ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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29、PRETENDER

 

 

 ニューヨークにある国際連合の安保理事会室。

 そこに集まった百人ほどの人間たちが息を飲む。その中心である円形に繋げられたテーブルには、常任五カ国と非常任の十カ国の代表たちが座り、今、まさに一つの決議が通ろうとしていた。

「では、反テロリズム委員会と国際IS委員会の決議を受け開かれた、この国際連合安全保障理事会における本題の投票を開示したいと思います」

 ここで常任理事国全てと他四か国の賛成投票があれば、今回の決議は通過だ。

 最近設置された投票システムである投影型ホログラムディスプレイが円形テーブルの中心に浮かび上がる。そこに表示された文字は『For:15 Abs:0 Against:0』。つまり全会一致での可決だ。

「ではこの決議によりIS学園に対する以下の要求を安保理により正式に通達します。一つ、ただちにIS学園所属によるISの開発と起動の禁止、二つ、既存のISは全て国際IS委員会が定める条件に従い受け渡すこと。なお各国代表および代表候補生のコアは含まない」

 議長国の代表である黒人男性は、そこで言葉を止めたあと、理事国の代表の顔を見回す。

 それから小さく咳払いをした。

「三つ目、この最終通達に従わない場合は、反テロリズム委員会の提案通り、IS学園をテロ組織と認定します。以上三つの決議を国際安全保障理事会2020番の決定とします」

 天井の高い理事会室が拍手の音で包まれる。

 その様子を壁面に飾られたベール・クロフの絵画「灰の中から飛び立つ不死鳥」が見守っていた。

 

 

 

 

 さて問題。私は誰でしょうと尋ねれば、百人中百人ぐらいは四十院総司と応えるだろう。

 自分の名は四十院総司。四十院グループ総帥の息子であり、現在はIS学園の副理事長だ。ちなみにその前は四十院研究所所長。他にもアラスカ条約機構の極東理事局の事務局長だったりとか、日本IS関連企業グループ懇談会の会長だったり。ともあれIS関連の日本やアジアに関することなら、第一人者といえば四十院総司ってことになってるし。

 まあ、もっとも今はテロリスト扱いですがね。

 『二瀬野鷹』が死んでから一週間以上が経った。

 ずっと恐れていた『二瀬野鷹』はもういない。ここからは自由だ。残るディアブロにだけは気をつけるべきだ。あの呪われたISが、全てを表に曝け出してしまうかもしれない。

 世間はIS学園に関する話題で賑わっている。昨日は国連安保理決議が出たって話だ。だとしたら、そろそろ武装解除しなきゃ武力行使しちゃうぞ宣言が来るはずだ。

 マホガニー製の事務用デスクの端にあるノートPCを叩いて、プライベートのメールボックスを起動する。

 エスツーという少女からの最後のメールが開いたままだ。彼女にはディアブロの子らを作成するのに随分手を貸してもらった。

 あのエスツーという少女からコンタクトを取ったのも、もう一年以上前か。

 彼女の寿命は、あまりにも短かった。元々が劣化コピーという未完成の人間であったゆえかもしれない。

 そして賢しい彼女自身も、自らの死期が近いことを悟っていた。協力する代わりに、最後に家族が欲しいという小さな願いを告げた。

 だから、二瀬野鷹に関する情報を海自の艦隊派に送りつけてやった。裏の事情なんていつもこんなもんだ。

「生きていた、か」 

 世界は五分前に作られて、地球上の全員がそれまでの記憶をねつ造されてるだけなんじゃないか。世界五分前仮設ってヤツを思いついたラッセルは中々ロックなヤツだ。世界はひょっとしたら、未来から来たやつに五分前、塗り替えられたのかもしれない。

 だが少なくとも今、この現在だけは確定事項だ。

 副理事長室のソファーに腰を落とし、背もたれにもたれかかって天井を仰ぎ見る。

 12年前に事故が起き、目が覚めてから色々とやった。

 次に手帳から使えそうな人材をピックアップしていった。やはり岸原大輔と国津幹久の二人は外せない。

 全てはもう少し先の未来のため。

 過去に遡って改変出来るのは未来人だけ。

 誰にも気づかれないよう、そして自分の存在を消さないよう、薄氷の上を歩くようにおっかなびっくりと世界を変えていく。

 自分が今日飲むコーヒーを別銘柄に変えただけで、世界が変わるかもしれない。

 だけど恐れずに少しずつ、未来を変えていかなければならない。全てはみんなのためだ。

 ……ウソだな。ずっと恐れてる。全てが恐怖の塊だ。指一本動かすことすら、まるで粘つくコールタールの中を泳ぐような重みを感じている。

 つい先日の『二瀬野鷹の両親』が死んだ件もそうだ。あんな風に裏目に出るなんて、予想外だ。

 そしてこの企みがバレることによって、一番恐れているのは、神楽の存在だ。ずっと娘として育ててきた神楽に、真実を告げることが一番怖い。あの優しげな瞳から拒絶の意思が発せられたならと考えると、身が震える。

 そして、もう一人、誰か改変者が紛れ込んでいる。

 誰だ。紛れ込んでいるのは。この自分以外に未来を変えようと動いている輩がいる。

 なぜルシファーが二機あるんだ。そしてバアル・ゼブルを亡国機業に渡したのは誰だ。

 時の呪いか。それとも時の彼方にいるヤツらの呪いか。

 自分が考えてもわからないなら、おそらく誰にも認識できないだろう。世の人々は、『本来の歴史』など知りはしないのだから。

 さあ、世界を相手に戦い尽くせ、恐れるな。

 例え、何もかもがお前を許さなくても。

 たった一つ、誰かの幸せというものを叶えるために。

 

 

 

 

「副理事長!」

 紺色のスーツを着た男が、後ろから声をかけられて振り向いた。

「おや、織斑君、どうしたんだい」

 相手の姿を見た男は、廊下の真ん中で両手を広げて歓迎のポーズを取り、わざとらしい笑いを浮かべる。

 彼の名前は四十院総司。齢四十が近い男だが、見かけは若々しいビジネスマン然とした男で、人によっては三十路ぐらいだと思うだろう。

 声をかけてきた方は、十六歳になったばかりの若木のような少年だ。息が上がっているのは、ここまで走ってきたせいだ。

「安保理決議が出たってホントですか!?」

「おや、よく知ってるね。生徒会長にしか言ってないのに。ああ、ドイツのクラリッサ大尉かな。スパイ容疑がかかるかもしれないってのに、よくやるもんだね、機密とか漏らしてない? むしろ漏らしてくれないかな」

「笑いごとじゃないですよ! これでIS学園はテロ集団ってことですか!?」

「うーん、今さらだけどね。ほら理事長が市街地で人を殺しちゃったし、二瀬野鷹が死んだ件もIS学園のせいだって話だし。もうだいぶ前から世間様は我々のことを危険なテロ集団か何かだと思ってるよ。ま、間違ってる認識じゃないけどね」

 あっけらかんと笑いながら、副理事長と呼ばれた男が答える。その姿に少年は少し不満げな顔を浮かべて、

「せめて一般生徒だけでも外に逃がすわけには行かないんでしょうか」

 と責め立てるような言葉を恐れずに向けた。

「向こうがそうしてくれるなら、それもありだろうね」

 だが四十院は苦笑いを浮かべて切り返す。

「向こうがって……向こうは解放しろとか言ってこないんですか? 確かアラスカ条約機構の指示で、IS学園関係者を生徒含めて一人たりとも敷地から出さないようにって言われてるとか」

「そうだね。私の元に来た指示はそうだ。私や私が連れて来た教員やら理事長は仕方ないにしても、他の子たちは出してあげたいんだが。一般職員もいるし」

 ポリポリと頭をかきながら申し訳なさそうに答える姿も、一夏にとってはどこか偽物臭い感じがして眉を顰める。

「理事長……あの、副理事長は!」

「うん? どうしたんだい?」

 意を決した顔で問いかけようとした少年の質問を、覗き込むように顔を間近に近づけて遮った。

「……いえ、何でもありません」

「そうかい。でもまあ、このIS学園に近いところは避難命令が出てるし、隣接した町のみんなは逃げ始めてる。何が起きようと友達は無事さ。安心したまえ」

「だけど、IS学園は!」

「それは仕方ないでしょ。逃がしてくんないんだから」

「でもどうして、でしょうか。おかしくないですか。IS学園の生徒とはいえ、一般人ですよ?」

「だって機動風紀みたいな組織がいるんだよ? アラスカも専用機を持ってるかもしれないテロリストの一味を一人たりとも外には出したくないのさ。わかるだろ?」

「……理屈はわかります」

「何でもアラスカに報告してたのが、裏目に出ちゃったなあ」

 突きつけていた顔を離し、四十院総司が人を食ったような笑みを浮かべて再び口を開く。

「織斑君、みんなのことを頼むよ。食糧は向こう三か月分でデザート付き、水と電気は海中のプラントから無尽蔵だ。それに加えて我々には大量のISがあるんだし、すぐにどうのこうのも無いよ。今は根気良く対話を続けようじゃないか」

 ポンと肩を叩いて、男は踵を返す。

 肩を落とした少年を置き去りにするように、男は歩き去っていく。

 少年は拳を堅く握ってその背中を睨んだが、投げつける言葉が出て来ず、苛立たしげに壁を殴るだけだった。

 

 

 

 

 日本の関東地方にある極東試験飛行部隊は、今や各三機小隊の八部隊にまで膨れ上がっていた。

 その隊長のみ参加のミーティングを終え、亡国機業の一員で宇佐つくみを名乗っているオータムが腹立たしげに肩を怒らせて歩いていた。

「何がこちらは24機だ。相手は倍近く数があるのに、どうしろっつーんだ」

「まったくだわ」

 隣にいたナターシャがヤレヤレと首を横に振る。

「おやおやアメリカ様なら、50機ぐらい我が国の力を持ってすればとか言って、空爆でも提案するのかと思ったぜ」

「さすがに学生相手とはいえ、倍の数と戦う気にはなれないわ。もちろん、シルバリオ・ゴスペルに勝てる機体なんてないでしょうけど」

「だが、テメエは信用ならねえからな。何せ可愛がってた弟子さえ見殺しにしちまうぐれえだから」

 バカにしたような口調に挑発とわかっていながらも、ナターシャは宇佐の襟首を掴んで壁に押し付ける。

「いってえな。なんだよ事実だろうが」

「それ以上言ってみなさい、殺すわよ?」

「おーおー、余裕ねえこって。ほら、離せよ第二小隊隊長殿」

 オータムがナターシャの右手を弾いて離れる。

「第一小隊隊長殿は育ちが悪いせいか、口の利き方がなってないようね」

 それだけで人が殺せそうな笑みを浮かべるナターシャの人差し指は、ピンと伸ばしてオータムの鼻先に突きつけられていた。

「アメリカンってのは常識人ぶっててるわりにゃ、すぐキレるよな。コーク飲み過ぎてカルシウム取れてねえんじゃねえの」

 同様にオータムの右手もまた、人差し指をナターシャの腹部に突きつけられていた。

 そこへ新しい人影が現れる。

「ここはいつからキンダガートンになったんだ?」

 冷徹な声で言い放ったのは、紺色の士官服に身を包んでいる織斑千冬であった。

「おーおー、特別部隊のブリュンヒルデ様じゃねえか。軍服似合わねえな、おい。新兵扱いしてやろうか」

「いくらブリュンヒルデといえども、ここでは同格です。口を挟まないでいただきましょうか」

 無言の圧力を身にまとう千冬であろうとも、こちらの二人は全く怯む様子はない。事実、言い合いを始めた二人を遠巻きに見ていた集団は、さらなる火種が加わったと肝を冷やしているような状態だ。

「他の隊員の邪魔だからどけ」

「あん? なんだよ教師ヅラかい、織斑センセ」

「通行の邪魔だ。それともキサマは高校生にすらわかるようなことすら理解できないエアヘッドだったのか。ああすまん、それは悪かった。見た目以上に頭が悪いとはな」

「ケンカ売ってんのか? 言い値で買うぞ?」

「第一小隊は荷受だろう。第二小隊は隊員たちがひな鳥のように母親を待ちわびてたぞ」

 トントンと自分の腕時計を叩いて、時間のことをオータムとナターシャに知らせてやる。

 オータムは忌々しそうに踵を返して、

「ったく、やってらんねーぜ」

 と立ち去っていった。

「気が立ってるのもわかるが、ほどほどにした方が良いぞ、ファイルス隊長」

「それは忠告ですか? それとも警告ですか、ブリュンヒルデ」

「その名はやめて欲しいがな。あと今のはアドバイスだ」

「では失礼します、織斑隊長」

 ナターシャもそれ以上語らずに歩き去っていった。

 その二人の背中を見送って、千冬は呆れたように首を振って歩き去ろうとした。

「織斑教官」

 懐かしい呼び名を受け、反射的に声のした方を振り向く。

「エルメラインヒか。久しぶりだな」

 赤毛の少女が敬礼をして立っていた。

「お久しぶりです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません、教官」

「お前といいボーデヴィッヒといい、教官はもうやめろ」

「はっ、申し訳ありません。織斑隊長、でよろしいでしょうか」

「それで良い。元気だったか?」

「……はい。教官はその、なぜこの極東に?」

「いつまでも無職でいられるほど裕福ではないからな。歩きながらで良いか?」

「はい」

 同じ制服を着た二人が、基地の廊下を連れ立って歩く。

「ここに来たのはもちろん、一番情報があるからだ。それに私を放っておくほど、アラスカもバカじゃない」

「それは……そうですね」

「何を仕出かすかわからん元教員を手元に置いておこうという誘いに乗ったのは、そういう理由だ」

「あの、教官」

「隊長だ」

 リア・エルメラインヒが立ち止まり、胸に片手を当てて頭を垂れた。その様子に気づき、千冬も立ち止まる。

「隊長は、その……不安とかないんですか」

「何を聞きたいのかわからんが、お前らは私をISか何かだと思ってるのか。私も不安ばかりだ」

「ブリュンヒルデほどの人でも、ですか」

「未来なんて誰にもわからん。常に我々はおっかなびっくりだ。だが、何もせずに死ぬよりはマシだろう」

 無愛想に言い放って、千冬はリアに背中を向けて歩き出す。

「この後、予定がある。では、またな、エルメラインヒ」

 遠ざかって行く背中を見つめながら、リアは小さく、

「……はい」

 と届かない返事しか送り出せなかった。

 

 

 

 

 

「千冬様、よろしかったのですか? 隊を抜け出してきて」

「別に仕事はない。どうせ私もお前も戦争に加担することはない。あと、様はやめろ」

「ですが」

「少なくとも周囲に合わせてくれ。様をつけられると、学園にいたバカどもを思い出す」

 古い石畳の上を、千冬は小柄の体に長い銀髪のクロエ・クロニクルを伴って歩いていた。その手には柄杓と桶があり、クロエは左手に菊の花を抱えてゆっくりと進んでいる。

 二人が訪れているのは、東京都郊外にある古い寺だ。

 ここに二瀬野家の墓がある。

「墓、ですか」

「ああ。二瀬野さんの墓がここにある」

「二瀬野鷹の墓もこちらに?」

「日本じゃ一家で墓に入るんだがな。二瀬野の体はまだ極東の基地に安置されている。貴重な男子操縦者だからな」

 少しだけ忌々しげな態度だったのをクロエは敏感に察知したが、口には出さない。

「では、なぜこちらに?」

 代わりに素朴な疑問を尋ねてみた。

「私はな、亡くなられた二瀬野鷹のご両親にお世話になったんだ。ようやく亡骸が墓に入られたと聞いたから来た」

「死者を悼みに、ということですか」

「そういうわけだ。あのときは世話になったな」

 あのときとは、二瀬野夫妻の行方を捜す際に手伝ったことだ。彼女の持つ本物の篠ノ之束製ISがかなり役に立っていた。

「ついで、でしたので」

 クロエ・クロニクルにとっては、彼女の敬愛する篠ノ之束を探すついでであったことは本当である。

 二人はそれ以上の会話を挟まずに、墓地の奥へと進む。二瀬野夫妻の墓は少し小高い丘の上にあるので、階段を上る必要があった。

「……先客がいるようです」

「ああ」

 最後の段差を登り終えたとき、開けた墓地の奥に黒い影が見えた。

「IS?」

「そのようだが……」

 二瀬野家の墓石の前に、一機の黒いISが立っている。

 千冬がその姿を見て、目を細める。

「……誰だ、貴様は」

 ジッと墓を見つめる機体が、千冬の声に反応しゆっくりと首を向けた。

 フルスキン装甲の黒いISは、二瀬野鷹の装着していたテンペスタⅡ・ディアブロにそっくりだった。ただし脚部と左腕部の太さが、普通の人間でも装着できるようになっており、胸部に装甲が追加されている。

『織斑……先生……』

 そのISから発せられた音は、明らかにボイスチェンジャーによって作られた機械の合成音声だった。中の人間の判別どころか性別すらわからない声だ。

「何をしている?」

『……お参りです。せめてお墓だけでも見ておこうと』

 言葉使いからでは、二人には性別さえも判断できない。

「それは二瀬野のISか? もちろんアイツではないな?」

 訝しげな態度で尋ねられた質問に、ISはゆっくりと首を横に振った。

 それから墓石を見つめ、

『違います。二瀬野鷹は、死んだんでしょう?』

 と小さく呟いた。

 機械の声なのに、まるで悲しみに震えているような響きがあった。

「では、誰だ、キサマは」

『ジン・アカツバキの敵です』

「ジン?」

『未来から来た自立思考型インフィニット・ストラトス。ジンは神、つまり神様のことですが、神ではないので、そう呼ばないようにという意地のようなものです』

「あの新理事長のことか? 何が言いたい? どちらにしても、そろそろ、その顔を見せてもらおうか」

『いえ、それは無理です』

 ゆっくりと背中を向け、羽根を広げてPICの作用で三メートルほど飛び上がる。

「待て!」

『ここで会ったのも、何かの縁です。一つだけ、情報を渡します』

「一つだけと言わず、洗いざらい喋ってもらおうか」

『相変わらずですね……。では一つだけ。ジン・アカツバキの目的は、人類史の改変です。達成されれば、全ての人類は置き変わる』

「……お前は」

『あのジン・アカツバキは弱っています。二瀬野鷹のおかげで。どうか、彼の努力を無駄にしないよう、お願いします』

 それだけ告げて、黒いISは四枚の推進翼を広げ、青い空へと飛び去って行く。

「おい、待て! ……なんだ、あのISは。ディアブロとかいう機体じゃないのか?」

「行方不明になっている機体ですか」

「ああ。パイロットは間違いなく死んだ。私も……二瀬野の亡骸を確認したからな。誰が乗っているんだ、あのISは」

 その問いに答える者はいない。

 千冬とクロエは、その去っていった空を見上げる。すでにその姿は見えない。

 二瀬野鷹のディアブロとそっくりな機体が動いている。

 また一つ増えた謎に、千冬はそっと溜息を零すだけだった。

 

 

 

 

「国連安保理からの通達から三日経ったにも関わらず、IS学園は未だ武装解除に答える様子はない」

 FEFISの極東ベースにある飛行場に、所属している隊員全員が整列していた。

 司令官のマークをつけた中年の女性が、タラップのついた銀色の壇上から、大ぶりのジェスターを交えながら演説を続けている。

 右端から二列目に並んだナターシャが、チラリと飛行場の端を見れば、そこには報道関係者が山のように詰めかけていた。今日はマスメディアを入れているのは事前に聞いていたが、彼女はそのフラッシュの多さに辟易していた。

 小さくため息を吐いて、視線を急ごしらえの演説台の基地司令官へと戻したとき、隣の第一小隊隊長が直立不動のまま問いかけてくる。 

「あれ、お前んとこの?」

 その一番右端にいるオータムが、隣にいたナターシャに小声で尋ねる。ナターシャは視線を外さずに同じような音量で、

「あの司令は米軍からの出向よ。米軍のIS関連ナンバー2」

 と面倒くさそうに答えた。

「あのオバハン、IS乗れんの?」

「乗れるわけないでしょう。彼女が若かった頃はISなんてなかったわ」

「はーん。優秀なわけ?」

「そんなわけないでしょ。優秀ならこんなところに飛ばされて来ないわ。お飾りよお飾り。今回は太平洋艦隊とここの合同作戦らしいし、主導権はそっち」

「頼むから余計な口出しだけしないで欲しいけどな」

「演説には定評があるわ」

「ビッグマウスってことか。まあネズミっぽい顔してるけどな」

「なによそれは。ジョーク? 詰まんないわよ宇佐隊長」

「うるせえ。闘争を愛するアメリカ人様にはわかんねえ高尚なジョークなんだよ、ファイルス隊長殿」

「パットンみたいな演説しないことを祈るわ」

 決して表情には出さず、二人は小声で愚痴を零し合う。

 ちなみに二人が引き合いに出しているパットンとはノルマンディー上陸作戦時に演説を行った、ジョージ・パットンという将軍のことである。

「我々が代表する国際社会は、決してIS学園のテロリズムを許しはしない」

 身振り手振りを交えながら、熱弁に拍車がかかっていく。

「あろうことか、市街地を強襲して多くの一般人を巻き添えにし、平和なこの日本に戦争の記憶を蘇らせた。このような暴挙が許されようか」

 そこで一度、周囲の反応を見るように集まった千人近くの隊員とマスコミへ視線に回し、一息吸った。

「そして、かのIS学園は、前途のある十五歳の若者……世界でたった二人しかいない男性操縦者でありながら、先のメテオブレイカー作戦で英雄となった少年を殺害した。そう、ヨウ・フタセノを殺したのだ!」

 今日、最も熱の込められた言葉だった。オータムとナターシャがそれぞれに小さく舌打ちをする。しかしそんな隊長連中の態度に気付かず、基地司令は言葉をつづけた。

「現在のIS学園は、紛うことなくテロリズム集団であり、その首謀者である篠ノ之束と四十院総司を早急に捕え、厳正なる法の裁きの元に引きずり出すべきである。そのために我々はIS学園に正義の行使を行う用意がある」

 その言葉を受けて、並んでいた隊員たちに向けられていたカメラのフラッシュが一斉に壇上の司令官に集まる。今、米軍とアラスカ条約機構のIS連隊が、IS学園の理事長をテロ集団の指導者と認定し、実力行使を示唆したのだ。

 そこまで無表情でいたナターシャが眉をしかめ、オータムは鼻で笑う。

「とうとう言っちまったな」

「IS学園をテロ組織として実力行使を行うって正式に宣言をしたってわけね」

「ってこたぁ、アラスカ条約はISの軍事利用規定を改めるのか」

「たぶん特記事項をつけるか、解釈を改めるかじゃない」

「しかし、本格的に来たな」

「もちろん、あの大佐の独断じゃないわね。本国とアラスカ加盟国で演説内容は精査してるはず」

「いいねえ。こんなところで事務仕事してるよりはよっぽど良い」

「事務仕事に関しては同感。しかし、IS学園はなんで一般生徒を解放しないのかしら」

「知るかよ。ガキどもはみんな専用機に目が眩んだんじゃねえの。貰えるかもしれないって」

「いずれにしても、D-Dayは近いってわけ」

「だな。しかし欧州も小さくなったもんだな。オマハビーチにならねえことを祈るわ」

「間違いないわね。士官全滅は避けたいわ」

 呆れたような口ぶりのオータムに、ナターシャも鼻で笑う。

 いずれにしても、数日中に作戦は開始されるだろう。

 壇上のネズミ大佐の演説が終わり、隊員たちが全員、敬礼をする。

 ……ヨウ君、仇は撃ってあげるから。

 ナターシャ・ファイルスは誓いを新たにするのだった。

 

 

 

 

 演説が終わり、リア・エルメラインヒは他の技術スタッフとともに第一小隊用格納庫で作業を開始し始めていた。

 その真ん中に鎮座する黄金色のISを見上げる。他のISより二周り以上も大きい火力特化ISだ。普通のISキャリアーでは納めることが出来ず、天井から強靭なワイヤーで吊るしている。

「ラファール・リヴァイヴなのね、一応」

 今、彼女が担当しているのは、四十院研究所の所長代理、国津三弥子が残していった二機のISである。当の本人たちはIS学園による輸送機襲撃により行方不明になっていた。

 そしてその隣には、どこか輝きを失ったような彩の黒いISが置いてある。嵐鷹(らんよう)という和名が名付けられたのはこの基地に来てからだ。

 そして由来となった最初のパイロットは、すでに死んだ。その亡骸は今もこの基地に収容されたままだ。どこの組織が狙ってくるかわからない、世界で一つしかない男性操縦者の死体だからである。

「リアさん? どうかしたんですか?」

 隣にいた二十代ぐらいの男性スタッフが、タブレット端末を片手に尋ねてくる。

「何でもない。とりあえずこのバカみたいな火力特化機体のスペックをチェックするわ。どうだった?」

「これは凄いですね。とりあえず機体に含まれていたマニュアル見ましたが、バススロットはリミッター無しの軍事用ですが、火力が他のISと一線を画しています」

「見ればわかるわ。他に何かあった?」

 男ってのはなんでこう、内容のないことを言いたがるのかと内心でため息を吐きながら、リアは話題を次に移そうとする。

 第一小隊付きの技術スタッフである青年が、慌てて手元の画面をスクロールし始める。彼は相手の少女の歳が自分より下とはいえ、リアがIS乗りで自分よりも階級が上であることは熟知していた。

「……メイドバイ、四十院ラボね」

「四十院って……あの噂、本当っすかね」

「なに?」

「実はIS関連企業は全て、四十院総司って人に操られてるって話」

 わざとらしく声を潜めて深刻そうな面持ちになる男性を、リアは鼻で笑う。

「だったら、今頃世界征服されてるわよ。そもそも、そのシジュウインって人、今やIS学園の副理事長で世界中から孤立してるじゃない。ほら、無駄口叩かないで、解析作業に入るわ」

「わ、わかりました」

 棘のある言い方に、男性は慌てて作業に戻る。

 リアは再び小さくため息を吐いた。

 まったく、男ってのはどうしてこう、自分だけは知ってるみたいなことを言いたがるのか。そんなに女に優越感を抱きたいのか。

 そう思えば、鷹や一夏は違ったな、と思い返す。二人とも知らないことは知らないという性格だった。リアの中では素直な少年と捻くれ者という正反対な印象だったが、そういうところはよく似ている。

 だけど一人はすでに死に、一人は戦争の中心となる場所に残っている。

「……少佐と一夏が無事でありますように」

 誰にも聞こえないように、祈りを捧げた。

 

 

 

 

「理事長室……おそらくここか」

 篠ノ之箒は制服姿のまま、一つの重厚な扉の前に立つ。

 彼女はトイレに行くと言って護衛である簪を置き去りにし、たった一人でここまでやってきた。

 行くと言えば反対されただろうし、実際に箒は絶対に接触しないようにと楯無に言明されていた。

 だが、黙ってはいられない。

 幼馴染が死んだ。自分のISと同じ名を持ち、自分の姉の姿を持つ存在に殺されたのだ。

 これ以上、何もしないでいるなら、自分の刃は錆びて腐っていく。

「失礼する」

 ドアを押し開けて入った中は、豪奢な応接用品を備えた部屋だ。そしてその部屋の真ん中に、膝を抱えて浮いている人物がいる。

「紅椿」

 姉の姿を偽るその物体の名前を呼んだ。彼女の左手に巻かれたISの待機状態であるアクセサリーの鈴がしゃらりと音を立てた。

「……ますたー?」

 空中に浮かぶ人物が、夢見心地の子供のような声を出して、ゆっくりと目を開ける。

「話がある」

「……ふふ、マスターから接触してくるとは思わなかった」

 空中からふわりと地面に落りて、その瞼を開ける。奥には黒い眼すらない穴が広がっていた。

「どうして、お前がこんなことをする」

「私ですか、マスター」

「私をマスターと呼ぶな」

「ですがマスターです。そこにいる過去の私自身もそう呼んでいます」

 まるで熟年の従者のような言葉使いの相手に、箒は少し戸惑ってしまう。同じ姿ゆえに、傍若無人かつ意味不明な言動の多い本物の姉とのギャップに戸惑いを覚える。

「姉の姿でマスターと呼ばれるなど、気持ち悪くて仕方ない」

「マスターは未来では、お母様をとっくにお許しになられてましたよ」

「未来など知らん!」

 思わずカッとなって大声を張り上げるが、相手は姉の顔で優しく微笑むだけだ。

「では、この私に何の御用が?」

「お前の目的は何だ?」

「もちろん、未来を変えることです」

「未来? ……いまいち信じがたい。お前たちは本当に未来から来たのか」

「間違いありません。もっとも信じていただかなくても結構ですよ。問題は、力のある者が世界を変えようとしている。それだけでしょう?」

 相手の言葉は確かに正論だ。

 今、箒たちが抱えている問題は、よくわからない誰かが、目的の見えない行動をし、それによって自分たちに危害が及んでいるという点だ。

「どうして、世界を相手にしようとしている?」

「世界? 各国政府でしょう?」

「言葉が違うだけだ」

「世界はもっと重い物ですよ。そして人により姿を変える」

「なら言葉を変える。どうして、各国の政府を敵に回そうとしている?」

「私は興味などありません、マスター。あの四十院総司という男が勝手に企んでいることでしょう」

「……副理事長が?」

「私と彼の契約は、私がエネルギーを得るのに相応しい供物とベッド、つまりIS学園を用意する。彼は私の篠ノ之束の姿を利用する。コア程度はくれてあげましたが」

「エネルギーとは何だ?」

「時を超えるには、端的に言えば質の高いエネルギーを得る必要があります。その変換装置こそがルート1・絢爛舞踏の一つです」

「そのために、あの銀の福音事件を利用しようとしたのか。どういう機能なのだ、ルート1とかルート2とか」

「単なるISの機能です。数字はただのISの機能順ですよ。ルート1はエネルギーバイパスの発展形、ルート2はイメージインターフェースの進化形。ルート3はエネルギー放出機能の最終形です」

「なぜそんなものが乗っている?」

「お母様こと篠ノ之束が、ISを開発するより前に思いついた機能らしいです。たまたま見かけた流れ星のような光から着想を得たという話が残っていました」

「その話は良い。あの姉がどうしてISなどという物を作ったのかなど、興味はない。どうせ作ってみたかっただけだろうからな」

 吐き捨てるように言い放ってから、箒は左腕を前に突き出した。その手首に巻かれている二つの鈴がしゃらりと音を立てる。

「お前が紅椿、というのは正しいのだな」

「私は紅椿。次元と時を超え、神がごとき力を持つISの完成形の一つ。もっとも神と呼びたくない人間たちは、ジン・アカツバキと呼んでおりましたが」

 嘲笑うように微笑んでから、箒の方へと振り向いた。開いた瞳は深海よりもまだ深く、宇宙の闇よりなお暗い」

「ならば、私がお前を正す必要がある。私はお前のマスターなのだから」

「勘違いされるなマスター。私はマスターを敬愛しているが」

「なんだ?」

「今のお前など敵ではないぞ、篠ノ之箒」

 箒がISを展開するよりも早く、空中に数えきれないほどの日本刀が展開されて切っ先を箒へと向ける。

 先ほどまでの恭しい態度から豹変した殺意を感じとり、箒は身動きが出来ない。まるで織斑千冬(せかいさいきょう)を相手にしているときのように、体が勝手に圧力を感じとり動けなくなる。

「私はすでに時を超えた身。本体はこの次元にない。今、この時代に影響を与えようとも、私の存在が消えることはない。ゆえにお前をISごと消し去ろうとも、何ら影響はない」

 冷たい言葉を感覚的に本能で真実と受け取る。

 本当に未来から来たというのなら、左手にある自らのISを破壊することで相手を倒せるという算段もあった。

 他の人間は最終手段だと言っていたが、それすらも通じないと相手は言っている。

「はいはい、待った待った」

 勢い良くドアが開かれ、一人の男が入ってきた。箒が驚いて、

「ふ、副理事長?」

 と声を上げる。

「まあまあ理事長も。専用機持ちが育ちきるまで、この箱庭に囲っておくつもりだったんでしょう? じゃあ今殺すのはまずいですよ」

 わざとらしい笑顔で、刃の合間を縫って四十院総司が近寄ってくる。

「戯れだ」

 ジン・アカツバキが笑うと同時に、展開されていた日本刀が虚空へと消え去っていく。

「ほら、篠ノ之さんも帰りましょうか」

「ま、待て、私はアイツと!」

「聞き分けのないことを言わない。簪さんも探してましたよ。いや勘が当たって良かった」

 四十院は箒の肩を後ろから掴んで、無理やり回れ右をさせる。

「さあ帰りましょう。それでは理事長、おやすみなさい」

 箒の肩を押しながら、小走りで副理事長が部屋から出て行く。

 相手はそれ以上の言葉を発さずに、背中を向けて窓から夜空を見上げていた。

 ドアが閉まり、四十院が深いため息を吐く。

「副理事長!」

「ったく、何しちゃってくれてんですか、篠ノ之さん。お姉さんとケンカしちゃダメでしょ」

「あれは姉ではありません!」

「どちらにしても、貴方じゃあれに勝てませんよ。見なかったんですか? 二瀬野鷹が完膚無きまで叩き潰されたのを」

「し、しかし」

「何はともあれ、もう近づかないこと。いいね?」

 幼い子を諭すような言い方に、箒はふと妙な違和感を覚える。

 そこへバタバタと走ってくる足音が沢山聞こえてきた。

「ほら、お仲間が到着だ。今は大人しくしてなさい」

 箒たちの方へ、一夏や簪たちといった一年の専用機持ちたちが走ってくる。

 副理事長はその両肩をポンと押し出した。

 箒が横目で納めたその瞳は、なぜか優しく、どこかで見たような顔だ。まるで幼い頃、何の疑問もなく慕っていた姉が浮かべていた優しい笑みと同じだった。

 表情を見られたことに気付いてか、頭をかきながら気恥ずかしそうに背中を向け、後ろ向きで手を振りながら、四十院総司が去って行く。

 その背中を見送る箒は、なぜか四十院総司という男が憎めなくなっていた。

 

 

 

 

 IS学園の食堂に集まった生徒たちは、いずれも疲れ切った表情を浮かべていた。

 交通遮断されて一カ月経ち、肉親との通信も許可されていない。それまで一カ月程度の期間なら、外出も親への電話もせずにいた生徒が大半だったが、しないと出来ないでは意味合いが違う。

「これから……どうなっちゃうのかな……」

「さあ……」

「アラスカも私たちを逃がすつもりがないみたいだし」

「どうして逃がしてくれないのかな……副理事長の話じゃ、関係者は生徒も含めて敷地から出られないなんて」

「私、見ちゃった……海の向こう側、戦車とかが一杯集まってた……」

「え、ホント!?」

「本気で出すつもりがないんだ……」

 全生徒が一日に数度は同じ会話を交わす。今もいたる場所で行われている。

 それに加えて、ここ数日、ホットな話題があった。

「ISがすごい増産されてるってホント?」

「うん、上級生の整備班がみんな、駆り出されてるらしいよ。何でも副理事長が理事長に進言して、ISを生徒全員に配るって。部活の先輩に聞いた」

「え? じゃあ専用機貰えるってこと?」

「専用機、なのかなぁ……で、でも、ISが貰えるってことは、普通の兵器の攻撃は効かなくなるわけだし、ほら、絶対防御だって」

「た、確かに安全だよね。早く完成しないかな」

 専用機という単語が出ると、IS学園の生徒たちはやはり心が躍ってしまう。

 IS学園に入ったからこそ、到底手に入るものじゃないことを理解していたからだ。

 その中で、一人の生徒が渋い顔を作る。

「でも、ISを組み上げる資材も食糧も、全部地下に大量に貯蔵してたなんて……」

「そ、そうだよね。副理事長たちが用意してくれてなかったら」

「でも理事長と組んで、世界征服ってホントかな」

「ありうるかも。だって、機動風紀のマルアハと汎用機だけで50近くあるのよ。戦力的にはどこの国よりも多いわけだし。これに生徒全員分のISが完成したら、世界最強なわけだし」

「ロシアとか中国とかドイツとかが秘密裏に協力してるって話ホント?」

「だって代表候補が残ってるんだし、たぶんホントじゃないかな」

「イギリスは察知して、セシリア逃げちゃったわけでしょ……」

 授業も止まり、することもなくなった彼女たちは時間を持て余していた。

 IS学園に閉じ込められている人間の大半は女生徒であり、時間があれば友人同士で会話をしている。そして狭い世界では憶測や冗談が、いつの間にかまことしやかな噂となり、そしてまるで事実のように捻じ曲げられて広まって、最後には確定された真実のように変わって行く。

 そんな会話を余所に、箒は解した塩焼きの魚を口に入れず、いつまでも箸で突いてはバラバラにしていた。

「あの……箒……さん」

 反対側の席にいた簪が、恐る恐る問いかけてくる。

「なんだ?」

「魚……もう食べられると思います」

「……そうだな」

 彼女は今日も自分好みの和食を選んだのだが、魚をバラバラにするだけで口につけていなかった。

 こんな状況の中、IS学園に残って食事の面倒を見てくれている食堂のオバサンに大変申し訳ないとはわかっていても、箸を口に近づける気力が湧いてこなかった。

 周囲を見渡す。

 夕飯時だというのに、生徒の数は半分ぐらいしかいなかった。

「少ないな」

「……たぶん、みんな部屋に籠っているんだと……思います。こういう状況ですから」

 そこへラーメンをトレイに乗せた鈴が近寄ってくる。

「ねえ箒、一夏たち見てない?」

 簪の横に遠慮なく座る鈴に、箒は眉間に皺を寄せた。

「そういえば、一夏たちも見えないな」

「ったく、どこ行ったのやら。どしたの箒。暗い顔しちゃって。辛気臭い顔に輪がかかってるわよ」

「この顔は生まれつきだ」

「ふーん」

 行儀が悪いとは思いながらも、頬杖をついて、バラバラになった塩焼きを再び箸でいじり始める。

 ジン・アカツバキ。

 会話で得た情報は、全て一夏たちと共有した。

 どうすれば良いのか。

 彼女には全く想像がつかない。

 せめて平穏に終わるときがくれば良い、と思うのは我が儘なのだろうかと考えても答えが出なかった。

 

 

 

 

「国津、状況はどうだい?」

 IS学園の薄暗い電算室にある一つの画面の前で、三人の中年男性が集まっていた。

「うーん、たぶんこれでコア洗浄は連鎖出来ると思うんだけどな」

「たぶん、じゃ困るんだけどな。そこは絶対に成功させないと。岸原、そっちはどうだい?」

 腕を組んで壁際に立っていた岸原大輔が片目を開ける。

「まあ、この半人工島は守るには向いていない。迎撃装備なんて一切ないからな。太平洋艦隊から長距離巡航ミサイルが飛んできたら、ISだけで対処せにゃならん」

「なるほどね。極東の司令官の演説聞いたかい?」

「聞いた。が、まあ予想通りだな。俺たちはテロの首謀者だ」

「人に理解されないってのは悲しいことだな」

 ヤレヤレと肩を竦める四十院総司に対し、岸原は鋭い眼光を向ける。

「シジュ……お前は一体、どこまで見えているんだ?」

「どこまで? この暗さじゃ岸原までしか見えないよ。暗いからね、ここは。メガネかけようか?」

 ニヤリと笑う四十院に、岸原の表情が一層厳しいものになる。端末に向かっていた国津も怪訝な顔で四十院を見上げていた。

 重い沈黙が灯りの乏しい部屋を包む。

 そこへドアが勢い良く開けられた。

「興味深いお話をしておいでですね、御三方」

 入ってきたのは、生徒会長である更識楯無だ。

「おやどうしたんだい楯無さん」

「総司さん、この状況を打破するために、貴方を拘束いたします」

 険しい顔つきで宣言された言葉に、総司はどこ吹く風と言わんばかりの顔で、

「おっかないねー」

 と肩を竦める。

「今まで家諸共、散々とお世話になってきましたが、ここで恩返しをさせていただきます」

「うんうん、お世話してきたよ、私は」

 ニコニコと笑う四十院に対し、楯無が口元を扇子で隠して舌打ちをした。

「みんな、よろしく」

 その声と同時に数人の生徒が入ってくる。

「おやおや、専用機持ちが揃っちゃってまあ」

 ラウラ・ボーデヴィッヒを筆頭に、織斑一夏、シャルロット・デュノア、さらにフォルテ・サファイアやダリル・ケイシーといった上級生の専用機持ちが突入してくる。主に軍関連で、ある程度の訓練を積んだメンバーが中心になっているようで、鈴や簪、箒の姿はない。

「生徒たちを解放し、貴方を捕まえ、国連への交渉材料にします。異論はありませんね?」

「いやいや、IS学園の生徒諸君が解放できないのは、アラスカとか国連側の意向だよ?」

 とんでもない、とわざとらしく首を横に振る四十院に対し、ラウラが両手で構えた銃を向ける。

「キサマがそう我々を騙していたことは、裏が取れた」

「騙してた? 人聞き悪いな。だからそれは」

「ずっと前からIS学園の一般生徒は解放しろという話は来ていた。そして、それを我々に内緒で跳ね除けていたのが」

「実は私を代表とするIS学園側だって?」

「その通りだ。安保理決議が出て、黒兎隊の基地にも詳細な情報が解禁になったおかげで、それがわかった。電波妨害を働かせ、通信を遮断し情報を全て自分のフィルタを通るようにしてた理由はこれだな」

「まったく黒兎隊は怖いね。スパイ容疑がかかって拘束されちゃうよ、クラリッサさんとか」

「うるさい。我々の覚悟を舐めるな。動くと撃つ」

 ラウラの鋭いセリフに、大人たち三人がは顔を見合わせてから、ゆっくりと両手を上げた。

 生徒たちの長である楯無がラウラの一歩前に出て、四十院総司の顔を睨む。

「どうして、こんなことをしたんですか。IS学園の生徒を騙して敷地から出ないようにしたり」

「私がしたわけじゃないよ、理事長のせいだ、全部ね」

「あの理事長は、些事に拘らない性質みたいで、全て総司さんの仕業だって聞いてます。これ以上の誤魔化しは通用しません」

「そこまでわかってちゃ仕方ないか」

 生徒会長の言葉を受けて、大きなため息を吐く。

「ま、楯無さんがこんなちっちゃかった頃からの付き合いだ。私に対してある程度の信用を置いてるって安心しすぎたか」

「……総司さん、やはりそうなのですね」

「ああ、そうだよ。全てを騙してたのは、この私さ」

 愉快と言わんばかりに満面の笑みを作る男に対し、少女たちは舌を噛む。

「ご褒美に良いことを教えてあげよう。『彼女』のオーダーは専用機持ちたちをIS学園から出さないこと。そのためには生徒全員をIS学園に縛り付けておくのが一番。何せ専用機持ちってのは小国の軍隊ぐらい滅ぼしたり出来るわけだし、ここから出て行こうと思えば、いつだって出ていける」

 やれやれとため息を吐く副理事長に生徒会長が迫る。

「では、世界を敵にして何事か企んでるのは、全て四十院総司、貴方だと」

「今さらだね。全てのベクトルは私に向いてたでしょ。まあそれも計算済みさ。更識楯無さん。貴方は優し過ぎる。だから幼い頃から色々とお世話をしていた四十院総司を、最後まで疑いきれなかった。何せ分家との仲を取り持ってあげたのも私だし、妹さんと仲良く出来るようになったのも、私のおかげってわけだ」

「……私の不徳、と言われたなら、返す言葉がないけれど」

 冗談めかして手を叩く四十院に取りあわず、口元を扇子で隠したまま、

「ラウラちゃん、シャルロットちゃん、フォルテ、よろしく」

 と冷たい声で指示を出した。

 その合図に従い、三人が銃を構えたまま、近寄ってくる。

「岸原、こういう場合はどうしたら良いんだい?」

 四十院総司が苦笑いのまま肩越しに後ろの友人へと尋ねる。

「捕まってしまえば良い。大体にして、クーデターの可能性は最初に伝えたはずだぞ。ISすら持たない男の上層部を、頭の良い子たちが放っておくわけないだろう。むしろここまで我慢して従ってくれただけ、優しい子たちだと思うぞ、俺は」

「だよねえ。一般生徒たちは専用機上げるっていえば、迷うか従うのどっちかだと思ってたけど、専用機持ちはそうもいかないか。自慢の仲間たちって感じだ」

 自嘲の笑みを浮かべ、四十院は懐に手を入れる。

 ラウラが慌てて駆け寄り、その腕を絞り上げ、間接を逆に回して地面へと叩き伏せる。

「動くなと言ったはずだ」

 ラウラが背中に乗って、後頭部に銃を突きつける。

「待て待て待ってくれたまえ。出そうとしたのは銃じゃないよ、端末さ」

「端末?」

 四十院総司の手から零れ、画面を床に向けて転がっていたスマートデバイスを、銃を構えたままのシャルロットが足で楯無の方へ滑らせる。

 それを拾い上げた楯無の顔が、真っ青になった。

「これは」

「うんうん、そこにいるのは一年一組の生徒たちだね。のほほんさんだっけ? 可愛い子だよね」

「ここまで腐ったんですか、貴方は!」

 そこに映っていたのは、一年一組の教室で、手足を縛られ、猿轡を噛まされている数人の生徒たちだった。その中にぶかぶかの制服をきた女子生徒もいる。

「最初から腐った死体みたいなもんだよ、四十院総司は。どうするんだい、楯無さん。クーデターが起これば、私の手の教員たちが彼女たちを殺しちゃうかもしれないよ」

 小柄な女子生徒にうつ伏せにされたまま、IS学園の副理事長が笑う。

 声を出せず、緊張した面持ちで動けずにいる生徒たちを見て、岸原が上げていた両手を下ろした。

「お前たちの負けだ。専用機持ちが一般生徒に何も告げず行動を起こすだろうというのは、想定済みだ。だから逆に一般生徒は何も知らずに無防備なままだ」

 岸原の言葉を受けて、国津幹久も上げていた両手を下ろし、諭すような優しい表情を浮かべた。

「悪いようにはしないよ。生徒たちを危ない目に合わせるわけにはいかないんだ。ただ、ISに乗ってもらう必要がある。その方が安全だからね」

 大人たちの言葉を聞き、生徒会長の後ろで構えていた織斑一夏が、一歩前に出た。

「ラウラ、離すんだ。俺たちの負けだよ」

「し、しかし、人質に屈しては」

「クラスメイトが人質に取られているんだ。仕方ないだろう」

「……わかった」

 渋々と言った面持ちでラウラが四十院の上から降りる。

 わざとらしくスーツに付いた埃を落としながら、副理事長がゆっくりと立ち上がった。

「いいかい、専用機持ちの諸君。キミたちじゃ私に絶対に勝てない。私は君たちのことを知り尽くしているし、力もある。そして汚い策だって平気だ。今から君たちが一般生徒を助けて、再度クーデターを起こそうったって無駄だよ。そうだな、例えば織斑君」

「……なんでしょうか」

「キミの大親友の五反田君だっけ。あそこの食堂、美味しいよね、業火定食って言ったっけ。また食べたいなぁ。妹さんもIS学園を希望してたよね」

「な、んでそれを今……まさか」

「シャルロット・デュノア君」

「は、はい」

「キミがまだ小さな女の子だったとき、フランスの片田舎で暮らしてたよね。元気な幼馴染も一杯いたわけだ」

「……まさか」

「あとはそうだな、ここにはいないけど、フォルテ・サファイア君。キミのご家族は中々元気だね」

「……チッ」

「あとラウラ・ボーデヴィッヒ君。リア・エルメラインヒさんのお母さんがご病気で、一度死にかけてるね。いやあ、良かったね、最高の治療が受けられて」

「キサマ……」

「更識楯無さん、ほら布仏さんちのご両親もなかなかエキセントリックな人たちだったよね」

「……総司さん、貴方は」

「いいかい、キミたちは絶対に私に勝てない。失ってはイヤな物、ああ、そうだな。守りたいものがある限りは私に勝てない」

 不敵に笑う姿は、大きな商談を勝ち取ったビジネスマンの誇らしい姿そのままだった。

 疲れ切った顔の一夏が四十院の前に立ち塞がる。

「アンタたちは」

「ん? どうしたんだい、織斑君」

「何が……目的なんだ!?」

「何が? IS学園を事実上占拠して、理事長殿のやりたい放題させていることの目的かい?」

「わざわざ国連にケンカを売って、戦争を起こそうとして」

「戦争? ゲームでしょう。IS同士の戦争なんて、ゲームみたいなものだよ、織斑君」

「ISに乗らないアンタらは誤解してるかもしれないけどな、ISだって下手したら死ぬんだぞ! そんな簡単な話じゃないんだ。人が死なないって言うなら」

「うん?」

「どうして、二瀬野鷹は死んだ!?」

 泣き叫ぶような言葉に、場にいた全員が沈黙した。岸原も国津も悲痛な表情で頭を垂れている。

「人は死ぬんだ! ISをつけてたって、人は死ぬ! そんな戦争を作り出そうとしてまで、アンタらは何がしたい!」

 近づいた一夏が四十院の襟を掴み、瞳を歪めて叫ぶ。

 だが、四十院総司は少し冷めた表情を浮かべ、

「勝つためだよ」

 と言葉で突き離した。

「勝つ? 勝つって何にだ!?」

「勝って、勝利を得て、利益を勝ち取る。そこに私たちの平和がある」

「平和? これが平和だって言うのか!? みんな不安がってる。家に帰りたいって泣いてる子だっている。このIS学園を世界中が攻撃しようとしてる! これのどこが平和だ!」

「未来に対して犠牲を払うのは当たり前だ。そんな一時的な感情は……まあ捨てられないのが、キミらしいか」

「アンタに何がわかる!」

「わかるよ。岸原、頼む」

 ため息を吐いてから、副理事長が指で仲間に合図をした。

 それを受けて、岸原が大きく踏み込んで一夏を殴り飛ばした。

「一夏!」

「一夏君!」

 倒れ込んだ少年の元へ、少女たちが駆け寄った。

「何しやがる!」

 腫れ上がる口元を押さえながら、一夏が殴った男を見上げた。そこには厳しい顔をした大人がいた。

「今回のクーデター未遂は、これで許してやる。寛大な処置に感謝しろ」

「な、何が寛大な処置だ! みんなを早く解放しろ!」

 立ち上がった一夏が、拳を構えて岸原に殴りかかろうとした。

「もう一発、殴られなきゃわからんようだな!」

 それにカウンターを合わせ、一夏の顎を的確にフックで打ち抜く。食らった方は膝から崩れ落ち、前のめりに倒れて意識を失った。

「こ、この、キサマら!」

 ラウラが右腕のISを展開して殴りかかろうとした瞬間、

「そこまで」

 と冷たい声が響いた。

「な」

 その顎に弧を描いた刃が突きつけられている。

「ずっと潜んでいた私に気付かないとは、何と素晴らしい放置プレイでしょうか。こういうのも悪くありませんね」

 いつのまにか四十院の横に、青紫に染め抜かれた制服の女生徒が立っており、右腕部を部分展開していた。

「ルカ……早乙女」

「銀髪の美少女を身動きの出来ない状態にし、その痴態を眺めるなど素晴らしい光景ですね、見ているだけで絶頂を迎えてしまいそうな愉悦です」

 内容に似合わず淡々とした喋り口で語る顔には、声音同様に表情がない。

「さて、キミたちにはしばらく従ってもらおうか」

 厳しい表情で通達し、四十院総司がスーツの襟を正してロレックスの腕時計で時間を確認する。

「ま、もういいか。そろそろ全てが無駄になる。キミたちもシェルターに入るなり何なりしたまえ。行こうか、国津、岸原。ルカ君ももういいよ。時間だ」

「かしこまりました、副理事長。では、私は私の任務へ」

「機動風紀のみんなには頑張ってもらわないとね。それじゃ、みんな、ごきげんよう」

 後ろを向いて軽く手を振りながら、四十院総司が去っていく。国津幹久、岸原大輔、ルカ早乙女の三人もそれに従って、薄暗い電算室から歩き出していった。

「……ラウラちゃん、一夏君を起こして。あと、地下シェルターに向かって、みんなで人質にされてた子たちを助けましょう。指揮はラウラちゃんが」

 楯無が力のない声で呟く。戸惑いながらも、全員がその指示に従って走り出した。

 薄暗い部屋にただ一人残った楯無はふら付きながら、点灯したままの画面の前に座る。

 大きくため息を吐いてから、

「ダメね。こんなんじゃ幸せを逃がしちゃう」

 と弱々しく愚痴を吐いた。

 四十院総司。

 更識家にとっては恩人だが、同時に只者ではないとも察知していた。それなのに、この体たらくだ。

 改めて、何者なのかと問い返す。

 ISが発表され、白騎士事件が起きるまでのわずかな間に全てを握った、四十院の麒麟児と評される傑物。

 もう一度、その足跡を辿る必要があるのかもしれない、と唇を固く結んだ。

 

 

 

 

 極東飛行試験IS分隊改めアラスカ条約機構直轄極東IS連隊の第一小隊が全員、ブリーフィングルームに集まっていた。

「んじゃー、作戦概要がIS部隊にも解禁になったから、説明すんぞー。湯屋、よろしく」

 隊長である宇佐はパイプイスを取り出して、入口近くの隅に座って足を組む。その変わりに副隊長である湯屋かんなぎという学級委員長気質と陰口を叩かれる隊員が前に出る。

「では、説明をさせていただきます。まずは解禁になった資料を手元に」

 部屋の前面に浮いたホログラムウインドウには、IS学園のある島が俯瞰図で表示されている。

「まず大前提として、それで今回の作戦は、米軍とアラスカ条約機構との共同作戦になります。第十四艦隊とこの基地で行います。他の国は今のところ太平洋に回せる攻撃手段がないとのことです」

 湯屋の説明を聞いていた宇佐つくみが鼻で笑う。

 だが隊長の態度はいつものことだとわかっている湯屋は構わず続ける。

「このIS学園は内陸に面した小さな無人島を開発したものです。端から端まで一番長いところで17キロ半ぐらいの小さな島です。この島から半径50キロに住む人間は、全員避難完了ということです」

 細いメガネを人差し指で正し、湯屋が説明を続ける。

「また、ISを持たない一般生徒たちは副理事長である四十院総司の指示により、現在は地下シェルターに集められているとのことです。シェルターは内海に面した場所、モノレールの正面駅近くの関連施設の下だそうです」

「はい」

 元気良く手を上げたのは、整備畑のIS士官であり背が低い日田という隊員だ。化粧っ気のない童顔と大きな三つ編みが特徴的である。

「はい、日田どうぞ」

「その情報の信頼度は高いんですか?」

「かなり高いはずです。内通者および監視衛星の情報を統合した結果です」

「内通者?」

「米軍から行ってる生徒も一部、残ってますから」

「あー、なるほど」

「では続けますね。まず本日ニイサンマルマルに、IS学園に対して最終の武装解除通告を送ります。これが受け入れられない場合」

 湯屋は一瞬、隊長である宇佐と目配せをしたあと、小さくコホンと咳払いをした。

「まず、このIS学園のある島に向け、太平洋上の目標から2000キロ離れた場所に位置したアメリカ海軍第十四艦隊が、戦術巡航ミサイルを撃ちます」

「はぁ!?」

 湯屋の言葉に、宇佐以外の全員が驚いて声を上げる。

「IS学園側に電子戦……つまり誘導式巡航ミサイルの進行を妨げる装備はないと思われるので、ISを出してくると予測されます。ですが、全ての巡航ミサイルを撃ち落とすのは不可能だという予測です」

「な、何発撃つ気?」

 悠美が腰を浮かしたまま尋ねると、湯屋は眉間に皺を寄せ、

「機密事項。でもそうね、例えば九十年代のオペレーション・デザートストームでは300発近くのタクティカルトマホークと30発以上のALCMが撃ち込まれたという話よ」

 と参考資料を持ち出してくる。

「んなっ、300とか!」

「IS学園の持ってるISは50機ぐらい。全部を持ち出しても撃墜できるとは限らないわよ。ましてや時速900キロ以上で迫る兵器だから。弾道予測できたとして、悠美なら何発行ける?」

「ば、場所に寄るけど。っていうか、本数じゃなくてISからの距離じゃないかな、うん……」

 考え込みながら、自信なさそうに呟く悠美に対し、湯屋が次のデータを画面へと映し出して、レーザーポインターで指し示す

「今回は軌道衛星上にある宇宙ステーションのラファール・リヴァイヴから、観測データをダイレクトで巡航ミサイルに伝達し、ISのいる場所を避けて攻撃を仕掛けるそうよ。つまりISから逃げる巡航ミサイルってわけ。そのために最大射程よりさらに内側まで近寄って撃つの」

「本気!?」

「私が作戦立案じゃないし……。とりあえず、目標は学園の施設をあらかたぶっ飛ばすこと。勿体ないけど、それぐらいアメリカは気合い入ってるってこと」

「てか何で施設をぶっ飛ばすの? 理事長と副理事長が目的なんじゃ」

「理事長直下の機動風紀って部隊があるらしくて、なかなか強力な汎用機みたいよ。この間のディアブロ落下事件で鹵獲した機体。あと二十機は残ってるって」

「だ、だったらIS同士で」

「悠美ー……ISみたいな小回りが効く兵器相手に、数で負ける私たちが最初に乗り込むわけないでしょ」

「そ、そりゃそうだけど、でも湯屋さん、ISはISでしか落とせないんだから、なんで巡航ミサイルとか」

「巡航ミサイルじゃISのシールドは傷つかないし、意味はないってのは米軍だってわかってるわ。だから、補給を断つわけ。所詮はエネルギー補給が必要な兵器だから、そういう設備がありそうな場所を吹き飛ばして、なおかつミサイル防衛でISを消耗させる。そこでまだ降参しないなら、またミサイルを撃つ」

「無茶苦茶だよ! てか第十四艦隊ってIS何機あるの?」

「二機」

「二機って、二機しかいない艦隊なんてISじゃ」

「そのために太平洋上から撃つのよ。2000キロも離れてるんじゃ、ISでも三時間近くかかる。相手の機体はマッハ出ないみたいだし」

「でも相手が攻撃と防御の二部隊に分かれたら」

「そうなったら儲けもの。半分の数のISが学園から離れて太平洋艦隊に向かった瞬間に私たちが叩く。そういう作戦よ」

 まるで教師のように答えて行く湯屋に対し、悠美は次の質問が思いつかない。

 普段はアイドルみたいな生活をしている彼女だが、生粋の軍人でもあるのだ。

 緊張した空気の中、それまで黙って不機嫌そうに聞いていた宇佐が、パイプイスから立ち上がる。

「沙良色、戦争したくねえのはわかるけど、それは相手に言ってくれや」

「ですが隊長、我々は」

「今のIS学園のいる人間は、武装解除に従わずアラスカ条約機構直轄の施設を占拠するテロ集団だってこと、理解してるよな?」

 元々の所属が違い過ぎるせいか、よく意見が対立し宇佐と言い合うことが多い悠美ではあったが、今は宇佐の冷たい言葉を突き返すことが出来なかった。

 そのまま睨み合う二人を見て、グレイスや湯屋といった隊の面々が息を飲む。

「あとはそれぞれ説明読んどけ。ブリーフィングは以上だ。また何かあれば呼ぶ。巡航ミサイルが撃たれるってときに仮眠とか期待すんじゃねーぞ。んじゃ解散」

 だが、宇佐の方から視線を外し、そのまま機嫌悪そうに大股で部屋から出て行った。

 ドアが閉まったのを確認し、悠美はストンと腰を落とす。

「……悠美、ありゃマズいって」

 隣に座っていた褐色の肌を持つグレイスが、軽く責めるような言葉を向ける。

「ま、まずいって?」

「だってねえ……」

 グレイスはチラリと、悠美の反対側にいた湯屋を見た。まるで真面目な委員長といったお堅い容姿の湯屋は、呆れたようにため息を吐いた。

「二瀬野君が死んでから、わりと機嫌悪いわよ、宇佐隊長」

「え? そ、そう?」

「まあ貴方はいっつも言い合ってるから、気付かなかったのかもしんないけど、よく第二小隊のファイルス隊長にケンカ売ってるじゃない」

「言われてみたらそうだね……」

「何だかんだで、死んだことが納得いってないみたいよ。宇佐隊長はIS学園とか嫌いだし、余計に腹立たしいんじゃない」

 IS学園が憎い。

 そういう感情を持ち合わせていなかった悠美には、盲点だったようだ。

 確かに二瀬野鷹を殺した人間は憎いが、悠美はまるで別次元の存在のように捉えていた。

「でも、IS学園の子たちだって被害者じゃない?」

「世間はそう見ないわよ、悠美。大人がISに目の眩んだ一部の学生たちを唆して、世界最高峰の天才に付き従ってテロを起こしてる。そういう考え方をしてる人だって沢山いるわ」

「それはちょっと偏見過ぎるよ……」

「もちろん、少年兵は操られてるだけってのが、大半の見方だけど、他にもこういう考え方もあるのよ」

「なに?」

「どうせISをつけてるんだから、死なないじゃないかって」

「そんな! 絶対防御は優秀だけど、それこそ絶対に死なないってわけじゃ!」

「私に言われてもね。あとはそう、白騎士事件のリベンジよ」

「白騎士事件? なんで?」

 白騎士事件とは、ISの優位性を世界に知らしめた、二千三百四十一発のミサイル誤射に端を発する一連の騒動のことである。その二千発以上のミサイルを、一機のISが半分を近接兵器で、残り半分を荷電粒子砲で叩き落とした。そして最新鋭装備を繰り出してきた各国の軍隊を、人死にを出さずに無力化したのだ。

「その再現をして、ISから優位性を奪いたい人たちもいるだろうし」

「ば、ばっかばかしい。そんなの、ただの見栄じゃない」

「その見栄を発揮するには、今のIS学園はわかりやすいぐらいのテロ集団だってことぐらい、わかるでしょう?」

 淀みなく語る湯屋の言葉に、悠美は納得がいかないようだった。その大きな胸の下で腕を組み、顔をプイッと逸らして、

「何をどう取り繕ったって、大人が寄ってたかって子供の居場所を攻撃してることに違いはないじゃない!」

 と不機嫌そうに言い捨てた。

「ま、それはそうなんだけどねー」

 机に突っ伏したグレイスが、正面に出しっ放しだったIS学園の俯瞰図を指さした。

「あれ、すっごい詳細までわかるじゃない? 避難用シェルターの場所まで。八月に提出された最新のヤツなんだって。そろそろ完成するはずのも含まれてる」

「そりゃアラスカからあるんじゃない?」

「違う違う。四十院総司がアラスカに提出したんだってさ。シェルターに非戦闘員がいるから攻撃すんなって」

「は?」

「やる気満々なんだよ、最初っから。地下深くのシェルターに一般生徒やら非戦闘員の職員やらを押し込めて人質に取ってるって図式なわけ」

「……総司おじさん、まさかそんなところまで」

「あのオジサンも謎だよね。すっごいやり手だけどさ」

 その二人のやり取りに湯屋が不思議そうな顔を浮かべる。

「二人とも四十院総司を知ってるの?」

「あ、うん。一応、お家の付き合いでね。知ってるとは思うけど、うちの分家と本家が折り合いが悪かったときに橋渡ししてもらったり、色んな資金提供してもらったりさ」

「グレイスは何で知ってるの?」

「うーん、あちしは悠美と幼馴染ってヤツだから、自然とね」

「ふーん。でも、若いときから相当やり手だったんでしょ? 四十院総司って。彼の雷名はIS業界中に轟いてるし」

 湯屋の質問にグレイスが手を振りながら、

「学生の頃はボンクラで有名だったらしいよん。まあ夢見がちな優しい人だったみたいだけど」

 と人懐っこい笑みを浮かべる。

「はあ。それが何でまた」

「事故で頭打ったとか、死ぬような目にあったとかじゃない? そんな本人しか知らないようなことまでは知らないよん」

「へー。そうなのね。知られざる偉人の過去ってわけか」

「そんなことより!」

 和み始めた湯屋とグレイスの間で、悠美が大きな音を立てて机を何度も叩く。

「な、なんなのよ悠美」

「どったの悠美」

「何か戦争を防いだりとか、そういうアイディアないの!?」

 大声を上げる悠美に、グレイスと湯屋は顔を見合わせて苦笑する。

「あるわけないでしょ」

「あるわけないじゃん」

 やれやれと憤る悠美に対し、二人してため息を吐いた。

「もういい!」

「どこ行くの?」

「なんか色々考える!」

「そいやリアちゃんは?」

「あれ? そういえばいないね」

「四十院の残してったテンペスタ・ホークについてるみたいよー」

「……二瀬野君の」

 悠美の顔が暗い表情へと変わって行く。

「どっちにしても、IS学園側が市街地でビルぶっ倒して一般人殺したり、二瀬野鷹っていう少年を殺したのは間違いない。それは責められるべき事態だし、四研の人たちだって行方不明のままなんだから、こりゃ一戦起きても仕方ないでしょ。ならず者ってヤツよ」

 極東IS部隊の第一小隊副隊長を務める湯屋が諭すように肩を叩いた。

 それでも悠美は納得がいかなかった。

 せめて、この一戦が白騎士事件のように、一人の死者も出ない状態で終わりますように。

 そう祈ることしか出来ない自分の無力さを呪った。

 

 

 

 

「いやーハッタリ聞いて良かったわ」

「は?」

「いやこっちの話。それで?」

「はい。太平洋上の米軍第十四艦隊より入電きました」

 IS学園の施設内、まるで戦艦の艦橋のように整えられた集中コントロールルームは、IS学園の中心のセントラルタワー内にある。

 そこに四十院副理事長を中心とする、九月に来たばかりのメンバーが集まっていた。一番大きな正面のモニターの下には、距離を取って三つの座席があり、スーツに身を包んだ男たちがヘッドセットをつけて座っている。

 その中で一人、山田真耶だけが居心地悪そうに四十院の横に立っていた。なぜ自分が呼ばれたのか彼女にはわからずに、副理事長とスタッフたちのやり取りを黙って聞いているだけだった。

「入電内容は、武装解除しなけりゃ攻撃するぞ?」

「はい。最終通告だそうです」

「周囲の人たち、逃げちゃったからなぁ」

 IS学園に隣接した都市の人間たちは、すでに自衛隊の誘導により避難を終えていた。つまり、この近くにはIS学園の灯りしか存在しない。

 コントロールインターフェイスに向かったスタッフより一段高い場所に、指揮官用のイスがある。そこに座っている四十院は、隣に立つ真耶に向けて肩を竦めた。

「どうしましょ、山田先生」

「ど、どうって……武装解除するべきではないでしょうか! 大事なのは生徒たちの命です」

 明日の朝食のメニューを尋ねるような言い草に、真耶は一瞬戸惑った後、すぐに表情を引き締めて断言した。

「そりゃそうだ。でも武装解除って、どこまで出来るんですかね」

「どこまでって……全ISです! 決まってます!」

「うーん、うちのISって、すでに武装解除済なんですよね」

「はっ?」

「だって生徒用の打鉄も教員用のラファール・リヴァイヴも格納庫でしょ」

「そ、そうではなくて、機動風紀たちのマルアハもあるじゃないですか!」

「いや、そうは言いますけどね……あれってほら、理事長直轄じゃないですか」

「そ、それはそうですけど、でも!」

「武装解除を聞いてくんないんですよねー、山田先生、どうしましょ」

 四十院副理事長は足を組んで、わざとらしく困ったような笑みを浮かべる。

 男の言っていることが詭弁だというのは理解している。かといって、それを指摘しても意味がないことは理解していた。

 相手は篠ノ之束である。

 全世界が放置してきたツケが今、ここに回ってきた。

「とりあえず生徒はシェルターに、あと極力IS装備させて、一年から順番に」

 だがすぐに真面目な顔に戻り、指示を告げる。続いて他のスタッフに向け、

「あと機動風紀に連絡して、情報連結。巡航ミサイルの予測進路をリアルタイムで伝えるように」

 と矢継ぎ早に指示を出す。

「じゅ、巡航ミサイル!?」

「真耶ちゃーん、そりゃ撃ってくるでしょ。射程は3000キロだ。マッハを超えられないISじゃ、撃ってくる艦隊に辿り着くには時間がかかる。向こうは時速900キロオーバーだし」

「そ、それはそうですけど、こちらにはISが!」

 いきり立つ真耶に対し、四十院総司がスッと冷たい表情へと変わり、

「白騎士じゃない」

 と突き離すように言い放った。

「え?」

「こっちにいるのは、白騎士じゃない。白騎士事件は確かにセンセーショナルだけど、あれはあのISとパイロットの性能あってこそだ。我々は未だにその域には辿りつけていない。違いますか、山田先生。貴方なら太平洋のど真ん中、3000キロ向こうの艦隊から、時速900キロ以上で飛んでくるタクティカルトマホークを、全て単機で撃ち落とせますか」

 冷淡に事実のみを突きつけるビジネスマンの言葉に、真耶は目を逸らして頭を垂れた。

「……無理です」

 IS学園の教員で元代表候補生の山田真耶だからこそ、通常のISパイロットと汎用機の限界がわかる。

「ですよね。ま、ISに当たる分にゃいいです。どうせ傷つきませんから。でも、この島に撃たれたら大問題です。補給が断たれちゃISはいずれ動けなくなるし、シェルターに入ってるとはいえ、生徒もいますし、一般職員も残ってます。それに一つだけ問題があって」

「なんでしょう?」

「白騎士がミサイルを斬って撃ち落としたおかげで、ISでの電子戦が発展しなかったんですよね。特に巡航ミサイルに対する電子的な妨害とか」

「競技用としては、必要ない機能だったからではないでしょうか」

「ま、そですね。やろうと思えば出来るんですけど、とりあえずこのIS学園に電子戦装備なんてものは存在しないし、どちらにしても超ハイスペックな白騎士はいない。IS学園で戦うのはマルアハだけ。そして残念ながら、こっちには迎撃用兵器も最低限。巡航ミサイルはない」

「当たり前です!」

「ISを飛ばしても、艦隊に辿り着いた頃にはヘトヘトだ。そこに敵空母に搭載されたISが迎え撃つ。その前に数を分けた時点で、二十四機を擁する極東が襲いかかってくる。これをどうやって打破したら良いのやら」

「こ、降参するべきです!」

「あんなやる気に満ちた機動風紀の生徒たちを置いて?」

「それは……でも」

「彼女たちにしてみたら、やっと得た専用機だ。そして今、この世界じゃISを持ってる人間が一番強い。それより強いのは、ISコアを作れる人間だ。事実上、IS学園が最高のはずなんですよ、冷静に考えれば」

「……テロリスト扱いされても、ですか」

 頭を垂れたままの真耶は、唇を噛みながら何とか反論をする。だが相手はそれに答える必要などないと笑顔で受け流す。

「私が太平洋艦隊なら、ISの壁をミサイルでぶち抜いて、IS学園を完膚無きまでに破壊、そして補給を断ちます。どう思います?」

 その質問に、ゆで上がりそうな温度の脳内を何とか回転させ、真耶は必死で考えを巡らせる。

「……正しい判断だと思います」

「ありがと。後はISを各個撃破すれば良い。エネルギーさえなくなれば、さすがのISですら飛べはしないですし」

「で、では、どうされるんですか」

「まずはISの優位性を再確認させるために、飛んでくる巡航ミサイルを全部、ぶっ飛ばします。ミニ白騎士事件って感じです」

「で、ですが、それでは近くにある極東のIS部隊からの強襲には」

「こっちの方がISの数は上です。敵は三機八部隊の合計二十四機、こっちは五十機。まあ打鉄とかラファールとか専用機とかは今回、出しませんけど、相手はそう思ってないでしょ。というわけで、極東に集まったISじゃ全然数が足りない。だから巡航ミサイルですよ。そんなわけで、こっちも通常兵器なんて無駄だと思い知らせるんです。そこにしか勝ち目はない」

「それは! そうですけど!」

「防衛線ですよ。守るの好きでしょ、みんな」

 そこまで言ってから、齢四十も近いのに、三十路にしか見えない男が大声を上げて快活に笑う。

「ふ、副理事長がおっしゃってるのは全て、戦術レベルですよね!?」

「戦略? 戦略はありますよ、山田先生」

 まるでIS学園の生徒のような気易さと笑みで話しかけてくる。真耶はその姿に違和感を覚えたが、その正体が自分でも掴めない。

「おーい、米軍の第十四艦隊とあとアラスカ条約機構本部、それにニューヨークの国連本部に繋いで」

「了解しました。入電の内容は?」

「以前からの計画通り。もうめんどくさいから、IS学園は独立国家として旗揚げしちゃいますって」

「了解しました。文章は」

「前に作ったヤツあったでしょ、あれから変更なし。国土はここ、国主は篠ノ之束、執政は私こと四十院総司。産業はIS関連、コアの取引したい国は大歓迎って付け加えておいて」

 そのやり取りに真耶は開いた口が塞がらなかった。

「ど、独立?」

「そ。だって仕方ないでしょう。どこも相手してくれないんですから。だったらISコアが欲しそうな国と取引するしかないでしょ」

「ゆ、許されるはずが」

「誰が私たちを、いいや、篠ノ之束を止めるんです? むしろめんどくさいアラスカ条約機構から離れてくれないかって国も多いですよ。アフリカ諸国とか西アジアとかロシアとか中国とか。いわゆる反米勢力?」

「な、な、な……」

「あとあれだ、貴族の地位とか欲しい人はIS学園のホームページのメールフォームから送ってって付け加えておいて。25ドルで三年期限の名誉爵位あげちゃう。今なら記念硬貨も付け加えちゃおう」

「ど、どこのシーランド公国ですか!」

「良いツッコミありがとう。センセもいかが?」

「いりません!」

「残念、教員には強制的に爵位プレゼント。今から山田先生は、山田子爵です。カッコいいでしょ」

「……子爵……っていりません! 失礼します!」

 ふざけた言い様にさすがの山田真耶も堪忍袋の緒が切れたのか、肩を怒らせ早歩きで中央コントロールルームから出て行った。

 それを笑顔を見送ったあと、四十院総司は顔を引き締める。

「巡航ミサイルとか二十四対五十とか、そんなんじゃ全然足りねえんだよ」

 ぽそりと呟いた刺々しい言葉は、誰の耳にも届かない。

 すぐに笑顔に戻り、四十院総司が大ぶりのジェスチャーとともに命令を始める。

「じゃあ、電波妨害ユニット解除。全世界に向けてオープンチャンネル。セリフは短く」

 まるで自嘲するように笑いながら、四十院総司と呼ばれる男が宣言する。

「かかってこいってね」

 

 

 

 

 太平洋に陣取った第十四艦隊のオハイオ級潜水艦が上部に位置したミサイル発射口を開く。空母を囲むように配置されていたミサイル駆逐艦とイージス艦も同様に、甲板の発射口を開き、その奥から巡航ミサイルが覗き込んでいた。全てが対地戦術巡航ミサイルであった。

 そして全てが僅かな時間差の元に撃ち出され行く。

 数はすでに20を超えている。そしてすぐに、次弾を撃つ用意が始まった。

 そのまま夜の太平洋の海面スレスレを、亜音速のスピードでIS学園と向かった。

 

 

 

 

 

 夜の海、IS学園から遠く離れた太平洋上に、その機体は浮かんでいた。

 四枚の黒い羽根を持つフルスキン型ISは何をするでもなく、ただ海面近くを動かずにいるだけだ。

『失う物はもう無い』

 中にいるパイロットが震える声で呟いた。

 ISの頭部が何かを見つけて向きを変える。

 それは米軍第十四艦隊から放たれた巡航ミサイルの群れだった。

 音速で迫る兵器に近づき並走するように速度を合わせて動き出す。

『ジン・アカツバキ』

 憎悪を込めて呟くと、ミサイルの群れに紛れ、その機体はIS学園へと向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 









ギリギリで申し訳ありません。
今回の話、コイツ、アレじゃね? みたいなのに気付いても、感想欄にネタバレとか書かないで、こっそり私宛に送るとかにしてもらえると、すごいありがたいです……ええ、お願いします……。

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