奇妙な味のドラクエ3   作:ケット

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過去と変化

 ランシールの大神殿を、その鍵で扉を開けて入る。その奥には「地球のへそ」と言われる洞窟に通じる道があり、ミカエルは一人で迷宮を探索するよう言われた。

「ちょっと待て!これやるから、使えるように訓練しろ」と瓜生が取り出したのはAK-74。それにダットサイトと超強力LEDフラッシュライトを取りつける、あえてグレネードランチャーはつけない。

「いいのか?」ミカエルの目が輝く。どうやら一度触ってみたかったらしい。

「ああ。とにかく使えるように訓練するから。いざないの洞窟でいいか」

「わかった、ルーラでロマリアまで飛ぶ」

 まずロマリア側のほこらでじっくりと、何十回も分解と再組み立てを繰り返す。

「目をつぶっても、どの指が潰れててもできるようにしろ」と、本当に額の鉢巻を目隠しにし、自分のAK-103の分解再組み立てをしてみせる。

「なんで、お前が使ってるのと少し違うんだ?」

「こっちのほうが一発の弾が軽くてたくさん持てるんだ。三百ぐらいで足りるか?」

 元々AKは扱いが簡単で、ソ連の文盲の農奴でもアフリカ紛争地帯の八歳の女子でも使える代物だ。

「いいか、何百回でも言うぞ。毎回殴ったほうがいいぐらいだが体罰は弊害のほうが大きいから口で言う。銃口を自分を含め人に向けるな。撃つ時以外トリガーに触れるな。薬室に弾があると思って扱え、おろす前に必ず薬室を空にしろ」

「アリアハンの衛兵よりしつこいな……」

「復唱は!」

「わかったよ、銃口を人に向けない、トリガーに触れない、薬室を確認し空にする」

「よし。じゃあ分解整備するぞ、目を閉じて……ここの故障はこれで直せる。このフラックスは強酸だから服などにつかないようにしろよ、皮膚や目についたらもちろん怪我するし、半日後に発火するかもしれないんだ。ここがこう動かなかったら諦めてリレミトで戻れ」

「別にこれがなくても剣でも前進できる!」

「あとこのレーション、温め方とかは覚えたな?ドイツ軍とフランス軍どっちが好みだっけ?あと真水と浄水剤、塩とビタミン剤と、蜂蜜とレーズンとスピリタスも持ってけ」

「重い」

「なんかもう、お母さんみたいね」とガブリエラが笑った。

「しらん。とにかく跳弾には気をつけろ、壁を正面から撃つなよ。ちゃんと狙ってセミオートで撃て」

「このいかづちの杖も持って行ってください。あと薬草も大量に」

 ラファエルも負けじと世話を焼くのを、ガブリエラが呆れてみていた。

 

 訓練が終わり、そして明日はミカエル一人洞窟に入る、そう決めた日、宿を出たミカエルと瓜生がふと出くわし、なんとなく二人で森の、小さな泉に向かった。

 瓜生は黙って布を広げ、自分のAK-103とサイガブルパップを分解し、丁寧に油を引く。ミカエルもその通りにした。

「小口径高速弾は遠距離にも飛ぶが、殺傷力があるのは至近距離だけだ。通用しない大きさの敵がいたら逃げろ」

「わかってる、何度も聞いた」

 ミカエルは黙って、去りがたく水面を眺めている。瓜生はただ、静かに銃を両脇に下げて立ち、ミカエルの恐ろしいほど美しい横顔を見つめていた。

「恐れているのか?」

 瓜生が静かに言う。

「恐れてなんて、わたしは勇者だ!お前こそ、無理するな無理するなってこのおく……」

「睡眠不足じゃないか?疲労がたまってないか?」

「むしろなまってるぐらいだ。ずっと銃の扱いばかりで」

 瓜生が一瞬、口ごもって、つぶやく。「まあ、それで死ぬかもしれないんだから生きてるうちに言っておくか……単独行動での無理はただ死ぬだけだぞ。四人でなら仲間がフォローできるけどな」

 ミカエルが一瞬怒りを爆発させ、剣を抜きそうなのを抑え、かわりに声は小さいが殺気をこめて、「あたしが勇者じゃないから、無理があるなんていうんだろ」と口走って口を押さえた。その表情は、女の子でしかなかった。

「は?」瓜生は一瞬、ハトが豆鉄砲食らったような表情でミカエルを見つめた。

「な、なんなんだよ!そうだろ、偽勇者なんだから、カンダタの娘なんだから足手まといだって」

 瓜生は首を左右に振り、何度かうなずいて、力が抜けたようにしゃがんだ。

「いいから、落ち着いてこれでも飲め」と、ミカエルの口にブランデーの瓶を押しつける。

「おれは異界から来たってこと、信じてないのか?おれにとって、勇者だろうと偽勇者だろうと誰の子だろうとどうでもいいんだ。偽黄門でも人助けは人助けだしな」

 瓜生の言葉に、ミカエルが涙を漏らしてしゃくりあげながら、

「で、でも、勇者の資格がなければ、偽勇者だってことは、勇気を試されるランシール神殿の聖地にはごまかせない。ばれて、ばれて」

「それがどうした?どうであれできることはあるだろう」

「なにができるっていうんだ、お……あたしがオルテガの子でなかったら。第一、この神殿を恐れているのに、勇者じゃないのに」

 ミカエルの涙ながらの言葉。

「バラモスとやらの首をはねることはできる」

 瓜生の返事に、ミカエルの体が凍った。

「そのために旅をしてるんだろ?まずそれをすればいい、内心怖がっていようがどうであろうが、そんなの関係ない。少なくとも、ジパングのヤヨイさんたちを助けたのは事実だろ?もし間違いだとしても、そのときは後で悔いればいいさ」

「間違い?」

 完全にわけがわかっていないミカエルの表情。それになれている瓜生の表情。

「あっちこっちの世界で、竜を倒せって依頼されて、行ってみたら……」顔をしかめていろいろ思い出す。「ただの心のない、豹とかと同じ獣だったりしたこともある。実は人間が生贄を口実に美女を遊郭に売ってたこともある。話してみたら普通に話せるやつで、ふもとの人間のほうがたちが悪いことが多かったな。だからまあ、話してみればわかる……こないだみたいに話を聞かずに襲ってきたら、殺す。まああんたの助けがいるけどな」

「でも、とにかく魔王バラモスは」

「要するに上意討ちだろ?だったら余計迷うことはない。ただの剣だ。相手がどんな善人でも、相手のほうが正しくても、親友や恋人や家族でも、裏事情で斬ったら次に罪を着せられて殺されるのは自分だと決められていても、なにがあろうととにかく斬る。それだけでいいじゃないか」

「剣、そう……でも」

 瓜生はたたみかけるように声を強めた。

「おれはおまえの剣だ。この旅が終わるまで。最初に言ったように非戦闘員の虐殺・略奪・強姦はお断りだがな」

 そういうとにやっと笑って、

「そんなに不安だったら、バハラタ北の山地にもいい場所があったし、それにランシールの北にもいい無人島があったよな。そこを今から切り開いて小屋と田畑を作っとこう。他にもいくつか探して、人皆に石もて追われるようになったら隠れ住めるように。自分はきっちりバラモスを倒した、って胸を張れるならそれでいいじゃないか」

 ミカエルの表情が、ほんの一瞬の半分輝き、それがすさまじいおびえに変わる。

「人間の世界から、消える……?」

「ああ。早速いくか?」

「なんで、何でそんな恐ろしいこと、考えられるんだ!」ミカエルがおびえきった表情で小さく叫ぶ。

「え?」

 瓜生はなんともない表情でいる。

「それって、それこそ島流しとか、海賊が島に人を置き去りにするとかじゃないか」

「ああ、おれはものに不自由しないからな。でもそれがなくても、大中小三本の刃があれば何とかしてみせる。一本じゃ残念ながら無理だな」

「それでも、ものに不自由がなくても、完全に一人ぼっちだなんて」

「そうじゃなかったのか?」

 ミカエルの表情がびくっとする。

「勇者オルテガの子、それだけですごく一人ぼっちじゃなかったのか?」

「そ、そんなことない、母も、それに祖父も、ラファエルの一家だって」

「ならなぜ寄らないんだ?今でもルーラでいけるんじゃないのか?とことんやばい敵と戦う前日は、できるなら家族とすごしたいとか思うもんじゃないか?」

 ミカエルの顔が歪む。何か言おうとするのを瓜生は邪魔にするように、

「おれにはどうでもいいんだがな、楽になるならいつでも聞くよ……精神分析医の資格はないけどな。まあ、とっとと寝とけ。睡眠不足で単独行動したら死ぬだけだぞ」と、瓜生が立ち上がり、宿に歩き出す。

「湯に蜂蜜を入れて飲むんだな、あと」とポケットから取り出した瓶から三錠紙に包んで渡し、「睡眠導入剤だ、沸かした湯を冷まして飲め。明日の朝は軽めに腹ごしらえして、ああ消化のいい粥を作ってもらおう。風邪引くなよ」と瓜生が言うのに、ミカエルは何も言えずにその後を歩いた。

 

 部屋に戻ると、ラファエルが瓜生に、「ありがとうございます」とそれだけ言った。

 さらに何か話そうとするラファエルを制し、瓜生は「どうでもいい。あいつが無事ならそれでいいんだ」と言って、さっさと寝た。

 

 朝、ミカエルはごくいつもどおり、弾倉を詰めてふくれた荷物を背負うと決然とした足取りで砂漠を抜け、洞窟に足を踏み入れた。

 ただ一人、だが敵の強さは大した事はない。いかずちの杖だけでほとんどは倒せる。

 下の階はだだっぴろい広間であり、自分がどこにいるのかも分からなくなる。ただそのまま歩いて見当たった階段を登ると、一つは行き止まりだった。

 襲うキラーエイプの一撃をかわし、後ろに回って、一瞬迷ったが草薙の剣を抜き、鋭くその背骨を断ち割った。もう一匹も。

「必要なかったかも」と、背に回したライフルに触れてみる。

 別の階段を登ると、素晴らしい鎧があったので大喜びで着替えた。その魔力がミカエルの魔力と反応し、その体をあつらえたように包む。

 そしてますます楽に、より奥に歩む。一つだけ下に行く階段があったので、そこを降りて、警戒しながら進む。

 壁に彫られている顔像が、「引き返せ」と言う。ミカエルは冷たく嘲笑し、次々と強まる「引き返せ」を無視し、そのうちに顔像を蹴飛ばしながら先に進むようになる。

 行き着いたところ……そこには宝箱が並んでいた。

 押し開けると、一瞬光が広がり、振り返るとそこは広い、小さい頃から多くの時間を過ごしたアリアハンの衛兵訓練場のような光景が広がった。

 

 そこには自分がおり、剣を抜き、礼をして構える。

 ミカエルは半ばそれを期待していたことに気がついた……笑みを浮かべて剣を抜き、叫び声をあげて斬りかかる。

 だが、剣が触れたと思った瞬間、いろいろなものが同時に、悪夢のように散漫に見える。

 自分の剣が一人の少女を貫いているのが見える。母親と自分に向けられる、汚いものを見る視線。

 ひたすら祈っているラファエルの姿。

 水晶玉と議論しているガブリエラ。かろうじてその口の動きから、「ミカエラも瓜生 脅威 ない 抹殺 撤回」などが読み取れる。幼い姿のガブリエラが、赤ん坊を抱いてあやしている姿、その後ろのカンダタとオルテガも。

 そして、別のもう一人の自分。

「あれは……」

 その幻を見ているミカエルに、幻が告げる。

「あれは、瓜生が本当は望んでいる勇者の姿です」

 斜面を駆け下ってから襲ってくる、巨大な竜や普通の三倍はある熊が数十頭。ミカエルは絶望したが、剣を握りなおした。

 幻のミカエルとラファエルは、即座に周囲を見回して剣ではなくシャベルを背中から抜き、切り株の近くに穴を掘り始める。

 それから間もなく、小さな土手が切り株と木をつなぐように作られる。竜の吐いた炎も土手に阻まれて、穴の中に伏せた四人は無傷だ。

 穴の中から瓜生がM2重機関銃を、ラファエルの手を借りて三脚に固定し、連射……幻のはずなのに、腹が震えるような轟音が伝わる。魔物たちはあっというまに原形さえ失う。

 そして別の幻。巨大な鉄の固まり……戦車がキャタピラをきしませ、平原を走っている。その内部、車長席でコンパスと双眼鏡を見ながら方向を指示しているミカエル、画面の一つに無人機から送信された上空からの画像を示し、ミカエルと方向を議論している瓜生、砲台からFN-MAGで汚らしい巨人をなぎ払っているガブリエラ、運転席でいつもの瓜生が車を動かすように運転しているラファエル。

 遠くから巨大な竜が襲ってくるのを、走りながら主砲の一撃でまさに粉砕した。肉の霧としか言いようがないまでに。

「これは」ミカエルは、その凄まじい煙と衝撃に打たれながらつぶやいた。

「こうして四人が彼の水準まで学べば、まさに無敵です。ヤマタノオロチ百匹が襲ってきても、傷一つ負わずに全滅させることができるのです」

「でも、でもそれは勇者らしく」

「勇者らしい勇者?」また別の幻……瞳の中に残るオルテガ。それが剣を抜き、ミカエルを襲う。

「うわあっ!」ミカエルが剣を抜いて応戦するが、まったくかなわない。恐ろしい速さと切れ味と正確さで、ミカエルを容赦なく切り刻む。

「負けるか……勇者は負けない!」あちこち傷を負い、叫んだミカエルの剣があっさり弾き飛ばされる。

 そして、オルテガは数歩素早く下がって、天から稲妻を呼んで剣にまとわせた。全天が稲妻に沸き立つようになる……自分にはいまだに使えないギガデインだ。

 ミカエルがとっさに、右の背中からぶら下がっていたAK-74を手にする。

「いや、こんなの勇者らしくない」と、剣を拾いに走って、自らも稲妻を呼ぶ。一本だけのライデイン、かなわないのはわかっている。

「勇者だ……勇者だ!偽勇者なんかじゃない!」

 だが、はっきりとわかる。自分の剣と肉体が砕け散るのが目に見える。

 完璧な勇者に勝てるはずがないのを。

 そして、こだわりさえ捨てれば、銃を手に取れば一発で勝てることも。

「勇者だ!」その剣、激しい痛みが全身に回る、その脳裏に一つの幻が写った。

 瓜生の昔の冒険。竜を殺して姫を助け出す、という使命を倒れた騎士から受け継いだ……だが、全ては間違っていた。竜はただ暴れる獣に過ぎず、姫は別の海賊にさらわれていた。そしてその海賊は、駆け落ちした姫をその男から借金のかたとして普通に買い取っていた貿易商人に過ぎなかった、海賊業も普通にやっているが。

 瓜生や仲間たちはその現実を拒み、半ば狂ったように竜と、海賊と戦った。

 だが、その目の前に転がっていたのは、竜の割れた卵と中の不気味に死んだ子……海賊が根城としていた砦の焼け跡に転がる、依頼された姫自身やその子さえ含めた、数十人の女子供の焼け焦げた死体……姫は自分を買って犯した海賊商人と奇妙な愛情を育み、子を可愛がり、海賊商人をかばい……胸を切り開き、蒸し焼きに煮えた心臓を握り……半ば狂って出た彼が見たのは、彼が導いた騎士の従者や傭兵による、砦の外での残虐な略奪・強姦・虐殺、蓄えや女子供の場所を吐かせるための拷問……

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 後悔と苦悩、衝撃と罪悪感が直接伝わる。

 手が焼けるのもかまわず撃ちまくる。声がかれるまで泣き叫ぶ。ひたすら走って走って走る。完全に狂ったように……。

 何度も何度も、銃口をくわえて引き金を引こうとする。自分の体を刃で傷つける。最高級のワインとダイヤモンドとメイプルリーフ金貨を風呂いっぱいに入れて身を浸してむさぼるように飲み、純粋なヘロインとコカインを致死量ギリギリまで注射する。競馬場で大金を捨て、狂った笑いと共に世界に数本しかないワインのコピーをラッパ飲みしつつよろめき歩く……無限の、空虚な金に炙られて。

 彼を救ったのは間もなく飛ばされた、次の冒険だった……資格だのどうのを考えるひまがない。本をめくりつつ虫垂炎や帝王切開の手術をし、ビタミン剤を与え、ダイナマイトとショベルカーで貯水池を作り、緑肥になる植物を探し……とにかく死にかけた人を一人でも助けるためできることをする、それだけ。三人殺して十人助け試行錯誤で腕を上げ、それでとにかく助かった母子の笑顔に泣き崩れる。

 結局は石もて追われるはめになったが……

 その叫びを自分のことのように経験してしまったミカエル。

 彼女は静かに剣を鞘に収め、AK-74を目の前の、実家の壁の肖像画よりはるかに美しく、普通の人間の五倍はある巨人……おのが心が作った「完璧な勇者」に向けて、ダットサイトで額に光点をあわせて正確に構え、呼吸を整えて引き金を引いた。

 銃声が洞窟に響く。

「どちらが正しかったか、それは答えのある問題ではないのです。ただ、あなたは見ることを選びました……」声と共に、目の前には開いた宝箱、そしてその中に輝くブルーオーブ。

「最初から、この宝玉はあなたの前にあったのですよ」その声がそっと小さくなり、消えていく。

 そこには、ほの明るい洞窟があるだけだった。

 

 帰り道はいかずちの杖とAK-74、剣を適切に使い分け、ほとんど無傷で帰り着いた。

 地上に戻ったミカエルを、ラファエルとガブリエラが嬉しそうに迎えた。

「大丈夫か?今日はゆっくり眠るか」と瓜生が言う。

「バカを言うな。今日一日で、ジパングのヤヨイさんたちみたいな人が、何人か死んでるかもしれないんだ」怒鳴るミカエルに、瓜生は微笑してうなずいた。

 

 

「ロマリアが?」

 補給に立ち寄ったポルトガ港で、思いがけない知らせを受けた。

「ロマリアが魔物の軍団に襲われて、篭城中らしい」

「おれは助けに行きたい」瓜生が一瞬ためらってから言った。「あの国の人々には恩を受けている。死なれたら寝覚めが悪い」

「アリアハンにとっても重要なある意味隣国だ。外交上も救援に行ったほうがいいらしいな」と、ミカエルは不満げに、宿に預けてあった本国からのルーラ便を振って見せた。

 

 ルーラで着いてみると、城の周囲は恐ろしい数の魔物たちに囲まれていた。

「ご無事ですか!」

「おうよく来たな!また王を替わりたくなったなら」

「はい、皆様よくいらっしゃいました」

 相変わらずアンタニウス王はのんきで、カテリナ王女は微笑んでいる。

「それどころじゃ……とにかく壁の上とかで、頑丈な地面がある場に案内してください!掃討します」瓜生の目に、王がふと真面目な光を見せてうなずきかけた。

 そのまま走って梯子や階段をよじ登った、その角の小塔はかなりしっかりしているようだった。

「よし、これなら」

 見渡す限り、地平線まで無数の魔物が吼え猛っている。

 瓜生は壁際に立ち、「後ろにいるやつは横に逃げろ!」と叫ぶとカールグスタフ無反動砲を手にし、フレシェット弾を連発する。気軽に持ち歩ける重さではなく、後方噴射があるため安全に配慮しなければならないが、千本以上の短い鉄矢、フレシェットが百メートル以上の範囲で、ありとあらゆる敵を切り刻む。それから数百メートル離れた敵の集まりにぶっ放した榴弾が、これまた大量の敵をなぎ倒す。

 彼の背後にガブリエラが息を切らせて走り、何かを唱えていた。それもイオラなどとなり、あちこちの敵を攻撃する。

 一息つき、十分な広さがあり安定した角を見つけて「この地面を借りる!」と叫んで人を追い払い、M2重機関銃とMk19グレネードマシンガンを出し、M2の予備銃身を脇に置く。

 ガチャ、ガタ……双方に慣れた手つきでベルトリンクの初弾を装填する。

「ファイア!」

 つぶやきに似た声と共に、凄まじい轟音が流れ出す。

 薄い煙が向かい風にあおられて兵たちを覆う。またガブリエラが、何か呪文を唱えている。

「なんだ、なんだ」

「アリアハンの勇者様が」

 Mk19グレネードマシンガンの、凄まじい爆発の帯が一瞬で黒山の敵だかりにS字の帯を描く。周囲は瞬時に阿鼻叫喚に変わる。

 ひとしきり撃ったらM2重機関銃に移り、これまた死の帯が敵を蹂躙する。

「上空から!」

 ラファエルが叫んだ、数十羽のフラッターバード、スカイドラゴンすら襲ってくる。

「止めなくていい」と叫んだミカエルが、呪文とAK-74で次々と敵を撃墜した。

「みなさん、こちらからも」

 反対側の壁から呼ぶ声、「ここを押して動かしてろ!すぐ止まるが気にするな」叫んだ瓜生がそちらに、ついでにAK-103を乱射しながら走った。そのあともまたガブリエラが追う。

 そちらの壁角にたどり着いてみると、山の斜面から襲ってくるのは膨大なゾンビ・ミイラたちとそれに混じるカニの類……

「くそっ」

 RPG-7を取り出した瓜生が後ろを指差し「この線から離れろ!」叫んでサーモバリック弾をまずぶっ放しそれが巨大な爆炎に変わる。

 それで一息ついて平たい場を確保し、M134ミニガンを据えつけた。発電機をつなげて始動したりと作業に少し手間取りはしたが、動き始めてからの7.62mm×51NATO弾の濃密な嵐は、瞬時に数多くの敵をずたずたに切り刻んでいく。

 ひときわ巨大な、ゾンビ化した暴れサルが瞬時に数十発の弾丸を浴びてほとんどあとかたもなく消えうせる。

 止まったと報告を受けたら反対側の壁まで走り、単に弾切れなのを確認して、素早くM2とMk19に次のベルトリンクを装填、M2の銃身を交換してまた連射を続ける。焚き火のように沸きあがる熱気とうずたかく積もる空薬莢、そして目の前に広がる門前道が瞬時に血の川、骸の山と化す。

「もういい、われらも行くぞ!」

 下から勇ましい声がして、ミカエルが嬉しげにそちらに駆けた。

 見ると美しい板金鎧に身を包んだロマリア王アンタニウス十二世と親衛隊が、カバに似た家畜に乗って突進していく。

 ミカエルも同様に、槍を受け取って敵陣に突っこんだ。

 そしてもう一騎、鎧の騎士が突進していく。

「うわ……」瓜生が呆れることに、アンタニウス十二世は強かった。

 身長の四倍はありそうな巨大な、これまた身長ほどもある穂先のついた槍を自在に振り回し、敵を蹴散らしていく。

 暴れザルを一撃で二匹ずつ両断しつつ死骸の山を乗り越えて中央突破、銃弾の効果が薄いさまようよろいなどをバットでサッカーボールを吹っ飛ばすように蹴散らし、その奥にいた巨大な……人間の三倍はありそうなトロルに襲いかかった。

「無茶だ」瓜生が叫び、M2で狙おうとしたが手を止める。もう危険範囲だ。

 その巨体を、アンタニウス十二世の槍が深く貫く。

 叫びがかなり離れた城壁さえ揺るがす。

 だがまだ動く巨体が引っこ抜いた巨木を振りかぶった、その腕を閃光が断ち落とす!勢いのまま跳んだミカエルが、王のものほどではないが巨大な斧槍を一閃させた。

 もう一人の目立つ騎士がさらに喉を貫いて突き倒した。

「おおう!」

 ここまで響く声と共に、アンタニウス十二世の槍が抜かれて振り上げられ、トロルの頭を叩き割った。ミカエルの斧槍が腹に叩きこまれ、膨大な臓物がぶちまけられる。

「こっち!」

 つい見とれていた瓜生が気づき、彼らを側面から襲おうとしたもう一体の巨獣にM2重機関銃から正確なセミオート射撃を叩きこんだ。M2および三脚の重量と精密な銃身と狙撃銃に等しいフローティングバレル構造、高性能な銃弾は2km以上の距離から人間を狙撃できる。あれほど大きな獲物は瓜生の腕でも逃す気遣いはない。一発で胴体に風穴が開き二発、三発……四発目は必要なかった。

 アンタニウス十二世の巨槍が、感謝を表すように大きく振られる。

 そしてもう一体の、熊に似た巨大な獣を正面から貫く。

 ミカエルも別の主なき鎧を粉砕した。

 それが戦の終わりだった。

「勝鬨を!」

 カテリナ王女の声、つかれきった兵たちの声が天に届く。

「あの王様、強かったんだな……」

 ガブリエラは「知らなかったの?ばかねえ、アリアハンのオルテガとカンダタ、サマンオサのサイモンと並んで、地上最強の戦士の一人なのよ」と肩をすくめた。

「まだまだだな」ミカエルが悔しそうにつぶやいた。

 もう一人の目だった騎士が面頬を下ろすと、そこには王そっくりの若者がいた。ダーマに留学していたという王太子アンタニオ・ヴェノスか。

「助けに来たの、余計だったかもな」瓜生の呟きを、

「でもアリアハンとロマリアの関係としては悪くありませんよ」とラファエルがなぐさめる。

「ありがとうございました、みなさん」

「いえ、なによりもロマリアを守ったのはロマリアの勇敢な戦士たちです!」

 ミカエルの言葉に、トロルの頭蓋の割れた生首をひっかついだアンタニウス十二世は豪放に笑った。

「いやいや、恐るべき術を示してくれた」とアンタニウス十二世がガブリエラと目を合わせ、軽くウィンクして、「偉大なる賢者、バハラタのガブリエラさまの偉大なる力に万歳三唱!」

 ガブリエラがあわてて瓜生に、「余計なこといわないでね、これが騒ぎを最低限にするいい方法なの」と言って群衆に向き合い、魔法使いの帽子を脱ぎ捨てて輝く額冠を示す。

「賢者さま!」

 圧倒的な声がロマリア王宮前広場に響いた。

「これで終わりではない、明日からあの骸を埋めたり死傷者を助けたり、大変な作業が始まる。だが今だけは戦勝に酔おうではないか!」

 王の深い声に、わあああああああ……圧倒的な声に群衆が揺れる。

「なるほど、これじゃ何回気まぐれに譲位して遊んでても問題ないわけだよ」瓜生が苦笑し、野戦病院に向かう。ラファエルも続き、ガブリエラも身軽にそちらに向かった。

 何百人もの怪我人。この世界には回復呪文があるので、瓜生は何人か、止血が必要な人を見つけて、近くの人に圧迫を命じたり、重傷者には止血帯をかけてモルヒネを注射して砂時計を置き、近くの人に砂が落ちたら一度解くよう指示して回る。

「回復呪文があるから、あっちの病人を見てくれるかい?病気には回復呪文が効かないんだ」ガブリエラに言われ、瓜生は身軽にそちらに走った。

 ただしこの世界も、ラリホーを応用した麻酔術が発達しているので、外科手術はかなりできる。瓜生は魔法が効きにくい体質の人に笑気麻酔をかけて外科医に渡したり、手術前後に医師の手や道具、患者の患部周辺を消毒するように指導するばかりだった、と言ってもそれで充分忙しい。

 またどこが悪いのかこの世界の技術水準では予言程度しかわからない人も多いので、石造りの一室を借りて外に発電機を置き、即席のレントゲン室にして何十人か次々と撮影しては現像作業を同時進行でこなしていく。といってもそれは、新手の占い程度にしか思われてはいないが。

 回復呪文が使えるほか三人は当然魔力が尽きるまでやることはいくらでもある。

 そしてレントゲン検査が終わった患者には、一人一人……辛い宣告をすることも多いし、幸い手術で救える患者も多くいる。ガブリエラやラファエルも遠慮なく、呪文を応用して体内の患部だけを殺す魔術医の方法を瓜生に教えてくれた。

 細菌性の伝染病や敗血症と思われる患者にはアレルギー試験をしてからペニシリンを投与する。輸血や輸液で救える患者も多い。

 ロマリアに元々いる医療神官たちが多くを助けたのは当然だが、ミカエルたち四人が救った人数も多かった。

 

「見苦しい姿で申し訳ありません。そして遅ればせながら御礼申し上げます、ハイダーたちの町のために、ロマリアの側からニセアカシアやトマトやトウガラシをお送りくださったことに……特にニセアカシアはかわりになる植物が事実上ないのです。ロマリアとバハラタを最恵国待遇しなければならないでしょうし、どう切り出していいか困っていたのです」

 瓜生が、野戦病院の見舞いに来たカテリナ王女に声をかける。

「配慮の類はこちらがいたします、瓜生様はどうかお考えにならないで。最恵国待遇などこだわる必要はございませんよ。あなたはただ、目の前の人にできる限りの贈り物をする、それだけでも十分なのです。世の辻褄を合わせるのは、わたくしたちがやりますから……第一あの件では、あの町と親しくなり貿易路を保つことは、わがロマリアにとっても大きな得になるのです。その機会をロマリアに譲っていただいたこと、むしろ御礼申し上げなければなりません」

「ありがとうございます。みなさま、ご無事で何よりでした……遅ればせながら」

「ありがとうございます。瓜生様、あなたがいなければ……それに、あなたの功績も世に知らせぬ措置をしてしまいました」

「私は、っ……百人以上は殺しています。トリアージで選別して。転院して完全管理下で、ちゃんとした医者が人工心肺下で手術すれば助かったかもしれない人にも何十人も偽薬とモルヒネだけを処方して。

 セレマティヌス卿の御夫人、リンパ節完全除去にこだわって大量出血……血管の位置は人によって微妙に違うことぐらいわかっていたのに、言い訳は人を生き返らせない……お子さまたちにとって私は仇にほかならぬ。

 名も覚えていない小さい子、血液型不適合で……クロスマッチはしたはずなのに、あれは別の遺伝的な血液症状だったのか……あの母親の恨みと絶望の顔、決して……いや逆にクロスマッチの待ち時間に死んだ人間が何人いる……

 もう少し、もう少し……いや、反省している暇があったら一人でも多く助けなければ……」

 手を見つめて震え、慟哭する瓜生の頭を王女はそっとなで、ガブリエラを見た。

「ラリホー」

 その呪文で、瓜生が倒れて眠りにつく。

「すべてわたくしたちが背負います。あなたはただ……充分なのです」

 ガブリエラが首を振った。

「いつもミカエラに無茶するな無茶するなって言ってて、こういうところじゃ」

「記録を見れば、あのような戦場の怪我人で助けられるのはよくて五人に一人。ですが、この方がいらしただけで十人に九人が助かるなんて」カテリナ王女も憔悴した表情だった。

「それだけじゃない。間違いなく、それからあいつが変な部屋に連れ込んで占って半分ほどは手術して、一人か二人死んだかもしれないけど、間違いなくそれで何十人も近く死ぬはずなのが助かってる」

 カテリナ王女とガブリエラが悲しげに瓜生を見下ろした。

 丸四日……全身患者たちの血と膿にまみれては上着を使い捨て、戦場そのものの不潔な匂いと、繰り返し頭から浴びた酒の匂いが漂っている。

 丸半日寝込んで、気がついたときには全身清潔に洗われ香油を塗られ、清潔な衣類に包まれていた。

 だが、すぐに瓜生は消毒した服に着替え、また野戦病院に飛び出す。疲労はほとんど消えていない。

「遅いぞ!」ベホイミを連発し、もう魔力切れでくたばっていたミカエルが声をかけ、そのまま寝室に引き上げた。薬で無理に寝て魔力を回復させるのを繰り返す……体には負担になる。

「すまん!これで一体また何人死んだのか……」また、瓜生の視線がある種の狂気を帯びる。

 結局は半月ばかり病院にかかりきっていたが、どれだけ頑張ってもきりがない、四人でロマリア全土の患者を引き受けるわけにはいかない、とミカエルが決断し、瓜生をラリホーで眠らせたまま強引に船にかつぎこみ、出港した。

 それでも瓜生は、何通も手紙をラファエルに口述し、薬をつけてロマリアにルーラ便で送り届け続けた。

 

「テドンに行きたいんだ。この鍵もあるしね」というガブリエラの言葉に、そのままネクロゴンド大陸を大きく南下した。

 ガブリエラは相変わらず船酔いでくたばっているし、瓜生も野戦病院の疲労が抜けておらず、睡眠が不規則になっている。

 そしてミカエルは何かに打たれたような感じがあり、ラファエルが一人いつもどおり帆を整え、船外機を整備していた。

 眠るために上陸したとき、ミカエルがしばらく考えていたが、ふっと言った。

「ウリエル。本当は穴を掘るほうが、剣を抜くよりいいのか?」

 瓜生はびっくりした。

「銃、そして榴弾がある世界では、とにかく歩兵の仕事は穴掘りなんだ。穴と土手と鉄条網だけが鎧なんだ、まあボディーアーマーもあるけど気休めさ」

「魔物相手でも、それは有効なのでしょうか」ラファエルの問いにガブリエラが、少し考えて答える。

「炎とか吹雪とか、大抵の呪文は確かにしっかりした穴にもぐっていれば、大地というガードがほぼ相殺してくれる。竜とかの炎の吐息も防げるね、やったことがある人が少ないけど。

 ただ、死の呪文には意味がないし、風の呪文でも穴を崩されて埋められちまう。それにかなり高い土手じゃないと蹄のある獣には乗り越えられちまうし、空を飛ぶ魔物に上から襲われたらどうしようもないね。うまく行くときといかないときがあると思うよ」

「なら、実際試してやってみよう」と、船の備品倉庫にあったシャベルとツルハシを四人に配った。

 それから出てきた魔物相手に、土を掘って土手に隠れる戦法を何度か使ってみた。

 瓜生が穴を掘り、そこからAK-103で狙撃する素早さには三人とも目を見張り、同じく銃を持っているミカエルも必死で競争していた。普段山刀として使っている刃物は、厚く鋭いシャベルとして地面を掘るときに真価を発揮する。

「せっかく盾があるんだからそれも利用しろ」と言われ、ロマリアで最後の鍵を用いて手に入れた強力な盾を土手の一部として使って、その裏から射撃してみる。

「なるほどな、確かにこれは恐ろしく強力だ。特に多数の魔物に、遠距離から襲われた場合には」ミカエルが感心する。

「うまくいくときといかないときがある。経験だな」

「わざわざ穴を掘らなくたって、地形を活かしてちょっと盾を並べてみるだけで、敵の攻撃から隠れて撃つことはできるだろ?」ガブリエラが言った。もう賢者だと身分を示している彼女も、大きな盾を持っている。

「さっきおっしゃっていた鉄条網というのは?」ラファエルの言葉に、瓜生は少し不快そうな表情をして、恐ろしく重く大きな樽のような塊を出した。

「ここを、鋭いから気をつけてつかんで、引っ張ると」と延々と歩く。

 その後ろに、ぐるぐると長い針金が伸びていき、らせん状に自立する。

「慎重に、慎重に近づいてみろ」

 瓜生がそこらの太い草を抜き、その茎でそっとそれをなでたら、茎はずたずたに切り裂かれた。

「す、すべて恐ろしく鋭利な刃の柵」ラファエルが触れてみて、恐怖に顔を引きつらせた。

「性格の悪い金持ちの泥棒よけにゃ理想的かねえ」ガブリエラが吐きそうな表情で言う。

「まともなワイヤーカッターじゃ切れない鋼帯、爆薬で吹っ飛ばすしかない……実戦じゃ、大抵誰か勇者が上におっかぶさってその上を踏んでいくんだよ」瓜生がやれやれといった表情で言い放つ。

「近くから魔物が出てくる実戦では使えないな。でも、村とかを守るには役に立つかもしれない」ミカエルがぞっとした表情でうなずく。

「土手をこいつで守ってさらに踏んだら爆発する爆薬を仕掛け、その後ろに穴か、できれば溝を掘る。そして機関銃と迫撃砲で中から撃ちまくる……弾薬と替え銃身が十分あってしっかりした防御壕を作れば、まあ獣に乗って槍を構えて襲ってくる鎧武者がどれだけいても皆殺しにできる。熊の魔物だって多分同じさ」

 瓜生の言葉に、三人とも背筋が寒くなった。

「少し練習してみよう。ちょっとここに、浅くていいから穴を掘って」と言った瓜生が、そのままレーザーワイヤー(カミソリ鉄条網)を引っ張って、二十メートル四方ほどの地域を大きなC型に覆った。Cの空いた隙間に、いくつか穴を掘っては何か埋めていく。

 その間に適当に穴を掘っていたほか三人が、魔物に気がついて警告した。

「おい!」

「今行く!」瓜生が突っ走って土手のふもとに何かを放り、そのまま穴に飛び込んだ。

 穴と言っても瓜生が言ったとおり、地面の凹凸を活かして三畳ほどほんの30cm程度掘り下げ、周囲に掘った土を放っただけ。わずかな時間でできる限りだ。

「おい、しゃれにならない数だぞ」ミカエルが数える。タフな動く死体、巨大な角を持つ巨獣、そして前に瓜生が焼かれたほうきに乗った魔女……

「魔物は何かを作ろうとしている人は積極的に襲うとか言われますね」ラファエルが首を振る。

「頭を上げるな!ミカエル、銃を構えろ。ボルトを引いて初弾装填、伏せ撃ちだ」

 ミカエルが声を上げてそうする。

「おれが撃った標的を銃撃しろ。フルオートで、短く引き金を動かすんだ」

 瓜生が言って、AK-103で魔女たちを次々と狙撃していく。

 遠距離から炎の帯が次々と走るが、ほんの二十センチかそこらの土手と、その上に立てた盾がほとんど防ぐ。

「すごい」ラファエルが驚いた。

「飛ぶ敵には攻撃呪文を頼む」瓜生がいい、まず突進してくる腐った死体の群れにショットガングレネードを撃ちこみ、吹き飛ばす。

 さらにそこに、ミカエルの一連射が注がれる。

「きます!」ラファエルが立ち上がろうとするが、瓜生が引きずり倒す、その頭だけがベギラマに焼かれる。

「伏せてろ。何があっても頭を上げるな、頭を上げずに戦い続けるんだ」

「くる」ガブリエラが息を呑む中、どっと獣が押し寄せる。最初の一匹はレーザーワイヤーに足を取られ、そのまま全身を切り刻まれて絶叫を上げて暴れまくった。

 瓜生がスラッグを二発叩き込んだのは、むしろ情けと言ってよかった。その上を雷の杖からほとばしる火線がえぐる。

「骸が」ラファエルが指差した、鉄条網の隙間からシャーマンに率いられた腐った死体が数十人押し寄せ、なだれこもうとしてくる。

「頭を下げろ!3、2、1」瓜生のカウントダウン……彼が何もしなくても、強烈な爆音、爆風が伏せている四人の上を飛びぬけた。

「な、何が」

「地下からの爆発。踏むと爆発して、少なくとも足は吹き飛ばす」

 まさにひとたまりもない。無数の肉塊がかすかにうごめくのみ。

「ぼーっとするな、そこを撃て!」瓜生が叫んでAKの弾倉の残りを撃ちつくし、素早く交換する。

「次だ!」またレーザーワイヤーに突っこんではもがく獣に、次々と二方向からの銃撃がふりかかり、とどめを刺していく。

 痛覚のない主なき鎧も腐った死体も、レーザーワイヤーの凄まじい引っ張り強度と棘に足を取られ、絡まって動けなくなる、そこに容赦なく近ければ手榴弾、遠ければショットシェルグレネードが撃ちこまれ、爆圧に姿を失う。

「きりがない、何とか出るぞ」ミカエルが言って立ち上がろうとし、盾がベギラマに焼かれる。

「よし。こっちだ」と、瓜生はショットガングレネードを崖沿いの方向に連射し、そちらに向かって素早く走る……銃ではなく、背中にまとめている毛布を持って。

「おれを踏め!」叫んで、グレネードの爆発で飛び散った、無数のかみそり刃の山に毛布を広げて覆いかぶさる。

「早く!」瓜生の叫びに、最初にミカエルが動いた。その背を踏んで大きく跳ぶ。

「来い!」ミカエルの叫びにラファエルとガブリエラも動く。踏まれた瓜生はうめくが、そのまま立ち上がってまたショットガングレネードを背後の岩にぶつけて爆発させ、また別の方向に手榴弾を投げた。

「爆発!」

 ガブリエラが即座に唱えたイオラで、四人は爆圧から守られるが、追おうとした腐った死体は瞬時に崩れ去る。

 そのまま素早く移動。だがまだ、魔女がベギラマを唱えようとする、

「伏せるんだ!窪地でも岩でも木でも」瓜生が叫ぶ。

 ミカエルとガブリエラが伏せ、ラファエルは瓜生に走りよってベホマをかけた。

「助かる」かなりの傷を負っている瓜生も後ろを向きつつ伏せ、AK-103を連射する。

「今のうちに立って思い切り走って隠れられる場所を探して伏せろ」瓜生の叫びに、三人が従った。

「そのまま伏せ撃ちしてくれ」瓜生がミカエルに言うと、すばやく立って走り、また伏せた。

「これを繰り返して後退するんだ。前進も同じだ。これしかないんだよ、向こうも銃や榴弾砲を撃ってくる場合には」瓜生が怒鳴って放った銃弾が最後の魔女を叩き落した。

「これが、あなたの世界の戦い方なのですか」ラファエルが呆然としていった。

「確かに、伏せられただけで当たらなくなるのはわかるよ。でも上から相手を追尾する火球や稲妻や死には関係ない」とガブリエラ。

「まだぜんぜんさわりだよ。本格的な塹壕戦どころか、榴弾砲や迫撃砲、機関銃さえろくに使ってない。そのはるか先に電撃戦とエアランドバトルがある」

 瓜生が肩をすくめ、ポケットから何かを取り出して、ボタンを押した。逃げた地域全域が爆発し、爆風が四人を吹き倒そうとする。

「何を?」ラファエルがびくっとする。

「レーザーワイヤーと地雷の上にデトネーションコード(導爆線)も引いておいたんだ。地雷の不発もあるかもしれないし、あんな危ないの残しとくのはよくないからね……あとは土地に、いい鉄と窒素の肥料になるだろうさ」瓜生がにっこり笑う。

「さて、輝石だけでも回収してみるか。まったく派手にやりすぎだ」ミカエルの口調は穏やかだった。

「ちゃんと靴は分厚いだろうな。気をつけろよ」

 

 テドン。嵐の岬から数日森を抜け、今はこの地に住んでいた人々と分かる腐った死体を手榴弾で弔いつつたどりつく。

 ついたのは昼だった。無残な廃墟は変わらない、前に来たときから何も。ただ腐り、大地に帰ろうとしている。

 歩き回るガブリエラに、みんな黙って従った。

 そして、ガブリエラは崩れた牢の前に立ち、じっと朽ちかけた白骨を見つめていた。

 町の入り口まで戻り、「ラナルータ」その唇から漏れる呪文。空が静かに夜に包まれる。

 瓜生は衝撃に口もきけなかった。

 また、前と変わらない人々のさざめき。子供の笑い声。店を冷やかす酔っ払いのドラ声。

「ガブリエラ!大きくなったねえ」

「オルテガはどうしたい?姫さまは?カンダタは?」

「ハイダーの坊やももう一人前になったのかい!」

 町の人々と普通に話しながら、ガブリエラはふらふらと、酔ったように決まった道を歩く。

 牢。閉ざされた鉄格子、錆びた錠前にも、ミカエルの持つ鍵は一瞬液化し、錠前に染みこんで動かす。

 押し開いた、そこにいた青年が、やつれた顔を輝かせた。

「あなたが……勇者」

 ミカエルが無言でその顔を見つめる。

「勇者かどうかは知らない。でも、バラモスの首をはねにいく」

「それで充分です。これを」

 青年が、輝くオーブを懐から取り出し、ミカエルに渡した。

「確かに受け取った」

 うなずくミカエル。

「よかった……ガブリエラ、ついに渡せたよ」

 ガブリエラは無言で泣き崩れそうになり、大声で笑った。

「笑おう、歌おう!」

 瓜生が無理やり顔を笑顔に変え、歌いだした。彼が知る歌、ここで学んだ歌、次々と。

 ガブリエラが踊り出す。

 町の皆も集まり、時ならぬ祭りが始まった。

 踊り、思い思いの楽器を演奏し、歌い、飲み食う。

 時よ止まれ。止まってしまった街を歌え。終わらない時。歌え、歌え、歌え……

 そして、朝日がさした……人々は煙のように消える。

 牢の中の青年も、足かせのままガブリエラと手を取りあい、そのまま煙と化して消えていった。

 床に転がっていた白骨のはずが、それも白い砂と消えていく。

 壁には、「生きているうちにオーブを渡せてよかった」という文字が鮮血で刻まれていた。

 聞こうとも思わなかった、その男とガブリエラの関係は何なのか。彼はなぜ投獄され、オーブを持っていたのか。

「あたしは、この村の生まれなんだよ。小さい頃、双子で生まれたからって隊商やってたハイダーのおやっさんに預けられて、それからは時々帰るだけだったけど。ずっと、オルテガやカンダタとも旅をしてたこともあった」

 ガブリエラが静かに涙を流しながら、笑顔で踊りながら話す。

「仇は」

 ミカエルが言おうとした、それを激しい踊り……まるで人に使われる人形のようにギクシャクした動きで叩きつける。

「かえってこないよ!だれも。兄さんも、母さんも、父さんも。ウリエル!」

「え」

「行くよ。ダーマに」

 その迫力に、なんとなくうなずいてしまった。その瞬間、ガブリエラがルーラを唱え、そのまま彼らはバハラタまで飛んだ。

「いいのか、あの村……せめて、炎で」瓜生が言うが、ガブリエラは激しく首を振った。

「やめとくれ!放っておけばいいんだよ、全てが大地に帰るまで。もう用はない、二度と行かない。幻と話してもなんにもならない」

「ガブリエラ!」ミカエルとラファエルが彼女の手をとる。

「忘れないよ。あの歌」ガブリエラが涙を流しながら瓜生を見た。

 

「瓜生様!」「ミカエル様!」バハラタの門前、彼らの姿を認めたジパングからの民が嬉しげに声をかけた。

「みなさん元気でしたか?」瓜生が丁寧に挨拶する。

「おかげさまで、ありがとうございました。水田もよく実っています」

 その言葉に瓜生の頬がほころぶ。

「魔物の襲撃はないか?」ミカエルも聞く。

「だいじょうぶです。バハラタのみなさまもよくしてくださっています。ロマリアの仲間たちも守っていただいたそうで、あらためてなんとお礼を申し上げても足りません」

「いや、勇者として当然のことをしただけだ」ミカエルがぶすっと答える。

 

「ミカエルさま!」グプタ夫婦が飛び出してきた。「ロマリアでのご活躍はうかがいましたよ。ガブリエラさまも」

 ミカエルは憮然として白い目で瓜生を見ている。

「お、産まれたんだね」ガブリエラがタニアの抱えていたものに気づいた。

「はい、これもすべてミカエル様たちのおかげです」とタニアは涙にむせぶ。

「よかったよかった」

「ミカエル様!ウリエルさま」引退したガネーシャ老が降りてきた。

「お久しぶりです。ジパングの件では大変に御恩を受けてしまいました」

 瓜生が頭を下げ、握手する。

「いえいえ、ジパングの黄金、本当に素晴らしいものです。豆腐や納豆、塗り木の椀や箱、良質の紙など大もうけいたしましたよ」

「そううかがってほっとしました」

 

「ダーマへ?」ガネーシャが奇妙な笑みを浮かべた。

「ああ、いろいろあってまだ行ってなかったんだ。あと、ロマリアでの騒ぎであたしが賢者だってばれちまってね、それに前からダーマにはこいつらを連れて来いって言われてた」

 ガネーシャがかすかに眉を動かす。

「なるほど、そういうことで……ではこちらからも一筆」

「もちろん最初からそのつもりだったさ」ガブリエラが豪放に笑う。

「それにしても、思い出しますよ。あなたさまがまだ小さな遊び人で、オルテガさまと先代のハイダーに連れられてこちらにいらしたときのこと」

「そんなこともあったね。小さい頃は結構こっちでも暮らしてたんだよね、考えてみたら」

 なぜかガブリエラとガネーシャの間で昔話が盛り上がってしまった。

 

 そして身を安め、聖なる河で身を清めてから、四人は沿岸航海でダーマへ向かった。大河とも思える深い湾、上から覆いかぶさるような大山脈がはるか遠くに見える。

 湾の奥、神聖な雰囲気の、城に近い巨大な神殿が見えてくる。

 帆を頼りに港につけ、宿で休んで特にガブリエラの体調を整えて、ガブリエラを先頭に神殿に向かった。

 ミカエルからは恐ろしく警戒した、それこそ魔物の巣に斬りこむような感じが伝わってくる。

「どうしたんだ?」と瓜生が聞いた。それにミカエルは一瞬激昂しかけ、そして呆れたようにささやいた、「ここはこの世界の知の総本山だぞ?おまえよく平気な顔してられるな。あたしもおまえも殺されるかもしれないんだぞ。おまえは異界からの魔物、あたしは偽勇者として」

「そりゃまあそれだけのことはやってるよな。それに元の世界の法でも医師法違反に薬事法違反に麻薬取締法違反、銃刀法違反に爆発物取締法違反……はは、何十年だろう。それに医師免許があったとしても絶対剥奪されること何度もやってるし、ヒポクラテスの誓いだって破りまくってる」瓜生はくすくす笑った。

「殺させやしないよ、二人とも」ガブリエラがはっきり言う。

「わたくしも、世界の全てを敵にするともお二人とともに」ラファエルが拳を打ち合わせて誓った。

 

 広い神殿。その奥には別の何かがあり、そこに何人もの、旅汚れた人が訪れていた。

 人と話すと、そこで職業を変えて出直すことができるという。

「職安?」瓜生が首をかしげた。

「商人から僧侶になったりとか、そんなもんさ」ガブリエラがふんと鼻を鳴らした。

「まだそんな用はないだろ?あたしはもう賢者だし勇者は転職できない。ラファエル、あんたは?」

「まだ、少なくともフバーハ・ベホマラー・ザオリクを覚えるまでは転職してもなんにもなりません。そのときにはまた来るつもりです」

「だね。じゃ、こっちにおいで……普通の人には縁のない、ダーマの奥の院さ」ガブリエラが壁に手を当てると、壁がふっと透けて実体を失い、四人を飲みこんだ。

 

 そこには、十人の深いフードをかぶった人がいた。等間隔に見えるが、ちょうど二人分の場所が開いている。

 背格好もまちまちで顔も見えない。

「アリアハンのラファエル、そなたのことはよく知っている」

 誰かが言う。

「ランシールでの修行に欠くることなし、ただ推挙を断ったことが知れる」

「戒律を破ることなし。アリアハンでの秀才天下に響く」

「王家の血を誇らず、野心なし」

「旅においても幾人もの心のために深く祈り、光を与う」

「心に家族を深く思えど、ミカエルを思うがゆえ帰らず」

「ロマリアでも医業確かにして、多くの人を救う」

「アリアハン王の信任も厚く、政務外交には心なけれどそれまた賢か」

「心正しく、ミカエラを救わんとの執着のみ愚か」

「修行なるまで、そしてミカエラがおのれをさらすまでは退くがよい」

 と、別の一人が道を空ける。

「バハラタのガブリエラ。われらが仲間、勇者の後を追える者よ。報告せよ」

 別の誰かが言う。

「旅の目的は?」「バラモスを倒すこと。アリアハン同盟の復活は夢と王は理解しているが、国そのものは夢捨てきれず」

「オルテガはいずこ?」「アリアハンに火口に消えたと伝えられるのみ。世界各地に一人旅の足跡あり」

「盗賊ギルドは今」「カンダタによる、サマンオサとの戦いに協力。闇のみでは闇はありえぬゆえ」

「魔の動きは」「水面下、ジパングの女王その面奪われしことわが目に」

「新しい街は」「異界の知識により豊か、されど波乱あらん」

「ラファエルは」「誰よりも頼れる仲間。語らず背負う」

「ガブリエラは」「オルテガの使命を継ぐ者に従うは家族のために戦うと同じ」

「瓜生は」一瞬のためらいもなく、「異界より来たりしもの。非戦闘員の虐殺・強姦・拷問は拒むと誓う。己が罪と愚かしさを知る」

「ミカエルは」「囚われし光!」

 言い放ち、すっと空いた隙間の一つに滑りこみ、目に見えぬ従僕から深いフードのついた服を受け取ってかぶった。

 そしてガブリエラから言い出す。

「アリアハンのミカエル。父を知らず追う者」

「故郷では偽勇者、盗賊の子、不倫の子」

「ロマリア・ノアニール・ジパングの救世主」

「ネクロゴンド王女の娘」

「カンダタと戦い、勝つ」

「魔法剣を使うが身を焼く。ただし、オルテガの弟カンダタの子であっても使えて不思議はない」

「故郷の罪、妹殺し」

「適地に商人を送り、アリアハンの威光を用いて町を作る」

「ジパングの民の移住にもアリアハンの威光を使う」

「異界の者を仲間とし、その行いを止めず」

「その剣に迷いあり、されど鋭さ後生恐るべし。神も魔も殺す者なり」

 そのまま沈黙が広がる。

「バラモス討つべきや?」

「迷いある剣、誘惑に落ちれば禍とならんや」

「世の人の賞賛、風に翻れば天下の禍とならん」

「世を恨めば魔王とならん」

「勇者魔王を倒すが世の希望」

「希望崩れし時は」

「予言あり、この娘この大地との縁薄し。行きて帰る」

「その後の予言なし」

「魔王を倒すは世の異常項」

「大穴をふさぐ者」

 そのまま多くの言葉が高速で入り乱れ、わんわんとその場をかき乱す。

 その言葉自体が、一つの呪文になった……そう気づく間もなく、ミカエルが頭を抱えた。

 そして崩れそうになるが、痛みをこらえて顔を上げ、「黙れえっ!」上げた大音声が全てを吹き飛ばした。

「魔も神も竜も殺し得るもの。勇者の咆哮」

「今しばらく見守らん」

 と、ガブリエラがミカエルを連れ出した。

 最後に残された、瓜生。

「そなたは何者か」「異界から来ました。時々あちこちに飛ばされるのです……いや、私の言葉など本当に聞いてはいない、あなた方がすでに決めた、考え決めるのは私ではなく偉い人だ、と言うならご勝手に」

「いずこから来た?」「根本的には、確かSSCが中止されたから1兆電子ボルト弱までしか知られてないですね。あとは……詳しく聞きたいですか?まあ、こっちを読んだほうが早いと思いますよ」と、瓜生は手を振ると、その足元に数十冊の分厚く大きな本が積み上げられた。「大英百科事典日本語版。ロゼッタストーンが必要でしょうか?なら」と、今度は小さめの本を取り出す。「国語辞典と文法の教科書、口で読み上げますので口述筆記すれば、ロゼッタストーンになるはずです」と言ったが誰も答えない。

「何が望みか」「目的を果たし、帰ることです。どうやらミカエラの旅に従うのが使命。この旅が終わるまで、彼女の剣です」

「そなたは善か悪か」「あえて言います……知ったことか。人としては悪。しかし、私は自分がしたことの結果を読めません。

 私の世界にこのような話があります……医者がいました。当時としては世界最高の知と腕と人格。アメリカ独立宣言にも署名しています。

 フィラデルフィアという町が伝染病で全滅に瀕しました。患者たちは家族にも見捨てられ、誰もが逃げた町で寂しく死ぬのみでした。その医者は町にとどまり、死を待つ人々を全力で励まし、治療し続けました。それは聖人の行い、善行のはずです。

 しかし、今の知識で彼の行いを見ればわかっています……彼は瀉血、人の血管を切り血を流させる以外の治療法を知らず、そんなことをするより放置したほうが助かった人は多かったでしょう。

 でも彼の時代の、彼が連絡を取れるどこの大学の医者に聞いても、瀉血以外の治療法を知る人などいません。当時の医学水準ではそれが正しいとされていたのです。

 私がした事もそれと同じである可能性は充分にあります……ただ、私が用いた薬の多くは、多数の人間を二つに分けて一方に試すべき薬、もう一方には同じ色と形のただの穀物粉を与え、患者も与える医者もどちらが偽薬か知らない試験で試されてはいます。ですがその試験では症状・生命しか測定できません、何かもっと重要なのを失っているかも。それどころかこの世界の人間の生理病理が完全に私の世界と一致しているかも、私は知らないのです。

 また、私の世界は、何人かの素晴らしい医学者の発見によって支えられています……伝染病をなくす医術によって。具体的な説明はあえてしませんが、聞きたければ」しばらく待つが、誰も答えない。「まあ聞かないほうが賢明かもしれません。でもそのため、私の世界は今世界全体の大きさと比べても人口が多すぎ、よほどの幸運がなければそのために滅びるでしょう。その医学者たちは善でしょうか悪でしょうか?彼らは百億を救い、そして百億の餓死の原因となるかもしれないのです」

「なぜ、恐るべき結果があるかも知れぬとわかって人を助ける?」「言ったでしょう。わが子が聖人となるか殺人者となるか、わかる親がいますか?」

「なぜこの世界を滅ぼさぬ?」「そんなことをする理由はないですし、虐殺はしたくないのです」

「なぜ一つの町に、惜しみなく知と力を注ぐ?」「喜んでもらえるのが嬉しいからですね。そして、木を切りつくして滅びるのはもう見たくないんです」

「そなたはおのれを知るや?」「知りませんし、精神分析はきりがないのでもうやめました。科学的には、まあビッグバンのほんのちょっと経って以降は最初の生命の誕生以外言葉ではいえますし、本出してよければ数学的にも、私の世界で実験すれば検証できる証拠も説明できますが聞きたいですか?」

「ミカエルは勇者か?」「勇者ってなんですか?要するに上意討ちと国威発揚英雄と神話がごっちゃになったんでしょう……まあ、とんでもない化物にビビったときは彼女の叫びのおかげで体が動きました。あれが勇者でいいんでしょうか?」

「バラモスは?」「会ったことがないので知りません。会ったら話してみます、話を聞かずに襲ってきたら殺します」

「愚か者!」賢者の叫びに、瓜生は肩をすくめるだけだったが、その目には深く傷ついた色がはっきり浮かんでいた。

「修行してくるがよい。ガルナの塔で」

「悟るがよい」

「知を誇る愚者」

「力を使いこなさんとあがく者」

「狭い世界の経験を全てとし、剣に嫌われたと嘆く者」

「殺し屋の心で医を行い、医の冷たさで殺す者」

「日本人でありながら日本を憎む者、人でありながら人を憎む者」

 そのまま四人とも、門から放り出される。

 

 神殿から北上すると、湖にまるく突き出た半島に大きな塔があった。

「ここがガルナの塔だよ」

「悪いな、みんなつきあわせて」

「いや、みんなも一度ここで修行しといたほうがいいのさ」

 塔には魔物も出ることは出る。だが中には何人もの修行者もおり、彼らはさまざまな忠告をくれた。

 対称性は高いが複雑な塔。特に塔内をつなぐ旅の扉が厄介で、方向感覚も位置感覚も狂う。

「いっそきっちり測るか」と、瓜生が室内用の小型レーザーレンジファインダーを取り出し、それで方眼紙にマッピングを始めた。

「そういうさかしらがある限り解けないようになってんのよ、この塔は」ガブリエラが言う。

「じゃあどうしろと?」

「そんなこと言ってる限り、この塔は解けないよ」と、哀れむように微笑した。

 確かに、綿密に測っていくとデータがとことん矛盾する。

「まさか」と、瓜生が別の計算を始めた。「何……次元なんだ、この塔は。いや、少なくとも線形代数の延長にある幾何学では……」

 調べれば調べるほど、考えれば考えるほどわからなくなる。

「単におれの数学の知識が全然足りないんだろう」と言いながら、長さや角度を測っては計算を繰り返す。「ありえない、こんな時空が湾曲していたら、それは生きられないほどの重力と感じるはずだ……三角形の内角の和が145度だなんて。こっちではまたそれも」

 ミカエルは黙って瓜生に従って彷徨う。同じところを繰り返し歩き、時々食事やトイレ。

 空から襲ってくるスカイドラゴンをAK-103と74の弾幕が穴だらけにし、吐く炎も盾で防ぐ。

 そして、全ての部屋を調べつくしても、まだ何かが足りない感じがする。だが何を求めているのかもわからない。だがまだ行っていない部屋がないことははっきりわかる。

「ほかに考えられないな。だが、ここではレンジファインダーも信頼できないようだが……まあやってみても損はないだろう」と、最上階と離れた別の塔を結ぶロープを伝い、途中から飛びおりて、ガブリエラの呪文で減速して着地する。

 それから少し調べると、宝箱が見つかった。

「これか?」

 ミカエルが、指程度の巻物を瓜生に渡す。

「おれでいいのか?賢者って言葉は、むしろラファエルのほうがふさわしいと思うんだが」と瓜生がそれをラファエルに渡そうとしたが、彼は拒んだ。

「ありがとうございます、ただわたしには、今の修行が成ったらなるべき別の職があります。前におっしゃられたことをお返ししますよ、あなたが賢者となることが、わたしたちにとっては最も戦力を増すのです」

 そして塔からリレミトで抜け、ルーラでダーマに帰って、中央の祭壇に瓜生が立った。

「賢者に転職したいと申すか?」そう聞かれた瓜生は、その書を捧げた。

「では、それを口にするがよい。それは口には蜜のように甘いが、腹には苦いであろう」

 その言葉通り、巻物をただ口にする……口には蜜のように甘い、だが腹が苦くなる。苦い、それを通り越したもの。

 目の端に、ミカエルが駆け寄ろうとするのが見えた。

 きた。

 全知が。瓜生自身の世界も含む、すべての情報が。すべての真理が。

 日本国立国会図書館、アメリカ議会図書館……それどころか焼け失せたアレクサンドリア大図書館も、大航海時代に破壊されたインカやアステカはじめすべての情報も。インターネットの全情報も。万物の理論、THEORY OF EVERYTHINGはおろか、数学のすべてすら含めて。それら人間の情報など大河の一滴にすぎない、ありとあらゆる世界のあらゆる情報。

 人間より圧倒的に高い知性や、桁外れの能力を持つ無限に多くの存在に触れる。

 さらに釈迦牟尼が、モーセが、エゼキエルが、イエスが、ムハンマドが一瞬見た、言語や思考を絶する存在も見た……それに比べれば、言葉にできる情報など無限小だ。

 瓜生の脳も体も魂も、瞬時に砕けた。それは海を傾けて巨大なじょうごで口に流しこむようなもの、もう入らないなどと叫ぶ余裕すらない。水力発電所の高圧水流にさしかけたゴム風船と同じ、滝の中に小さな爆竹が弾けるように、流れの中見えないほど小さく弾けるだけ。

 それから、圧倒的な言葉を絶するものが瓜生を再生するのがわかる。全知すら、全宇宙すら宇宙の中での小川にすら見えないほどスケールが違うとてつもないもの、言葉にはできないがあえていえば織られた布のような、三次元の分厚いフェルトのような、秩序と混沌の境界。

 その小さな編み目の一つに、瓜生の魂が、肉体が、脳と記憶が織り直される。一度触れた全知全能が瞬時に消えていく……瓜生はそれにしがみつくことはなかった。

 それではじめて悟る。魔法を使うというのがどういうことか。ミカエルが、ガブリエラが、ラファエルが、それぞれ何をしていたか。多くの世界それ自体を織りなすものの織り目に干渉し、わずかに模様を変えて、それでいて美しさが変わらないように編み直す。別の言葉で表現すれば、より高みにある神の類との交渉とも言える。コンピューターのプログラミングにも似ている……織り目の一部である魂のある部分を使って。

 なぜ瓜生の世界の人間は魔法を使えないのか。彼の世界で、多くの人たちが様々な修行をして魔法を使おうとしているのがどれほど愚かしいことかもわかる……別世界からの打撃で魂ぐるみ粉砕されなければ絶対に使えない、こちらから別世界に働きかけることは絶対にできない。それほど魔法を使うという事から、瓜生の世界は外れ……保護されているのだ。

 それを言葉にすることはできない。他人に伝えることはできない。自分でも理解することなどできない。ただ常人と同じく寿命まで生き続けるだけだ。

 はっきり分かること……瓜生の魂の質は、同じ体験をした宗教の開祖たちとはまったく違う。器ではない……一度砕け狂って、そして再構成されたのだ。ただし、彼は彼自身の世界にも、それに触れたが再構成され、また宗教の教祖になったりすることもなく、隠れて平凡に生涯を送った者も多くはないがいることも知った……無論、狂い砕けたままの人もそれ以上に多く。

 再生された彼も、できることはごく限られている……あえていえば、人間に使える程度の魔法が修行次第で使え、それまで通り瓜生の世界の軍需品や商品を手元に『出す』ことができるだけで、それまでの彼とまったく変わらないと言っていい。悟りとは人間の言葉で言えるものではない、変化したとも言えないし変化していないとも言えない、時間を超越しその後の人生すべてで繰り返されることなのだ。

 また自分がどれほど愚かだったかも分かる、科学による知も、そして瓜生の世界で知られている霊的な言葉の知も、それも全知のどれほどわずかな一部、無限小でしかないのか。それどころか、瓜生自身が瓜生の世界で知られていることの、どれほどわずかしか知らなかったかも……科学的にも、人としても、他者の感情も人間社会のしくみも、宗教や神話に詰まった智恵も。

 ガブリエラがなぜ賢者なのかもわかる。遊び人として、歌舞音曲そして売春で、また常人には及びもつかぬほど多くの経験で幾度も耕され、砕かれた魂と肉体が、高位に至ったときに賢しらを捨て、自我を捨ててそれにつながることが可能になった、とも。

 賢者。

 気がついたとき、ミカエルの蹴った足はまだ地を離れていなかった。

 ほんの一瞬、いや時間としてはゼロ。

「ウリエル!」ミカエルの叫びを、手を挙げて押しとどめる。

「新たなる賢者の誕生を!」長老が瓜生の額に、小さく輝く宝石……に見せかけた、金属に似た説明できない素材でできた額冠をつけた。

 そして小さな、静かな祭りが始まる。

 

 

 ガブリエラがダーマに届いていた知らせを受け、ポルトガで傾船修理をしてからダーマ北の巨大な森林地帯に向かうことになった。

 ついでに、ハイダーが作っている例の街にも、バハラタからの手紙を抱えて寄ることにする。

 

 街はもうかなり大きくなっていた。

 町の西側は大きな川と海、上流から流れ下る丸太のいかだが岸壁に並び、港にはいくつもの桟橋に船が着き、また新しい桟橋が槌音高く作られている。

 東側は広く森が伐採され、それも瓜生が命じたとおりところどころに森を残しながら、広い農地になっている。そこではスーから入手し、瓜生がひそかに最新の改良種を混ぜたヒマワリが今を盛りと咲いていた。

 その半分ほどはジパング式の水田であり、見事な実りが穂を垂らしていた。

 東の岩山に通じる主な川とは別に、大きく流路を変えたきわめて急な川が上水道を兼ねて街を貫いており、そこにはいくつも大きな水車が並んでいる。

 そのいくつかには、高い煙突が備えられており、煙を高く吹き上げていた。

 北側の山には高い登り窯があり、それも煙を出している。

 南側はいくつかの貯水池が並び、その向こうにある広い毒の沼地に向かう木組みや石組みの下水路も目立つ。

 貯水池には浅く砂利を入れたものも多く、一方にある崖下からは清浄な水が湧いている。

 遠くの岩山にもいくつか煙が立つ鉱山街ができつつある。

 街の中央では、巨大な劇場がほぼ完成しつつあった。

「ミカエルさん!」ハイダーが嬉しそうに歓迎した。

「早速見て回ってください。ご案内します」と、ヤヨイが嬉しそうに瓜生を連れ出した。

「まず便所を調べるとは、どういう神経してるのかね」などと話している貴族風の商人もいたが、それらはガブリエラがそつなく対応した。

「もしご忠告がなければ……ポルトガはどれほどたびたび悲惨な伝染病で多くの死者を出しているか、よくわかっていますよ」とすれちがったハイダーがささやく。

 

「不潔な匂いはしないな」

「はい、おかげさまで。実際にこの街は、教えられたとおり東西南北の四つに分かれてそれぞれ別のやり方を試しています。わたしはジパングのやり方が一番いいと思っていますが」と、まず東側に案内された。

 瓜生にとっては、小さい頃や地方での合宿で何度か見たことがある、汲み取り式の便所。ただし便器は陶器ではなく木のようだ。

 そして無数の、四畳間に十人以上が暮らすような小屋が並ぶ貧民街、その脇にそびえる登り窯の近くに石炭が山積みになり、さらに向こうに広がる田園風景。

「どれほど貧しい人にも、湯冷ましとお手洗いと食物と読み書き、さらに冬は煙を壁に通して暖房も……瓜生さまのお言葉どおりに」

「よしてくれ。単に飢餓と伝染病を見たくないだけだ」

「それだけでも、どれほど素晴らしいことでしょうか。ジパングの、桶で運んで田畑の隅にためるやりかただと、急にたくさんの人々がいらしてもすぐに対応できるのがいいです」

 

 こちらの郊外は広い地を広い農地にしている。かなりの数の木が切り残され、日陰も多く落ちている。

 そのあちこちにテントが立っている。入ると、身長ほどの穴が掘られ、その上に二本の丸太が平行に渡され、丸太の上はさらに新しい樹皮で覆われていた。

 テントの隅には広く柔らかい木の葉がうずたかく積まれており、別の隅の少し高いところには傾いた水桶がある。

「われわれジパングの民に、工夫がうまい人がいました。その人がこうしたのです」とヤヨイが誇らしげに説明し、輪になった紐を踏んで見せると、桶がまた少し傾いて水が穴だらけの椀に流れこみ、緩やかなシャワーとなる。

「この石鹸を一人ひとかけらずつ使っています」

 水が流れるところのそばには、小さな石鹸のかけらがたくさん並べられていた。

「石鹸工場が二つ北のほうにできました。スーのヒマワリやジパングの菜種から絞った油と海藻の灰で。でもやはりロマリアの石鹸には遠く及びません」

「海藻灰とオリーブオイル、極上品だったな」瓜生が思い出す。

 その地域のあちこちには、タンポポを大きくしたような草が育ち、また別の、身長近い高さの猫じゃらしを丸くしたような草穂も見える。瓜生が穂のある草の裏を小さな切り出しで切り、ルーペで見て、「C4光合成」とつぶやいた。

「使った翌朝には埋めてすぐあの草を植えて、育ったら刈って飼料にして、それからトマトやカボチャ、毒消草などを植えています。穴を掘ったり野菜を育てたり売ったりする仕事でも何人もの人が豊かに暮らし、街全体がおいしい食事をすることができています」

 何頭かの家畜も放し飼いにされていた。それを見ていくのも実に興味深かった。

 残飯や腐肉、野菜屑、ミミズを喜んで食べ、鶏よりおおきな卵を産む、長い脚で二足歩行する嘴の大きな飛べない家禽。

 戦ったことのある一角ウサギに似るが角が二本で魔物ではなく、たくさんの草を食べて反芻し、乳と毛と肉がたくさんとれる羊に近いウサギ。

「これらはサマンオサからの難民が持ってきてくれた家畜です。とても繁殖が早くて便利なんですよ」

 冒険で普段世話になる薬草や毒消草の元になる草も珍しい。畑で作ったら五年は草一本育たなくなる植物だが、栄養過剰な土壌なら問題なく育つ。

 

 川を見た瓜生は、懸念があたってきていることに胸を痛めた。

「川がにごってる。上流でかなり森を切っているな……おれたちの責任でもある、こうなるのはわかっていたんだ」瓜生が歯をくいしばった。

「でも、鉱山の廃水は別の、前に掘っていただいた池に捨てていますし、石炭を燃やすのも集中した炉で、その煙には石灰水をかけて石膏と水銀を回収してます……まあそれも儲かることは儲かるんですがね」ハイダーが憤然と言った。

「わかってる、こっちの環境規制を遵守させようなんて気はないよ」

 それは無理というものだ。

「ただ」と瓜生が地図を取り出す。「この線を引いた地域は、少なくとも人は住まないようにしてくれ。いや、その土地全部買うよ」

「え?確かに低地で沼になりやすいですが、水もよく出るのに」

「この調子だと間違いなく、百年後、いや五十年後にはこっちに川が流路を移したがる。その時に人がいれば、天井川にして大洪水か、ものすごい労力をかけて泥さらいを続けるかだ……川が移りたがってるから出てけ、なんてやったら大騒ぎになるからな」

 等高線のある地図なら一目瞭然だ。

「あ」ハイダーはもう口もきけなかった。「百年後のために……」

「あいにく他人事だからな。ついでに」とより広い地図のある領域に線を引き、「この地域には先住民がいるから、それも買う。この土地は永遠にそこの人々のものにし、彼らがこれからどうするか選べるようにしておきたい……幸いそれほどの地下資源もない。

 あと、土壌の使い捨てはやめろと言っても止められないだろう。ならせめて、使い捨てられやせた荒地には……そうだな。そう、土地を使い捨てたら必ずマメ科の這う草や灌木、ニセアカシア、ユーカリ・桐・クヌギなど成長の早い有用樹種を混ぜて植え、放牧から保護するべきだ。

 そのためには、そういった植物のストックも、それに研究もいるか。かなりの事業になるが、あちこちから植物の固有種を集め、研究する植物園を造っておくか。ガブリエラ、ダーマやバハラタから学者たちを呼び集めることはできるか?」

 それこそ簡単な話ではない。そして今は、瓜生はそれにガブリエラがどれほど苦労するかも百も承知だ。

 

 そして、かなりいい店も増えているので少し装備を買い増し、そのまま北の海をノアニールの側に航海して、そこで一度休んでから北方にある巨大な森に向かった。

 その森はほとんど伝説であり、エルフの間にも語り伝えられているだけだ。

 氷の海、氷河に食い荒らされ入り組み、崖に波が弾ける荒い海岸線、咆え猛るような氷の強風が続く。

 帆や帆柱をつなぐロープに氷のつららが斜めにつき、触れるだけでその刃に手が切り裂かれる。

 気が抜けない。海に落ちたら瞬時に心臓が止まる。何であれ金属に触れたら……引きはがせば痛みもなく皮どころか肉まで剥がれ、気がついたときには悲鳴も上がらない激痛になる。というか十秒外にいるだけでもまつ毛が凍り落ち、鼻の中で鼻毛が凍り、あちこち凍傷にかかって暖かいところに戻ったら激痛にのたうち回ることになる。作業が長引けば、当然いつも長引くが、回復呪文というものがなければ数百本の指が失われていただろう。ただし激痛はある。

 それこそ、爪を剥がれる程度の激痛が、普通の暮らしでのわずかな痒み程度にしょっちゅうあることなのだ。

 不凍液を入れ、オイルも選ばないと船外機も動かなくなる。

「何を考えて、そのバカはこんなところへ」

 そう聞く言葉も、氷の暴風に打ち消されないよう大声だ。

「サイモンが、死んだってやっと聞かされて、なら世界樹の葉で、って短絡的にぶっとんだらしい。親父も親父なら子も子だよ!」ガブリエラがぷりぷりして、また舷側から吐いて、顔に凍りついた氷と舷側手すりに凍りついた手に悲鳴を上げる。

 全員、すさまじい疲労と睡眠不足でわずかな嵐の切れ目に、水平線にかすかに見えた緑の点に向かい、なんとか船をつけられる岸に乗り上げた。

 そこには小さな、人のものではない街がある。地上部は丘と変わらないが、その無数の穴の一つから小さな、人に似るが違う顔がわずかに見え、そして引っ込む。

「助かった……とにかく眠れればどこでもいい。おーい、敵意はない」

 ひょこっとわずかに顔を見せた小さい人間に似た生き物が、びくっと驚いて出てきて、ミカエルの顔を見つめた。

「オルテガ」

 ミカエルは怒るだけの体力もなかった。

「どうでもいい、とにかく休ませてくれ……屋根さえあれば他に何もいらない」

「ひさしぶりだね、休ませてくれないか」ガブリエラが息絶え絶えに言う。

「すぐ寝床を作りますよ」

 その地下の家は、床に煙が通って暖められとても居心地が良かった。

 熱いサウナと海水を暖めた湯で身を休め……混浴だが気にする余裕すらなかった……熱い魚と木の芽のスープを、ものを食べる気力もなく汁だけすすり、熱い松葉茶を飲んで何かの綿毛でできた寝床にもぐり、その日はすぐに熟睡した。

 翌朝、いや昼も過ぎる頃、やっと人心地ついて話すことができた。

 あらためて焼いた魚や、地下の妙な虫を香ばしく焼いた見た目は悪いが味はいい食べ物をたっぷりと食べながら。

 そのドワーフは、かつてオルテガとともに旅をしていたという。そして、「亡くなられたとはうかがいました。ですが、あの方が亡くなったとは思えません。どこかで生きているような気がするのです」と洩らした。

 ミカエルは複雑だったが、恩もあり何も言えなかった。

「こっちのほうに、小さい男の子を中心にした人々が来なかったかい?」

「ええ。サイモンの子と言っていましたが、未熟でしたし多くが倒れ、森の奥で世界樹エルフに惑わされているようです。われわれに彼らを助ける義理などありません」

「消息だけで充分だ。助けに行こう……もう一晩休んだら」ミカエルもさすがに、若さを加味しても立ちあがる気力がなかった。

「よろしければ」と、瓜生がいくつかの奇妙な金属のインゴット、さらにガラス壜の中で油に浸された金属や、金属ですらないものもいくつか渡した。

 ドワーフたちはそれを調べて驚いていたが、瓜生の額の賢者の印を見て納得したようだ。地下の暮らしでは多くの資源が必要だが、その地域にない元素はないのである……あればわずかな量でも、彼らにとっては莫大な富になるのだ。人間にとっての金銀など問題ではないほどに。

「世界樹は四つの大岩の中央にあります。お気をつけて」

 

 その森はとことん広かった。ひたすら広がる針葉樹の深い森。時に流れる川には、魔物もあれば魚もいる。

 巨大な熊の魔物が多数出現し、瓜生のフルオートショットガンは常に全弾スラッグである。スラッグ一発で止められるほうが少ないぐらいだが、グレネードを使えるほど、また穴を掘れるほど距離を取ることもできない。

 同時に、瓜生は魔法の修行も戦いながら始めた。昔のガブリエラがそうであったように、癒しの呪文や補助的な呪文、そして攻撃呪文も。

「すまなかった、剣と魔法を同時になんてむちゃくちゃを言って」瓜生がミカエルに謝った。今になればわかる、それがどれほどあり得ない、神に属する話か。特殊な血筋を引くミカエルだからこそ、今はまだ自らを傷つけながらでもできるのだ。

 今はもう、ガブリエラはすべての呪文を遠慮なく敵に叩きつけ、味方を助けている。

 瓜生は普通の呪文だけでなく、彼の『能力』、故郷の商品・軍採用品をなんでも手元に出せることを魔法で補助することも覚えた。それまで「出す」のに十秒ほどかかっていたし、出したのは新品なので調整したり弾薬をベルトリンクにしたり燃料を補給したりするのに手間取っていたが、一度出して調整・装填してから「ハンマースペース」と言える魔法空間に置くことにより、瞬時に出せるし調整も不要になった。ただし入れられるのは瓜生が出した故郷の品だけで、ここで手に入る魔法の武器は入らない。

 また、新しく出すのも魔法で少し補助すれば、ほぼ瞬時に出せるようになった。

 それでも、彼は愛用のサイガ12ブルパップフルオートだけは常に身につけている。

 それまでの、一人で旅するための多数の装備も身につける必要はなくなって身軽になり、その分頑丈な鎧と楯を身につけることができるようにもなった。

 

 森もここまで広いと海と同じだ。今自分がどこにいるかもわからない、それこそ天測で位置を推定することさえ必要になる。

 やっと一つ、巨大な……野球場ぐらいの大きさはある一枚岩にたどりつく。そしてまた一つ。

「おかしい、明らかに磁場の方向が変だ……そうか」と、瓜生とガブリエラが何か話して、森の風とも話す。

 その導きに従ってまた一つの岩を見つけ、そしてその岩の上で寝た。

 最後の一つ。そこまでの道はすでにわかっている、だがほとんど一歩ごとに魔物が出現した……不思議にも熊ではなく、主なき鎧が主に。

 手榴弾で次々と鎧が砕け、道が切り開かれていく。

 そしてたどりついた最後の石。そこで、突然ガブリエラが踊り出した。瓜生も、彼の故郷でもここでも知られていない歌を歌い始める。

 奇妙にも、森の木々が伴奏をするように風に音を鳴らしている。

 ミカエルとラファエルも、見よう見まねで躍りに加わる。ミカエルは聖剣をふるいながら。

 それは、あまりにも長い時間続いた。どれほどだったか……現世の時間とは関係なしに。

 それから、四人はただ中央に向かって歩みを進める。一歩一歩、濃い下生えをかき分けて。ただし、いつものように刃を振るうことなく。

 そこは、はっきりと聖地だった。巨大な、巨大な見渡す限りに高く太い巨樹。

 瓜生は何とも知れず涙を流していた。

「さあ、もう隠れることもない」とガブリエラが歌声混じりに呼ぶ声に、木を伝う風が人の形となった。

「あなたはひとの賢者。妹とも知り合って」

「神も魔も竜も殺す者」

 かすかな声が風音に混じる。

「すまない、ここに先に侵入した、サマンオサのサイモンの遺児とその仲間を帰していただきたい」ミカエルがただいった。

「あなたがたは何かを必要としていない。ただお願いする」瓜生が深く頭を下げる。

「値なき取引は、限りない取引」

「別の森を切り街を作る助けをした」

「切りすぎぬよう多くの森を買い上げ、また農地の四に一つは森であるよう定めた」

「それはひとの論理」

「値なき取引を望んだ。値なく」

 歌。

 そして深く積もった葉の中から、数人の若者が出てきた。

 その一人はまだ十歳程度の、あまりに幼い少年だった。また中の一人は、女海賊の屋敷で見憶えた顔だ。

「サイモンJr、だね」

「出たか化け物!」少年は叫んで、目をつり上げ泡を吹くように槍を振りまわす。

「静かにするんだ」瓜生が槍を手で払い、飛びこんで左肩のナイフを抜きざま眉間を狙って振りおろし、ぴたりと寸止めする。それで少年はへたりこんだ。

 子が無茶をする……それは当然のことだ。四人とも、ついこのあいだである過去の自分を思い出すようで、叩くことも言葉をかけることもできなかった。

 世界樹の葉を握る少年を見て、ガブリエラがただ言った。

「サイモンが死んだのは七年前だ。骨しか残ってない……それを蘇らせるのは、その葉でもザオリクでも無理だよ」

 少年は嘘だ嘘だと叫ぶだけだったが、もう走る力などどこにも残ってはいなかった。

「行こうか、サマンオサへ」ミカエルが疲れた表情でつぶやいた。

 まずアッサラームに飛び、盗賊たちをそれぞれの帰るところに返した。それからルーラでポルトガに飛び、対岸の灯台から旅の扉を伝って飛びまわる。

 奇妙な旅だった。その末に、前に来たことがあるバハラタ北の宿から、以前は牢の鉄格子で阻まれた見知らぬ土地に着いた。

「さ、サイモンの若様」神父が驚いて目を見開いた。「なりません!ここに戻るのは無謀です。王さまがどれほどの賞金をあなた様の首にかけていることか」

「アリアハンの勇者、ミカエル殿とともにあるのだ。無下なことはできまい」

「そうは」止めようとする神父に、ガブリエラがささやく、

「無駄だよ。あいつの息子なら言って止まるわけがない」

 それに神父は深くうなずいた。

 その間に、ラファエルが瓜生を物陰に引っ張り、「ここまでは幸い戦いなしですみましたけど、彼らには異界の物が見えないように」と忠告した。

「やれやれ、またか。あの隊商以来だな」と、瓜生はしぶしぶ下着から着替え、ゾンビキラーと呼ばれる長めのマチェットのような剣を腰にし、身長の倍ほどの槍を手にした。賢者の彼が使える最大限の武器で、鋼より切れる。

「じゃ、これからしばらく組むなら」とガブリエラが言い出し、自己紹介をすることになった。

「アリアハンのミカエル」彼女はあくまでぶっきらぼう、最低限。

「アリアハン、アスファエル司教の長男ラファエルと申す未熟者でございます。皆様どうぞよろしくお願いします」ラファエルはあくまで丁寧で礼儀正しい、こういう場では貴族的な感じがはっきりする。

「賢者ガブリエラ、久々だね」と、老魔法使いに呼びかける。

「賢者に転職したばかりのウリエル。しばらくは足手まといと思うが」瓜生が、目立たないように名だけ告げて退いた。

「サイモン二世だ。父の名にかけても、決して負けることはない!」少年が威張って叫ぶ。

「サイモンさまからお仕え申し上げている、魔法使いのエニフェビでございます。ガブリエラ、お久しぶり」老いた魔法使いが、しんどそうに微笑む。

「ウィキネ、騎士だ。サマンオサ王に冤罪をかけられ、アッサラームにハイダー家を頼って、ハイダーの五男が作っている町に逃げていた」と、巨大な斧槍を肩に担いだ、重鎧の騎士が丁寧に礼をする。

「従者をしておりますピウス、僧侶です。武闘家の弟君が、逃げ切れず……」初老の、ハゲが目立つ男が従って一礼する。

 大きなトゲつき球(モーニングスター)鎖を抱えた戦士が、「ゴルベッド。カンダタの子分さ。あんときゃ見事だったな、勇者ミカエル」と、髭面を満面の笑みに変えた。

「魔法少女ジジよ。よろしくっ!」十代前半の少女魔法使いが明るく微笑む。

「久しぶりですね、ミカエルさま、ラファエルさま。あらためて自己紹介を、商人のバッサーニノです」女海賊ルフィナの家でともに飲んだ海賊の一人だ。

 そんなこんなで、やや人数の多い旅になる。

 サマンオサ王城までの旅も結構大変だった。

 アリアハンを出た時に使ったバロはもう寿命を迎え、その小さい子数頭やサイモンの側も連れている家畜に大荷物を積ませる。

 とにかく魔法攻撃力が圧倒的に高いパーティであり、瓜生も少女と並んで老魔法使いエニフェビから魔法の実践的な使い方を学ぶ。

「いい年して、まだそんなカンタンな呪文しか使えないんだ!」と魔法使いのジジやサイモンJrにからかわれ、ラファエルがまだ転職したばかりだとかばうことがよくある。

 人数が多いと逆に敵も多くなる。自然と、盾を持つことができる戦士・僧侶・賢者・商人が魔法使いを後ろにかばい、密集することが多くなった。瓜生もむしろ、戦士として盾を構え、槍を振るうことが多い。

 といってもサイモンJrは常に勝手に突っこむため、仕方なく抜けられてもいい左端に置いている。

「暑いな」瓜生がつぶやき、周囲の畑の作物を見る。

「サマンオサは暑い国です。でも作物も豊かな大国です」と、老魔法使いエニフェビが言った。

 そこにまた襲ってくる巨大なサル。とっさに盾を並べ、サイモンJrが突撃するのを攻撃呪文で援護する。

「昔もこうだったねえ」とガブリエラが懐かしそうに言う。

「そうでしたね」と、老魔法使いがため息をついた。「サイモン様とカンダタ様がひたすら突進し、回りこむ敵をオルテガ様と先代のハイダー様が仕留め、そしてエオドウナ姫が……メラミ」

 一匹の視界が爆炎に閉ざされ、その腹を瓜生のゾンビキラーが鋭くなぎ、抜けたところを更にミカエルが柄までえぐる。

 手に入れた力とすばやさの種を、転職がすんだ瓜生がもらって口にし、その効果に驚いた。

 

 サマンオサ城は小高い丘に建ち、守りが堅い城塞都市だった。

 だが城塞都市の常で、その外にも貧民街がかなり流れている。

「すみません、私たちはこちらから」と、老魔法使いがぼろを取り出してかぶり、サイモンJrたちにも灰を浴びせた。

「いや、堂々と入るぞ。ミカエルと共になら」と言い募るサイモンJrを、盗賊たちが力ずくで路地に引っ張りこむ。

「やれやれ」ミカエルたちはそのまま、普通に正門から入った。瓜生は着替えこそしないが、ちゃっかり服の下にAK-103を隠し持つ。

「暗いな」ミカエルがまず言う。

「ああ」瓜生が不快そうにうなずいた。

「暗いねえ」ガブリエラと、

「暗いですね」ラファエルも合わせる。

 全ての人の顔が暗澹とし、そしてきょろきょろと猜疑心に満ちていた。

 そして、街で最初に見たのは……葬式だった。王に対する反逆罪で処刑された、ブレナンという戦士。サイモンJrたちの話の中でよく出ていた名前だし、ガブリエラにとっては小さい頃共に旅をしたことがある。

 ラファエルも精一杯祈る。

 宿の食堂では、「王さまは素晴らしい方です!」と何度も何度も叫ぶ声があがる。単調に、そればかり。

「ロマリアじゃ」言おうとしたミカエルを、ガブリエラが目で制して、そのままでは毒のある芋のでんぷんを焼き固めたパンにナイフの先で字を書いて読ませた……『全ての人が密偵』そしてすぐにそれを口に放りこみ、食べた。

 食材は面白い。ハイダーの街で食べたことがある大型のウサギの、皮がぱりぱりのローストや、熱い油をかけて調理した大きな淡水魚、揚げたバナナ。

 だが全体に高価だし、金を出してもたくさんは買えない。酒も禁じられている。

「奢侈禁止令だな」と瓜生がつぶやき、顔をしかめた。

 売られている武器防具の質はとても高い。

「あの町にもここから亡命した職人が流れています。元々サマンオサは世界でも最高の武器職人がいた国なんですよ」とラファエルが言いながら、いくつか買い物をする。

 ぼそぼそ、と小声で、「昔はおやさしい王様だったのに」「なんてひどい」と不満の声が満ち溢れている。

 街を回るが、家族を処刑された人の怨嗟の声ばかりが響く。

 秘密で話そうとしたミカエルを、瓜生が止めた。ガブリエラがその手を握り、指で『人が秘密で話す、それ自体が罪』と書く。

 

 サマンオサにはルーラで戻れるので一度ダーマに行き、個室を取ってゆっくり食事しながら情報を整理する。

「さて、おれはこの世界の歴史をあまり知らないんだが」瓜生が言う。

「賢者になった時にあらゆる知識は検索できるようになったはずよ」ガブリエラが言ったが、瓜生は「めんどい」の一言で切った。

「では」とラファエルが嬉しそうに咳払いし、指を振りだす。「かつて、バラモス出現の頃にさかのぼります。ネクロゴンドに異変がおき、連絡が取れなくなった際に、アリアハンの勇者オルテガとサマンオサの勇者サイモンがともに異変を探る旅をしました。何年もかけてバラモスという魔王の存在を調べ、アリアハン王はそれを追討する命令を出しました。アリアハンは遠い昔は世界の盟主であったことが忘れられず、ゆえに世界の行く末に責任を持つべきだ、という考えが強いのです。ですが、サイモンが行方不明になり」と痛ましげにミカエルを見る。

「オルテガが死んだのはそれから少ししてだ」とミカエルがぶすっと冷たく言った。

「オルテガとネクロゴンドは前から交流があったんだよ。奥さんはね」ガブリエラがにやにやして言おうとするのを、ミカエルが厳しくにらむ。

「その前後から、パウレス十一世のサマンオサはバラモスなどに対する関心を失ったように鎖国しました。元々海路も陸路もなく、いくつかの旅の扉だけで世界とつながっている国でしたから、一度閉ざされればそれほど固い要塞もありません。それによって、対バラモス同盟の夢も……そしてネクロゴンドとサマンオサの消失で、各国の外交網がかなり崩れ、アリアハン以外どの国の首脳もバラモスには無関心なままでした。しかしダーマやランシールの調べなどでは着実にバラモスは力をつけており、これ以上放置しても、と……ですが軍隊は魔王には無力、ひたすら勇者の成長を待つしかなかったのです」

 ミカエルは関心を持とうとせず、ひたすら根菜のサラダをむさぼっている。

「ダーマの側から言えば少し別の話だ」ガブリエラが言い出す。「ダーマじゃ、バラモスの正体についていろいろ探っていた。この世界の存在じゃないのは確かだ……ウリエルとはまったく別の意味で。また、アリアハンの勇者がバラモスを倒した結果、アリアハンがまた世界の覇権を主張して大戦争になるのでは、という懸念もあった。世界を構成する魔力のバランスもどう動くかわからない、竜の女王がもうじき寿命を迎えるという話もある。それであたしはミカエルに同行するよう命じられたんだ……あと、別の異界からの何かが来るという予言もあったし、それも警戒して」

 目を向けられた瓜生が肩をすくめ、バハラタのジパング村からとどいた油揚げとヤシ新芽の煮付けをほおばった。

「サマンオサ王についての懸念もある。サイモン家は滅ぼされ、遺児のJrとか、ほかにサマンオサから追放されたり亡命したりした戦士たちは顔見知りのカンダタを中心に、抵抗組織を作っている……連中の主張は、要するに今のサマンオサ王は姿を奪った魔物だ、って」

「それに間違いないのでは?ジパングでのヒミコのように」ラファエルが言ったのを瓜生が止める。

「いや、そうとは限らない。権力者の人格が一変するのは、魔の力などないおれの世界でもごくよくあることだ」瓜生が果物の種を捨てた。

「確認する必要があるね。普通の魔法じゃ無理だ……」ガブリエラが目を閉じた。

「まずその王様とやらを見て、王宮も探ってみよう」ミカエルが食事代を机に置き、ルーラを唱えた。

 

 王宮の入り口は閉ざされ、衛兵はアリアハン王ヘロヌ八世の信書も無視した。

「わかっていました。アリアハンから何度使いを出しても無視されるんですよ」ラファエルが嘆息する。

「じゃあ別の道を探ろう」と通用口を探り当て、城内に侵入した。

 城内の人々は過労気味で、おびえている。

 王は夜二階で寝ていると聞いて、階段の上からバルコニーを経由して入る道も確認した。

「無用心だな。これほど恨まれていて、暗殺が怖くないのか?」瓜生が首を傾げるのに、

「この国の王室に対する忠誠心は伝説的ですからね」とラファエルが苦笑した。

「なら暗殺は却下だな。ヒミコの宮殿でオロチに使った銃、あれならそっちの山からでも鎧を着た人をぶち抜けるんだが」と、1.5kmほど離れた山の斜面を指差す。

「アリアハンとサマンオサの全面戦争を起こす気か?さぞバラモスが喜ぶだろうな」とミカエルが冷たく言った。

 裏で出会ったイパネマ王女は、父王の人変わりを深く嘆いていた。

 そして王の前では、半裸の踊り娘がひたすら王を称えている。

 パウレス十一世王はアリアハン王の信書など見ようともせず、一行を地下牢にぶち込めと怒鳴った。

 ミカエルが瓜生の手を押さえ、瓜生は苦笑して抵抗せず従った……奇妙なことに、武装解除はなかった。

「ミランダ警告は?弁護士は」瓜生は苦笑しながら言った。そんなものがないのは言われなくてもわかっている。

 ラファエルが「ミランダ警告って?」と聞いてくれたので、瓜生が説明し、ラファエルとミカエルが驚いていた。

 ガブリエラは「そんなの建前で、実際はなんでもありだろ」と言うのに瓜生は渋い顔でうなずいた。

 悪臭とうごめく虫、滴る地下水と冷たい湿気。便器がわりに使われる壺、牢の一つは狂った囚人が壁に便を塗りたくっていた。青年武闘家が、静かに瞑目して処刑を待っている。

 牢の鉄格子が閉ざされる。四人は困惑の目を向け合った。

「ここの王は、アリアハンと全面戦争になってもいいのか?……ああ、それこそバラモスが喜ぶ、か」瓜生が肩をすくめる。

 ミカエルが牢屋の鍵で牢を開き、そのまま短剣を逆手に持って滑り出る……だが、鋭い目をした牢番の兵は目をそむけて「がー・がー」と大きくいびきを言葉のように言った。

 そして「これは寝言だ。王様には逆らえぬ……この地下牢には抜け道があるらしいぞ」とまで言う。

 皆苦笑して一つ一つの牢を訪ねた。

 中には、ラーの鏡の話をしただけで牢に入れられた人もいた。南の洞窟にあるといい、瓜生もどこかで聞いたことのある話だった。

 そして地下に向かう道があり、その奥には半ば塗りこめられた牢があった。

 そこには、上で王座にいたその王と同じ顔の老人がベッドに縛られていた。

「双子?」瓜生がつい漏らす。

「これが本物のサマンオサ王、パウレス十一世だよ」ガブリエラが、王に対する礼をとる。

「だれかいるのか?まぶしい」瓜生がつけたフラッシュライトが部屋全体を照らす。「どれほどぶりの光なのか」

「失礼、診察します」と瓜生があちらこちらを調べる。「軽度のカロリー不足と運動不足、ビタミンCとDの軽い欠乏症を起こしている。肉体的虐待の形跡はないし、介護されている……動かぬよう、だが死なないように管理されている。アキレス腱切除すらしてないな」

「なにものかが、変化の杖でわしの姿を奪い、わしに化けおった。おお、くちおしや……」老人の、ひび割れた声。

「変化の杖。伝説の魔道具です……足の腱を切ったりしたら、化けたほうも身動きできなくなりますからね」ラファエルがうなずく。

「人ですか?魔物ですか?」瓜生が聞くのに、年齢より弱って老いたパウレス十一世はただ首を振った。

「そなた、テドンのガブリエラか、オルテガとともにいた。大きくなったな」王がガブリエラの面影を見る。「アリネレア王女は元気なのか、アリアハンの」

「元気だよ」ガブリエラが湿っぽくならないよう、明るい声を出す。

「今の欠乏症の薬とブドウ糖です」と瓜生が抱き起こし、水で薬を飲ませる。「連れ出すか?」ミカエルに聞くが、ラファエルが止めた。

「誰も信じないかもしれません。また、半分が信じたら泥沼内戦ですよ……陛下、にせものはアリアハンの勇者ミカエルが必ず正体を暴き、倒します。ここにいる限り、お姿を奪った魔物も陛下のお命が必要である以上、お命は安全ではあるはずです」

「陛下。起きたことをこちらに書き記してください。偽王を切るとき、何人かにいてもらわなければなりません」ガブリエラが出した紙に、パウレス十一世は震える手でいろいろな書き付けをする。

 ミカエルが一礼して立ち、また丁寧に抜け穴を探す。

 その抜け穴は、墓の裏につながっていた。

「偽者の王の命令で処刑されたのか……」ミカエルが怒りに震える。

「さて、バカどもにも知らせるか」とガブリエラが城を忍び出、貧民街に向かった。

 華やかなモンスター闘技場や酒場での踊り、だが彼女たちも生きた人間であり、夜ではなく昼眠り、子を育て、時にはヒモに殴られる場があるものだ。

 そんな場末で熱い湯を売っているだけのボロ屋、そこでガブリエラがかけた椀を伏せて合図すると、海賊商人のバッサーニノがやってくる。

「ガブリエラ」

「王は地下牢にいたよ。今王座にいるのは変化の杖で化けた偽者さ。ラーの鏡が必要だ、南の洞窟に向かう。証人を集めておいてくれ」

「ただの反乱とみなされたら、王室への忠誠が強いサマンオサ国民は動きません」ウィキネが腕を組む。

「あんたの弟だったな、まだ生きてた」ガブリエラに言われ、ウィキネが激しい感情に拳を握りしめる。

「サマンオサ王室に忠実、ものを考えないバカじゃない、下層民も含めて信望がある、の三条件を満たす人を探してくれるか?」瓜生の注文にバッサーニノとピウスはうなずいて消えた。

「さて、バカに邪魔されないうちにさっさといこう」ガブリエラが言うバカとはサイモンJrのことである。

 だが……残念ながら、サイモンJrの父親譲りの行動力とカンはどうにもならなかった。

 城裏門から出て、さてナメルを出そうとした一行の前に、彼らは当然のように完全装備で役畜を連れて現れたのである……

 四人がどれだけ落胆したかは言うまでもない。

 

 というわけで、城の南にある湖の中にある島に掘られた洞窟の探検は悲惨なことになった。

 広い上に敵が多く、魔力を奪う魔法使い。

 攻撃がほとんど効かない厚い甲羅をもつカメの魔物に苦戦するアリアハンの四人は銃さえあれば、と内心泣いていた。

 何周もわけのわからない道を回り、やっと道の端から下に降りた。

 そしてやたらと多い宝箱、夢中になったサイモンJrが片端から空け……突然サイモンJrが崩れ落ち、支えようとした瓜生の意識が暗転した。

 気がついたとき……凄まじい恐怖と冷たさが全身を襲う。呼吸の仕方を忘れた、それを必死で、自分で胸を叩き体を折り曲げて……必死なのにかすかにしか、ゆっくりしか動けない……やっとわけのわからないものを気管から吐き、息をする。

「お、おれは」

「ミミックのザラキで死んだのよ。ザオラルで生き返ったけど」ガブリエラがばかにした表情で見ていた。

 隣ではサイモンJrも同じく、死体から生き返ってあえいでいた。

「し、死がいきかえ、いき、いきえ」わけのわからないことを言って震える瓜生に、ミカエルがいつもとは逆に酒を押しつけた。

 奥の奥まで、ミミックをインパスでよけながら探る。

 だが何もない。

 地下の部屋もいろいろまわったが何もない。

「なんなんだこの洞窟は!」戻る道でキャンプできる場を探そうと、ミカエルが怒鳴って敵を蹴散らしながら地団太を踏んで、いたら地面が割れた。

 ガブリエラの呪文で落下速度を落とし、落ちたところに宝箱のある、地下湖の小島があった。

 その美しい、材質もわからない鏡がラーの鏡だと商人のバッサーニノにはわかった。

 

 そして一度アッサラームで休み、その間にサマンオサ組の何人かが下準備をした。

 呼び出しを受け、装備を再点検してサマンオサに戻って夜を待ち、王城の二階に侵入した。

 あの牢番をはじめ、数人の騎士階級や豪商、遊女さえいた。

(ジャマだ銃が使えないじゃないかでてけ)と瓜生は叫びたいのを必死で抑えていた。

「さあ、確認します。このラーの鏡は、いかなる形で化けている魔も暴く」とミカエルとサイモンJrが鏡を、寝ている王に向ける。

 そこにはおぞましい魔物の姿があった。

「みたな……」恐ろしく低い、地獄の底から響くような声。「けけけ。いかしておくわけにはいかぬぞえ!」

 巨大なベッドが圧倒的な重量にみしみしときしみ、崩れる。

 むしろ象を思わせる、4メートル近くありそうな、恐ろしく肥満した巨人。

 ベッドに隠していた長さ5メートル以上、太さも一抱えありそうな硬木の棍棒をつかんだ。

「スクルト!」

「ピオリム」

「バイキルト!」

 次々と呪文が唱えられ、ミカエルとサイモンJrが正面から突進する。

「父の仇!」叫んで切りかかるのを、蝿でも払うように……ラケットでテニスボールを飛ばすようにはねのけ、サイモンJrが壁に叩きつけられる。

 体育館の半分ぐらいあるとはいえ、ボストロールの巨体から見れば小さな部屋。それを、まるで猫が小部屋で跳ね回るような敏捷性で動く巨体、どこに逃げても無駄なほど長い手と棍棒がいたるところを襲う。

 盾も鎧も無意味。全てを吹き飛ばし、ぶち割る。繰り返し唱えられるルカナンが、ダメージを倍増する。

 ピウスの頭が、バットで小玉スイカを思いきり打ったように消し飛んだ。命なき骸が力なく崩れ落ちる。

「がああっ!」

 ひたすらベホマを連打しながら斬りつけ続ける、それ以外できることなどない。

 ピオリムで加速され、バイキルトで強化された瓜生のゾンビキラーも、膝にすらろくにとどかない。

 ミカエルが繰り返し稲妻をまとった剣を突き刺すが、長い手足と分厚い肉に急所をとらえられない。

 そんな中、意外なほどの強さを見せたのがラファエルだった。その圧倒的な巨体に、力負けしていない。ベッドの巨大なマットレスを盾として一撃を受け止めて押し返し、一瞬巨人の足を止めさせる。その間に背後から何人かが襲うが、また巨木の一閃に全て吹っ飛ばされる。

「銃さえ使えれば、四人でなら」瓜生がぼやく声を、盾ごと棒が吹き飛ばした。

 即死ものの重傷からラファエルのベホマでかろうじて回復し、スクルトをかけなおして、全身で飛びこんで胴体を狙う。

 サイモンJrはひたすら、何のためらいもなく飛びこんでいく。そのたびにベホマでなければ数分で死ぬような重傷を負うが、回復したらまた突進する。

 瓜生とミカエルも突進組だ。痛恨の一撃に騎士の一人が、レバーと挽肉の入ったビニール袋を思いきり振り回して壁に叩きつけたように即死しても、その屍を文字通り乗り越えて一歩でも深く飛びこむ。

 ミカエルの星降る腕輪と三重のピオリムによる、普通の目にはとらえられぬ速さでも、まだボストロールの胴体をとらえられない。

「足を狙うんだ!」

 老魔法使いが絶叫した。それを聞いた瓜生が、まるでラグビーのタックルのように巨大な足に抱きつき、アキレス腱を切ろうとする。

「だめだ!そんなの勇者じゃない」叫んだサイモンJr。

「黙れ!」凄まじいミカエルの絶叫、それは一瞬ボストロールすらひるませる。

 瓜生が蹴り飛ばされ、そのまま天井に激突して地面にまた叩きつけられる。ガブリエラがベホマをかけるが、回復はそれほど早くない。

 ラファエルが長大なシーツを引き剥がし、それをボストロールに投げつけた。まとわりつく布の扱いにくさに暴れる、その間にミカエルが激しく舞う。

「ガブリエラ、ラファエル、ウリエル!、攻撃呪文をかけてくれ!」ミカエルの叫びに、ガブリエラのマヒャド、ラファエルのバギマ、そして瓜生のメラミが形を成し、そのまま織り目に沿ってミカエルの剣に注がれる。

「こっちだ!」

 サイモンJrが正面からボストロールに切りつけ、蹴り飛ばされて壁に叩きつけられた。

 ミカエルの剣に稲妻が落ち、それに四つの攻撃呪文が合成され……そのまま、低く鋭い閃光が走った。

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 すさまじい悲鳴が城を揺るがす。

 ボストロールの左足首が断ち切られたのだ。

 倒れ、それでも暴れ狂う巨体。ミカエルが蹴り飛ばされ、ガブリエラが必死でベホマをかける。ラファエルが次々と瓦礫を、死んだ鎧騎士の骸すら投げる。

「槍を!」

 瓜生の叫びに、下からこわごわとのぞいていた衛兵が槍を差し出す。

「もっとだ!」叫びながら、瓜生が全身で突き刺した。そのまま瓜生はシーツを引っ張って自分とボストロールの姿を隠し、手元に手榴弾を二個出し、ピンを抜いて転がり暴れるボストロールの体の下に放り、這い出ながらイオラを唱えた。

 強烈な爆発、爆音よりも強烈な悲鳴が城を揺るがす。シーツとイオラに付随する耐爆魔法がなければ味方にも被害が出ていただろう。

 まだ起き上がろうとする巨人、その腹から膨大な内臓があふれ出し、津波のように瓜生を押し流す。

 ふらり、と立ち上がったミカエルが草薙の剣を振り下ろす。何度も、何度も。

 サイモンJrがその脇に加わり、足で立つこともできず座ったままいざり寄り、肉の小山に剣を突き立てる。

 二人がかりで何度切りつけたか……男の胴回りより太い首を落とすのに。

 それが終わっても、何人もの衛兵が槍を小山に突き立て続けていた。

 その部屋全体を膨大な黒血が洗い流し、崩れ落ちる全員が溺れそうになった。

 

 それこそ城が崩れかけるほどの被害と多くの目撃者。階段から流れ落ちる黒い魔血。誰も疑うものなどなく、地下牢の奥から王が救出された。

 回復呪文の繰り返しで助かった皆。教会に直行して蘇生の祈りを受けた死者も多かった。

 使い潰された財政、皆の嘆きと苦しみ……パウレス十一世自身の体力の衰え。

 祭りは質素ではあったが、喜びの歌に満ち、またもはや帰らぬ死者を悼む嘆きの叫びにも満ちていた。

 だが、牢から助けられた者と、再会を喜ぶ家族の、痛ましげで控えめな歓喜もある。

 ただひたすらな歌、いや歌にもならない叫び。踊り以前の激しい体の動き。

 サイモンJrは王の横に立ち、父の肖像を誇らしげに掲げて叫び続けていた。

「前しか見てないよね、あいつ」ガブリエラがまぶしそうに見上げる。

「ありましたよ、変化の杖」ラファエルが奇妙な形の杖を掲げた。

「行こうか……銃さえあれば楽だったろうな」ミカエルが背を向けて立った。

「いや、あれだけのスピードとタフさじゃ、スラッグフルオートでも止められなかった……M2が欲しいところだ」と瓜生がため息をつく。「まず膝狙いだな」

 だが、またも望みは撃ち砕かれた。父の遺体を回収し、ガイアの剣を手にするまではついていく、とサイモンJrが飛びついてきたのである……

 どれほど四人が邪魔だ帰れと心の中で叫んだか。船の船外機やソナーすら取り除かなければならないのだ……このバカが、異界の機械を許容するとは思えないのだ。

 

 

 一度、サマンオサからバハラタ北の旅の扉に飛んで、サイモンが閉じこめられたとされる内海に浮かぶ牢獄に行こうとしたが、呪われた内海はボートどころか船も出せず、周囲もすっかりさびれてミカエルたちが前に行ったときのように、わずかな宿がある程度となってしまった。かつてはサマンオサの飛び地として、漁業やバハラタとの交易でかなりの街だったのだが。

 ルーラでポルトガに飛んで船を修理し機械類を隠して多人数用に整理したり必要なハンモックを積んだりと忙しい。

 相変わらずサイモンJrは邪魔である。

「ソーサリーのミニマイトのジャン」と瓜生がぼやいた。

「なにそれ」ガブリエラが聞く。

「おれの世界にあった……まあ英雄叙事詩。支配力を増す冠を魔王に奪われ一人の勇者が取り返しに行くんだが、途中でしばらく小さい変なのにつきまとわれる……何の役にも立たない上に、そいつがいるだけで魔法が使えなくなってえらく苦労する」

「ああ、まったくその通りだ。よくわかるよ」ガブリエラがまたため息をついた。

「船外機がない帆船って、こんなに扱いにくいものだったんだな」とミカエルがため息をつく。

「ま、まあ、それが当たり前なんですから」ラファエルが励ますが、憔悴している。

 海賊側から来てる助っ人はもちろん腕のいい船乗りぞろいだ。その点ではかなり楽はできた。

 といっても小さい船に十人以上が詰めこまれるのだからいろいろ大変だ。特にプライバシーが。

 内緒話どころか、体を伸ばして寝ることすらできない。

 食事も、これまでのようにインスタントや軍レーションなら何でもありの豊かな生活とはまったく違い、海水で煮た干し豆と貴重な真水で煮戻した塩漬け肉の煮込みと乾パンだけの単調なものだ。

 せめて船酔いでくたばっててくれれば、と思うが、サイモンJrは常に元気だ。そのくせ船乗り仕事を覚えようともせず、船長のミカエルがいいかげん学べと殴り倒した。

 

 それからエジンベアまで飛び、久々にハイダーの街を訪れる。

 なんとなく、ミカエルが山彦の笛を吹いてみると、それは美しいこだまを返した。

「オーブがあるのか」

「探してみないと。しばらく滞在するか」

 けばけばしい塗装が目立ち、おそろしく派手な服を着た、ついこのあいだまでは泥まみれで働いていた連中が酔っ払って歩いている。

 街の中央には大きな劇場ができ、全裸よりまだ扇情的な女が誘いの声を上げている。

「なんだこの街は!アッサラームでもこれほどひどくはなかったぞ」サイモンJrが怒りの声を上げた。

「肝心なことはちゃんとやってるな」鼻をひくつかせ、貧民街をちらっと見た瓜生が表情を消した。少なくとも不潔のにおい、飢えで腹を膨らませた子供はいない。

 公共水道が整備された中央広場で武器屋を見てみる。サマンオサに劣らない素晴らしい品揃え!

 ハイダーの館に行こうとしたとき、一人の老人がその警備兵に追い返されているのが見えた。

「おや?あなたは?わしじゃ」この街にそぐわない老人がミカエルに声をかけた。

「久しぶり」ミカエルが声をかける。この街を作ることを最初にいい、商人を呼ばせた先住民のクァエルに他ならなかった。

「ハイダー、やりすぎ。やりて、やりすぎ。街の人、反感。言ってやりたい」

 瓜生とガブリエラが悲しげに目を見合わせ、ガブリエラがうなずいた。

「これほど大きな街では、一人の力など無に等しい。川が流れるように、なるようになるだけです」瓜生が悲しげに言った。

「さ、行こう。何とか言ってみるわ」ガブリエラがクァエルを連れて家まで送った。

 ハイダーの屋敷は大きく頑丈で、とにかく派手だった。

 

 劇場に入ってみると、予想以上の扇情的な踊り。強い蒸留酒が回され、カード賭博もあちこちで行われている。

「許せん!この世の地獄ではないか」と怒るサイモンJr。

 盗賊育ちのジジが「いいかげんにしな。これでメシ食ってるのも何百人もいるんだ」と、凄みのある声で言った。

「いいねえこの空気。踊りもいいじゃないか、アッサラームからいい師匠を呼んだんだな」ガブリエラが笑っている。

 出ようとしたら、「五万ゴールドです」といきなり言われる。みんな驚き、サイモンJrは剣を抜こうとさえするが、瓜生は黙って懐中を探り、一つ一つがレンガぐらいある純金の延べ棒を五本取り出して置いた。

「あ、そういえばあなたさまはハイダー様の!もうしわけありません、お代は結構です」用心棒が言うのを、

「いいさとっておけ、純金だ。派手に遊び、仕事を増やす投資をしろって言っとけ」

 瓜生はあっさり手を振って出た。

「なんてひどい!払うことなんてなかったんだ」サイモンJrが怒鳴り散らす。

「ウリエルのあんちゃん、なぜ金を渡したんだ?ちょっと交渉すりゃあ身ぐるみはがれるだけにできたろう。借金を負わされても、船出しちまえば証文なんざケツ拭いて捨てればいいんだ。炭鉱に売られたら売られたで逃げたらいい」ゴルベッドが言う。

「あの用心棒と支配人が今夜豪遊するだろ?そしたら料理人や、酒造りや漁師も儲かる。それがうまく回れば、酒が体を回るみたいに町全体が調子よくなる、それだけさ。やりすぎたら金の価値が下がるから明日は行かない」瓜生が微笑した。

「なある……」バッサーニノが感心した。

「よそものにはぼったくり、内輪には普通に、ってところだろうね。それに荒稼ぎした鉱夫とかも、簡単に金を落とすしね」ガブリエラがつぶやくようにいった。

 

 食堂もかなりしゃれた食事を出すところもあった。はっきりと貧民と上流の町が分かれている。金の使い方を知らない成金もいれば、見栄だけ固めている貴族もいる。

 高級感あふれる、精密にカットされた重く透き通った鉛ガラスに、ロマリアの酒精強化ワインの赤。コークス工場から送られるガスの光に照らされたそれは、濃厚な宝石のようにかすかに光を集め通していた。

 漆器に盛られた新鮮な豆腐と大きな貝の酒蒸し、それに合わせ雑駁な器に注がれた日本酒に似た熱燗がまたすばらしくうまい。

 贅沢に盛られたトマトとチーズ、ゆで卵。

 焼いてから蒸留酒でフランベした魚と、根菜のつけあわせ。

 鳥と海藻の出汁で熱く煮た粥には、蜂蜜や辛味噌、漁醤など多種多様なソースがついていた。

 バハラタのコショウも贅沢に使われた赤く熱いスープ。

「この大ウサギとクイイモと半月菜のコシードはサマンオサ風だな。だが油が違う」

「この納豆の油揚げ詰め焼きはジパングの秘伝じゃないか」

 世界をめぐる船乗りたちがささやきかわす。

 そして金持ちたちが、旅埃を残す彼らをうさんげな目で見たり、また時に儲け話がないかと寄ってくる商人もいた。

 異国の珍しい話と一夜の情事を求める貴婦人もいつもながらのことだ。

 

 瓜生やラファエルは早々に切り上げ、そのままジパングの人々のほうに向かった。

 やや質素な板拭き屋根の、周囲から少し隔絶した街。そこに入ると、ジパングの見知った顔が大喜びで迎えてくれた。

「瓜生さま!」ヤヨイと家族の笑顔。

 床下に煙を通すため真冬でも汗ばむほど暖かい部屋で、静かに正座して薬草茶をすすり、餅菓子を食べる。これほど落ち着くところもない。

「ハイダーの評判が悪いようだね」瓜生はさっと直裁に言う。

「はい、誰もが、もといたところから見れば夢のように豊かに暮らせます。ですが、働かされる時間がとても長いのです。確かにやることはいくらでもありますが」ヤヨイがため息をつく。

「奴隷が自由民になったらそう思うのは当然さ、農奴制は多くの宗教的な休日があるもんだ。それに、照明の普及で夜も働けるようになれば、それまでの夜が明ければ起き日が沈めば眠る暮らしとは別になる」瓜生もため息をついた。「自由の町、チャンスの国、そういう面もあるな」

「心配なのです、何がとははっきりしないのですが」

「万一の時にはバハラタやロマリアに行けばいい。逆もそうだが。なんとかやるだけはやってみるけど、うまくいかなくても許してくれ」瓜生は悲しげに茶を置いた。

 

 やっと解放されたミカエルと合流して宿に向かう。夜の街は警備兵が道を照らしている以外、静かなものだった。

 ある塀の裏に、数人の男が相談しているのが、声を潜めればこそ余計大きく聞こえる。

「こうなったら力しかない!」

「資金は出してしまいました。一蓮托生ですよ」

「ハイダーを倒さぬ限り、この町に発展はない」

「誰だっ!」一人の男が叫び、短剣を抜きかけるのを、瓜生のゾンビキラーが先に抜かれ、一閃で手首を切り落とす。

「があああっ」

「ベホマ。無駄ですよ」ラファエルが切り落とされた手首をつないで癒してやりつつ、雷の杖を掲げる。その先端の稲妻がちりちりと弾ける。

「く、くそ、だがたとえ俺たちを殺したとしても」覚悟を決めた男たちの目に、瓜生は肩をすくめて剣を納めた……ただし、上着の下ではH&K-MP7に持ち替えているが。

「この街の運命はこの街の人が決める」ミカエルが沈痛に言う。

「だが一つだけ警告しておく。血を流すな」それだけ言って、瓜生は背を向けた。

 宿で密かに、アリアハンからの四人だけが話し、そして老魔術師エニフェビだけにいろいろ告げた。

 

 翌朝、恐ろしい人数の、ツルハシやシャベルで武装した男たちが集い、警備兵をなぎ倒してハイダーを引きずり出した。

 振りかぶられるツルハシ、だがそのツルハシの柄が、まるではじけるように切り飛ばされ、真っ黒に汚れた鉱夫は手を押さえて悲鳴を上げた。

 次の男のシャベルも。次々に、振り上げられる武器だけが。

 瞬間、昼が夜になる。闇の中、高い尖塔に稲妻が次々と落ち、爆音が弾ける。

「ああっ!」

「世界の終わりだ!」

「神のお怒りだ!」

「黙れえっ!」ミカエルの大音声が、広場を埋め尽くした暴徒を雷鳴より激しく打ちひしぐ。

 一瞬で全員が、その威に打たれひざまずく。

「アリアハンの勇者、ミカエルだ!そしてクァエル、この街の創立者、全ての地権者」と、老人が、どこかから当てられる強烈なスポットライトに目をくらませながらミカエルの脇に立たされる。

「アリアハンは街の自治に介入しない!この街の舵はこの街の人がとれ。だが、政争で血を流すことを禁じる!残酷な刑罰、不衛生な牢屋も禁じる!誰であろうが!殺せば、次の革命では自分や家族が殺されると恐れ、人の口を封じ怪しいと思うだけで殺すだろう。そしてそれゆえに、怨嗟と革命はより激しくなり、家族はおろか罪なき人も殺されるだろう。血で血を洗うことを禁じる!

 さもなくば我らの怒りが、この街を津波と山崩れに押し流すだろう!」ミカエルの凄まじい声。それはまさに、神の声だった。

「もし自分が神だ王位につく、なんていったら一発だろうな」と、きえさりそうで姿を消していた瓜生が、少し離れた劇場の屋根で強力な対空防衛用サーチライトと、それにつながったガソリンエンジン発電機を操作しながらつぶやいた。

 群衆に紛れ、きえさりそうを補充したラファエルも、鉄の棍棒を握りなおしてなおも武器を砕いていく。

「そしてこの街と、わが仲間ウリエル、そして南方の先住民の契約も継続せよ。森を切りすぎ、大地と水と大気を汚すことは許さん!契約を破る者あれば、世界の貴顕はたちまちそれと知り、この街との取引を断つであろう!」とミカエルがなおも叫び、そしてひときわ大きな稲妻を呼んで……実は瓜生が閃光手榴弾とTNTを安全なところで爆発させ、音と閃光を追加したのだ……また消えた。

 消えたのも単にきえさりそうを口にしただけなのだが。そしてガブリエラのラナルータで、ふたたび日光がまぶしく周囲を照らす。

「ええ、そういうことなら……評議会長を辞任します。適当な期間、牢に入りますよ」と、悄然と歩き出したハイダーに、手を上げる者はおろか唾を吐く者もいなかった。

 

 混乱の間、ミカエルたちはジパング村に滞在し、様子を見つつジパングの民をさりげなく守っていた。

 ハイダーの知恵袋に瓜生がいたことはよく知られており、それとジパングの民との関係も有名だった。

 だからこそ、その恨みがジパングの民に集中するのでは、と心配していたのだが、一日中ミカエルたちが稽古をしていたら、誰も寄っては来なかった。サイモンJrはずるいとかうそつきとかどうやったのとかいろいろ聞きたがったが、ひたすら稽古で黙らせた。

 そしてそのうち、混乱を収束し新しい秩序を作ることに、だれもが必死になった。

 

 それから、ミカエルは街に出た。以前とは違う、恐怖に満ちた目。

 さりげなく武器屋に寄り、もっとも強力な武器ドラゴンキラーを購入した。肘まで覆う手甲のように、腕に縛り付けてはめて握る柄から、腕の延長方向に薄く長い、それでいて恐ろしく重い刃が伸びている。それとデザインも合わせた、強力な魔力と驚異的な硬度を誇る竜のうろこで作られたドラゴンシールドも手にした。

 行き会った、創始者のクァエルはただ嘆いていた。「これが、あんたのおっしゃったことか」

「まあね。この程度で済んでよかったと思ってる……何万人も焼き殺された末に独裁者が暴走したって驚かないよ」瓜生が肩をすくめ、老人を連れ出した。

 劇場は子供ののど自慢に使われていたのを見て、瓜生は頭を軽く抱えた。

「反動で清教徒主義、またその反動で……ああちくしょう、何でこうどこの世界も人間は人間なんだ」

「そんなもんさ。人間じゃないのがいっぱいいるところに行きたいかい?」ガブリエラがからかうのに、瓜生は力なく首を振った。

「少なくとも、植物園と大学はそのまま運営されています」ラファエルが瓜生を慰めた。

 ミカエルは牢に向かい、最後の鍵で牢を開けた。まだ新しく清潔で、日光も入る。少し高いところにあり、湿気も少ない。

「サマンオサの地下牢に比べれば数段いいな」ミカエルがつぶやいた。

「やあ、ミカエルさん。ハイダーです」ハイダーが、質素な服で、何か肩の荷を降ろしたような笑顔で言った。

「みんなのためと思ってやってきたんですが……ウリエルさんの予言が当たりましたね。誰に文句を言う筋でもない。

 そうそう、私の屋敷の椅子の後ろを調べてみてください。しばらくはここで、いろいろ反省しながら皆さんの旅のご無事を祈っていますよ。

 もしやり直せるとしても、またこの街を作って、ここに戻りたいです」その笑顔に、曇りはなかった。

 ハイダーの屋敷の椅子の後ろには、装飾にしか見えないよう、また最後の鍵でしか開けられないよう、外から蝋を溶かしてピンを落とした錠が巧妙に隠されていた。

 そこには、これまで手に入れたものと同じような、黄色いオーブが輝いていた。

 

 

 変化の杖を求めていた老人のところに届けよう、とも思ったが、ガブリエラの思いつきで一行は一度、ノアニールからエルフの隠れ里に向かい、祈りの指輪をたっぷり買いこんだ。瓜生とラファエルは眠りの杖も買った。

 ラリホーは効かないことも多いが、費用対効果は大きく試して損はない。

 それから北の島の老人に変化の杖を渡すと、老人は別の海賊から得ていた船乗りの骨をくれた。奇妙な呪いがかかっており、まるでコンパスのように位置を示す。

 その導きにしたがっていくと、着いたのはロマリアだった。

 ロマリアの船乗りの間には、前から幽霊船の噂はあったらしい。

 瓜生はすぐ、王宮にもろくに顔を出さずに医者たちの間を回り、かつて診察した患者の追加検診だけでもと忙しく働き始めた。

「おい、わかってるだろ。いくらやってもきりがないんだ、幽霊船に出発するぞ」

 ミカエルが呼び出した。

「せっかくいらしていただいたのに、歓迎の宴にも出ていただけないのですね。ジパングからいらした方々の代表も、それはお待ちですのに。それにお父様が、またミカエルさまに王位を譲りたいと」カテリナ王女がすねて見せた。

「アリアハンの使命が優先だ」ミカエルが言うのに、

「そして父サイモンの遺体を確かめるため、サマンオサ王の命令でもある!ゆくぞ!」サイモンJrが強く胸を張る。

「まあそれは頼もしいこと。ミカエルさまたちはロマリアの恩人でもあるのです、どうかお守りくださいね」カテリナ王女が微笑みつつ手を与える。

「任せておけ!」と小さな体をそらし、その手に口づけて身を翻した。

「わかってる、きりがないってことは。だが」「いいから行くぞ!」瓜生は引きずられるように出た。

「どうぞお気をつけて」と、カテリナ王女が見送ってくれる。アンタニウス十二世も笑顔で手を振っていた。

 

 

 ロマリア半島の先、船員たちの噂と船乗りの骨を頼りに南岸に向かう。

 突然、時ならぬ濃い霧が海を覆う。気がついたら岸に激突しているかもしれない……皆恐怖に青ざめた。

 霧の向こうから、遠くからでもはっきりとわかるガレー船を漕ぐ音と掛け声、そして体を洗えぬ奴隷たちの嫌なにおいが漂ってきた。

 不潔はこちらも似たようなものだが、比較にならない。

「ちがう」海賊の仲間である商人が、青ざめた表情で叫んだ……その青い顔も見えはしないが。

「ああ」ベテランたちがうなずいた。

「生きた人間の船じゃない」ガブリエラと瓜生が縫い目を感じ、断じる。

 内心では、瓜生は遠距離から無反動砲で焼夷弾を叩きこんで焼き尽くしてやりたかった。

 その船から、腐臭とそれにとどまらぬ死の匂いが強く漂ってきた。

 見ることさえよくない、それほどの嫌悪感。

 徐々に、ゆっくりと、だが確実にその船は迫る……

「斬りこむぞ!」サイモンJrが叫んで槍を振りあげた。

 鉄かぎのついた縄が投げられ、引き寄せられる。

 だが意外にも、半ば下の骨が見えている船長は友好的に「ウェルカム・アボード(本船へようこそ)」と歓迎してくれた。

 なのに中には多数の、強力な魔物が出てくる。

 

 ひたすら突進するサイモンJrたちのパーティと、ミカエルたち四人が次第に違う動きをするようになる。

 銃が使えず、剣と盾と魔法だけが頼りなのだ。ラーの鏡の洞窟を探検していたときから、徐々に形はできていた。

 順番はミカエル・ガブリエラ・瓜生・ラファエル。そして敵と接したとき、ミカエルが動きで指示を出す。声は使えないこともある。

 突進するかとどまって盾を掲げるか。そして剣を振りかぶるか、それとも前にまっすぐ向けるか。四通りだ。

 突進し、剣をまっすぐ向けていれば、瓜生とガブリエラも武器をかざし、やや散開して突進し、ラファエルの雷の杖がふりかざされる。人数こそ少ないが、横列での面制圧にあたる。

 突進し、剣を振りかぶったときはミカエルの後をガブリエラが追って攻撃呪文かバイキルト。瓜生は補助呪文か眠りの杖、ラファエルは大抵雷の杖を使う。

 盾を掲げて剣を相手に向ければ、四人盾がくっついて一枚の板になるように固まり、敵の接近を待ってミカエルが何か歌を歌い始める。その拍子にあわせ、全員同時に攻撃するのだ。

 盾が掲げられ、剣が振りかぶられれば、互いの手が届くかどうかの距離をとってダイヤ隊形をとり、四人とも盾で身を守りつつ呪文を使う。特にラファエルの雷の杖に瓜生のバギマの爆風に近い暴風が合成されると、奇妙に増幅されて威力を増す。

 ベホマとザオラルを使うラファエルには怪我もさせたくないので、彼は基本的に後ろに置く。誰かが眠らされたり麻痺したりしたときも、後ろからすぐに解除呪文がかかる。

 そして賢者としては未熟な瓜生は、経験を積むためにもたくさん呪文を唱えておきたいし、唯一ベホマが使えない以上一番魔力を消耗していいのは彼だ。

 特に四人が固まって盾を固めたときは、ガニラスやマーマンダインの突進をやすやすと受け止め、相手の突進力をそのまま破壊力にして打ち返す。それも大抵は、ミカエルが狙う一匹を集中攻撃して。

 固まった四人は、ばらばらで動く七人より多くの敵を確実に仕留めていく。また全員が回復呪文を使えるため、長時間の戦いに耐える。

 また、これは幽霊船に入ってからの瓜生の思いつきだが、幽霊船の至るところにある索具の綱やハンモック、積荷の布を切り取り、敵に投げつけるのも有効だった。動き回る敵は、勝手に自分から絡まっていくのだ。特に絶望的なまでに強いテンタクルスも動きを封じ、その上から突き刺せば……最終的には懐に飛びこんで内臓そのものをえぐれば動きを止める。

 また、突進してくる、目に頼る生物ベースの魔物には、寸前でギラやニフラムを、ダメージではなく目潰しとして当てて攻撃する手も思いつく。それで敵がリズムが崩したところに正確な一撃が急所に決まる。

 積荷であったガラスや、油や酒を運んでいた壺を投げつけつつイオでふっとばす……実はこっそり手榴弾を仕込んで……のも少ない魔力で恐ろしい威力になる。特に至近距離で爆発すれば。

「卑怯だぞ!そんなの勇者らしくない!」そういった戦術を見るたびに、サイモンJrは叫ぶ。

「サイモンさま、あなたも有効な戦術を見習って、固まって戦いませぬか」と老エニフェビが言うが、それも「勇者らしくない」と怒鳴りつけるだけだ。

 ミカエルにとっては耳が痛かった。つい最近までは、彼女も「勇者らしく」に過剰なほどこだわっていたのだ。だが、生き延びること、少しでも前進すること、仲間を死なせないことを最優先する瓜生の戦い方に、彼女も少しずつ慣れてきている。

 ガラスの破片が遠くからその頬を切り裂いたとき、その怒りはついに爆発し、瓜生に切りかかっていこうとさえした。瓜生は盾だけでそれをかわしていたのが、よけい彼を怒らせる。最後にはミカエルがサイモンJrを蹴り倒し、剣を喉に突きつけさえした。

「おまえ、こんな卑怯者に味方するのか!サマンオサとアリアハンの仲がどうなってもいいのか!」

 泣き叫ぶ声に、ミカエルは悲しげに顔をゆがめるだけだった。

 

 悲しい船。おのれの死を知らぬ人たち。死んだ瞬間に固定された人たち。

 おのが死も知らず、この船が沈むことはないと言い切った船長。嵐に悲鳴を上げる航海士。

 鎖に縛られた、いまや骨となっても櫂を引き続ける囚人たち。また動くことなく、骸としての安息を味わっている者もある。

 そのなかに、かつてバハラタ北の宿で聞いた伝説の、そのエリックがいた。

 恋してはならぬ娘に恋し、娘の父によって引き裂かれ冤罪でガレー船の囚人となり、ただ港に着くときを願って生きていたのも突然の嵐に、鎖に繋がれたまま海底に沈む……

「よくあるんだろうな、そういうことも」

 瓜生が悲しげに言った。

「でも、いい歌になってる」とガブリエラがあえて笑った。

 さらに船の奥を探ると、そこには船員たちの私物もあった。最も粗末な籠から、大きな貝殻を固い土で固め、皮ひもで吊ったペンダントが出てきた。商人がそれにふと注目し、粘土を落として磨いてみると、上質な金細工が出てきた。かまぼこ状の金の棒に、複雑な文様を刻んで宝石を埋めた美しい品だ。金鎖も粘土に埋まっていた。

「盗まれねえように固めたんだな」

 その裏には、オリビアとエリックの名前が刻まれている。永遠の愛を誓う、愛の思い出。

 

 ロマリアに戻って一休みし、今後の計画を練っているとき、瓜生が「少し出かける」と船乗りの骨を持って港に出た。

「どこいくんだ?」聞くバッサーニノに軽く手を振るだけで無視し、二人乗りぐらいの小船をブランデーの大瓶と釣針バケツいっぱいと小山のような魚網で借りて、そのまま帆を広げて港を出る。

 港から少し流され、人目を避けて船外機をとりつけ、そのまま幽霊船に向かって、いつもどおり銃を手に乗りこんだ。

 昨日と同じく、まるで時などないように乗船を歓迎し、船を自慢する船長に深く礼をする。

 前に来たときに宝をあさっていた冒険者を見つけ、ラリホーで眠らせ縛り上げて小船に放り込む。

 船員船客の霊一人一人と話す。名前と故郷を聞く。襲ってくる敵を蜂の巣にしながら。

 エリックがオリビアへの愛を語り、絶望に打ちひしがれる言葉。何度聞いても。壊れたレコードのように繰り返される。

 瓜生はテンタクルスとの戦いを口実に逃れた。

 そして最下層甲板、さらにその下の船底に行く。そこは船の汚水がたまり、恐ろしい匂いが充満していた。樽が漂い、布と縄が腐っていく。

 瓜生は顔をしかめつつ、腰まである汚水に入ってヘッドランプと魔法の明かりを頼りに進み、竜骨の数箇所や船を支える桁材に、それぞれ十キロ以上のTNT爆薬をとりつけ、導爆線でつないで引っ張っていく。

 そしてその空間全体に、多数の大型ガスボンベを仕掛け、時限装置で自動的に開くように調整する。

 最下層甲板まで出て、一人一人の骸それぞれの近くに、話す者も物言わぬ骸もかまわず、かなり大きなガソリンの缶を置き、それぞれに導爆線を一巻きする。また特に太い桁材にはTNT爆薬をダクトテープでしっかり固定する。極厚の板にはテープ状に、よく見ればRPG-7と同様成型されたプラスチック爆薬を張りつけ、導爆線をつないでいく。RPGなどが戦車の装甲を貫く槍ならば、このテープは巨大な刃物となって鉄板でもコンクリート板でもやすやすと切断するのだ。

 そして下層甲板のマストにかなり大きな爆弾をがっちりと、小指くらいはある太い針金でくくりつけ、信管を調節してこちらには導爆線を通じさせずに上に上がる。マスト上のほうに、二つほど小さな無線機をダクトテープでつけ、それに雷管と導爆線をつなげる。

 もう一度くまなく、生きている人間がいないか調べる。

 追いすがるマーマンダインに一連射くれて片付けると、「それでは失礼します」と船長に一礼し、つないであった小船に乗り移った。

 霧の中ひたすら船外機で急ぎ、手元の計器で距離を測って、無線ボタンを押す……幽霊船の底から大爆発が起き、小さなきのこ雲が天に向かう。無数の破片が高速で飛び散る。

 すべての爆薬が、超音速で爆発を伝える導爆線で誘爆し、それが空気と混じっていた高圧燃料ガスに点火し、あちこちのガソリン缶も吹き飛ばして点火したのだ。瞬時に内部の空気が食い尽くされ、高い負圧がかかる。主要な構造桁が破壊されている船体は内向きに崩壊し、それで吹き込まれた空気中の酸素で残りの燃料が燃えて発生した中から外への爆圧が船体を完全に破壊し、焼き尽くす。

 そして全速で離れ、船が沈んで海面が静まった、と思ったらその海面が大きく盛り上がる。爆発にもびくともしない時限設定の大型爆弾が海中深くで炸裂したのだ。

 波から逃れて船ごとルーラでロマリアまで飛び、船を返す。公共浴場で体を洗い、汚れた服を着替える。

 助けた冒険者の懐に金の延べ棒を入れて宿に運び、戒めを解いて余計なチップを置いて預ける。

 ふと見ると、船乗りの骨は灰のように崩れていた。

 それから何食わぬ顔で食堂に戻った。

「どこに行ってたんだ」サイモンJrが厳しくとがめるが、無視して仲間のテーブルにつく。みなたくさんの食べ物にかぶりついていた。

「見てたよ」ガブリエラが水晶玉を指差す。「バカねえ、弔うっていっても」ガブリエラが半分笑う。

「やったな」ミカエルが微笑した。

「単なる自己満足さ」と瓜生は苦笑して熱い臓物と豆の煮物にかぶりついた。もうトウガラシ味が、かすかではあるがついている。「さすが、もうこれだけ普及するとは。やっぱりこれがあると味がぐっと締まる」

「怨念がある限り、また戻るかもしれません。神のみ手に委ねましょう、人の力ではなく」悲しげに祈るラファエルに、瓜生は船乗りの骨だった包みを渡した。

「さて、次にはどこに行くんだ?」瓜生がミカエルに聞く。

「知った話じゃない」サイモンJrが言った。「どこに行くか決めるのはサマンオサの勇者サイモンだ!」

「厄介なんですよ。ほこらの牢獄がある内海は、確かにバハラタ北の峠から見ることはできるのですが、そこに船でたどり着くのが大変に困難で」とラファエルが世界地図を示す。

「あの北の海をまた行きたくはないからねえ」ガブリエラが思い出すだけで吐きそうにする。

「ランシールからまっすぐ南下してはどうだ?こうつながっているようだ」瓜生が地図を指差す。

「沿岸航海のほうが安全だし、ノアニールからあの地獄か、それともジパング側から行くか、ランシールから南下するか」ミカエルが考えている。

「なら決まったら知らせてくれ」と、ミカエルのほうを見る。「その間病院見てるよ」

「帰ってこなくていいぞ」サイモンJrが憎悪に燃える目で瓜生をにらむ。

「噂を聞いたぞ。ろくな腕もないくせに、素性も何も知られないくせにミカエルにくっついて旅に出たとか、ここのカテリナ王女をたらしこんでミカエルの仲間と認めさせてるとか」

 瓜生はあると思った、と肩をすくめただけ。

「船でもろくに働きもしない、戦いでも卑怯なことばかりしてろくに戦おうともしない!」

「いい船員でもありますよ」バッサーニノが、

「偽王に何度も吹っ飛ばされながら」ウィキネが言い添えるが、サイモンJrは聞きもせず机を叩いて叫び募る。

「ここの医者たちからも聞いたぞ。悪魔のやり方で怪我人や病人を実験台にして、何百人も殺しただろう!」

「まあ事実だな」瓜生は相変わらず肩をすくめる。

「ばかな、彼が一体何万人の命を助けたと」言い募ろうとするラファエルを、瓜生が目で黙らせる。

「そこの」と、ガブリエラが初老のバーテンを呼ぶ。

「あい」

「ちょっと聞かせてくれないか、確か二十何年か前にもロマリアが魔物に攻められただろ?十七年前にはポルトガとの国境でちょっとした戦があったはずだ」

「あい、あたくしも戦いましたよ。それでこの傷を」と、男は服の前を開いて胸の深い傷を見せる。

「その、あたしら四人がいない戦じゃ、傷を負った人のどれだけが助かったんだい。辛いこと聞くね」と、小粒を握らせる。

「あたくしが助かったのは、運がよかっただけです。他の皆は、ずっと軽い傷でも、ほとんどは腐って狂ってばたばたと。アルエシリウ……」ととっさにこみあげ、鼻をすする。

「で、すまないが、この坊やに言ってくれるか?今回は、違ったろ」

「あい、半分、いや四人に三人は死ぬはずの野戦病院、十に一人しか死なないのです。アリアハンの勇者様の奇跡とみな褒め称えています」

「おかしいと思わないか?前のいくさには、同じくアリアハンの勇者オルテガがいたんだろ」

「そ、そういえば……そろそろ失礼します」とバーテンは逃げた。

「というわけですよ。事実上彼一人で、この国の人だけで一万人は助けたはずです」ラファエルが静かに言う。

「だが、聞いたぞ。変な部屋に連れ込んで占って、中には切り刻まれたまま死んだ子供もいる、って」サイモンJrの怒りは変わらない。「それに、ジパングだ。こいつはジパング出身なのか、たくさん連れてきて、カテリナ王女に取り入って広い土地を分けさせ、もと住んでいた人を追い出させて」

「それは事実じゃないです。彼らがもらった土地は元々農耕には不向きな湿地でした」ラファエルが言うが、サイモンJrは机を叩いて黙らせた。

「それに別の国で、青騎士団を裏切って全滅させ率いていたオクタヴィア王女を拷問して足を斬って、その幽霊に旧悪を暴かれたって噂も聞いたぞ」

 その怒鳴り声に、瓜生の眉がかなり強く反応した。

「読み聞かせてた叙事詩だろ?でも」言おうとしたガブリエラを瓜生が軽く指先で指に触れて止める。

 ロマリアの貴顕たちに、何夜も『グイン・サーガ』は朗読した。その幾夜かには仲間もいたし、王と飲みながらのときもあった。王女と女官長とワインギルド長だけのときもあった。だが、「青騎士団を騙して全滅」「オクタヴィア」「拷問の上の足切断」「幽霊による弾劾」この全てを聞いたのは、カテリナ王女一人だけだ。ほかの人はすべて、一部しか知らないはず。この噂自体、カテリナ王女の、瓜生に対する個人的なメッセージだ。

 その意味を少し考え、はっとする。人の集団をもてあそんでいたらどんなことになるかわからない、火遊びより危険だ。いつだって自分は石もて追われてきた、彼女に危険を負わせてはならない。

「それで、どうしろと」瓜生が冷静に言った。

「出て行け!私がアリアハンの勇者ミカエルと共に、魔王バラモスは討ち取ってやる!」

「どうするんだ?おまえに」瓜生がミカエルに聞くのをさえぎり、

「アリアハンの勇者ミカエルに聞くまでもない、私が決める!出て行け、二度と我らに、どこの国にも顔を見せたら即座に殺す!本来なら八つ裂きにしてなぶり殺しにしてやるところだ、サマンオサの勇者サイモンとアリアハンの勇者ミカエルの名による裁きだ!」

 剣を抜き放って叫ぶ。時ならぬ騒ぎに、酒場は騒然とした。

 瓜生はすっと席を立ち、そのまま、ただ立ち去った。

 

「おい、どういうことだ」カンダタの腹心ゴルベッドが、波止場に向かう瓜生を追った。

「向こうのほうが身分が高い。それに、今はおれが抜けても戦力的には大して差はない。ベホマもまだ使えないしな」瓜生が肩をすくめた。

「そうじゃない!おれは、カンダタの親分とミカエルの決闘のとき、二回ともいたんだ。甲冑があったから忘れられても仕方ないが」

「いや、覚えてたぞ。謝らないからな」

「謝ったら殺すぞ。あの一瞬、もんのすごい光と音、気がついたらごうけつぐまに殴られたみたいに吹っ飛ばされてた」

 瓜生は無言で海鳥を見ている。

「そっちの力をなぜ出さないんだ?」

 瓜生が、突然怒った顔で振り向いた。

「なら見てるだろう!おれがどんな簡単にカンダタにひねられたか」

 ゴルベッドは呆然とそれを見つめ、突然大笑いした。

「な、なんだよ、そんなこと気にしてたのかよ!あんたがその気になりゃ、おれたちが千人いたって簡単に殺せるんだろ?ロマリアの酒場で聞いたぜ、ガブリエラがマヌーサでみいんな幻見せたって、でも何人かかかってない奴が、とんでもないのを見たって」

 瓜生は無言。

「まったく変な奴だなあ」

 背中を叩いてくる盗賊に、瓜生は黙ってスピリタスの大瓶の栓を外して渡し、巨漢の盗賊は一気にラッパ飲みして大喜びした。

「バッサーニノに聞いたぜ、とんでもねえ酒持ってるって!これだよこれ。

 でなあ、ガブリエラに知らされて、親分と見に行ったよ、あの洞窟。なんなんだ、ぶっとい石の柱がぶち砕かれ、部屋全体炭でも焼いたのかってぐらい焼かれて、どの石にもあんな深く鉛が食い込んでやがる。

 それに、あの地下のアジトで、鉄の盾ぶち抜いて裏のレンガまで穴あけて、突っこんだ指やけどしちまったよ」

 瓜生はだまって、返された酒瓶から一口飲む。

「あんなガキにビビッてんじゃねえよ!あんたがどれだけのバケモンだか」

「化け物だからこそ、一つ間違えれば人々に恐れられ、迫害されるんだ。人間の中に敵を作るべきじゃない。本人が弱かろうが、妄執が変なところにはまったら人間の集まり全体を雪崩みたいに動かすこともある」

「ったく……」

 ゴルベッドは憮然としていた。

「ミカエルに伝えといてくれ。何とかなりそうだったらまた呼んでくれ、おれはお前の剣なんだから、と」

 そう言って、瓜生は瓶を返し、ルーラを唱えた。

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