ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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39、デッドエンド

 

 

 

 戦いは拮抗していた。

 織斑姉弟を中心にした抵抗は、多勢を寄せ付けずに跳ね除けていく。

 千機以上のISを群がる虫のように蠢かせて、ジン・アカツバキの軍隊が襲い掛かる。

「やはり立ち塞がるのは織斑一夏か!」

 レーザーキャノンが束ねられた鎖のように撃ち放たれても、そのシールドが全てを受け止めた。

「やっぱりってほど立ち塞がって記憶はねえけどな!」

 光学・光線系兵器をことごとくカットする巨大な盾に対し、ジン・アカツバキの背後には十六連ミサイルポッドが二十機現れる。

「落ちろ! 織斑一夏、織斑千冬!」

 三百二十発の誘導弾が放たれた。その全てが一夏に向かい整列して襲い掛かる。

「残念ながら、私もいるのよね! 大淫婦(ミステリアス・レイディ)・バビロンよ、以後、お見知りおきを、カミサマ!」

「何だ、その機体は!? ミステリアス・レイディは破壊されたはずだ!」

 半透明の装甲を持つISが一夏の後ろに現れ、門を開くように両腕を振るう。

「どうしたって悪魔はカミサマに逆らうものらしいわよ、紅椿!」

 高水圧のヴェールが一夏のシールドの前に展開され、ジン・アカツバキから放たれたミサイルが全て落とされた。

「こちらからも攻撃をさせてもらおう!」

 ラウラのまとった黄金色の機体が、背中にある六本の副腕を伸ばす。その腕の先にはレーゲンに搭載されているのと同型のレールガンが備えられていた。

 他のISの三倍の太さの脚部装甲背面から、体を固定し電流を逃がすためのヒールが飛出し地面へと突き刺さる。

「放て金星の輝き、ルツィフェル!」

 十二本のレールで構成された六つの砲台の全てから、紅蓮の装甲目がけて秒速7キロの弾丸が放たれた。

 それを防ぐように数十機の無人機が、五列の列を組んだ。

 砲弾はうち四列を吹き飛ばし、五列目に食い込んでジン・アカツバキの手前で止まる。

「穴が空いたなら!」

 玲美が大きな砲台を構え、空中に舞い上がった。

「理子、HAWCブースター・ランチャー、天の女王(メレケト・ハ・シャマイム)、撃つよ!」

 荷電粒子砲から、緩やかなカーブを描いて、ISを覆い隠さんばかりの大きな光の線が伸びる。

「くそっ、またその機体どもか!」

 手に持った銅鏡のような形の盾でその攻撃を受け止めつつも、ジン・アカツバキが悪態を吐いた。

「おいおい、回りには気を付けた方が良いぜ、ISさんよ」

 一夏の斜め後方で腕を組んでいたオータムが、邪悪にも見える不敵な笑みを浮かべた。

 ジン・アカツバキの周囲を、大きさ数センチの極小のビットが取り囲んでいた。無人機たちの影に隠しながら展開させていたのだ。

「ちっ、蠅が!」

「死ね」

 パチンとオータムが指を鳴らすと同時に、小さな爆発が連鎖し巨大な火の塊となった。

 主を攻撃にさらされながらも、無人機たちの蠢動は変わらない。

 群れを成すイナゴのような塊は、その黒い点全てがインフィニット・ストラトスだ。

「三の八、一番から残り全部、来い!」

 千冬の掛け声に、生徒たちの返事が重なる。

 放り投げられた八十本のブレードが、メッサーシュミット・アハトの腕によって音速の弾丸と化し、黒い塊に風穴を開けていく。

 生き残った無人機たちが、一夏の作る光の防衛線を突破し、無防備な六百機へと襲い掛かろうとしていた。

「それ……ぐらい!」

 手に持った薙刀を振り下ろし、更識簪が一機を切り落とした。

「最終防衛線は硬いですよ!」

 真耶が両手で持ったサブマシンガンが、相手の推進装置を的確に破壊していく。

「子供が殺されるのは、好きじゃないのよ!」

 シルバリオ・ゴスペルの推進翼から、光る羽が数機を巻き込んで爆発させる。

「黒兎隊を舐めないでよね!」

 眼帯をつけた少女が、突破してきた一機にブレードを振り下ろせば、敵は光の粒子となって消えていった。

 そこでは、人と機械の意地がぶつかっている。

 時の流れに沿って生きている人間たちと、時を遡って現れたインフィニット・ストラトスたちとの死闘だ。

 片方は生き残るため、片方は絶滅させるため。

 それは、生存と進化をかけた戦いだった。

 

 

 

 

 

 車の後部座席に湯屋かんなぎを乗せ、国津三弥子がジープを走らせる。

「……四十院、総司か」

 視界の端には、壊れたISを身に着け、ゆっくりと空中を進んでいく男が見えた。どう見ても二十代後半にしか見えない、四十院研究所の所長だった。

 基地の敷地を抜けて、戦場から離れていく。

 海岸線の道路沿いに強い潮風が吹きすさんでいた。

 そこで国津三弥子は車を止めて、空を見上げる。

 避難していた生徒たちの六百機は、織斑千冬とともに戦場に向かった。

 彼女が知っている記憶の中では、ここでIS学園の生徒は全滅している。今回はそれを防ぐことが出来た。

 だが彼女が本当に変えたい未来は、もう少し先の話でもあった。

「……まだ、願いが変わらないんだね」

 前回、少年の願いを知ったとき、彼女はその未来を裏切った。

 結果として、ジン・アカツバキを守ることになったが、今でもそれが正解だと思っている。

 そこから十二年前に戻って進んだ道は、自分の手によって少しずつ変えられてきた。

 大きく変えることで決定的なチャンスを失うかもしれない。だが変えなければ変わらない。

 自分の知る未来を進むというのは、薄氷の上を歩くようなものだ。一挙手一投足が未来を変えていってしまい、自分ではどうにも出来ない状況を生んでしまう。

「三弥子さん」

 声をかけられて振り向けば、そこには岸原大輔と国津幹久が立っていた。

「岸原さん。こちらにあなたの元部下が。応急手当はしているけど、傷は酷いわ」

 彼女が車から降りて優しく微笑みかける。

 その言葉を聞いて、岸原が慌ててジープに駆け寄った。後部座席にいる女性を見つけ、ホッとため息を吐く。

「ありがとう、助かる。とりあえず治療を出来る場所へは連れて行こう。状態はひどいな。湯屋くん、頑張れよ」

「きしは……ら、いっさ、あ、ずまが」

 上手く開かない唇から、小さな泣き声が漏れてきた。岸原は死に瀕した元部下の手を力強く握り返し、

「キミまで死んではダメだ」

 と励ますように声をかけた。

「三弥子さん、悪いが車はこのまま貰っていく」

「はい、お願いします」

 岸原はそのまま運転席に飛び乗り、エンジンをかけた。

「結局、あのシジュは何者なんだ?」

 サイドブレーキを下した岸原は、アクセルを踏む前に少し棘のある口調で三弥子に尋ねる。

「四十院総司ではありません」

「……やはりそうなのか」

「でも、彼だって望んでいるわけじゃないんです。彼自身が一番、自分を気持ち悪いと思ってるんですよ」

 悲しそうに目を伏せ、男たちに背中を向けた。

「彼、というのは誰だ? 俺たちの知っている男なんだな?」

「岸原さん」

「あ、ああ」

「貴方はもし、自分が化け物になってしまったら、どう思いますか?」

「化け物?」

「そうです。自らが見るに堪えない化け物になってしまい、体が自分の体ではなくなってしまった。そして、もう戻れないのは確定しています」

「ハリウッドのゾンビ映画か何かの話か?」

「答えは?」

「……そうだな。死にたくないか、死にたいと思うだろうな、きっと」

 少し困ったように頭をかきながら答える岸原に、三弥子は口元を綻ばせた。

「つまり、そういうこと」

「よくわからないが、詳しくはまた聞かせてもらおう」

 岸原がアクセルを踏み、幹久と三弥子を残してジーブで走り去っていく。

 それをしばらく見送った後、白衣の女性は再び、戦闘の光が走る空域に目を向けた。

「三弥子さん……」

「お仕事は終ったの?」

 幹久がばつの悪そう顔で視線を逸らした。

「ミステリアス・レイディ・バビロンなんて言っても、私が勝手に作った試作機だし、本当に更識君の手助けになるか」

「パパは昔から良い仕事をしてたと思うわ。もっと自信を持って」

「キミにそう言ってもらえると助かるけれど……」

 幹久が憑き物が取れたようにホッとした笑みを浮かべる。

 だがすぐに思いつめたような表情に戻り、

「三弥子さん、いや三弥子」

 と妻の名前を呼びかけた。

「何かしら?」

「キミは……そうだな。聞く勇気がなかったことを、この際だから聞いておこう。キミは四十院総司のことが……好きだったのかい?」

 戸惑いながらも真っ直ぐに尋ねる夫の言葉を聞き、その女性は首を横に振った。

「いいえ」

「十二年前の事故の後から、私に体を触れさせなかったのは、そのせいだったのか?」

 彼女は彼が四十院に対抗する一心で、内密にISを拵えたことを知っていた。それがIS業界に君臨する偉大な男への嫉妬から来たものであったこともわかっている。

「違うわ。大学のときの国津三弥子はそうだったときがあるかもしれない。でもきっと違ったはず」

「違ったはず?」

「私は……国津三弥子じゃないから」

 一際強い風が吹いて、彼女の白衣と、少しだけ癖のある髪が空中に舞う。

「……どういうことだい?」

「四十院総司も国津三弥子も、あの事故で死にました」

「三弥子?」

 怪訝な顔つきの幹久が妻の名前を呼ぶ。

 声をかけられても、彼女はもう何も答えずに、一人の男を遠くから見つめていた。

「三弥子……」

 国津幹久には、悲しげに妻の名前を繰り返すしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「では、ディアブロという機体は何者なのかって話だよね」

 可愛らしく首を傾げたまま、篠ノ之束が部屋の中をうろうろと歩き回る。

「ディアブロ?」

「そう。悪魔って名前を名づけられた機体。この時代で作られたにしては、オーバースペック過ぎるIS。まるで私が直接作ったISのような性能を誇るなんて、あり得ないと思わない?」

「いや、姉さんの凄さが私にはいまいちピンと来ないんだが……」

 ベッドに座った箒が呆れたように見上げている。

「ひ、ひどい! お姉ちゃん泣いちゃう……シクシク……」

「わざとらしい泣き真似はよせ。言いたいことがあるなら、さっさと言え」

「だんだん扱いがいつもの箒ちゃんになっていく……。でも負けない! それでそれで私が調べた結果、あの日、IS学園で反応を示したISコアのナンバーは2237。つまり私の知らないコアだったわけ。それっておかしくない? ないかな?」

「ISは名目上467機しかないからな」

 訳知り顔で箒が答えると、束が微笑む。

「一応、私の作った誰にも渡してないコアがあるけど、それも数は少ないから絶対に五百はいかない。だから絶対に未来から来たと確定した。でも、未来から来ることの出来る機体は、実際はルート2とルート3だけ」

 姉の言葉に、妹が眉をしかめる。

「ルート1はどうした? 未来から来ているのではなかったのか?」

「ルート1・絢爛舞踏に時を超える力なんて存在しないはずだった。だから強力なエネルギーを必要としてしまった。いわば力技で次元の穴を開けている状態だね。多分、あの紅椿は私より強くて、ディアブロって機体より弱いと思う」

「弱い?」

「本体から切り離された端末に過ぎないんだと思う。そうじゃなきゃ、この時代のISやルート2にここまで手間取るはずがない。次元の壁を超えて力尽きかけた本体は、端末を何とかこの時代に送り込んだってレベルなんじゃないかな。私を殺すことよりも、不意をついてここに送り込むのを選んだのもそう。あの端末自体に大した力がなかったからだと思う」

「しかし時間を超えられるなら」

「簡単に時間を超えられないから、情報が時間沿いにしか手に入らないんだよね。切り離された端末だから。エネルギーを集め終えれば再び次元の穴を開いて本体と繋ぎ、時を超えるつもりだと思う」

「なぜ、この時代なんだ?」

「わからないけど、一番効率が良かったからじゃないかな。ISが力強く、なおかつ性能が低い時代。予想外だったのはルート2が追いかけてきたこと」

「ふむ」

「だから、ルート2、つまりディアブロはそれなりの性能を持つ機体なんだと思う。搭載された『心』が何らかの原因で弱っているか、無理をしたせいで記憶が混乱しているのか」

「なるほどな。本来の力を発揮できない同士で世界を巻き込んで戦い続けたのか。はた迷惑な話だ」

「勘違いしちゃいけないよ、箒ちゃん」

「何をだ?」

「世界を巻き込むなんて表現は、間違ってる。正しくは世界はいつも繋がってるのだから。巻き込まれているんじゃない。どんな些細な出来事であろうとも、常に世界の中心で物事は起きてるのさ」

 

 

 

 

 

 バアル・ゼブルの極小ビットによる爆発が晴れ、ジン・アカツバキの姿が露わになる。

「ふん、そうは言っても所詮はこの時代のISか」

 腕を組んだままのISは、攻撃を食らう前と変わりない姿で立っていた。

「無傷……か」

 リア・エルメラインヒが眉間に皺を寄せる。

「しぶといヤツらだ」

 ジン・アカツバキは腕を組んだまま、呆れたようにため息を吐いた。

 自らへ向かい飛んでくる音速の刃を、ISの指二本で掴み取って砕いて見せる。

「織斑千冬といえど、この程度とは」

「さて、どうだろうな」

 不敵に笑う千冬が撃ち出した金属のブレードが、翼のような形で群れを成す無人機たちを次々に葬っていった。

「所詮は消耗戦だ。単純な計算だろう」

「単純な計算だけでやれるなら、お前はここまで苦戦はしていない」

「まあ、その通りだ」

 バイザーで隠された顔に表情は見えず、口元だけが苦笑を浮かべていた。

「悪いが、どこまでも悪あがきをさせてもらうぞ」

 ラウラが装着した黄金の機体が一歩、前に進む。その重量で地面のアスファルトが沈んだ。

 相手は健闘する人間たちを見渡し、最後に巨大な光るシールドを展開させた織斑一夏を一瞥して鼻で笑った。

「悪あがきは構わんが、白式のエネルギーが持たないだろうな。それこそ、紅椿がなければ」

 その様子を見て、リアが腹立たしげに口元を歪める。

「何か言いたいことがあるなら、ハッキリとどうぞ!」

「ああ、特にはないがな。お前たちが戦うのは構わん。だが、その間にも」

 紅蓮のISの背後で、群体を為す無人機たちが蠢いた。

「世界は壊していくぞ。お前たちの心を折るために、守る価値をなくすためにな」

 

 

 

 

 光のない低軌道上、暗い宇宙に破壊された宇宙ステーションの破片が漂っていた。

 その宙域に一機のISが現れた。今まで一夏たちが戦っていた無人機と同じ機体である。

 瞬く間に追随するような形で機体が増えていった。

 合計百機の物言わぬ軍隊が、宇宙に姿を見せた。

 全機が地球に向けて、その先端の砲身を向ける。

 今まで一秒足らずで発射されていた光線兵器だったが、イグニッション・ブーストと同じ要領でエネルギーを機体内にチャージし始める。

 約十秒の後、レーザーキャノンが最大出力で投射された。

 その狙いは、ドイツにあった一つの基地だった。

 着弾点には、最新鋭のISを擁する特殊部隊が駐屯している。

 部隊の名は、シュヴァルツェ・ハーゼ。全員が左目に黒い眼帯をつけた、欧州有数のIS部隊だった。

 

 

 

 

「当たったのは、ドイツか」

 ジン・アカツバキの言葉に、ハッとした様子でリアが視界のウインドウを起こす。

「……あ」

 小さく口を開けて、引き金を引いていたISの指が止まる。

 ラウラの口の中で、白い歯がカチカチと音を立てていた。

「基地が……」

 ラウラとリア、そして一夏の目には同じウィンドウが共有されていた。

 そこに映るのは地面ごと削られたドイツ軍の基地であり、彼と彼女たちにとって馴染みの深い建造物の瓦礫だった。

「クラリッサ!! 応答しろ、クラリッサ、クラリッサ・ハルフォーフ!!!」

 悲鳴のようなラウラの声が戦場に響く。

 世界が破壊されていく。

「バカ……な。おい、みんな、応答しろ、みんな! ウーデ……ルイーゼ……ティア、マリナ!!」

 一夏が必死に叫ぶ。だが、もちろん返事はない。

 六百機強の隊列前面を覆うシールドの光が揺らぐ。

「集中しろ、馬鹿者ども! 揺らぐな、それこそ世界が終わる!」

「だ、だけど千冬姉!」

「今はアイツらを信じて、目の前だけを見ろ。次は我々が、ここにいる全員が死ぬぞ!」

 喝を入れるために叫ばれた声が、ラウラやリアの耳には届かない。

 そんな彼ら彼女らを嘲笑うように、ジン・アカツバキが小さく笑う。

「次はどこがお望みだ? イギリスか、アメリカか、フランスか。あちらなどどうだ?」

 紅蓮の神が指差す方向に、天と地を繋ぐような光る柱が降りてくる。

 地響きが陸続きの本州全域を揺らした。

 破壊されたのは関東地方の山奥。織斑一夏や二瀬野鷹の友人たちが避難している地域だった。

 

 

 

 

「いっくんがヨーロッパにいたときに、何で白式はディアブロの恰好を真似てたのかな」

「え? いや一夏はヨーロッパなどには」

 驚いた箒を尻目に、束はイスに座って型遅れの古いPCの画面を見つめていた。

「行ったんだよね。箒ちゃん、とりあえずその本の話は置いておいて。箒ちゃんがいた世界では、いっくんはIS学園に入る前、ヨーロッパにいた。そして白式はディアブロの恰好を真似て、ヨーロッパで暴走をしていた」

 メカニカルキーボードを面倒くさそうにタッチしながら、束がつらつらと説明を続ける。

「よくわからないが……そうなのか」

「私はちょっと驚いて、調べちゃったんだよね。私は白式を回収して調べたんだけど、そしたら四十院って男が白式を暴走させたっぽいね」

「四十院、先ほども出た名前だな。何のために?」

「あのままじゃひょっとしたら白式が二瀬野鷹の元にいってたかもしれない。それじゃ大した力は発揮できなかったと思う。零落白夜はひょっとしたら二瀬野鷹でも発動出来たかもしれないけど、いっくんかちーちゃんの方が強かったはず」

「つまり、四十院という男はわざと白式を暴走させ日本を離れさせたのか」

「そうなるね。で、もう一機。ナンバー2237という未来から来たISコアを使った機体。これは最初にどういう形になったと思う?」

「問われてもさっぱりわからん」

「ななな、なんとー! 白騎士に似てたんだよね。テンなんとかいう機体で作ったはずなのに、勝手に形態変化までして!」

「白騎士に?」

「覗き見してた私はちょっと驚いちゃったよん」

「だが、白騎士ではないんだろう?」

「もちろん。で、私は考えたわけ。未来の人間は何を考えて、そんな機体を作ったのか」

「何を考えたと思うんだ?」

「おそらく、ルート1に勝とうとしたんだ。だからルート2を作って、すんごい強い機体を作ろうとしたんだと思う」

「だから、ルート2が何なのかがわからなければ」

「ルート系機能が搭載されていた機体は四機。紅椿、白式、暮桜、そして白騎士」

「最初のISにも搭載されていたのか」

「だって零落白夜使えたじゃない? あれはテスト機だったからルート機能全てが搭載されていた。私が乗れば絢爛舞踏が、ちーちゃんが使えば零落白夜が使えたってわけ」

「ふむ、つまり私が使えば絢爛舞踏が、一夏が装備すれば零落白夜が使えた機体というわけだな、白騎士は」

 座っていたイスを回し妹の方を振り向くと、束は嬉しそうな顔で大きく手を広げた。

「そうそう、そういうこと。段々わかってきたね、箒ちゃん」

「ここまで説明されればな。自分が考えていることはあまり無いんだが」

「今はそれで良いよ。じゃあルート2はって話なんだよね。ルート2だけが、ディアブロという謎の機体で使われてた」

「未来で作られたISというわけだな」

「うんうん。じゃあ未来人たちは何を作ったのかって話だよね」

 キーボードから手を離し、

「何を? 強いISではないのか?」

 箒の素朴な質問に、束は意味ありげな笑みを浮かべた。

「ルート機能により、人類は勝利と未来を作ろうとした。そのために、おそらく簡単な解決方法を取っただろうって話さー」

 

 

 

 

 

 おそらく宇宙にも無人機の大群がいるんだろう。

 世界各地で、何もわからぬまま人々が消滅し続けていた。

 ロンドンはダウニング十番地を中心に破壊された。ワシントンDCのペンシルバニア千六百番地は沈黙した。

 EUにいた人々は数百万単位で消し飛んでいき、極東アジアの中心は焼き尽くされた。

 西アジアの石油マネーで作られた煌びやかな都市が沈んでいく。南スーダンでは政府軍と反政府軍がともに通信途絶となり、太平洋を航行していた巨大タンカーが海水とともに蒸発した。

 地球が終わっていく。 

 必ず生き残ってね、と玲美に言われた。神楽が悲しむからと。

 生き残るのは簡単だ。このまま、何もしなければ良い。

 ジン・アカツバキはオレを殺すことが出来ない。また過去に戻られて改変されては困るからだ。

 その代わりに無人機たちが檻のように取り囲んでいる。

 どのみちオレは唯一の武器である推進翼を破壊され、前に進むことが出来ず、四十院総司であることがバレてしまえば、オレの存在は全てをまとめるキーとなりえない。それに今、その役目は一夏と千冬さんが担当している。

 出来ることは奪われた。

 あとは一夏たちが頑張るのを眺めるだけになるだろう。

 千冬さんが来るまでの時間稼ぎが出来ただけでも、オレにしちゃ大したもんだ。

「だけど」

 あそこで行われているのは、単なる消耗戦に過ぎない。一夏のエネルギーが尽きれば瓦解する儚い抵抗に過ぎないのだ。今現在、あんな巨大なシールドを広げているだけでも、すごいってもんだ。

「手は……」

 通信先を選ぼうとしても、四十院研究所は破壊されスタッフはおそらく殺された。

「何か……」

 オレ自身のISは、まともに動くことが出来ない。推進装置がなければ、メッサーシュミットよりも鈍重な機体が残るだけだ。

 冷静に考えろ。

「手段はないか」

 あるじゃねえか。

「さあ、もう一回死ぬか」

 いちかばちかの確率に賭ける。

 再びやり直すしかない。成功すれば、この戦いすら起きないのだ。そして今回で得た知識が次の体で役に立つだろう。

 それで失敗すれば、また次だ。

 何度でも死に続け、何度でも繰り返してやる。

 どんなに辛い次回が待ち受けようとも、オレは二瀬野鷹だ。

「ディアブロ」

 推進装置としての役目を失った翼を引き抜いた。

 今はただの剣でしかないソードビットだ。

 首に刃を当て、胴体と頭を切り離せば四十院総司は死ぬ。

 たったそれだけのことだ。

「さあ、行こうぜ。再び過去へ」

 目を閉じて、腕に力を入れた。

 だが、手が動かない。

 ……自分の手が拒否してるんだ。

 他人の振りをして、他人を騙して生き続ける人生が、どれだけ辛いか。

 自らの存在を誰にも認識されずに、知っている悲劇すらやり過ごすこともある。

 オレは死にたいのだ。

 これ以上、繰り返したくない。

 その恐怖が、オレの手を硬直させている。

『お父様』

 そのとき、愛娘の呼び声が聞こえた。

「……どうしたんだい、神楽」

 反射的に父親の言葉で返した。

『お父様……』

「その名でオレを呼ぶなよ、神楽」

『あなたは、誰なんですか?』

「ボンクラ少年だった男さ」

 推進装置は破壊された。

 だから歩くぐらいの速度しか出ないPICだけで、ゆっくりと戦場に向け進んでいく。

『……いつから、でしょうか』

「十二年前さ。オレというヤツが、十二年前に死んだ男の体に生まれ変わって、そのままウソを吐き続けたんだ」

『一つだけ、教えてください』

「どうぞ」

 オレに気づいた数十機の戦闘機型が、ノーズにあるレーザーキャノンをこちらへ向け撃ち放った。

 翼だった剣をクロスして受け止めようとしたが、威力を殺し切れずに吹き飛ばされる。

 すぐに慣性を制御し態勢を立て直して、再びゆっくりと進み始めた。

 どうせ殺傷力のない攻撃だ。恐れることはない。

 目の前の光景は、盛大なピンボールゲームのようだ。

 数多の光の線が伸び、六百機強のISに襲い掛かる。

 その前面を半透明の白い壁が包みこんでいて、敵からの攻撃全てを防ぎ切っていた。

 オレは輪に入れない。仲間の輪から外れ、人の輪から外れ、時の輪から外れた。

 織斑千冬が撃ち放つ無数の刃が、紅椿の背中に生えた群体の翼を切り裂いていく。

 一夏のシールドをすり抜けて攻撃を仕掛けようとしていた。

 メッサーシュミット・アハトの腕により発射されたブレードが数機単位で吹き飛ばし、漏らした数機を生き残ったパイロットたちが撃ち落としていく。

『お父様は……』

「なんだい?」

『私たちを騙して、楽しかったのですか?』

 苦しそうな娘の声が、耳に痛い。

「そんなわけねえだろ。苦しかったに決まってる。だけどな、真実を告げても」

 再び狙い澄まされたレーザーを、何とか剣で防いだが、一本が砕け散った。

 そういや、IS学園を出るきっかけになった、あの事件。

「どうせ、誰もオレを信じない」

 あのときも、こんなことを言ったな。

『そう……ですか』

「お前たちが育っていく姿が苦しかった」

 少しだけ怨嗟を漏らしても、構わないだろうか。ウソとはいえ、娘に愚痴を零すのはカッコ悪いかもしれないな。

「お前たちが大人になっていく姿が嫌いだった。子供の成長は早い。よく似た子供だった少女たちは、少女たちそのものになっていく」

 ちょっどだけ呼吸が苦しい。よく考えたら、どてっぱらに風穴開けられてたんだっけか。

「自分でも思うよ。どうして十二年間も我慢したんだろうってさ」

 世界最速だった頃など見る影もないスピードで、光と刃の交差する戦場に足を踏み入れる。

『何故だったんですか、お父様』

「だってさ、神楽」

『はい』

「みんな良いヤツだったじゃん」

 そんなつまらない動機だった。

 たった二か月ちょっとの平穏なIS学園生活は、十二年も経った今じゃ、かけがえのない宝物になった。色んなヤツと一緒に過ごした季節は、自分で捨て去った今でも、輝いてる。

「理子とバカな話をして笑い合ったりさ」

 衝撃を食らって、左肩が吹き飛んだ。

「玲美と普通の高校生みたいな恋愛ごっこも楽しかった」

 薄皮一枚と筋肉の塊一本で左腕がぶら下がっている。

 次に右足の付け根から先が消し飛んだ。肉の焦げる匂いが鼻につく。

「だから二瀬野鷹が嫌いだった」

 剣一本をぶら下げて、オレはゆっくりと紅椿の元へ進み続けた。

『それでも、お父様は』

「何だよ」

『頑張ったのですね』

 労わるような優しい声音に、つい鼻が鳴る。

 何言ってんだよ、お前。

「会話は以上だ。オレはお前の父親じゃねえ」

『お待ちください』

「なんだい? 神楽」

 最後にしよう。娘と接するのも。

『最後に一つだけ、私のお話を聞いて下さい』

「まあ忙しくて相手をしてやれないときも多かったからね」

『お父様は十二年間、ウソを吐き続けました』

「ああ」

『ですが、私はお父様以外の父を覚えていません』

「そうだろうな。キミは今、十五歳だ。初めて私とキミが会ったのも三歳のときだからね」

『少なくとも、お父様は、お父様でした』

 当たり前だろう。そう思って接してきたんだから。

 四十院総司は忙しい合間を縫って、少しでも娘や友人たちとの時間を作り続けた。それが四十院総司の妻とした約束だったから。

「それがどうしたかい?」

『ウソだ、と呼ばれると悲しいほどに、貴方は本物でした。お話は以上です』

 おっとりとした中にも力強さを感じさせる言葉が、オレの心を震わせる。

 本物である、と騙し続けた娘が断言してくれた。

 だが、オレの返せる言葉はない。

「それがどうした」

 通信回線を強制的にカットした。

 娘として育てた神楽も愛おしかった。

 二瀬野鷹として生まれる前から知ってたヤツらも、生まれてから出会ったヤツらも良いヤツばっかだった。

 徒歩と変わらない速度のくせに進み続けるオレへ、業を煮やしたように無人機たちが取り囲む。

 戦闘機型から人型へと変化し、動きを止めるために近づいてきた。

 翼のない機体で剣を振り上げる。

「さあ殺せよ、ジン・アカツバキ! 例え再び心だけになったとしても、オレはお前を必ず倒す!」

 威勢良くやけっぱちに答えたオレの頭部に、敵のレーザーが直撃する。

 ハンマーで殴られたような衝撃に、意識が遠のいていった。

 死ぬのか? 

 いや、おそらく絶対防御が発動するように手加減された攻撃だろう。

 それでも気が遠くなり、ゆっくりと瞼が落ちてくる。

 

 

 

 

 

 ISに乗ってPICを効かせているってのに、足元が妙にしっかりしていた。

 恐る恐る目を開けば、まるで鏡の上に立っているような光景の中にいる。下も上もスカイブルーに包まれているのに、足元はしっかりとした硬さがあった。

 銀の福音にまつわる騒乱のとき、ディアブロが進化する前に、意識がここに到達した気がする。

「お久しぶり、と言えば良いのかしら、二瀬野君」

 その女性が優しげに笑いかけた。

 曖昧だった記憶が、思い出されていく。

「以前にもここで会いましたね」

「貴方が左腕と足を失ったときのことね」

「ええ、お久しぶり、と言えば良いんですかね。ママ博士。いや、国津三弥子主任」

 オレが引きつり気味に笑いかけると、彼女は優しい眼差しで微笑み返してきた。

「ここに来たということは、さらに力を取り戻しに来たのかしら」

 やはり娘の玲美とよく似ている。

「はい。オレは、あいつをぶっ飛ばしたい」

「ジン・アカツバキを?」

「ええ」

「聞いて良いかしら?」

「何を?」

「どうして?」

 その質問に、四十院総司としての欺瞞を浮かべる。

「もちろん、地球防衛軍だからですよ。私はね、三弥子さん。いつだってアイツを倒すためにやってきた」

 わざとらしく肩を竦めた。

「何故でしょうか、所長」

「みんなを守るためですよ。娘たちを、この時代の人々を」

 右手を腰に当てて、余裕ぶった仕草でウソを並べていった。

 だが、三弥子主任がとても四十院総司と同じ年齢とは思えない、少女のような微笑みを作った。

「その姿で総司さんの仕草は似合わないわね」

「あれ?」

 自分の体を見回せば、いつのまにかIS学園の制服を着た二瀬野鷹の体に戻っていた。

「ここでウソは通用しない。貴方とISの中にある小さな心象世界だから」

「それもルート2ってヤツですか。いまだに私、いやオレには理解出来ないですよ」

「ルート2、心とISを繋ぐイメージインターフェースの最終形」

「その説明は何度も聞きましたよ。結局、正確なところが掴めない。心だけの化け物にして時を越える機能だって言うなら、理解出来るんですがね」

「化け物にするというなら、正解だわ」

 二人で自嘲めいた笑みを交わし合う。

「で、貴方が三弥子主任でないというなら、何者なんです?」

「貴方の知り合いよ」

「ヒント下さい。近しい間柄ですか?」

「残念、ノーヒント。自分で思い出してね」

「それが出来りゃ苦労しませんが……」

「思い出しても意味はなさそうだけど」

 からかうように意地悪な笑みを浮かべる姿は、どう見ても玲美にそっくりで、そこから考えれば玲美の母親である三弥子主任としか思えない。

「まあ十二年もママ博士してるんだから、似てるちゃ似てるわけか」

「十二年かあ。長かった」

「まあ積もる話は良いでしょう。オレは強くなれますか?」

「なれるわ。あとはIS側の問題だと思うけど」

「ディアブロの?」

「ディアブロの正体について、考えたことがある?」

「考えてもわからなかったし、どれだけデータを探ってもわからなかった。ISコアが妙な力を持ってることしか」

「そう。じゃあ今度、時の彼方で会いましょう。そこでもう一度問いかけます」

「何をです?」

「死にたいと思う願いが、変わらないのかを」

 射るような視線を向けられ、オレの体が固まる。

「……どうして、それを」

 誰にも言っていない隠された願いなのに、言い当てられたことに驚きを隠せなかった。

「聞いたから。他ならぬ貴方から」

「オレ、から?」

「私は貴方が紅椿に負け、それでも未来を変えようとして死にかけた未来から来た」

「……つまり、四十院総司は一度、負けてるって話か?」

「半分正解。前回の貴方の敗因は、私に負けたこと。でも今回は特別にもう一人のルート2から、貴方へのプレゼント」

 彼女が指をパチンと鳴らすと、オレの前に二つの仮想ウィンドウが浮き上がる。

 そこに示された選択肢の一つはイエス、一つはノーだ。

「まだ、戦うの? その疲弊した心で」

 三弥子さんが悲しそうな顔で問いかける。

「もちろんイエスだ。オレは死にたいのと同様に、アイツをぶっ殺して、みんなの未来を開きたいんだから」

 空中に浮かび上がる四角い窓の片方を、勢い良く叩き割った。

「では、戻しましょう、もう一人のルート2である私が、ディアブロを真の姿へ」

 

 

 

 

 

「かつて、ルート機能を持った機体は、白騎士だけだった。これは私が装着すれば絢爛舞踏が、ちーちゃんが身にまとえば零落白夜が発動した」

 ベランダに出た二人が、手すりに体重を預けて空を見上げる。

「つまり私が装着すれば絢爛舞踏が、一夏が装着すれば零落白夜が、ということか。先ほどのディアブロと白式の話はどうした?」

「あれの答えは簡単。ヨーロッパで見つけた白式がディアブロの姿を真似ていたのは、白式が白騎士の系譜に繋がる機体だから」

「なぜディアブロに似せることが、白騎士の系譜に繋がるのだ?」

 横に立つ姉に箒が小首を傾げて問いかける。

「ディアブロが白騎士の正当後継機であったがため。いわば二機は同じ血統の機体。おそらくあの機体は、未来で誰かが作り上げた。その名前は多分」

「その名は?」

 箒の問いに、束は何故か嬉しそうに破顔する。

「白騎士、弐型」

 

 

 

 

 

 目を覚ませば、一秒も経っていない。眼前には一体の無人機が現れていた。

「遅えよ」

 正面から近づいてくる一機を、翼だった刃でぶった切る。

「それも遅え」

 右から接近する敵は薙ぎ払った。

「見えてるぞ」

 左から来る機体は、右のハイキックで胴体を吹っ飛ばした。

「どけよ」

 上から覆いかぶさってきた無人機は、下から振り上げた剣で真っ二つになった。

 左斜め上方から腕を伸ばした敵は、左手で腹を貫いて静止させた。

 いつのまにか、取れかけていた左腕がくっついていた。

「バレてるっての」

 背後から迫る敵へソードビットを射出し、串刺しに仕立てあげた。

「どうして、オレに勝てると思ったんだ? 殺す気もなしで」

 眼前に迫る五機を、左腕に生えた荷電粒子砲で吹き飛ばす。

「オレを誰だと思ってやがる? いや、オレも知らねえけど」

 いつのまにか、四枚の推進翼が復活を果たしていた。

 バイザーがヘッドギアから飛び出してきて目元を覆う。

「もういいよ、全部、もういい」

 ディアブロの名を持つ機体が、増殖するウィルスのようにオレの体を再び包んでいった。

 二十機が一斉に襲い掛かってくる。

 右手の剣が光り輝いていたので、思いっきり振り下ろす。

「はっ」

 なんて化け物だ。死にやしない。

「お前らでも、オレを殺すことが出来ないようだ」

 数十の戦闘機型がレーザーキャノンをオレへと撃ち放つ。

 だが、目の前に展開された半透明の壁が全てを霧散させてしまった。

 

 

 

 更識簪は、状況がおかしいことに気づき始めた。

「……あっちが」

 六百を超える機体を守りながら戦う中、襲い掛かる敵の数が明らかに減ってきている。

「あれは……総司オジサン?」

 黒い波に覆われた空域の隅で、巨大な光の線が走っては闇を振り払っていた。

「何だ……あの機体は?」

 オータムが驚きの声を上げる。

「四十院のディアブロが……形を変えて……」

 ナターシャが目を見開いた。

「そんな……副理事長の機体はまるで……」

 ラウラが信じられないと口を戦慄かせる。

「黒い……白騎士!」

 リアの言葉は、驚きに震えていた。

 

 

 

 

「ほら、さっさと殺せよ、紅椿」

「キサマ……」

「早く」

「また、私の邪魔をするのか、ルート2、二瀬野鷹」

「早く」

「落ちろ!」

 紅椿の背後から、数百機の機体がレーザーキャノンをオレに向けて放つ。

「それじゃダメだ」

 目の前に展開されたシールドが、全てを撃ち返した。

 攻撃をしかけた機体へレーザーは正確に反射され、紅椿の軍隊に大きな穴が開く。

「バ……カな」

「早く、早く、早く早く早く! 勿体ぶるなよ紅椿! お前の全力で来い!」

「言われずとも! キサマを!」

「早く刀を振り上げろ。早く光を解き放て! オレを殺せ、木端微塵に打ち砕け。もう生き返らないぐらいに殺して見せろ」

 ディアブロの背後からビットが次々と飛び出していく。まるでアスタロトのブースターランチャーを真っ二つに折ったような形をしていた。

「ルート2め!」

 総勢八機の空中に浮遊した砲台が、紅椿の軍隊へと光を放った。

「……バカな。荷電粒子砲ビットだと」

 ラウラが驚きの声を上げる。

 そうか、これはそういう武器なのか。

「急げよ。お前の軍隊が燃え尽きる前に」

 体なんて失われたまんまだ。

 心なんて壊れたまんまだ。

 推進翼が光の粒子を放つ。

 それはまるでジン・アカツバキの群体による翼と対を為すような、巨大な翼を形作っていく。

「オレを殺せないなら、お前は死ね」

 白騎士に似た何かが、紅椿の群体を薙ぎ払っていく。

 先ほどまでは見るもの全てに恐れを抱かせていた顔が、今は恐怖に歪んでいた。

 そうだ、やはりこいつは弱い。こんなに多くの人形を引き連れなくてはならないほどに、圧倒的に弱っているのだ。

 今のディアブロなら倒せるだろう。

 手に持った銀色の刃は、何の変哲もない合金の刃だ。

 だが、これを白騎士の力で叩きつければ良い。きっと紅椿は落ちる。

 もう終わりだ。

 死ねるかどうかわからないなら、あとはコールドスリープでも開発して、深海に沈んで眠っていよう。

 そうやって二瀬野鷹の物語は、幕としよう。

 

 

 

 

 

「すげえ……」

 先ほどまでは仲間を失って茫然としていた一夏が、今は目の前の圧倒的な力の前で茫然としていた。

 自分たちが現在進行形で苦戦している相手を、たった一機のISが薙ぎ払って蹴散らしている。

 それは原初のISと同じような力強さを持っていた。

 絶望的な展開を切り開く、姉と同じようなヒーローの姿だった。

「……ヨウ」

 一夏が自然とその言葉を呟いた。

「一夏君?」

 隣にいた楯無が小首をかしげる。

「確証はないんだけど、あれはヨウな気がする。副理事長は俺の我儘もまるでヨウみたいに、仕方ねえなと笑ってくれた」

 嬉しそうに笑う一夏は、気づかなかった。その青い機体が、近くまでいたことに。

 六百人の生徒たちの近く、つまり一夏たちの敷く布陣の背後で、織斑マドカが壊れたISでライフルを構える。

「織斑一夏!!」

 彼女は怨敵の名前を叫んだ。

 青いレーザーが、ISたちの隙間を縫っていく。

「一夏! 逃げろ!!」

 千冬は咄嗟にその体を投げ出して、弟を守ろうとした。

 しかし、その殺意の光は弧を描き千冬の体には当たらない。

 専用機持ちたちの横をすり抜けて、ジグザグに進む。

「え?」

 青い光が一夏の肩に突き刺さった。

 さらに胴体の中で内臓を焦げ付かせながら光が曲げられていく。

 彼の心臓があった場所に風穴が開く。

「一夏!」

 ラウラが手を伸ばす。だが鈍重な黄金では届かない。

 その銀髪の少女を見ながら、一夏はアスファルトの上に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ここはどこだ?」

 彼が目を覚ます。

 周囲は見渡す限り土色の荒野が広がっていた。

「……えっと、戦ってたような気がするんだけど」

 眉間を指で挟みこみ、彼は考え込む。

「待て待て待て、何かのショック症状か? おかしいだろ。落ち着け。ここは誰、私はどこ? いや、えーっと、俺の名前は、織斑一夏だよな。ISの男性操縦者。それだけは間違いない」

 自らの名前を読み上げて、なぜか彼はホッと小さな安堵のため息を吐いた。

「そういや今、何時だ? あれからどんだけ経った?」

 少しだけでも事実確認が出来て落ち着いたのか、ISの視界だけを部分展開し、仮想ウィンドウで時刻を確認する。

「は?」

 思わず彼は目を擦ってしまった。

 そこにあった数字が、自分には信じられなかったからだ。

「何かの故障か? いやあり得ないだろ」

 一夏はもう一度、周囲を見渡した。

 日本ではありえない、見渡す限り何もない、まばらな草木だけの荒野だった。

「ここ……どこだよ」

 彼の視界にあるウィンドウに、現在時刻が何度も点滅していた。

 そこにある数字は、西暦2237年という時間を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 













何かマウスの調子が悪くて二重投稿したり消したりしてしまい、申し訳ありません。

次回 40話、「インフィニット・ストラトス2237」は一週休んで2月9日の投稿予定となります。

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