ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

12 / 16
過去編の2話目です。
本家ビルドファイターズではバトローグ5話目をむかえ「ギャラクシーコスモス」なんてのが出るそうですが、予想年表をひっくりかえしてこなければいいなあ。


Lost-02「Imagination∞Reality」

Side Yuji

 

師匠いわく、修行に最適な場所には条件があるそうだ。

研鑽する者たちがのびのびと技を発揮し、その一方で、彼等の試練となりえるように適度な過酷さを秘めているといいらしい。

その条件でガンプラバトルを行うとすれば、確かに、そこはうってつけといえた。

仮想全高20m前後の機体が稼働可能な広大さ。

そして強風や険しい岩肌、視界を塞ぐ密林群と、厳しい自然環境が揃っている。

『機動武闘伝Gガンダム』のファンならば、なるほど修行向けだ、と苦笑するはずだ。

自然の脅威と抱擁のあるその場所は、ギアナ高地と呼ばれていた。

 

「それでは、15戦目……」

 

師匠のアナウンスが、ボクの頭上から聞こえてくる。

ファイター用の操縦空間は周囲が防音加工されているため、たとえ隣に人がいても、音源はスピーカーに限られていた。

汗でにじむ操縦桿を握り直し、号令を待った。

 

「はじめ!」

『BATTLE START!』

「ツガミ・ユウジ、『ザクF2』、行きます!」

 

練習用のガンプラでボクは出撃する。

正面モニターには既に相手の姿は視認できていた。

水色のボディと他のジムタイプとは明確に異なるスタイリッシュなデザインライン。

RGM-79N ジム・カスタムだ。

両腕を組み、気怠そうに首をかしげてボクを待っている。

その、内部に人間でも宿ったかのような態度は、ジムの制御を担っているファイターが誰かをはっきりと教えていた。

 

「アレックス!」

「やかましい。騒ぐな」

 

ザクのマシンガンが火を噴く。

続けざまに発射された数十発の弾丸を、ジム・カスタムは身体を左右へと翻すだけでかわしてみせた。

オートロックを設定しているはずなのに、たった数センチの補正が振り切られてしまうのだ。

ボクが必死に引き金を引いている間に、ジムが組んだ両腕がゆったりと解かれた。

その指先がサーベルの柄に伸びるのを認めた瞬間、頭の中に氷を放り込まれたような冷たさが走った。

攻守交替の合図だ。

 

「遅い!」

「うわあっ!?」

 

たった一撃。

視界をピンク色の閃光が奔ったかと思うと、がくり、と斜めにかしいだ。

後れて激しい衝撃でモニターが揺れる。

たったそれだけで、ボクは自分のガンプラのコクピットを斜に斬られた、とわかった。

 

『BATLLE END』

 

たった数十秒の試合でも、システムは開始と終了を律儀に数える。

ボクは消え去るギアナ高地を目に収めながら、ぼんやりとジム・カスタムを観察していた。

基本工作だけをこなしただけの、いわゆる『素組み』だ。

奇妙なことに、そのサーベルの切っ先は、空を指して揺らめいていた。

ザクの視点よりも高い場所から振りぬいたにも拘わらず、斬撃の軌道は足元から発生したということになっているのである。

 

「師匠に居合斬りまで教わったの?」

「あの女が得意としていると聞いたから、どれほどの難易度なのか試しただけだ」

「へえ、そんなこと初耳だなあ」

「それよりも自分のバトルを反省しろ。あっさり全敗記録を更新してからに」

 

プラフスキー粒子の天幕の向こう側から、アレックスが眉をひそめて現れた。

打ちっ放しのコンクリート壁を背にすると、彼の威圧感は強まるように感じられた。

 

「ここだとどうにも緊張しちゃって」

「オレたち以外は引き払わせている」

「そ、それはそうというか。ええっと」

 

アレックスの指摘に、ボクは困り果てる。

ボクらがいるのはアレックスが日本での居住地としているお屋敷だ。

その一室に小型のバトルシステムが設えられていて、師匠はここを修行の場と定めた。

聞く所によると、わざわざ父さんが手配したらしい。

 

「それでは永久にオレには追いつけん」

 

アレックスは自分の左腕に巻かれた腕時計を見ていた。

ボクもつられて、倉庫の壁にかけられた丸時計で現在時刻を確認する。

11時50分。もうすぐ正午だ。

 

「定時報告をしてくる。お前は昼飯の用意をしておけ」

「わかった。台所借りるね」

 

アレックスはボクの傍らをすり抜けて、両開きの扉へと歩いていく。

出口ではオザワさんが待ち構えていて、二人は何やら話しこみながら部屋を出た。

それを見送ってからボクはGPベースを取り外し、片づけを始める。

試合の後にアレックスは故郷であるフランスに連絡を取りに行き、ボクは後片付けとお昼ご飯の準備をする。

彼が来てからのおよそ二週間で、すっかり生活に組み込まれた流れだった。

 

「ユウジや」

「はい。なんでしょうか、師匠。」

 

ジム・カスタムを手にとったとき、ボクの耳に柔らかな声音と、カツン、という軽い音が入ってきた。

ここまで成行きを見守っていた師匠が、杖で歩みを支えながら近寄ってきていた。

 

「おぬしも少しは咎めぬか。あれでは召使じゃて」

「他意はないと思いますよ。つい命令口調になっちゃうだけで」

 

ボクは笑ってみせるが、師匠は唇をヘの字に曲げていた。

相変わらずアレックスに対していい印象を持っていないようだ。

二週間前、彼は師匠の課した入門条件である、学校のクラス内トーナメントの優勝を勝ち取ってみせた。

ほとんど苦労もなく、激闘もなく、文字通りあっさりとだ。

一戦目で彼の実力を目の当たりにしたボクでさえ、まだ夢のような話だと思っている。

コピー用紙に印刷された、間に合わせの表彰状だけを見た師匠は、なおさら信じづらいのだろう。

アレックスからしてみれば理不尽かもしれないけれど、人間そういうものである。

 

「それはそうと、今日のお昼ご飯はカレーですよ」

「む?……そうか、おぬしが作るカレーは結構辛いから覚悟せんとな」

「ちゃんと調整していますって。片付けが終わったら用意しますから、下の階で待っていてください」

「うむ……」

 

ボクはそう言うと、ザクの破損具合を確かめるため、手元に視線を落とした。

師匠の杖をつく音が、ゆっくりとボクから離れていった。

 

Side ALEX

 

屋敷にある一室で、オレは故郷へ通信を繋いだ。

オザワが用意したノートパソコンの前に座り、徐々に満たされていく読込ゲージを見つめる。

この回線は複数のサーバー経由で発信源を隠蔽されており、盗聴が行われないように幾重にも対策が施されてもいる。

だから接続に時間がかかり、オレをやきもきさせた。

 

「……アレックス様。完了しました。」

「見ればわかる」

 

一瞬だけ画面にノイズが走ったかと思えば、明るく広々とした寝室が映った。

あちらはまだ朝の4時のはずだ。

日光の恩恵はなく、部屋に満ちた甘ったるい蜜色の光はすべて人の手が介在している。

一見整えられているが、その何もかもが人工物で構成されているという点が、部屋の主の本性には似つかわしいように思われた。

オレは画面中央に位置する寝台をにらみつける。

装飾のない寝台の中には、紙くずのような物体が押し込められていた。

 

「起きろ。ジジイ」

 

オレはいつもよりもさらに低い声音で、それを叩き起こす。

紙くずが、もぞり、と蠢くと不気味な貌を露わにした。

矮小でしわくちゃな老爺の顔だ。

奴の喉元には小型のスピーカーが取り付けられて、豚の悲鳴のようなしわがれた音をこちらに届けさせる。

 

『……こんな朝早くにとは、老人の身体には答えるぞ、アレックス』

「つまらない冗談はよしてもらおう。あんたみたいな人種を、この国では『ヨウカイ』と呼ぶらしいぞ?」

『ふん』

 

オレの祖父、レオ・メルフォールはゆっくりとこちらへ向いた。

骨まで透けた人体が上体を起こすさまは、死体が蘇生するような不気味さがある。

 

『……報告を聞こう』

「今朝もユージとの模擬戦だ。オレがジム・カスタムで、あいつがF2ザク。居合斬りで腹の継ぎ目からコクピットめかげてバッサリだ」

『その居合斬りはナガイの技か』

「あんたから聞いたから、試してみた。さほど難しいものではなかったな」

 

少し腕を上げれば、ユージでさえもできるのではなかろうか。

そんな考えを見透かしたかのように、ジジイはせせら笑う。

骨を打ち合わせるようなカラカラとした笑い声だ。

 

『まだ本人と対戦したこともないというのに、ナガイの剣技が見様見真似で再現できるものか』

「ほう?」

『意味はいずれわかろう。今のところは、ナガイの弟子に取り入ることを優先しろ』

「……」

『少しは仲良くなったか?』

 

いつもの問いを老爺は投げかける。

一日三回行われるこの定期報告で、毎度行われる調査だ。

ずうずうしくも、孫を案じる祖父を演じるとは片腹痛い。

つい、オレの頬も引き攣るというものである。

 

「相変わらずだ。ユージの製作技量はオレの期待以上で、ついでにいえば料理もうまい」

『くくく』

「だが、それまでだ。あいつのことを友人とは思わん。日本で得た協力者、という認識がせいぜいだろう」

『そうか。それでは、まだ足りんな』

「……ジジイ、なぜユージなんだ。ナガイに認められた男だが、唯一無二の才能でもあるまい」

 

オレはうんざりとしてリムジンの背もたれに身を預けた。

ツガミ・ユウジと友となること。

この国にやってくるときもオザワを通じて言われたことだが、何度考えても、これ以上ユージと仲を深めなければならないのかがわからない。

ナガイ・トウコに媚びを売れ、と言われた方が、まだ理屈は通る気がする。

この老人の真意はどこにあるのか。

探りを入れてみると、ジジイは濁った眼をぎょろぎょろと動かした。

 

『アレックスよ。我がメルフォール家の悲願を言ってみろ』

「最強であること。一族のではなく、あんただけの悲願だ」

『お前はナガイの弟子に、フランスは自由のため闘争を繰り返した国である、と教えたそうだが……』

 

AGE-1をはじめて使ったときの会話のことだ。

この定期報告において、オレがユージと交わした言葉、行動はすべて祖父も知るところになっている。一字一句、一挙手一投足の些末なく、文字通り「すべて」だった。

 

『フランスの革命闘争とガンプラバトルにおいて、決定的に異なる点がある』

「戦争か遊びか、だろう」

『惜しいな。ガンプラバトルは『人間性』を競う闘争なのだ』

 

およそ発言者には似つかわしくない単語に失笑がもれた。

確かにフランスの革命は、お世辞にも理性の光が照らした闘争とは言えない。

しかし、それは現代のガンプラバトルとて同じだ。ユージの中学校だけでも、猿同然まで退化したビルドファイターもどきを知っている。

 

「バカらしい。それがユージと親交を深めることに何の関係がある」

『まだわかっていないようだな。……答えを明かす前に、もう一つ質問をしよう。お前とツガミ・ユウジが、正面から殴り合いをしたとき、勝つのはどちらだと思う?」

 

またしてもはぐらかすジジイに腹が立ったが、その質問自体は考えるまでもなかった。

オレは祖父の『最強たる』というあやふやな妄執のために生み出され、育てられてきた。

知能や身体能力、精神強度を社会規範から逸脱しないギリギリまで高められている。

対してユウジは料理とガンプラの腕が多少いいだけの平均的日本男児だ。

まず勝負にならない。

すると骨ばった老人はオレの思考を悟ったかのように、にたり、と歯をむき出しにした。

 

「お前が勝てると思った条件の数々はしょせん、私がそうあれかしと『調整』してやったものだ。己が置かれた環境によって、理不尽な『調整』を受けることはどんな原始的な生物だってできる」

「なに?」

「真なる人間性とは霊長としての知恵でや倫理観ではなく、生まれや育ちを超え、その当人が己の体に蓄積した経験値を指す。ナガイの弟子と仲良くし、経験と記憶を培うがいい。そうでなくば私はお前を『再調整』する面倒を負うからな」

 

数年ぶりの長広舌によって、ジジイはやせ細った身体を折り曲げてむせた。

オレはそれを合図に弾かれたように端末の電源へ指を伸ばすと、強引に通信を切断した。

ブラックアウトした画面に、少し青ざめた自分の顔が映り込んでいた。

 

Side Yuji

 

アレックスの家の食堂は二か所ある。

一つは『ツガミ商事』の社員食堂と同様にカウンターと座椅子の用意された、『メルフォール運送』社員さんのためのもの。

もう一つは、アレックスとその家族のために作られた、豪奢なテーブルのある部屋だ。

ボクは後者を使わせてもらえないので、慣れた構造の場所に入ることになる。

遠慮がちに扉を押すと大柄な男の人の背中に突き当たった。

白いワイシャツから、汗でランニングが透けている。

ボクはこの背中をよく知っていた。

 

「父さん」

「ユウジか」

「どうしてアレックスの家に?」

「粒子貯蔵タンクの交換だ。あまり大っぴらにやるとヤジマに叱られるが」

 

細長い横顔は疲労から更にやつれていた。

太いフレームの眼鏡は鼻あてからずれ落ち、その奥から除く眼窩は落ちくぼんでいる。

スポーツ刈りにしたはずの髪も、無精ひげも伸びっぱなしでみっともない。

明らかに体力は限界寸前だ。

わざわざ注意深く観察するまでもなかった。

 

「すぐにお昼できるからね」

「いや、いい。これからまた商談だ。車内で済ませる」

「でも……体に悪いよ?」

「いいんだ」

 

父さんは乱暴に言い捨てると、買い置きしていたらしいコンビニ弁当をレンジに放り込んだ。

こうなっては、それを捨ててとも言えないので、すごすごと引き下がるしかない。

父さんに続いて、冷蔵庫からカットしておいた食材を取り出すと、調理を始める。

広くない作業スペースで互いの背中が触れ合った。

 

「……学校はどうだ」

「今は夏休み」

「…………メルフォール輸送の御曹司とは、うまくやっているか」

「アレックスのこと?うん、仲良くできていると、思う」

「思う?」

 

父さんに聞き返されて、ボクは自信なくうなだれた。

クラス内トーナメントで彼に褒められたとはいえ、アレックスがボクに対し友情を感じているかとは別問題だ。

ボクはニュータイプじゃない。

他人の心の底まで覗き込めるほど器用ではないから、やはり一方的に親しくさせてもらっているというのが精々であろう。

 

「あそこは一族経営だと聞く。御曹司の機嫌を損ねるだけで、取引が打ち切られることもあり得るだろう」

「そんなまさか」

「くれぐれも、迂闊なことはするな。たった一社でも契約破棄されれば、ウチのような小さな会社はすぐに崩れる」

 

父さんの声に抑揚はなかった。

会社を一人で立ち上げ、どうにかこうにかやってきた人にとって、得意先の御曹司がやってくるというのがどれほど心臓に悪いかは察して余りある。

 

「……」

「戻ったぞ」

「あ、おかえり」

 

ボクが答えあぐねていると、尊大な態度でアレックスが食堂へとやってきた。

自分のために別途に食堂を備えられているのに、ボクの用意する食事が食べられないと知るやいなや、アレックスはこちらへ居座るようになった。

社員の人たちは遠慮が食欲に勝るらしく、昼時にも拘わらず、カウンターの向こう側には彼しかいない。

木製の椅子に腰を据えると、頬杖をついて大きな溜め息をひとつ。

視線はボクが用意しているカレーの鍋に注がれて、細い唇のはしが吊り上がっている。

その時、父さんがカウンター越しにアレックスに気づいたようで、のっそりと振り返った

乱れた服の襟元を両手で直したかと思うと、ほとんど直立不動の体勢で彼と相対する。

 

「アレックス・メルフォールさんですか」

「む?」

「『ツガミ商事』のツガミ・ソウイチと申します」

「……ユージの父親か」

「はい。出来の悪い息子ですが、これからもよろしくお願いいたします」

「ああ」

 

大の大人が、ボクと同年代の友人に向かって、頭をカウンターにこすりつけそうなほど下げている光景は異様であった。

アレックスは眉をひそめ虫を払うように手をヒラヒラと振った。

彼もいきなり大人同士の関係を持ち込まれては迷惑だ、という意思表示だろう。

父さんはゆっくりと頭を上げた。

 

「では、私はこれで」

「父さん、本当に食べていかないの?」

「ああ」

 

レンジから加熱完了のメロディが鳴る。

挨拶を済ませると、父さんは温かなコンビニ弁当を片手にそそくさと立ち去った。

重い扉の閉まる音。

後にはボクとアレックスだけが残された。

 

「ユージ、お前は父親に似なくてよかったな」

「え?」

 

聞き捨てならないことを聞いた気がして、ボクは聞き返す。

嘲りを含んだ声の主は、どう考えてもアレックスだった。

 

「確かにオレの報告次第でお前の家はつぶれる可能性はある。だが、オレがお前の父親なら、息子の前で子供にこびへつらうような真似はしない」

「……父さんは必死なんだよ」

「必死と無様は違う。そんなに会社に価値があるのか?」

 

ボクは何も言い返せなかった。

ガンプラバトルが流行するよりも早く、いや、ボクが生まれる前から父さんはガンプラに関わり続けている。

そのおかげでボクはガンプラに触れる機会を得ていたし、『スタービルドストライク』に出会うことができたのだ。

ボクにとってツガミ・ソウイチという人は父という以前に、ガンプラ愛好家の大先輩である。

同級生に頭を下げたくらいで、軽蔑なんてするものか。

でもどんな言葉を取り繕っても彼に言い負けそうで、反論する勇気が湧かなかった。

 

「おい。泣くことはないだろう」

 

アレックスの声で我に返ると、いつの間にか頬を涙が伝っていた。

慌てて拳で拭う。

 

「……キミが、そんなことを言うから」

「オレのせいだと?」

 

ほんの少しだけの反抗心を秘めたままごねると、アレックスはしばし視線をさまよわせた。

珍しく気まずそうで、そして戸惑っているように見受けられた。

彼としてはいつものように接したつもりが、突然ボロボロと涙を流し始められたのだから驚いたのかもしれない。

黙考を経て、アレックスは目線を外したまま言った。

 

「……家族なぞ、血が繋がっているだけではないか」

 

この期に及んで反省する気はないらしい。

流石に何か言い返そうと思って、ボクは口を開いたまま言葉に詰まった。

ほとんど消えかかった声で呟いたアレックスの横顔には、はっきりと寂寞が感じ取れた。

ここではないどこか遠くを望むような目元は、ボクがこの二週間見かけた表情の中でも一等美しくて、一瞬、見惚れてしまった。

鍋がぐつぐつと音を立てる。

ボクが慌てて火を消してから視線を戻すと、もう既に彼の顔にはいつもの傲岸不遜が輝いていた。

ひょっとしたら幻覚だったのかもしれない。

首をひねっていると、音を立てて食堂の入口が開いて杖をつく音がした。

師匠だ。

先に待っていたはずが随分遅い来訪であった。

 

「すまんな。ちょっとオザワさんと話をしていた」

「何をですか?」

 

ボクが炊飯器を開けて、しゃもじを握りながら尋ねると、師匠はいたずらっぽく笑った。

 

「おぬしたち、『合宿』をしてみないか?」

 

Side ALEX

 

翌日。

オザワの運転する乗用車は『ツガミ商事』の社員食堂前に停止していた。

助手席にはナガイ・トウコが収まり、オレは運転席の真後ろに陣取った。

ユージは忘れ物をしたと店にトンボ帰りしてからまだ帰ってきていない。

暇を持て余して、奴が持ち込んだスケッチブックを開く。

白い画用紙に細かく注意書きが書き込まれた設計図が並んでいた。

支援機と推測される戦闘機や大型のライフル、果ては用途不明のドリルやノコギリなぞも描き込まれていた。

こいつの発想を形にしたとき、いくつが『ムラサメ』によって『神器』として認定されるのか。

最後のページに手をかけたとき、勢いよくドアが開けられた。

 

「ごめん!ようやく見つかった!」

「遅い。工具ケース一つ持ってくるのにどれだけかかっている」

 

息を荒げてユージは座席に沈みこんだ。

こいつの忘れ物をする頻度はかなり高く、しかも遠出するときに限ってこうだ。

今回は出発前に気づいただけマシと言える。

 

「オザワ。今度シートの背もたれに工具とケースの予備を備えつけておけ」

「承知しました」

「え!?いいですよ、そんなことまでしていただかなくても!」

「迷惑だと思うならもう少し気をつけろ」

「あ、うん……」

 

ユージは所在なさげにケースを開け閉めする。

小動物のように縮こまっている奴は放っておいて、オレは後部座席から身を乗り出す。

ナガイの皺だらけの顔が真横にきた。

 

「それで、合宿というのは何をするんだ」

「む?そうさな……魚釣りにバーベキュー、虫獲りもよいかの」

「おい。それではただ遊びに行くだけじゃないか」

 

ガンプラ造形術の師範が弟子を呼びつけて『合宿をする』というのなら、泊まり込みでバトルをするだとか、修練のような性格を持つものだと考えていた。

オレは失望をこめた眼差しを向けると、ナガイはその反応を期待していたとでもいうように、満面の笑みを返してきた。

 

「ガンプラバトルは『遊び』。その合宿というのだから、遊びに行くのは当然の論理じゃろう?」

「聞いてないですよ師匠!」

 

しょげかえっていたユージが、にわかに元気を取り戻して座席から立ち上がる。

声の震えからは喜びというより当惑が感じ取られる。

いかにユージでも許容できないことは抗議をするか、とオレは感心した。

ナガイも愛弟子に反対されるのはショックだろう。いい気味だ。

そう考えてユージの発言に口を挟まないでいてやると、奴は予想外の言葉を続けた。

 

「バーベキューするなら道具を持ってこないと!」

「いい加減にしろ」

「ぐえ」

 

そう叫ぶと、またしても車から降りようとする姿勢を見せたので、オレは咄嗟に奴の首根っこを掴んだ。

ユージは死にかけのカエルのような声を上げて停止する。

ナガイは癪に障る笑いを漏らしているし、一瞬でもこいつの発言に期待した自分が恥ずかしい。

 

「……出発してもよろしいでしょうか」

 

ハンドルを握った手を震わせたまま、オザワが小声で呟いた。

 

Side Yuji

 

師匠がいう合宿所は、静岡県の町はずれにあるという。

出発前のやりとりでアレックスはすっかり機嫌を損ねてしまったらしい。道中ボクが話しかけても最小限の返事しかしてくれなかった。

そうなると手持ち無沙汰になって、車の揺れが気になってくる。

窓の外で暇をつぶせるほど子供でもないし、いつの間にかうつらうつらとしてしまっていた。

 

「…………ん?」

 

耳が詰まったような感覚と鈍痛で目が覚めた。

高い場所に行ったときの気圧差で起こる症状だと思い当たり、辺りを確認する。

周囲の景色はすっかり様変わりしていた。

左右はほとんど畑だ。ちょうど収穫したばかりなのか土がむき出しで、わさわさとした葉っぱが点々と残されている。

その向こう側では、雲一つない青空が山の稜線でぱっくり切り取られていた。

正面を見れば、車が進んでいる田舎道がうっそうと茂る木々の間へ続いている。

 

「この奥ですか?」

「そうじゃ」

「町はずれ、というか『田舎』と表現するべきじゃないのか?日本語では」

 

アレックスがあくびを噛み殺しながら呟く。

確かに町はずれはおろか山の上、キャンプ場に適しているような場所であった。

急に車内に影が差し込み互いの表情を見えづらくする。太陽をそびえたつ樹木が覆い隠したのだ。

車の揺れは激しさを増し、腰が座席から浮くほどまでになった。

 

「昔はこんな悪路が畑のあった場所まで広がっていたんじゃ」

「いつの話だ」

「初代メイジンの時代というと、もう50年も前になるかの?」

 

こともなげに師匠は口にするが、半世紀前から使われているような場所となると、ただの合宿所ではない。

ボクの心臓は期待と緊張で早鐘を打ちはじめた。

 

「ナガイ警備部長。仰っていた地蔵というのはあれでしょうか」

「そうじゃ。あれに沿って進んでくれ」

「承知しました」

 

まもなく、窓からもオザワさんの言うものが見えるようになった。

苔むしたお地蔵様だ。

穏やかな顔の像がいくつも居並んでいて、それぞれに真新しい花や水が供えられている。

かすかに差す木漏れ日がぼんやりと輪郭を浮かび上がらせるのだから、ボクはなんだかうすら寒いものを背筋に感じた。

 

「着いたぞ」

 

師匠の言葉と同時に、突如として視界が開けた。

こもっていた日光がその一帯をするどく照らす。そこにあった建物を見てボクはあんぐりと口を開けることになった。

大きな木造の日本家屋だった。

石垣で広大な敷地を包囲しているようで、ここから見るだけでも二棟は確実に建物がある。

錆びた金属でできた門の前で立ち尽くしていたら、玄関がガラリと音を立てて開き、中から若い男の人が姿を現した。

体格のいい人で、肩幅はボクの二倍くらいありそうだ。顔つきも岩をそのまま乗せたようで、ごつごつとしている。

袖をまくって太い二の腕を露わにしているのは、それだけで圧迫感があった。

その人は助手席から降りてきた師匠の姿を見ると、にっこりと笑顔を浮かべた。

 

「ナガイさん。お久しぶりです」

「うむ。息災だったか」

「おかげさまで。……こちらの子供たちは?」

「弟子じゃ」

「おお!とうとう心剣流を伝承されるのですか」

 

男の人はぎょろりとした目をわざとらしく見開くと嬉しそうに体をゆすった。

 

「紹介しよう。ここの管理人のヤマザキという」

「どうぞよろしく」

 

ヤマザキさんはボクたちへ微笑みかけて、MGを握りつぶせそうなほど大きな手を差し出してきた。

おずおずと握り返すとこちらの肩関節が外れんばかりの勢いで上下に振る。

豪快な人のようだった。

ボクはこれから一週間ほど、ここで過ごすことになる。ちょっと自分の体力が心配になった。

 

Side ALEX

 

オザワはヤマザキという巨漢の誘導で、車を移動させている。

オレたちは一足先に合宿所へ上がり込むと寝泊まりする予定の部屋へ荷物を運んでいた。

しかし、ナガイは唐突に妙な依頼をユージに持ちかけた。

 

「ユウジ、すまんがワシらの荷物もしまっておいてくれんか?」

「ええ。いいですけど、どうかしましたか?」

 

ユージは、体質で重い荷物が苦痛となるオレに代わり、衣類が入ったショルダーバッグを両腕に抱えていた。

オレは諸手で、奴が手際よくタンスに服を仕舞っていくのを眺めていたが、ナガイの言葉には怪訝に思わずにはいられなかった。

 

「ワシとアレックスはこれからすることがあるでな」

「は?」

 

話の矛先はオレに向いているらしい。

ユージは目をしばたたかせてナガイとオレを交互に見比べていたが、やがて悟ったように相好をくずした。

 

「わかりました。アレックス、何をするかわからないけど、気をつけて」

「死ぬ訳じゃあるまいし、いらん心配だ」

「そっか」

「オレの荷物には触るなよ。オザワが困る」

「うん」

 

ユージは素直にうなずいた。

 

「ではアレックス、ついてくるがよい」

 

ナガイにつづいてオレは一階へ降りる。

階段の踏面へ足を乗せるごとにギシギシと音が鳴り、この建物の老朽化がわかる。

この老婆の言を信じるなら半世紀前から存在するはずの屋敷だ。仕方あるまい。

縁側から庭を突っ切り、にごりきった小さな池のそばを通り過ぎる。宿泊する屋敷とは別棟へ向かっているようだ。

 

「さて」

 

ナガイが足を止める。

こちらの建物は宿泊場所よりはるかに小さく、さらにボロボロであった。

壁を構成している材木は所々虫に食われて剥がれ落ちているし、屋根にも雑草が生えている。

昔オザワに教材として見せられた、明治時代の日本の学校校舎がこんな外見をしていたような気がする。

懐かしそうに目を細め、ナガイは着物のたもとから一本の古びた鍵を取り出す。

 

「いつ以来かのう」

 

唯一頑丈さを保っていると思しき木製の扉の鍵穴に、鍵が差し込まれる。

ガチャリと金具の落ちる音の後、ナガイは扉を押し開けた。

扉は地面の砂と摺りあってザリザリと音を立てる。

 

「それなりに重そうなものだったが、まだ筋力はあるみたいだな」

「衰えたさ。この身ではゴロツキ一人抑えることすら、もはや叶わぬ」

 

オレは再びナガイの後を追う。

彼女が手探りでスイッチを入れると、電球が弱弱しく点滅しながら、かすかに廊下を映し出した。

左手は庭を一望できるように窓が連続して並べられていて、この建造物の元来の仕様を維持していたが、反対側は異様だった。

雑多なメモ書きや図解、写真が所せましと貼り付けられ、その塊が幾重にも折り重なっている。

オレはその中で唯一、額縁に入れられて周囲の混沌から保護された一枚を見出した。

さきほど通過した庭で撮影された集合写真であることは一目でわかった。

ただ、背景にある宿泊所そのものは新築のように傷一つない姿をそこに残しており、これがよほど古い時期のものであるとオレに理解させた。

男女さまざまな人物がこちらに向かって、思い思いのポーズや表情を向けているが、特に目立つのは中央で両脚を八の字に広げ、仁王立ちする女だ。

歳は二十代ごろだろうか。

写真ごしでもわかる艶をたたえた黒髪を背中まで流し、こちらをわざと見下ろす角度まで顔を背けている。

端正な顔立ちに得意満面な笑みを浮かべ、ブイサインを突きつけていた。

なぜか腰には日本刀を差している。さすがに模造刀だとは思うが、女の気迫と相まって本物ではないかと疑念さえ湧いた。

 

「こいつは」

「若いころのワシじゃよ」

「ずいぶん生意気そうな顔をしている」

「そうじゃろう。……それは半世紀前、ガンプラバトルシステムの完成に心血を注いでいたチームの全員が写っている珍しい一枚さ」

「『アーキタイプ』の、だと」

 

まさかと思い、一人ずつ顔を検めていくと最後列にその人物はいた。

ロシア系の先祖から代々継承しているという灰色の瞳。

フランス人に多い茶髪。

若かりし頃の祖父、レオ・メルフォールがそこにいた。

過去の祖父は隣に立っている人物、誇らしげにシルクハットを振る手品師のような風貌の青年を睨んでいる。

 

「レオは優秀な男だった。だが寡黙で、群れることを嫌ったので衝突も多かった」

「今ではよく口が回る代わりに、性格もねじ曲がったようだがな」

「ワシらはこの場所で、誰もが参加できるガンプラバトルの完成をめざした。しかしプラフスキー粒子の登場で、半世紀の研鑽は露と消えた」

 

そんなことを呟きながらナガイは廊下のつきあたりにある部屋までたどり着いた。

ドアには古びたネームプレートが貼り付けられている。汚れがこびりついているが、かろうじて『トレーニングルーム』というのが判読できた。

 

「レオはそれに絶望したようだが、ワシはそう思わん」

 

ホコリがたちこめてオレは思わずむせる。

解放された室内に、蛍光灯の光が満ちる。この部屋だけは当時の面影を残しているようだ。

中央には巨大な装置が鎮座している。

六角形のユニット中央にレンズ型のパーツがはめ込まれているという外観は、一般に普及しているバトルシステムと同じだ。

しかし、その左右に巨大なサーバーと排熱装置が控え、太い配線が床に蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

本来GPベースを置くべき場所にそのスペースはなく、代わりにキーパッドと球体型操縦桿が備え付けてあった。

 

「ガンプラバトル黎明期、プロトタイプのバトルシステムじゃ。粒子普及後に研究目的で導入した」

 

筐体の反対側へ回り込んで、ナガイがスイッチを入れたらしい。

部屋中がサーバーの稼働する音、排熱口が排気する音で俄かに騒々しくなる。

灯のともったシステムの中央から粒子が柱状に噴出された。

 

『プラフスキーリュウシ サンプカイシ』

「後ろの棚にある好きな機体を使え」

「いいのか。これまであんたはオレがバトルをしたがるのを断ってきたはずだ」

「だからこそだ。レオの孫ならば、ここで戦うのがふさわしい」

 

降ってわいた世界レベルファイターとの対戦の機会。

それに胸躍らせない者はおるまい。オレはドアの真横に設置された陳列棚を検分した。

無改造の素組みから、あちこちに手が加えられた者まで多種多様なものがある。

直感的に、一体をつかみ取った。

 

『アナタノガンプラヲ セットシテクダサイ』

 

カタパルトに置かれたのはアカツキ。

大気圏内飛行用の装備『オオワシ』を背負っているため、全体的に横方向へ張り出したシルエットになっている。

黄金であるはずの機体色がメタリックレッドに変更されている以外に、変更点はなさそうだった。

 

『バトル カイシ』

「アレックス・メルフォール Sally Forth!」

 

勢いよく紅のアカツキは射出される。

用意された戦場は、これまで踏んだことのない場所だった。

この部屋そのものに倣うように、光源はギリギリまで絞られた洞窟だ。

左右が人の手によって掘られ、摩崖仏のようにモビルスーツの姿が彫り込まれている。

 

『やはり選んだか。そのガンプラを』

「なに?」

「『暁 激雷』……かつてのレオの愛機じゃ」

 

通信と共に、聞きなれない音が耳に届く。

ウィン、ウィン、というモーターの歯ぎしりだ。

粒子によって形作られる全長18メートルのロボットの足音ではなく、このオレたちが息づく現実に発生している音であった。

 

『森羅万象は、次代に受け継がれて流転する』

「なんだ、あれは」

『では、お前という次代は、あのレオから生まれた殺生石なのか、それとも我らの足跡から掘り当てられた金砂なのか』

 

一歩、また一歩と接近してくる。

カメラアイの補正によって、その姿はモニターで鮮明に映った。

概観はいわゆる『フルアーマーガンダム』に近い。

全身を覆う追加装甲とダークグリーンというカラーリング、右肩のキャノン砲や、右腕のダブルビームキャノンがわかりやすい判別の指標を与えている。

しかし、それを上回る異様が眼前の機体にはあった。

増加装甲の両手両足にモーターが取り付けられているのだ。

おそらくミニ四駆からでも取ってきたと推測されるそれは、例のウィン、ウィンという音を不気味に響かせている根源であった。

モーターから伸びる配線は装甲の下に潜り込み、まるで機体全体が脈打つに震えている。

オレは頭部を観察する。

ファンなら馴染みある初代ガンダムのデザインラインは、ガンプラの世代が推移するごとに異なるが、ナガイの機体の顔は記念すべき原初の『ガンプラ』。

ベストメカコレクションのものであった。

 

「まるで動く死体だな」

 

オレの頬を冷たい汗が伝う。

あのオンボロからは、オレという人間の出生を知り尽くした上で、それを恨めしく呪うような恐ろしさがある。

普段のオレならば自信満々に笑い飛ばしているが、今回ばかりはまるで勝算がない。

なにせ相手は初代メイジンと同じ時代を生き、今なお戦い続ける伝説だ。

 

『レオの血を引く者よ。おぬしがこの先、ワシから学び、受け継ぐことを望むのならば』

 

ガンダムが立ち止まる。

分厚いチェストアーマーがゆっくりと沈み、ダクトから白い蒸気を吐き出した。

まるで、老人が久方ぶりの運動で息をつくようだ。

 

『今ここで、その存在を見極めさせてもらう』

「……くっ」

『この『ザ・パーフェクト』で相手になろう。来い!』

 

ナガイの挑発を真に受けて、オレの暁 激雷は前進する。

武装スロットの三番目、73F式改高エネルギービーム砲を選択。

挨拶がわりの一撃を試みた。

瞬間、予想の数倍の反動とともにビームは暴れ狂い、暁 激雷はもんどりうって吹き飛ばされた。

反射的にオオワシのスラスターで姿勢制御を行い、無様に転がることは避けたが、オレの脳は混乱していた。

 

「くそ、何てバランスの機体作ってやがるあのジジイ……!」

 

オレは自らの体質を利用し、アームレイカーから伝わる感覚で機体の重量を勘案した。

どうやらビーム反射装甲『ヤタノカガミ』に防御機能を預け、装甲そのものをギリギリまで削り込んだらしい。

自分の武装すらまともに扱えないなんて、設計思想が狂っている。

とんだ暴れ馬を引き当てたことを実感した。

暴走したビーム砲によって洞窟の天井が崩落し、瓦礫がガンプラの間を塞ぐように降り注いだが、『ザ・パーフェクト』と名乗ったガンプラはものともせずに踏み越える。

二連装ビームキャノンの銃口がこちらに向けられるのと、暁 激雷がサーベルを抜き放って突撃したのは同時だった。

果たしてキャノンから発射されたのは実弾であった。ハイパー・バズーカ級の弾頭がまっすぐに飛来してくる。

オレはサーベルでそれを切り裂き、ザ・パーフェクトへ光刃を振りかざす。

相手は左腕の装甲だけで防御した。

閃光が一帯に炸裂し、ビームをただの追加アーマーが食い止めるという、あまりに異様な光景が繰り広げられる。

 

『ふむ。失敗は一度きり、ということか』

「オレがこの機体を使うと予測していたなら、ビーム兵器なんて使わんだろう。フルアーマーガンダムの設定はどうした」

『知らんな。これはガンプラだ』

 

ザ・パーフェクトの一払いで暁 激雷は振りほどかれた。

今度こそしっかりと狙いを定めて『オオワシ』のビーム砲を撃つ。

原典である『ガンダムSEED』におけるMSの武装トップクラスの攻撃は、ザ・パーフェクトの胴体ではじけ飛んで消えた。

 

「……加工の形跡は見受けられない。Iフィールドを積んでいるようにも見えない。本当にただ単純に硬いのか」

『その通り。アーキタイプ開発の合間に磨かれた、戦闘用のプラ板積層技術よ』

 

攻撃手段を切り替える。

最大火力のビームが効かない以上、最適解はオオワシの推力に任せた突貫、もしくは直接の格闘しかない。

このガンプラの装甲は脆いから殴り合いには向かない。つまりサーベルで装甲の隙間、潜り込んでいる配線のどこかを狙えば勝機はある。

 

「おおッ!!」

『ふん』

 

連続の刺突を掌で払いのけられる。

それはクラス別トーナメントでオレがとった対応に酷似していたが、オレは一発限りの博打であったのに対し、ナガイは確固たる自信を以て連続回避を成し遂げている。

五回目の刺突が失敗した直後、サーベルを握った右腕が、ザ・パーフェクトの両腕に捕まった。

そのままぐい、と引っ張られて前のめりに転倒する。

機体の軽量化がこんな場面でも足を引っ張る。

暁 激雷のバックパックが力任せに千切られる音を聞きながら、オレは歯ぎしりした。

まだ一撃も与えられていないことにやきもきした。

 

『よっこらせ、と』

 

背面に衝撃が来た。

ザ・パーフェクトが馬乗りになっているのだ。

大柄な右腕がアカツキの右肩を、左腕が二の腕の付け根を持つ。

 

『アカツキは二の腕と肩の間が動かないキットじゃ。このままでは、利き腕が砕けるぞ』

「そんな悠長な解説をしている暇があるのか!」

 

アカツキの頭部は額を地面に擦り付けている体制から180度回転。

バルカン砲をセンサーアイめがけて斉射する。

いかに完成度が高いガンプラであっても急所であるはずの部位は、あっさりと弾丸をはじいた。

 

『すまんな。そこはクリアパーツを重ね貼りして対策済みじゃ。バルカン程度じゃ割れやせんよ』

「…………」

『さて、ここからアカツキの敗因について二時間ほど講義を聞く余裕はあるかな?』

「…………オレの、負けだ」

 

吐き気をこらえながら、人生ではじめてその言葉を口にする。

暁 激雷の視界に、こちらを見下ろすザ・パーフェクトの姿が映る。

その右腕の二連装バズーカが背中に押し付けられ、一発だけ放たれた。

 

『ショウシャ ナガイ・トウコ』

 

無慈悲な電子音声とともに、現行システムよりもはっきりと結果が定められる。

オレは茫然と立ち尽くし、結果を理解しようと努めていた。

祖父の愛機をどうにか乗りこなしてなお、傷一つつけることすら叶わなかった。

オザワから教わった話では『アーキタイプ』に降伏の音声認識は備わっていない。

つまりあの回りくどい降伏勧告は、オレの心を折るためにわざわざやったことになる。

バトルでも負け、感情でも負けた。

まさしく完全敗北であった。

 

「どうじゃ。ワシの腕前は」

 

ザ・パーフェクトを懐にしまいながら、ナガイが意地悪く話しかけてくる。

オレは言葉が出ない。

 

「レオは、ワシに居合斬りを使わせたぞ」

「!」

 

その言葉に息を詰まらせる。

オレは、衰えたと自嘲するナガイに技一つ出させなかった。

祖父は、おそらく全盛期の彼女に得意技を行使するくらいには食らいついていた。

胸にドス黒い絶望が渦巻く。

あれほどバカにしていた祖父にすら及ばないとは、オレの実力も所詮その程度だったということなのか。

そのオレの顔がよほどおかしかったのか、ナガイは口元に手をあてて、くつくつと笑った。

 

「少なくとも、力関係ははっきりしたじゃろう?」

「……ああ」

「では、これからはもう少し奥ゆかしさを持つことじゃな。おぬしはあの時のレオよりも若い。まだまだこれからじゃよ」

「よく言う。若者の前途なんて幻想だぞ」

「どうだかな。今回は慣れないレオのガンプラを使ったからこうなったが、おぬしにはピッタリな機体を作ってくれるビルダーがいるじゃないか」

「ユージか」

「その通り。……一応聞くが、あやつのことはどう思っている?」

 

ナガイはよりにもよって、何日か前の祖父と似たような質問をオレに投げかけた。

癪に障るが同世代の友人同士だったのなら、似たようなことが気になるのだろう。

しょうがない老人たちだ。

オレは率直な答えを返す。

 

「日本で得た協力者だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふむ。そうか……」

 

ナガイは顎に手を当てて思案しているようなしぐさをしたが、何を考えているかまではオレには汲み取れなかった。

万が一わかったところで、どうせロクでもないことだろう。

 

「まあいい。帰るぞ、アレックス。ユージとオザワさんを待たせている」

「……ああ」

 

オレはナガイの意味ありげな間を心にとめ、最大限警戒しておくことにした。

 

Side Yuji

 

合宿三日目。

ボクらは虫獲りに向かうため、ヤマザキさんが知る穴場に向かっていた。

 

「だからパテが重すぎてエトワールの腕がもたないんですよ……」

「レイザーの腕部というのは譲れんのか?同じAGE系でもせめてノーマルの方が」

「あの腕のラインが好きなんですよ」

「そうか……ではまず、武器の軽量化から検討して」

「おい。いつまでガンプラの話をしているんだ」

 

ボクと師匠が話し込む隣で、アレックスが苛立たし気に虫網を振り回す。

最初は面倒くさがっていた彼だが、問答無用で同行させられていた。

 

「だってアレックスが言ったんじゃないか。キミ用に、エトワールの調整を急げって」

「だからといって四六時中ガンプラの話題をされたら気も滅入る。オレはビルダーの話題に興味がないからな」

 

アレックスは合宿で製作技法を学ぶ気はないらしい。

ここに来てからも行っている模擬戦で、様々な戦法を自力で考案、ボクを実験台にしていた。

 

「昨日の晩に、この辺りへバナナをぶらさげておいたんですよ」

 

ヤマザキさんが立ち止まったのは、一本の木の前だった。

ボクらの頭の高さぐらいに、ネットに入れられたバナナが下がっている。

残念ながら、カブトムシやクワガタといった花形の昆虫が集まっている様子はなかった。

虫には詳しくはないけれど、そのくらいの判別はついた。

 

「ううむ。ここにはいないようじゃな。次のスポットへ移動しよう」

 

師匠も落胆のため息をつく一方で、アレックスが木の根元まで大股で歩み寄る。

ボクは非常に嫌な予感がした。

 

「ユージ、オレは昆虫採集なぞしたことはないが……」

「うん」

「こうすればいいと聞いたぞ」

 

ボクが止めるよりも先に、アレックスが幹めがけてスニーカーで蹴りを入れた。

ズン、と鈍い音がしたかと思うと、ボクらの頭上から葉っぱやら虫やらが一気に落ちてきた。

その中には確かにクワガタが混じっていて、ヤマザキさんは喜々として拾い上げていた。

師匠が見たことないスピードでアレックスの頭をはたく。

 

「いてっ」

「ハチの巣なんかがあったらどうする気だったんじゃ!」

「逃げればいいだろう。逃げれば」

「おぬしは自然をなめてかかりすぎじゃ、マヌケ!」

 

ともすれば命にかかわったからか、師匠は怒り心頭だった。

アレックスは茶髪を抑えながら不満げにボクの背後を見ている。

ボクはここまで無言で佇んでいたその人物に声をかけた。

 

「アレックスにあの方法教えたの、オザワさんですね」

「……私が幼い頃はそうして……いえ、申し訳ございません」

 

オザワさんはひどく気まずそうに頭を下げた。

 

Side ALEX

 

合宿は五日目を迎えた。

ユージは相変わらずエトワールの改良に悪戦苦闘している。

バトル用のガンプラとしての高性能と、自分のこだわりが頭の中で延々とせめぎあっているようだ。

 

「そろそろ一度、脳を休めたらどうじゃ」

 

ナガイが自慢げに持ってきたのは、パステークだった。

日本語だと『スイカ』というらしい、ウリ科の果物だ。

ヤマザキというあの男がここへ来る途中に見かけた畑からわざわざもらってきたらしい。

大きく半円に切ったものをユージと縁側に座って食べたが、あいつはオレがパステークにかぶりついている様子を見てなぜか目を丸くした。

 

「え、アレックス、スイカを種ごと食べるの!?」

「言っていることの意味がわからん。まさか食ったものを吐き出すつもりか?」

「いや、その、日本では種は取り出すから……」

 

言葉通り、ユージは傍らに置いた小皿へ、律儀に種を出していた。

オレのところにも同じ皿が用意されていたが、皮の置き場だと思ってほとんど眼中になかった。

小さく切ったパステークをスプーンで食べていたオザワが、背後から補足を入れてくる。

 

「種は外皮が厚いため、身に比べれば消化しづらいものです。日本には食べ過ぎると胃の中で発芽するという迷信もあります」

「まさか、食堂の一人息子がそれを信じていたのか?」

「いや、父さんも母さんもそうやって食べていたから何となく……」

「日本人の食文化はよくわからんな」

 

もう一口かぶりつこうとすると、オレとユージの間にしわだらけの腕がぬっと突き出てきた。その手には白い粉末の入った小瓶が握られている。

ぎょっとして振り向くと、ナガイがいた。

 

「塩をかけると美味いぞ」

「……?」

 

これも聞いたことのない話だ。

まずい組み合わせを教えて、渋い顔をするオレを観ようとしているのではなかろうか。

そんな疑念が脳裏をよぎる。

視線でユージに確認をとると、あいつも自信ありげにうなずいていた。

老婆の親切心よりまだ信用に足る反応だ。

 

「まずかったらユージのをもらうからな」

「ひどい」

 

ナガイの握った瓶をひったくり、二、三回ほどパステークに振りかける。

おそるおそる、一口かじった。

ユージとナガイ、オザワが左右からオレの反応をうかがっているのがわかる。

こんな注目されながら果物にありついたことなどない。

 

「どうじゃ?」

「……………うまい」

 

案外、日本の食文化は侮れなかった。

ユージはオレの反応に満足したのか、自分のものにも塩を振りかけながら食べ始めた。

もしゃもしゃと音を立てて咀嚼し、呑み込んでからまた唐突にガンプラの話題を切り出してくる。

 

「……それでさ、関節がどうしても耐えきれないから、内部に手を入れるべきか悩んでいるんだけど」

 

こうなるとこいつは止まらないので、観念してオレも話を合わせる。

 

「エトワールのコンセプトがスタービルドストライクを参考にしているなら、内部フレームも流用すればいいだろう」

「フレームそのものの複製はできるけど、AGE-1むけに再設計をするには時間がかかるよ。それにあの機構は整備性が悪化する。砕け散ったプラスチックの破片が隙間に入り込んで、思わぬ誤動作を引き起こすこともあるんだ」

「スケッチブックに描いてあったアイデアはどうした」

「一つだけ合宿中に開発の目途が立って試行錯誤しているんだけど、足は引っ張っても解決法にはならなくて……あれ?ボク、キミにスケッチブック見せたことあったけ?」

「どこかで見たんだろう」

 

オレはとぼけたが、そこでふと、自分の発言に違和感を持った。

胸の奥にひっかかる小さなしこりのような感覚である。

なぜオレは今、こいつのスケッチブックを見たことを素直に白状しなかったのか。

その疑問の答えは簡単にはじき出される。

ユージを怒らせたくなかった、からだ。

ビルダーにとっては秘中の秘を無断で覗いたことで、逆鱗に触れる可能性を恐れたからだ。

そんなことを考えたことなど、今まで一度もなかったというのに。

 

「アレックス?スイカ食べないの?」

 

ユージの声は右から左へ抜けていく。

無意識に発露した自分の意識の変化に、戸惑い、混乱していてそれどころではなかった。

オレはなぜ、ユージの感情に配慮したのだろう。

 

Side Yuji

 

合宿がはじまってから六日が経った。

もう日はとっぷりと暮れて、縁側からは月が見える。

広々とした畳敷きの居間に寝転んで、ボクは日記を書いていた。

夏休みの思い出を英文にして提出するという、中学校からの宿題をこなしているのである。

 

「ユウジさま。お風呂が空きましたので、どうぞ」

 

すっかり耳になじんだ声に振り返る。

いつの間にかすぐ近くに、浴衣姿のオザワさんが立っていた。

 

「アレックスは……」

「既に済ませておられます。残るはあなただけです」

「そうですか。もう少しでキリがいいところまで済むので、それから入ります」

 

アレックスの入浴はいつも時間がかかっている。

体質で掌にお湯を受けられないので、濡らして石鹸をつけたタオルで少しずつ拭くそうだ。

だから順番を譲ってあげようと思ったのだが、杞憂だったらしい。

オザワさんはしずしずとボクの隣を通り過ぎて縁側に腰かける。

浴衣は師匠の若い頃のものを借りているそうだけど、よく似合っている。

 

「……日記ですか」

 

こちらに背を向けたまま彼女は尋ねてきた。

 

「はい。今日行った川釣りの話を書こうと思って」

「そうですか」

「釣った一匹目を見たときのアレックスの『食えるのか?』という質問がおかしくて」

 

ちなみに釣った魚はきちんと処理して今日のお昼ご飯となった。

オザワさんも結構楽しそうだった記憶がある。

最初は口数が少なくて接しづらい人のイメージだったオザワさんだが、この合宿を通じてかなり距離は縮んだように思う。

第七回世界大会予選ピリオドの、ウィングガンダムフェニーチェ対ビルドストライクガンダムの一戦について二時間も付き合ってくれるあたり、絶対にいい人だという確信すらある。

 

「……ユウジさまの在り方には常々感心しています」

 

唐突にオザワさんがそんなことをつぶやいた。

ボクの在り方という言葉の意味は図りかねるが、たぶん褒められているのだろう。

彼女はこちらに対して背を向けたまま続けた。

 

「あの自分勝手でどうしようもないアレックス様と一週間共同生活を行って、衝突ひとつ起こさないなんてことは前代未聞です」

「あ、オザワさんでもそう思うんですね。どうしようもないって」

 

ちょっと意外に思った。

てっきりボクのあずかり知らないところで、ひっそりとした絆が結ばれていて、わがままを許容できているものだと考えていた。

するとオザワさんは重苦しいものを振り払うかのように首を左右に振った。

 

「私は……諦めていただけです。あの方の傍若無人は矯正できないものだ、と。だからこそ、己を押し殺して仕えることを選んだのですが、あなたはそうではない」

 

そしてボクの方へ振り返って、黒く潤んだ瞳で見つめてきた。

泣きはらした子供のような、すがるような目である。

ただならぬ気配を感じ取って、ボクは開いていたノートを閉じ、膝をそろえて座りなおした。

オザワさんと正面から向かい合う。

 

「正直におっしゃってください。あなたは、アレックス・メルフォールをどう思われているのです」

「……」

 

ほんの少しだけ、視線を横へ反らす。

この問いに嘘はつけない。

口から吐き出した答えは未来永劫、ボク自身に突き刺さるだろう。

それをしっかりと自覚した上で、ボクは断言した。

 

「アレックスは大事な友だちです」

「……なぜ、そう言い切れるのです。まだ会って十日経つかどうかの相手を」

「うーん、それを尋ねられると難しいんですよね。確かにアレックスってわがままで、人の言うことを聞かなくて、頭を抱えたくなるくらい対処に困るんですけど」

 

ボクは腕を組み、首をひねる。

誰でも友情を感じる理由なんて聞かれたら答えに詰まるだろう。

一度言葉を切って、ひと呼吸ついた。

思い返すのはこれまでのアレックスの姿だ。

はじめて会って、彼がおむすびをほおばっていたとき。

ボクのポリシーを黙って聞いてくれたとき。

そして合宿に来てから、虫獲り、魚釣り、ガンプラの調整についての話し合いをしたときの彼の横顔は、どれも記憶に焼き付いている。

 

「でもボクは彼の自信満々な、時々ふっとかげる表情が好きなんです。ああいう顔をする人に悪い人はいませんよ。経験則です」

「そう、ですか……あまり参考になりませんね」

「ええ……」

 

何の参考になるかはともかく、ボクはオザワさんが期待するような回答はできなかったらしい。

彼女は縁側から立ち上がると、深々と一礼した。

 

「不躾な質問を失礼しました。これからも、あの方をよろしくお願いします」

「ええ。ボクでよければ」

「それでは、私はナガイ警備部長に用がありますので」

 

そう言うとオザワさんは足早に居間から立ち去っていった。

部屋の北側の襖が閉まる音と、廊下を進んで小さくなっていく足音を確認してから、ボクは虚空へ向けて口を開いた。

ボクがオザワさんに見つめられたときから、ずっと隣の部屋で聞き耳を立てていた誰かさんに話しかける。

 

「もう少し人当たりをよくした方がいいんじゃない?」

「余計なお世話だ」

 

案の定、襖を隔てた西側の空間から、アレックスの声が返ってくる。

声音だけでひどく不機嫌であることが伝わってきた。

それがなんだかおかしくて、クスクスと笑いをこぼしてしまう。

 

「なんだ、さっきの問答は?随分なれなれしいじゃないか」

「ごめんね。ボクの勝手な思いこみだからさ。好きにさせてよ」

「……」

 

アレックスはまた口をつぐむ。

静かな夜だ。

師匠とヤマザキさんはどこへ行ったやら、今は庭の葉がさざめく音しか届かない。

 

「ねえ、アレックスはさ、ボクのことをどう思ってくれているの」

「……」

「ねえってば」

「ほんの気まぐれで、お前を切り捨てることはできる。その時に、お前はどうするつもりだ」

「それは、キミに裏切られたときに考えるよ」

「……バカだな、お前は」

 

アレックスの気配は遠ざかっていった。

ボクは宿題を一か所に集めておくと、入浴するための準備をはじめた。

 

Side ALEX

 

合宿の最終日。

オレはユージと共にバトルルームへ呼び出された。

初日にナガイと一戦交えた骨董品のある別棟ではなく、合宿所の二階にある模擬戦のための部屋だ。

音を立てて階段をのぼりながら、オレはユージと他愛のない会話をする。

 

「そうなるとアカツキのヤタノカガミって、ビームを全部反射できることのメリットより、視認性が上がりすぎるデメリットの方が大きいとボクは思うんだ」

「確かにな。少なくともガンプラバトルで積極的に金色にする意味はない」

「でしょ?だから塗料だけでビーム反射ができるなら是非とも作り方か、売っている場所を知りたくて……」

「オザワに聞いてみるか」

「そうだね」

 

そこで会話は打ち切られる。

バトルルームと廊下を仕切る扉の前に立ち、ユージがドアノブをひねった。

四畳半ほどの室内には無数のメモ書きやガラクタ、ガンプラのジャンクパーツが転がっていてごみ屋敷同然になっている。

これらも半世紀前の研究の痕跡だろう。

一週間で見慣れたが、はじめて見たときは流石にオレも目をむいた。

 

「……む?」

 

部屋の中央には最小単位の1へクスサイズのバトルユニットが置かれているが、その向かいには先客がいた。

筋骨隆々とした、ボディイビルダーのような体格の大男。

この合宿所管理人のヤマザキだった。

奴は右手を挙げて馴れ馴れしい挨拶をする。

 

「やあ。二人とも。昨日はよく眠れたかい?」

「貴様、ファイターだったのか」

 

ヤマザキは一瞬きょとん、と呆けた顔をすると、急に豪快な笑い声で部屋を震わせた。

あまりの大音声にユージが耳を塞いでいる。

 

「ははは。実はそうなんだよ。これでも腕には自信があって、世界大会に出たこともある」

「せ、世界大会に!?」

「関西ブロックの方にいたから、こっちじゃ大した知名度はないんだけどね」

 

ユージは仰天しているが、オレはまだ奴の言葉を信じていない。

この男はこれまでガンプラに精通している素振りは見せなかった。

オザワとユージが世界大会の話題で盛り上がっているときも、遠巻きに見ていただけの人間である。

過去の恥部ならいざしらず、功績ならば隠し立てする必要はあるまい。

 

「ワシが隠すように言ったんじゃよ。今日のためにな」

「師匠!?」

 

するとバトルシステムの陰から、ナガイがひょっこりと顔を出した。

もとより背が低いので、大柄なヤマザキに注目しているとなおさら目立たなくなる。

またしても人の心理を読んだかのような口ぶりに腹が立って、オレは老婆を睨みつけた。

 

「なんのつもりだ」

「最終日は二人の成長ぶりを確認しようと思ってな。ユウジは普段以上の時間をかけてガンプラに触れ、アレックスは模擬戦を重ねた。ここいらで世界の実力に触れてみるのも一興じゃろう」

「だからといって、隠す必要はないはずだ」

「ユウジの観察眼で見抜かれて、対策されたら意味がないではないか。いつでもバトルが事前にスケジューリングされたものと思うな」

「詭弁だ」

「いやあ、大変だったよ。ガンプラの調整はみんなが寝静まった深夜で、塗料は手から念入りに落としたし、服はすぐに洗濯してニオイをつけないようにしたんだ」

 

ヤマザキはさも自分の苦労のように語るが、ナガイの入れ知恵だろう。

オレの体質さえ一発で見抜いた男の感覚を回避するなど、その場しのぎでどうこうなるものではない。

 

「さて、これから二人にはバトルをしてもらう訳じゃが……使う機体はアレックス、おぬしが決めろ。残った方をヤマザキが使い、対戦をする」

「は?」

 

ヤマザキが取り出して、筐体の上に置いたのはガデッサという砲撃型MSだった。

小さな角の生えた鬼のようなフェイス部分、球体状の両肩と、鳥のくちばしのようにとがった脚が特徴だ。

ただし左腕が兄弟機である近接格闘機、ガラッゾのものに交換されている。

機体は白と水色のツートンに塗り替えられていた。

 

「全距離対応に改修してある。粒子制御を得意とする太陽炉搭載型だから、はじめてでも乗りこなすのはたやすいだろう」

 

耳と目を疑った。

愛弟子に一週間かけて機体を改良させておいて、ここで梯子を外すとはどういう了見なのか。

ようやく、初日にナガイが見せた思案顔を思い出す。

 

「あの時考えていたことはこれか」

「ヤマザキにはワシがアドバイスをしながら、おぬし向けに調整をさせた。初日のバトル、ユージとの模擬戦を経てクセは大体読み取れたからのう」

 

ナガイはオレの言葉など聞いてはいない。

ただ淡々と説明を行い、選択を迫っていた。

ユージのガンプラを使い続けるか、自分専用に念入りにカスタマイズされた強力なガンプラを使うか。

とりあえず、目を輝かせてガデッサを検分する男の頭を小突く。

 

「いたっ」

「お前のエトワールも見せろ」

「うん」

 

ユージは素直にうなずくと、ホルスターケースからエトワールともう一つ、見覚えのないものを取り出した。

その場にいる全員の視線が未知の新装備へ集中する。

一見してそれはプラモ用のポリパテの塊だった。

かろうじて剣のような形をしているが、使ったとしても鈍器として使うが精々だろう。

門外漢のオレでもわかるほどの失敗作に対して、ヤマザキが失笑を漏らしたのをオレは聞き逃さなかった。

先ほどのような無駄に大きな哄笑ではない。無意識に人を見下し、優越感に浸ったときに漏れ出す醜い笑いだった。

 

「お前自身からして、今のエトワールはどうだ」

「まだまだ詰めが甘いね。あのガデッサの方が絶対に戦闘能力は高い。」

 

エトワールの生みの親はそう断言する。

ナガイのアドバイスを受けつつ、世界大会級のビルダーが製作したという誕生経緯が同じならば、完成度による性能補正はほぼ同等だろう。

AGE-1には固定武装がないため武装の選択肢はガデッサの方が多い。

近接格闘能力だけに絞っても、鈍器ひとつの前者よりクローで安定した切断能力を得ている後者が安定さで優る。

地形対応性も太陽炉搭載機の方が広いのは確実だ。

なにより優れた観察眼をもつビルダーが、自分の機体より優秀だと断言する。

選ぶべきガンプラは一機しかないようなものであった。

ナガイがオレに問う。

 

「決まったかの?」

「ああ。考える時間すら無駄だった」

 

Side Yuji

 

「オレはAGE-1を使う」

 

アレックスはとんでもないことを口にした。

ボクだけではなく、ヤマザキさんも唖然としている。

師匠だけが期待どおりとでもいった感じの、柔らかな微笑みを浮かべていた。

ボクはアレックスに詰め寄る。

 

「ボクの話聞いてた!?エトワールよりもヤマザキさんのガンプラの方が戦闘能力は高いんだよ!?」

「それがどうした」

「だから、その……」

「お前はオレがあのガデッサを選んだとして、ヤマザキにエトワールを使わせるのか?」

 

できない。

ヤマザキさんは凄腕のビルダーで、しかも世界大会レベルのファイターだという。

師匠のお墨付きならばなおさら、エトワールを託しても大丈夫だろうと思えた。

ところがいざアレックスに言われてみると、心のどこかでそれを嫌がっている自分がいる。

彼以外の人間に使ってほしくないというわがままが芽生えていた。

 

「理由を聞きたいな。なぜ私の『ガデッゾ』ではなく、その子のAGE-1を選んだのか」

 

ヤマザキさんがにこやかに言う。

だが、その唇のはしが引き攣っていることからして、不審と不満が渦巻いていることは見え見えだ。

それに対してアレックスの自信に満ちた不適な笑みが戻ってくる。

彼の右手のグローブから、薄氷の透明さをたたえた指が一本、ぴんと立てられた。

 

「まず慣らし運転もしていないのに、オレのために完璧な調整をしたとぬかす、その思い上がりが気に食わん」

「なっ!?」

「太陽炉搭載機体は、GN粒子の自重軽減効果をも再現するために、操縦系の感度は他のガンプラと大きく異なる。オレの感覚なぞ一ミリも考えていない、傲慢な設計だ」

「し、しかし、キミなら乗りこなせるだろう!」

「貴様は胃に入って消化できるからといって、残飯を皿にぶちまけて食わせるか?ファイターへの依存と信頼ではベクトルが違うと知れ」

「ぐ、ぐ……」

「それに何よりも」

 

アレックスは唐突に言葉を切り、ボクを見た。

灰色の瞳が、ふっと白い瞼の下に隠れる。

薄い唇は引き結ばれて、軽く歯がたてられていた。まるで何かを逡巡、迷っているような顔つきだ。

そして彼は、意を決したように息を細く吐き出すと、ヤマザキさんに告げた。

 

「それに、貴様はオレの『友』のガンプラを笑った。ただそれだけで、貴様を敵とみなす幾万の理由にも勝る」

「アレックス……!」

「ははは!とうとう言いおったわ!げっほげほ!」

 

『友』と、たしかにアレックスはボクをそう呼んだ。

昨晩ははぐらかされた答えを、彼ははっきりと口にしたのだ。

アレックスの表情は真剣そのもので、冗談や酔狂、皮肉がこもっていないことを示していた。

思わずボクは声が上ずり、師匠は気管支が壊れたかと錯覚するほどの大笑いである。

そしてヤマザキさんはというと、こめかみに青筋を立てていた。

ビルダーとしての自信と尊厳を真正面から打ち砕かれたのだ。当然の反応だろう。

 

「いいだろう!ならばキミの友だちの、その出来損ないのガンプラで勝負するがいいさ!」

「その出来損ないのプライドがなければ、世界に名を刻めたろうに

 

豹変するヤマザキさんと、さらに怒りをあおるアレックス。

二人のはざまで、バトルシステムが厳かに起動した。

 

『Beginning Plavsky particle dispersal』

『Field 1 Space』

『Please set your Gun-pla』

 

ボクはエトワールの手に武器を握らせる。

パテの重量で手首から先に負担がかかるけれど、これはどんなガンプラでも強化しきれない急所の一つだ。

しばらくは、我慢して使ってもらうしかない。

エトワールをカタパルトにセットすると、ボクは一歩下がってアレックスの斜め後ろに立った。

セコンド用のスペースが形成され、彼はセルリアンブルーの隔壁の向こうへ消える。

すぐに常時連絡用のモニターに映るが、実際よりあまりに小さいシルエットだ。

 

「いこう、アレックス」

『ああ』

「……ツガミ・ユウジ!」」

「アレックス・メルフォール」

「『ガンダムAGE-1 エトワール』!」

「「Sally Forth!!」」

 

正面の視界が急速に焦点へ向かって押し出され、あっという間に視界一杯の星の海が広がった。

エトワールは武器を両手で握りなおして、腕への負担を軽減するようにした。

 

「アレックス」

『なんだ』

「ありがとう」

『礼はいい。お前のガンプラの色は気に入っている』

「そうじゃなくて。ボクのことをはじめて、友だちと呼んでくれた」

『……』

 

アレックスはしばし沈黙する。

あの宣言は、ちょっと気恥ずかしかったのかもしれない。

 

『正直、自分でも妙な感覚だ。実はナガイに提案を受けた瞬間、お前のエトワールを使おうと決まっていたように思う』

「そうなの?」

『うまく言語化できん。人と利害のかかわらない関係などはじめて築いたからな』

「でも家族はいるでしょ?」

『……父親は早くに死んで、母親は蒸発した。後はろくでもないジジイと……きょうだいがいるが、あれを肉親というか、そもそも他人のように感じたことがない』

「きょうだい、かあ。はじめて聞いたよ」

『話はここまでだ。コロニーの外壁に着地する』

 

展開された仮想の宇宙空間には、スペース・コロニーが浮遊している。

内部に入ってもいいが、ヤマザキさんは『ガデッゾ』と呼んでいたあのガンプラにGNメガランチャーを持たせていた。

袋のネズミと取りこめられて、ハチの巣にされるかもしれない。

エトワールは外壁に膝をついた。

 

「GN粒子の効果で、レーダーは期待できない。先に武器を起動させておこう」

『起動?このパテまみれのメイスをか?』

「メイスじゃないんだ。まあ見ていてよ」

 

ボクはコンソールのキーボードを叩く。AGE-1の動力経路を武器へ接続し、認証パスを入力した。

するとAGE-1が握りしめていたものの、パテで覆われた部分が微振動をはじめる。

細かい破片がパラパラと崩れ落ち、本来の姿が少しずつ顔を出す。

だがそこへ、熱源反応の急速接近警報が鳴り響いた。

ボクは星海の果てから、オレンジ色をしたエネルギーの塊が迫っているのを目撃した。

GNメガランチャーだ。このままではまずい。

 

「アレックス!この武器でアレを防いで!」

『くそっ、呑まれてもしらんぞ!』

 

AGE-1は砲火に対して垂直になるように武装を構えた。

間髪入れずに、とっておきのシステムの一つを起動する。

衝撃と閃光がエトワールを襲った。

こちらを一片たりとも残しはしないと振るわれるビームの嵐は、武器の『刃』にすべて吸われていった。

ただの粒子ひとかけらも残さず、ガンダムの糧になるのである。

パワーの衝突によるノイズの合間に、アレックスの声が聞こえる。

 

『これは……まさか』

「そう、そのまさかだよ」

 

十秒ほどの照射ののち、攻撃は止んだ。

AGE-1は纏わりつく重圧を跳ね除けるように、黒鉄を横へ払う。

そのマニュピレーターにあるのは最早不格好なパテの塊ではない。

一振りの対艦クラス大型剣だった。

AGE-3の大口径主砲『シグマシスライフル』を芯に、レイザーウェアの腕部ブレードを加工した刃を装着。銀を縁取った斬撃用の先端部は、露で濡れたかのごとく輝いている。

ライフルそのものも、握りやすいように銃身の一部をくりぬいてグリップとして改造した。

これこそAGE-1エトワール専用に設計した、とっておきの一振り。

スタービルドストライクの独自機能を、模倣・投影した至高の聖剣だ。

 

「名づけて『ビルドカリバー』!」

『ダサい』

「そんなあ!?」

 

丸一日考えたネーミングを切って捨てられて、ボクは悲嘆にくれた。

 

『というか、なぜパテで覆った』

「え、起動するときにかっこいいからだけど」

『……それだけのために、腕部の耐久性に苦労していたのか?』

「うん。普通にカリバーを振るう分には従来通りで大丈夫だよ」

『正気か?』

「本気だよ?」

 

とうとうアレックスはなぜか頭を抱えて唸りはじめてしまった。

さっきのアブソーブシステムも、色々工夫をこらして名前も付けなおしたのだけれど、言ったら怒られるだろうか。

そうこうしていると、コロニーの外壁にガデッゾが降り立った。

メガランチャーは無効化されると踏んだのか、再度の発射はしてこなかった。

 

『……驚いたな。まさか、あのシステムを使うとは』

「『ウォーゼス・アブソーブ』っていう名前なんですけど、ヤマザキさんはどう思います?」

「は?……別に、悪くないんじゃないか?」

「そ、そうですか!ありがとうございます!」

 

ほっと胸をなでおろす。

ここで追い打ちをかけられていたら、ボクは一足先に撃沈していた。

アレックスがヤマザキさんを挑発する。

 

『貴様が小馬鹿にしたガンプラに、肝をつぶされる気分はどうだ』

「最悪だね。さっきから、頭に血が上って仕方がない!」

 

そう言うや否や、ガデッゾは左腕のGNビームクローを扇状に展開し、突進してきた。

エトワールもビルドカリバーを正中に構えて迎えうつ。

実体とビームの刃が交錯し、まばゆい光が互いの近接レンジ一帯を白色に染めた。

完成度、パワーレシオの拮抗するガンプラ同士による、本気の鍔迫り合いだ。

エトワールが強引に踏み込む。

下半身がグランサの追加装甲で重いので、ガデッゾより前に出やすいのだ。

さらには、ビルドカリバーの表面がクローを構成する粒子を呑み込み始めた。

 

『サーベルも吸うのか!?』

 

ヤマザキさんが瞠目しているのが、接触回線モニターごしにわかる。

彼の驚愕は無理もない。

一般的に知られているアブソーブシステムは、ビームを専用の孔で吸収していて、接触するだけで持っていかれるなんて現象はありえなかったからである。

だが生憎、ボクのビルドカリバーに搭載された『ウォーゼス・アブソーブ』は違った。

この機能を再現するために『ガンダムAGE』世界の技術を流用して、イチから再解釈している、結果だけ同じ別物なのだ。

 

「ウォーゼスというのは、ゲーム作品で使用された幻のウェア。ミラーシールドというビームの吸収・蓄積が得意な盾を持っているんです」

『その素材を、ガンプラで再現したのか』

「延々と紙やすりでパーツを磨いてヒケを完全になくしてから、メタリックシルバーの塗料を慎重に吹き付けたら、案外うまくいきました。どっちかというと、GPベースの設定が大変でしたよ」

『なんてこった。さっきの感想は訂正しなければならないな』

 

ガデッゾの尖った脚部がカリバーをはじく。刀身に歪みも瑕もできないが、距離を取られてしまった。

 

『ツガミ・ユウジくん。それに、アレックス・メルフォールくん。キミたちは間違いなく、ナガイさんの弟子に値するコンビだ!』

 

ガデッゾは脚部をコロニー外壁に突き立て、自らを固定する。

GNメガランチャーの三叉に分かたれた銃口をこちらへ向けた。そして機体を紅に輝かせたかと思うと、さっきとはけた違いの量の粒子を銃口に収束させていく。

 

『トランザムを使った、渾身の一射だ。いくらアブソーブとはいえ、許容限界はあるだろう!』

 

ヤマザキさんの予想は正解だ。

いかに手段を変えた亜種アブソーブとはいえ、本家と同じで吸収できる量は限られている。

あの威力のビームを浴び続ければ、受け皿であるエトワールが耐えきれずに大破してしまうだろう。

対処法を必死に考えていると、アレックスが言った。

 

「ユージ、アブソーブがあるなら、アレもあると考えていいんだな!」

「……もちろん!ビルドカリバーの先端を、相手に向けて!」

 

ボクは彼がこれから何を試みるつもりかが、すぐにわかった。

エトワールはビルドカリバーを弧の軌道で振ると、その切っ先でガデッゾを指した。

カリバーの先端が上下に割れると中央からシグマシスライフルの銃口が露出する。

そこへ先ほど吸収した粒子が収束を開始した。

 

「『フォトン・ディスチャージ』、70パーセント出力で開始」

 

フォトン・リング・レイという技術がある。

『ガンダムAGE』において、歴代主人公の母艦であるディーヴァには、強力な攻城砲『フォトンブラスターキャノン』が載せられていた。

その威力をさらに戦略級まで引き上げるのが『フォトン・リング・レイ』だが、これは、空間に用意したゲートを経由して、通過したビームを増幅するという過程を経る。

つまりスタービルドストライクガンダムの第二の機構『ディスチャージ』と仕組みがよく似ていて、現象を再現するにはうってつけであった。

 

「シグマシスライフルなら、フォトンブラスターキャノンと威力は同等で申し分ない!」

『勝負!』

「撃て、アレックス!」

 

GNメガランチャーとビルドカリバーが、同時に火を噴く。

かたやオレンジの、かたや淡い水色のビームは中間で正面激突し、絡み合い、混ざり合った。

余波によってコロニーの外壁が剥がれ、足場に亀裂が入る。

エトワールとガデッゾはにらみ合い、どちらも一歩も退かない。

核を炸裂させた方がマシと思えるまでのエネルギーが乱舞し、そして、勝者の光線が宙域を貫いた。

 

『BATTLE END』

 

戦いは終わる。

筐体に無傷で立っていたのはAGE-1だった。

巨大なビルドカリバーは重力のくびきを受けて、ぐったりと地面へと垂れ下がっていた。

ボクらは世界大会出場ファイターに勝ったのだ。

 

「やったね、アレックス」

「ああ。正面からの火力制圧とは、実にオレ好みの勝ち方だった」

 

思わずボクはアレックスに駆け寄り、その首元に抱きつく。

アレックスはたやすくボクの体重を受け止め、やんわりと身体から遠ざけた。

師匠はヤマザキさんの肩を優しく叩き、彼自身はびっしょりと汗をかいたまま、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

「さすがオレの友だ」

「いやいや。ボクの友だちが、強かったからね」

 

師匠に言われて、コンビを結成してからおよそ三週間。

ボクとアレックスは、はじめて笑いあった。

 

Side ALEX

 

「じゃあね。アレックス。また明日」

「ああ」

 

合宿を終え、ツガミ食堂の前でしきりに手を振るユージに、オレは苦笑を返した。

車のウインドウが閉まると、バックミラーに映る姿はみるみる小さくなっていく。

やがて何も見えなくなった後も、オレは頬杖をついて、さしたる興味もない外の景色を漫然と眺めていた。

オザワはハンドルを握りながら、背中越しに感想を求めてきた。

 

「この一週間はいかがでしたか」

「収穫は大きかった。ユージが作り上げたあの剣は、基礎技術は他に由来していても『神器』への認定に値するだろうな」

「会長もお喜びでしょう」

「ああ。忌々しいが、寿命が延びるかもしれんな」

 

苦虫を噛み潰した気分で、オレは隣の席へチラリと目をやった。

合宿へ向かう道のりではなんて事のなかった座席が、友のいない空白へと変わって見える。

この寂寞こそ、ジジイが語ったものだとわかってしまった。生まれや育ちに関係なく、他でもないオレとユージだけが培った経験と友情。人間性。

祖父がガンプラバトルに求め、メルフォール一族の理想に求めた要素でさえなければ、吐き気を催さずに済んだのだろう。

 

「ヤキが回ったな」

 

オザワにすら聞こえない程度の声でオレは自嘲する。

脳裏に、ユージの間の抜けた笑顔がはしって、淀んだ泥のような不快感から少しだけ掬い上げてくれた。

そんな自分の思考の甘さが、なによりも笑えた。

 

 




今回は二人、特にアレックスが自分の感情に気づくまでを書きたかったのですが、アレックスの祖父、ナガイ師匠のガチ機体、エトワールの新武装とちょっと詰め込みすぎたような?
過去編は次回で完結予定です。
こうして親友同士となった二人は、いかにして決裂するのか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。