ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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36、復活(リ・バース)

 

 

『岸原に頼んだコールマンの件はどうなった?』

 通信先を切り替えて、オレの声が戦場に返らないようにし、研究所にいる緑山と密談を始める。

『二十、だそうです』

 これは、別荘を出る前に岸原に頼んでいた隠し玉の話だ。

『心もとねえな、そんだけか』

『先の戦闘の残りなので、それだけでもありがたいかと』

『もう一回、岸原に念を押しておいて』

 そこまで告げて、再び通信先を切り替える。

 今度はボイスチェンジャーに繋がった二瀬野鷹の専用回線だ。

 周囲を見回せば、三体の敵機がディアブロをまとったオレに向けて、攻撃をしかける寸前だ。

『やれやれ、いきなり戦闘か』

 腕を前に伸ばし、オレは手近な場所にいる一匹目がけて突進する。

 相手は回避しようとしたが、行動が遅すぎた。

『スピード上げて出直して来い!』

 このテンペスタⅡ・ディアブロの相手に、スピード特化の戦闘機型など、何の意味がある?

 最初に可変型ISの中心に腕を突っ込み、その中心部に爪を突き立てて、握り潰し引き抜いた。胸に穴の空いた敵の動きが止まる。そこへ振り下ろすようなハイキックを食らわせた。

 次に後ろから迫ってきた人型へ、振りかえりざまに右の拳を食らわせ、下から跳ね上げるような蹴りで頭部を撃ち抜いた。そのまま巨大な片刃のようなソードビットを抜き放ち、その細い機体を貫く。

 最後はマルアハだ。オレの右側から突撃して振り下ろすブレードを掻い潜り、槍のようなソバットを食らわして吹き飛ばした。

 回転しながら舞い戻ってくるソードビットの柄を左右の手で掴み、背面下部に残った二枚の推進翼でイグニッションブーストを発動させる。

 体勢を立て直したマルアハが、オレを撃ち落とそうと振り下ろした。それを空中でジャンプするような軌道で回避し、相手の背後を取って巨大な剣で相手を打ち砕く。

『オレを落としたいなら、三回殺す気で来やがれ!』

 推進翼兼ソードビットを手から解き放つ。

 新たに前後左右から迫る機体を確認し、垂直に飛び上がった。

 最高速で自由に動くオレに向かい、敵は事前入力式の無軌道瞬時加速で追いかけてくる。しかし、オレの背中に追いついたソードビットが、即座に推進装置としての役目に戻った。大小二組の推進翼が交互に連続して最大の加速をかける。

 あっという間に音速を超え、衝撃波を周囲に撒き散らす。

 上空でオレを待ち構えていた飛行機型ISが、ノーズに備えた大口径レーザーキャノンを何度も撃ち放つ。

 そんな真っ直ぐしか飛ばない攻撃にやられてやる慈善精神は持ち合わせてねえ。

 横回転を繰り返し、スレスレで回避しながら敵機に迫る。

『舐めんじゃねえ!』

 鋭利な悪魔の爪が無人機の腹を引き裂いた。

 落下していく破片を見下ろして、一息吐く。

 勢いづけにはこれで充分だろ。

 おそらくだが、テンペスタⅡ・ディアブロは、時間経過とともにパイロットの適正化させていくようだ。銀の福音のとき、手足を失う前に見た白昼夢を信じるなら、戻っているという言葉になるんだろうけど。

 それと経験則から考えるに、オレが強く願うとき、その適正化のスピードが大幅に加速する。

 だからISを動かしたいと願っていたオレは、藍越学園の入試の日に一夏が動かすはずだった打鉄を見て、ようやくISを動かせるほどに強くなったんだと思う。

 心を司るイメージインターフェースの進化系、とは言い得て妙だ。その機能の全容は未だにわからないルート2だが、この辺りの予測は正解だろう。

『こんなところで今さら、負けやしねえよ、オレは!』

 ゆえにこの十二年間という時間経過で、オレは強くなり続けた。

 今の四十院総司こと二瀬野鷹が操るディアブロは、白騎士にこそ敵わないだろうが、世界でも最強クラスだと思う。

 二機ぐらいなら真正面からでも突破出来るだろうし、誰にも追いつかれる気がしない。

 客観的に見ても、相手を混乱させるには充分な機体だ。

 もちろん、一機だけの追加じゃない。

 もう少ししたら、四十院研究所へ向かう前に、欧州統合軍のコールマンへ連絡した件も効くはずだ。

 戦力さえ整えば、まだ勝算はある。

『やってやるぜ、チクショウ』

 久しぶりの全力戦闘へ、気合いを入れ直した。

 

 

 

 敵機が再び他の部隊へ攻撃を仕掛け始めている。

「おい、二瀬野、どういうこった!? てめえ、ホントに二瀬野かよ!!」

『なんだよオータム、つれねえじゃん。テンペスタ・ホークの操縦は諦めたのかよ』

「てめえみてえな病人と一緒にしてんじゃねえぞ、ブッ殺す!」

『オレの前に、てめえの周りを片付けなってんだ、この逃げ腰ヘタレヤンキー』

 相変わらずの口論の後、オータムが先ほどまでと打って変わった、不敵な笑みを浮かべる。

「やってやろうじゃねえか、クソガキ」

 追いかけられていた状態から急制動をかけ、逆に突進をかける。敵から放たれたレーザーを空中でステップを踏むような動きで回避し、そのうちの一機にキックを食らわせた。指先に仕込まれたマシンガンで一機を沈黙させる。

 相変わらず田舎ヤンキーくさいヤツだな、ホント。

「ヨウ君!」

「ヨウ!」

 次に声がかけてきたのは、連隊がまだ分隊だったときに世話になった二人だ。

『やあ悠美さん、その節はお世話になりました。アイドル業の調子はどうです?』

「こ、こんな状況だし、っていうか、ホントにヨウ君なの!?」

『やだな、いつも悠美さんを応援している二瀬野鷹ですよ。ビックな500ミリ缶の差し入れは助かりましたが、次からは炭酸じゃないのでお願いします』

「……ホントに、ヨウ君? でも、そんなこと知ってるなんて」

 望遠モードで確認した顔は、相変わらず美しく愛らしい。

 オレはこの女性がまだ幼いときから知っている。

 分家である彼女の実家と本家である更識を繋げ合わせ、より強力な家柄へとまとめ上げる手伝いをしたのは、紛れもなくオレだったからだ。

 天真爛漫で裏稼業なんて似合わない女の子だった。テレビの中のアイドルに夢中で、だけど少し恥ずかしがり屋で、四十院総司にもよく歌声を披露してくれていた。アイドルになりたいって願いにも、出来るだけ協力をしてあげた。それが巻き込んだことのせめてもの償いだった。

『差し入れのケーキ、マジで美味かった。あのときのオレにゃ、悠美さんが癒しでしたよ』

「……うん、顔は見せてくれないの?」

『ただいま通信回線故障中です、申し訳ないですけど。でも、悠美さんには何となく感じとって欲しいなあ』

 小さく乾いた笑いを送り返すと、向こうも少しだけ照れたように優しく笑い返してくる。

「なんか、それっぽい」

『でしょ。結局、サインもらってないんで、終わったら、機体にお願いします』

 親指で自分の胸を刺すオレに、悠美さんが小さく笑った。

「りょーかい! 生き残らなくっちゃね!」

 悠美さんは右手で可愛らしく敬礼をし、手に持つマシンガンで、相手の行き先を的確に打ち抜いていく。

「っていうか、ヨウ、アンタ、なんで悠美さんがいると私を無視するのよ!」

 ドイツから来た、赤毛に黒い眼帯をつけた少女が、憮然とした顔で文句をつけてくる。

 その体には、オレの愛機であるテンペスタ・ホークをまとっていた。余談だが、オレにとっちゃディアブロよりホークの方が愛着がある。

『リアかよ。下着姿で出回らなくなったか?』

「殺すわよ!?」

『相変わらず声でけえな、ベランダで歌うなよ』

 大した時間を一緒にいたわけじゃないが、こいつには借りもあるし恩もあれば負い目もある。

「……なんで」

『あん?』

「なんで、貴方と私しか知らないことをそんなに言うのよ……ヨウがホントに生き返ったって思う……じゃない」

 泣きそうな、つらそうな声が耳に届いた。

 悪いな、リア。仲間だった時間のは短いけど、お前は良いヤツだよ、ホント。

『相変わらず変に理論派だな。でもま、今はお前にやって欲しいことがある』

「今さら出てきて頼みごと?」

『お前が全体の指揮を取って戦列を組み直せ。状況はオレ一人でひっくり返せるわけがねえ。オレが下手クソなのはよく知ってんだろ』

 やれやれと肩を竦め、追いついてきた機体を蹴り落とし、推進装置に火を入れた。

「……ふふ」

『んじゃ頼むぜ』

「一分頂戴、黒兎隊が隊長や副隊長だけじゃないってこと、見せてあげるわ!」

 かつて、オレより少し年上だった少女が、自信たっぷりの表情を浮かべる。

『頼りにしてる』

 加速に次ぐ加速、羽ばたきに次ぐ羽ばたきで、テンペスタ・ホークに追いつこうとしていた無人機の頭を打ち抜いた。

 間近にいる連隊の第一小隊の面々へ親指を立てて見せると、向こうも頬を綻ばせて親指を立てる。

 そして再び戦場を周回するように飛び周り始めた。

 気付けば、IS学園の一年専用機持ちに近づいていた。

「ヨウ……アンタなの?」

『んだよバカ鈴』

「すごいヨウっぽい、いやバカっぽいからヨウなの?」

『どういう意味だ!』

「……バカ」

 うげ、鈴の声が泣いてやがる。

 アイツがあんな声を出してるのは、一夏が誘拐されたときぐらいだ。

 殴られたなあ。曰く、オレが自分も危険な目に遭ってんのに、一夏を守れなくてすまんとしか言わなかったことが、どうしても許せなかったらしいが。

『お前が泣くと絶対に殴られるから勘弁しろ。ほら、敵が来てんぞ。手伝ってやろうか?』

「うっさいわね、アンタなんて死んでても問題ないんだから、見てなさいよ!」

 相変わらずひでえ言い草だな、ホント。

『おうおう、せいぜいがんばれや』

 からかうように笑いかけるのも、本当に懐かしい。弾や数馬も交えて、よく放課後の教室で他愛のない雑談をしてたもんだ。

「あとで覚えてなさいよ、そのツラ、もう一回殴ってやるから」

 鈴のアスタロトが、両手で抱えたHAWCブースターランチャーを構える。

 荷電粒子砲としては白式に勝るとも劣らない兵器が、オレの後続につく機体に向けて薙ぎ払われた。

 避け損ねた戦闘機型二機にぶち当たり、光の粒子となって機体が消えていった。

 さすが直感女王、半端ねえな。

 おかげで戦場を見渡す余裕が出来た。親指を立てて鈴に賞賛を送ると、鈴が親指を下方向へ向ける。

 アイツはホント……。

 思わず笑いが込み上げてきた。

 散々暴れたおかげか、戦況は少しずつ良い方向へと変わっていった。オレが登場してから、数機を落とすことに成功しているせいもあるだろう。

 それでも敵は未だにこちらの三倍近くだ。

 三倍の敵をどう倒すか。

 バラバラに動いていたら、各個撃破されていくだけだ。

 だから、オレたちはまとまらなければならない。

 チラリと視界の端でサイレント・ゼフィルスを捉える。未だに動きはない。

 これなら行けると油断はしない。劣勢に変わりはないのだから。

 視界の隅に周辺の海図を映し出す。

 二時間近く前に送り込んだ奥の手が、そろそろこちらに届くはずだ。

 何の手もなくここに乗り込むなんてバカなことはしない。未来がわからないなりに、色々と用意はしてきたのだ。

 さあ、四十院総司としての本領を、存分に発揮してやりますか。

 

 

 

 翻弄するように軌道を変え、わざとスピードを落としては敵を叩き落とし、再び加速をかけて旋回を続ける。

「タカ!」

 意を決したような張りつめた声で、一人の少女が声をかけてくる。昔は同級生だったが、今のオレにとっちゃ全員、少女で間違いない。

『お前だけだぞ、そのあだ名で呼んでるヤツは』

「……お前は」

 紅椿をまとった篠ノ之箒が、刀を下ろし、唇を噛む。

『ああもう、タカでいいよめんどくせえ』

「私は、その……」

『てめえがジン・アカツバキを生んだわけじゃねえ、てめえが誰かを苦しめたわけじゃねえ。テメエがオレを殺したヤツを育てたわけじゃねえ。わかってるくせに納得いかないって、その難儀な性格をどうにかしろ』

「だが……すまない」

 真っ直ぐと謝罪をせずにはいられないんだろう。

 だから、これ以上は語らない。力を求めてしまった箒の問題は根深いんだ。被害者であるオレが気にしていないといっても、逆に追い詰めるだけだ。それこそ一夏でもない限り解決してやれないだろう。

 代わりに出来ることと言えば、

『ああ、そういや一夏のアドレスを教えてやった借りを返せよ?』

 と昔馴染みらしい親しさでからかうぐらいだ。

「なっ、べ、別に私が欲しいと頼んだわけでは」

『ほら、前がガラ空きだぞ、剣術師範』

「さっきの剣は何だ、下手にも程があるぞ!」

 何だかんだが力を込めて相手に刀を振るう姿は、IS学園のとき、毎朝オレが見ていた姿そのものにしか見えない。

 戦列を確認する。

 連隊側とIS学園側が横並びに列を作る。

 わずか二十人ちょっとのIS操縦者の集まりが、人類最後の砦というヤツだろう。

 あとは敵の形をこちらに合わせてやる必要がある。

 都合の良いことに、やはりジン・アカツバキの最優先事項はオレであるらしい。

 今やオレについてくる機体は、総勢で十機を超えていた。何機か落としてはいるものの、周囲から再び応援が来ている。

 その十機を戦列から切り離すため、オレはみんなから離れていくように飛び始める。

「ヨウ!」

 背中からかけられた声は、幼いときとは違う声代わりをした、一人の少年の声だ。

 後方視界で確認すれば、そこには泣きそうな笑みが浮かべられている。

『んだよ、一夏』

「……ははっ」

 信じられない、と乾いた笑みを浮かべる。

 その間にも前面から襲うレーザーキャノンを、左腕のシールドで捌き続けていた。

『なんだよ』

「タコ焼き、美味かったな」

 不敵に笑いかけてくるその顔は、ウソをつくのがホントに下手だ。

『タイ焼きだろうが、てめえが誘拐される前は』

「……そういうことかよ」

 唇を噛む一夏の眼差しは、どこかオレを責めているようにも見える。

『そういうことだ。頼むわ、一夏』

「了解だ、ヒーロー」

 主人公、と一夏がオレを形容する。

『それ、やめようぜ』

 返せるのは、こういう言葉しかない。

「……お互いな」

 あれから十二年以上が経った。誘拐事件から言うならば、十四年近くだ。

 そうだな。

 あのときのオレたちは、間違いなく幼馴染の腐れ縁で、なんとなくお互いを見捨てられず、そのくせにお互いを無意識で頼ってしまう関係だった。

 言うならば、友達なんだろう。

 馬鹿話だってした。学校の帰りに寄り道もした。本当に普通のガキだった。

 メテオブレイカー作戦では、空と宇宙の境界の美しさに、二人で笑みを浮かべた。

 意識してなかったが、二瀬野鷹として舞い戻るというのはつまり、もう戻らない遥かな昔に立つということなんだな。ある意味、タイムトリップしてる気分だ。

 ただし、今のオレは四十院総司だ。

『やろうぜ、守るんだろ?』

「……ああ」

『ここが、正念場だ』

「おう!」

 シールドを解除された左腕が、一瞬で荷電粒子砲へと変化する。その砲口がが唸りを上げて、周囲に迫るマルアハたちを薙ぎ払った。

 攻撃を回避した機体が迫ってきても、揺るがずに右手の刀で受け止めて揺るがない。

 守りたい、と常々言っていた男は今、確かに守っている。

 フルスキン装甲のディアブロの中で、自分の頬が勝手に緩んでいくのを止められない。

『頑張れよ』

 背中を向けたまま、相手の戦列をかき乱すようにジグザグに飛び回る。

 そして、最後の一人が、オレの前に立ち塞がった。

 

 

 

 

 更識楯無は市街地で戦闘を繰り広げていた。

 敵は無人機だ。

 どこに隠れていた機体かを探る暇もなく、彼女は住民を守りながら必死に戦いを繰り広げる。

 出動しようとする寸前に、ロシア本国から送られてきたIS起動禁止命令。それの解除を求め、後から一夏たちに合流する気でもあった。

 本当はそんな命令などぶっちぎっても良かったのだが、そこは更識楯無一流の勘が働いた結果でもあった。

 タイミングが良すぎる。

 そう思って、わざと残ったのだ。

 妹の簪を送り出した後に、事態は訪れた。

 東京の郊外にある更識家の本宅が、ISによって襲撃されたのだ。

「ったく、こんな市街地で正気じゃないわね、ジン・アカツバキ!」

 敵は可変型無人機。

 仕留めようにも、本宅には火の手が上がり、無人機は執拗に一般人を狙っていた。

 更識家と周辺に住む住民を含め、すでに数十人が殺されている。

 許されるわけがない。

「この、しつこいわね!」

 水のヴェールで作られた盾を操り、街に向けられたレーザーを減衰させた。

 最大威力の攻撃を仕掛けて、一気に落とすか。

 だが彼女の戦いはここだけで終わらない。この後に、IS連隊での戦闘にも馳せ参じなければならないのだ。

 楯無の焦りと葛藤の隙を突くように、敵は空中を駆け巡り、市街地を阿鼻叫喚の絵図に変えていた。

「……誘ってるのかしら?」

 先ほどからIS連隊基地の方へと向かっている。

 距離を開ければ人型へ変形して街を撃ち、近づけば戦闘機型へと戻って、連隊の方へと逃げていく。

 何のために?

 不審に思いながらも、更識楯無はその機体を追い続ける。

 スピードはかなり早い機体のはずだ。戦闘機状態なら、彼女のISでは追えるはずがない性能だった。

「でも、絶対に落とす!!」 

 だが、戦闘が速度だけで決まるわけではない。

 不吉な予感を覚えつつも、敵を追い続ける。

 ふと、楯無は背中に寒気を覚え、身をよじって上半身を後ろに倒した。

「さすが生徒会長ですね。貴方の花から零れる水もまた、甘露であるでしょう」

 身を起こし、そのセリフの主を見据えた。

「機動風紀委員長、ルカ早乙女!」

「さあ、その機体を渡してくださいまし、会長」

 長い鎌を構え、青紫色のIS、マルアハが楯無と対峙する。

「ミステリアス・レイディを? 何のために?」

「乙女の秘密は、おいそれと明かせるものではありませんよ、会長さん」

 ルカの横に、楯無が先ほどまで追っていた機体が並ぶ。

 人型へと変形したその腕に、人間の少女を抱えていた。

「その辺りに倒れていた見知らぬ少女ですが、貴方はこの幼き蕾を散らせるでしょうか?」

 気絶しているのか、ワンピースを着た五才ぐらいの少女は、身動き一つ見せないでいた。

「……見知らぬ人間を人質なんて、落ちたものね、ルカ早乙女」

「さてどうでしょう? 勝つために何でもする。綺麗な戦争など正規軍に任せて。傭兵は意地でも勝つだけです」

 人質に見覚えがない。戦闘の余波で気絶して倒れていた少女を拾ってきていたのだろう。

 楯無には、そのことが空恐ろしく思えた。

 今までジン・アカツバキと無人機による性能一辺倒だった戦術が、人間の弱いところをつくまでに変化している。

 まさか、ロシアに手を回したの?

「何が目当てなのかしら? 私の無力化?」

 唇を噛みながら、楯無が

「いえ、貴方が何をしようかなど興味はありません。ただ、私のクライアントが御所望でして」

「何を、かしら?」

 ルカ早乙女が鎌を担いで、手を伸ばす。

「そのISに乗った、ナノマシン制御ユニットをです」

 

 

 

 

「ヨウ君」

 胸部と頭部の装甲の修復が終わっていない、テンペスタエイス・アスタロト。これはエスツーの協力により開発された、HAWCシステムを搭載する第二世代機のカスタム機だ。目の前にある三弥子さん謹製のタイプは、オレのディアブロによく似た形をしている。

『おう、玲美か』

「……ホントに?」

 訝しげとも言えないほどの、確認するような問いかけに、オレのディアブロが肩を竦めた。

『どう思う?』

「わかんない!」

 アスタロトが手に持った槍を、オレのいる方向へと投げつける。

 首を曲げて回避した後ろには、背後から迫ったマルアハが存在していた。装甲に突き刺さったレクレスネスという武器が、光る物体を相手から抜き出して落下していく。

 ISコアを強制解除する剥離剤(リムーバー)と一体になった兵装により、パイロットが地面へと落下していった。その下はちょうど海の上だ。

『大事なことを言わない癖はやめろっつっただろ。主に被害を被るのは、オレなんだ』

 苦笑いを浮かべてしまう。

 オレはこの少女をずっと前から知っている。彼女たちが幼い頃から見守ってきた。

 無邪気な顔で、オレのことをオジサンと呼ぶ笑顔は、とても大事なものだ。

「顔を」

『見せられない』

「なんで? 偽物だから?」

『通信は壊れたままなんだ。音声のみで我慢しろ』

「一緒だし」

『あん?』

「大事なことを、言わないのは、ヨウ君だって一緒じゃない!」

 その至極真っ当な反論に、何て答えたら良いか思いつかず苦笑いしてしまう。

『痛いところを突いて来やがる』

「本当にヨウ君なの? 私、ヨウ君の言うことなら、何でも信じるよ! だから、顔を見せて……欲しい……」

 うつむいたせいで、表情がよく見えない。

 無言でディアブロから推進翼を放ち、ソードビットとして玲美の後ろへ迫る機体を撃ち落とした。

 オレは、何を信じてもらえば良いのだろうか。

 今の顔は、間違いなく四十院総司である。その容姿を彼女たちは幼い頃から知っている。

 二瀬野鷹の顔をしたオレなら、玲美だって何でも信じるかもしれない。

 だが、四十院総司が、自分を二瀬野鷹だと話しても、信じることが出来るだろうか?

 言葉を操り他人をたぶらかし、未来を見通すような言動で相手を翻弄するIS業界のトップランナー。玲美たちを裏切り、IS学園を奪い取って一度は世界を敵に回した、四十院財閥の御曹司たるオレの言動を、誰が信じるんだろうか。

 無論、答えは誰も信じない、だ。

 だから、玲美の要求に答えてやることは出来ない。

 それに今、四十院総司であることがバレてしまっては、何の意味もない。再び動揺が走り、まとまり始めた戦列がバラバラになってしまうかもしれない。

「お願い……します」

 彼女の頬を一滴の水が伝って落ちる。

 オレは、この少女が幼いときからずっと見守ってきた。

 四十院研究所が存在することで彼女はメキメキと力をつけ、その腕前は今や専用機持ちたちに勝るとも劣らない。本来なら決して発揮されることなく終わった才能だっただろう。

 逆に言えば、この少女を守ろうとしたがために、危険な目に遭わせてしまったと言える。

 間違っていた、とは思わない。

 それでも悔やむことがないとは、言い切れない。

『玲美』

 一つだけ、この子に心残りの一言を。

 信じてもらえなくても良い。伝えなければいけない言葉が一つだけある。

 十二年前に置いてきた小さな気持ちを、この一瞬だけは二瀬野鷹として、はっきりと告げておかなければならない。

「ん」

『玲美』

 言おうとした言葉が何故か喉から出て来ず、代わりに間抜けにも名前を繰り返すだけになった。

「なぁに……?」

 泣いてる。

 玲美と理子と神楽のことは、彼女たちが幼いころから知っている。三人とも本当に仲良しで、オレたち父親はそれを必死に見守ってきた。

 彼女たちが笑顔であるようにと、父親っぽく頑張ったこともある。忙しい仕事の合間を縫って運動会の親子リレーに参上し、スーツのまま革靴を脱いで裸足で走り切った。

 振り返れば、彼女たちがいつも笑顔であるように、そう生きてきたのだ。

 ゆえに、四十院総司が国津玲美に愛を語ることはない。

 だけど二瀬野鷹として蘇った今だけは、告げなければならなかった。 

『好きだった』

 こんなことを言いたくて戻ってきたわけじゃない。すでに四十院総司の偽物であるオレが、国津玲美と愛を語らう資格などない。

「……好きだよ、ヨウ君」

『ああ』

 十二年前に置いてきた感情と言えなかった別れは、ここに終わりを迎えた。

 心が人を人にするならば、オレはきっと今、生きているんだろう。

 敵を笑い、人と語らい、友と分かち合い、愛を伝えた。

 だから、ここからは人でなしだ。

 たった一つ残った望みを叶えるために、それ以外の全てをこうして切り捨てた。

 

 

 

『今はオレの復活を祝って、あのクソッタレどもを相手に、どんちゃん騒ぎと行こうぜ。リア』

 振り返って宣言し、上空へと加速していく。

 やっと追いつこうとしていた敵たちが、慣性を殺しきれずに大きく蛇行してから上昇し始めた。

「一分ありがと。IS学園の専用機持ちを中心に、その役目を拡大する形を取ります。連隊側の汎用機たちは牽制しつつ、シャルロット・デュノア、セシリア・オルコット、更識簪、ラウラ・ボーデヴィッヒの横に付きます。全体を押し出す弾幕を張って下さい」

 ドイツから来た、オレと似たような立場の少女が、矢継ぎ早に指示を出していく。

 丁度良い。四十院総司ならともかく、二瀬野鷹ではこういう役目は不釣り合いだからな。

「おいおい、二瀬野、私がそんなのに従うと思ってんのか?」

 オレのディアブロに向けて、オータムが声をかけてくる。

『頼むオータム。これっきりだ』

「てめえには貸しばっかりだってわかってんのかよ、あ?」

『そうかい。だけどまあ、顔が嬉しそうだぜ宇佐隊長』

 外から見てればわかる。宇佐つくみは、どうやら二瀬野鷹のことを気に入っていたようだ。

「てめえが生きてたからじゃねえからな!? ようやく反撃出来そうだって話だ!」

『やられっぱなしが性に合うヤツじゃねえだよな、お前はよ』

 相手の攻撃を恐るべき精度で避け、押し出すように殴りつける。

 距離が離れると、無人機の装甲が爆発を起こした。

 どうやら極小ビットを飛ばさず、触れた瞬間に敵へ押しつけているようだ。小型の爆発物を扱う蝿の王(バアル・ゼブル)ならではの戦い方だ。

 これは宇佐つくみ隊長ことオータムが、ようやく本気で戦う気になったってことだろう。

 IS連隊の第一小隊が三機で戦列を作り、学園の生徒たちの右翼へと付く。

「ヨウ君、生き返るなんて、キミは相変わらず変な子よね」

 ナターシャ・ファイルス。第三世代機『銀の福音』を操る米国のエースパイロット。開発には、四十院研究所として参加させて貰った。おかげで、彼女の素晴らしさは以前よりよく知っている。

 彼女は紛うことなきIS乗りだ。

『お久しぶりですね、ナターシャさん。その子の調子はいかがですか?』

「キミが守ってくれたおかげで、思ったより早く、しかも完全な調子で帰ってきたわ。ほら、この通り」

 彼女を取り囲んだ無人機が人型へと変形し、その両手に備えたレーザーキャノンを彼女へ向ける。

 その中心にて、シルバリオ・ゴスペルが優雅な踊りのように、くるっと回転をしてみせた。その推進翼の先端には、光の羽が無数に生えており、動きに合わせて周囲に飛び散っていく。それらは着弾した同時に爆発を起こして、敵を退けていった。

『さすがですよ、ナターシャ先生』

「ありがとう。ジョンが悲しんでたわよ」

『あんな尻揉み黒人でも、泣いてくれるなら嬉しいもんですよ』

 呆れたような口調の言葉に、銀の福音が小さく微笑んだ気がした。

 良かったよな、あのとき戦ったことは無駄じゃなかった。

 そのままIS学園の戦列の上に陣取った彼女が、守護を与えるが天使にも見えた。

 宇佐つくみの率いる第一小隊とナターシャさんが戦列に加わったのを見て、連隊の機体たちも段々とそこに向かい始める。

 そしてひと固まりになっていく彼女たちに向け、リアから再び指示が入る。

『遊撃として、織斑一夏、篠ノ之箒、ファン・リンイン、ナターシャ・ファイルス、宇佐つくみ。弾幕の中央、薄い部分を抜けてくる敵を優先して排除、落とせるようなら落として下さい。つまり貴方方は好き勝手してください、どうせ聞きやしないんだから』

 呆れたようなリアの声に、連隊の隊員たちが少しだけ笑みを見せる。

 何だかんだでナターシャと宇佐つくみは方向性の違いこそあれど、両方が問題児だ。連隊の人間たちはそれをよく知っている。

「リア、俺もかよ」

 戦列を乱そうとレーザーキャノンを撃つ機体の前へ、一夏が割り込んだ。左腕に展開されたシールドが、周囲の機体数機を包むように一際大きく花開いた。

 一夏のシールドはかなり強力で、貫くには実弾系の兵器が必要となるって代物だ。

「貴方が一番、好き勝手でしょ、バカ一夏」

 責めるような口調のリアに、オレは思わず、

『ちがいねえ』

 と含み笑いを浮かべた。

「む、そんなことはねえと思うんだが」

『どうだか』

 状況は、乱戦から戦列を組まれた戦いへと変化していく。

 二瀬野鷹として数機を落としたとはいえ、敵は未だ七十機以上、こちらはその半数以下。

 それでも、一夏のシールドを起点に、一時的な砦のような堅固な軍団が、相手の攻撃を寄せ付けない。

 見渡せば、いつのまにか一夏を中心にして、放射線状にISが広がっていた。

 何も言わなくとも、自分の役目がわかってやがる。自然と中心に立つ男でいろよ、これからも、ずっと。

 さて。

 じゃあ日蔭者として頑張りますか。

『四十院さん』

 オレの視界の隅に三色スタッフの若いのが割り込んでくる。

『なんだい?』

『国津三弥子主任から、連絡です。繋ぎますか?』

 目の前の敵を叩き潰し、陣形の背後に回ろうとする敵を掴んでは握りつぶしていく。

『ああ、繋いでくれ』

 そんな戦闘をこなしながらも、視界の端には一つの小さなウィンドウに笑いかけた。

『やあ、三弥子さん、元気にしてたかい?』

『所長こそお元気そうで何よりです』

『単刀直入に行こう、君は何者だい?』

 そこに映る理知的な顔つきの女性が、自嘲するような笑みを浮かべ、こう呟いた。

『私はルート2です』

『……んだと?』

『貴方の願いを阻むために、この命を燃やす者』

 あまりの驚きのあまり動きを止めてしまう。マルアハの一機がオレの目の前に現れた。

「ヨウ!」

 一夏が声をかけるよりも早く、マルアハが手に持ったブレードを振り下ろす。

 それを右腕の横薙一閃で吹き飛ばし、背中に生えた追撃の刃を分離させた。

『どういうことだ、三弥子さん。私の願いを、知っていると?』

 自分の唇が震えている気がした。

『知っているからこそ、阻みたい、と思うのです』

 視界の隅で、二本のソードビットによりマルアハが撃墜されて落下していく。地面に落ちた機体が粒子になって消え、パイロットは昏睡状態に入った。絶対防御が発動したんだろう。操縦者の意識が失わせジン・アカツバキの思うがままになること以外、マルアハは通常のISと変わらない。

『……優秀な研究者、だと思っていましたが』

『あの事故のとき、四十院総司のいた運転席は、生き残れるはずがないほど潰されていた。国津三弥子は助手席から投げ出され、全身を強く打ち死亡した』

 それは確かにオレが今の体で蘇ったときの話だ。

『同時に蘇った、っていうのかい?』

『もし、その状況を打破したいというならば、ディアブロを私にお渡しください。そうすれば、ジンの端末など吹き飛ばして見せましょう』

『貴方がディアブロの操縦者だとでも?』

『私はルート2の体現者。そしてこの結末を見た者です』

『こっから先の未来より現れたと』

『はい』

 予想通りと言えば予想通りだが、想像の範囲外と言えばその通りだ。

 道理でバアルゼブルにルシファー、アスタロトの三機を、亡国機業が先行して配備しているはずだ。

『残念だが三弥子さん。お断りだ。貴方がどこの誰だかは教えてくれるんだよね?』

『それは言えません』

『やっぱりかー』

『交渉は決裂、ということですか』

『交渉するには、そちらの材料が少なすぎるよ、三弥子さん』

『では、一つだけ情報を。ジン・アカツバキはナノマシンを作成出来る状態に入りました』

『……どうやってだ?』

『言えません。言えば、歴史が変わる。ここは変えてはいけないポイントですから』

 通信ウィンドウが勝手に閉じられる。どうやら向こうが回線を切ったようだ。

「おいヨウ!」

「ヨウ、何ぼけーっとしてんのよ」

「タカ、油断していると死ぬぞ」

 幼馴染三人組がオレに声をかけてきやがる。

 考えてる余裕が段々無くなるな。

 連隊と学園の合同戦列により敵機は押し出されていき、混戦から集団同士の打ち合いへと変わり始めていた。

 今、三弥子さんが手を出さないなら、特に問題はないはずだ。頭を切り替えろ。

 さてと。

 視界の隅に浮かぶ太平洋の海図に目線を向けた。そこに映っている多数の光る点が、真っ直ぐこの海域へと飛んできている。

『岸原に繋いでくれ』

 そろそろ奥の手が到着する頃だ。

 さあ、四十院総司ってヤツを見せてやるよ、ガキんちょども!

 

 

 

 戦列同士が撃ち合いを続ける中、オレだけが独立して動き、敵集団の背面を飛んでいる形だ。

『シジュ、今、どこにいるんだ?』

 ようやく繋いがった回線から、訝しげな中年の声が聞こえてくる。

 岸原と国津には、オレがディアブロに乗っていることを話していない。ゆえに詳細は知らないはずだ。

『ちょっとコンビニさ。それよりコールマンの調子はどうだい?』

『やはり二十発だ。そろそろ戦場に辿り着くぞ』

『よし、ありがとう、助かる』

 オレが四十院研究所に向かう前、岸原に連絡させた欧州統合軍のコールマンへと連絡させた。

 目的は第十四艦隊からの、IS搭載型巡航ミサイルの発射だった。

 IS学園を襲った、時速九百キロオーバーのIS装備型巡航ミサイルが、四十院総司の用意した援軍である。

 数は二十発。二千キロの彼方から辿り着いた、人類の決戦兵器ってわけだ。

 コールマンはColemanではなくCallman、つまり各国への連絡係に過ぎない。現状の四十院総司では直接、アメリカへお願いは出来ない。だから欧州統合軍経由で依頼をさせたのだ。

『よし、全員注目、第十四艦隊からの援護射撃が辿り着くぞ、タイミングを合わせろ、一気に行く! 拡散弾頭が分裂する前にミサイルを撃墜させるなよ!』

「ヨウ? なんだそりゃ!?」

 一夏が驚きの声を上げた。他の人間も同様だ。

『レーダー働かせれば一目瞭然だろ! 誰かが援護射撃してくれてたってわけだ!』

「し、しかし!」

『今はこれを利用するしかねえだろ、リア!』

「了解。ミサイルの予想航路の割り出し……完了。連隊側は連隊用の暗号コードで、学園側はシュヴァルツェ・ハーゼのコードで隊長に、そこから共有してください」

 良い手際を見せてくれるぜ、リア。

 オレと部下たちでもどうにか出来たかもしれないが、現場にコイツがいるおかげで、かなり事がスムーズに進んでいる。

『んじゃ、一気にせん滅作戦と行くぜ!』

 弾幕により押し出された敵集団の背後から、その真ん中を突っ切る。

『そっちに持っていくぞ、背中の十機と』

 人型へ変形し、人間たちへ砲撃を続けていた無人機を、スピードを上げてまま背後から右手で貫いた。

 そのまま押し出すように加速し、戦闘機タイプのISの上に飛び乗って、その真ん中へ左腕を振り下ろした。

『そんで二機プラスだ!』

 両手に無人機を突き刺したまま、十機を連れ回し、一夏たちの戦列正面へ、真っ直ぐ加速し始める。

「オルコット、デュノア、隊長、更識簪、それとファン、鷹の連れてくる機体を落とします!」

「了解しましたわ、リアさん!」

「うん、一気に落とすよ!」

「黒兎隊の実力を見せるときだ!」

「りょ、了解です!」

「複雑な気分よね……」

 鈴が苦笑っぽく呟いた。

 そりゃそうだ。あれだけIS学園を執拗に撃ち続けた巡航ミサイル群が、今度は味方になるんだからな。

 そして、最後の一機が鈴の横に並び立つ。

「テンペスタエイス・アスタロト。国津玲美。HAWCブースターランチャーの発射準備に入ります」

 両手で抱えた巨大な砲身に、翼から伸びたケーブルを接続する。

 最後に一夏が左腕の荷電粒子砲をオレの正面へ向けた。

「んじゃオレも勝手にぶっ放す!」

『ああもう一夏のバカ! 手の余っている機体は、全力で戦列を維持、この隙を突かれないように!』

 リアからの指示を受けて、IS連隊の汎用機に箒やナターシャさんたちが、その攻撃速度を上げていく。

 真正面に捉えた戦列の向こうには、すでに巡航ミサイルの集団が有視界で捕えられていた。

 オレの背中で、四枚の推進翼が爆発的な加速を生み出す。

 両手でもがき続ける二体を盾にして、音速を超えた状態で向かって行く。

「全機、撃てぇ!」

 リアの掛け声とともに、多数の光と弾丸がオレの周囲に向けて襲いかかった。

 もはや逃げ場のない暴風だ。

 無人機もマルアハも、咄嗟に回避しようとするが、三本の荷電粒子砲がその逃げ道を塞ぐように撃たれていた。

 そしてその間を、弾丸とミサイルとBTレーザーが覆い尽くす。

 オレが盾にしている二機は、あっという間に鉄クズへと早変わりだ。

 味方からの攻撃を、無軌道瞬時加速で回避して、上空へと舞い上がる。

 その横を、二十発の巡航ミサイルが通り過ぎていった。

 全長六メートルの先端が開き、中から無数の小型弾頭が飛び出して、敵の集団へ横殴りの雨のように襲いかかる。

『大したことねえな、神様よ』

 敵の塊が爆発を起こし、破壊されて墜落し、粒子となって消えて行く。

 その光景はまるで、大輪の赤い花から、無数の光る蛍が飛び立つようだった。

 

 

 

 

『それでも、あと二十機ばかり残ってるか』

 どうやら上手に味方同士でカバーし合い、無傷の機体が残ったようだった。

 そのほとんどが可変型無人機だってのは、やっぱ人間に対する思いの違いなのかねえ。

「残りは少ないですが、油断せずに行きましょう」

 リアの言葉が少し上ずっている。

 絶望的な状況をひっくり返した高揚感があるんだろう。

「はっ、ゴミ掃除は好きじゃねえんだがな」

「ええ、了解よ」

 他の人間も同じで、オータムやナターシャさんですら、かなり興奮しているようだ。

「残りは少ない、今度はこちらが数で押せる!」

「だね! あと少し、気を抜かずに頑張ろう!」

 それはIS学園側も一緒で、いつもは冷静なラウラやシャルロットの声も弾んでいるようだ。

 だが、何か引っかかる。

 結局、織斑マドカも参戦出来ず、ルカ早乙女もどこかに消えたままだ。

 そして、もっと大事な何かを忘れているんじゃないだろうか。

「戦列を保ち、今までと同じように、残弾に気を付けて下さい!」

 リアの掛け声を受けたせいでもねえだろうが、それでも全員が陣形を保って油断せずに敵を撃ち続けている。さすが歴戦の勇士が揃っているだけはある。

「ヨウ君?」

 いつのまにか玲美が横に立っていた。

『……なんか、引っかかる』

「引っかかる?」

『あっさりとし過ぎているんだ』

「うーん……気にし過ぎじゃないかな」

『何か忘れてることはないか……』

「忘れてること? そういえば、更識さんいるのに、生徒会長さんいないね」

『そういや、いねえな……』

 妹の簪と違い、更識楯無は自由国籍者でロシアの正代表だ。ゆえに本国から強力な命令が入れば動くことが出来ない。

 そう思っていたが……待て、そんなのに大人しく従う子だったか、あの人は。

『あ』

 そうだ、ISの兵装として、ナノマシンを持つ機体が一機だけいる。

『簪さん、お姉さんはどうした!?』

「え? お、お姉ちゃん?」

『なぜ、この場所に未だにあの楯無さんが来ていない? どうしてだ?』

「そ……それはロシアから機体の使用禁止命令が……」

『チクショウ!』

 ナノマシンユニットを装備するISは世界に何機かあるが、その代表格かつ日本にいる機体は、更識楯無の操るミステリアス・レイディだ。

 そうだ、ラウラを狙い、遺伝子強化試験体研究所の残存データを探っていたのと同時に、ナノマシンユニット自体を持つISを狙っていたんだ。

 やけに人間臭い手を使うようになったじゃねえか、ジン・アカツバキめ!

 回線を切り替えて、二瀬野鷹の声が返らないようにセットしつつ、

『赤青緑、三人とも、ロシアの情勢を今すぐ探れ!』

 と、すぐさま四十院総司として部下に指示を出す。

『ロシア? ですか?』

『何でミステリアス・レイディが動けないか、早く! 急ぐんだ!』

『は、はい!』

 クソッ、ロシアが動かないことを、どうして不思議に思わなかったんだ、オレは!

 更識楯無は、自由国籍者でありロシアの正代表だ。そしてロシアは、自国人の正代表を作れないほどのIS後進国家である。だから楯無さんが駆けつけないのを、ロシア側がミステリアス・レイディを勝てない戦で失いたくないためだと勝手に思い込んでいた。

 だがおそらく違う。楯無さんは、いざとなればそういうしがらみを切り捨てて、他人のために戦う人間だ。ましてやここには大事な妹すら参戦しているのだ。

 ロシアとジン・アカツバキが手を組んだのか?

 しかし、どうやってだ? あいつの手のISは、全てここにいるはずだ。宇宙にいた五十機とマルアハ三十機はIS連隊基地に集まっている。

 何か見落としは無いのか。

 ……オレを殺したISはどこに行った?

 輸送機を襲われたとき、オレはあの可変型戦闘機を破壊してはいない。ただ玲美たちを守っただけだ。

 相手はオレが死んだことを確認し、そのまま地球に留まった。そしてジン・アカツバキの代理人として暗躍をしていたんだ。

 つまり彼の国は、それがどんなに危険なことかも知らずに、ジン・アカツバキと手を組んだのだ。

 ソ連崩壊により終わった冷戦構造は、形を変えて存在している。ゆえにロシアは未だにアメリカと敵対することが多い。そしてアメリカは極東IS連隊の母体でもある。

 その焦りをジン・アカツバキが突いたのか。

 ではどうする?

『やることは変わらねえのか……』

 ロシアには後できっちり代償を頂くとしよう。

 どちらにしても今、ここを守らなければ全ては終わるんだ。

 それなら、織斑マドカが乱入してきても大丈夫なように、速攻で終わらせるしかない。

「え?」

 唇を噛んだオレの下方向から、間の抜けた呟きが届く。

 小さな破砕音が聞こえてきた。

「隊長!」

 リアが悲痛な声で叫ぶ。

「箒!?」

 一夏が心底慌てた様子で幼馴染の名を叫ぶ。

 見れば箒の紅椿が、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンへ刀を振り下ろしていた。

「なん……なんだこれは!?」

 攻撃を仕掛けた箒が、一番驚いている。

「箒……?」

 背中に傷を負ったラウラが、目を丸くしたまま振り返る。

「くそっ、なんだ、ISが、勝手に!」

 箒が必死に叫び、刀を投げ捨て左腕で右手を押さえつけようとしていた。

『何が起きた? 箒!?』

「わからん! ISが勝手に……これは、あのときと同じ……?」

『あのとき!?』

「こいつを初めて装着したときに、お前を殺しかけたことが……あっただろう?」

 額に汗を浮かべながら、箒が必死にもがき続ける。

 そうだ、箒の言うとおり、勝手に動いた紅椿により、危うく首を吹き飛ばされるところだった。

 オレはあのとき、初めてジン・アカツバキを見たのだ。篠ノ之束と同じ顔をし、暗い瞳でオレを見つめていた。

「箒! 今すぐISを解除しろ!」

 一夏がすぐに駆けつけて、箒を抑えようとする。

「や、やってるが、言うことを聞かん! なんだ……これは!」

 紅蓮の装甲を持つ右腕が、近寄った白式を振り払う。

「箒!」

 吹き飛ばされた一夏が、すぐさま体勢を立て直して再び駆け寄ろうとした。

 そのとき、紅椿のヘッドマウントから黒いバイザーが飛び出し、箒の目元を覆い隠してしまった。

 何が起きているのかわからない。

 暴れていた紅椿が、急に動きを止める。

「箒? 大丈夫か、箒!?」

 先ほどまでと違い、身動き一つ無くなった紅椿の肩を、一夏が必死に揺らす。

『ああ、大丈夫だ、これが気分が良いということか』

 自らを掴む白式の腕を振り払い、オープンチャンネルで言葉が伝えられる。

 そして、箒は唇を開いていない。

「……箒?」

 うわ言のように呟いた一夏に背中を向け、紅椿がレーゲンへ近づいた。

 紅椿。オレの仇敵ジン・アカツバキの元となったインフィニット・ストラトス。

 箒が乗っている限りは大丈夫だ、と無意識で信じていたのか。

 紅椿はジン・アカツバキと異なる存在だ。そう思い込んでいたから、見落とした。

 最初から、ジン・アカツバキは自分の過去の姿を操ることが出来たのだ。

 ただし、篠ノ之束の姿の端末があるときは、まるで必要がない技術でもある。ゆえにとっておきの奥の手として残していたのだ。

『復活は、お前だけの専売特許ではないぞ、ルート2。いや、二瀬野鷹』

 負傷したレーゲンへと近づいて、その胸元へ右手をかざす。

『ルート1・絢爛舞踏、発動』

 その言葉とともに、レーゲンから大量の光が漏れ出して、紅椿の腕へと吸い込まれていった。

「なに……が?」

 ラウラが茫然と呟いた。

 レーゲンが、消えた。

「ラウラ!」

 落ちていく彼女を、一夏が咄嗟に拾い上げて抱きかかえる。

『てめえ……』

 オレと一夏が、篠ノ之箒の体を包む紅蓮の装甲を睨んだ。

 敵は右手を振り上げる。

 その先に、ISの数倍はあろうかという長さまで、光る刃が伸びていく。

『さあ、神の再誕を称えよ、人間たちよ!』

 振り下ろされた輝きが、オレたちの戦列を薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 







次回更新は、一週間お休みをいただきまして、2014年1月12日(日曜日)の予定になります。
遅れた上に、重ね重ね申し訳ありません。


最後に、
本年は、本作『ルート2~インフィニット・ストラトス』を読んでいただきまして、誠にありがとうございました。
皆さま良いお年をお迎えください。

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