IS学園の言霊少女(本編終了・外伝スタート) 作:ひきがやもとまち
こちらの回が再開してからの第1話となりますので、先にこちらをお読みになられた方が話は理解しやすいと思います。
今話は完全オリジナル回で、原作キャラで登場する人は皆無です。
“今話”と言いつつも次話もなんですけどね・・・。思っていたより書けない無能な作者をお許しくださいです・・・。
「ーー今日、皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。
かねてより軍部から提案されていた日本再占領プランの可否について意見を戦わせていただきたいと思ったからであります」
そう言って会議室に集った政治家及び閣僚たちを見回したのは、ジャミトフ・ワイアット退役元帥。旧アメリカ海軍の重鎮であり、軍を指揮するよりも後方を総括するよりも秘密保持の必要な種の任務を得意とした陰謀好きな老人である。
明らかに所属する軍隊を間違えているとしか思えない経歴と能力の持ち主なのだが・・・まさか仕官学校への入学願書締め切り日の前日に酒を飲んで酔っぱらい昼間で寝て間に合わず米軍入りしたとかではないだろうな?
だとしたら歓迎なのだがね。今すぐ処分して降格させる口実ができて助かる。
ーーが、私の願いや願望は脆くも崩れ去り、過酷な現実として目前に立ち塞がっている。以前使った毒が今更になって効果を発揮してしまったのである。
「ジャミトフ閣下、その案は発案者である三少将が軍を脱走し、脱走兵となったことで立ち消えたと思っておりましたが・・・?」
議員の一人が苦々しげな口調で換言すると、幾人かが頷いて賛意を示す。
だが老人は揺るがない。ビュコック老と違うタイプではあるが、それでも気骨自体は豊かな老兵なのである。
彼は不敵に笑ってみせると、手招きで会議室のドアを開けるよう警備兵に指示を出す。この場にいる政治家たちの中で最上位にある私の許可も、偉大なるご意見番ゴップ議長の許可さえ取ることなく当たり前に様に断行する仕草には、帝国の門閥貴族めいた特権階級と同じ臭いが感じられて不快だったが、『微笑みの仮面』などと揶揄されたこともある私の表層をはがせる程のものではなかった。
と言うよりも、今日の昼に関係者各位の予定にはなかった会議を緊急召集され、国を代表する知名士ばかりが彼の名前で集められてる時点で礼儀も形式もあったものではない。
軽く流せる程度ではあったが、珍しく議長が不愉快そうに眉を潜めているのが見えたので意外に感じ、後で聞いてみたところ「前世で同じ名前を持った禄でなしに会ったことがある」とのこと。
もし私がこの時点で彼の話を拝聴していたとしても「そういうものか」ぐらいの気持ちにしかなれなかったであろうが、次の瞬間には私も思わず「あ~・・・」と呻いて頭を抱え込みたくなってしまった。
『前世で出会ったことのある、同じ名前を持った嫌な奴との再会』第二段だ。
「FBIで副長官を務めております、ロイヤル・ロックウェルであります。以後、お見知り置きくださいます」
「実は、このプランを最初に考えたのは彼なのですよ。私が直々に呼び寄せて、特別に来てもらいました。理由は言わずもがな、来年早々の選挙で皆様方を勝たせるための策を提示してもらうためであります」
ザワッと、一同がザワめくのを見て私は、溜息をこらえるのに苦労しなければならなかった。
たかだか退役した元軍官僚に、政治とも軍事とも縁遠いFBIの副長官。この組み合わせで発案される出兵話に政治家諸君が振り回される。どうやら何時の時代の民主主義国家においても政治家という生き物は「票」と「選挙」の二文字の前では完敗を喫する定めにあるらしい。
「ご存じのように皆様方の支持率は過去最高の数字です。女尊男卑への反発と開戦から続く勝利勝利勝利、そしてまた大勝利。まさに米国無双。向かうところ敵なしの史上最強軍隊アメリカ軍と、巷では軍隊を賛美しない日がないほどに物凄い大人気ですよ」
そのことは知っているが、間違ってもいるな。事実とはやや異なっている。
実のところ我が軍はマイントイフェル大佐率いる艦隊以外で大勝したことは一度もない。我々首脳陣が派兵戦力を調整したからと言うのも大きな理由のひとつではあるが、現実問題として現在我が軍の主力を担わせている新兵器EOSは、全軍に配備できるほど数が揃えられていない。それが一番のネックとなっていた。
金がない、資源がない、人手が足りないし、偏りが出過ぎても困る。
様々な理由が積み重なった結果としての数不足であるが、私と議長の本音を言うのであれば「戦争なんかで国家を破産させて何の得がある?」だ。
仮にこれが絶対に勝たなくてはならない殲滅戦であるなら話は別だろうと思う。
たとえば旧銀河帝国ゴールデンバウム王朝を相手に国庫を空にする勢いで軍事費に金を費やし続けた旧同盟の政治家たちの判断は正しかったと私は今も確信し続けている。
金髪の小僧ならいざ知らず、旧帝国の門閥貴族どもを相手に平和主義やら共存やらの概念が理解できるとは思えないし、尻尾を振ったところで一時的に歓迎されて貴族に叙せられるだけであって、いずれ必ず捨て駒にされ使い捨てられるのは間違いないのだ。
エドワーズ女史には是非とも婚約者のラップ少佐だけではなくて、リューネブルク准将の死に様についても学んでいただきたかったと思う。前世でやり残した悔いの一つだ。
私も議長もマイントイフェル君も、初めから恐れていた存在は各国の代表選手でもセレニアちゃんでもなくて、勝利の甘い果実に侵されて『戦争は容易に勝てるものだ』と勘違いしてしまった国民たちであり、彼らが主戦派をつけあがらせて暴走させコントロールを受け付けなくなって国家と国民を道連れにして谷底へと転落していくのに付き合わされる事だった。
成し遂げられずに滅びた側は不満足なだけで済むだろうが、巻き添えにされた側としては堪ったものではない。迷惑なだけである。
だからこそ私は敢えて軍の編成に格差を設けさせた。マイントイフェル君の部隊だけに比重を傾けさせ、他の部隊には適度な敗北と勝利を繰り返させ続けたのである。
要はヤン提督と同じで特別扱いしたわけだが、はじめから身内である彼を人身御供にする理由も必要もなく、彼の得た勝利は個人プレイ、彼の部隊だからこそ勝てたに過ぎず、我が国が勝利するにふさわしい実力を備えていたわけではないと印象づけさせる工夫までしてマスコミを手玉にとり続けてきたと言う訳だ。
しかし、どうやら一度でも軍事的勝利という麻薬に侵され、心に潜む好戦的幻覚を花開かせてしまった国民たちに政府の情報操作は必要なかったようである。
犠牲が出ているのに、勝利は過小に報道させているのに、主要な言論機関とマスメディアを制御下においてまでいるというのに何故、至るところで異口同音に「アメリカによる世界制覇!」を呼号する叫び声が聞こえてくるのだろう・・・?
「景気も好調、先日のニューユーク株価は前期比と比べても倍増です。その上に利益率も下がっていない。まさしく日の没せざる大米帝国と言わざるを得ません。小官の言うところは誤っておりましょうか?」
ーーおい。君はどこのアンドリュー君かね。言い方も論法もやってることも全く同じでは区別が付かない。せっかく自由の国に生まれたのだから、もう少し個性をだね・・・。
「ーーですが、それも既に過去の話となりました」
ああ、今度はジャミトフ君かね。なんだい、言ってみなさい聞いてあげるから。
ーー出だしの時点で内容の予測がついているのは転生者故の秘密とさせてもらうがね。
「この上で矛を収め、戦火を終息させでもしたら戦時下にある戦争特需で好景気に沸く我がアメリカ経済は破綻すると言うことです」
ざわりと揺れる議場。それがバカバカし過ぎて、声を出す気力が根こそぎ奪われていく気分だよ。
「民需品の生産数を減らし、軍需物資の量産化に工場のラインを回したおかげで戦争景気に沸いているのが現在のアメリカです。これだけ拡大させ続けた戦域を一気に縮小してしまえば株価の下落は避けられません。
そうなれば戦争の勝利によって支持率を上げ当選されている軍事政権で閣僚を務められておいでの皆様方が次の選挙で敗北するのは間違いないと、私は予測いたしますが?」
ジャミトフ君の言葉に一同がざわめき、彼は満足そうな顔をしながら席に座る参加者たち一人一人と目を合わせていきながら私と議長の方にも視線を向けた。
その瞬間、一瞬だけだが眼光が不快さを示す硬さを見せた。
・・・いや、そこで不機嫌そうに口の端をへの字にされては私の方こそ困るのだがね。
なにしろ戦時下での戦争特需がもたらす戦争景気は限定的で範囲が限られすぎており、全体としては大赤字になっている国家経済を誤魔化すために行われるのが大規模出兵であることを私も議長も、この場にいないがマイントイフェル君も実体験で熟知しているからねぇ。今更過ぎて何を驚けばいいのやらとしか言い様がない。
それから大きな国家事業があった時に売り上げを伸ばすと、その反動で低迷することは多々ある話だから、当然対策ぐらいは事前に練ってあるよ? 経済官僚でもない君如きが口出ししてくる必要性は皆無だが?
「・・・この上は、大統領のご意見を!」
・・・自棄になったみたいに大声をださんでくれないか? 聞くにも耐えないし、見るにも耐えなくなるのでね。
「ひとまず、休憩しよう。昼食をとった後で改めて決を採ることにする。
我が国は敗戦間近の弱国ではない、勝利を間近に控えた強国にして大国でもあるのだ。我々が昼食を食べている間ぐらいは世界に存続を許してあげれる心の余裕を持つべきだと私は思うが、如何かな?」
場が笑いに満たされて、皆が快く気分良さげに一時退室していく。
ジャミトフ君だけは「すばらしきご提案です、閣下」と言って深く頭を下げてから退室していった。
ーーふむ。あれは完全に妄執を宿した眼を私の視界から隠したかっただけだな。含むところが在る者として当然の反応だとは思うが、芸のないことだとも思ってしまう私がいる。
彼のような小策師に、腹芸をするなら今少しバリエーションを増やしてほしいと希望するのは些か欲が深すぎるというものか。自重しよう。
「・・・どこの世界、何時の時代にも同じ様な人間はいるものだな」
タオルで顔を拭きながらつぶやかれた議長の声には、疲労が色濃く滲み出ていた。
然も有りなん。私もあれだけ無意味で無価値な会議には前世今生あわせても始めて参加させられたからね。老齢の議長にとっては体力的にもお辛かったことだろう。
「ーーこの度は小官の不手際が原因でお二方には大変なご迷惑をおかけしてしまい、まこと慚愧に耐えぬ想いであります」
そう言って扉の前に立ち、直立不動の姿勢を保持したまま相手に表情を見える角度で頭を下げているのは亡国機業の本部ヘブンズ・ベース討伐で名を上げたマイントイフェル准将だ。
急遽召集される運びとなった今日の会議に前線にいるはずの彼が間に合っているのは、私自身が個人通話で三日前に通達していたことなので別段不思議ではない。
なにしろ参加者たちは名士ばかりなのだ。事前に召集できる算段が付いていなければ緊急召集など出来ようはずもない。会議室や興される料理とて格が必要となる会議なのだ。本当の意味で“本来の予定にない、VIPたちが急遽呼び集められた会議”など、欠員なしで行うことは不可能なわけだから察知するのは容易かった。
だが、同時にそれは彼らの思惑を事前に察知し対策をとっても尚、防ぎ得なかった会議であることをも意味していた。我らの敗北である。それは認めざるを得ない。
「ひとえに失敗の原因は小官に在りますれば、どうか部下たちにだけでも寛大なご処置を賜りたく・・・」
確かに今回の作戦は彼の軍事的勝利が派手に喧伝されすぎたことが大きな一因になってはいるのだが、さすがに上から命じられた命令を完遂した部下に対して処罰を下す指導者というのは実在しないと思うのだが。
軍人としての責任と、指揮官として果たすべき責務の重要さを意識しすぎるのが彼の長所であり欠点でもあった。失敗だろうと成功だろうと、結果に対して責任を負うのが当たり前だと認識しすぎているのである。
「気にせんでいい。今回の件で君に責任を負わせて罰したのでは、私もトリューニヒトも政治家が果たすべき義務である信賞必罰の実を問われることになるからな。軍として、けじめが付けられなくなるのも困る。だから気にせず、ゆっくり食事を楽しもう」
議長が険しい顔をかすかに緩めて准将を見やりながら優しげな声をかけている。
癖のある笑顔はいつも通りの物だが、今日のには珍しく含むところを感じさせない。純粋に若さ故の青臭さを見て好印象を受けているようだ。もしかしたら偶に聞かされている、前世での孫娘と友人に照らし合わせる点でも見いだしたのかもしれない。・・・彼の孫娘自慢は始まると長いんだよなぁ・・・。死んでからもお盛んなのは喜ばしい事でもあるから構わないのだが・・・。
「しかし・・・」
「第一、君を処罰した後で誰を後任に当てればいいのかね? 我々は前世と違って人材と手駒が不足しすぎているのだ。詰まらぬ事で責任云々を話題に出すのはもうやめよう」
「は・・・」
承知いたしました、とつぶやく准将。
前から思っていたことだが、議長は癖の強い若者たちの掌握が非常に巧みで上手い。今度コツを伝授してもらえないかお願いしてみよう。また元の世界に同じ姿で再転生する可能性がないとも限らない以上は備えておくに越したことはない。一度あった以上、二度目はないとは限らないのだから。
ーーだが、一方で准将の顔を見るに納得までにはほど遠い心境のようでもあった。
大凡、責任回避という発想ができないタイプの人材であり、帝国軍で言えばオーベルシュタイン総参謀長に近いと言えないこともないだろう。
違いとしては、人並み程度には欲があるところかな? それだけで随分と変わるものだと感心もさせられる。
同じ責任感の塊として見た場合にはヤン提督とも類似点が見受けられるだろう。
もっとも、彼ら二人では責任感を感じる対象と理由が異なりすぎているわけだが、その点は生まれ育った国が違うからの一言で説明が付く。専制的独裁者の支配する侵略国家と我が自由の国では飲む水が違いすぎるのだから。
ヤン提督は彼の十分の一程の意欲もないが、彼にはヤン提督の百分の一でも軍人らしくなさを持っていたら随分と生き易かっただろうと思える。つくづく人は、人であるだけでままならないものなのだ。
「ところで議長。実際のところ経済状況は如何なものなのですか? 専門家としての意見をお聞かせ願いたい」
「限界に近い。この一言に尽きるだろうな」
私からの疑問に、議長は短く断言して答えてくれる。
前世においても今生においても彼はアメリカ大陸に広大な土地を持ち、代々保護し続けている一族の家に生まれた後方管理のスペシャリストだ。私の知る限り彼と並ぶ事務の達人はアレックス・キャゼルヌ中将ぐらいしか思い浮かばない。
こと、物資の管理と経済調整など後方管理を担わせたら現在の米国で勝負になり得る財界人など存在しない。日本風に表現するなら『じみちーと』とやら言う奇才の持ち主なのである。
だからこそ逆に今の私にとって先の言葉は、聞き逃すわけにはいかない類のものだったのだが。
「ダメですか、やはり」
「ああ、ダメだろうな。このまま行くと戦後の世界構築に深刻な悪影響を及ぼしかねない。早々に戦争を終結させなければ後に響くばかりだよ。
軍を制御しきれないままズルズルと予定に無かった地域まで戦域を拡大しすぎたことによる弊害が出過ぎてきたようだな」
ちっ! ・・・二人の前で失礼だとは思ったが、それでも私は舌打ちを押さえることができなかった。
まったく、なんて様だ。米軍がかつての日本軍と同じ過ちを侵し続けているだなんて・・・!!
「アメリカは世界を征服し、支配しすぎた。
西を攻め、東を討ち、上へ下へと移動に次ぐ移動で世界の警察として不動の地位を守ってきた訳ではあるが、それがいざ軍隊として国益のための軍事行動をし始めた途端に国民たちから煽り立ててくる。次に攻めるべきなのは中国かロシアか、それともアルタイルかと」
「それは・・・」
「恐ろしかろう? 本国の首都に住んでいる富裕層でさえアメリカ軍は宇宙の彼方まで進軍し、征服できることを疑わなくなりはじめているのだよ。本国から戦場までの距離と時間など、誰も問題にしていない。それどころか戦争を構成する要素として重要だとさえ思わなくなってさえいる。
征けば勝てると確信しており、現地に赴くまでの費用については考えておらず、根本的に戦争とは目的を達成するための手段でしかないことさえ忘れ果てている。
開戦に備えて貯め込んでおいた物資の底が見え始めた今になっても思い出す気配が微塵も見いだせないままだな」
「「・・・・・・・・・」」
私もマイントイフェル君も黙り込まざるを得ない。
想定外であり、想定以上とも言える自体を前に我々は認識を改める必要性を実感していた。前提条件として設定していた世界とアメリカにたいする評価を楽観視しすぎていたのだと。
・・・思い出してみるとアメリカ人には以前からそう言うところが無いこともなかった。自信過剰なわけではなく、自意識過剰なわけでもない。自惚れやすいのでもなければ、無闇に好戦的でも残虐でもないのだが、戦うことを恐れなさすぎるのと『正義に酔いやすい』点だけは我らアジテーターにとって頭痛の種で有り続けていたのだ。
煽動演説家には民衆を熱狂させ、発生した熱に進むべき方向性を指し示すことしかできない。支配しているわけでも、操作しているわけでもないのである。
むしろ自ら敵に向かってけしかけさせた獰猛な番犬に手を噛まれて食い殺されないよう御し続けるため死力を尽くさなければならず、ヤン提督が思っていたであろう程には晩餐パーティーは安全な場所ではなかったりする。周りにいるのが危機感に乏しい飼い犬に様な連中ばかりでは尚更だ。
金であれ暴力であれ弁舌であれ、無制限に酔いしれて万能薬だと思い込んでしまえば待っているのは救国軍事会議におけるクリスチアン大佐と同じ末路だけだろう。
自らが美辞麗句だけが取り柄の煽動演説家に過ぎないこと。寄生虫に過ぎない政治業者に必要な要素は実のところ、この一点しかない。身の程さえ弁えておけば、高望みして見逃してもらえる範囲を超えることはないからだ。
問題なのは我々が承知しているこの事実を、ジャミトフ君たち主戦派の連中が事実として認識しているかどうかだが・・・・・・。
「ーーしかし、解せませんな。事前の調査では主戦派はこれだけ多くの支持者を持ってはいなかったはずなのですが・・・」
私はつぶやき、議長も同意する。
今回の件に先立ち、勝利によって台頭してくるであろう主戦派への対策は用意してあった。有効性も十分に実証され、議長やマイントイフェル君からも太鼓判を押されてもいた。私としては大船に乗ったつもりでいたのだが、蓋を開けてみればこの通りである。
何故かまでは分かっていないが、どこからともなく次々と主戦派の有力者たちが沸いてくるのである。それこそ、旧地球時代における冷戦時の共産主義賛同者と同じぐらいに。
「潰しても潰しても切りがない・・・。その上、妙に多種多様で職業にも人種にも偏りが見られないし、主戦派という以外には思想的にも一致していない。にも関わらず得意分野においては矢鱈と優秀・・・いったい奴らの人材供給源は何処にあるのだ?」
まさか人知れず辺境に本拠地でも作っていたわけでもあるまいな・・・? などと在らぬ妄想すら掻き立てられる私の耳にマイントイフェル准将から控えめな声で提言される。
「その件につきましては私の方からお二方にご報告せねばならぬ事があります。先日発足させたばかりの『治安維持部門』が成果らしい成果をようやく上げまして・・・」
「治安維持部門・・・? ーーああ、OKRか・・・」
私は気を使ってもらった相手に対して非礼を承知しつつも不快さを顔に出さずにはいられない。政治家の基本がどうこう以前に飲んで育った水と合なすぎる物には生理的嫌悪感を覚えずにはいられないからだ。
「すまないね。忘れていたわけではなく、覚えてもいたのだが好みから外れすぎる組織の名前を聞くとどうしてもな」
「いえ、お気持ちは理解しておりますのでお気になさらず。それに、民主主義国家において秘密警察の類が受け入れ難い存在であることを承知の上でご提案したのは小官でありますれば」
秘密警察ーー。その単語を耳にして私も議長も顔をしかめる。
FBIにも似た性質を持たせてあるとは言え、やはり思想弾圧言論統制を主目的とした組織の設立を許すのは我々にとっても気持ちがよいものでは決してなかった。
だが、渋る我々を押し切り強引に設立を急がせたのはマイントイフェル大佐で(設立当時の階級だ)常には冷静沈着な彼らしくもない熱心さに私としては不安を覚えたものだが、こうなってみると彼の言っていた言葉の意味がよく分かる。
「組織が巨大になればなるほど権力は増大し、分散せざるを得なくなります。が、だからと言って軍隊の暴走だけは防がなくてはなりません。サイン一つで奪える権限しか与えていないからこそ、彼らに先手を打たせるわけにはいかないのです。
その為には国外のみならず、国内における主要な味方組織に対してメスを入れられる組織の存在は必要不可欠なのです」
議長が「ティターンズか・・・」と苦々しげにつぶやてから設立申請書にサインするとき、ことさら不本意であることを強調していたのが印象的だった。
その英断が今、活かされようとしている。
「子飼いの部下からの報告によりますと、女尊男卑の煽りで娘や孫娘、自分の夫人や降嫁してきた息子の嫁などに地位を譲って隠居していた男性有力者たちが強引な手段で地位を簒奪し始める現象が各所で生じ始めたと」
「「なにっ!?」」
「それだけではありません。彼らは一度失った権力と財産を取り戻すだけでは飽きたらず、以前よりも強化された特権の享受を望んでいるのだとか・・・」
「・・・バカな・・・この時代のアメリカに、銀河帝国正統政府でもあるまいに・・・」
私としては呆気にとられざるを得ない。まさか本気ではないだろうと思いたかったし、正気の沙汰とも思えない。第一、事実上不可能と断言できるのだから。
が、准将の報告にはまだ続きがあったのだ。
「残念なことに彼らの企みに賛同している者は多く存在し、中には以前から閣下方に批判的な態度をとり続けていた生粋の軍人精神を持つ軍部の重鎮のお歴々まで在籍しているとか・・・」
「「・・・・・・・・・」」
開いた口が塞がなくなってしまった。
・・・確かに我々は美辞麗句と詭弁によって市民を煽動するしか脳がない『歩く衆愚政治』だ。そのことは自覚しているし、自分自身でも自認し続けてもきたことだ。今更否定する必要性など感じることすらない。
だが、それでもだ。我々は我々なりに民主主義を愛しているし貢献もしている。なにより今生においては無駄な犠牲を強制した覚えはないのだ。軍の英雄たちにも相応の待遇と能力にふさわしい権限も与えてきたはず。何故それが今になって反動的な国粋主義者の一員にまで成り下がるのだ!? まったく理解できん!
しばらくの間、室内に気まずい沈黙が立ちこめていたが、マイントイフェル准将の言葉で沈黙は破られた。
「・・・失礼ながら閣下方は、この十年続いた完全平和が人心に与える影響を軽視しているように思われます」
「・・・なに?」
訝しそうに私が睨むと准将は「小官も体験したわけではないので推測の域をでませんが」と前置きした上で語り始めたのは彼の前世における憎むべき独裁者『ハインリッヒ・フォン・ヒトラー』の提唱したマイン・カンプ理論と、それが彼の世界で多くの支持者を出した理由についてだった。
ーー私は愛国者だ。民主国家アメリカを愛している。私なりにだがね。だから敢えて独裁者の妄言について詳しくは記憶すまい。省けるところは省かせていただく。それを指示する民衆の退廃ぶりも含めてだ。
だから結論だけを述べさせてもらうと、マイン・カンプ理論は原始的な戦争大肯定の思想であり、指示された理由は長すぎる平和によって人口は増えすぎたから養いきれない。だから戦争によって減らそうと言う、人工載荷理論を尤も極端な形で実現させた思想だからで、過激で強気な論調は賛同者を得やすいものだとか。
「ギレン・ザビか・・・!!」
議長が怒りを込めて呟かれるのを耳にした私だが、この場のいる中で唯一実感が持てないままでいた。
敗戦が間近に迫った時期には同盟の首都星ハイネセンでも食料物資が不足し、配給制になりはしたが、同盟の建国者たちが帝国からの脱出に成功した十六万人の奴隷たちだった時点で間引きという発想は生まれづらい土壌ができている。
ましてや逃亡中の時間を加味したなら出産可能な女性など同盟市民にとっては至宝でしかない。差別感など持とうものなら集団リンチで殺されてしまう。だからこそ私には女尊男卑思想に対して特別抵抗感を覚えなかったわけでもあるが・・・。
「・・・仮に百歩譲ってその思想が支持されていたとしよう。後方から勝利の果実だけをもぎ取りたい私の同類どもが、男尊女卑への回帰を望むのもよく分かる。必要な犠牲を他人が担ってくれるというなら大声で彼らを賞賛し、金を惜しまず支援するのも大いに理解し賛成するのに吝かではない。だが・・・」
そう、そこまでなら理解できる。問題はそこから続く『得る物のない第三者たち』が喜び勇んで最前線に立ちたがる気持ち、好きで死の危険を冒したがる戦争狂の変態たちの心理が全く読めないことだった。
下級兵士や尉官級の将校までなら分かるが・・・将官だぞ? アメリカ軍の軍上層部がナチズムに汚染されたキチガイどもで満ちているとも思えんのだが・・・。
ーーちなみに、伊達と酔狂で最前線に立ちたがるバカどもなら是非とも出征させて戦死してもらいたいので問題ないから、可能性より除外した。
議長も「独裁者の考えなど理解したくもないな」と憤然としているので、私と似たようなお考えなのだろう。
そんな我々に准将は静かな声で爆弾を投下する。
「閣下、冷静にお考えください。十年間の長きにわたり敵に対して一発の銃弾も撃たせてはもらえないまま、見目麗しい軟弱な容姿を持った女性たちが男性の操れない空飛ぶブリキ人形で戦争ゴッコしているのを賞賛したがる世間に爪弾きにされてきた男性優位時代に勇名を馳せた英雄たちが、手柄を求めて戦場へ赴きたがるのは当然の帰結だとはお考えになれませんか?」
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「「あっ」」
「・・・お考えになってはおられなかったのですね・・・」
准将に呆れ顔をされてしまったが・・・い、言い訳できない。完全に基準とすべき人物を間違えすぎていた! やはり彼を意識しすぎるのは失敗だった!
「この先十年かそこらの平和のために戦いながら、一年間の年金暮らしで暗殺された不敗のマジシャンを基準に考えてしまっていた・・・!!!」
「一年で終わったはずの戦争に、その後何十年間も振り回され続けた独裁者の戦争被害ばかりを重要視しすぎてしまった・・・!!!」
「・・・まぁ、私も戦争の中で生まれ育ち、終戦間近で処刑された身ですので、人のことをどうこう言う資格はないのですがね・・・」
三者三様に前世が異常な時代だったことを再確認してから事態を纏めに入る。
事ここに至っては止むを得ない。出兵して敗北し、膨大な量の流血でもってアメリカ国民にアメリカン・ウォー・ドリームが実は悪夢でしかないのだと解らせて早期終戦に持ち込む以外に手はあるまい。
「こうなってしまった以上は仕方がない・・・本来は仕方がないで済ませていい問題ではないのだが、始めてしまったものは終わらせてからでないと責任を取ることすらできん。故に今は仕方がないで済ます。君たちも異論はあるまい?」
議長の言葉に深くうなずく私たち。
当然だ。このままでは身の破滅以前の問題である。国家の寄生虫は国家が生きていてくれてこその害虫なのだから、宿主が危機に瀕しているなら身を張ってでも守らねば。
「では、議長。此度の出兵案、賛成されるという形で進めてしまっても構いませんな?」
「いや、我々二人は反対票を投じる。なので君は今すぐ本部に戻って出兵計画を詰め始めてくれ」
議長の言葉に不可解なことを聞いた時の表情を見せるマイントイフェル准将。
我々二人は苦笑しながら、前世でも同じようなことをしていたなぁと懐かしむ。
「ワシら二人だけが反対したところで態勢が覆せるわけもない。賛成してもしなくても出兵は決定されて、大艦隊が日本に向けて派兵される未来は確定しているのだよ。
ならば出兵に反対であったことをテレビの前で堂々と表明し、明記しておいてもらった方が得策と言うものだろう」
「そしてマイントイフェル君は軍人だ。軍人は政府の決めた決定に従わねばならぬ義務がある。たとえ確実に失敗する馬鹿げた遠征計画であろうと絶対にだ。
なにしろ、国民が選んだ政府の決定なのだからな」
「然り。国民が選んだ政府の決定で行われる最大の愚行の責任は、国民にも負担してもらうのが筋と言うものだろう。
そういう状況を作り出せば半端な覚悟の保身主義者が必ずや台頭し、我々だけに責任を押しつけて政権を奪い取り、戦争を続けさせることで軍部からの支持と協力を得ようと画策し始めることだろう」
「市民にこれ以上の犠牲を強いる戦争継続派は国家と国民にとって共通の敵だ。滅ぼしてしまったところで非難する者は多くあるまい。
我々は、その後に続く新秩序構築の準備でも始めさせてもらおうではないかね。戦争で犠牲となるべきなのは、犠牲精神を説いて国民を戦場に送り込み甘い汁だけ吸いたがる野心家たち・・・今は反戦派に回った我々は該当しませんな。ジャミトフ君たちに頑張ってもらいましょう。幕僚も彼らからの推薦意見をなるべく採用する方針でひとつ」
はっはっはっと笑いあう私たち悪徳政治業者ふたりを白っぽい目で見つめてくるマイントイフェル君の視線が痛いが・・・すまないね、戦争なんだ。勝って終わっても自分が死んでは意味がないので保身を計らせてもらう。
名誉ある戦死で伝説となるよりも、悲惨な戦争を終わらせた以外に大きな業績を持たない政治業者として生き残った方が戦争責任は取れるのだよ。
つくづく、死んだらすべて終わりだなと感じられる一時だった。
つづく