〔西暦1621年秋〕
やっと結構な量の米等の作物を収穫することができた。
・・・で、この時代の武士の性質を知っていた私は律儀にも田畑の面積等を記入した紙を水戸の役人に提出した。
「ふむ・・・おなご、しかも農民の身分にも関わらず良い心がけだな。ところで壇家には入っておるかのか?」
「いえ、何分親が亡くなり悪い親族に土地を召し上げられ・・・お役人様、何卒都合をつけてはもらえませぬか?」
私は対価として干し椎茸を10個渡す。
江戸時代の賄賂とは殆どが対価として物を渡したり、日常品を贈ることである。
言うなればお中元くらいの品が良い。
お金は逆に受け取った方も処罰されるので受け取る役人は殆んどいない。
ペラペラ
「ここの寺は書物も沢山あり、藩からも評判が良い。少し遠いが良いか?」
「ははぁ。」
「よきよき。」
【寺】
壇家となったので挨拶に私とハクは向かった。
そこでは住職と見習い坊主がお経を読んでいる途中であった。
また、横にある小屋ではそこそこ年を取った坊主が近所の子供達に学を教えていた。
「ごめんください。」
「なにようか?」
しわしわの住職が出てくる。
「壇家となった芳香と言う者です。今回はご挨拶をと思い。」
「おぉ、これはこれは。椎茸などと言う高価な物を。」
「少量ですが山奥で取れましたので・・・。」
ハクも挨拶をしてその日は終わる。
〔数日後〕
畑を耕耘機(北邦から持ってきたが、青森では渡しそびれたため使用していた 内燃機関で木炭でも動くように改造済み)で耕していると青森から使者がやって来た。
いや、使者なのだろうか?
「ニャル子です!!又の名を這い寄る軍神上杉謙信と申します!!今日は青森からのお届け物をと言われてここに来ました!!あと、ここに今日から住みます。」
私はここ1800年近くで抵抗があるのでなんとかなったが、ハクはめちゃめちゃ驚いていた・・・いや、引いていた。
そんなこんなでニャル子が仲間になり、私達は畑を耕し紙を買っては知っている歴史を書き込んでいき、寺で書物を漁り、又書き込んでいく。
そんなこんなで数十年3人で暮らすのであった・・・。
【北邦】
大軍縮は師団数を減らすこととなった。
150近くあった師団は25師団にまで削られ、武器の開発費以外は大半が削られた。
軍需はお寒いが内需は技術力、開発力、文化は世界最先端をつき進んでいた。
重機の発展によりいよいよ水が無くて農業が難しい場所のための治水工事が始まるのだった。