【北邦共和国 北海道】〔西暦1582年夏〕
ことは少し前に遡る。
スペインと国交が開いた時に宣教師が混じっていた。
そこで口論となり、そのまま裁判所にもつれ込んだ。
まず神の違いである。
こちらは八百万の神(実際はそれ以上だが)を信仰しているのに対して、宣教師達はゼウスの一神教であると主張。
裁判官は飽きれ
「どちらの考えでも良いじゃないか。人間思考が違うのは当たり前である。お互いに謝罪し、この件は水に流そう。」
と提案。
北邦側は受け入れたが、これに宣教師は激怒。
何もすることなく帰っていった。
「なんだったんだべ?」
「キリスト教だけしか信じられない愚か者ですよ。宗教の弾劾なんて・・・。」
上は裁判所に駆け込んだ町民、下は祖先がユダヤで、ユダヤ教を信じている裁判官だった。
【北邦共和国 農南】〔数週後〕
別の外人がやって来た。
・・・イギリス人である。
宗教裁判という馴染みがないことに一般の関心が高まっていた時に今度は宣教師ではなく、貿易商がやって来た。
現在農南の代表は小鍛治がおこなっており、ユダヤ系の通訳を交えながらの話し合いになった。
「北邦の人良いヨ、金持ち喧嘩シナイヨ。」
「有意義な話し合いになった。こちらも感謝の証にガラス食器と茶葉を渡そう。」
「アリガトウ。」
またスペインという国と宗教問題が起こったことを話すと
「キリスト教も色々アルデース。スペインは古い考え方を大切にシマース。私達イギリス人はキリスト教を広めることはしません。イギリス正教はイギリスでなければならないのデース。」
「ならいいが・・・まぁ、貿易頼むや。私達的にはキリストを教えても我々の神の中でも偉い神なんだなー程度だから。」
「独特デスネ。」
「まぁな。」
「売れたらまたキマース。」
「元気でな!!」
唯一イギリスは十字遠征に参加しなかった。
・・・というか、イギリスは北邦との貿易拠点をベトナム(人口がスッカスカで半分滅びかかっている)に建設し、英国領南ベトナムが誕生することになる。
【農北】〔西暦1583年春〕
異国の軍勢が国境を越えようとしたことから遠征軍と初めての戦闘が開始された。
前回の反省から民間人の避難を迅速におこない、約200キロの縦深を作り出すことに成功した。
ただ、農北だけが戦闘地帯ではない。
インドとオスマンも攻撃を受けていた。
農北以外では負け越している。
農北では約5万人の軍人が遠征軍10万人と対峙、遠征軍は光る弾を北邦軍に向かって発射してくる。
北邦軍に弾が当たると兵士達の体に紋様が浮かび上がり、尻餅をつく程度だったため、接近戦で遠征軍は多大な出血をしいることになる。