意識を取り戻したのは、似たような石の床だった。
「着いたのか」ミカエルが今更おびえたような表情を浮かべる。
「やれやれ」ガブリエラが軽くのびをした。
ラファエルはおびえたようにガブリエラにしがみついている。
瓜生は呆然としていたが、ミカエルの目に起き上がった。
役畜はなんということもなく、ただそこに立っている。
「これが旅の扉か」ミカエルが言うと、周囲を見回す。
石壁に囲まれた、小さなほこら。湿気があり、あまりいい感じではない。
出ると、そこは海岸にほど近い、大きな半島の先近くだった。
海には狭い海峡を隔てた島が見える。
アリアハンには見られなかった独特の木々が茂っている。
小高いところに登って大地を見渡すと、はるか向こうに石造りの城が見えた。
「行」ミカエルに言わせず、「休もう」ガブリエラが言う。そう、皆もう寝ないで動き回る時間が長すぎた。
「そうだな。このほこらはちょうど休めそうだ」と陰でタオルを絞って体を洗ったりいろいろして、それから手に入れた肉をたっぷりと焼いて食べる。
ついでに瓜生がビスケットや乾パンをどこかから取り出し、全員にふるまう。
みな大満足でひと眠りした。
城への道、意外と多くの魔物が出現した。巨大なキャタピラー、コウモリのような羽の生えた人間に似たもの……時折瓜生が眠らされたりした時に、他の三人が苦戦することにもなる。
コウモリ男の爪に腕を切られ、瓜生の体に力が抜けるような寒気が走る。すぐ呼吸を整え、ゼロ距離からスラッグをぶちこむが。
城の塔が見えたとき、異常に多数の魔物が出現した。キャタピラーが四匹、五人の魔法使い、数えるのが面倒なコウモリ男。
「多すぎます」ラファエルの口調が固まる。
「戦い抜くまでだ」ミカエルが剣を掲げ、覚悟を決める。
「若いってのはたまらないね」ガブリエラがルーラの呪文を中止し、別のを唱え始める。
「大丈夫」と瓜生。
一匹のキャタピラーにガブリエラのヒャドが命中し、ミカエルとラファエルが戦っているのを横目に、瓜生はまずショットガンのフルオートを別の二匹に流した。OOとスラッグが交互に肉塊をぶち抜き、最後のグレネードが離れたところにいたもう一匹に直撃、爆砕する。
直後に一発火球を食らい、岩影に伏せて次をやりすごしつつ左手でAK-103を抜き、右手でボルトと安全装置を操作し折りたたみ銃床を伸ばし、そのまま右手は銃床を握り肩に押しつけて、遠くから魔法を使っている影にフルオートで掃射。
すぐさま手榴弾を岩越しにコウモリ男の一団に放り、伏せろと叫ぶ。上に広がる爆発に、ちぎれた手足や内臓が飛び散る。
そのまま残りのコウモリ男をAK-103の指切りバーストで叩き落としていく。
「とんでもないね。敵がどれだけいてもおかまいなしかい」
やっと一匹のキャタピラーを倒した三人が、多くは胸に穴が開き頭を吹き飛ばされた骸の山を見渡し、呆れかえっていた。
「だからサイドアームをこいつにしてるんだ、近くに多くの敵が出ても戦い続けられるように。遠ければ重火器を出す時間がある。手榴弾を使える距離以上は、おれは考えなくてもいい」
瓜生はそういってAK-103を脇に提げし、左肩からナイフを抜いて解体作業を始めた。
それにしても、世界は広い。斜面のオリーブに酷似した樹、豆がなる潅木、多年草でアリアハンでよく食われるものより大きな粒をつける穀物、尾がなく長い鼻をもち肩が人の身長ほどある家畜、家畜として飼われる大きなリクガメ、道端の雑草に至るまで違う。
牙のかわりに角のある豚が放し飼いにされ、木の実を食っている。
そして城下町に着く。ここまでの道で手に入った魔物の皮や輝石を売って、武器屋を訪ねる。
鎖帷子が売られていたのを見たが、少し高い。そこに瓜生が「ちょっと待ってて」と、戻った時には身長の倍近い、指ほどの太さの柔らかくしなる鉄棒を十本ほど束にし、両肩に一つずつ担いできた。
「くう」声を漏らすほどの重さを何とか支え地面に一端を置いて、もう一端を抱えおろす。
「これで二人分、鎖帷子を作れないか?確かJIS規格で、というか炭素量なんて言っても無駄か」
「ちょっと見せてくれ」職人が針金を解いて、一本を抜いてもっていき、軽く赤めて打って呆然と言った、「こんな均等な鉄見たことねえ……」
「ちょっと、これなら鎖帷子十着でも足りないでしょ?」ガブリエラが言うのをミカエルが抑えた。
「というか、この革鎧はいいのか?形見とか」
「違う、衛兵の中古が安く出てたから買っただけ」ミカエルが苦々しく言った。
鉄の鈍い輝きは、ミカエルとラファエルの二人をぐっと立派に見せた。
宿屋で少し余計に支払い体と衣類を洗う。
アリアハンから来た旅人だとすぐ人々は察し、珍しい話を聞きに集まる。
薄いハムで発泡酒を楽しみ、干し果物が入った穀物粥にオリーブ油に似た油とこちらの魚醤をかけて舌鼓を打つ。
アリアハンの魚醤とどちらが優れているかでひと騒ぎ起きている。
塩を振っただけの、新鮮な魚の揚げ物もたっぷり味わえる。
豆と豚の臓物の煮込みや、豚肉・豚血・魚肉などいろいろなソーセージも好まれているが、香辛料の不足が瓜生には不満だった……どちらもニンニクに似るが痛いほど強い匂いと塩味しかない。
「トマトがないとこうなるんだな」
かんきつ類の花が香り、二つの筒が出た笛が暖かな音楽を鳴らす。
瓜生が配る氷砂糖と、来る客に注いでやるウィスキーが喜びの悲鳴を生む。
ラファエルがとても低くいい声で、アリアハンの民謡を歌ってまた喝采を受けた。
ガブリエラは夜にどこかに出かけたが、他の三人はとっとと寝た。
そして翌朝夜明け前に城へ。ミカエルがアリアハン王からもらっている紹介状と、アリアハン名産の縮織や漁醤、小殻なめくじ紅、紫水晶などを献上する手続きをする。
「商人がいればこのあたりは早いんだけどな」ミカエルがぼやく。
「本来おれは王族に謁見できるような身分じゃないんだよな、今までもあちこちでえらいめにあってるし。宿でレポートと銃の手入れやってていいか?」瓜生がごねるのをミカエルが冷たい目で見て、
「そうはいかない、ちゃんと仲間を紹介し、怪しい者ではないと証明しなければいけないだろう」厳しく言う。
「どこからどう見ても怪しい者だろ……わかった。で、王族は何人、どのような?」
「おそらく朝見に出られるのは国王アンタニウス十二世陛下とカテリナ王女殿下です。王妃さまがおととしおかくれになり、それで王女殿下はご結婚を少しのばされ、女主人役を勤められていらっしゃいます。王太子殿下はダーマで修行中とのことです」ラファエルが軽く指を振る。
「そうそう、ウリエルは異界から来たんでしょ?だったら花か何か贈りなさいよ」ガブリエラが妙に嬉しそうにいう。
「口上は頼む。この世界の植物相はそれほど変わらないらしいし、このへんは地中海性気候みたいだな……ワインの有名品種でも、いやへたなことしてフィロキセラ禍起こしちまったら申し訳ない」なにやら瓜生がごそごそし始めた。
一応、病気の持ち込み持ち出しは大丈夫だといわれているが、いまいち信用していない。だから売春宿を探しもしないのだ……生まれた世界も訪れた世界も滅ぼしたくない。
まあくしゃみ一つや靴底についたタンポポの種で充分危険だが、それは気にしないことにしている。
「くれぐれも粗相のないようにしてくださいね」ラファエルの心配げな表情にミカエルが舌打ちした。
アンタニウス十二世はまだ若く、逞しいがやや太っていた。バラモスについての話はさえぎり、すぐに盗まれた金の冠の話をした。
それを取り戻すまで勇者とは認めぬ……ミカエルの若さを危ぶんだか。その後姿からたちのぼる怒りに、ラファエルがはらはらしているのが見えた。
カテリナ王女は二十歳を過ぎているように見える。美しいとはいえない、瓜生はとっさに65点と思ったが、暖かな人柄がにじみ出る「人々の心も美しいのでしょうね」という言葉に、皆の顔が思わずほころぶ。
ガブリエラが「花美しき薬草薬木、見て楽しく味よき実にございます。栄えあるロマリアの土に受け入れられ、貴国の富をいや増しますことを」と、瓜生がどこかから持ってきたセージ・ローズマリー・ティーツリー・ユーカリ・ニセアカシア・トマト・トウガラシの小さな苗木を献上する。
ぱっと王女の笑顔が輝いた。
「なによりの贈り物、まことにありがとうございます。民の健康こそ我ら王族の幸せ、両国の友好の証として広めましょう」
この世界の慣れぬ平服とにわか仕込みの儀礼に戸惑っていた瓜生の表情がかすかにゆるみ、王女の目にとまる。
素早く目を伏せ、礼を失しないように退出したが、彼はもう少し彼女を見ていたいと思っていた。
「城下もゆっくり見ていらしてくださいな。どうぞお気をつけていっていらっしゃいまし」
帰り道、侍従を呼び止めた瓜生がいろいろ説明するというか何かの本を読み聞かせていた。
「あれは全部そちらの世界の薬草ですか?」とラファエル。
「何考えてるのよ。王女さまが寛大だったし、まあ可愛い花や実もあったからよかったけど、もっときれいな花とかもあったでしょ」ガブリエラが叱る。
「バラやチューリップを贈っても食えないだろ。まあバラは香水材料にもなるけど、ラードと蒸留酒だと死ぬほどコストかかるし。ジャガイモかトウモロコシのほうがよかったかな。ビーツだって砂糖だけじゃなく保存飼料としても野菜としても優れてる、アルファルファやクローバーだって」瓜生は冗談なのか本気なのか。
「どのように用いるのですか?」ラファエルが興味深そうに聞く。瓜生は指を折りながら、
「セージとローズマリーは肉料理の臭み消し、あと茶にして飲めば気分がよくなるし体を清めれば病気も予防できる。
ティーツリーとユーカリは精油を抽出できれば強力な薬だし、樹木としての価値もある。
ニセアカシアは土を肥やしてくれるし成長が早く薪炭をたくさん得られ、良質の蜂蜜にもなる。
トマトの実は栄養豊富な野菜で、使いこなせば料理が全面的に変わるはずだ。トウガラシは強烈な辛味で同じく料理を一変させられる」
実際問題想像してみるがいい、「トマトとトウガラシのないイタリア料理」を。古代ローマ帝国はもちろんコロンブス以前はそうだったのだ。
「た、確かにそれはこれ以上ない贈り物ですね」ラファエルがかなり呆れている。
「後先考えてないでしょ、そんなことしていいと思ってるの」ガブリエラはむしろ怒っている。「こっちの世界の作物持って帰ってみたら?」
「それは禁止なんだよ」瓜生が苦笑した。
カンダタの名を聞いたミカエルはかなり急いで城下を出ようとした、そこを呼び止めた商人がいた。
「ガブリエラ!久しぶりじゃないか」
「ハイダー、まだくたばってなかったんだね」
ガブリエラが嫌そうな顔で見たのは、中年近くのぱっとしない、たぬきっぽい男だった。
「カザーブまでいろいろ運ぼうってね。遊び人じゃなかった護衛がいると嬉しいんだがな」と、ミカエルを見て、表情が変わる。
「ハイダー!」ガブリエラが鋭く黙らせる。「どうする?渡りに船だよ」
「すぐ出発できるのか?」ミカエルの鋭い目が商人を刺し貫く。
「ああ、ちょうど出ようとしたところだ」
五人ほどの商人と、家畜に引かせる荷車三台に油・酒・塩・ハム・チーズなどが山積みだ。ミカエルたちだけでなく、他にも三人ほど傭兵がいた。
ガブリエラにあの武器はうかつに人前で使うな、といわれた瓜生は仕方なくナイフ以外のポウチベストを置いて鎖帷子を買い、両手剣とラファエルと同じバールを手にした。
「剣も使えたんだな」ミカエルが興味ありげに言う。
「二段だけど」
「ダン?」
「いや、なんでもない」と肩をすくめた。日本刀または、剣と同じコールドスチール社の帯鋸用鋼製日本刀もどきを選ばなかったのは、剣道と刀の使い方は根本的に違うからである。刀を使いたければ居合道だ。
出発して間もなくポイズントードの群れに襲われ、瓜生も剣を振るう。
「意外とやるな」ミカエルの目が少し変わる。彼女自身の剣技も非常に鋭く、ラファエルも正しい筋と凄まじい力で鉄棍を急所に叩きこむ。
ガブリエラが身ぶりと共に唱えた呪文で、目に見えぬ光が一瞬大気を揺らすと、次々に魔物の分厚い皮が焼けただれ、炎を上げる。その割れたところにミカエルの剣が突き刺さる。
さまよう鎧には剣が通用せず、むしろバールが役立った。関節を叩いて変形させ、強引に隙間に平刃をねじ込んで引っぺがしていく。
「貴重な金属がたっぷり、これは高く売れますな」
ハイダーなどはほくほく顔である。
「これにはどのみち銃は通用しないか」瓜生が肩をすくめる。
朝早く起きて傭兵たちも混ざって、ミカエルが激しい剣の稽古を始めた。瓜生も強引に引っ張りこまれる。
「そんな脳天ばかり、かぶとの一番頑丈なところ叩いてどうするよ。こうやって急所を狙うんだよ」
「街中剣法だな」
「わかっちゃいるけど」瓜生は苦笑し、切り返し気味に打ちこむ練習をする。
そして日が暮れかけたら野営の支度。商人の一人が小さな楽器を鳴らし、火を囲んで皆で歌い踊る。
灰に埋めて作った粗末な種無しパンとチーズ、運がよければ魔物の肉の質素な食事と少々の酒。
雨の日には泥に車輪を吸われ、夜は荷物から布を張ってある種のテントとし、身を寄せ合い、寒さと湿気に震えてうずくまる。
魔王の脅威に明日をも知れぬ日々、だからこそ今日は楽しく。旅の商人や傭兵こそ、「生きるやり方」をよく知っている。
会話が乏しいいつもの四人とは違う。
瓜生は最初は、輪から外れて見張りをし、武器防具の手入れをするのが常だった。そしてミカエルと互いを少し気にしつつ外だけを見て、時に警告の叫びを上げて剣を振るう。
広い平野を抜け、海が見えなくなり山地に入る。
急に寒くなり、眠るときは火で温めた石が欠かせない。
思ったより長い旅になる。
ひたすら歩き、時にぬかるみや溝にはまった車を渾身の力で押し、魔物相手や稽古で剣を振り、夜はいろいろ楽しみを見つける……徐々に瓜生もそんな暮らしが楽しくなりはじめた。請われて自分の世界の歌を歌い、それが大受けしたのがきっかけで、彼もまた夜に輪に加わるようになる。
彼が取り出すウィスキーやブランデーには皆が夢中になった。
山を越え、多数の化け物カニの甲羅をバールでぶん殴って抜け出したとき、炊煙がかすかに見える。
「カザーブだ!」
キャラバンが喜びにどよめく。
待ち焦がれていた塩に、カザーブの村人も大喜びで出迎え、ちょっとした祭りにさえなった。
ついでに瓜生が、またどこかからもう何十キロも塩を運びこみ、鉄の鎧や盾を買い揃える。
干された大きな川魚、その卵の塩漬けが絶妙に酒に合う。梨に似た木の実を凍らせてかもした極上の酒。
寒い山地で育つ潅木の若芽の独特の渋みがまたうまい。
何より村の井戸水そのものが素晴らしい味だった。
「ウリエル、お願いがあります」
風呂を口実に瓜生を呼び出したラファエルが、頭を下げた。
「カンダタと戦うとき、例の武器を使わないでいただけませんか。カンダタは殺すわけにはいかないのです」
「理由は聞かないほうがいいようだな。だがそうなると、かなり戦力は落ちるぞ?相手は人間だろう。それも甲冑を着ているかもしれない。そうなったら非致死性弾の効果は半減する。催涙ガス弾をぶちこむのもいいが、みんなにガスマスク訓練ができるか?呪文も使えないんだから、相手が風の呪文でガスを吹き払えば無効だ。難しいな」
「そこを何とかお願いします、それもミカエルにはばれないように」
「となったらガスマスクは却下か。スプレーしかない、訓練もできないのか」瓜生はため息をついた。
塔をとっとと登っていき、落とし穴などでからかうように逃げ回るカンダタ一味を追い詰めたのは吹きさらしだった。
(ちっ、元からガスは使えない)
すでにAK-103をはじめ多くの装備を外している瓜生はポンチョの下から、スタングレネードを放ると同時にショットガンをフルオートにし、全弾非致死性ゴム弾で掃射した。
強烈な爆音と閃光、それをついてバールを両手に握り、カンダタの手下に打ちかかった。
一人はかぶとごと正面打ち。直撃弾でひっくり返っている一人の膝近くに打ちこむ。もう一人が剣を振り回すのを、必死で受けて左右切り返し気味に小手面と打ちこみ、体当たりをかけようとした、その瞬間恐ろしい殺気に飛び退った。
カンダタが長剣をひっさげ、風をまいて襲いかかる。
とっさに青眼に戻した、それをおかまいなしに正面からずんと攻めてくる。
(段違い)
瓜生の全身が硬直した。味方はスタングレネードの影響下、頼れはしない。
小学校四年になったばかりの頃、一番うまい六年生と試合した。本気だった……何をやらかして怒らせたのかは忘れたが。
中学一年の市大会で当たった相手が、そのまま全国大会個人戦で準優勝したと後に聞いた。
もう剣道はやめて何年か経っていたが、大学一年の必修でたまたま自分以外みんな休んで、実は剣道界でもかなりの地位にある教授と一時間近く自由稽古をするという贅沢をした。
そんなもんじゃない。
必死で打ちこもうとしたが、もう左肩を貫かれた。
恐怖で苦痛は感じない、ただ前にガラス片で今も残る指の傷を負った、そのぞくっとした感じが何千倍になる感じで息ができない。傷口だけが燃えるように熱く、全身が冷たく力が入らない。
だが体は別に反応し、バールを落として右手で左肩のナイフを抜き、切りつけた。
完璧に受け流され、完璧な返しの突きが正確に肝臓を狙ってくる。
(死)
時間がゆっくり、ゆっくり流れる。
その突きを閃光が跳ね上げた!
同時に瓜生の体を、誰かが引っ張って押さえる。すぐに、まるで糸の切れた人形のようにへたりこむ。
ミカエルとカンダタが、激しく切り結ぶ。
そのミカエルに、次々と呪文の光がかかる。スカラ・ピオリム、そして……
ラファエルの投げた斑蜘蛛糸がカンダタの動きをぐっと鈍くする。それでもその剣格、正確さは脅威をいささかも下げない。
鍛え抜かれた、本物の剣士だ。
瓜生はそう確信し、ラファエルのホイミでふさがった傷が痛みを発するのでやっと意識を取り戻した。
ミカエルの上衣が見る見るうちに血で染まる。かぶとが飛ばされた顔も傷を負い、血が凄愴な化粧になる。
もう何カ所切られ刺されているか。だがミカエルはひるむことを知らない。盾を捨て、左手に聖なるナイフを抜いて、激しく切り結ぶ。
「あの赤ん坊が、もう大きくなったもんだな」
「黙れっ!」
激しく叫びながら全身で突く、ゆっくりとではあるが丁寧にさばいたカンダタが、にっと笑って身を翻した。
「よく戦った、それはやるよ」
残されたのは金の冠。
ミカエルは肩で息をし、悔しげに絶叫した。
「眠りの村?」
半ば打ちひしがれてカザーブに帰った一行が、酒場で聞いた話。
「はい、北に、村人がみんな眠っている村があるそうです」
「妹がそちらに嫁いでいるのですが、何年も連絡がなくて。どうなっていたのか」
かなり深刻な問題のようだ。
「勇者ならば助けるべき、か」ミカエルが嘆息し、北に向かう旅支度をはじめた。
北への路は、カザーブへの旅路とはうってかわって静かなものだった。商人たちはとっくに、塩魚と鉄と山蛾絹を積んで帰っている。
北の海から川をさかのぼる大きな魚にきつく塩をしたのはロマリアでも人気だ。カザーブの近くには良質の鉱山と炭鉱があるし、木材も豊富だ。
ただ、カザーブでの、生の新鮮な魚の頭を、潅木になるマメや根菜と酒粕で煮こんだ汁はロマリアでは食べられない絶妙の味だった。
あまりに長い距離、さすがに眠らないわけにもいかず、岩場などで身を守り、火と聖水で魔物をよけて何とか眠る。だが地面から湧いてくるような魔物に、時に眠りを断たれることにもなる。
いつも日が傾いたら、手元が見えなくなるまで瓜生とミカエルが木剣を打ち合わせる。ひたすら切り返しとかかり稽古、ミカエルは剣道の切り返しは知らないので、剣を円に使って上下左右斜めの斬撃、そして突きで攻め、剣を左右の円に返して守る。
瓜生も剣道の技はろくに使えない。何より竹刀よりずっと重いのだ、実戦で使った両手剣やバールも、カザーブであつらえた剣と同じ重さの木刀も。竹刀をしならせて連打したり、左片手で打ち込んだりはとてもできた代物ではない。
傭兵に教えられた、重い剣で甲冑ごと打ち刺す、腰を入れた大振りの切り返しが主になる。
だが、瓜生はあれほどの剣士に自分が勝てる可能性はないと思っている。三回戦の壁を破れず親の命令を受け入れてやめた日のことが、今になって思い出されてしまう。
前を見て、次こそはと打ちこみ続けるミカエルがどうにもまぶしかった。一日一日、彼女の剣は鋭くなり威力を増す。
いつまで受けられるだろうか。そんな器じゃない、こいつも含め、あいつらは種族が違う。そう思いながら、ミカエルの剣に機械的に応える。
ラファエルには、そんな二人を見守るのが一番こたえるようだった。
少しでも陽気にしようとするガブリエラも、さすがにどうにもできない。
ある日、稽古に疲れ果てた瓜生が水と塩を口にして、ミカエルにも渡しながらつぶやいた。
「もし次があったら……剣で挑むべきだろうか、それとも銃で皆殺しにすべきだろうか」
ミカエルが黙った。ラファエルも何もいえなかった。
「勝つことに全力を尽くすなら、とにかく遠距離から殺しちまうのがいい。だが殺せないなら催涙ガスで制圧すべきだろう。その場合はみんなもマスクつけてくれないと、もうあんなのはこりごりだ。あくまで剣で勝つことにこだわるなら、ちゃんと一対一の決闘を挑んで」
「もういい!行くぞ」ミカエルがへたりこんでいたのから立ち上がり、また剣を振りかぶって声を張り上げる。
「応!おねがいします!」瓜生も腹から声を絞った。
激しく打ち合い、一息ついて、「剣と魔法は同時に使えないのか?せっかく呪文も使えるのに、ほとんど戦闘中は使わないじゃないか」
ミカエルは答えなかったが、そのまま稽古を終らせて、一人で何か始めた。
瓜生も整理運動をして、銃を手入れする。
かなり夜は寒くなる。魔物もより強くなる。だが北国の短い夏は、魔にゆがめられた自然でも美しかった。
流れに導かれてたどり着いた村は、本当に誰もが立ったまま寝ており、そのまま半ば草にうずもれていた。
「なのになぜ生きてるんだ、髪も服も腐ってないぞ」
「家などはかなり腐っていますね」
それはどう見ても、これまでもたびたび見た魔物に滅ぼされた廃墟だった。
だが、村自体に魔物の気配がない。それどころかネズミなどさえいない。
ただ、その日まで普通に暮らしていたと見える人だけが、そのままの姿で眠っているのだ。
何をしても起きない。
アンモニア水の瓶を鼻の下で開けてさえ。
「うわ、なんだよその臭い」
目をのぞいて光を当てて、「寝てるだけとしか言いようがない」
「みればわかるわよ」とガブリエラが呆れた。
そこではたいした情報は得られなかったが、安全地帯のようなので、野営は安心してできた。
廃墟の腐りかけた木材を薪に、少し贅沢にフラッターバードを串に刺して回し、先に肝臓や心臓を串で焼いて食いちぎる。
大きな鳥を一人一羽、はふはふ言いながら塩をまぶし、食い続ける。これだけの量だと食うのにも体力がいる。
そして陶器の風呂桶とかまどを拝借し、近くの小川から水を汲んでひさびさの風呂、ハンモックでの熟睡。もちろん交替で見張りをしながらではあるが。
光害も大気汚染もなく細かい星も見える、故郷とは全く違う星空に、瓜生はふと郷愁を感じた。
深い森を抜け、ガブリエラが力の流れを読んで見出したエルフの隠れ里。
そこは徹底して人を拒んでいた。
一人の狩人がみすぼらしい姿で、自ら狩りくらしながら子の消息を求めていたが、その誠意さえも無視している。
「人などという汚らわしい種族に娘は」女王の冷たい目。
それを見た瓜生が、つい口を開いてしまった。
「そうか、その目だったのですね。ホロコーストを主導した連中の目は」
「何?」
「エルフというのは人間などという下等種とは隔絶した、上の存在だと思っていたんだが偏見だったようですね。申し訳ない」
「な、なにを」
「自分を高い他者を低いとし、自分の誇りにとって心地よいシナリオに安住し、思い通りにならないことがあると受け入れず憂さを攻撃に転嫁するのは、人間そのものですよ」
「ぶ、無礼者」
「無礼はどちらですか。確証なくして攻撃されたノアニール、人間の世界がもっとまとまっていたら、これは人間とエルフの全面戦争を招きかねない愚挙です」
「よせ!」ミカエルの言葉に瓜生は沈黙した。
「ガブリエラ、一つ聞きたいんだが」と、瓜生が沈黙の末に言った。
「なに?」
「闇市場に、そのルビーが流れたという噂はあるか?」
「エルフのルビーそのものは千年前から知られてるけど、別に新しい噂なんてないわよ」
女王は沈黙し、そのまま下がれと手で命じた。
本当にその男が、娘を騙してルビーを奪ったなら、何らかの噂は裏社会に流れる。もしルビーを取り戻したいなら、そちらに潜入できれば買い戻せる可能性もある、その娘も含めて。
女王はそれをしなかったのだろうか、決めつけて恨むだけで。
村を出るとき、瓜生は老人にかなりの量の塩・香辛料・石鹸・衣類などを渡して聞いた。
「息子さんとそのエルフの女性を最後に見たのはいつどこでですか?」
「ありがたい、どれほどこれらが欲しかったか。そう、わしが見たのは、口論して家を飛び出す後ろ姿じゃ。南西にある洞窟の入り口で見たという話も聞いたが」
「洞窟ですね。以後、消息は何も?」悲しげにうなずく男に、頭を下げて出発した。
「どういうことだ?」ミカエルがきく。
「そうね。こうだろうと思えるシナリオじゃなく、実際に見たという証言だけから組み上げるのも」ガブリエラが感心したように瓜生を見る。
「そのほうが論理的ではありますね」ラファエルがついだ。
「警察が家出人を捜査するとしたら、まずそうするだろうから。でもおれには嘘を見抜くことはできないから、たとえあの老人や女王が二人を殺して埋めていたとしてもわからない」
その最悪すぎる想像に、ラファエルが青くなった。
その洞窟は地下水が多く、あちこちで路が寸断される。
それは、どんなきっかけだったかはわからない。
洞窟の奥、閉ざされ昼夜もわからぬ時間か。
瓜生が、マタンゴに眠らされている間にバリイドドッグに重傷を負わされたことか。
いつもどおりミカエルと稽古をしていた瓜生が突然、ナイフを抜いて自分の首筋に押し当てた。獣のような声を口から漏らして。
そしてナイフをしまうと、全く違う目で、「畜生!悔しいよう!」と泣き叫びながら木刀でミカエルに激しく殴りかかった。
ミカエルも即座に応えた、怒号を上げながら激しく打ち返す。
そこからずっと、どれだけの時間か、とにかく激しく打ち合った。限界も何も超えて、寸止めも切り返しも何もなく。
剣道の動きなど使えない、疲れきって、ただ木刀を持ち上げて下ろす、ハンマー投げのように振り回す、ヤクザ映画のドスのように体当たりで刺す、それだけ。
二人ともあちこち骨折した状態でどろどろに疲れてぶっ倒れる。ラファエルが待ちかねていたように治療に当たり、ガブリエラが様子を見ようとした魔物を焼き払った。
どれだけ寝たのか。目が覚めたミカエルに瓜生はいつもどおりの様子で、
「治療してくれたのか」
とラファエルに言って、米軍のレーションを取り出すと食べ始めた。他の三人にも渡す、ミカエルは無言で同じように食べ始める。さらに一つ余計にクラッカーを開けてたっぷりと腹を満たす。
食べ終わって別の小部屋でトイレを済ませてから、
「銃で一方的に片付ける場合、やつらが部屋にこもってるとして訓練してみる。身を守りつつ見ていてくれ」
と、三人ともかなり離れてマスクとゴーグルをつけるよう指示し、昨日調べ済みの洞窟の入り組んだ部屋に向かった。
ショットガンのボックスマガジンをドラムマガジンに交換し、どこかからダネルMGLリボルバーグレネードランチャーとRPG-7を取り出す。
そして部屋の入り口近くに、何か奇妙な塊を置いて、線を引っ張って何かいじると、小さな赤い光がそれに点った。
「Go!」叫ぶと、RPG-7を発射して筒を捨て、素早く安全地帯に隠れる。サーモバリック弾の固体が瞬間的に気体になり、それが爆炎に変わる。凄まじい光と熱風、離れて隠れている三人にもぶつかる。
次いで連発で、素早く移動しながら部屋にぶちこまれるグレネードが破片と爆風の嵐を生み、マスクつきで飛び込んだ瓜生が部屋中をスラッグと00バック交互のフルオートで20発掃射、撃ち尽くせば即座に、あらかじめ銃床を伸ばしてあるAK-103を抜いて伏せてクアッドカラムマガジンの60発を打ち尽くし、起き上がってドアに向かいながら弾倉を交換、フルオート。
手榴弾を放りながら部屋から転がり出て、逃げながら水に飛びこむように別の小部屋に飛びこんで、ポケットに手を入れてボタンを押す……クレイモア対人散弾地雷が炸裂、鉄球を七百個追う相手がいれば穴だらけにする角度でばらまく。また爆圧が影で見守る三人の顔さえゆがめる。
洞窟全体を揺るがすような爆風の嵐、そして激しい音が繰り返し響く。
「一応終った。危険だからしばらく離れろ」
と、RPG-7の筒を拾った彼が出てくる。硝煙まみれ泥まみれで、丸一日戦ったようなひどい姿だ。
AK-103のフォアグリップは熱く、煙が出ている。
しばらくして、風の呪文をラファエルが巻き起こして金属混じりの硝煙を払い、四人が慎重にその部屋に入る。岩さえところどころ高熱で溶け、形ある鍾乳石は全て爆風で砕け、壁はほぼくまなく破片と弾丸で穴だらけになっていた。
「どんな剣技でも関係ない。どんな鎧を着ていても、爆圧と高熱、酸欠で確実に死ぬし、この嵐を回避することはありえない」
カンダタに対する死刑宣告。三人とも呆然とした。
「あたしは、昨日の泣きわめいて木刀振り回してるあんたのほうが好きだけどね」そう、ガブリエラが言った。ミカエルがうなずく。
「感情で暴力は使ってはならない、そう決めたのに」それだけ言った彼は、いつもどおりだった。
「人であることを恥じてはなりません。神はすべてを許しておられますよ」ラファエルの言葉に、軽く目礼するだけ。
「行こう」ミカエルもいつもどおり黙って剣を抜き、盾をかかげて瓜生の右後ろに立つ。
最下層の地底湖。広く深い、清浄な水。
「聖地ですね」とラファエルが祈る。
「これだけの水資源、有効活用できたら広域の水田稲作さえできそうだな」と瓜生がつぶやく。
見つけた大きなルビーと、そこに添えられた手紙。
「この大きさのルビーは、おれの世界にはありえないんだが」と瓜生がのぞきこんで、そのまま麻痺して倒れた。
「おい!危険な代物だな。満月草持ってるだろ」ミカエルがルビーを布で包んだ。
「なんて悲劇かしら、いっそあの世でなんて」ガブリエラが大げさにいう。
目を覚ました瓜生が、静かに「サムホエア」を口ずさみだした。
「その歌は?」
「禁断の恋はこっちの世界でもよくあるテーマなんでね」
それ以上、誰も一言も言わない。ラファエルがひたすら祈っていた。
エルフの村で待っていた男は、もう察していたようで、ただ深く頭を下げた。
女王は泣き崩れ、目覚めの粉を渡した。
「少し取り消しますよ。人間なら、このような証拠があったとしても、楽な物語に固執することが多いです」
瓜生がそれだけ言って、頭を下げて背を向けた。
目覚めたノアニールの村人は、時の流れに呆然とした。
眠る前は、村の周囲は森ではなく広い畑だったのだ。その森の木々の多くは針葉樹で、確かに根や皮は食べられないことはないが、それだけでは辛いものがある。
ミカエルがルーラで何度かカザーブと往復し、さまざまな援助物資、特に家畜や作物の種など必需品を調達した。
瓜生も大量の軍レーション、塩や小麦粉や油、鉄材、テントがわりにする防水布などを渡して当座はしのげるように配慮する。
幸い季節がよいので、やや近くの森を焼き払って焼畑にすれば、比較的短期間でまた農業生産は可能になる。またノアニール特産の魔法の杖の価格が高騰していたので、地下に貯蔵されて無事だった在庫を売ることで当面の資金のめどはついた。
ルーラで引き返したロマリアで、城を素通りしようとしたミカエルに、ガブリエラが「経過はどうあれ、依頼は果たしたのよ。それに王様は冠を取り戻したがっているの」と言った。
世界は「ミカエルがカンダタに負けた」だけでできているのではない……瓜生もそれは同じだ。
一晩泊まって久々の風呂を堪能し、金の冠を返したら、アンタニウス王から実に意外な申し出があった。
「王位?」
「そなたこそ王座にも相応しい真の勇者、ぜひに」
ミカエルは仕方なく受けたが、それもまあ大臣になにやら耳打ちされてからだった。
取り残されて、かなりいい部屋に通された残り三人は松葉の茶を飲み、松の実と硬めに焼いた甘いパンをかじりつつ、半ば呆然としていた。ただし、ガブリエラだけはそうなることをわかっていたように落ち着いている。
「さて、おれたちはどうするんだ?」瓜生がガブリエラに聞いた。
「そうねえ、久しぶりに」といいかけたところに、ノックがあった。
「カテリナ王女さまがお呼びでございます」
彼女のややくだけた服装は、むしろ正装より彼女を引き立てていた。
儀礼もそこそこに、彼女はずばり、
「ウリエルさま、あなたはいずこよりいらしたのですか?」
みなの表情が固まる。
「これらの植物は、アリアハンにもない、この世界にはありえないものだそうです。昔からかの国とは交流がありましたのよ」
温かい笑顔に奇妙な安心感を感じる。
「私は異界から来ました」
王女の笑顔は変わらない。
「なんと素晴らしい贈り物をいただいたのでしょう」
「いえ、他にも人口を何倍にもしうる作物を、いくつも贈っていないのです」
瓜生の率直さにガブリエラがあわてて、机の下で足を踏む。先芯入りのブーツには何のダメージもない。
「そのようなものは、むしろ禍いとなるやもしれないとお考えだったのでしょう?感謝いたします」
王女の目にはじめて、鋭さが見えた。
「もしよろしければ、しばらくのあいだロマリアに滞在していただけませんでしょうか?ガブリエラさまとラファエルさまも」
「かしこまりました」
彼女の言葉には、つい即応してしまった。
「街で聞いたのですが、このようなことは結構よくあるそうですね」
「お恥ずかしい話です」非公式の晩餐に、三人と他数人の貴顕が招かれ、つい瓜生が漏らした言葉にカテリナ王女が苦笑気味に応えた。
どうやらアンタニウス王は、手柄を立てたりした人に王位を譲って遊びまわることがよくあるらしい。ただし、譲られた人は何ができるわけでもなく、長くても一ヶ月で元に戻るということだ。
「そんな経験をさせてやればイシュトヴァーンも、もっと早く王になる気などなくしていたかも」
「イシュトヴァーンというのは?」カテリナ王女が聞く。
「私の世……故郷で書かれているフィクションの英雄ですよ。王になるという野望に駆られた」
「どのようなお話ですの?」王女の表情はすごく興味深そうだ。
「あらすじがいいですか、それとも頭から読むのが」
「もちろんお読みいただけたら」豪商の娘が喜びの声を上げる。
「かまいませんが、ものすごく長いですよ?百五十冊ぐらいはあります」
「それは嬉しいこと。いい物語にはわたくしも、皆も飢えているのです」
「わかりました」と、瓜生はそっと懐から本を取り出して、「……それは、異形であった……」
その間にも丸焼きの家畜、オリーブオイルに似た油をかけた焼き魚、上質なパンと香りの強いチーズなど料理は続く。瓜生は正直下町の宿で食べた料理のほうが好みだったが。
そのまま、夕食を終えた後も皆にせがまれ、一気に五巻まで朗読してしまう。皆が夢中で聞きほれていた。
「ミカエルはどうしています?」
「王そのものは、単なる飾り物の銅像でしかないのですよ。姿を見せて安心させ、書類にサインするだけの退屈な仕事ですわ。仕事が終ってのち、近衛隊の人たちと剣の稽古をしておられましたが、それも最近は」
本気に相手してはもらえない、という悲しさからか。
「王女殿下は先王さまとも違い、それを休んで遊ぶこともできないのですね」瓜生の瞳に同情がよぎる。
「王女として生まれたかった、と女たち皆が思っているのです」王女はあくまで微笑を絶やさない。
「それは、お苦しみが存在していないこととは違います……ままならぬものですね、どちらにしても」同情を苦笑に変える。
「それよりも、お国の話をしていただけませんか?ガブリエラに聞いたのですが、あの三大作図問題についてご存知とか。はるか昔からダーマやランシールで多くの賢者たちが挑んでいる難問なのでしょう」
「ああ、三つとも否定的に証明されています。詳しく聞きたいですか?」
「はい」
同席していたラファエルが何を驚いているのか、瓜生は気づかなかった。王族とはいえ女性が学問に関心を持つことが異常だ、と気づく常識自体が存在しないからだ。
「そう、幾何学と代数学、計算問題が同じことであるという洞察が本質にあるのです」と、瓜生は模様のあるテーブルクロスを指差した。「この何番目の縦糸と、何番目の横糸の交わるところ、という指定だけで、そう、この布に地図を描けば場所と二つの数字の組が対応します。なんとか村に来い、と命令するかわりに、両方が布に描いた同じ地図を持っていれば、上から何番目と右から何番目、と二つの数字だけ伝えればいいのです。使者が捕まっても問題ありません。
本質的に、コンパスと定規を用いた作図は二乗……面積の計算、更に言えば二次方程式と同値で、たとえば立方体の体積を倍にするような三乗、同じ数を三度掛け合わせることとは違うのです。角の三等分も同様です。円と同じ面積の長方形は本質的には円周率を求める問題ですが、それが二次方程式どころか代数方程式で解けない、超越数であるというのはかなり困難な証明になりますが……」
「素晴らしい賢者様なのですね」
その言葉に瓜生は軽く自分の頬をたたき、苦笑した。
「私は、どれについても元の世界では優れてなどいませんよ?わずかに本を読んでいるだけで、数についても農についても医についても、剣についても戦闘についてもそれを職とする資格などない、単なる学生です」
彼女の目が大きく見開かれる。
「六十数億の人口。その半分以上が文字を読み筆算ができ、高い健康水準を保ち、生まれた赤子の千人に五人も死なない、そんな世界に産まれただけです。その高い教育と知識は……口にしていい言葉なのでしょうか?恐ろしいのです」
「思慮分別はありがたく思います、ですが充分な思慮分別などというものがあるでしょうか?」
「これまで、あちこちの世界で何度も、その世界に合わない知識を出してしまってひどい目にあったんですよ」
瓜生の苦笑をカテリナ王女は優しく受け止めた。
何日か、貴顕に囲まれて本を読み聞かせたり、植物園で前に渡した苗の生育を見て水蒸気蒸留について説明したり、緑肥や荒地の緑化、薪炭材の確保について話したり、奇妙だがとてもよい待遇を満喫した。
ガブリエラやラファエルもここの貴族と奇妙に仲がよく、楽しくやっているようだ。瓜生には入りづらい会話が数多くあったが、彼は気にしないことにした。
ミカエルがいい加減飽きたのかアンタニウス王に王位を返し、再び旅立つ。
西に行こうとしたが関所に阻まれ、東のアッサラームに向かうことにする。
山がちではあるが極端な高山ではなく、とてもすごしやすい。
だが魔物は急に強くなってくる。特に巨大なサルが襲いかかってきた時の恐怖は凄まじかった。
三頭のうち二頭を瓜生がAK-103で仕留めたが、残り一頭が脇から三人を襲って一撃で三人とも吹き飛ばし、重傷を負わせたこともあった。瓜生が片付けたほうも、一頭は胴と頭の狙撃二発で倒れたが、もう一頭は十発以上撃ちこまれながらすぐ近くまで突進を続け、かなりの恐怖にはなった。
いくら巨大で頑丈な暴れザルでも、瓜生の守る左側に到達するまでには、十発のOOバックショットとスラッグに耐え抜かねばならない。それができる敵などめったにいない。
距離があれば手榴弾と、AK-103のフルオートが壁になる。
飛び込まれたら大抵はミカエルとラファエルに任せ、彼自身は少しよけて、遠距離の敵をAK-103で掃討する。右腰のシャベル山刀を抜いて戦うことはまずない。
「本当は遠距離戦のほうが、おれはずっと強力なんだ。15mもあれば手榴弾やRPG-7が使える。300mの距離があり、ゆっくり準備する時間があれば、穴の中からグレネードランチャーとM2重機関銃で粉砕できる」
いつも瓜生はそう言うが、この世界では大抵至近距離に突然魔物が出現する。
間もなく多数の魔物に襲われたとき、ガブリエラが呪文を唱えた。
「イオ!」
強烈な爆光、渦巻く爆風と轟音に、瓜生は地面に身を投げ出す。
「ば、ばかやろう、爆発なら先に言ってくれ!」
「あれ?」
と、ふと気づくと、残り三人は全くの無傷である。
「あの爆発で、なんで無傷なんだ?」
「爆裂呪文は術者とその仲間を保護する呪文もついてるのは常識……」
ラファエルが冷や汗を流しながら言った。長い沈黙が流れる。
「まさか、これまでもおれが爆弾類使ってたの、そうやれば安全に……」
「え?爆発の後の魔法身振りだと思っていたのですが」
瓜生は疲れきって座りこんだ。
「まあいいや、今度試してみよう。破片も安全かどうか分からないしな。あと、爆発から身を守る呪文があるなら、なぜ敵もそれを使わないんだ?」
「こっちの爆裂呪文には、その防御を破る呪文も含まれてるの」
ガブリエラが笑い転げながら説明した。
かなり長いこと、敵に襲われながら長く硬い草を分けて進む。
「ええいもういい、みんな多少のことなら驚かないよな」
瓜生が言うと、木陰の道状になったところに行ってから他の三人を呼んだ。
「こ、これは……」
「車、ですか?何でしょう、この鉄の帯のようなものは。車輪もたくさん……大きな箱ですね……」
「なによこれ」
三人がそれぞれ驚嘆する。初めて見るイスラエルのナメル装甲車、それは何に見えたのか。
膨大な積載量、役畜二頭分など比較にもならない。
ガブリエラが早速そうしてきて、三人はおっかなびっくり、瓜生が開けたドアの中の、瓜生が〈普段〉乗る車に比べれば固いがこの世界の標準では天国のように柔らかいシートに乗り込んだ。
「カーステレオとかはないけど……これならあるか」と、転がっていたiPodをスピーカーにつなげたらそれだけで音楽が流れ出る。
「ど、どこに楽団がいるんだ!」
ミカエルがあわてて叫ぶ。
瓜生が楽しそうに、「単純な情報にした音が、とんでもなく細かく刻まれた板に記録されてる。それを、要するに磁石が鉄を引く力で、薄い鉄板を押したり引いたりして音を出してるんだ。太鼓を叩くのと同じことさ」と説明した。
「まあ大体の方角を示してくれればいいさ。あとは寝ててくれ、トイレ行きたくなったら言ってくれ」
と発車する。
「速いっ!」
「なんて速さ」
「バロに引かせる車だってとても通れない道なのに」
三人ともびっくり仰天していた。
「あ、キャットフライ」
ラファエルが警戒するが、瓜生は無視して加速しただけ。爪や牙など通らず、そのままスピードを上げたナメルについていけずに置いていかれた。
しばらく走ってから出てきた暴れザルには、ただ遠隔操作砲塔で中からM2重機関銃を動かし、数発放っただけだった……瞬時に爆発するように吹き飛んだのが遠くに見えた。
「なんて威力だよ」
「す、すごい」
しばらく走ると、ごく狭い海峡に大岩を大量に放り込んで、半ば埋めたところにぶつかった。
壊れて海峡に刺さった石材を橋桁代わり、また塔の残骸から古い鎖を吊って不安定な吊り橋にしたり、木材が浮いていたり実に不安定だが、徒歩なら何とか渡れる。
車は無理なので、しばらく迂回路を探してから諦めた。
その古い瓦礫で海峡はほとんどふさがれ、船の航行は完全に不可能だ。
両岸広く、明らかにきわめて大きな都市だったのが、相当昔に徹底的に破壊され、めぼしい石材の多くを海峡に放り込んである。
「この海峡はビスターグルというロマリア領の都市でしたが、はるか昔サマンオサとの戦争で徹底的に破壊されたそうです」とラファエルが残念そうに言う。
「確かにな」瓜生が見回す。かつての埠頭、大規模な劇場兼闘技場、宮殿、公共浴場、大規模な井戸や遠くから引かれ崩れて海峡に滝となる上水道、本来ならかなり大きい都市だったのがはっきりわかる。
それ以降はまた、役畜に荷を負わせての徒歩旅に戻ったが、その車での一日半で一週間分は軽く飛ばしていた。
高く香りよい杉林と、棘はあるが美味な実をつけ材もよい大木の森に囲まれ、海にも近く水路にも恵まれた商都アッサラーム。そこは魔王の脅威も切実ではなく、快楽の香に満ちていた。
郊外に出没する強力な魔物も、都の人々には全くの他人事だった。
ベリーダンスの大劇場、色鮮やかなレンガとタイルの家々、豊かな共同水場、世界中の物産を声高に宣伝する商人たち。
この街には入浴の習慣があり、かなり大きな浴場があるのが旅人たちにはありがたい。
食事も凝っていて、世界各地からさまざまな調味料が集まる。
「バハラタとの海路が、海流と風が変わってふさがってなかったらコショウ味もあるんだけどね」
「北のほうなんかじゃコショウはすごく高くなってるらしいよ」
などとも聞く。
オリーブに似た樹はここでも栽培されていて、油で揚げたナマズの類が名物だ。
手の込んだミートパイがとても豪華に食卓を飾る。
蜂蜜酒や芋を発酵させた蒸留酒、ワインと酒も豊富だし、フルーツジュースもうまい。
独特の、サルノコシカケを加えた複合ハーブ茶も濃い味に一瞬むせるが疲れがすっと取れる。
食後のそぞろ歩きに雑踏に押されていると、
「ミカエルさーん!」
聞き覚えのある元気な声。
「ハイダー!」ガブリエラが迷惑そうに振り返った。
「ご活躍だったそうですね、ロマリア王になられたとか」
剣を抜きかけたミカエルをラファエルが止めた。
「この街は楽しいですよ、特に夜はね」と、ハイダーがからかうような目を向ける。
「勝手にしろ」と言い置いたミカエルが、得た毛皮や肉を売りに行く。
「お父さんとはえらい違いですね、そっちのほうでも武勇伝があったと親父に聞いてたんですが」
ハイダーが苦笑する。
「ミカエルに言ったらほんとに斬られますよ」ラファエルが苦笑し、「あ、私は戒律上行けませんし、彼は病気が怖いので断るそうです」と瓜生を指差して釘を刺した。
「情報収集はあたしがやってくるから、ゆっくり寝ときな、お子さまはね」とガブリエラがラファエルと瓜生の背中を叩く。
「頼む」と瓜生は本当に宿に入ってしまった。
「そういえば眠りの村が目覚めたとか」とハイダーが呆れた目で見送ってから、薄笑んで聞いてきた。
「ああ、ミカエルがやった、ってこれは吟遊詩人に売っちまっていいよ」
ガブリエラがニコニコ笑っている。
「それはありがたい、一度ルーラで連れて行ってもらえませんか?あの村とここがキメラの翼で結ばれればとても大きな取引ができます」
「あの村もずっと寝てていろいろ援助が必要だから、それが条件だね。東のにも知らせといてくれ」
「のった!さっそくいってきますね」
ラファエルはついていけない表情で見て、ため息をついて、
「ミカエルは?」
「さあ?武器屋でいろいろ交渉してるよ。ちょっとは痛い目にあって練習すりゃいいんだ」
どうせ金に困る旅じゃないしね、と瓜生が引っ込んだ宿のほうを見てつぶやいた。
「なにかいいものはあったか?」宿に戻ったミカエルに、瓜生が聞く。
「いや、特にないな」
ともだちとかいってくる、こういうところらしい商人相手に値切りゲームをやってかなり疲れていた。ガブリエラのようにはなかなかいかない。
「めざましい武器も?」
「最初にいいのをもらってるからな」ミカエルがふと、机に向かっている瓜生の手元をのぞいた。分厚い本とノート。
「ちょっと宿題やっておいたんだよ」瓜生はシャープペンを置くと大きくあくびをして、「風呂入って寝る」と大きな浴場に向かった。ミカエルがちらりと見たが、クエン酸サイクルの演習問題がわかるわけがない。元々文字も違う。
「何の魔法だよまったく」と言って、ノートを閉じ、「聞いたら説明するんだろうが聞いてられるか」とつぶやいて、戸口を警戒しながら着替えた。
その頃、ラファエルに小さい子供がぶつかり、直後ガブリエラがその子の手をつかんで路地に引き込んだ。
「放してよ!悲鳴上げるわよ」
「遠慮なく叫びな、ルーラで地の果てに飛んで放り出すだけさ。黙ってすったのを返せば何もしやしないよ」
少女が呪文を唱えようとしたのを、ガブリエラのマホトーンが先手を取って封じる。
少女はしぶしぶ財布を取り出す。
「ちぇっ、どうせ大して入ってないじゃないか」
「だって金管理してるのはあたしだもの。そこの僧侶なら正直にくれって言えばそのままくれるわよ」
「バカ?」
「そ」
と、二人で笑ってしまう。
「ミカエルなら、どうするかね。何が勇者らしいか、手を切り落とすのか衛兵に引き渡すのか財布渡していかせるのか考えたあげく、ラファエルにでも任せて逃げちまうだろうね」
「勇者?噂のオルテガの娘?」
「ああ。ずいぶん情報通なんだね、さすがアッサラーム盗賊ギルド。ウリエルだったら、郊外に畑と小屋を造ってぽんとくれるかもしれないし、すられたことにも気づかないかも、でもどこに財布があるかなんてわかんないよあいつ。ポンチョの下は何十個も変な箱がくくりつけられてんだよ」
「変なやつ。お大尽なの?」
「お大尽っていやそうだけど、そんな自覚全然ないよねえあいつ。そうさ、ただ変なやつなのさ」
「兄ちゃんも変なやつだよ。盗賊ギルドに世話されてるのに、まるっきり騎士さま気分なんだよ。大きな傷が額にあってね」
「サイモンJr、無事だったんだ。殺されたって聞いてたけど」
少女の顔が蒼白になる。
「その秘密明かしたなんて誰にも内緒だよ!」
「ああ、そのかわりカンダタに伝言頼むよ」
と、ガブリエラは少女の耳に何か囁いた。
「わかった。そうそう、あたしはジジ」
「ガブリエラ、の名前でわかるはずだよ」
そんなこんなで、隊商に混じってイシスに向かう。半島を抜けると砂漠地帯。一面に不毛の地平線。
ハイダーと彼が連れていた傭兵や商人たちとは違い、一言で言えば最悪だった。
前の隊商は人数も少なく、とにかくミカエルたちを「放っておいて」くれた。そして剣も教えてくれ、ハイダーも自ら率先してぬかるみにはまった車を押していた。
まず隊商の人数が多かったことで、絶対に異世界人とばれるようなことはするな、武器はもちろん酒や食物、書物も出すなと瓜生は厳しく言われ、下着から着替えた。ミカエルも、オルテガやアリアハンの名を出さないことにした。
まず傭兵たちは整列させられ、挨拶代わりに馬鹿でかい、どこか精神に奇妙な印象がある顔に刺青をしたボスの横にいる男が、端から全員を棍棒で殴り倒して回ったのだ。
「なんで」言おうとした女傭兵がもう一発、棍棒で殴り倒され腹を踏みつけられる。
「口ごたえするな!」
商人はニヤニヤ楽しそうににらんでいる。
瓜生の目がすわる。
そして厄介なのが、仲間四人がそれぞれ引き離されたことだ。そして誰かと話したり歌ったりしようとすると即座に棍棒が飛ぶ。
傭兵たちはひたすら家畜の世話をさせられ、膨大な水と油袋を運ばされる。
奴隷なのか、と内心思う……そうなると、瓜生から見ればただ「どこまでやられたら銃を出して皆殺しにするか」それだけのことだ。そう思えば多少の扱いは平気になる。そう思っていた。
完全に気まぐれで、一番暑いところに行かされ、理由がなくても殴り倒される。
夜は夜で、古株の連中がからんでくる。特にミカエルはその美貌から、気味が悪い男に迫られている……瓜生やラファエルが助けに行こうとして殴り倒される。
「文句言うな!このまま砂漠を一人であるくかい?」
と言葉があればいいほう、多くはただひたすら棍棒が飛んでくる。
瓜生はあたりまえということが本気で嫌になってくる。
ラファエルがボスどもの目を盗んで瓜生に何かささやき、しばらくしてから急にお偉方が次々に酔いつぶれた。
「どうやったんだ?蜂蜜酒が極端に強くなってる」ミカエルがささやき声で聞く。
「何度か飲んでるだろ、極端に強い酒の味がないヤツを混ぜてやったのさ。元の酒は10度がせいぜいだから合計40度にはなるか」瓜生が微笑んだ。
「助かった。気をつけろよ」
ミカエルが軽くうなずき、見張りに戻る。その拳が強く握られているのがわかる。
火に背を向けて見張りができるのは実にありがたい。魔物より人間のほうがよほど怖い。
新しく手に入れた鉄の鎧は重すぎにも思えたが、その頑強さがなければ暴れザルと剣で戦うのは……いや、一歩ごとに棍棒で殴られるのには耐えられなかったろう。
延々と灼熱の炎天下、砂漠に適応した小さな象に似た家畜の列が続く。
ベテランの商人たちは板に墨を塗り、スリットを削って糸を結んでサングラスをこしらえている。
氷の呪文をかぶとに受ければ水を得ることはでき、それでなんとか命はつないでいる。
喉が焼けるほど甘く、大きくてたくさんの種がある乾し果実が主食だ。その種も捨てずに家畜に食わせる。
獣脂の塩漬け、乳を皮袋でかもした酸い酒の食事と、皮袋で運んでいる蜂蜜酒にも慣れた。不足気味でかなり脂肪が落ちているが。
鉄の鎧に皮ポンチョで砂漠を歩くのは地獄だ。一歩一歩、これが体力の限界だと思いつつ足を進める。汗がたちまち熱気に消し飛び、塩がじゃりじゃりと服にたまる。
砂漠に入って何日経つのか覚えてもいない。
一度ぶつかった塩水の泉は、家畜は大喜びで飲んだが人に飲めるものではなかった。
剣がほとんど通じず、ミカエルとガブリエラ、ラファエル三人の攻撃呪文でやっと倒せる巨大なカニが特に厄介だ。隊商の連中はすぐに、新入りの三人を呼び出して攻撃させる……三人とももう何日ろくに寝ていないか。
ミカエルもギラで敵を焼くことができ、ガブリエラはそれ以上に強力なベギラマも使いこなしてカニを生きながら丸焼きにする。ラファエルの唱えるバギも、瞬間的に手榴弾の爆風に匹敵する強風を起こし、あらゆる敵の関節を引きちぎり体勢を崩す。
逆にキャットフライのマホトーンは魔法を封じてしまう。あまつさえそこにカニが出てきたら、瓜生とミカエルは岩山にトンネルでも掘るように延々と叩き続ける羽目になる。90度曲げが可能なほどしなやかな鋼の剣がぼろぼろになるほどだ。
そして砂漠の夜は凄まじい。北のノアニールよりも冷え、空の星が恐ろしいほど冴える。
風が冷たい。
魔物たちも……だが、この旅では魔物たちの脅威などほとんど無視できる。いや、一時間に一度は激しい戦いになるのだが。
とにかくボスどもの残酷さ、貪欲さ……全く信用できない連中に囲まれ、水が得られず歩かされることも多く、鎧の下は打ち身だらけだし顔は常に、かぶとの類が入らないほど腫れ上がっている。
ある夜、ボスどもの一人がミカエルの肩を抱きながら酒を飲ませ、ついには半ば押し倒して服を引きむしった、それをミカエルが蹴り飛ばした。
「やっぱり女だったのか!なら抱かせろ!」
何人かの偉い傭兵たち、それに商人たちが欲情に目がくらんだように迫ってくる。
「断る!」ミカエルがはっきり告げ、ベギラマの詠唱を始めた。
即座にガブリエラとラファエルがその脇に立ち、瓜生が両手剣を抜いてミカエルの足元の砂に、もう使えなくなった古い剣より一回り長い片手半剣を突き立てる。
ガブリエラはイオラ、ラファエルはバギの詠唱を始める。この隊商全員、三人の攻撃呪文に何度救われたか分からない……
「ならとっとと出て行くんだな」ボスが言ってつばを吐いた。
「ああ」と、ミカエルが片手半剣を砂から抜いて重さを確かめ、まっすぐボスが指差したほうに歩き出した。ラファエルが最低限の荷物だけ取り返して担ぎ、従う。
「けっ、砂漠で干からびちまえ!ミイラ男になって襲ってきたら切り刻んで犯してやらあ!」
無言でそのまま、相手が砂丘の影で見えなくなるまで歩く。
「あーすっとしたよ!いざとなればルーラで戻って、別の隊商探せばいいんだ」ガブリエラがほっとしたように言い、「それに……」と瓜生を見る。
「わかってるよ、二時間ぐらい歩いたらだ。念のため襲撃に注意しろ、奴らは襲ってくるかもしれない」
瓜生が嬉しそうにAK-103を取り出し、「おれに牙をむけるやつは殺す、人間だろうが魔物だろうが。ぜひきて欲しいがな」
「ああ」ミカエルがやけに嬉しそうに相槌を打ち、「この剣、いいじゃないか。少し慣れないとな」と、歩きながら軽く振り回したり突いたりしてみる。
「といっても、あいつらもあたりまえなんだけどね」ガブリエラは苦く口を噛んでいた。
「私の祈りと徳が足りなかったためです。お許しください」ラファエルが祈る。
砂丘の陰はずっと岩場が続く。だがかなり歩くと、ソーダ質の土が地平線まで広がった。砂漠と言っても砂ばかりの場所はむしろ例外に属する。
「ここならいいか」
四人、嬉しそうにナメルに飛び乗る。瓜生が屋根のM2重機関銃に初弾を装填した。
「飛ばすぞ!存分に飲んで寝ろ!」
三人は大喜びでウィスキーを回しのみにし、そのままぐっすり寝た。
瓜生はiPodでおもいっきりロックをかけ、一気にアクセルを踏みこんだ。
時々車輪が砂や岩場に取られて四人で苦労して引っ張ったりもあるが、そんな苦労あの隊商とは比較にならない。
モンスターも完全無視。
飛ばすこと二日、ついに見えた緑。どんなに懐かしい色か。
「イシス……イシスだ!」
「ついたか」瓜生がエンジンを止めて車を降りる。
砂漠の中に浮かぶ緑。
木々に囲まれた、対岸が見えないほど広い湖。
そこから引かれた水が、広い畑を潤し、また無数の果樹が豊かに実っている。
徒歩に切り替えて湖を回ると、そこには大木に囲まれた街と城があった。
アッサラームに似るが色彩の強い衣類。まったく別な宗教体系。
一晩ゆっくり休むと、四人は着替えて王城に向かった。
入り口から左右に広がる回廊、そしてとてつもなく広い中庭。
城本体の近くには、向き合った獣の巨像がいくつも並ぶ。
「すごい」
瓜生が驚きながら見回し、デジカメを取り出そうとしてやめる。
中庭を向けて巨像に囲まれた石造りの門を潜ると、多くの猫が仲良く鳴いていた。
城の人々に話を聞くと、皆が女王アスェテ二十七世の美しさを褒め称えている。
「まるでそれ自体が宗教みたいなもんだな」瓜生の呟きを、
「冒涜ですよ」ラファエルが聞きとがめる。
「さっさと用を済ませるぞ。イシスの紹介状と、魔法の鍵のありかだ。それがわからないとポルトガにいけない」
「そうそうウリエル」とガブリエラ、「今度はちゃんときれいな花にしなさいよ。前みたいに変なの贈っちゃダメよ!」
「わかったよ」と瓜生が肩をすくめた。
そして謁見……目を疑った。
城でのあらゆる噂は真実、いやそれ以上だった。
ガブリエラがさっそくその美しさを誉めそやすが、
「みながわたしをほめたたえる。されどひとときの美しさなどなんになりましょう……」悲しげに言うその表情すら、あまりにも美しかった。
「六十億の半分の、その誰より美しい女性をこの目で見るなんて」
瓜生のつぶやきに女王は輝くような微笑を向ける。本当に、彼が自分の世界で、テレビを含めてみたどの女性より圧倒的に美しかったのだ。文句なしの100点満点、いや点数を超越する……ボルドーの最上級赤ワインや、大輪のバラを思わせる高貴な色香、完璧な整いよう。
「まあなんと嬉しいお世辞でしょう。それほど多くの女性を見てきたとは……それに女は魔物、化粧や服でどうとでもなるのですよ。このわたくしも」
「は……」
「どうぞ、陛下のお美しさには太陽の前の星のように消えうせるものですが」ガブリエラが、アリアハンからの物産と同時に瓜生が用意したバラを渡す。
「おお」アスェテ女王が喜びの声を上げる。「なんという美しい花!イシスにも似た花はありますが、これはまた……ああ、なんという喜びでしょう、なんという香り」
「棘にはどうぞお気をつけて」思わず瓜生が心配した言葉に優しい笑みを向け、
「あなたも、女の棘にはお気をつけなさいな。それにしても、わたくしはこう見られたのですね」
微笑が寂しげに曇るのを、その場にいた男全員吸いこまれるように見てしまう。
「ロマリアにあなた方が送られた薬草の話は聞いておりますのよ。もう最初の、乾かした薬茶の一握りを昨日楽しみましたのよ」
「は……」
「わたくしが、あのひとの頭脳とお人柄にどれほど憧れていることか」
その目に、瓜生は何も言い返せなかった。
「そしてあのひとも、この顔など親にもらったひとときのもの、努力で得たものではないというのに。でもだからこそ、わたくしたちはつねにとてもよい友ですの。
これはとてもとても嬉しく思っています。ポルトガへ赴きたいとの望み、しかとうかがいました。鍵はピラミッドにあります……あそこも大変に危険ではありますが、オルテガ様の」その名を口にした彼女の頬が、贈ったバラのように染まった。「ご子息とあらば困難ではありますまい。ご武運をお祈りしております、勇者様」
魂を抜かれたような男二人を、ミカエルは冷たく見てガブリエラはひたすらからかった。
「これだから男って美女には弱いのよねえ!」
「そういう動物なんだよ」
「お許しください神よ、そして……」ラファエルが胸のペンダントを握り、苦悩の表情を浮かべる。
ミカエルが強く舌打ちし、ピラミッドに出発する準備を始めた。
宿での食事は抜群にうまい。
鶏より一回り小さい家禽の卵と肉もいいし、砂漠の中の農業では甘い果物が豊富にとれる。砂漠で馴染んだあの赤い干し果物も全く違う味だ。
穀物も豊富で、蜂蜜を入れたパイや小さくまとめた麺を肉スープで炊いたものが素晴らしい味だ。
チーズとワインも、ロマリアやアッサラーム以上にうまい。
散々苦戦したカニの家畜化変種を豪快に焼いたのもうまかった。
アリアハンの漁醤、布、染料などがここでは高価に売れたので、おもいきってかなり贅沢な食事にした。
そして日中限定だが、直射日光が当たる黒い岩に、塩と混ぜてすりつぶした木炭を塗った裸で寝転がり、大量の汗を流すサービスがあった。油ですりおとすと肌も石鹸と水に劣らずすっきりしたし、そのあとに香油を塗りこむととても心地いいほてりがずっと続く。
瓜生以外の三人は車で寝ていたので、丸一日だけ休んですぐにピラミッドに出発した。
「でかい……」
四人、車を降りて巨大なピラミッドを見上げる。
「入るぞ」
ミカエルが剣を抜き、無造作に入ろうとする。
「いいのかな」
瓜生がつぶやきながらショットガンを構える。
「何が?」
「ちゃんとした発掘調査は無理なんだよ。後世の歴史書に遺跡破壊者って書かれるの嫌だ」
「それどころじゃないでしょ」
みんなあきれた。
一階から入り、瓜生が慎重に一歩一歩杖で探りつつ歩く。
大きい道の真ん中にはもろに落とし穴が開いていた。
「危なかった」
慎重に迂回し、壁に触れないよう慎重に前進する。
「いろいろな罠があるんだよな」
「どんなの?」
「そう、疲れたと壁に寄りかかったら目の前からどーっと毒蛇とか、後ろの通路から巨大な丸石が転がってくるとか」
「怖いですね」ラファエルがぶるっとした。
「慎重に行くぞ」ミカエルの声。
いきなり瓜生がショットガンを連射する。
だが一群のミイラ男は、体に風穴が開いてもかまわず襲ってきた。
「くそ!」
瓜生がシャベル山刀を抜き、ミカエルの片手半剣が鋭く振り下ろされる。
ガブリエラのベギラマがミイラの表面を発火させ、間髪入れず刃が襲う。
だが人間以上の力を持つミイラは、深く腹を刺され首を切りつけられてもかまわずにつかみかかってくる。
「ニフラム!」
ラファエルの呪文がミイラを虚空に消し去り、なんとか助かった。
「どうする?銃も剣も通じないのか」と瓜生は考えこみ、ショットガンの弾倉をグレネードにした。「先制で距離が取れれば吹っ飛ばせる。でも近距離で奇襲されたら……」と、いろいろいじり始めた。
そこに本当に次が来た。
「近い、グレネードは無理か」瓜生が両手剣を手にした。
「一か八か!」ミカエルが何か叫び、盾で身を守りながら何かつぶやき、剣で奇妙な文様を宙に描いて、円を描いて膝を斬りつけた。
剣から吹いた炎。足を切断されたミイラはさすがに動きを止める。だがミカエルも悲鳴を上げて剣を落とした。その腕全体が燃えており、ラファエルが必死で回復呪文をかける。
瓜生も真似て、ガブリエラのベギラマを援護に受けて大きく足に斬りつけてみる。
「もしかしたら」
とつぶやきつつ、次の群れに向き直ると、左腰のAK-103を抜いて両手で構え、レーザーサイトで膝を狙って撃った。
7.62mm至近弾の威力は凄まじく、痛覚のないミイラも関節を完全に破壊されて動きを止める、その間に両手剣で腕、足と斬りとばす。
「大丈夫だ、進むぞ」ミカエルが前進する。
「無理を押し隠されたらこっちが迷惑することもあるぞ」
瓜生の言葉に、一瞬固まってうなずき「戦える。信じて」最後は消え入るような声だった。
瓜生はそのまま、パーティより二歩前に出る。
巨大なカエルやイモムシは、いつもどおりショットガンで簡単に片付いた。
皮と肉の処理はラファエルに任せ、探索を続ける。
宝箱を見つけて開けてみたら、それが巨大な口を開けて襲いかかってきた!
散弾とスラッグが交互に、箱を何度もぶち抜く。
「こんなのもあるのかよ……」
壮大な像に驚き、瓜生が繰り返しデジカメで写真を撮った。
「何やってるんだ、先行くぞ」
ミカエルに言われて不承不承従う。
階段を登ると、そこからは急に通路が狭くなる……遠くにミイラの気配がしたとたん、瓜生がおもいきり手榴弾を放って物陰に隠れて爆風をやり過ごす。
そこから更に迫ってくるのに、ガブリエラとミカエルがギラを唱え、同時に瓜生が火炎手榴弾を投げた。
その猛炎にミイラはあっさり崩れ落ちた。
「遠距離戦なら何とかなるんだな」
ちょっと機嫌を直したように一歩前に出た、そこは落とし穴。
狭く入り組んだ通路、多くが行き止まりで恐ろしく神経を消耗する。
ついに三階にたどりつき、イシスの子供たちが歌っていた童謡通りにボタンを押していくと、巨大な岩戸が開いてそこに、奇妙に輝く鍵があった。
魔法の鍵を手に入れたミカエルは、あちこちの行ったことがある城や街にルーラでいっては片端からタンスや宝箱を開け始めた。
夜になってイシス城を隅々まで探検し始め、それで奇妙な腕輪を見つけた。
それをはめたミカエルの動きが倍の早さになる。
「すごい」
「伝説の星降る腕輪ですね」ラファエルが目を輝かせる。
そこで出てきた亡霊が物分りがよかったのにはほっとした。
それから鍵を用いて、女王の寝室まで訪ねた。
瓜生は自分は遠慮すると言い、ラファエルもそれに合わせた。
「殿方がいらっしゃらないのは?」
女王の問いに、ミカエルはどう返していいかわからなかったものだ。
「もちろん女性だというのは一目見れば分かりますわ、ミカエルさま」
「それはどうも」
「女性の寝室を訪ねるのをためらうというのも奇妙な風習ですね。王が後宮を男子禁制にするのならわかりますが」と笑い、ガブリエラが普段の瓜生の女性陣に対する気の使いようを笑い話にした。
女王は薄絹一枚しか着ておらず、その美しい裸身がただ丸見えより美しかった、見たければいつでもどうぞと伝言よ、などとガブリエラにからかわれた瓜生は一生悔やんだものだ。
「ちょっと待て、ロマリア王室には恩があるんだ、せめてちゃんとことわってからじゃないと盗みなんて」
次はロマリア、となった時に瓜生が文句を言い出した。
「言わなかったか?勇者協約ってのがあって、勇者の称号を持っていれば、王宮や定められた印を持つ街の家からだったら盗んでもいいんだよ」
「でも信頼関係ってもんがあるだろ」
「じゃあ好きにしろ。謁見してことわってみるんだな」
ミカエルが面倒くさそうに言った。
あらためて謁見に出て、瓜生はなんと言えばいいのかわからなかった。
「その、最近、扉を開けるための……それで、その……」口が渇いて動かなくなる。
「なんのことじゃ?」アンタニウス王は首をひねっていた。カテリナ王女がふとガブリエラと目を合わせ、はっと気がついて一瞬笑い転げかけるのを抑え、少しあわてた早口で、
「それでしたら……お父さま、少しうかがわなければならないことがありますの」
「そうか、行っておいで」
ミカエルたち三人は赤面低頭。別室に移り、「その、もし間違えていたら大変に失礼な話ですが、勇者協約の件ですね?」みながばつ悪そうにうなずく、「何もおっしゃらなくてもよいのです。瓜生さま、あらためて本当に異世界のお方なのですね」カテリナ王女がきまり悪そうに、笑いをこらえていた。
「わかった?アリアハンが大恥かいたんだからね、責任持ちなさいよ!」ガブリエラが瓜生の尻を蹴飛ばす。
「もうしわけございません」瓜生にはそういうしかなかった。郷に入っては郷に従え、いくらわかっていていても限度というものがあるが……またやってしまったということか。
「ちゃんと何かで返しなさいよ、さて何がいい?」ガブリエラが、あらためてくだけた口調で王女に聞いた。
「そうですねえ、おいしいワインがいただけたら嬉しいのですが」ずるそうな笑顔に、瓜生は参ったと頭を下げた。
「……かしこまりました。ただ、お気をつけいただきたいのですが、私の生まれた世界にこのようなことがありました。
ある探検家が海を越えて、はるかな大陸にたどり着きました。その世界を少人数であっさり征服できたのは、より広かった探検家の故郷、旧大陸の人間は多様な伝染病に感染しており、それで死なないように慣れていたのですが、新大陸の住民には致命的だったからです。
探検家はそこから次々と珍しい植物を集めて持ち帰りましたが、そこにその探検家の故郷のそれとよく似た葡萄がありました。かけあわせればよりよい葡萄を作れるかと試したところ、その新大陸の葡萄の根にはやっかいな虫がついていて、それで旧大陸の葡萄は全滅に瀕したのです……人間とは逆に」
「まあ」
「ぎりぎりで、新大陸の葡萄に接木することで助かりましたが……今も旧大陸では元からの品種を、そのまま育てることはできません。万一そのような事態になっては、と……私自身が病をどちらかに広げることはない、と私を別世界に送っているいたずら者の妖精の類は言ってくれていますが」
「では大丈夫ですよ。万一に備えて新大陸の葡萄の苗も用意してくださればいいのです」にっこりに負けた瓜生は、
「では……こちら、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、リースリング、サンジョベーゼ、グルナッシュ、ネッビオーロ……」と数本の苗木と、「一応ご参考までに」と、十本ほどのワインボトルを取り出した。
「あとギルド長と話させてください。低温殺菌技術があれば、それでワインを長期間保存可能になります。いやそれ以前に、酵母の保存法についても……それとこの」と、取り出した対照的な金色の瓶二つ、「シャンパンの技術もご説明いたします。こちらの気候で貴腐が成就しうるかどうかは……」
というわけで、しばらく泊まる羽目になってしまった。その間、貴顕たちがどれほど熱狂したかはいうまでもない。
ロマリアのワインが世界貿易に風雲を起こすのは十年後の話である。
ついでにポルトガ宮廷への紹介状をもらい、以前は閉ざされていた門を開けてポルトガに向かった。