〔西暦1564年秋〕
収穫期直前に信長は進行してきた。
日ノ本で唯一職業軍人を持っている信長ならではの侵略であった。(職業軍人とはいかないものの、似たものを北条早雲が作っていたりする)
さて、龍興はどうしたかというと、事前に動きを察知して約500名を動員した。
それで十分だと思ったのだ。
草原や畑を戦場にする必要はない。
進行してくる道に罠をしかけ、200名に大量の旗を持たせて片方が山で、もう一方が腰ほどある雑草が生い茂る場所を選択した。
斎藤家は罠をはるのがうまいのだ。
道三も籠城の際には油で敵を焼き殺したり、義龍も道三を助けるために来た織田家を罠にかけて足止めしたりしていた。
「小僧に何ができる。」
信長は奇襲がないように林にも、山にも兵を向けていた。
「かかれ!!」
信長の掛け声で攻撃をしかける織田軍は騎兵の突撃と山からの弓で蹴散らそうとするが・・・
「かかった。」
地面には目立たぬように工夫された縄が馬の足を引っ掻けて転ぶようにしてあり、弓対策に大きな鍋を背中に背負わせていたのでそれで身を守った。
それを見計らったかのように織田軍内部で離反者が出てくる。
難しいが褒美を多く出すと言ってついてきたごろつきどもで、大声で悲鳴をあげて離反者がでたと叫べと言っていた。
大半が職業軍人でも陣借りは必ず存在する。
彼らはその声を聞くと恐ろしくなり逃げ出していく。
「く・・・一旦引くぞ。」
それを残りの200名が退路に隠れていて弓で攻撃してくる。
織田軍は2000名で出陣したのに約300名近くを失ってしまったのだ。
ただ、この采配は竹中半兵衛によるものと言って龍興は彼に褒美を与えた。
困惑する半兵衛を後ろに自身はすぐに部屋に戻って女と遊ぶふりをする。(女もハクの元世話役等の関係者)
(これでいい。これでいいのだ。)
龍興は自分と同じぐらい頭のよい竹中半兵衛を目立たせた。
今孔明等の渾名を広げたのも彼である。
〔西暦1566年冬〕
俺は竹中半兵衛を呼び出した。
城を乗っ取らせるために・・・。
彼の兄が城に熱で寝込んでいるので見舞いに来てほしいと。
俺の配下を使って半兵衛が女遊びばかりしている俺を戒めるためと言うシナリオである。
策は成功し、俺は城から逃げるふりをする。
半兵衛の名声はこれで高まり、俺が指揮してきた戦は半兵衛が影から操っていたと噂されるだろう。
(これでいい、これで・・・。)
〔西暦1567年春〕
いよいよ織田軍が城内に侵入間近となった。
俺の言いつけ通り裏切ったやつらもいれば、忠誠を尽くすと仮初めの忠誠を見せる老人もいる。
まぁいい。
俺は自分にあった家を作るそれだけだ。
俺は死装束で叔父にあたる信長の前にでる。