青ヶ鳥に再上陸を果たした次の日。執務室には大淀、明石、吹雪が集まり、応接机を介して其々難しい顔をしていた。
「今回の奪還作戦の戦果報告を集計した結果、敵は数の上では青ヶ鳥に投入していた戦力の約四割を喪失、しかし実際には港湾棲姫やelite級以上の艦艇を多数失っているため、被害は大きいものかと思われます」
「だから夜間の突撃が無かったのか」
「そう思われます」
大淀は書類から顔を上げて頷いた。
「実際には被害の少ない戦艦や重巡も敵には残されていましたが、こちらには陸上基地や多数の健全な空母が存在。夜間に攻撃で損害を与えても、そこから残った空母などによる夜明けの空襲を考えると、消して良案では無いと考えたのでしょう。今後は新編された敵空母機動部隊による空襲が考えられますが、水上部隊に近づかれる事はあまり考えられないでしょう」
ということは、一応の防衛線は青ヶ鳥島から青ヶ鳥島近海数海里に向上したという事か。微々たる物だが、少しは前進したというべきだろう。
「艦隊の損害のほうはどうだ?一様、吹雪から損害を受けた艦は入渠が進んでいると聞いているが…」
「今回の戦いは輸送艦隊に編成された艦の被害が目立ち、他艦隊の艦は微減の被害でとどまっているため、入渠ドックを二分して回しています」
大淀に代わって、工廠関連を一括している明石が答えた。手元のバインダを捲り、入渠予定の表をこちらに見せる。
「このように入渠もすぐに終る艦が多いので、すぐに次の作戦へ移行する事も安易かと思います」
表中の予定時間の欄はどの艦も短く、予定時間が長い艦も作戦進行に支障をきたさないものだった。
「また、提督に頼まれていた中攻の配備ですが、二中隊三十六機の準備を進めており、こちらは数準備をするのには時間が掛かりそうです」
明石がこちらに到着してすぐに依頼したにも関わらず、もう三十六機もの中攻が準備を進めている事に驚く。妖精が操作可能な装備は、一回の開発で複数の機体が準備されるが、そこから部隊配備などを行うには資材と時間が掛かる。それを一晩でやってのけたのだからすごい。
「それはすごい」
「他に出払っている妖精を戻せば、一大隊分の中攻は準備できますが…?」
一大隊は、四中隊からなる大きな部隊だ。明石の言いようでは、今に二大隊目も準備しましょうかとか言いかねない。というか、まで時間短縮出来んのか。
しかし、そこまでする必要は無くなってしまったんだよな…。
「いや、そこまでしなくていい。というか、この作戦は一時中断だ」
「どうしてですか?」
「というより、作戦の一時中断ってどうしたんですか?」
明石と吹雪が揃って中断という言葉に疑問の相を浮かべる。大淀だけは理由を知っているため、疑問とは違った相を浮かべてこちらを見ている。
「本当だったらあと数日で準備を整えた後に、艦隊を整えて硫黄島奪還へ移行する予定だったんだが…」
そう、本当だったら敵との戦力差や、青ヶ鳥島と硫黄島という敵に落ちたら、日本本土が大型機などでの空襲が可能な距離に基地を構築できてしまうという危うい土地という事もあって、すぐにでも敵の撃滅ないし撃退をしたいところ。こうしている間に、我々に奪還されてしまった青ヶ鳥を、敵が再び手に入れるために包囲網を構築していてもおかしくない。
「作戦決行前から確認されていた横須賀鎮守府所属と思われる艦隊が、こちらに接触してきたんです」
俺が説明する前に、大淀が先に事情を話し始めた。
「横鎮所属の艦隊って、あのZ1とZ3が混ざっていたというあの艦隊ですか?」
「はい。あちらは、青鎮が機能を取り戻すまで青ヶ鳥島近辺の敵の動きを牽制しつつ、敵艦隊の動きに注視するよう提督に命じられたとの事。奪還作戦が行なわれた当日はその命にあわせて、こちらが青ヶ鳥の機能を回復させたときにこちらに接触するように指示されたそうです」
「その時向こうから来た無線は、俺も大淀と共に応じた」
「先方は軽巡長良を旗艦とする横須賀鎮守府所属第七艦隊臨時青ヶ鳥警備隊を名乗り、横鎮の提督とこちらの提督の面会を希望しています」
「そしてそれを俺は了承した」
「どう言うことですか!?」
俺の了承の言葉にいち早く反応を示したのは隣に座っていた吹雪だった。
「もしかしたら、ここの立地を目的に近づいている可能性があるんですよ!それに、大本営が絡んでいる可能性もあります!」
青ヶ鳥が行った作戦としては、現在進行中と同じくらい大規模なものとなったソロモン奪還作戦より以前。あちらの世界に転移する少し前に、俺は大本営から独立して行動をすると、向こうの幹部の前で宣言し、もし指示を出したいようなら他の鎮守府を通すようにとも言っていた。
吹雪は今回の接触は大本営が絡んでいる可能性をあることを危惧しているようだった。
「そのことは大丈夫だ。向こうが接触をしてきたときに確認した」
「でも向こうが嘘を付いているという可能性も…」
「仮に大本営が背後にいないことが偽りだとしたら、こちらが不利にならないように話しを進めていくつもりだ。それに場合によっては大本営が居たほうがこちらに有利になる可能性もある」
「大本営が居る方が?」
「あぁ」
それは、向こうの世界で調べたり感じたりした事や、それを踏まえて今回の奪還作戦で実際に感じた事、これから深海棲艦と戦争をしていく上で重要である事を加味した結果、至った答えだった。
「俺は青ヶ鳥を独立した青ヶ鳥鎮守府という状態から、以前と同様の日本海軍青ヶ鳥鎮守府に戻したいと思っている」
「それは実質大本営の傘下に戻る、ということですか?」
「ああ、そうなるな」
「それには絶対に反対です!」
吹雪は声を大にして異を唱えた。
「どうして、あの時のようなことを言う大本営の傘下なんかに戻るとか言うんですか!」
かつて吹雪は大本営にあきづきと共に自沈処分すると言い渡されていた。それは吹雪にとっては、一番受け入れたくない指示で、俺にとっても絶対に聞きたくない言葉だった。
しかし、そんな事を言い放つ大本営でも、
「吹雪の言い分は分かる。前に
「いや、鶴さんは分かってません!」
未だに今まで見たこと無いぐらいに声を大きくして否定する吹雪を、俺は妙に冷静に静かにじっと見ていた。
そんな俺を吹雪もじっと見る。
しばらく、にらみ合いとも言えるような状態になった後、口を開いたのは吹雪の方だった。静かに、普段の吹雪とは思えない声音で言葉を続けた。
「横鎮の艦隊と面会するのはいつですか?」
「とりあえず、日を改めてということで、数日後にやる予定だが…」
「鶴さんは私の言い分も分かると言っていましたが、全然分かっていません。大淀さん、鶴さんが私の言いたい事を分かってくれるまで、相手方には面会を延期してもらうように伝えてください」
吹雪は表情を変えずにそう言うと、さっさと席を立ち扉のほうへ踵を返した。
扉の前でこちらを一瞥すると、そのまま部屋を後にしてしまった。
「…だそうです。提督、どうされますか?」
吹雪が出て行って数分の沈黙の後、大淀が不安と戸惑いの相を浮かべながらこちらに問うてきた。まあ、大淀が戸惑うのも無理は無いか。
吹雪はうちの中では初期艦なだけであって、発言力は俺と同等なものを持っている。
鎮守府の運営方針はここの指揮官である俺が決めている事だが、普段の業務は大淀や明石が指揮を取っており、艦隊行動に関しても現場では長門や赤城が、ここ最近至っては俺が直接取っていた。今は行っていないが、鎮守府初期こそは今は大淀や明石、長門や赤城が行っている指揮を吹雪が俺と分担だがほとんど持っていた。その指示に従って動いていた艦娘も少なくは無い。そのことがあり、吹雪の指示に反そうとする者は、この鎮守府にはまず居ない。
「吹雪の言った通り、先方には延期を申し込んでくれ。理由はこちらに予定の調整が入ったとか適当に頼む」
なんにしろ、吹雪があれだけ頑なに反対を示すのも大本営のほかにも理由があるかもしれない。本当だったら吹雪の意見など無視して横鎮との面会を推し進めるのが運営していく上では良いのだろうが、ここは止めたほうがいいだろう。
「提督、大淀はこれからその旨を伝達するから席を外すでしょうけど、私はどうしましょう?」
大淀の問いに答えたところで、空気になっていた明石がやっと口を開いた。
「工廠側は艦の修復を最優先に、他には基地航空隊の整備と陸上部隊の拡張を平行して行ってくれ」
「分かりました。では私もこれで失礼します」
明石が立ち上がると、大淀もそれに続いて二人は部屋を出て行った。
俺以外の人がいなくなった執務室は再び静寂が訪れた。外は青い空が広がり、そこに小隊を組んだ戦闘機が時々横切る。
こう静かになると、自然と頭は行動ではなく思考に力を注ぎ始める。
――吹雪はどうして横鎮との接触を反対するのか。
横鎮には大本営が背後にいないことや、うちの立地目的での接触ではない事は事前に確認済みだ。たとえ、それらが嘘だとしても絶対にうちの土地を渡すつもりは無いし、大本営の好きに操られるつもりも無い。
何度も始めの問いに戻って考え直すが、どんな順路をたどろうとも吹雪が反対する理由が思い浮かばない。
――
分かっていたと思っていた吹雪の気持ちが分からなくなる。
今まで、吹雪達艦娘や鎮守府の事を考えて判断してきたはずだ。
大本営の吹雪や他艦娘へのぞんざいな考えに、独立する事を決めた。
転移後も大本営のようなことが起きる事を危惧して、連合海軍に独立して運営を行う事を申請した。そして独立運営が出来るようにソロモン海域の攻略も行った。
しかし、向こうの世界では艦娘達が満足に戦えない事が分かったために、元の世界に戻る事を決めた。
そして艦娘達の負担を軽減させるために、鎮守府の運営を楽にするために、もう一度大本営の下に戻る事を決めた。
「何を、間違えた?」
考えれば考えるほど分からなくなる。俺は本当に一体、何を間違えたのだろう。
「ヘーイ提督ぅ!」
いつも通りの威勢のいい声で、執務室の静寂を破ったのは、金剛だった。
金剛は椅子に沈むように座っている俺の顔を覗き込むと、笑顔のまま続けた。
「ブッキーから事情は聞いたネ」
ブッキーと言う単語を聞いて自然に身体が起き上がり、金剛と対面する形に顔を移動させる。
「何でも提督は、ブッキーの言いたい事が解ってないそうですネ」
いや、分かっている!
そう言いたいが、今はそんなこと言える訳が無い。今の俺には吹雪の言いたい事が分からないのだ。
それに、金剛は口調はいつも通りだが、表情は真剣で俺に有無も言わすつもりはなさそうだった。
「ブッキーは提督の初期艦で、ここの鎮守府に来てからずっと一緒にいます。提督が分かっていると言っていたブッキーの言い分ってのは、
…吹雪が、本当に言いたい事?それってなんだ。
「ブッキーは提督に考えさせるつもりと言っていましたが…、提督の場合、幾ら考えたって答えに行き着きそうにもありまセン」
金剛は手の平を上に向けて、やれやれとやってみせた。
「なので――」
金剛はわざわざ、執務机の正面まで移動すると、机を介して俺と対面する形をとった。
「ブッキーと二人で出掛けてもらいマース」
吹雪とデートしろ。
それは、金剛の口から突然告げられたことだった。
誤字脱字等ありましたらご報告くださると有り難いです。
ご感想ご意見等ありましたら、お気軽にどうぞ。