とある宮古芳香の悪戦苦闘   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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大坂の陣 2

「大坂方もなかなかだが、対してこちらは全国の大名に徳川の譜代、旗本、御家人か。」

 

「危険性を考えれば徳川の幕臣達と外様に溝があることだけなんだな。」

 

「・・・豊臣は関西を軍事制圧しなかった。もう負けは確定している。後は上手く勝つだけ。」

斎藤家が任されたのは北側。

堀が一番深く、多く設置された防御陣を落とさなければ内堀に入れない大坂城で最も侵入しづらい場所であり、報告によると明石全登、塙団右衛門の両名が防御陣の改築中らしい。

 

「さて、幕府はどう動く?」

 

 

 

【大坂 徳川家康陣】〔数日後〕

 

「斎藤家は秋田徳川家当主徳川忠吉に従うものとし、北側大将徳川忠吉、副将斎藤道元とする。異論はあるまいな。」

 

「は!!」

事実上の攻撃禁止命令である。

南の前田、東の伊達、西の上杉・・・この三家も幕府の譜代が監視役につき、その下つけられた。

不満はあるが忠吉は道元にとって婿殿である。

斎藤家には最大限の気遣いをしていただいたので礼をして斎藤家の陣に戻っていった。

 

【斎藤家陣】

 

「どうやら大御所様は譜代、旗本、御家人に手柄を与えたいらしいな。幕府の権威向上には良いと思うが・・・。」

龍興は不安であった。

龍興はこれでも色々な兵を見てきたつもりである。

織田の弱兵から美濃兵、三河兵、甲斐の武田も一時だが見る機会があった。

関ヶ原はそれらの集大成でもあった。

しかし、今の三河武士は地位がある。

祖父や父親が築き上げた地位が。

それを崩さないことが指名と思っているためどうしても自分の命が惜しいのである。

龍興が一番悲しんだのは井伊家である。

武田より受け継がれし赤揃え・・・小田原の役ではその強力な攻撃力で天下に井伊の名を広めた。

 

「それが・・・。」

井伊直政は関ヶ原の後破傷風からなる様々な病気で死亡していたため現当主は次男の井伊直孝であった。

勇敢で知恵は回る良い司令官だが赤揃えが腐っていた。

 

「見た目だけだな。若い、鎧も新しく傷がない。戦の緊張感もないとはな・・・上杉とはどこで差がついたのやら。」

一方上杉は車懸りの完全コピーに成功していた。

しかし浸透戦術と車懸り、時代は浸透戦術の方が使いやすく、効果的であったが、切り札としてしまい込み、見せ札として車懸りを使用しようとした矢先に監視役が来たのだ。

監視役は本田忠勝の息子である本多忠政で忠勝の息子とは思えないほど無能であった。

 

「これでは上杉が活躍できないではないか!!」

直江兼続は名指しで家康に本多忠政の監視役交代の書状を送りつけるほどだった。

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