【北邦共和国 農北】〔西暦1605年夏〕
政権をとって5年・・・サヤカは革命途中から資金や物資の援助をしてくれた北邦(主に藤原財閥)の重役達と会談していた。
「今後も何とぞ。」
「いえ、こちらも【安全】が手に入るのなら必用な投資ですからな。」
安全とはソ連とポーランドの戦争で出る利益である。
ソビエトは革命によって王族や貴族の金を得ることができた。
それを使って人工国家ソビエト社会主義共和国連邦の土台を固めている最中である・・・最中であるが故に隣の強国ポーランドが鬱陶しかった。
(ポーランドのモロトフ・リッペントロップ協定の境界線まで奪わなければならない・・・安全面で。)
サヤカの頭の中では社会主義など革命の建前でしかない。
協力してきた貴族も一部を除き革命闘争中に亡くなった今、労働者と農民の国であるソ連は小さい内に農業改革を断行したのだ。
まず北邦から農業顧問と作物を買って自国の生産性を高めていっる・・・ここまでが建国からの5年間である。
北邦は農業大国でもあるので農作物を輸出したいのであまりソ連の農業推進に賛成していないが、革命による農地の荒廃はそれを黙らせるほど酷かったのだ。
また、ウクライナの穀倉地もまだ手に入れてないため本当に死に絶えの小動物でしか今のソ連はなかった。
(役回りがこんなのばっかり・・・。)
前世から苦労が絶えない彼女はそれでもニコニコと藤原財閥のご機嫌をとった。
・・・まぁサヤカの苦労はロシア人には好意的に受け取られているのはせめてもの救いだろう。
【青森】
北邦を挟んだ赤い国が七難八苦しているのを知らない青森では水銀燈の改革が実を結んでいた。
貿易摩擦覚悟の輸出の大攻勢は北海道の道民の意欲向上に繋がった。
「青森何かに負けるな!!」
「北邦に勝つぞ!!」
両者の意地のぶつかり合いは青森が優勢だった。
まず賃金の違いがあり、更に北邦製品の転売が可能な青森はとにかく金、銀を溜め込むことができた。
煽りはそのまま江戸幕府・・・ではなく豊臣家に直撃した。
二代目将軍徳川秀忠は北邦の貿易を開始、江戸で同じ商品は売れないので大坂が狙われたのだ。
良くも悪くも豊臣は成金であったため金遣いが荒いため散財の限りを尽くした。
それは徳川への嫌がらせでもあり、見栄でもあったが・・・その金は青森以下奥州、関東にばらまかれた。
数十年前倒しの貨幣経済が浸透したことにより更に青森の製品が売りやすくなるという未曾有の好景気となっていた。
・・・まぁ北邦も儲けてはいるが。