ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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46、未来の形、今の形

 

 

 

 

 ジン・アカツバキの攻撃に、千冬たちは反撃まで至ることが出来ていなかった。

 連携を取りながら防御の得意な機体が全面に出て、その後ろから砲撃が得意な機体が攻撃を仕掛けようとする。

「さあ、私を倒して未来を取り戻してみせろ!」

 そのたびに紅蓮の神の神託が、彼女たちの心に突き刺さる。同時に空から雨のような光の矢が降り注いだ。

 一瞬の戸惑いが身体の硬直を招き、出鼻をくじかれて結局は防御するだけとなってしまう。

「くそっ、意外にこういう単純な攻撃がいやらしいぜ!」

 箒を抱きかかえたままの一夏が、頬に冷や汗を垂らしながらぼやく。

 上空から降ってくる光の雨により、簡単に攻撃に移ることが出来ない。防御を捨てて反撃しようにも、その瞬間に大量の砲撃が降り注ぎダメージを負ってしまうのだ。さらにそこへジン・アカツバキ本体も光の矢を放ってくる。

 ルート3・零落白夜は強力な兵器だが、一夏も千冬もその弱点を理解している。次元すら切り裂く刃といえども、結局は剣なのだ。構えて振る、という動作がどうしても必要になるのだ。

 しかも、離れた場所を叩き切ろうとすれば、中間の刃が消えてしまう。そうすれば相手の攻撃を相殺することすら出来ない。

 なおかつ一夏は何も装着していない箒を抱えており、千冬は被弾した人間たちのカバーに入って簡単に動けない状態だった。

「一夏、私に構うな、自分の身ぐらい自分で守れる」

 胸元の箒からの提案を、一夏は受け入れすらしなかった。

「それじゃここに来た意味がねえ。全員で倒して全員で帰らなきゃ、意味がねえんだ」

「しかし一夏!」

「もちろん、このままジリ貧になる気もねえが」

 だが、始まる前から心構えに綻びが起きている。

 倒した先に何もないことを理解させ、戦意を削ぐ。ひどいが上手いやり方だ。

 しかし織斑一夏には彼女たちにかける言葉がない。

 彼はヨウという少年を助けるために、過去の世界へとやってきたのだ。そういう意思を最初から持っている自分が、他の人間へ意見を押しつけることなど、織斑一夏として出来なかった。

 一人の犠牲でそれ以外の大多数を取り戻すことが出来る世界。

 そんなアンバランスな状況で、全てを救うことが出来るのか。

 未来から来た一夏が苦悶の表情で歯軋りを鳴らした。

 

 

 

 

 

「ママ、もう止めて! どうして邪魔をするの!」

「貴方はヨウ君に騙されてるのよ!」

「ママだって私を騙してたじゃない! どうしてディアブロを使ってるの? なんでヨウ君の邪魔をするの?」

 ディアブロが展開したシールドが、その攻撃を弾いたが、相手の威力に体勢を崩した。

「ルート2の二人目、ね」

 エスツーが手に持った刃で斬りかかり、同時に相手の背後からビットで狙い撃つ。

「くっ、青い紅椿なんて見たことが!」

「このカメリアコードは紅椿の二番機よ、舐めないで!」

 亜音速で行われる接近戦で、ディアブロの大剣とカメリアコードが互いの得物を何度も打ち付け合う。

「どんなつもりか知らないけれど、邪魔をするなら墜とすから!」

 二人は二重らせんを描くように上昇していく。

 ディアブロが振り下ろした右の大剣を、エスツーが刀で引きつけてから弾き返す。自らの威力をそのまま押しつけられ、体勢を崩したところへ、玲美が腕を広げて狙う。

「翼を壊せば、いくらディアブロでも!」

「ダンサトーレ・ディ・スパーダ!」

 推進翼となっていた二本のソードビットを解き放ち、玲美へ刃を向ける。自らは腰の二枚で体勢を微調整しながら、荷電粒子砲ビットをエスツーへと放った。

「それぐらい!」

 相手の光線に合わせて、左腕の刃を下から上へと振り上げた。そこへシールドが現れて砲撃の威力を押し殺そうとする。だが、完全に制御出来ずにエスツーが地面へ弾き飛ばされた。

「これでとどめ、消えなさい!」

 八本の光が弧を描いて飛んだ後、三弥子の前で一本の巨大な光線へと変わり、エスツーへと伸びていった。

「それぐらいでやられはしない!」

 腰から伸びたスカートのような装甲の一部が外れ、青い紅椿の前で盾となる。放射された光を斜め後方へと弾き飛ばした。

「くっ、本当に紅椿なの?!」

「その機体の開発者は私なのよ、悪いわね、現代の研究者!」

 エスツーは両手を目の前に合わせ、瞑想をするように瞼を閉じる。

「多重展開装甲、分離!」

 彼女が目を見開くと同時に、背部装甲がスライドしていく。そこに現れたのは細身の板を貼り合わせた、操り人形のような形のビットだった。

「IS型ビット!? 理論上は可能だけど!」

「劣化ISコアでも、侮らないように!」

 二機と化した紅椿二番機『ブルーカメリア』が、空中で鏡映しのような軌道を取り、三弥子のディアブロへと迫る。

 その二局面からの攻撃に、ディアブロは二本の大剣を構え、さらに背中から二本の浮遊兵器を解き放ち、万全の迎撃態勢で相手を迎え撃った。

 右手と左翼がIS型ビットを、左手と右翼が紅椿二番機の攻撃を弾き返し、反撃へと移る。

「ディアブロ! これは倒さなければならない存在よ、行きなさい! あなたの主を、幸せにするために!」

 吹き飛ばした青い機体へ、加速し剣が振り下ろされた。だが、その強烈な一撃を人型の遠隔操作兵器が受け止める。

「この子を殺させはしない! 絶対に、これ以上!」

 二つの思い、四つの刃が色あせた灰色の空で剣劇を始めた。

「どきなさい!」

「ディアブロを返してもらうわよ、もう一人のルート2!」

 二本の刀を振るうエスツーと、刀を重ねて人型にしたようなビットが左右から挟撃をかける。

 一方のディアブロは両手に持った大剣で受け止めながら、二本のソードビットで追撃をかけて相手を切り落とそうとしていた。

「甘いわよ!」

 国津三弥子がビットを弾き飛ばした後、三本の刃で紅椿二番機を落とそうとする。

「甘いのは、そっち!」

 だがその背中へ、人型ビットが抱き着いて動きを封じ込めにかかる。

「くっ、厄介過ぎるでしょ、これだから紅椿は!」

 人型ビットへ二本の浮遊剣を集中させ、その衝撃で振り解こうともがく。

 その試みは成功し、人型ビットが三弥子の背中から弾かれるように吹き飛ばされた。

「ガラ空きよ!」

 その隙をついて、エスツーの操る本体が右肩へ大きく振り下ろした。

「くっ」

 咄嗟に残っていた大剣を合わせるが、相手が全出力で抑え込もうとした力に、態勢を崩された状態で打ち払うことが出来ず、地面へ向かい急速落下していく。

 色のない瓦礫の山へと激突しそうになった瞬間に、三弥子は残っていた背中の推進翼二枚で態勢を立て直し、再び上昇しようとした。

 国津三弥子とエスツー、その二人の戦いを見上げながら、オレはテンペスタ・ホークの調子を確認する。

 動く分には問題ない。

 正直、あのエスツーがどうしてここにいるのかは、理解の及ぶところじゃない。

 だけど今のオレにゃ関係ねえことだろう。

「玲美、悪いが三弥子さんの逃げる先を防ぐように砲撃頼むわ。神楽と理子、軌道予測、HAWCシステム制御よろしく」

 隣にいる少女だけではなく、回線の向こうで聞いているだろう二人にも声をかけた。

「う、うん! ママを止めるよ!」

『了解! ヨウ君、無茶はやだよ!』

『かしこまりました、お父様』

「わーったよ、理子。あと神楽、そりゃ皮肉か」

 娘の言葉に思わず苦笑いが漏れる。

『これぐらいの嫌味は許されると思いますけど?』

「ったく。行くぞ」

 思わずほころぶ口元を引き締めて、オレは手に持った棒状の武器を構える。

 見上げれば、刀人間とでも呼べそうなビットとエスツーの操る紅椿二番機が『三弥子』に肉薄していた。刃同士の鳴らす甲高い金属音が何度も打ち鳴らされている。

「んじゃ四研組、頼むわ」

 後ろにいる玲美とそこに回線をつなげていた理子と神楽へ、十二年前のように軽く手を振った。

「了解!」

『がってん』

『お気をつけて!』

 今は『三弥子』を倒し、ディアブロを剥ぎ取る。それが最初の一歩だ。

「行くよアスタロト、イグニッション・バースト!」

「行くぜホーク。イグニッション・ブースト!」

 二機の高速アサルト仕様インフィニット・ストラトスが、空気を吹き飛ばしながら空を疾走する。

 

 

 

 

「うるせえよ、臆病者どもが」

 ジン・アカツバキによって思い悩む彼と彼女たちの葛藤を、口汚い罵りが遮った。

 声の主は銀色の装甲で作られた、細身のISをまとった女性だった。彼女はオータムと呼ばれているパイロットである。

「亡国機業か。貴様は本当によく人を殺したな」

 ジン・アカツバキが一際大きな光の矢を放つと、それはオータムに当たる寸前で多数の矢へと分裂し、必殺の威力で襲いかかった。

 だが銀色のISは両腕を広げ、両腕部装甲に空いた多数の穴から、極小のビットを多数を産み出していった。

 それらを雲のように自身の周囲を囲わせ、自分から離れた場所で爆発させながら相手の攻撃を遮断し始める。

「残念ながら、私は今んところ、誰一人も殺してねえよ。たまたまだけどな」

「本来のお前なら」

「うるせえよ、てめえが今の私の、何を知ってるってんだ」

 彼女の人生は、意図したわけでもなく、気づいたら亡国機業に所属するパイロットとなっていた。それ以外に表現する言葉を持たない生き様だった。

「お前はそうだろう。そんなお前がなぜ、ここに来た?」

「いいじゃねえか、誰が死のうが誰が生きようが。そいつの勝手だろ。ただまあ、言えるのは」

 拳を引き、腰を落として正拳を撃ち抜くための構えを取った。彼女の周囲には虫のようなビットたちが漂っている。それらが距離を取って小爆発し続けることで、相手の攻撃を除け続けていた。

「見下されるのは、大っ嫌いなんだよ、私は」

 細身の装甲を持った銀色のISが、加速をつけてジン・アカツバキへ向け空を駈ける。

「お前だけは異色だな。この中で唯一、他人を救うことが有り得ない」

「勘違いすんなよ、IS野郎。私は自分が大事なんじゃねえ。他人が気にくわねえんだ。だからぶん殴るぶっ飛ばすぶっ殺す」

 ジン・アカツバキが手に構えた和弓のような武装から、今までより大きな光の矢をつがえて構えた。

「消えろ、場違いな裏切り者」

「誰が消えてやるかっつーんだ! ついでに二瀬野の野郎もぶっ飛ばしてやろうかなあ!!」

 オータムはそう叫ぶと、足下で極小ビットを連鎖爆発させた。

 彼女の攻撃は、爆発する極小ビットを押しつけて相手にダメージを食らわせるものだ。

 それらは羽虫のように集団で動くことは出来ても、小型ゆえにISに簡単に追いつけるような出力がない。ゆえにIS本体の手足で相手に押しつけて爆発させるような攻撃方法を選ぶときが多いのだ。

 その攻撃方法の基本となるビットを彼女は脚部周辺で発生させ、その爆発の威力で無理矢理に軌道を変えたのだ。

「なんだと!?」

「ハッハッー! オータム流! 無軌道瞬時加速ってもんだ!」

 足の裏辺りで起きた衝撃が機体を跳ね上げて、前方に宙返りするようなコースへと変化させた。まるで空中にある見えない土台を蹴り続けているようだった。

「チッ」

 矢をつがえていた右手でその攻撃を防ごうとしたが、渾身の力で振り切ったオータムの左の拳が、そのガードを貫いて頭部バイザーを破損させ、相手を吹き飛ばした。

 虚を突かれたジン・アカツバキだったが、即座に体勢を整え、オータムを見据えようとする。

「だから、見下してんじゃねえよ、カミサマ!」

 彼女は心底不愉快そうに、パチンと指を鳴らした。

 同時にジン・アカツバキが多数の爆発に包まれる。

「おら、ボーッとしてんじゃねえぞ、てめえら。デカパイ、ファイルス、やっちまえ!」

 亡国機業のエースパイロット、オータム。この場所に集った中で、唯一無二の悪が最初の口火を切った。

「ったく、そのデカパイってのをやめなさいっての、オータム!」

 カスタムされた推進翼を持つ打鉄が、空中を滑るように加速し始める。手に持ったのは、二本のマシンガンだ。

「元が汎用機だからって、舐めないでよね!」

 爆発の中心を囲むように、二つの引き金を交互に引き続ける。

 同時に脚部の横から、六発のミサイルを発射可能なミサイルポッドが出現し、そこから計十二発の攻撃が放たれた。

「さらにアイドル装備! 歌って踊れるISパイロットってのを見せてあげるわよ!」

 彼女が叫ぶと同時に、打鉄の肩の横から二メートル近くあるスピーカーに似た物が出現する。その中心から、中国の第三世代機と同等の空圧砲が放たれた。

 その間にも、沙良色悠美はマシンガンを投げ捨てた腕にグレネードランチャーを装備する。

「結局、助けたい気持ちっては何も変わらないよね! 私にとっては、オジサンもヨウ君も、大事な人だから!」

 沙良色悠美は、ジン・アカツバキが言う『最初の歴史』では、埋もれたままの存在だった。旧家といえども分家の出身であり、情報関連を扱う家柄にありながら、彼女自身にその才能が全くなかったからだ。

 そのことを彼女は理解していたからか、ISに触れることなく彼女の人生は終わる。そういう予定の生き方だった。

「あずまも死んだ、グレイスも死んだ! でも二人を生き返らせるために一人を犠牲にするなんて、出来るわけない! 命は足し算引き算じゃないんだから!」

 叫びながら全力で攻撃を続ける。

「四十院によって導かれたイレギュラーどもめ!」

 爆発の中心で集中砲火を受けながら、ジン・アカツバキは忌々しげに叫んだ。

 機体どころか存在すらも見知らぬパイロットによるまさかの被弾だ。

「舐めてると痛い目見るわよ?」

 ハッとした表情で上空を見上げる。

 銀の福音と呼ばれる、鈍い輝きを持った機体が空中を縦横無尽に駆け巡った。

 ナターシャ・ファイルスの愛機『シルバリオ・ゴスペル』は、篠ノ之束の起こした暴走事件によりコアごと封印されるはずだった。

 その幻の機体が、上空から絶え間なく降り注ぐ光の雨すら隙間を縫うように回避し、相手へと肉薄し始める。

「チッ、貴様が来るか。だが、このルート1の前には」

「そんな暇はないわよ」

 両手を伸ばそうとしたジン・アカツバキの背後に、一発の砲弾が突き刺さり、爆発を起こした。

「シュヴァルツェア・レーゲン!?」

「黒兎隊、舐めないでよね!」

 リア・エルメラインヒが時の彼方に行くときに選んだ装備は、彼女がドイツで整備していたインフィニット・ストラトスだった。

「場違いな闖入者どもが!」

 忌々しげな口調で、リアの装着するレーゲンへ向け、弓を引こうとする。

「場違いはお互い様でしょ!」

 悠美の放った攻撃は、十八発のミサイルとスピーカーによる空圧砲、マシンガン三十二発の同時砲撃という強力なものだった。

 その全てが直撃をする。

 両手を横に広げ、球形にシールドを広げたことでジン・アカツバキは辛くもその攻撃を防ぎ切った。

「本来ならここに立つことも出来ぬ者が、調子に乗るな!」

「過去に戻ってやり直す!? ヨウを犠牲に? バカにしてんじゃないわよ!」

 リアがレールガンでの砲撃を繰り返す。

「それでお前たちの仲間も生き返る。ならばお前たちは」

 ジン・アカツバキがビットを解放し、そこから多数のレーザーを撃ち放った。

 赤毛の少女はそれを回避し切れず、左肩、右足と続けて被弾した。

「だから、それが、どうしたってのよ!」

 それでも高らかに、彼女は大きな声で叫んだ。

「隊長たちの手前、ずっと黙って聞いてたけど、うんざりにも程があるっていうのよ! いい? はっきり言ってやるわ」

 ドイツから来た少女が、被弾し続けながらも、砲撃を止めずに言葉を上げる。

「一夏は確かに、ヨウのせいでドイツに来たかもしれない。でも、私はそのおかげで、一夏と出会えた!」

「それが間違いだと言うのだ!」

「間違いから生まれたもの全てが、間違いだなんて、誰にも言い切れないでしょうが!」

 リア・エルメラインヒの叫んだ言葉に、彼女の上官であるラウラがハッとした顔をした。

「はっきり言って、貴方が生まれた未来ってのは、間違いだったかもしれない。でも、私は貴方の言うことも理解出来る。誰だってやり直したい過去がある。貴方はその規模が大きいだけ。だから、気持ちだってわかってやれる」

「だったら、なぜ抵抗する!」

 リアの左肩にジン・アカツバキの攻撃が直撃した。大きな爆発を起こし、レーゲンが後ろへゆっくりと倒れ込んだ。

「貴方に言わなきゃいけないことがある」

「消え去れ!」

「私は、一夏が黒兎隊にいたことを、誰にも否定させない!」

 負傷した肩を押さえながら、リアが体を起こす。

 そこへ無数の光が降り注いだ。

 相手の攻撃は絶対防御などたやすく貫通する。損傷したISで食らえば、確実に死にいたる攻撃だ。

「リア!」

 ラウラが部下を守ろうとISで駆け寄ろうとした。だがジン・アカツバキの攻撃はほぼ全方位に撃ち放たれている。防御を捨てて動いた瞬間に、多数の被弾を受け、銀髪の少女の機体もまた、多数の損傷を受け地面に転がった。

 ここまでか。

 リア・エルメラインヒは歯を食いしばり、空中から自分を見下ろす敵を睨んだ。

 例え死ぬことになっても、絶対に気持ちだけでは負けてやらない。

 最後の瞬間まで、神に反抗することを近い、彼女は死の到来を待った。

「良い案がある」

 赤毛のドイツ少女の目の前に、黒く長い髪が広がった。

 ISすら装着せずに、手には一降りの刀を構えているだけの、篠ノ之箒だった。

「箒!」

 一夏は自分を撥ね除け、見知らぬ少女に駆け寄った幼馴染みの名前を叫ぶ。

 彼女の刀が空中に銀色の軌跡を描いた。

「え?」

 リアが間の抜けた驚きの声を漏らす。

 何が起きたのかはわからないが、その刀は降り注ぐ全ての光をかき消していたのだ。

「マスター……」

「私には、この状況がわからないが、一つだけ良い案を思いついた」

 彼女が腕を下ろし、鋭い視線で自分の本来の体を睨んだ。その周囲には何故かISのシールドのようなものが展開され、篠ノ之箒とリア・エルメラインヒを包んでいた。

「その刀……ISとしての機能を全て揃えているのか!?」

 一夏が驚いた様子で箒に尋ねるが、彼女は振り向きもせずに前を見据えていた。

「姉が置いていったものだ。何があるか私にもわからないが。まあそれは良い。私は良い案を思いついたぞ一夏」

「ん?」

「全員で行こう」

「はっ!?」

「その二瀬野鷹という人間だけが隕石を落とせるというなら、我々もついていけば良かろう」

「ま、待て箒、何を言ってるんだ? 十二年前だぞ!? 行き先はジン・アカツバキとヨウしか辿り着けない……」

「何年前でも良い。もっと遠くへ、と作られたのがインフィニット・ストラトスなら」

「バカ、無茶を……俺たちがここに来るまで、どれだけの苦労を」

「では、ここで果てるか」

 小さく笑った後、彼女はスラリと刀を抜き放ち、自らの首に当てた。

「箒!」

「最大の敵を倒そうと、たった一人の犠牲を強いて生き延びたのでは、私の心が腐る」

「え?」

「覚えていなくても、この篠ノ之箒としての心が腐り落ち、次の人生でも醜いもので終わるだろう」

 彼女は刃を首に当てたまま、大きく息を吸い込んだ。

「ここで自分を貫けなくて何が人間だ! どこまで行こうともどこにあろうとも、私は篠ノ之箒を貫き通すぞ!」

 彼女の言葉に、鈴が小さく頬を緩ませた。

「はっ、何言ってんのよ、アイツ。サムライかっての。でもまあ」

 長い砲身を振り上げ、仰角を上げる。狙っているのは、空中で赤い太陽のように鎮座するジン・アカツバキだ。

「アスタロトがあれば、アイツを生かす手助けにもなるかもしんないわね。何にせよ、そんな気持ち悪いファン・リンインを私だと認めたくないわ」

 鈴の操る烈火のISの後ろに、背中合わせて青いISが銃を構え、同じ目標をロックオンした。

「では、わたくしも、どこまで行ってもセシリア・オルコットを貫くといたしますわ」

 その斜め前方で、更識楯無は両の手に二つの槍を取り出して、地面に突き刺す。彼女はその二つの間に立ち、腕を組んで空を見据えた。

「まあ許せないこともあるわよね。絶対に許せないこと。簪ちゃん、わかる?」

 彼女の後ろで、合計十八機のミサイルポッドを同時展開した更識簪が立っていた。その腕の先には、多数の空間投影型キーボードと仮想ウインドウが並んでいる。

「わかる……から、お姉ちゃん。私は誰か一人を犠牲にして、平和に生きている更識簪が……とても、気持ち悪い。例え覚えていなくても、とても、許せない」

 シャルロット・デュノアが空中で制止し、切断された左腕のシールドを投げ捨てた。

「うん、多分僕は、そんな自分が存在することが許せない。だからどうしたら良いとかわかんないけど……でもそれは、きっと、僕を犠牲にして会社を存続させようとしたお父さんと同じだから。僕は、そんな道は進まないって、あのとき、決めたんだ」

 織斑千冬は十代の少女たちの決意を聞き、僅かに微笑んだ後、自らの刀を構え直した。

「そうだな。我々が死のうとも、過去を変えようとする馬鹿者がいようとも、そいつが生きて、正しく罰せられるよう、死んで逃げてしまわぬよう。何よりも自分を許せないことがないように」

 織斑一夏は全員の答えを聞いて、懐かしさに胸が苦しくなる。

「じゃあ、答えは決まりだ。ジン・アカツバキを倒し、過去を変えるバカがいるならば、全員が死のうともそいつを生かす。死のうとするなら、ぶん殴ってでも引き留めて、俺が代わりに隕石をぶっ飛ばしてやるよ」

 大海原に投げ出された少年少女たちは結局、頼りない板を他人に差し出す生き方しか選べないのだ。他人を生かすことしか頭にない、そういう死に様しか選べないのである。

「さすがは最高の形(Ace-Forms)たちよ」

 ジン・アカツバキが両手を横に広げ、声高に謡う。

「さあ来い、我が仲間たち、未来で作られた悲しきヒーローの相似形」

 空から一機のISが振ってきた。

 それは灰色の装甲を持った、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡだった。そのパイロットは背中にかかる金髪を一つにまとめた、可愛らしい顔の女性だった。

『いたたっ、何が起きたの? 一夏ぁ? ラウラ?』

 地面に尻餅をついた彼女は、ゆっくりと一夏や千冬、箒たちを見回した後、ハッと臨戦態勢を取る。

『無人機……!? こんな数がどうして?』

 シャルロット・デュノアに良く似た顔の、二十代前半の女性が緊迫した面持ちで呟いた。

『大丈夫か、シャルロット!』

 次に降りてきたのは、長い銀髪を無造作に伸ばした小柄な女性だ。彼女もまた二十歳ぐらいだろうか。同じように灰色の装甲を持ち、右肩に大きなレールガンを備えたISを身につけ、油断ない顔つきで身構えていた。

『ラウラ、無人機がこんなに!』

『チッ、まだこんなものを持ち出すヤツがいるのか』

『シャルロットさん! ラウラさん!』

 続いて降りてきたのは、長い金髪に青い髪留めをした気品ある顔立ちの女性だった。その体には流線型の装甲と多数のビットを持った青い機体を装着していた。

『セシリア! 気をつけて、無人機がこんなに! 武装も僕らのを真似してるのがいくつかあるよ!』

『またこんなに……いくら倒しても出てくるのでは、たまりませんわ』

 先に降りた三人に続き、今度は京劇に出てくる鎧を模したISが、両手に片刃の剣を携えてゆっくりと降りてきた。長い髪を二つに分けて縛っており、その顔は幼さが抜け切れていないが、やはり二十歳前後の女性のようだった。

『ったく、久しぶりに集まったと思えば、何の騒ぎなのよ。これは誰の仕業なわけ?』

『鈴さん! わたくしたちにも何が何だか』

『これが全部、無人機ってわけ。今までとは違う形をしてるけれど』

 そう言って最後に降りてきた女性が、一夏たちの方を指さした。

「俺たちが無人機?」

 意味がわからない、と一夏が不安げに呟く。

 相手の顔には全て見覚えがあった。

 何せ自分がIS学園で共に戦った少女たちを、少し大人びたような顔にした人間たちだったからだ。

 加えてISの方は基本的に記憶と同じだったが、細かい点で変更が加えられているようだった。

『何なのよ、ほんと。いきなりこんなところに放り込まれたと思ったら、無人機? 全く、誰の仕業やら』

 呆れた様子で、半透明の装甲を持った細身のISが降りてくる。その後ろには多数の実弾兵器と長刀を装備した機体が付き従っていた。

『お姉ちゃん、合図をくれたら先制で一気に撃つよ』

『了解、簪ちゃん、そっから各個撃破でいきましょ』

 言葉が示す通り姉妹に見える女性二人が、背中合わせにお互いの近接兵器を構えた。

 灰色のISのパイロットたちが、丸い陣形でお互いの背中をカバーするように配置する。

 その様子を見て、シャルロット・デュノアが、信じられないと身を震わせた。

「まさか、あれって……未来の、僕たちなの?」

 彼女の言葉に、隣にいたラウラが舌打ちをする。

「ジン・アカツバキめ、何のつもりだ」

 苛立たしげな彼女を、ジン・アカツバキが冷めた目つきで見下ろしていた。

「こいつらは強いぞ。何せそれぞれがヴァルキリー級以上の腕前で、ISこそキサマらと変わらないが武装は数世代先の物だ。そしてなおかつ、私から供給されるエネルギーによって回復する」

 ジン・アカツバキが再び両手に刀を構える。

「さあ、倒せるものならやってみせろ。今から相手をするのは、自らの輝かしい未来なのだから」

 

 

 

 

 

 エスツーより速度で勝るディアブロが、迫る敵を突き放し上昇しようと試みた。

「ママ、止まって!」

 だがそこを先んじて、玲美の放つHAWCブースターランチャーが行く手を遮る。

 弥子さんは急激な方向転換を余儀なくされ、攻撃を察知して急制動をかけて右手方向へ曲がろうとした。

「ママ!」

 その行く手を遮るように、玲美の操るアスタロトから巨大なレーザーの砲撃が放たれる。

 直撃する寸前でコースを変え、三弥子は何とか直撃を回避し、地面すれすれをツバメのように飛びながら距離を置こうとした。

「おおおぉぉぉぉぉ!!」

 だが、そこは猛禽類の領域だ。

 超低空を飛ぼうとするディアブロのさらに下から、地面を削り取りながらテンペスタ・ホークが襲い掛かる。

「ヨウ君!?」

「さあ諦めろ、三弥子さん!」

 手に持った世界最硬のポールウェポンが、音速を超えた速度で悪魔の翼に突き刺さる。

 黒い機体の翼を貫いたまま、オレは地面スレスレを飛び続け、巨大なビルに激突した。

 二百メートルを超えるビルが倒壊していく。まるでエスツーが死んだときの光景のようだった。

 その側でオレは彼女の胴体をまたいで立っている。ディアブロの首元へ、レクレスを突きつけた。

「……私を殺して、未来を作るのね」

 足下から、冷たい声が聞こえた。

「悪い、としか言えない。だけど、今よりきっと、マシな世の中になるだろうから。さあ、ディアブロを返してくれ」

「残念だけど、ディアブロを返して欲しければ、私を殺しなさい」

 国津三弥子の声で、彼女がオレに言い放つ。

「ママ、お願い……もうやめて」

 いつのまにか、オレの横に玲美が降り立っていた。

「貴方は騙されてる」

「ママだって、私を騙してたじゃない!」

「そうね。私は、私を騙してたわ」

 震える声の娘に、その女性は冷たく言い放った。

 声に感情はない。

 彼女は、自分の娘として自分を育ててきたのだ。その心情は娘を育ててきたオレであっても、完全に計り知れないものがある。

「悪いけど、二番目のルート2。そのISを返してもらうわよ」

 オレたちの上に影が差す。見上げれば、二メートル上にエスツーが腕を組んで浮かんでいた。

「未来から来た科学者……なのかしら」

「そのISは元々、篠ノ之束の白騎士を私が劣化ISコアで再現したもの。返してもらうわ」

「科学者が作ったもの全てに所有権を主張するなんて、馬鹿げた話ね。でも」

 三弥子さんから、ディアブロの装甲が光の粒子となって剥がれていく。

「ヨウ君がハッピーエンドを目指すというなら、仕方ないわね」

 彼女はそう言ってシニカルに笑った。

「ママ!」

 玲美が嬉しそうに声を上げる。

 どういう意味だ? 

 オレはその真意を理解出来なかった。

 ISを解除した玲美が、母親に駆け寄ってくる。

 その姿に仕方なくオレは三弥子さんの上から離れた。

 上半身を起こした彼女に、玲美が抱きついた。

「ごめんなさい、玲美」

「ママ、ママ!」

 オレの眉間から皺が取れない。腕はレクレスを持ったままだった。

「どうしてあっさり引いたんだ、三弥子さん」

「私も、さすがに娘がいては、勝てないわ。それにハッピーエンドを目指すんでしょう?」

 娘を優しく抱きしめていた国津三弥子は、そう力なく笑ったのだった。 

 その次の瞬間である。

 はるか上空から回転しながら一本の大剣が落ちてきた。ディアブロの推進翼でもあるソードビットだ。

 先ほどのエスツーとの戦闘で、彼女のIS型ビットに弾き飛ばされた一本だった。

「しまっ!?」

 巨大な刃のコースは三弥子さんと玲美を狙ったものだ。

 オレはレクレスを伸ばし、打ち返そうと試みた。エスツーも同時に日本刀を構え、迎撃態勢に入った。

 上空十メートルの地点で弧を描くように曲がり、地面スレスレを真っ直ぐこちらに向かってくる。

 咄嗟にレクレスを地面に突き刺し、威力に押されないよう足を踏ん張った。背後には玲美がいる。スラスターを使うわけにいかない。

 大きな金属同士の衝突音が響く。

 ソードビットがオレのレクレスに阻まれて、上空へ跳ね返された音だった。

「悪あがきはよすんだ、玲……」

 振り向きながら、もう一人のルート2へレクレスを向けようとしたが、それ以上の言葉が出なかった。

 何故なら、三弥子さんは覆い被さっていた娘の上から、自分の心臓目がけてもう一本のソードビットを突き刺していたのだから。

 地面に貼り付けになった親子の体に宿るのは、同じ人物の心だ。

「れ、み?」

 オレの手からレクレスが落ちる。

 どうみても、即死の状況だ。

「な……んで」

 どうしてそんな行動に出たのか。

 感情に理性と論理が追いつかない。

 玲美の下敷きとなった玲美が、光の粒子となって消えていく。

 ああ、さすが心だけの化け物だ。体も残らないのか。

 膝が崩れ墜ちる。

 そうしてオレはまた一つ、失った。

 この人生は、たいてい成功しない。ここまで何度も失敗し続けてきた。

 だから、後は取り戻すしかないのだ。何を引き替えにしようとも。

 

 

 

 

 

『鈴ちゃん、十二時方向よろしく。そっちの二体から一気に墜としましょう!』

 更識楯無の凜とした声が響く。

『了解よ、でも、いつまでもセンパイぶらないでよね。今じゃライバルなんだから!』

『私はいつまでも貴方たちの先輩でありたいんだけどね!』

 青い機体と赤い機体の二つが、一斉に遠距離射撃を撃ち放つ。

「きゃっ!?」

「なんなのよ、これ!」

 灰色のミステリアス・レイディと甲龍が放つ攻撃に、アスタロトとバビロンの装甲が削られていった。

『シャルロット、セシリア、左側の三機にありったけの砲撃を撃ち込むぞ』

『わかったよ、ラウラ!』

『了解しましたわ!』

 同じように今度は、ラウラとシャルロット、セシリアのISが狙われ始めた。

「なんなのだ、これは!」

「何が起きてるの!?」

「あれは、わたくしたちですの!?」

 戸惑いの声を上げながら防御しようと試みるが、相手の正確無比な砲撃に各兵装が破壊されていく。

「くそっ、未来から呼び出したっていうのかよ!」

 一夏がシールドを展開しながら、攻撃を受け続けるラウラたちの前に出ようとした。

『これ以上、好きにはさせない』

 そこに割り込んできたのは、灰色に塗られた打鉄弐式だった。手に持った長刀を巧みに操り、一夏の進路を遮る。

「やああぁぁぁ!」

 自分と同じ機体を持つ少女へ、更識簪が同じような長刀を振り下ろした。

『……甘い』

 だが相手は長得物を巧みに操り、柄で一夏の胸を強打して吹き飛ばし、返す刃でもう一つの攻撃を受け止めた。

「くっ、同じ高振動型!」

『武装が同じでも……負けない!』

 更識簪と同じ顔をしたパイロットが、腰からミサイルを撃ち放つ。超至近距離から食らった簪へ、長刀の刃が振り下ろされた。

 悲鳴を上げながら、簪が仰向けになって地面へ倒れ込む。

『ナイス簪!』

 甲龍を身につけた少女が、二つに縛った髪をなびかせて、更識楯無へ滑るように接近していく。

「イグニッション・ブースト? 甲龍が!?」

 青く透き通る装甲のISが、手に持った槍で敵の片刃剣を受け止めようとした。

『はっ、鈍いね!』

 その斬撃がぶつかる瞬間に、刃がコースを変え楯無の槍を巻き取るように上空へ弾き飛ばした。

「なっ!?」

『ここで追い打ち!』

 もう一本の手に持った武器が楯無の胴体へ振り下ろされる。咄嗟に身を反って後ろに下がった彼女の胸部装甲が真っ二つに切断された。

「なんて鋭さ!」

『落ちろっての!』

 紙一重で肉体が無事だった楯無が後ろに下がろうとしたところへ、甲龍が肩に浮いた装甲から不可視の弾丸を撃ち放つ。

「くっ」

 楯無が両手を前に突き出して、ナノマシンによって作られる水のフィールドを多数展開し防ごうとしたが、相手の攻撃を防ぎきれずに後ろへ大きく吹き飛ばされた。

 その横では鈴の操るアスタロトが、灰色のミステリアス・レイディが放つ槍の連撃に晒されていた。

「ちょ、生徒会長より強いじゃない、この生徒会長!」

 ブレード以外の近接武装を持たないアスタロトでは耐えきれない。そう悟った鈴は大きな翼を広げ、上空へ逃げようと試みる。

『予測済みよ、無人機さん』

 だが十メートルほど上昇した瞬間に、待ち構えていたように起きた水蒸気爆発によって地面へと叩き落とされた。

『さあ、まず一機!』

 突き刺さるように地面へ落ちたアスタロトへ、らせんを描く水流で作られた槍の穂先が牙を剥いた。

 天性の直感だけで鈴は横へ転がるように飛び上がると、彼女のいた場所が大きく凹み、瓦礫が高く舞い上がる。

「なんつー威力よ! 反則でしょ!」

 悪態を吐きながら、鈴は何とか体勢を立て直す。しかし相手が次の攻撃を用意しているのを見て、そのまま距離を取ることに集中し始めた。

 ジン・アカツバキが呼び出した自分たちの未来と呼ばれる存在は、紛れもなく強敵であった。楯無たちIS学園所属のパイロットにとっては手も足も出ないほどの強さを見せている。

「最高の形に最高の形をぶつける。マルアハたちと違い、ここでなければ動かぬし、それでも作成起動に時間がかかる難点だが」

 召還者である紅蓮の神は刀を両手に持ち、織斑千冬へと襲いかかる。

「まだ勝利を確信するには早いぞ、ジン・アカツバキ!」

「さて、どうだろうな」

 右上から振り下ろされた刀を千冬は数センチの差で逆に避け、左腕に三本爪のクロウを呼び出して相手のボディへ突き刺そうとした。

 それを背中から生えた副腕で防いだジン・アカツバキは、左手の刀で白式の体を薙ごうとする。

 迫り来る刃を再び数センチの差で避けた千冬は、零落白夜を振り上げようとした。

 だが、何かの気配に気づき体をねじりながら倒れ込むように後ろへ下がる。

 彼女から切断された黒い髪が、ひらひらと舞い落ちる。

「ほう、死角かと思ったが、それもかわすか」

 自立思考型ISが、感心したように呟いた。

 千冬は感じた気配の元は、ジン・アカツバキの背中に生えた副腕からだった。肘から先が暗闇に溶けるように消え去っており、代わりに先ほどまで千冬が立っていた場所へ、刃が突き刺さっている。

「……何もない空間からでも腕を生やすか、化け物め」

「最初から貴様たちに勝ちはないのだ。何せ私にとどめを刺すには、この時の彼方に乗り込むしかない。だがここでの私は何の制限もなく力を行使出来るのだからな」

 高らかに謡い上げられる勝利宣言のような言葉に、千冬が舌打ちをした。

 周囲を見回しても、どこにも余裕がある人間はいない。

 強いて言えば篠ノ之束ぐらいであったが、彼女もまた耳を澄まし目を懲らして何かに没頭しているようだった。

「織斑千冬よ。目の前で弟を殺された気持ちはどうだった?」

 次の攻撃に備えようとしていた千冬の動きが、刹那の間だけ動きを止める。

「最悪だった。自分を殺してしまうほど憎かった」

「まるで二瀬野鷹のようだな、織斑千冬」

「……人を侮るなよ」

「もう侮ってはおらんさ。少なくとも、目の前にいるのは世界最強の英雄なのだ」

「ほざいていろ。その自己犠牲の精神、私が叩き伏せてやろう」

「やれるものなら、好きにするが良い」

 四本の刃を構え、ジン・アカツバキが腰を落とす。

 織斑千冬はそれをねじ伏せるため、雪片弐型を頭上に掲げた。

「零落白夜!」

「墜ちろ、英雄よ!」

 地球で最も強い人間が、神へと挑む戦いが再開された。

 

 

 

 

 

「なんて……強さだ」

 方舟から回線越しに戦場を見ていた国津幹久が、悪夢を見たかのように呟きを漏らす。

「織斑一夏の白式も、比べものにならないくらい……ううん、国家代表レベルの動きを見せてるのだが……」

 隣に並んで鈴の機体制御を補助していた岸原も、うめき声のような言葉を漏らした。

「あれが本当に少し未来の彼女たちを再現したって言うなら、つくづく可能性とは恐ろしいね……」

「ああ、武装はともあれ機体スペックは変わらんはずだが、調整レベルが違うのか? IS自体が成長するのか?」

 困惑した表情で呟いた二人の隣で、理子と神楽が青ざめた表情を浮かべていた。

「バイタルサイン……ロスト」

「機体信号……パイロットメンタルサイン……同じくロスト」

 二人が呟いた言葉に、幹久が慌てて神楽の画面を覗き込む。

 そこには通信を断絶され真っ黒になっている映像ウインドウが浮かんでいた。

「玲美!? 玲美、どうしたんだい、玲美!? 二人とも、何があったんだ!?」

「わ、わかりません。玲美がママ博士に近づいて、抱きついた瞬間に……この画面で」

「くっ、どういうことだい? まさか」

 最悪の想像を脳裏に浮かべ、幹久の顔が青ざめる。

『ちょっとオッサンたち、制御失ってんじゃん!』

 通信回線を通して、鈴から抗議の声が入った。我に返った岸原が慌てて画面へ戻る。

「くっ、こっちの状況も最悪か」

『何なのよこいつら! アタシたちみたいな顔して、強すぎるでしょ!』

「理子、幹久のコントロールを使え」

「こ、コントール移管了解!」

 理子が慌てて投影式キーボードを叩き始める。その指先は震えたままだ。

「幹久と神楽ちゃんは玲美ちゃんに呼びかけ続けろ!」

「玲美、玲美! 三弥子、答えてくれ、三弥子!」

 幹久が必死に呼び続けるが、彼が見ているウインドウからは何の返答もない。

「何が起きてもおかしくはないと考えてはきたが!」

 この空間でなくとも、ISによって蹂躙された戦場では男の力など無意味だ。

 何せ彼らはインフィニット・ストラトスを操ることが出来ない。

 ISが生まれたからずっと、無力感に苛まれてきた岸原だったが、今現在ほど打ちのめされた瞬間はなかった。

「玲美! 三弥子! シジュ……答えてくれ、四十院総司!」

 娘と妻を失い、半狂乱で上げた幹久の声が、方舟の甲板に響いていった。

 

 

 

 

「なんでだよ……どうしてこんなことしたんだ、三弥子さん」

 国津三弥子の体がディアブロと共に消え、胴体の中央に大穴を開けられた玲美の体が地面に倒れている。彼女の体から大量の血が流れ、灰色の大地に染みこんでいった。

 力ない笑みが零れた。膝が崩れる。

 大事に大事に見守ってきた少女が、その母親とディアブロによって串刺しにされた。

「こんなんばっかかよ」

 大して涙も出ない。

 膝の上に握った手はいつのまにかISが解除されていた。

「ヨウ、離れなさい」

「あ?」

 顔を上げると、二十代後半の白衣を着た女性が、手に持った刀を玲美の首筋へ当てていた。

「……どういうつもりだ」

「ディアブロを回収するわ」

「ディアブロを? ……あ、ああ。そうだな」

 玲美は死んだ。だが、取り戻せる可能性はまだある。

 そう思ったところで、自分の思考に吐き気を催した。

 ああ、なんて切り替えの早さだ。実感がないだけだと思いたい。玲美が死んで、これだけしか悲しめないなんて。

 まだ、生き返るんだから、十二年前からやり直せるんだから良いだろうって思う自分が、心底クズだと理解出来る。

「ディアブロはどこに?」

「今、呼び出すわ」

 青い紅椿、ブルーカメリアと呼ばれた機体が腕を伸ばす。上腕部から小さな三つ指のアームが飛び出てきた。

「……すでに二人目のルート2が生まれてたなんてね。遅かった……とは思いたくない」

「早く、ディアブロをオレに」

「ええ」

 玲美の死体をこれ以上、見ていることが出来ずオレは背中を向けた。

 耳をつんざく高音が聞こえてきた。

 もう、本当にハッピーエンドを貫くしかねえよな。

 何がどうあろうとも、彼女が死のうとも、十二年前からやり直すんだ、全て。

「ヨウ!」

 背中を向けていたオレの体が、強く押し出される。

 エネルギーブレードが空気を焼く低い音が聞こえてきた。

「え?」

「くっ、そういうからくり……ってわけね」

 前のめりになった体勢を整えながら、後ろを振り向く。

 そこには、胸から血を流し続ける玲美が立っていた。

「相変わらず良い気持ちではないわね」

 口元の血を乱暴に拭き取りながら、国津玲美が右腕を横に振った。エスツーが大きく吹き飛ばされる。

「まず一人、片付けたわ」

 国津玲美の体に、黒い悪魔のような装甲が張り付いていった。

 まごうことなく、ディアブロの姿そのものだ。

「れ、み?」

「何を驚くの、ヨウ君。私たちはルート2。死体に取り憑く心だけの化け物。私たちの心を殺せるのはルート3ぐらいよ」

「ま、さか」

「そう、久しぶりの体だけど、問題はないわね」

 彼女が胸に手を当てると、蛍のような光が集まってきて、国津玲美の体から傷が消えていく。

「玲美を、わざと殺して乗っ取ったってのか……」

「それ以外の推測が出来たなら、ある意味スゴいわね」

 肩に大剣を抱え、ディアブロが一歩、また一歩とオレに向かって歩いてきた。

「ヨウ、逃げなさい!」

「……逃げれるかよ」

 ディアブロは取り返さなければならない。ジン・アカツバキの言うことが本当なら、こいつとオレだけが十二年前から全てを無かったことに出来るんだから。

「まさか私の体に戻る日が来るとはね」

 鼓膜を突き刺す言葉が冷たい刃のようだった。

「自分そのものとはいえ、娘として育てた人間を……自分の目的のために」

「ヨウ君、ダメだよ」

 玲美の体に戻った玲美が、悲しそうに微笑む。

 そして身の丈を超える大剣を軽々と片手で振りかぶった。

「私の覚悟は、この程度じゃないから」

 

 

 

 

 

「くっ、何だってんだ、こいつらは!? 何で敵側にもIS学園の専用機持ちどもがいやがる!?」

 オータムは相手のラファールによる乱射で、空に飛び立つことすら出来ず地面に押さえつけられたような形になっていた。

 彼女の視界の端に映る自機情報では、シールドゲージが段々と減っていっていた。

『悪いけど、邪魔はさせないよ』

 両手に持ったサブマシンガンを両手に構え、シャルロット・デュノアの未来がオータムを仕留めようと動いていた。

「くそっ」

 右手を横に振るい、装甲の穴から雲か煙のように群れる極小のビットを射出させた。相手の実弾兵器を防ぐための盾にするつもりである。

 敵の武器が小口径なら、一つの極小ビットで数発分は持つ。そういう計算の元に作り出した壁だ。

『そういうことなら!』

 オータムの動きを見て、未来のシャルロットが手に持ったサブマシンガンを投げ捨てる。次に構えたのは、銃身の下にグレネードランチャーを備えたマシンガンライフルだった。

 その下部から発射されたグレネード弾が易々とビットの群れを貫通して、オータムの胴体に直撃し爆発を起こした。燃え上がりながら地面へとバウンドしてから落ちる。

「バカ隊長!」

「オータム!」

 悠美とナターシャの二人が、救援に向かおうとしたところを、一発のレーザーが遮った。

『なかなか連携を取るようですわね!』

 灰色のブルーティアーズが、手に持ったライフルから次々とBTレーザーを撃ち放つ。その全てが弧を描くどこから直角に曲がり、二人の機体へと襲いかかってきた。

 高速推進装置を持つ二機が、低速化されたレーザーを回避しようと空中へ飛び上がる。

『チェックメイト、ですわ』

 自らの豊かな長い金髪の一房を、そのパイロットが左手で軽く撥ね除ける。

「え?」

「きゃぁ!?」

 違う場所から撃ち放たれた二閃の光が彼女たちの翼へ直撃した。被弾箇所から煙を上げ、二機がきりもみしながら墜落する。

 発射元は遥か上空に設置されていたブルーティアーズの遠隔精神感応兵器だった。

 被弾したIS連隊機から数十メートル離れた場所で、二機のシュヴァルツェア・レーゲンが向かい合っていた。

 お互いが肩から伸びたワイヤーでお互いの右手を掴んでいる状態だ。

『ふっ、同じ武装とは面白い』

 灰色の装甲を持つレーゲンのパイロットが、ニヤリと不敵に笑う。

「まさか未来の隊長が来るなんてね……」

 リア・エルメラインヒが苦しそうな声で愚痴を漏らす。相手と違い自機に余裕がないのは、パワーが違うからだと察知した。細部が違うとはいえ、同じレーゲンでここまでパワーが変わるとは、と驚いていた。

『だが、ドイツの開発力を舐めるなよ、無人機ども』

 少し大人びた顔つきのラウラが吠えると同時に、リアの全身が痺れたような痛みが走った。

「電撃……!?」

 両膝が崩れ墜ちたリアが、信じられないと目を見開く。

『ふっ、やはり効果があるようだな。試合では使えない兵器だが、無人機相手なら遠慮はいるまい!』

 再び大きな痛みが彼女の全身を包んだ。

 自分のレーゲンにはない武器が、眼帯をした赤毛の少女の力を奪っていく。

『トドメだ!』

 未来でのラウラ・ボーデヴィッヒ、その思考と体を再現した存在が、高らかに勝利宣言を告げる。

 灰色のシュヴァルツェア・レーゲンが右肩のレールガンをリアに向けた。

「ちっ、させるか!」

 立ち上がったばかりの一夏が、リアと敵の間に左腕の荷電粒子砲を撃ち放った。相手の砲弾をかき消し、間一髪を免れる。

『荷電粒子砲まで備えているのか、厄介だな』

『何を手こずってるんですの?』

『ふっ、面白いぞコイツは。まるで白式のような動きをする』

『それは面白いですわね、一夏さんと戦うこともめっきり少なくなりましたし』

『こいつは私が貰った!』

『わたくしがいただきますわ!』

 楽しそうに語る二人に、一夏は左腕のモードをシールドに変え、右手に零落白夜を出現させる。

「いくら二人が相手とはいえ、簡単に落ちねえぞ!」

 未来のラウラが、右肩のレールガンを撃ち始める。

 右手の刀を最小限の動きで振り上げて、次に降ってくるBTレーザーを左手のシールドで弾いた。続いて地面すれすれを土煙に隠れるように這ってきた二本のワイヤーを零落白夜で地面ごと削り取り、同時に左腕のシールドを荷電粒子砲モードに変更、上空を取るように動いたブルーティアーズへ解き放つ。

『それぐらい当たりませんわ』

 だが、一夏の狙いはその遥か上空にあるビット二つだ。

「まずはそっちだ!」

『なっ!?』

 空を薙ぎ払うように白い光で両断する。同時に上空を漂っていたミステリアス・レイディのナノマシンと水の塊を蒸発させた。

『もらった!』

 灰色のレーゲンがワイヤーと同じ軌道で地面を滑るように突撃してくる。その腕にはレーザーブレードが光っていた。

「読んでるよ!」

 半身で回避しつつ、左手の武装を三本爪に変化させて相手の肩を掴み取る。

『させませ……きゃぁ!』

 BTライフルを撃ち放とうとした未来のセシリアへ、一夏はレーゲンを放り投げる。

『くっ、邪魔だ!』

 未来のラウラがぶつかった相手を力強く押しのける。殴り飛ばすような一撃で灰色のブルーティアーズが吹き飛ぶが、そのままでいたなら一夏の荷電粒子砲で焼き尽くされていただろう。

 それに外したとはいえ、そこで手を休める織斑一夏ではない。

「イグニッション・ブースト!」

 推進翼に火を入れて、最大速度のまま零落白夜を構え飛びかかる。

『速いっ!?』

 狙いは灰色のレーゲンだ。まずは司令塔の一つを叩きつぶす。そのつもりで一夏は自分の最大威力を持って相手をねじ伏せようとした。

『やらせないよっ!』

 だが突然の衝撃を横から食らい、吹き飛ばされ体勢を崩したまま地面に激突する。

「くそっ、シャルロットか!?」

 すぐさま飛び起きた一夏の腹に再び大きな、しかも今度は鋭い衝撃が走った。

「シールド……ピアース!」

 下からアッパー気味に放たれた打撃により、一夏の体がわずかに浮く。

『でかしたぞシャルロット!』

 重力制御を一瞬だけ失った白式の手足へ、灰色のレーゲンから放たれたワイヤーが巻き付いた。空中で磔にされたような形で固定され、そこへ再び灰色のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが接近してくる。

『これで終わり!』

 六連式のパイルバンカーが、一夏の腹部へ突き刺さった。

「この程度で負けるわけにはいくか!」

 金色の砲撃戦専用機を持ち込んだラウラ・ボーデヴィッヒが、その背中にある六門のレールガンを敵陣へと向ける。

「鈴、セシリア、一瞬で良い、こっちへの攻撃を防げ!」

 指示を飛ばしながらも、ラウラは眼帯をかなぐり捨て、左目の動きで仮想ウインドウを操る。自分たちの未来形という六機のISを全て一瞬でロックオンした。

 通常のISより二回りは大きい脚部から計八発のミサイルが出現する。肩に浮いていた装甲からも四連ミサイルポッドが飛び出し、さらに前に伸ばした両腕の横から二門のビームマシンガンが出現した。

「全機、回避行動取れ、弾道コース暗号通信にて送信、オートで対応しろ」

「ちょ、ちょって待ってよラウラ!」

「Feuer!」

 シャルロットの制止も聞かず、ラウラが全ての砲門から攻撃を撃ち放った。

『標的Cより多数のミサイル接近、弾道予測、コース送ります、回避を!』

『なんて数、追い切れない! きゃぁ!』

 灰色のミステリアス・レイディに攻撃がぶち当たる。

 ラウラからの攻撃に気づき、他の機体も回避に専念するが、ルシファーの放った追尾ミサイルが襲いかかり、また足を止めた機体は連射されるレールガンによって追い詰められていった。

『打鉄弐式、山嵐で相殺狙いま……きゃああああっ!?』

 未来形として呼び出された打鉄弐式、ラファール・リヴァイヴに二つのミサイルが直撃をする。ブルーティアーズ、レーゲンもレールガンとビームマシンガンの雨によって吹き飛ばされていった。

 周囲が着弾による煙で視界が遮られ始める。その中でもISのセンサーは相手に多数の直撃を食らわせたことを把握させていた。

「やるじゃない、ラウラ!」

 灰色のISと交戦していたパイロットたちは、損傷した機体を引きずってラウラの近くまで待避し、追撃をするための準備をしようとした。

「相当のエネルギーと弾薬を消費したが、これがこの機体の全力砲撃だ。これならいくら強かろうと……なに!?」

 ラウラが驚きの声を上げるのも無理はなかった。

 ISごと破壊し、通常なら動けるはずもない敵機が、ゆらりと動き初めていた。

 一陣の風によって煙が晴れ、敵とする六機が姿を現す。

 そのどれもが大きな損傷を抱えており、まともに動けるとは思えない状態だった。

 織斑一夏は左腕の荷電粒子砲を構え、相手にトドメを差そうと構える。彼自身もシールドエネルギーのほとんどを失っており、余裕はない。ここで確実に仕留めようとしていた。

『こんなところで諦めてやるわけにはいかないのよね』

 未来形の再現であるファン・リンインが不敵に呟いた。その姿は明らかに満身創痍だったが、その瞳から光は失われていない。むしろ逆境に立ち、先ほどよりも輝きが増しているようにも見えた。

『ったく……敵もなんて機体を持ち出すのやら』

 ぼろぼろになった機体のまま、ミステリアス・レイディが槍を構える。その先には螺旋状に渦巻く高圧水流の穂先があった。

 他の敵も同様だった。多大な損傷を受けようと、諦める気配はない。

 一夏は思わず大きな舌打ちをしてしまった。

 それはそうだ。自分の仲間たちは、これぐらいで諦めるようなヤツらではない。

 むしろ逆境でさらに力を発揮し、最後には逆転をしてしまうようなパイロットたちだ。

「ふっ」

 千冬と斬り合っていたジン・アカツバキが、仲間たちの気合いに頼もしさを覚えて頬を緩ませる。

「教え子たちの成長はどうだ?」

 鍔迫り合いの最中、神が英雄に笑いかけた。

「特に驚くことはないな」

「そうか!」

 ジン・アカツバキが裂帛の気合いを込め、二本の刀で千冬を押し返し、さらに追撃に肩からレーザーキャノンを発射する。

「小細工か」

「ふっ、仲間が諦めないのなら、力を分け与えるのが私の、紅椿の役目であろう。さあ我ら『未来』の怨嗟を聞け!」

 大きく声を上げながら二本の刀を地面に突き刺し、大地に膝をつく。

「いざ受け取れ、我が仲間たちよ! ルート1・絢爛舞踏!」

 声を張り上げ大地を叩くと、紅蓮の装甲から光が漏れて葉脈のように伸び、灰色のISたちの元へ辿り着いた。

『これは……エネルギーが』

『助かりますわ、箒さん!』

 白色に燃え上がる炎のような光に包まれ、『未来の再現』であるISとパイロットたちの損傷が回復していく。

『これなら、まだやれるわね!』

『うん、行くよ、みんな!』

『了解……です!』

『無人機なんかにやられてなるものですか!』

 ここからがペイバックタイムと言わんばかりに、再び猛攻を開始する灰色のISたち。それを見て頬を緩ませながら、

「諦めなければ、チャンスはある。そうだろう? 織斑千冬」

 と、ジン・アカツバキが不敵に笑った。

 これはまずいかもしれない。

 その光景に驚きながら、一夏はそう思い始めた。

 ただ強いだけの無人機ならば、充分に戦えただろう。数百機を持ち込まれても勝機を探したかもしれない。

 だが、相手は仮初めとはいえ意思を持つ、最高の仲間たちを再現した存在だ。

 今、織斑一夏たちは、ヒーローたちという最悪の敵を迎えたことを、確信し始めていた。

 

 

 

 

 

「私は諦めないよ、何を犠牲にしても! 何度でも繰り返す!」

 ディアブロを身につけた国津玲美が、灰色の大地を踏みしめながら何度も大剣を振り下ろしてくる。

 オレこと二瀬野鷹はそれを必死に受けながら、ジリジリと後退し始めた。

 視界の端には、オレをかばって負傷したエスツーが倒れている。

「それが娘を犠牲にすることになってもか!」

「犠牲にしたのは娘じゃない。私は国津……玲美だから!」

「それでも娘として育てたんだろ!? どうしてだ、玲美!」

 右、左と交互に迫る金属の塊をレクレスで打ち返しても、その威力を完全に消すことが出来ずバランスを崩さないために一歩下がる。

「ママが死んでいたなんて、知りたくもなかった!」

 頭部を覆うはずのヘッドドレスとバイザーはすでになく、頬についた血を一筋の透明な涙が洗い流していった。

「だから、オレがその未来を変えてやる!」

「そこにキミがいなくて、何のハッピーエンドを語るつもりなの!?」

「今よりマシな未来を探して、何が悪い!」

「もっと良いもの探して、私が繰り返すよ!」

「そんな不確実なもの、認められるか! お前がいつジン・アカツバキに負けるかもわからない。さっきも聞いただろ? 十二年前に戻ることが出来れば、何もかもが元通りに」

「それを元通りと、呼べるの!?」

 論理で説き伏せようとしたところを大声で遮られる。

 今までより力を込めて、型も何もない無造作な剣が振り下ろされてきた。それをレクレスで受け止めると、玲美の顔が近づいてくる。

「元通り、だろ。オレがいなくて、お前らはオレのことすら知らずに生きていく。幸せだろ」

「それが元通りだと言うのなら、ジン・アカツバキの十万年計画ですら元通りだって呼べるよ」

 その反論にオレは返す言葉がなかった。

 玲美の言う通りだ。結局のところ、オレたちは自分たちが見たい未来をエゴで押しつけようとしているだけなのだ。

 二瀬野鷹は己のいない未来を。

 国津玲美はそんなオレすらもハッピーエンドになる物語を。

 ジン・アカツバキは人類全てが築く輝かしくも優しい歴史を。

 比べてみても、オレだけが矮小な目的で、間違っている。

「だけどな、国津玲美」

「もう言い訳は聞かない」

「オレを不幸だなんて言うなよ」

「誰が見たって、キミが幸せだったなんて思えないよ」

 悲しげに笑う彼女の顔を見て、オレは唇を噛む。

 これだけは言わなければならない。

「少なくとも、オレは精一杯やったろ」

 何度も何度も失敗してきた。

 結果が伴ったことなんて、ほとんどない。

 だけど、小学校のときからずっと、精一杯やってきた。

 男も希望すれば受けられるIS適性検査を、周囲に笑われながら受け続けた。

 体を鍛えるのだって忘れなかったし、IS学園に入っても大丈夫なようにずっと勉強し続けていた。

 玲美たちを守るために、隕石の前にも飛び込んだ。

 みんなが無事にタッグトーナメントを終えるために、無人機にも立ち向かった。

 ナターシャさんの愛機を守るため、一夏たちとも敵対した。

 小さな少女と出会って、彼女を守ろうと思った。

 ジン・アカツバキに殺されてから十二年間、四十院総司として生きたのは本当に地獄だと思った。

 それでも世界の裏から暗躍し、ジン・アカツバキに対抗するため、間接的には人を殺したかもしれない。

「精一杯やった結果がこれなんだ。不幸だなんて思ってねえよ、オレは」

 疲れた。

 もう足を止めたい。

 でも、みんなの笑顔を失うのは、もっと嫌だ。

 だからジン・アカツバキとヨウという二つの異物だけは、最終的に消し去らなければならない。

「キミがいてもいなくても、私たちは精一杯生きてる」

 彼女が告げた当たり前の事実に、頭を殴られたような衝撃を受けた。

「オレは……いらねえってことだろ。だったら尚更」

 言い訳のような言葉が、考えるよりも先に口から出る。

「キミはここで生きている一つの存在でしかないんだよ? 自分を大きく見せないでよ……もっと」

 彼女が大剣を捨て、大きく両腕を広げた。

 ディアブロの装甲が消え、国津玲美の抜き身の体が表に現れた。

 ホークを身につけたオレの体に抱きついているのは、特別鍛えられているわけでもない、ただの普通の十五歳の少女の体だった。

 少し癖っ気のある髪がピンで留められて、大きな瞳が目で潤んでいる。

「自分が存在することを許してあげて」

 優しい呟きがオレの体を伝わって耳に届いた。

 これが彼女の最後の説得だろうか。

 ……彼女は自分自身さえ殺し、なおかつオレを止めて、また旅に出る。

 終わりなき果てしない道のりの果てに、オレの幸せを見つけるのかもしれないだろう。

「ディアブロを返してくれ」

 だけど、二瀬野鷹が言えるのはそれだけだ。

 結局はそこに帰結する。

 二瀬野鷹が許しても、四十院総司が許さない。

 ジン・アカツバキの話を聞いた今では、前よりも決意が固くなっている。

 オレが犠牲になれば、元通りになるのだ。

 事態はすでにオレ個人の願望の域を超えた。

 国津玲美が、二瀬野鷹の体を押しのけるように離れ、後ろで手を組んで笑みを浮かべた。

「それじゃあ、また次でね、ヨウ君」

 もう一人のルート2が再びISを身にまとう。

 荷電粒子砲ビット八門が空中に現れ、二本の大剣を手にした黒い悪魔の騎士がオレへ刃を向けた。

「目標発見。ルート3・零落白夜、発動する」

 上空から聞こえた声にオレは空を見上げる。

 そこには白騎士と白式を掛け合わせたような、白いインフィニット・ストラトスが浮いていた。

「まさか、暮桜か!?」

 所々に桜の花びらをあしらった模様のある、かつて世界最強だった機体だ。

 そしてパイロットとして、織斑マドカが乗っていた。

「落ちろ、ディアブロ」

 雪片弐型と同じ形の刃を振り下ろす。

 その光る刀身が中程で空中に消えた。

 国津玲美がその存在に驚いて目を見開く。

「玲美!」

 手を伸ばして彼女を守ろうとするが、そのわずかな距離が届かない。

 そんなオレの方を振り向いて、彼女は困ったような笑みを浮かべた。そして、ディアブロを解除したのだった。

 オレたちのすぐ真上に現れた稲妻のような光が、ISを装着していない玲美の体を両断する。

 大きな血しぶきを上げ、少女の体が倒れていった。

 

 

 

 

 

 ジン・アカツバキたちとの戦闘に、一夏たちは劣勢に立たされていた。

 シーソーゲームのように追い詰めては追い詰められ、その度に誰かが突破口を開き、戦況をひっくり返す。

「そこの赤いの、ボサボサしてねえでさっさと撃ち落とせ!」

『負けるかっての!』

「そりゃこっちのセリフ!」

 未来の鈴が叫べば、現代の鈴が呼応するように撃ち返すが、オータムが手助けに入ってようやく一機の甲龍に対抗出来ているレベルだ。

「AICで動きを止めます、隊長! その間に砲撃を!」

「無茶をするな、リア!」

『AICまで使いこなすか、無人機が。だが、その程度!』

 黒兎隊二名が連携を取って、未来のラウラを追い詰めようとすれば、敵もその連携を断ち切るように動く。

「くっ、同じ機体だっていうのに、ラピッドスイッチがさらに速い!」

「カスタマイズされてるって言っても、第二世代であそこまで戦えるなんて、未来のシャルロットちゃんは化け物なの!?」

『なかなかに武装の幅が広いようだけど、遅いよ!』

 シャルロットのラファール・リヴァイヴと沙良色悠美の打鉄という二つの第二世代カスタマイズ機を、未来のシャルロットが一人で押し返す。

『鋭角で曲げられないレーザーなど、弱いにも程がありますわ!』

「曲げられずとも、本人の創意工夫でどうとでもいたしますわ!」

「セシリア・オルコット、前に出過ぎよ! 相手の軌道を読みなさい!」

 直角以下の角度で襲いかかるBTレーザーの猛威に、セシリアは逃げ惑うことしか出来ずにいた。そこへ推進翼を損傷したナターシャが地上から援護の射撃を撃つことで何とか均衡を保っている状態だ。

『簪ちゃん、一斉射撃、お姉ちゃんが前に出るわ』

『了解……一気に行きます、当たらないように気をつけて』

『あら言うようになったわね!』

「くっ、バビロンの出力でも追いつかないなんて……どんだけの水を操れるのよ、あれ!」

「ナノマシンの世代が違う? ……打鉄の山嵐も春雷も発射速度が早い……かも」

「二人とも、俺が前に出る。後ろから援護を頼む!」

 そこの戦場は未来の更識姉妹が放つ強力な連携に、楯無と簪の二人の前で一夏が盾として全面に出ることで、何とか対抗をしている形だった。

 各々の戦場を千冬が見回す。

 いずれにしても劣勢だ。

 ISの数は上でも、敵の方が練度も高い。士気は同等でも、細かな動きが洗練されてる。

 なおかつ敵はいくらでも復活してくる上に、諦めることを知らない。隙をついて反撃をしても、必ず立ち上がってきていた。

「よそ見をしている場合か?」

 千冬もジン・アカツバキが操る四本の腕によって翻弄されていた。

 二本までは読み合いで返すことが出来ても、何もない空間から現れる副腕に手を焼いている。おかげで零落白夜による攻撃すらまともに当たらない状況だ。

「千冬さん!」

 箒も千冬に加勢する形で、突如出現する斬撃を手に持った刀で防いでいた。さすがの千冬であっても、敵の自立思考型ISの放つ無尽蔵な攻撃全てに対応し切れていなかった。

 ついに戦場の一つで悲鳴が上がる。

 ブルーティアーズのライフルが、相手の攻撃で破壊され、推進装置を失い地面へと落下を始めた。

「セシリア!」

 鈴が駆けつけようとしたが、そこへ甲龍から放たれる空圧砲の連撃が襲いかかった。同時に投擲された二本の青竜刀が生きているように動いてオータムの腕部装甲を吹き飛ばす。

「鈴!」

 シャルロットが鈴を助けようとロングライフルを持ち出した瞬間に、相手が懐に潜り込んできた。パイルバンカーによる打撃で浮いた機体を、右手のグレネードランチャーで追い打ちをする。さらに振り向きもせずに撃ち放った砲弾が悠美の打鉄に直撃した。

「シャルロット!」

 ラウラが砲門の一つをシャルロットたちへ向け、更なる追撃を防ごうとする。相手は見逃さず右肩のレールガンから黄金の機体を狙い撃った。さらに近づいてきたリアのレーゲンに対してはAICを発動させ、完全に動きを止めに入った。

「ラウラ!」

 一夏が直撃を食らったルシファーに向けて、援護の一撃として荷電粒子砲を放とうとした。その左腕に打鉄弐式の薙刀が振り下ろされる。

「一夏君!」

 白式へ攻撃を食らわせた機体へ、楯無が水をまとった槍を投擲する。だがそこに立ち塞がった機体が槍の水を巻き取り、自らの槍へと吸収した。さらに巨大になった槍が更識姉妹へ撃ち返され、地面にぶつかった瞬間に水蒸気爆発を起こして二人を吹き飛ばした。

「一夏、会長! 簪!」

 千冬の後ろで空間を抜けて現れる刃を相手にしていた箒が、友人のピンチに走り出そうとした。しかしその背中を狙い澄ましたように、何もない場所からジン・アカツバキの腕が現れ、その首を掴み上げる。

「くそっ!」

 たった一撃からの、雪崩れ込むような攻撃で、戦線が崩壊する。

「さすがに自らの可能性には勝てぬよ。それはまた人類全体も然りだ。可能性に賭けるのだ、織斑千冬よ」

「だからといって、生きている人間たちが犠牲になって良いはずがない!」

 千冬の一撃が紅蓮の機体へ振り下ろされるが、相手は易々と受け止めた。

「何を言う。犠牲は常に払われているだろう。お前の周囲がたまたま犠牲になっていないだけだ。違うか、織斑千冬」

 それに返す言葉は、千冬にもない。

 所詮は織斑千冬自身も、一人の人間として生きている身だ。どれだけ力があろうとも、手の届く範囲など知れている。

「犠牲を無くすなどと大層なことは言わない。だが余計な犠牲を少なくすることぐらい、出来るかもしれないだろう」

 その苦悩を読み取ってか、信仰に満ちた宣教師のような微笑みで、ジン・アカツバキが優しく囁いた。

「エゴを殺すことで人間が進むとでも思っているのか」

「また十万年前からやり直せ。それで答えが見えるだろう」

 千冬の背中へ、斬撃が振り下ろされた。

 死角を突くように現れるジン・アカツバキの副腕が、とうとう英雄の背後を捕らえたのだ。

 強烈な一撃を受け、推進翼と背部装甲を破壊されながら、千冬が前のめりに倒れる。

 ここまでか?

 千冬にとっては、最悪の敵だ。

 性能ではなく、大きな罪悪感を抱える千冬の心を神が揺らすことで、彼女の剣がわずかに鈍るのだ。

 彼女の中では一夏はすでに死んだ。

 未来から来た一夏ではなく、織斑一夏として育ちドイツへ渡り、少しだけ逞しく育って帰ってきた一夏は死んだのだ。

 何よりの宝物だった。

 少しだけ生意気になってきたが、それでも可愛い弟だ。

 まだジン・アカツバキの問いに、織斑千冬自身が答えを見つけていなかった。

 ここで死に絶えるのも良いかもしれん。

 懐かしい笑みを思い出して、千冬は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと降りてきた暮桜を、オレはチラリと一瞥する。

「マドカ、か」

「篠ノ之束の依頼で斬った。成功はしなかったが義理は果たした」

「そうか」

 オレの胸の中では、国津玲美がぐったりとしていた。

「エスツー」

「……これはもう無理よ。ルート3によって、心が……いいえルート2が完全に切断されてるわ。さすが次元を切る刃ということね」

 名前を呼ぶと、彼女が申し訳なさそうに答える。

「死んだってことか?」

「ディアブロを展開してた状態なら、心は生きてたかもしれないけれど」

 だけど、彼女は何故か最後にディアブロを解除したのだ。

 オレは少女の体を抱きしめた。

「何を悲しむ。お前とて、その女を仕留めるつもりだったんだろう?」

 マドカが不思議そうに尋ねてくる。こいつもジン・アカツバキの話を聞いて、オレたちの戦闘を遠くから見ていたんだろう。

「そうだな」

「ならば、構うまい」

 ……ああ、そのとおりだ。返す言葉がねえや。

 ジン・アカツバキの話通りにするには、オレは国津玲美を力尽くで止めなければならなかった。

 十二年前に戻るために結局、オレは彼女を殺めたかもしれない。その可能性だって否定は出来ないのだ。

 だからマドカを責めることが出来ない。コイツはオレの代わりを手っ取り早くこなしただけなのだ。

 血の気のない国津玲美の頬を一度だけ撫でて、死体を抱き上げ、オレはゆっくりと立ち上がる。

「エスツー、行こうぜ」

「……ヨウ」

「ジン・アカツバキを倒しにさ」

 玲美が死ぬことがわかっていてディアブロを解除した理由は何となくわかる。こいつがなければオレも死ぬのだ。だから自分自身が死んでも、ディアブロは残した。

 どこまで行ってもオレの幸せを願ってたってことだろう。それはつまり息絶える瞬間まで、オレのことしか考えてなかったってヤツだ。

「お前は、場違いなのか」

 暮桜を身にまとった織斑マドカが、再びオレに問いかけた。

 それは連隊での戦闘時に、彼女が一夏に言われた言葉だろう。

「場違いか。まあ気にすんなよ。お前はあの世界の人間だ。場違いとかあるわけねえだろ」

「お前は、十二年前に戻ってやり直すのか?」

「わからん。話はそれだけか?」

「もう一つ聞きたい」

「よく喋るヤツだな」

「お前が十二年前に戻ったとして、私が違う道を生きることは、あり得るか?」

 彼女が珍しく何かを恐れるように、オレへと投げかける。

 正直、織斑マドカのことをオレはよく知らない。四十院総司としては、亡国機業についてあまり興味がなかったというのもある。

「そりゃお前がお姉様と一緒に、一夏とも仲良くやって、楽しく過ごす人生があるのかってことか?」

「想像が出来ん」

「一つだけ言わせてもらえば、オレがいようといなかろうと、お前はお前だったよ。織斑一夏を殺そうとし、IS学園に襲いかかり、亡国機業にすら牙を剥こうとした」

 オレの回答に彼女は少し目を丸くした後、ゆっくりと獰猛に笑った。

「なら良い。反吐が出るからな」

「お前も来るか?」

「一緒には行かん」

「そっか。んじゃこれ以上、邪魔すんなよ」

「それは約束出来ん」

「まあ、邪魔したら、殺すわ」

「良いだろう、やってみせろ」

 マドカはオレに背中を向けて、ゆっくりと飛び上がると十メートルの高度から一気に加速して消え去った。たぶん戦場を探していったんだろう。

「来い、ディアブロ」

 オレが小さく呼ぶと、黒い装甲が体を包む。四枚の翼の、悪魔ような機体だ。

 足下に影が差す。見上げれば、上空に舟のような物体が浮いていた。そこには神楽や理子、国津や岸原がいるようだ。

「ヨウ……」

「行こうぜエスツー。終わりを、探しにさ」

 玲美の体を抱きかかえたまま、オレはゆっくりと上昇し始めた。

 

 

 

 

 

 織斑一夏たちISパイロットは全員、灰色の地面に倒れ伏していた。

 それを見下ろしているのは、未来の再現をしたパイロットたちだ。

『さあ、機能を停止させなきゃ。こいつら無人機はしつこいんだから』

 灰色のミステリアス・レイディをまとった更識楯無が指示を出す。彼女の仲間たちが、それぞれの武器を構え、倒れているISたちのトドメを刺そうとしていた。

 これで最後か。

 沙良色悠美が目を閉じた。

 訳も分からぬまま、ここまでやってきた。訳が分からぬなりに意思を持ち、精一杯戦った。

 それでも相手は強力で、歯が立たなかった。

 諦めたくはない。ジン・アカツバキの言う通りなら、十万年前から人類全体がやり直しをされる。存在すらなかったことになるのだ。

 そんなことは許されない。生きている人間はおろか、死んだ仲間たちの生きてきた証ですら消え去るのだ。

 だけど、力が出てこない。

 かろうじてISは展開されているが、装甲はボロボロで、エネルギーも残り少ない。

 立ち向かう武器がないのだ。

「……まだ、負けてたまるかよ」

 そんな中、一人の少年が立ち上がった。

 白い機体をまとった織斑一夏が、刀を杖にして足を上げる。

 その様子に『未来の再現たち』が少し驚いたような顔を見せた。

「負けてねえよ、俺は」

 彼に諦める気は無い。

 だが、そのISもまたボロボロで、戦える力が残っているようには見えなかった。

「まだ立ち上がるか。さすがは織斑一夏だ」

 千冬を見下ろしていたジン・アカツバキが呆れたように呟いた。

「ここまで来て、負けて終われるかよ……」

 唇を噛み、失われそうになる意識に鞭を打って、織斑一夏が立ち上がる。

 だが、足下すらおぼつかない有様で、戦うどころか顔を上げる力さえない。

「さすがは私が敬愛するマスターの仲間たちだが、さすがもう終わりだ」

 ジン・アカツバキが足下の千冬に対し刀を振り上げる。

「さあ、死ね」

 その言葉を合図に、灰色のISたちが足下に倒れた人間たちへ、最後の一撃を撃ち放とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が、死ねよ」

 その少年の呟きとともに、空から八つの光が降り注いだ。

 灰色のISたちが、焼き尽くされていく。その全てが光りの粒子になって消え去っていった。

 ジン・アカツバキだけが間一髪で飛び退き、難を逃れる。

「やはり来たか!」

 彼女が見上げた先の空に、巨大な翼を広げ、腕を組んだ姿でゆっくりと降りてくる黒いISが存在していた。

「そろそろ、決着をつけようぜ。目指すのは、ハッピーエンドってヤツだ」

 倒れた彼女たちの上に、白騎士弐型・ディアブロを身にまとった二瀬野鷹が姿を現した。

 紅蓮の神が二本の刀を構え、その悪魔を見上げる。

「この宿縁、ここで終わりにするとしよう」

 ニヤリと笑うジン・アカツバキに対し、その男もまた笑い返す。

「見せてやるよ。オレの生き様ってヤツを」

 高らかに謡って、二瀬野鷹は翼を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 


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