現在、私は道三の孫である龍興世話をしていた。
彼は幼いながらに頭がきれた。
自分が食べれる量のご飯を自分でよそって食べれたのだ。
まだ2歳(もうすぐ3歳)であるが、これは素晴らしいことである。
他にも障子に穴を開けて遊んでいると思ったら、障子の大きさを自分なりに考えていたらしく、筆で紙に障子と同じ大きさの四角形を書いたりしていた。
〔西暦1556年春〕
龍興の父親である義龍が実の父親である道三に謀反を起こした。
道三は義龍のことを木偶の坊や無能と言って斎藤姓を名乗らせず一色姓を名乗らせた。
両者の対立は必然であったのだ。
しかし義龍は道三が言うほど無能ではなかった。
いや、方向性が違う有能な人物だった。
道三は確かに国を取ることができた。
1552年には東美濃も切り取っているので有能な人物であるが、独裁的な面と残酷な面により家臣は恐怖していた。
対して義龍は協調性があり、1地方を取れる器、能力が存在したのだが、運が悪いのだ。
私は傍観した。
それは両者からの願いだった。
道三は最大の協力者であり、義龍からは小さいときに道三が見捨てるなか、私は最後まで勉強や武道を教えたため先生と呼ばれていた。
だから息子の教育をお願いしているのだ。
結果は道三の死だった。
私は義龍にお願いして道三の家族が眠る場所に道三の亡骸を埋めた。
また、美濃の後継者は義龍だけではなかった。
隣の織田信長も道三の娘濃姫こと帰蝶の婿であり、道三が美濃を譲ると言った人物であった。
龍興はこの流れを読めていたのだろう。
私が道三の墓を作ったときについてきて涙を流していたのだから・・・。
〔西暦1561年夏〕
義龍がこの時急死してしまう。
今からって時に・・・。
龍興が家督を継いだが、まだ14歳である。
道三のように特殊な生活環境でもなければ、義龍のように完全に成熟もしていない。
そんな義龍の最初の命令は・・・
「ハクに告ぐ・・・美濃から10日以内に出て行け。」
龍興視点
俺にはわかっていた。家督を継いだが皆父親である義龍に忠誠を誓っており、自分の基盤が曖昧なのだ。
そんなところにハクがいると危険なのだ。
ハクは自分は別の国の出身だと言った。
その場所は日ノ本よりもさらに北に存在し、ここよりも豊かであった。
「で、ですが・・・。」
私はハクの近くに行き袖の下に紙を入れ
「祖父や父と私は違う。」
と言った。
紙にはここが危険にさらされるから国に帰るように、俺が狂っていないことを書いた。
「早く行け!!」
この国は滅ぶ・・・なぜなら・・・
(俺を全く期待していないのだからな!!)