IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第七章(7):小さな決意

Side アイリ

 

 簪さんが来てから初の夕食。我が家に一人の来客が来たこともあり、普段より少しだけ多い夕食が用意される、そのはずでした。

 

「『全竜戦』の関係で皆さんが来ていることは知っていました。知っていましたが……」

 

 そう、来客は一人。それ以外にいるのは私と兄さん、一夏、従者と言う事になっている夜架さんの四人のはずでした。

 そう、つまりは本来この食卓には5人のはずだったのですが――

 

「ルクス、今後の事なのだが夕食後にさっそく話し合いをしてもいいか?」

「あ、はい。僕は構いませんよ」

「あら、もちろんその話し合いは私達も参加でいいのよね?

 ……独り占めはさせないわよリーシャ」

「わ、私は不埒な考えがあって言っている訳では無いからな!?」

「リ、リーシャ様落ち着いてください」

「ルクス、その話し合いは私も参加でいいですか?」

「あ、はいお願いしますセリス先輩」

「……これは今夜にもお世継ぎができるかもしれませんね。

 大変良い傾向です」

「とか何とか言ってこの前ルクスのベッドに夜這い仕掛けた従者は何処のどいつだこのエロ娘!」

「あら、お情けを頂けるのでしたら頂きますわよ? 私だって主様の御子を身籠りたいですもの」

「来客の前で何言ってるの夜架!?」

「ルーちゃん、今夜の夕食作ったのって一夏君?」

「そうだよ、フィーちゃん。よくわかったね」

「ん、やっぱり……。

 ルーちゃんの味じゃなくて一夏君の味だったから」

 

――なぜか他に四人ほど来られた方がいたために合計九人、一夏の負担もほぼ倍に増えました。

 さすがに配膳くらいは夜架さんも手伝ったみたいですが、それにしても賑やかです。我が家のテーブル席が全て埋まっています。これ以上の人数になったら最早立食しかありません。

 

「なんで皆さんこの家に来ているんですか……」

 

 今までも無かったとは言えないことですけれど、やはりまだ当分慣れそうにはありません。

 

(そう、慣れないだけです。嫌っているなどでは決してありません。

 ただ、慣れないだけなのです)

 

 安眠できる日が減った気がしますが、そこはまあ、目を瞑っておくことにします。

 

「ん?

 私としてはただ単に今後のことを早いうちに話しておきたかっただけだが」

「……いつもそれ以外の()()()()に派生していきますよね」

 

 リーシャ様は少しキョトンとした様子で言っていますが、いつも何かしらの話し合いに来てはしばらく真面目に話し合った後、主に私が夜寝辛くなる類の()()()()に派生したりすることが最近珍しくなくなってきています。

 

「宿に泊まってもどうせアルテリーゼしかいないのだもの。メルはこっちに来るまでまだ日数掛かるし。

 だったら、ルクス君との仲を進展させた方がいいでしょう? アルテリーゼも応援してくれてるし、折角だからお邪魔させてもらおうと思ってね」

「ついに建前すら言わなくなってきましたか……」

 

 今までは私に対して、まだ何かしらの建前を言っていた気がしますが、最近はついにそれすらなくなってきました。しかも、彼女のご実家関係も全面的に応援する方向とのことなので歯止めも期待できません。

 

「わ、私はルクスの補佐官として今後の話し合いを……」

「せめて最後まで言い淀まずに言ってください」

 

 普段は、というか公的な場面ではとても頼りになるセリス先輩ですが、こと兄さん関係の事となると途端にポンコツになるのは相変わらずです。今回も後半以後はあらぬ妄想でもしたのか、言い淀んでいます。ムッツリです。もうどうしようもありません。

 

「久しぶりにお泊まりできる時間が取れたから泊まってきなさいって、おねーちゃんが……」

「……そうですか」

「後、夜になったら押し倒しちゃえって……」

「止めてください、切実に」

 

 おそらくは無駄でしょうが、一応は言っておきます。最も、()()戦いが終わって以来この手のことを止めた例がありません。そもそも、お姉さんでもある学園長が全面的に応援しているのもありますが、本人も内心では多分、乗り気なのでしょうから止まる訳も無いというのは想像に難くないことなのですが。

 

「私はただ単に隙あらば主様の御情けを頂きたいだけですわ」

「もはや隠す気すらない……。

 というか、お客さんのいる状況で何を言っているんですか」

「偽らざる本音ですわ」

 

 そしてもはや何を言っても無駄だと言わんばかりの返答を返すのが兄さんの従者兼護衛を務める夜架さん。兄さんの寝床に突撃する常習犯であるのは簪さんを除いたこの場にいる全員の共通認識なので、もう何を言っても聞かないことは分かっています。

 相も変わらぬ喧騒に包まれる我が家の夕食の卓ですが、慣れたものでもあるので私から言う事は今となってはもうありません。

 

「……」

 

 ですが、絶句している人もいました。簪さんです。

 

(まぁ、驚きますよね)

 

 仮にも貴族位の人もいるのですが、余りにも自由な食事風景です。コース料理みたいに一品一品出てくるわけではなく最初から料理が並んでいる時点で格式も形式も無いのですから、今は気楽な食事です。そもそも一応は貴族位と言うだけで今現在はほぼプライベート、無駄に肩ひじ張る必要もありません。

 向こうでは貴族という制度自体が過去の物となっているみたいですし、抱いていたイメージとかけ離れてでもいたのでしょうか。ですが、この食事会を通して少しでも打ち解けてくれれば、とも思います。

 

(……まぁ、単に目の前の食事風景が持っているイメージとかけ離れすぎていて、軽いカルチャーショックを受けて驚いているだけの可能性もありますね)

 

 とはいえ、簪さん自身の食事の手が止まったきりと言うわけでもないですし、あまり余計な心配をする必要はないでしょう。私自身もお腹が空いていたのでしばらくは黙って食事の手を進めます。

 

(後は、そうですね……)

 

 明日以降のことでも頭の中で考えながら、今は食事に専念することにしました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 用意されたおかずをナイフで切り分けてからフォークにさし、一口食べてみる。

 色々とあって予想外な展開が多かったからか緊張も少なからず感じていたけれど、食べた瞬間に出たのは一言だけでした。

 

「……美味しい」

「あちらの料理に比べれば見劣りするのが情けないところだが。そう言ってもらえるのは嬉しいよ」

「そんなことないよ……本当にお世辞抜きで美味しい」

 

 メインディッシュには私達の世界で言う、キッシュというおかずケーキに似た料理が出されていました。主に葉物とキノコを中心にした野菜と塩味の利いたベーコンを軽く炒めたものにクリームと卵を混ぜたものをパイ生地の中に入れて焼き上げた料理みたいで、野菜のおいしさとベーコンの旨味、塩味がクリームと卵のおかげで臭みや味の角も無く調和し、パイ生地のサクサク食感も食べていて幸せになれます。

 それ以外にもスープやパンと言った料理が並べられていますが、そのどれもが美味しいです。

 

「……そう言えばさ」

「何だ」

 

 一日と言う短い時間の中で色々な事が起きて、もはや今更になって気づいたことを特に深く考えずに口に出そうとして影内君に声をかけました。

 嫌味一つ言わずに応じてくれた影内君に、そのまま続く内容を口にしていきます。

 

「えっと……ルクスさんって、男性なんだよね?」

「それは、当然……ああ、そういえば会ったのは何時ぞやのフランス戦の時だけだったな。

 あの時は性別誤魔化してたっけ……」

 

 私の言いたいことが分かった影内君がその続きを言ってくれていました。

 あの時は先入観も手伝って性別を間違えていましたが、今見れば男性だと当たり前のように理解できます。

 

「うん。色々あって気が動転してたから、なんか今更な話になっちゃったけど……」

「まあ、確かに色々あったからな。

 むしろ、ここまで落ち着いて食事していられるくらいには冷静になったという事だろう?」

 

 影内君は私の事情や心情に配慮しつつ、相槌を返してくれました。

 

「正直なところ、今すぐにできることは限られているので落ち着いていただけると此方としても助かります」

 

 そうして影内君と会話していると、今度はアイリさんが来ました。心なしか、少し疲れているようにも見えます。

 

「アイリさん? 大丈夫……ですか?」

「心配ありませんよ。

 ただ、そう……お客様がいるのにいつもの調子過ぎる皆さんに少し疲れただけです」

 

 どこか遠いところを見つめながら話すその様子に、私はこれ以上この件をつつき回すのは止めようと思いました。誰にだって聞かれたくないことの一つや二つがあるのは実体験や友人の体験談ですでに嫌と言うほど知っているというのもあります。

 

「まあ、向こうの方だと色々と強引なことをして機竜をISとして通している都合上、こちらから増援を送ろうとするとどうしてもそういう事を通す必要もあるんだ」

「下手に大きな騒ぎにすることはできませんけれど、だからと機竜使いとして腕のいい人を女性限定で探すとなると人員が限られましてね……」

 

 影内君の言わんとすることもわかります。私達の世界からしてみても、異世界の存在やISを凌駕しうる装甲機竜の存在は、最悪を考えれば白騎士事件以上の事態に発展しうる可能性も秘めています。異世界と言う私達の世界から見れば完全に未開の地であり、しかも価値観にも相違がある可能性があり、そして一般人にも分かりやすく脅威になりうるものが存在する。むしろ、本格的な衝突までどれくらいの猶予があるかの問題とも言えるかもしれません。

 ですが、現実的に私達との協力関係を続けるとしても問題が山積み、と言う事はアイリさんが言っています。私がこの世界に来て出会い頭にあったあの襲撃者たちにしても男性でしたし、割合としては男性の方が多いか、大部分を占めるかといった状況なのかと思います。その中で女性の機竜使いで、なおかつ腕が立つとなればそれは希少な方たちであるのは想像に難くありません。

 

「その結果が、あの時の黒ローブなんですね」

「そういう事になりますね。

 終始性別を誤魔化したのも同じ理由です」

「無理を押し通すだけの理由はある、と言う事だ」

 

 アイリさんと影内君の返事に、私は納得を覚えました。

 ですが、同時に疑問に思う事もあります。

 

「……?

 ですが、そもそも出入口が限定されているなら最悪、その周辺を徹底的に警備すればある程度は防げるのではないでしょうか?」

 

 ふと、今までの説明に疑問を覚えました。今現在の状況から考えてそうする気が無いのはわかりますが、同時にそうしない理由もわかりません。ありがたいのは確かですが、国家単位で動いている以上は単純に善意だけで動いている、と言う事も無いでしょう。なにより、それだけでは納得しない人がいるのは多分、私達の世界でもこの世界でも変わらないと思ったというのもあります。

 

「簡単に言いますと、そもそもその出入り口の発生条件が分かっていない状況でしてね。

 警備を固めようにも、知らぬ間に出入口が増えている、なんて事態もあり得ないとは言えないのですよ」

「だから、知らぬ間にあちらの世界で幻神獣が大量増殖して、こちらの世界に把握していない出入口から大群になって押し寄せてくる、なんて事態だけは避けないといけなくなってな」

 

 二人の説明に、少し考えました。

 二人が嘘の説明をしているとは考えていませんが、だからこそ疑問に思う事も出てきます。

 

「……でも、私をこの世界に送った敵は」

「分かっています。人為的に、貴女を送り込んだかもしれないのですよね?」

 

 私の言葉を、アイリさんが引き継いでくれました。今まさに言わんとした内容であったために、そのまま頷いて言葉の続きを待ちます。

 

「簪を向こうの世界に送り返した後、更識会長にそれとなく調査を急ぐように進言してみますか?」

「そう……ですね。

 この話がどう判断されるかにもよりますが、いずれにせよ調査に関しては更識会長を頼るほかない現状ですしね」

 

 今後の対応について二人で話し合っているみたいですが、私の関心は少し別なところにありました。

 

(……お姉ちゃんも、影内君やアイリさんのことを調べている。

 でも、状況的にもう、『日本』がどうこう、と言う領域でもなくなってきているかもしれない訳で……)

 

 今現在、アイリさんたちの側を調べるのに具体的にどの程度の人員が割かれているのかなどを私は知りません。

 ですが、調べを進めているのは事実です。

 

(正直、明らかに調べるべきは『ウェイル・アーカディア』、そしてその人が所属していると思われる『亡国機業』について、のはず……)

 

 私も頭の中で僅かばかりの情報を整理してまとめながら考えていきますが、その中で絶対的に情報が不足している部分があることに気づきました。

 ですが、()()の口ぶり的にこの世界に関する何かを知っていることは確定的であるのは確信できることです。だから、少しでも

 

「あ、あの……影内君」

「……ん? どうした?」

 

 アイリさんと話し込みつつ用意した夕食を食べていた影内君は少し訝しみつつ、私の方を向いて聞き返してくれます。それはアイリさんも同様でした。

 

「その……『亡国六刑士(ファントム・サーヴァンツ)』、っていう名前には何か心当たりはある?」

 

 私の質問に、影内君は少し苦い顔をしながら答えてくれました。

 

「……昔、といっても数年ほど前の事なんだが。

 この世界に存在する国家の一つであるヘイブルグ共和国と言うところが擁していた、向こうの世界の言葉でわかりやすく言えば特殊部隊みたいな立ち位置だった奴らの名前が『六刑士(サーヴァンツ)』だった」

「おそらくですが、あの国が改革しているドサクサに紛れてあちら側に渡った可能性が高いですね。あるいは、それ以前の事か……」

 

 彼女たちの返答に、やっぱりこの世界の関係者だったのかな、と思いつつある確信も深めました。

 

(……うん、まず彼女たちしか握っていない情報があって、それは私達も同じになっている。

 でも、敵の事を考えると…………)

 

――この時、彼女は決意した。彼女にとってはとてもとても小さな勇気のいる事を。 

 

 

―――――――――

 

 

Side ルクス

 

「そう言えば、ルクス。

 もし全竜戦と彼女の滞在の日程が被ったらどうする?」

 

 切欠は些細なことで、リーシャ様が何の気無しに言ったのだろう一言だった。

 

「……そうですね。

 今現在は僕かアイリと一緒にいてもらう方向で行こうかなと思っています」

 

 そこまで深く考えていたわけではないけれど、当初の方針では二人のうちどちらかと同行することになっていた。全竜戦の時はアイリは学園在学にはなるけれど試合に参加することはまずないし、その気になればどうこうすることもできなくはなかった。

 一夏は参加するから、アイリと同行できない時は僕の方で預かるつもりだった。

 

「……ルクス。

 ないとは思いますが、万が一、各国の重鎮にでも話しかけられた時はどうしますか?」

 

 ないとは思いますが、の部分に妙な実感が籠っていた当たり、セリス先輩も同じ顔を思い浮かべていそうな気がした。

 

(……シングレン卿は来そうだなぁ)

 

 その光景がありありと想像でき過ぎて妙な笑いが出てきそうになったけれど、現実的な問題として簪さんがシングレン卿に目を付けられてしまうような事態は避けたかった。

 

(……向こうの世界の事はこの前の七竜騎聖の会議があったから知っているにしても、どんな口実で向こうの世界とどんな関係を築こうとしているのかがまだ分からないからなぁ……)

 

 嘗ての大戦では色々とあったけれど、今でもあの人は機竜使いの力が作り上げる世界を諦めてはいない。今でこそ一時期よりは落ち着いているけれど、簪さんの負担を考えるとそれでも不安は残った。

 

「……私かメル、アルテリーゼの誰かと一緒にいてもそこは変わらなさそうね。

 何処かで来るかもしれないけれど、その可能性を先送りにできそうな人と一緒にいるのが現状できる最善策かしら?」

「可能なら、その人もある程度の立場ある人であることが望ましいですね」

 

 全竜戦の時に簪さんに立場ある誰かと居てもらった方がいいのではないかと言う方向に話が進みだしたとき、意外と言えば意外な人が意見を出していた。

 

「……お姉ちゃんは?」

 

 その言葉を口にしたのはフィーちゃんだった。

 

「……お姉ちゃんなら、此処にいる人全員とも接点があるし、何かの理由で会いに行ってもそこまでおかしくないと思う。

 それに、私か誰かがずっと護衛につくことになっているから……」

 

 言われた内容を、ひとまずこの場だけで吟味する。

 

(……確かに、利は多いかな。

 それに、シングレン卿も貴賓席に来ることはあっても一応は相手国の総責任者のところに直接来ることは……ないとは言い切れないけれど、直接の所属じゃなくなった僕らよりは低いかな)

 

 この際、簪さんに全竜戦やそれを通しての機竜の情報のある程度の漏洩は致し方ない部分があるにせよ、今日みたいなところで悪印象を持たれるのは避けたかった。

 

「……ルクス、私はいい案だと思うのですが?」

 

 最初に意見を言ったのはセリス先輩だった。

 

「私としても賛成だ。

 貴賓席で貴族連中の挨拶攻めにされるのも面倒だろう」

 

 ついで同意の意を示したのはリーシャ様だった。後半は立場的に問題かもしれない発言があったけれど、そこはこの場限りと言う事で聞かなかったことにしておく。

 

「うん……じゃあ、フィーちゃん。

 出来るだけ早いうちに」

「うん、分かった。

 明日は空いているって聞いてるから、朝一に行ってくるね」

 

 フィーちゃんはすぐに頷いてくれると、朝一で行ってくれることを了承してくれた。

 

「簪さん」

 

 となれば、後は本人に了承をとるだけ。

 

「私は、基本的にそちらの指示に従います。

 分からないことの方が多すぎますので……」

 

 簪さんも内容を聞いていたのか、特に深く聞かずに頷いてくれた。

 となれば、後は僕らで進めることを進めるだけだ。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

 後日、本来なら通う事になっていたはずの王立士官学校(アカデミー)に簪、アイリさんと共に足を運んでいた。

 

「ここが、王立士官学校ですよ」

「あちらみたいに各国の合同で設立している訳では無く、アティスマータ新王国の教育機関、という違いがあるがな。

 それと、あちらは防衛を教師部隊が担っていたけれど、こっちは諸般の事情で騎士団(シヴァレス)っていう学生の中でも腕が認められた人で構成された部隊も担っているってことか」

 

 久方ぶりに来てみると、思っていたより懐かしい気持ちも強かった。

 

(まだ1年も経っていないんだけどな……)

 

 最後に来たのはISの世界に赴く数日前だから、まだ半年も経っていないはずである。だが、妙な懐かしさも感じていた。

 

「騎士団、って?」

「先ほども言った通り、教師陣が何らかの理由で即応できない時にその初動対応やそのほかの一般生徒の防衛、場合によっては有事の際の戦力として召集されることもある人たちですよ。

 学生の中でも特に腕の秀でた人たちで構成されていまして、時には神装機竜を持つ人が所属していることもあります。訓練場の都合などを多少優遇してくれたり一般生徒より機竜の使用に関する権限が認められていたりしますが、その分、危険性も跳ね上がりますね」

 

 俺の方でした簡単な説明の中で出た単語に興味を引かれたのか、簪が追加で質問していた。特に答えて困るような内容でもなかったために、アイリさんもその質問に答えている。

 

「まずはレリィさんに挨拶ですよね?」

 

 一応、最初は学園長でもあるレリィさんに挨拶することになっているので、その確認だけしておくことにした。

 アイリさんもそのことを分かっているので特にとがめられることも無く、少し考えながら答えてくれた。

 

「ですね。一夏、簪さんの案内をよろしくお願いしますね。

 妙な絡み方をしてくるような人はさすがにいないと思いますが、何かトラブルがあってからでは遅いですから」

「委細了解しました」

 

 元々言われていたことであるが、改めてこの場で言われると気が引き締まる思いがした。そのまま先導しつつ、正門を開けていく。

 休日の昼頃に来たこともあって、人影はまばらであまり多くない。が、そのような人たちはほぼ例外なくこちらを見つめていた。

 

(今の騎士団の人たちか)

 

 そのような態度から、見慣れない服装で入ってくる簪の存在を若干ではあるが警戒したのだろう。過去、この学園の内部に他国のスパイが入っていたことを体験談として知っている身としては、そのような警戒をしている人たちがいることはむしろ喜ばしくすら思えた。その対象が簪であるという事実には少しばかり思うところはあるが、そこは騎士団や学院側の立場もわかるので何も言わない。

 

「あ……あの……」

 

 人目が途切れたあたりで簪が、少し声を小さくしつつ遠慮がちに話しかけてきた。

 

「どうしましたか?」

 

 アイリさんが簪の方を向きながらそう言葉を返す。簪もどう言おうかと少し口ごもっていたが、意を決したのか

 

「その……気のせいかもしれないんですけれど、少し視線が気になってしまいまして……」

 

 簪も視線にはどうやら気付いていたようで、少し居心地悪そうにしていた。

 

「すいません。

 以前スパイ騒ぎがあったので、見慣れない服装の人には少し警戒心を持っている人も少なくないんです。ですが、私か一夏が同行していれば大きな問題にはならないと思うので、基本的に私達と一緒にいてください」

「そ、そうですか……」

 

 そうこうと話をしつつ歩を進めていくと、学園長室が見えてくる。

 

「二人とも、もうすぐ学園長室につきます」

 

 アイリさんには今更言うまでもないが、簪は考えるまでもなく初めてここに来るので一応声をかけておく。心構えの準備にでもなればと思っての事だ。

 

「ええ、分かってますよ」

 

 アイリさんも分かってるのか、落ち着いた様子で返事してくれていた。

 

「わ、分かりました!」

 

 肝心の簪は緊張のためか、声が固く上ずっている。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」

「ええ。

 学園長のレリィさんには急ではありましたが一応話は通してあるはずですし、私達もいますから」

 

 流石に過度の緊張が見られたため、学園長室の扉をくぐる前に少しばかりの会話を挟んで緊張を可能な限りほぐしておくことにした。アイリさんも話しかけており、少しばかり簪も落ち着いてきたように見える。

 その様子を見計らって、学園長室の扉に手をかけた。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

 王立士官学校についてからまず真っ先に向かった学園長室、その扉を一夏に開けてもらってからくぐるとある意味で見慣れた人が座っていました。

 

「さて、久しぶりね二人とも。

 それと、ようこそ。更識簪さん、で合っていたわよね?」

「は、はい。

 更識簪です、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いしますね」

 

 まずは私達の方を見て軽く挨拶し、そのまま簪さんの方を向きました。

 朝一でフィルフィさんが事情を伝えていたこともあり、レリィさんは落ち着きながら話しています。半面、簪さんは先ほどよりはよくなっていますが、それでもまだ緊張が見られました。

 

「そう緊張しなくてもいいわよ。

 もう言われていると思うけど、私が学園長のレリィ・アイングラムよ。全竜戦の時はよろしくね」

 

 にこやかに挨拶したレリィさんと、私と一夏が付き添っている緊張した面持ちのままの簪さん。

 これが、二人の初対面でした。


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