とある宮古芳香の悪戦苦闘   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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粟津の戦い 西暦1184年~

【盛越川ほとり】〔西暦1184年1月〕

 

「突撃!!」

義経は京の警備として2万の兵と1万騎を残してきたのだが、相手は数百騎しかいなかった。

 

(やはり内部で分裂したか。)

義仲は戦の前に後白河上皇から最終通告を言われていた。

内容としては無礼な振る舞いをしたことに対する罪滅ぼしのために平氏を滅ぼすか、一戦交えるかだった。

戦になれば国賊・・・これに家臣達が動揺し、一族からも離脱者が出たのだ。

焦った義仲はまさかの後白河上皇の屋敷を襲撃し、幽閉してしまった。

ただ、上皇を捕らえる際にも犠牲者が出たのでこの数になっていた。

 

「弁慶殿・・・頼みました。」

 

「お任せあれ!!」

弁慶と呼ばれた図体がでかい黒光りしている男性は北邦共和国とモンゴルの紛争に20年間戦い抜いたベテランで、現在の年齢は36と現在25の義経より1まわり年が上だったが、お互いに信頼しあっていた。

 

「くらいやがれ!!」

弁慶は2メートルもある巨体で敵の馬ごと太刀で真っ二つにしてしまい、半分になった武士を掴んで、別の敵に投げつけて落馬させて殺すという離れ業をしてしまう。

 

「やあやあ我こそ!?」

叫んでいる間にプレートアーマーの集団に斬り殺される人も現れた。

 

「よ、義経は武士の礼儀も知らぬのか!!」

 

「・・・知ってるからこそ・・・勝つためにやるんだよ。」

義仲の背後には義経が刀を降り下ろしていた。

見ると鎧が部下の物だった。

 

「卑怯も・・・」

義仲戦死・・・それにより総大将がいなくなった義仲軍は武士達は自害し、全滅した。

 

「後白河上皇様を救出せよ!!」

後の歴史評論家は時代を先取りした天才戦術家と評価した・・・戦略家でないのはもう少し後にわかる。

 

〔1ヶ月後〕

後白河上皇という政治的怪物に丸め込まれてしまった義経は頼朝の指示を完全に逸脱した行動をとり始める。

それが平氏の討伐である。

頼朝の命令は京に入り鎌倉にいる源氏の影響力確保であり、義仲も暴走したため戦になってしまったが、頼朝的には平氏との壁(緩衝材)として使うつもりだったのだが義仲が戦死したことで狂ってしまった。

だが義仲の死は頼朝にもプラスとなった。

義仲の旧支配地域をそのまま頼朝の勢力圏にできたからだ。

・・・しかし、源平合戦の後半は義経という化け物が暴れだすのだった。

 

【一の谷周辺】

平氏討伐軍は2つの軍が存在した。

約5万騎を率いる頼朝に忠誠を誓っているため武士からの受けが良い源範頼率いる軍と北邦共和国の兵士と義経を慕う若者、武士で構成されている4万人の2つだった。

 

「範頼は背後に回り込もうとして被害が拡大していると・・・。」

 

「このままでは各個撃破されてしまう可能性がありますなぁ。」

 

「・・・弁慶動くぞ!!」

 

「・・・夜にしましょう。崖から縄をかけて降りれば安全かつ一気にけりがつくでしょう。」

 

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