ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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9、メテオブレイカー(チャイニーズ・レッド)

 

 

 食堂で朝食を取りつつ、左手の小型端末でニュースサイトを読んでいた。

「おーっす」

 制服姿の一夏がオレの反対側に座った。テーブルに置いたトレイには、朝からがっつり食うらしく、うどん定食が乗っている。

「おう、おかえり」

「今日の夜からよろしく頼むな」

「……おう」

 相変わらずの爽やかな笑顔で言われるが、こっちの脳内はそんな気分じゃない。

 正直、今は昨晩のISコアのことで頭がいっぱいだった。ネットのニュースも手持無沙汰でスクロールしてるだけで、頭にはちっとも入ってこない。

「何か面白いニュースでもあったか? あんまり最近の日本のこと知らなくてさ」

「うーん、まああんまり変わらんぞ。どこぞの芸能人が不倫したやら、どこぞの政党が法案出したとか、どこぞの自衛隊が新鋭機を導入予定でそれに反対する団体が抗議デモとか、どこぞの」

「どこぞのばっかじゃねえかよ」

「だってよく知らんもん。あと、どこぞの星に小型隕石が落ちそうとか」

「どこぞの星って地球じゃねえかよ」

「そうとも言うな。現状、自衛隊とUS、あとKRとTWに珍しくCHも同時作戦展開中だな」

 ニュースサイトに上がってる情報から、掻い摘んで一夏に教えていくと、載っていたかき揚げを汁に浸しながら、

「なんでそんな大規模なんだよ? 小隕石ぐらいで」

 と尋ねてくる。

「国際宇宙ステーション配備のラファールとメイルシュトロームじゃ対応できなくて、アラスカ条約機構が作戦を立案して、一時的に連合軍を作ったみたいだぜ」

 ちなみに宇宙ステーション配備の機体は二機だけの、アラスカ条約機構所属の機体である。

「危険なヤツなのか? すげえデカいとか」

「だったら今頃パニックになってるだろ。アマチュア天文家の話じゃ、30メートル級の隕石らしいぞ」

「それで、どれくらいの威力なんだ、隕石落ちると」

「さあ。でもそれなりの作戦は立ててるだろ。情報統制かかってて世間にゃ内緒の話だけど、IS学園の上級生も何人か出張るらしいぜ」

「ふーん、俺たちは留守番ってことか」

「そういうこと。でも計20機以上の大作戦になるらしいから、ぜひとも見てみたいんだけどな」

「20機かー。編隊飛行でもしてくれたら、壮観だろうな。俺も見てみたい」

 気付けば、オレはさっきまでの陰鬱な気分を忘れて、一夏と隕石談義に興じていた。

 こいつは聞き上手だ。普段は相槌を打ち返答しながら話を聞いてくれる。主張するときは主張する。わからないものはわからないという。まったくもって主人公然とした人間だ。

 そういう部分に惹かれてるヤツが多いのも確かだ。整った外見やら機転の回る地頭やらは置いておいても、世間一般のカシマシイ女性群というのは、意外にこういうのに弱いらしい。

「とはいえ、小隕石じゃあな。各国とも、自国に落ちそうな物を撃墜していくだけじゃねえかと思ってる」

「だよなー。もうちょっとみんな、協力しあえばいいだろうに」

「無茶言うなよ、自国の領空にISなんか入れたら、下手したら秘密な施設とかまで見つかっちまう」

 その手の施設は、今じゃ地下にみんな移設し始めてるってのはホントかね。

 ずずっと日本人らしい音を立てて味噌汁を啜ってると、一夏の背中の向こうに、金髪と銀髪が見えた。

「おはよう一夏」

 シャルロットが控え目な量の朝食を持って、一夏の隣に座る。

 ラウラは嫁と同じ主義なのか、朝からカツレツを持ってきていた。しばし悩んだあと、仕方なさそうにオレの隣に座ろうとしたので、オレは座ったまま位置をずらして、一夏の正面を譲ってやる。少し不思議そうな顔をしたあと、ラウラは何やら頷いてから遠慮なしに座った。

「おはようさん、二人とも」

「うん、ヨウ君もおはよう」

「ああ」

 それぞれに返事を返して、まずはと二人ともコーヒーに口をつける。

「一夏、今日は随分早く帰ってきたんだね」

「ん? 俺? さっき帰ってきたばかりだぞ」

「え? だって、ねえ?」

 シャルロットがラウラに問いかけると、ラウラも怪訝そうな顔で

「お前の部屋の方でISの反応があったぞ」

 と一夏に尋ねた。

「ヨウじゃねえの?」

 その質問が来るのは想定済みだ。

「さあ。オレは昨日はぐっすり眠ってたから、よくわからん」

 何食わぬ顔でお茶を飲む。

 二人して不思議そうな顔で小首を傾げてた。内心は冷や汗かきながら、オレは素知らぬ振りを続ける。

「ごちそうさま。先行くぜ」

「お、おう」

 一夏たち欧州組を置いて、オレは立ち上がってトレイを片付けに行く。

 2237番目のISコアが反応した、なんて言えるわけがない。現状は四十院研究所に預けるしか出来ないので、黙っているしかなかった。

 

 

 

 

 今日はISの実習が主な授業だ。

 そうなると、注目は一夏、ラウラ、シャルロットの新参組に自然と集まっていく。

 特に一夏は全員が注目しているようだ。

 ジャージ姿の織斑先生が前に立つ。

「ふん、すっかり注目の的だな」

 先生がチラリと実習用グラウンドの入り口を見たのは、そちらに暇な教員たちが集まっているからだろう。みんな、新しい専用機持ちが気になるようだ。

 目を凝らして面子を確かめれば、その中に生徒会長の更識さんの姿も見える。普段はカリキュラムも寮も違うので、一年の前に姿を現すことはかなり少ない。オレだって見るのは2回目ぐらいだ。

「では本日から航空戦技の実習に入る。そうだな、せっかくだ、デュノア、前に出ろ」

「はい」

「もう一人は……ふむ、二瀬野」

「へ?」

「お前の返事はそれか」

「は、はい!」

 オレかよ。それはちょっと予想してなかった。

「空中で軽く撃ち合って見せろ」

 その指示に従い、オレとシャルロットが前に出る。並んだ生徒から充分に距離を取ると、視線を交わした。

「お手柔らかに頼むわ」

「ふふっ、こちらこそ」

 二人同時にISを展開し、PICを使って軽く上昇したあと、スラスターで本格的な飛行に入る。

 高度計が50メートルになったところで停止し、直線距離で30メートルほど距離を取り、お互いの武器を構える。オレは片手で持てるレーザーライフル、向こうはサブマシンガンだ。

『では、30秒ほどの簡単な模擬戦と思え』

 グラウンドの隅に設置されたスピーカーから、織斑先生の指示が聞こえた。

 長ぇよ……。思わず不満を零しそうになる。

『では、3、2、1、開始!』

「行くよ!」

 シャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムが軽く引き金を引いた。

 背部のスラスターを左右に揺らし、なるべく最小限の動きで回避、そのままこっちも軽く引き金を引いてから、また横に飛ぶ。

 向こうは手慣れているのか、こっちの逃げる先に数発の弾丸を撃ち込んできた。今度は腰から伸びている尾翼スラスターを操作し、軽く上昇して弾丸をやり過ごす。そのまま数秒の反撃をして、流れるように横に飛んだ。

 高速戦闘用のバイザーをつけた視界に、シャルロットの怪訝な顔が映る。

 どうしたんだ?

 方向転換の反動をいなすように翼を動かしながら、引き金を引いては回避して飛び続ける。

 お互いに一発たりとも当たらずに30秒ほどが過ぎた。そろそろ終わりだろう。

 チラリと足元の遥か下にいる織斑先生の顔を見る。こちらも怪訝な顔をしていた。

 なんでだ?

 目線をラファールに戻すと、武装が変わっていた。弾速の速いライフルだ。

 あれがラピッドスイッチ! 目を離した時間は一秒もなかったぞ?

 武器がこんだけ速く変更されると、弾の速度差だけで翻弄されてしまう。知ってた機能とはいえ、実際に目の当たりにすると、かなりの脅威だと実感できる。

 そうは言っても簡単に当たるわけにもいかないので、再び推進翼を左右に振って回避した。

『それまで』

 30秒はとっくに過ぎてたと思うんだけどな。

 安堵のため息を吐いてから、武装を腰の後ろのホルダーに戻す。

 シャルロットがすぐ横に接近してきた。速度を合わせて二人でゆっくりと降りていく。

「変わった動きだね」

「そうか? まあ四十院のカスタムだし。てか前にも見ただろ?」

「あれは遠目でまっすぐ飛んでるのを見ただけだからね。実際に見ると推進翼の方向転換がすごい速くて、ちょっと驚いちゃった。機体を左右に振るだけでかわすとは思ってなかったな」

 まあ、それだけしかしてなかったからな……。

 地面に降りてからISを解除し、生徒の列に戻っていく。

「では、専用機持ちをリーダーに、班を作って別れろ」

 織斑先生の号令とともに別れていく。

 専用機持ちたちは悔しそうに一夏の班を見詰め、一夏の班はキャッキャッと騒ぎ立てている。どっかで見たシーンだ。

 意外だったのが、ラウラの班だ。的確な指示の元に、一番早く実習を進めている。オレの記憶じゃ、一言も喋らずに実習すらまともに進んでない様子だったはずだ。

「人気者だねー織斑君」

 小柄な体躯にメガネをかけた岸原理子がオレに問いかけてくる。

「まあなー。あの男前だしな」

「うんうん、さすが織斑先生の弟さんっていうか」

「……んだな」

「そういえばさっきの武装、初めてみたかも」

「ああ、シータレーザーライフル? 実弾の反動制御に困ってたら、国津博士が提案してくれたんだ」

「へぇー。第二世代機なのにレーザーなんてあるんだ?」

「そりゃ一応はある。偏見だ。まあ無反動で威力は高いんだけど、照射可能時間が少なくてなー。ちなみに距離200メートルの対象相手に、20回も撃てない」

「うはっ、最大射程4キロを一発撃つと終わりってこと? なにその残念兵器。やっぱブルーティアーズには勝てないってことだねー」

「実弾射撃をまともに出来るようになるまでの代替なんだ、文句はねえよ」

「実はパイロットの腕が問題だったんだ……」

「うっせ。次は理子か。ほら、さっさとやるぞー」

「了解了解」

 テキトーに答えながら、理子は打鉄に手足を通していく。こいつも四十院の研究所で何回もISに乗ってるから、特に問題ないだろ。

 とはいうものの、班長なのでそれでもミスがないか注意深く見守りながら、授業を進めていった。

 ……なんだろ、織斑先生の視線が痛いな。気のせいか?

 

 

 

 

 ことが起きたのは、放課後だった。

 いつもどおりに自主練に励んでいると、グラウンドの中心当たりで言い争ってる様子が見えた。

 セシリアと鈴に、ラウラか?

 PICと尾翼の推力だけで飛び、ISを仕舞って駆け寄る。

「何を言い争ってんだ?」

「ヨウさん、このラウラさんという方が!」

 随分怒り心頭のご様子だ。鈴も不機嫌そうに腕を組んでいる。

「私はお前たちの実力が見たい、と言っているのだ」

「実力見せるだけなら良いんじゃないのか?」

 思わず首を傾げてしまう。

「このわたくしが、新参のドイツ人から、2対1でかかってこいと言われてますのよ?」

 うわー……。いやでも、オレの記憶だとその条件でも負けてるしなぁ、鈴とセシリア……。

「私はBT実験機とも対戦し勝利したことがある。スペックはわかっているので、問題はないと言っているのだ」

 ん……BT実験機ってブルーティアーズ2号機のことか? 話が要領を得ないな。オレの知らない実験でもあったのか?

 お怒りのセシリアと鈴に反し、ラウラ自身はまったく悪気がないように思える。むしろ妙な威厳が備わっていて、オレなら思わず『お願いしまっす!』と言ってしまいそうだ。

「どうしたんだ、ラウラ?」

 ちょうど良いタイミングで一夏がやってきた。

「お、ヒーロー様、何とかしてくれよ」

「お前、その呼び名やめろよ……んで、何睨み合ってんだ?」

「お前んとこの隊長が訓練つけてやるって言うんだけど、セシリアと鈴は2対1じゃプライドが許せないらしくてさ」

「ラウラ、相当強いけどなぁ」

 一夏が何の悪気もなく呟くと、鈴がギラリと睨む。

「アンタは黙ってなさい、それよりアンタからボコボコにしてやろうかしら、色々と言いたいこともあるし!」

 その迫力に思わず一夏の後ろに隠れてしまう。むっちゃこええ。

 あ、閃いた。

「一夏とラウラ、それにセシリアと鈴で良いんじゃないか?」

「お?」

「ん?」

「は?」

 一夏、ラウラ、鈴の順番でオレの方を見る。唯一セシリアだけが、

「良いアイディアですわね。ドイツの黒兎隊とやらの実力を見せていただけるチャンスですわ」

 と乗り気になった。

「なんでアタシがこの高飛車ロンドン塔女と組まなきゃいけないのよ、そこも問題なんだっての!」

 えー、じゃあどうしろって言うんだよ……。

「んじゃ、ヨウとオルコットさんだっけ。それに俺とラウラでどうだ?」

「一組隊黒兎隊か。まあ、たまには良いかな。どうだ、セシリア。日頃の指導の結果を確認する意味もあるだろうし」

「むしろ、そちらがベストですわね。わたくしも、二組の方と組むよりは」

 四人納得しそうになったときに、鈴が、

「ちょ、ちょっと待ってよ、アタシを置いて話を進めるんじゃないわよ!」

 と慌てて割り込んできた。

 オレ、二瀬野鷹は今の人生を2度目だと自覚している。前回の人生では、ここにいるヤツらを物語の登場人物と認識していた。当然、ある程度のストーリーを把握している。ここはオレが持ってる、この異形の知識をフル動員して、最適な言葉で返すとしよう。

「二組は帰れ」

「殺すわよ!?」

「じゃーどうしろって言うんだよ、なあ一夏?」

「う、うーん。ま、まあ鈴、ここは俺の顔に免じて、な?」

「何でアンタの眼帯ヅラに免じてあげなきゃいけないのよ?」

 話が紛糾してきたぞ。ラウラは何でもいいから早くしろと言いたげに、腕を組んで苛立たしげなリズムを指で刻んでいる。

 あーめんどくせ。なんで自習の模擬戦の組み合わせぐらいでここまで紛糾せにゃならんのだ。

 ……しゃあないな。

「よく考えたら、わざわざクラス代表に出てもらうほどじゃないよな。新参者の腕試しにセシリアの手を煩わせるほどじゃない」

「ま、まあそうですわね」

 鈴が自分もクラス代表だって叫んでるが無視だ。

「ここは我が麗しのクラス代表様の前に、オレと戦ってもらおうか? オレに苦戦するようじゃセシリア・オルコット様の足元には到底、及びつかないぜ?」

「ほ、ほほほ、その通りですわ!」

「我が組の象徴たる美しくも強きブルーティアーズに謁見したくば、このオレを倒してからにしてもらおうか!?」

 こんなところか……。チラっと一夏の顔を見ると、急に何言ってんだコイツみたいな顔をしてた。

 ふっ、これが一組のやり方なんだよ……チクショウ、覚えてろよ。

「ま、まあいいでしょう。そこまでヨウさんがわたくしの露払いをしたいというならば、ここはお任せいたしましょうか」

 よし、チョロい。

 思わず小さくガッツポーズをしてしまった。

「んじゃ、アタシとヨウね。足引っ張んないでよ?」

「うっせ。引き分け同士なんだ、実力は一緒ぐらいだろ」

「あんときはたまたまよ、たまたま。奇跡的に起きたアタシの隙をアンタがマグレで突いて、偶然にダブルKOになったようなもんでしょ」

「どんだけ確率低いんだよオレの引き分け」

 さて、とりあえずは勝負だ。

「お前とISで戦うときが来るなんてな」

 一夏が少し目を細めて呟いた。

 ……その感慨は、お互い様だ。

 

 

 

 セシリアの立ち会いの元、オレと鈴、一夏とラウラで対峙する。

「鈴、耳貸せ」

「何よ」

「一夏をまず落とす。ラウラは正直、オレたち二人でも厳しい」

 ヒソヒソと小さな声で提案した。

「はぁ? あんな焦げたジャーマンポテトに私が負けるわけないでしょ」

「バカ、冷静になれよ、あの年で少佐だぞ。弱いわけねえだろ」

 なるべく諭すように伝える。オレの覚えてる記憶じゃ、鈴とセシリアの二人でボロ負けしてる相手だ。

 だが、鈴は逆にわざと大声で、

「そんだけドイツのレベルが低いってことでしょ?」

 と挑発紛いの発言を言ってのける。

「ほう、土地の広さと数しか取り得のない国がよく吠える」

 さすがにラウラもカチンと来たようだ。

「あたしの甲龍で墨同然にまで焼き上げてあげるわよ」

「やれるものなら、やってみるがいい、ハリボテの虎が!」

「ハリボテかどうかはすぐわかるわよ!」

 中国の第三世代機が開始の口火を切る。肩に浮いた衝撃砲が一夏とラウラのいた場所を打ち抜いた。二人は別々の場所に飛んで回避する。

「いきなりかよ!」

 焦ったような声を出しながらも、一夏は武装を抜いた。

 雪片弐型……か。

 鈴が二本の青龍刀を抜いて、ラウラへと襲いかかる。だが相手はひらりとかわし、右の拳で甲龍を吹き飛ばす。

「鈴!」

 追撃をしようとするラウラへと、オレは加速を始める。

「させるか!」

 そこに一夏が立ち塞がった。

「チッ!?」

 こちらもブレードを抜き出して切りかかる。白式の独自かつ最大の威力を誇る『零落白夜』が発動してない状態なら、こちらのシールドエネルギーも気にせずにやれる。

「篠ノ之流同士、いっちょやろうぜ!」

 一夏が加速と同時に上段から切り落としにかかる。こちらは下段から撃ち返しつつ、尾翼の推力を上げた。鍔迫り合いになるが、機体自体を押し出す力は、オレのテンペスタの方が上のようだ。徐々に押し返し始める。

「おい鈴、生きてんのか? おいバカツン!」

「誰がバカツンよ!」

 大声で返答が返ってきた。地面から空中に向かって龍砲を連射し始める。ラウラはそれを悠々と回避しながら、肩からワイヤーを打ち出した。

 鈴はハッとした顔で打ち返すが、体勢を崩したところにシュヴァルツェア・レーゲン本体が襲いかかる。

 グラウンドに衝撃が走り、土埃が舞い上がった。

 AICすら使ってないってのに、ラウラの強さは圧倒的だった。

 ……いや、鈴の動きがいつもより単調なんだ。あいつはバカだけど弱くない。

「よそ見してたら危ねえぞ!」

「へ?」

 一夏の剣にかかる力が急に緩む。岩に当たった水流のような動きで切り返された雪片の刃が、今度は袈裟切りでオレに打ち降ろされた。そして追撃の鋭い蹴りが打ち出される。

「くそっ!」

 背中の翼を必死に操作し、地面への激突は回避した。

 すっかり忘れてたが、幼い頃の一夏の剣術はオレより数段は強かった。

 ……一夏のISのキャリアは今年の2月からで、黒兎隊でみっちりやってるはずだ。なおかつ本人の身体能力はかなり高い。

 弱いイメージが先行してたが、冷静に考えれば戦力としてはオレより上だ。

 女子の方を見れば、空中に悠々と腕を組んだラウラが、土埃の中を見下ろしている。

 鈴はあの調子、こっちは一夏と良い勝負以下。

「戦力差ってヤツか……。さすがに少佐殿と第三世代機相手に分析間違ったかな。レーゲンも完成度が高い上にAICすら使ってねえ」

 思わず大きなため息が零れる。

 こりゃギブアップだな。まあ実力差がわかっただけでも良いか。

 武装を仕舞おうとしたとき、

「ふざけんじゃないわよ!」

 と怒声が響き渡った。

 全員が鈴の方を見る。

 ゆっくりと立ち上がりながら、ラウラではなく一夏を見据えていた。

「急に姿を消したと思ったら、ドイツの軍人とか調子こいちゃって! それで今度はIS乗りなんて、ふざけんじゃないわよ」

 怒りに塗れた鈴の声に、一夏が目を細める。

 ラウラが怪訝そうな顔で、ヤツの顔を見詰めていた。

 ……思い違いだったのかもしれない。

 オレが余計なことをしたせいで一夏はドイツに渡り、黒兎隊に入隊後、無事に日本へと戻ってきた。あいつの受難はオレのせいで、本来ならする必要のなかった苦労をしている。

 そう思ってたが違ったのかもしれない。オレが本当に奪ったのは、絆だったんだ。

 余計なことをしなければ、鈴が転校するまで一緒にいて、幼い約束のために美味しい酢豚を作れるように練習して、4月に転入してきた鈴と一夏が一緒にゴーレムを倒して、なんてことない毎日で育むはずだったヒーローとヒロインの絆。

「一夏、オレさ」

「ん?」

「最初は鈴のこと、好きじゃなかったんだよ」

 能力高くて苦労なしに何でも出来て、物語の登場人物で上から目線で。そんなイヤなヤツだった。

「そんな感じだったな」

「気づいてたか?」

「何となくな」

「でも今初めて、本気でアイツの力になりたいって思ったわ」

 中学の頃、鈴を一夏とくっつけるために起こした数々の行動は、オレが未来を変えたいと思ったためのエゴだった。

「よし、んじゃかかってこい、黒兎隊は強いぜ?」

 眼帯をつけた一夏がオレに向けて剣を構える。

 何が贖罪かもわからない。だがとりあえず鈴が本気で勝ちたいと思ってるなら、オレの持てる力を振り絞るだけだ。

「行くぜ」

 背中に生えた三枚の推進翼に意識を回す。オレに出来ることは、これだけだ。

 鈴が二本の青龍刀の柄を合わせて合体させ、ラウラへと向かって真っ直ぐ飛び上がった。

 レーゲンがゆっくりと右手を伸ばす。甲龍が激突すると思った瞬間、二機の周辺にある空気が歪んだ。

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。意識した対象の慣性を停止するドイツ第三世代機の特殊機能だ。

 押してみ引いてもビクともしない状態に、鈴の顔が驚愕で歪む。

 こっからが勝負だ。

 一夏へとブレードを構えて、背中の推力を全開にし、イグニッション・ブーストを作動させる。持てる最大の加速で白式へと襲いかかった。

「速い!?」

 だが一夏の反応も速い。剣を構えてオレの攻撃を迎撃しようとした。

「甘えよ!」

 二枚の推進翼を横に倒し、瞬時加速のまま方向転換する。オレの最大の武器は加速だ。そしてテンペスタ・ホークの推進翼は速度を落とさずに方向転換することを可能にする。

「ラウラ!」

 眼帯の男が隊長に向かって叫ぶ。

 一夏を置き去りにし、甲龍に意識を集中していたラウラへと襲いかかった。

「なんだと!?」

 AICの弱点は、対象に意識を集中してなければいけないこと。複数を相手するには向いてない。

 一瞬で間を詰めて、攻撃を仕掛けるが、ラウラは咄嗟に反応しAICを解いて鈴を蹴りとばし、その反動で逃れようとした。

 それでもオレの機体は最大風速のまま追いすがる。

 ラウラが右手を伸ばす。AICを使う気だろう。

 さらに翼を動かす。エネルギーがバカみたいに減ってるが、構ってる場合じゃねえ。

 直角に上昇し、ブレードを投げつけた。慣性停止結界により刃が止まった瞬間に、さらに直角に曲がりレーザーライフルを取り出してトリガーを小刻みに引き続けた。

「ぐ、なんだこの機体……!」

「鈴!」

「わーってるわよ!」

 オレへ意識が集中している間に、体勢を立て直した鈴がラウラへと切りかかった。

Scheisse(クソッ)!」

 シュバルツェア・レーゲンに確実にダメージを与えたようだ。右肩の装甲が破壊され煙を吹いている。

「鈴、トドメ!」

 そう言いながらオレも加速してラウラへと追撃しようとしたとき、

「おおおおおぉぉぉぉぉ!」

 と雄たけびが聞こえた。次の瞬間、衝撃を受けて吹き飛ばされる。シールドエネルギーががっつり減っていた。

 壁に激突する瞬間、一夏が零落白夜で切りかかってきたのだと気付いた。あの距離が一瞬で詰められたのは、あいつもイグニッション・ブーストを使ったからだろう。

「一夏ぁ!」

 無茶な攻撃で体勢を崩した一夏へと、鈴が切りかかり、トドメと言わんばかりに第三世代兵器の龍砲を連射して撃ち込んだ。

「がっ!?」

 鈍い悲鳴を上げて、一夏も吹き飛ばされて地面へと激突した。土煙が張れると、ISを解除した一夏がいた。リタイアらしい。そしてオレもここでリタイアだ。

「バカ一夏め! ざまぁみなさいっての!」

 得意げな顔で勝ち名乗りを上げるところへ、ラウラが襲いかかる。

 その不意打ちへも瞬時に反応し、鈴は合体させていた青龍刀の片刃でプラズマ手刀を受け止め、反対側の刃で打ち返す。そしてすぐさま龍砲を連射した。やや体勢を崩されたラウラだったが、回避しつつも加速して鈴へと肉薄する。右手を伸ばしAICを起動させようとしていた。

「なっ!?」

 爆発音と驚きの声が響く。

 ラウラの背中のスラスターが煙を吹いていた。

「上手ぇ!」

「上手い!」

 思わず一夏とハモる。

 鈴は相手のプラズマ手刀を打ち返した瞬間に青龍刀を投擲をしていたのだ。相手の視線がズレている間に龍砲を連射したのも、本命から目を逸らすためだろう。そしてブーメランのように帰ってきたそれがラウラの背中に刺さったというわけだ。

 落下していくラウラを見下ろし、鈴が得意げな顔をしていた。

 だが、相手はさらに一枚上手だった。二本のワイヤーを伸ばして鈴を掴みにかかる。近接武器がなくなっていた鈴は一つを撃ち漏らし、胴にワイヤーが巻きついた。

 上手く着地したラウラがワイヤーを上手く操って全力で鈴を投げつける。

 長いドップラー効果付きの悲鳴が響いた後、今日一番の衝撃が地面に轟いた。

「それまで!」

 セシリアが試合終了を告げる。

 最後に立っていたのはラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

 

 

 全員がISを解除して、グラウンドの中心に集まる。

 勝てなかった。

 そんなものだろう。むしろよくここまで健闘したもんだと思った。

 鈴は悔しがってるのかと思えば、

「一夏にしては、頑張ってるじゃない」

 と得意げに話しかけていた。どうやら一夏をぶっ飛ばして少しは気が晴れたらしい。

 小さく安堵のため息を吐いて、オレは立ち上がった。

「正直、驚いたぞ」

 いつのまにか傍にはラウラがいた。

「何が?」

「下手だな、驚くぐらい。細部の動作など一夏以下だ。あの銃撃はなんだ、もう少し練習しろ」

「あ、そですか……」

 わざわざ言うなよ、傷つくだろ……。

「だが、機体性能を生かしてはいる。あの無軌道に動くイグニッション・ブーストはAICにとっては天敵のようだ。気を付けるとしよう」

「そりゃどうも。っと」

 オレは手を差し出す。

「む?」

「遅ればせながら、二瀬野鷹だ。よろしく」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。クラリッサが喜んでたぞ」

 小さな手で力強く握り返してくる。

「頑張って古い少女マンガを集めた甲斐があったもんだ」

「私が頼まれた際には、お前に協力してもらうとしよう」

「了解。お付き合いしますよ、少佐殿」

 手を離し、ぎゃいぎゃいと騒いでいる一夏と鈴に視線を移した。まあ主に一夏が鈴に怒られてるんだが。

 もし過去に遡れるなら、きっとオレはオレを止めるだろう。

 チラリとラウラを見る。呆れたような顔でため息を吐いていた。

 オレは、失わせた物を取り戻すことが出来るんだろうか。

 

 

 

 

 鈴と一夏の組み合わせを見ると、必ず思い出す出来事がある。

 昔から一夏は苦手なことが少なくて、大抵のことはすぐ出来るようになる。曲がったことが嫌いな素直な性格は皆に好かれた。困難がのしかかってきても全て退けて、世界最強の弟として生まれ、世界最高からの贔屓を受け、彼はやがて世界の中心に立つ。

 そして、こいつの一番ズルいところは、放っておけないところだ。

 基本的に無茶をする。その動機が間違ってなさすぎて、オレは仕方なしにフォローに回る。

「なあ、どうしてもアイツを助けたい」

 小学校五年のときは、アイツとオレは同じクラスだった。誰もいなくなった教室で、小学生の一夏が小学生のオレに決意を告げた。

「でもありゃ女子にいじめられても仕方ないんじゃないか」

 オレは事実を告げる。

 アイツってのは鈴のことだ。二ヶ月ほど前に転校してきたばかりのファン・リンインは、クラスに馴染めていない。あの性格である。何でも努力なしに感覚でやってのけ、才能のないやつのことがわからない。同級生より少し幼いがそれでも可愛いと多くの男子が囁くほどだ。おかげさまで最近は、一部の女子連中にいじめられるようになっていた。そして他の女子たちには腫れ物のように扱われていた。

「そういう部分もあるかもしれないけど、でもそうじゃない部分だってあるだろ。アイツだって最初は自分から話しかけていってたじゃないか」

「言いたいことはわかるけどな。歩み寄った結果として、そういう結論なら仕方ないんじゃないの」

 やれやれ、とため息をつくオレに、一夏はこう言った。

「お前はいつも、小難しい言葉を使って諦める」

 ……いつも痛いところを突いてくるんだ、こいつは。

「オレを責めても何にも変わらねえぞ。んで正義のヒーロー織斑君はどうするんだよ」

「イジメをやめろってみんなに言う」

「やめろバカ」

 一夏が女子連中に面と向かってイジメをやめろ、とかコイツに手を出すヤツはオレが許さねぇと言っても、一夏に見つからないよう今より陰険なイジメに変わるだけだ。

 織斑一夏の最大の欠点は、鈍感なことである。どうにも自分が女子に好かれてるとか思いつきもしないらしく、そのせいで起きる面倒事も少なくはない。しかも小学校五年ともなれば、早熟な女の子たちが色めき始める頃だ。

 この主人公様も、普段ならもっと頭を使った手に出るんだが、女の子が絡むと途端にこうだ。

「バカって何だよバカって」

「それで収まると思ってんのか」

「何で収まらないんだよ……」

「なにこの唐変木?」

 殴っていい? ねえ、殴っていい?

「何か良いアイデアないのか?」

「……ったく。うちの女子連中って前より仲良いよな? あの転入生を除いて」

「おう」

「それはあの転入生が敵になってるからだ」

「つまり、目的があるとみんながまとまるってことか。ってことは」

 相変わらず飲み込みの良いヤツだ。小学校5年とは思えん。

「違う敵を作ってやればいい。それこそ、優秀なあの転入生の力を借りなきゃダメなほどの」

「あとは敵を誰にするか、だよな。うーん、俺がみんなに嫌われるようにするとか?」

「やめとけ。向いてない。お前、学校に迷い込んだ犬の飼い主探して張り紙作っちゃうタイプだし」

「ぐ、そ、そうかもしれねえけど」

「今度、クラス対抗のドッジボール大会あるよな。たぶん優勝候補は隣のクラスだけど、お前も負けたくないよな?」

「あったりまえだろ。あ、なるほど。それが敵か」

「そうそう。いつもなら別に練習とかしないけど、お前が絶対に優勝したいから、みんなに協力して欲しいって言えば良い。隣のクラスに絶対に勝つために練習する。あと一番頑張ったヤツに特典をつける」

「特典?」

「織斑一夏君が一週間、何でも言うこと聞く。これでどうだ?」

「えー? そんなんでみんな、喜ぶかな」

 クラスの半数は喜ぶし、女子が張りきってたら男子も仕方なしに頑張るだろうよ、と言っても無駄だろうしな。

「誰だろうと男子を一人、言うこと聞かせられるんだ。お前の気持ちを見せるためにも良いだろ。あとな、この一番頑張ったヤツには絶対にあの転入生を選ぶなよ」

「……ふむふむ。あのファンって子、運動できるから絶対に活躍するよな。確かに他のヤツは特典をもらったら、アイツに感謝するわけか」

「そういうこった。お前一人の犠牲で何とかなるんだ。良い案だろ」

「おう! サンキュー、これでやってみる!」

「頑張れよ」

「……いや、手伝えよ」

「この案のどこに、オレの手伝う要素があるってんだ。影から盛り上げ役はやってやるよ」

「わかった!」

 大きく頷くこの織斑一夏君だが、ドッジボール大会優勝後にオレの提案を最後で蹴りやがったんだ。

 曰く、一番頑張ったのは鈴だから、賞品は鈴にやると。

 確かに負けず嫌いのファン・リンインは獅子奮迅の働きだったけど、それじゃ全てが台無しだ。オレはそう思って大きく項を垂れた。

 そこに鈴が、こんなものいらないとか言い出して、オレ特製『織斑一夏を一週間だけ自由に出来る券』を破りやがったんだ。さらに台無しだった。

 だけど、そのあとの鈴のセリフを今でも覚えてる。

「これで女子全員分になったわね」

 そう、一夏が拾って数えると、確かに女子全員分に破られてた。

「こ、こんなバラバラになったのは無効だろ!?」

 さすがの織斑一夏君も慌ててた。なにせこのままじゃ五年生の残りが全て、女子に命令を聞かされながら生きるハメになる。

「破られたらダメって書いてないじゃん」

「書いてねえけど、お金だってバラバラになったら価値なくなるじゃねえか」

「これお金じゃないしー?」

「そ、そうだけど!」

「でも、このままじゃアンタが可哀そうだし、この紙を持ってるヤツは一日だけ言うことを聞かせられるってのでどう? アンタの落ち度なんだから、それぐらいは出来るわよね?」

 鈴の提案に、一夏が渋々と頷いた。

「そ、それなら何とか」

 クラスの女子連中が色めき立つ。

 こうして織斑一夏の約三週間を犠牲にして、鈴はクラスに馴染んでいき、どんどん頼りにされるようになっていった。元々、練習や試合では少しずつ女子と会話するようになっていったおかげもあるだろう。

 なんだ、オレなんかいらなかったんじゃん。つまるところ結論はこれだった。

 確かに案を出したのはオレだけど、最終的にはオレの意図を無視した結果が、最高の形に収まったんだ。主人公どころかヒロインさえ半端ねえよ。

 物語ってのは残酷だ。主人公が際立てば、周りが霞む。

 だから、その脇役として、主人公たちの邪魔をしたオレの罪ってヤツは、きっと許されるもんじゃないんだろうな。

 

 

 

 

 着替えてから食堂に戻ると、何やら騒がしい。先に戻っていた一夏が、新聞部に取材を受けてるようだ。

 騒動から離れた場所で、国津玲美が手を振ってた。その周囲には理子や神楽もいる。

 同じテーブルに座った。玲美が一夏たちの方を見ながら、

「すごい人気だね、織斑君」

 と感心を現してた。

「だな。男前が来ると違うわ」

 朝に一夏が食ってたうどん定食を頼んだものの、これじゃ何か足りない気がするなー。

「おやおやおや、拗ねてるのかなー?」

 理子がオレの顔を覗きこんでくる。

「拗ねてる?」

「いや、何か昨日からずっと暗いしさー。ひょっとして女の子たちの興味が全部、あっちに行っちゃったから拗ねてるのかなーって」

 カラカラカラと笑う。

「いやちょっとまて、そもそもオレはそんなに興味を持たれた記憶がねえぞ……言ってて悲しくなってきた」

 この間まで世界でただ一人の男性IS操縦者だったが、そのときでも中学時代とあんまり扱いが変わった気がしてなかった。

「ま、まあ、ほら、男は顔じゃないからさ」

「うんうん、男は年収の高さと安定さだよ」

 玲美と理子が慰めてくれるが、ちっとも慰めになってねえよ……。

 ふと神楽を見ると、珍しくデザートのような物を食べてた。透明な器の中にはカットフルーツがゼリーっぽい何かと和えてある。

「なにそれ、そんなメニューあったっけ」

「これですか?」

「うん、美味そうだな。新メニュー?」

「いいえ、自分で作りましたけど……今回は手を抜いて、出来上がりの物を組み合わせてみました」

 彼女の業務能力は信用してるが、味覚がちっとも信用ならない。

「少しも欲しくないけど、何それ」

「旬のフルーツのウィダーイン●リー和えです」

 ……Oh。

 10秒チャージが売りの簡易食料にあえて一手間加えるなんて、反骨精神ハンパねぇ。

「美味しいですよ?」

「あ、うん、そうだね、美味しそうだけど、今は遠慮しとくよ」

 確かに味はまずくなさそうだけど、あれを食したら、オレは何かに負ける気がする。

「何を騒いでいるか、馬鹿者ども!」

 ジャージ姿の織斑千冬先生が食堂に現れた。

 途端に全員が姿勢を正して、口を噤む。

「黙って食えとは言わんが、あまりに騒ぐなら、こっちも色々と考えがあるぞ。あと新聞部、さっさと自分の寮に戻れ」

「は、はい!」

 新聞部のメガネをかけた先輩が慌てて駆け出す。

「それと専用機持ちは全員、寮のミーティングルームに集合しろ、すぐにだ。以上!」

 一気に言ってのけると、織斑先生が踵を返して食堂を出ていく。

「なんだろ、とりあえず行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、うどんどうするの?」

「ぐあっ、そうだった」

 こいつらに食べてもらおうにも、夜はほとんど炭水化物取らないしな。

 もったいないお化けが嫌いなので、我慢して一気に飲む。うどんは飲み物だ、そうに違いないと自分を騙せ。

「ぐぼっ!?」

「み、水! はい、水!」

 結論、うどんは飲み物じゃない。

 玲美から水を受け取って喉に流し込む。

 ……てかウィダーインゼ●ーは、飲み物だよな? 食い物? どっち?

 

 

 

 IS学園は、各学年寮にもミーティングルームがあり、簡単なブリーフィングも行える作りになってる。

 というか、この学園には至る所に端末と巨大ディスプレイを備えた小さな部屋がいくつかあるのだ。理由は、IS関連は機密が多く、おいそれと廊下で立ち話も出来ないからだろう。

 席には、一年の専用機持ちが揃っていた。この縛りになると、オレの知ってる話と違い打鉄弐式がすでに完成しているため、四組の更識簪も入ってくることになる。しかし居心地がかなり悪そうだ。そして現在の専用機持ちの中に、篠ノ之箒はいない。

 前の教壇側に織斑先生と山田先生が立っている。

 織斑先生が空間投影ディスプレイを表示された。

「さて、最近のニュースで話題になっている小隕石落下阻止懸案だが、みんな、知っているな?」

 全員が頷く中、鈴だけが焦ってる顔してるが、あいつニュース見てねえな?

「本来はお前たちが参加する予定はなかったのだが、念のためということもあり、一番後ろのバックアップに付くこととなった」

 山田先生が手元の端末を操作する。

 ディスプレイ上に大きな文字が現れた。

「メテオブレイカー作戦」

 それが、オレたちの最初の共同作戦の名前だった。

「みなさんの端末に配布した資料が作戦概要になります。目を通して置いて下さい。今から、私がまとめた資料で説明しますね」

 手書きで書いたのか、小学生低学年向けの絵本のような図柄が、前面のホログラムウィンドウに表示される。

 ……振り仮名まで打ってくれてるのは嬉しいけど、オレたち高校生です、真耶ちゃん……。

 全員の苦笑に気付かなかったのか、そのままレーザーポインターを使いながら、説明を開始してくれた。

「現在、地球軌道に接近している隕石のサイズは28メートル。これを国際宇宙ステーションの粒子加速装置を利用した大型荷電粒子砲で破壊します」

 どかーんって手書きのエフェクトが入ったんだが、大丈夫なのか、この人……自分が高校教師だって自覚あんのかな?

「82%以上の確率で、隕石は地表に到達しない大きさに砕かれるか、もしくは地球進入コースから外れます。どちらにしても、この場合は私達に出番はありませんので、そのまま帰投です」

「山田先生」

「はい、オルコットさん」

「ではわたくしたちの仕事は、何ですの? まさか見学ですかしら?」

「だと気楽で良いんですけどね。第一段階が上手く行かず、もし地表に影響のあるサイズの隕石が進入してきた場合が問題ですね。この場合、私達は成層圏内で落下コース沿いに陣取り、長距離射程武器で可能な限り攻撃し、爆発を早めることです」

「爆発を早めるというのは、どういう意味ですの?」

「予測としては、一番大きな破片が15メートル程度になるみたいです。これぐらいの隕石なら鋭角で進入してきても地表にぶつかる前に大気圧で自壊しちゃいます。ですが、ここからが問題で」

 こほん、とわざとらしい咳払いのあと、いんせきらっかよそうず、の映像が変わる。

「成層圏から気流圏の狭間ぐらいで大気圧差に耐えられなくなり、隕石は爆発すると予測が立てられていますが、このときの爆発が」

 昔のアニメのようなアニメーションで、どかーんと爆発が表現された。

 やべぇ、図柄が子供の絵本過ぎて、内容が全く脳内に入ってこねぇ。うわぁ……という顔をしている一夏とオレに気付かず、先生はそのまま説明を続けるようだ。

「おそらくTNT火薬換算で500キロトン以上ですね。この爆発の衝撃波の影響で死者が出る可能性もあります。ですが逆に言えば、気流圏に到達する前に爆発することが出来れば、それだけ被害も少なくなります」

「山田先生、被害予測地点はどこなんですか? ニュースではまだ不明とされていましたけど」

 手を上げて尋ねたのはシャルロットだ。さすが優等生。

「コースが予定通りなら、タイのバンコク郊外ですね。あまり大きな街はありませんが、それでも無人ではありません。一応、避難はするとのことです」

 ならまあ安心なのかな……。衝撃波で窓ガラスが割れたり、弱い建物が倒れたりするって話もあるみたいだから、手放しで喜んだりもできないんだろうけど。

「はーい、せんせー」

「はい、ファンさんどうぞ」

「アタシたちの射撃でコースが変わったりは心配しなくて良いんですか?」

「大丈夫ですよ、なにせ相手はマッハ50以上で質量10トン近くの物体です」

 思わず隣の一夏と顔を見合わせる。

 そりゃ確かにオレたちの武装ぐらいじゃコースは変わらないよな……。少しでもダメージを与えて大気圧による自壊を待つって作戦目的の理由はそれか。

「ちなみに、何もせずに最初の大きさ、つまり30メートルのまま隕石を落としたらどうなるんですか?」

「半径200メートルぐらいのクレーターが開いて、甚大な被害が出ます」

「え、マジで? 意外に厳しい作戦なの?」

「まあ、その場合でも落下予測地点は中国と東南アジアの国境地帯の鉱山地帯で、避難も完了してます」

「じゃあ何にもしない方が安全なんじゃ?」

「色々あるんですよ」

 ちょっと含みのある答えだった。避難自体は簡単だが、鉱山資源にどんな影響が出るかもわからないってところだろうな。それで破壊することでコースを変え、なおかつ被害規模を抑えようという姿勢を見せることで、被害を被る国の理解を得ようってことか……オレに想像できるのはこんぐらいだ。

 場にいたほとんどの人間がそれで納得したようだ。理解してないのは鈴と一夏ぐらいか。あと更識簪はよくわからん。

 結局は、色んな人間の思惑が重なって、今回の作戦が出来上がったってことか。それはどんな世界も変わらないな。

「IS学園一年生、つまりここにいる皆さんが担当する場所は三か所です。最後方なので、それまでに作戦完了している可能性が高いですけど」

 つまるところ、後詰の後詰。参加することが主な目的っぽいな。超高高度訓練の一環ってことか。

「班分けを発表しますね。作戦中はコードネームで呼ばれることになります。コードネームは班単位で共通、名称は自分達で考えて報告してください」

 

 

 ブリーフィングルームから織斑先生と山田先生が去ると、弛緩した空気に包まれる。

「作戦名に捻りがねえ」

 思わず口から零れた感想はそれだった。

「捻りいるのか?」

「いやいるだろ、やっぱり」

「例えば?」

「えっと……スターゲイザー……とか?」

「なんだそりゃ。ゲイザーしてないだろゲイザーは」

 以上、これが男子高校生同士が行う頭の悪い会話の代表例である。

「さて、これが班分けなわけだが」

 目の前にセシリアと一夏がいる。

「高機動チーム、というわけですわね」

「そうだな。主な役割は撃ち漏らした小型隕石の破壊か」

 他のチームは、シャルロットと更識簪のチームと、鈴・ラウラのチームだ。

 作戦的には、成層圏で待機してるだけになりそうだ。

「そもそも20機以上のISが小隕石ごときを撃ち漏らすかね」

「何とも言えませんわ。しかし、わたくしのブルーティアーズの活躍の場があるに越したことはありませんわ」

 ほほほっと高飛車に笑うが、一夏は肩を竦めて、

「来ないに越したことはない、だろ、普通」

 と苦笑いを浮かべた。

 途端にクラス代表様の機嫌が悪くなるが、一夏の方が正論かなと思う。

「そ、それはそうですけど! ……まあいいですわ。どちらにしても落ちてくるつもりで構えておくべきですわ」

「それは間違いないな。うん、セシリアの言うとおりだ」

 個人的な感想を言わせてもらえれば、今回の作戦は好きだ。いかにもISらしい作戦だと思ってる。

 ちなみに我がIS学園では、一時的なコードネームを使うとき、インフィニット・ストラトスにちなんで頭文字が「I」で統一するのが慣例らしい。NATOの場合だと爆撃機がボマーのBだったり戦闘機がファイターのFで始まったりするので、その流れだろうな。

「Iで始まる単語か。ってか先生たちも勝手に決めてくれりゃいいのに」

 一夏がボヤく。

 こういうところだけ、妙に普通の学校らしいっていうか。

 班単位のコードネームってことは、仮に『フロッカー』に決まったら、『フロッカー1』とか『フロッカー2』とか呼称することになる。

 今回のコードネームの意義は、数機ずつに分かれて、かなり距離を置いて配置されることになるから、どこにいるかをわかりやすくするためだろう。

 あとはまあ、お前ら少しでも会話して親睦を深めろっていう意図もあるんだろうな、コレ……高校生かっつーの。いや高校生だった。

「私は名前などどうでもいい」

 ラウラが呆れたようにため息を吐く。

 一夏がピンときたようだ。

「んじゃラウラはイモな。Imo。芋」

「殺すぞ!?」

「何でも良くねえじゃん……ドイツ料理じゃ欠かせないんだけどな」

「アンタ、私もいるんだし、もうちょっとマシな名前をつけなさいよ!」

 鈴も激怒のご様子。

 だがこちとら、男子高校生だ。

「そうだぞ一夏、鈴に『こちらImo1、状況はどう?』なんて言われたら、笑って仕事にならんだろうが」

 ギャハハハと一夏と笑い合う。以上、男子高校生による頭の悪い日常会話例その二である。

 ちなみに、

「ぶふぅー」

 と端っこで吹き出したのは、更識簪だ。いたのか……。突っ伏して顔が見えないようにはしてるが、ツボだったらしく肩が震えてんぞ。

「もちろん、高貴なわたくしのいる班は『インペリアル』ですわね」

 セシリアが胸を張って答える。

「うわー……自分で言うとか引くわー……」

 ドン引きしてるのが鈴だ。

「な、鈴さん、わたくしのセンスにクレームをつけるつもりですの?」

「いやクレームっていうかさー……何て言うか、アホっぽいっていうか?」

 激しく同意だ。

「まあオレと一夏もいるし、インペリアルって感じじゃないよな」

「そうだな」

「そ、そんなことでは困りますわ! 貴方がたもわたくしのチームの一員として誇り高い任務に着く名誉を誇ってくださいまし!」

『いや無理だろ』

 思わず一夏と反応が被る。

「シャルロットは何かないか? こういうのってセンス必要そうだし、シャルロット決めてくれよ」

 一夏が金髪の相棒に尋ねると、彼女は顎に人差し指を当てて、可愛らしく小首を傾げて考え込んだあと、

「一夏にはIdiot(バカ)とかどうかな?」

 と花が咲くような笑顔で答えた。

 黒い、黒いよこの子。

 部屋にいた全員が苦笑いをしていた。

「おまえ、何かあの子、怒らせたのか?」

「い、いや、さっきの新聞部の取材のときから怒ってんだよ……」

「絶対にお前のせいだろ」

 断言してもいい。

 一夏がポンと一つ手を叩いた。また何か思いついたらしい。

「ラウラと鈴のチームのコードネームなんだけど」

「また下らないものじゃないでしょうね?」

「今度は地名だ」

「地名か、まだマシなのかしら」

 鈴がうーんと考え込む。

「Idaho(アイダホ)」

「ポテトって言いたいわけ? イモ繋がりでしょ? 絶対にイモ繋がりでしょ!?」

「そ、そんなことねえよ?」

「いいから、イモから離れなさい!」

 一夏の首が鈴に絞められていたが、自業自得だ。

 てか、名前三つぐらい決まらないのか、この面子だと……。

 仕方ない、正直このまま続けてたらもっと面白いことになりそうだったけど、一夏の顔が酸欠で青いから、さっさと決めておこう。

「あー、んじゃ独断と偏見で決めるけど、いいよな? 文句があれば明日までに自分達で決めてくれ」

 全員がこっちを見る。

「シャルロットと更識な。こっちは火力重視だから、Ignis(イグニス)な。火の神様」

 その提案に金髪のフランス人が関心したように頷いていた。

「中二くさい」

 更識がぽそっと文句を言ってきたが無視だ無視。っていたのかよ、喋れよ。文句言うなよ。

「僕たちイグニスチームは、実弾兵器が主兵装だから、神様なんておこがましいかな、威力もあんまり期待できないし」

 控え目な方の金髪美少女がちょっと申し訳なさそうに苦笑していた。控え目じゃない方がもちろんイギリス人だ。それに対して主人公が、

「あ、そうだよな。相手も衝撃波を飛ばしながら落ちてくるんだし」

 と今さら気付いたとばかりにポンと手を叩く。

「一夏……音速を超えたときに出る衝撃波って、物体の前方には飛ばないんだよ?」

「え? そうなのか?」

「常識だよ。一夏の機体が音速を超えたとき、前方にいる物体が吹き飛ぶとでも思ってるの? 今はとりあえず、高速飛行する物体の衝撃波はいつも機体の前方以外に飛んで行くって覚えてて」

「そ、そうなのか、知らなかった」

 知らないことを知らないと言える織斑君は、正直で良いと思います。だってファン・リンインさんは、ア、アタシは知ってたわよ、と小声で呟いて視線を逸らしましたから。衝撃砲使うお前がそれでいいのか。

「理屈は今度、みっちり教え込むからね、そ、その、二人きりで」

「おう、頼む。で、どうするんだ?」

「え、いいの?」

「何がだ?」

「え?」

「ん?」

「あ、えっと、うん、落下する音速以上の物体への攻撃方法だよね。予測した軌道上に爆発物をバラまいて、タイミングよく爆破するしかないね」

「はぁー、なるほどなぁ。前方からなら、衝撃波で邪魔されることはないってことか」

 シャルロット先生の嬉し恥ずかし音速衝撃波講座が終わったところで、オレは何度か手を叩いて注目を集める。

「次、ラウラと鈴。impresario(インプレサリオ)。オペラとかの監督な。少佐もいるし中間で見守る役だからちょうど良いだろ」

「ふむ、悪くないな」

「まあ、それで我慢してあげるわ」

「そりゃありがたいことで。んで最後、オレらのチームは」

 一夏の顔を見る。

「ま、illuminant(イルミナント)だろ。光源とかそんなの」

「悪くありませんわね」

「そうだろそうだろ。セシリア殿下のご威光でぜひともオレ達愚民二人を引っ張ってくれ」

 もう投げやり。超投げやり。

「文句ないなら、これで提出しとくぞ」

 全員の顔を見渡すが、文句はなさそうだ。

「よし、じゃあそれで行こうぜ、ありがとな、ヨウ」

 一夏が場を絞めた。

 面倒事ぐらいは引き受けるさ。

 さて、明日からの数日間は、イルミナント3として頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

 






メテオブレイカー(前篇)。
コードネームは実際のNATOでは兵器そのものにつけますが、ルート2内のIS学園では、作戦限定のチーム名みたいな扱いです。

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