夏休みのある日、電動車いすを走らせて、オレは篠ノ之神社の境内を進んでいた。
あの横須賀沖騒乱から、一カ月近くが経っていた。
今日は篠ノ之神社で行われる祭りの日だ。本殿へと続く道には、様々な屋台が出店されていて、家族連れやらデートの中学生やらで賑わっている。
至る所に灯された提灯の明かりの下を、低い電子音を唸らせて進んでいると、待ち合わせ場所が見えてきた。
すでに相手は来ているようだ。
「おっす」
オレが声をかけると、白地の浴衣を着た箒が振り向く。
「タカか。遅いぞ」
うちわを持った箒が、立ち上がってオレの元へしずしずと歩いて来る。その姿だけは大和撫子はまだいたんだ、という感じだが、中身がアレだからなぁ。
「久しぶりだな、ヨウ」
浴衣を着て左眼に黒い眼帯をつけた一夏が、ベンチに座ったまま手を上げた。手にはたこ焼きを持っていて、口元にはソースがべったりとついている。
その姿の間抜けさに、思わずオレは噴き出してしまった。
ベンチの横に車いすを止めて、二人に並んだ。
「……その体」
一夏が恐る恐る尋ねてくる。
「無理だったわ。生きてるだけラッキーって感じだ」
それ以上は何も言わないでおいた。
オレの左腕と両膝から先はすでに存在しない。何の機能もないマネキンのような義足をつけているだけだ。今はジーンズに長袖のTシャツを着てるので、形を整える意味しかない。
右眼の視力は相変わらず見えないに近く、左目は赤いフィルターをかけたような症状が取れないままだ。今はISを展開してないので、件のスケベメガネをかけたままである。
戦闘の後、ディアブロを解除したオレの体は酷い状態で、自分ですら見るに耐えない状況だった。
よく生きてますね、というのが医者の感想だが、オレも全くもって同感だった。
オレが何も喋らずに花火を見上げていると、二人ともそれに習って黙ったまま空を眺め始めた。
久しぶりに見た花火だったが、今の視界では左側が全て赤い色にしか見えないのが、非常に残念だ。
「何から話したもんかな」
話を切り出そうとすると、真ん中に座っていた一夏がオレにタコ焼きを差し出してきた。
つまようじを掴んで、べったりとソースの塗られた一つを口に含む。
「うまいな、こういうジャンクなヤツも」
「ジャンク言うなよ。日本の伝統料理だぞ」
飲み込んでから、ホッと一息吐いた。
「えーっと、まずな、銀の福音だけど先日、アメリカに返した」
「そうか。どうなった?」
膝の上に手を置いて、女らしく座っていた箒が一夏の向こうから声をかけてきた。
見上げていた先に大きな火種が上がって、空で輝く花が開く。
「かなり大変だったけどな、とりあえず出来ることはした。アメリカが乗り込んできたりして大変だった。オレはお尋ね者になるかと思ったぞ。いやお尋ね者だったんだけど」
オレは早口でバーっとまくしたてた。そもそもは一夏たちが手に入れてアメリカへ即座に引き渡すはずだったものだ。望んでやったこととはいえ、やはりどこか気まずい。
だが、箒は団扇片手に優しく微笑んで、
「良かったな」
とだけ感想を教えてくれた。
すっかり大人っぽくなったなぁと感慨深い。昔は髪が長いだけのクソガキだったのに。お兄ちゃん嬉しいよ。兄じゃねえけど。
「国津さんは?」
そう尋ねてきたのは、一夏だった。
「玲美はどっかその辺。右腕がまだ治ってないけど、神楽や理子と一緒に屋台回ってるはず」
「傷の具合は?」
「色んな箇所に打撲やら亀裂骨折やらで大変だったが、もう大丈夫っぽい。右腕も神経が思ったより傷ついてなくて助かったみたいだ。そこだけは肌に傷がちょっとだけ残ったけど、後で消せるっぽい」
「なら良かった。IS学園から出て行ったから、様子がわからなくてさ。お前が面倒見るんだろ?」
「はぁ?」
「違うのか」
「相変わらずの唐変木だな。面倒見られてるのはオレだぞ。一人じゃロクに行動出来んからな」
「今はそっちに?」
「ああ。試験分隊の訓練校に入る準備をしてる」
「新しく出来たヤツか」
オレがいた極東飛行試験IS分隊は、ここ一カ月の間に人数が増えて部隊へと格上げになり、教育の一環として専属の訓練校を立ち上げることになった。
「おう。二学期から本格始動するらしいぞ」
それに合わせて、IS学園の一年から、人数の半分が転校してくる手はずになっているらしい。
「IS学園にもライバルが出来たってわけか。ちょっと寂しいけど、残ったヤツらで頑張るしかねえな」
小さく笑ってから、一夏は昔懐かしいビンのサイダーを器用に飲み始める。ガラス瓶の中で透明な玉が音を立てた。
そこからは、三人とも何も喋らずに花火を見上げていた。
出会ったばかりの頃も、同じようなことがあった気がする。普段はやかましいガキだった二人も、花火だけは黙って見上げていた記憶を覚えていた。
「あ、いたいた」
声がして振り返れば、そこにはシャルロットとラウラ、セシリアに鈴がいた。
「こんにちは。久しぶり」
「……ふん」
「お久しぶりですわ」
「あ、生きてたわけ」
全員が色取り取りの浴衣を着ていた。これだけ美人が並んでいると華やか過ぎるな。
「おっす。元気そうだな。あと鈴は黙れ」
「何よ、失礼なヤツね」
「お前が言うな。んで今日は一夏に誘われたのか?」
「まあね」
鈴が一夏の手からサイダーを奪って口をつける。
「あ、おい!」
「いいじゃない。ケチケチするなっての」
そう言って、一気に飲み干した。その様子を、シャルロットとセシリアが悔しそうに見つめている。
ああ、間接キスとか言うヤツですね、わかりやすい。
まあ例によって、織斑ガールズが揃ったってことか。例によってワイワイキャーキャーとウルサイことだ。花火が上がった瞬間だけはみんな黙って、じっとオレたちと同じように夜空に上がる花火を見上げていた。
自分で起こしたこととはいえ、色々とやらかしたことに申し訳ない気持ちが無い、といえば嘘になる。
それでもIS学園にいたときより、居心地が悪くない気がするな、こいつらに交じっても。
花火が止まると途端に、いつも通りギャーギャーと騒ぎ始める連中を見て、ちょっと笑ってしまった。
「どうした?」
珍しく混ざらずに呆れた顔で眺めていた箒が、オレの笑い声を聞いて覗きこんでくる。
「相変わらず、やかましいヤツらだ」
せっかく目の前から奪っていったのに、思ったより悔しがってくれていなくて残念だが、なんか妙に嬉しいような気がしてむずがゆい。
「全くだ」
したり顔でため息を吐く箒に、内心でお前が言うなとツッコミを入れておいた。
花火見物が一段落ついたあと、車いすを一夏に押してもらい、祭りの会場である境内をゆっくりと回ることにした。
電動だから押さなくても良いって言うのに、本人はどうしても押したいというので、任せてやった。手で押すと結構重いんだけどな、これ。
「何か食べたいものはありますの?」
機体と同じ配色の青地に白い花を咲かせた浴衣の、セシリア・オルコット嬢がオレに尋ねてくる。
「林檎飴」
「かしこまりました」
「わかんの?」
「ええ、先ほど鈴さんが食していましたので」
そう言って、セシリアが屋台に言って、店員さんに注文している。何やら少し談笑したあと、何故か二本貰っていた。
「こちらをどうぞ」
「さんきゅ。って二本目は何だよ?」
「わたくしの美しさに、オマケをいただきましたわ」
ふふん、と得意げに笑うその姿は、いつも通りでちょっと懐かしい。
「金渡す」
「結構ですわ。これぐらい」
「んじゃ遠慮なく……」
久しぶりに口にした味が甘くて懐かしい。ずっと病院食だったからなぁ。
「セシリアはどうすんだ?」
どうすんだ、とは試験部隊の訓練校に来るのか、IS学園に残留するのかどっちだ、という問いだ。
「わたくしは今のところ、IS学園に残りますわ。本国からの指示です」
少し悩んだ後に、覚悟を決めた様子で、はむっと小さな口でカブりついた。その味がお気に召したようで、咀嚼しながら嬉しそうにしている。
「そっか。まあ一組のクラス代表だからな。頑張ってもらわにゃ困る」
「お任せになってくださいな」
花壇に咲く大輪の花のように、美しく華やかに笑った。その姿が本当に綺麗だなって思った。
「ほい」
「んだよ、この不味そうなジュース」
鈴が差し出してきたのは、謎のスイカサイダーレモン味だった。どっちだよ。
「さっきネタで買っては見たけど、どうしても飲む勇気が出なくてさー」
赤地の浴衣で元気良く動き回っていたのは、鈴ことファン・リンインだ。
「だから、てめえは一夏とオレにそういうのを押し付け過ぎだっての」
「いいじゃないの。お金はアタシが出してんだからさ!」
「良くねえっつの。絶対にオレたちが、マズッて顔をしてるの楽しんでるだろ」
「そ、そんなことないわよ。このアタシが、貧しいアンタらに恵んであげてるだけじゃない」
「貧しくはねえよ……んで、お前はお咎めなしだって?」
「だってアタシ、千冬さんの指示通り旅館に待機したあと、正体不明の敵が来たから逃げただけだもん」
「あ、そういう解釈もありなのね」
「そもそも、アンタんところの神楽がそう口裏を合わせたんだから、仕方ないでしょ」
少し不機嫌そうに言ってから、遠慮なくオレの車いすの左のアームバーにドカっと腰を落とした。
「鈴、重い!」
一夏が抗議の声を上げるが、どこ行く風で、
「ほら、がんば、一夏!」
と楽しそうに笑う。
「おら一夏、止まってんぞ」
調子を合わせてオレが発破をかけると、一夏は腕まくりのジェスチャーをしてから、
「見てろよ、お前ら!」
と勢い良く車いすを押し出す。
だが、歩くよりスピードが出ない。むしろさっきよりも遅い。
「おいヨウ」
「何だ」
「お前、ブレーキ押してるだろ」
「気付いたか」
「当たり前だ!」
叫んでから大きくため息を吐き、
「ったくお前らは……」
と一夏が項垂れた。
その様子を見て、すぐ間近の鈴と顔を合わせ無邪気に笑い合った。
「一夏、あれは何?」
橙色の浴衣を羽織った金髪のシャルロットが、一夏の袖をクイクイっと引っ張る。
「ああ、型抜きだよ。あらかじめ掘ってある通りに、周りを削って、その美しさを競うんだ」
美しさを競うってのは語弊がある気がするよな、とオレは思わず小首を傾げる。
まあ昔から射的がダメなくせに、これだけは異常な情熱を燃やしてたからな、一夏のヤツ。
「ねえねえ、一夏、ワタアメ? 食べてみたい」
糸になった砂糖がグルグルと回る機械を指差した。
「いいな。買ってきてくれ。ヨウは?」
「オレも少しだけくれ」
男二人が賛同すると、シャルロットは元気良く頷いてから、パタパタと屋台へと駆け出した。
何やら屋台のオジサンと楽しそうに話している。そして戻ってきたときは、少し赤面していた。
「どうした? シャルロット」
一夏が心配して覗きこむように問いかけるが、
「う、ううん、何でもないよ!」
と手を振って否定する。
ああ、オジサンに、あっちにいるのが彼氏かとか聞かれたわけね。
恥ずかしさを誤魔化すように、少し慌てた様子でシャルロットがアニメ絵柄の包装を剥がして中身を取り出す。
「うわぁ、ふわふわ」
楽しそうにパクっとカブりつく姿に……あー、超可愛い。天使か。
「はい、一夏」
自分が口をつけたところを、少し赤面しながら差し出すとは、中々の策士ですな。
「さんきゅ」
もちろん我らが織斑君は気付かずに、そこに大きく口を開けて、かぶりついた。
「うまい。ここの祭りは、相変わらず何でも美味いな」
一夏が嬉しそうに口を動かす。
そしてシャルロットがわたあめの一部を千切ってから、オレに差し出した。あ、やっぱり、オレはそうですよねー。
首を伸ばして、分けてくれた塊をパクリと唇で摘まむ。
「シャルロットも残留?」
オレが尋ねると、少し困ったように笑って、
「うーん、まだわかんない。本社の動き次第かなぁ」
と教えてくれた。
「そりゃ悪いことしたな」
「う、ううん。もう気にしてないし、お互い様っていうかこっちの方が」
慌てて手を振って否定しながら、表情が少し暗いものになっていく。
「いや、もうその辺の責任論はなしにしようぜ。未来を語ろう未来を」
「そ、そうだね。うん。未来かぁ」
シャルロットはそう呟いて、チラリと隣で車いすを押す一夏を見上げた。
「もうちょっと、頑張りたいかな」
一夏が独り言のように口を開く。
「本、読み終わったか?」
オレが尋ねると、
「多過ぎだ。何だよあの山」
と眉をしかめた。
リアに頼んで、持っていたIS関連書籍を全て一夏の部屋に送りつけてやった。ぜひ二瀬野文庫とか名付けて欲しいもんだ。何でも最近の一夏は、暇をみつけてはそれを読み耽っているらしい。
「そりゃそうだろ。オレが小学校のときから読んでるんだぞ」
「お前はもういいのか?」
「オレはもういらね」
そもそも読み終わった本だし、努力すら裏切るってわかったオレは、ただいまヤサグレモードだ。勉強とかする気もしねえ。
「ま、ありがたく頂戴するわ」
「せいぜい頑張んな」
オレがからかうように言うと、シャルロットが、
「う、うん、一夏は最近、凄く頑張ってるよ!」
と拳を握って力強く断言してくれた。
「へー。一夏が」
「勉強もそうだし、前も頑張ってなかったわけじゃないけど、今は前よりずっと」
「ふーん。一夏がねえ。ま、頑張る織斑君がってわけデスネ」
意味ありげに流し目をシャルロットに送ると、また気恥ずかしそうに手をモジモジとさせて、俯いてしまった。
「どうしたんだ、シャルロット。具合が悪いなら」
だがさすがは織斑君だ。赤面する様子に気づくことなく、心配げに唐変木発言をぶっ放した。
途端に機嫌が悪くなった可愛い金髪女子が、一夏のバカって呟きながら歩いていった。
「変なヤツだな」
ポリポリと頬をかきながら、一夏が呟く。
「そりゃお前だ」
「何でだよ?」
不思議そうに問い直してくるイケメン様に、思わずオレがガックリと肩を落としてしまった。
そこで一つ、気になってた点を思い出す。
「んなことより、たぶんシャルロットはちょっと不安なんだと思うぞ」
「は?」
「これから先、どうなるかわからんし。ま、オレのせいだけどさ。だからなんつーか、友達なり仲間なりとして、ちょっと形が欲しいんじゃないのか」
「形?」
「そうだな。例えばシャルロットだと長いから、ニックネームみたいなのをつけてやれば? 二人だけの」
「ふーん……ロッテとか?」
「あ、外国だとそっちなのか。この西洋かぶれめ」
「普通はそう呼ぶな、シャルロットだと。つか何だよ西洋かぶれって」
目の前にいる男は二年近く外国で暮らしていたせいか、英語ドイツ語フランス語に堪能であり、向こうの暮らしにも詳しい。っていうか何? モテ男に磨きがかかってね?
「まあ日本だし、もうちょっと日本っぽい感じで考えてやるといいぞ」
「何かよくわからんが、わかった」
「なんだそりゃ」
「お前がそう言うんなら、そうした方がいいのかなぁって」
そう断言してから、一夏がシャルロとかシャーレとかを口に出して呟き始める。早速、ちゃんと考えてるらしい。上手く『シャル』に当たると良いんだが……。つか、シャーレって何だよ、理科室かよ。
一夏がトイレに行くというので、オレはその近くで待機していた。他の奴らとは、はぐれてしまったようで、周囲に影が見当たらない。
暇を明かして周囲を見回していると、一人の少女が浴衣に合わない大股で歩いて来る。黒地に赤い花が咲いた浴衣を着て、銀髪を頭頂部で綺麗にまとめたラウラだった。黒い眼帯をつけてるせいか、どこかコスプレの域を出ないな。まあ小さな体躯ゆえか、逆にそれが可愛らしいんだけど。
「一夏は?」
「しょんべん」
「……その下品な言い草は、本当にそっくりだな」
呆れたように首を振ったが、すぐに真面目な顔に戻った。
「今さらだが、久しぶりだな」
「おう。元気だったか」
「元気なわけがないだろう」
苦笑いを浮かべた少佐殿は、どっか威厳があるよな。
「まあ屋台で美味い物でも食って頑張れ」
あえて他人事のように振舞って、オレは一夏の帰りを待つ。結構な人数が並んでるせいか、なかなか戻ってこない。
オレが悪い部分も多いが、ここで謝っては意味がない気もする。ラウラもオレも自分の立ち位置に殉じたのだ。
「まったく。お前の方はどうなのだ?」
わざとらしくそわそわとしていたオレの空気を読み切らず、ラウラが堂々と尋ねてくる。
「病人兼囚人兼自由人」
「どういうことだ?」
「何か特殊な身分と、変な偽名がついてくるらしい。表向きは囚人で自由に出来ないが、裏はな。色々と重要な研究対象だし、オレ」
肩を竦めると、ラウラは小さく頷いてから、
「クラリッサも心配していたぞ」
と教えてくれた。
「少女マンガのか」
「違う」
「ジョークだ。ご心配をおかけしておりますと伝えておいてくれ」
「ああ。リアは?」
「元気にやってる。……そういや、気づいてるか知らんが、アイツ、亡国き」
「それ以上は言うな」
ラウラが鋭い口調で、オレの言葉を遮った。難しい問題なんだろうな。
「ブラジャー」
なのでテキトーに返事をすることにした。
「なんだそれは……」
「乳バンドだ。お前にゃ必要ねえだろうが」
「……最近はどこの軍隊でもセクハラには、かなりうるさくなってきてるぞ」
「そりゃすまんこって」
「お前は一夏と違う意味でデリカシーがないな」
「一緒にすんな、あれは重症患者だぞ」
「ならば一緒ではないか。ついでに一つ、謝罪をしておこう」
ラウラが姿勢を正して真っ直ぐ立つと、オレに頭を下げた。
「謝るなよ。お互い様ってわけでもないが、それぞれによくやっただろ、オレたち。だから謝らねえぞ」
立場が違うがゆえに、ぶつかった。今日は誰もオレを責めないが、きっとそれぞれに思うところがあるはずだ。
それでも目の前の少佐殿なら、わかってくれると信じてる。軍人だし、敵味方なんて状況で変わるってのが戦争の歴史だ。
「私も理解はしている。それより前に篠ノ之束に似ている、と言ったことだ。お前が思い悩んでいたとシャルロットから聞いた」
「あ、ああ、それか」
タッグトーナメントの前、オレはラウラから篠ノ之束に似ていると告げられた。それはおそらく、目の前にいるキャラクターを人として見ていないがゆえの印象だったんだろう。
「侮辱する意図がなかったとはいえ、悪かった」
「ん、まあ気にすんなよ。オレはもう気にしてない」
それ以上の言葉が思いつかない。
ラウラは頭を上げてから、小さく、
「お互い、難しい立場になったな」
と呟いた。
「んだな。ま、気楽にやろうぜ」
本当にお気楽にいってのけると、ラウラが今度は年頃の少女のように楽しそう顔をする。
「一夏がな」
「ん?」
「もう一度、最初から頑張ると。そのために私が必要だと言ってくれたのだ」
ああ、なるほど。確かにラウラの生い立ちから考えるに、必要だという言葉は何物にも代えがたいのかもしれない。
「そりゃオメデトさん」
「だから、今は前を見ると決めたのだ」
「おう。頑張れよ、色々と」
そう笑い合ったときに、一夏がトイレから出てきた。
「ラウラか。美味い物でも見つけたか?」
「ったく。お前たちは本当にそっくりだな」
呆れたように、眼帯をつけた少女がヤレヤレと首を横に振った。
「準備が終わったので、お前たちを呼びにきたのだ」
「んで、オレはどこに連れていかれてるわけ?」
「まあちょっとな」
「ん?」
段々と開けた場所に誘導された。気付けば、昔は道場として使われていた場所の庭に来ていた。
「あ、やっと来たー」
手を三角巾で釣った玲美が、大きな声をかけてくる。他にも理子や神楽もいた。三人とも思い思いの浴衣を着ている。
よく見れば、花火セットがいくつも置いてあった。バケツやライターもある。
「今日は祭だからな。バーベキューの約束はまた今度として」
そう笑って、一夏がグッと親指を立てた。
「久しぶりに花火でもやろうぜ」
「そういやさ、ヨウ」
「ん?」
女の子連中がキャッキャウフフと花火をして楽しんでるのを、遠巻きに男二人で眺めていた。
「未来ってどんなとこだ?」
唐突に聞かれた言葉に、思わず眉間が堅くなる。
「知らん。よく覚えてねえ」
「ふーん。まあ、ガキのときにこっちに来たんだろうしな。俺もそこにいたのか? どんなヤツだったかは覚えてるか?」
「今と変わんねえよ。ただまあ、オレはいなかったな」
渡された缶コーラのプルタブを開けて、オレは口に含む。
隣の一夏が、夜空を見上げて、
「……そりゃ嫌な世界だ」
と呟いた。
「んなことねえよ。いないものはいないものとして、世界は回る」
「自分がいない世界ってのは嫌だなって話さ」
ああ、そういうことならよく理解できる。
「だから……その」
「言うなよ、その先は。もう忘れようぜ。今のオレにゃ、どうでも良い話だ」
「……わかった」
「夜竹さんたちは?」
「ああ。体調に問題はないけど、あの束さんモドキに声をかけられてから、どうにも記憶がないらしい」
「まあ、ナターシャさんは覚えてたみたいだけど……それとは違うのかね」
「わからん。でもちょっと気になったんだけどな。本を読んでたとか、映画館に居たとか、テレビを見てたとか、そんな感じらしい」
一夏が指折り数えるように教えてくれるが、
「はぁ……すまん、もうちょっと日本語で頼む」
と素直に切り返してしまう。
「えーっと、つまり記憶はないんだが、夢の中なのかなぁ。そこでずっと本を読んでたりって話らしい」
「あん?」
「お前なら何かわかるか?」
「……いや、正確にはわからん」
どっかで聞いた話だぞ。どうにも最近は自分の存在意義が曖昧で困る。
「ホントか?」
「わかるんだが、こう……確信が持てんというか証拠がねえ」
「そうか。まあ、何かわかったら教えてくれ」
シャルロットが花火片手に、楽しそうな笑顔で一夏へと手を振っていた。
セシリアと鈴は、何やら戦争まがいのことを始めて、ラウラは座りこんで興味深げに蛇花火を観察している。
玲美と理子は大きな打ち上げ花火を点火し始め、神楽は少し離れた場所にある大きな石に腰かけて、友人二人を優しげに眺めていた。
半分赤色に染まった目で、少女たちの姿を確認した後、
「アイツ、束モドキはどこ行った?」
と、IS学園の男性操縦者に気になっていたことを尋ねた。
「わからん。戦闘が終わったときに気付けばいなくなってたよな」
一夏は少し考えた後に、一言ずつ確かめるように返答し始める。
銀の福音を巡る戦闘の最終局面、オレがラウラの天使像ISをぶっ壊して海面に上がったあと、すでに姿は見えなくなっていた。
「箒も束さんと連絡が取れないらしい。アイツは、結局……」
一夏が手に持っていたビンのサイダーを口に含んだ。
簡単な推測を立てると、アイツは紅椿だろう。箒をマスターと呼び、お母様を封印したと言うなら、その存在はひとつしかない。
だが、ISが自我を持つことなんてあるのか? ……思い当たる節がないわけでもないけど……。
「なあ、まあ戯言なんだが」
オレもコーラを一口、喉に流し込んだ。
「ん?」
「神様っていると思うか?」
その問いかけに、一夏は外人みたいに肩を竦めて、
「わからん。いるかもしれないし、いないかもしれないだろ。少なくとも見たことはないぞ」
とシニカルに笑った。
「神に一番近いものって、現代だと何だと思う?」
「神……さあ。神様って人じゃ出来ない奇跡を起こしたりするんだろ。うーん、単純に考えれば、昔ならその時代に合わない技術とかあったのかもしれないし、それこそ手品師だったのかもしれないし……ああ、言いたいことはそういうことか」
一夏が納得とばかりにポンと手を叩く。
「インフィニット・ストラトス。その進化系が、まあ神様みたいなものかと思うわけだ」
「量子化した武装が目の前に突然現れたり、マッハを超える速度で空を飛んだり、傷を修復したり自己進化したり、人の命を守ったり奪ったり」
「後は強力な演算能力か」
「量子コンピュータとコアネットワークの可能性って論文があったな。お前から借りた本の中にあった」
「いずれ神と並ぶ者が現れるかもしれない、と結んであるヤツな」
「俺も気になったから、よく覚えてる。IS自体が自我を持つ可能性と、一部のパイロットが見たっていうISの中にいる少女か。俺も見たことあるけど」
「まあ、ぶっちゃけて言うと、オレもだ」
「……あの束さんモドキか」
一夏が見る視線の先には、線香花火を一人で楽しむ箒の姿があった。常にぼっちになってるよなアイツ。
「紅椿」
ボソリと呟いた言葉に、隣の男が腕を組んで考え込む。
「……そうだろうな。あの時の、我を失ったときの言葉といい」
「時間を超えたって言葉がホントかどうかは知らんけどな。たぶん、未来からやってきた紅椿が何か色々と企んでるんだろ。そう考えることで、紅椿が同時に二体あることも説明つくし」
「だとすると、お前が未来人っていうのも納得できる理屈なわけだ」
口調が少し堅かったのは、その言葉を口にするのに決意が必要だったからだろうな。
「オレもそう考えたんだけどなぁ。それだと一つ、説明できないことがあって」
「ん?」
「この二瀬野鷹の体は間違いなく、オレの親の子供なんだよ。遺伝子的に」
これはすでにDNA鑑定済みの事項で、オレが二瀬野夫妻の息子、二瀬野鷹であることは確定している。
「確かにそれだと説明がつかないな」
「タイムパラドクスやら何やらは、まあIS神様のお力で何とかするとしても、これだけはなあ」
二人してうーんと首を捻る。
しばらく色々と考えてみるが、結局何にも新しい考えが出て来ない。
一夏が急に、プッと笑いを吹き出す。
「どした?」
「何だよアイエスシンサマって。どこぞのサイヤ人漫画か」
「うっせ。人のセンスにケチつけるなよ。なんだよサイヤ人って」
「まあISが神様だったら、変な宗教が出てきそうだな」
「事実、あるみたいだぞ」
「ホントか?」
「東欧の方にな」
「色々と考えるもんだな、人間って」
他意なく感心したように一夏が頷いていた。
「全くだ。とりあえず一夏、あの暗い目の篠ノ之束には気をつけろよ。アイツの言葉を信じるなら、本物はいないみたいだし」
「お互い様だ。何かあれば、コアネットワークで連絡を」
「いや、それはマズいだろ。相手が未来の紅椿だって言うんなら、傍受される可能性だってある。なんせIS神様だぞ」
「だから、それやめろって。笑っちゃうだろ」
「うっせ」
失礼なヤツだな、全く。
「まあ、半分以上は妄想に近いことだし、あの姿は束さん以外と認識出来んし、それに」
ひとしきり笑った後、一夏がスイカサイダーレモン味のビンをいじりながら、独り言のように口を開いた。
「ん?」
「ISを提供できる科学力があれば、それは世間で言うところの篠ノ之束だ。もちろん俺や箒、千冬姉にとっては違うんだが」
一夏が妙に穿ったことを言うが、言われてみれば確かにその通りだ。
あのIS神様が、この間のようにISを用意できるなら、世界は篠ノ之束として扱うだろう。
「IS学園の方は任せろ、とまでは言わねえけど、俺なりに精いっぱい頑張る。最近は更識さんも俺を鍛えてくれてる。この間の戦闘で思うところがあったみたいだ」
「生徒会長か。なんか羨まイヤらしいことされてないか?」
からかうように笑うと、一夏が真顔で頬を赤くして押し黙った。
そこは変わらねえんだな、オレの知識と。
「い、いや俺からは何にもしてないんだが……」
「まあ頑張れや」
そんぐらいしか言えることがねえな……。
一夏から視線を女の子たちの方へと戻す。白い浴衣姿の玲美がオレの視線に気づいて、笑顔で小さく手を振ってくる。ショートカットになった髪がよく似合っていた。少し大人っぽく見える。
「ま、オレ様こと二瀬野鷹は、ここでリタイアだな」
「え?」
「色々とやってきたせいでな。正直、外に出られるのはこれが最後だろ」
「……そんな」
痛ましい表情の幼馴染が、オレを見つめていた。
「今日だって、実は勝手に病院から脱走してきたからな。玲美たちには内緒だぞ」
「ヨウ……」
「ISはまだ装着してるっつーか、何を使おうがエラーを吐き出してオレから離れん。ただ、親が人質みたいな形になってやがる」
「どうにか出来ないのか?」
「親がどこにいるかもわからんからな。今は大人しくしてるわ」
そしてもうやる気もねえ。努力しても無駄なら、頑張る意味がねえんだし。
毎日、独房でのんべんだらりと過ごすのが、お似合いかもしれないな。世捨て人みたいでオレかっこいい。
「何かわかれば」
「それ以上は余計なこと言うなよ。気にすんな、と言っても気にするだろうけどな」
「そりゃそうだろ……」
「応援してるわ。輪の外から」
「ヨウ……」
「さってと。オレにも出来る花火を見つくろってくれよ」
カラカラと笑いながら、電動車いすを動かして玲美の元に向かって行く。
「……なあ」
「ん?」
思いつめた声が背中から聞こえたので、車輪を止めて振り向いた。
「俺、今まで以上に強くなって、きっと」
「そうだな。じゃあ、頼むわ」
最後まで言葉にさせずに遮った。今は出来るだけ軽い口約束をしておくことにしよう。
こいつも色んなものを、この間の戦いで失ったのだ。
それでも、オレとこうして笑顔で会話して、色々と心配してくれてる。今日だって、オレや玲美たちをここに呼んだのはコイツだ。
こいつは本当に底抜けのお人好しなんだ。
「任せろ」
力強く断言する姿は、紛うことなくヒーロー・織斑一夏のものだった。
花火大会の翌日、異常に増えた警備スタッフが見守る中、オレは都内某所にある病院の秘密の一室にいた。
痛みは全くないが、オレの体は重症者そのものなので、ここから出ることは出来ない。ただの車イスに座り、ボーっと天井を見上げていた。
ちなみに退院後のオレの処遇に関しては、色々と上で紛糾してるらしい。まあ勝手にやってくれや。
オータムは分隊から部隊に格上げになったのに、まだ隊長として居座ってやがる。Mに関しては少なくとも誰からも情報を聞いたことがない。。
午後三時前になって、圧縮空気が抜ける音がして重いドアが開き、誰かが入ってくる。
「リアか」
赤いショートカットにちょっとキツい目つきのドイツ人、リア・エルメラインヒがタブレット端末片手に入ってきた。部屋にいた警備スタッフと敬礼を交わしてから、オレの横へと歩いて来る。
「何よ、その顔は。レミじゃなくて不満?」
「んなことねえよ、超嬉しいよ。んで、どした?」
「相変わらず生気のない顔ね。貴方も気になる情報があるんじゃないかって思って」
そう言って、手に持ったタブレットの画面をオレに見せる。そこには動画がフルサイズで表示されていた。
映しだされているのはどうやら、何かの記者会見の会場らしい。
「何これ?」
「IS学園の新人事の発表よ。ネット限定みたい」
「ほー」
リアとオレは寄り添うようにくっついて、一つの画面に見入ってた。
出て行った場所とはいえ、自分のやったことがどんな影響を及ぼしたのかが気にはなる。
画面の中が慌ただしいフラッシュで一杯になった。丁度今から、会見が始まるようだ。
司会らしき人物が、会見場の前方にある白いテーブルに、一人ずつ人を呼び込み始める。そのたびに拍手が聞こえてきた。
「知らないヤツばっかだな」
「そうね……今のところ有名人はいないけど。織斑教官の人事がまだ発表されてないわ」
「うーん……どうなるんだろ」
オレたちが耳と目を傾けていると、司会の男が、
『続いて、IS学園の副理事長に就任していただきます方をお呼びしたいと思います」
と告げた。
その後に画面に入ってきた男性の顔に、自分の目を疑ってしまう。
「んな……四十院所長……?」
今までずっと姿を隠していた人が、そこにいた。
『ご紹介に預かりました、四十院総司です。本日付で、このIS学園の副理事長職を拝命いたしました。ここからは、私がご紹介させていただきたいと思います』
相変わらずの、ビジネスマン然とした聞こえやすい口調だった。
「え? これがヨンケンの?」
「あ、ああ。何で……って、おい」
画面の中の四十院所長に呼びこまれて入ってきたのは、岸原一佐と国津博士だった。
『岸原大輔氏には、緊急時におけるIS運用の最高責任者を務めていただきます』
それは確か千冬さんが務めていた役職だったはずだ。つまり、IS学園の軍事力の全権を担う重要職である。
『続いて、国津幹久氏には、IS学園における研究職の責任者を務めていただきます。私を含めた三人の経歴に関しては後ほど、報道各社宛に送付いたします』
こっちは整備班および開発局を束ねる責任者だ。
要するに、あの三人のオッサンどもは、IS学園における全権を握ったことになる。
銀の福音事件の前からずっと姿を消してたのは、これのためか? 玲美たちは知らなかったんだろうか?
そして拍手の音が鳴り終わった後に、四十院所長が一つ、小さな咳払いをする。
『現在のIS業界は、ISコアの数が限定されていたことによって、その力に振り回され、コントロール出来ないでいました。また有望な若者に対しても充分な訓練とチャンスを与えることが出来ず、業界は縮小化の一途を歩んでいました』
急に勿体ぶった演説が始まる。
その意図がさっぱりわからないまま、オレは画面に見入られていた。
絶対に何かがある。無駄なことをする人じゃない気がする。
『その状況を打破すべく、我々はこの方をIS学園の理事長としてお招きすることとなりました。これにより世界は再び、光が差す方へと進むことが出来るでしょう』
オーバージェスチャーで滔々と語る四十院副理事長に対し、画面の中では失笑のような声が少しずつ起き始める。
だが、本人はそれすらも予想通りと笑みを浮かべた。
『この方に関しては、おそらくその経歴に説明はいらないかと思われます。それではお呼びいたしましょう』
会場の前方にあるドアが開かれ、一人の女性が入ってくる。大きなどよめきが会場中を包んでいた。
その姿がアップで映し出された瞬間、オレは心臓が止まるかと思った。隣にいるリアも驚愕に目を丸くしている。
小さなタブレット越しに、四十院所長がこう紹介した。
『この度、IS学園の新理事長にご就任された、インフィニット・ストラトスの開発者にして稀代の天才、篠ノ之束氏です』
そして、オレの直感がレッドアラートを脳内に鳴り響かせる。
こいつは、未来から来た紅椿だと。
第三部完。これで前半戦終了です。次回投稿は、十月最初の土日ぐらいだと思います。