ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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38、名前のない怪物

 

 

 一夏の白式を抱え、オレのディアブロが空を飛ぶ。

連続点火式瞬時加速(イグニッション・バースト)!」

 捉えた目標には、玲美のアスタロトが音速の飛び蹴りを食らわせようとしていた。

 アスタロトが背中にある四枚の推進翼が、交互に加速を重ねていく。

 こちらもそれに攻撃を合わせるつもりで、加速を積み重ねていった。

「落ちて!!」

 玲美のアスタロトの蹴りが、花弁のようなビットの中心に突き刺さる。

 盾代わりにした遠隔兵器を支えるように、紅椿が両手を掲げた。バイザーの下の箒が苦しそうに口元を歪める。

「おおおぉぉぉぉォォォォ!!」

 一夏が雄叫びを上げた。

『行け、一夏!!』

 紅椿の側面に向かい、一夏を抱えたままオレは突撃していく。

「チッ! 思ったほど役に立たん奴だ!」

 猛スピードで突っ込むこちらに気づき、歯痒そうに舌打ちをする。

 背中に生えた二本の腕に剣を持ち、こちらへ投擲をしてきた。

『離すぞ!』

 手を一夏から解放し、オレはスピードを落とさず盾となる。

 肩と脚部に投げつけられた刃が突き刺さり、進路が逸れた。

 だが、オレの後ろから、白い機体が紅蓮の神に襲い掛かる。

「お前の正義がどうあろうと、俺が守りたいヤツを傷つけるなら、全て敵だ!!」

 加速をつけた状態での横一線に引かれた光の刃が、易々と相手のシールドを切り裂く。そのまま赤い装甲を断ち切り、そのISの胴体と頭部を粉々に打ち砕いていた。

「この正義の化け物め! やはりルート3が最先端か!」

 空中を吹き飛ばされ、空高く舞い上げられた紅椿が、逆さのまま静止する。

「クソっ、まだ足りないか!」

 一夏が雪片弐型の刃を正眼に構え、上段へと大きく振りかぶった。

「だが甘い」

 紅椿が両腕を横に伸ばす。

「くっ」

「な、なんです……の!?」

 同時に、シャルロットとセシリアの動きが止まった。

 目を疑った。

 紅椿の腕が肘の辺りで消え、その先にあるはずの腕が、離れた場所にいるラファール・リヴァイヴとブルーティアーズの首根っこを掴んでいる。

「ルート1・絢爛舞踏」

「きゃっ!?」

「ISが!」

 二機のインフィニット・ストラトスが同時に姿を消し、光の粒子が紅椿の両手に吸い込まれていく。

『んだと!? って、鈴!』

「あいよ!」

 近くにいた鈴が落ちていく二人を咄嗟に掴み上げる。

「何が、起きたんですの!?」

「さっきのラウラと一緒なの?」

 鈴のアスタロトに捕まった二人が、茫然とした表情で驚きの声を上げる。

「敵の……攻撃が止まった?」

 悠美さんが周囲に銃を向けたまま呟いた。見れば周囲の無人機たちが攻撃を止め、一か所に固まっている。

「先ほどの打鉄が、かなりの経験値となってくれたようだ。おかげでわずかに穴を開けることが可能となっていた」

 逆さまの紅椿の腕が元に戻っていた。

 そのまま自分の体を抱くようにし、身を震わせる。

 バイザーから覗き見える表情には、愉悦と表現出来る表情が浮かんでいた。

「これで、さらに次元の穴を広げられる」

 低い笑い声が段々と大きくなっていくに連れ、零落白夜によって粉々にされた装甲が復元されていった。

「てめえはもう、死ね!」

 無人機からの攻撃が止んだことで自由になったオータムが、イグニッション・ブーストをかけて拳で殴りかかる。

 その先端が紅椿の装甲に届くと同時に爆発を起こした。極小爆発型のビットをパンチとともに食らわせたんだろう。

「もうウンザリよ、未来のISさん!」

 紅椿の背後に回ったナターシャさんが、右腕のビームマシンガンの乱射を開始した。

「よくも湯屋さんを!」

 悠美さんのまとうピンクの打鉄が、二本のマシンガンが一点を狙い撃つ。

「なんだか知らないけど、無人機が止まっている今なら!」

 テンペスタ・ホークを使うリアが、右手のレーザーライフルを撃ち放った。

「そろそろ……終わって……!」

 簪さんの操る打鉄弐式のミサイルの全てが、一か所に着弾する。

 光と爆発と轟音が、紅椿のいた場所で起きた。

 全員が、煙と炎で見えなくなった紅椿の、次の動きを待つ。

 沈黙の中、誰かが息を飲んだ。敵のIS反応が消えないのだ。

 海面近くにいたオレも、生き残っていた全員と同じ高さまで浮き上がった。

 右には一夏が、左には玲美がいる。

 玲美は無言でテンペスタ・ホークのブースターランチャーを構える。

「もう一回、撃つ」

『頼む』

 両手で抱えた巨大な砲身に光のラインが走った。あと数秒で放たれるはずだ。

 ……ちっ!

 砲撃をしようとした玲美を、咄嗟に押し飛ばす。

「ヨウ君!?」

『生きてやがる!』

 玲美がいた場所を、雪片弐型サイズの巨大な刀が通り過ぎていった。

『簪さん! ナターシャさん!』

 すぐさま二人のパイロットへ声を張り上げた。

「くぅ……!」

「これは!」

 彼女たちはオレの声に反応し、咄嗟に身を翻す。

「外したか。警戒されては上手くいかんな」

 味方の二機が立っていたところには、赤い装甲の腕だけが空中から生えていた。

『この化け物が』

「お互い様だろう?」

 虚空から生えた腕が消えると同時に、煙の中から紅蓮の装甲が姿を現す。

 全員が、それぞれの武器を構えた。

「鈴、セシリアとシャルを連れて下がれ!」

「すぐ戻るから!」

 一夏の言葉に、鈴は背中を向けて距離を開けていった。

「逃げても意味などない」

 腕を組んだ紅椿の呟きと同時に、その背後で半径二メートルほどの黒い穴が空中に開く。

 そこから一機のISが現れた。今までと変わりのない戦闘機型の無人機だ。

 これなら、とオレが安堵しそうになった瞬間に、次の穴が見えた。

 驚いて目を見開いたとき、その横で二つの穴が開いた。底の見えない井戸のような、偽物の篠ノ之束の眼のような、暗くて深い穴だ。

 それが三つ増え、三つの周囲に四つずつ開き、その四つを囲むように十六個の暗闇が現れた。

 形容しがたい色の穴が幾何級数的に増えていく。

 その全てから、戦闘機型の無人機がゆっくりと通り抜けてきた。

 紅椿の背面の空は、穴だらけになっている。

 そして、まるで蜂の巣の中から働き蜂が這い出てくるかのように、一機、また一機と無人機たちが姿を現してくる。

「……んだ、これ」

 一夏が信じられないと呻きを零し、震えた首を横に振る。

「エイスフォームども、つまりお前たちIS学園の専用機たちを吸収するまでは、私も力が失われていたからな」

 ディアブロの視界の中に、IS反応が異常に増えていく。

『……取り戻したら、どうなるってんだよ』

 オレの頬に冷や汗が垂れた。

 今やこの空域だけで、IS反応は二百を超えている。それにも関わらず穴は増え続けていた。

「時の彼方に置いて来るしかなかった私の軍隊の残りが、使えるというわけだ」

『……相変わらずの反則っぷりだな』

「六百機を奪って有頂天になっていたか?」

 箒の顔で、そのISがオレたちを矮小な者と嘲笑う。

『全員、退避だ! 絶対に生き残れ!』

 声を張り上げて叫んだ。

 神の呼び出した天使たちが、大空を埋め尽くしていく。六百を超え八百を超えてもまだ増殖していた。

「さあ、人間たちよ、黙示録のラッパが吹かれるぞ」

 空中をどこまでも覆う、青紫の影。その全てが可変型無人駆動ISだ。

 太陽を覆い、雲を吹き飛ばし、空は影に奪われた。

 時代が、終わる。

 全員の顔が、驚愕から、諦めへ緩やかに変わっていった瞬間を見た。

 生き残りは十人程度にも関わらず、敵の数は千機を超える。

「ここで終焉だ。人類よ、優しく生まれ変われ」

 今、ジン・アカツバキという名の神が、初めて慈愛の笑みを見せたのだった。

 

 

 

 

 

「でもホント、箒ちゃんレーダー持ってて良かったー。まさかここで箒ちゃんを発見出来たおかげで、違う場所に接続できるなんて」

 束の頭部に接続されたウサギの耳のような機械が、ピョコピョコと動く。

「姉さん」

「おやおや私がお姉ちゃんってのは、思い出せたのかな?」

「あ、いや、そういうわけではないが……何故か、しっくり来る」

 納得いってなさそうに首を傾げる箒へ、姉と名乗った女性が顔を近づける。

「そうかそっかー。全てが覆い隠せるわけじゃないんだ。なるほどね。箒ちゃんと出会えたおかげで色々とわかってきたこともあるね。うんうん」

 束と箒が立っているのは、普通の高校生か大学生が住んでいそうな部屋だ。六畳ほどの何の変哲もない場所で、窓がありテレビがあり、彼女が今まで座っていたベッドがあり、机とパソコンがある。

 壁際にある本棚の前で、束が背表紙しかタイトルの無い本をペラペラと捲っていく。

「ふむふむ、これは記録なのかな。これがインフィニット・ストラトスという本であることしかわからないけれど、箒ちゃんには、これがどんな内容に見えるのかな?」

「え? あ、ああ、ISという兵器で戦う少年と少女たちの物語だと思うが……」

「ふーん、なるほどなるほど」

 ペラペラと捲っていく束が、楽しそうな笑顔を浮かべたままページをめくっていく。

「一番目の世界は、その物語に似た何かとして」

「似た何か?」

「うんうん。ルート機能の無い紅椿なんて存在しないはず。そうじゃなきゃ、未来から紅椿が到来することはなかったからね。だけど、この記録にはルート機能がない。ルート1・2・3がなければ、ISは遠くに行けないんだからISじゃない。何でそう思いついたんだっけ? ああ、そうだ」

 急に走り出した束は、窓を開けベランダに出ると、空を見上げた。

 何の変哲もない、ペンキで塗ったようなスカイブルー。

「流れ星だ」

「え?」

「流れ星を見て、どこまでも行ける物を作ろうって思ったんだった、私は。だけど、私の願いを体現した機体ですら、遠くに行くわけじゃなく、こんなに近い過去にやってきた」

 寂しそうに空を見上げて束が呟いた姿が、箒にはどこか痛ましく思えた。

 だが、妹にそんな背中を見せたのも一瞬だけで、すぐに振り向いて楽しそうな笑みを浮かべる。

「まあ機械にすら理解出来ないってのが、束さんの束さんたる所以かもねー」

 呆れたように肩を竦め、冗談めかしたような口調で呟いた。

「姉さん……」

「で、私の天才っぷりを自慢する前に、世界を推測してみよう。この本をざっと辿っていくなら」

 束が棚から次々と取り出しては、ページを高速でめくって後ろに投げ捨ていく。

「ルート機能の記述は何一つない。つまり、ルート機能に気づいていない世界ってわけだね。その先で、あの未来から来た紅椿が生まれたわけ。つまりこれが一番目」

「もう全て読み終わったのか!?」

「終わったよー。そこから推測していくと、次は紅椿とルート2の体現者がこの時代に到達し、二つの存在によって改変されたのが二回目と三回目。どっちが先かってのは意味はないかな。ほぼ同時に発生した事象だけど、繰り返しているなら、同時ということはない。でも違いはないから、順番に意味はない。どっちにしてもおそらくルート2の敗北によって終わりを告げる。二回目三回目はこれで終わり」

 束が何かに取り憑かれたように呟きながら、ウロウロと部屋を回り始める。

「姉さん?」

「敗北したルート2が過去に戻り、紅椿にすら気づかれずに改変を始める。これが四回目……。だけど私の持っている記録を辿れば、ルート2がもう一人、生まれてる。異端はこれかな。おそらくこれによって一番目のルート2は敗北をする。次に改変可能な人物はこの二人目のルート2しかいないし」

「いや、さっきから何を言っているんだ、姉さん?」

「世界の理を推測してるんだよ。そして二番目のルート2が改変を始める」

「えっと?」

「つまり今は四回やり直して五回目ってわけ。もっと細かな事象や数字データも上げていけば立証出来るけど、私以外の誰かに理解出来るとは思えないしなー。それで箒ちゃん、ここまではわかった?」

 急に返事を求められた箒が戸惑っていると、束が小さく笑う。

「ごめんね箒ちゃん。でも観測出来る事実から推測されるのは五回目ってこと。でもひょっとしたら五回目より先なのかもしれないけど、そっから先は役者が変わらないから結局は五回目のループだし、五回目と言っても違いないかな」

「その、姉さん、さっきからその意味のわからない話を私にして、どういうことなんだ?」

「もちろん、全てはここから出るためだよ。思い出さなきゃいけない人間が一人いるんだ、箒ちゃんが」

「何の話をしているかも理解出来ないのに、誰を思い出さなければ」

「それがきっかけだからだよ。この世界の間違いに気づくために」

「意味がわからん」

 ため息を吐いて、箒はベッドに腰掛け足を投げ出す。

 その姿を見て、束が小さく笑った。

「じゃあ、もう一人の男性操縦者がいる話をしよっか」

「もう一人?」

「うん。本来いないはずの二瀬野鷹。その子の話をしよう」

 

 

 

 

 

 紅蓮の神が、その腕に和弓のような兵器を構える。

 矢として番えるのは、稲妻の塊とでも呼べる雷光のごとき煌めきだった。

 敵として塞がる矮小なISたちに背を向けて、遥か太平洋の彼方へと体を向けた。

天逆鉾(あまのさかぼこ)

 少女が閃光の矢を放つ。

 その輝きは海の彼方、アメリカ海軍第十四艦隊を目指し、地球に沿って飛行していった。

 わずか数秒の後、物理法則を飛び越えて、全長333メートルのフォード級航空母艦に着弾する。

 その艦橋を中心に、周囲四キロの爆発が包んだ。

 海水を蒸発させ、四方へ巨大な波を起こしていった。

 

 

 

『太平洋第十四艦隊、消滅しました!』

 オレの耳に部下たちからの報告が届く。

 今の一撃で、それかよ!

 だけど、こんなのは、ただのデモンストレーションだ。

「お前たち以外の最大戦力の一つ、といったところか」

 たった二機のISしかないとはいえ、第十四艦隊は強力な軍隊だ。いや、だったという過去形が正しいのか。それを一撃で沈黙させた。

 加えて千機以上のISが控えている。

「悪夢だ……」

 誰がそんなことを呟いたのか。

『今までずっと悪夢だっただろ』

 不意にそんな言葉が口につく。

 敵対するは、十機にも満たないインフィニット・ストラトスたちだ。

「どうしろってんだ……こんなの」

 オータムが、空中に現れた長城のようなISの塊を見上げて、うわごとのように呟いた。

 空を覆い尽くさんばかりの青紫の影が動き出せば、矮小な自分たちなど、あっという間に潰されてしまう。

「……そんな」

 もうすでに艦隊壊滅の悲報が届いたのか、ナターシャさんが小さな悲鳴を吐き出した。

「こんなの……」

「無理、ですわ……」

 鈴の脇に担がれたシャルロットとセシリアが、目を見開き口を戦慄かせて、空を見上げている。

「まさか、ね」

 あの鈴の声ですら、呆れた言葉の中に諦めの色を含めていた。

「こんな隠し玉なんて……」

 秘匿されたISを操る玲美ですら、顔が硬直している。

「隊列……とかいう問題じゃないわね」

 リアが硬い表情で無理に肩を竦める。

 そう、こんなのは無理だ。

 五十機ですら全滅するかと思った。二十機ですら耐え切るのが精いっぱいだった。それが千機を超えている。

「はっ」

 そんな状況の中、一人だけ鼻で笑うヤツがいた。

 自嘲するわけでなく、やけになったわけでもなく、単純に相手を挑発するような顔を浮かべている。

「ようやく、底が見えてきたってわけかよ。お前が専用機持ちのエネルギーを吸い込んで、ようやく出来たのは、それだけか」

 光り輝く剣を携えて、翼の折れた騎士の鎧を身にまとい、輝きを失わない眼光が敵の中心に立つ赤いISを射抜く。

「さすがルート3、さすが織斑一夏」

 ISに操られた少女が得意げに笑いかける。純粋に賞賛しているようにも見えた。

「褒められたって嬉しくねえな」

「それで、どうするつもりだ、お前」

「差し違えてでもお前を倒して、それで俺も生き残る」

 一夏が自信満々に言い放った声色は、どこか得意げだ。

 前と後ろでもう矛盾してるじゃねえか。

 思わず口元が綻んでしまう。

 何がカルネアデスの板だ。こいつはとにかく、後先考えてねえだけじゃねえかよ。

『だけどまあ』

 今は、それがとてつもなく頼もしい。

『差し違えるなら、オレが先だな。尻拭いってわけじゃねえが、未来から来たもの同士、一緒に過去で散ろうぜ』

 

 

 

 

「大丈夫か!?」

 ISの全エネエルギーを失い地上に降りたラウラが、息も絶え絶えの湯屋かんなぎを引きずって歩く。

 レーゲンを消されたラウラは一夏に拾われたが、打鉄飛翔式の湯屋は運悪くアスファルトの上に落ちたのだ。

「あ、あ……くっ」

「少しだけ我慢しろ。まだ命はある」

 ゆっくりと湯屋かんなぎが顔を上げる。

「ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒか……」

「もう少し安全な場所に……もっとも、この世にもう安全な場所はないかもしれないがな」

 青紫に染められた空を見上げ、ラウラがポツリと呟いた。数百メートルにも及ぶ壁が出来ているようだった。

「……あれが、全部……」

 何か喋ろうとして、湯屋が盛大に血を吐いた。

「黙っていろ」

 自分の無力さに歯ぎしりを立てる。

「逃げなさい、ボーデヴィッヒ少佐。私は……もう無理」

 万全の状態なら黒髪を几帳面にまとめ、いかにも生真面目な印象を与える湯屋かんなぎである。だが今は、絶望に心を折られた一人の女性にしか過ぎなかった。

「お前に聞きたい。武器はもうないのか?」

 弱々しい眼差しの湯屋が、ラウラの顔を見上げる。

「連隊に他のISはないのか? もしくはエネルギーを急速に充填出来る装置でも良い。とにかく武器を」

 重傷者がわずかに目を細め、それから呆れたような表情を浮かべる。

「まだ、戦う、気か」

「当たり前だ」

 間髪入れずに答えるラウラに、湯屋が微笑んだ。同時に吐血し、激しく咳き込む。

「このまま、そこ……の崩れた格納庫……へと連れて行け。ISがある」

「喋るな、目線だけで良い。あそこだな?

 湯屋が目を向けている先の、天井の壊れたIS用の格納庫に入る。

 いたるところに死体が転がっている。

「……あ、ずま」

 湯屋が小さく呟いた先に、少女の亡骸が転がっていた。

 ラウラはわざと聞き流し、先を急ぐ。

「あれか」

 壁際に立てかけられている物へ、湯屋が視線を向ける。

 それは半分ぐらい瓦礫に埋まった、黄金色のインフィニット・ストラトスだった。

「大きいな……レーゲンより二回りぐらい大きいか。救援を呼ぶ。ここでジッとしていろ」

 小さく頷いた湯屋を壁際に寝かし、ラウラはそのISへと走り出した。

 沈黙が包んでいた格納庫内に、靴音が響く。

「誰だ!?」

 反射的に身構えたラウラの視線の先に、白衣を着た一人の女性が現れる。

「こんにちは、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐」

「キサマは……」

「私は国津三弥子。玲美の母で、四十院研究所の所長代理よ」

「レミの。それで、何か用か?」

「そのISに乗る気?」

「ああ」

「操縦はかなり特殊よ。コツがいるわ」

「知ったことか」

「では」

 三弥子と名乗った女性が、長さ三十センチほどの、円筒形の物体をラウラへと放り投げる。

 それが何かを察したラウラは、あえて跳ね除けずに受け止めた。

 円筒形の物体から四つの小さな足のような物が飛び出てくる。ラウラの体に密着したそれが光を放ち、立方体のような物がラウラの体から現れた。

「ISを強制的に外す装置か。助かる」

「ラファール・リヴァイヴエイス・ルシファーを渡す代わりにお願いがあるの、ボーデヴィッヒ少佐」

「出来ることならな」

「彼が一つの願いを果たそうとしたとき、力づくで止めてほしい。学園のみんなと」

 その抽象的な祈りに、怪訝な表情を浮かべた。

「内容をはっきり提示しなければ、約束は出来かねる」

「きっとわかるわ。織斑君が止めようとするはず。だから、貴方も彼と一緒に止める方に回って欲しい」

「……一夏がそうするというなら、私もそうしよう」

「ええ、お願いね。あちらの女性は私が回収してあげるわ」

「頼む」

「では起動を」

 三弥子がパチンと指を鳴らすと、黄金色の機体が立ち上がり、人が乗り込めるように体の中心が開いた。

 ラウラは左目を覆っていた眼帯を剥ぎ取って放り投げた。金色に光る瞳が露わになる。

「……行くぞ、ルシファー」

 銀髪の少女は、再び戦場に舞い戻る。

 

 

 

 

『さて、鈴はさっさと退避だな。シャルロットとセシリアを千冬さんたちの逃げた方向へ』

「……了解。すぐ戻るわ」

『余計なことすんなよ、なあ、一夏?』

 顔を向けた先にいた一夏が真面目な顔で、

「お前が戻ってくる前に終わるさ」

 と独り言のように呟いた。

「終わっているのは正しいだろう」

 ジン・アカツバキの後ろには、ホバリングして敵を狙う蜂のような軍団がいた。

 それが隊列をなしている様子は、まるでジン・アカツバキが巨大な十二枚の翼を生やしているかのようにも見える。

 中心核となる紅蓮の装甲の顔は、バイザーによって覆われていて口元しか見えやしない。

「こっちの方向だったか」

 腕を組み、背中の腕を広げた紅椿が、顎を明後日の方向へ向ける。

 翼のような群体の一部が、金属同士をすり合わせるような音でさざめいた。

 その全てのレーザーキャノンへ光が集まっていく。

「このぐらいか」

 数百機のISが同時に砲身からエネルギーを解き放った。オレたちの方向ではなく、千冬さんたちが生徒を連れて避難した方向に向けてだ。

 まばゆい光が海を割き山を砕いた。

 その威力に、何を言えば良いのだろうか。

 半径五百メートル近く、長さ数十キロ以上を削り取る神の鉄槌だ。食らって生き残れるものなどない。

「……んなバカな」

 鈴がぽかんと口を開ける。

「当たっているといいが」

 明日の天気の話題のような、そんな口調だ。

 おそらくオレが強奪した全機がステルス機能を働かせていたせいで、推測でしかターゲットを絞れなかったのだろう。

 加えて、推測データでつけた目標で充分でもあったのだ。

『……生徒たちの退避先は近くの学校だったな』

 通信先を変え、研究所にいたスタッフに問いかける。

『総司さん、こりゃダメだ』

 中年の男性スタッフが震える声で強がったセリフを投げかけてくる。

『映像を』

『国際宇宙ステーションからの、リアルタイムです』

 オレの視界に浮いた画面に表示されていたのは、ただの亀裂だ。よく見ればその端っこに学校の門みたいな物が見えた。ただし校舎やら体育館やらグランドやらは、ただの暗い割れ目となっていて底は見えない。

 発狂しそうだ。

 そこにはブレードしか装備のないISのような物をまとった六百人以上の生徒たちと、千冬さんや山田先生たちがいたのだ。

『……てめええええええ!!!!』

 奥歯が自分の力で欠ける。

「次はこちらか」

 十二枚の群体のうち、四枚が上を向いた。

 推進翼を立てて、先頭に立つジン・アカツバキに向け突撃する。

 そこに数十の無人機が割り込んできた。

『どけよ!!』

 戦闘機形態から変化した人形が、こちらに向けていくつもの光を撃ち放つ。

『今さら、そんなものに当たるかよ!』

 目の前が血で濁る。

「どうしてもう当たらないと思い込んだ?」

 オレの横腹を一閃のレーザーが貫いていた。

 失速し始めたオレへ、数十機が群がってくる。

 クソッ、クソクソクソクソッ! なんでこいつらは、どうしてこいつらは!

「厄介な物体だが」

 数百メートルの群体をなした無人機どもが、その切っ先から光をまっすぐ上に解き放った。

 どこまでも伸びていくレーザーが、いくつもの雲を分解していく。

『国際宇宙ステーションからの常時通信接続が途絶! アラスカ航宙軍所属のラファール・リヴァイヴ、反応ロスト!』

 逃げ回るオレの耳に不吉な知らせが届いた。

「次は何を狙えば良い? 人間たちよ」

 ジン・アカツバキが蝶のように羽ばたいた。

 オレを追いかける十機は、最初にオレたちが戦っていた機体の生き残りだ。

 それら全部に攻撃され、自慢の推進翼が全て破壊される。

「お前を殺すわけにはいかんな」

 ディアブロの両手足が、人型へと変わった無人機に掴まれる。

 完全に動きを殺された。

「また、時を移動されても困る。ああ、それと」

 ジン・アカツバキが片手を日本の一部へと向けた。

 指先で銃の形を作ると、翼のような群体たちが再び鈍い光を漏らし始めていた。

「随分と邪魔をされたものだからな」

『……四十院研究所!! 全員退避しろ!』

 両手足を掴まれたまま、必死に通信回線へ叫ぶ。

『四十院さ』

 オレ直轄の部下である緑山の声が、ノイズとともに途切れて最後まで聞こえない。

 視界に映る通信回線用のウインドウにある表示は、切断の二文字だった。

 それだけで何が起きたかわかる。

「てめえ……」

 オレの部下たちは全員死んだんだろう。そこにいた国津や岸原も、あの一撃から逃げられるとは思えない。

 もう二瀬野鷹の声は出せない。その声は通信回線を介し四十院研究所のボイスチェンジャーで作られたものだったからだ。

「その……声」

 悠美さんがうわ言のように呟いた。

「まさ、か」

 ナターシャさんが耳を疑うように首を横に振った。

「……ヨ、ウ君?」

 玲美の体が震えている。

「ああ、キサマはその体であることを、誰にも言っていないのだったな」

 どうでも良さそうにジン・アカツバキが呟いた後、目の前に立った無人機がオレの頭部装甲を殴る。

 首を吹き飛ばされるかと思うほどの衝撃を食らった。

 思わず咳き込んだら、吐血してしまった。

「四十院……総司、副理事長」

 シャルロットがポツリと漏らす。

 魔法は解けた。

 二瀬野鷹は再び死に、四十院総司はそのウソを露呈された。

「あ、あははっ」

 その乾いた笑い声は、リアのものだった。

 緑山、赤木さん、青山さん、岸原、国津、それに他のスタッフたち、ごめん。出来なかった。

 どうやら、オレの旅はここで終わるようだ。

「人は不便だな。真実が見えないとは」

 天使どもに両手足を掴まれ、翼を破壊された四十院総司が自嘲する。

「真実なんて、クソ食らえだ、チクショウ」

 剥されたヴェールはこんなにも薄っぺらい。

 これで何もかもが、終わりだ。

 

 

 

 

 

「しかしなぜ織斑一夏は、それと姉さんの言っている二瀬野鷹か。その二人が男なのにISを動かせたんだ?」

「勘違いしちゃあいけないよ。ISコアから出来るインフィニット・ストラトスという物は全ての全てが全部、織斑千冬を基準に出来ている。何故なら、ちーちゃん用に作ったものだから。だから、ちーちゃんに似ている者ほど適正が高くなるんだよね」

「似ている?」

「顔とか声とか外見の話じゃないよ。総合的に見て織斑千冬たらしめている性格や脳の構造、その思考回路、血液の流れ、骨格と白血球とかミトコンドリアとかDNAとかRMAとか、後はそうだなあ、心とかかな。そういうのの総合的な数値がIS適正ってことかな」

「織斑千冬が基準……なるほど」

「世間が思っているより男性と女性は違ってる。これは脳とか体の話だね。だからISは女性にしか動かせない。それもちーちゃんから遠く離れた存在ほど適正が低くなる。だから男じゃ無理。ちーちゃん、ああ見えても乙女だからねー。でもまあ、いっくんならひょっとして動かせるかもしれない。何せ弟だから」

「男の中で唯一、織斑千冬と限りなく近い者。それが織斑一夏というわけか」

「それとは別にISを操作する基準となった人間がいる」

「誰だ?」

「もちろん、ワ・タ・シ! インフィニット・ストラトスの開発者にして、大、天、災!! 篠ノ之束さんなのだー! いぇい!」

 豊かな胸を張って得意満面な笑みを浮かべた姉に、箒は頭を抱えるようなポーズを取った。

「それで、だとすると、織斑千冬と篠ノ之束という二人に近い者ほどISで強くなるわけか」

「Die! Say! Xai! 大正解!!」

「イラっとするな、ホントに……」

 大はしゃぎの姉へ湧いた怒りで、箒はつい拳を握ってしまう。

「いやいやん、怒んないでよ箒ちゃん! そういうわけで、ISを使うための因子が私たちに近い織斑一夏と篠ノ之箒が、ルート機能を使えるわけ」

「ルート機能……さっきも言っていたな」

「絢爛舞踏がルート1、零落白夜がルート3だよ。ルート1である絢爛舞踏は私も動かせる。それと同様にちーちゃんだってルート3が動かせる。事実、零落白夜はちーちゃんが先に使ってたわけだし」

「ではその、ルート2という物は? それでは動かす人間がいないではないか?」

 箒の質問に、束が目を見開いた後、小さく頷いた。

「ルート2は理論上だけの物だったし、実証は出来なかったんだよね。でも動かす可能性がある人間ってのも、私たち以外に考えられる」

「誰だ? 私には姉以外もいたのか?」

「簡単だよ、推測だけどね。篠ノ之束が持つ因子をAとしよう。織斑千冬が持つ因子をBとしよう。この二つの因子がもし掛け合ったら? AB因子という組み合わせがもっとも強いよね?」

 ゴクリと喉を鳴らし、箒が息を飲む。

「それはつまり、ルート2という機能を動かす可能性を持った人間というのは」

「うんうん、そうだね。AとBの濃い因子を持つ人間が一番可能性が高い。つまり」

「つまり?」

「ルート2を動かした人間はおそらく、いっくんと、私か箒ちゃんのどちらかの子供だよね?」

 

 

 

 

 

「たかだか、2000機程度か」

 不敵な響きを持つハスキーな女性の声が響く。

 声がした方を振り向けば、織斑千冬がいた。

 その背後に白い六百機のISを引き連れている。

「千冬さん!? 生きてたのは良いけど、何で生徒たちを!」

 整然と整列した白いISは、オレが紅椿から強奪した機体だ。

 簡易的な最低限の機能しかなく、武装も身を守るためのブレードぐらいしかない。ISのようなものとしか呼びようがない急ごしらえのものだ。

「戦い方次第だ。諦めるのは早いぞ。何のために、お前はここまで来た? 何のために歯を食いしばった?」

 腕を組み、仁王立ちをするその姿に、ジン・アカツバキが舌打ちをした。

「そんなもので何をする? 織斑千冬」

 嘲笑う機械に、人間が嘲笑を返す。

「キサマがジン・アカツバキか。よくもまあ、好き勝手してくれたものだ」

「この過去を辿れば、キサマは篠ノ之束との私闘で、専用機の暮桜を失ったはずだ」

「失ったのではない、あれは私を守ったのだ。自らを石化し機能停止することを引き換えに」

「暮桜が復活した様子は見えないがな」

「暮桜の復活は無理だった。しかし国津三弥子博士の協力で、剥せなくなっていたISコアを取ることは出来た。ゆえに今の私はISを装備出来る」

「ISでも持ってきたか? だがキサマのスペックを生かせるISなど」

 千冬さんが組んでいた腕を開く。その手には迷彩色の装甲が部分展開されていた。

「手だけのIS? そんなもので」

「これはな、メッサーシュミット・アハトという機体だ」

 一夏とオレが驚く。世界で唯一、男性操縦者の二人ともが装着経験のあるオンボロ旧型機。パワーだけは一流の、逆に言えばそれしかない機体だ。

「千冬姉、腕しかない状態じゃ!」

「バカが。腕さえあれば十分だ」

「だけど千冬さん、そいつにゃ武器がねえ! いくら千冬さんでも! それに生徒たちも!」

「こいつらが自分で行くと言い出したんだ。ならば教師として先頭に立ち導いてやるべきだろう。それにだ、織斑、二瀬野」

 千冬さんが不敵に笑う。

「お前たちは、この機体の凄さを引き出せていなかった。では、行くぞ、IS学園全生徒、整列!」

 千冬さんの号令に従い、後ろに並んでいた六百機の機体が金属製のブレードを取り出した。

「一年一組、六番から二十四番!」

 千冬さんの声に合わせ、整列していた生徒たちの一番左にいた集団が、ブレードを放り投げた。腕しかないメッサーシュミット・アハトの前に、放物線を描き金属製の刃が落ちていく。

 千冬さんが何をするのか、オレにはさっぱりわからなかった。

 クルクルと回転しながら、ゆっくりと彼女の前に剣が落ちてくる。

「銃を撃つだけが、飛び道具ではない!」

 周囲を覆う雲のように並ぶ無人機たちに向け、千冬さんはISの手で、目の前に落ちてきたISのブレードを殴り飛ばした。

 撃ち出された刃が、音速の弾丸がごとく、可変型無人機の塊に突き刺さる。その勢いは止まらず後ろに並んでいた機体まで貫通し、その隊列に風穴を作った。

「なっ!?」

「はぁ!?」

 一夏とオレが同時に驚きの声を上げた。

 千冬さんの撃ち出した攻撃を食らった無人機が、光の粒子となって消えていく。

「さ、さすが教官、あのアハトでそんなことが出来るなんて……」

 リアがどこか嬉しそうな、呆れたような感想を漏らした。

 IS兵装の他機使用認証という機能がある。武器の持ち主が許可をすれば、他のISがその武器を使うことが出来る便利な技術だ。オレはこの機能を使い、メテオブレイカー作戦でレーザーライフルを一丁、一夏に貸し出したことがある。

 ただし距離が離れてしまえば、もちろん使えなくなるという制限も存在していた。

 そういった制限を打ち消すために、六百人の生徒たちは千冬さんの後ろに並んでいるんだ。

 望遠レンズで見れば、整然と並んでいる彼女たちの体が小刻みに震えていた。

 怖いんだろう。

 そりゃそうだ。相手は自分たちの三倍はいる殺人兵器で、出来ることは千冬さんに呼ばれたら、刀を放り投げるだけだ。裸で猛獣の檻の中にいるのと大して違わないだろう。

「たかだが六百機ごときで!」

 ジン・アカツバキが忌々しそうに叫ぶ。同時に壁のような陣列を作っていた無人機たちが、千冬さんたちに向けて波のように蠢き始めた。

「間違えるな、ジン・アカツバキ。六百『機』ではない」

「なんだと?」

「ここにいるのは、六百『人』だ」

 腕にのみISを展開した彼女の姿は、大勢のコーラスを従えた雄々しい指揮者のように見えた。

 

 

 

 

「フタセノヨウって子に注目し始めたのは、いっくんがISを動かしたときだったかなー」

 箒の隣に腰掛けた束が、足をプラプラと浮かせていた。

「だから結局、誰なのだ、二瀬野鷹という人物は」

 物真似をされたようで気に食わなかったのか、箒は立ち上がって姉を見下ろすようにして腕を組む。その姿を見て、束は懐かしそうに微笑んだ。

「もう一人の男性操縦者っていう存在は、私も最初は信じられなかった。そんなものは現れるはずがなかったからね」

「織斑千冬にも篠ノ之束にも、存在が近い男がいないからか?」

「強いて言えば私の親だけど、これは無理かな。因子が弱い」

「因子が弱い?」

「男ってだけで因子から大きなマイナスが入ると思った方が早いかな。男女の違いで大きな差が出るからね。だからいくら私の適正が高くても、私と半分しか繋がっていない『男』なら、動かすことが出来ない感じかな。わかる?」

「何となくわかる。つまり『男』で動かすことが可能なのは、織斑一夏と私たち二人の子供だけ」

「うんうん、さすが箒ちゃんだね。素直が一番。撫でてあげようか? っていうか撫でさせて?」

 立ち上がって襲い掛かろうとする姉に、箒は冷たい視線を送る。

「からかうな、姉さん。それで織斑一夏と篠ノ之束か妹の箒の子供なら、動かすことが出来るわけか」

 妹の視線を見て口を尖らせ、束はまたベッドに腰掛ける。

「ふーんだ。いいもんいいもん。でも、そういうことになるかな。だから私は疑った。もちろんこの時代にいっくんや私や箒ちゃんの子供を作るわけがないから、可能性は未来から来たということ。この私が考案したISは、最初から多次元戦闘機として設計してあったわけだし」

「なら、どうしてもっと早く手を打たなかったんだ? 姉さんが篠ノ之束というならば、出来たのではないか?」

「私も認めたくなかったっていうか……それにルート2は『心』を司るワンオフアビリティ。わかってるのは本人だけだしね。体をいくら調べても私やいっくん、箒ちゃんの子供って証拠は出てこない」

「姉さんにも人並の感傷があるのか。未来から来た自分の子供に戸惑うぐらいには」

 箒が姉に対し珍しく勝ち誇った気分で見下ろし笑みを浮かべる。

「ちぇー、私をみんな、何だと思ってんだいだい! んでんで、だけど未来から来た紅椿か白式がいる可能性にも気づいてたわけ。それでも、くーちゃんを逃がすしか出来なかったし、行先はルート2の体現者のところぐらいしか、確実なところがなかったんだよね」

「くー?」

「養子っていえばいいのかな。良い子だよん。今度、箒ちゃんにも会わせてあげたいかな」

「……また何か勝手にいろいろとしていたんだな」

「また?」

「また? いや、私はなぜ『また』など口にしたんだ?」

 両手を組んで首を傾げる箒に、束は優しく微笑みを浮かべる。

「うんうん、ゆっくりでいいよ。どうせ時の概念なんてあってないようなもんだし、間に合うか間に合わないかなんて、誰にもわからないんだから」

「また意味のわからないことを……」

「それで次元に開いた穴へ私は放り込まれて、この世界をウロウロしてて、箒ちゃんの居場所を察知したわけ。でも出る手段がなー」

「出る?」

「うん、とりあえず次のタイミングは出られると思う。だから、箒ちゃんは私がいなくなったら、自分で帰ってくるんだよ?」

「なんて無責任な」

 呆れたようにため息を吐く箒を、束は立ち上がって抱きしめる。

「ごめんね。でも箒ちゃんは心だけでここに来てるから、私と同じ方法で戻ったら心と体が分かれてしまう。私も向こうで戻せるように頑張るから、箒ちゃんも思い出してね?」

 いきなり抱きつかれて最初は戸惑っていた箒も、その懐かしい感触に目を閉じる。

「思い出す……何をだ?」

「箒ちゃんが、箒ちゃんだってことを」

 

 

 

 

 放物線を描いて落ちるブレードを、腕だけのISを装備した千冬さんが次々と両手で撃ち出していく。

 何十本の刃が同時に落ちて来ようとも、一つたりとも落とすことなく飛ばし続けていた。

「二の四、一番から十二番!」

 次々と放り投げられるブレードを、大きな袖を舞わせる神楽舞がごとき動きで、次々と攻撃を仕掛けていく。そのたびに無人機たちが光となって消えていった。

「三の二、十五番から二十一番!」

 千冬さんの声に呼ばれた生徒が大きな声で返事をする。すぐさまにブレードが放り投げられた。

 舞うように腕を振るって、次々と正確にブレードを打ちつけては発射していく。

 飛来する無人機たちは、音速の刃から逃げられず、一本の刃で二機三機と落とされていった。そんな無茶苦茶な攻撃が、千冬さんの腕の一振りで数本ずつマルアハたちに襲い掛かる。

 人の乗らないソイツらが、悲鳴を上げずに駆逐されていった。

 あれが、あのアハトかよ。

 元々は迷彩色の宇宙服とも言うべき形をした、鈍重な機体だ。全く意味をなしていなかったパワーアシスト機能を取り込み進化した、腕力特化機体だと報告で聞いていた。

「IS学園の生徒たちを守るように配置を! 攻撃は織斑教官に任せて、私たちはひたすら防御に!」

 叱咤するようなリアの言葉に、全員が我に返り、六百機の近くまで後退し始めた。

「落ちろ、織斑千冬」

 ジン・アカツバキの背後にいる千機以上のISが、一斉にレーザーを放つ。

「させねえ!!」

 一夏がその前に立ち塞がった。

 白式の左腕のシールドが、六百機の前面を覆う巨大な壁を構成した。

 その盾は、光線系の兵器に関しては無類の強さを誇る。実弾や実剣以外の全てを防ぐと言っても過言じゃない強さだ。

「織斑君!」

「あんな大きな盾を作れるなんて!」

「さすが一夏君! すごい!!」

 生徒たちから賞賛の声が上がる。

「喋るな、集中しろ、次は二の一、五番から二十九番だ!」

「は、はい!」

 無敵の盾の後ろから、音速の刃が次々に撃ちだされた。まるで巨大な布にナイフを立てて引き裂くように、ジン・アカツバキの群体が破壊されていく。

「さすがは織斑か!」

 それ以上の射撃は無意味と悟ったのか、青紫の翼を構成していた無人機の一団のうち、およそ二百機程度がバラバラに飛び始めてISたちに襲い掛かる。

 そこを狙い澄ましたかのように、数本の巨大なレーザーと誘導ミサイルが放たれた。

「遅いぞ、ボーデヴィッヒ」

「申し訳ありません、教官!」

 黄金に光を放つ巨大なISが、壊れかけていた格納庫から姿を現した。

 通常のISを三機重ねたような鈍重さを見せる機体には、ありとあらゆる遠距離兵器が積んである。飛ぶことを捨てた砲戦用のインフィニット・ストラトス、通称『ルシファー』だ。

「だから教官では……今はそれで良いか。次! 一の三、十九番から一の四の十番」

 いつもの呆れたような口調が、とても千冬さんらしい。

「私もいますよ!」

 生徒たちの白いISの間から、緑色の機体が飛び出してきた。その手に持ったグレネードランチャーで近づいてきた一機を撃ち落とす。

「山田センセ!」

「大事な生徒たちを誰一人として、死なせませんから!」

 メガネをかけた優しげな顔が、今は歴戦のパイロットの表情を携えていた。

 そんな真耶ちゃんの奮闘を余所に、数に任せて数十機が突っ込んでくる。

「させるか!」

 バラバラに飛び回る羽虫を一層するように、炎が薙ぎ払われた。その強力な火炎放射器は、ルシファーの物だ。

 その中で生き残った一機の無人機が、ISたちの隙間を縫って無防備な生徒たちに攻撃を仕掛けようとする。

「甘いってね!」

 一本の槍が突き刺さる。

 生徒の間から、青い半透明の装甲を持った機体が現れた。

「ミステリアス・レイディ・バビロン。今さら参上!」

 楯無さんが空中に浮かび、ブイの字を作っていた。

「といってもー、ただの未完成品だけど、ねー」

 のんびりとした調子の声がからかうと、楯無さんは苦笑した。

「国津博士の隠し玉ってヤツだし、もうこの際は仕方ないわよね!」

 国津が? そんな機体を?

 四十院総司の友人の動向は全て掴んでいたつもりだった。

 もちろん、国津が四十院総司に何かの疑惑を抱いていたことは何となく気づいていたが、彼にそこまでの度胸があるとも思っていなかった。

『まあ、キミには驚かされてばっかりだったけど、ずっと前から一度ぐらいは勝ってみたかったしね』

「国津か」

 通信回線に移ったウィンドウでは、国津幹久が厳しい表情を浮かべている。

『聞きたいことがいっぱいあるよ、キミにも三弥子にも』

 十二年間騙し続けられた男が、そんなことを言った。

 四十院総司に返す言葉はない。

 オレの感傷をよそに、起こりえないはずのIS同士の大規模戦闘が繰り広げられていた。

 

 

 

 

「何が……場違いだ」

 呼吸を乱した織斑マドカが海面から、基地のテトラポットに這い上がる。

 空を見上げれば、あり得ない事態が起きていた。

 千機以上のISと六百機以上のISが二つに分かれ、戦闘を繰り広げている。

 その中心にいるのは、織斑千冬と一夏の二人だった。

 マドカはボロボロに破壊されたISで、先端を切断されたライフルを取り出した。

「……何が、場違いだ。織斑一夏」

 全てを怨むような歪んだ目で起き上がる。

 

 

 

 

 周囲を見渡した。

 目の前では、最後の決戦とでも言うべき光景が広がっている。

 六百機のISを引き連れた世界最強の女性と、それらを守るように立ち塞がる専用機持ちたち。

 それらを打ち砕かんとばかりに総攻撃を仕掛ける、ジン・アカツバキを中心とした可変戦闘機型千機オーバー。

 少し離れた場所に置いていかれたのは、数機のISに拘束されたままのディアブロ。そのパイロットは二瀬野鷹と偽っていた四十院総司だ。

 誰もこちらを見ない。

 そうだろうな。騙し続けたんだ。これが報いってヤツだ。

 なら、ここが死に場所ってヤツだろ。

 何とか周囲にいるマルアハたちを振り解こうともがいてみる。

 ビクともしないどころか、より強い力で締め付けられる。

 もがき続けるオレのすぐ近くから、

「オジサン」

 と幼さの残る声が聞こえてきた。

 体中から冷たい汗が溢れ出る。

 後ろからかけられた声の主は、遥か昔に恋をした女の子のものだ。

「何か、言わないの? オジサン?」

 ディアブロを掴んでいたISが玲美により破壊され、体が自由になる。

 だが目の前の少女の視線に、オレは指一つ動かせなかった。

「何をだい? 玲美ちゃん」

 鼻で笑った。

 それが四十院総司だと思ったからだ。もうここに二瀬野鷹はいない。

「何も、言わないの? オジサン?」

「ああ、そうだね。騙して悪かった」

 化けの皮は剥がれたのだ。

「必ず生き残ってね、オジサン。かぐちゃんが悲しむから」

 オレを二瀬野鷹だと思い込んでたときとは、まるで違う声の温度だった。

「何を言えば良いのか……でも、ありがとう、オジサン」

 それでも優しげに言ってくれた玲美が、オレの近くから飛び去っていく。

 その背中を横目で見送ると、誰にも話していないオレの願いが、心の表側に湧き上がってきた。

 

 

 

 過去に遡り未来を変え、人の生き様を変え続けてきた。

 そういう風に暗躍した心しかないオレは、もはや人間じゃない。

 自分が怪物になったと知ったら、みんな、こう思うだろ?

 殺してくれってさ。

 それでも無駄に死ぬことは許されない。

 肉体が死んでもオレの心が死ぬとは限らない。再び死んだ誰かに生まれ変わってやり直すだけかもしれない。

 祈りと願いは一つずつ。

 オレはみんなの幸せを祈ってる。

 今までに出会った良いヤツら、優しい人たち、面白いヤツら。そういう人間たちがいつか幸せになれる。そういう世の中であるように祈りながら、戦ってきた。そのために今も、ジン・アカツバキを倒そうと頑張っている。

 それとは別に、二瀬野鷹として願うことは一つだ。

 オレは早く死にたい。

 この体から解き放たれ、どこにも生まれ変わることなく死んでしまえるように、十二年前からずっと願い続けている。

 

 

 

 

 















無限の剣製(物理)

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