IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第七章:機竜舞う空の下
第七章(1):動き出す者達


Side アイリ

 

「それでは、まずお互いの認識を一致させたいのだけれど。

 確認してもいいかしら?」

「ええ、問題ありません。

 よろしくお願いします」

 

 以前と同じ、更識さんに用意してもらった部屋。そこで私は、顔なじみでもある三和音(トライアド)の三人、そして今現在此方での有事の際の対応に当たってもらっているソフィスさんと一緒に交渉に当たっていました。更識さんたちの側からはご本人である更識さんと、その従者である虚さん、妹さんである簪さんとその友人の箒さんがいます。

 

(……なんだか、随分と緊張しているように見えますね)

 

 更識さん本人はいつも通りの微笑のように見えますが、時折、顔の筋肉に緊張が見えます。それは虚さんも同じ、簪さんと箒さんに至っては無表情で取り繕うことで緊張を見せないようにしていることが見て取れます。

 

(……私も、あまり人のことは言えませんがね。

 ですが、うまくやらせてもらうとしましょう)

 

 以前から感じていた事ではありますが、彼女らが緊張しているという事はまだ此方との関係を切るようなことはしたくないという事。ここで何か荒事を起こすか、あるいは此方との関係を切ろうとしている可能性も考えられなくはないですが、此方の戦力の一端を見せた際の反応から荒事の可能性は低いですし、関係を切ろうとしている可能性については低いでしょう。もし関係を切ろうとしているのなら、わざわざ治療中の一夏の護衛にあれほどの人数を割くことはしないでしょうから。

 

(24時間交代制で常に周囲が見張られていて、しかも有事とあれば更識さん本人か簪さん、箒さんの三名のうち誰かが行くこともできる体制でしたからね……)

 

 お家の仕事として従っている人たちはとにかく、彼女たちの基準で考えれば貴重過ぎる戦力であるISを、半ば自前とはいえ三機常に動かせる体制。ある程度は重要視してもらっていると見ていいでしょう。

 交渉に関してはこちらが不利だと思っていた手前、やはりありがたい。とは言え、それに甘えて無理難題を吹っかけてはいけない。

 

(未だ詳細は分かりませんが、向こうには既に幻神獣を倒し得るISが存在している。

 あまり大きくは出ないようにしつつ、不安要素を取り除けるくらいには譲歩を引き出さないといけない……)

 

 状況は幾分此方にとって良くなっていますが、気を抜くことなどできるはずもない。

 私は、緊張を表に出さないようにしながら更識さんの言葉を待ちました。

 

「まず、私達としては、今後もあの化け物の脅威や敵側に流出していると思われる貴女達の機体と類似した機体の相手に対して、今後も貴方達の協力を得たいと考えているわ」

 

 更識さんは簡潔に、けれど私たちにとってはとても重要な部分をそのまま単刀直入に言ってきました。

 以前でしたらここから私たちが更識さんたちから欲しい物を言い、それらに対する認識を一致させ、それらを対価とすることを確約したうえで交渉を終えてきました。

 ですが、今回はそうも言ってられません。

 

「分かりました。

 ですが、貴女達には既にかの化け物を倒せる機体を手にしている筈です」

 

 ここでいったん言葉を切り、相手の反応を見ます。

 

「あの二機は……色々と問題があってね。見た目ほどいい物ではないの。

 心苦しい話だけど、私達としては貴女達の協力は依然、不可欠なものと考えているわ」

 

 あの二機に関する具体的な内容の明言こそ避けましたが、その表情には少なくない苦悩が見て取れます。表面的には隠そうとしていますが、所々に顔の強張りが見て取れます。そうでなくても、無表情の中に隠して奥歯を噛みしめている虚さんの表情などで、彼女たちがこの状況に苦々しい思いを抱いていることが読み取れました。

 

「そう、ですか……。

 しかし、私達としては今回の一件で発生した、今後の活動に対する懸念を払拭出来るだけの材料がありません。一夏の治療に関しては十分なものを行って頂いていると考えていますが、情報収集等に関してはどのようになっているのか。お聞きしても宜しいでしょうか……?」

 

 さすがに、今回の事態で発覚した事実は重い。いくら彼女らが私達との協力関係の継続を望んだとしても、これらに対する明確な回答が無ければこちらとしても対応を考えざるを得ません。

 ですが、彼女らとの協力関係が不可欠なのはこちらも同じ。むしろ、相対的な重要度で言えば彼女たちよりも上かもしれない。

 だから、この後の更識さんたちの答えが私たちにとってはものすごく重要だった。

 

「……一応、ある程度の調べはついているわ」

 

 そうして私が更識さんの反応に対して、見せないようにしつつも身構えていた最中で発されたセリフはかなり重々しく、けれど、一定の期待を抱かせるものでした。

 

「まず、あの機体を運用していた組織だけど。

 私たちの方で、亡国企業(ファントム・タスク)と呼ばれる組織であることがわかっているわ」

「亡国企業、ですか?

 わかっている範囲でいいので、どういった組織か教えて頂いても?」

 

 私の追及に対して、更識さんは意外なほど呆気無くその情報の一端を開示してくれました。

 

「簡潔に言えば、裏社会の国際的なテロ組織よ。

 一応、傭兵業を語っているけれど……近年の活動は過激になりすぎていて、傭兵組織以前にテロ組織として有名と言ったところね」

 

 更識さんの言葉に、少し考えます。此方の方でも似たような組織があった記憶があったためです。

 

(……竜匪賊のようなものでしょうか?

 しかし、それと知れただけでも収穫でしょう)

 

 頭の中で思案し、それに対する情報をできる限り集めることにします。敵のことが何もわからないのとある程度でもわかるのでは、対策のしやすさも段違いになるからです。

 

「分かりました。

 それ以外に何か、わかることはありますか?」

 

 ですが、これに対してはさほどの駆け引きも必要ないでしょう。そのままの流れで追加の情報を聞いていきます。

 

「……実は、少し前までISの強奪を行っていたことがわかっているわ。分かっているだけでも、三機のISが強奪されている。内訳は、アメリカから二機、イギリスから一機よ。

 でもどういうわけか、ここ最近は殆どそれに類する行動を行っていないわ」

「では、最近は何を?」

 

 ここで、更識さんはやや表情を苦いものに変えました。

 あるいは、それが理解しがたいのかもしれません。

 

「……主だったものは二つ。

 一つは、小規模武装勢力への襲撃。これに関しては、徹底的にやっているみたいね。生き残りがいる事例自体が少ないわ。しかも、その生き残りの証言もよほど錯乱しているのか、中々信じがたい物なのよね……。

 もう一つは、IS搭乗者への襲撃。これに関しては被害国と関係各所が徹底的に隠蔽しているおかげで殆ど不明。でも、例外なく襲われたISが撃破されている事は確実ね」

 

 近年の活動として聞いたものですが、確かにその内容はやや理解しがたい側面があったのも事実です。ですが、更識さんがどう認識しているのかによっては思い違いが生まれるかもしれません。

 だから、更識さんがどうして苦々しい表情になったのかも、確認しておくことにしました。

 

「……中々、理解しがたいですね。

 更識さんの見解を聞いても宜しいでしょうか? 私では、その組織に対する情報が不足していますので……」

 

 困った風を装い、更識さんの話の続きを促していきます。ですが、更識さんも私が何を思って聞いたのかわかっているのでしょう。同じように困ったような笑顔を浮かべながら、それでも答えてくれました。

 

「それは……憶測にすぎないけれど、新兵器のテスト、かしら?

 小規模武装勢力の襲撃の際に、生き残った人たちが揃って類似した兵器を見たことが無いと証言しているしね。それに、IS搭乗者への襲撃に関しても、必要になる物量の関係から既存の兵器で完全に隠蔽ができるなんてことは無いでしょうから」

 

 中々重要な話も出てきましたが、後から更識さんが言った証言に関する情報も加えて考えればおそらく私も同じ見解です。

 そして、最初の段階では全て開示せずに、後から追加で情報を持ってきた更識さん。やはり、侮れない人です。

 ですが、同時に二つ、確信できました。

 

(更識さんたちとしては、私達とは恐らく、この話の新兵器絡みのことも含めて今はまだ関係を継続したい方針なのでしょうね。

 そして、その新兵器が或いは機竜でないかとも疑っている、と……)

 

 新兵器その物の内容にこそ深く触れませんでしたが、彼女がこれに対して強い警戒を抱いていることは考えなくても明白と言えます。

 その中での、私達との関係。彼女たちは既に此方の方で私たちがISとして通している機竜の性能もある程度は知っているうえ、彼女たちからしたら私たちは詳細不明かつ一定以上の戦力を保有する相手。

 

(機竜か、あるいはそれに類する技術がその新兵器に使われており、それに対する対策……或いは、手元にある繋がりを残しておきたかったのでしょうか……?)

 

 新兵器の話はまだ確信できる領域の話ではありませんが、或いは更識さんは既に確信するに足るだけの何かを掴んでいる。そうでないとしても、私たちの保有する機竜関連ではないかとも睨んでおり、それが私達に繋がっている可能性を否定しきれていないために最低でも自身の目の届くところに繋がりが欲しいのか。

 

(何れにしても、私達との関係を切ろうとしている可能性は低い……なら、やりようはありますね)

 

 ここで下手な事を言って更識さんたちの不信を買うような事態は避けたいですが、それでも譲れない部分と言うのはあります。

 少し考えてから、次の言葉を言う事にしました。

 

「分かりました。

 では、もしその新兵器の話が本当だった場合、私たちが相手したほうがいいでしょうか?」

 

 私の言葉に、更識さんは常の通りの笑顔で答えます。ですが、その中に僅かな安堵の色が混じったように見えたのは気のせいではないでしょう。

 

「可能性としてはまだまだ低いけどね。

 でも、もしそんなものと戦うような事態になったら手を借りたいのが本音ね」

 

 更識さんの言葉に、少しばかり思案を重ねます。

 

(……向こうの事情もある程度見えてきましたし、思っていたよりも重要な情報が手に入りましたね。

 この辺が、落としどころでしょうか)

 

 十分とは言えませんが、変に欲を出し過ぎて関係を拗らせてしまうのも避けなければなりません。

 当初に考えていたよりも情報も手に入ったことですし、この辺で切り上げるべきでしょう。

 

「そう、ですか……。

 しかし、今回の一件でも分かる様に、私達にも対処能力の限界は当然あります。特に学園や市街地などで相手することになれば甚大な被害を出しかねません。

 そのような時の手配などはお任せしても?」

「それについては勿論。

 元々、そういう契約だしね」

 

 元々の契約の時点で確約されていた事項を引き合いに出し、それについての確認をとる。

 更識さんが確実に、かつ抵抗なく頷くと考えられる内容です。

 

「分かりました。

 では、今後ともよろしくお願いします」

 

 最後、軽く席から立ち一礼を返します。

 

「ええ。

 今後とも、よろしくお願いね」

 

 更識さんも同じように立ち上がると、そのまま一礼を返してくれました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 楯無

 

 アイリさんを見送り、その姿が完全に見えなくなったところで深く溜息をついた。

 

(なんとか、首の皮は繋がったわね……)

 

 息が詰まるかと何度も思った交渉を終え、深呼吸を一つ。

 随分緊張していたのか、今になって精神的な疲労を感じた。

 

「お嬢様、お疲れ様です」

 

 虚ちゃんも疲れたような表情になっていた。それでもねぎらいの言葉をかけてくれる当たり、律儀な性格だと思う。

 

「虚ちゃん、お茶淹れてもらってもいいかしら?」

「畏まりました」

 

 そのまま、持参していたティーセットで紅茶を入れ始める虚ちゃん。ここからの移動は一息入れてからになりそうだった。

 

「……何もしゃべってないはずなのだが、な」

「なんでこんなに……」

 

 後ろでは、簪ちゃんと箒ちゃんが緊張が解けた様子でへたりこんでいる。

 虚ちゃんは二人にもリラックス効果があるお茶を淹れてくれたみたい。いつものことながら、気の利くことだった。

 

(とはいえ、まだまだ気の抜ける状況じゃないのよね……)

 

 今回、アーカディアさんが情報の入手経緯を聞いてこなかったのは不幸中の幸いだった。

 

(さすがに、ウェイル・アーカディアを辿って行ったら出ましたなんて言えないわよ)

 

 流石に、これは予想外過ぎる上にこの事実自体彼女らに言えたものではない。

 事の発端はウェイル・アーカディアの足跡を辿っている最中。ドイツ軍を去った後に不審人物と接触しており、そこからさらに辿って行って亡国企業にたどり着いた。

 しかも、ウェイル・アーカディアが合流したと思われる時期から僅か一年程度のずれであのアーカディアさんたちの機体と酷似した機体の目撃証言に、詳細不明の機体の証言。

 ここまで来れば、もう疑いようもなかった。

 そして、この情報が手に入ったのがこの交渉の一週間前。さすがにギリギリ過ぎる。

 

(思っていた以上に前から事態が動いている……しかも、向こうは確実に此方の何枚か上手を言っていると来ている、か……)

 

 この状況で、アーカディアさんたちの協力を切るのはあまりにも分の悪い賭けだったと言えるだろう。単純な戦力的な意味でもそうだし、もしアーカディアさんたちがウェイル・アーカディアに繋がるにした所でその繋がりが私たちの目の届く範囲にあるのであればむしろ情報を収集できる可能性も増えていく。

 しかも、仮に彼女らとの関係を切ったとして。現状、私達にある戦力であの化け物を確実に倒せる能力をもつ物が織斑先生と篠ノ之博士のIS位しか存在しない。そして、あの二機は運用についての致命的な欠陥をいくつも含んでいる。技術的な意味は大きいかもしれないけれど、今必要とされている物としてみればあまりにも力不足にすぎた。

 

(でも、今のままずるずると続けるわけにも行かない……)

 

 今回、此方にとっても重要すぎる話だったけれど、それとは別に分かったことが一つ。

 

(あちらも、私たちが思っている以上にこの関係を重要視している……)

 

 アーカディアさんたちは思っていた以上に私達との関係を重要視しているように見受けられた。

 言動の節々こそ私から情報を引き出そうとする節は見えたけれど、もともと私たちは情報を提供することになっていたのだからそこまではいい。それでも、ああも自然に情報を要求されまくるとは思わなかったけれど。

 けれど、それでも致命的な追及は無かった。せいぜいが彼らが当初から要求していた内容かその派生。

 どういった意図があったのかまでは不明だけれど、彼女たちとしても私達との関係をすぐには切りたくないだろうことがわかっただけでも収穫だった。

 

(……何れにしても、彼女たちとの関係は続けつつ、裏取りね。

 早く、彼らの正体を割らないことにはこれ以上の情報提供も迂闊にはできなくなることだし)

 

 今後のことを頭の中で整理しながら、一息入れる。

 この紅茶だけが、今の私の心をほぐしてくれた。

 

 

―――――――――

 

 

Side ???

 

  ドオオオォォォォン! ドオオオォォォォン! ドオオオォォォォン!

 

 爆音はもはや絶えず私の耳を揺さぶり、発生した爆炎は視界を奪い去っていく。

 足を捥がれたバッタかイナゴにも似た、赤い何かが無数に降ってきた。着弾しただけで多分百は超えている。それが、まだまだワラワラといる。

 周囲には破壊されつくした戦車や装甲車の残骸。友軍だった戦闘機の編隊の反応も今は一つも残っていない。

 私のISはもはや半壊状態。SEも残り少なく、すでに満身創痍と言える状態だった。

 

「な、んなのよ……アンタたちは……!?」

 

 私のISを半壊状態にした人間、それはやたらと体格のいい大男だった。全身筋肉と言った風貌で、顔も悪くないのだが、その醜悪な喜びに彩られた笑顔がすべてを台無しにしていた。

 その男が纏っているのは、見たこともないようなISのような何か。

 

(……コアの反応がないって、いったいどういう事よ)

 

 厳密にはあるのだが、コアネットワーク経由でのアクセスが不可能になっているうえにそもそもその反応が不安定。しかも、それが外付けのブースターユニットみたいなものにしか接続されていないのでは、どうしようもなかった。

 心の中だけで文句を言いながら、目の前の男を見据える。

 

「おう、どうでもいいだろ。ンなことは、よぉ。

 どうせ、強いやつが好き勝手出来んだからよ」

 

 いやに癇に障る口調だが、もはやどうしようもない。コアだけを狙う戦術をとることでなんとかこの男だけでも、と思ったけれどそれすらできはしない。

 さらに、周囲には明らかに()()()()()()ISのような何か。見ただけでIS関係の技術が使われているし、此方はコアの反応も見られる。けれど、四方に広がる様にして配置された四脚に、人の手が入っているとはとても思えないほどの細く、そして長すぎる両腕。メイン装備は背面の長射程レールキャノンらしいが、連射性を犠牲にしたらしいその威力と射程は侮れない物があった。

 

「全く……貴様らには誇りもないのか?

 力が全てとはな」

「ヘッ、面白いことを言うなぁ……。

 他でもないISが否定した事を主張するのがIS乗りさんとはね」

「何……?」

 

 面白くもなさそうに、ただただ当たり前のことのようにその男は言った。

 

I()S()()()()()()お前らが得意顔でいられんだろ。

 強いやつが好き勝手出来るってお前らが証明してんじゃねぇか」

 

 女尊男卑のことを言っているのだと、すぐに分かった。

 

「違う! 私は……」

「否定してねぇんじゃ肯定してんのと同じだろ。

 まぁいいや。あばよ」

 

 大した興味も無さそうに、それまで肩に担いでいた戦槌をロボットアームのような両腕で振り上げる。カシャ、と戦槌の先端が少しだけ伸びた。

 咄嗟に、頭では無意味だとわかっているにも関わらず盾を構えた。()()()()()()()

 

「《竜爆戦槌(バスターハンマー)》!」

 

  ドゴッ!

 

 男の戦槌を受けた盾がへこむ。瞬間、もう一度、カシャ、と言う音が鳴った。

 

  キュゴオオオォォォォォン!

 

 瞬間の、巨大な爆発、それが既に歪んでいた私の盾を粉々にする。

 刹那、その爆発は私も巻き込んで――――。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 誰もいない時間を見て、影内君のいる病室に入った。

 今は誰もいないし、病室の警護の人もよほど大きな声を上げない限り声の聞こえない範囲にしかいないことを確認している。と言っても、その時間は十分も無いから手早く済ませないといけない。

 本当はじっくりと話したい内容だったけれど、こればっかりは仕方ない。

 

(それに、下手したら物理的に私の命がないかもしれないし)

 

 相手するのが怪我人とはいえ、あの影内君なんだから油断なんてできない。

 対応を間違えたら本当にそうなりかねないだけに、緊張もひとしおだった。今の時点で口の中がカラカラに乾いているのが自覚できる。

 

「影内君、起きてる?」

 

 ()()()を携えたまま、スライド式のドアから少しだけ顔を覗かせる。もし寝ていたら起こしてしまうのも悪いと思って、まずは小さな声で確認だけとってみる。

 

「……? 簪か?

 起きているから、入ってきてもいいが……」

 

 目的の人は、病院の白いベットの上で上半身だけ起こしていました。目も覚めているようです。

 

「その……調子はどう?

 どこか痛かったりとかは無い?」

 

 まずは当り障りのない話題から始めていく。流石に、最初から本題を言う勇気はなかった。

 

「ああ、まだ本調子とは言えないが、だいぶ良くなっている。

 態々すまないな」

 

 軽く腕を動かしながら、そう説明してくれました。

 軽くしか動かしていませんが、その動きに危うさは見られません。これも、普段の非常識な領域に達している訓練の賜物なのでしょうか。

 

「ところで、簪。どうして、態々こんな時間に来たんだ?」

 

 時計を針を確認した影内君が発した一言。

 影内君にしたら何気なく発しただろう台詞。

 

「……それを話す前に、まずはこれを受け取ってくれないかな?」

 

 そう言いながら、持ってきた手土産を渡す。

 それを確認した影内君は、意外そうな様子で驚いていました。

 

「……《ユナイテッド・ワイバーン》の(ソー)……待機形態に、《アスディーグ》も?」

 

 一通り三振りの剣を改めた影内君が、私の方を向きながら言います。

 

「どういうつもりだ?」

 

 その声には、何時も聞いているよりも微かに険がありました。

 

「多分、私はあなたに嫌われるようなことを言うと思う」

 

 最初に、これだけ前置きしておいた。口の中の水分がカラカラに乾いているような感覚がしたままだったからうまく喋れたか不安だったけれど、どうにかなっているみたい。

 

「藪から棒に。

 一体、何を……」

 

 元々鍛えていたためか、はたまた以前に似たような状況になったことでもるのでしょうか。影内君はすでにある程度動けるようになっています。

 見てわかるほどに痩せ細ったというわけでもなく、すでにあの剣型の待機形態をとる《アスディーグ》と《ユナイテッド・ワイバーン》をある程度触れる程度には回復しているみたいです。

 現に今も、《アスディーグ》の剣をすぐにでも抜けるようにしています。

 

「どうしても、聞きたいことがあるの」

 

 ゆっくりと話しながら、体が咄嗟に動かないように意識して押さえつけておく。

 

「……やっぱり、箒や鈴に帰ってきたことは言わないの?

 影内君……ううん、()()()()()()さん?」

 

 その瞬間、私の首に《アスディーグ》の待機形態の剣が目にも止まらない速さで突きつけられた。


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