【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.afterⅡ-③《Things you can see but you can't see.》

 空に小さな罅が入った。

 

「よーし、冬木にとうちゃーく!」

 

 罅の先から幻創種であるヒポグリフが姿を現した。その背中には二人の男が跨っている。

 二人の内、一人は少女と見紛う容姿と格好をしている。そして、二人は共に仮面を身に着けている。

 

「……いいのかな、これ」

 

 衛宮士郎は渡航手続きも踏まずにヒポグリフでシンガポールから日本へ飛んで来てしまった事に一抹の罪悪感を抱いていた。

 

「仕方ありませんよ、お兄さん」

 

 そんな彼に、突如出現した謎の飛行物体に乗っている金髪の少年が声を掛ける。

 英雄王・ギルガメッシュ。嘗て行われた聖杯戦争の最終決戦で衛宮士郎が戦った相手である。

 

「シンガポールで暗躍していた麻薬カルテルを潰した矢先に殺人事件に巻き込まれてしまったのですから。マリーナベイ・サンズのサンズ・スカイパークが危うく落ちる所でしたし……」

「あれはびっくりしたねー……」

 

 ギルガメッシュの言葉にアストルフォが落下仕掛けるサンズ・スカイパークを思い出しながら言った。

 突如、マリーナベイ・サンズで殺人事件が発生し、士郎は現場に潜り込んだ。

 現在、士郎の固有結界『無限の剣製(Unlimited Blade Works)』にはロンドンのシャーロキアンが保有していたコレクションの一つ、『シャーロック・ホームズのジャックナイフ』が登録されている。

 これは有名な名探偵であるホームズが手紙束をまとめる為に突き刺していたナイフである。

 宝具『是、剣戟の極地也(Limited / Zero Over)』により、ナイフから名探偵の推理力を借り受けて事件を解決に導いた。

 けれど、その後が問題だった。犯人が暴走し、いきなりマリーナベイ・サンズに仕掛けていた爆弾を爆破させてしまった。

 その対処に追われ、飛行機の搭乗時間に間に合わなかったのだ。

 

「ギルが一緒で良かった。船を固定してくれたおかげで全員を無事に避難させられたからな……。改めて、礼を言わせてくれ」

「要りませんよ、そんなもの。(ボク)は我の望むままに動いているまでですから」

「それでもだよ。ありがとう、ギル」

 

 士郎の言葉にギルガメッシュは顔を背けた。少しだけ、頬が赤くなっているようだ。

 

「ちょっとちょっと、シロウ! ボクだって、がんばったよ!」

「ああ、分かっているさ。ありがとう、アストルフォ」

「え、えへへ……」

 

 微笑みながらアストルフォの頭を撫でる士郎にギルはやれやれと肩を竦めた。

 聖杯戦争終結から数年、士郎はすっかり女(?)の扱いになれてしまった。

 アストルフォが喜ぶ言葉を知り尽くし、アストルフォが喜ぶ行為を知り尽くしている。

 以前は初心な士郎をアストルフォがからかう場面もあったのだけど、今では一方的に士郎がアストルフォを翻弄している。

 

「おや? お兄さん、あそこに……」

「え? あっ!」

 

 三人は眼下に見知った人影を見つけ、降下を開始した。

 

 Act.afterⅡ-③《Things you can see but you can't see.》

 

 アテもなく走っていた。心は散り散りになっていた。

 

「ふざけんな……、ふざけんな……」

 

 気づけば、彼は円蔵山の麓へ来ていた。

 そこへ一人の男が近づいていく。

 

「間桐ではないか! アーチャー殿は何処に?」

「……はぁ?」

「はぁ? ではない! 貴様はアーチャー殿を呼びに行ったのだろう!?」

「あっ……」

 

 ポカンとした表情を浮かべる間桐慎二に柳洞一成は顔をしかめた。

 

「どうした?」

「……なにがだよ」

「随分と気落ちしているように見える。拙僧、これでも僧職の身故、相談事に乗る事も吝かではないぞ」

「ふん。生臭坊主の説教なんて聞く気はないね」

 

 そう言い捨てると、慎二は一成に背を向けた。

 

「どこへ行く気だ?」

「エミヤを呼ぶんだろ? 分かってるさ。分かってる……」

「間桐……」

 

 来た道を戻っていく。田園に挟まれた道を歩きながら、彼は過去に思いを馳せる。

 過ぎ去った日々。起きてしまった出来事。犯してきた罪。

 頭を下げた。償うために衛宮を支援する為のNPOを立ち上げた。

 エミヤと桜の結婚の為に、それこそ死物狂いで動き回った。

 

「……それで償ったつもりかよ」

 

 許される筈がない。それだけの事をしてしまった。

 虐待どころではない。

 二桁にも届かない年齢で、桜は処女を失った。得体の知れない蟲に集られて、体の隅々を弄り回された。

 食事に毒を混ぜられ、心を壊す為の拷問を重ねられた。

 

「なんで、助けなかったんだよ……」

 

 それどころか、彼女を犯してしまった。

 一度や二度じゃない。魔力を補充する為だと囁きながら、何度も抱いた。

 人形のように静かな桜が、その時だけは表情を変えた。

 

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 一体、どの面下げて仲人なんてやろうとしているんだ?

 なんで、生きているんだ?

 死ねよ。くたばれよ。蟲に食われるのがお似合いだ。

 だって、助けられる場所にいた。

 

「衛宮が救えなかったのは当たり前だ。知らなかったんだ。仕方ない事だ。だけど、僕は違う。僕は知っていた。近くにいた。なのに、何してんだ? おい、お前! 何してたんだよ、間桐慎二!!」

 

 近くの電信柱に頭を打ち付ける。

 何度も何度も打ち付ける。

 頭から血が流れても、激痛に襲われても、それでは足りぬと打ち付ける。

 

「……桜の笑顔なんて、衛宮の家に通い始めるまで見た事なかった」

 

 人形が人に変わっていった。

 

「違うんだよ、エミヤ……。違うんだ。救っていないわけがないんだ……。だって、きっと、世界が違っても……、桜はお前が好きだった筈なんだ」

 

 生きる事に絶望し、人に対して絶望し、未来に対して絶望していた彼女を笑顔にした。

 それがどれほど凄い事なのか、衛宮もエミヤも分かっていない。

 

「僕だって……、最初は……、でも、出来なかったんだ……」

 

 衛宮は正義の味方に憧れていた。

 だけど、そもそも衛宮は正義の味方だった。

 

「桜を救っておいて、なんなんだよ!! 笑顔にしておいて、何言ってんだよ!! じゃあ、僕はどうなるんだ!? 笑顔にも出来なかった。救う事も出来なかった。それどころか傷つけた!! なんなんだよ、僕は!!」

「うるさーい!」

「ほあっ!?」

 

 いきなり背中を蹴りつけられた。

 ここは滅多に人が通らない場所で、だからこそ思いの丈を叫んでいた。

 まさか、人が居るとは思わなかった。そして、まさか、この状況で蹴られるとも思っていなかった。

 普通、明らかに悲痛な叫びを上げている人間を見たら心配しないか? あるいは警戒しないか? 少なくとも、蹴る事はなくないか?

 

「誰だよ!?」

「わたしだよ!」

「イリヤスフィール!?」

 

 そこにいたのはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 聖杯戦争の始まりの御三家の一つ、アインツベルンのマスターだった少女だ。

 彼女は短命を宿命付けられていたが、ギルガメッシュが保有するエリクサーの力で人と同じ時間を歩めるようになっていた。

 ある時を境に成長を止めていた肉体も再び成長を始め、今では背もかなり伸びている。

 そんな彼女のキックは普通に痛かった。

 

「なんで、ここに!?」

「イッセイに頼まれたのよ。まったく! サクラとアーチャーの結婚前日に何をしているの!?」

「お、お前には関係ない! それに僕の事なんてどうでもいいだろ! こんな所にいないでエミヤの所に行けよ!」

「なに? アーチャーも面倒くさくなってるわけ?」

「めんど!? お、お前に何が分かるんだ!」

 

 面倒くさいと言われて、慎二は激昂した。

 けれど、そんな彼のおでこをイリヤスフィールは小突いた。

 

「痛いぞ!!」

「それはそうよ。叩いたんだもん」

「なんで叩くんだ!?」

「『お前に何が分かるんだ!』って言ったじゃない。すごくムカッと来たわ」

「……く、口で言えよ! いつからそんな暴力女に!?」

「リンに殴り飛ばされて、そのままコンクリートでガリガリ擦られた時からかしら」

「え? なにそれ、怖いんだけど……」

 

 慎二はドン引きした。

 殴り飛ばす時点でどうかと思うが、コンクリートでガリガリ擦られる様を想像して、そのあまりの残虐さに背筋が冷えた。

 

「聖杯戦争中の話よ。魔術師同士の戦いで中華拳法なんて……。いつかあの時の借りを返す為にタイガに色々習ってるところよ」

「お前ら……、桜の結婚式の事で和気あいあいと語り合ってたくせに……、こわっ……」

 

 魔術師から格闘家に転向する気満々のイリヤスフィールに顔を引き攣らせながら慎二は溜息を零した。

 

「……なあ、イリヤスフィール」

「なに?」

「聞いてたんだろ。僕の悩みって、くだらなく聞こえたか?」

「ええ、とても聞くに堪えないものだったわ」

 

 容赦がない。あまりにも直球過ぎて、怒る気にもなれない。

 

「……だったら、教えてくれよ。僕はどうしたらいいんだ?

「別に? 今まで通りでいいんじゃない?」

「真面目に答えろよ……」

 

 ムッとした。くだらないと言うからには、なにかしら意見があってもいい筈だ。

 

「真面目に答えているわ。シンジ。あなた、思ったよりも馬鹿なのね」

「はぁ? どういう意味だよ!」

「だって、見当違いも甚だしいわ。あなた、そもそもサクラに嫌われてないじゃない」

 

 その言葉に慎二は顔を歪めた。

 

「嫌われてない? 馬鹿言うな! 僕がアイツに何をしたか知らないから言えるんだ! 今この瞬間に、アイツが僕にナイフを突き立てても全く疑問に思わないね! そういう事をしたんだよ、僕は!」

「……ああ、なるほど。あなた、自分の事しか見てないわけね」

「は?」

 

 イリヤスフィールは呆れたように言った。

 

「あなた、サクラの事が何も見えていないじゃない。謝るわ。訂正する。あなたにはやるべき事がある。今すぐ、サクラに目を向けなさい。それが出来ないなら話はおしまい。行き止まりね。その手前勝手な苦悩に押し潰されて死ねばいい」

 

 突き放すようなイリヤスフィールの言葉に慎二は瞳を揺らした。

 

「僕が桜を見ていない……?」

 

 そんなつもりはなかった。

 彼女の為に何かしなければいけないと思い続けて来た。

 ずっと、彼女を見ていた。

 見ていた筈だ……。

 

「もう一度だけ言ってあげる。サクラはあなたを嫌っていない。だから、あなたはあなたのまま、あなたらしくサクラと接していればいい。だって、あなたはサクラのお兄ちゃんなんだから」

「……桜の……、お兄ちゃん」

 

 桜は慎二を兄さんと呼ぶ。

 それは凛と共に暮らすようになってからも変わらない。

 遠坂の姓に戻せるよう手配しても、彼女は間桐を名乗り続けている。

 

「だって……、僕は……」

「シャキッとしなさい!」

 

 背中を叩かれた。かなり痛い。

 

「あなた、サクラの幸せを願ってるんでしょ?」

「あ、当たり前だ!」

 

 それだけは変わらない。それが今の彼の唯一にして絶対の望みなのだ。

 

「だから、あなたはお兄ちゃんなのよ。家族だから幸せになって欲しいんでしょ?」

 

 その言葉は慎二の心を大きく揺らした。

 

「……そう、だよ。僕はアイツの兄貴なんだ……、だから、幸せになって欲しいんだ……。僕、桜に幸せになって欲しいんだ……。不幸だった分もいっぱい……、いっぱい……」

「じゃあ、あなたがやるべき事はなに? もう、分かったでしょ?」

「ああ……」

 

 桜の顔が浮かぶ。桜の声が浮かぶ。

 

 ―――― 兄さんのことだけは……、嫌いじゃありませんでした。

 

 その言葉を信じる事が出来ずにいた。

 だけど、彼女は今でも自分を兄さんと呼び続けている。

 

「……ああ、分かった」

 

 もし、本当に彼女が自分を嫌わずに兄と慕ってくれているのなら……。

 

「僕、あいつの結婚式を成功させないと……」

 

 兄として、妹を幸せにしたい。

 とても単純(シンプル)な解答。けれど、気づく為に随分と遠回りをしてしまった。

 

「うん。やっと、いつものシンジの顔に戻ったわね」

「……手間かけさせて悪かった」

「falsch」

「え?」

 

 慎二は一瞬混乱した後、彼女が母国語で喋ったのだと気がついた。

 

「違うって?」

「悪かった、じゃない。そういう時はDanke schön」

「……なんで、ドイツ語で言うんだよ」

「あなたの言葉で言うべきだからよ」

 

 その言葉に慎二は深く息を吐いた。

 

「はいはい……。ありがとう、イリヤスフィール。目が覚めた」

「わたしは柳洞寺で待ってるからね」

「ああ、すぐに連れて行くよ」

 

 慎二は駆け出した。もう一人の、彼女が言う所の面倒くさい馬鹿の尻を叩くために。


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