IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第七章(4):限りなく遠く、限りなく近い空

Side 簪

 

  ヒュオ!

 

 夜闇の中に隠される糸を、月明かりと音だけで掻い潜る。見た目にはハイパーセンサーを使っても補足し続けるという事は厳しい物があります。故にこそ、一瞬だけ月明かりに光る瞬間か、振るう時に鳴る空気を切り裂く音を頼りに掻い潜るしかない。

 

(それでも、かなりギリギリだ……どこかで、状況を変えないと……!)

 

 それでも、警戒しているにも関わらず不意を突かれかけたりする。視認は愚か、半ば勘に頼って避けざるを得ないこの状況は、思っていた以上に状況を悪くしていた。

 

(まるで、詰め将棋みたいだ……一手一手、私の手が潰されて行っている……!)

 

 まず、根本的に避けにくくそれなり以上に強力な糸の存在があるうえに、それ自体が実弾兵器を切断する特殊な方法ではあるけれど簡易的な防御手段にもなっている。その癖、『糸刑のセイカ』と名乗った彼女自身の近接技能も高く、彼女の短刀をリーチの差があるにも関わらず私の薙刀では抑えきれない。しかも、あの機体自体が光学迷彩に似た機能も搭載しているらしく、時折、此方の視界から完全に消える始末だった。各種センサー類をフルに活用すれば見つけられない事は無いけれど、戦術戦の最中にそんなことをする余裕は私にはまだ無い。

 

「思ったよりは粘りますね。

 それとも、経験、と言うものですか?」

 

 平坦な口調で、けれど不可思議なことを言ってくる。

 

「伊達に、代表候補生なんてやってないよ!」

 

 けれど、内心を悟らせるのも結果的には不利につながってしまう。敵の腕前がいいのが確定しているこの状況でさらなる状況の悪化は避けたかった。

 

「そういう意味ではないのですがね……。

 ……()()()()()()装甲機竜(ドラグライド)()()()()()()()()()()?」

 

 だけど、『糸刑』はやや呆れを含んだような声音で私の言葉に反応した後、誰に言うでもないかのような雰囲気で、私の知らない単語を口にしていた。

 

「ドラグ、ライド……?」

「ああ、その様子だと知らないみたいですね。

 まあいいです。その方が私も()りやすくありますから」

 

 だけれど、私の疑問を置き去りに、『糸刑』の攻撃が苛烈さを増していく。派手な一撃と言うものがない代わりに、避けにくく、そのくせ下手すれば致命打になる一撃を放ってくる彼女は強者と言うより曲者か間者と言う印象を持つ。

 

(戦いづらい……)

 

 本来なら私はそういう相手をどうにかしなければいけない立場なのだけど、私自身の腕前の問題もあってそこまで上手く相手できていない。むしろ、押されてすらいる。

 

「《竜振斬線(インパルスワイヤー)》」

 

 再び、あの糸が迫りくる。周囲に敷設され過ぎて避けにくいことこの上ない装備は、確かな威力をもって私に襲い来る。

 

(これ、ただの鋼線に見えるけれど……多分、超音波メスに近い……。

 ただの鋼線ならいくらでも防ぎようがあるけれど、これは……)

 

 初めて見るタイプの装備に、中々対抗策が思い浮かばない。とにかく避けながら避けながら、牽制目的に連射型荷電粒子砲《春雷》を撃ち続ける。

 けれど、さすがに使い過ぎたのかもうエネルギーが半分を切り始めている。しかも、『糸刑』はさほど苦にしてはいないようで、余計に焦りが募っていく。

 

「《山嵐》!」

 

 周囲の状況を確認し、すでに人気のないところまで出てくれたことを確認。その後、半ば抜き撃ちのような感覚で《山嵐》を一斉射する。

 

  リイイィィン!

 

 再び、あの甲高い嫌な音が響く。瞬間、私が撃った《山嵐》の弾頭が全部切断された。直後、その全てが爆発する。

 

(あの糸で《山嵐》のミサイルを全部切った……!?)

 

 信じられないですが、目の前で起きた現象の説明をするにはそれ以外に考えられませんでした。

 

(とにかく、あの糸をどうにかしないことには……)

 

 縦横無尽に、或いは変幻自在に攻め立ててくるワイヤー。時には直接的に振り抜かれて、或いは木々に絡められたその先端が気付かないうちに迫りくる。

 

  ヒュ ヒュヒュン

 

 その合間合間に来る、あの忍者刀のような剣。基本的には普通に振られることが多いけれど、時折、五、六本ほど一気に取り出してはそれを投擲してくる。それ自体の威力はさほど高くなく、防ぐのにも苦労はしない。けれど、その防ぐ、或いは回避する一瞬がその後の一手に僅かだけど致命的な遅れを生んでしまっていた。

 

  ガキュガキュ ヒィン

 

 そして、ワイヤーアクションじみた方法で行われる回避行動。周囲の適当な物に引っ掛けたそれを急速に巻き取ることで不規則な軌道を描く糸刑は、

 少し戦えば分かることで、彼女の戦術はその中心にあのワイヤーの存在がある。それさえ封じられればこの状況を覆せるかもしれない。

 

(でも、そのためにはどうすれば……)

 

 打開策が見つからないまま、とにかく牽制を目的に《春雷》をばらまく。既に近接戦では根本的な技量の差で話にならないことがわかっていたから、近寄らせ過ぎないことを意図して牽制。それでも近寄って来た時だけ薙刀のリーチ差をもって踏み込ませ過ぎないように足止めし、すぐさま離脱。それをただひたすらに繰り返しながら、どうにか打開策を模索する。

 

「……そろそろ、潮時ですか。

 全く、連中も面倒な事を押し付けてくれる……」

 

 『糸刑』はそれだけを呟くと、そのまま短刀を持っている方とは別の腕部に何かを取り出しました。

 

(……?

 紅い……クリスタル……?)

 

 見た目だけで言えば、四角錘を底面同士で結合したような形状の、紅いクリスタル。ISコアをそのまま紅色にしたようにも見えるそれは、この場に余りにも不釣り合いなようにさえ見えました。

 

「展開、開始」

 

 咄嗟に《山嵐》を展開して発射し、同時に飛び退こうとします。ですが、そこでも『糸刑』は私の上を行きました。

 

  ギリリ……

 

 ()()に引っかかったような擬音。直感で最悪の事態を察し、直後にそれを理性で理解する。いつの間にか、足にあのワイヤーが絡みついていた。

 

「しまっ」

「《転移球(ワームホール・スフィア)》、稼働開始。

 ……さようなら、IS乗りさん」

 

 『糸刑』が無感情に、告げてくる。その瞬間に、突き出された紅いクリスタルに異変が起きた。

 

  ギャルルルル!

 

 百足にも似た、平べったい多関節の金属板の側面から僅かに節の着いた金属製の丸棒が突き出た何か。

 それが何本も物凄い勢いで量子変換され実体化していく。さながら虚空から金属の百足が突き出てくるようだった。しかも、私を包み囲むように動いている。

 

「……ッ!」

 

 思わず反射的に背面に這い上がってきた嫌悪感に、咄嗟に《春雷》のトリガーを引いて乱射する。この至近距離でこれだけ視界を覆うかのように展開されているので、狙いなんてつけなくても大雑把に向きを合わせるだけで当てられる。同時に、《夢現》を可能な限り振るう。

 とにかく、この百足のような機械を壊すことだけを考えた。

 

  ギャギギギギン!

 

 だが、私の一連の連撃は全く破壊になど至っておらず、それどころか傷一つない。なにより、その原因と思われる、()()()()()()()のような何か。

 それとよく似た現象と、これまで見た機能。それに、見覚えのあるものが重なりました。

 

「絶対、防御……?」

「それを模した機能、ですよ。

 ……まぁ、この世界から消え行くあなたには関係ないことなのかもしれませんが」

 

 完全に私が覆いつくされる前に放たれた、一言。その意味をよく考える間もないままに、私は私を覆いつくしたその百足のような機械から放たれた、眩し過ぎて目を開けていられないほどの光に包まれて―――。

 

 

―――――――――

 

 

Side 楯無

 

 簪ちゃんを迎えに行った運転手から緊急の連絡を受けて来てみれば、その事態はあまりにも異常に過ぎた。

 ISのハイパーセンサーを最大望遠にして辛うじて確認できるほどの距離が開いている状況で、()()は起きた。簪ちゃんと交戦していた敵が突然突き出した、紅い何か。それから出てきた何かの機械が、簪ちゃんを包み込んだ。

 交戦していた敵と思しき女性が何か言っていたが、さすがにこの距離だと分からない。

 焦りだけが募っていき、とにかく《ミステリアス・レイディ》を加速させていく。バルトシフトさんが使っている《ワイバーン》の方が単純な速度は上みたいだったから、先行して様子を見に行ってもらう。とにかく、簪ちゃんの安否が心配だった。

 

 けれど、その感情は無情にも水泡に帰すことになる。

 簪ちゃんを包み込んだ機械。それが急速にその姿を消していく。まるで、ISの量子化を用いた格納機能を見ているかのようだった。

 そして、簪ちゃんを包み込んだその機械が完全に消えた時―――そこには、何も、無かった。

 誰も、居なかった。

 

「……ッ!

 簪ちゃぁぁぁぁああああん!」

 

 思わず絶叫し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)まで吹かせて一気に距離を詰める。とにかく、事の詳細を割り出したうえで簪ちゃんがどうなったのかを知りたかった。

 先行したバルトシフトさんが既に切り結び始めているけれど、やや劣勢みたい。決してバルトシフトさんの腕が悪い訳ではなく、相手の動きが見ただけで分かるくらいに良いのだ。

 

「……行って!」

 

 射程距離に入るや否や、《蒼流旋》に内蔵されたガトリングを展開。牽制がてらに撃ち放ち、動きを何とか止めようとする。

 バルトシフトさんもその動きを察知したみたいで、すぐに離脱してくれる。けれど、それは相手も同じだったようでほとんど避けられてしまった。僅かに直撃コースをとった水弾も、何か高音が鳴り響くと次々と分割され、霧散してしまった。

 

「があああぁぁぁぁぁ!!」

 

 半ば自棄になっていることを理解しつつも、止められない。そのまま可能な限り鋭く素早く槍を振るい、無力化を試みる。

 けれど、できなかった。

 

「増援、ですか?

 新王国の機竜使い(ドラグナイト)と言い、此方の暗部と言い、早い対応ですね」

 

 私の槍を軽くいなし、後ろに跳躍。バルトシフトさんの追撃も避けられた。

 そのまま、あの機体は再度跳躍し、そのまま何かを量子化を解除して取り出したみたいだった。腰回りに明らかに他の部分とは意匠の違うユニットが出現する。

 

(……あ、れ?)

 

 どこかで見たことがあるそのちぐはぐさに、一瞬、意識が奪われる。

 それは、致命的な遅れになってしまった。

 

「それでは、これにて。

 さようなら」

 

 瞬間、その機体が地面に細長い()()――多分、鋼線(ワイヤー)の様な物――を地面に叩き付けた。瞬間、その周囲から盛大に土埃が舞い上がる。ISなら本来全く問題にしない程度のものだけれど、いかんせん状況が悪かった。元々、精神的に動揺していたところだったために判断が遅れる結果になった。

 

 気が付いた時には後の祭り。既に敵の姿が見えなくなっていた。

 

 

―――――――――

 

 

Side シャリス

 

 一夏君の生まれたISの世界に来てから数日。余りにも大きな事態が起こってしまった。

 

「……簪ちゃん」

 

 半ば茫然自失とした様子を見せているのは、隣でIS《ミステリアス・レイディ》を纏っている更識さん。こちら側の協力者と言う私達にとっては重要人物であるが、今は迂闊に声をかけられそうにない。ただでさえ、目の前で妹さんが消えた上に目の前にいた敵からはほぼ何も情報が得られていない。

 

(……そう言えば)

 

 先程の機竜使い。流すように軽くではあるが、私のことを明確に『新王国の機竜使い』と言っていた。

 

(……明確に、此方の事情にも精通しているというのか?

 だが、だとしたら……)

 

 情報において完全に負けている可能性を否定できない。更識さんを頼ろうにも、戦力を提供しなければいけないはずの場面において、完全に後手に回り、あまつさえ協力者の家族を犠牲にする始末。

 

(一体、どうなるんだ……)

 

 異様な状況に、どうしようもない不安を覚えるしかなかった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「突然の、《球体(スフィア)》の発生ですか?」

「ええ。

 今は特に何か変化があるわけではないです。

 ですが、内容が内容なので、確認に行かなければいけないのですけども……」

 

 セリスさんはその話をしながら、若干困った顔になっていた。

 理由もわかる。これから軍議、しかも今の新王国内の貴族も多数集う大規模なものが控えている状況でのこの事態だった。内容が内容なだけに向かわせられる人員が限られ、しかも何が起こっているかわからない以上は戦闘力を含めた対応力も求められる。

 人員の選定も本来なら慎重に行うところだが、いかんせん突発的な事態と言う事で準備なんてろくにできていない。

 さらに悪いことに―――

 

「しかも、既に『誰か』がいることが確定していると」

「ええ。最初に発見した見回りの部隊の《ドレイク》が、《球体》周辺に突然現れた人の反応を確認しています。

 ただ、それ以上に―――」

 

 ここで、セリスさんは少し躊躇うような様子を見せていた。何か、碌でもない事態が起こっている予感がする。

 

「―――そこに向かっている別な人の反応もありました。

 しかも、機竜の反応もあります」

「……新王国、ではないですよね?」

 

 無いだろうなとは思いつつも、僅かな希望にかけてみて言いはしてみた。

 

「いえ、無いですね。

 あったとしても、確実にこの案件について何も知らない人間でしょう」

 

 何かを諦めたかのような溜息を吐き出しながら、そう言った。

 

「軍議を疎かにはできませんし、良ければ俺の方で行きましょうか?」

 

 一応、この案件にも首を突っ込んでいる身であり、形式上ではあるけれどルクスさんの部下でもあり、騎士団(シヴァレス)の一員でもある。このまま黙って見ている気などなかった

 

「……戻って来たばかりなのに、すいみせん」

 

 セリスさんもそのつもりだったのか、安堵と申し訳なさがないまぜになったような顔になっていた。

 

「いえ、問題ないです。ですが……」

「アイリの護衛なら任せてください。あなたが承諾してくれたらノクトとティルファーが当たってくれるように手配しています」

 

 言わんとしたことを先に言われ、しかも万全を期せるように体制を整えてくれている。

 

(やっぱり……頼りになるな)

 

 短い間、しかもその気になれば支援を期待できる体制だったとは言え基本的に機竜側の事情を知る人間としては単独で動くことも多かった。

 それだけに、個人的な事まで含めて動いてくれる人がいる、というこの状況に自分がどれだけ甘えているかもよく理解できる。

 

「一夏」

 

 そうして僅かな間、思考に沈んだ俺を再び現実に戻してくれたのは聞き慣れた声だった。

 

「アイリさん」

「聞きましたよ。

 行くのですか?」

 

 いつの間に来ていたのか、ティルファーさんとノクトさんの二人と一緒にアイリさんが来ていた。

 既に、俺がどう返答するかも予想しているのだろう。その声は半ば確認の響きを帯びていた。

 

「はい」

 

 下手な装飾は入れずに、ただ一言だけで答える。

 

「そうですか……。

 一夏」

 

 アイリさんは少し言葉を選ぶように間を空けた。

 

「いつも、言っていることですが。

 必ず、帰って来てください」

「はい」

 

 けれど、紡がれた言葉は同じ。それに対する返答も、変わることなどない。

 

「行ってらっしゃい」

 

 何の気無しに 放った言葉だったのだろう。けれど、その言葉を聞くたびにどうしようもなく頑張れてしまいそうな自分がいた。

 

(家を出るたびに一人だった時もあったからなぁ……)

 

 あの世界に行って帰って来たためだろうか、そんなことも考えてしまう。

 けれど、そのまま黙っているわけにもいかない。何より、この言葉には返さないといけない言葉がある。

 

「行ってきます」

 

 それだけ答え、機竜の発着ができる場所に足を向ける。

 時間的猶予は多くは無いけれど、このやり取りが溜まらなく嬉しかった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「……ん、んぅ」

 

 何か強烈な光に包まれた後、体を無理やり何度も何方向からも突き飛ばされたような衝撃を感じ、そのうちに気を失ってしまったみたいだった。

 《打鉄弐式》にもダメージこそあるみたいだけれどそこまで致命的な物ではなく、十分に活動できる。むしろ、戦闘で受けたダメージのほうが大きいみたいだった。

 

(でも……)

 

 ISを纏っている状態であれだけの衝撃だったのだから、どれだけ大きな衝撃だったかも分からない。それに、確認してみればそれなりにSEも減っていたので、実際にはとんでもない衝撃だったことがうかがい知れる。

 

(戦闘中じゃなかったら危なかったな)

 

 戦闘中でなければISを纏っていない状態でアレを使われる事になっていた。生身でISのSEを削り取れるほどの衝撃を受けるなんて考えたくなかった。

 

「……それにしても」

 

 不意に、周りを見渡してみて気づく。

 

「ここ、何処?」

 

 全く見覚えのない森の中。さっきまで居たはずの場所とは人工物の有無から明らかに違う場所とみられるばかりか、人の手が入った跡もほとんど見られない。

 けれど、それどころではない事態になろうとしていることを起動したままの《打鉄弐式》が教えてくれた。

 

  ビシュウゥゥン!

 

「ッ!」

 

 咄嗟にスラスターを吹かせ、緊急上昇。直後、私がさっきまでいた場所に光弾が刺さった。

 

(思っていたより消耗している……でも、それ以上に)

 

 周囲の様子と自分の状態を素早く再確認し、次の一手に備える。今度は、先程の光弾に比べて威力自体は低めの光弾。けれど、正確に私のところまで飛んできている。

 

「……チッ!

 あの見たことない神装機竜使い、中々避けるねぇ」

「焦るなよ。

 機竜もだが、乗り手も上玉だ。上手くやればどっちも高値が付くだろうよ」

「違いねぇ……」

 

 居たのは、数基のISと思われるパワードスーツを使っている一団。機体の意匠が影内君たちの使っていた機体にも似ていたことから、もしかしたら関連があるのかもしれない。

 

「……な、なんで男性が使えているの?」

 

 一番驚いたのは、そこ。いきなり撃ってきた集団の構成員の大半以上が、明らかに男性と思われる人物であることだった。

 ここまで来れば国の怠慢とかそういうレベルじゃないけれど、今はそんなことを考えている場合じゃないことを思い出した。

 

(……撃ってくる!)

 

 ほとんどの機体は接地したまま、それぞれ手にした得物を撃ち放ってきている。私も避けながら応戦しようと、《打鉄弐式》の生きている武装を展開しようとして――

 

「……隙あり!」

 

――真後ろから飛んできた何かに、斬られかけた。ギリギリで何とか反応できたけれど、それで体勢を崩してしまう。

 それは、晒してはならない隙だった。

 

「どんな手練れでも、撃ち合いの時はそっちに意識が向きやすいからなぁ……。

 あばよ!」

 

  後ろから切りかかってきた男性が、そのパワードスーツの両腕に握りしめた剣を再度振りかぶってくる。避けようがない、その一閃は――

 

  ギィィィィン!

 

――突然の乱入者に、弾かれた。

 その乱入者は、白い機体を纏っていた。禍々しいほどの白に、暗く光る青を携えている。見間違えるはずもない、その機体(アスディーグ)

 乗っている人を、私はよく知っている。

 

「影内、君?」

 

 そこには、数日前に帰還したはずの影内君が、居ました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 千冬

 

「……で、この化け物は一体何なんだ? 束」

「ちーちゃん。それ、私が聞きたいんだけど……」

 

 例の、臨海学校の一件。束がISコアネットワークをハッキングして手に入れたそれを、たった今二人で確認していた。

 結果は散々の一言。現在、対抗機として束が製作した《舞桜》と《白姫》では完全に攻撃力が足りていない。

 

「……対抗可能なのか?」

「ちーちゃん的には?」

 

 質問に質問で返されたが、これはもうただの確認に近かった。同時に、束がこのような形で返答を返したという事実に先の質問の答えが薄々予想できる。

 

「一夏が使っていた機体、アレと同等の機体の用意さえあればな……」

「やっぱり、そうなっちゃうかぁ……」

「用意できそうか?」

「正直、厳しいね。何がどうなってあんな性能を叩き出しているのかわからないし。

 でも、その分興味もあるんだけどねぇ」

 

 予想こそできたことだが、それでもため息が出てくるのを止められない。半面、束の奴は分からない悔しさと未知への興味がないまぜになった、一種の妖艶さと無邪気さを同居させた凄絶な笑みを浮かべていた。

 気楽な奴だとは思いつつ、こいつの技術抜きでは現状、あの化け物や一夏の師匠を名乗っている連中の機体に対抗することはできない。それは重々承知でもあるので、声には出さないでおく。

 

「まあ、前にも言ったと思うけど、現物が無いと何ともね。もしくは設計仕様書。

 それさえあれば後は何とかしてみせるよ」

 

 束がそう締めくくろうとした、その時だった。

 

『いやいや、随分愉快な会話をしていることだね』

 

 私達が会話している最中に突如として聞こえた、第三者の声。見れば、通信用だというモニターに口元までしか映っていない男性の姿が見える。

 

『ああ、失礼。自己紹介がまだでしたね。

 私はウェイル・アーカディアと申します』

 

 悪びれもせずに、あくまで相手は全くと言っていいほど調子を崩さずに話し始める。まるで私達のことなど気にしていないかのようなそぶりは、正直に言えばで会ったばかりの頃の束を思い起こさせるものがある。

 

「……私のラボに勝手にハッキングしておいて、態々自己紹介?

 随分余裕だね」

 

 束からしてみれば、それまで一度も破られる事の無かったセキュリティを破った相手。興味も持っただろうが、わずかな苛立ちも見られた。今は話の内容が内容なだけに敵愾心もあるのかもしれない。

 

『ま、実際問題として大したセキュリティじゃなかったしね。

 システムハックくらいは軽い軽い』

 

 なんてことないように、ただただ飄々とウェイルと名乗った人物は答えている。

 

「愉快な会話とはな。

 全く、会話の中身も知りもせずによく言う」

 

 この手の人物相手にどうせ無意味なのは経験上のことからよく知っているが、何も言わないというのも癪なので一応程度に言い返しておく。

 対して、相手は映っている口元を三日月に歪めながら口を開いた。

 

『い~やいや、()()()()()()()()()()言っているのさ。

 第一、ついさっきまで君たちが見ていた()()()()()()()()()()()()()のは僕だよ?』

 

 さも当然であるかのように、信じがたいことを口にする。束すらも一瞬表情を歪めた。

 同時に、余りにも軽い口調に本当なのかと言う思いも鎌首をもたげてくる。

 

「当事者。、か……。

 敵情視察か何かのつもりか?」

 

 油断しないように努めつつ、

 

『敵? 君達二人が?』

 

 私の言葉を聞いたウェイルとかいう男が、確認のように呟いた。その声は意外そうな響きに満ちていたが―――

 

『……ク、ッハハハハッハハハハハ!

 クィヒヒヒハハハハハッハハハッハハッハ! フィーヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』

 

―――ある瞬間から突然、笑い出した。その勢いは止まることを知らず、挙句の果てには座っている椅子から転げ落ちながら腹を抱えて笑っているほどだった。しかも、器用に口元より上は見せないようにしているのが腹立たしい。

 

『いやはや、冗談もここまで極まるとわかってても愉快なものがあるね!

 転げ落ちるほどに笑わせてもらったのなんて随分と久しぶりだよ!!』

 

 早口気味に、まくしたてるように、それだけの内容を言われる。そのあとは会話を続けることもできずに、ただひたすら笑い続けるウェイルと言う男の様子を見るしかなかった。

 

「……まるで眼中にもないみたいな言い草だね」

 

 束の苛立ち交じりの視線を受けつつ威圧的に言われたセリフにも動じるどころか、哄笑を止める様子すらない。

 

『実際、今回の通信も()()()()()()のつもりでね。

 予想外に楽しませてもらえたよ』

「……へぇ」

 

 束の声が底冷えするかのような冷気を纏い始める。だが、このウェイルとか言う男にそれが効いた様子はない。いくらかは収まってきたようだが、それでも相変らず嗤いながら話している。

 

『第一そもそも、たった二人と無人機多数()()()()()でどうにかなるとでも思っているのかい? 正直、実働規模が小さ過ぎてお話にならないよ。

 しかも、片方は白騎士事件の主犯であるのが暗黙の了解になっている人間、もう片方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()世界最強と嘯く以外の能が無い人間。これでどうする気なんだい?』

 

 私達にとってはあまりにもその内容にそぐわない気軽さで言われたことに、内心で動揺する。しかし、それを表に出す訳には行かないので平静を装いながら対応していく。

 

「ふぅーん?

 ハッタリにしては中々だね」

 

 さすがに事が事だけに、束も警戒心を見せているように思える。だが、その目はまだ半信半疑である部分も見られていた。

 

『いやいや、ハッタリではないさ。

 こんなの、ISを解析できれば誰でも分かるでしょ?』

 

 しかし、そんな束のことも半ば冷めた目で見ながらウェイルはいけしゃあしゃあと言ってのける。変わらず、此方をまるでどうとも思っていないかのようだった。

 

『まあ、そういう事で。

 中々()()()()()()になったよ。お礼に私の作品をあげよう』

「束様!」

 

 ウェイルが暇潰しと言い放った直後、束の子飼いであるクロエという少女が血相を変えて飛び込んできた。明らかに動揺し、焦っている。

 普段は中々に冷静な様子しか見せない彼女の慌てように、否応なく悪い予感がした。

 

「て、敵です! この研究所に百近い正体不明の飛来物が飛んできています!

 し、しかも……」

 

 ここで、クロエは少しい淀んだが、それもつかの間の事。すぐに、衝撃的な内容の報告を行った。

 

「その飛来物すべてにISコアと思われる反応があります!」

「「……!?」」

 

 私だけでなく束までも驚愕した内容。だが、その場で唯一、なんら動揺しなかった存在がいた。

 画面越しに此方の様子を観察していた、ウェイルと言う男だった。

 

『まあ、精々生き残ってくれたまえよ。

 君達が生きていてくれた方が、あの()()()()()()使()()……影内一夏君だったかな? アレの邪魔にもなってくるし、なかなか面白いことになりそうだしねぇ』

「貴様……私の弟にまで手を出す気か!?」

 

 聞き捨てならない台詞に、思わず声を荒げた。

 

『私の弟?

 ……へぇ』

 

 私のことを聞いた途端、歪に唇を歪めた。

 

『だったら、今を生き残って私の研究室にでも辿り着いてごらんよ。

 ……君の弟を誑かした一味を打倒できる「()」があるかもねぇ?』

 

 不気味な笑みでその一言を言われた直後、束の研究室の天井が派手に爆炎を上げた。


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