ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

32 / 49
32、ユア・ネーム・イズ

 

 

『さあさあ、いっくん、それはキミの武器だ』

 一夏は自らの手に持つ刃に目を落とす。光が消え、今はただの金属製のブレードと化していた。

 だが、先ほどの手応えは、確かに自分が何かをしたのだと直感で理解できていた。

『斬りたいものを切り、全てを断絶するキミだけの武器。心を動かし祈ってイメージして。あんなミサイルなんて、白騎士の正当後継者たる織斑一夏に通用するはずがない』

 滔々と祝詞のように語られる篠ノ之束の言葉を受けて、襲いかかるミサイル群へ目を向けた。

 普段の篠ノ之束にはない静謐とした雰囲気が、通信回線を通して心を研ぎ澄ましていく。

 イメージするのは、自分の心の中にある、世界でもっとも強いモノ。

 目標は列を為して襲いかかる時速920キロ、全長6メートル超の兵器群。

 まず切断するのは、不可能だと思うイメージ。

 次に空間。

 最後に目標だ。

 彼にとって、いつも信じられないのは自分自身だった。

 力がなく、誰かの足を引っ張って、他人を信じることさえ出来ず、弱いままに戦おうとする。

 強くなりたい。

 ラウラ・ボーデヴィッヒと出会ったとき、彼はそう思った。

 誰かを守りたい。

 シャルロット・デュノアと出会ったとき、再認識した。

 そうやって得てきた意思が友人を傷つけ、自分の仲間すら巻き込んだ。

 だから自分が信じられない。

 ヒーローなんて言うなよ、ヨウ。自分が信じられないヤツがヒーローなわけないだろ。

 顔を上げ、刹那の思いを振り払い、眼前に迫り追い越して行こうとする巡航ミサイルを全てイメージの中に収めた。

 信じられないなら信じないまでだ。この現実を。

 そして、その先にある未来を信じてやる。

「ルート3・零落白夜!」 

 今、再現が行われる。白い騎士の、暴虐が。

 一夏が両手で持った刃を大きく振り上げて、全てを切断するがごとく振り下ろす。

 光の刃が彼の刀から溢れ出し、全てのミサイルを切断し爆発させ消滅させた。

 

 

 

 

 二瀬野鷹としての人生を終えたときを覚えている。

 ジン・アカツバキの送り込んだ戦闘機型ISからの攻撃により、光に包まれる輸送機の中、ISを展開し力を欲した。

 近くには玲美や理子、神楽、それにママ博士もいた。彼女たちはISを装備しておらず、ここで撃たれたなら、確実に死んでしまう。

 ディアブロ、力を寄こせ。

 何を捧げて良い。

 ここにいる人間たちを守る力を、オレに、この二瀬野鷹にくれ。

 叫んだ瞬間に、目の前が真っ暗になった。

 敵の可変型ISの砲撃により輸送機が破壊される。

 だが、オレの脳みそがザクザクと刻まれるような感覚とともにディアブロが変形し、機体を包むシールドを球形に巨大化させ四人を守った。ただ、相手の衝撃を完全に防ぐことは出来なかったようで、全員が気絶しているようだった。

 今までのオレには出来なかったような繊細な動作でPICを働かせ、意識のない四人を空中に浮かせたまま、ゆっくりと飛ぶ。

 ISからバイタルに関するエラー警告音が激しく鳴っていた。

 それでもディアブロはオレの祈りを聞いて、四人を近くに見えた沖合の小さな島の砂浜へと降り立つ。

 PICを解除し、砂浜に四人を置いた瞬間に、ISの胴体と頭部がいきなり解除された。

 中から何か倒れ込んで地面に落ちた。

 見たことのない男の背中だ。

 誰だ、と思い腕を動かして、その体を仰向けにしたとき、オレは発狂するかと思った。

 いや、発狂したのだ、おそらく。

 そこにあったのは、オレ自身の……この二瀬野鷹の死体だったからだ。

 

 

 

 

『半径10キロ圏内、ミサイルの機影なし』

「すごい!」

「白騎士みたい!」

「やった、すごいすごい!」

 目に見えていたミサイル群が一掃され、数秒ののち、我に返った機動風紀たちが湧き立つ。

 肩で息をしながら、一夏は手に持った雪片弐型を見つめる。

『ぎゃー、もう通信切れる! 時空間通信とかさすがの束さんでも、こんな機材と資材じゃ無理無理すぎるー!』

「え? 束さん? ちょっと!? 今、どこなんですか?」

『にゃー、こんなさびしい場所じゃウサギは死んじゃうぴょん! 死なないけど! 絶対に死なないけど!』

「束さん、色々聞きたいことがあるんですけど!」

『ごめん、いっくん限界! 一言だけ言いたいことが』

「な、なんですか?」

『あいるびーばっく!』

 調子っぱずれの英文を残して、通信が途切れた。

「ちょっと! どこのターミなんとかですか! ふざけないでください! ちくしょう、ふざけろよ! てかドヤ顔が思い浮かんでちょっとウザい! 」

 一夏にしては珍しい悪態の連発に、周囲の人間たちが驚いていた。その視線に気づいて少しバツが悪そうに苦笑いをした。

 だが、すぐに一つのことを思い出し、顔を引き締める。ミサイルの機影こそ見えないが、まだ戦闘は継続中で、漆黒のISがまだいるはずだと視界を回す。

 そこでは、新しく現れた銀色に赤いラインの入った一機のISが、漆黒の機体と戦闘を繰り広げていた。

『……誰?』

 槍の柄同士で鍔迫り合いをしながら、四枚羽根同士が顔を突き合わせる。どちらもフルスキンタイプであり中のパイロットは判別できない。

「謎の美少女パイロットよ!」

 相手の機体を押し返し、銀と赤の機体に乗った鈴は槍の刺突を三連発で繰り出す。

『くっ』

 マシンボイスに変換された焦りの声が漏れる。

「へー、結構良い機体じゃない。甲龍ほどの安定性はないみたいだけど、反応はこっちが上か」

 相手が後ろに引いても追撃せず、鈴は見せ長い得物をグルグルと回して余裕を見せる。

『どうして邪魔を?』

「IS学園を壊されたくないから、かな」

『専用機持ちたちは餌』

「餌?」

『いずれ成長したジン・アカツバキに質量化されて食べられてエネルギーになるだけの存在』

「ふーん。で?」

『で?』

「それが、今のアンタとアタシに関係あるの?」

『……そう』

 鈴の挑発に諦めのような吐息を漏らす。

「後ろ、危ないわよ」

 嘲笑うように忠告する鈴の言葉よりも早く、そのISは空中へと舞い上がった。

「外しましたか。しかし後ろから襲いかかるのも興奮しますね」

 鎌をもたげて奇襲をしたのは、ルカ早乙女という機動風紀の委員長だった。

「下品なのよ、委員長さん」

「この洗練された麗句の数々がわからないとは、貴方は未経験者ですね」

「なななななっ、何なのよ、アンタ!」

「ちなみに私も処女です」

 胸を張ってきっぱりと告げながら、ルカは上へと鎌を振り上げる。振り下ろされた漆黒の槍とぶつかり、火花を散らした。

「隙あり!」

 鎌をぶつかり体勢を崩した相手へ、銀色のISが槍を持って突撃する。

『くっ』

 咄嗟に左腕を振り上げ、肩に刺さろうとしていた穂先を逸らす。

「騎乗の逢瀬は男女の位置が逆だと思いますが」

 足元にいた青紫のISが右手に持っていたライフルを構え、引き金を引く。

 散弾のように広がって放たれたビームが、漆黒の機体の脚部装甲を焼いた。たまらず距離を取るように、空中で跳ねてから後退し、IS学園側の二機を見据える。

「ヨウ、もう終わりだ」

 そこへ、純白のISが近づいてきた。

 漆黒の機体が周囲を見回す。先ほど撃墜された負傷者を抱えた一機以外のマルアハが、周囲をグルリと取り囲み、マシンガンの銃口を向けていた。

「さすがにこの数には勝てないだろ。その機体がどんなに凄くても」

 20対1、という状況を受けてか、槍を持った腕を下ろし、頭を垂れる。

『どうして邪魔ばかり』

「邪魔をしたいんじゃない。話を聞いてくれ、ヨウ」

 箒から離れ、他の機体より前に進んだ一夏が諭すように問いかける。

『二瀬野鷹はもういない』

「ジン・アカツバキと戦いたいなら、邪魔はしない」

 その単語の意味がわからないマルアハたちがお互いの顔を見合わせる。

 だが、そんな彼女たちに構わず、男性操縦者は手を差し伸べるように腕を伸ばした。

「だけど、IS学園をこれ以上、破壊する必要はないはずだ。俺たちはきっとIS学園を守ってみせる。また、みんなで楽しく笑って暮らせるように頑張る。だから、これ以上はやめてくれ」

 下げていた頭部装甲をゆっくりと上げ、純白の機体へと顔を向ける

『みんなで?』

 少しだけ笑みを含んだ声に、一夏はホッとした顔を見せる。

「ああ、お前も含めたみんなでだ。約束する。だから、俺を信じてくれ、ヨウ」

 夜空に浮かぶ白の騎士が、未来を照らし出すような顔で笑いかける。そこに迷いは微塵も感じられなかった。

 鋭く尖った装甲と、黒い四枚の翼、そして手に持った無謀という名の武器。

 そのISのパイロットが、装甲の中で笑う。

『IS学園所属の全機に告ぐ! ISの急速接近反応あり! 数は十機以上! そのうちの一機が異常に速い!』

 突如入った通信に、全員が学園と反対の海の方を振り向いた。

 海面スレスレを、一機のフルスキンISが真っ直ぐ飛んでくる。

「さあ、IS学園のボーイズエンドガールズ。レクリエーションの時間は終わりよ」

「銀の……福音!?」

 篠ノ之箒が目を見開いた。それは数か月前、暴走し彼女たちを苦しめた機体だった。

「このナターシャ・ファイルスとシルバリオ・ゴスペルが、貴方たちを教育してあげるわ!」

 

 

 

 

 走り続ける楯無のポケットで携帯電話が着信音を鳴らす。

「ったく、誰よ。もしもし」

『更識楯無か? 俺は岸原だ』

 電話越しに聞こえる重苦しい男の声を、楯無は鼻で笑う。

「これはこれは岸原司令。何かご用でしょうか」

『シェルターに来るなら、教職員用の第一シェルターにしろ。第二から第四までは満員で入口は閉じた』

「こちらが従う意味は?」

『生徒たちを危険に晒したいなら好きにしろ、と言いたいがな。子供を危険な目に会わせるのは本意じゃない』

「はいはい。どうせ私たちに出来ることはありませんから。もう着きますよ」

 一方的に携帯電話を切り、楯無は整地された通路を右へと曲がる。モノレールの下をくぐり、ISに関する研究所などの前を抜けて、森の中に入る。

「早かったな」

 迷彩服を着た四十代ぐらいのガッシリとした男が、携帯電話をポケットに入れて顔を上げた。

「まったく貴方がたには、してやられてばかりです」

 後ろに立つ簪とラウラ、それにシャルロットは警戒した様子を崩さない。

「俺に、じゃあないな。ほとんどはシジュ、いや、四十院総司のおかげだ」

「戦闘機を捨てIS関連の推進を進め、異例の昇進を得た人物とは思えませんね」

 棘のある楯無の言葉を聞き、岸原は困ったように短く刈り上げた頭を撫でる。返す言葉はないのか、背中を向けて、

「こっちだ」

 と苦笑いのまま先導する。

「職員用のシェルター、ですか」

「いいや、お前たちには見てほしいものがある。意見が欲しい。正直、俺も国津も戸惑っている」

「え?」

「なぜ、シジュがアレを回収させていたのか。そしてどうして俺たちにも内密にしていたのか」

 地面に埋められたシェルターへの扉を、岸原はあっさりと通り過ぎる。

「アレと言いますと? 今からどこに行かれるんです?」

「見ればわかる。こっちだ。奥にもう一つ、プレハブがある」

 鬱蒼と生い茂る木々の間を、岸原がライトを照らしながら歩いていった。

 楯無は後ろにいた三人に肩を竦めて見せ、それから距離を置いてついていく。

 ラウラとシャルロットが銃を抜き、周囲を見回しながら進む。簪は姉の元へと小走りで駆け寄った。

「お、お姉ちゃん……」

「とりあえずはついていきましょ。岸原一佐ともあろうお方が、お仲間についてわからないとおっしゃるのだから興味もあるし」

 呆れるような声音で、前方を歩く男を挑発する。

「俺はお前たちが思っているほど優秀な男ではないぞ」

 ばつが悪そうに頭を撫でながら、岸原が答えを返してきた。

「何をおっしゃいますか。いち早く軍におけるISの有用性を上層部へと説き、四十院との橋渡しをして他に先んじ、航空自衛隊にIS部隊を作った。軍用ISに関することなら第一人者とも言われるお人でしょう」

「まあ、そういう評価で一佐まで昇進したがなぁ。俺自身というより、シジュの言う通りにしただけってのが正しいか」

「大学時代からのお付き合いで?」

「そうなるな。まあ、アイツはぼんやりとした男だったよ。俺もロクデナシだったし、国津にいたってはただのオタクだったし。同じサークルで飛行機紛いの物を作っては湖に落ちてたさ」

 楽しそうに笑いながら、岸原は木々の間を進んでいく

「国津博士もご一緒だったんですね」

「みんな、どこにでもいる大学生だったよ。そのうち就職し、俺も国津も言い方は悪いがシジュのコネで就職できた。とは言うものの全員、ボンクラの大学生だったからな。出世なんて程遠い場所にいたが」

「意外ですね。全員が切れ者だったと思っていましたが」

「そんなことはないぞ。そんでまあ卒業してから数年経って、それなりに早く結婚して子供も出来て全員が家庭を持った」

 草木を掻き分け、足元をライトで照らしながら岸原が歩いていく。その言葉はただ懐かしんでいるだけのようにしか、楯無には思えなかった。

「子供がみんな同じ年の女の子だったからな。以前にも増して仲良くつるんでたよ。そこまではシジュもボンクラだった。とても御曹司には思えないほどな」

「私が彼と出会う前ですね。少し信じがたいですが……」

「娘が三歳の頃だ。旅先で事故にあった」

 いかにも中年の昔話といった声音だったが、急にトーンを落として神妙な話し方になる。

「それって」

 岸原の言葉に、楯無の隣にいた簪が慌てて端末を起動させる。先ほど、電算室で漁ったライブラリ内の、最後にあったネットの記事だ。

「……よく、ご無事でしたね」

 山の中を走る高速道路で前方不注意の軽自動車がハンドル操作を誤り事故が発生。田舎だったせいで中央分離帯のない対面交通であり、反対車線のミニバンにぶつかった、という大事故だった。キャプションがつけられた写真には、前半分が潰れかかっているミニバンが映っている。

「三列シートの車で、俺と国津は二列目、最後尾には娘たちが寝ていた。うちのとシジュの嫁は仲が良くてな、違う車で後ろからついてきていたんだ」

「重症だったのでは?」

「そうだ。俺と国津はな」

「え?」

「助手席にいた三弥子さん、つまり国津の嫁だが、車外に投げ出されていたが何とか無事だった。だが、運転席はその写真を見ればわかるだろう」

 運転席は跡形もない。とても人間が助かるとは思えないような潰れ方をしていた。

「総司さんは、ここに?」

「ああ。俺と国津が重傷だったにも関わらず、四十院総司という男だけが無傷だった」

 ゴクリと簪が生唾を飲み込む。

「ただ、目を覚ましたときはかなり混乱していたようだった。そっから、アイツは変わったよ」

「……まるで別人のように、ですか」

「難しいな。外見は確かに四十院総司だ。喋り方も確かにそれっぽいが、どうにも雰囲気が違う。あとな」

「はい」

 何かを口にしようとしたが、言葉を発さずに岸原は黙りこむ。訝しげな視線を送っていると、数十秒ほど後に、

「……着いたぞ」

 と岸原が目の前にあるプレハブ小屋へライトを照らした。

「ここは? 私の記憶にもありませんが」

 何の変哲もないどこにでもあるような小屋だ。実際に目の前に立っても用務員が道具を入れているのか、ぐらいにしか思えない場所だった。

「俺にもわからない秘密が、ここにある。さあ、入るぞ」

 少し緊張した声で、岸原がドアノブを握った。

 

 

 

 

 四十院総司は十二年前に死んでいる。

 明らかに助からない交通事故だったはずだ。

 だが生き返った。

 それが四十院総司か否かは、その妻が知っていた。

 彼は二人だけになったときに謝った。自分は四十院総司ではありません。彼は死にましたと土下座をした。男は自分の名前を名乗らなかった。ただ、これまで通り暮らせないと思い別居を申し出た。

 了承するために妻が提示した条件は一つ。今まで通り良き父親であること、良き友人であること。

 男は堅く約束をした。自分の願いと変わらなかったからだ。

 狂人とも思える心を隠し、彼は動き出す。

 この世界を都合の良いものへと変えるために、自らに残った知識と経験を生かして、暗躍を繰り返した。

 本当は泣きたかった。

 自分はもはや自分ではないと知った彼は、泣きたくなったことも数知れず、膝から崩れ落ちるようなことも沢山あった。

 それでも歯を食いしばって、たった一つの願いのために歩き続けた。

 彼の知識も万能ではない。自分でそれを知っていたが、立ち止まらず最善を尽くし、寝る間も惜しんで世界を変え続けた。

 自分が何者なのかわからなくなるときもあった。

 目が覚め鏡を見て驚いたなんてザラだ。

 そんな生活を十二年も繰り返した。

 世界の闇と光の間を行き来して他人を騙し、何度も挫けそうになった自分すらを誤魔化し、触れたもの全てを謀った。

 久しぶりにあった知人や見知った顔へと成長していく少女たちを見て、何度も叫びそうになった。

 自分はここだと。自分を見てくれ、と。

 そんな当たり前の願いを飲み込んで、偽りの笑顔を作って騙し続けたのだ。

 そういう、十二年だった。

 

 

 

 

「おうおう、アメ公がはしゃいでいやがる」

 細身のISを身に付け、腕を組んだオータムが戦場を見下ろしていた。

 そこでは、マルアハと呼ばれるIS学園所属の専用機たちを相手に、シルバリオ・ゴスペルが縦横無尽に駆け巡っていた。

 まるで蜘蛛の子と散らすように、陣形を乱され、バラバラに逃げ惑うマルアハたち。それに銀の福音が襲いかかる。

「くぅ、何、このIS!」

 機動風紀の一人が必死に引き金を引き続けるが、その旋回速度に銃口すら追いつけない。

 あっという間に顔と顔がくっつく距離まで近寄られ、マルアハのパイロットが短い悲鳴を上げる。

「ボスを出しなさい、お嬢ちゃん。うちの子はとても怒っているわ。仲良かった子が殺されて、とても、とても。さあ、貴方に銀色に輝く福音を告げましょう」

 ナターシャは多銃身回転式のビームマシンガンが装着された右腕を相手へと押しつけた。

「IS学園は、今日で終わりだと」

 容赦なく全力で撃ち出されたエネルギーを全て被弾し、マルアハが後方へと吹き飛ばされた。

「まずは一機」

 煙を上げて落下していくISを見下ろしながら、ナターシャ・ファイルスがポソリと呟く。

 その後ろから、他の機動風紀が襲いかかった。だが、振り下ろされた金属製のブレードを、振り向きざまに左手一本で受け止めて握り潰す。同時に相手を右手で殴りつけ、多砲身のビームを連射して撃墜する。

 縦横無尽に駆け巡り、銀の福音が青紫のマルアハたちを翻弄していた。

 その様子を上空から見下ろしているオータムは、

「思ったより敵が落ちてねえが、まあ第二から第六までで余裕そうだな」

 と他人事のように呟いた。

 その横にいるのは二台の打鉄が浮いていた。一機はアイドル衣装のような白とピンク色のカスタマイズ機で、一機は巨大な推進翼を持った個体だ。いずれも肩部装甲に極東IS連隊のマークがプリントしてある。

「隊長、第一小隊は?」

 不機嫌な様子で尋ねたのは、沙良色悠美だ。

「いらねえよ、あの様子じゃ」

「じゃ、じゃあ、私たちは何をしに」

「落ちた敵さんでも救護しとけ、お前ら二機で」

「え? 良いんですか?」

 興味なさそうな口調での命令を受けて、悠美は意外そうに驚いた。

「戦争してるよりゃお前にゃお似合いだ、デカパイ」

「だ、誰がデカパイだ!」

 胸元を隠すようにして、沙良色悠美が赤面して叫ぶ。

 そこに割ってはいった委員長気質の湯屋かんなぎが、

「隊長は?」

 と短い質問を行った。

「アホか。こっちは救護の方が似合ってねえ。ああ、それと一つだけオーダーだ」

「なんでしょうか」

「あの黒い機体な、あれは放っておけ。絶対に手を出すな」

「はあ……所属不明機ですか?」

「今んところ敵じゃねえよ。お前らにとっても、私らにとってもな」

 

 

 

 

 混乱した戦場をゆっくりと見回したあと、漆黒の機体が動き出す。その視線の先にあるのはIS学園だ。

「アンタの相手はアタシよ!」

 そこへ試作機を着こんだ鈴が立ち塞がった。

『……あっちは?』

「化けて出たアホはアタシが引導渡してあげるわよ。そんで玲美たちに引き渡してあげるわよ!」

 槍の穂先を下に向け、加速して接近し突き上げる。

 だが相手は宙返りしながら上方へ交わし、距離を取った。

 たったそれだけの攻防だったが、鈴は頭部バイザーの中で眉をしかめる。

 次の瞬間、相手が腕を伸ばし顔を掴もうと迫ってきた。咄嗟に槍の柄で相手の攻撃を跳ね上げてから、穂先を下から上へと振るう。しかしそのカウンターを避けながら敵機は横へ回転し回し蹴りを放った。

「チッ」

 何とか槍を盾変わりにし本体への打撃を防ぐ。同時に自分も槍を振り回して距離を開き、ゆっくりと構えを戻す。

 そのやり取りで鈴は何かを確信したのか、口をあんぐりと開けていた。

 直感だけで生きてるとよく友人に評された。事実、鈴は自分の直感をあまり疑わず、それを強みにしている部分がある。

 ゆえに、今回も直感で一つの事実に気付いてしまった。

「なるほどね……そういうこと」

 もう一度、相手の姿を見据えて唇を噛む。

 鋭く尖った光沢のある黒い装甲、背中に生えた四枚の翼は以前と変わらないように見える。そして胸部に追加された装甲と、人体の納まる太さへと戻っている左腕と両脚。

 気付いてしまえば簡単だった。

 同時に落胆し、悲しい気分に陥る。一瞬だけ目を閉じた空を見上げ、深いため息を吐いた。

「行きなさいよ」

 鈴は構えを解いて、顎で自分の後ろにあるIS学園を指し示した。

『え?』

「なるべくIS学園を傷つけないでよね。あとは好きにしたら良いわ。屍は拾ってあげる」

 それだけを告げて、自分も銀の福音との戦闘に加わるためにゆっくりと動き出す。

 自分の横を通り抜け、試作機である銀に赤のラインを入れた機体が離れていった。

 漆黒の機体は振り返らずに視線を上げる。

 目指すのはIS学園。

 戻ってきた。

 そう、結局、ここに帰ってきたのだ。

 

 

 

 

 鈴が飛び去った後で、国津幹久は新たな機材のセッティングを始めていた。

「これで終わりかな」

 額に浮いた汗を白衣で拭い、幹久は首を鳴らした。

 そこに協力していた生徒たちが不安げな顔で近づいてくる。

「あの……これからどうなるんでしょうか」

「大丈夫だよ。全部、僕らに任せておきなさい。危険な目には合わないよ」

 安心させるように優しい声で告げながら、幹久は手に持った小さな端末を操作し始める。

「その、今、準備していたものは……?」

「キミたちを自由にするプログラムの準備さ。副理事長の指示でね。いいかい、キミたちに教えておきたいことがある」

「は、はい」

「眠りに落ちて目が覚めて、どれだけ不思議なことがどれだけあろうと、まずは逃げるんだ」

 それこそ不思議な指示だと思い、IS学園の三年生たちが顔を見合わせる。

「あの……国津主任?」

「次に目が覚めたとき、きっと自由になってる。だから、信じるんだ。自分たちで未来を作りたまえ」

 この世に生きる先達として、国津幹久は優しげな顔で微笑みかける。

 生徒たちが少しホッとした顔を見せたとき、幹久のポケットで電話が鳴る。

「はい、国津です」

『四十院だ。どうにも前倒しになりそうな気配だ。準備は?』

「完璧さ。キミの指示でずっと準備してきたトラップは必ず発動する。この間も大丈夫だって言ったろう?」

『たぶんって言って自信なさげだったのは、そっちじゃないか』

 からかうような声に、国津は頬を綻ばせる。

「いつでも僕らは自信なかったよ。キミと違ってね」

『そりゃ買いかぶりだ』

「でも、きっと大丈夫さ。そのためにフランスの無人機をサンプルとして回収したんだし、横須賀のときに回収したサンプルでも実証済だ」

『頼むよ。タイミングは指示する』

「了解」

 電話を切ってから、国津幹久は空を見上げる。

 言われるがままに走り続けた。

 それでも娘を救うためだと言われ、事実を突きつけられたなら、やるしかないだろう。

 自分は父親なのだから。

 

 

 

 

「数はこっちが上、うろたえないでみんな! 銀色のヤツを取り囲むのよ! さきほどまでとチームは一緒! AからDで追い込む! マシンガン多用して!」

 散らされていた機動風紀たちが徐々に隊列を取り戻しながら、その銃口でシルバリオ・ゴスペルを追いかける。

 だが、その一発たりとも相手に当たらない。

「速い! 小回りが、旋回速度が全然違う!」

 海面すれすれを蛇行しながら飛ぶ相手に、動揺しっぱなしだった。

 そこへ紅の機体が飛び出してくる。

「私が行きます!」

 二本のブレードを振り、箒は刀身から放たれるエネルギーの刃で敵を狙う。そこから瞬時加速へと移行し、銀色の機体へと飛びかかった。

「一度は落としかけた機体だ!」

 苦戦させられたとはいえ、箒にとっては二瀬野鷹に邪魔をされなければ撃墜出来たはずの相手だった。

「それは甘い考えじゃないかしら」

 クスクスと笑いながらその全ての攻撃を旋回と蛇行だけで回避する。着弾した際に起きた大きな水柱がいくつも巻き上がった。

 その中の一本に紛れ、ルカ早乙女の操るマルアハが、巨大な鎌を持って接近する。

「年増の緩んだ穴には、これぐらい入るでしょう」

 水面ギリギリをジグザグに飛び回る銀の福音に、ルカは必至で追いすがり、鎌の一撃を振るう。

 だが相手は急ブレーキをかけて鋭くスピードを落とし、完全停止した。そのせいで敵を追い越してしまい、鎌は完全に見当違いの場所を削ぎ取ることになる。

「ほらほら、後ろを取られたわよ」

 今度は立場が逆になり、後ろから追いかけられる。背面から連続で放たれるビームを、ルカは必死に蛇行と停止、そして急角度の旋回を繰り返して回避し、相手を引き離そうとした。

「遅いわね。よちよち歩きも満足に出来てないんじゃないかしら」

 しかし全く離れる気配がない。むしろ距離はどんどん詰められていく。

「くっ、年増に背後を取られるなど……」

 焦りが全身を侵していく。

「先輩!」

 そこへ純白の機体がブレードで切りかかろうとした。

「え?」

 その間抜けな声を上げたのは、箒だった。

 突然突進してきた一夏と、ルカからナターシャを引きはがそうと追いかけていた箒がぶつかる。

「わ、悪い!」

 咄嗟に謝る一夏と箒の元へ向けて、シルバリオ・ゴスペルがその右腕を伸ばしていた。

 そう誘導されていたと二人が気付いたときには、すでに遅かった。

「チェックよ、クソガキさんたち」

 二人の視界を埋め尽くさんばかりにビームマシンガンが連射され続ける。

「くっ、くそっ!」

 白式のシールドエネルギーが恐ろしい勢いで減っていくのを見て、一夏は何とか逃げようとする。

 だが、その頭へ予想外の方向から強烈な一撃が放たれた。

「な、なんだ!?」

 センサーをチェックして、愕然とする。

 いつのまにか、自分たちの周囲全方向を、十数機のISにより包囲されていた。

 銀色の敵機に翻弄されているうちに、スピードの遅かった後続の機体が追いついたのだと今さらながら気付く。

 箒と一夏は、必死に上昇して包囲網から逃げ出そうとした。だが、その頭を押さえるように黒い雲のような物体が襲いかかってくる。

「はっ、ガキどもが。調子に乗りやがって」

 一夏と箒にとっては見覚えのある機体が、はるか上空から見下ろしていた。そこから放たれた極小ビットの集団が彼らに巻きついて爆発を起こす。

「くっ、一夏!」

「だ、大丈夫か、箒!」

 お互いが庇い合うように重なりあったところへ、鈴の機体が飛び込んで二人を吹き飛ばす。

「さっさと逃げなさい、一夏、箒!」

 そのまま槍を振り回し、這い寄ってくる黒い雲へむしゃらに攻撃を仕掛ける。連鎖して爆発が起き、ビットの群体がその量を減らしていく。

「またコイツなわけ!」

 鈴は以前、その極小ビットによる攻撃で戦闘不能へと追いやられていた。その意趣返しをしたいところだが、今は周囲にいる敵の部隊からの攻撃も警戒しなければならない。

 ビットを突き離し何とか包囲網を破ろうと、四枚の推進翼を動かして加速を始める。

「ああ、それ、装甲形状に見覚えがねえけど、アスタロトなのか。IS学園側の試作タイプってことか」

 楽しそうに鼻で笑った女が、パチンと指を鳴らす。

『極東IS連隊第三から第六小隊の全機、HAWCシステム起動』

 わざわざオープンチャンネルで呟かれたその言葉に、一夏の全身に鳥肌が立った。

「みんな、逃げろ!」

 そう叫ぶと同時に、全視界が光で覆い尽くされる。

「悪いが第二世代機用の汎用装備なんだよな、HAWCシステム」

 目を瞑る一夏たちの耳に、不快な嘲笑の笑い声が届いた。

 

 

 

 

 夜空を切り裂く閃光が、専用機持ちたちの背中を照らす。わずかに遅れて爆発音が彼女たちの耳に届いた。

「な、何の音だ? あの光は? ……一夏!? 応答しろ一夏!」

 嫌な予感を覚え、ラウラはコアネットワークを使い必死に相棒へと呼びかける。だが相手が通信に出て来ない。

「極東の部隊がマルアハたちを落としたんだろう。おそらくHAWCブースターランチャーの光だ」

 ため息交じりに告げたのは、プレハブ小屋のドアノブを回そうとしていた岸原大輔だ。

「マルアハって、機動風紀が全滅したってことですか!?」

 シャルロットが口を戦慄かせながら、岸原に問いかける。

「そうだろうな。さて、始まるぞ。随分と予定が前倒しになったな。シジュも全能じゃないってことか」

「こうしてはおれん。助けに行かなければ!」

 ISを展開しようとするラウラへ、岸原が、

「やめておけ。お前も落とされるだけだ」

 と呆れたような声をかける。

「なんだと?」

「相手は各国から来たベテランの部隊だぞ。お前たち四人が向かっていっても、あっという間に落とされる」

「だが、見捨てるわけには!」

「見捨てるとは言ってないぞ。もう少しだけ待て。……ほら、始まった」

 五人の立っている足元が、地響きとともに揺れ始める。

「な、なんだ?」

「シェルターの扉が開いた。理事長自慢の有人型自動操縦機が、極東の奴らを排除しに行くぞ」

「どういうことだ!?」」

「第二から第四までのシェルターには、ISを装備した学生たちが入っている。出撃用の巨大な穴が地上まで伸びてるのさ。お前たち専用機持ちたちは、あれにとって大事な餌らしいからな。取られるわけにはいかんようだ。だから、総勢六百機以上のISが救援に向かうわけだ」

「六百!?」

「IS学園に残った生徒全員にISを装着させた。ISを使える教員どもも一緒だ。そして、その全機が理事長の思うように動いて、相手を排除しにかかる」

 岸原が見上げた方向から、いくつもの青紫の物体が飛び上がっていく。まるで巣箱から飛び出した蜂の群れのようだった。

「あんな……バカげた数が本当にあったのか」

「相手はたかが二十機弱だ。あくまで仮の機体とはいえ六百を相手には逃げるだろうよ。お前たちに出来ることはない。それよりこっちだ」

 心ここにあらずというラウラたちを気にもせず、岸原は目の前にあるプレハブ小屋のドアを開けて中に入る。灯り一つない内部を、持っていたライトで照らした。

 後から入ってきた四人が、小さな光に照らされた、奥の壁に立てかけてあるものに気付く。

「これは……なぜ、こんな場所に? どういうことだ!?」

 ラウラが大きな声を出して驚いた。

 シャルロットも簪も呆気に取られており、目を丸くしている。

 ただ、楯無だけが鋭い眼差しを向けていた。

「やっぱり、私の勘は当たってたわけね。どうしてここに?」

「シジュが、俺たちにも内密で回収していたようだ。あいつがここに来た形跡はないが、直轄の部下たちがコソコソしてたんでな」

「なるほど……」

 そこには、十字架の形をしたIS用のスタンドがあり、動かないようにがんじがらめに鎖を巻かれた機体があった。下半身は透明な樹脂のような物体によって固められている。

「どう思う?」

「間違いないでしょう。私のカンも当たってました。ここにある、この機体は」

 更識楯無が記憶の中から、その名前を引っ張り出す。

「二瀬野鷹の専用機、テンペスタⅡ・ディアブロです」

 

 

 

 

「だい……じょうぶ?」

 箒を守るように覆いかぶさった機動風紀の一人が力なく笑って問いかける。

「あ……、あ……」

 まともな声も出ずに何とかその機体を抱きかかえようとしたが、装着していたISが光の粒子となって消え、掴むことすら出来ずにパイロットが海面へと落下していった。

 錆びた歯車のような動きで周囲を見回す。

 IS連隊からの長距離砲撃を食らったはずの一夏と箒は、機体のいたる場所を損傷しているとはいえ、何とか無事だった。

 なぜなら、機動風紀のマルアハがその周りに集まり盾となったからだ。

 かろうじて浮いていた他の機体も、焼け焦げたような匂いを発しながら一機、また一機とPICの機能が途切れ、ゆっくりと海面へと落ちて行く。

「……先輩の意地、というヤツです。後輩を守るのも年長の役目と言いますか」

 委員長であるルカ早乙女の機体もまた、装甲がほとんど残っておらず、辛うじて脚部の一部と推進翼、そして鎌が残っているだけだった。

「せん……ぱい」

 震える声で一夏が声をかけると、今までずっと無表情なままだったルカが、その口元を小さく綻ばせた。

「何だかんだあっても、私たちはIS学園を愛しているのです」

 そう呟いてから、鎌を大きく振り上げた。その視線の先にあるのは、銀色の翼を持った、米軍のエースパイロットだった。

「IS学園機動風紀委員長、ルカ早乙女、参ります」

 ゆっくりと、煙を吐き出しながらフラフラとマルアハが飛ぶ。

 片手を腰に当て、モデルのように立ったナターシャ・ファイルスが小さく微笑んだ。

「その意地が続くなら、スイスからアメリカに来なさい。一人前にしてあげるわ」

 ルカが最後に残った力で、巨大な鎌を振り下ろす。

 ナターシャが流れるような動きで相手に合わせて、カウンターで左の拳を突き出し顔面を射抜いた。

 青紫の機体が吹き飛ばされて落下していく。

「あとは一年生だけね。どうするの? 自分の意思で戦っていたなら、容赦はしない。無理やり戦わされていただけ、というなら……やっぱり容赦はしないわ」

 IS学園側に残った戦力は三機のみ。

 紅椿の箒と白式の一夏、そして少し離れた場所にいるテンペスタ・アスタロトを着た鈴のみだ。

 そのどれもが大きく損傷しており、まともに戦える状態ではない。

 あっさりとした幕切れだった。

 自分たちが必死にミサイルを落とし、新しい機能に目覚めて奇跡のような勝利を収めたと思った。

 だが、訪れた大人たちの軍隊に翻弄され、あっという間に戦闘が終わらされた。

「戦争なんてこんなもんだ」

 一夏たちの上を抑えていた細身の機体がゆっくりと降りてくる。

「IS学園は終わりよ。さっさとISを解除して投降しなさい。戦闘に出てきた貴方たちは悪いようにしか出来ないけど、ここで大人しく捕まるなら少しはマシな扱いが出来るわよ」

 銀の福音のパイロットが優しく諭す。

「これで……終わりなのか」

 箒が唇を噛んで悔しそうに呟いた。

 彼女は、自分たちがいる場所を守るためだけに、勝手に参戦したのだ。

 しかしもう終わった。あっという間に蹂躙されて、みんなでIS学園に残るという儚い夢は霧散したと思った。

 だが、極東IS連隊から来た人間たちが、自分たち生き残りから目を外し、IS学園の方を見つめた。

「あれは……全部ISなの!?」

 彼女たちがいる海域へ、無数にも思える光が飛んでくる。ISの望遠レンズで捉えた視界で、その全てがISだと

 先ほどまで余裕たっぷりの態度でいた銀の福音のパイロットが驚愕の声を上げる。

「おい、全機撤退だ」

「オータム?」

「予定通りだ。帰るぞ。向こうの数は六百以上だ。残った生徒全員がISを装着してやがる」

「あっちに飛んで行った機体はどうするの?」

「あれか。好きにすれば良いだろ。オヤジ連中がいるんだし大丈夫だろう」

 呆れたように言いながら、細身の機体は踵を返し、飛び去っていく。

「……帰るしかなさそうね。IS連隊全機撤退。敵の数はおよそ六百を超える。勝ち目はない、全機撤退よ!」

 その言葉を聞いて、遠くから荷電粒子砲を構えていた機体が一機、また一機と加速して消えていく。

「じゃあね、坊やたち。化物の餌になるのがそんなにステキだと思うなら、従うといいわ」

 冗談めいた投げキッスを送り、背中を向けた。

「ま、待て!」

「何かしら?」

「タカは、二瀬野鷹は死んだのか!?」

 箒の声に、ナターシャが推進翼の動作を止めて首だけを回す。

「間違いないわ。その亡骸は、私も見てる」

「で、では、あの機体には誰が乗っているんだ!? あれは二瀬野鷹の機体だろう!」

「あれがテンペスタⅡ・ディアブロだと言うなら驚きね。でも多分違う。載ってるのも彼じゃないわ」

「なんだと?」

「あとは自分たちで考えなさい」

 スラスターから光を放ち、一瞬で音速を超えて逃げていく。その姿を茫然と見送る箒と一夏の元へ、ボロボロの機体の鈴が近づいてきた。

「助かったの?」

 鈴がIS学園側に浮かぶ光の集団を見つめて呟いた。こちらに向かうのを止め、今は第六アリーナ付近で静止している。

「そのようだ。俺たちがジン・アカツバキに助けられるなんてな」

 一夏が疲労の詰まった声で返答する。

「……餌、か」

「鈴」

「ん?」

「銀の福音のパイロットが言っていたのは本当か? あれに乗ってるのが、ヨウじゃないってどう思う?」

「ああ」

 ボロボロになった頭部バイザーを解除し、鈴はバレッタを外して頭を振る。長い髪が夜に舞った。

「何か知ってるのか、鈴」

 箒も同じように尋ねてくると、鈴は小馬鹿にしたような顔で、

「アンタら、馬鹿じゃないの」

 とため息を吐いた。

「鈴?」

「ヨウは……死んだ。セシリアがウソを吐くとは思えないわ。あの機体は酷く似てるけど、おそらく私が乗ってる機体と同じ」

「そ、そういえば、それは何だ? 甲龍はどうした?」

「副理事長に言ったら貸してくれた。アタシってバレないようにって思ったけど、さっき頭部損傷したし、きっとバレたわよねー……」

「いや、それと同じというのは、どういうことだ?」

「アンタも戦ったことがある子よ。さて、どうなったのか。でもとりあえずは負傷者の救助ね」

 鈴はゆっくりと海面へ向けて降りて行く。そこにはまだ極東所属のISが二機、残っていた。

「あれ、鈴ちゃん、だっけ。あと織斑君と篠ノ之さんも。こっちこっち」

 白とピンクの派手なカラーの打鉄が手を振っていた。

「あ、ヨウんちの件であった、確か簪の従姉妹の」

「悠美よ。悪いけど、このゴムボートに集めた子たち、よろしく」

「すみません……」

 仮にもさっきまで敵だった人物に、ここまで世話になっていることを、一夏は非常に申し訳なく思っていた。

「ま、今回は敵だったけどね。ゴムボートは提供するわ。元々、この子たちを回収するつもりで持ってきたものだし」

 悠美ともう一人のパイロットもゆっくりと上昇して、離れて行く。

「それじゃね。また会いましょ」

 二機の打鉄が背中を向けて去っていく。お辞儀して見送った後、一夏はゆっくりとIS学園の第六アリーナの方へと振り返った。

「二人とも、機動風紀の先輩たちを頼む」

「一夏?」

「行ってくる」

 短く告げて、一夏はゆっくりと無数の光が灯る戦いの場へと動き出した。

 

 

 

 

 学園の敷地内を走り続ける千冬は、数百メートル先に一人の男がいるのを見つけた。

「あれは……」

 進行方向を変え、スーツの懐から一丁の銃を取り出し、遮蔽物を見つけて隠れる。

 男は千冬に気付く様子もなく、彼女のいる場所の近くを走って通り過ぎようとしていた。

「止まれ、四十院総司」

 鋭い声と空への威嚇射撃に、四十院総司が速度を落として立ち止まる。

「これはこれは織斑先生。こんなところで奇遇ですね」

 肩で息をしながらも、男は余裕ぶって笑いかける。

「護衛もつけずに一人で行動とは、恐れ入るな」

「いや、護衛つけるような身分じゃないでしょ。あと護衛に良い思い出がない。あー歳は取りたくないな、息が上がる」

「ここでお前を連れて極東に戻れば、事態は収束するんだがな」

 鼻で笑う千冬に、四十院総司はヒラヒラと手を泳がせる。

「またまたー。そんなことしても、何の解決もしないってわかってるくせにー」

「一つだけ聞きたい」

 銃を懐に納め、千冬は射抜くような視線を向ける。副理事長の肩書を持つ男は、そこから発する圧力を受け流すように肩を竦めて笑った。

「なんでしょう」

「失敗したんだな?」

 その言葉に、男の笑顔が無表情なものへと豹変した。

「……何のことでしょう」

「わかってるはずだ」

「はぁ、何でもお見通しですか。怖いなあ」

「失敗したんだな」

 念を押すように繰り返された言葉に、四十院総司がポケットに手を突っ込んで、背中を向ける。

「おっしゃるとおりですよ。二瀬野鷹の両親の警護については、裏にあんな事情があったなんて、思いもよらなかった。これじゃあ自分で殺したようなもんだ」

 少しだけ震えた声音に、千冬は憐憫を込めた笑みを向けた。

「お前が悪いんじゃない。気にするな」

「いや、どう考えても、こっちの不手際だ。心が折れるかと思いましたよ、十二年も待って、あの結果だ」

「そうか」

「目が覚めてからの十二年。色々と知ることが出来ました。上っ面だけをなぞってたときと違う、深いところまで。そりゃもう、みんなには言えないことも沢山やりました」

「お前は、これから何をするんだ」

「何をって聞かれてもね。あの少女はすでに死ぬことが決まっていたようなもんだった。それでも勿論、許せません。あと一年は生きていられたはずだ」

「なら、なぜ助けなかった」

「最後まで二瀬野鷹と一緒にいたいと、そう言ったんですよ。篠ノ之束の劣化コピーとして生まれ、寿命すらもまともじゃないくせに、会ったばかりの少年と一緒にいたいと」

「そうか」

「だから、好きにさせました。悩みましたけど、両親の件で過去ってのは変わらないんじゃないかって思ってましたし」

「一年ぐらい前から、接触していたんだな、その少女と」

「クロエ・クロニクルですか。まったく彼女のISは厄介だな」

「あいつは真剣だからな。だが、その少女とお前は直接、会ってみたのか」

「一回だけです。賢しい子でしたからね。篠ノ之束を除けば、最もISを理解していた子ですし、あんまり会うと、ひょっとしたら私に気付いたかもしれない」

「与太話で悪いがな」

「なんでしょ」

「気付いていたんじゃないのか」

 慰めるような声に、背中を向けたままの四十院総司は鼻を鳴らした。

「そうかもしれません。結果として、二瀬野鷹に興味を持ってしまったのかもしれませんね」

「だとしたら、メールのやり取りだけで、随分と優しくしたもんだな」

「まあ……そうしてあげたかった、ってのが正解ですかね。IS開発に関するやりとりだけで、随分と懐いたもんだ。それで織斑先生」

「ああ」

「どうします? それでも私を捕まえて国際法廷に引きずり出しますか」

「いや。もうわかったからな。用件は済んだ」

「そうですか。じゃ、これを」

 四十院がポケットの中から一枚のカードを取り出して投げる。それを二本の指で受け取った千冬は怪訝な顔を浮かべた。

「これは?」

 サイズはクレジットカードと同じぐらいで、集積回路のようなラインが複雑に絡まって走っていた。

「リモコンみたいなもんですよ。計画が前倒しになりそうでね。ホントは世界側をもうちょっとまとめたかったんだけど、どうにも身内に邪魔されてるみたいだ」

「国津三弥子博士か」

「亡国機業についてたみたいですね。それは、あとでかなり役に立つと思います。世界で最も高価なカードだと思った方が良いかも」

「私はそれほど安い女ではないつもりだがな」

「そりゃ怖い。んでもまあ、IS学園のみんなをよろしくお願いします。そのために貴方を先行してIS学園から追い出したんだ」

 背中を向けてまま手を振って歩き出す男に、千冬が、

「動機を二つも失って、お前は何のために戦うんだ?」

 と問いかけた。

「簡単でしょ。千冬さんと一緒です」

「私と?」

 四十院総司は背中を向けたまま、肩越しに苦笑いを向ける。

「未来のためですよ。誰だってそうでしょ?」

 

 

 

 二瀬野鷹は体を失い、ディアブロの中に取り込まれた。

 そこで、自分が忘れていた未来で得た記憶を垣間見る。

 圧倒的な進化を遂げた一機のIS、ジン・アカツバキと呼ばれた機体と、それが操る圧倒的物量のIS軍。

 人間たちも最初は抵抗した。

 それでも勝てなかった。奇策を用いて戦って倒したとしても、その紅蓮の神はいくらでも湧いて出てきた。

 疲労と徒労を重ね疲弊していった。人類は敗れ未来は滅ぼされた。

 そこで得た力を使い、ジン・アカツバキは再び進化して時を超える。

 何とか生き残った数人の人間たちは、ディアブロと呼ばれた機体のISコアだけを過去へと送り込んだ。そこに封じ込まれていた心が死んだ赤子に宿り、二瀬野鷹となって生まれ変わった。

 かつて白式やメッサー・シュミット・アハトなどが自己の体験や機能をもって進化したことがある。

 ディアブロもまた、過去へ飛んだという体験を己の機能へと進化させた。

 自分のみが持っていたルート2という心を司るワンオフアビリティと時を超えた体験を組み合わせ、パイロットの願いを叶える手伝いをした。

 心だけになった彼を、新たな戦いのステージへそっと送り出したのだった。

 

 

 

 

 その漆黒のISは四枚の翼を広げ、ゆっくりと第六アリーナへと降り立つ。崩れて瓦礫だらけになった観客席には、もちろん人はいない。

「しつこいヤツだ」

 紅蓮の装甲を生やし、最強の科学者と同じ顔をした存在がアリーナの中央へと歩いてくる。

『殺す』

「それは生きている者へ言え」

 赤いISの両腕を出現させ、二本の刀を持って隙のない構えを取った。黒いISは両手で持った槍の切っ先を相手に向ける。真っ直ぐ相手の胴体に吸い込まれるように、お互いの刃が空気を滑っていった。

 ジン・アカツバキの左腕の刀が首を切断するために薙ぎ払われる。黒い機体はその攻撃を柄で止めて、反対側に生えた刃を振り上げた。

 しかしそこに不可視のシールドが現れて、易々と弾かれる。たたらを踏みながら後ろに飛んで、距離を取った。

「武術の心得が無さ過ぎる。マスターに見せたなら基礎練習からスタートだな」

 無表情なままで呟いて、二本の刀を持つ腕を下ろした。

「さて、三体あればそれなりだが、たった一体でどうするつもりやら。しかし、銀の福音のときも思ったが、キサマはしつこい」

『うるさい!』

 四枚の推進翼を垂直に立て、加速装置を発動する。

 音速を超える一発の弾丸となり、相手へと迫った。

 だが、赤い装甲を持つISは、機械ならではの正確さで加速する黒いISを叩き伏せた。

 衝撃が周囲を揺らす。

「さて」

 紅椿が上空を見上げる。そこには彼女の配下であるISたちが、空中にゆらりと無数の光を灯している。

「四十院も大したことがないな」

 明日の天気でも占うように呟いて、ジン・アカツバキと呼ばれる存在は、地面に這い蹲る機体の頭を掴み上げた。

「しつこいヤツだ、本当に」

 その頭部を握り潰そうと、金属製の指が動く。

「ちょーっと待ったー!」

 息を荒げながら、一人の男がアリーナに走ってきた。

「お前か」

 四十院総司が両手を広げ、敵意はないと表現しながら、二体のISへと近寄ってくる。

「理事長、申し訳ない、その子は私の知り合いでね」

「ふん」

 両手を合わせて謝る男を一瞥して興味なさそうに鼻を鳴らし、ジン・アカツバキは漆黒のISの頭部を握りつぶそうとした。

 その瞬間、掴まれていた黒い機体はだらんと垂れた右手に、小さな機械を出現させる。

『油断したね。これで終わり』

 わずか三十センチほどの小さな円筒形の物体が、篠ノ之束を模した胴体に触れた。側面から小さなアームが飛び出して、相手の胴体にまとわりつく。

「む?」

剥離剤(リムーバー)発動!』

 円筒形の物体が光り、敵の中から光る立方体の物質が引きずり出されていく。同時に、紅蓮の装甲を持つ体の密度が、半透明に変わっていった。

 掴んでいた右手が消え、自由になった漆黒の機体が地面に降り立つ。

『ISであるというなら、そのコアだけの待機状態にしてしまえば武装は何一つ展開できない。つまり、この強制的にISを解除するリムーバーが一番の天敵。パイロットがいない裸のコアになったら、足で踏みつぶしてあげる』

 黒いISのパイロットが小さな笑い声を零し始める。

 ジン・アカツバキと呼ばれ、未来から来たという存在が、他のISの武装と同じように光の粒子となって消え去っていった。

 その様子を見て、漆黒の機体からの笑いが狂ったように大きくなっていく。

 

 

 

 

 四十院総司は死んだ。そして別人として生き返った。

 ありとあらゆるIS関連の物へと手を出し、四十院の財閥としての力を拡大しながら利益を振りまき、一つの目標へと突き進んだ。

 十二年。

 その時間を、たった一つの目標へ向けて進み続けた。

 自分を真っ先に犠牲にし、周囲を犠牲にし、それでも未来を得るためにあがき続けた。

 彼がもっとも恐れたのはISだった。一機はディアブロ。それに近づいたなら、自分の正体が露見してしまう可能性がある。

 そしてもう一機は未来からジン・アカツバキと呼ばれる機体だ。

 それを騙せるかどうかは、彼にとって最も大きな賭けだった。ただし勝算もあった。

 自分が送り込まれたのは、ディアブロが作り出したワンオフアビリティによるものだと知っている。だから、相手が詳細を知るはずもない。

 銀の福音事件のとき、その海域に相手が現れるだろうと四十院総司は知っていた。

「こんにちは、篠ノ之束博士」

 そう笑って話しかけた。

「誰だ?」

 その返答が来たときに、内心でほくそ笑んだ。

「一つ、取引をしませんか」

 そうやってまた一つ、世界へと欺瞞を重ねる。

 彼の過ごしてきた時間は、そんな十二年間だった。

 

 

 

 

 六百を超える機体が上空から第六アリーナと見下ろしている。

 そんな状態でも、漆黒の機体の操縦者は高ぶった喜びによって笑いが止まらなかった。

 恨んでいた相手に復讐を遂げたのだ。あとは自分がどうなろうと知ったことではない。

「ダメだよ、そんなんじゃ理事長は倒せない」

 スーツを着た男が、一歩前に出る。

『オジ……さん?』

「どうやってアスタロトを作ったのかは知らないけど、さっさと逃げろ。無理だ」

 四十院総司が眉をしかめ、低い声でそのパイロットへ告げた。

「何かと思えば、そんな手か」

 女の声が、夜の闇から聞こえてくる。

 光の粒子となって消え去ろうとした物体が、急速にその密度を増していた。暗い夜空が透けて見えていたものが、今やしっかりとした実像を結んでいる。

「諦めない心というのは、人間の特徴の一つだとマスターがおっしゃっていたな」

 どこか懐かしそうに呟いて、装甲を生やした人間のような物体が地面を踏みしめる。その両腕には一本の剣を持っていた。

『な……どうして』

「残念だが、そんな機械は、私のいた時代ではとっくに攻略し尽くされているのだ。何せ、二百年後だからな」

 嘲笑うような言葉とともに、刃が振り上げられる。咄嗟に身を逸らして避けようとしたが間に合わず、黒いISの胸部と頭部の装甲を剥ぎ取って吹き飛ばした。

 地面に倒れた機体から見えるパイロットの顔は、まだ十代半ばの少女のものだ。

 名は国津玲美。

 二瀬野鷹が死んだ輸送機襲撃事件で行方不明になっていた、四人のうちの一人だった。

 

 

 

 もっと力を。

 オレだけじゃ絶対に勝てない。

 だから、世界中を巻き込んで、みんなが敵と戦える力を得るようにと戦い続けた。

 その十二年間の虚偽が実を結び始めた。

 

 

 

「待った待った! だから待ってくださいって!」

 四十院総司は、倒れ伏した国津玲美とジン・アカツバキの間に割り込んで両手を広げた。

「オジサン……?」

 かすれる声が呟いた後、玲美は意識を失った。展開されていたテンペスタエイス・アスタロトが光る粒子になって消え去る。

「こういうしつこいヤツが一番手ごわいと知った。ここで始末しておこう。それにキサマも用済みだ」

 割り込んだ男に構わず、ジン・アカツバキが握った剣を振り上げた。

 それに構わず、何かに気付いた四十院総司が、空を見上げて舌打ちをする。

「完全に前倒しかよ、結局」

 上空から、一機の機体が降りてきた。

 黒く光る装甲と、巨大な四枚の推進翼、そして全てを切り裂かんばかりに鋭く長い爪を備えたインフィニット・ストラトス。

「なんだと?」

 意表を突かれたのか、現IS学園理事長が再臨した悪魔を見上げて目を凝らす。

 その機体は正真正銘の、二瀬野鷹の専用機であった。

「ガッチリ拘束してたってのに……お前はホント、オレの都合とか考えねえのな」

 呆れた顔でため息交じりの声を吐いた後、四十院総司の姿をした『誰か』が真上に向けて手を伸ばす。

 

 

 

 つまるところ。

 オレこと二瀬野鷹はどうなったかと言えばだ。

 輸送機襲撃事件で体が死んで、発狂しかけていた心はディアブロによって十二年前の過去へと飛ばされた。

 元々がそうやってこの時代に来た。自分が生まれたときだって、体は死んでいた。

 そして十二年前の事故で、四十院総司も死んでいた。

 だから、心だけになった二瀬野鷹は十二年前に飛び、四十院総司として再度誕生して、全てのものを騙し続けたんだ。

 ここから先の未来のために。

 

 

 

「さあご主人さまのお帰りだ! 来い、テンペスタⅡ・ディアブロ!!」

 その悪魔は光る粒子となり、オレの元に集まり始めた。

 すぐさま右腕の装甲を展開させて、ジン・アカツバキの胸をその爪で貫く。

「キサマ、ルート2だったのか」

「お前と再会して騙せたときは正直、胸がスッとしたけどな」

 刺さったままの右腕を回して、相手の装甲を引き裂き穴を広げる。

「来い、無人機ども」

 ジン・アカツバキが呟いたが、そんなんじゃ遅えよ。

「国津、スイッチを押せ!」

 四十院総司として、国津博士に命令を送る。

『了解だ、シジュ。ISコア洗浄プログラム、連鎖起動!』

 四十院総司には国津幹久に頼んでいた研究があった。いわゆるISの自動操縦化を解除する研究ってヤツだ。そして完成したトラップを理事長様からISコアを頂いて作った機体へと仕込み、生徒全員に渡したってわけだ。

「あれ……ここは?」

 生徒の一人が寝ぼけたような声で呟いた。上に集まったISの中にいる生徒全員が、自我を取り戻したはずだ。

 オレは空を見上げて、IS学園のみんなへと煽るような演説を始める。

「IS学園の全生徒諸君、さあ逃げろ! そのISはキミたちの物だ。極東のIS訓練校へと逃げるんだ。今しかないぞ!」

「え? 副理事長……?」

「行け行け行け! さあ自分たちの家に帰れるぞ。未来は自分の手で掴め!」

 もう手慣れたもんだな、こういう扇動も。

 オレの言葉に、一機が恐る恐る背中を向けて飛び始める。続いて他の一機が逃げれば、また一機と飛行して離れていく。懐かしの第六アリーナ上空に集まっていた生徒たちは、戸惑いながらも我先にとIS学園から逃げて行った。

 六百機を超えるISの強奪計画がここに完成する。

「私の支配下を離れた……だと? どういうことだキサマ、キサマキサマキサマ!」

 今までずっと無表情で鉄面皮を被っていたISが、悔しそうに恨みごとを叫ぶ。

「サイコーだね、テメエのその顔をずっと見たかった。人間を舐めるなってマスターに教わらなかったのかよ」

「なぜだなぜだなぜだ、キサマ、なぜだ、どうしてそんな場所にいる!」

「教えてやるわけねえだろチクショウが。さっさと死ねよ、クソッタレ!」

 その人体を模した体へ、さらに深く悪魔の右腕をねじ込んでいく。

 オレはその体勢のまま脚部、左腕部、胴体、そして頭部とISを展開していき、最後に巨大な四枚の翼を展開させた。

「このISを殺しても、私を倒したことには」

 昔は左腕部と脚部をすり潰していた装甲が、今はこの体に適した太さへと戻っている。

「知ってるよ。時を超えた次元に本体があるんだろ。それと戦うためのIS強奪だ」

 鼻で笑ってその遺言を蹴散らした。

「ルート2……!」

 作られた篠ノ之束の顔を歪ませて、そいつが恨みの声を上げる。

「いい加減、覚えろよ」

 背中から放たれたソードビットが、相手の機体を串刺しにした。

 同時に右手が刺さった装甲の裂け目に左手もねじ込んで、二つに引き裂くために力を入れる。

「オレは、二瀬野鷹だ」

 誰もいなくなった第六アリーナで、久しぶりにオレは自分の名を口にした。

 そして、敵のIS反応が消え、紅蓮の装甲を持つ機体が二つに分かれ倒れていく。

 

 

 

 

 こうして、オレこと二瀬野鷹は帰ってきたのだ。

 この場所に、誰にも知られることもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 











*感想欄でのネタバレ禁止に付き合っていただいてありがとうございました。
叱咤激励罵詈雑言含め、皆さまの感想をお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。