【商東】〔4月30日〕
アメリカ軍の撃退と国境まで押し返すための反攻作戦が商東にておこなわれた。
司令官は極東の女モルトケと名高い神塀大将だった。
「1軍(25師団 5軍団)を投入した反攻作戦です。祖国のために全力で叩き出しますよ!!」
彼女の独特な演説のあと、作戦が開始された。
空軍から大規模な攻撃機約1500機が作戦空域に飛び立つ。
同時に第三、第七155mm砲兵師団(砲兵師団=2000門)、第一、第八、第十二88mm砲兵師団、第十、第十一76mm砲兵師団、さらには虎の子の第一機甲師団(戦車の車両数200両、装甲車500両、通信車10両、輸送車500両)、17の歩兵師団が陣容であった。
他にも補給部隊がいるが、補給師団(15師団、3人の将官つき)も500機の航空機と400門の対空自走砲を保有していた。
「攻撃開始!!」
縦深攻撃の原則は爆撃や砲撃で敵戦線を前線司令部ごと吹き飛ばすことであるが、残念なことに、まだ戦略爆撃機が開発されていないので、攻撃機の1式真中を活用していた。
「万能機の利点もわからなくはないが・・・特化型出ないと空は戦えんだろう。」
両津中将は実験機中隊(36機編成)を自ら率いて空を飛んでいた。
それは大きさは日本の零戦を少し大きくし、SB式空冷エンジン2式を串型に配備し、二重反転プロペラ方法を採用し、平均時速625キロ(最高高度9000メートル)、22mm機関銃2挺を採用し、時速を落として小回りが効きやすく、防御力も1式真中の2.35倍ほどあり、新兵でも扱いやすい単座戦闘機だった。
しかしコストが1式真中の2倍、工程も1.5倍と高めのため、短期間では40機が限界だった。(それでも1ヶ月に実験機を40機も揃えるのは北邦の工業力の高さを伺える。)
ちなみにこの機体は両津の頭文字からR-0とつけられた。
『中将どの!!この機体は良いです!!まるで体の一部のような錯覚を覚えます!!』
『なにが錯覚を覚えますだ。いい婆さん達が・・・。あ~あ、若い男がほんといね~の。』
『ホモ?』
『おい、今ホモ言った15番機、後で兵舎でヒイヒイ言わすぞ!!』
『婆さんにむきにならないでよ。両津中将。』
『これだから女は・・・。』
「中将殿、敵です。」
『・・・のび太一等兵、でかした。帰ったらわしのコレクションから何か分けてやる。』
「冗談半分には聞いておきます。」
『腹に食い付け。鉛玉で引き裂いてやれ。』
「『『了解!!』』」