ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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25、トゥルース・ライズ・アット・ザ・ボトム

 

 

 朝、目を覚まし、枕元に置いてあったメガネをかける。

 真っ白な部屋に時計はないが、ISから提供される情報ウィンドウで時間を確認した。

 銀の福音事件後に気付いたことだが、ディアブロは異常に燃料効率が良い。おそらくホークの五十倍ぐらいは持つ計算だ。それだけ機体性能が現在のスタンダードと違うんだろう。

 今日はここに来て二日目だ。

 右手一本でベッドサイドに置いてあった車椅子へと降りる。動力も何もない車輪を右手一本で進ませるのは、中々に疲れる。それに上手に動かさないと、すぐ左に曲がってしまうのだ。なので壁際をぶつかりながら進むしか手がない。それでも十メートル進むだけでかなりの苦労を強いられる。

『M1、今すぐ診察室へ来なさい』

 天井に埋め込まれたスピーカーから、威圧的な女の声が聞こえてくる。昨日会ったドクターとかいうババアだろう。

 すぐって言われてもな。

 めんどくさくなって、ISの脚部を部分展開する。天井の高さはそれなりにあるので、真っ直ぐ立っても余裕だ。全身展開で翼を広げないかぎりは大丈夫だろう。

 部屋の隅にある洗面台へと歩き、屈みこんで自分の顔を見る。

 酷いツラをしてやがる。

 右手だけで顔を洗い、検査着の裾で顔を拭いた。体を起こそうとしたとき、脇腹が痛む。

 派手にやりやがって。

 舌打ちしてから、車椅子を右手で担ぎ、ISの足で歩き出す。本当の足こそなくなったが、ファントムペインとでも言えば良いんだろうか、オレは今までと変わらずに動かせる。

 昨日は両親が人質だと再確認された。あの加工された爆破映像には、脅し以外の意味は本当に何もないんだろうな。オレなら二人もいるとしたら別々にやるし、そんぐらいは考えてるだろうし。

 この世界に生まれて、ずっとオレを育ててきてくれたオヤジに母さん。

 取り立てて凄い人たちってわけでもない。ただ毎日働いて金を稼ぎ料理を作って洗濯と掃除して、家に帰れば、ただいまとおかえりを交わし、お互いに文句を言って笑い合う。

 そういう普通の家庭が二瀬野家だったのを、壊したのもオレなのに、二人は喜んでくれた。

 男がISを動かす、という意味は酷く重い物だった。

 生まれからずっと意味不明な人生だけど、あの両親の愛は、偽物のオレに似つかわしくないほどに本物なんだろう。

 

 

 

 

 

「ですから! 二瀬野鷹クンがいなくなったんです!」

 沙良色悠美が宇佐つくみの机を叩いた。

 ここは極東試験飛行IS部隊のオフィスで、隊員たちが事務仕事を処理するときに使う部屋だ。今は三十ほどの机が六個ずつグループになって配置されている。

 その中で一番右奥にあるグループの上に、第一IS小隊という真新しいプレートが天井からかけられていた。

「知るか。うちの隊員でもあるまいし」

「その重要性ぐらい理解してますよね!」

「それぐらいは知ってる。それで私にどうしろっつーんだ。さっさと仕事しろ」

 宇佐つくみことオータムは、怒りに震えて迫る隊員をしっしっと撥ね退けた。本来の身分は亡国機業という裏稼業の人間だが、ここに隊長として派遣されている間は彼女も事務仕事をしなければならないときがある。向いてはいないことも本人は自覚しているが。

「仕事って……どうせ部隊化での人員と機材の受け入ればっかじゃないですか! そんなことより!」

「私だってこんな事務仕事はしたくねえんだ。だけどなあ沙良色、やんねえと終わらねえだろ」

「だったら尚更、そんな事務仕事より、さっさと探しに行くべきです」

 相手の剣幕を最初は聞き流していた宇佐つくみだったが、段々と腹が立ってきたせいか、イスから立ち上がって机を挟んで睨み合う。

「だーかーら、うちの隊員でもねえ犯罪者に、私らがどうしろっつーんだよ」

「犯罪者じゃありません、容疑者です。彼に関する権利と保護義務はまだウチの隊にあります! ここで動かなくてどうするんですか!」

「どう権利と保護義務を主張しろっつーんだ。それこそ、お家の力でどうにかしろってんだ。お前んちは、そういうの得意なんだろ!」

「それで見つかったら苦労してません! もういいです、今から有給取ります!」

「誰が許可するか! こっちだって慣れない事務仕事ばっかで頭キテてんだ! てめえも日頃はひらひらと歌って踊ってるだけで基地にいないんだから、こういうときぐらい働け!」

「アイドル活動は部隊公認の宣伝活動です!」

 喧々諤々と言い合う二人を遠目に、他の隊員たちは事務机に突っ伏して嵐が過ぎ去るのを待っているだけだった。

 分隊創設時から配属されている東南アジア系ハーフのグレイス竜王と副隊長で専用機持ちであるメガネ美女の湯屋かんなぎは、顔を見合わせたあと、くわばらくわばらと逃げ出そうとしていた。

 その彼女たちがオフィスのドアを開けようとしたとき、反対側から人が入ってくる。

「面白そうなお話ですね」

 柔和な笑みを浮かべた金髪の女性が二人に軽く敬礼をしてから、真っ直ぐオータムの元へと向かっていった。

「んだ、てめえは。部外者立ち入り禁止だ」

「いいえ、今日から関係者です」

 意味ありげに笑いながら、紺色のスーツを着た長い金髪の女性が近づいてくる。

「あなたは?」

 怪訝な表情の悠美が尋ねると、

「新たに創設される第二小隊の隊長を務めるナターシャ・ファイルス中尉です」

 と軽い態度で敬礼をする。

「ってことは、てめえが銀の福音のパイロットか」

 宇佐つくみという仮面を被っているオータムが、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。

「そういうことです。これからよろしくお願いしますね、第一小隊の宇佐隊長殿」

「チッ、暴走機体に乗ってたヤツが偉そうに」

「あら? 機体は治ってますけど? それとも得体の知れない前歴の持ち主にはお気に召さなかったようですね」

 敵意丸出しの嘲るような言葉を、ナターシャは挑発するような笑みで弾き返す。

「ほら沙良色、仕事だ。ナターシャ隊長殿を案内しろ」

「え? で、でも! って、話は終わってません!」

「うっせ。話は終わりだ。仕事しろ仕事。じゃなきゃ今日も帰れねえぞ」

 不機嫌そうにドカッと椅子へ腰を下ろし、オータムは頬杖とついてから、ポチポチと人差し指一本でキーボードをめんどくさそうに叩き始める。

「貴方は?」

 その様子を愉快気に笑った後、ナターシャが悠美へと視線を移す。

「沙良色悠美です。第一小隊で打鉄のパイロットを務めています」

 悠美も咄嗟に軍人の顔へと戻り、敬礼を返した。

「ありがとう、よろしくね、ユミ」

「よろしくお願いします」

 気さくに握手を求める上官に戸惑いながらも、悠美はその手を握る。

「では悠美、さっきの話も気になるところだし、案内をお願いね」

「はっ! 了解しました。ではこちらへ!」

 さっきの話というところを把握し、悠美はナターシャを先導して部屋から出ていく。

 部屋からの脱走に失敗したグレイスが、悠美とナターシャの胸部を交互に見たあと、

「でんじゃらす」

 と呟いた。

「おらグレイスに湯屋! さっさと仕事しろ。あのデカパイ女はもう役に立たねえぞ!」

「は、はい!」

 怒声に姿勢をピンと正したあと、仕方なしに二人は事務仕事へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 白髪混じりのボブカットに白衣を着たババアが、車椅子に座るオレの前髪を掴んで、思いっきり引っ張られた。

「勝手にISを展開するんじゃないよ」

「……オレの勝手だろ」

「アンタにゃ勝手とか自由なんてものはないんだ。わかんないなら、今日からきちんと思い知らせてやるよ」

 投げつけるように車椅子へと押し戻される。

「ってぇな」

「私はこう見えても、足癖が悪いんだ」

 不機嫌そうに言った瞬間に、オレの腹へ踵を思いっきりぶつけてきた。

 車椅子ごと後ろへ倒れる。

 後頭部としたたかに打ちつけて倒れたままのオレの腹へ、そのまま右足を乗せて思いっきり体重をかけてくる。

「処遇に困った日本政府から、殺さなきゃなんでもいいって言われてるんだ。もっともISを装着してるあんたを殺すことなんて、私らにゃ出来ないけどねえ」

 パンプスの踵に鳩尾を踏みにじられ、痛みで声が上がらない。

「ってことはだよ。あんたは何したって死なないってことだから、こっちも遠慮いらないよねえ?」

 

 

 

 

 

「あの横須賀沖の事件後、ナターシャ中尉はどうされてたんですか?」

 基地内の案内の途中、沙良色悠美とナターシャ・ファイルスが、出来たばかりの食堂でテーブルを挟んで座っている。まだ正午には少し遠いせいか、人影は彼女たち以外に見当たらない。

「ハワイのベースで帰ってきた銀の福音と遊んでたわ。それで一週間前、アラスカ条約機構と米軍の取引で、ここへ飛ばされたってわけ」

 紺色のスーツを着たナターシャが、足を組み変え、両手で頬杖をつき顎を乗せる。

「ここに来たのは、四十院との関係があったからですか」

「その通りよ。日本語が話せて以前より四十院との関係があったというのが、選抜の決め手だったと思うわ」

 やれやれとため息を吐くと、悠美は腕を組んで口を尖らせた。

「正直、よくわかんないんですよね。四十院のおじ様……えっと総司さんが副理事長になった流れとか」

「あら、彼とは知り合いなの?」

「ええ、まあ。昔っからの知り合いで、色々と良くしてくれました。途切れていた一族同士の交流を繋ぎ合わせてくれたのも、おじ様ですし」

「ソウジ・シジュウイン。何者なのかしら」

 視線を落とし、ナターシャが深く考え込むような仕草を見せる。

「気の良くてカッコいいオジサンだと思ってましたけど、なーんか、いまいち納得がいかないっていうか」

「まあ、貴方にこんなことを話しても、えーっと、祖母に卵の吸い方を教えるようなものなのだけど」

「日本だと釈迦に説法っていう諺ですね。キリストに聖書の教えを説くと言えば良いのかな?」

「そういう意味合いで合ってるわ。そもそも、現在のIS業界で何故、四十院がそこまで力を持っているのか、という話よね」

「推進翼メーカーとして、ISメーカー各社と強いパイプがありつつ、早期からIS業界に貢献してきたおかげでアラスカにも口が効く。デュノア社なんて、今や四十院の言いなりみたいなもんですし。元々、あそこは占い師なんですよ」

「ウラナイ?」

「えーっと、シジュウインってのは四つの獣の印って意味なんですよ、元々。四獣印は紀元前に大陸から渡ってきた星読みの一族で……って関係ないか。そういう意味で昔から先見の明を持った一族とでも言えば良いんでしょうか。未来を予測するのが得意な人たちなんです」

「未来を予測……そうとしか言えないぐらいわね、確かに」

「世間じゃ四十院がとうとう篠ノ之束まで抑えたのかって言われてますけど」

「実際は逆よね。世界は篠ノ之束に反旗を翻したがってる。たった一人の若い女性に、世界は変えられたのだし」

「企業側は四十院総司に接触を持ちたがっていて、各国の軍隊は四十院を敵視し始めてるなんて」

 やれやれと肩を竦める。

 沙良色悠美は日本の旧家の出であり、今でこそアイドル兼ISパイロットを務めているが、本来は諜報関係にも強い家柄だ。本人の性格上、全く向いていないので誰も当主に担ぎあげたりはしないのだが。

 それでも悠美はある程度の情報網を家の方で抱えている。これは本家である更識家との連携で十年前より強化されていた。なので立場上、色々と情報が手に入る。

「でも、誰がトスカーナなんてものが担ぎ出してきたの?」

 トスカーナは一部の関係者が使う亡国機業を意味する隠語だ。トスカーナはイタリア中部のフィレンツェを中心とした地域の名称だが、ここでは十九世紀頃に亡くなった北イタリア地方の国家で、大富豪メディチ家により作られたトスカーナ大公国の方から来ている。

「ちょ、ナターシャさん、ここじゃそれは」

「いいじゃない。大体みんな、知ってるわよ。トスカーナでわからない人は最初から何の話か理解できないでしょうけど。結局のところ、いつのまにかアラスカと四十院が決別してるわけよね」

「いいえ、それは違います」

「どういうことかしら?」

「アラスカ条約機構は、本当は四十院総司、つまり今の副理事長が篠ノ之束を連れてくることが出来るとは、思っていなかったんです」

「つまり?」

「四十院総司から出たIS学園の新人事を選出させろという話に、アラスカ条約機構側が出した条件が、新理事長が相応しい人物かどうかをアラスカ側で見極めるということだったのです」

「なるほど。つまり誰を持ってこようとアラスカ側は四十院総司の提案を蹴ることが出来たはずだった。だけど、連れてきた人物が」

「文句のつけようがないほどの、ISの第一人者だった」

 ナターシャが紙コップの中のコーヒーへと視線を落とす。彼女なりに愛機の暴走事件を通じて、新理事長である篠ノ之束について思うところがある。

「四十院の財力や権力を使って、IS学園側の勢力を追い出したまでは良かったんだけど、四十院に牛耳られるわけにもいかなかったってことかしら」

「だから、アラスカ条約機構の人たちは焦ってるんです。このままじゃ本当にIS業界が四十院に乗っ取られてしまうって。なにせ世界最高の技術を持った女性ですから」

「それに四十院は元々、部品メーカーとして各国とは伝手があったし技術力も高かった。それに」

 意味ありげにナターシャが言葉を止めると、悠美は少し表情を崩して笑い、

「ええ。ISの最高速度がマッハ3を超えた件ですね」

 と続きを返した。

「世間の流行りが、あの隕石落下事件で変わってしまった。それと第四世代の登場に伴い、第三世代の開発を一時中止する国が増え始めた」

「より速い機体で遠くから近づいて、防衛体制を整えられる前に重要拠点を一気に制圧する方向へと変わっていきましたからね。今や各国が第二世代機に強力な推進翼をつけることに躍起になってますし」

「防衛する側も、そのスピードに対応しなくてはいけないのよね。これもISの数が限られてるから、全ての基地や拠点に充分な数のISを配置することが出来ないわけだし」

 ため息を吐いたナターシャを見て、

「まさか音速どころかマッハ3まで超える子が出てきちゃうなんて、困りものですよね」

 と悠美が苦笑いを浮かべる。

「全くよね。ISの腕に関しては、見どころがそんなにある方だとは思わなかったけれど、その一点だけで世界を変えちゃうなんて」

 二人ともが同じ少年の顔を思い出して、笑い合う。

 だがナターシャはすぐに真剣な表情に戻った。

「しかし、そうなると四十院総司という男が、最初から全て仕組んでいたんじゃないか、という気分になるわね」

「と言いますと?」

「だって、織斑君だったかしら。あの子の専用機は、クラモチで扱いに困ってた機体なわけでしょう?」

「噂の第四世代機、白式ですね。私もそう聞いています」

「別に四十院はテンペスタ・ホークの扱いに困っていたわけじゃないのよ」

「……言われてみればそうですね。部品メーカーとして顧客を抱えていた四十院が、二つしかないコアを貸し出す必要なんてなかったはずです」

「少し妄想が入るような話だけれど、もしもよ、ユミ」

「はい」

「IS学園の新副理事長は、自分が今の立場にのし上がるために、最初から準備をしていたとしたら?」

 相手の言葉に、悠美が美しいカーブを描く眉を歪めた。

「最初とは、どこからでしょうか」

「テンペスタ・ホークの開発時点からよ。世間は第三世代機に湧いているところに、四十院はずっと推進翼だけを作り続けていたのよ。あそこの技術力から考えたら、おかしいじゃない?」

「四十院製のテスト機であるテンペスタⅡ・リベラーレの話ですね。それまで他の欧州コンペ機同様に技術的欠点を多く抱えていたはずのテンペスタⅡが、なぜか完成に近い形で現れた」

「それだけ技術力の高いメーカーだから、最初からIS界の最高速度を塗り替えるのを狙っていたんじゃないか、と思ってしまうのも無理ないわ」

 ナターシャの話を悠美は反芻する。

 確かに四十院は不審な点が多いと思っている。

 だが、それに気付いたのもつい最近の話であり、彼女の元来の所属である日本の裏側を牛耳る名家・更識家ですら、その動きに気付いていなかった。むしろ、四十院を信用し盟友ぐらいに思っていた節がある。

「で、日本のサラシキに聞きたいのだけど」

「な、なんでしょう?」

 急に改まった雰囲気で聞かれて、悠美は緊張した様子で唾を飲み込む。

「日本はどういうつもりなのかしら? ヨウ君のこと」

 美貌の白人パイロットは表情こそ微笑んでいるものの、瞳の奥が全く笑っていなかった。これが米軍のエースか、と悠美の背筋に寒いものが走る。

「おそらく、ですけど、二瀬野君の処遇に困った一部の官僚辺りが、他に黙ってどこかに搬送したのでしょう」

「元々、ヨウ君の国籍を米国に変える予定で動いてたのだけど?」

「か、考えるに、日本の手元に置いて、手駒の一つにしたいという目論見があったんじゃないかなぁって。ほ、ほら、日本政府って今の世界の動きに置いてきぼりになってきてて……ですね、それで」

 自分が悪いことをしたわけではないのに、相手からの圧力で思わず腰が引けてしまう。

 悠美は冷や汗を垂らしていた。柔らかい母性溢れる物腰に見えていたが、内心では、それこそ子供を取られた母親のように怒り狂っているようだったからだ。

 悠美自身も二瀬野鷹という少年が、かなりのお気に入りだ。

 メテオブレイカー作戦のときに、当時は自衛隊員だった悠美たちが為さなければならなかったことを、身を犠牲にして助けてもらったという恩もある。それに加えて、ちょっと拗ねた感じの人柄も悠美にとっては新鮮だった。彼女もまた母性が強いタイプである。

 そして目の前のナターシャ・ファイルスも同様の感情を持っているようだ。

「せっかくアメリカまで連れて帰るつもりでここまで来たっていうのに」

 ミシッと音を立ててテーブルが軋む。

「いやちょっと待ってください」

「何かしら?」

 空になっていた紙コップが、ナターシャに握りつぶされる。

「うわー……この人、超怒ってるよ。えっとそうじゃなくて、おそらくは米国からの引き渡し要求が後押しになったんではないかと」

「あら、日本政府にアメリカからの要求を跳ね除けるような強さがあったのかしら」

「ま、まあ一応いるんですよ。アメリカに従ってばかりじゃ嫌って人も。本人たちは強かに立ち回ってるつもりなんでしょうけど」

「困ったものね。別に他のことなら良いのだけど、一人の男の子よ。それを手籠めにしようだなんて」

「手籠めじゃなくて、手駒です。チェスとかで使う方です」

 それじゃあ違う意味じゃないと思った悠美だったが、目の前の女性は、二瀬野鷹をある意味、手籠めにしようとしているのかもしれないと思い直した。

「で、悠美はヨウ君がどこの誰が首謀者か、検討はついてるの?」

「おそらくはIS学園とも、このFEFIS(極東飛行試験IS部隊)とも関係がない一部の官僚だと思います。ただ、ですね」

「ただ?」

「何でここまで執拗に隠しているのかが、わからないんですよ」

「バレてはマズいから隠している、というわけではないのね」

「正直、日本政府がヨウ君の行った先をここまで厳密に隠している理由がわからないんです。ヨウ君関連で、何か非常にマズい秘密を抱えているのかもしれません」

 ナターシャが腕を組んで、ふむと一つ考え込む。何か気付いたようだったが、口を開かずに手元の端末をいくつか操作し始めた。

「どうしたんですか?」

「少しね。定時連絡を。連れ去った連中はわかってるの?」

「帝国海軍の艦隊派から続く自衛隊内での軍閥じゃないかなって話です。昔から強硬派ですし、今の流れに置いていかれている強迫観念でもあったんでしょう」

「了解したわ。こっちも報告して、全力で探させてもらうから」

「え?」

「ステイツに対して舐めた真似をしたらどうなるか、思い知らせてやらないとね」

 金髪と豊かな肉体を士官服に包んだ女性が、目を細めて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 緑色のルノリウムの床の上を、右手一本で車椅子のハンドリムを回して進む。自走式の車椅子は両方のタイヤを均等に回さなければ真っ直ぐ進まない。つまり右手一本しかないオレでは、直進することがかなり難しい。壁に車体をぶつけながらゆっくりと進んでいくしか方法が思いつかなかった。

 汗が止まらないぐらい疲れる労働だが、あと三十メートルほど進まなければ、あてがわれた自室へ辿りつけない。ISを展開して歩いていきたいところだが、バレたら、またあの折檻が待っていやがる。

 ここは関東のどっかにある遺伝子強化試験体研究所。名前から推測するに、ラウラが生まれた施設に関連する場所か。

 幅四メートルぐらいの廊下の右側を前進していると、反対側から白衣のオッサンやオバサンが歩いてきた。一人はあのドクターとかいうヤツだ。他の人間もどうやら日本人っぽくない。

 何か話しかけられても厄介だ。無視して自室に戻ろう。

 そう思いながらすれ違った瞬間、白衣のオッサンが、車椅子のオレの前に立って、前蹴りを腹に食らわしてきた。

 悲鳴さえ上げられず、オレは後ろ向きに車椅子ごと倒れた。

「おやおや、シカトしてるんじゃないよ」

 今度はドクターがオレの胸にパンプスを乗せて、体重をかけてくる。

「き……づかなかったんだよ」

「私たちスタッフが通れば、道を譲って頭を下げろと教えられただろう?」

 さらに大きく体を圧し掛かられ、呻き以外何も出ない。

「返事も出来ないのかい? アジアの子ザルは頭がおかしいんじゃないかねえ」

「んだと……てめえ」

「おやおや、まだそんな口が聞こえるのかい? 押しちゃうよ? 爆弾のボタン」

 右手一本で何とか足を押しのけようとしていると、オッサンの方がオレの横に立ち、思いっきり横っ腹にトゥーキックを食らわせた。

 呼吸が止まる。

「がはっ……ゴホッ、ぐ」

 痛てぇ……超イテェ……よ、なんだこりゃ。

 腹を抱えて、廊下の上をのたうち回る。

「ほら、さっさと自分の犬小屋に戻りな。明日は色々と検査をさせてもらうよ」

 最後にもう一発、腹に蹴りを食らわせてから、二人が去って行く。さも愉快気に嘲笑を上げていた。

 立ち上がることも出来ねえ。

 体に力が入らない。

「くそっ」

 呪詛のように呟いても、相手には何にも届かない。

 こんな日々がすでに三日目だ。

 チクショウ。チクショウチクショウ。

 なんだってんだ、これは。躾? ふざけてんじゃねえぞ。

 IS展開して、全員ぶっ殺してやろうか。

 そう思って右手に力を入れた瞬間に、両親の顔が脳裏に思い浮かぶ。

 軟禁状態のオヤジと母さんの近くに爆弾が仕掛けられている。殺そうと思えば一瞬だ。もちろん、ただの脅しだって可能性もある。本当なら二人をバラバラに軟禁した方が良いに決まってるし、その方がオレに対してのストッパーになるからだ。一人殺しても……というところまで考えて、自分の思考に吐き気を催す。何が一人だ。オレにとってはどっちも等しく大事な存在なんだ。

 ……チクショウチクショウチクショウ。

 倒れたまま、蹴られた腹を抑えているオレの上に、ふと影が差す。

 見上げれば、さっきとは別の、中年のスタッフが立っていた。白髪混じりの金髪をオールバックに撫でつけた白人だ。

 そしてこれ見よがしに、足を振り上げて蹴ろうとした。

 思わず小さな悲鳴を上げて、体を丸める。

 しかし、次の虐待が落ちてこない。恐る恐る顔を上げると、その男はオレの顔を覗き込み、バカにしたような笑みを浮かべていた。

「……んだテメエ」

 日本語がわからないのか、軽く肩を竦めた後、大きく楽しそうに笑いながら歩き去って行く。明らかに侮蔑の意味が込められている声だった。

 無様だ。

 たった三日だ。たった三日で、手を振り上げられたり蹴られる真似をされたら、体が硬直して反抗できなくなっている。

 情けないことに、すでに躾という名の調教は、如実に効果が出てきていた。

 クソッ。

 がちゃん、という音がしたので振り向いてみれば、検査着を着た小さな少女が、オレの車椅子を立て直していた。年頃は十歳ぐらいか。黒く長い髪をポニーテールにしている。

「……ん?」

 車椅子を押して、オレの元へと近づいてきた。

「大丈夫?」

 幼い声に聞き覚えがある気がした。

 しかしそれより気になることが一つある。

 目元全体を隠すように、黒い革のマスクがつけられているのだ。これのおかげで丸っきり顔立ちがわからない。空いている口と鼻を見る限り、それなりに可愛い子のような気がするんだが。

「乗れる?」

「悪い、車椅子の背もたれを壁につけてくれ」

「こう?」

「さんきゅ」

 しっかりと壁に固定された車椅子に、右手一本でよじ登る。くそっ、脇腹が超いてぇ。

「押す」

 女の子がオレの車椅子を後ろから押し始める。痩せてるように見えるけど、思ったより力があるな。

「助かる」

「最近、来た?」

 少女は抑揚のない声で、ポツリポツリと喋り始めた。

「ああ……」

「痛そう」

「いてえよ。えっと、お前はずっといるのか?」

「うん」

「痛い思いはしてないか?」

「あんまり。成長に良くないから」

「なるほどね。えーっと、ああ、そこの部屋だ」

「開ける」

 少女がポニーテールを揺らしながら走って、横開きのドアを開けてくれる。

「ありがとな、送ってくれて」

「中まで」

 戻ってきた少女が、オレの車椅子を押してくれた。

 しっかし、ベッドと鉄格子付きの窓一つしかない部屋がホントにあるとは。

 やけに天井が高い部屋をあてがわれたのは、オレがISを展開しても壊れないようにか。

 もっとも、ISを展開する余裕なんてない。両親を人質に取られ、こっちは本気だと脅しをかけられた。今までこの平和な日本なんだから、と調子に乗ってたかもしれないな。

 空気を読んで、とりあえず大人しくしておこうと思ったが、初日から向こうは本気だ。

 いきなりサドッ気たっぷりのメガネのオッサンに殴られるわ蹴られるわ。そもそも論としてオレを二度と表に出す気がないのか、ただの躾なのか。

「ここ?」

「さんきゅ」

 少女が車椅子をベッド横につけてくれたので、よじ登ってから寝転がる。

 くそっ、マジでいてぇ。呼吸がまだ荒い。

 っと、ぶつくさ言う前に。

 オレは起き上ってから、ベッドサイドでオレを見上げている少女の頭を撫でた。

「ホントにありがとな。助かった」

「ありがと?」

 オレの単語を繰り返して小首を傾げる。

「ありがとうだよ。意味がわからないのか?」

「感謝の言葉」

「そうそう。わかってるじゃん」

「ありがとう……ってなに?」

「意味は知ってるのか……」

「感謝、という言葉がわからない」

「……感謝するようなことがねえか、ここじゃ。ありがとうは、んー、まあ他人に何かしてもらって、嬉しいときに言うお礼の言葉、かな?」

「嬉しいとき」

「そう、嬉しいとき」

「ありがとう」

「ん?」

「今、嬉しいから」

「おう」

 全くと言って良いぐらい表情が出にくい女の子なので、いまいち喜怒哀楽が読みづらい。それでも言葉はストレートなのがギャップがあって面白くはある。

「ヨウは、嬉しい?」

「オレ?」

 ここは決して嬉しい環境ではない。先が見えず、罵倒され殴打され火を押し付けられ電流を流される日々だ。

「まあ、お前と会えたのは嬉しいよ」

「私も」

 ナニコレ、ラブコメ?

 でも、こんな場所で幼女と傷を舐め合ってるオレがどうなの……。

「これ」

「ん?」

「気持ち良い」

「どれだ?」

「頭」

「ああ、撫でられるのがか」

 マスクから覗く目を細めて嬉しそうにしているのがわかった。なので、オレはそのまま頭を撫でて続けてやった。

「って、キリねえな。今日はここまでな」

 最後にポンと軽く頭を叩いてやると、少女は神妙な顔で小さく頷いた。

「オレは二瀬野鷹。ヨウでいいぞ。それかお兄さんでも大丈夫だ」

「お兄さん……」

「お前の名前は?」

「私? 私の名前は……確か」

 少女が小首を傾げて少し考えた後、

「エスツー」

「S2? 変わった名前だな」

「ヨウも変な名前」

「いや呼び方は普通だと思うが……。まあ普通がわからないのか」

 何せ頭を撫でられたことがないという女の子だ。

「それじゃあ、よろしくな、エスツー」

 そう言って、もう一回だけその黒髪を撫でてやった。絹糸のような柔らかい髪が、オレの指の間を流れる。

 このマスクをつけた少女との出会いが、オレにとって一つの大きな転機だったと、かなり後になって気付くことになる。

 

 

 

 

 

「極東に強襲揚陸艇が二艇……これは米軍か」

「なかなか豪気なことだね、あそこも」

 ここはIS学園の電算室だ。無数の小型ホログラムディスプレイが光る暗い部屋で、いくつものスーパーコンピュータによって制御されているIS学園の中枢システムをコントロール出来る場所である。

 生徒たちが使うことはなく、基本は教員のみしか触れることはない。それも遠隔で操作できるので、電算室に足を運ぶ人間など皆無と言えた。

 そんな人気の少ない場所で、男二人が一つの液晶モニタを同時に覗き込んでいた。

「資材や建材関連の搬入はどうだい?」

「追加分はなるべく秘密裏に行ってはいるがな。そのせいで少し遅れが出来ている。しかし出来るのか、あんなことが」

 鍛えられた骨太な体躯を伸ばしているのは、岸原大輔という男だった。元々は航空自衛隊の一佐であったが、夏の初めに退職し今はIS学園に所属している。

「何せ新理事長はとんでもない科学力だからね。設計図通りに作ればおそらく。OSはISコアが代わりに行うみたいだし」

 白衣を着た線の細い柔らかな物腰の男の名は、国津幹久。先日まで四十院研究所の主席研究員だった人間だ。今はIS学園開発局に籍を置いている。

「つくづく、恐ろしいもんだな、ISってのは」

「怖いのはコアさ」

「幹久、大丈夫なのか、シジュは」

「シジュのことだから、如才ないとは思うけどね、岸原こそどうなんだい?」

「指示系統の練り直しは終わった。今までは専用機持ちだけが表に出ていれば良かったが、これからは機体の数だけは大量にあるのだ」

「ああ、機動風紀とかいう」

「女の子にしちゃあ骨のある連中だよ。戦術訓練を行っても、こっちの話をバカにすることなく、しっかり聞いている。今時、珍しいぞ。それにあの風紀委員長」

「えっと、ルカ早乙女君だっけ。スイス傭兵の家柄らしいよね。適正も高いし。でも、極東IS部隊の動きが気になるね。ナターシャ中尉まで来るとは」

「彼女だけではないぞ。続々と戦力が集まってきている。アメリカを中心にアラスカ条約加盟国が続々と戦力を送りつけている。体の良い実験場だ」

「それより岸原、あの話、聞いたかい?」

「何の話だ?」

「アラスカ条約のIS軍事利用協定の破棄」

「……本当か?」

「知り合いの伝手でね。ISを軍事行動に使わないっていう協定を破棄する可能性が高くなっているそうだ。ただ、協定撤廃に関しては抵抗する勢力も多いから、何かトリガーがないとね」

「きっかけか。しかしそれがあれば、一気に戦争まで進む可能性があるってことか……シジュはこれも見越してたのかね」

 岸原がやれやれと首の骨を鳴らす。

「彼の先見の明は大したものだよ。まさか、二瀬野君に専用機を渡したときから、全て始まってたなんてね」

 国津は肩を竦めて苦笑した。

「いやいや、それよりもっと前かもしれんな」

「大学のときは、ボーっとしてるときが多かったのにねえ。夢想家の類が権力と実行力を持ったら、こうなるのかも」

「仮にも財閥の御曹司だからな。しかし、お前のところの細君は何も言ってこないのかい?」

「彼女は冷めたものだよ。好きにしたら、とさ」

「あの人もあれで、どこか浮世離れしたところがあるからな。元々はシジュの遠戚だったか。それよりルシファーは?」

「もう完成するよ。コアが手に入ったからね。洗浄済さ」

「超高火力支援機体か」

「支援どころか、前線ごと焼き払うかもしれないけどね。BTからパルスレーザーまで何でもござれに、マルチプルロック搭載さ。機動力は第二世代初期型以下だけど」

「誰が乗るんだ?」

「それはわかんないね。シジュはシャルロット・デュノアかラウラ・ボーデヴィッヒに渡したいみたいだけど、BT適正次第かなあ」

「恐ろしい時代だな……あともう一点。バアル・ゼブルを完成させたのは誰だ?」

「わからない。シジュが裏で、と思ったらしいけど」

「……もう一勢力噛んでくるかもしれんってことか。亡国機業と組んだ国際IS委員会、それにIS学園側か。本音を言えば昔に戻りたいぞ俺は」

「まったくだよ。僕だって大学のときみたいに、飛行機作ることだけ考えていたときに戻りたいさ」

「四人でダラダラとしてたときの方が幸せだったな」

「ま、男同士の約束さ。空の奪還計画だろ」

「仕方ない、と割り切れないところが俺の弱さかねえ」

 ボリボリと頭を掻きながら、岸原がため息を吐いた。

「ボヤかないボヤかない。理子ちゃんに怒鳴られてもやり通すんだろ?」

「アイツはあれで心配しているからな。だがまあ、やるしかないだろう。あの子たちのためにも」

「そうだね。僕も玲美のために」

「では、職務に戻る」

 笑いながら敬礼して、岸原が電算室の出入り口へと向かう。

 だが、その途中で立ち止まり、

「……戦争か」

 と重苦しい吐息とともに呟いた。

「おや生粋の軍人としては、嬉しい事態なんじゃないのかい」

「幹久……失言だぞ。平和を求めるのが軍人だ。それこそ、騒乱を求めるのが科学者じゃないのか」

「そっちこそ失言だね。でも、分野や目的によるよ。どのみち、誰かがトリガーを引かなければ、始まらないさ」

「さっきも言ってたトリガーか。誰が引くと思う? 四十院総司か、極東IS部隊か、それともあの偽物か」

「あるいは……二瀬野君か」

「……かもしれないな。じゃあな、頑張れよ、そっちも」

「そっちも頑張ってくれ」

 それを見送ってから、国津はケータイを取り出して画面に一枚の写真を映し出す。彼らが大学生の頃に取った写真で、若いころの四十院総司、岸原大輔、それに自分の妻が写っていた。

 国津は優しい外見とは裏腹に、義理堅いと評判の男だった。だが四十院総司の企みに協力しているのには、義理だけではなく他にも色々と理由がある。

 その中でも大きな理由は、単なる意地だった。

 大学の頃の妻が、四十院総司に惹かれていたことも知っていた。今は自分を愛してくれていると言う妻だが、それだけに自分が四十院総司に引けを取らない人間だと示さなければ、自我が保てない。ゆえにいつまでも四十院総司の背中を追いかけていた。

 国津幹久の知る四十院総司は、結婚するまではただの金持ちのお坊ちゃんだった。だが子供が生まれてしばらく経ったぐらいから、急にその頭角を現してきた。

 娘たちに良いところを見せたいだけだ、という笑う男は、恐るべき才覚でIS業界のトップに躍り出ていた。

 負けるわけにはいかない。自分が自分であるために。

 

 

 

 

 

 四日目。今日も今日とて実験動物だ。殴られたり蹴られたりした回数は、もう覚えきれないぐらいになった。

 ここでのオレの正式呼称は遺伝子提供検体M1らしい。

「ほらM1、検査が終わったなら、さっさと帰りな」

 ドクターに車椅子を軽く蹴り飛ばされ、オレは無言で車椅子を動かす。

「ああそれとエスツーと仲良くするのは構わんが、マスクは取るなよ。いいかい、躾するのも面倒なんだから」

 そう言って、手に持ったコーヒーカップをオレへとぶちまけた。

 ぬるくなっていたので火傷の心配はないが、それでも屈辱感がハンパない。

「失礼します」

 なんとか絞り出すように言って、オレはタイヤを回して検査室を後にする。

 

 

 

 

 

「資材の量?」

 IS学園の第二グラウンドで自主練習に励んでいた鈴は、模擬戦の相手をしていたセシリアの言葉に眉間を歪ませた。

「ええ、資材の量ですわ」

 ブルーティアーズが肩にライフルを担いだ。

「なにそれどういうこと?」

「わたくしの家が関連している企業に、IS学園から大量発注がありましたの」

「IS関連の会社?」

 鈴はISを解除してから、グラウンドの端に置いてあったドリンクを手に取る。

「いいえ、違いますわ。少し特殊な建材を取り扱っている会社でして」

「建材ねえ。IS学園って何か新しい施設作ってたっけ?」

 自分が飲んだあと、鈴がセシリアに差し出す。ISを解除しながら首を横に振って辞退し、セシリアは自分のタオルを首にかけた。

 二人は並んでグラウンドに接続された通路へと入る。目指す先は更衣室だ。

「もちろん、そんな話はありませんわ。それで気になりまして、少し調べておりましたの。すると」

「シッ!」

 鈴がセシリアの言葉を遮る。通路の向こう側から、目元を隠すバイザーをつけた青紫に染め上げた制服の集団が歩いてくる。機動風紀と呼ばれている、新設の委員会だった。何でも理事長直下の部隊らしいとセシリアも鈴も聞き及んでいた。

 すれ違うとき、その中の一人が、通路の端に避けた二人に、

「練習は終わりましたか? よろしければ、私と一戦行いませんか?」

 と声をかけてきた。

「結構ですわ、機動風紀の先輩方。申し出は光栄ですが、わたくしたちは今しがた、訓練を終えたところですので」

 セシリアが丁寧な口調と冷たい声で断る。

「残念です。一年の専用機持ちの実力を知っておきたかったんですけどね」

 一瞬たりとも笑わずに、足を止めていた集団が去っていった。

 その姿が見えなくなったのを確認した後、鈴は、

「何なのよ、急に偉そうにしちゃって」

 と悪態を吐いた。

「仕方ありませんわ。相手は理事長直下ですもの」

「ねえ、あの話ホントなの? 専用機が配られるって」

「生徒会長が副理事長から聞いた話ですわ。おそらく本当かと」

「ったく。調子に乗っちゃってまあ。ISに操られる人間ってのはどうなのよ」

「言っても仕方ありませんわ。本人たちは、あれが本物だとしか思っていませんもの」

 揃って大きなため息を吐いてから、鈴とセシリアは再び通路を歩き始めた。

「そんなことより鈴さん」

「なに?」

「鈴さんだけに、先にお話をしておきますわ」

「なによ改まって、気持ち悪い」

「わたくしはIS学園を離れることになりそうです」

「はぁ!?」

 鈴は驚いて足を止める。

「申し訳ありませんが、一組のクラス代表をお願いいたします」

 現在のIS学園の一年は、その半数が極東IS部隊の訓練校に転校したため、二つのクラスを一つにまとめて運営されていた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、どういうことよ?」

「本国から打診がありましたわ」

「……断れないってこと?」

 鈴もセシリア同様に一国の機体を預かる代表候補生で専用機持ちだ。本国からの打診の意味はよく理解できる。

「残念ながら。実は夏休みに帰省したとき、何度も言われていましたの。ですが、今回が最終通告だと」

 自分から視線を逸らすセシリアの顔が、本当に申し訳なさそうで、鈴はそれ以上何も言えずにそっぽを向いた。

「ったく」

「こんなときに……とはわかっておりますが」

「別に、アンタなんかいなくても大丈夫よ。元々、クラス代表にはアタシの方が相応しかったんだし」

 笑いながら言う鈴に、セシリアは神妙な顔つきで、

「申し訳ありません」

 と謝罪を告げてくる。

 普段ならムキになって言い返してくるはずのセシリアが、しおらしく頭を下げたので、調子の狂った鈴は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「はいはい、りょーかいしたわ。ま、アタシに任しておきなさいよ。ほら」

 鈴が軽く拳を前に突き出したが、セシリアは意味がわからず小首を傾げる。

「なんですの?」

「意味はないわよ。拳を軽くあわせんのよ、こういうときは」

「はぁ……」

 鈴の言葉に困惑した顔を浮かべながらも、セシリアは恐る恐る手を伸ばす。

 コツンと二つの小さな拳がぶつかった。

「ま、せいぜい頑張りなさいよ、セシリア・オルコット」

「貴方こそ、あのクセの強い一組の方々に振り回されないよう、お気をつけ遊ばせ。ファン・リンインさん」

 数秒ほど見つめ合ったあと、それ以上喋らずに二人はまた並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 ここに来て五日目。

 検査と称した虐待だろこれは。

「こんぐらいで死にゃしないよ」

「注射下手すぎん……ぞ、クソが」

「というか、何で生きてるんだか。アンタ、ホントに人間かい?」

 ドクターの診察室で触診を受けたあと、ぶっとい注射針を刺され、血を大量に採取されていた。

「採血なんて手首切ったって出来るんだ。あんたらIS乗りはいざとなれば絶対防御があるんだし、大丈夫さね」

 もちろん、針跡のケアなんてものはない。消毒液の中身を頭からぶっかけられ、

「ほら、綺麗になったろ」

 と笑われるだけだ。反抗しても無駄だとわかってきたオレは、黙ってされるがままになっていた。

 それを見たドクターがつまらなそうな顔になる。

「ったく、意味わかんない生き物だね、あんたは。ほら、さっさと出て行きな」

 ガンと車椅子を蹴り飛ばされ、ムカついて睨み返すが、今度は手に持ったビンを投げつけられる。見事に頭にヒットして、眉間に切り傷が出来た。

 ドクターはそれ以上、何も喋らず机に向かって作業を始める。

 新しく出来た傷にアルコール液が沁みて痛むが、右手一本しかないオレでは、車椅子を動かしながら頭を押さえたり出来ない。

 右の車輪を少し動かし、すぐに反対側を回す。右手一本じゃ、そういうやり方でヨロヨロとしか進めない。

 ドアを開けて外に出れば、廊下にはエスツーが壁にもたれかかってオレを待っていた。

「終わった?」

「ああ」

「びしょぬれ」

「おう」

「押す」

「助かる」

 エタノールまみれになった髪をかき上げて、背もたれに体を預けた。ゆっくりと車椅子が動き始める。

「体」

「ん?」

「どうしたの?」

「どれの話だ?」

「あなたには膝から下と左腕がない」

「お前にゃ、ちゃんとあるな。まあ、色々と事情があるわけだ」

「そう」

「興味なしかよ」

「あるけど、聞かない」

「いい子だ。あとで頭撫でてやるからな」

「……うん」

 少しだけ声が弾んだようになっていた。

 ここに来て五日目。すでにオレの体のあちこちに青あざがついていた。無事な個所を探す方が無理なくらいだ。検査着から見える場所に跡が残っていないのは、そういう規則だからか。

 もっとも、体より心の摩耗が激しい。

 何かあれば殴られ蹴られ、なぎ倒されて、嘲笑と罵声が飛び交う。

 たかだかハイティーン程度のメンタルしかないオレの精神では、限界に近い。

「ついた」

 いつのまにか、自室の前まで運ばれていたようだ。そもそも、この研究所は世から隠れているためか、そんなに大きくない。おそらく都心のどっかにあるビルをまるまる一階だけ貸し切ってる形だ。

 エスツーが甲斐甲斐しくドアを開けて、オレをベッドの側まで送ってくれる。

 一昨日出会ってから昨日今日と、この子はオレの用事が終わるまで待ってくれて、自室のベッド横まで車椅子を押してくれていた。

 多くは語らない少女であれど、優しくしてくれるのは、かなりありがたいことだった。今のオレには、この少女と過ごす時間だけが癒しだ。

 同時に、この子がなんで、こんな場所にいるのかという疑問が大きくなっていく。

 あと、この妙に記憶に引っかかる違和感は何だ。オレはこいつをどっかで見たことあんのか?

「どうしたの?」

 革の仮面をつけた少女が小首を傾げる。

「いや、何でもねえよ。今日もありがとうな」

 軽く頭を撫でてから、ベッドに右手一本でよじ登る。

 体が少しスースーとするが、エタノールは元々揮発性が高いし、もうほとんど残っていなさそうだ。

「ん」

 エスツーの声がしたので振り向いてみれば、頭の上をオレに向けて背伸びをしていた。

「どした?」

「足りない」

「……何が?」

「撫でるの」

 少しだけ不機嫌そうな声色だった。よく見れば、頬が不満げに膨らんでいた。

 確かに今日はちょっとおざなりだったか。

「悪かったな。ほれ」

「うん」

 オレが再び頭を撫でると、小鼻を少し膨らませて、マスクの奥にある目を細めていた。

 短い文節ばかりで喋る妙な子供だが、こういうところは小さなガキそのものだな。

 たっぷり一分ほど撫でてから、オレが右手を下ろす。いつもなら満足して部屋から出ていくんだが、今日はぴょんとジャンプして、オレの横に腰掛けた。

「ふはー」

 なんか妙な息を吐いたぞ。

 足をブラブラとさせながら、ちらちらっと肩越しにオレを見上げたりしている。

「なんかしたいことがあるのか」

「お話」

「お話?」

「ヨウともっとお話したい」

「そういうことか。確かにまだ寝るには早いか。つっても話か」

 子供に聞かせるような話が咄嗟には思いつかない。

「ヨウは、どんな子供だったの?」

「オレ? オレがガキの頃かあ」

 正直、一番話しづらいな。今と大してメンタルも変わってないし。そんな恥ずかしい思い出もねえしな。

 オレが首を傾げて唸っていると、エスツーが靴を脱いで体ごとベットに上ってくる。

「どうしたの?」

「悪いな、面白い話がなくて……」

「別に面白くなくていい」

「おお」

「ん?」

「さっきからセリフが長い」

「むー」

「悪い。からかってるわけじゃないんだ。思いつかなくて」

「あ」

「ん?」

「血」

 エスツーがオレの額を指さした。さっきビンを投げつけられたときに出来た傷だ。痛みは他に比べれば気にならない程度だから、すっかり忘れてた。

「唾つけときゃ治る。それにさっき、消毒を頭からぶっかけられたしな」

「唾?」

「おう」

 エスツーが膝立ちでオレの元へ近づいてくる。

「どした?」

 オレの前髪を上げて、そこに出来た傷へとそっと口づけをした。

「唾つけた」

 それだと違う意味にならねえか、と思ったが、子供相手に説明しても仕方ねえし……。

「ありがとな、エスツー」

 お礼を言って頭を撫でると、エスツーは今まで見せたことのない、確かな笑みを見せた。

 オレは、こいつをどこで見たんだろうか。

 顔につけたマスクのせいか、思い出せそうで思い出せない。

 ただ、一つだけ決意したことがある。もしオレがここを出ることがあれば、必ずこいつを一緒に連れ出そうと。

 

 

 

 

 

「ん……コアネットワーク……? 直通?」

 ISから送られてくるコール音で、織斑一夏は目を覚ました。寝ぼけ眼でISを操作し、回線を開く。

『一夏、手短に行くぞ』

「ヨウか……? どうした、これはなるべく使わないんじゃ」

 体を起こして時計を見れば、まだ夜中の三時だ。

『悪いがオレの親を助けてくれ。以上だ』

「おい、ちょっと待て、どうした!? ……繋がんねえ」

 一方的に話を切られ、一夏は首を傾げて考え込む。

 半分寝ている頭を起こすために立ち上がり、顔を洗って軽くストレッチをする。

 それからベッドサイドに置いていた一夏は自分の携帯端末から、一つの番号に連絡を始めた。

「ヒア・シュブヒリト・イチカ。リア?」

『Hier、一夏、どうしたの?』

「夜遅くに悪いな。ヨウがどこにいるか知ってるか?」

『ヨウ? 病院にいるんじゃないの? ……ああ。そういえばユミさんが何か騒いでたのは、その件かな』

「ちょっと気になることがあるんだ。何か変わったことがあったら、教えてくれ。っていうか起きてたのか」

『最初に聞くべき事柄だったわね、それ。最近、ちょっと忙しくて。ま、機密事項だから話せないけど』

「そっか。無理すんなよ」

『そっちこそ。それじゃね』

「グーテ・ナハト」

 ドイツ語での電話を切ってから、ため息を吐く。声の調子から言って本当に何も知らないようだと確信していた。

「千冬姉、出るかな?」

 タッチパネルを操作して、電話帳の一番最初にある番号をコールし始める。

『なんだ?』

「いきなり何だはないだろ千冬姉。今、どこにいるんだ?」

『今は忙しい。用事があるなら、また明日、いや今日か。今日の夕方ぐらいにかけろ』

「もしかして、ヨウの件?」

『……どうした、連絡があったのか?』

「やっぱりそれか。アイツから連絡があって、親を助けてくれって……どういうことだ?」

『どこかに連れていかれた。外部の病院にしばらく検査入院ということだが、どうにもきな臭くてな。色々と手を回しているところだ』

「そうか……」

『しかし親か。なるほどな』

「何かマズイ事態だよな……アイツがこうもストレートにお願いしてくるなんて」

『お前がそう思うなら、本当にマズいんだろうな。こちらも、もう少し探ってみる。お前はそこそこにして寝ろ』

「わかってるよ。千冬姉も無理すんなよ」

『お前に心配されるようでは、私も落ちたもんだな』

「俺はいつだって千冬姉を心配してるよ……」

『他人の心配など、もう少し大人になってからしろ。ではな』

 最後は早口でまくしたてられ、一方的に回線を切られる。

 本当に忙しかったのか、と申し訳ない気分になりながらも、次の番号をコールし始めた。

『もしもしー……ふぁあ……なぁに、一夏君、夜這いのお誘い?』

「電話かけてるんだから、違いますよ……更識さん、二瀬野鷹の行方を知っていますか?」

『ん? どうしたの?』

 それまでの気だるい雰囲気から一転して、更識楯無の声音が鋭いものに変わる。

「気になる電話がありまして。知らないなら……申し訳ないですけど、ちょっと調べてもらえませんか? 確かそういうのも詳しいんですよね?」

『お家柄ね。ああ、分家が騒いでたって、この件か……ちょっと色々と探してみる。用件はそれだけ? そっちに行こうか?』

「え? いや、夜中ですし」

『いやね、夜中だからこそよ。もう、一夏君ってば』

「だから夜這いのお誘いじゃないですって……」

『あら、私は夜這いなんてハシタナイ単語使ってないけれど?』

「思いっきり言ってたじゃないですか。えっと、申し訳ないけど、よろしくお願いします」

『うん、わかったわ。任せておいて』

 大きくため息を吐いた瞬間に、小さな欠伸が出た。

 もう伝手はないか、と一夏は考えてみたが、織斑一夏の色々な情報の基盤は、主に欧州の方である。日本人として日本で育ったとはいえ、日本にいたときは普通の学生だったので、同級生ぐらいしか縁がない。

 それでも何か思いつかないかと、端末の電話帳をグルグルとスクロールしていた。

 その中で、一つの名前が目に止まった。さきほどコアネットワークで連絡をしてきた二瀬野鷹の名前だ。

 短い言葉でも助けを求めてきただけ凄い進歩だな、と不謹慎とは思いながらも一夏は微笑んでしまった。

 しかしすぐに顔を引き締めて、部屋に備え付けてある冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して喉に流し込む。

 彼はもう眠る気はない。

 やらなければならないことが出来たのだ。どのみち、最近の彼は五時には起床していることが多い。あと二時間程度なら一緒だ、とペットボトルをキッチンに置いて、一夏はシャワールームへと向かった。

 

 

 

 

「ママ、まだ終わらないの? もう六日も経ってるんだけど」

 青い空と海の間、四十院研究所の海上ラボのヘリポートで、国津玲美はISの右腕部装甲だけを装着し、その指先を順番に何度も動かしていた。装甲の隙間からは何本もの配線が伸びていて、周囲にある長机に置かれた計測器と繋がっていた。

「二瀬野君には連絡しているから大丈夫よ。頑張ってこいって言ってたわ」

「……なら良いんだけど」

 釈然としない顔で、玲美は母親をジッと見つめる。

「玲美、右手一番から五番まで再チェック」

 ママと呼ばれた女性はタブレット端末を片手に、タッチペンを指揮棒のように動かして娘に指示を出し、サングラスをかけ直した。

「えー……もう二十四回目なんだけど」

「フィードバックのスピードがコンマ3遅れてる。ホーク本来の性能まで達していないわ。やり直しよ。それにしても暑いわね。もう九月だっていうのに」

「うえー……日焼けしちゃう……中じゃダメなの?」

「文句言わない。終わったら歩行に入るんだから、この方が良いの」

「ママはパラソルの下なのに」

 四十院研究所の所長代理は、計測器の側に、大きなパラソルを設置し、ビーチチェアーに座ってトロピカルジュースを飲んでいた。白衣の下はタンクトップにホットパンツというラフなスタイルだ。その容姿はとても十五歳の娘を持つ母親には見えない。

「それぐらいで染みが出来るような肌じゃないから心配しないの。今度は少し日焼けして、ISスーツのあとをチラリと見せれば二瀬野君も喜ぶわよ。ほらスタート」

「訓練校休んで何しろって言うかと思えば、海上ラボにこもりっぱなしなんて……」

「玲美」

「はいはいはいはい! わかりました!」

 青いISスーツを身につけた少女はやけっぱちに返事をしてから、伸ばした右腕部装甲の先にある指を順番に動かす。

 それを眺めていた所長代理の眉がピクリと動いた。

「玲美」

「ママ、接近警報!」

「ええ」

 玲美が部分展開のまま身構えて、上空を見つめる。

「速度マッハ4……!? 来る!」

 娘は咄嗟に母を庇うように抱きしめた。二人の視線の先、上空500メートルを青紫の飛行物体が通り過ぎて行く。

 音速を超えたときに出る衝撃波がパラソルやテーブルをなぎ倒していった。トロピカルジュースのグラスが地面に落ちて中身がぶちまけられる。

 その影響が無くなったのを確認して、二人は立ち上がった。

「行ったわね。まったく」

 白衣を叩きながら、所長代理が立ち上がる。

「ISなのかな、今の」

「コア反応は?」

「あったよ」

「じゃあISでしょ。形状に一定の規則があるわけでもないし、人が乗らなくてもISなら、その定義はISコアを使った兵装群としか言いようがないわ」

 四十院研究所の現主席研究者であり、所長代理でもある彼女は、もちろん無人機の存在を知っていた。

「でも……人が入らないんじゃないかな、あれ。飛行機型っていうか三角形っていうか。脚部装甲もなかったし」

「だったら無人機なんでしょう。そして無人機ということは、IS学園製の機体よ、おそらくね」

 テーブルとイスとパラソルを立て直し、ヘリポートに転がるグラスを拾い上げる。

「ママ、どこ行くの?」

「とりあえず極東IS部隊に連絡してくるわ。あと、これのおかわり」

「はーい。理子とかぐちゃんによろしくね」

「さっさと続き済ませておきなさい」

「はーい……」

 げんなりとした様子の娘を置いて、国津所長代理は海上ラボの中へ続く階段を下りていく。

「マルアハ級二型か。とうとう動き出したのね、紅椿。ここを偵察に来たのかしら」

 独り言のように呟いてから、サングラスを外してシャツの胸元に引っかけた。

 そしてポケットから携帯電話を取り出してコールを始める。

「もしもしミューゼル? 何か飛んでるわよ。捕捉してる? 行き先は……そう、まだ見つけてないのね。コアネットワークは使わないよう気をつけてね。傍受されるわよ」

 

 

 

 

 

「遺伝子強化試験体研究所?」

「ああ」

 二瀬野鷹から織斑一夏へ連絡があってから十七時間ほど経過していた。

 一夏の自室を尋ねてきたラウラ・ボーデヴィッヒから聞いた言葉は、聞き慣れない単語の羅列だった。

「私がデザイナーズ・チャイルドだという話はしたな?」

 ここはIS学園一年専用寮の端っこにある1025室。かつて二瀬野鷹が住んでいて、今は織斑一夏のみとなった部屋だ。

「ああ。フランスのときに聞いた。それがさっきの何とか研究所の話か?」

 同じ形状の黒い眼帯を左眼につけた二人が向かい合う。ラウラはベッドに座り、一夏は机に向かっていた。つい今まで、欧州の知り合いと情報収集のためにメールのやりとりをしていたところだった。

「とっくに解体されたと思っていたんだがな。旧東ドイツの軍需産業の流れを組む研究機関でな。その残党がどうやら日本に渡っていたらしい」

「なるほどな……で、それが何か悪さをしてるのか?」

「先ほど聞いたばかりで、本当は言うまいと思ったのだが……」

「どうした? 歯切れが悪いな」

「二瀬野が、そこに収容されている」

「……なんだって」

 自分が探していた情報が、意外な場所から提供され一夏は大きく驚いていた。

「言い方が悪いかもしれないが、残党はかなり性質の悪い連中が集まっている。表立って行えない非合法な研究を、スポンサーの要求通りに仕上げる機関だ」

「性質が悪いってのは」

「何でもありだ。私は軍人として早く出たからな。それでもまあ、ロクでもない場所だ。暴力によるマインドコントロールなどお手の物だろうな」

 ラウラが一夏は立ち上がって、寝る用意をしていた服装から着替えを始めようとする。手に取ったのは、彼がドイツにいたとき使っていた軍服だ。

「場所はわかるか?」

「わかるが、待て一夏。問題はそこだけではない」

「待てるかよ。今すぐにでも」

「二瀬野がなぜ動かないかという要因を排除しなければ、始まらん」

「わかってるよ。アイツの親の件だろ」

「アイツの親が日本政府のVIP保護プログラムを実施されているのは知っているな?」

「ああ」

「曰く、一歩進んだ保護プログラムに入った、という話らしい」

「……そういや、アイツ、親が人質になってるとか言ってたな」

 それであの真夜中の通信か、と一夏は舌打ちする。

 その不機嫌な姿にラウラは少し驚いた。自分の部下でもある少年が、ここまで苛立たしげにするのを初めて見たからだ。彼女は彼と半年ほどの付き合いだが、怒ることはあっても、そういう表情を見せたことがほとんど記憶になかった。

「ラウラ、今日の朝言ったとおり、ヨウんちのオジサンとオバサン……ご両親を探そう。問題はそこからだ」

「平日は学園の外に出られないのが辛いところだな。見つけたらどうする?」

「申し訳ないけど、国内にいてもらっちゃ困るな。ヨウをそんなところに押し込んだってことは、元々は日本政府が依頼したんだろうし。目的はヨウの処遇に困ってか」

「では二瀬野の親を保護した後は亡命させるか」

「簡単じゃないとは思うけどな。でもそれしか手はないだろ」

「だが、そこの安全さえ確保出来れば、あとは二瀬野自身が何とかするか」

「ああ」

「玲美たちへの連絡はどうする?」

「千冬姉の話じゃ、外部の病院に検査入院しているって話らしい。まだ伝えるのはやめておこう。国津さんは一途過ぎる。ISを九機相手に立ち回ったんだぞ。ヨウの行き先がわかれば、それこそIS持ち出して乗り込むかもしれない」

 一夏が苦笑いを浮かべる。彼は七月に起きた事件で、友人に思いを寄せる少女にしてやられた記憶があった。居合わせていたラウラも同じ目にあったので、お互いに苦笑いを交わし合う。

「一応、四十院にだけは伝えておこう。ああ、娘の方だ」

「わかった。まあ、あの子なら上手く立ち回るだろうし、何か情報を手に入れるかもしれないしな」

「そうだな。しかし、次から次へと色々起こるものだな。ここ二ヶ月月ほど表向きは平和だったとはいえ」

「ラウラ、楯無さんからの課題は?」

「生徒会長からの指示は問題ない。IS学園の構造は全て把握した。いざというときの脱出経路も大丈夫だ。ただ、気になることもいくつかある」

「気になること?」

「開発部の施設がいくつか閉鎖されていること、それに地下で何かの工事が行われていること、あとは機動風紀たちか」

「……あのおっかない先輩たちか」

 はぁ……と一夏は大きくため息を吐いた。

 その瞬間にドアをノックする音が聞こえる。一夏は人差し指を立てて、ラウラに黙るようジェスチャーで告げると、

「はい、どちらさまでしょうか」

 とドアに近づいて尋ねた。

「機動風紀の早乙女ですが」

 その単語を聞いた瞬間、辟易した顔になった。

「なんでしょう?」

 ノブを回して開けると、黒紫に染め上げたIS学園の制服を着て、目元をバイザーで隠した女生徒が立っていた。

「そろそろ就寝時刻ですが、こちらにラウラ・ボーデヴィッヒが訪れているという報告がありました」

 通常のIS学園の制服を染め上げた上着を着て、腰から下は動きやすいように一夏と同じようなズボンを履いている。

「帰しますよ。用件はそれだけでしょうか?」

「ならば結構です。この部屋に女生徒を連れ込まないように」

「そういった規則はないはずですが」

 一夏は自分から六月に言い出して、女子入室禁止の規則を当時の担任に作ってもらったが、それは学内の正式な規則というわけではない。ゆえに今、従う意味もないとわかっている。

「風紀が乱れます」

「曖昧な理由で指導されては困ります。消灯時刻には戻らせます。以上ですか?」

「わかりました。それと明日の十七時から、第六アリーナを開けてあります。私と戦っていただけませんか?」

 あくまで平坦に冷静な調子で、その機動風紀の生徒が申し出てきた。その声に挑発するような様子は一切ない。そのことが逆に、一夏に不気味な印象を与えた。

「お断りします」

「予定が何かあるのでしょうか?」

「放課後は友人との練習に当てていますので」

「セシリアさんにもすげなくお断りされました。明日は私たち機動風紀専用のIS『マルアハ』がロールアウトされます。ぜひ一戦いかがでしょうか?」

 丁寧な調子で提案された内容に、一夏の目元がピクリと動く。

 彼としては、かなり気になる内容だ。機動風紀は新理事長直下の組織であり、一夏たちはその新理事長に対して大きな疑いの目を持っている。

 その配下に配属されるISが気にならないわけがない。

 ドイツ時代からの上官であるラウラと目配せを交わしたあと、

「そういうことなら了解しました。明日十七時、第六アリーナにお伺いいたします」

 と提案に乗った。

「ありがとうございます。では、これにて失礼いたします」

 上級生であるはずの機動風紀の少女は、下級生である一夏に丁寧にお辞儀をしてから足早に去って行く。

 それを見送ってから、一夏はドアを閉めて大きなため息を吐いた。

「まあ相手の機体を知っておくに越したことはないけどな……ったく、なんなんだ、あの機動風紀委員会ってのは。すげえ目をつけられている気がするぞ」

 眉間に寄った皺を解しながら、勢い良くイスに腰掛ける。

 IS学園の機動風紀委員会というのは、現在の新体制になってから発足した理事長直轄の委員会らしい。男子生徒の入学で乱れがちな風紀を正すと言われたら謝るしかない一夏だが、それでも一日に十回以上も声をかけられていれば、段々と腹が立ってくるものである。

「ゲシュタポか」

 一夏が口汚い愚痴を漏らすと、ラウラは苦笑いを浮かべ、

「おい我々が言うと洒落にならないぞ」

 と軽く窘める。

 ゲシュタポはナチスドイツ下での秘密警察の通称だ。ドイツ人としては簡単に口には出せない名前である。

「だけどなあ、ラウラ」

「気持ちはわかる。ただでさえお前は目立つからな。しかし人選が上手い」

「人選? 優秀な三年生から募ったんじゃないのか?」

「いや、隊員の共通点から推測すると、選考理由は卒業後の進路が不確定で成績がトップクラスではなく、整備科でもない者だ。おそらくな」

「どういうことだ?」

「機動風紀委員会の人間は、専用機が貰える予定だからな。そのままIS学園に就職内定だ。意味はわかるな?」

「……忠誠心ってことか」

「下手に優秀な生徒は、IS学園に拘る理由がないからな。それに三年まで行ってその成績ということは、普通なら劣等感の一つや二つもあるだろう。つまり、そういうことだ」

 IS操縦者を育てる学校に入って、IS関連に就職できないのは屈辱である。しかしどうしても才能というもので左右される面もあり、企業や研究機関、それに軍隊に採用されなければ、ただの一般人になる。

 もちろん通常の教養課程も含まれているIS学園ではあるので、高校卒業資格も手に入る。しかしそこは、一度はISパイロットを目指して入ってきた人間たちだ。自身の将来のために、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬のようになるのも仕方ない、とラウラは言っているのだ。

「だから士気も高いっていうか、いちいち小うるさいというか……まあいいや、こっちはこっちで気をつけながら、他のことも進めていくしかない」

「しかし、さっきのが機動風紀の委員長、ルカ早乙女か」

「有名なのか、ラウラ」

「名前はな。スイスと日本人のハーフだ」

「真面目そうな人だったけど、そういうところがさっきの忠誠心の話なのか」

 ため息を吐きながらイスに座り、憮然とした顔で頬杖をつく。

「違うぞ、あれは座学がさっぱりらしい」

「はあ?」

 一夏は思わず目を丸くしてしまった。

 先ほど、一夏が相対した女生徒は、青みがかったブルネットの真面目そうな顔つきだった。表情も変えることなく、下級生である一夏に馬鹿丁寧な言葉使いをしていた。少なくとも一夏は、不真面目な印象を持つ隙がない。

「スイスの傭兵一家に生まれた女で、座学は全くだ。その代わり生粋の戦闘マニアらしいぞ。おかげで成績もいまいちというわけだ」

「スイスか。まああそこの輸出産業の一つだったっけ、傭兵は。今はどうだか知らないけど」

 バチカンの衛兵は確かスイス傭兵だったな、と一夏はヨーロッパを回っていたときのことを思い出していた。もっとも、EU加盟国ではないスイスに一夏が足を踏み入れたことはなかったが。

「新ISと戦闘を行えるというのはありがたい話だがな、一応、気をつけろよ」

「ヤーヴォール」

 ドイツ語で了解、と返してから、一夏は考え込み始める。

 やらないことが沢山ある。

 更識からの指示に、訓練と自習。何が起こるかわからない今後に備えて、少しでも強くならなければならない。

 それに加えて、友人からの依頼。まずはこれが優先事項だと理解しているが、なかなか難しいところがある。そもそも論として、一夏の情報基盤は欧州である。日本では遠く及ばないことが多い。

 それでも細い糸を自分で束ね合わせて、手繰り寄せていこうとしていた。

 

 

 

 

 

 七日目。

 一夏からの連絡はまだない。

 昨日の今日だし、何の手掛かりもないところから、オレの親を探すなんて無茶だろうし、時間がかかるのは仕方ない。そんなのはわかってる。

 むしろ、オレのこれまでの所業を考えれば、探していないことだってあり得る。

 ……まあ、そういうヤツじゃないか。

 玲美に話せば、また暴走するだろうし。他の専用機を持ってない人間には連絡手段がない。

 何はともあれ、一夏次第だ。今さらながら迷惑かけっぱなしってのが、情けねえなぁ

「さて、今日は大した検査もないし、少し散歩でもしようかい」

 白髪混じりのボブカットをした初老のドクターが、しゃがれた声でオレに提案してきた。

「散歩?」

「押してあげるよ」

 珍しく、何の手出しもされずに車椅子を押し始めた。

 診察室を出て、エレベーターで一つ上の階に下りて、見たことのない場所を進む。

 後ろで無言のまま車椅子を押すドクターを警戒していたが、本当に何も手出しをしてくる気配がない。

 やがて、一つの大きなガラス窓に辿り着いた。そこは、まるで実験動物を観察するためのケージのような部屋だった。

 真っ白い壁の中に、マスクをつけた十歳ぐらいの少女がいる。

「エスツー?」

「そう、S2だよ。最近、随分と仲良くしてるみたいじゃないか」

「ガキにゃ不思議と懐かれるんだ」

 軽口を叩いてはみるが、本当はそんな記憶はない。

「あーそうかい。見てな」

 検査着を着た少女が、部屋の真ん中でイスに座り、立方体の装置に向かっていた。どうやら一部の科学者が使う多面体キーボードらしく、彼女が両手で触れるたびに、天井から伸びたマシンアームが細かく動いていた。

 今はちょうど、その機械の腕が、人型の装置を作り上げているところだった。

「あれは……IS?」

「そう、ISを作ってるのさ、あの子は」

「……んだと。十歳ぐらいだろ」

「もう少し幼いよ。だが体は天才なのさ。天才ゆえに、私らで教育をしてる」

「まさか、あんな小さな子に」

「いいや、あんたみたいな育ち切ったヤツを教育するのと違って、ガキの頃から育てるなら、大した暴力は必要ないよ」

 オレたちが会話している間にも、マシンアームによって、どんどんISが完成に近づいていく。

「ラファール……?」

「いや、無人機さ。あれは無人機を作ってる」

「……ああ」

 そういうことか。

 気付いてしまった。とうとう、オレは気付いてしまった。

 唇が震える。

「さすがにあれはまだISコアの再現までは行けないけどねえ。でも、いくつか作った中では優秀な方だ」

「いくつか?」

「そう。失敗ばっかりで困ったもんさ。受精から培養、成長まで結構な手間がかかるから、見込みのないのはさっさと処分するんだよ。わかるかい?」

 横に立ったババアが愉快気に口元だけを歪ませる。

 処分ってのはつまり、殺すってことだ。

「てめぇ……」

「今無き物が、未来もないとは限らない。これから、あの少女はお前が守ってやんな。いいかい、専用機持ち?」

「……断る」

「断るとは思ってないねえ。もうだいぶ懐かれちまったし、情も湧いただろう?」

 喉の奥を鳴らして、ドクターが笑う。

 悔しいが言うとおりだ。オレはエスツーという少女を大事に思ってしまった。

 こちらに気付いていないのか、作業中に邪魔になったようで、少女がマスクを額の上へと引っ張り上げる。

 一心不乱に球体キーボードを叩くその横顔を、オレは知っていた。

「あの子の正式名称は、特殊遺伝子試験体S2。篠ノ之束と、計らずともたまたま非常によく似た遺伝子を持ってしまった天才さ。覚えときな」

 偶然の代名詞ををわざとらしく並べなくても、ただの建前だってわかってる。

 作ろうとしているのか。ISコアを作れないのなら、作れる存在を。

 それ以上は何も喋らずに茫然と、作業を続ける横顔を眺めるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 夜になり、小さな窓から白い部屋の片隅へ月明かりが差す。

 オレと同じベッドで小さな少女が寝息を立てていた。

 上半身を起こし、黒い前髪をそっと撫でる。十歳ぐらいかと思ったが、もう少し年下なのか。

 篠ノ之束と非常によく似た遺伝子を持つ少女。これがクローンなのか姉妹なのかはわからない。

 そもそもどうやってDNAマップを手に入れたのか。オレの親と同様に、箒の両親もVIP保護プログラムによって行方を掴めない。そこからか、遺伝子を手に入れたのは。失敗ばっかりってのは、つまり何度か作ったんだろうか。へその緒は確か子供の遺伝子を持ってるんだったっけ……。あの先生たちなら、子供のへその緒とか持ってそうだしな……。

 だけどDNAを手に入れたとしても、発現の仕方が違えば、違う形になるってのも聞いたことがある。だから何度も失敗したと言っていたのか。

 そもそも育ちが違えば、人は別人になるはずだ。

 色々と考えてみれば、この子が篠ノ之束と同じになるとは限らない。だから、篠ノ之束ではないんだ。

 鼻から上を覆うマスクを、起こさないようにそっと外す。

 ああ、本当に篠ノ之束を幼くしたような顔の少女だ。

 オレが嫌いな、オレを無視した篠ノ之束。

 だけどオレがあのとき、前もって知っていた先入観に左右されず、たった一度で諦めずに何度も話しかけていたら、どうなっただろう?

 それこそ、この少女と接するように出来ていたら、そして自分の持っている知識を彼女に伝えたなら、それは違う未来を迎えたんだろうか。それでオレはアイツを嫌いにならずに、アイツもオレを知って、ひょっとしたら銀の福音の暴走自体を止めることが出来たんだろうか。色んな人が幸せになったんだろうか。

 今から思えば、あのときに立ち竦むしか出来なかったオレが、全ての元凶なんじゃないのか。

 この少女に会って気付いてしまった。

 そうだ。二瀬野鷹は未来を知っていたのに、何もしなかった。

 先入観に左右されて二度目の接触を計らずに、自分も忌避して嫌いだからと思い込んで、流れに飲み込まれていった。

 何が脇役だ。何が主人公だ。

 あの時点でオレがナターシャ・ファイルスが涙を流すことを知っていたのに、何もしなかった。

 自分のことばかり考えて、たった一度の遭遇で諦めて、色んな人を巻き込んで不幸にしていった。

 この世界で一番必要のない存在は、オレだけだろう。

 真実は自分の底に存在していた。

 そして、過去は変えることが出来ない。現在で努力して取り戻そうとしても、今度はそこから先の未来を変えてしまうだけだ。

「ヨ……ウ?」

 少女が寝ぼけ眼でオレの名前を呼んで見上げる。

「悪い、起こしたか」

「大丈夫……寝ないの?」

「寝るよ。ほら、二人きりならマスクを外しても大丈夫だ。許可を貰った」

「ホント?」

「ああ。苦しかっただろ?」

「うん。ヨウがとてもよく見える」

「そっか。オレもエスツーがよく見えるよ」

「嬉しい」

「嬉しいのは好きか」

「うん」

「じゃあ、他人も嬉しくなるように出来たら、良いよな」

「……うん」

 オレが軽く頭を撫でてやると、それ以上は喋らずに目を閉じる。すぐにスヤスヤと寝息が漏れてきた。

 

 

 

 いっそ、ここが本当に物語の世界なら良かった。

 そしたら、全てが他人事のように外側から眺めていられたのに。

 

 

 

 

 












段々と一話が長くなる傾向にあるので、修正していきたいところです。
しばらく三人称が混ざってしまいますが、ご容赦を。

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