私生活と仕事でいろいろとあり、何より話の大筋が決まっていても筆が進まないという事態に陥っておりました。
それでは、よろしければ続きをお楽しみください。
Side 一夏
数えるのも馬鹿らしいほどの触手が眼前から迫りくる中、俺を含めた全員が回避へと移行する。先ほど為すすべなく捕らえられた前例がある以上、一度でも捕まれば終わりではないかという認識があったためだ。
「ク……!!」
「何なのよ、この化け物……!?」
だが、それでもこの数を全て避け切るのは無理がある。何人かが徐々に当たりはじめ、その何人かのフォローによってさらに他の面々にも被害が、という事態になりつつあった。
幸い、あのポセイドン擬きは海中にいるにも拘らず余り動いていない。しかも主な攻撃手段として使用している触手も、いくら長いと言えど限界はある。距離さえ取ってしまえばよけやすくもなった。
(だが、そうなってくると今度はあの触手の壁を抜けて有効打を撃たなければならない……。そうなれば必要となるのは、長射程からの一撃必殺か高い火力による絶え間ない集中砲火か……。
現状、俺を含んだ此方側の戦力でそれを行うのは難しい、か)
現在、こちら側についているISはIS学園側から《打鉄弐式》、《陽炎》、《ブルー・ティアーズ》、《甲龍》、《イクス・ラファール》、《シュヴァルツィア・レーゲン》、自衛隊から《打鉄》が一個小隊となっている。
IS学園側の機体は性能試験機なども含まれるが総じて量産機よりは高性能である機体が多く、反対に自衛隊側はその練度の高さが見える操縦を見せている。
確かに高い戦力と言えるが、それでも今この場における敵との相性だけは最悪と言ってよかった。
まず、《陽炎》と《甲龍》では無理だ。二機とも近接戦前提である以上はどうしたところで接近する必要があるが、模造とは言え
では、中距離から火力を叩き込めるデュノアの《イクス・ラファール》や、簪の《打鉄弐式》、そして自衛隊の《打鉄》では通じるのかと聞かれれば、答えは否。距離を離せば触手の壁と本体の分厚い壁が、そして先ほどの《
では、長射程攻撃を可能としている《ブルー・ティアーズ》と《シュヴァルツィア・レーゲン》ではというと、こちらも攻撃面においては通じないだろう。確かに単射の威力や恒常的な攻撃能力の高さは高いものがあるが、そもそもダメージが蓄積する前に自前の再生能力で対処されてしまうためにそこまでの効果は望めない。
そして、俺自身はと言えば。
(……再生能力と《消滅毒》の効果がほぼ拮抗している。時間が経てば此方の能力は効力を失う以上、勝負をつけるには切れ目のない連撃か、一撃でポセイドン擬きの核まで叩き壊せる一撃を叩き込むか。
ひたすらに、ただひたすらにこの状況を好転させうる一手を模索していた。
だが、それが思いつかない。ポセイドン擬きだけならば、或いは何らかの手段で集中砲火ができたかもしれないが―――
「フフフ……上手く避けないと綺麗な穴が開きますよ?」
「お気遣いどうも。
だが……そこまで気遣いができるなら、その物騒な槍を仕舞って欲しいものだな!」
―――生憎、この場にいる敵はポセイドン擬きだけではない。
現在、済し崩し的に俺の方でポセイドン擬きを引き受ける形になっているが、それも何時まで持つか分からない。加えて、本格的な戦闘では全くの初見になる敵である『
そちらはIS学園と自衛隊のIS部隊で抑えてくれている。が、道中で出会った手合いのことを考えれば敵側の増援の可能性を否定できない。自衛隊のISも行動不能になった《
(しかし、どちらに対しても決定打が打てない……)
だが、此方側は手詰まりともいえる状況に陥りつつあった。
しかし、その間にも刻一刻と時間は過ぎてゆく。それは双方に時間を与える結果になるが、手詰まりになっている此方に比べて敵側は余裕さえ見える今の状況では、ジリ貧になっていると言わざるを得ない。
「やだなぁ、《
「早くそうしろっつってんのよ!」
凰が威勢良く食って掛かるが、それもどこ吹く風。
「つれないですね。
もう少し、
「生憎、殺し合いを愉しむような趣味は無いよ!」
デュノアに自身の発言を全否定されても、特に応えてもいない。
「そうですか、残念ですね……」
心底残念だとでも言うように、表情を曇らせる『棘刑』。だが、次の瞬間には再び満面の笑みに戻っていた。
「まあ、いいです。
でしたらこちらはこちらで愉しむだけですから」
それだけ言うと、手にそれまでの《竜髭棘槍》とは別の、
だが、こちらで確認できたのはそこまで。
―――ヴアァァァアアァァオオァァァ!!!
ポセイドン擬きが、叫びとも威嚇ともとれる唸り声を上げながら数多の触手を此方へと向けてくる。
(本格的な攻勢に移ってきたか!)
内心で毒づきながらも、《
(どうにかして、踏み込めれば……あるいは……!)
幸いなことに、今までの体感ではあるが《消滅毒》で拮抗させる形で一時的にポセイドン擬きの再生能力を押し止めることができる。
だが、そもそもとして《消滅毒》の有効射程内に入れることが難しく、しかも基本的に水中にいるために攻撃も届きにくい。そして、仮に踏み込んだとしても通常の連撃では倒せるかどうか怪しかった。
「こ、のっ……!」
半ば無理やりに距離を縮めていくが、それも徒労に終わる。
ザボォ……
唐突に触手での攻撃を中断すると、すぐさま潜水していくポセイドン擬き。当然のことながら神装機竜とは言え飛翔型機竜である《アスディーグ》は水中戦闘になど対応していないため、手を出せなくなる。
そのまま、ポセイドン擬きは少しの間だけ水中を移動したらしく―――次の一手で、此方を強襲してきた。
「ッ!!」
本能が叫ぶまま咄嗟に機体を翻し、直後に《機竜光翼》を使用。無理やりな加速に体が軋みを上げたが、回避する直前まで居た場所を途轍もない速度で通過したポセイドン擬きの触手に、体の痛みも忘れて冷や汗が流れるのを感じた。
さらに本能に従い、《アスディーグ》を駆る。ただひたすら迫りくる触手から距離をとって回避。
(距離を詰めれば水中へ、か……)
回避に徹すればある程度どうにか凌げるが、それ以上には至らない。
(一息に距離を詰め、一回の連撃か大出力の一撃で仕留めるしかない……だが……)
実のところ、それに類することが出来る可能性が全くないというわけではない、だが、下手をすれば倒す前に自壊する危険性が付き纏う技でもある。
つまり、もしそれで押し切れなければ俺自身の確実な死と、いまだ余裕のない様子であるIS部隊、ひいては後方の旅館や都心へとポセイドン擬きを進軍させることを意味している。
(それだけは、やらせる訳に行かない……だが……!)
決意とは裏腹に、状況は好転の兆しを見せない。
そのような状況の中、余りにも意外なところで、予想外の事態が勃発していた。
―――それは、さらなる状況の悪化を意味していた。
―――――――――
Side 簪
「まあ、いいです。
でしたらこちらはこちらで愉しむだけですから」
それだけ告げると、ハンドガンにも似た装備―――影内君の《ユナイテッド・ワイバーン》が搭載していた物とほぼ同型―――を構えると、躊躇もなく引き金を引いていた。完全な抜き打ちの形でもあり、同時にそれまで使っていた装備がほぼ槍一本だったということも手伝って対処が僅かに遅れた。
―――それは、致命的な事態を招くことになる。
「こ、今度は……一体……?」
『棘刑』と名乗った謎のIS搭乗者が放った、一発の弾丸。
それが、機能停止していた《
……ヴゥン
ほんの僅かに、ハイパーセンサーがなければ潮來の波の音の中にまぎれて聞こえなくなってしまいそうなほど小さな電子音。だけど、確かに発されていた。
―――いまだ自衛隊所属のISが抱えている、《銀の福音》から。
直後、《福音》が再起動し、自衛隊のISを突き飛ばす。さらに青白い光の繭のようなものを展開、わずかにその状態のまま停止する。
その後、殻も繭とも言えない青白い光をまき散らしながら、それまでとは明らかな変化を見せていた。《
「
あまりにも異常だけど、それ以外に思い当たる現象もない。それでも信じられなかった。
通常、二次移行というものは同じ搭乗者が長期間、コアと関わり続けることで発言する。だけど、開発されたばかりの機体にテストパイロット、そして明らかに性急すぎる変化。加えて、直前に放たれた一発の弾丸。
(強制的にISのコアに介入して、二次移行させたって言うの……!?)
経った今思いついただけの推測に、寒気を感じた。もしこれが当たっているとすれば、今相対している敵はISコアに対して国家機関以上の造詣を持っている人がいるかもしれないことになる。
(一体、私たちは今、何を、誰を相手に戦っているの!?)
得体の知れない恐怖に飲まれかけた思考を現実に引き戻したのは、二次移行してなお暴走状態のままの《福音》だった。
新しく発生した八枚の光翼から、大出力のエネルギー砲撃が放たれる。
「ッ!」
私を含めた射線上にいた全員が、とっさに避ける。けれど、そこで敵の攻撃は止まない。
「私の相手も忘れないでくださいな」
さらに、別方向から『棘刑』が来る。なんとか回避したけれど、右肩の
「こ……のっ!」
それでも、至近距離で《山嵐》のトリガーを引く。右肩の破損した方も、無事な数だけ撃った。
私自身へのダメージも免れないけれど、それでも防御か回避を強要させることで一時的に動きを制限できた。
「箒ぃ!」
「任せろ!」
瞬間、箒が
けれど、『棘刑』もやられるままではなく、あの異様に細い槍でさばいてくる。あの大質量すらも武器にする《叢》さえもあの細い槍でいなすその腕前は素直に驚異的だけど、箒もただ為されるだけには終わらない。
「さて、お披露目と行くか!」
瞬間、両手で《叢》を振り抜いた後の姿勢のまま、右手だけを離すと何も持たないまま突きつける。
「《
直後、その掌側の裾部分から火炎放射と見まごうばかりの収束していない熱粒子攻撃が放たれる。
「奇妙な装備を……《
ですが、『棘刑』は何か衝撃波のようなものを用いて一時的に《日輪》の攻撃を散らすと、そのままその場を離脱しようとします。
「まだまだ!」
「いえ、ここまでです。
なにせ、
瞬間、エネルギー弾の雨が私達へと降り注いだ。
撃ったのは、暴走させられた《福音》。
「おとなしくしててよ!」
すぐに、デュノアさんがフォローに入り、ガトリングガン《ファランクスⅡ》による斉射攻撃、さらにバンカーによる一撃を入れようと近づいていく。
「アンタもアンタで逃げてんじゃないわよ!」
この一連の動きの中で離脱しようとした『棘刑』の動きを目敏く察知した鈴が、攻撃力の増した《甲龍》の猛攻が仕掛けられる。増加パッケージに搭載されていた拡散衝撃砲やスパイクアーマーを用いて、ひたすら手数優先で攻撃を加えていく。
「あら、元気ですね」
しかし、それでも『棘刑』は揺るがない。
「っこのぉ!」
しかも、デュノアさんのバンカーも迎撃をもらったために外れてしまった。
でも、これで終わりじゃない。
「行って!」
まず、私の方から《山嵐》の連想ミサイルを発射。《福音》の動きを止めに入る。
やはり迎撃されたり回避されたりするけれど、一時的に動きを制限するくらいの効果は出た。
「オルコットさん、ボーデヴィッヒさん!」
『任せてくださいまし』
『任せろ!』
後衛の二人に呼びかけたけれど、二人はもうすでに動いていたみたいだった。このタイミングを逃す気はないみたい。
キュガァ! ドゴンッ!
レーザーライフルと長射程レールカノンの二撃が、《福音》へと突き刺さる。
戦局の変化に『棘刑』が目敏く反応してきますが、それにも手を打ってくれる人たちがいました。
「各機、攻撃!」
「「「了解!」」」
自衛隊のIS部隊が、《打鉄》に搭載できる中では高火力の装備である大口径ライフルやミサイルランチャーを持ち出し、攻撃し始めている。そして、離脱しようとして僅かに距離が離れていた『棘刑』はまさしく格好の的だった。
「いい攻撃ですね。ですが……!」
ですが、やはり『棘刑』も異常な能力を見せてきました。
あの細い槍を振るうと、まず先行してきた
さらに、遅れて来たミサイルも適度にハンドガンのような装備で撃ち落としつつ、あの衝撃波で爆発の衝撃を中和していきます。あろうことか、それでも迎撃できなかったミサイルに関しては
(これだけ撃っても、足らない……)
状況が好転しない中、その
―――――――――
Side 一夏
(マズい……)
状況は徐々に追い詰められていっており、悪化の一途を辿っている。外部からの介入によって強制的に再起動させられ暴走している《福音》も加わり、元から居た『棘刑』の駆る《エクス・ドレイク》の《竜髭棘槍》も絶対防御さえ貫通するほどの極端な攻撃能力を持っている以上、迂闊に手を出せば返り討ちに会いかねない。そして、目の前には
(ああ……そうか)
こんなどうしようもない状況下であるにも関わらず、不思議と冷静だった。
(もし、
そう。
凡て、紛い物。
凡て、二番煎じ。
凡て、下位互換。
(所詮は
弱い自分を忘れないように、一夏、の名を残した。弱い自分でさえ大事にしてくれた人がいたことを忘れたくなくて、残した。
嘗て、
それ故の新しい名前、その意味を忘れた事は無い――はずだった。
(気づかないうちに、強くなった気で……舞い上がっていたか……)
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
ただ、勘違いしていただけ。
――強くなった
(師匠達なら、或いは退けるくらいはできたかもしれない……。ルクスさんなら、倒せすらしただろうな)
あの人達のように、強くなりたかった。
いつかは、そうなれると信じたかった。
だけど、今もその望みは叶っていない。
「更識会長、聞こえますか?」
不思議なほど、感情の起伏がないままに判断が下せた。
『聞こえるわよ。
今、何とか増援を呼べないかやっているから……』
「その増援、アイリさん経由で師匠にも要請できませんか?」
更識会長の言葉を途中で切っていった此方の要請に、それでも応じてくれていた。
そのことに感謝の念を抱きつつも、視線と思考はポセイドン擬きから外す事は無い。
『可能よ。通信機は生きてるしね。
……そこまでの、相手なの?』
更識会長があくまで冷静を装いながら聞いてくる。だが、その声に宿った緊張を隠しきれてはいなかった。
「それと、アイリさんに伝えておいてください。
『使用禁止の言を破って申し訳ありません』と」
その一言だけを告げ、《アスディーグ》の操作に集中していく。
まず最初の準備として、肉体操作による全力の行動を自身の精神操作によって抑える。《
「調律、開始」
さらに、《戦陣》の応用で
「《
――それは、使用禁止を言い渡された、一歩間違えれば俺自身の即死を招く技の名前だった。
―――――――――
Side 簪
その変化は、あまりにも唐突だった。
(影内君の様子が……変わった?)
『棘刑』と名乗った謎のISと、そのISによって暴走させられ、あまつさえ強制的に二次移行させられた《福音》。そして、あの巨大な化け物。
箒の奮戦や鈴の猛攻、そして後衛のオルコットさんとボーデヴィッヒさんが見せた正確無比な援護、デュノアさんの後先考えない弾幕攻撃とそれに加わった自衛隊の攻撃。これだけ重ねて、ようやく『棘刑』と《福音》と互角に戦えていた。だけど、そのために私たちが使った弾薬や消費したエネルギーは決して少なくなく、《ユナイテッド・ワイバーン》にも似た機体を駆る『棘刑』と暴走させられた《福音》、さらにあの烏賊型の巨獣を相手取るには色々な物が不足している。
絶望的ともいえる戦況に、私たちの心が折れかけていた、その時。
状況を確認したくて見た影内君と《アスディーグ》が動きを止めていました。
(いけない!)
思わず叫んで援護しようとした、その時―――
キュドォ!
―――響いたのは、空気を突き破って何かが飛翔する、音。
直後に見えたのは、禍々しいばかりに白く白く発光する、一筋の斬線。
影内君が、あまりにも巨大な形状となった剣を超速で振るったのだと理解するのに、僅かな時間を要した。
(確か、ロングモード……違う、それにしても巨大すぎる……!?)
三度、空気を突き破る音が鳴る。同時に、禍々しい白を纏った飛行機雲のようにも見えるそれも、影内君の《アスディーグ》から吐き出されたそれなのだとようやく理解できた。
けれど、余りにも異常に過ぎる。影内君から以前聞いた《アスディーグ》の性能を考えると、違和感を感じていた。
(確か、通常の推進器だとあんな感じにはならないはず……《機竜光翼》だったら光が出るけど、白くなるのは消耗が激しい《消滅毒》と併用した時だけのはず……。でも、今の状態でそれをやる理由は……)
どうしようもない違和感を抱きながら、それでも異常なまでの強化と言えるその姿に光明を抱いている自分がいたのも事実です。
―――それが、どれだけ危険なことなのかも知らないままに。