【北邦】〔同時刻〕
芳香達が青森にいる頃、北邦では再び農業革命の時期がやって来た。
噴火による冷害で被害を受けたことから、生産性の向上と物流の再計画運動を纏めたのがこの第二次農業革命であった。
「神力を宿した作物ばかりと言ってもその基礎部分を品種改良をおこなえば更なる生産性向上が見込めることがわかったですぅ!!そして目玉は内燃機関式トラクターの普及ですぅ!!」
上東海道、北海道南部、アラスカの西部の工業地帯から吐き出される蒸気機関の製品により鉄道網も軌道に乗ると余力が出てきたのである。
その余力は普通の国なら軍に向かうのだが、北邦では農業へと向かうこととなる。
ガガガガ
「流石20馬力!!力強いべ!!」
北邦の国民はある程度の金は備蓄しているためトラクターを買うのは難しくはない。(企業が値下げ競争をしているのもあるが)
そのため急速に普及していき、勢いのまま残っていた穀倉に適した土地はみな開拓が終わってしまったのだった。
これ以降の開拓は史実のソ連のような湖を干上がらせることをしなければならないため効率は悪いが、農南の山脈地帯の棚田の開発に力を入れていくことになる。
【アラスカ銀行】
「青森の小娘・・・力の違いを思いしる訳よ!!」
大財閥の藤原財閥は今回の件で大打撃を被ったが、備蓄予算で耐え抜き、反撃を開始しようとした矢先に政府の国銀による新紙幣と貨幣による交換により初動が遅れた。
「ぐぬぬ。」
しかし終わる頃には青森も建て直ると見えていたため、別方面に利益の回収をおこなうことにした。
・・・インドである。
北邦政府は北側を援助していたのだが、皇帝が亡くなると一気に守勢となってしまったので損切りを開始していた。
「結局、ソ連を使う訳よ!!」
ソ連に2世代前の銃やトラクターの普及により余っていた農耕馬に馬具をセットに販売し、これにソビエト議長であるサヤカは大量に購入し、銃はそのまま侵略に、馬は農耕馬として活用することを決定し、余った馬具はドイツ騎士団に輸出した。
・・・で、その武器を使った侵略はサヤカの全力内政政策を一時的に中断する結果となり、ソ印戦争(1617年冬~1618年夏)が開始されることになり、カースト最下層や下層の協力もあり半年で侵略に成功。
皇族の処刑と農地の集団化により北部と中部の一部は以後ソ連として組み込まれた。
中部の残りはイギリスがちゃっかりもらったが・・・。
なににせよ、ソ連は今回を気に更に国力を増加させ続ける。
北邦 人口10億ちょっと
ソ連 人口3億ちょっと