平氏側兵力2000騎と他1万名・・・対して源頼朝率いる源氏側兵力4万騎と義経率いる歩兵2万5000人。
ただ歩兵という概念がまだ確立していないため義経の兵士は雑兵と扱われた。
「く・・・歩兵の有効性も俺の兄はわからんのか。」
この時代騎乗して、しっかり武芸を身に付けた武士と雑用扱いで適当な武器を持たせている兵では強さがまったく違った。
本当に一騎当千の言葉と同じことがおこる時代なのだ。
「仕方ない。・・・我々は出番が来るまで待つとするか。」
【富士川周辺】〔数時間後〕
「退け!!退くのだ!!」
頼朝は戦下手だ。
騎馬だけて湿地に突入した時点でよくわかるだろう。
泥で動けなくなった源氏側が平氏側から放たれるの矢によりどんどん数を減らしている。
焦りが指揮を混乱させる。
「義経を出せ!!時間を稼いでもらうのだ!!」
頼朝は馬鹿にしていた義経の歩兵を時間稼ぎの駒にすることにした。
頼朝の近くにいた後に有力御家人と呼ばれる面々も頼朝の案に賛成した。
「遅いわ!!くそ・・・側面から突入する。」
湿地ではなく森の中を抜けて義経達は平氏に襲いかかった。
「敵に武士は少ない!!勝った!!」
「維盛様!!敵に矢が効きませぬ!!」
「維盛様!!敵は化け物でごさいます!!我が方が騎士が敵に斬り殺されていきまする!!」
「我が方の目的は頼朝の決起を討伐すること・・・なら持久戦にすれば良いのだ。今回の戦で頼朝方の武士は数を無意味に減らした。・・・撤退する。」
絶好・・・とはいかないものの良いタイミングで撤退を成功させた。
「どうせ追撃しても意味がない。今回は我々も戻るとしよう。」
義経も撤退。
この戦で頼朝の戦に対する評価が暴落し、頼朝は鎌倉に拠点作りに腐心することになり、義経の戦上手に嫉妬するようになる。
義経は勝ったことで人気者になったが、頼朝の関係を悪化させてしまった。
維盛は少ない騎数で頼朝にダメージを与えたことで一族内で一定の発言力を得ることになった。
〔西暦1183年春〕
「この訓練は中々きついな。」
「隊長もう少しで終わりです。頑張りましょう!!」
義経は北邦共和国の兵士達、近隣の駆り出された村人達を訓練しながら自身も同じ訓練をして友好を深めた。
「義経様はいい人だべ。」
「おらたちに美味しい飯を配ってくださるだ。」
「役人様や武士様もみんなこんなんだったらありがたいのにだ。」
この行為は義経の戦略的意味に基づいての行動だったが、他の武士には軽蔑を込めて蝦夷者と呼ばれるようになる。