【北邦のとある場所】〔西暦1610年7月22日〕
《普段と変わりが有るとしたら朝の時に小さな地震があったことだろう。》
「魚が今日も沢山取れたとよ。」
「良かったわ。」
この夫婦が後のキーとなる。
13:56分・・・食事中の夫婦の後ろで突然の爆発音・・・
「どげんしただ!!」
夫窓から外を見る・・・アラスカ南部、アリューシャン列島よりやや北の出っぱり部分にあるパブロフ山の大噴火であった。
頂上周辺は噴火による爆発で吹き飛び、割れ目からはドロッドロの溶岩と天を突き抜ける煙が見えた。
「た、大変だと!!」
奥さんの手を握り、政府から言われていた緊急袋(30キロのローラーバック)をもう片方の手で引っ張りながら避難場所に指定されている学校に駆け込んだ。
「山が!?」
学校に到着し、周りが騒いでいたのでその方向を見ると海側の山が噴火による影響で土砂崩れが起こったのだ。
土砂崩れの先には農地だけだったため人的な被害は無かったが・・・巨大な波が発生した。
《地面がえぐられた山からは絶え間なく溶岩が溢れていた。2000メートルもある山の3/7が海に向かっていった。・・・津波が発生した。》
夫婦や逃げてきた人達は火山灰から逃れるために学校に入るか、市役所、公民館、博物館、図書館、市民総合体育館のどこか大きな建物の中に避難した。
窓から外を見ると外が灰で真っ白だった。
《政府から言われていた緊急時の避難訓練・・・被災してからでないとその必要性はわからないだろう。しかしこの時ほど政府をありがたく感じたことはない。》
役人が各自持ってきた食料品を出すように言われていた。
不安から反対した者もいたが、最後は皆に説得されてしぶしぶ食料品を差し出した。
【オランダ領インドネシア】〔数時間後〕
扇のように広がった津波は北海道に1メートル、日本の太平洋側に1.8メートルの津波が襲ったが、それは余波であった。
インドネシアでは暑い日差しの中農作業がおこなわれていた・・・が、威力を増した20メートルの津波により80%の人口と75%の建造物、90%の収穫が消えてなくなった。
オランダの領館も波で流され全滅、以後オランダは日本との貿易をすることができなくなってしまった。
オランダだけでなくスペインのいるフィリピンも18メートルの津波により壊滅的打撃を受けたため奪える者を奪って撤退、イギリスも拠点であった北部が津波で流されたためオーストラリアを一時的に放棄する被害を被ることとなった。