ふくいんなるもの   作:空澄みの鵯

1 / 1
第1話

御霊を扱う者よ、心せよ。

 

汝が扱う御霊の業は苛烈なる炎よりも熱く、汝の魂を焦がしゆくだろう。

 

汝の扱う御霊の業は清廉なる水よりも静かに、汝の魂を沈めゆくだろう。

 

汝の扱う御霊の業は厳粛なる地よりも確かに、汝の魂を固めゆくだろう。

 

汝の扱う御霊の業は流れゆく風よりも速く、汝の魂を削りゆくだろう。

 

御霊を扱うということは即ち、生命を冒涜し蔑ろにすることである。

 

御霊を扱うということは即ち、生命を尊重し誇りに思うことである。

 

汝、その罪を持って嘆け。

 

汝、その徳を持って叫べ。

 

御霊を扱うその業。

 

汝の業、忘れることなかれ。

 

火に焦がれることもなく、水に沈むこともなく、地に固執することもなく、風に乗ることもない。

 

白き無垢とは対極の黒き御霊。

 

喰らうがいい。与えるがいい。

 

全ては汝の罪である。

 

 

 

 

 

 

 

 

月明りもない新月の晩。森の生き物は息を潜め寝床にて英気を養うか、逆に眠りについた生き物を狙い爛々と瞳を輝かせるか。それが常の夜の森の中で、流星が一つ流れてゆく。

 

木々の間を駆け抜ける真白の長髪と髪の毛と同色の尾は一体となり、まるで白く燃え尽きようとする流星のような在り様であった。そしてその後を追うように周囲の木々を砕きながら突き進む同色の巨星。彼と同じ白でありながら、彼とは比べるべくもないほどに巨大。そもそもとして、流星は人であるが巨星の正体は虎であった。

 

虎は通称で森の主(ムティカパ)と称される。その名の通り強靭な肉体と鎧のような機能を果たす体毛によって、森の頂点に立つ生物である。腕力だけで人間を真っ二つに引き裂き、顎の力は骨を容易く砕きそのまま嚙み千切る。それは駆け抜ける際に障害物となった細い枝や、根が千切れ飛ぶ様を見れば察することができる。

 

そんな生物を相手に彼が逃げることができる理由。それが彼の特徴的な尾にあった。

 

根元から先に向かうにつれて太くなってゆき、先端部分は彼の太ももと同じくらいの太さがある。単純に考えれば重石のように思えるが、彼はこの尾とは生まれてきたときからの付き合いであり、デメリットもメリットもよくわかっていた。

 

距離が詰められてきて、相手の射程に入るであろう直前に彼は尾を大きく振った。風切り音を上げながら振り回された尾が、彼の体を慣性によって逆に振り回そうとする。直進しようとして片足を上げた瞬間、彼の体は尾の慣性によって無理やり進行方向が直角に変化する。

 

明らかに可笑しな方向転換。これが彼の武器であった。その進路変更に対応できなかったムティカパは一瞬彼の姿を見失う。その隙を逃さず尻尾を木に叩きつけるように横殴りにすることによって、尾がグルリと木に絡みついた。その木を軸に彼の体はムティカパの背後を取る形となる。

 

彼は素早く腰に手をやり、腰の(トゥバイ)によって括り付けてあった長刀の柄に手をかけた。

 

「フッ!!」

 

裂帛の気合いで振りぬかれた一閃。躊躇いのない鋭い一撃が森の主へと吸い込まれるが、長刀は鈍い音を立ててその毛皮によって弾かれる。刃引きをした長刀を使ったわけではなく、純粋に森の主の強靭な毛皮に刃が敗北したのである。そして攻撃と同時に森の主は見失った獲物を再び発見する。

 

森の主は前足を軸にして、その場で反転。樹木を抉り取るほどの強靭な爪が大地をしっかりと捉え、急激な制動を可能としていた。背後を取ったかと思えば、一転して向き合う形になる。一騎打ちと言えば聞こえはいいが、退治するのは人と虎。圧倒的に不利なのがどちらなのか言うまでもない。

 

彼は勢いよく後方へと飛び去る。油断なく長刀を正面に構えるも、森の主はその長刀が己には届かないと先ほどの一撃を受けて判断したのだろう。躊躇いなく此方へと走ってくる。初速こそ彼が早かったが最高速では言うまでもなく森の主には及ばず、避けるにしても正面からぶつかるのは分が悪くぶつかり合うのは地力が違いすぎる。

 

迫りくる巨星の威圧に体が竦みそうになる体に、意志を通しすことで然りと己の物だと認識する。

 

どうするにしても、力が足りない。舌打ちをしたい気持ちに駆られるが、それよりも先に口が動く。

 

「『土神《テヌカミ》よ、その力を此処に授けたまえ』」

 

深々と降り積もる雪のような声音で紡がれた真言《マントラ》は、土を司る神として信仰される土神《テヌカミ》への祈り。いや、彼の場合は祈りというよりも、命令と言うのが正しいのだろうか。

 

土の持つ性質である『安定』や『盤石』。こと戦闘時における土神《テヌカミ》の性質は、強固であることが一番に挙げられる。齎される恩恵の質はそれこそ、個人によっては掠り傷程度を防ぐものから、巌のような皮膚を持つにいたるものまでいるという。

 

「グゥ…あぁあああああああああああああアァアア!!」

 

振りぬかれた森の王の右腕を長刀を横に構え受け止める。体重差もあり思い切り吹き飛ばされ、木々の隙間を縫うように転がっていく。ゴロゴロと回転しながら、優れた動体視力が森の主の姿をとらえており油断なくソレが近づいてくるのを見ていた。回転の勢いのまま、自慢の尾を大地に叩きつけて真横に吹っ飛ぶ。

 

つい数舜までいた位置が爆ぜる音が耳朶を打つ。そちら側を横目で見ながら、体制を立て直し木の上へと駆け上っていく。未だ至らぬ身では完全に上まで駆け上ることは叶わないが、そのまま幹を蹴って別の木へと移っていく。おまけに知り合いの家から拝借してきた煙玉を落とす。

 

刺激成分による目つぶし、苦み成分による嗅覚麻痺、それらを周囲に拡散するための煙は長時間の発煙を可能にしたらしい優れもの。そんな謳い文句だったはずだ。その謳い文句が正しいのならば、目と鼻は潰したはず。足元から響き渡る咆哮に含まれる苛立ちは、恐らくは効果があったのだろう。

 

目と鼻を潰したのなら後は耳だ。獣ならではの気配を探るなんてことをされたとしても、気配を殺すという芸当は出来ないが周囲に馴染ませることは出来るため、気配で探られることはないだろう。注意すべきは耳。荒れそうな呼吸を意識してゆっくりと穏やかなものに整え、その場から逃げるのではなくジッとその場で目と耳を凝らす。

 

月明りすらない新月の晩ではあるが、彼の瞳は足元の煙の流れを見定めていく。煙が蠢き大地を蹴る音が響く。煙の有効範囲から逃げているのだろう、唸り声を上げながら離れていくのが分かる。相当に恨みは買ってそうだが、何とか生き延びることが出来た。代わりに殺すこともできなかったが。

 

暫くはそのまま此処で休むとしよう。長刀を見ると僅かながら刃こぼれしているのが分かる。ついでに言えば、微妙に変形してしまっているせいで、(トゥバイ)に括り付けてある鞘に収まらない。確実に横薙ぎの一撃を受けたのが原因だろう。後で打ち直さないといけないと思うとかなり憂鬱である。

 

森の主が離れて行ってから暫く。既に整えるまでもなく落ち着いた呼吸を盛大に吐き出し、自身の隠れ潜む木の幹に背中を預けて空を見上げる。とは言え頭上に月はなく、空も木の葉によって千切れたように疎らにしか見えない。

 

戦闘も終わり真言によって土神の力を借りていた体が、シクシクとした痛みを訴える。大した傷はできてないのは分かるのだが、何処かしら打ち身くらいにはなっているのかもしれない。

 

只でさえ生傷が耐えないと怒られているので、多少の打ち身程度なら問題ないか。そう考えると同時に、知り合いの威圧感たっぷりの笑顔が脳裏に浮かび体がぶるりと震える。見れば尾の毛がぶわりと広がっており、心身ともに彼女には勝てないのだろうと項垂れる。

 

せめて傷がバレないようにしなくてはならない。怒られたくないしね。

 

そんな後ろ向きな覚悟を決めながら、彼は足元を見て煙が完全に拡散したことを確認して、慣れた動きで木から降りていく。たわんだ気持ちを引き締めつつ、収まらない長刀を軽く握り歩き出す。微妙に格好がつかないまま目指すは森の外。自身の故郷たるヤマユラ村へ。

 




もしかしたら続く。というか、ハクオロさんが出るとこまでしか考えてないんよなぁ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。