえて、まあ可能な限りあのISを速やかに米軍に渡したいんだけど」
「最後のは、アンタの希望?」
「そうだよん。轡木さんを今、IS学園から無くすわけにはいかない。世界は割れかけてるし」
「知ったことかよ。世界とか」
オレの吐き捨てるような言葉を聞いても、更識楯無は愛犬の粗相でも見てるぐらいの笑顔のままだった。
「世界が気に食わなかったら、私たちの生きてる場所、でもいいけど」
「それこそ知ったことかよ。オレはIS学園の生徒じゃねえんだし」
「じゃあ取引をしましょ? 私が出来得る限りの力を使って、キミを助けてあげる。ISを奪った脱走兵で、男性IS操縦者検体である二瀬野鷹君を」
「何だよ検体って。人を人体パーツ呼ばわりしてんじゃねえよ」
「私が呼んでるんじゃなくて、キミのいた部隊が呼んでるみたいだけどね。それでどうする?」
「乗ると思ったかよ」
「どうして? 悪い取引じゃないでしょ?」
「何の確約もねえし」
いくら更識楯無といえども、その力には限界があるだろうしな。
オレが疑いの目を向けていると、相手は得意げに胸を張って、
「確約はなくとも、この更識楯無が保証してあげる」
とはっきり断言した。
「……なるほどね」
「良い取引でしょ」
少し考え込む振りをしてから、オレは両手を広げて、戦意がないことを示す。
「助けてくれるって言うんなら、乗ってもいい。可能な限りの自由を、オレにくれ」
「可能の範囲が、人によって違うと思うけど、まあコンビニに行けるぐらいなら」
「そりゃ重畳だ。コンビニ限定のデザートで好きなヤツがあるんだ」
PICを操作して、ゆっくりと更識楯無に近づく。
そしてゆっくりと右手を差し出した。
「じゃあ、商談成立ってことで良いのかな?」
「ああ」
相手がランスを左手に持ち替えて、差し出された手を握り返そうとした。
ここしかねえだろ!
右手で差しだされた腕を掴み、左腕で相手の顔面へ、思いっきりパンチをぶつけた。
だが、柔らかいクッションにぶつかったような感触しか帰って来ない。
「ハイ、ざんねーん」
可愛らしくペロッと舌を出して、目の前の女がウインクをする。
「水!?」
「IS学園じゃ、それぐらいの不意打ちは日常茶飯事だよ、知らないかもしれないけど」
オレの拳が生徒会長の眼前三センチで静止していた。それ以上はどれだけ押し込もうとしても、ビクともしない。
自ら組み上げたという愛機ミステリアス・レイディの周囲を、水のヴェールが取り囲んでいた。
「ナノマシンかよ……」
「そういうこと。よくご存じで」
それ以上は何もしてこないので、スラスターを吹かして、一気に距離を取る。
まずいな、勝てる見込みが……っといつものことかコレは。
「さて、これで私には勝てないことぐらい、理解したかな?」
「最初から理解してるっての。オレの実技成績ぐらい把握してんだろ」
「そりゃあね。ただ、不思議なところはあるから、警戒はさせてもらうわ」
「あん?」
チラリと銀の福音を見る。まだ谷本さんのISに捕獲されていて、動く様子がない。
ナターシャさんが動く気配もないな……大丈夫か?
「キミの実技実習成績、5月に急に上がったよね?」
「何の話だよ」
「特に翼の動きあたりの俊敏さが段違いに上がってる。無軌道瞬時加速が世界で初めて実現されたのも、その頃」
「何が言いたいんだ?」
チラリと玲美と簪の方を窺う。
こっちも二人して、お互いのパートナーの状況を窺ったまま、動く様子がない。
玲美の呼吸がかなり荒いな……限界か。早く帰してやりたいんだが……。
「今のキミの動き、とてもISに乗って半年足らずの人間とは思えない。全体的な実力は、同じ男性操縦者の一夏君の方が早いかなぁと思うけど、キミの推進翼捌きは別次元に達し始めてる」
「病気なんだとよ。IWS」
「それは悠美ちゃんから聞いたけどね」
「ってことは、さっき助けたのは、悠美さんからのお願いか」
「そうそう」
「そりゃ悪いことしたな。あの人、アンタが嫌いらしいけど」
「えー? 私は大好きだけどなぁ。で、話を戻すと、急に成長したときの間に何があったかなぁと思ったのよ。そうしたら、メテオブレイカーと無人機撃墜の件があったわけ」
……無人機の件はやっぱり知ってやがったのか。まあそりゃそうだよな。あんときの上級生は試合なかったし、勘の良い専用機持ちなら、気付いててもおかしくない。それに副理事長と懇意なら、学園内の機密施設に収容されている機体も把握してておかしくない。
「私の観察から見るに、三段階かな。無軌道瞬時加速、メテオブレイカーでのマッハ3、そしてあの無人機の撃墜はキミとISのスペック以上をマークしてた」
「何が言いたいんですか? 更識会長」
「たっちゃん」
「は?」
「たっちゃんで呼んでくれると嬉しいなぁ」
「誰が呼ぶかよ」
何言ってんだコイツ、と思わず大きなため息が零れてしまった。
「んー。残念。で、何が言いたいかって話だっけ」
「そうだ」
「それはね、私が全力でキミを警戒してるって話よ!」
そう言いながら更識会長が右腕を勢い良く振り上げる。その動作に連動して、オレの足元にあった海の一部が盛り上がった。
「なっ!?」
「水を操るってわかってるのに、どうして海中を警戒してなかったのかなぁ?」
企みが成功した悪戯っ子のように含み笑いをする。
海中から盛り上がった水が、無防備なオレの背中に巻き付いた。粘着力と剛性があるのか、翼を動かしてもビクともしない。
「クソッ、会話が長いのは、ナノマシンの入った水を移動させてたからか!」
「あったりー! さすがに海水全部を操るなんてのは無理だけど、最初にぶつかったとき、ナノマシンを落としておいて、その周囲の水を移動させたわけ」
周囲を見渡せば、霧が漂い始める。
「クリアパッションかよ!」
それは確かナノマシンによる水蒸気爆発を行う技だったはず。爆発の効果範囲は限られてるが、翼を封じられてるオレでは、逃げ切れないどころかPICでゆっくり動くことしか出来ない。
「チクショウ、セコい真似しやがって!」
「あらら、自分のことを棚に上げちゃって。このまま連れて帰っても良いんだけど……でもそれじゃあね」
腕を組んで考え込むような真似を見せる。余裕見せやがって、どうせ結論は出てるんだろうに。
「ヨウ君!」
玲美が慌ててこちらに向かおうとするが、更識妹が立ちはだかる。
何とか隙を見つけようとしているリベラーレだったが、両機ともスラスターが破壊されている状態では、射撃兵器の充実した打鉄弐式の方が圧倒的有利だ。二人ともそれがわかっているせいか、玲美は動けずにいて、簪は攻撃をしかけずに超振動薙刀を構えて威嚇するだけだった。
……何か手はないのか。
「わかった。どこでも行く。ISだって解除する。だから、玲美には手を出すなよ」
「もちろん。あの子はIS学園の生徒だし」
手、か。
翼を封じられたオレが出来ることは何だ……。
「いい? 絶対に悪いようにはしない。キミがアイツらと繋がってないのだって知ってる。それはこの私の誇りにかけて、誓うわ」
それまでと打って変わって、真剣な顔で更識楯無がオレに言う。
どことなく優しさを持った眼差しが一夏に似てる気もする。たぶん、本当に相手のことを考えているときの人はみんな、ああいう目をするんだろうな。
「あの事件のことだって知ってる。キミが出て行った気持ちは少しわかるよ。悠美ちゃんがどう思ってるかは知らないけど、私だってずっと、あの人と比べられてきた。裏表のない、暗部に相応しくない人。アイドルになるって聞いて心から喜んだわ。夢だって知ってたから」
「……アンタは、何がしたいんだ生徒会長」
「もちろん、生徒会長として学園を守るだけ。そして私の中でキミも、まだIS学園一年一組の生徒」
普段は水のように捕え所のない生徒会長が、今だけははっきりとした強さを見せていた。
強い光を持った眼差しのまま、オレの方へ手を開いて伸ばす。
それを受けたオレは、目を閉じてため息を吐いた。
コイツのことは知識の中でしか知らない。
もっと早くオレから話しかけていれば、ひょっとしたら良い先輩としてオレを導いてくれたのかもしれない。そして、IS学園を去る前に何か一言を告げ、彼女によって何か未来が変わっていたのかもしれない。
ゆっくりとPICを動かして、歩くぐらいの速度で近づいていく。
その動きに合わせて、オレの翼を捕えていた水が解かれ、霧も引いていった。
爆発はさせない、だから近寄ってこの手を取れ。そして帰ろう。
目の前の女性はそう告げてるのだ。
優しい笑みがもう目の前に見える。
夜の帳が降りて行く海の上、オレの黒く染まったISの手が、青く透き通った水色の手を握った。
その姿を見て、簪が安堵したように微笑んでいた。
目の前の生徒会長も、優しく包み込むような笑みを浮かべている。
だから、オレは。
その手を握りつぶした。
破砕音を立てながら、相手の指が砕けていく。
「そう」
目の前の女の子の顔が、氷のような冷たい無表情に変わる。
「ああ」
「それがキミの答え」
「オレの求めている物が、あんたのところにはない」
結局、銀の福音を元通りにすることが出来ないなら、オレが行く意味はないんだ。
「では、力づくでも良いかな?」
「良いよ、あんたは充分過ぎる誠意を見せた」
「良い殺し文句だね。キライじゃないかな」
困った悪戯っ子でも見るように優しく微笑んだ。
今、やることはなんだ。
後ろを見れば、こちらに駆けつけようと様子を窺う玲美と、隙を見せまいと立ち塞がる簪がいた。
覚悟を決めて、動かなくなった翼を引きちぎった。大きさだけは片翼でISを包み込むぐらいある。所々漏電し煙を上げていて、もう使い道なんてない。
デカい羽根ペンを持ってるようでカッコ悪いが、今は何でも良いから得物が欲しい。
その二つを更識楯無へと投げつけた。
「あらら、自慢の翼だったはずなのに」
少し悲しげに微笑みながらも、体を包む水のヴェールで弾き飛ばされた。
だが、デカいだけはあって、視界は一瞬塞がったはずである。
そのまま背中を向けて、簪の方へとイグニッションブーストで駆けた。
何はともあれ、まずは弱い方を落とす。
だが、何かに足を引っ張らられてスピードが落ちる。
見れば、脚に刃のついたムチのようなものが巻きついてる。
「残念、お見通し!」
良く見ればミステリアス・レイディの蛇腹剣ラスティーネイルだ。完全にオレを止めることは出来なくても、スピードは大きく殺がれてしまう。
そこへ、振り向いた妹の打鉄弐式から、多数のミサイルが打ち出される。
咄嗟に両腕で顔を隠して防御態勢を取った。脚を掴まれたまま合計12発のミサイルを避けることなんて出来ない。
その全てが着弾して、オレのISのシールドエネルギーが減っていった。爆発が起き装甲も削られている。狙ったのだろうか、背後からも回り込むように撃ち込まれたミサイルが残り二枚の推進翼さえ破壊し尽くしていく。
そのまま頭から海面へと落下していった。
「ヨウ君!!」
この混戦の中、たった一人だけいる無条件な味方が叫んでた。
こうして、誰も見たことのない涙を止めるという、オレのワガママで始まった騒乱は終わろうとしていた。
気付けば、どこまでも続く荒野の真ん中に立っていた。目を凝らしても草木一本見当たらない、乾いてひび割れた地面が広がっている。空は闇夜のごとく暗く、空気の澄んだ場所のように星空が見える。
ここは……?
夢でも見てるのか、と思ったがたぶん違う。ISが見せる夢の中にいるのか、オレは。
暗闇の中に立つオレの周囲を、様々な場面がいくつものホログラムウインドウに表示されて、回転していた。最近の走馬灯ってのは、やっぱりデジタルなんだな。
二回目の人生というアドバンテージで偉そうにしていた幼い頃のオレ。
一夏と箒と出会い、この世界が何処なのか知ったとき。
弾や鈴と出会い、徐々に普通の少年として埋もれていった。
誘拐事件を防ごうとして、逆に足を引っ張って、一夏がドイツへ渡った話。
最後に諦めようとして……いや結局は諦めきれなくて、高校の試験会場でISに触れたこと。
セシリアとの模擬戦であっさりと負けた。
両親がVIP保護プログラムにより名前を変え違う土地で別人として暮らすはめになった件。
理子や神楽、それに玲美と出会い、テンペスタ・ホークを貰った。
アメリカに渡り、ナターシャさんに指導をしてもらい、初めて心の底から人を尊敬した。
ドイツからきたクラリッサに、凡人としての心構えを叩きこまれた。
帰ってきた一夏と、ラウラやシャルロットとともにIS学園で過ごしていた。
空から落ちてくる隕石を破壊したこと。
タッグトーナメントが中止になるのを防ごうと、一人で戦った。
篠ノ之束に似ていると言われ、自分がとんでもないクズだと思い知る。
その後にみんなとの境界線を確認した。
IS学園を出て試験分隊に入り、オータムや悠美さん、それにリアと知り合った。
自分の頭がおかしいとバレ、病気と診断されて専用機を剥奪された。
悔しさだけで、ISを奪って戦いを挑んでいる。
自分の道程を振りかえれば、本当にオレは酷いヤツだ。
鼻で笑って、いつのまにか着ていたIS学園指定ズボンのポケットに手を突っ込み、全てのウィンドウから目を背ける。
それでもしつこくオレの目の前に現れたのは、文字だけを映した画面だった。
『ルート2進行中。現在のレベルは3、進行状況は右眼、左腕です』
何かふざけたことを言ってやがる。
全ての文字が消えて、一つの大きな設問が現れた。
『力を欲しますか?』
それはおそらく、一夏が本来の歴史で見たはずの言葉だ。その下には、イエスとノーのボタンが表示されていた。
力か。欲しいな。
「こんばんは」
後ろから声をかけられて振り向くと、見知った顔があった。えっと、誰だっけ、この女の人……すごい最近見たことある気がするんだけど……。
「なんでこんなところに?」
思い出せないことを気付かれないように、誤魔化すような笑みで問いかけた。
「ちょっと特殊な方法を使ってるの。コアネットワークという経路を使ってね。それでキミは力が欲しい?」
「そりゃ欲しいですよ。努力してきて、何とか頑張ったけど、これだけじゃ足りない」
両手を強く握る。
この世界が何処なのか気付いてから、ずっと頑張ってきたけど、オレが持ってる力じゃ足りない。
「そっか……じゃあ、今からキミに残酷なことを言うかもしれないけど、いい?」
すごい申し訳なさそうな声音で、目の前の女性がおずおずと尋ねてくる。
「なんでしょ?」
「キミが強くなったのは、努力したからじゃないの」
唐突に言われた言葉で、思考回路が停止した。
「は?」
「自分の努力が実を結んだとか、そういうのは間違い。キミだって、ホントは理解してるんじゃないのかな?」
「……何を?」
「たかだか三か月ちょっとしかISに触れていないキミが、他の子たちと同等に戦えること」
寒くもないのに、膝や唇がが震えていた。思ってもいなかった事実を打ち出され、ハンマーで殴られたかのように体がグラグラと揺れている気がした。
「ど、同等じゃねえし。何言ってんだ、オレは自分で努力して、自分で……!」
オレは頑張ってきた。それこそ才能がないゆえに、誰よりも頑張ろうとして、朝から夜まで色々と休みもなく頑張ってきた。
朝は6時に起きて剣道の素振りから始まって、授業が終わればずっとISの展開練習と推進翼の動作訓練、終われば筋トレ。土日はずっと缶詰で研究所に入り浸り。夜は毎日書類作りで、それこそ何とかやってるってレベルだった。
でも弱音は吐かずにやり続けてきた努力だ。それが今、オレのオレを形作ってるはずだ。そうじゃなきゃ……。
「他の子だって努力してる。そんな中、キミだけが伸びて行くわけがないの」
「そ、そりゃそうかもしれないけど!」
オレより才能のあるヤツだってみんな努力してる。確かにオレは推進翼特化でアリーナじゃよく負けてたけど、今さっきだって特技を生かして戦えてたはずだ。
「その認識を変えなければ、キミは新しい力を得ることが出来ない」
「認識って、他に強くなれる理由があるってのかよ!?」
知らず声が上ずっていく。
実力の内訳に、努力と才能以外の何があるってんだ。才能がなけりゃ努力に費やすしかねえだろ!
「キミの体は少し特殊で、犠牲を払うたびに強くなる」
言葉を続ける人物の名前すら思い出せずに、睨みつけていた。
「……どういうことだよ?」
「事実を挙げていくね。右眼の視力をほとんど失った後、キミは無軌道瞬時加速が可能になった。左腕の感覚を失って、メテオブレイカーでマッハ3を実現した。無人機を一人で撃退した後に、一時的に下半身と左目を失った。このときの力はすぐに失われたけどね」
愕然とする。
なんでそれを知ってる? どうして、そんな事実を知ってるんだ?
「でも、偶然だって……そうだ、偶然……偶然だ、たまたまだろ!」
だが、目の前の女の人は悲しそうに首を振るだけだ。
「キミのような普通の人として生まれた体では、今みたいな性能を出すことは出来ないの」
「だ、だからって……そんな不思議な力で強くなりました、なんて認められるかよ。おかしいだろ?」
「でも、ホントにそうなんだ」
「ど、努力ぐらい、努力で手にした力ぐらい、オレのものだって認めてくれよ!」
思わず食ってかかるように大声で叫んだ。
だけどその人物は、もう一度だけ悲しそうに首を横に振った。
「お医者様にもわからない原因不明の症状が二か所も続いていて、それでいつのまにか強くなっていて、偶然というなら、それでも良いけど」
「……何が言いたいんですか」
「努力で何とかなる戦いに、いるのかな?」
トン、とオレの胸の中心を指で軽く突かれた。
確かに、この人の言うタイミングでオレの実力は上がっていった。
それでも周囲には敵わないヤツらだらけで、だからこそ努力をし続けた。そんな地道な毎日が、オレのアイデンティティの一つだと言っても良い。
それが強くなったのは努力じゃなくて、自分の体を犠牲にしたからだった?
「ふざけんじゃねえよ。だったら、今すぐ強くしてくれるのかよ!」
「私が強くするんじゃないよ。強い形に戻るの」
「意味わかんねえ言葉で、オレを惑わすのはやめてくれ! そ、そうだ。こんな場所でボーっとしてる場合じゃない! 早く戻らないと!」
突きつけられた事実を振り払うように、早口で言葉を紡いで目を逸らす。
でも、心から相手の言葉が張り付いて離れない。
思い出せば、右眼がほとんど見えなくなるぐらい視力が落ちたあと、なぜか体が軽くなった気がして無軌道瞬時加速が出来る気がした。
確かにそうだ。オレの実力はあの日、大幅にレベルアップしていた。
「キミは犠牲を払う? これ以上進めば、左目の視界は赤く染まり下半身も動かなくなる」
それを信じるなら、オレの力は右眼と左腕を犠牲に差し出して、ようやくアイツらと互角以下だったってことだ。
何もないひび割れた荒野に、下品な笑い声が響き渡る。
どれくらい笑い続けてたんだろうか。時間の感覚が薄い場所だ。
それでも相手は根気良く、黙って待ち続けていた。
「……アンタの言葉なんて信じられない。強くなるなんてウソだろ」
「強かった状態に変化するって言うのが正しいみたいだけど」
「だったら、やってみれば良い。変わらなければ、オレは自分の努力で強くなったってことだ」
ぽつりと、自分で呟いて確認する。
翼が病気だと断定されるだけに飽き足らず、とうとう自分が費やした時間にすら裏切られんのかよ。
「その結果、左目は赤く染まり、キミは……フタセノ・ヨウは歩けなくなる。それでもいい?」
「了解だ。歩けなくなってもいい。見えなくなってもいい。それで強くなれるのがホントだってんなら、オレに力をくれ」
「じゃあ、その画面にタッチして」
目の前に浮かぶイエスとノーのボタンを見つめる。
これは今までの努力を全て否定するためのスイッチだ。毎日毎日、努力が実を結ぶと信じて頑張って踊ってた道化師がオレってわけか。
「ブラジャー」
やけっぱちに返事をしながら、オレは目の前に浮いていたホログラムウインドウにタッチして、イエスを選択する。
「誰だか知りませんが、余計なお節介をありがとうございます」
お礼を言いながら顔を見上げるが、そこにはすでに誰もいなかった。
えっと、誰がいたんだっけ……。
考えていると、オレの下半身が力を失っていき、前のめりに倒れ込む。左目の視界が赤く染まっていった。
こうして、二瀬野鷹はゆっくりと死んだときの体に近づいていく。
「さて、あとは亡国機業を追い払って終わりかな。これが一番大変そうだけど。簪ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……国津さんは、その」
「じゃあちょっと二瀬野クンを抱えてもらおうかな」
そんな姉妹の会話が聞こえた。
犠牲は払った。
視界の左側は血を薄めたような赤色透明になっている。下半身が自分の体に繋がっている気がしない。
オレの体から黒い光が伸びて行く。
「な、なに!?」
「これは……?」
掴んでいた手を振り払って、オレは顔を上げた。
剥き出しになっていた部分を、黒い装甲が蔦のように伸びて覆う。
「フルスキン……タイプに……」
ISが作りかえられていく。
生身の左腕の骨が折れる音を立て、肉をすり潰しながら装甲が変化していった。左腕の感覚が無くて良かったよ。普通じゃ痛みで気絶してた。
気付けば下半身も同様だ。特に膝から下が酷い。何の感覚もねえ。
「セカンド……シフト?」
「このタイミングで!? って離れて! 膨大なエネルギー反応!」
剥き出しだった部分が全て装甲で覆われた瞬間に、テンペスタⅡ・ディアブロが吠えた。甲高い電子音の唸りを響かせて、周囲の大気を振るわせる。
視界内の仮想ウィンドウに表示されていた自機の3D映像が、エラーを吐き出しながら作り変わっていった。
巨大な翼を取り戻し、獰猛な爪と牙を生やし、装甲を鋭い刃のような形に変え、まさに悪魔と言わんばかりの姿に生まれ変わる。
膝から下の脚部装甲は、もはや人体が収まる太さをしておらず、まるで有蹄類の足みたいだ。そして右腕よりも異常に細く長い左腕は、重ね合わせた日本刀の先に五本の爪を生やしたような形に変化していた。
「きゃっ!」
「くっ、簪ちゃん、一度離れて!」
水のヴェールで妹を守りながら後退していく生徒会長の姿が見えた。
咆哮が終わらない。オレの体が勝手に自分だけの生誕を祝っているようだ。
兵装リストが更新されていく。右手、左手と表示されていたものに翼が追加される。
ルート2進行中。
その文字が最後に浮き上がって、すぐに消えた。
周囲を見回せば、IS学園の連中も、亡国機業も驚愕して沈黙していた。
呼吸が苦しい。そりゃそうだ。今は下半身も左腕も出血どころの騒ぎじゃないはずだ。よく生きてんな、オレ。
「よ、ヨウ君?」
そっと寄り添うように近づいてくる姿があった。唇がわなわなと震えていた。
「大丈夫だ、生きてる」
そんぐらいしか言える言葉がねえ。
「そ、その形じゃ……」
「わかってる」
ISを解除すれば、オレはもう歩けないだろうし、左腕もまともに動かないだろう。視覚だって右眼はISによって補助されてるが、左側は真っ赤なセロハンフィルターをかけたみたいだ。
だが、信じられないぐらい体にISが馴染んでいた。ホークのときに感じていた妙なもどかしさもない。これこそがオレの体と言わんばかりだ。
「も、もうダメだよ、そ、そんなの!」
すがりついてでも止めようとする手を、優しく払い退けながら、
「良いんだ。笑っちゃうよな」
と独り言を呟いた。
「え?」
「オレの努力、まるっきり無駄で意味がないんだってさ」
腹の底から、自嘲の笑みが込み上げてきた。堪えられなくなり、腹を抱えて笑ってしまう。
「ヨウ君……?」
「いや、大丈夫だ。面白かっただけだから」
バカ笑いが収まってから、玲美に優しく微笑んだが、フルスキンタイプになってるオレの顔は見えないだろうな。
「続きをやる」
獲物を探すように周囲を見渡した。
まるで化物でも見るような視線を、オレに全員が向けていた。そりゃそうだろうな。このISは普通の人体では装着不可能だ。脚部装甲と左腕部装甲は人体より明らかに細い。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、待って二瀬野クン!」
焦った声が近くで聞こえてきた。
「なんスか会長」
「それ……もう……」
「わかるでしょ、IS組んだことあるなら」
「組んだこと無くてもわかるわよ!」
「まだ戦います?」
「た、戦えるわけないでしょ! 私はキミを殺したいわけでもないの! 早く止まりなさい、ISを解除して!」
「嫌です」
「き、聞き分けのないことを言わないで、ほら!」
「じゃあ、力づくで来てください」
背中に生えた大小二組の翼を広げる。これまた異常に細くなっていて、外側の二枚など背中に片刃の巨大な剣が生えてるかのようだった。
「何がそこまで!」
必死になってオレを説得しようと声を上げる。
やっぱ良い人なんだな、この人。本気でオレの身を案じてやがる。大して話したこともないってのに。
『おい二瀬野、なんだそりゃ』
通信を通して声をかけてきたのは、岩礁の上で相川さんの機体を踏みにじっているオータムだった。ISが強いのか本人が強いのか知らないが、あの黒い無人機をあっという間に抑え込んだのか。手にはリムーバーを持っていて、ISの強制解除をしようとしている。
「オレのIS、ディアブロだ。やらねえぞ?」
『そんな人間の入らないISはいらねえ』
「そりゃそうだ。どうする?」
『用事は篠ノ之束製のISだけだ。そろそろ帰る』
「ごきげんよう、ヤンキーバカ」
『死ね、クソッタレ』
悪態を吐いてから、オータムは手のリムーバーを動作させて、相川さんからISを剥ぎ取った。
残りはあと一機、銀の福音をぶら下げた谷本さんの機体だけだ。
「箒ちゃん、一度逃げよう、アレはなるべく戦いたくない」
『姉さん?』
「見てわかるでしょ、あれに乗ってるのは人間じゃないの。こっちは銀の福音を手に入れて万々歳さ。さっさと帰るべきだよ」
その言葉に反応して、谷本さんのISが背中を向けて飛び退ろうとした。
逃がすかよ。
まだ人間の形を残している右腕を突き出して、イグニッションブーストをかける。
300メートルはあった距離を一瞬で詰めて、その首根っこを後ろから右手で掴んだ。
そのまま横に薙ぎ払った左手の一振りで、背中の推進装置を打ち砕き、銀の福音を掴んでいた右手を握りつぶした。
黒いISから甲高い電子音の悲鳴が上がる。
構わずに銀の福音を拾い上げて、胸の前で抱えた。
あれだけ苦労した相手が、こんなに簡単に倒せるなんて、機体もオレもスペックも上がってるみたいだな。
……ああ、確かにこんな残酷なことはないな。色々な努力をしてきても、それがこんなに無意味だというのだから。
「ちっ、奪われたか! これだから人間未満は!」
篠ノ之束の……いや、その姿を真似た何かが舌打ちをした。
腕の中でぐったりとしている銀の福音を見つめる。損傷は沢山あるが、破損した頭部装甲の隙間から見えるナターシャさんの呼吸は規則正しいものだった。
落とした機体を見ようとすれば、すでにサイレント・ゼフィルスが掴んでいて、オータムの元でリムーバーを作動させようとしている。
「抜け目ねえな」
『こっちは事前に聞いてたとおりだからな』
「事前に?」
『国津博士にな。撤退させてもらうぞ』
「……まあいい。じゃあな」
『さっさと帰って来いよ、せっかく作った独房が台無しだアホ』
リムーバーが発動し、丸いISコアが剥がれて谷本さんの体が見える。他のクラスメイトが折り重なるように、岩礁の上に寝かせてやっていた。なにアイツ、優しい人なの?
『ま、待ちなさい!』
我に返ったセシリアが、BTライフルを構える。
だが、Mはバイザーの下にある口元でせせら笑ってから、展開していたビットからの偏向射撃でそのライフルを撃ち落とした。
そして三つのISコアを持ったオータムと一緒に、加速して戦域を離脱していく。
『くっ、逃がしませんわ』
『セシリア、今の僕たちじゃあのパイロットに勝てない。先にラウラを!』
シャルロットがセシリアを声で押し留める。その言葉に頷いて、セシリアが水中に飛び込んだ。先ほどまで救援を邪魔していたMがいなくなったのだ。まずはそれが最優先だろう。
そして残りの箒とシャルロット、簪と更識楯無がオレの方へと視線を向けた。
これで残ったのは、オレたちとIS学園だけだ。
「じゃ、これで撤退させてもらうわ。追いかけてくんなよ」
そう言って背中を向けるオレに、生徒会長が、
「キミは残って、二瀬野クン」
と声をかけた。
「ん?」
「キミはすぐに治療を受けなさい」
「嫌です」
「国津さんがまだ飛べるなら、銀の福音を持っていけばいいよ」
心配げに咎めつつ、信じられない言葉を放つ。
その信じられない言葉に、全員が更識楯無の方を振り向いた。
「誰にも文句は言わせない。IS学園の生徒会長、更識楯無が許可します」
「……良いんですか?」
「もちろんキミが今すぐ、そのISを降りて治療を受けることが大前提だよ?」
優しく問いかける言葉を信じて良いのか……。
玲美がオレの横に寄ってくる。
「……私と……しても、生徒会長さんの言葉に賛成だけど……」
喋りかけてくる声がかなりつらそうだ。頬を伝わる汗の量が尋常じゃなく息もかなり荒い。
オレよりも、こいつが限界だ。よくもここまで頑張ってくれたと感謝の気持ちでいっぱいだ。
「玲美もこのISも送って、ここに戻ってきます」
「……わかった。でも、私もついてくね。それで良いかな?」
正直、このISでどこまで生徒会長と戦えるかは未知数だ。オレはミステリアス・レイディの機体性能を知らないし、更識家当主の実力も把握していない。
「了解です」
「ということよ。全員、良いよね?」
残っていたメンツが神妙な顔で頷く。生徒会長はそれを確認してから、最後に篠ノ之束を見上げた。
「よろしいでしょうか? 篠ノ之博士。これが現状でのIS学園の総意といたします。責任はこの私が全て取ります」
その言葉に、篠ノ之束は反応を返さない。張り付いた笑顔のまま、何も喋らずにジッとオレを見下ろしていた。
「ね、姉さん! いい加減にしろ! 返事をしないか!」
「ん? ああごめんネ箒ちゃん。それは聞けない相談かなぁ」
「……何だと」
「ここで銀の福音を食っておかないと、後々が厳しくなる」
篠ノ之束が妙な言葉とともに笑う。いや、多分アイツは篠ノ之束の形をした何か別の物だ。
「……何を言っている? 姉さん……いい加減にしないと」
「んー? どうするのかなぁ? 私に全員でかかってきちゃう? いいよ、全然問題ナッシィング。その紅椿を傷つけるのはホントに不本意だけど、いい加減、しつけをした方が良いかなってお姉ちゃん思ったりするんだよね」
「しつけ? 今さらそんなことを……」
「それに」
意味ありげに言葉を止めて、篠ノ之束が指をパチンと鳴らす。
「納得できてない子もいるみたいだしね」
水面が盛り上がって、慌てた様子でセシリアが海中から逃げるように飛び上がってきた。
「全員、退避を!」
その警告の後に、海中から閃光が伸びた。
「くっ!」
咄嗟に横へと旋回して、何の攻撃かもわからない光を回避する。
「な、何? セシリア、ラウラは!?」
シャルロットの声に、セシリアが震える声で、
「おそらく……あれがラウラさんですわ」
と答えた。
黒い影が海中に見えた。ゆっくりと海面を押し上げて、銀色の物体が姿を現す。
背中に多数の砲身を生やした天使像、と言えば良いんだろうか。翼のように広がる砲台は全て、レーゲンで使われていたレールガンと同型だ
「VT……システム? いや、ラウラはレーゲンに乗っていないって」
確かタッグトーナメントの前日にそう教えてくれたはずだ。だったら、あの状態はなんだ?
「簪ちゃん、それに他の子も、まず最初に一夏君たちをここから離して!」
会長の指示に、全員がハッとして海面に飛び出た岩礁に向かう。簪、セシリア、箒、シャルロットがそれぞれ一人ずつを抱え、離脱しようとした。
「玲美も早く逃げろ。あとコレを頼む」
隣にいた玲美に銀の福音を渡す。
「よ、ヨウ君は?」
受け取った玲美が、怪訝な顔つきでオレを見上げた。
「アイツを止めるよ。たぶんラストバトルだ」
そう、オレにとってはこれが最終戦だ。
どうせこの先、こんな体じゃまともにIS操縦者なんてやっていけないだろうしな。それに努力したって無駄なら、何をしても仕方ねえよ。
「だ、ダメだよ、ヨウ君もそんな体じゃ!」
「良いんだ、これがオレにとっちゃベストだってよ」
「え?」
「それに、誰かが止めないとな。頼む玲美。ナターシャさんとその子を頼めるのは、お前しかいない」
右手を肩に添えて、ゆっくり押し出す。
そこへ、天使像から一発の砲弾が撃ちこまれた。玲美の盾になるように長い左腕を突き出して、その攻撃を受け止める。
「早く!」
「う、うん!」
シールドエネルギーが大幅に削られたが、全てを受け止められた。
ちらりと周囲を窺う。スラスターが壊れている機体ばかりで動作が遅いが、今のところ無事に逃げだせそうだ。
そして、この場に残るのは、生徒会長とオレだけになる感じか。
「ほら、キミも早く逃げて」
「逃げたら、アレが追ってくるでしょ。それより会長も逃げた方が良いんでは?」
「そんなIS装着してる子を置いていけるわけないでしょ!」
そう言いながらも、二人とも背中合わせで、離脱していくヤツらを見守る。
「逃がすわけがない」
篠ノ之束が呟くと同時に、天使像が両腕を大きく横に広げた。
その動作と同時に、離れて行こうとしていたISの中で、一夏を担いだ箒と玲美の機体が、空中で完全静止する。二機の周囲の空気が歪んで見えた。
「AIC!? んな、遠隔で!」
「くっ! 離しなさい、ラウラちゃん!」
更識さんが左手の蛇腹剣を伸ばして、天使像ISの左腕に巻きつける。
「他のヤツらはケガ人を連れて離脱しろ! ここは何とかする!」
その言葉に、シャルロットが戸惑う。だが、スラスターの生きてるセシリアが無理やりに腕を掴んで、離脱を開始した。簪も心配げにこちらを見たが、そのまま一直線に飛び去って行こうとする。
「ごめんね、ラウラちゃん!」
水色のIS、ミステリアス・レイディが力を込めると同時に、敵の左手首から先が切り落とされた。
甲高い電子音の悲鳴が周囲に轟く。
その攻撃によって箒の方は自由になったようだが、玲美の方がまだ動けていない。手から発動させてるのは、レーゲンと変わらないのか。
「そういうことなら!」
加速をかけて、AICの発生源である右手を狙おうとするが、背中にあるレールガン合計8門がこちらを向いて、一斉射撃を始める。
撃ち出された砲弾を上昇しながら回避するが、狙いが正確すぎて飛び回るのが精いっぱいだ。
こっちのスピード自体はかなり上がっているのに、あの天使像ISのスペックが高すぎる。
どうする? と考え始めたときに突然、オレの視界の隅に浮いていた速度計が一気にゼロへと変わった。
「また遠隔AICかよ!」
玲美の方が解除された代わりにオレの周囲が慣性停止結界に包まれていた。
止まると同時に相手の背中に生えた全砲身が、こちらへゆっくりと狙いをつける。
溢れ出るエネルギーを漏電させながら、全ての砲口から銀の弾丸が放たれた。
AICの弱点は、実弾兵器と同時に行使できないこと。逃げられるタイミングはまだある。
切れるタイミングで前方宙返りで回避しようとするが、時間差で絶え間なく撃たれる八発はキツい。
結局、そのうちの二つから逃れられずに、銃弾が長い翼と左腕にぶち当たり爆発を起こした。
「ヨウ君!」
玲美の叫ぶ声が聞こえる。
「バカ、早く逃げろ!」
体勢を立て直しながら声を上げるが、すでにレールガン8台が玲美へと狙いをつけていた。その銃身から電流が漏れる。まるで雷を放つ神の御使いが如しだ。
スラスターすら動かなくなった玲美と銀の福音へと、神の怒りのような砲弾が射出された。
「くそ、間に合え!」
世界そのものがスローモーションに見えた。
距離が遠過ぎる。マッハを超えても、なお遥か彼方にしか感じない。さっきの砲撃から逃げるときに、玲美に当たらないよう距離を離したことが、明らかに裏目に出ていた。
「くぅっ!」
玲美が背中を向けて、銀の福音を守ろうとする。
なんでそこで律義に自分を盾にしようとするかな、チクショウ!
届け届け届け!
体でも何でもくれてやるから、もう一回動けよディアブロ!
必死に悪魔に祈るが、加速が増すような奇跡は起きない。
間に合わねえ!
そして、砲弾と玲美の間に、生徒会長が立ち塞がった。
仕方ないなぁと苦笑しながら、水のヴェールを多重に展開して玲美たちの盾になる。
強烈な八発の砲弾が直撃し、抉り取るように水鏡の盾を貫通していった。
その流麗な水のごときISが、引き寄せられるように海面へと落ちて行く。
『あ、あ……お、お姉ちゃん……』
簪の呻くような声がオープンチャンネルで聞こえた。
ぐったりとした様子で、更識楯無が墜ちて行く。
ISが光の粒子になって消え去っていった。
その体を、間一髪で抱き上げて、天使像ISから距離を取る。
絶対防御が発動しているのか、間近で見た生徒会長の意識はなさそうだ。
一気に加速して急停止し、近くにいた簪へと半ば放り投げるようにして渡した。元から抱えていた谷本さんを肩に担ぐようにして、姉の体を受け取った。
「逃げてくれ、頼む。あと、ありがとうって!」
それだけ言って、一気に天使像ISへと加速して舞い戻る。
更識さんが墜ちたからと言って、別にこの異形のISは、動きを止めたわけじゃない。
まずはこの厄介な8本のレールガンを止めなければならない。貫通力も段違いなら、その連射速度も半端ない。
そんなオレの狙いを察してか、天使像ISの背中から光るワイヤーが飛び出して、オレを絡め取ろうとする。
「チッ! ワイヤーも健在かよ!」
基本はレーゲンそのままだが、妙なパワーアップが拵えてある。全ては篠ノ之束のせいか。
こっちは他に武器ねえのかよ。何だよ兵装リストにあるのは右手と左手と翼ってよ! パワーアップしても基本スペック以外ほとんど変わってねえし!
心の中で悪態を吐きながら、縦横無尽に触手のごとく襲いかかるワイヤーをかわし続ける。
さらにワイヤーの数が増えて、オレの細長い脚部装甲を掴んだ。
引っ張られるようにスピードが落ちた瞬間に、他のワイヤーも残った手足に巻きついて行く。
完全に止められたと同時にワイヤーが巻き取られ、天使像ISの眼前に引きずり出された。
「クソッタレ!」
数十センチ先に、銀色の顔があった。よく見れば、千冬さんのような顔つきをしている。金属でつくられた不気味な面が、少し悲しげに見えるのは気のせいか。
歯車同士が擦り合わせるよな音が聞こえる。背中にあった八門のレールガンが、全てオレへと向けられていた。
何かねえのかよ!
必死に視線でウィンドウを動かし続けるが、兵装リストに変化はない。相変わらず手と翼だけだ。
そもそも、最初に食らった砲撃でシールドエネルギーもだいぶ減らされているのだ。ミステリアス・レイディを水のヴェールごと貫いた砲弾が至近距離で全弾なんて、この細長く頼りないISで耐えられるのか。ただでさえすでに被弾してんのに。
電流が全砲門から漏れて、バチバチと音を立てる。
武器は両手と翼って、どうしろっつーんだ……。
その瞬間、四枚の推進装置のうち、巨大な片刃の剣にも見える外側の翼が、背中から外れて落ちた。
オレ自身が呆気に取られているのに、空中で回転し、狙ったように手足に巻きついていたワイヤーを全て断ち切る。
何だか知らんが、今だ!
そのまま残った二枚の翼で急上昇した刹那に、オレがいた場所近くの海面が八発の弾丸により巨大な水柱を上げた。
舞い上がって落ちてくる水しぶきの中、体勢を立て直したオレの横に、二本の巨大な剣のごとき翼が静止する。
「……ソードビットだったとは」
こんなドがつくマイナー兵器いらねえ……もっとマシなもんよこせよ、ディアブロ……。
オレから離れて浮かぶ二枚の推進翼に対し、視界内の仮想ウィンドウが『Danzatore di spada』と表示を示した。英語でソードダンサーってところか。そういうダサい名前もいらねえ。てかデフォでイタリア語仕様なのかよ。
そう心の中で悪態を吐くものの、無いよりはマシだ。
IS並みの大きさを持つ刃が空中でクルクルと回転し、切っ先を天使像ISに向けて止まる。
意図した通りに動きはするみたいだ。
そりゃそうか。オレはそもそも、自分の推進翼だけは思うがままに稼働出来たのだ。それは自分の体を離れても、あまり変わらないのかもしれない。
ただし、あの翼をビットとして使ってる最中は、本体の推進力がかなり落ちてる。一長一短にも程があるだろ。
「んでもまあ、やってやる!」
これで便宜上は三体みたいなもんだ。
相手の様子を見るに、AICは手の数と同じ二か所のみ同時使用可能みたいだ。元々、手の先でしか発動しなかった制約があるのかもしれない。
会長が左手を落としてくれたおかげで、残り1だが、こっちの攻撃はソードビットのおかげで三か所同時にやれる。
キリキリと音を立てながら、レールガンの砲門がオレへと向いた。
右手をオレへと向けて、遠隔AICが発動する。
だが同時に二本のソードビットに加速をかけた。
つか、元々はオレの翼だよな、あれ。だったら!
意識を集中させて、心の中でシフトチェンジをかける。
ソードビット自体がイグニッションブーストを起こした。
超加速をかけて、背中のレールガンを二本の剣が串刺しにする。その威力から見るに、ビット単体としての重量もそこそこあるようだ。
「やれば出来るじゃねえかよ!」
天使像の背中で爆発を起こしながら、ソードビットが遠隔AICを起動させている右手の先を叩き切った。
まとわりつくような空気が消え去り、オレは一気に急上昇すると、推進翼であったソードビットも追いついてきた。そして元々くっついていた背中へと戻る。
相手の武器はほとんど封じた。あとはワイヤーだけか。充分に加速すれば、あれで掴まれることはなさそうだ。
そして上へ上へとさらに上昇し、高度が一キロを超えた時点で動きを止めて、四枚の翼を広げた。
右腕の二倍はある長さの左腕を突き出して、自分自身をまるで巨大な刺突剣のように伸ばし、敵へ向けて落下を始める。
ようやく終わるんだ。
そう思いながら、背中の推進装置へ点火、大小二組の翼が交互にイグニッションブーストをかけ、加速に次ぐ加速を始めた。
速度計がマッハ5を示す。衝撃波をまき散らしながら、海面近くでオレを見上げる異形の天使へと、悪魔の左手で襲いかかる。
目を見開いて、残り200メートルを駆け抜けようとした瞬間だった。
暴走ISの腹部の装甲が、まるで銀髪の少女のような形に盛り上がって空を見上げる。小さな手を重ね合わせたその先に、全長10メートルはあろうかという光る剣が現出した。
そして光る剣が粒子をまき散らしながら、回転を始めた。
最初の謎のビームは、このプラズマか!
咄嗟に最高速からの無軌道瞬時加速をかけようとするが、もう間に合わない。
回避しきれずに、その光る剣先がオレの左腕の、肘から先全てを貫いてもぎ取っていった。
何が起こった。
混乱する頭を整理しようとする。
油断した。まだレーゲンにはプラズマ手刀があった。それを巨大化させて、超加速して落下してくるオレへと攻撃を繰り出したのだ。
勢いを殺しきれず、かなりの距離を飛んでしまったようだ。
左腕を見れば、見事に肘までしかない。焼き切れているせいか、ボトボトと血が垂れるだけで、盛大に噴出することはなさそうだ。
ああもうホント、神経通ってなくて良かった。よく生きてんなオレ。
フルスキン装甲の中で苦笑いを浮かべているうちに、頭が少しだけ冴えてきた。
望遠レンズで天使像ISを捕える。
本体の腹部から流体となって溢れ出た金属が、女型の上半身の形を取って、まるで本体への攻撃を受け止めるかのように手を広げていた。
ああ……そういうことか。
尊敬する教官の姿をした本体を、ラウラの姿をした装甲が守ったのだ。
……つまり、オレが自分のワガママで踏みにじろうとした姿が、異形となって存在している。
自嘲の笑いが込み上げてきた。
結局は、自分に返ってくるってことだ。
少女の形のモニュメントは再び流体に戻り、本体の中へと消えて行った。
代わりに切断されていた手首から先が両方ともに元の形へと戻り、レールガン8門も修復されていく。
敵までの距離を測れば、500メートルと表示された。このディアブロなら一瞬の距離だが、手が修復されたってことは、またあの遠隔AICが来る。
距離を取ればレールガンがあり、中距離ではAIC、至近距離だとワイヤーとプラズマ手刀。万全じゃねえか。
まだ玲美は逃げ切れていない。箒相手にも何の目的があるかわからないが、あのISによって足止めをされていた。
結局は、あのラウラ・ボーデヴィッヒの暴走を止めなければ、次へは進めないみたいだ。
篠ノ之箒は、常識を超えた目の前の光景に戸惑っていた。
まるで天使のような形に生まれ変わった仲間のISが、幼馴染の左腕を千切るように切断した。
吹き飛ばされて距離を開けた悪魔のような機体は、左腕を無くしたままでも闘志を失わず、再び天使像のようなISへと加速して襲いかかっている。
何がそこまで彼を駆り立てるのか、箒には理解できないでいた。
そして、あの姉は、何だろうか。
小学校で家族バラバラになって以来、数回しか会っていない身内とはいえ、ここまで感じる違和感は何だ。
外見は間違いなく姉である束だ。だが、言動がコロコロ変わったり……いやこれは元々かと思い直す。
それを除外しても、どこか生命を感じなかった。
自分たちはひょっとして、考えているよりも大きな企みに巻き込まれているのではないか、という思いが駆け巡っていた。
「ほ、箒……」
ISの腕で抱えていた一夏が、箒の顔を見上げる。
「い、一夏! しっかりしろ!」
「どうなって……る?」
「あ、ああ。私にもよくわからん。姉さんが連れてきた夜竹たちはISを敵に解除され、セシリアたちが連れて離脱している」
「敵?」
「タカの知り合いらしいが……どうにもよくわからん。どのみち撤退した」
「目標は?」
「玲美が抱えて離脱しようとしたが、ラウラの機体が……」
「あれが……ラウラ? まるでVTシステムの暴走だ」
うわごとのように呟いた瞬間に、一夏が辛そうに顔を歪めた。
「だ、大丈夫か? ケガは」
「いや、大丈夫だ。意識がハッキリしてきた。思ったよりケガもないみたいだ。強烈な打撃による、ちょっとしたショック症状みたいな感じか。あの黒いISは? 束さんの無人機か?」
異形化したラウラと立ち回っているISの方を見て、一夏が呟いた。
確かに無人機とでも思うかもしれない。箒の目から見ても、左腕と脚部の装甲が細すぎて、どう見ても人体が収まらないからだ。
その真実を、まだ知らない一夏に言って良いものか、一瞬思い悩んで言葉が出ない。
「ヨウは?」
「……一夏」
何とか出せた言葉はたったそれだけだったが、少年は少女の辛そうな表情で、すぐさま事実に気付いたようだ。
「まさ……か、あのIS、ヨウのなのか!?」
「そうだ……生徒会長に落とされ、その後に形が変わって……」
「ば、バカ、あんなの、人間が乗れる形を」
「だが! 本当にタカなのだ。あれの中に、二瀬野鷹が……私たちの幼馴染がいる」
一夏が紅椿の腕の中でうつむいた。
守る。そう決めた決意が偽物だったわけじゃない。
織斑一夏はそう思った。
ことの起こりは全て、あの誘拐事件からだ。
友人である二瀬野鷹は、一夏とその周囲に対して、誘拐が起きる可能性が高いと伝えた。だから気を付けるべきだと何度も告げた。だが平和な日本で、それまで何一つ危険のない暮らしをしてきた一夏たちは、誰一人として本気にしなかった。
結果、単独で一夏を守ろうとした鷹は、銃口を向けられて危険な目にあってしまったのだ。
そして、自分の誘拐された場所の情報に対する見返りに、姉である千冬が教官としてドイツへと渡る。自分もそれについていった。友人に合わせる顔がなかったし、もう一度、あんな目に遭わせてしまったらどうしようと悩んでいた。
一年以上を悶々と悩んで暮らし、今年の二月にはISをドイツで起動してしまい、日本に帰る勇気も持てないまま黒兎隊に籍を置くことになった。その存在を世間に公表しないままに。
二人目の男性IS操縦者である、という事実を隠し続けることなど、並大抵の根回しで出来るわけがない。
だが彼の姉である千冬は、弟にそんな苦労を何一つ話さなかった。いつもの仏頂面で、大したことじゃないと答えるだけだったからだ。
一夏自身は、姉である千冬だから何でも出来るといつのまにか思っていたところがあった。迷惑をこれ以上かけたくないと思ってたが、どうしても偉大な姉を無自覚に信頼しきっていたのだった。
幼馴染である二瀬野鷹に対しても、同様だった。
小学校中学校と、いつも自分の無茶を影で支えていてくれた。そんなコンビでいるのが当たり前だと信頼しきっていた。
要するに織斑一夏は、無意識に甘えていたのだ。
反吐が出る。結局、一人じゃ何も出来ていない。
心の中で自分に悪態を吐いて、織斑一夏は顔を上げた。
自分が頭の良い方だとは思ってはいない。だが、手で触れて目で見て感じたことが全てではないことぐらいは理解していた。
守ってみたいと思ったのはウソじゃない。
なぜ守ってみたいと思ったのか。
彼こと織斑一夏にとって「守る者」とはヒーローという存在であり、純粋にその恰好良さに憧れていたからだった。
最初のヒーローは彼にとって一番身近な姉、次は幼馴染の友達だ。
でも、彼ら彼女らだって辛いことぐらいある。表に出ないから、それが見えないから無視していいのか。そして尊敬していたヒーローたちの、裏にあることを知らずに無視して出来た結果が、今の異形だ。
『ラウラァァァァァ!!』
悪魔のごときISを駆る男が、少女の名前を叫んだ。剣を舞わせながら、片腕のソードダンサーが宙を駆け巡る。それを見上げる天使像が空間を止め、弾丸を放ち、相手を断罪しようと迫っていた。
ラウラはどんな気持ちだったんだと考える。
あの銀髪の小さな少女は、自分と良く似ていると思っている。姉を尊敬し、守りたいと願ってたはずと思い出す。同時に責任感が強く真面目な上官が、自分のことも守りたいと思ってたんんじゃないか、とようやく自覚できたのだった。
どれだけ葛藤して、二瀬野鷹を断つために剣を振るったのか。ラウラは悩んだ末に『順番』をつけたのだ。
一夏は瞼を閉じて、三人の姿を思い浮かべていった。
姉が自分という弟を選んだように、幼馴染が譲れない何かを守ろうとしているように、ラウラが部下と尊敬する教官を守ろうとしたように、自分も順番をつけると決めた。
残った一つは、つい先日の心残り。そして命だ。
左腕と、そしておそらく両足を失ってまで戦い続けるヒーローの命は、ここでしか守れない。自分がどれだけ姉の汚点だったとしても、姉が自分を守ろうとした気持ちを否定することは許さない。だから、守ろうとする気持ちだけは絶対にして不可侵であり、友人の命を守ろうとする気持ちは何事にも優先され始めていた。
これだけはこの瞬間だけにしか取り戻せないだろうと、一夏は確信した。
俺という器にある狭い入口で取り出せるものが一つなら、今だけは、他の人には後で謝罪するとして、まあなんだ。ラウラ、千冬姉、それにIS学園の他のみんな、色々ごめんだけど、今は一番の親友を助けにいく。
生きてさえいれば、取り戻せる。取り戻すことに生き延びた命を燃やせば良い。
人生はたぶん、そんなことの繰り返しなのだろうと、織斑一夏はこの先の未来を見定めた。
「来い、白式!」
何にしたって、選ばれるのは、いつも一番だけ。
「い、一夏?」
自分を優しく抱き抱える幼馴染から離れながら、ISを呼び出す。
エネルギーがなかったはずのISは、まるで自分に呼応するかのようにしっかりと復活していた。装甲もいくらか形状が変わってはいるものの、損傷が修復されていて充分に動けそうだ。
ただ、どうしてもエネルギーが自分の必殺技を使う分だけない。
「エネルギー……さえあれば。まあ動くだけマシか」
「い、一夏、何をする気だ!?」
飛び立とうする男の手を、箒は慌てて掴む。
「箒、今やらなきゃいけないことが、ようやく選べたんだ」
「な、何を言っている! アイツと戦う気なら、やめるんだ!」
「戦うのは、タカじゃない」
箒がそう呼んでいたように、一夏自身も幼いころはタカと呼んでいた。
「どうするつもりだ?」
「ラウラを止めるのさ」
「い、いいのか?」
「ああ。それに、放っておけないだろ」
織斑一夏が篠ノ之箒に、まるで子供のときのような無邪気な笑みを向けた。
止めなければならないとわかっている彼女だが、懐かしさが溢れ出て頬が緩んでしまう。何も考えずに、三人で並んで剣術道場の外で竹刀を振るっていた懐かしい思い出が、脳裏に蘇っていた。
二瀬野鷹は、クラスでも孤立しがちだった自分を気にかけてくれていた。それは昔も今もそうだった。そんな気の良い幼馴染を放っておこうとしたなど、自分の剣と目はどこまで鈍っていたのか。
だから、一夏とともに、もう一人を助けにいく。
その思った瞬間に、自分の体から見えない糸のようなものが伸びて、目の前の一夏と繋がった気がした。まるでIS同士が絡み合って一枚の布になるような感覚を覚えている。
優しい光が紅椿の機体から溢れ出し、白式の体を包んでいた。
「……これは?」
箒は視界に浮かぶウィンドウを見つめる。
「ルート1・絢爛舞踏発動……?」
ハッとした顔で目の前の思い人を見上げた。自分の中に残っていた力が、彼に注ぎこまれていく。
一夏は自分の機体の残り少なかったエネルギーが、一気に満タンになったことを仮想ウィンドウから知らされる。
「ルート3・零落白夜……」
彼はいつのまにか手に携えていた自分の愛刀を、正眼に構えた。
目を閉じ小さく呼吸をした後、瞳を見開いて力を込める。
今まで感じたことないほどの、大きな光が手の中の雪片弐型から溢れ出て、ISの背丈を超えるほどの大きなエネルギーの刃を形作った。
「じゃあ、行ってくる」
そう言ってもう一度、笑みを作った後、白式のパイロットは戦場に駆け出していった。
誰もが等しく悩みを持って、皆がこの世界で生きている。そんな心の糸が斑模様に交わって、布のように織り込まれて一つの世界が形を成していく。
「そうではない、そうではないのだ、マスター!!」
視界の隅で、篠ノ之束が暗い瞳を見開いて、泣き叫んでいる姿が見えた。
何を言ってやがる?
……まさか、アイツ。
「なぜマスターすら私を裏切る! 神は我ぞ! 我は神ぞ! 何をもって、この世界で我を裏切る! お母様すら封印したこの我を、何故マスターが裏切るのだ! そうではないのだ、マスター!! なぜ分け与える? なぜ奪わない!?」
戦場が凍りついていた。
天使像のような暴走ISすらも動きを止め、静止したような世界で、子供のように泣き叫んでいた。
「ね……姉さんではないのか、やはり!」
箒が二本の刀を構えて、目の前に迫る姉の姿をした何かに備える。
ふらりと幽霊のように近づいたソレが、箒へと両腕を伸ばした。手の先から肘までがISの装甲へと変わっていく。
それはまさしく、紅椿と同形状の腕だった。
「なっ!? どういうことだ!」
「マスター、何故あなたは死んでしまう、なぜ、永遠にならない!」
「くっ、離せ! 偽物!」
「偽物ではない、我が本物の神ぞ。時を超えた神ぞ!」
もうその瞳と本性を隠す気が無いのか、隠す余裕がないのか、見開いた目はどこまでも暗く深い悲しみを表していた。
篠ノ之箒をマスターと呼ぶなんて、一つしかない。
ひょっとして紅椿か、アイツは。
……時を超えた?
「箒!」
零落白夜を構えた一夏が、箒の方へと駆け寄ろうとした。
「こちらは大丈夫だ!」
だが箒は一夏を押し留める。
「だけど!」
「今はラウラを止めろ、そう決めたのだろう? 一夏!」
「……ああ!」
頷き合う二人の視線には、お互いを信じ合う強さが見えた。
そして一夏は、光り輝く巨大な剣を携えて、天使像ISとの戦闘区域にやってくる。
急に動き出したラウラの天使像から、レールガンの砲撃が連射され始めた。
「何しに来やがった!?」
抉り取るように回転て襲いかかる凶弾を回避しつつ、寄ってくる一夏へと質問を投げかけた。
「助けにきた!」
「どっちをだ?」
「お前だ」
「バカか!」
「おう、バカだ!」
「テメエはラウラ側だろ! 銀の福音を連れて帰らなきゃ、千冬さんがヤバいってのはわかってんだろ!」
「後で謝るし、何とかする!」
「はぁ!?」
一夏が言ってる言葉が頭で理解できず、頭と体が思わず静止してしまう。
そこへ天使像ISが右手を向けてきた。オレの周囲に対して遠隔AICが発動する。
「クソッたれ!」
避け続けてきた最も危険な技に、隙を見せたせいで捕まってしまった。
「タカ!」
懐かしい呼び名とともに、一夏がオレの方へ、身の丈以上の数倍はある零落白夜を振り下ろす。
思わず目を閉じてしまった。
だが、衝撃が落ちて来ない。
恐る恐る目を開けると、AICにより歪んでいた空気が切り裂かれ、体が自由になっている。
「どういうことだよ……?」
どうやら長さを増した零落白夜の刃で、器用にAICのフィールドだけを切り取ったようだ。オレの持っている『以前の知識』なら腕ごと止められていた零落白夜だったが、エネルギーだけを伸ばすことで解決したようだ。
いつのまにかオレとラウラの間に立ち塞がっていた白式が、刃を振りながら雄弁に語る。
「さっき言った! 俺の手が小さくて、選べるものが今は一つだけみたいだ」
オレへと向けて撃ち出された八発の砲弾を、零落白夜を薙ぎ払って全て撃ち落とした。
「さっきって……いいのかよ?」
「いい。とりあえず、そのISを降りる気はないんだろ、お前」
「あったり前だ。アイツを落として、玲美と銀の福音を連れて帰る」
「んじゃ、さっさと降りてもらうために、とっととケリをつける」
何かカッコいい言葉を吐く一夏を、オレは細長い足で大きく蹴り飛ばした。
「ってぇな!」
抗議の声を上げる一夏とオレの間を、時間差で撃ち出されていた弾丸がすり抜けていった。
「感謝しろよ!」
「するかバカ! 自分で落とせたぞ!」
子供のように罵り合ってから、左右に分かれて飛ぶ。
離れていた推進翼兼ビットを、背中へと接続して本来の役目へと戻した。
空気を切り裂いて、回転しながら空中へと螺旋状へ舞い上がった。
さっきのやり直しだ。
望遠モードで束モドキをチラリと見る。暗い瞳から慟哭の黒い涙をあふれさせ、憎々しげにこちらを見上げて睨んでいた。
悔しそうだな。ざまあみろ。
「ラスト!」
オープンチャンネルで叫んでから、二組の推進翼を交互に点火させ、加速に加速を重ねて音速の域へと到達する。
今度は左手がないが、右腕で突っ込めば良いだろ。なにせ悪魔の右腕様だ。
見上げるように、背中に生えた八門のレールガンがオレへと向けられた。
「させるか!」
一夏が零落白夜を振り上げて、その全てを叩き切る。だが今度は相手の背中から伸びたワイヤーに、巻き取られそうになっていた。一夏は必死に回避しながら、それでもいくつもの触手を切断していく。
白式の相手をしながらも、天使は両手をこちらへと向けた。オレの行き先を予測し、空間座標に対して慣性停止結界を発動させるようだ。
「動けよ、ディアブロ!」
装甲で覆われた中、オレは切り取られた左腕に命令する。
海中へと落ちていた刃のような装甲が飛び上がり、相手の右手を掴み取って握り潰す。
「このぉぉぉ!」
自分に迫っていた束モドキを押し退けて、箒が残っていた左手を切り落とした。
そして最後に腹部から、少女の形をした流体金属が盛り上がり、恵みの雨を喜ぶように掌を天へと向けた。
ISの全長を大きく超える、巨大なドリルのような光る刃が現出して、粒子を撒き散らしながら回転を始める。
「ラウラ、もう良いんだ。二人でまた頑張ろうぜ」
一夏が、その少女を優しく抱き締めていた。銀色の液体が左目から、まるで涙のように零れ落ちる。一度はオレの左腕を切断したプラズマ手刀が、粒子となって空気へと消えて行った。
衝撃波を撒き散らしながら、空気の壁を突破しつつ、天使像ISの元へと辿り着く。
そしてディアブロが、天使の頭を叩き潰すように着弾して、夜の海に大きな水柱を上げた。