【ソ連】〔西暦1650年春〕
北邦では国内経済成長率が10%を超え、日本は幕府が購入したオーストラリアとその航海上基地となる島々の開発による特需、大韓民国は両国の船の需要量の増加による特需、オランダとイギリスは3国の貿易、神聖ローマ帝国以外の欧州の他の国は戦争終結による復興特需と世界的に見たら明るい年、好景気の期間であったが、ソ連の国内はピリピリしていた。
「急げ急げ!!」
「せーの!!」
国の威信をかけた鉄道計画はソ連が有する約4億というマンパワーと北邦の技術顧問、北邦で量産され始めた重機の輸入、自国の工業拡大による道具の不足が解消されたことにより、ソ連の鉄道計画は突貫工事のため安全性に問題はあったが、複線の鉄道がサンクトペテルブルクからハイデラバードまで繋がる鉄道とサンクトペテルブルクからモスクワ経由のウクライナ方面に向かう鉄道が短期間に終わったのはやはり超大国になる素質がある国である。
実際、国土面積だけなら世界1位である。
そして・・・
「宣戦を布告する!!」
ソ連の戦争は国内に潜む同志の救出という名目で始まる・・・。
【ポーランド東部】
ウクライナはソ連と違い、近代化政策を行わず、政府も弱く、軍も弱かった。
そのため約2ヶ月という短時間で戦争は終了し、自治権、外交権、軍事権全てを剥奪した。
しかし、飢えさせたり差別したりはせずに、ポーランドとの戦争に協力するのなら一部自治権を戻すことを条件に鉄道の延長に駆り出した。
そのため秋に入る頃にはポーランドに進行することができるようになった。
「冬に進めなさい。」
28万人という兵士の少ないソ連赤軍は攻勢に不向きな冬に攻勢を結構した。
雪が積もり、場所によっては吹雪の中の強行は防御側のポーランド自慢の騎兵は動くことができず、銃身は凍りつき、逆にロシア人が多くいるソ連赤軍は耐寒訓練と耐寒装備、新兵器であるスキー板の活用により逆に機動戦を可能にした。
結果、冬が終わる頃にはワルシャワを半包囲するところまで追い詰めていた。
ポーランド王国はこの圧力に屈し、ワルシャワから数百キロ東部の穀倉地帯の分割、馬1万頭の譲渡、ポーランド王国国庫の1/10の賠償金を条件に和平をし、ソ連はこれに応じた。
ポーランドはこの後リトアニアと分裂し、リトアニアはソ連に無謀にも挑み、35日の攻防の末に吸収合併されることとなり、ポーランド王国は急速に力を失っていくこととなる。
「次の戦争に移ります。」