とある宮古芳香の悪戦苦闘   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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大激論

【水戸】〔西暦1661年春〕

家綱と水戸新当主の光國がタッグを組んで関東圏の更なる改革に着手していた頃、水戸では芳香を中心とした者達が宗教改革と日本史の編集、内政改革を断行していた。

仏教と神道の分離と仏教腐敗の改善を目標にした改革である。

徳川家は三河一向一揆の件もあり裏では仏教が大嫌いで(表は仏教を擁護しなければならない立場)、儒教の普及に努めていたが、これが中々進んでいない状態であり、前の島原の乱でキリシタンの反乱からさらにこの動きは遅れていた。

そんな中、仏教擁護、神道の理解もある芳香はとある人物達を登用した。

名禅僧の鈴木正三と吉川神道の創始者の吉川惟足である。

鈴木は仏教が民のためになるとして幕府の命令を無視して無断隠居をした猛者であり、吉川惟足は超がつく仏教嫌いで有名な人物であった。

 

「「ぶち殺す!!」」

仲の良い()彼らは会う毎に挨殺をする程で騒がしい人達であり、彼らは日和見を決めていた寺や神社を片っ端から破壊していきました。

その数約2500あった寺や神社を970まで減らし、短期間で仏教と神道の分離を達成し、仏教も腐敗した寺から燃やされる(僧ごと)ので腐敗も短期間に改善していった。

ちなみに儒教と神道はこの間に悪魔融合を開始し、それが後の尊皇に繋がっていき、水戸学の始まりとされている。

日本史については光國の教育係であった人見卜幽、辻端亭に加え、小宅処斎、真幸筆海、光國の日本史の先生である林羅山、息子の林鵞峰これに芳香を加えた豪華なメンバーであった。

林羅山の家は元から日本史の編集をしていた家柄で、約9割り完成していたため、芳香が持ってきた資料を加える、誤字の修正をする作業で殆ど終わる。

強いて言うなら平成時代前期から更に前の古墳まで正確なことが書かれた歴史書となる本朝編年録が1年後に完成し、予備として写しを5冊残している。

ここで満足しないのが光國であり、更に全国の資料を集めて25年の歳月をかけて完成させる水戸全千年史もこれを元にして作られていく。

内政としてはお家騒動で没落した最上家の4男である山野辺義忠を軸にした治水工事と食品加工工場の増設を行った。

治水は水戸の水が飲み水に適していないため、飲料水確保のために用水路を作り、食品加工工場に関してはこの山野辺義忠と光國が大の鮭好きだったこと、芳香が伝えたラーメンブームの影響と、青森藩、仙台藩という食料の一大生産地と江戸、横浜港の大量消費地、最大級の貿易港の間という立地を最大限に活かして莫大な富を得るようになる。

 

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