彼は人ではなかった。
人を喰らう化け物。
人を喰らわなければ生きていけない化け物。
人を喰らわなければ生きていけない愚かな化け物。
彼は生まれてから一度も食事を楽しい。 と感じたことはなかった。
食事のたびに、懺悔と後悔と悲しみで彼の感情が掻き乱れる。
彼は何かを口にするたびに、思い描くのはただ一つ。
これがどうか、悪い夢でありますようにーーー
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劇が幕を開ける。
喜劇であり、悲劇でもある劇だ。
矛盾しているって?
そうでもないだろう。
相反することなんて世の中いくらでも存在する。
優しいけれど厳しい人。
明るい一面もあれば暗い一面もある。
人間なんてそんな生き物だ。
それを、一つにまとめるなんてナンセンス。
劇だって鍋だってごちゃ混ぜにしたほうが美味しいだろう?
どうせ、架空の物語なんだ。 楽しまなきゃソンソン。
楽しい方は人それぞれ。
笑ってもいいし、
怒ってもいいし、
蔑んでもいいし、
泣いてもいい。
不詳、私、道化師があなたを愉しませてみせましょう。
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血が止まらない。
血が、止まらない。
血が、止まら、ない。
血、が、止、ま、ら、な、い。
溢れでてくる赤黒い液体。
それが、血液であるということは理解できる。
それを止めなければ、どうなるかも理解できる。
けれども、僕は何をすればいいのかわからなかった。
ただ、立ち尽くすしかなかった。
泣き叫ぶ彼女の声が聞こえる。
僕は、彼女を愛している。
この世界の誰よりも愛している。 愛しているはずだ。 愛してなければならないはずだ。
なのに、どうして、立ち尽くすことしかできない。
この恐怖をどうしたら屈服できる。
目の前に立ち塞がる。黒い影。
大きさも形も色もすべてが有耶無耶になって巨大な悪意の塊に見える。
畏怖の象徴。
僕は、アレを目の前にして何もできなかった。
結局、僕は、彼女の溢れ出す血を止めることは愚か、彼女の涙すら止められなかった。
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彼女は、今日も日課をこなす。
彼女の日課は日記だ。
その日記を書き留めているのは彼女だが、彼女のことを書き記した日記ではない。
彼女が書いた他人の日記。
他人のことが書かれた彼女の日記。
彼女のライフワークは他人の日常を覗き見ることだ。
有名人だろうが、一般人だろうが関係ない。
たとえどれほど奇妙でも普通でも関係ない。
自分以外である。 というのが大事であって、それ以外はさして大したことではない。
彼女は日記を今日も取り留める。
今日書き記した他人は地下鉄で隣に座った冴えない中年男性だ。
彼の後追い、起きた出来事をそのまま書き記す。
駅のホームから降り、女に食い殺される中年男性の末路書き記す。
満遍の笑みを浮かべながら。