【関ヶ原】〔数日後〕
龍興は真田領にて討ち取った真田昌幸と真田幸村を材料として真田領の鎮静化を急いでいたため、決戦には参加できなかったものの、影武者を使ったが、徳川秀忠本人が作戦立案、指揮委託という感じで部下の能力を見極める事ができたこと、街道の安全が確保出来たことは評価された。
これにより現場の龍興も家康から
「両兵衛合わせても勝てない策略家であるが、野心家ではない。義には義を。恩には恩で返す男だ。まさに蜂(女王蜂の元で勇敢に戦うことや忠誠心を表している)である。」
そんな評価をされているため息子である道元も期待される。
「やれることをやるだけだろ。」
後に関ヶ原の戦いと称される戦は西軍大将宇喜多秀家の兵力11万8000名対東軍大将徳川家康、副将徳川秀忠の9万6000名の戦いとなった。
始めに動いたのは上杉景勝隊である。
「我らに毘沙門天の加護あり。」
景勝は秀吉存命期間中に必死で謙信の戦術コピーと装備の一新を進めたのだ。
その中で景勝が改良したのが奇しくも北邦の佐天が得意とする浸透戦術であった。
「抜刀!!」
上杉軍の特徴は槍がとにかく短いこと、騎兵隊は抜刀して突撃できること、1兵がとにかく強いこと、更に対銃撃戦用に盾や鎧の一新をしたことにより防具が新しいことだろう。
「突撃!!」
銃撃を盾持ちが防ぎながら一気に進んでいく。
銃撃の合間に突撃し、大乱戦となる。
「今だ!!」
前後挟撃と呼ばれる集団突撃をおこない、先鋒を倒していく。
「赤揃えの意地を見せるのだ!!」
上杉軍に負けない勢いで突撃する井伊直政の赤揃えに西軍右翼は後退していく。
好調の東軍左翼に対して東軍右翼は最悪であった。
「報告します!!秋田隊壊滅!!当主秋田実季討死!!また、一族男子全滅でございます。」
「凶報!!里見義康の反旗でございます!!数2000!!」
「追報!!千本義定討死!!右翼の2層目崩壊!!」
「鳥居元忠様討死!!鳥居隊は本田忠勝様に吸収されました。」
東軍右翼が壊滅した理由は西の名将である立花宗茂と高橋直次の2名と前線で毛利勝永が猛威を奮っていたのだ。
この東軍右翼に道元は投入された。
「2大将(道元の上司2名)は本田忠勝隊の救援に向ってるだろ。3小将は俺に続いてやる気のない小早川秀秋隊から崩す。」
小早川秀秋は徳川家康に内通していたが、運が悪いことに道元は知らなかった。
「粉砕せよ!!」
力押しである。
装備面が他と超越していたため、改良されていない火縄銃では効かず、長槍隊の攻撃にも最新型の銃による集団発砲にて壊滅させた。
「突撃!!」
切れ味がおかしい刀を持ち、洗練された動きで次々と切り込み、秀秋隊は壊滅した。
秀秋は単独で逃走したため、その場での命は助かったが、斎藤家親衛隊副隊長の鈴木孫一が射殺した。