【農南(南京周辺)】〔西暦1450年秋〕
ここ農南で天然ゴムが発見された。
何気ない木を斬りつけて遊んでいた子供が白い液体を発見し、それを学校に集めて持っていった時に、理科の教員がたまたまその子の話を聞いて色々と実験すると弾力性のある塊ができたらしい。
これが30年前のことである。
大きくなった子供は研究者となり、その物質を調べて何かに使えないか考えたようだ。
なかなか成果がでなく、周囲から変人扱いを受けていたが、死んでキョンシーになってからも研究を続けた結果・・・ゴムとして莫大な財産を築くこととなった。
農南はこれによりゴムの一大生産地となり、様々な品でゴムが使われるようになる。
それは日用品から武器にいたるまで・・・。
ゴムに限らず、1350年~1450年の間は後に続く発明が沢山あった。
改良型反射炉や改良型羅針盤、改良型印刷機・・・果ては、都市の住宅事情から鉄骨鉄筋コンクリート構造等も出てきた。
ただし、兵器関連は性能の向上のみで画期的な新兵器ができることはなかった。(戦争事態が無かったから)
さらに人口は7億を超えようとしている。
〔西暦1500年春〕
オスマン帝国が銃なるものを兵器として使用していることがわかった。
ただ芳香や翠星石、蒼星石にはその情報が届かなかったので北邦共和国に現物を入手するまで今しばらくかかる。
なお、火薬の生産は圧倒的に北邦共和国が優れ、精密作業も時計製造の中で技術が培われているので銃が普及する下地はあるのだが・・・。
〔西暦1514年秋〕
建国(ほとんど自然発生だが)以来初の大規模な飢饉が発生した。
理由は北海道周辺海域の漁の不振、農北にある火山の噴火による一大生産地の打撃によるものだった。
芳香は貯金のほとんどを使って神界から緊急輸入依頼を出したことが悲惨さを物語る。
キョンシーは極論飴玉1個なめれば1日もつのでなんとかなるが人は違う。
缶詰めと保存食の生活は次第に今までの生活がどれだけ豊かだったかを認知することとなり、少しずつ薄れていた団結を再び取り戻していった。
近代に町は資本主義だが下地は共産国家と呼ばれる用になるのだが、それが飢饉から身を守るためだとは歴史家達もわからなかった。
北邦でこれなのだから大韓とモンゴルはどうかと言うとそこまで酷いものではなかった。
大韓は南満州という食料庫があり、不足するどころか北邦に輸出できるほどだった。
モンゴルはインドからの輸入によりこちらも不足することはなかった。