イメージと少し違っていたら、ごめんなさいです。
新たな日常と、新たな幕開けと。
「…おや〜?誰もいないんですか〜?」
静寂に包まれたとある一室。
声の主に見つからない様に、息を殺し顔を伏せる。
今見つかって、しかも目をつけられようものなら、受ける被害は甚大だ。
極度の緊張に、体中から冷汗が吹き出し、痛いくらいに喉が乾く。
まるで嵐が去るのをやり過ごすかのように、ひたすらに祈るしかない。
「…そうですか〜、仕方ないですね〜。じゃあ…」
その女は穏やかな笑顔を崩さないが、目当てのものが見つからず、業を煮やした様で、
「…私の方から行かせて貰いますね」
女の声色が変わった。直後、辺り一帯に独特の緊張感が張り詰める。
あくまでも口調は穏やかなままだが、聞き手側に密かに怒気が込められている事がギリギリ伝わるであろう絶妙な声色。
それはまるで、まだ照準が定まっていない獲物に対する威嚇射撃の様で。
「…ひっく…!」
やってしまった。
極度の緊張状態に耐えかねたのか、短い、小さなしゃっくりを抑えられなかった。
何故こんな時に限って。自分の運のなさをただただ呪う。
しかし、音は最小限に抑えた。それなりに広い部屋だ。ひょっとしたら気付かないかもしれない。
「………」
音が止む。淡い期待を抱き、ほんの少し顔を上げたその時…
「どうしたんですか鳥羽くん?顔色がよくありませんね〜?」
ニッコリと笑う、女の満面の笑顔があった。
まるで女神と見紛う程の穏やかな笑みだが、今の鳥羽にとっては恐怖の対象でしかない。
「あ…、うぁ…」
嗜虐的な瞳に見つめられ、身動きひとつ出来ない。
もはやこれまでか。
女はどこまでも愉しそうに、怯える鳥羽を眺め、ゆっくりと口を開いた。
「はい〜。では、問3の超デラックスウルトラスーパー発展問題は、鳥羽くんが解いてくださいね〜♪」
「お、おうふ...」
直後、辺りの緊張感は何事もなかったかのようにはじけ飛び、教室は緩やか安堵感に満たされた。
ここは市立兎飼中学校、1年B組。なんてことは無い、ただの授業風景である。
ただ、先程指名されたこの少年にとって、授業中に前に出て問題を解かされるなど公開処刑に等しい。
そう、彼の少年は、鳥羽革は、頭に超が付くほどの小心者なのである。
ましてや、醜態を晒す事が目に見えている本日の目玉難易度の問題とあっては、他の生徒達にとっても御免被りたい所である。
「解けなかったら宿題ですからね〜?」
「はい…」
落胆する鳥羽に、担任の女教師、新田瞳がやんわりとプレッシャーを加える。
緩やかなウェーブのかかった亜麻色の髪を揺らしながら、心なしかとても愉快そうだ。
穏やかな容姿をしているが、それに反してなかなかの嗜虐的趣味を持ち合わせているのではないか、というのが最近になっての鳥羽の見立てだ。
「(にしても指名されたのが鳥羽でよかったよなぁ!あんなもん解るわけないもん)」
「(そりゃあんなあから様に顔まで伏せて当てるなオーラ出してたら目立つって!何にせよトバッチ様々だぜ…!)」
被害の矛先が鳥羽に向かったことで、後ろの方からコソコソと、有り難み皆無な謝辞の言葉が聞こえる。
「はいそこ〜。聞こえてますよ〜。…言っておきますけど、鳥羽くんが解けなかったら、クラス全体の宿題ですからね〜」
「「!?」」
直後、先程とは比べ物にならないプレッシャーが鳥羽の背面に突き刺さった。
自分の鬼畜担任教師に抗議の視線を送るが、帰って来るのは穏やかな笑顔だけだ。なんなら、先程よりも一層活き活きして見える。
若干泣きそうになる気持ちを抑え黒板の問題に向き合う。
…うん、さっぱりわからん。
「さっぱりわからん」
そのまま口に出た。
「ハイ、アウト〜!」
そして、クラス中に多くの落胆と怒声が響き渡る。しかし、そこに負の感情はなく、なんとなく楽しそうだ。
人付き合いが苦手な鳥羽も、存外、このクラスでは上手くやっているようだった。
※
「お疲レーシックぅ!!本日の授業満了!さようならつまんない授業!こんにちはクッソキツい部活動!!」
授業終了を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、隣の席の少年、並木太朗が諸手を上げて叫びを上げる。
挙動こそ愉快そうだが、多忙なスケジュールにうんざりしているのか、若干ヤケクソ気味にも感じられた。
無理やりテンションを爆上げさせる太朗に、今にも消え入りそうな声で話し掛ける少年が一人。
「タロウくん、元気そうだね…」
赤黒い髪に八文字に垂れた眉。鈍く燃える様に紅い瞳は、しかし頼りなさ気にジト目気味に開かれている。
少年の名は鳥羽革。
先程クラス代表として問題を解かされ、結果、全員の批難を浴びる事にになってしまった哀れな少年だ。
「鳥羽くん、お疲れ〜!」
「鳥羽〜!お前今度ジュース奢りだからな〜!」
「えぇ…。ご堪忍…」
「ははは!冗談だよ〜」
次々と教室を去ってゆくクラスメイト達。
去り際に鳥羽への小言は欠かさないが、特に怒っている様子などはない。
転校当初は慣れない都会の住人相手に上手くやっていけるか不安だったが、今ではすっかりクラスの一員として馴染んでいた。
「トバッチトバッチ!俺、コーラな」
「結局奢らされるんだ!?」
コミュ症をこじらせる鳥羽がここまでクラスに馴染むことが出来たのは、一重に、太朗からの積極的なコミュニケーションによるところが大きい。
交友関係の広い太朗と親しくなった事で、そこから会話も増え、鳥羽自身の交友関係も広がっていった。
「…まぁ、一本だけなら、いいかな…」
「イェッス!サンキュー!マイベストフレーンっ!!」
「調子いいなぁ」
その事もあり、鳥羽自身も太朗に対しては大きな恩義を感じていた。
とはいえ、太朗はあくまでもきっかけを作っただけに過ぎず、クラスメイト達に溶け込むことが出来たのは、鳥羽自身の持ち前の優しさあってのものなのだが。
故に太朗も、そんな鳥羽の事がかなり気に入っていた。
「んじゃ、俺はそろそろ部活ってくるわ!…それより、今日も来てるぜ、あの娘!」
「…ん」
二階にある教室の窓から太朗が指さした先にいたのは、校門に背中を預け、空を眺めている白い髪の少女だ。
こちらの視線に気づくと、軽く会釈をしてから顔を伏せた。
「…最近よく来るけど、お前の妹かなんか?」
「ううん。…最近出来た、友達だよ」
※
「アラタさんのデュエマの師匠、ですか?」
「うん。師匠っていうか…、僕にデュエマを教えてくれた人、かな…?」
都内の大通りを、鳥羽はとある少女を連れ歩いていた。
今日は、自身の友人であり病院に入院している仙川菖蒲に、とある少女を紹介するつもりだ。
「仙川菖蒲さんって言って、とってもデュエマが強い人なんだ。…何度も挑んだけど、まだ一度も勝てた試しがなくて…」
「すごいです。是非一度、お手合わせ願いたいですね...!」
青みがかった白く長い髪に、淡い紫の瞳。髪の両サイドにそれぞれ赤と青のリボンを結んだ小柄な少女。温水 泉美だ。
先日の二回戦でのいざこざで鳥羽の友人となって以来、顔を合わせれば登下校や放課後を共に過ごす様になった。
その折に菖蒲の事が話題に上がり、紹介も含めて見舞いに行こう、という事になったのだった。
「それにしても…、知り合ったばかりの人にデッキを譲るなんて、…なんというか、優しい方なんですね」
話しを聞く限りでは、鳥羽がデュエマを始めたきっかけは、仙川からデッキを貰ったからだという。
優しい、というか、変わり者だなと思った。
泉美からしてみれば、話題の一つとして軽く聞いてみたくらいの感覚たったのだが…
「…そうなんだよ!!」
対する鳥羽のリアクションは、存外オーバーなものであった。
「デュエマだけじゃないよ…!友達のいなかった僕にも気さくに話し掛けてくれるし、解らないことがあれば優しくレクチャーしてくれるし、すごく優しいんだ!それに、笑顔がとっても素敵で……。...泉美ちゃん?」
かなりの勢いで捲し立てる鳥羽だが、一方、聞き手側の泉美からのリアクションはない。
敢えて言うなら、よく見ないとわからない程度に頬を膨らませ、心なしか不機嫌そうだ。
「...私だってアラタさんのお友達ですしなんならレクチャーだってしてあげますし最近じゃ少しずつ笑顔も見せられるようになりましたし...」
「あの、どうしたの...?」
ブツブツと独り言を呟く泉美。
何事かと思い彼女の顔をのぞき込むが、不機嫌そうにプイとそっぽを向いてしまった
「お前も本当にナンセンスなダメ男だッチねぇ...」
不意に聞こえる聞き慣れた声。
直後、鳥羽のバッグから顔を出したのは
、赤い羽毛に覆われた一羽のファイアー・バード、《ラブ・ドラッチ》だ。
「仮にも女の子と2人きりだってのに、他の女をベラベラ褒めちぎるなんて、デリカシーがないにも程があるッチ!」
「そう言ってやるなよ。坊ちゃんだって、まだまだケツの青いガキンチョじゃねェか」
いちいち偉そうに説教を垂れるドラッチを嗜めるのは、泉美のカードから顔を覗かす彼女のパートナー、《激沸騰!オンセン・ガロウズ》だ。
ひとつ目の禍々しい姿をしているが、良くも悪くも飄々とした潔さを持った、至って善良なクリーチャーだ。...多分。
「それに俺も、ぶすっとふてくされる嬢ちゃんが見れて面白いしよォ!なんつーかなァ、あのヤキモチ焼いてる癖に上手く言葉に出来ないモヤモヤした感じがそそるっつうかーー」
「滅」
余計なことをべらべらしゃべる相方を黙らせるべく、オンセンのカードを折れない程度に曲げ、捻り、揺さぶり、弾き、やりたい放題制裁を加えた。
「あぎゃぎゃぎぎぎゃぎゃぎゃばばばばぶベららぼびもひょぐおぉぉおおおおおん!!!?」
声にならない叫びを上げ、撃沈するオンセン。
そして、無言でカードを仕舞う泉美。
「...何か?」
「あ、いえ」
表情はそれこそ氷のように冷たく、極めてニュートラル。あまりの威圧感に、思わず敬語で返してしまった。
その容赦のないやり取りに、彼女の二つ名が何であったのかを思い出しながら、なるべく機嫌は損ねないようにしよう、と、心に固く誓うのであった。
※
「なーはっはっはー!どうだこの圧倒的布陣は!流石のねーちゃんでもこれは防げねえだろ!」
所変わって、とある病院の一室。
患者達のために開放されている多目的スペースの机に、多くの子供たちが人だかりを作っていた。
その中心に座っているのは、ドヤ顔を決め込むわんぱくそうな少年。
そして、少年に相対するのは、黒く長い艶やかな髪に、切れ長の凛々しい瞳を持つ少女。仙川 菖蒲だ。
「うーん…。確かにこれは、ちょっとマズいかもね」
菖蒲の視線の向けられた先にあるのは、卓上に並べられた幾枚のカード達。デュエマの真っ最中である。
バトルゾーンにクリーチャーが一体しかいない菖蒲に対して、対戦相手、アツシのバトルゾーンにはクリーチャーが四体。加えて、菖蒲のシールドは一枚。
まさに背水の陣。菖蒲が圧倒的に不利であった。
「おねーちゃん負けちゃうの?」
「アツシごときに負けちゃうの?」
「おねーちゃん頑張ってー!」
周りにいる子供たちも、心配そうに菖蒲に視線を送りながら、固唾を呑んで見守っていた。
「"ごとき"とはなんだ!?"ごとき"とは!?バッチリ聞こえてるぞ!」
応援の中にしれっと混ぜこまれた毒舌に一瞬怒りを見せども、すぐ元の余裕タップリの表情に戻る。
「ねーちゃんにデュエマを挑み続けて早一年…。遂に勝鬨を上げる時が来た!ホルデガンスでシールドブレイクぅ!」
菖蒲の最後のシールドがブレイクされる。
緊張した面持ちで、シールドチェックを行うが…
「Sトリガーは…。ないね」
「っしょぁああ!!ケラサスでダイレクトアタックだぁ!!」
勝利を確信したのか、拳を高々と掲げ大声で喜ぶアツシ。
しかしその直後、その確信がただの勘違いでしかなかった事を思い知る。
「残念♪ニンジャ・ストライク。ハヤブサマルだよ」
アツシが意気揚々と決着の幕引きを行おうとした直後、菖蒲の手札から一枚のカードがバトルゾーンに置かれる。
「効果で私の《超竜 サンバースト・NEX》にブロッカーを与えるね。サンバーストでブロック」
「うん?」
アツシの悲願やら切望やらいろんな願いが詰まっていたであろう一撃が、羽虫を蹴散らす様に簡単に止められてしまう。
且つ菖蒲は、穏やかな笑顔を崩さぬままカードの効果を読み続ける。
「バトルに勝ったからサンバースト自身の効果でアンタップ。これでお手軽無限ブロッカーの出来上がりだね」
「んん???」
「ふふふ。じゃあ次のターンでケリをつけようかな♪」
「…い、いやいや!流石のねーちゃんでもこの状況はーー」
「《シンカゲリュウ・柳生・ドラゴン》を召喚」
「「あ」」
その瞬間、その場にいた全員が何かを察した。
穏やかな雰囲気に包まれる病院に、少年の断末魔が響く。
少年の悲願は儚くも散り、その日、またひとつアツシの連敗記録が上書きされたのであった。
※
「鬼!悪魔!魔壊王!」
「ふふふ。デュエマに手加減はなしだよ?」
デュエマ終了後、余裕の表情でデッキをシャッフルする菖蒲。
いかなるデュエマであっても、手を抜かないのが彼女の流儀だ。
「でも、ここまで追い込まれたのは初めてかな?次は勝てるといいね」
「へん!どうせ勝たせる気なんかないくせにさ」
「ふふふ、当たり前だよ♪」
デュエマを終えた後、そんな他愛のないやり取りをしていた菖蒲達。
しかし、しばらくして、突如開かれた扉の音に、その場にいた全員の視線が集中する。
そこに立っていたのは菖蒲とそう歳が変わらないであろう、一人の少年だった。
「なんや騒がしい思て来てみたら...、相変わらず無茶苦茶しおんなぁ。菖ちゃんよぉ?」
焦げ茶色の髪に、鳶色の瞳の三白眼。
にやりと笑う口元からは、快活さを感じさせる八重歯を覗かせている。
「貴方は...」
「久しぶりやな、仙川菖蒲。あん時の雪辱、晴らしに来たったで...!」
その瞳にギラギラとした闘志を滾らせ、宣戦布告をする様に菖蒲見つめていた。
〜つづくゾ〜
お気に入り、コメント等、ありがとうございます。大変励みになっております。
また新キャラが出てきましたね。個人的に、関西弁キャラは欠かせません。
ご指摘箇所、矛盾点等ありましたらご指摘下さいませませ。