あれから数日が経った。
母さんの葬儀を終えた俺達は、いつも通り家で過ごしていた。だが、そこに日溜まりのような雰囲気は存在しない。
死因は急性心筋梗塞、詰まる所突然死というものだったそうだ。母さんが死んで、シャルは崩れるように毎晩泣き通した。俺が作った料理すら喉に通らず、まるで
家の畑も、花も、まるで主人が居なくなって悲しむように、それぞれが萎れていた。
(くそ…………なんでだよ)
俺自身、どうシャルに接していいか分からなかった。唯一無二の母親が、目の前で、何もできずに死んでいた。その現実を直視できないほど、俺達はかなりマイッていた。
と、その時、玄関のインターホンが空気を壊すかのように鳴り響く。宅配とかだろうが、俺たち二人は居留守を決め込んで無視をする。が、二度目のインターホンが鳴ると、どうやら俺達自身に用があるみたいなのだろう。
「…………はい」
『…………アディール・フェブリエさんのお宅で、間違いないでしょうか』
声の主はそれなりに歳をとったおっさんのそれだった。
「…………母さんは死にましたよ」
『あぁ……その事で話をしたいと思ってね、済まないが中に入れてもらえないかな?』
「…………」
仕方ないと思いつつ、俺は玄関に向かって歩いていき、鍵を開けて目の前の人物と対峙する。その人はスーツを着こみ、正しくモダンという姿の男性だった。
「……クロト・フェブリエ君、でいいのかい?」
「そういう貴方は?こっちは葬儀が終わってすぐなもんで色々と大変なんだけど」
「それは済まないことをした。とりあえず、失礼しても?」
男性の言葉に渋々ながら中にいれる。男は玄関で靴を脱ぐところを見て、母さんがそういう質だった事を知ってるように思えた。
椅子に座らせ、俺は冷蔵庫に冷やしておいた紅茶をマグに分け、彼の前に置く。
「茶菓はありませんから、これで勘弁してくださいね」
「いや、別に構わないさ。ともかくこちらは本題に入りたいのだか?」
「えぇ、かまいませんが」
俺は対面になるように座り、彼の目を見詰める。
「先ずは自己紹介とさせてもらいます。私の名はカルロス、カルロス・デュノアと言います」
「デュノア…………確かフランスのISの大手製造会社の名前もデュノア社でしたよね?」
「はい、私はそのデュノア社の社長になります」
男はそう名乗ると、懐から名刺を取り出して此方へと渡す。確かにデュノア社の名前と自身の名前が明記されていた。
「…………社長とはいえ無用心だと思いますけど、SPどころか部下の一人も連れずにこんなところに来るなんて、こんなところで闇討ちやらされたら、それこそ大変な迷惑だ」
「まぁ、今日はプライベートだからね。流石にそこまでの事にはならないよ」
彼は平然と言ってのけるが、社長と呼ばれる人間にプライベートなんてものは殆どが無いに等しい。それも世界規模の大企業となればさらにだ。
「それで、用件の方は」
「そうだな、簡潔に言おう……私の養子になるつもりはないかい?」
彼は事無げにそういってきた。って、おい、
「……ちょっと待ってください、養子に?いったいどういう事かサッパリ分からないんですけど?」
「ふむ、なら最初から話すべきかな。まず彼女、アディと私は昔恋仲だった。君達が産まれてくる5年以上も前の話だ」
彼は一口紅茶に口をつけると、彼は少しずつ話始めた。
彼曰く、母さんとカルロスさんは昔に1度付き合っていて、二人とも将来を近いあう程の仲だったそうだ。が、運命とはそう易々と上手くいかず、当時のデュノア社の社長だった先代が事業に失敗し、多額の負債を抱え込むことになってしまった。そのショックからか先代は首を吊って自殺、株式制の会社じゃなかった為に、訳も分からぬままカルロスさんが社長にさせられてしまった。
当然カルロスさんは負債の解消の為に奔走した。事業の大幅な縮小、社員の削減、土地の売却など、出来る限りの手は尽くしたが、それでもまだ数千万の負債が残されていた。
その時、後の現社長妻となる人の実家がお金の融資をしてくれるという話が出てきた。そしてその条件として、自分の家の娘を妻にしろと。
カルロスさんは苦悩した。好きでもない女の人と結婚し彼女を捨ててしまうか、大切な人と結婚して社員たちを路頭に迷わせるか、その二つで大きく揺れ動いていた。
その時、すでに母さんは俺達の事を身ごもっていたようで、彼の重圧は酷いものだった。
だが母さんは、彼に『自分の事よりも社員の人達の方が大切だ』と言い、彼に会社を救うべきだといった。
その結果、カルロスさんは現社長妻となる人と結婚し、会社は小規模ながらもとても結束のあるものとなったそうだ。
「でも、それなら俺達を養子にするメリットなんて無いんじゃ?」
「そうかもしれないね。けど、私はもう社長という立場を捨てたいと思ってるんだ」
俺の疑問に、彼は苦笑を交えてそう呟く。
というのも、ISが発表されて以来会社は変わったからだ。それまでは弱小企業の一つでしかなかったデュノア社だが、発表されて2年後、自社が開発したIS『ラファール』が爆発的にヒットしたのだ。
その使いやすさ、安定性、さらに拡張領域の多さが幸いし、世界各国から、『ラファール』を専用機にしたいとかなりのオーダーが入るようになったのだ。
それに伴い、会社は急成長を果たし、世界規模の大企業へと変貌した。が、それが全ての始まりだったそうだ。
「妻が…………会社で秘書官をしてるのだが、彼女は自分こそが社長だというように、事業を勝手に始めていたんだ」
「女尊男卑の風潮……ですか?」
「そうだ、最初は小規模な部品製造の事業だった。だが、彼女の勢いに会社は呑まれていき、今ではIS部門でさえ彼女の息がかかった女たちがトップに来るようになってしまった」
「けど、それだけじゃなかった、ですか?」
「そうだ、彼女は遂に人事部にまで手を伸ばし、少しでも自分の派閥に逆らった男性社員を悉くクビにしていった。誰も彼も、昔から会社のために必死に頑張ってきてくれた人達ばかりを……」
彼はそれが許せなかった。だが、彼女の一派にほぼ会社を乗っ取られている現状、自分達にできるのは殆ど何もなかった。
「…………それでよく社長を続けていられますね」
「まぁ株の六割は私が保持してるからね。彼女達と言えど、私の許可なく株式の増加発券はできないさ。けど、もう私は疲れてしまったよ」
「だから、僕達と共に会社を捨てて、新しい生活を始めたい、と?」
「そうだ。もちろん君達の意見を尊重したいし、何より嫌ならば嫌とはっきり言ってくれて構わない。何せ僕は、君達を捨てた最低の大人だからね」
彼はそういうと、名刺に何かを書き込み始める。
「僕のプライベート用のメールアドレスだ。二週間以内に君達が決めたなら、それに連絡を寄越してくれ」
そういって彼は、ゆっくりと立ち上がってドアを出ていく。今に降りだしそうな雨が、彼の悲しげな心を表してるようだった。