奇妙な味のドラクエ3   作:ケット

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逆転、決戦、暗転

 手足を失う思いで出航したミカエルたち。だがサイモンJrたちは元気なものだ。

 結局ランシールにルーラで飛び、まっすぐ南下することになった。それも、瓜生が置いていった高性能コンパスやジャイロをわざと汚したり魔法の品に偽装したりしてだ。

 人数が多いだけに敵も多い。面倒なのは戦闘で飛び込んでしまうサイモンJrの扱いだ。その都度助けに行くのも大変だが、彼に反省の二文字はない。

 船のことよりとにかく先頭で前線に立ち、吹っ飛ばされながらひたすら突きかかる。

 ほとんど、みんなで必死に彼を守っているようなものだ。

 そして南に抜けようとすると、やはり強い風と寒さが降りかかってくる。幸運にも、たまたまラーの鏡があった洞窟で見つけた、全身が入るぬいぐるみがきわめて防寒に優れていたので、少なくとも一人の当直はなんとかなる。ハイダーバーグで手に入った天使のローブも寒さをよく防ぐ。

 着いた、と思ったら大きく流されていて、大きい河はあったもののその河口は浅瀬で遡れはしなかった。

 もう少し東に、もう一つの大河があり、それがほこらの牢獄につながっているのはわかっている。

 だが、そこへあの極寒の海を、しかも大きな声ではいえないが船外機もなしに航行するのか。

「一度ルーラで戻って、航路を見ながら再挑戦しよう。前もこの航路でどんな目にあったか覚えているだろ」海賊が言うが、

「戻らんぞ!勇者たる者、ただ前進あるのみとオルテガ様に教わっているのだ!たとえ船を担ぎ上げて浅瀬を抜けてでも前進する!」

 サイモンJrは譲らない。

「責任とりなさいよ、うぐ」ガブリエラがミカエルに、吐き気をこらえながら訴える。

「あたしの父はカンダタよ、関係ないわ」と、こんなときだけ女の子の口調で答える。普段ならそんなこと言うぐらいなら瓜生を引っ張り出して木刀で打ちこみまくるところだ。

「都合のいいこといわな……う、えぷ」言い返す余裕もなく倒れた。

 悪夢のような氷海。時には流氷に閉じこめられ、何日もただ流される。モンスターすら、肉が手に入るので待ち遠しいほどだ。

 ついに広い河口にたどりつく。前に世話になったドワーフのところでまた休み、それから広い河を帆走で間切りながら遡上していく。

 逆風になると、理論的には風向きに対し45度までは帆にかかる揚力で進める。だがその方向しかいけないから、頻繁に方向転換をしなければならない。その方向転換中に風に流され、岸にぶつかるリスクが常にあるのだ。

 風の呪文で強引に補助しても限界がある。ましてそこに敵が出たりしたら。

 風向きがあまりに悪ければ、川岸に船を泊めて風向きが変わるのを待つしかない。

 その間も薪や真水を集め、熊の魔物を狩って肉と脂と毛皮を手に入れる。松葉をかみしめて汁を吸い、カスを吐く。船乗りの間ではそれをしなければ壊血病になることが知られていた。

 

 森深い分水を越え、つながった二つの内海にたどりつく。サマンオサの、旅の扉を通じた飛び地でもある二つの広い内海をつなぐ海峡に入ると、悲しい歌声が天に響き、激しい風と潮流が船を押し返した。

「これがオリビアの呪いか」ミカエルが身を乗り出す。

「あっち側じゃ、船を出すこともできないのでせっかくの内海がまるっきり使えないそうですよ」ラファエルが風に逆らって怒鳴る。

「まあ、元々サマンオサは鎖国してたからな」ウィキネが忌々しそうに言う。

「この飛び地はほとんど見捨てられて、すっかり寂れてたっけ」バッサーニノが悔しそうにつぶやいた。

「呪いなどに負けるな、突っ込め!」サイモンJrが叫ぶ、そこでミカエルが思い出した。

「そうだ、このエリックの愛の思い出があれば」と、もういちど順風に乗って船を海峡に入れ、歌声が響き風向きが変わろうとしたとき激しく叫んだ。

「オリビアよ!汝の恋人、エリックはここにあるぞ!」そして金のペンダントを、全力で宙に投げ上げる。

 その瞬間、暴風で裏帆を打つと共に、空が奇妙な色の光に満ちて輝く。

 オリビア……オリビア……

 幽霊船で聞いた、恋人を呼ぶ声。

 風の叫びが、また別の、女の悲しい絶叫に変わる。

 エリック!

 そして空に、若く美しい男女の姿が垣間見える。何よりも深い思いが風に乗り、散っていく。

 突然風が穏やかになり、潮流が止まる。

「いける」ミカエルが素早く手を振り、ラファエルが帆を調整し、帆桁にしがみつきながら祈った。

 船はそのまま、まっすぐに広大な内海の奥、巨木が茂る島に向かう。

 そこを襲いかかって来た巨大なカメの魔物。何度か戦った相手だが、とにかく固いのでやっかいだ。バイキルトをかけたラファエルの鉄棍か、ミカエルの炎を帯びた魔法剣しか通用しない。しかも恐ろしく数が多い!

 エニフェビのヒャダインが骨も砕く冷気の嵐となって別のザコをなぎはらい、ミカエラが斬りこみガブリエラのベホマがその腕を癒し続ける。

 ウィキネの斧槍と大盾がカメの突撃を食い止め、ピウスのベホマがサイモンJrを癒す。

 ゴルベッドの巨大な鉄球が頑丈な甲羅を叩き割り、ジジがバイキルトを唱え続ける。

 バッサーニノとラファエルが、息を合わせて巨体をひっくり返し、急所に鉄をぶちこむ。

 全員がかなりの傷を負いながら、なんとか切り抜けて島に上陸する。

 

 呪いの海に浮かぶ孤島。これ以上確実な牢獄はない、人に翼がない限り。

 ルーラやキメラの翼でなら動けようが、それも空を見たときだけ。また牢獄の塔は、海からの全てを見ることができる。

 その入り口は、深く土とレンガで塗りこめられ、さらに上体を潰された白骨が散らばっていた。

 掘り返して入ると、そこは新しい囚人が入ることもなく、牢番さえもそのままに餓死し、朽ち果て人魂と化していた。

 これまでの牢につきものだった、鼻が曲がるような悪臭すらない、ただの洞窟に過ぎない。ネズミも虫も食べ物を失い去っていた。

 骨すらも白くきれいで、哀れを誘う。

「むごい」ラファエルがつぶやき、祈る。

「王と入れ替わった魔物が、サイモンを放りこんでから誰も連絡が取れないように封じたんだな。さらに埋めた人足も殺して」ガブリエラが何か唱えて怒りを制御する。彼女にとっては幼い日、共に旅した家族だ。

 サイモンに仕えていたエニフェビも、涙を隠せなかった。

「父上!父上えええっ!」サイモンJrの絶叫、次々と牢の鉄格子を蹴り破り、骨にほおずりして遺品を捜す。

 牢の一つの部屋にわだかまっていた、消えない冷たい炎。それが沈んだ言葉を吐く。

「私はサイモンのたましい。私のしかばねのそばを調べよ……」

「父上!わたしです!仇はとりました!」

 少年がどれほど叫んでも、同じ。あのエリックと同じ、魂は最後の思いを繰り返すだけ。

 一つ一つ、骨の周りを探し回る。そしてサイモンJrが寝台の下から太く半ば朽ちた木の太い棒を取り出した。

「これだ」と、その細くなった部分に手をかけ、抜く。

 すると、緑がかった黒に輝く美しい刀身が抜き出された。掌と同じほど広い刃、肘から先ほどの長さ。時にも地下水にも錆び朽ちぬ魔力が光を照り返す。

「サイモン家の、ガイアの剣だ!」

 少年の叫びが淋しい牢獄に響く。

 

 骨を集め、サマンオサに戻って母親や王たちと共に盛大な葬式を挙げる。剣を掲げて歩くサイモンJrは、まさに悲しみと得意の絶頂だった。

 そのサマンオサでは、とんでもない噂が聞こえた。ミカエルのパーティから追放された男が、ロマリア王女カテリナをさらって消えた。

 美女と名高いイシス女王アスェテ二十七世を数日間さらい、その部屋で夜を過ごしたとも。

 また神の怒りで、イシスで火山の噴火があったとか。その奇妙な夕焼け朝焼けはサマンオサでも不気味だった。

「やはり殺しておくべきだったんだ!見ていろ、バラモスを倒したら必ず殺してやる!」サイモンJrがいきまく。

 やはりバラモスが優先だ、となだめられてアッサラームに向かうが、今度はアリアハンの王女をさらった、サマンオサで……などと噂が広まっていた。

「なんてやつだ!」憤るのを老魔法使いが必死で、

「勇者なら最優先はバラモスですよ」となだめぬく。

「うちの王女様をさらう?いい度胸してるな」ミカエルが呆れた。

「誰がさらうっての、あのアリアハンのアリ……あのアホ、いいように利用されちゃって。犯人は多分」ガブリエラがため息をつく。

 ラファエルは何も言わずに首を振り続けた。

 

 アッサラームから長い湾を通って、ネクロゴンド大陸の入り口にたどりついた。

 そのとき奇妙な風、そして潮が恐ろしい速さで満ちるような激しい波が船を襲った。かすかな奇妙な音が聞こえた気もする。

「あのアホ、なんてことを。なんてことを!やっていいことと悪いことがあるだろ!」ガブリエラが何か怒っていたが、それが何なのかミカエルもラファエルも何も聞かなかった。

 その海を守る魔物たちもかなり強い。

 カメとカニの怪物が、恐ろしい数おそいかかってくる。

「肉には不自由しないね、どちらもうまい」ガブリエラが茶化そうとするが、それも傷の悲鳴に流される。

 

 バラモスが出現したというネクロゴンド大陸。そして、オルテガが命を落としたという、ちょうど富士山ぐらいの雄大な火山。

 その崩れかかる不安定な砂を踏み、かなり強い魔物と戦いながら一歩一歩登っていく。

 誰も余計なことは言わなかった。ミカエルもサイモンJrもおそろしくぴりぴりしており、潜在的な怒りは全て魔物に叩きつける。

 雪が混じる火山灰土を魔物と自らの血で染めつつ、また一歩登る。慎重に、杖を深く土にさしながら。

 火口は深く、熱い煙を吐き、その底では鈍く光る溶岩が煮えたぎっていた。まさしく地獄の底をのぞく思いだ。

 ジパングの洞窟でも溶岩は見たが、ここはそれとは違う感じがする。

「ここでオルテガが」むしろ、悲しく怒ったのはガブリエラだった。ミカエルよりも、オルテガと過ごした年月はむしろ長いかもしれないのだ。

「ガイアの剣を」と、ミカエルがサイモンJrに手を差し出す。

「ど、どうするんだ」サイモンJrが警戒する。

「あの火口に投げ込む。そうしなければ、バラモスへの道は開かれないと予言された」

「い、いやだ」激しく彼が拒む。

「バラモスに世界が滅ぼされてもいいのか?サイモンの、本当の仇はバラモスだぞ!」

「いやだ!この剣は父上の、ぼくのだ。父上と母上と、ベスと、みんなでずっといて、壁にかかってて」サイモンJrがわめく。

 父親は不在気味とはいえ、何不自由のない貴族令息だった。それが突然、あれよあれよと暗転した。兵士に吼えて無残に殺された愛犬、そして使用人たち。盗賊にかくまわれての不安な年月。

「ルザミの予言者が」ラファエルが言うが、

「うそだ!そいつはバラモスの手下だ!どいつもこいつも」そう叫び、錯乱したようにガイアの剣を振り回し、ミカエルを傷つける。

「坊ちゃま!」叫ぶ老エニフェビが、ふと何かに気づくように下を指差す。

「退路が」

 広い火山。その山肌の色が、そのまま変わる。

 膨大な魔物が、火山の五合目から下をくまなく取り囲んでいた。何十万だろうか。百万にも及ぶ?

「ふっふっふ……」サイモンJrの右手の甲に、突然口が開き、血を滴らせながらしゃべりだす。「不安と恐怖、そして憎しみ。食らってやったわ。うまかったぞ」

「ま、魔物」サイモンJrの顔が引きつる。

「ルーラも使えぬぞ。この剣は大切な鍵になるとか、バラモスさまに献上しなければならん。そしておまえたち勇者とかぬかす愚か者どもの首もな!いや、首など残るまい。肉片一つ残さず食い尽くしてくれるわ!ミカエルよ、わが兄が息絶えたこの火口、オルテガと同じ場で死ねいっ!」

 下から、凄まじい声が地響きのように聞こえる。

「ぎゃあああああああああああああああああ!」

 悲鳴。サイモンJrの右腕が、根元から抜けた。ホースから水が吹くように血が吹き出し、あわててラファエルがベホイミをかける。

 木の葉が枝から落ちるように離れた右腕は、そのまま岩と一体化して肥大していく。あっというまに、半ば岩の肌を持つ、人間の背丈の倍近い姿、基部は大型のバンにも匹敵する、地面からそそり立ち巨大な口を手の甲に開く腕の怪物と化す。

「そしてついに、この肉体も得たのだ!」バラモスのかげの哄笑が響き、膨大な魔物が押し寄せてくる。

「そう、肉体を得たんだね」ガブリエラが微笑み、手を上げた。「飛んで火にいる夏の虫はそっちさ」

 次の瞬間、その巨大な右腕の下半分が消し飛び、衝撃波がサイモンJrをなぎ倒し、その向こう側の岩までが砕ける。とてつもなく強力な徹甲弾。吹っ飛んでミカエルのそばに突き立ったガイアの剣を彼女が握った。

「伏せろ!」

 どこかからはっきりと、瓜生の声がした。

「伏せろ!岩陰に隠れるんだ!」ミカエルが叫び、呆然としているピウスとバッサーニノを岩陰に引っ張りこんで盾で頭をかばった。

 押し寄せてくる無数の魔物の中で、次々に凄まじい爆発が吹き上がる。30mm機関砲の榴弾と7.62mm×51NATO弾が嵐のように叩きこまれ、爆発と死の暴風となる。人間の三倍はある熊の魔物すら一撃で爆発するように四分五裂する。

「ウリエル」ラファエルがジジをかばって伏せながら、嬉しそうに言う。

 かなり離れた、やっと見えるかどうかの山肌から吹き上げる煙と閃光。MLRS……Multiple launch rocket system.12発の大型ロケット弾、一発644個の子弾が広範囲に飛び散り、一つ一つが爆裂して破片を銃弾以上の速度でばらまき、不発弾も走り回る魔物が踏んだら地雷となり足を吹き飛ばす。その上から低く広がるイオラが、多数の不発弾を全て誘爆させる。

 なんとか死の嵐から逃れようと逃げ惑う魔物が山肌の窪みに集まった、そこでナパーム弾が起爆して地獄の炎を生み出す。炎に耐性がある魔物が逃げたところで多数のクレイモア地雷が起爆、超音速でばらまかれた無数の鉄球が核を破壊する。

 爆炎に導かれるように魔物が逃げた、その上の斜面が爆発とともに崩壊、土の雪崩が全てを呑みこんだ。

「こ、これかよ、ロマリアを救ったウリエルってのは。噂なんてもんじゃねえ、あいつがその気になったら世界滅ぼすのさえ簡単だ」ゴルベッドが頭を抱えて震え上がった。

「くそおっ、ひるむな!」手首だけになりながら叫ぶバラモスのかげ。「に、匂うぞ、いるな!」

 三本の指から同時に放たれるメラミが、かすかに硝煙が吹き上げる岩陰を激しく焼いた。

 岩陰に偽装した、30mm機関砲を搭載したナメル装甲車から、瓜生がすべり出るとゾンビキラーをひっさげて歩み寄る。

 機関砲もMLRSもナパームも山肌の爆薬も、すべて岩陰から遠隔操作していたのだ。ビデオカメラとモーターがついた遠くの砲塔を、テレビ画面を見ながらジョイスティックで。ゲームか何かのように。

「やっと釣れた」やっと皆のところまでたどりつくと、バラモスのかげにむしろ親しげに語りかける。

「き、きさま」

「失敗だったな。憎悪と噂だけ撒き散らしてそのまま消えて放置していれば、人間という愚か者は勝手にそれをふくらませ、暴走したはずだ。肉体を得ようなどと欲張ったから、人は自らの悪を魔という対象にして憎むことができる。単純な物語に還元できる。本当に魔物がいるから魔女裁判の必要が少ない、わかりやすい世界で幸いだよ」瓜生が微笑みかける。

「お、おのれええええええええええええええええええええええ!」

 飛びかってくる、なかば崩れた腕。それを瓜生が一閃で叩き斬った。その抜けたところに、ラファエルの鉄棍がぶちこまれる。そしてミカエルのライデインを帯びた一閃が容赦なく唐竹割り。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 悲鳴がそのまま風に消え、腕が塵と化していった。

「くされ魂ごと消えうせな!」ガブリエラのニフラムがその塵を浄化する。

 

 腕を押さえたミカエルに、とっさに瓜生が駆け寄ってベホイミを唱えた。ラファエルも駆けつける。

 ミカエルと瓜生の目が合う。

「おかえり」それだけ。

「伝わってなかったか?おれはお前の剣だ」と瓜生は言って、抱きしめようとした手を抑えた。

 その瓜生の肩を、背中からガブリエラが叩く。

「うまくいったね」

「おかげさまでね。特にカテリナ殿下。あの方は絶対敵にしたくないな」瓜生が笑った。

「ど、どういうことだったんだい?」ゴルベッドが聞く。

「要するにだ。偽王を殺したときそこのサイモンJrに、心を操る実体のない魔物がとりついた」瓜生がサイモンJrを見る。

「もともとその坊やはウリエルに反感持ってた、それを突かれてね。その魔物はあたしたちのことも動かそうとしたけど、賢者二人に気づかれず動かすなんてできない……でもあたしたちは、操られるふりをしたのさ」ガブリエラが笑っている。

「あのサマンオサの偽王、本来あんな知能の低い巨人に国を動かす能力などない。その実体のない魔物が操ってた……実体がない相手は剣でも倒せない」

「王を直接操るのは、結界とか宮廷魔術師とか護符とか色々あるから無理だった、それで変化の杖を使うって手を使ったんだろうね」

「そんなわけでおれはパーティを出たし、ガブリエラはそれを止めなかった。ミカエルもラファエルも、かなり影響を受けてたんだよ。サイモンJrに逆らっちゃいけない、って思ってたろ」

「で、ダーマ一同でその魔物を逆に操りながら王女様にいろいろ伝えてこのアホをつかまえてもらったんだけど、あいつらこのアホにいろいろ頼んで、戦いはひっくり返すわ世界の地形さえ変えるわ。妖精とか海精霊とか、ダーマへの苦情が凄いんだからね」

「あの魔物はあのガキの肉体に縛られてた。彼に見えることしか見えない、おれの評判さえ落ちていれば満足して、おれが遠くで幻でごまかしながら動いてたのは見てなかったようだ」瓜生の額にはちょっとやり過ぎたかな、という冷や汗が落ちている。

「それでばたばたしながら相手の正体を探った。おかげでバラモスについて、結構たくさんつかめたよ」ガブリエラが満足そうに笑う。

「ルザミの予言者やダーマにも相談して、ここに罠を張った、ってわけさ」瓜生が話し終える。

「なるほど、そういうことだったのか」と、ミカエルがドラゴンキラーと盾を外し、布切れを拳に巻きつけた。

「え、その……まあ、そりゃ、ちゃんと説明しなかったのは悪かったけどさ」ガブリエラが言って、瓜生の背後に逃げる。

 瓜生は諦めて、足を開いて手を後ろに組んで、「言っとくが、布を巻いた拳は裸拳と違って凶器なんだぞ。あとその、上体を横8の字に揺らすのはまずいんじゃないか?」

 ラファエルが止めてベホマをかけなかったら瓜生が死んでいたのは確かだ。

 

 腕が消滅していたサイモンJrは、ベホマの応用呪文で新しい腕が生え、落ち着くまでは行動不能状態になった。

 それでやっと療養をかねてサマンオサに帰ることを承知したが、ガイアの剣を火口に投げ込むのは最後まで見たがった。

「いいな?こうしなければ、バラモスを倒すことはできないんだ」

 今も半ば昏睡状態のサイモンJrに言うと、ミカエルは迷いなく、遠い溶岩に剣を槍投げのように放った。

 しばらくは何事もない。と思ったら、激しい地震が襲った。

「安定したところまで降りろ!」ミカエルが叫ぶ。

 そして、ゆっくりと、柔らかく流動性の高い溶岩が火口から盛り上がる。

「だいじょうぶだ、こっちには向いてない」

 だが激しいガスと火山弾、灰が降りしきる。

「そこへ!」瓜生が準備していた、ナメルを埋めてコンクリートで固めたトーチカ、そこに全員が避難し、防水布で目張りして、酸素ガスボンベをひねる。

「だめだ、酸素だけだと……二酸化炭素分圧が上がるだけでも危険なんだ、まして外は硫化水素か」と暗闇の中瓜生が頭をひねりつつ、いくつか新しい機材を出して始動させる。元々NBC装備は充実していた。

「いざというときはルーラで飛ぶぞ」ミカエルが準備を始める。

 気が遠くなるような、短いが長い時間。まったくの闇。

「だいぶおとなしくなったかな?」地震が弱まる。瓜生が、銃を遠隔操作するためのカメラから映像を拾おうとするが、断線したものが多いし通じているのも画像が悪かったり、灰で視界が悪かったりする。

「見てくる」と、ミカエルが飛び出した。

「危ないぞ、マスクを」と瓜生が追う。

 とりあえずダイビングのマスクをし、防火布で身をくるんだ二人が、慎重に火口をめざす。

 そこは、まさに地獄だった。

 別の方向に流れた火砕流が木を焼き尽くし、溶岩の熱気が激しく伝わってくる。

 流れ落ちた溶岩が大きな川をふさごうとしている。

「避難して、また戻ったほうがいい」

 ミカエルの判断で、全員サマンオサに戻り、サイモンJrをその母の手にゆだね、しばらく共に冒険した人々と酒を酌み交わし、別れた。

 瓜生はロマリアでの試作品だ、と偽って、皆に最高級のイタリアワインや日本酒を配る。その美味に誰もが言葉を失った。

 無論ロマリアは先刻承知、研究もしているし王城のワイン庫には瓜生が渡したとんでもない銘柄が樽でずらりと眠っている。

 苦楽を思い出す。世界樹でサイモンJrたちを救い出してから、サマンオサ王城へ、そして南の洞窟の苦しい旅。

 サイモンJrに忠実で、ジジと瓜生に惜しみなく魔法のコツを教えてくれたエニフェビ。

 寡黙だが、凄まじい体力で盾になっていた、処刑寸前に助けられた弟に喜んでいたウィキネ。

 情勢判断が正確で、ラファエルにとってよき師となっていたピウス。

 カンダタの豪放さを思わせる、酒にはだらしないが戦場ではひるまないゴルベッド。

 常に元気、笑いを振りまいていたジジ。

 より成熟したユーモアと暗殺者の冷酷さも秘めていたバッサーニノ。

 サマンオサ名物の、二角大ウサギと地下に実る豆のコシード。恐怖政治の中伝言に使った芋。大きな猟鳥の塩味をきかせ中に果物と香草を詰めた丸焼きに苦味のある菜をあわせると絶妙にうまい。独特の穀物の苦いパン。広い河からあがりたての、人の身長より大きな魚の香草揚げをつつきながら、思い出話は尽きない。

 ボストロールとの死闘。幽霊船。瓜生が抜けてからの、ほこらの牢獄への旅。

 変わった、真っ赤な果物の強い酸味と甘味。脂肪の多いとろりととろけるような果実と酢が奇妙に合う。潰した極甘の果物をたっぷりかけたフローズンヨーグルト。焼いてはじけた脂肪の多い木の実。

 ジジに恋心を告白されたラファエルの反応を、ガブリエラが楽しく笑い、歌にする。

 別れはあっさりと、ブドウの絞りかすの蒸留酒、グラッパを一杯ずつ干して。

 久々の四人パーティ。

 アッサラームから船で、何度か様子を見て安全になったと判断し、溶岩がふさいだ熱い陸路を通る。ゴムの靴底が溶け革靴の鋲で足が焼けるほど熱い、熱に呼ばれた雨が蒸発して湯気に覆われるほど熱い。ヒャダルコで行く道を冷やしながらかろうじて道を越え、ついにネクロゴンド大陸に足を踏み入れた。

 

 

「それにしても、一体どうやってたんだ」ミカエルが聞いた。

「何をされてたんですか?」ラファエルの、結構強い問いに、瓜生とガブリエラは顔を見合わせて、ばつの悪い苦笑をかわした。

 ガブリエラの水晶玉を、ビデオを再生するように見てみる。

 ちなみにサイモンJrにとりついている魔物の視点では、具体的な行動は幻にごまかされつかめない。ひたすら噂を聞くだけだ。

 

 最初、瓜生はどこの国にも行かなかった。バハラタの入り口から隠れるように離れて車に飛び乗り、北方に見繕っていた人気のない地の小さな盆地に行って、いろいろ工事を始めた。

 果樹やナッツの木の多いところを選び、若い枝を切って少し掘り返した土に埋める。

 湧き水の近くに大型のテントを設営し、溝を掘って機関銃とクレイモア地雷をしかける。

 チェーンソーである範囲を切り倒し、木材を集めながら焼畑を始める。

 五右衛門風呂の工事が終わった頃に突然、持っていた荷物の中の何かが強い魔法反応を示す。

「何が」と、賢者の能力を用いてそれを探ると、ルーラの変形の呪文がわかる。

 荷物に仕掛けられていた、魔力のこもった何か……それで探知された。

「まさか、バラモスか」瓜生はキメラの翼を握って門前のM2重機関銃のある壕に飛びこんだ。

「瓜生さま。ロマリアにいらしてください!」荷物の、魔力のこもった小さな銀貨から、聞きなれた声がした。

 瓜生は少し顔をゆがめ、作業の後を整理して危険がないようにし、ちょうど沸いていた風呂に入って清潔な服に着替えてロマリアに飛んだ。

 

「瓜生さま!」カテリナ王女が厳しくとがめた。

「は」瓜生はただひざまずいて、面も上げられなかった。

「ミカエルさまと別れた事情はうかがっております。なぜわたくしども、せめてバハラタやハイダーバーグを頼られないのですか。ダーマもランシールも、サマンオサもジパングも、いやイシスやノアニールも、あなたを喜んで迎えないところなどどこにあるというのです。皆どれほどの御恩をこうむっていると思っているのです!」

 怒った彼女の迫力は凄まじかった。アンタニウス十二世と、その横のアンタニオ・ヴェノス王太子は黙ってにやにや笑っている。

「その、わたくしの公的な立場はミカエルの仲間である、ということのみです。さらにもし御好意をいただけたとしても、それでサマンオサとの関係などでご迷惑になったり、また人の世の流れで私が人全てを敵に回したりしかねない、と」

「瓜生さま、あなたは考えなくてよい、と申し上げたはずです。賢者になったというのにおわかりにならないとは……あなたは世のことを考え、配慮することに向いておられない。考えるべきでないことまで考えて、よけい悪く考えてしまうのです。わたくしたちがいたします」

「あの噂はうかがいました。青騎士団の話、オクタヴィアの名、ナリスの拷問、アリの亡霊、全て聞かれたのは殿下ただお一人」

 カテリナはにっこりと笑った。

「そのとおり。ですが、わたくしはその噂でこう申し上げたのですよ。噂はわたくしたちが操っているのですから、ご案じなさいますな、と」

「危険です!殿下に、ロマリアに万一ご迷惑をかけたら死んでも」

「おだまりなさい」その威に、瓜生ははいつくばるしかなかった。

「わたくしたち、王族をなんと思っているのです。噂の一つや二つ操れずに、国を保てるとお思いですの?あなたの正体を隠し、またジパングの民への反感をそらすために、より多くの悪評を積んだのです」

「ですが、そのために殿下の御名誉が」瓜生の必死の顔に、王女はにっこりと……恐ろしい笑みを向けた。

「それがどうしたというのです」瓜生は唖然とした。「噂には噂。ではまいりましょう」と父王にうなずきかけて、カテリナは瓜生の腕を取って廊下に出た。

 そして女官や貴族が見ている前で、瓜生にしなだれかかって何かしらささやく。一瞬呆れて頭を抱えた瓜生だが、仕方なくうなずいて、何人かの家来が持ってくる、彼でも背負えるギリギリの大きな荷物を担ぎ、カテリナ王女と一人の女官を連れてルーラで飛んだ。

 

 

 大荷物と二人の女性を連れてイシスの門前に着いた瓜生。衛兵が誰かを迎える準備をして、きょろきょろしていた。女官がすばやく衛兵のところに行き、何かを見せると衛兵は一瞬硬直し、そして大慌てで中に知らせに行って、塀の中に隠れた道を通って王城に向かった。

 女王の執務室に、前に調べたときもあったとは知らなかった道から直行する。アスェテ二十七世の美貌に、瓜生は面も上げられなかった。

 瓜生が担いできた荷物は、ロマリアからイシスへの贈り物だった。重厚な刺繍、カザーブの山蛾絹、酒精強化ワイン、アッサラームやイシスで大ブームになっているセージ茶と乾燥トウガラシ、瓜生が伝えた水蒸気蒸留で得られたローズマリーやティーツリー、それにロマリアに古くからある香草の精油、ジパングの職人が作った酒や紙、漆器など。

 女王も相変わらずの美貌で大喜びする。

「さて、もうそろそろロマリアでは駆け落ちかさらわれたか、と大騒ぎになっているはずですね」カテリナ王女がゆかいそうに笑う。

「なんて面白いことでしょう」女王も楽しそうに笑っている。「そうそう、お願いした話ですが」

「ええ、瓜生様、砂漠を家畜より早く走ることなどはできないでしょうか。わたくしたちを乗せて」とカテリナ王女。

「できますが、一体」といぶかしむ瓜生に、ヴェールを取ったアスェテ二十七世がとてつもない笑顔を向けた。それこそ百兆ドルの。

「実は」と、イシス周辺の地図を広げる。「こちらがわ、ネクロゴンド側の岩山から、多くの魔物がおそいかかってきて、ここに」と地図の一点、イシスからかなり南東にある小さな台地を指した。「わが国の兵が多数篭城しております。是非見舞って顔を見せたいのですが、そこまで安全に素早く行く方法がないのです。あまりにも魔物が多くて」

「陛下は今後二年間は、三日以上城を空けることなどできないのですよ。儀式がそれだけ決まっているのです」とカテリナが告げる。

「どんなに急いでも、あの砦につくまでに五日はかかるのです」アスェテ二十七世の憂い顔の美しさ。

 瓜生は痛ましさに胸を押さえ、ひざまずいた。

「かしこまりました。国のため戦う兵を見舞わんとするお心、応えねば男ではありますまい」

「ありがとうございます」その笑顔に、瓜生はもうどうなってもいいやと正直思った。

「ただ、このウリエルさまは賢者であり、特別な力がありますが、全能ではないのです。どうかその制約を聞いていただけますよう」とカテリナが頼むのを当然のようにうなずいた。親友、と聞いたのは嘘ではない。

「即位前はアッサラームまで隊商と歩き、ランシールまで船旅をしたこともございます」固い決意の目、それがまた美しい。

「わたくしも、バハラタやシャンパーニュまで旅をしたことはあります」カテリナ王女も侍女とうなずき合った。

「……合計六名まで。お荷物も、お手に持てる程度のわずかなものになります。危険やご不便がないとは言えません。よろしいでしょうか?」

 アスェテ二十七世が固くうなずき、傍らの女官にいろいろと告げた。

 ほとんど逃げ出すようにいくつもの予定をぶっちぎり、三人だけ女王が信任する、全員女の戦士と魔法使いと僧侶が選ばれて付き従う。女王もいつもの薄絹とは違う、丈夫な旅人の服を用意していた。それでもまた美女は美女なのだから困ったものだ。

「砂漠の日光は強烈です。どうぞこちらを」と、さらに厚い布をかさのようにして、カテリナも頭部や腕を覆う。

 かなりひそかに抜け出した王宮の外、人が近づかないことになっている果樹園。

「おそれいります、どうかこちらへ」瓜生が呼んだ、そこには巨大な鉄の山……ナメル装甲車の30ミリ遠隔操作砲塔版が口を開いていた。

「狭い部屋ですが、どうぞお乗りください。これから大変に失礼でぶしつけなことを言わなくてはならぬこと、お許しください」

 驚きおののく高貴な女たちに、瓜生が厳しい目を向ける。

「こちらが簡易トイレです。止まることもできますが、それが危険な場合もありえますので」その必死の表情に、驚く侍女たちを抑えた王族の女性二人は深くうなずいた。それに、瓜生は彼女たちへの認識を改める。

「こちらが飲料水。あとブランデーとウィスキー、シャトー・マルゴーとシャンベルタン、シャブリと特級純米酒を用意しています。魔法使いの方、ヒャド系呪文は使えますね?」深いフードをかぶった初老の女性がかすかにうなずく。「必要があればこちらのバケツを冷やしてください。またこちらに、下賎の品ですがクッキーやレーズンも用意してあります。できましたら、揺れますのでこのシートに、これでこうやって身を結びつけてください。外の景色はこの画面で見えます」と、小さなテレビディスプレイを据え、電源をつなぐ。

「音楽もどうぞ」と、iPodにスピーカーをつないでスピーカーを発電機につなぎ、クラシックのフォルダだけを開く。無論カテリナもアスェテ女王も、侍女たちも驚いて口もきけない。

「何か、他にご入用な、お命にかかわるようなものに限りますが、ございましょうか?」

 女性たちは首を振る。

「充分すぎるほどです。ひと息のときも惜しい、はやくわが兵が死んでいる戦場へ」女王の目に、瓜生は深くうなずいた。

「何かありましたら、この紐を引いてください」と、二本の紐を別系統で操縦席まで回す。

 本来三人で操縦するナメルを一人で操縦するのだから不安が大きい。多数の外部カメラがあっても。車輪では到底走れない隊商路からも外れた砂砂漠だが、砂漠の国イスラエルが作ったキャタピラ戦車に問題はない。

「では閉めます。船同様に酔うのはお許しください。そのときはこのバケツを」

 後部ドアの閉め方を女戦士に指導し、閉まったのを確認する。緊急用の酸素マスクと防火布も配り、使い方を教える。

「これでいいか、いや完璧には永遠にならない!」

 狭い操縦席に着き、遠隔操作砲塔を操作できるようタブレットを手元に置いて、始動する。巨大なキャタピラがうなり、ネコ科肉食獣に匹敵する時速60kmで、マヌーサをかけたまま砂漠に飛び出した。

「これで、王族女たらしの評判は世界中に広まるでしょう。そうなれば多少の悪評とかわけのわからない能力なんて、かき消せますよ」カテリナの声も、激しいエンジン音と騒音にかき消される。

 まさにぎゅうづめ、なんとか外の景色が荒い映像で見えるだけだ。

「どうかご辛抱ください!」瓜生が何度も叫びながら、全速でガレ場、砂海を飛ばす。乗り心地はおせじにもいいとは言えない。

 時折モンスターの群れに襲われることもあるが、装甲に任せて無視。大半は追いつくこともできず置いていかれ、前から襲う魔は岩より小さな障害物として容赦なく乗り越え、押しつぶすのみ。本来のイシスの魔物より数段強い魔物も、まったく変わらない扱いだ。

 後部バスケットまでいかなければ武装にはアクセスできないので、せっかくの重武装もまるっきり無駄だが、必要ないのだ。

 中には火を吐く魔物もいるが、重装甲はそれもまったく無視した。

「このお菓子、すばらしいです」とカテリナの喜びの悲鳴に、ふと瓜生は気がついた。

「今更ですが、王女さま、あなたがいらっしゃる必要は」大声を張り上げる。

「わたくしがいなければ、イシスはあなたを信用しないでしょう?それに、イシスの兵たちにわたくしが顔を見せるのも効果的ですので」と答える声も大声だ。

「まったく!」瓜生は叫ぶと、そのまま大きく岩山を迂回した。

「それに」とアスェテ女王が何か言おうとしたのを、

「ほらこちらのお酒、こんなおいしいものがあるんですよ」とカテリナがごまかした。

 半日もしないで、砦を囲む膨大な魔物が見えていた。

「着いたようですね」アスェテ女王が、威厳に満ちた声で言う。

「しまった……どうやってあそこに行けばいいんでしょう」瓜生が考えこむ。その間にも魔物の一群は、こちらを見て迫りつつある。

 瓜生が苦笑し、「やれやれ、他に手はないか」と車を止め、なんとか押しのけたりして、砲手席に移った。

「耳に栓をしていてください」それだけ言うと、30mm機関砲を乱射する。

 その威力はまさに圧倒的だった。重い超高速の焼夷榴弾が弾けた後には、魔物の骸が多数粉砕され散乱するのみ。

 どんな巨大な魔物も、痛覚のないミイラも関係なかった。

 瞬く間に、砦を囲む敵が半減する。

 かろうじて見える程度のところに、普通の熊の数倍ある獣のゾンビが数十匹いたが、それも瞬時に消し飛ぶ。

 それに驚きながら、兵が打って出る。その周辺には発砲せず、別の魔物が多数いる斜面に機関砲を垂れ流し、また近づく敵はFN-MAGで掃射する。

 何とか隙を作って操縦席に戻り、一気に砦に向かう。

 そしてアスェテ女王と側近にマイクを渡し、スピーカーにつないで発電機につなぎ、おもいきり音量を上げる。

「勇敢なるイシス国軍のみなさん!」増幅されてもなお美しすぎる声が、戦場の怒号をも裂いて響いた。

「親しき半島の友好国ロマリアの救けを受け、わたくしはこうして戦う皆の元へやってまいりました。イシスは、わたくしは、決してあなた方を見捨てはしません!共に戦っています!」

 喜びの大声が上がり、ナメルと砦のわずかな道を兵が固めて敵から守る。

「大丈夫だ、止まってくれ!」女戦士が声をかけると扉を押し開き、アスェテ女王がしずしずと歩み降りる。

 その威厳と美しさに瓜生は打たれ、ひざまずきたくもなったが、周囲はまだ敵!

 とっさに車内のFN-MAGを手にすると、開いたドアの後ろから、兵がつなぐナメルと砦の道を襲おうとする魔物を次々に掃射する。すぐに銃身が過熱するが、ちょっとレバーを動かしてキャリングハンドルにつながっている銃身をまとめて外し、交換する。M60と違って耐熱手袋も必要なく、二脚で支えたままなので土もつかず狙いも変わらず、数秒でまた撃ち続けることができる。

 イシス女王アスェテ二十七世が、側近の女戦士と魔法使いと僧侶が、そしてカテリナと侍女が堂々と砦に向かう。

 その道を守ろうと、数百の兵が決死の覚悟で盾を並べ、斧を掲げる。

 容赦なく襲い来る魔物たちが、次々と機関銃の掃射に力なく砂にくずおれる。王女たちが砦に入ったのを確認し、素早く砲手席に移ってブッシュマスター2機関砲が再び広く魔物を蹂躙する。

「もういいか」と、また操縦席に移って、今度は突進力と重量で魔物を押しつぶしながら、強引に砦にバックで半ば体当たりする。

 瓜生のポケットの銀貨から声がする。「もう、出ていらして大丈夫です」

 瓜生は肩をすくめ、FN-MAGを構えたままドアを押し開き、飛び降りる。

 そこはかなりの兵に守られ、カテリナとアスェテ女王がにこやかに微笑んでいた。

「みなさまの疑問は、わたくしも知らないのです。よき神のご加護ですよ」カテリナの声、だが恐れより喜びが強い。そのかたわらには、屈強な戦士が彼女を守っていた。

「知る必要などありません。味方なのですから」女王が兵に呼びかける。美しくよく通る声。

 瓜生は将兵一人一人に車内から、大きなフランスパンとクッキー、塩、補強された伐採斧とコールドスチール社のラレドボウイ、数反分の布と毛布、それにメイプルリーフ金貨一枚をセットにして渡す。すべて「女王陛下から」と言い添える。

 本当はコンビーフやスパム、軍レーションなども渡したいが、渡してもその使い方は彼らにはわからないと思いなおす。ハンバーガーやピザも喜ばれるかもしれないが、彼らの宗教的タブーに触れるかもしれないとやめる。

 蒸留酒や蜂蜜、オリーブ油なども喜ばれると思うが、ペットボトルはおろかネジ式の瓶のふた自体が彼らには絶対オーバーテクノロジーもいいところだ。ネジの概念自体アルキメデス揚水器を除いてそれほど古くないし、その精密な薄金属やガラスの加工、スペーサーの合成樹脂などは完全にオーバーテクノロジー。いやコルク栓すらかなり最近だ。ナメルを見せて今更という気もするが、ここまでの規模だと彼らには技術だとは思えないだろう。

 チョコレートや砂糖、コーヒーやコーラなどは論外だ。ここの技術水準でどうやって再現するというのだ。特に板チョコは超高精度高硬度の高圧高速ロール粉砕機が必要だ。

 マルチビタミンミネラル剤とビタミンC剤を一人ずつ握らせる。「これぐらいで助けになればいいが。食後すぐに水で飲め」壊血病の症状が出ている兵の多さに、瓜生は顔をしかめた。

 それから木炭と帆布、麻縄や銅板などを大量に用意し、リレーで運ばせる。

 怪我人たちがいるところに走り、とりあえず全員の傷口を消毒し、失血が激しい負傷者には輸液、傷が膿み感染症にやられた者には抗生物質、苦しむ者にはモルヒネを投与する。

「また傷を治療するときは手と傷口を酒で洗い、煮るか日光にさらした布を使うんだ。それだけで死者は減る」瓜生が医者をやっている将兵に厳しく言う。

「ロマリアでは、その教えを守るだけで戦傷の死者がほぼなくなりました」カテリナが言い添えるのに、上級騎士が驚いてアスェテ女王の目を見、彼女もうなずいた。

「そろそろ戻らねばなりません。これからも戦いは続くでしょう、ですがわたくしの心は、常にわが愛するみなと共にあります」女王の声が響き、飽食して元気を回復した兵たちは大声を上げた。

「そして戦いも終る日がありましょう。アリアハンの勇者、ミカエルがいます!」カテリナの声に、兵たちが怒号を上げた。

「その前に、もう少しだけ敵を減らしてもよろしいでしょうか、陛下?」瓜生の声にアスェテ女王がうなずく。

「では、この一角を少しだけ貸してください」と、瓜生がしっかりした石垣の上の角を占領し、同時にマヌーサで兵たちをごまかし、40mmグレネードマシンガンが半径2kmの半円内の敵を徹底的に蹂躙した。

「ありがとうございます、ここから先は我らの戦いです」アスェテ女王の声に瓜生は立ち上がり、グレネードマシンガンを分解してナメルに積む。

「私はここに残って、戦いを助け傷つき病む人を助けることは」瓜生が、野戦病院での半ば狂いかけた目を怪我人たちに向ける。

「ありがとうございます、ですがまだ瓜生さまにお願いすることは多いのです」カテリナが涙ぐんだ目で瓜生の手を取る。

 そして、女魔法使いの協力を受け、車ごとルーラでイシスまで帰った。

 イシスを出発してから、丸二日も経ってはいなかった。

 

 早速瓜生は熟睡したが、それがイシス女王の寝床であったことは目が覚めるまで気づかなかったものだ。さらに当然のように、何人もの裸の美女が共に寝ていたことも。それぐらいこういう国では当たり前のもてなしだ。

 目が覚めてからも、そのことを意識するより飛び起きて着替えて、もう身を清め仕事を始めていた女王のところに飛んで行き、「船などでよくある、口から腐る病の薬です……かなり広まっていました。大量に飲んでも無意味ですので、定期的に兵糧と共に届くよう手配してください」と大量のビタミンC剤をガラス壜に流し入れ、密封したのをいくつか渡した。

「なんとお礼を申し上げていいか、これほどのお助けを」アスェテ女王の笑顔。

「金貨も渡しましたし、ハイダーバーグの金鉱も軌道に乗っているので、近く金価格が大きく下がるかもしれません」と瓜生がばつが悪そうに忠告する。

「あ、でもまだちょっとお願いしたいことがあるんですが」と、カテリナがまたにっこりして、広げた地図を指差した。

「ここ、ピラミッドとイシスの中間ほどから少し西にいったところ、岩山に隔てられています。ですが、その向こうはネクロゴンドの豊かな河があることが知られているのです。その水を少しイシス砂漠に入れることはできないでしょうか?」

「この、山をふっとばせと?」瓜生が呆れて聞く。

「はい」二人同時に笑顔。

「できないとは申しません。しかし、短期間でやろうとしたら、大量の死の灰、土や水を何万年も汚し、人の奇形やガンの確率を、この地域では」と上空の風向きを指示する。「大幅に増すことになりますよ」

「おっしゃった風下は無人の砂漠。許可、いえぜひお願いします」アスェテ女王がうなずきかける。

「人はいなくても、周囲にエルフやドワーフがいたりしないでしょうか」

「そちらの根回しはお任せください。無駄に毎日のように儀式をしているわけではないのですよ」女王がころころと笑った。

「では、いくつかお願いしたいことがあります。その爆発をさせる日には、ある方向を決して見ないこと。またそれからできるだけ長く地を流れる水は飲まず、雨水はもともとありませんね、爆発の前に収穫を済ませ、次の収穫まで野にあるものは食べないこと。もし黒い灰や雨が降ってきたら、それがやむまで決して外に出ないこと、それの混じる水を飲まず汚された土を捨てること」

 ここまで脅せばやめろというだろうと期待した。

 が、

「はい」と女王は美しすぎる笑顔を向けてきた。

 瓜生はもうやぶれかぶれだ、と一人でナメルに乗って、高速で指定されたところに向かった。

 周囲を数日かけてじっくり調べる。多くの観測気球を揚げて画像と上空まで風向きを調べ、レーザーで距離を見る。

 普通にはとても越えられない岩山を強引に越えて反対側からも、周囲の森や水脈、さらに海からの高さも調べる。

「確かに砂漠のほうがかなり低い。その低地帯はイシス湖近くまで広く延びてる、昔の谷かな?この山をふっとばせば水が流入するのは確かだ」と瓜生は判断し、深い谷など十カ所以上に水爆をしかけてルーラで戻った。

「お待たせしました。明後日の未明、おそらくは地震があるでしょう。全ての人に、水と保存食を備蓄して引きこもるよう言ってください」とそれだけ言って、高級ワインをたっぷりと王室にふるまいながら、彼自身は隠れてのんびりした。

 だが、そのときには震え上がり、ウィスキーをあおろうとする手を止めて、会話も止めて手の時計を見つめ、身を凍らせた。

 わかっている。

 時限装置で起爆された、精密に成型された高性能爆薬がウランやプルトニウムの不安定同位体を爆縮し、核分裂する中性子が別の原子核にぶつかって崩壊させる連鎖反応……それ自体は常に起きているが、止まらなくなる臨界状態に至り、塊のかなりの原子が崩壊する……原爆。

 放出される中性子や極度に波長の短い高エネルギー光、それによる超高温高圧が重水素などに太陽中心と同じ核融合の火を点け、その膨大なエネルギーと高速中性子が原爆部とは別に核融合部を覆うウランを完全に核分裂させ……

 E=mc2のかなりの割、原子核を支える力がエネルギーとなって桁外れの短時間で放出される。

 一部は中性子やニュートリノなどとなって最初に飛び出し、遠くまで多くの原子核を崩壊させ、分子の鎖を断つ。

 エネルギーのほとんどが周辺の原子をプラズマまで破壊し、さらに膨大な高エネルギー光と莫大な熱を放出する。中央部は何億度、周辺も数百万度もの超高熱の塊。その熱はガソリンエンジン同様力となり周辺の大地と大気の区別を無意味にする衝撃波として周囲を破壊し、次いで高圧の爆風となって全てを吹き飛ばし、またその真空状態に周囲の大気が流入し強烈な風となって再び全てを破壊し尽くす。膨大な光が熱をばらまいて遠く離れたところまで可燃物を瞬時に発火させ、はるか遠くでも直視したら失明する。

 加熱された膨大な空気が上昇してキノコ雲を形成し、明るく輝く。

 もちろん多くの反応し損ねた核分裂燃料、高エネルギー線で原子核を壊された不安定な原子……放射能をもつ死の灰が大量に飛び散る。多くは上空の気流に乗って流れつつ冷やされて雨に混じって大地に海に落ち、一部ははるか大陸を越えて長期間大気圏上層にとどまり日光を反射し、長い時間をかけて降る。

 膨大な土砂が吹き飛ばされ、壁のようにそそり立ち、ゆっくりと崩れ落ちて巨大なクレーターができる。そこにはガラスのように溶けてまた固まった石すら大量に混じる。衝撃波の一部は大地そのものに伝わり、岩盤を地震波に似る衝撃波で深く砕く。

 一人の、定命の人間が大地と太陽の根源、その禁断の力をほしいままにもてあそんだのだ。

 

 イシスで震度3程度。幸い閃光と熱線は地平線にさえぎられ、死の灰と黒い雨も砂漠にさえぎられ、イシスには届かなかった。夜明け前なのに時ならぬ空が明るくなり、慎重に見たらキノコ雲の上のほうが見え、衝撃波でいくつもガラスや陶器が砕け、何日も夕焼け朝焼けが異常に紅かった。

 無論天変地異と大騒ぎになったが、それはイシスだけに神権的に儀式でごまかした。

 幸い、イシス湖をガイガーカウンターで探っても強い放射能はなかった。アッサラームやポルトガまで調べたが、大きな放射能汚染はない。ほとんどは砂漠に降ったようだ。隊商もかなり前から砂漠に侵入しないよう命じられていた。放射能の被害にあったのは魔物だけのはずだ。

 砂漠は元々天然放射能があるし、宇宙線による放射性原子核の崩壊もある。「でも大怪獣が出たりしないだろうな」と瓜生はつぶやく。

「爆発させた地域には、半年は近づかないでください。それから水路を掘ることができるかもしれません」と瓜生は告げた。

「どうなったか、見せていただけますか?」と二人が言ったので、瓜生は地図を見ながら考えて、「よろしければ、ポルトガに飛びませんか?そこから上空から見ることはできますよ」

 というわけで、また前と同じ六人を連れてポルトガにルーラ、王宮に挨拶したりはせず素通りして、近くの人に隠れた浜から飛行艇に乗った。

「これならそれほど車と違うわけじゃないから何とか使えるか。滑走路もいらないし」と、前と同じく必要な物を配り、海を航って飛び立つ。

「なんという!」女王と王女の喜びの悲鳴を心地よく聞きながら上昇し、いくつかの目立つ地形を基準に少し操縦を練習し、巡航する。

 やはりスピードは全然違う。そして砂漠と海の間の、豊かな森の上を飛び、爆心地を雲の下に入って見た。

「後悔なさってますか」と瓜生。

「いいえ、ありがとうございます。これほどとは」と、女王は喜んでいる。

「ああ、ああ、なんて」カテリナは口を覆っていたが、興味のほうがまさったように眺めていた。

 山があまりにも大きくえぐられ、十数個のクレーターがつながっている。それで不発弾がないことは確認でき、胸をなでおろした。

 森側は時間差爆発で吹き飛ばされた膨大な土砂がダムとなり、海側の森から水がクレーターにゆっくりと流れ込んでいる。

 低い雷雲が渦巻き、稲妻が乱れた織物のように飛び交い、黒い豪雨が滝のように降る。それは不毛の砂漠にも。

 機外につけたガイガーカウンターの数値はかなり危険だが、機そのものの密封がしっかりしているのでなんとかなる。

 10km近い土地を切り刻む、ひとつながりでしかも一つが1km近くあるクレーター。飛行機から見ては到底わからない。

 と言っても、もし垂直離着陸機であっても降りることなどできない。地形は不安定極まりなく、放射能汚染も激しい。

「これほどの破壊……もし王城で」カテリナの声に恐怖が混じる。

「あの規模の都市に核兵器は必要ありません。もちろん、私の故郷では人の都市に使われたことがあります。ここで使われたものの千分の一で、大都市が壊滅し十五万人が死にました」しばらく沈黙。その沈黙に耐えかねたように、

「私を抹殺したい、と私でも思います。こんな力、一人の人間が持っていていいものではありません。そんな残忍な種族」言いかけたのを、カテリナがさえぎる、

「いえ、あなたを信じます。喜んで負いましょう」

「悪いことばかり考えてもしかたありません。楽しく考えましょう、その力はわたくしの、いえ先祖代々の夢を実現したのです」アスェテ女王のかすかに沈みが混じる声はまた美しかった。

「こっちがえらい重荷を」といいかけて、突風で失速しかけた機をあわててたてなおすのに忙しくて話が流れた。

「申し訳ありません、揺れてしまって。大丈夫でしょうか?」

「はい。もっと向こうを見せてください」女王の指示に従って次々にあちらこちらを見ていく。

「あれは」カテリナが見た、そこは二つのクレーターが接するようにえぐられた、それにはさまれて大地を1kmある斧で切り割ったような巨大な割れ目が岩山を切断していた。

「あ」瓜生が気がついた。時間がたつほどに拡大する球面をなす衝撃波、それが交わった拡大する円は衝撃波が倍になり、それが円盤となって岩盤を切り破り、それを爆風が吹き飛ばしたのか。

 1kmあるかどうかの至近距離での水爆の同時爆発、しかも岩山。核実験のデータと考えればどこの核保有国もどんな金を積んでも欲しがり、多数の計器を設置していなかったことに文句を言うだろう。そんなデータ何に使うんだと聞いても誰も答えられないだろうが。

「むしろこの大裂け目のほうがよい道になりそうですね」

「今後どうなるでしょうか?」カテリナが聞く。

「そうですね、五年は立ち入り禁止です。それから、時間と人数をかけて浚渫して、砂漠側に向かう流れを安定させればよろしいでしょう」瓜生が丁寧に告げる。

「海に出る通路でもあります。あのあたりはよい港になりそうですね」アスェテ女王が大河の岸辺を指差し、嬉しそうに言った。

「アッサラームの近くは……」カテリナがいいだそうとするので瓜生はピンときた。スエズ運河。

「あそこは掘る範囲が長すぎます。また平地ですので、人力でも掘れます。第一あんなところで水爆を爆発させたらアッサラームが放射能で死に絶えますよ」ときつめに言った。

「それは残念。ですが、人里さえ離れていればよいのですね……もう少しお願いしたいことがあります。こちらは海路とサマンオサに関する話です」カテリナが告げる。

「ではわたくしはそろそろ国に戻ります」アスェテ女王が告げたので、瓜生は大きく海に向かい、天然の良港を見つけて着水した。

 危険なほどの放射能を浴びた飛行艇から急いで離れ、まだ不安定な雷雲が遠く森の向こうに見える砂浜にボートをつける。

「ここから、わたくしのルーラで戻れます」と、女王が連れている女魔法使いが言った。

「ありがとうございます、わが国の戦士たち、そして孫たちのためにこれほどのことを。このご恩は、なにをもって返せばよいのでしょう」女王が抱きしめるように両手を開く。

 一夜。十夜、百夜。いや一枚の写真ぐらいなら。裸の写真や映像。何であれ拒まれはしない。手を伸ばせば。この恐ろしいほどの誘惑に、瓜生の目がくらみ、全身が震え、息が詰まる。激しい吐き気やぎりぎりの尿意にすら感じる、身体的な欲望。

 必死で、あまりにも必死で息を止め、唇を噛みしめ抑える。懐のナイフと銃を強く意識し、自らを鋼とする。

「ありがたいどころか」瓜生は崩れ落ちるように膝をつき、砂を握り締めた。「陛下のような美女を抱く機会など生涯ないでしょう。私も男で、欲はあります、そのためならば針の山でも駆け上がろうほどに。ああ……ですが、それはならぬこと。自らに禁じたこと。悪用しない見返りを求めない。私の力は値なく与えられたもの、寿命を失うこともなく努力で得たものでもありません。ただ値なく差し上げるだけです。だからこそ、直接私にとって許せぬことなら断ることもできます。ああ、けれど……ああ!おお!」

「それは、われら王とも変わりません。王も何か求められたら、見返りを求めず断らず差し上げるもの」

 アーサー王伝説には、ただ王宮に来て助けを求める人を、身分を問わず、拒まず、値も求めず、なんであれ助けたり与えたりするシーンが多くある。昔は王の論理は商人の論理とは異なり、神の論理に近かったのだ。

 アスェテ女王は深い理解をこめて、瓜生の目を見て微笑んだ。

「その微笑だけで充分です……」まさに断腸の思い。息をすることすら苦しいほどの、腸がねじくれるほどの欲望。

 せめて一枚の写真だけでも、叫びが漏れそうになる。だがそれすら……熱い砂を口にほおばり、噛みしめる。

 顔を押さえたまま起き上がり、ひざまずく。限りなく美しく高貴な女王に。

「兵を案じ揺れる車に耐える王。美しさとお立場を負って生まれた一人の女。一匹の獣。

 山脈を断った力、庶民に生まれた一人の凡夫、また一匹の獣。それぞれ」瓜生の口からそんな言葉が漏れる。

「人としてのわたくしのことも思って、優しい人。お望みならひととき人として、そして獣として、悪しきことでも嫌でもありません」女王の目がじっと注がれる。目から伝わってくる。

「誘惑を……卑しい身でこのような力を持つ、それが誘惑に屈するようではどうなります。刃、銃、核……魔……知識、富……あまりにも大きな力を望み、得てしまったのです」

「女王の目には、人としてのあなたは信じられる良き人に見えます。卑しい者が誘惑をはねのけられますか、強い人」

「いえ!私は……」瓜生が昔の記憶、そして広島の修学旅行で見た写真などを思い出す。「卑しく弱く罪深い者です。おそらく何人もの人が病み死ぬでしょう。群衆に矢を放ち、不運な者が倒れるのと同じです。

 砂漠のなか閃光に目が潰れ熱線に焼かれ、黒い雨に打たれ髪が抜けて無惨に死んだ隊商もいるかもしれません。知られぬ村を焼き尽くしたかもしれません。唯一の水がめが割れて首を吊った一家があるかもしれません。

 野獣を数知れず殺したことは確かです。突然の失明に惑う母と飢える子、それが人であれ獣であれ魔物であれなんの違いがあるでしょう」瓜生が強く胸を押さえる。

「わたくしがそれを命じたのです」

「申し訳ありません!やったのは私です、どうぞお気になさいませぬよう。

 悪用しまいと誓いました。しかし、因果の先が見えず善意も悪しき果を結ぶことがあります。だから、できる限り配慮し、人のためと思えば犠牲が出るとわかっていてもやる、それしかできないのです」

「オルテガさまはあなたとはまったく違う……簡単に魔物の群れを蹴散らし、胸を焼き焦がしたわたくしを即座に」

 女王が遠い目をする。その目に、今も燃える激しい恋の余韻が見えた。

「私はそんな、英雄でも勇者でもありません。分に過ぎたことはならないでしょう」

 これまでの冒険で会った竜や王、瓜生の故郷でも富士山や伊勢神宮で圧倒されてきたこと。ミカエルの叫びでオロチと戦えたことを思い返す。人と違う何か高いもの。

 この女王の美貌も、間違いなくそれだ。神聖にして犯すべからざる。

 悲しみと共感が、何か弾けそうになる。

 そこで突然、カテリナ王女が笑い出した。けたたましく。

「なんておかしい!」

 イシスの女戦士が剣を抜きそうになる。だがアスェテ女王がとっさにおさえ、そして目を見開いて一瞬考え、自分も笑い転げた。

「ええ、なんておかしいこと!砂に転げまわって欲しい欲しいって」

 瓜生も、思いきり笑い出した。笑いにする知恵に感心しつつ。主君の目配せに、女官たちも笑いに加わる。

 浜辺で、六人の女と一人の男が笑って笑って笑い転げる。瓜生は繰り返し、砂浜を転げまわってのたうちまわり、それでまた女たちが笑い転げる。

 パンツを残して服を脱ぎ、ジャンプして頭から砂に突っこみ、上体を埋めて足だけひくひくしてみる。また大笑いになる。

 その笑いに混じる歌が自然と儀式になる。その儀式が、傷つけられた大地と自然を慰める。

 瓜生は笑いながらも、冷えたところで考えていた。

(もし女王と交わっていたら、それもまた儀式。同時に篭絡された自分はイシスを滅ぼしたりしないだろう、とも考えていたのか。そして値なく与えるのは神や王の特権、それも)

 そんなことを考えたのをごまかすように、今度は半裸のまま暖かい海に飛びこみ、アスェテ女王に手を差し伸べて大笑いする。

 高貴な女たちもかまわず海に飛びこみ、水をかけあってはしゃぐ。

 笑って笑って笑い転げ、日が沈みかけるのを見て、女僧侶がそっと主君を促した。

「ええ、わかっております。お名残惜しいこと……忘れません」

「忘れません」

 女性らしい、美しい笑顔で手を振り続けるまま。女魔法使いが唱えるルーラで、イシスの女王一行は戻った。

「やはり美女の扱いは違うのですね」とすねつつ、「一度ロマリアに戻ってアリアハンへ」というカテリナ王女の言葉に、瓜生はあきらめたように飛行艇を消し去り、ルーラを唱えた。

 海水でびしょぬれ砂だらけで笑いが止まらずにいた三人、ロマリアではどんな噂になったことか聞きたくもない。

 着替えて入浴し、また贈り物の大荷物を背負ってアリアハンへ。

 

 瓜生にとっては初めて見る、壮大なアリアハン王宮。古く立派だ。ロマリア王女カテリナに連れられて国王ヘロヌ八世に謁見したが、彼女が自分をどう紹介したのかは聞かないことにした。

「アリアハンでは勇者ミカエルの話題はあまりなさいませぬよう」事前に強く言われている。

 ほとんどは単なる、カテリナ王女の非公式訪問についてきた従卒と見ているが、何人かは悪意のこもった目で見ている。

 途中ですれ違った僧侶、一度見たことのあるラファエルの父親は、はっとしたが話しかけず深く頭を下げるだけだった。

 そして、言われたようにルイーダの酒場に向かった。懐かしいアリアハン魚醤のかかった揚げ野菜と新鮮な魚の塩焼きにかぶりつき、魚と穀物の汁をすすりながらルイーダと談笑する。

「裏からとんでもない話がいろいろ伝わってるよ。ずいぶん活躍してるって」

「噂は噂ですよ」

「最近ミカエルたちから抜けたウリエルが、とんでもない女たらしだって噂も」

「噂は噂ですよ」

「イシスで地形変えるような大爆発起こしたんだって?」

 さすがに瓜生もむせた。

「一カ月も経ってないのに、ダーマ?それとも盗賊ギルド?」

「乙女の秘密さ」ルイーダは豪放に笑う。そんなところはガブリエラを思い出させる。

「乙女の秘密って言えば、イシスのアスェテ女王さまとオルテガの話、聞いていいか?」

「だーめ。ミカエルに聞くんだね」

「殺されたくないんだけど」瓜生が憮然とする。

「じゃあラファエル、は口が裂けても言わないか。ガブリエラにはその話はするんじゃないよ、嫉妬でぶちきれるから」

「いいこと聞いた、それがあいつの弱みか」

「でもそれ突いちゃダメ。あ、名前知らなかったかエオドウナ姫、ミカエルの母親。あの女怒らせたら、死ぬじゃすまないからね」ルイーダが心底恐ろしそうな顔をする。

「ややこしいなあ」

 そんな馬鹿話をしていると、簡素な旅人の服のままのカテリナ王女が数人の女性を連れてきた。先頭の武闘着を着た少女が笑顔で飛びこんでくる。

 ルイーダが「姫さま」と驚いた表情で少女に目を向け、呆れた表情でため息をついた。

 中学に入ったかどうか。顔のバランスがやや崩れているが、それが逆に目を引く。瓜生の世界では、完璧すぎるイシス女王アスェテより人気が出るかもしれない。

「こちらがウリエルさま。こちら、アリアハン第一王女アリネレア殿下」カテリナ王女がにっこり笑う。

「アリネレアです、よろしくお願いします。身分など無視して、アリーナ姫同様一人の冒険者として連れて行ってくださいませ」と、空手の型のようにパンチと蹴りを宙に繰り出した。「実力を試したいというなら喜んで」と瓜生に向けて構える。

「私に冗談を言わないでください、本気にしますよ。どこに行くんですかどこに」瓜生がため息をついて、にっこり笑うカテリナを見る。

「サマンオサです。あちらとわがロマリアは外交関係がなかったのですが、アリアハンとは昔から関わりが深くて」

「王様が元に戻られたのなら、幼い頃にミカエルと共にしばらく滞在し、可愛がってくださったわたくしのことを忘れてないはず。それに、ぜひとも広い世界を旅してみたかったのです。ちょうどあちこちで女王や王女をさらってる方がいる、ときいて大喜びで飛んできました。ブライって呼んでもいいかしら?」はきはきした口調で地声がかなり大きい。

「サマンオサに行って大丈夫でしょうか?サイモンが私を犯罪者として手配しているのでは」

「あの子にそれほどの力はありませんよ。それにミカエルさまからうかがった地下牢、是非一度体験してみたいです」カテリナ王女が笑う。

「地下牢へ!ミカエルが、なんて面白そうな旅を、あれほど言ったのに連れて行ってくれないとは今度覚えてなさい!鉄格子は蹴破りがいあるでしょう」とアリネレア王女も目を輝かせて宙を蹴った。

 やれやれ、とばかりにルーラで、一度ロマリアに戻ってまたお土産を背負ってサマンオサへ。

 

 アリアハンの王女アリネレアとその手土産はサマンオサで大歓迎された。

 パウレス十一世王は幼い頃留学に来て、可愛がっていたアリネレア王女をよく覚えており、心温かに旧交を温め、偽者の非礼をわびた。

 アリネレアとは旧知であるサマンオサの王女イパネマとも楽しく話が弾む。

 手土産には先代の勇者サイモンが遺した記念品もあったし、実際問題としてサマンオサの復興に役立つであろう金子も充分にあった。

 またロマリア王女カテリナからも、セージなどの茶をはじめ多くの品が送られる。サマンオサの飛び地とロマリアが近すぎることもあってやや冷えた関係だったが、先代のサイモンと今のロマリア王は若い頃武辺同士のつきあいがあった。

 瓜生はいざとなったらと閃光手榴弾とH&K-MP7とキメラの翼に手をかけていたが、パウレス王のかたわらでフードを取ったら大歓迎してくれた。

「ウリエル殿ではありませんか!よくおいでくださった、改めて心から感謝しますぞ」

「いえ、ですが私は、というか」

「あんな子供の讒言など気にしなさんな!もうサマンオサで讒言は百年分は売り切れじゃよ。

 あの牢で暖かく診察してくれて、くれた薬で口の腐れがてきめんに治り、どんなに嬉しかったか心強かったか。上でどたんばたん城が崩れるかという戦いをしている間はらはらしながら、あの薬の元気のおかげでもちこたえたようなもんじゃ。それに衛兵やらに、そなたがどれほど勇敢に戦い抜いたかは聞いておる!」

「おそれいります、ビタミンはともかくプラシーボ効果が大半ですよ。第一私は無免許です」最後は声を落とした。

「わしを治してくれたのは事実じゃよ。そのビタミンとかプラシーボというのは魔法の薬か?」

「いえ、ビタミンは普通に食べているものに入っている人体が必要とするもので、穀物の精白や熱で壊れてしまうもの。あの薬はそれを鉱石から金を取るように濃縮したのです。精白しない穀物か動物の肝臓、生野菜や果物を毎日少し食べれば充分です。

 プラシーボというのは、まあハイダーバーグなどで研究されている医術で、毒でも薬でもないただの穀物粉です。同じ症状の患者を百人集め、半分には穀物粉を、もう半分に試したい薬を与えて、モンスター闘技場の勝率のように死亡率を比べるのです。本当にその薬が効くかどうか確かめるために。与える医者もどちらが本当の薬か知らないように手配して」二重盲検法による比較対照実験。微生物病原体、ワクチン、ビタミン、麻酔などと並ぶ、いやそれらを支える近代医学の核心。

「それは、とんでもないことを聞いた気がする」その目に鋭さがともる、瓜生の贈った知識の価値がわかったのだろうか。そしてカテリナ王女を振り返る。「さて、それにしても変わった用じゃの。噂としてウリエル殿の評判を落としてほしい、とは」

「ついでに、二つほどお願いしたいことがございます」カテリナ王女が進み出て、大きなサマンオサ北部の地図を広げる。「こちら、ご覧ください」

 王とともに地図を見る。カテリナ王女が、地図の二点に細い指先を触れた。

「このパナマ……大陸を南北につなぐ地峡と、そのそばのサマンオサを囲む山脈北方の海沿いの峠を破壊しろ、と」瓜生がカテリナ王女を見る。

「このサマンオサを囲む山脈の多くは分厚くどうしようもない。ただし、このあたりは堅固で高い岩だが幅が狭い。固い固い岩で、人の手では魔法の力を借りても掘れんがな」王が悔しそうに言う。若い頃何度も、いや何代にもわたって挑戦しては、自然の壁にぶち当たって諦めてきたのだ。

「そこさえ破壊してくだされば海に面し、サマンオサと直通する港町を作ることができますし、大陸外側の陸地とも交通できます。また、この狭い大地の回廊さえ破れば、アリアハンやバハラタからハイダーバーグ、ポルトガまでの海路も大幅に短縮されます」カテリナ王女が別の、世界全体に近い地図の海に線を引く。

「アリアハンの船乗りも、こちらに流されてはどこにもいけず悲惨なことになるのです」アリネレア王女が、まるでそれで壊せるかのように、地図に描かれた細い大地の橋を指先で強く押す。

「その代償として、ほこらの牢獄がある内海から地中海への海峡を封じている、瓦礫でできた壊れた橋を補修し、船が通れる水門とその上にかかる橋を再建する許可じゃな。ロマリア王国の都市として」サマンオサ王パウレスが表情を消してロマリア王女カテリナをにらむ。

「本来ロマリア領だった水門街ビスターグルを破壊し、壊れ橋としたのは昔のサマンオサでしたわ」

「そのことを言うな。思い出したくない、百年も昔ではないか」といいながら、少し誇らしげな色が声にのぞいた。

 カテリナ王女はますますにっこりする。

「もちろん補修工事と都市建設はロマリアが行いますし、サマンオサ商人の出入りも自由、関税や地中海への船舶通行税も免除します。むろん内海沿岸の領有権もサマンオサ、詳しい国境線は後ほど。どちらにも得になる話ですわ。

 オリビアの呪いを勇者ミカエルとサイモンJrが解いたという知らせもうかがいました」

「早くも知っておったか」パウレス十一世がかすかに眉をしかめる。瓜生は内心やったな、と喜んだが、胸が痛んだ。

「しかし、今のままではせっかくの内海の価値はわずかな漁業と周辺交通程度、しかしこの海峡をまた船が通れば、地中海から北の森、カザーブに至るまで海路が通じます。また、旅の扉の岬や、ほこらの牢獄として使われている島すらもまた大きな都市となりましょう」カテリナ王女が地図の海峡を指差し、たたみかけた。

「まったく商売上手な……噂以上じゃな。あそこは元々天然の良港にして難攻不落の城塞都市、せっかく無人の廃墟だったというのに」

「もったいない、というのが、最近王国に迎えたジパングの民に教わった言葉なのです。あの方々は布一枚、木の葉一つ無駄にせず何度も再利用する技に長けているのですよ。素晴らしい言葉ですわ」とカテリナ王女が瓜生に感謝の目を向ける。

「ま、このサマンオサ本土からアリアハンやバハラタにも直通できるというのならばよかろう」しっかり条件をつける、瓜生が運河を本当に掘れたら、ということか。「それでロマリアはやっと、氷海とはいえポルトガに扼されず外洋に出られる」

「かしこまりました。ただ、その地域が無人であることの確認、その地域の妖精の類との交渉、放射能汚染の免責などは」瓜生が心配そうに言うのに、王が面白がった。

「それは娘に任せよう。あちこちで王女や女王をさらっている、という評判に、一つくわえてくれ。娘も偽者の下での心労がひどく、少しは息抜きもよかろう」

「一命にかえても姫君はお守りいたします」と瓜生が深く礼をした。

 

 というわけで、ロマリア王女カテリナ・アリアハン王女アリネレア・サマンオサ王女イパネマの三人とその護衛や侍女を連れて、もう運転にも慣れたナメル旅。魔物が少し強いが、前面にブルドーザーの刃をつけ、FN-MAGの一つを運転席で映像を見ながらジョイスティックで遠隔操作できるようにしたので魔物を近づけもしない。

 今回はサマンオサ王女イパネマはお膝元なので、ちょくちょく車を隠しては人里に立ち寄り、偽王の暴虐を詫びたり村人の心づくしで歓迎されたりと人交わりの多い旅ともなった。そのたびに護衛する瓜生が大変、というかFN-MAGを持ち歩くのが重いが、護衛たちの戦力もあるのでなんとかはなる。

 驚いたのが、まだ幼さを残すアリネレア王女の強さだ。キラーエイプの群れと戦っていたとき、背後から襲おうとする一匹を目ざとく見つけて自分から陣形を抜けて突進、鉄の爪の一撃で殺したのに瓜生は仰天し……平謝りしたが彼女は大喜びだったし、カテリナも評判は聞いていたらしく何も心配していなかった。

 

「確かにこの峠が、大陸の北半分を囲んでいるようですね」

 サマンオサ北方の砂漠から、急に崖のような山脈がそびえる。地図を参考に、いくつかの地点を基準に場所を推定したそこは、いくつも巨大な一枚岩が重なり、恐ろしい角度で天をついていた。

 瓜生があちこち調べ、王女たちがなにやら儀式を行っていた。瓜生も魔力の網を広げて協力する。

 峠を越える秘密の道があることはあり、砂漠地帯なので人も少ないが住んでいたので、イパネマ王女が立ち退かせた。

 有無を言わせぬ強引さに瓜生は心を痛めたが、少なくとも水爆の30km以内に人はいて欲しくない。物質的な補償はできる限りした。

 王女たちがルーラで戻るのを見届け、瓜生は一人峠を越えて海辺に出る。

 すぐ近くの、半島のように伸びる長い地峡が、スーやハイダーバーグに至る北大陸とつながっているのが見える。

 それを船外機つきの小船で確認しつつ、気球や無人機の映像も使って最も狭い場所を確認する。

 まず本当に無人であることを。

 28km程度、だが千メートル近い山々でさらに高密度の熱帯多雨林、これを人力で削ろうとしても熱帯伝染病で大量の死人を出すだけだ。

 瓜生はナメルのキャタピラの力も借りて山々を登りながら、深く切り立つ谷間、岸近くの海底などにいくつも、最大の五十メガトンを越えるツアーリ・ボンバ水爆をはじめいくつもの水爆を設置した。

 一つ一つの、瓜生の世界でそのままならばリゾートホテルで年に何万人も呼べ、多数の生物学者や岩石学者が一生かかっても調べつくせそうにない雄大な景観、美しい滝、古い巨木などに心を痛め、祈り歌いながら。

 さらに戻って、サマンオサを外から隔離する巨岩を調べ、根元の百メートル近くある壮大な割れ目の奥にも水爆を仕掛け、繰り返し上空の風向きを確認する。

 人里に流れることはない。周囲は広範囲に、人間も妖精もいない。放射性降下物の大半は湾に落ちる。数十年後、エジンベアで揚がった魚が汚染されているかもしれないが、瓜生の世界であれほど核実験をしても数十年後には自然放射能のほうが圧倒的に多い。

 失われる生物種、そして二つの海がつながることによる海の生物多様性の低下、塵や煤などによる日照の低下……だが、自分がやらなくても将来の誰かがやるだろう、そのときは何万倍もの人命を浪費して。人を助けるため、結果は考えすぎない、それしかないのだ。

 さらに、瓜生はポルトガやエジンベア、ジパングやムオルまでルーラで飛び回って、津波の危険性を警告した。

 そしてあらためて、周辺に人がいないか確認し、サマンオサ宮廷に戻って震えながらそのときを待ち、一人多数のモニターを見ながら確認する。

 閃光を見る人はいない。だが異常な地震、激しい魔物たちのざわめき、真昼なのに暗くなり、あらぬ方向が明るくなる空。キノコ雲も見えないサマンオサ王城の水がめが時ならず割れる、石壁に衝撃波が反射し反射望遠鏡のように集中して。丸一日、時間差をかけて第一波、第二波、第三波と次々に水爆が大地を、そして海と空を引き裂く。

 その大きな天変地異に不安が広がるが、それも数日で風に飛ばされて収まった。

 ジパングやポルトガまで飛んだが、津波は1mもなく潮もよかったため、人里に達するほどでもなく死傷者は出なかった。といっても大洋を隔てて津波が観測できてしまう、ということが、その桁外れの爆発力の証拠でもある。

 瓜生は王女たちを連れて、サマンオサ中央を流れる、浅瀬のため外洋には出られないが魚も豊富で農業にも役立つ大河から飛行艇で飛び立って岩山を越え、爆発のあとを上空から見た。

「なんてこと」イパネマ王女が、恐怖と興奮に震える。

「すごい」アリネレア王女は言葉もない。

 高い山脈に隔てられた二つの海が、黒く低く渦を巻く雷雲の下で見えにくいが、確かにつながっていた。

 両岸と中央から巨大な水爆で弱められた膨大な岩盤をいくつものクレーターが穿ち、イシスでの経験からジグザグに並べた水爆の衝撃波がぶつかり合って一本の細い刃となって断ち割り、巨大すぎる爆風が吹き飛ばしたのだ。

 細く濁った水。大陸に沿って水路を探しつつ息絶えてきた多くの船乗りの悲しい夢。両側から打ち寄せる外洋の大波、そして海面そのものの高低差から激しい流れと渦が起きつつある。それが切れ目をより深く広くするか、それとも埋めるか。

「最低二年は接近禁止、周辺に居住するのは五年、いや十年は控えてください。その後も安全に航行するには測量、浚渫、水門の建設などすべきことは多くあるでしょう」瓜生が強く言う。

「ああ、本当に山が砕けている」イパネマ王女が、サマンオサを囲む山脈に深い切れ目を見つけた。水爆の圧倒的な爆発力が巨岩を粉砕し、深いクレーターがサマンオサ北砂漠にも届いている。膨大な土砂が、海側の焼き払われなぎ倒された森にかぶさっていた。くすぶる炎が広く煙を上げ、視界を悪くし飛行を危険にする。

「近くの河口近くは海もすぐ深くなりますし、近くの半島が波をさえぎっています。よい港になるでしょう」瓜生が告げる。「ただしそこも、二年は接近しない、近くでとれる魚や農作物は五年は口にしない。五年は二月以上、二十年は一年以上住まない。それほど危険なことなのです」

「恐ろしい」イパネマ王女が震える。

「ええ、とてつもなく恐ろしいことをしたのです。お許しください」瓜生が歯を食いしばり、飛行艇で山脈の切れ目をくぐってサマンオサ内の河に戻ると着水した。

 礼を言おうとするイパネマ王女に、

「おっしゃらないでください。この世界全体、これから数年、どれほどガンや死産が増えるでしょう。どれほど野の獣、海の魚、地中の目に見えぬ無数の生き物を殺したのでしょう」

 瓜生は固く歯を食いしばった。

「それもまた、わたくしが」カテリナ王女がなぐさめようとするのを、

「いえ、私は断ることができたのです。でもやったのです、一人でも多くの人の役に立ちたくて」瓜生が振り払った。

「ダーマの皆様にはわたくしからも」

「みなさまも、お送りします」と、まずルーラでサマンオサ城に飛んだ。

 

「本当にやってのけたというのか、おそろしい」王女と護衛の報告を聞いたサマンオサ王パウレスが震えた。「しかし、確かにそれはこのサマンオサの民にとっても恵みとなるだろう。いくつか旅の扉を封じれば鎖国できる国、安全には思えるが、貧しくなるだけじゃ。守りたければ守れる程度の裂け目なのじゃな?」

 瓜生が空撮した写真から作った簡易地図を見せる。

「ですが、その爆発は毒を撒きます。海につながったところに港を作り、海をつないだ運河を利用できるのは……」瓜生があえて表情を殺す。

「わしの寿命の後じゃな。けっこう、わしはもう死んだようなものじゃ。わしの名で、あまりに多くのよき臣民が殺された、それもわしが隙を見せたから」王が疲れた表情で、豪華な、何年も魔が汚しあえて新調しなかった王座の背もたれに寄りかかる。

「陛下」瓜生は自らの手を開いた。「わたくしの罪に比べれば、わたくしの罪と比べれば」

「許すぞ。王の許しじゃ」王がその手を取る。「このような許し、わしを許してくれた臣民たちの許しに比べれば」

「父上」イパネマ王女が泣きながら王の手に手を重ねた。

「お疲れさまです」瓜生が短く声をかける。

「これもすべて、ミカエル殿のおかげじゃよ。そしてそれにつながる、オルテガ殿や先代のサイモンの」パウレス十一世の老いた頬に、涙が流れた。

 

 それから、瓜生はダーマから呼び出されてアリネレア王女やカテリナ王女を送り返し、ルザミに向かった。

 アリネレア王女はこれからも連れてってくれとしつこかったが、カテリナ王女がどうやってか言いくるめた。天空の勇者の叙事詩に夢中なアリネレアの冒険欲も、少しは満たされはしたようだ。

 予言者と打ち合わせ、またダーマとも往復し、ネクロゴンドの火山まで先行して、岩陰にナメルを埋めてコンクリートを固めてトーチカを作り、ゆっくりと大学の演習問題とiPodを友にミカエルたちを待っていたのだ。

 

 

 広いネクロゴンド地方を縦断する旅は、昔は人里も多かったが魔王の手に落ちて長く悪路が多いため、ナメルを出した。

 キャタピラでも越えきれない岩や倒木があれば、時にはナメルを降りて爆破し時には徒歩に切り替えて迂回する。そんなときも、大きな後方扉はとてもありがたい。

 瓜生が慣れているので運転しつつ風船につるしたビデオカメラなどを扱う。ミカエルとガブリエラとラファエルがかわるがわる砲手となる。

 ありがたかったのが、ラファエルの人間離れした怪力である。全員厳しい旅と、力の種などで常人とは桁外れの力を持っているが、ラファエルは別格だった。普通なら数十人の要員が必要な重量がある鉄板などを一人で動かしてしまえるのだ。

 火力は言うまでもない。主砲の30mm機関砲などめったに使わない、FN-MAG多目的機関銃で充分だ。タフな巨人も、FN-MAGで一連射浴びれば崩れ落ちる。

 数回だけ、訓練をかねて30mmを使ったことがあるが、その威力はあらためて三人とも呆然とした。

 フロストギズモが多少ヒャダルコをかけてきても、対NBC装備が充実し砂漠の厳寒にも対応した歩兵戦闘車、むしろ機関の熱がとれてありがたいぐらいだ。

 それこそ魔物がどれだけいようと耳栓をして寝ることすらできる。トロルがいくら殴ろうとびくともするものではない……運が悪ければ、目が覚めてFN-MAGで魔物をなぎ払ってから、キャタピラの修理をしなければならないことはたまにあるが。

「やれやれ、めんどくさいねえ。でもこんな力持ってるのがあんただってのも困ったもんだよ」ガブリエラがまだ、あれから繰り返し言っているいやみを言う。

「しょうがないだろ」瓜生ももう言われ飽きた。

「お願いしますわ、って微笑まれたらかしこまりましたとホイホイ、大陸はふっとばすわ空は飛ぶわ」

「ここの山脈は飛行艇で越えるのは危険すぎるんだ。免許はないし正しい地図もない、衛星もないし気象台網もないじゃ」

「あの女たちは、ほんっとにたちが悪いんだから。もうあたし抜きに近づくんじゃないよ」

「申し訳ありません最初に言っておかなくて。うちの王女さまときたら」ラファエルがため息をつく。

「なぜ四人目が決まらなかったかっていうと、あの『アリアハンのアリーナ』が行きたいって叫び続けてたからだ。四人目に手を挙げたら姫に恨まれるからな」ミカエルがため息をつく。

「かといって王さまは絶対に出したくない。アリーナ姫そのものです」ラファエルが深くため息をつく。

「壁を蹴破ったり?」

 ラファエルとミカエルがどんよりと深くうなずいた。

「怪力といえば」と、瓜生がラファエルを見た。

「とても遠い血筋です。王位継承権はないですよ」とラファエル。

「うそつけ」とミカエルがつぶやいた。

「あんたどれだけイシスでもロマリアでも笑われてるか知ってる?砂浜でのたうち回ってんの、宮廷道化師たちが何度も何度も真似しては王侯貴族みんなで腸がよじれるほど笑い転げてんのよ」ガブリエラが冷たい目で瓜生を見た。「やっちまえばよかったのよ、男なら。快楽じゃなく笑いでヒイヒイ言わせるなんて、情けなくて情けなくて涙も出てこないわ」

「女が言う言葉じゃないだろ」瓜生はうつむくが、顔は笑っている。

「嬉しそうにするんじゃないよっ!」

「噂の女たらしから、神話の馬鹿男に大出世したな。大陸を切り裂くとか魔王を倒すとかなど小さい。神話にも比するものなき大笑いだ」ミカエルがマヒャドより冷たい目で見る。

「その噂では、地形が変わったのはどうなってる?」

「火山の噴火だって話になってるよ。実際ミカエルも火山を噴火させたしね」ガブリエラがぷりぷり怒る。

「そりゃよかった」

「大丈夫ですか?」心配するラファエルに、瓜生はそっと言った。

「あの方から来る噂は、暗号の手紙みたいなもんだ。おれが怒って、あの方たちの国を滅ぼしたりしないと絶対に信じてる、というメッセージだよ」

「あ」

 そして、イシス女王アスェテはしゃれにしましょう、とも……そのことは言わなかった。

「それに異常な力を持つ異界の魔物より女たらしのほうが恐怖は少ないし、さらに笑いものを恐れる人はいない。さらに彼女たちの貞操が問題になることもない。おれが迫害されないために、周到に手を打ってくれたんだ」

「そういう意味も……さすがに」ラファエルが感心する。

「まったく、人をそこまで信じるなよ。刺客でも送ってくれるほうがまだこっちは気が楽だ」瓜生はそうつぶやいた。

 

 徒歩で歩くしかない密林や沼地では、四人とも銃を使うのも始めてみた。車からの乗り降りを考えて銃床を折りたためるAK-103を選ぶ。74と構造は同じなのでミカエルもすぐ使えるようになったし、元々覚えやすいのでガブリエラとラファエルも短期間の、旅をしながらの練習ですんだ。ダットサイトをつけたので、近距離は特に容易に狙える。

 手榴弾の使い方も実戦で練習した。うまく攻撃範囲に入ればトロルすら一撃で無力化でき、フロストギズモには爆風がきわめて有効だ。サーメイト手榴弾は攻撃範囲が狭く近距離でも使えるし、メラミに匹敵し鉄を溶かす高温の炎を上げる。

 森の中の至近距離、うまく十字砲火が決まればそれだけで大抵の敵は瞬時に死ぬ。ただし集団で銃を使うときには、友軍誤射の心配があるため、いろいろ注意すべきことも多かった。ガブリエラがうっかり火線を横切って足を失いかけたことが一度あり、それからは隊形の維持と火力統制にミカエルが率先して注意するようになった。それはあくまで長の責任なのだ。

 それがうまくいけば、集団での銃撃は個人での銃撃とはまったく異質、単なる四倍ではなく十倍にも二十倍にもなる。

 

 まずミカエルが敵の気配を感じ、その気配で隣の瓜生がサイガブルパップを構えて安全装置を解除する。ラファエルがやや後ろで銃口をミカエルが見ている方向に向け、ガブリエラが盾の裏からミカエルの見ていないほうを警戒する。

 怒号と共に木をなぎはらって出現するトロルの顔にミカエルのライフルについた黄色いフラッシュライトの光が当たって目をくらませる、瓜生のOOバックが膝を吹き飛ばし、三発の7.62mm×39弾が頭と腹をえぐる。

 そしてミカエルのフラッシュライトに導かれ、束ねられた銃火が一匹ずつ葬り、別のフロストギズモに瓜生が手榴弾を投げつける。

 突進してくる一匹のトロルに銃撃が間に合わない、と見るやミカエルが銃に安全装置をかけてスリングで体の前面にぶら下げ、ドラゴンキラーを抜く。飛びこんだガブリエラが皮ひもで肩に引っ掛けていた盾を手にして突進を止め、瞬間ドラゴンキラーが炎を帯びて下腹部を貫き、銃を左手で持った瓜生のゾンビキラーが抜き打ちで裏から膝をなぐ。

 今はミカエルも、ギラ程度の炎でならダメージなしで魔法剣を使える。

 まだ暴れようとしているが、膝の腱を断たれている以上動くことはできない……ラファエルの一連射がとどめになる。

 

 どの距離で銃をおろし剣に切り替えるかもなかなか難しい。魔力のある盾や剣があるので、普通の兵士とは異なり銃剣は使わない。

 安全装置不要なダブルアクションリボルバーやグロックを選ぶべきだったか、と考えることもある。彼がAK系列を愛用しているのは、それまでの経験……ただ一人で過酷な地形を旅し、近距離の多様な敵に対応するためである。

 サイドアームにならないかと、スミス&ウェッソンM629-44マグナムリボルバーも見てみた。

「これは片手で使えるのがありがたいですね。盾も手放せませんから」ラファエルが丁寧に分解し、その美しさに感動しながら組み立てる。

「長いのに比べりゃ軽いしね」ガブリエラがスイングアウトしたシリンダーを回してみた。

「だが、結局片手ではまともに狙えないし、弾を入れ替えるのも無理だ」ミカエルが瓜生にリボルバーを返す。銃口が誰にも向かないように注意して、スイングアウトされたまま。

「じゃあこっちを使ってみるか?」と、瓜生がグロック22-40SW弾15+1発を出して、焚火の向こうに全弾発射して弾倉交換し、また発射するのを実演してみる。それもミニデーモンを二匹倒している。

「両手を使うことには変わらない、その引っ張る動作の分むしろ遅くなる。どうせ両手が必要なら、盾を半ば放してでも両手で使うほうが当たるし、弾数が多いからな」

「ま、ゆっくり考えよう」瓜生が、焚火の灰に埋めて焼いたパンをかじり、木の葉茶をすすった。

「転職したら拳銃のほうがいいかもしれません。ありがとうございます」ラファエルがミカエルのやるように、安全に注意して拳銃を返す。

「さて、いいかげん囲まれてるな。突破するか」ミカエルが食べ終わると、焚火を踏み消し、盾を背中に回して小銃を手にし、ボルトを引く。

 ラファエルが膝射でなぎ払う。

「援護する、その木の陰までいけ!ガブリエラ、眠りの杖!ウリエル、走れっ!」

 ミカエルが鋭く叫んだ。

 集団戦術も徐々にできてきている。横に分散しての集中射撃。二人ずつに分かれての十字砲火、相互支援。剣を抜いて突進するミカエルを射撃で援護。盾を並べ穴を掘り、手榴弾を放っての防御射撃。

 瓜生のフルオートショットガンとラファエルの雷の杖の同時攻撃でトロルの膝を砕き顔を焼いて目をくらませ、ガブリエラのバイキルトで強化されたミカエルの魔法剣が閃光とともに心臓を貫く。次の瞬間飛び離れたその一匹の頭をラファエルのAKが吹き飛ばし、別の一匹を瓜生のショットガンが、また別の一匹をミカエルの剣とガブリエラの射撃が襲う。

 呪文と魔法の杖・剣・銃の統合という厄介なテーマに、ミカエルの天才と繰り返される実戦が徐々に積みあがっていく。

 

 広い平野の毒沼。そこから、昔都市だった尖塔がいくつか見えたのが悲しみを誘う。

 果てしない岩山。その磨かれたような崖に、腰をかがめなければ入れないほど小さな、だが底知れない深さを秘めた洞窟が見えた。

 四人、後ろのドアや上のハッチから歩兵戦闘車を降りる。

「これを越えれば、シルバーオーブ」ミカエルがつぶやく。

「そしてバラモス」ガブリエラが笑った。

「とても歩兵戦闘車は入れないな。充分に装備を工夫したほうがいい」瓜生が歩兵戦闘車の倉庫を引っ掻き回す。

「食料も十分ありますね。それにしてもこの倉庫は大きくてありがたいです」

 四人とも装備を点検し、深い洞窟に足を踏み入れた。

 一階を照らし出すと、それは広く二列の像に囲まれた、神殿を思わせるものだった。

「イシスの王城と似ていますね」

「昔の神殿だった。ここから城の近くに直通できるって」なぜかミカエルが知っているように言った。

 軽く言葉をかわしながら、油断せず魔法の明かりと四つのフラッシュライトが丁寧に見るべきところを見る。

 最後尾のガブリエラが一番気を使う。

「来たよっ!」叫んでライトを向けたところに出たミニデーモン、フルオートで撃った銃弾が外れて洞窟の壁のでっぱった部分に跳ね、瓜生の腕を傷つける。

 瓜生はうめきをもらしつつショットガンでミニデーモンをずたずたにし、モルヒネをかけてナイフで銃弾をえぐるとベホイミを唱えた。

「狭いところでは銃は危険なのでは?」ラファエルが深刻に言う。

「一人だったら注意できたけど」瓜生が残る痛みをこらる。「撃つときも他の誰かが撃つときも、立つより膝、膝より伏せると姿勢を低くし、また壁などの遮蔽物を利用するのが敵弾のあるおれの世界のセオリーだが、味方の跳弾にも有効だろう」

「剣を使う以上無理なこともあるよ」ガブリエラが文句を言う。

「そうだな。全部弾薬をこれに取り替えてくれ」と、先端が青い特別な弾薬をAKのシンボルでもある7.62mm×39弾独特の曲がったマガジンに詰めていく。「グレイザーセイフティスラッグだ。鉛の小さな粒がたくさん詰まっていて、当たればばらばらになる。射程が短くなり貫通力が弱いが、ここならむしろ好都合か。誤射には気をつけろよ。ショットガンという手もあるけど」

「ややこしい」とミカエルが断った。

 

 二階。狭く複雑な通路があちこちに通じている。

 壁に、まるで水滴が滴るように、ライトをまぶしく照り返す水銀の輝きがあった。

「はぐれメタル!」ミカエルが大喜びで剣を叩きつけるが、固い表面に滑るだけだ。

 集中攻撃で、攻撃してくる一匹は死ぬ。だが、別の一匹が逃げ去った……小さな子供を抱えて。

 ミカエルが追いかける、それを瓜生が止めた。

「何するんだ!」ミカエルが叫ぶ。その間にはぐれメタルは姿を消した。

「もったいない」ガブリエラが嘆息した。

「どういうことですか、どれほど貴重かと」ラファエルも珍しく真剣に責める。

「逃げていくのは非戦闘員だ。戦略的理由もなく殺すのは虐殺だ」瓜生の言葉に、三人がはっとした。

 非戦闘員の虐殺・拷問・強姦・略奪はしない。最初に瓜生が言った条件だ。

「だが、魔物なんだ。感謝なんてしない、仲間を連れて襲ってくるだけだぞ」ミカエルが汚物でも見るような目で言う。

「特にはぐれメタルは……もうご存知だと思います、魔物を、特に剣や魔法で倒すと、私たちがより強くなることは。はぐれメタルは、倒すのが難しいですが、特に大きな力を得ることができるのです」ラファエルが丁寧に説明する。

「そのようだな。それ一匹で、かなり強くなったのがわかる」瓜生がそれは冷静に認める。

「人間じゃないんだ。魔物を殺しても、罪悪感を持つ必要なんてないよ」ガブリエラが悲しげに言う。

「すまない。だが」瓜生が覚悟の目で頭を下げる。

「わかってる」ミカエルがさえぎる。「武器を持つ者はそれを大切に扱い、制御しろ、と最初に剣を習うときに教わった」

 ラファエルが小さな悲鳴を上げる。

「わかってるんだ」ミカエルの声には奇妙な痛みと、それを抑える平板さがあった。

「すまない」瓜生はもう一度言った。

「そうだよねえ……子をかばっているのを殺したりしたら、そりゃ寝覚めも悪いか」ガブリエラがつぶやいた。

 次に出てきたはぐれメタルは魔法攻撃をかけてきて、それには瓜生も何の遠慮もなく焼夷手榴弾を投げる。数千度のテルミット炎が燃えついたのか、ほとんどあっという間に縮んで死ぬ。

 もう一匹が逃げようとしたのは追わなかった。

 また呪文で攻撃してきたはぐれメタルには、思いついたように小さなガラス棒を投げる……それが砕け、間もなく銀の魔物が苦しげにうごめき、のたうちまわる。その上から瓜生がゾンビキラーを繰り返し叩きつけて止めを刺す。

「何をしたんだ」ミカエルがぞっとした目で聞く。

「水銀体温計を投げただけさ。水銀は多くの金属と激しく反応するからな。体温計一つ割れただけで巨大な飛行機が潰れるって言うし」

「ほんっとに、牙をむいた相手には容赦ないのね」ガブリエラが呆れた。

 そんなふうにしていて、あるとき逃げるはぐれメタルが、何かを落としていく。

「これは」ラファエルが拾う。

「はぐれメタルの精髄じゃないか。別の世界じゃ、これを使ってものすごく強力な武器ができる、って聞いたこともあるけど、この世界の鍛冶屋にゃ使いこなせないよ」ガブリエラが驚いた。

「分光分析、無駄か。なんかわかるよ、おれの世界の科学でもわからないものだって」瓜生が興味深そうに見つめる。

「情けが魔に通じるとは」ラファエルがおののいた。

「通じて欲しくて、これが欲しくて見逃したんじゃない。誓ったからだ、虐殺はしないって」瓜生が苦々しげに言う。

 

 その近くの部屋の宝箱には、とてつもない剣と鎧があった。無論ミカエルが身につける。

 装飾が多い鞘から、高密度の硬木を奇妙な動物の姿に削り出し、大きな宝玉で飾った柄を握り抜くと、その長いレイピアに似た金属とも木とも石ともつかない素材の刃なき刀身から、細い電光が無数に湧き出て広刃の刃を形作り、まぶしく輝く。

「稲妻の剣。ネクロゴンド王家に伝わる聖剣だよ。道具としてかざし命じれば敵全体を攻撃できる」ガブリエラが信じられない、という目で見る。

「ですが、それはネクロゴンド王家の者以外が触れたら……ああ、だから」ラファエルがミカエルを見た。

 もう一つ、一見変哲のない厚皮に似た素材の鎧があった。だがその真価は、次にトロルが襲ってきた時にわかった。

 奇襲を受けて懐に飛び込まれ、ミカエルは彼女の腰より太い腕で抱えられ、締め殺されようとした。銃もうかつに使えず、瓜生はとっさにナイフを抜いた。

 ……その瞬間、トロルが絶叫を上げた。その背中から、いやミカエルを締め上げる腕も貫いて何十本も鋭い刃が突き出している。

 暴れる体がレーザーワイヤーに引っかかったように切り刻まれ、ミカエルとともに転げ周り、そして繰り返し絶叫を上げて事切れる。

 ミカエルをその体から引き離すのは大変だった。そして衝撃を感じた……敵と接したところすべて、カミソリより鋭利で長い刃が鎧から突き出ているのだ。

「なんて極悪な鎧だ」瓜生があきれ果てる。

「それに、あれだけやられてたいした怪我もしていません。恐ろしい防御力です」ラファエルが首を振る。

「これで大幅に戦力は上がったな」ミカエルが嬉しそうに、一度戻って大地の鎧をランシール神殿に返納し、ドラゴンキラーも奉納した。

 

 といっても、その武器と防具、そして四人とも銃も使うようになったことを入れてもなおその洞窟は困難を極めた。

 麻痺させる息を吐く、多数の腕を持つ骸骨剣士は腕もよく、銃がほとんど役に立たない。

 道を間違えたときの無限ループ。

 やっと上の階に行ったら、どの道を選んでも割れ目に阻まれ、次々と敵に襲われる。あえて魔法で減速しつつ飛び降りることを思いつかなかったらどうにもならなかった。

 ライオンの頭と多くの足を持つ、呪文を唱える魔物は幸い銃で簡単に倒せる。

 豊かな水が流れ、橋が整備された、かつては住宅であったようなところは何度も何度も道を間違え、そして氷の呪文を唱える強力な煙の魔物の大軍が出る。まるであの氷海のように凍傷に悩まされつつ、手榴弾やショットガンからのグレネードで吹き飛ばす。

 この装備でも、何度も死にかけそうになる。

 魔力が、薬草が尽きていく。水には不自由しないが、睡眠不足が限界に近づいていく。どんな片隅で一人の見張りを残して眠ろうとしても、一時間もしないうちに魔法反射呪文を用いるカメの怪物が襲ってくるのだ。たまたま天井が破れた広い場所でナメルを出して、その中で眠ることはできたが、それも上の階にいくとそんな縦横高さとも広いところはない。

 カメの肉の塩漬けと甲羅、ライオンの頭部の皮、宝石を見せて惑わし魔力を奪う袋の魔物が持つ魔石は高く売れる品だが、たくさんあっても持ちきれない。洞窟ではせいぜい飴やチョコレートバーをしゃぶり、栄養ドリンクを飲むぐらいしかできない。

 そして瓜生が出す軍用レーションやレトルトカレーとパンも、いくら各国のバリエーションがあり、水を入れると温まる装置もあっても、洞窟という状況自体のストレスがある。

 飛び降りる広いところに置かれたナメル内部なら、アダプターと電子レンジと冷凍食品で『瓜生の世界ではまともな』食事はできるが、そこまで戻って出直すのもまたストレスになる。酒量が増える。

 何回カメの甲羅と肉を担いでナメルに戻ったか。レーションを温め、電子レンジで塩をしたカメの肝臓を加熱して食い飲み、カメの甲羅から肉をこそげて肉の塊を塩漬けにする。

 いくら頑丈なナメルでも、装甲を魔物が殴り続ける振動は苦しい。また膨大な数の冷気呪文にはさすがに車全体が冷える。床が冷たいので船のようにハンモックに身を預け、エンジンをアイドリングして車内を暖めてやっと眠り、そろそろ行くぞと周囲のクレイモアを有線起爆して魔物を吹き飛ばし、離れたのをFN-MAGで一掃して出発する。それを何度繰り返したことか。

 長い道、次々に出るフロストギズモを粉砕して、ついに地上に出たときの安心感は大きかった。

 かなりの高山になっており、寒い。

「ここがかつてのネクロゴンド中心部」ラファエルが感慨深く見回す。

「聞いたとおりだ」とミカエルが、いらいらしながら稲妻の剣をいじる。

「バラモス出現と同時に、周囲の大地ごと大きく隆起して、誰も行き来できなくなったって」ガブリエラが吐き捨てる。

「ここか。バラモス」ミカエルが震えるような声で言った。寒さのせいだけではない。

 氷の草原に出現した空を飛び、強烈に冷たい風を吹く長い竜は、むしろその怒りをぶつけるためのカモだった。

 

 見えるのは二つの高く平たい山。それぞれに登ると、凍らぬ水に隔てられて、水平線の上に一方は低い城、もう一方は用途のわからない、下手な城以上に古く荘厳な建物が見えた。

「ボートでも出すか?」瓜生が聞いて、「無理だな」と考え直す。

「ああ。何も浮かないように魔力がかかってる」ガブリエラが確認する。

「だったら、ここから核砲弾で城だけ消し飛ばすこともできるけど」瓜生が言う。

「アホ、まだこのあたりに住んでる人だっているんだよ。それに」と、城でないほうの建物を見る。

「なんか恐ろしいな。それしかわからない」瓜生が魔力の織り目を少し見て、風もないのに震えた。「通常砲弾で砲撃しても、地下にこもってたら無意味か」

「そういうことだな。オーブの伝説に戻ろう」ミカエルが言って、あちこちを探る。

 すると、なかば雪と岩にうずもれたような、厳しく閉ざされた入り口が見つかった。

 そのある意味洞窟には、百人もいない服だけは贅沢な人々と、膨大な数の墓柱があった。

「ここまでたどり着く方がいるとは……」

 ネクロゴンドの大臣の子孫という指導者は、静かに目頭をぬぐった。

「エオドウナ姫!」ミカエルの顔をまじまじと見て、恐ろしく老いた老人が叫んだ。

「ああ、わが若き日崇拝した姫、勇者オルテガにさらわれ、バラモス出現以来手紙もなく……」

 別の、騎士らしい老人が号泣する。

 指導者が懐を探る。

「これがネクロゴンドの秘宝の一つ、シルバーオーブです。わずかな生き残りがここに集い、ひたすらこれを守ってきました」

「オーブはふさわしき者の手にのみ輝くという」と老人がミカエルに渡すと、銀色の輝きが洞窟に広がる。

「おお……勇者様」人々がミカエルにひざまずく。

「わたくしどもには何の抵抗の術もありません。どうか、どうかバラモスを倒して」

「ネクロゴンドを救ってください。わたくしたちが、ふたたび安心して太陽の下で暮らせますよう」

「姫の御子」

 人々がミカエルを伏し拝む。

 ミカエルは、母についての事は言うなと目顔で言い続けた。

 瓜生は手回し発電機と太陽灯、大量のビタミン剤を指導者に渡し、「魔法の薬ではありません。たくさん飲めば効く薬ではありません。絶対に使用量をお守りください」と何度も繰り返した。

 

 

 ネクロゴンドへの旅からルーラでアッサラームに行き、ナメルいっぱいの収穫を換金する。

 ガブリエラが張り切って商人ギルドの海千山千たちと丁々発止とやりあっていた。

 ラファエルはいつもどおり教会でいろいろと。

 瓜生とミカエルはのんびりと食事をとり、大きな風呂で汗と垢を流して休む。もちろん混浴ではない。

 そして大きい部屋のテーブルに料理を運ばせ、瓜生が出した高級酒に舌鼓を打ちながら、これまでの旅で得た情報を総合する。

「オーブはそろった」ミカエルが六つの秘宝を並べる。紫・赤・緑・青・黄・銀に輝く石。一見するとたいした価値のないガラスにも見えるが、見るものが見ればその限りない力がわかるし、絶対に破壊不可能である。

「大変だったな。ハイダーもそろそろ出してくれるように」瓜生が腕を組んだ。

「もう釈放されています。ロマリアから、オリビアの海と地中海をつなぐ海峡都市ビスターグルを再建する助けにと」ラファエルが微笑した。

「さすがに早いな」

「ハイダー家も、アッサラームの商人ギルドも二つの海をつなぐビスターグルはとても重視しています」

「じゃあ測量でもしておこうか?」瓜生が言うが、

「いや、バラモスのほうが優先だ。魔物が多くいる限り、無駄に犠牲が出る」ミカエルが厳しく言った。

「あそこにたどり着くには空しかないね」ガブリエラが地図を広げた。

「前も言ったけど、海から飛び立てる飛行艇じゃ無理だ。それ以外の足が長い飛行機は、砂漠で探せば滑走路になるようなところがあるかもしれないが、四人が長距離飛べるのは使い方を身につけるのに何年もかかる。

 ある程度以上の…垂直離着陸ができるような飛行機は、一人じゃ絶対に使えない。昔、この能力をもらって異界に飛ばされた時に、F15やAV-8を出してみたことがあったんだ」瓜生が苦い記憶に眉をひそめる。「どうしようもなかったな。膨大な専門英語と数学のマニュアル、一人じゃ持ち上がらない部品、十年も勉強しなきゃ使いこなせない工具や実質工場設備が何千何万種類。

 さらに必要とされる広大な、頑丈できっちり平面を保った滑走路にも専門教育を受けた土木作業員が何百人も必要だ。

 あれ一機飛ばすのに、何千人ものきわめて高い教育を受けた人が必要なんだ」

「そういえば、灯台で聞きましたね、オーブを集めれば船がいらなくなる、と」ラファエルが思い出す。

「じゃ、朝になったら行こうか」ガブリエラが目配せした。「テドンで、聞いてたろ?集まったらレイアムランドへ、って」

 三人が地図を見る。レイアムランド……氷海の氷島。小さい大陸の規模はある。人一人いない不毛の地、誰も領土として求めはしない。たどり着くことすら困難とされる。

「防寒装備をしっかりしないと、また地獄を見る」瓜生が厳しく言う。

「一人はぬいぐるみを着れば万全ですし、まあ天使のローブを上に羽織ればかなり楽ですが」ラファエルがうなずく。

「あとは暖めた石を腹に巻くとか、いろいろ気をつけるしかないな」瓜生が頭をひねる。

「船がいらなくなる、ってほんとに早くそうなってくれるといいねえ」ガブリエラが、今から船酔いを予想したようにげんなり崩れた。

「行くしかないんだ。さっさと行くぞ」と、ミカエルが食べるペースを速める。

「食べられるうちに食べとくか」ガブリエラも川魚の丸揚げを、苦味のある菜と薄く切った果物と共に薄く焼いたパンにくるみ、たっぷりと酢をかけて食べ始めた。

 瓜生とラファエルも顔を見合わせ、瓜生は干し果実とヨーグルト、ラファエルは香草入り蒸留酒とチーズを追加注文した。

 

 ランシールから、船外機全速で南西に突っ走る。間もなく風が強まり、波が高くなる。その時点でガブリエラは半病人。

 流氷が目立つようになる頃、もう船は暴風と高波に煽られ、木の葉のようにもてあそばれていた。それこそ笹船が海の波に持ち上げられ、叩き落されるように。

 だが、波を舳先が切っている限り船は浮かび続け、戦い続ける。太い聖木を刻んだ竜骨すら悲鳴を上げる。

「がんばれ!」ミカエルの叫びにマストの瓜生が奮い立つ。

 後ろに引きずられる、木枠に布を張った海錨(シー・アンカー)が船外機に絡まないよう、ミカエルがわずかにロープを調整した。その抵抗が船首が振られるのを何とか止める。

 ラファエルが手早く破れたトプスルを交換し、ミカエルがウィンチのスイッチを入れていくつかのロープが張りなおされる。

 ガブリエラは半病人ながら、船に強い魔力を与え続けた。

 そして時に、暴風の中急に船が止まると、船よりも大きいと見える巨大なイカかタコの怪物に捕まっているのが分かる。

 瓜生はその巨大さを見て、迷わずRPG-7を内臓に叩きこんだが一発ではまだ動き続ける。結局ミカエルが切り刻み、体内に焼夷手榴弾を放りこみ、テルミットの水中でも消えない火で内臓を焼き尽くしてやっと動きを止めた。

 だが船のダメージは大きい。

「船自体がもちません、このまま風が強まるなら」

「強まるな」と、一度降りて気圧計を見た瓜生が背筋を寒くする。「なんて低気圧だよ」

「だが、戻っても修理できるかどうか……わかってる。この船自体が寿命に近い」とミカエルが目を強め、じっとソナーを見る。

「こっちだ!」叫んで大きく舵を切り、剣で海錨を切り離し、船外機を全速にする。

「よし!」とっさに信じた瓜生がフォアマストに走り、ジブを揚げた。

 ラファエルは言葉一つなく、トプスルを絞る。

 船は荒れ狂う暴風の中、むしろ静かに百メートルあるんじゃないかと思える波を切り、登る……その一番高く、高いマストのてっぺんにいる瓜生とラファエルが同時に叫ぶ、「ランド・ホー(陸だぞ!:陸地初認)!!」

 コロンブスの、そしてマゼランの船員が叫んだと同じ、希望と恐怖の叫びだ。どれだけの船が、そのまま岸に叩きつけられて全員死亡の惨事に至ったか……

 ミカエルは静かに船外機を調整し、一気に波面を駆け下りると、そのまま船外機を切り、次の波に乗ってその力だけで加速した。

 凄まじい勢いの風と波が、船を凄まじい速度で白い陸に飛ばしていく。まさに飛ぶように。

「激突する」瓜生がルーラの術式を整えつつミカエルを見つめる。

 ラファエルも必死で、目を閉じていた。

 巨大な氷の崖。そこに叩きつけられると思った瞬間、ミカエルがエンジンを全開にし、そのまま眠らせたままのガブリエラをかついでマストに登り、聞きなれぬ呪文を唱えた。「アストロン!」

 瓜生は抵抗する間もなく意識を失う。

 

 四人が気がついたのは、氷の上だった。氷の断崖の縁に引っかかるように。

 周囲一面に、船の残骸が転がっている。

「どうなったんだ」最初に目覚めた瓜生が寒さに震え上がる。

「うちち……」ガブリエラが起き上がる。「むちゃくちゃもむちゃくちゃもいいところさ。ううっさむい!」と、手近に転がっていた鉄の大なべにベギラマを叩きつけ、暖めて抱きつく。

 ラファエルが起き上がり、すぐに感謝の祈りを捧げる。「命があったこと、心から感謝いたします」

「人を鉄に化す禁呪か。それで、一番高い波にわざと乗って、マストから鉄になったまま陸に放り出される。生身なら衝撃に耐えられないが……恐ろしいことしやがる」瓜生が震え上がった。

 最後にミカエルが起き上がろうとして、くずおれる。

「ばっかやろう、せっかく助かってもこれじゃすぐショックで心臓が止まる」と瓜生が舌打ちして、ナメルを出すと三人とも引っ張り込んだ。

 すぐにエンジンをかけて内部を暖め、危険な崖縁から離れる。

 内部の気温が上がるにつれて、四人の全身を覆う氷が解けて踊りまわるほど激しい痛みになる。

「くそっ、明かり消して服全部脱げ!ガブリエラ、ミカエルを!」瓜生が言って車を止め、自分も脱ぎながら明かりを消す。

 危なく全員凍死は免れた。あちこちの凍傷をそれぞれホイミで治す。

「これ以上濡れた服でいたら死んでましたね」ラファエルが激しく震えながら、大量の使い捨てカイロを入れた布袋を抱きしめる。無論闇の中。

「ミカエル」ガブリエラの声。

「うああああっ!」ミカエルの悲鳴、そして激しい身じろぎの音。

「ウリエル、強い酒おくれ」ガブリエラの声に、瓜生があちこち手で叩いて、やっと柔らかい肉を叩いたところでそこにブランデーの瓶を置く。

「どこさわってんだい、ってそれどころじゃないか」と、ガブリエラがミカエルにブランデーを飲ませる。

「うぐ、ぐあ」

「ついにやったんだね。人を鉄と化すアストロンの呪文を」

「だが、船はもう……」ミカエルが震えた。

「少なくとも今生きてる、その点では間違ってなかった」瓜生が強く言う。「とにかくみんな、乾いた服に着替えろ。サイズ違いはガマンしてくれ」と瓜生が手探りで服を配る。

「ありがたいね。あと、ルーラを使えば、船もバラバラかもしれないけど回収できるよ」とガブリエラが服を着る音と共に。

 間もなく明かりをつけ、濡れた服を処分し、またエンジンを強める。だが専門の雪上車でもないので、いくら悪路走破性の高いキャタピラでもあまり早くは進めない。

「ここは陸なんでしょうか」ラファエルが言ったが、瓜生は首を振った。

「流氷かもしれないし、氷河かもしれない。どこから陸かも分からない。爆薬と地震計で調べるか?」

「ばか、今扉開けたら死ぬよ」ガブリエラが震え上がった。

「じゃ、食事にでもするか」

 瓜生が出したレーション。ヒーターに水を入れると、シリカゲルにうっかり水をかけると熱くなるのと同様に熱が出てレトルトパウチを暖める。それを待つ間に蜂蜜とブランデーをかわるがわる飲む。

 温まったチキンシチューをすすり、やっと人心地がついて、ゆっくりとクラッカーにピーナッツバターをつけ、パウンドケーキのデザートを味わう。

 そして瓜生が用意した湯でココアを溶かしてゆっくり飲む。

「ふう……生き返りますね」ラファエルが微笑んだ。

「さて、ここはどこだ?」と瓜生が窓から、そして車外のカメラから周囲を見るが、一面の白と吹雪。

 巨大な流氷と氷河で、どこからが陸なのかすら分からない。知りたければ爆薬と地震計で調べることはできるが、ばかばかしいのでやらなかった。

 ナメルでは動きにくいので、瓜生が雪上車を出した。M2重機関銃と、後方噴射があるので左右方向限定だがRPG-7のサーモバリック弾頭で、敵が出てもどうにかなる。

 氷そのものの魔物、そしてバラモス城の近くでも見たスノードラゴンがやっかいだが、車内できっちり暖房していればどちらの攻撃も耐えられる。

 ただし、あまり過信していると機械そのものが凍りついて動かなくなり、ガスバーナーで溶かす羽目になるが。

 広い大陸を走り回るうち、巨大な塔が吹雪の中見えた。

 

「わたしたちは」「わたしたちは」「たまごをまもっています」「たまごをまもっています」…

 二人の、人間とも妖精とも神とも、なんとも言えない、存在しているともしていないとも言えないもの。イシスの女王さえ平凡に見えるほどの美しさ、だが人の半ばの背丈もない。

 その美しい声が、ミカエルたちにすべきことを教える。

 中央の巨大な、生きたい生きたいと息づく卵。かすかな温もりと、ゆっくりな低温をなす心音。

 一つ一つのオーブが、苦しい冒険を思い出させる。

 オロチの圧倒的な巨体と猛烈な炎。生贄に泣く村人の悲しみ。ヒミコの無残な死体。解放されてなお残る悲しみ、故郷を追われた人たち。それが今は三つの街に、膨大な食糧と富をもたらす生きた黄金となっている。

 赤い女海賊と飲んだ酒。その仲間が、後にもどれほど助けになってくれたか。

 滅ぼされた村、ガブリエラの悲しみ。彼女は祭壇にグリーンオーブを捧げるときも、漏れる涙を必死でこらえ、ラファエルの祈りと手に泣き崩れていた。

 ただ一人、自分自身と向かい合った神殿の奥。口にできない神事。

 クァエルの固い信念と、ハイダーの野心から生じた街。あらゆる知恵を集めて作られ、多くの悲喜劇をまきちらしながら、まるで巨大に膨らみながら転がっていく雪だるまのように……いや、それが雪崩となるように世界そのものを変えるのか、それとも小さな雪崩で止まるのか……雪崩がどうなるかは雪崩自身は知らない。ただべき乗則の奴隷でしかないのだ。

 遠い旅。出会い別れた仲間。死しても終わらぬ恋。子供の愚かしさがいとおしくも悲しい。そして荒野の穴に、かすかな希望にすがる人々。

 祭壇がオーブで飾られたとき、色なき光が部屋を満たす。その光が、音なき音楽を一人一人の心に大きく響かせる。

 時が消える。ひたすらに歌と光。そして学びえぬ数学のなすパターン。瓜生ですら、瓜生の世界の誰一人としてそこまでたどり着いていない数学的美。

 時が戻ったとき、そこには一つの翼が人の身長ほどの、呆然とするほど美しい純白と黄金の翼、何色もの尾を引く鳥の雛がいた。

 それが、空を見て口を大きく開け、空の雲を吸うとどんどん大きくなっていく。

「乗れ、って」ミカエルの声に、瓜生たちはふと気がついたように、その背に乗ろうとした。が、瓜生がためらう。

「心正しき者しか乗れない、って。おれなんか」

「決めるのはお前じゃない。こいつだ」と、ミカエルが強引に瓜生の手を引っ張ってその、四畳半ぐらいある背に乗せる。

 鳥は振り落とそうともしない。

「あれ」ラファエルが何かに気づく。

「すごく特殊な魔法、いや人間の魔法とは次元が違うね」ガブリエラが微笑する。

 そしてラーミアが飛び立つ。背の狭い、一見不安定なスペースが、まるで新幹線のグリーン席のように安定し、氷風吹き荒れる外でもなんら寒くない。

「バラモス城へ」ミカエルが言うと、巨大な鳥は凄まじい速さで風を切り、地上の景色がぐんぐん変わる。

「音速出てないか?」瓜生が震えた。

「一度ランシールで降りましょう。体調を整えに」ラファエルの言葉に、そのまま鳥は人里から隠れたところに降りた。

「寒かったしね。久々に風呂で体の芯からあったまって、いくか!」ガブリエラの軽い言葉に、皆が覚悟をかためなおす。

「実家に挨拶しなくていいのか?」瓜生が聞くが、

「ならロマリアにでも行こうか?それともイシスがいいの?」とガブリエラにからかわれて憮然と口をつぐむ。

 ランシール大陸では、まず地球のへそを囲む山脈の、街を挟んで反対側にある無人地帯に見つけてあった温泉で、男女別でもゆったりと体を温める。

 そしてランシールの町では氷の魔物から奪った魔輝石を売り、もてるだけの薬草を買ってごちそうを用意させた。

 豊かな牧草地帯に多くの家畜が放されているランシールは特に肉がうまい。

 新鮮なレバーをブランデーでフランベし、岩塩と対岸のバハラタから得たコショウを振ったのは、旅で食べ飽きてはいてもやはりうまかった。煮込んで割った骨髄にも歓声を上げてかじりつく。

 脂たっぷりのステーキも旺盛に食う。

 ブドウもとれるがワインよりブランデーにすることが多く、蜂蜜蒸留酒もうまい。大きく甘すぎるぐらいに甘い木の実の強い蒸留酒に薬草を漬けて熟成させたのがまた強烈な刺激で口直しになる。それに合うチーズも工夫されていたし、ドライフルーツがまたいい。

 素朴な主食とされる、蒸すだけでパンのように食べられる木の実もたっぷり堪能した。

 新鮮な生牡蠣に赤く酸い草の実を絞ってすするのも海そのものを食うように深いうまさ、たっぷりの貝に芋でとろみをつけたシチューも舌がやけどしそうなほど熱くうまい。

 大きな魚やエビや芋を油の強い、大きな葉でくるんで、焼いた石に乗せて土に埋めて蒸し焼きにしたのがまた単純でたまらない。

 四人とも腹がはちきれるほど食べ、泥酔するまで飲み、翌日の昼まで熟睡した。

「う、ふう。行くか」ミカエルにラファエルが、ガブリエラが、そして瓜生が二日酔いを抑え、にっこりとうなずく。

 そして瓜生が頼んでいた、熱く甘い粥。かつてランシールの神殿に、ミカエルが一人挑んだときと同じだ。

 ラーミアは雲と風を食べ、森の生気を浴びて機嫌よく待っていた。

 その背に乗り、みるみるうちに海を越え、そして火山の煙をよけて、ネクロゴンドを横断して天をつく巨大山脈を越える。

 暴風にも圧倒的な高さにも、ラーミアはびくともしない。

 

「待って。すぐ降りるんじゃなく、まずその隣に」ガブリエラが言う。その頃には四人とも、すっかり二日酔いは覚めていた。

 幸いガブリエラの船酔いも、このラーミアではまるで起きない。

 ラーミアはガブリエラの声に従い、眼鏡のような双子の島、その一方の沼に囲まれた、とてつもなく古い建物に降りた。

 そこは内部に、何かを封じるように極めて厳重な壁を作り、そこには何人もの人が交代で見張っていた。

「ここはギアガの大穴です。底のない穴、あまりに恐ろしく、ずっと封じているのです」

 誰に雇われているとも言わぬ、ダーマでも見覚えのない衛兵たちにミカエルは一礼し、そのまま去った。

「バラモス城へ」

 ごく短い空の旅、そして空から見ても完全に破壊されつくした平城へ。

「爆撃するか?過剰でなければ」瓜生が言うが、ミカエルは首を振る。

「まだ生きて隠れている人がいるかも」

「なら仕方ないな」

 

 着地したラーミアの首を叩いてやり、装備を確認する。

 瓜生以外はフラッシュライトのついたAK-103を、剣を妨げないよう刀の鞘のようにした厚布袋で差している。また鎧の上に瓜生の出した防火服を羽織っており、寒さしのぎにもなる。

 ラファエル・ガブリエラ・瓜生の三人の防具は魔法の鎧、地面に置いても胸に届く大型の円形で魔力を持つ盾、防火頭巾とフェイスガードのついたFRP製ヘルメット。

 ラファエルの武器は雷の杖、ゾンビキラーと長さ1.5mの特大バール。

 ガブリエラは愛用の魔杖と、ルカナンと同じ魔法も使える草薙の剣、眠りの杖。

 瓜生の右手はサイガブルバップ12ゲージフルオートショットガン。AK-103もRPG-7も瞬時に装填済を出せるし、多数の手榴弾を鞄に入れている。腰の背中側にゾンビキラーを刃が下、柄が右腰に出るように差し、また左肩には愛用の半両刃のナイフ。

 ミカエルは稲妻の剣、刃の鎧、ドラゴンシールド、そしてオルテガのかぶとと瓜生にもらったゴーグル、腕の星降る腕輪が速度を倍加している。

 先頭右にミカエル、その左に瓜生がショットガンを構えて従い、後ろの二人がやや離れて後ろを守る。

「さて、どういく?今回は探索にして、大体ここだと思えたら一度戻るか?」瓜生が言う。

「いや、そのつもりで魔力使い切った、その次の角がバラモスだったらただのバカだ。魔法は節約し、銃と魔法の杖を中心に戦う」

 とミカエルがAK-103を構え、左手の盾を手から離して革帯で肩にかける。

 

 いきなりだった。荒れ果てた城庭、無残に崩れかけた壁と門、そこに朽ちていたと見えた石像が、そばを通ろうとした瓜生を殴り倒そうとした。

 幸い盾が左肩から頭にかけて守っていたが、瓜生は半ば吹き飛ばされる。そこにミカエルのAK-103が数発叩きこまれるが、一部欠けるだけで中まで届いていない!

「うああああああああああああっ!」

 ラファエルの鉄棍が叩きこまれるが、それも銃弾とさして違わない。親指が入る程度の欠けた穴を作るだけだ。

「離れろっ!散開するんだ!」瓜生が叫び、自分も走る。

 一瞬誰を追えばいいかわからなくなった石像。だがもう一体がかりそめの生命を得て動き出す!

「みんな伏せろ!」瓜生が叫び、ミカエルたちは手近な枯れ木、窪地などに飛びこんで盾で身を守る。そこにRPG-7の直撃。一体は完全に爆砕され、もう一体も衝撃であちこちひびが入った、その下半身に瓜生がすかさず飛びこんで至近距離から三連射、足が砕け折れる。その頭部にさらにセミオートで二発叩きこまれる。

「射撃中止!」とミカエルが叫んで手を上で振る、声はろくに聞こえないが見えたので瓜生はトリガーガードから指を出し、銃口を地面に向けて周辺警戒。

 飛びこんだミカエルの稲妻の剣が石像の首に、大上段から鋭く打ちこまれて半ば首が切断される、そのひびにラファエルの鉄棍が全力で叩きこまれ、ついに首が転がる。

「まだ油断するな」

 瓜生が向かうと、まだもがく石像の背にC4爆薬をひっつけTNT爆薬をくるみ、TNTに雷管を入れてコードを引き、建物の影に皆を入れて確認すると、スイッチを押した。

 爆発に、隠れている建物がびりびりと揺らぐ。

「やっかいだな」

「何とか眠らせてくれ」と瓜生が深呼吸した。

 

 庭が広い。慎重に探索していくと、隅から強力な魔法を使う人の姿をした魔物や、洞窟でもみかけたライオンヘッドが襲いかかってくる。ただそいつらは銃が通じるので、四人で銃撃すればまず苦戦はしない。

 庭から奥に入るが、茂みに封じられて奥庭にはいけない。

 そして崩れかけた玄関から二階建ての建物へ入る。

「城の手入れもしてないか。人間の王みたいに、城のバルコニーに出るとかがあれば大口径で狙撃できるんだがな」瓜生がぼやく。

「魔王がそんなことするわけないでしょ」ガブリエラが呆れた。

 上に行き、つながったところから行ける範囲を探索し、マップに記入して下に戻る。

 新しい部屋に入るときには閃光手榴弾を放ってから確認し、魔物がいればRPG-7でサーモバリック弾をぶちこんで離脱。高熱と爆風と酸欠は、動く石像だろうとライオンヘッドだろうと確実に葬る。

 一番厄介なのは影のような魔物だ。死の呪文……直接死をもたらす禁呪。

 何度か死人が出る。幸いミカエル・ガブリエラ・ラファエルの三人が復活呪文を使えるので、全滅は免れるが、魔力を消耗するのが痛い。

 瓜生にとって自らの世界では決してありえぬこと……死んで生き返るのは、何度やっても衝撃的だ。

 動く石像対策として瓜生は、身長ほどの合繊ロープを二本十字に結び、四つの先に石の重りを結びつけた、原始的な狩猟具を作った。それを投げて足に絡みつかせれば、知能が低いので案外あっさり捕まる。動きさえ止めればグレネードランチャーの対装甲多目的弾で充分だ。

 降りて、また上がって……探索の中、宝箱が集まった部屋も見つかる。

「魔神の斧と、これは呪われてるね」ガブリエラが興味深く見る。

「戦士以外は使えないですね。もったいないですが」ラファエルが首を振った。

 

 離れの大部屋には、玉座とも思われる大きな椅子に、無残な骸骨が座していた。

「かつてのネクロゴンド王か」ミカエルが剣で礼をし哀悼を示す。

「確か曽祖父」というラファエルを目で黙らせる。

「あとは、あの池の中央の下だけだな」ガブリエラが書いていた図を瓜生が確認する。

「でも、何度か復活呪文を使ったから、それほど魔力に余裕はないよ」

「一度戻るか」ミカエルが断した。

 

 アッサラームの宿で、ゆっくりと湯につかって体を伸ばす。

 城の地図を検討し、最短距離をしっかりと選ぶ。

 激しすぎる疲労、あえて薬で熟睡して魔力を回復させる。

 朝早く、商人たちが商売をはじめ、遠くから鉄を打つ鍛冶屋の槌音が響き始める。

 なんとなく朝の散歩に出た。すぐ行くのがなんだか惜しまれるような気がして。

「バラモスと戦って、勝ってから、大丈夫か?」瓜生がふと、ミカエルに話しかけた。

「大丈夫、というのは?」ミカエルがまごつく。

「おれの世界の……英雄叙事詩にこんなのがあるんだ。勇者が魔王を倒すって筋だけど、その勇者は父親が人間ではなかった。神々が作った人の姿をした人以上の戦士。それがある戦いで傷ついたところをある国の王女に救われ愛し合ったが、その父王に追われ、王女が殺され子が島に流されたことに怒って人の敵となった」

 ミカエルがはっと身を固めるように聞き入る。

「その子は心真っ直ぐな勇者となった。そして父と再会して戦い、また改心した父と共に魔王と戦った。

 父の死後、ついに対峙した魔王が言ったんだ……余に仕えよ、お前の父はYesと答えた」

 ミカエルの目が見開かれる。

「賭けてもよい。余を倒して帰っても、お前は必ず迫害される、と。勇者は答えた、答えはNoだ、お前の言葉は嘘じゃないと思う……みんながそう望むなら、お前を倒してこの地上を去る、と」

 ミカエルはただ静かに固まっていた。

「それでか。あの時、お前は本当に森の奥で小屋を建て始めた」

 長い沈黙の後、ミカエルがつぶやいた。

「その話をしたとき、あのひとは」とロマリアのカテリナ王女を思い出す。「別の国に亡命すればよかったのに、と笑ってたっけ」

(またそれほどの力ならば、人に見せつけて一国の王になることもできましょう。それに、竜の騎士が神格化されている国もあるとか?そちらへ赴き王位を主張することもかないましょう。自らを美しくせんとしすぎて愛する者を死なせるのはおろかというものです)

 その言葉は思い返せば、いざとなればミカエルや瓜生を一国の主にさせる、ということでもあるのか?

 思ったとき、一気にミカエルを女性として意識した。その美しさに、目を向けることもできないほどに。

 瓜生にできたことは、黙って立ち去り、宿で銃の手入れをすることだけだった。

 部屋の隅にM2重機関銃、それともミニガン……階段の上から問答無用に大型爆弾を放り込んで吹き飛ばせば……

 後方噴射のあるRPG-7や無反動砲は使えるかどうか、バラモスの部屋はどの程度の広さだろう?至近距離で最強の攻撃はカール・グスタフのフレシェット散弾だろうが……グレネードランチャーを使える程度の距離が得られればいいが。

 戦車や装甲車が動けるスペースはあるか?あるとしても、訓練に時間を取れるか……この四人だけで扱えるか?使い慣れているナメルの、30mmが通用するか?あれが効かない敵なら、もう逃れつつ部屋ごと大型爆弾しかない。

 50口径は一撃必殺だが、あまりにも重い。相手がどんな敵かわからないのがプレッシャーになる。ヤマタノオロチのように鈍い巨体なら大口径弾でぶち抜いていけばそのうち死ぬ。多数なら重機関銃だ。一番厄介なのが、あのボストロールのように超高速の至近距離で跳ね回るタイプだ。塹壕に重機関銃と迫撃砲で、1kmの距離から走ってくるのなら、そんなのが千人襲ってきてもなんでもないんだが。

 とりあえず、FN-MAGを瞬時に手元に出せるように。そして重量はあるがカールグスタフ無反動砲にフレシェット弾を装填してハンマースペースに。ショットガンの最初の弾倉は、いつもどおりOOバックとスラッグを交互、最後の一発はグレネード。全弾グレネード五発と全弾スラッグの十発も用意する。

「行くぞ!」ミカエルの声に立ち上がった。

 

 ほとんど一直線に、計画通りの道を大股に歩く。敵は全てRPG-7とFN-MAGの圧倒的な火力で掃討する。

 そして池の中の、地下に向かう階段。そこで瓜生はカールグスタフ無反動砲にフレシェット弾を装填して担ぎ、FN-MAGの弾帯を交換する。

 一人ずつトイレを済ませ、瓜生の差し出すドリンク剤と、塩とブドウ糖を湯で飲む。

 そしてしっかりとうなずき合い、ミカエルを先頭に下りる。

 体育館ほどに広い部屋。

 その奥、入るだけで身をさいなむ魔力の壁の向こうに、それはいた。

 剣を抜くミカエルを制し、瓜生がその前に立って声を上げようとする……話したくて。間違いがないかと。

 が、喉が詰まる。

 物体的な圧力にすら感じる、圧倒的な、そして桁外れに邪悪な存在感。だが、歯を食いしばり、誤って殺した竜の痛みを思い出して叫ぶ、

「話せないのか!言葉は!戦うしかないのかあああああひーふぇえええっつ」声の末尾が崩れた叫び、声が崩壊した歌と化す。

 それの発した、なんともいえない声と、まるで森で妖精と声を響かせあうように声を合わせようとして、それが魂そのものを深くさいなむ。

「あひゅーけええええええ」声が絶叫になり、それが断末魔にも、憎悪に狂った狂気の声にも化そうとする、そこをミカエルの絶叫がさえぎり、ガブリエラの激しい歌が響いて断ち切る。

 意識を取り戻した瓜生は激しく吐き、真っ青になって震え上がった。

 あまりの圧倒的な邪悪。魔王と勇者の戦いという、圧倒的に巨大な神々の世界の、ごく卑小な面……世界大戦の一兵士の体内でコレラ菌と白血球が争っているようなスケールの違いを垣間見た。

 魔王という凄まじい存在。その悪の前では、瓜生が自分の世界で知るどんな悪人も……連続殺人鬼だろうと独裁者だろうと天使に思える。

 あまりの闇に触れただけで、自分の存在自体が消え去るところだった、ミカエルの叫びがなければ。

「そのはらわたをくらいつくしてくれるわっ!」

 魔王の、人の声とはまったく異質な叫び。その重低音自体が強力な非致死性兵器、いや下手に直撃していたら、ガブリエラの魔法防御がなければ致死的だった。

 それは、奇妙に美しく、限りなく醜かった。特殊な恐竜のようなクチバシに似た口と突起となった後頭部。最上位の魔導師の服を優雅に着こなした、3mほどの体躯。手足の指は奇妙な三本指で、その一つの先端はクレーンのフックのような鋭い鉤爪となっている。

 戦うための美しさ。邪悪の美しさ。人の世にありえない醜さ。

 巨体がチーターの時速130kmを越える速度で迫り、爪が瓜生の首を狙うが、ミカエルが絶叫を上げつつ防ぎ、切りつけた。

 それから、目にも留まらないスピードでの斬り合いが始まった。ガブリエラが素早くピオリムを唱える。

「パワーもスピードも、偽王よりはるかに」ラファエルが恐れおののく。

 我に返った瓜生はバイキルトをミカエルに、そしてスカラと唱える間もなく、激しくミカエルと切り結びながらバラモスの魔力が爆発した。

 四人とも全身を、道路工事用のハンマーで激しく殴られたようにきりもみして倒れる。

 イオナズン……爆弾に匹敵する高熱と爆風。魔法の鎧と盾の効果でかろうじて死を免れる。

「ベホマラー!」

 ラファエルの力強い声、全員の体を一瞬光が包み、骨折や内臓の損傷さえ瞬時に癒える。そのラファエルを激しく襲うバラモスの蹴りが防ぐ間もなく吹き飛ばし、天井に叩きつけられてから地面に落下する。

 ミカエルが切りかかり、ふたたび二人の世界。そのあまりのスピードに、瓜生もガブリエラも、友軍誤射以前に銃を使う余裕がまったくない。手どころか眼球すらついていかないのだ。

「呪文を!」

 ガブリエラがラファエルにベホマを唱え、同時に草薙の剣を掲げてバラモスの守りを弱めようとする。

 瓜生もミカエルにベホイミを、スクルトとピオリムを唱え続ける。

 縦横に飛び回りながらの激しい剣戟。その中にも、メラゾーマの巨大な火球がガブリエラを襲った。

「フバーハ」やっと起き上がったラファエルが唱え終わるか、凄まじい光と炎の津波が巨大な広間を埋め尽くした。オロチをはるかにしのぐ火力。

 光の幕や防火服で半減されたが、それでも四人ともかなりのダメージを受ける。

 さらにバラモスが唱えた呪文、とっさにガブリエラが瓜生の前に魔力のこもった石を投げた。それが消えうせる!

 瓜生も消えそうな感覚を覚えたが、ミカエルの絶叫にかろうじて存在を取り戻す。

「あぶない、バシルーラ」

 どこへともなく消し飛ばす呪文。ここで人数を減らされたらたまったものではない。

 そしてまた、イオナズンの爆発が四人を打ち叩く。

 瓜生が薬草とベホイミを、ラファエルがベホマを連発する。ガブリエラがまた草薙の剣を掲げる。

 バラモスの激しい攻撃を受け続けているミカエルも、わずかな間に全身血染めになっている。

「一瞬でいい!」

 ミカエルが離れ、バラモスが止まっているか、こちらに突っこんでくれれば銃が使える。

 瓜生が祈るような目で銃のグリップを握るが、それはどう見ても不可能だ。ミカエルは完全に密着し、稲妻の剣の力全てを叩きつけ、繰り返し切りつけている。

 彼女の剣技も鬼気迫るものがある。決闘でのカンダタのように小さく鋭く、それでいて全身を乗せて。あまりにも疾く、飛燕のように優雅な円を、直線を、螺旋を描く。

 足がバレリーナのように、翼がある猫のように軽くステップを踏み、リズムに乗って雷光が一閃する。そのたびにバラモスの巨体に、激しい稲妻の傷が走る。

 そのミカエルをバラモスが蹴り飛ばす、瓜生にとっては待ちに待った機会だった。

 わけのわからない叫び、右手のショットガンを両手で構え、フルオートで全弾吹き上げる。

 直径2cm近い鉛の一発弾(スラッグ)が、数発の通常拳銃弾に匹敵するバックショットが、次々と腹に、肩に、胸に吸いこまれる。

 止まらない!カールグスタフ無反動砲に持ち替えようとする間もなく腹を爪で打ちぬかれ衝撃に声を失う。

「メラゾーマ」

 至近距離での猛炎、そして吐き出される炎が駆け寄る仲間も包む。魔法の鎧とフバーハ、そして自らをかえりみず、間髪容れずかかったラファエルのベホマがなければ確実に即死だ。

 その間、ガブリエラがAK-103をフルオートでばらまいたが、一発当たるかどうかですぐ襲いかかる、そこに自分でベホマをかけたミカエルが飛びこみ、深く切りつけた。

 人の文字にならぬ声を上げる魔王。喜びと破壊と狂気の声を炎に変え、ミカエルの美しい顔が一瞬で焼け崩れる。

 ミカエルはまったくかまわず、切り下ろした剣を返し、盾でバラモスの腕の下を潜りながら全身で螺旋を描き、その身に雷を呼ぶ。

 美しい円雷、だが魔王はひるみもしない。

 ミカエルにもまた癒しの光が放たれるが、そのラファエルを吹き飛ばそうとバシルーラが狙い、かろうじてガブリエラが防ぐ。

 瓜生が広い空間を見て、そこにナメルを出現させた、だが飛び乗る間もなくバラモスに蹴り飛ばされる。

 バラモスはミカエルと戦いつつナメルの巨体を襲い、オロチを上回る猛炎と大爆発に装甲に守られた車体が焼けただれ、破れる。

 ミカエルを蹴り飛ばしたバラモスがナメルの60トンに挑むとひっくり返し、脆弱な下腹に巨大な爪を突き立て、引きちぎって内部に魔の猛炎をぶちこむ。燃料に火がついたか炎上し、どこかの弾薬が誘爆する。

 その音すらかきけすようなバラモスの哄笑。

 瓜生は言葉もなかった。神々に、大自然に匹敵する、魔王。圧倒的な存在。

 またもミカエルが斬りかかり、バラモスが楽しげに受け、ナメルの残骸にひっかかりながらその炎に身を隠して猿のように飛び上がり、高速でガブリエラをかすめてふっとばす。

 瓜生は走りながら、何か奇妙な動きをした……一つ、二つと巨大なコンクリート製のテトラポッドを出している。

 それにバラモスがぶつかり、腹立ちまぎれにサッカーボールのように蹴り飛ばした、瞬間ミカエルが斬り抜けつつ横っ飛びに転がる。待ちに待った一瞬の隙!カールグスタフ無反動砲のフレシェット弾……短い矢の形をそのまま鉄で作ったものが大量に吐き出される。

 砲口炎に包まれるバラモス。至近距離の直撃!

 瓜生は伏せ、FN-MAGを構えようとした、その背を踏み砕く巨大な足!

「強いな」

 ミカエルが哄笑し、それが叫びに変わり稲妻を呼ぶ。

 全身に千の鉄棒をぶちこまれ、胴体の前面、強化された肉が挽肉のようにずたずたになり、顔も右半分を撃ち飛ばされ、それでもみるみる回復していく。

 笑いながらも、ミカエルの魔力も体力も限界が迫っているのがわかる。ラファエルがもういちどベホマをかけ、そしてミカエルを押しのけて静かにバラモスの前に立った。

 ガブリエラが瓜生に必死でベホマをかける。

「や」

 ミカエルがふと気づいたのか、一瞬焦ってラファエルを止めようとする。ラファエルは、ただ静かにバラモスに歩み寄る。

 巨体にもかかわらず、豹のように踊りかかるバラモスの爪に貫かれ、首から胸元にかけて深く切り下げられながら、ラファエルは小さく唱えた。

「メガンテ」

 閃光が走り、何も見えなくなる。

 そして、静かにラファエルがくずおれた。

「ラファエル!」

「ばかな、ばかなことを」ガブリエラが胸を叩いた。

 荒れ狂う光と煙、その中から魔の哄笑が響く。

「きかないんだよ、メガンテは。魔王級には!」ガブリエラが叫び、再び草薙の剣を振りかざし、AK-103に手をかけたところでイオナズンに吹き飛ばされる。

 ミカエルが懐から、一枚の深い緑色をした木の葉をラファエルに落とした。

 奇妙な風と輝きが満ち、ラファエルがはっと起き上がる。

「バカヤロウ」

 ミカエルが言うと、剣をふりかざして再びバラモスに挑み、その肩を貫きながら叫ぶ。

「三人とも、ウリエル!あたしごとぶちぬけえっ!」

 ガブリエラがとっさに、AK-103に手をかけ、ためらう。

「そのような力で、この魔王を止められると思うなあっ!」

 炎が荒れ狂い、衝撃波に床が砕け爆風が広い部屋を洗う。テニスボールのように吹き飛ばされたミカエルは着地し、自らをベホマで癒しつつ剣を天井に突き刺すように掲げる。

 ミカエルの言葉にならない叫び。

 振りかざす剣に、瓜生が、ガブリエラが、ラファエルが呪文を唱える。

「ザキ」

「マヒャド」

「バギクロス!」

 絶対の死が。

 液化空気の極低温が。

 爆風に匹敵する竜巻が。

「ライデイン!」

 ミカエルの剣に走る稲妻が、全ての魔力が集中し、なにかとなろうとする。

「無駄!」

 恐ろしいスピードで襲いかかるバラモスに、呪文を唱え終えた瓜生が立ちふさがり、切り下げられながら腰だめにFN-MAGを撃つ。腹に十数発、吹き飛ばされながら膝と腿に数発、重く高速の弾頭が魔力で強化されぬいた肉体に食い込む。

 それはほんの一瞬、動きを鈍らせるには充分だった。

「があああっ!」

 生を死に戻す闇の力が、全てを止める冷気が、螺旋を描く爆風と稲妻が反発しながら聖剣に閉じ込められる。

 穿!

 ミカエルのすべてが一瞬、爆裂するような光の螺旋と化してバラモスの下腹部を貫き、そのまま内部で脚の根を絶つ。

 ガブリエラが、瓜生にベホマをかけていた。

 その瓜生はカールグスタフ無反動砲に、新しくHEAT751対戦車弾を入れて砲尾を閉ざし、ガブリエラの手を借りて魔王に向ける。

 ラファエルがミカエルを押し倒し、ガブリエラが呪文を唱える、そして後方噴射もかまわず発射、RPG-7と同様な高圧金属の槍がバラモスの肩に突き刺さる。瞬時にタンデム弾頭の二本目が胸に。そして爆裂呪文で増幅された爆発!

 魔王の絶叫を、ミカエルの叫びがかき消す。

 稲妻が地から吹き上がり、注ぐ。

 閃光となったミカエルの剣が魔王の脳天から胸まで、一閃。

 なおも立つ魔王。

 瓜生が、ついと横転したナメルの残骸に気づき、駆け寄った。

 風穴が開き燃える砲塔。MK44ブッシュマスター2-30mm機関砲の銃口が、バラモスを指している。

「ヒャダルコ」呪文で炎が一時消える。

 外部電源が必要な連射は無理だ。だが、一発だけ徹甲弾を手で装填することはできた。

 轟音と共に、砲口炎がまともにバラモスを包む。膨大な発射ガスが部屋の空気全体を揺るがし、音どころじゃない衝撃波がミカエルの鼓膜を破り、穴という穴から血を吹かせる。

 極超音速の細長い高密度の金属塊をものの五メートルでぶちこまれた魔体が、下手に鋼以上に頑丈だからこそ莫大な運動エネルギーを解放してしまい、爆弾のように炸裂した。

 頭部だけが吹き飛び、ミカエルの前に落ちる。

「ぐうっ……お、おのれミカエル……わしは、あきらめぬぞ」その口から、おぞましい呪いの声がもれる。

 一礼したミカエルが、その額を稲妻の剣で貫く。瓜生、ガブリエラ、ラファエルの三人が同時にニフラムを唱える。

 魔王の頭が光に失せた。

 

 全員がくずおれる。そこに、奇妙な暖かい光が注ぎ、気がつけば四人とも無傷に戻っていた。

「戻ろう」ミカエルがルーラを唱える。

 どこへ、とは誰も聞かなかった。

 

 

 アリアハンの入り口では、四人を癒した何かが伝えたのか、それともガブリエラからダーマ経由か、もうバラモスを倒した知らせは伝わっていた。

「掌返しは人の常だ。無視」瓜生がミカエルにささやくのを彼女は素直にうなずく。

「おつかれさま、ありがとう勇者ミカエル!」

「もうバラモスはいないんですね、恐れなくてもいいんですね!」

 町の人々が口々にほめそやす。

 旅立ちの時に見送っていた、ミカエルの母親エオドウナと祖父、そしてラファエルの家族もいた。ただひたすらに泣き崩れていた。

「さあ、はやく城へ。王様もおまちかねです」

 城に入ると、衛兵は大喜びで歓迎し、汚れていない服を差し出した。ミカエルたちは逃げるように浴場に向かい、血や硝煙で汚れた体を拭いて着替えた。

 瓜生は前に見つけて預けていた、遊び人用の派手な服を着る。まったく似合っていないことに、ガブリエラは大笑いした。

 二階の謁見室に上がろうとすると、アリネレア王女が瓜生とミカエルにとびついてきた。

「やってくれたじゃない!ミカエラ、あんなに連れてってっていったのに。バラモスはどうだった、強かったの?」

 ミカエルは憮然と黙る。ラファエルは丁寧に挨拶した。

「挨拶なんてしてるときじゃないわ。ウリエル!教えてください、どれぐらい強かったの」

「あのナメルをひっくり返し、焼き壊しました」瓜生が厳しい目で言うのに、アリネレア王女は喜びと恐れが混じったような表情で踊りまわった。

「それを倒したのね!共に戦いたかった」

「これからが大変です。より強くなり、よく学んで国の誇りとなられますよう。ミカエルたちにできないことも、あなたならできます」瓜生の強い目に、王女はうなずいた。

「よくもまあ、アリアハンのアリーナを手なずけたもんだね」とガブリエラがため息をつく。

「でもお父さまったら、それでも城から出してくださらないの。閉じ込めたかっただけじゃない!」

 アリネレア王女が腹立ちまぎれに壁を蹴る。頑丈な石壁が震え、一部に破損が出た。

「愛娘を閉じ込めるのは父親の常、それでもできることはいろいろありますよ」と瓜生が笑う。

 

 そして待っていた王ヘロヌ八世と宰相。

 廷臣たちは掌を返すようにミカエルをちやほやし、仲間たちも誉めそやしたが、瓜生のことは笑っていた。瓜生自身はただぶすっと、それなりに礼儀正しくふるまっていただけだが、それがよけいに笑いを誘うようだ。

 ただし、王一人だけは瓜生と目をあわせて笑う演技をしながらも、その目は怯え問いかけていた。瓜生も目でうなずく。

「これでまた、アリアハンの名が世界にとどろくことじゃろう!」と喜ぶ宰相に、王とガブリエラが目を見合わせて苦笑した。

 ミカエルの冒険の果実の多くをさらうのは、おそらくはロマリア。ヘロヌ八世はわかってはいるが、国としてはかつて世界の盟主だった栄光を忘れられないのだ。

「おおミカエルよ!よくぞ魔王バラモスを討ち倒した。国中がそなたのいさおしを称えるであろう。さあ、祝いの宴じゃ!」

 そのときだった。

 一瞬で深い闇が謁見室を包み、凄まじいプレッシャーと、言葉にならない、鼻血を吹きそうな重低音が響き、皆が苦しみつつ悲鳴も上がらない。

 そして、ファンファーレを吹こうとしていた近衛兵たちが、次々に内部から爆裂し、血煙となって砕け散った!

「ちいっ」瓜生がフラッシュライトのついたショットガンを服の下から出し、ライトをつけるが、その光も闇の中に消える。

 恐ろしく濃い、漆黒の霧のようなものだ。

 そこに、おぞましい笑いが響く。

「わが名はゾーマ。闇の世界を支配する者。

 やがてこの世界も闇に閉ざされるであろう。

 さあ苦しむがよい。そなたらの苦しみがわが喜び。命ある者すべてをわが生贄とし、絶望で世界を覆いつくしてやろう。

 わが名はゾーマ。そなたらがわが生贄となる日を楽しみにしておるぞ」

 その静かな、それでいて魂の深いところまで、まるで巨大なプレスにかけられるように押しつぶす声。

 哄笑。

 ああ、もうだめだ。はっきりわかる。圧倒的に。

 ミカエルが絶叫し、それではっと気づいた瓜生が発砲しようとしたとき、もうその何かの姿はなかった。

「陛下!」

 ラファエルが王にとりすがる、あわてて宰相が王の手を取り、素早くラファエルは引いた。

「なんということじゃ。やっと平和が取り戻せたと思ったのに」

 ヘロヌ八世は玉座に崩れ落ち、吐き気をこらえていた。

「吐きたければどうぞ、みなさんも」

 瓜生が袋を配り、ブランデーの瓶をあけて王から回す。

「すまぬ、ありがたい」

「陛下、毒見もなしに」宰相があわてるが、ヘロヌ八世が制した。

「闇の世界が来るなど、皆にどうして言えよう。ミカエルよ、ぞーまのこと、くれぐれも秘密にな」と言って、あとは全ての気力を失ったようにくずおれ、うつろな目をする。

「おいたわしや」

 宰相が王の目を見、軽く首を振って言った。

「しばらくはわしがお助けするとしよう。くれぐれも、頼む」

 その宰相も、あまりの衝撃に口がきけないようだった。

 瓜生は同情しようとして止めた。そのあまりに圧倒的なもの、同情できることではない。

 向精神薬でもとも思うが、使い方に自信がない。首を振って退出した。

 下の階では何事もなかったかのよう。秘密の重さに、ミカエルの肩が下がる。

「さて、どうするんだい?」ガブリエラがあえて笑った。

「斬る」

 ミカエルの目に迷いはなかった。

「じゃあどこにいるのか訪ねていかないと。せっかくラーミアがあるんだから、行きもらしがないか行ってみるか」

 瓜生が軽く、顔だけあくびをして見せた。実は骨の髄まで恐怖に震え上がり、絶望に打ちひしがれているのだが。

「そうだな。世界樹の葉を使ってしまったから、それも取りに行くか」

 ミカエルの言葉に瓜生が一瞬凍って、目を落とした。世界樹と顔をあわせにくい理由がある。

「ラファエル!ミカエラ、お父さまはやはり外に出てはダメって、お願い連れて行って」

 アリネレア王女の元気な声が、ひたすらに悲しかった。

 外に出ても、街の人々の称賛の声がまったく違って聞こえた。ただ虚しい。

 逆に、察しがいい人に見破れるのが怖くて、一度城に戻ってからルーラで適当にダーマに飛び、そこからラーミアに乗った。

 

 ラーミアで直接たどり着いた世界樹は、ラーミアの飛ぶ高空でさえ腹をこすりそうなほど巨大だった。

 ミカエルたちが降りたら、ラーミアは嬉しそうにその梢に止まり、葉をついばむ。

 そして瓜生は、巨大な木に土下座した。

「おい」ミカエルがとがめる。

「あいつ、イシスとかサマンオサのために、あちこちの山脈や大陸すら吹っ飛ばした。誰も殺さないように注意したけど、そこにあった多くの森や生命もね」ガブリエラが辛そうに言う。

 瓜生の喉から、悲痛な絶叫が弾け出る。

 絶叫のまま音程は、男には出せぬ高音に上がり、暴走して割れながら泣き叫び続ける。

 ガブリエラも歌に加わる。ミカエルとラファエルも、激しい魔力の流れの中から、かすかにその痛みが見えてくる。

 歌にしかできない。あまりに多くの、古い巨木を含む生き物の死。まきちらされた死の灰。

 人の身でどれほど激しく謝罪しても、森には罪も罰も、許しもない。ただ在るだけ、育むだけだ。

 木が焼ければまた生える、山火事は森の常だ。そして死の灰すらも、何千年のスケールで見れば自然放射能と同質のものでしかない。爆風に掘り返された岩盤も、岩の奥に封じられていた生物必須元素を大量に地上に、海面にばらまいた面もある。

 歌に応えるだけ。焼かれる痛み、生命そのものを乱される哀しみ、在り続ける生命そのものを風と歌にして、ありのままぶつけるだけ。

 人である身にはそれがたまらない。耐えられない。

 瓜生はひたすら歌い叫ぶ、身を破るように。魔力のありったけの織り目をかき抱いて、服を全て脱ぎ捨てながら。

 そして瓜生の体が透けていく。風と、木が応える歌声に響き合うように。不死鳥の高い高い声にまきこまれるように。

 ミカエルが叫ぶ、意味のない叫びを。

 それが一瞬、瓜生の体を完全に風に舞い木の葉と遊ぶエルフに、歌に変身させた。そして炎を呼吸し永遠の生命を歌う竜に。空をかける風に。巡る海流に。

 そして世界樹そのものと不死鳥が長い歌を歌い、その末に再びミカエルが叫ぶと、瓜生の体は再び人の身を取り戻し、裸のまま下草の上に横たわった。

 三人とも声一つ出なかった。垣間見えた、あまりに大きな破壊に。激しい慟哭に、人の身を一瞬捨てるほどの。瓜生の世界の人間が手に入れた、あまりにも恐ろしい力に。そして世界樹のあまりの大きさに。

 

 そしてラーミアは、カザーブの東にある、人には越えられぬ山脈に囲まれ封じられた、素晴らしく豊かな盆地に降りた。

「お前も嬉しそうだな」ミカエルが、ラーミアに話しかけた。

「すごいな。まったく違う、こんな花園のようなところがあるなんて」瓜生が見回す。どこを見ても美しい花ばかりの草原と森。

「ここは、まさか」ラファエルが震えた。

「そのまさかさ。天界に一番近い、竜の女王の城」ガブリエラがいつになく緊張している。

 その城は、瓜生がこの世界で見たどの城よりも古い。素晴らしい対称性で作られた、石材とも金属ともつかぬ奇妙な素材が、時を拒むようにくすんでいた。

 むしろ、ふしぎと世界樹の大きさを思い出す。

 門から入ると、左右の門番が口をきく馬だったのには驚いた。スーで一度話す馬と会ってはいるが。

 城の中は美しい回廊があるが、その内殿に入る道はなかなか見つからなかった。

 なんとか、人間用とも思えぬ小さな戸から入ると、妖精が嘆いていた。

 女王はもうすぐ寿命だ、でも自らの命を顧みず卵を産むつもりだ、と。

「痛ましいですね」ラファエルが身を整える。

「遠慮したほうがいいのでは?」と瓜生が聞いたが、案内され、またミカエルもあえて足を踏み入れた。

 中央の広い空間に、巨大な竜がいた。

 ミカエルが剣を抜きそうになるが、瓜生が抑える。

「敵意はないようだ」と言って、ただ見上げる。

 とても高い王の力。世界樹のそれにも匹敵するか。

「ようこそ勇者よ、そして人の子、異界より来たりし人の子よ。勇者よ、もしそなたに大魔王と戦う勇気があるのなら、光の玉を授けましょう」

 と、ミカエルをまっすぐ見つめる。

「どうか、生まれてくる我が子のためにも、二つの世界に平和を」

 そう言うと共に、その竜は一方の目を鉤爪でえぐり、何かの、瓜生にも全く理解できない言語の呪文を唱えた。

 それだけでもバスケットボールぐらいあった目玉が野球ボールぐらいに縮み、そして変哲のない不透明な白い石になってミカエルの手に落ちる。

 ガブリエラや瓜生にはその、太陽にも匹敵するすさまじい力がはっきりと分かった。

 ついで、瓜生たち三人の手にも、小さな鱗が舞い落ちる。

 そして女王は急に苦しみだす。

 瓜生が目を背けようとするが、

「だめ、ちゃんと見て!」ガブリエラの声に目を見開く。昔の王族の出産には庶民さえ立会うのが当然だったと言われるが。

 ミカエルが剣を掲げ、激しい声で何か叫び続けている。

 瓜生も、自然と歌詞のない歌が口からこぼれ始めた。

 すさまじい力が流れるのが分かる。その竜の女王が、この世界をどれほど長いこと支えてきたか。その苦しみそのものが歌となって瓜生たちに流れこみ、知らぬ言語での歌を叫ばせる。

 それはそのまま強大な、人の身では制御できぬ呪文となり、城そのもの、世界そのものと共鳴する。

 バラモス、そしてゾーマと竜の女王の長い暗闘。

 バラモスが死んだ、それ自体が竜の女王の寿命をも意味していたこと。

 世界樹が、ノアニールのエルフの女王が、そしてダーマの賢者たちが、門前で待つラーミアが共に激しく歌っているのが分かる。

 全ての人が何かを感じている。新しい時代を。

 そして、気がつくと竜の女王の姿はなかった。

 そこにあったのは、大きな暖かい卵。

「ああ」

 だれともなく、ただ嘆息する。

 何か、世界そのものが言葉にできない形で、とても大きく変容したのが分かる。この世界だけではなく、何か深いつながりを持つ別の世界とも。

 そのどこかに、ゾーマの哄笑も聞こえる。また深い海鳴りも、世界中を渡る風も。

 なにもかも。

 それでなんとなく、次に行くべき場所が分かった。

「ギアガの大穴へ」

 出て、ドワーフたちに女王の死を告げ、エルフに卵の世話を頼むと、そのままラーミアに乗った。

 

 もはや主のないバラモス城、かつてのネクロゴンド城。その隣の、古い建物に降りる。

 そこの、底知れぬ何かを囲っていた壁は無残に破れ、暗黒に通じる穴が建物ほぼ全体に広がっていた。

 衛兵は減っていて、大地震と共に何かとんでもないものが飛び出してきた、相棒が落ちたと訴え泣いていた。

 その穴を、ミカエルはのぞく。「いるな、この向こうに」ぐっと拳を握る。

 瓜生がレーザーレンジファインダーを向けるが、強力なレーザーが一切反射されない。空に向けるような反応。

 魔法の織り目を解き、触手のように伸ばしてみるが、それもすぐに断たれる。

「向こうを知っていくことはできない。勇気だけで行く、たとえ一人だけでも」ミカエルの決意の目。

「勇者とは勇気あるもの。勇気とは打算なきもの、か」と瓜生は『ダイの大冒険』の言葉を思い出し、笑った。

 四人目を見合わせ、暗黒に身を躍らせる。

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