木組みの家と石畳の町。
季節は春。桜が咲き誇り、鮮やかな新緑が目に眩しい季節。
寒かった陽気も徐々に暖かくなり、もうじき防寒具も要らなくなりそうなそんな時期。
俺、香風タカユキは父親でありラビットハウスのオーナーである香風タカヒロに呼び出されていた。
「さて、呼び出したのは他でもない。高校卒業おめでとう」
「卒業当日にも聞いたし、もう4月だよ、親父」
そう、4月。
新年度だ。同級生は就職なり進学なりで多くのものがこの町を離れていったが、俺を始めとした少数は町に残っている。
「進学しないということは後を継ぐと云うことでいいのだな、息子よ?」
さて、どうしたものか…
正直にいって迷っている。
家は俗に言う喫茶店だ。ラビットハウスなんて名前だがウサギはいない。居るには居るがアレはウサギではない。
仕事は嫌いじゃない。常連もいるし、ソレなりの人気はある。暇だけど…
バータイムの仕事も楽しい。たまに親父の昔馴染みが来たりしていろんな話を聞かせてもらえたりもする。
断ることはしないが、迷っている。
自分の道だ。自分で決めたい。
だが、やりたいことも見つかってない。
悩んでいると、親父が微笑んだ。
「そうか。その気があるなら声を掛けろ。お前の人生だ好きに生きろ。取り敢えず、シフトは何時もより多目に入れておく」
「マジかよ…」
俺の答えを予測していたのか、既に書き換えられたシフト表を渡される。
高校も卒業したからか、毎日入れられてる。まあ、特にすることないしいいんだけどさ…
親父の話も終わったので店に戻ると最後のお客様が帰るとこ炉だった。
店にお客は居らず、店員である俺と妹のみ。
「お兄ちゃん、お父さんとのお話は終わったんですか?」
香風チノ。それが妹の名だ。母親似の可愛い子に育ってくれたので兄である身としては感無量だ。
「ああ。食材が少なかったよな?少し、買い出しにいってくるわ」
「わかりました。いってらっしゃい、お兄ちゃん」
チノは口下手だが、時として感情が行動として現れる。今なら俺の服の裾を摘まむといった具合に。
心配そうな顔でこちらを見つめるチノに、しゃがんで目線を会わせる。
「大丈夫だ。すぐに帰ってくるから」
「あの時もそう言って帰るのが遅くなりました。」
痛いところを突いてきたな。確かに、あの時も同じことを言ってた気がするが覚えてない。
にしても、よく覚えているな妹よ。俺はもう覚えていないぞ?
「もうじきリゼも来るし、ティッピーと留守番頼んだ」
俺はチノの手を振りほどき、買い出しに出るため店の外へと向かう。
4月が始まって未だ数日。学生にとっては春休みのこの時期、昼過ぎという時間帯はいつも以上に混雑する。
昼食時ということもあって、ファーストフード店等の食事をする場所、食材を取り扱ってる店は特にそれが顕著だ。
「買うものはこれで全部だな、はよ帰らんとまたチノが拗ねるからなぁ」
思ったよりも時間がかかったが必要なものは全て買った。
後は、真っ直ぐと家へ帰るだけだ。
食材の入った紙袋を右手にもって帰路へと着く。
その時に聞こえたのは微かな悲鳴。
何事かと思い、周囲を見るも代わり映えのしない何時も通りの風景。
他の人には聞こえてなかったように見えることから幻聴かと思い、
「ーーー」
今度は先程よりもハッキリと聞こえた。
場所は左手に有る路地。家と家の隙間からなる狭い道。
悪人が悪さをするならもってこいの場所だ。
路地に入り進むと、少女がへたり込んでいた。
眼前のウサギに脅えながら…
流石に予想外。え、なにこの茶番?と思いつつも少女の目の前にいるウサギを左手で抱き上げる。
大人しいウサギだったので、更に疑問。なぜこの少々は脅えていたのかが皆目検討もつかない。
「舌噛むから‼それ以上近づいたら舌噛むから‼」
ウサギにトラウマでも持っているのだろうか、この少々は…
未だに俺の存在にも気づかないほどに混乱している。
目を瞑り、舌を噛もうとしているその姿はかなりシュールだ。携帯で写真を撮ってもいいんじゃないかというぐらいのシュールさだ。
「おーい…」
「ふぇ…?」
見かねて声をかけ、やっとのことで俺に気づく少女。
両手が塞がっているので、左手で抱き抱えているウサギを一時的に頭の上に乗せ、少女に手を差し出す。
少女は手を恐る恐る取り、立ち上がる。
「あ、あの、ありがとうございます‼声をかけられるのがもう少し遅かったら舌を噛みきってました‼」
なんとアグレッシブな子なんだ…
頭の上に乗せたウサギを左手に戻す。少女が怯えるが、我慢してもらうしかない。
「それなら良かった。目の前で死なれたらと思うとゾッとするし。」
いや、本当に良かった。めんどくさいという思いも有るが、助けられる位置にいる者を助けられないというのは俺の心情的にかなりクルものがある。
小学生の頃親父に見せられた戦場並みに嫌な気分だ。
「あ、すみません。バイトに遅れてしまうのでこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました!」
「ああ。気をつけて…」
続けて、ウサギに気を付けるように言おうとも思ったが止めた。
少女が走り去っていったのもあるが、俺も早く帰らないといけないからだ。
ウサギを地面に下ろして、帰路へと着く。今回こそ。
「あ、あの子の名前聞いてないや。まあ、いいか」
出来るだけ急いだつもりだが、結構時間がかかってしまった。
裏口から入り、キッチンへと進む。食材を決められた場所にしまい、チノが居るであろうカウンターへと向かう。
店内には誰もいなかった。
「あれ?」
首をかしげ、目を瞑り考える。
ここは俺の家であり、職場のラビットハウス。OK
時間帯的に客がいないのは理解できる。OK
では、チノは?
誘拐?いや、こんな真っ昼間からそんなアホをやらかす馬鹿はまずいないが、あり得ないと断定も出来ない。保留
トイレ?それなら一番安心だが、ティッピーまで居ないのはおかしい。
色々と考えたがリゼまで居ないのはどういうことだ?
「こんにちは」
考え込んでいると、店の扉が開いて常連の田中さんがいらっしゃった。
「いらっしゃいませ。何時ものでよろしいですか?」
田中さんはいつも通り窓際の席へ着いて、俺にOK サインを出す。
チノのことは心配だが、親父も居るのだから大したことじゃないだろうし…
ではなぜチノが居ないことに取り乱したか?
妹を心配するのは兄の仕事だからだ。
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」
チノとリゼと知らない子が中から店部分に来た。やっぱり大丈夫だったな。別にそんなに心配してないし。
「すまん、少し遅れた」
少し?30分オーバーです。
「リゼは後で空気椅子30分な」
「ぐっ…、遅刻したのは私だからな。了解した…」
文句を言いたそうにするも納得して受け入れるリゼ。
でも、何故かは知らんが少し楽しそうだ。
「始めまして‼私、ココア。今日からよろしくお願いします、お兄ちゃん‼」
春は出会いと別れの季節というが、妹が増える季節だとは知らなかった。
今年は賑やかになりそうだが、俺個人としては静寂が好ましい。
田中さん(オリキャラ)
常連の元傭兵。昔、リゼ父やタカヒロと一緒に戦場を地獄に変えていた(自称)