「…………」
アタシは寮の屋上にて煙草を吹かしながら空を見上げる。上には瞬く星が光っている。
「…………」
「…………オータム」
と、突然ドアが開かれて聞こえてきたのは、懐かしく、それでいて多分会うことは無いだろうと思った奴の声だった。
「……久しぶりだな、マドカ」
煙草を携帯灰皿にしまい、娘同然の少女に向き直る。
「……そうだな、時間でいったら……既に二年近くなるのか?」
「そうだな、少なくともアタシらが組織から抜け出してからはそれぐらい経ってるな」
「…………」
「…………」
互いにそう言い、やがて言葉が無くなっていく。
「……スコールは元気か?」
「そうさな……少なくとも組織に居たときよりしがらみが無くなってイキイキはしてるな」
「それはお前のほうだろ?」
「ハハ、ちげぇねえな」
ケラケラ笑う私に、マドカは少し笑みを浮かべる。
「……悪かったな、お前を手放す事になっちまって」
その突然の言葉に驚いたのか、マドカは目を見開いて驚いた。
「幾らアタシらが全員助かるためとはいえ、結果としてお前を一人で日本に行かせちまった」
「……その事ならもう時効だろ。第一、お前が私を助け出さなかったら今ここに居ない」
マドカの台詞はもっともだが、アタシにはそれでも悔やみきれない気持ちがあった。
「それでも、アタシは何も出来なかった……お前を助けるって言いながら、組織ではお前より実力が劣って、抜け出した後も、生き残るためにお前をこの手から手放した……」
「…………オータム」
「情けねぇよな、大の大人が、たった一人の子供に負けて、自分の気持ちすら満足に貫けねぇ……ほんと、ダメな大人だよ」
「…………それは違う」
マドカは首を振って答えた。
「オータム、お前が私を始めて見つけてくれた日を覚えているか?」
「あぁ?そりゃ当然だろ」
「……私は、その日まで何をすれば良いのか分からなかった。ただただ
知っている。マドカは元々織斑千冬の細胞から産み出された生体複製素体……詰まる所はクローンだ。当然ながら世界政府が研究を禁止している非合法な存在であり、もし存在がバレれば……モルモットのように殺される危険性がある。
助けたときのマドカの目には、それはもう感情のかの字も見て取れず、虚無感というものに押し潰された曇った目をしていた。
「けど二人が助けてくれたから、私に色んな世界を見せてくれた、私に色んな事を教えてくれた。怒ったり、泣いたり、呆れたり、そんな感情が生まれるなんてその時まで考えもみなかった」
「……だが、」
「それに私は一つも後悔はしていない。オータムのおかげで、私はただの肉でできたマシーンから、心を持った人間に変われた」
だから、マドカはそういって直立する。
「……オータム・ミューセル!!いや、オータム・レイン!!」
突然の大声に私はびくりとした。マドカの目を見ると、その中には敬意や喜びといった、助けたときと違い紅水晶のような煌めきがあった。
「私は、貴女の……娘でいられて、とても楽しかった!!貴女の娘でいられて、とても幸せでした!!」
その宣言になんとなく、だが少しだけ肩の荷が下りるような気分になれた。今まで壊し、奪い、それだけでしか事を現せなかった私に、彼女は始めて私に『直す』という選択肢を与えてくれた。
「……バカ野郎」
アタシにとって、お前のほうが――。そう言いたい気持ちを言葉に表そうとするが、
「……誰がお前みたいなお転婆が私の娘だ。お前には、私なんかよりも充分に家族がいるだろ」
元来の不器用さが、その言葉を出させない。いや、出すことを許さなかった。
「ほら、さっさと戻りな、寮管の姉貴が五月蝿くなる前にな!!」
「…………うん」
私は再び煙草に火をつけ、元同僚に背を向ける。彼女も何か言いたそうだったが、ただそう言って振り変える。
「…………オータム」
「んぁ?」
「確かに今、私には千冬姉さんも一兄さんも、春兄さんも居るし、それに不満は無いよ。でもね
私にとっては、オータムは
そう言ってマドカは去っていった。
「…………」
「……全く、貴様はあの時から全く変わってないな」
と、まるで今までのを全部見てたような事を言ってくる奴が現れた。
「……んだよ、千冬。つか、何時から見てた」
「なに、『久しぶり』の所からしか聞いていない」
「全部じゃねぇか……たち悪いぞホント」
まるであの駄ウサギみたいなスペックだな、と軽口を叩くと、千冬も側によってきて手もとから缶ビールを二つ取りだし、一つを此方に渡してきた。
「……サンキュ」
「ふん」
有りがたく受け取ったそれを片手で開けて、グビッと一口喉に入れる。何時もなら美味しく感じるそれが、どういうわけか今日はやけに薄く感じた。
「……お前のことも、マドカの事もほぼ知っている。だからこそ言っておく。オータム、お前は過去を振り切ったのではないのか?」
「……」
「今までがどうだ、生まれがどうだなど関係ない。私達も親が居ないからな。お前は今、亡国機業の実働エージェントのオータムではなく、IS学園の教員オータム・ミューセル何だからな」
「……分かってる、分かってるだよ。過去は変えられねぇ、どんなに願ったって、どんなにすがりついったって変わらないってことはよ」
それでも、ただアタシは――
「――アタシは、アイツを守ることができるのか?」
「ふ、愚問だろ――」
世界最強は飲み干した缶ビールを床に置いて立ち上がる。
「守るのではなく、守り抜く……だろ?」
「!!……けっ、お前の単純さも大概だなぁ、おい」
やれやれと立ち上がると、私は吸っていた煙草を灰皿に入れて、残っていたそれも握りつぶす。
「やってやるよ。学園がどうだとか、ISがどうだとか関係なしに、アタシは、アタシの守りたいものの為に戦う」
「ふ、そうだな」
過去も因縁も、捨て去ることも変えることも出来ない。けど、それでも、未来を変えることはできる。そう思った夜だった。