「……」
お昼を少し過ぎた執務室。そこには普段なら吹雪が雑誌のページを繰る音や、瑞鶴が暇と声を上げている声は無く、ただただ静寂だけがあった。
その中で俺は、海域図と紙を交互に確認し、紙に艦娘達の名前を書いては消し、書いては消しを繰り返している。
「んっ―――!」
そんな事を続けていればいずれ腰や目、それに頭も疲れるので、欠伸がてら外に目を移す。
執務室のある庁舎から外へ目を向ければ、すぐそこには広大に広がる港湾――
その時、執務室の扉がノックされて吹雪が入ってきた。
「鶴さん、先ほどの演習の結果報告です」
吹雪からバインダーを受け取り、内容を確認する。
水雷戦隊対水雷戦隊の演習で、今回は神通率いる水雷戦隊が敵水雷戦隊との昼戦を想定した演習を行っている。
「…戦術的勝利といった言ったところか」
「昼戦での戦闘はさすが神通さんといったところでしょうか、水上戦は問題ありません」
「やはり、問題は敵基地航空隊か」
ネックとなっていたのは、敵水雷戦隊とともに神通の水雷戦隊に襲い掛かった敵基地航空隊だった。
「はい、通常の空母航空隊と違い数が多いため、回避運動に制約が掛かり、被弾率が少々上がっています」
「補給隊の方はどうだ」
バインダーを吹雪に返した後、外洋で行われているであろう演習の様子を尋ねる。敵基地航空隊がネックとなっている以上、こちらも確認しておきたい。
「現在外洋で敵基地航空隊の空襲を想定して、油槽船三隻、護衛の駆逐艦二隻で訓練を行っていますが、駆逐艦、油槽船ともに被害が大きいようです」
「分かった。引き続き訓練の報告をまとめてくれ」
「はい」
吹雪は一礼した後に、部屋を後にした。
「…はぁー」
再び静寂が戻る執務室で、ソファに勢いよくもたれかかる。
なおも砲火の響きは窓の外から絶えず聞こえ、戦闘機やヘリのエンジン音がそこにさらに加勢する。
鎮守府は今までに無い騒がしさの中にあった。
それは、数日前のこと。生駒に俺の選択を伝えた日の夕食終わり。艦娘全員を食堂に集合させ、報告を行う事にした。ソロモン攻略作戦以来の召集に、皆の表情に不安の相も混じっている。今回は吹雪もその中に混ざってこの話を聞いている。
「えー。今回集まってもらったのは、これからの事に関わる重要な話があるからだ」
真剣なをこちらに向け、一人一人が一字一句逃さまいと聞き耳を立てている。
「ここ青ヶ鳥は現在、今までとは違う世界に居る」
それもすぐに終わり、その言葉を聞いた途端、ほとんどの者が拍子抜けした表情になる。
「提督、それはどうゆう事だ?」
長門が代表するように声を上げた。戦艦、空母の艦娘を中心に首を縦に振ってその言葉に同意する仕草を見せる。
「ここからは俺もあまり知っていることではないのだが、狭間の捻じれというものが発生して、青ヶ鳥を始め、我々を飲み込んだ、ということらしい」
「らしい、とはどう言うことか?誰かから聞いたのか?まさか、数日前の侵入者じゃあるまいな」
「その侵入者だが、じ」
「やはりそいつに下手な事叩き込まれたのか!」
ここで長門が声を荒げる。今日は虫の居所でも悪いのか、切れている様だった。
「…何があったかは知らんが、そこまで声を荒げるな。それと、話は最後まで聞け。実はその侵入者、俺の知り合いで、いつも勝手にことをしでかす奴なんだ。会った事も無いやつを信じろ何て言われても無理かもしれないが、言っていることに嘘偽り無い奴だから、信じてやってくれ」
「……そうだったのか、すまない。少々取り乱してしまったな」
長門は頬を少し赤く染めると、すごすごと席に着いた。
「その狭間の捻じれの影響範囲だが、ソロモン攻略作戦時に相手した深海棲艦隊と我々青ヶ鳥鎮守府所属艦、青ヶ鳥島ほどらしい。ということは今後戦うのは人サイズの深海棲艦、ということになる。我々は艦艇の深海棲艦と戦うのには慣れているが、人サイズになると航空機や艦艇搭載の機銃のみが対抗できる武器になる」
「しかし私達は人サイズの深海棲艦との戦闘はほとんどしたことがありませんね」
黙って俯いてしまい、陸奥に慰められている長門の脇で大和が今度は口を開いた。
「ああ、水上移動は出来るが、水柱と回避運動で波が縦横に打つ中での行動はほとんど無い。当然足取りが危うい中で砲撃、雷撃、発着艦、すべてに置いて練度が著しく落ちるだろう。そこでその知り合いから提案があった」
端に置いておいたホワイトボードを正面に持ってくると、ペンで今回の本題の題を書き込む。
「青ヶ鳥上陸・硫黄島奪還作戦」
大和は言葉の節々に疑問を含ませながら、ホワイトボードの文字を読んだ。
「そう。人サイズを相手にするには、130人いる艦娘が全員錬度の上げなおしとなる、それがどれ程の労力・時間を要すかは分からない。なら、全員で元の『場所』へ、本当の『世界』へ戻ろうではないかという事で立案した」
「それと青ヶ鳥、硫黄島がどう関係あるのでしょうか?」
「こっちは向こうの今の状況が関係ある」
ホワイトボード裏に仕込んでおいた紙を正面に張り出す。
日本近海――その中でも小笠原諸島周辺を映し出した地図は小笠原諸島や硫黄島、本土の海岸線から300海里、約556kmをなめるように防衛線と示された緑点線が引かれ、現在防衛線とされた緑実線がその少し内側に引かれ、青ヶ鳥の上を通り、静岡県付近の防衛線と繋がっていた。
「現在、知り合いからの情報によると、我々が向こうの青ヶ鳥を離れたため、東方・中部海域に向けての防衛線が下がってしまい、硫黄島までが防衛線だったのが、青ヶ鳥島が防衛線になってしまっている」
防衛線をなぞった後に、緑実線をなぞる。
「さらに、敵は防衛線が下がったことで硫黄島に上陸。泊地を設営を進めているとの事、泊地には巨大な飛行場の設置も急がれているようで、もしかしたら後方の本拠地から大型爆撃機をそこに配置して本土爆撃も視野に入れている可能性もある。そこでこの作戦だ」
地図上、青ヶ鳥島がある周辺に味方を示す青ピンを設置しそれを分散させる。
「まだ、向こうの細かな情報がないので確定的とはいえないが、今作戦は青ヶ鳥島の拠点回復を前段、硫黄島奪還を後段とした二段作戦で行う。はじめに青ヶ鳥島の奪還を行い、拠点としての機能を回復。硫黄島へ攻勢をかけて、防衛線の押し上げを図る事を大きな目的として行う。今回の敵泊地機能は暫定ソロモンに置かれていた泊地の数倍とされる。陸上機、周辺の敵艦艇、泊地の防衛機能、全てが数倍の強さだろう」
「ソロモンの時みたいに夜間攻撃しないっぽい?」
顎に人差し指を当て、思い出すように夕立が質問する。
「夜間攻撃も手段の一つではあるが、先も言ったとおり泊地機能が倍の強さを有している。もしかしたら、艦砲射撃と陸上からの制圧という前回の流れを丸々使えないかもしれない。そこで、今回は空母機動部隊による絨毯爆撃と戦艦や重巡の三式弾による対陸攻撃、を行う、それから必要ならば、夜間攻撃を行う。本当なら戦車隊も導入したいところだが、硫黄島は擂鉢山以外ほとんど平坦なため、三式弾の攻撃に巻き込まれかねない。なので、戦車隊は三式弾による攻撃終了後に硫黄島へは上陸を行い、今作戦では青ヶ鳥奪還のほうへ力を入れてもらう。他に質問はあるか?」
「ないっぽい」
夕立が答えた後、他の艦娘も同意するように首を縦に振る。
「泊地が強力なら、当然敵艦も強力なるだろう。なので、明後日より強化訓練を行う事にする。詳しい内容は後ほど紙を渡すが今この場で説明すると、全艦娘は艤装の近代化改修、大規模改装を行い、装備を最新のものに更新、水上打撃部隊、機動部隊、水雷戦隊、補給隊に分かれて、空襲、昼戦、夜戦を想定し演習訓練を行ってもらう」
「あの…鶴さん」
食堂で作戦計画とそのための今後の活動を話した後の執務室。外は星がかすかに見える空に、月明かりに照らされた海が広がっていた。
部屋の中は俺と吹雪以外誰も居らず、夜特有のゆったりとした静寂がそこにあった。
その静寂に負けじと、吹雪は言葉を続ける。
「さっきの話って」
「アレか、吹雪には事前に何の話もしてなかったな」
「それもそうですけど、元の世界に戻るって…」
「ああ、そっちか、こっちの世界に来たとき、吹雪お前寂しそうな顔してたろ?」
「でも、鶴さんはここの世界に馴染みがあったんですよね?」
「馴染みはあるが、最愛の奴に寂しい顔されたら、やっぱ帰ったほうがいいだろ?」
最愛という言葉に反応するように顔を赤くする吹雪、そんなことされるといった俺自身も恥ずかしくなる。
「た、確かに!私にとっては元の世界のほうが馴染みがありましたけど…」
「それにな、早くこの世界から出て行かないと、俺らが危ないかもしれないんだ」
「えっ」
先ほどまで真っ赤に染まっていた吹雪の顔が、今度は疑問の相で染まる。
「この世界では人サイズの深海棲艦が敵となるため、うちの艦娘達は訓練を位置からやり直しになるってことは食堂で話したな?そんなアウェイに居るなら、元の世界に戻ったほうがいい――それがほとんどの艦娘に伝わった俺の元の世界に戻る理由だ。ただ、それが
「全てではない?」
「実は、作戦が終って数日後に潜水偵察部隊を派遣した」
うちの鎮守府には、艦上偵察機からなる航空偵察部隊と、最近編成された伊号潜水艦からなる潜水偵察部隊がある。航空偵察部隊は中近距離の偵察と近海の哨戒を主任務とし、潜水偵察部隊は長距離の偵察や航空機を持ち込めない海域の偵察・哨戒を主任務とする。
今回は鎮守府周辺の海域占領状況を掴むために、潜水偵察部隊を派遣した。
「昨日付けの報告によると、鎮守府より南方、サイパン島付近に敵の大規模艦隊を確認したそうだ。中には未知の深海棲艦も存在し、敵は数個部隊に分かれるほどの艦艇数だそうだ…」
未知の深海棲艦というのがどのような敵なのかは分からない、空母のような甲板を有した固体や巨大な艤装を文字通り率いた個体も居たらしく、偵察部隊はキラーハンターが発見急速接近するまで敵情を細かく報告してくれた。
「そんなにギリギリまでってことは…」
「潜水偵察部隊は現在、キラーハンターから死ぬ物狂いで逃げ回っている。今日最後の通信では沖縄方面に逃走中だそうだ。あの辺りまで行けば連合海軍所属の艦娘が出動して敵を対処できるだろうし、その前に追うのを追うのを止めるだろうな」
「……敵の目的はなんでしょうか?ソロモンを奪還し、日本に占領地に挟まれているサイパン島にそんな固体を集結させる意図って」
「それは、中部海域に占領地の奪還とソロモンの奪還、そして何よりうちへの集中攻撃だろう」
執務机の上に広げられた海域地図の上に、サイパン周辺を中心とした地図を重ねて、サイパン島を指差す。
「サイパン島は日本本土と中部太平洋、ソロモン海域を分断するように位置する事から、両海域へ攻勢へ出るとき、本土からの救援を切りながら攻撃を行う事が出来る。また、そのまま北上すればぶち当たるのはソロモンを一晩で壊滅させた艦隊の拠点、青ヶ鳥がある」
「もし、青ヶ鳥にその機動部隊が来たら…」
「ろくに対抗できずに、島は火の海、鎮守府は壊滅だろう」
「でも、今から皆で練度を上げれば…」
「錬度を上げるなら、艦娘を減らせ」
壊滅の危機を突きつけられても尚、吹雪はこの世界へ残れる方法を提案する。
しかし、その言葉を俺は冷徹な言葉で切った。
「え」
「もし、なんとしてもここの世界に残りたいなら、今居る艦娘を大幅に減らして練度を上げないと、何時か来るかもしれない攻撃に対抗できないとも言われた」
それは生駒に言われた言葉を少し冷たくした内容。
「艦娘の数を減らすぐらいなら、俺は自分の馴染みの世界に居なくてもいい、お前らと居られるのなら何処でもいい」
そして、それを受けての俺の中での最良の決断。
自分勝手だが、艦娘を思って決めた事…。
「だから、
ただ、お前らが皆揃ってここに居てくれるなら、俺はそれで構わない。
「……」
俺の皆に話さなかった、作戦立案理由を聞いた後、吹雪は俺の前で黙ったまま、視線をカーペットに向けていた。
「…分かりました」
しばらくした後、小さな声とともに顔を挙げ、言葉を大きくしてその後を続ける。
「私は、その鶴さんの気持ちに応えて見せます。私達艦娘と鶴さんが一緒に居られる場所を取り返しに行きます」
それは、何かを決意した表情。
「分かった。よろしくな、吹雪」
「はいっ、頑張ります!」
その表情は、にこやかに綻んだ。
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