奇妙な味のドラクエ3   作:ケット

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ゾーマを倒し、それから勇者の姿を見た者は誰もいない…
でも旅は続きます。
ドラゴンクエスト2の、広大なフィールドを舞台に。


ルプガナ~デルコンダル

 まず、ゾーマの予言を考えて、勇者の盾を見つけた洞窟にヒントを刻んでおいた。

 次に、リムルダールの北にあった小さな世界樹のところにいって、その精霊と話してみる。どうやら、アレフガルドの外のどこかにも、上の世界のそれとつながる世界樹があるらしい。

 それからガライの両親のいるあたりまで行って、そのまま飛行艇の内部をじっくり整備する。王女たちと使ったのは放射能汚染がひどいので消去済み、新品のUS-2を出すとマニュアル片手にターボプロップエンジンの勉強をしながら内装を整備し、海を滑走して飛び立った。

 結界が解けた海は広く凪いでおり、空はとても心地いい。

 そしてすぐに別の大陸が、岸沿いに南に向かうとにぎやかな港街が見つかった!

「まずそこに降りるか」

「レムオルで偵察しないと」

「かなり離れて降りないと。これつけられる天然港ないかな」

 などと話しながら着水し、飛行艇を係留して、のんびりとキャンプしながら歩いて街に向かった。

 もうミカエラは無理に男装はしていない。動きやすくはあるが、女性らしい感じを堂々と出している。

 ガブリエラに化粧や髪飾りも習い始めた。そうしながらAK-103を担いでいるのは違和感があるが。

 武装は一応、水の羽衣など軽い装備をしているが、本当に魔物が出ない。以前の旅ではすぐにいつでも魔物が出たのに。

 日が傾く頃、食べるのに充分なだけ瓜生がショットガンで鳥を落とし、すぐに内臓を抜く。川の流れにラファエルが小さな網を放ることもあり、それで充分食事は得られる。

 瓜生が主武器に長銃身の散弾銃を選んでいるのは、高初速のスラッグで至近距離から突進する大型獣を止めるためと、多様な散弾を使うためだ。

 

 山の斜面の、水が来たことのない高さを選び、木の間にロープを張って防水布を張り、その下にハンモックを吊る。ミカエラとラファエルのために、離して野営しようかという話も瓜生がしたが、ミカエラが怒り、まあ見張り時間の調整でどうにかする。

 鳥や魚に串を刺す。

 鉄板三枚で角の一つが少し開いた三角柱を作ってかまどにし、そこらの乾いた木を放り込んで火をつけ、焼き始める。

 乾いた地面がなければ、鉄板を寝かせて直接ベギラマを浴びせ、その余熱で焼くこともある。

 それとビスケット、それにコーヒーに缶詰の食事。

 時には鍋に水を入れ、肉や缶詰の野菜を入れて煮る。時間の余裕があればご飯を炊くこともあるし、単にご飯が食べたいだけなら自衛隊用レーションで済ませる。

 ビタミンCはトマトやオレンジジュース、錠剤などで補給する。よく知らない生態系だと、うかつに植物を口にできない。まあ解毒呪文があるからよほどのことがない限り死にはしないが。

 そして穴を掘って水を導き入れ、先にベギラゴンで熱していた石を転がし落として風呂にし、女二人が入ってから男二人が入る。

 朝出発するときは全てを埋める。

 

 大きな、ヒヒのような動物が遠くに見えることもある。

「また、変なのが出たらあんな動物が魔物になるかもね」

 ガブリエラが悲しそうに言って銃を構える。

「撃たなくてもいいだろ」

 瓜生がマヌーサで目をそらし、地面にスパム缶を開けて中身を木の葉の上に落とし、そっちに誘導してやる。

「あの大きさじゃおやつ程度だ」

 ミカエラが白い目で見るのを、

「偽善は分かってるよ」

 と苦笑する。

 

 そして、山道を南下して港町にたどり着いた。

「ようこそ、港町ルプガナへ」

「もしかしたら、アレフガルドのお人ですか?ここ二十年ぐらい行き来できませんでしたが」

「ゾーマは勇者ロトが倒したらしい。これからはまたアレフガルドとも交易できるようになるだろう」

 ミカエラが、自分のことはそっちのけで言った言葉に歓声が上がる。

「よかった!貿易できるところが少なくてずっと困ってたんですよ。アレフガルドとまた行き来できたら、って」

「何人もの船乗りがあっちに行こうとして、結界に阻まれて帰ってきてるんです」

「そうそう、皆さんの服装、このあたりじゃ場違いですよ?いい服買っていきませんか?」

 と、楽しそうに店に案内される。

 ガブリエラが持ち前の、値切りバトルで四人分、動きやすいけど見た目もいい服を買いこんだ。

 メイプルリーフ金貨ばかりでは怪しまれそうなので、これまで手に入れた品からいくつかいらないもの、ついでに瓜生の世界の高級布地や宝石も混ぜて売って、外の世界で通用する通貨を手に入れた。

 ガブリエラがどうだましたものか、特に山彦の笛が高い値段で売れた。

 ミカエラとガブリエラが、きっちり女性らしく装ったときの美しさは想像以上だった。

 ラファエルもきわめて立派な姿で、驚かされる。

「どこの王子様ですかあっ!」

 店の女の子たちが大喜びだ。

「そんなこといわれたら、立場上まずいんですけどね」

 ラファエルがしきりに恐縮していた。

「堂々としてていいんじゃないか?こっちでどんな評判とっても、アリアハンで疑われる心配はないし」

 瓜生は一番地味な服で、特に変わった様子を見せない。まずどこに銃とナイフを隠し持ち、剣を差すかだけを考えている。

「この近くで、世界樹の噂って聞いたことないか?」

「アレフガルドから出たばかりなのですが、どなたか世界全体の地図を持っていませんか?」

「この服はどんな植物の繊維を、どう染色してる?」

「いい酒があったら教えてくれないかな」

 と、それぞれいろいろ聞いて回る。

 宿の食事は、金を惜しまぬ彼らには、カビパラを思わせる大きな家畜の丸焼きがどっしりと出た。

 枝分かれする根菜を、皮のまま蒸して、その場で皮をむいて食べるのも甘くておいしい。

 この地域は穀物より、オートミールのような食感の木の実と、木の葉を食べるポニー程度の大きさで鼻がとても長い家畜の乳酒を食べることが多い。木の実の粥はお腹に満足感があり、乳酒の酸味とにおいは慣れると病みつきになる。

 海藻と塩味の汁もとてもおいしかった。

 さすがに世界樹を知る人はいないが、ごく大まかな地図は手に入った。

 ただし、酒瓶に入った世界樹の葉は確かにある。どこで手に入れたのかは頑として言わないが、この近くでとれたものでないことは確かだ。

 酒にしていると死人を生き返らせることはできないが、ベホイミと同時に魔力を回復させる効果にはなるし、徳が低い僧侶でも復活呪文を使えるはずだ。長寿の薬にもなる。

 ちなみに、アレフガルドをはさんで向こう側にある、とても大きな大陸は人の侵入を拒んでいるという話だ。

 その大陸の南の、小さめの丸いデルコンダル大陸は内乱中で近づかないほうがいい、とも警告された。

「もう二十年になるかねえ。ここからも割と近くていいお得意だったのに」

「ま、ベラヌールとペルポイ、それにアレフガルドの南のムーンブルクだね」

「すごい奥にも村があるって話もきいたことがあるよ」

「いっぺん、すっごい田舎の漁師町から来た人がいたねえ。でもあれホラ話だろ?」

「そりゃ楽しみだねぇ。こっちから持ってったら高く売れそうな品とか、こっちで足りないもんとかあったら教えとくれ」

 ガブリエラが、商人がいればよかったな、などと言いながら話し飲んでいる。こういうときは彼女はご機嫌だ。

「南のほうのものすごく奥、でっかい山ばっかでね、その奥にもロンダルキアっていう異郷があるって話だけど、人が行くところじゃないらしいよ。誰も見たことがないって話だ」

 

 造船所では次々と、新しくいい船が作られていた。

「買ってってもいいかな」瓜生が目を輝かせる。

「やめとくれ」ガブリエラが顔をしかめた。

「船と言えば、カンダタさんたちはどうしているでしょう」

「どこで何をやってるやら」

 ミカエラが肩をすくめ、

「まずアレフガルド大陸を一周してみよう」

 と食料や衣類を買いこんで、面倒なのでレムオルかけたままナメルで飛ばして飛行艇に戻った。

 

 アレフガルド大陸を周回し、燃料が切れそうになったり眠くなったりしたら着水してキャンプする。

 ルプガナがある大陸は南北にとても長く、どこにでも停泊できる。

 ひとつながりと思ったら、ごく細い海峡に分断され、その両側に高い塔が立っていた。

 それからの長い長い半島には、時々遊牧に近い形で人は住んでいるが、それほど大きな町は見当たらない。

 南に広い砂漠があるのはイシスやドムドーラを思い出す。

 アレフガルドの南側には広い海があり、南東端の、虹の雫をもらったほこらの近くには南の大きな大陸から半島が延び、狭い海峡となっていた。

「道理でこのへん、海流が激しいと思った」

「考えてみたら、潜水艦だったら行けたかもな……無理だ。あの結界はそんな生易しいもんじゃなかった」

 操縦席で、ミカエラに首を絞められる前に、瓜生が笑いにしようとする。

「こっちには結構でっかい島があるね」

「無人みたいだ。もったいないな」

 島を回りこむと、その東側はとても広い海が広がる。

 アレフガルドを回ることを優先して北上すると、話を聞いていた大陸が覆いかぶさるように広がる。

「広いね。上の世界の大陸より広いんじゃないか?」

「ああ。とんでもなく広い」

「すごいですね」

「確かに、この結界は破らないほうがいい。もうしばらくは人が住まないほうがいいよ」

 ガブリエラがかなり深刻に見、瓜生もうなずく。

「ここに人が住めるようになるには、ものすごくややこしい条件がいるな。必要もないのにやってられるか」

「多分、この大地で眠ったらそのまま死ぬね」

 近づこうとしたせいか、大きな嵐に巻き込まれそうにもなったが、US-2は与圧室があり高高度を取れるので、嵐の上を飛び越えた。

 

「じゃあ今日はマイラに行くか」

 と、アレフガルドの北端に着き、ナメルでマイラまで向かった。

 四人とも変装して、騒ぎにならないように温泉に直行。

 光が戻ったことでまたとれるようになった、アレフガルド本来の食べ物がとてもうまい。

「このパンみたいなの、めちゃくちゃうまいよ」

 ガブリエラが嬉しそうに、さっくりした大ぶりのクッキーを噛みしめる。

「この芋もおいしいです」

 ラファエルが湯気を噴きながら、サトイモに似た熱い芋の皮をむき、ほおばる。

「あ」

 何かの商談で来ていた、ジパング出身のマサムネが瓜生を見て、かつらにかまわず見分けて素早く口をつぐんだ。

「よろしければ、のちほどうちにも」

 とそれだけ言って商談を続ける。

 

「旅を、続けていらっしゃるのですか?」

 瓜生には一番落ち着く、ジパングの作法で淹れた茶を飲む。

「なんとか、上に帰れないか探してるんだ」

 ミカエラが相変わらず短兵急に言う。

「こちらでも、新しい町を作ろうとかそんな騒ぎは起きています。北西の港で、吟遊詩人のガライさまを中心に。勇者ミカエラ様を歌った歌は素晴らしい、とラダトームから来た人が」

「ガライか、もう懐かしい名前だねえ」

 ガブリエラが苦笑気味につぶやいた。

「ま、当分はアレフガルド以外にどんな大陸があるか、見て回ってみる。諦めるのはやるだけやってからだ」

 ミカエラが微笑む。

「なにとぞ今晩は、狭苦しく貧しい暮らしですが拙宅にお泊りいただけますまいか。いえ、よくあるぶぶ漬けの類ではなく」

 その言葉に、瓜生は笑った。

 温泉で温まったまま、暖かな湯たんぽを入れた清潔な布団で一晩過ごし、実にくつろげた。

 

 翌日、チェーンソーとブルドーザーでマイラに近い、誰の所有地でもないと確認済みの山間地を、ちょうど二人で片手間に耕せる程度の棚田にしてプレゼントし、ゆっくりとアレフガルドの北岸を回る。半分ぐらいは、すぐ北を覆うように例の進入禁止大陸が延々と長く伸びている。

「どれだけでかいんだろうね、あっちの大陸は」

 操縦を交替しているガブリエラがぼやいている。

「そろそろプロペラを洗浄します」

 とラファエルが声をかけ、四つのエンジンを一つずつ止めて、スクリューに洗浄液を遠隔操作で流す。

 ルビスの塔を高高度から見下ろしながら飛び続け、勇者の盾があった洞窟の真北あたりで降りてキャンプを張る。

 

「さて、一応アレフガルド一周はできたな」

 瓜生が、確かに急に建設が始まっているガライの実家を上空から見下ろす。

「確かに結構人がいるね。それにしても、こんな小さく人が見えるなんてね」

 双眼鏡で見下ろしても、人が小さくしか見えない。家さえも。

「参ったな、あれじゃ寄りにくい。もう少し足を伸ばして、対岸のあそこに降りるか」

「自動操縦がありがたいね」

「でもこれ、故障したら自力で直すの無理だぞ。まあ、下手な修理よりモジュール交換のほうが確かに時間は短いし確実なんだけど」

 瓜生がぶつぶつ言って、航路を入力する。

「じゃあ明日は、ルプガナのある大陸の西岸を下りてみよう」

 と、長い航続距離に任せて海峡と大陸を踏み越える。航続距離4500km、東京からフィリピンまで足が届き、アメリカ大陸を横断できる代物なのだ。

 ルプガナのある大陸の北方は山脈に隔たれ、人口は少ない。だが着水しやすい港はあり、一晩過ごすのに苦労はなかった。

 

 砂漠にさしかかったあたりで、嵐をよけようと砂漠側に行ってしまい、オアシスに着水する。

 短距離離着陸性能のおかげで助かった。

 隊商が多少あるにはあるが、イシスのような大国はなく、オアシス周囲に住む人も少ない。

 定期的に涸れることがあるので、定住はできないそうだ。

 その人たちに、ムーンブルクの噂を聞いて、予定を変えてアレフガルドの南方に飛んだ。

 砂漠から豊かな沃土に変わり、しばらく海岸沿いに飛ぶと、狭い海峡で外界とつながる大きな内海があった。

 上空から見ると、内海の北に古い城があり、見つからないよう着水して飛行艇を隠した。

 それから、やや不毛な岸を抜けて城に向かう。

 

 そこは実に豊かな国だった。広く水豊かで、魚もふんだんに取れる。

 水田も多く、田ヒエのような粒の細かい穀物と、まるで稲のように育つ小豆に似た豆が交互に育てられている。

 蓮に似た植物も広く栽培され、瓜生の知るレンコンとは違いジャガイモのような根と穀物並みに取れる実が主食に準じていた。

 子犬ぐらいあるヒキガエルが恐ろしく長い舌で虫をとり、皮を丁寧にはいで毒腺を取って食べられる。

「ポルトガを思い出しますね」

 ラファエルが懐かしそうに見回す。

 畑は果樹園が広がり、そこではグレープフルーツのような彩り豊かな実がなっている。

 丈の高い繊維をとるためと思われる草、大根に似た葉を茂らせる根菜もたくさん並んでいた。

 城に着く前に一泊した村でも、とてもおいしい食事が楽しめた。

 貯水池で育った小さな魚を、穀物の乳酸発酵で保存食にしたのが、顔はしかめるが慣れれば癖になりそうだ。

 グレープフルーツのように見えた実はとても甘く、その酒が素朴で、しかも強い。

 大きいカエルの足もあっさりして結構うまい。

「本当に素晴らしいところですね」

 ラファエルが何度もため息をつく。

 やや硬い繊維の布団だが、暖かい地域なので問題なく眠れる。

 内海で揚がった塩魚を王城に運ぶ隊商と共に、よく整備された道を歩き、夕方には王城に着いた。

 

 かなりの古さを感じる城に着く。

 城下町は豊かな水を流し出す運河が中心で、小船で動き回ることが多い。

「便利ですね、こんなに運河が身近で」ラファエルが見回す。

「でも不潔だし、大雨とかが続いたら洪水になりかねないな。別系統の飲料水は確保されてるのか?」と瓜生が顔をしかめた。

「世界樹とかについて知ってる人がいればいいが」ミカエラは前を見て、オールを動かす。

「別に魔王を倒すための旅じゃないんだから、のんびり行こうよ」ガブリエラが楽しそうに船を揺らした。

 酒場では、珍しい旅人だと一瞬争いになりそうにもなったが、ラファエルが炉の太い鉄棒を軽く曲げて見せ、誰もが引いた。

 そしてガブリエラと瓜生が、上の世界や瓜生の故郷の歌を次々と歌い始め、瓜生がカップにウィスキーを注いでやればいつもどおり楽しい騒ぎが始まる。

 瓜生がおもいきり、電波気味のアニソンメドレーを歌いだしたのには、わかりもしない酔客たちが大沸きに沸いた。

 粒の細かい穀物を薄く焼き、それに煮豆を包んだここの主食が実にうまい。スパイスたっぷりの辛いの、脂をこってり入れた熱々、さらに甘いのといろいろ出てくる。

「元からこの豆、サポニンが少ないんだ。味がいい」

「そんな屁理屈より酒ちょうだい」

 ガブリエラがカップを掲げ、あわ立つエールを受け取る。

「どこから来たんだい?」

「服はルプガナのほうだけど、髪飾りとかは全然違うね」

 女の子たちが楽しそうに話しかける。

「どんなうまいものがあるかな?」

 瓜生が聞いて、野菜を包んだオムレツが届いた。

 

「さて、明日は王城だな。ちゃんとした」

 部屋に戻ってミカエラが言おうとし、ふと瓜生が気づいた。

「ちょっとまて、なんで王様に謁見しなきゃいけないんだ?」

「だって、新しい国に着いたら謁見するもんだろ」

 ミカエラが当たり前のように言う。

「でもそれは、魔王を倒すために旅をしているアリアハンの勇者、だからじゃないか?今のおれたちは、何なんだ?」

 瓜生の言葉に、ミカエラが目を泳がせた。

「そういえば、何なんだろうな。故郷に帰る道を求めてるだけ、ここの人たちは魔王にも魔物にも苦しめられてない」

「探してるのは世界樹だよねぇ。調べる許可も得にくいよ、それこそ王族だって知ってたら独占するはずだし、知らなければ探してるはずよね」

 ガブリエラが肩をすくめた。

「まったく勝手が違うよな」

「でもすることはそんなに変わらないよ。世界中回るだけだ」

 瓜生が単純化する。

「まあ、アレフガルドの情報と引き替えの通行許可をもらえればそれでいいか。ガブリエラ、交渉は頼む」

「まかせといて。ミカエルの名を出さない身元保証状はメルキドのじいさんとか、ラダトームの地下の大臣とかから取ってあるよ。それにラダトームのラルス王がオルテガに出した手形も使えるし」

 ガブリエラがにっと笑う。

「上の世界のことは秘密にしたほうがいいでしょう」

「どうせ誰も信じないさ。ガブリエラ、この二人は相部屋でいいのか?」

 瓜生がミカエラとラファエルを指し、ガブリエラが、

「そんなこと言うようなアホだからこんな旅してるんだろうね」

 とやれやれと首を振る。

「久しぶりにじっくり稽古しようか?」

 ミカエルが怖い笑顔で瓜生をにらんだ。

 

 ムーンブルクの城は、月の名にたがわず白い石灰石で築かれ、要所はイシス女王の肌のような大理石の彫刻が飾られている。

 深い堀に囲まれた城に、長い橋を通って入る。

 女王サマンサ二世は、若い頃はそれなりに美しかったのだろうが、今は少し疲れているように見えた。

「おお、アレフガルドが解放されたのですか」

 その知らせは女王にとって、とても複雑なようだった。

 交易で得をするか。侵略されるか。こちらから侵攻するか。どれにしても大変な決断を迫られる。選択肢は心理的に負担になる。

「して、そなたたちは?」

「ただ世界中を旅し、どこに何があるか知りたいだけです。通行の許可をお願いいたします」

 と言いながら、リムルダールの北で手に入れた、ダースリカントの毛皮と世界樹の葉、ドラゴンの角と鱗を献上する。

「これは」

 世界樹の葉を手にした女王の、声が震えた。

「たまたま値打ちのある物、と噂に聞いたのですが、所詮田舎者。何に用いるものかもわからず、われらの手にあっても何の価値もございませぬゆえ、こうして献上に参りました」

 ガブリエラが水を向ける。

「お、おお。これは少し変わった魔法に使う葉でな、わが国でも大切な宝とされておる。どこで取れたものか、知らぬか?」

「さあ、これもルプガナで、行き倒れた旅人を助けて礼にもらったものです」

「ほほう、さようか。ではこれは、ありがたく頂いておこう」

 と、必死で動揺を隠した女王が葉を、他の品のように侍従に持たせるのではなく自らの服にしまう。

 

「知らないようだね。貴重品として扱ってる。知っていて世界樹を押さえているなら笑うか禁制品の罪を咎めるか、より厳しく出所を聞いたはず」

 ガブリエラが周囲を警戒しながら話す。

 別に普通のペースで行動し、城門を出て、食堂に入った。

 彼らを追うように、数人の若い騎士が入ってきて、ミカエラに声をかけた。

「惚れた!おれの妻になれ!」

 四人とも、呆然とその、まだ二十になるかならないか、長身でまあ美形の男を見ていた。

「さて、何を食べようか。ここではどんなもの出してるんだ?」

 瓜生が何事もなかったように、無論服の下ではしっかりとMP7で騎士を狙ったままウェイトレスに訊く。

「お、王子様」

 ウェイトレスはその言葉も聞こえなかったように、騎士を見つめている。

「その通り、こちらにおわすお方をどなたと心得る」

 騎士の従者と見える、重装甲の戦士が告げた。

「恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるんだろ」と瓜生が聞こえない程度の声でつぶやいた。

「このムーンブルク王国第三王子、サマンエフ様にあらせられるぞ」

 もう一人の、僧侶と思える従者が威張って叫ぶ。いっせいに店の人たちが畏まった。

「では城に参れ、わが妻よ」

 ミカエラを引き出そうとする、その手をラファエルが素早く外した。

「旅人よ、俺に逆らうのか?」

 剣を抜こうとする。

「大変に申しわけありません。最近、このミカエラとラファエルは婚約相整い、故郷に戻れば結婚が決まっております」

 瓜生がわざと丁寧に言う。

「黙れ旅のもの」

 と、戦士が剣を抜きかけたのを、瓜生が素早く振ったナイフに刀身を、大根のように鍔近くで切られ、柄だけが握られていた。ガブリエラが取り出した杖、ミカエルが抜こうとした剣に、後ろの僧侶が表情を変えた。瓜生は何食わぬ顔で、諸刃の剣を合成した柄一体ペティナイフを左肩のドレープに隠した鞘に収めている。

「面倒だからルーラでどこか行くか?」

 瓜生がミカエラに笑いかけた。

 王子はいきりたつ従者を抑え、意地悪そうに笑った。

「よし、ならばその方たちに三つチャンスを出そう、答えられねばその女もらっていくぞ!

 一つ、このサレスの盤面の最初のマスにファルメネを一粒、次のマスに二粒、その次は四粒、その次は八粒、と置いて」と、王子が杖で地面に、八×八のマスを書く。

「チェスと同じ?よくある問題ですね。まあ数学はどこでも共通ですし、少なくともこの国全部倉庫にしても入りきらないことは間違いないです。64ですよね、ちょっと失礼」

 瓜生がさっと紙を取り出し、盤面を念のため数えなおすと、さらさらと計算した。

「サーメーションN=1からはっぱ64、等比数列の和の公式から、2だから単純に2エヌマイナス1で、っと、二の六十四乗は……電卓じゃ絶対あふれるしノーパソに高桁電卓作るのは面倒だから対数で出すか。答えを仮にSとして両辺log10とって指数を掛け算に、log10|2は……0.3近似でいいかな。あ、電卓で0.301でやるか。端数をまた対数で……すみません、こちらではどんな記数法使ってます?何とか訳したいんですが」

 瓜生には大学入試の基礎問題だが、ちゃんとした位取り記数法や文字式がない、まして対数関数も電卓もない世界では驚天動地だろう。

「あたしたちもわかるよね、どういうことか。でも全然書き方とか言葉とかは違うけど」

 ガブリエラがつぶやく。

「前にゾーマに、脳に無理やり数学を押し込まれましたからね」ラファエルがため息をつく。「あなたの問いに答えてくれて」

「今でもそのお礼は言いたいね、まあワイルズは何とか勉強してたけど、ゾーマのやり方のほうがずっと洗練されてる」

「あれ痛かったんだぞ」ミカエルが瓜生を小突く。

「考えてみたら、あれを繰り返されてたらあたしたち、なんにもできずに全滅してたわよね」

 ガブリエラが机に突っ伏して笑い出した。

 従者たちが「ゾーマ」と、びくっとした表情をする。

「まあ、フォアグラみたいなもんだったからなあ。でも朝に道を開かば夕に死すとも可也、ってね。リーマン予想とゴールドバッハ予想を理解してくたばるんなら……聞いてみりゃよかったかな」

 瓜生のすねをガブリエラが蹴り飛ばし、防具がなかったので痛みにうめいた。

「フォアグラ?あ、前食べさせてもらった、ものすごくうまいの」

 それも知らんふりで、ガブリエラがとろけ顔をする。

「あれは鴨の喉に無理やり食い物大量に押し込んで太らせたやつの肝臓なんだ」

 三人がうげ、という顔をした。

「そんなの食わせたのか」

 ミカエラが顔をしかめた。

「ま、うまかったけどね」

 ガブリエラが複雑な表情で肩をすくめる。

「だってディケムにはフォアグラが定番だし」

 四人が、もう懐かしいことでもあるように笑う。

「米か大麦でよかったら出しますけど、先に倉庫作っててくださいね。どれだけの倉庫が必要か、計算しますか?多分この国全土からあふれます」

 瓜生の白い目に王子はあわてて手を振った。

「つ、次だ。この俺よりその、貧しく弱そうな武闘家風情のほうがよいというのなら、その力を見せてもらおう」

 と王子は従者に指を鳴らした。従者が差し出した鎖を手にした王子は、顔を真っ赤にして引きちぎった。

「ふんっ!どうだ!」

 城下の人々が喝采を鳴らす。

「失礼いたします」

 ラファエルはその鎖を取り、店の中に王子を招きいれて、二本まとめて簡単に引きちぎって見せた。

「な、なんと」

「僭越ながらご忠告申し上げます。お慎みなくば、恥を深めるだけでございましょう」

「訳せば相手みて喧嘩売れってことよ」

 とガブリエラが茶々を入れる。

 王子は屈辱に震えながら店を出て、群衆に向けてミカエラを指差し、

「そ、それに、このムーンブルクの南東にある風の塔と呼ばれる、人の世より古い塔。そこに、最近奇妙な魔物がいて、近隣の人を襲っているのだ。それはあの、アレフガルドの大魔王の影響でもあろうか」

「わかりました。では倒してきます」

 ミカエラは面倒そうに言うと、立ち上がった。

「ゾーマより強かったらどうする?」

 瓜生が笑い半分で言う。

「ゾーマ?そんなのなんとかさんの手下の一人、なんてね」

 ガブリエラが大笑いしていた。

「こちらの人たちには切実なのですよ。早く倒せばそれだけ人を助けられます」

 ラファエルが微笑みながら言う。

「地図はありませんか?なければ測量許可さえいただければ、誤差一歩以内で作りますが」

 瓜生の言葉に、従者があわてて地図を見せる。

「意地悪いねぇ、空撮写真あるくせに」

「直接は行きにくいですね。このムーンペタという町を通って、大回りになりますか」

「それより場所を三角特定して砲撃したほうが早くないか?」

「生贄にされそうな人がいるかもしれませんよ」

「ぞ、ゾーマ?伝え聞く大魔王を、なぜそのように軽い言葉で、聞こえたらどうするのだ」

 王子が震え上がった。

「死んでますから大丈夫です」

 ラファエルが言って、そのまま立った。

 

 やはり面倒だ、とナメルで飛行艇のところに戻り、山を越えて塔の近くへ直行した。近くに川があり、簡単に着水できた。

 その近くの村で聞くと、確かに奇妙な魔物の襲撃はあるそうだが、食物や女の子を差し出せば襲撃はなくなる、という話だ。

「オロチみたいな魔物かな?」

「妙に人間臭いな。調べてみよう」

 と瓜生が聞きまわるが、別にそれを利用しているらしい人は村周辺にはいない。

 だが別の村で聞いた噂によると、逃げてきた女の子がいるらしい。探して聞いてみると、魔物だと思ったら人間の男になって襲ってきて、たまたまマヌーサを覚えていたため逃げられた、という話だ。

「なんか読めてきたね」

 ガブリエラがため息をつく。瓜生が、それぞれにダネルMGLグレネードリボルバーを配る。

「これがガス弾で、これが非致死性ゴム弾。ガスを使うときはこのマスクをするんだ」

 と大きな砲弾やガスマスク、さらに手錠を配る。

「さあて、行くか」

 ラーの鏡を抱え、近くの森で隠れて軽く訓練して、出かける。

 レムオルをかけて侵入すると、確かに見慣れない魔物の姿はあるが、彼らが知る魔物とは違いレムオルを嗅ぎ分けて襲ってくることがない。

 一部屋ずつ、閃光手榴弾を投げこんでパニックになるところを一人ずつゴム弾でなぎ倒し、ラリホーで眠らせ手錠をかける、それをひたすら繰り返す。それ以前に、ラーの鏡に映すだけで、魔法が破れた影響で動きが取れなくなる。

 剣を抜く相手もいたが、それこそ剣そのものをすっぱりと切ってやれば、誰もが腰を抜かす。

 最上階近くでは、確かに巨大なサルの魔物が襲ってはきたが、ラファエルが素手で簡単に片付けた。

「気の毒なことをしました。モンスター闘技場同様、操られていたようですね」

「まあ、牙をむいてきた以上仕方ない。恨みは、これを操った奴に晴らす!」

 瓜生がゴム弾を配りなおす。

 その上にいた、一見するととんでもなく巨大な竜もラーの鏡で正体を出し、催涙ガスで目と口を押さえてのたうちまわる汚らしい男に過ぎなかった。

 そいつが手にしていた、変身や幻覚の呪文を補助する力があった玉はラーの鏡に負けて砕けた。

「この破片でも加工次第でちょっとした魔法の道具になりそうね」と、ガブリエラが集める。

 その背後の閉ざされた部屋には、さらわれていた女たちが何人もいた。そして乳を吸う赤ん坊さえも。

 瓜生が深くため息をつく。

「で、どこから来たんだ?」ミカエラが尋問する。

「デ、デルコンダルだ。ずっとひどい内戦で、いられなくなって」

「だからって、こんなことをしなくても、無人島とかならいくらでもあるでしょう?」

 ラファエルが聞いたが、男たちはにやけ面で、

「勘弁してくれ、そんな無人島を耕すなんてできねえよ」

「どうする?」

 ミカエラが瓜生を見た。皆殺しにするかムーンブルクに引き渡すか……ムーンブルクでも間違いなく死刑、それも残忍な。

 少し考えて話し合い、瓜生が事前に近くの壁に電気信管を仕込む。

「正体を、村の連中に知らせてやろう。それからあそこでトンネル掘りを五年間。それがすんだら、アレフガルドの新しい町に紹介すればいい……ただしまた罪を犯すことがあれば、必ず殺す」

 ミカエラが告げ、一人一人に小さなピアスを刺す。

 それから仕込んである石壁に同じようなピアスをつけて離れたところから起爆し、爆裂呪文も混ぜて呪いをかけるふりをした。全員てきめんに騙される。

 何よりも、村に知られることを彼らが恐れていたのはわかっている。女性たちは、復讐を強く求めている。ただし小さい子供もいて、簡単に皆殺しにするわけにもいかないのだ。

 

 村人たちが手錠の荒くれ男たちを引き取り、殺さぬ程度と言われながら棒で叩きのめすのを、瓜生は見ていた。うっかり死んだ一人を瓜生がザオリクで生き返らせ、また袋叩きが続く。

 それから、彼らが奪われた食料などを詳しく聞き、それに当たるだけの黄金や鋼、銅など金属素材を与えてやる。

 そして、女性たちとその家族を一人一人、ラファエルが話を聞いた。実家には帰れるか。そんな関係でも愛情がある男はいないか……

 心の傷を祈りで包むことにかけて、ラファエルほど優れた者はいない。

 それから足腰立たぬほどぶちのめされた男たちの傷を癒してやり、まとめて眠らせたまま飛行艇に詰め込み、マイラの南に運んで手錠のまま工事現場に売り飛ばし、さらにその金は女たちに届けた。

 同時に、工事現場の監督官などに、いくつか話していろいろと渡す。

「ついに人身売買に手を染めちまったな」

 瓜生が自分の手を汚れているかのように見ているのを、ガブリエラがばかにしながらつついていた。

「皆殺しのほうがずっと楽だったし、それだけのことを連中はしてるんじゃないの?」

「いえいえ、人を殺すのはよくないことですよ。それに、五年すれば、本当に愛情があれば再会できるかもしれません」

「暴力だけなら、五年もあれば支配を脱することはできる、と思うよ」ガブリエラが心配する。

「まあ、被害が止まったならそれでいい。やれやれ、魔物を倒せばすむのとはえらい違いだな」

 ミカエラがため息をついた。

 また、村に戻ることができないという女性たちや子供たちをマイラに運び、水田を広げるためとジパング出身の夫婦に委ねた。漆工芸と刀が城に売れてかなりの財産を得ていた夫婦は、快く引き受けてくれた。

 村の人たちは、殺すなといわれたことには腹を立てていたが、救いはあがめ、そして何かご神体になるようなものを求めてきた。

 それで、使われたラーの鏡を渡す。ミカエラがその夜、毒沼からラファエルによく似た少年が鏡を掘り出し、一匹の犬を自分に似た美しい少女の姿に戻す、という夢を見たことで決意したようだ。

 

 ムーンブルク城には村を通じて報告が行くよう、ただし王族以外にはミカエラの名が出ないよう伝言した。

 それから、ムーンブルクの南に広がる広い内海に沿って飛び回ってみる。

 ムーンブルクから南に分かれた地域は、山脈に挟まれて人が割と少ない平坦な土地が広がっていた。

 内海の南側は、延々と見渡す限り恐ろしく高く、広大でもある山脈だ。

「確かにこちらは、ものすごい山脈ですね」

「気をつけろ。嫌になるほど峻険だ、氷河湖一つないのか」瓜生が見下ろすが、かなり高い空にもかかわらず頂上が見えない。

「この奥にロンダルキアってところがあるって話だねぇ」

 内海の中央には大きな島があった。その対岸がやや深い湾になっていて、湾の奥には広い平地と豊かな森が広がっている。丘の向こうに高い塔が見える。

 そちらに行くと、塔は川に囲まれていた。大陸のかなり中のほうで、どうやらあの巨大山脈からの膨大な水がこちらに流れているらしい。

 上空に上がって見下ろすと、その森と河の広さがよく見える。

 高いところを飛んでいて、森の中に町が見えた気がしたので探してみた。

「あの湖!明らかに人工ダムだ」

「その隣の塔、あれも人の手でつくられたものじゃない」ガブリエラが双眼鏡で見下ろす。

「計器飛行を保て。自分の目や感覚より計器を信用するんだ。人間は飛ぶために進化してない」瓜生が言って、もう一度計器をチェックする。

「近くに降下します」

 短距離離着陸に任せて村からやや離れたところに着水し、係留して村に向かった。

「エルフの村?」ミカエラが驚いた。

 普通の家がない。すべて、根元近くだけが異常に太く空洞となった、生きた木なのだ。その円筒形の空洞に扉をつけ、梯子でつながる三階ほどの家としている。

 瓜生が一つの空き家を調べ、「絞め殺しの木だ」と告げた。

「旅の方かい?木家が珍しいのかね?」

「ここはテパの村ですよ」

 と、老夫婦が話しかけてくる。

「はい、とても。おそらくこの木は、本来は木の上に実を食べた鳥が糞とともに種を落とし、その種から下に長く根が伸びて、より高いところから育ち始め、土台となった木を枯らすのだと思います」

 瓜生が見回しながら言った。

「ほう、わかってるじゃないか。兄さんのところにもそんなのがあるのかね」

「実の形は少し違いますが」こちらはバラ科のようだ。木の肌そのものはサクラを思わせる。

「ずっと昔から伝わった家の作り方なんですよ。その木の種を、木で作った枠の上に置いて芽を出させてやるんです。そしてその根を、隙間がないように編んでいくんです。そうしたら、手入れも何も要らない丈夫な家になり、上からはおいしい実も落ちてくるんですよ。よろしければこちらもどうぞ」

 と老婦人が嬉しそうに笑い、小さめのリンゴのような実をくれた。

 酸味があるがさわやかで、甘さもありおいしい。

「ありがとうございます。私の故郷も、なぜそんなふうに絞め殺しの木を使わないのか不思議ですよ」

 瓜生も笑った。

「あんた、アレフガルドの出かい?でも微妙に違うね」

 老人が言うのに驚いた。

「着てるのは水の羽衣でしょう?わたくしたちの先祖はアレフガルドから来たのですよ、その技術を伝えながら」

 老夫人が笑う。

「アレフガルドの、ギアガの大穴の伝説はご存知ですか?」老人がうなずく。「その上から来た者です。その穴はふさがりましたが」

 老人が大笑いした。ホラか何かだと思ったのだろうか。

「さあ、村を案内しよう」

 村の裏には広い森が広がり、頑丈な水門がある。

「これはもう、人の世より古いものですよ。この水門でふさがれた、湖の水と魚で暮らしているのです」

「それでいろいろと作っては、南にある満月の塔に納めてるんだ。そこにはずうっと昔から、何かを見張っている、人かどうかも知らない何かがいる」

 武器屋の水準は、アレフガルドの最高の店にも劣らない。魔力を持つ力の盾や隼の剣まで伝えられている。

「すばらしいですね」

「だが、この村を侵略するものなどおらん。時々ルーラでムーンブルクに行って、高く売るだけさ」

「デルコンダルでも前も武器は高く売れましたが、今は武器を売りに行くのも危険なんですよ」

「でもアレフガルドが解放されたことで、それもどうなるかわかりません」

 ラファエルが忠告した。

「まあそれならそれで、この村の豊かさだけでどうにでもなる。技さえ絶やさなければ、またアレフガルドでその技術が失われるかもしれん。あんな危険なところに住んでいる人たちの気がしれんよ、わしには」

「ゾーマがあらわれて、ほんとうにひどかったそうですよ、ご先祖からの伝説では」

 老婦人は深刻げに語っていた。

 ミカエラたちのほうが、ゾーマの恐ろしさはいやというほど知っていたが。

 

 村の宿では、木家の実を干したものやその泡立つ酒も飲めた。

 ヤシ系の木の花から得た樹液からの酒もうまいし、蜂蜜酒もある。

 光が戻ってからのアレフガルドで食べた、クッキーにたっぷり木の実が入っているのもおいしい。

 油収量が多い実をつける木もあり、その油で揚げた、ウナギに似た魚がとてもうまい。

 カニやザリガニ、川エビ、驚いたことに川で暮らすタコが意外なほどおいしい。

 大きいカメが水草を与えられていた。その卵はとてつもなく濃厚な味だ。

 そして地面深くに大きな巣を作るアリを炒めたものが非常にうまい。他にも多くの水棲昆虫が食べられている。

「本当にいいところだねえ」

「こんなに食べ物がおいしいところはそうないですよ」

 ガブリエラとラファエルはすっかりここが気に入ったようだ。

 店には残念ながら世界樹に関するものは、漬けた酒も見当たらない。

「いろいろと知っている人?なら、ムーンブルクの北にあるムーンペタに昔から賢人がいるし、禁じられた大陸の北にもお告げ所があるって話だぞ」

「大きい木か。この村の人は、武器を売りにムーンブルクに行くぐらいだからなあ」

 

 満月の塔に行ってみようかとも思ったが、村人が止めたのでやめた。他にどうしようもないのでなければ、静かな信仰の対象を穢したりするのはよくないだろう。

 

「そういえば、ムーンブルクの北にも大きい町があったそうだな」

 と、ムーンブルクを見下ろして飛び、大きな半島を見ながら北上する。

 

「ムーンペタの町へようこそ。ここは人と人とが出あう町です」

 水・森・農地・鉱山すべてに恵まれた豊かな町。

 デルコンダルからの難民がかなり来てはいるが、こちらでは問題なく受け入れている。大河の上流や長い半島を縦断する支流にも高密度に森が広がり、ちょっと開墾するだけで食えるのだ。

「店に鋼の剣が普通に売られています」

「鉄鉱石の質だけじゃすぐ森林資源が枯渇する。森林の再生産が早いか、よほどの大炭田があるかだ」

「両方のようですよ」

 宿の食事も、蔓が太く繊維も取れる山芋に似た芋、拳くらいあるクルミに似た実、ルプガナでも食べた木の葉を食べる家畜の乳酒、ムーンブルクでも食べた水田作物やカエル、桃に似た木の実の酒など、実にうまいものばかりだった。

 服も、繊細な木の皮から作った繊維、独特の山蛾絹を腐泥と鉱屑液で染めた、材料だけ聞くと信じられないほど鮮やかな染物がある。

 モンスター闘技場はないが、福引場があったりする。

「ムーンブルクの城からいらしたのですか?昨日から、サマンエフ第三王子様がご滞在です」という言葉に四人ともげんなりする。

「なにかえらいしくじりをしたとか。ちょうどあなたたちみたいな四人組を探してましたね」と笑っている。

「それに、最近急にムーンブルクからも、結構たくさんの人たちがやってきてるんですよ」

「そういえば皆さんも旅人ですね」と、なんだか疑うような目を向けられる。

 デルコンダルの難民が、とりあえず小さなキャンプを作り、持ち出してきた布やら小物を売っていた。瓜生がいくつか買ってやり、話してみる。

「お、おまえ!いや、女かそれに若い」と、男がミカエラを見て、驚いて叫んだ。

「最近、どこかから流れ者の、とんでもなく剣が立つやつが出てきて、内乱が余計ややこしくなってるんだ」

「一度顔を見たんだが、えらくあんたに似てるんだよ」驚いた男がミカエラをまじまじと見る。

 ミカエラとガブリエラが顔を見合わせる。

 店に世界樹関係の品などはなかった。

 町の片隅、かなり大きな池の中央に小さな僧院がある。そこへの橋はないが、岸辺の小さな鍵のかかった扉を開けて入ると、そこから地下道があった。

 地下道の途中には牢獄もあった。

 上がったところには、とても徳高いと思える神官がいた。

「おお、勇者ロトさま」一目で見破られる。

「はい、かついいえ、です。勇者ロトは、伝説の中のみの存在です。私はミカエラ」ミカエラが沈痛に言い、一瞬考えるような遠い目をして、「勇者オルテガの、子です」

「そして瓜生様。あなたはこちらでは数百年のとき、あなたにとっては数年を隔てて再びこの地に来り、勇者ロトの子孫と共に禁じられた大陸を解放するでしょう」

「なんとなくわかっていましたが」瓜生も沈痛になる。

「そのおりは、ぜひわが子孫をお尋ねください」神官の声にうなずく。

「上の世界への道は、ここの世界樹にあります。ですがそれは封じられています。先に、ロンダルキアの邪神教団のもとに赴きなさい。彼らは大魔王ゾーマの力を受け、隆盛しようとしています。世界樹への鍵となる」急に神官が苦しみだす。

「申しわけありません、これ以上口にはできません。それをなせば、数百年はその時を遅らせることができましょう」

 ミカエラたちが恐怖におそわれ、互いを見交わしていた。

 町に戻ると、例のサマンエフ王子がいた。

「なぜこんなところにいる!まだ風の塔がどこにあるかわからぬとでもいうのか?」

「とっくに片付けた。王城には報告が行っているのでは?」

 ミカエラが相手にしていない目で言う。

「だ、だが」

「もうよそう。世界樹について問いただしたい、違うか?」

 ミカエラが単刀直入に言う。その声の圧倒的な迫力に、王子は半ば腰を抜かした。

「あ、そ、その、だが結婚は」

「お気持ちは大変にありがたく思いますが、謹んでお断りさせていただきます」

 とミカエラがあえて宮廷儀礼で。

「どこに世界樹があるのかは知らない。行き来できなくなった上の世界にもあるが、他にもないか探している」

 さらに口調を変え、ミカエラがたたみかけた。アレフガルドの若木については言わない……信頼できる人間ではない。

「そ、それは」

「ムーンブルク王室が押さえているわけではない、と推測している。半ば偽りを言ったことは謝罪します」

 深く頭を下げた。

「う……だ、だが、あのように勝手に処理されては、われら王室の面子というものが」

 いきりたつが、完全に圧倒されている。

「それどころではないはずですよ。アレフガルドの解放、デルコンダルの内乱、ロンダルキアの邪教。どれもお国にとって大きな問題のはず。こちらで、先にその仕事をなさることですね。優先順位をお間違いなさいますな」

 瓜生が厳しく言う。

「他に、倒して欲しい魔物は?測量して欲しい地は?吹き飛ばしたい山脈は?伝染病は?できることなら無料でしてやる。そうでないなら、我々のことなど忘れてすべきことをやってください」

 ミカエラがそう、厳しく言い捨てる。

 その言葉の一つに王子がびくっとしたのを、瓜生は見逃さなかった。

「伝染病?ムーンブルクですね」

 王子の顔が青くなる。

「血筋を守るためにこちらに来る、それは当然のことです。失礼します!」瓜生が言うと群衆に向けて大声で、「水は必ず一度沸かして飲みなさい、または酒を。体を清潔に、特に食事前に手と食器を徹底的に洗うこと。その二つだけで死亡率は半減します」

 叫び、他の三人に触れるとルーラを唱えた。

 

 美しいムーンブルク城、その雰囲気は一変していた。

 城の外の広い田畑、さらにその外に、多くのテントが張られている。

「くそっ、やっぱり!」

 瓜生が怒鳴る。

「女王さまに話を!ラファエル、ついてきてくれ」

 ミカエラとガブリエラに言う。

「おい、先に女王さまに」

「認められるとしても半年会議してからだ。その間に全滅してる!」

 瓜生が叫び、患者たちが集まっているところに走る。

 ミカエラとガブリエラが顔を見合わせ、「切れてる」「アホが切れたら」うなずき合い、走った。

 

「旅の人だ、外から病魔を持ち込む」

「でてい」

 病人たちや役人が叫ぼうとした、即座に瓜生はマヒャドを運河に放ち、凍りつかせた。

 立ち上がろうとした病人たちが、悲鳴もなく、恐怖に文字通り凍りつく。

「死にたくなければ言うとおりにしろ!」

 凄まじい大声で叫び、今度はフルオートショットガンでグレネードを連発して轟音を響かせつつ氷を砕き、さらにメラゾーマで巨大な爆炎を上げ、氷を溶かしてみせる。

「診せるんだ」

 ずかずかと踏み込み、死にかけている老婆の服を容赦なくはぎ取り、手早く診察しつつ唾液・便・血液などをシャーレに採取していく。

「どんな症状だ?」

 そこにいた医者のような僧侶に聞き、口ごたえしようとするのをザキで即死させ、ザオラルで復活させて蹴り起こす。

「げ、ぐっぎゃふ」恐怖でパニックになる。

 瓜生は容赦なく胸を踏み、頭に銃口を突きつけ、ザキを唱え始める。「踏み殺される、頭を吹っ飛ばされる、ザキ、どれがいい?」

 暴れようとして泣きわめき、震え上がって詠唱を続ける口を見る。

「どんな症状だ?何回死んだら答えてくれる?」と、聞く。

「わ、わかった!激しい、薄い粥みたいな下痢が出て、高熱を出して死んでしまうんだ、ばたばたと」

「この症状はいつから?普段どこで何を食べ、どこで水を飲んでいる?」

 次々に患者に問診しながら走り回ると、中央に大きなストーブと巨大と言っていいヤカンを出現させ、大量の水を沸かし始めた。さらに発電機を出して紐を引いてスタートさせ、スピーカーをつなぐ。

「おい、何を」

 マイクを手に取り、叫ぶ。

「今後生水を絶対飲むな!沸かした水だけを飲み、食物も熱く沸かしたものだけ、食器も煮沸!燃料はおれに言えばいくらでも出す!」

 大音量、城まで響く。

 老婆の全身を、アルコールで湿らせたタオルでぬぐって新しいシーツに寝かせ点滴を刺し、自らの手にウィスキーをかけて次の患者を問診し、同じように清拭して点滴を刺す。

 その次からは清拭を、剣を突きつけようとした兵の剣を切断して、脅してやらせる。

 湯が沸いたら、すぐ次のヤカンをセットし、熱湯をヒャダルコで冷やし、それに袋の中身を入れる。

「これを一人一人に飲ませろ。一杯ずつだ。それ以外の治療だの生贄だのは今すぐやめろ!生命維持と感染防止を最優先!糞尿や吐瀉物は深い穴を別に掘って埋めろ、患者に触れた布などもすべて別の穴に集めろ!」

 そして、追いついたラファエルを振り向く。

「ラファエル!この国の単位系と言葉に訳して書物にしてくれ。沸かして体温前後に冷ました水、コップ一杯に食塩一つまみと砂糖一握り。大量に、正確に作るなら一リットル当たり……伝える、いや押しつけるんだ、衝撃と畏怖!」

 経口補水液のレシピを伝え、砂糖とクエン酸の袋を積み上げながら叫び、もう次の患者の衣類をはぎとり、診察して点滴を刺しはじめる。

 

「今は緊急事態ゆえ、謁見は……呪文攻撃だ!」

 ガブリエラがラリホーを唱え、強引に押し入る。

 集まろうとした兵を、ミカエラのアストロンが片端から鉄に変える。前に使った閃光手榴弾や催涙ガス弾のあまりをガブリエラが放った。

「何事です、不逞の」

 言おうとしたムーンブルク女王サマンサ二世に、ミカエラがすっと、瞬間移動のような動きで詰め寄りささやく、「勇者ロトです。お人払いを」

 はっとしたサマンサ女王が人払いした。

「そう、確かに、このあいだアレフガルド王よりもらった親書にあった、勇者ロトの姿絵……」

「まず無礼な闖入をお詫びいたします。仲間の一人は医者でもあり、多数の怪我人や病人を見ると理性を失うのです、できるだけ多く治療するために。そしてその仲間に委ねれば実際に、膨大な人を助けることができるのです。お願いはまず一つ、その仲間ウリエルと、その指示に慣れているわたしどもに、この疫病と戦う助けとなるべく一時的な指揮権を賜ること、医者や役人が我らの命令に従うように。

 次いで、これはできたらですが、我々がここに来たことを隠してください」

「疫病が一段落したらこの国を去ります。アレフガルドの栄光からも、我々は逃れてきたのです」

 ガブリエラが強く言い添える。

「そなた、世界樹を知っているのか?サマンエフに調べよと」

「詳しくは後ほど。今は、疫病が最優先です」

 ガブリエラが強く言う。

「そなたたち、何が欲しいとかではなく、疫病から……人々を、救わせて、欲しい、と?」

 女王が何か、わけのわからないものを見るような目でミカエラを見る。彼女は強くうなずいた。

「富も名誉も地位も、何もいりません。ただ助けさせてください、意地や地位や陋習に邪魔させずに。その仲間は、病人と自分の間に立ちふさがるものは全て殺し砕くでしょう、たとえ山脈を粉砕しても。わたしたちは、大魔王ゾーマを倒した者です」

 ミカエラの目に、サマンサ女王の疲れてはいるが王としての何かが反応したように見える。

「ご決断を」

「わ、わかった。どのみち、もはやわが命はそなたに握られておるようじゃ……」

 サマンサ女王は疲れきったように、執務室の椅子にくずおれた。

「今後生水を絶対飲むな!沸かした水だけを……」

 この執務室まで、大型スピーカー最大音量の声が響いてくる。

 扉が開き、兵たちが報告に来る。

「じょ、女王陛下!城下の、患者たちの間で、奇妙な魔法使いが暴れています。よそ者の侵略で」

「なにか、患者たちや医者たちに怒鳴り散らしています」

「恐るべき上位呪文を使い、兵を寄せつけません!伝え聞くアレフガルドの大魔王でしょうか」

「沸かした水に塩と蜂蜜を入れて飲め、など流言蜚語を飛ばしております!」

 ミカエラが頭を抱えた。

「それがその仲間です。お詫びならば、疫病が治まった後にいくらでも」

「よい。もうできることなどないし、悪くしても大したことではない。この疫病の勢いではもうこの国自体が危ういところじゃ」

 サマンサ女王が、臣下を集めるよう兵に命じた。

 

「病原体を確認した、コレラだ。少なくとも、おれの世界の稲とジパングのそれぐらいには似てる。よかったよ、安静と経口補水液だけで治療できる。この城の、ほとんど沼の中に浮いてるような構造見たら出ないほうがおかしいと思ってたんだ」

 浴びた蒸留酒の匂いを漂わせる瓜生が、大型顕微鏡をのぞいている。

「見るか?」

「いい」

 ミカエラもかなり疲れているようだった。

「といっても、別の伝染病が混じっている可能性もある。寄生虫率も元から高いし、どうやら妙な寄生虫がコレラといっしょに増えてる可能性があるんだ。

 疫学調査を頼みたい、この」と瓜生は、わざわざコピー機と発電機を出して作った城下町地図の山を指差し、一人一ダースずつボールペンとノートを渡す。「紙に、誰が、どこで水を飲み、どこでトイレをし、どこで買った食物をどう調理して、どこで食器を洗っているか、家族に何人どの程度、死人も含めて患者がいるか調べてくれ。おれは近代医学と、ここの伝統医学の比較臨床試験を続けてみる」

 それだけ言うと、また病院に走った。

「こうなったあいつは、暴走させとくしかないよ」

 ガブリエラがため息をついた。

「はた迷惑な人助けもあるもんだ。あんなやり方ばかりするんじゃ、そりゃどこの世界でも石もて追われるわけだ」

 ミカエラが呆れた。

「この上なく利他的な善行なのに、偽善で自分勝手な悪行だ、と思いこまれていらっしゃいます」

 ラファエルが祈った。

 

 まさに旋風だった。伝染病はみるみる収まっていった。瓜生はその後も、他のさまざまな病気も含めて治療し、同時に疫学調査もやっている。

 礼に来たサマンサ女王にも、

「この数字をご覧下さい、資料は残しておきます。原因は明らかです、一つしかない上水道に、便所としても用いられている運河の汚水が混じったのです!単純に言えば、一つの町でも半分ずつ別々のところから水を飲めば、一つに毒を入れても半分死ぬだけですが、一つしか井戸がなければそこに毒を入れれば全滅です。

 できるだけ多くの水源を用意してください、そして水は必ず一度沸かしてから、熱いのがいやなら少し冷まして飲むこと。

 そしてここの、水堀を運河として用いるのは便利ではあっても、それが下水としても使われているし、貧困層はその水すら飲んでいます。糞尿の混じる水を飲むのが、最も強い伝染病の感染経路の一つなのです。現に、こちらの、私が供給した湯で暮らしている人々の間では、今回の疫病はぴたりと止まりました」

 延々と講義を続け、すっかりげんなりされてしまっていた。

 

 伝染病がほぼ終息し、恨みをつのらせた宮廷医師やサマンエフ王子が扇動した暴徒に襲われかけたのをきっかけに、ミカエラたちはルーラで一度ルプガナまで飛び、ベラヌールを目指した。

 中ぐらいの大陸。気候はやや乾燥気味だが、水が豊かなところがあるためちょうどナイル流域のように農業文明に最適。

「いいところだな」

「大丈夫ですか?深い罪悪感を抱かれているようですが。でも、何万人を救われたのですか?」

 ラファエルが、いつもどおり暴走してから過労もあり鬱状態の瓜生にそっと語りかける。

「いや、最初に……殺して復活させて脅すのって、拷問になるのかならないのか、どっちだと思う?拷問もしないって決めてるんだ」

 そう聞いたミカエラが、真剣に考え始める。

「ですが、見ていました。そうやって症状を聞き出し、主導権を握ったからこそ、何万人も助けたのでは?」

 ラファエルの言葉に、瓜生が鋭く反発する。

「祖国の二億人を守るためだ、誰かが汚い仕事をしなくては、と言い訳して罪のない幼児を拷問し、学校や病院を子供たちごと焼き尽くしてる奴らが、おれの世界にたくさんいるんだ。そして、彼らの言い訳が本当かも知れないんだ!だったら生きているだけで」

「ならば祈りなさい。祈るしかできないことなのです」

「アホ」ガブリエラが瓜生のシートを軽く蹴った。

「脅さなくても、こうすれば助かるんだ試してみろ、って言えばいいんじゃないか?本当に助かるんだから。まあ、戦ってる者を後知恵で批判しちゃいけないけど」

 ミカエラが聞く。

 瓜生は何か言おうとして、黙った。

 ガブリエラが、

「ミカエラ。あんたはね、叫ぶだけで、何万人でも崖に飛び込ませることだってできる。神々とも戦える。このアホは、どちらもできないただの人間なんだよ。あんたがそんななのも、このアホがそんななのも、どっちもどうしようもないんだ」

 ミカエラが唇を噛みしめ、うつむくのをラファエルが肩を抱き寄せ、ガブリエラに目礼する。

「道理は、証拠さえも無駄だ。人は耳を貸さない。おれの故郷の、最高の文学者であり軍医の最高位でもあった人が、どんなに証拠を見せられても、ある病気の原因は精白した米を食べてることで、精白しないか麦を混ぜるかすればいい、ということを受け入れず、それを見出した学者を破滅させ何万人も忠実な兵を殺した。船の壊血病だって、ライムジュースが受け入れられたのがどんなに遅く、その間に何万人死んだか。

 産褥で医者が手を洗うだけで妊産婦・新生児死亡率が半減すると、それこそ五百人ずつ試せば一目瞭然のことを見出した人も、いくら言っても誰にも聞いてもらえず悲惨な」

 ガブリエラがさえぎる。

「あんたの故郷の話は、英雄天才が悲惨に死んだ話か大虐殺の話だけかい?ラファエルやミカエラは、あんたの故郷が地獄だって思ってるよ。あたしだって賢者、思い出そうと思えば思い出せる……どう見ても天国じゃないか、何億人が毎日肉食ってるのよ!」

 瓜生が黙る。

「あんたは歌ってればいいんだよ。歌ってれば。歌ってよ、ぴいひゃらぴいひゃら、でも、あーまいさんせ、でもさ」

 

 砂漠の中の湖、中に大きな島と都市が見える。

「ほとんどは浮き島だ」

「ああなっていても伝染病がおきやすいのですか?」

「そうとは限らない。水が圧倒的に多く、小さい生物を食べる生き物が充分たくさん棲んでいれば、病気は感染しにくい」

 瓜生が言いながら、外の海に着水を入力する。

「自動操縦に任せるのって怖いね」

 ガブリエラがルーラの準備をしながら言う。

 無事に着水し、隠して係留すると、またのんびりした旅が始まる。

 灌漑が行き届いた砂漠には、粒が大きい穀物が広く実っていた。

「きれいな眺めだな」

「地平線まで黄金に染まってる」

 ミカエルと瓜生が嘆息する。

「まるで、金色の海を航るようですね」

 ラファエルが見回す。

「気持ち悪いこといわんとくれ」

 ガブリエラが顔をしかめた。

 湖の島から浮き島で広がるベラヌールは、見た目とは違い足元も安定している。

 テパから転売しているのか、それともアレフガルド由来か、力の盾も売っていた。

 旅の扉や牢獄が厳重に封じられているのが印象的だった。

 聞いてみると、ロンダルキアへの扉であるらしく、逆に侵攻されないよう必死で守っているのだとか。

 商人も多く、デルコンダルがここからすぐであること、進入禁止大陸に北のお告げ所と呼ばれる予言者がいることなどを耳にする。

 そして、店に売り物ではないが、世界樹の葉をつけた酒があった。

 それで夜にガブリエラが酒場に誘い出し、ポーカーで巻き上げて聞き出すと、「ずっと東の海の小さな島に世界樹の木が一本生えている」という待望の情報が得られた。

「やったね!」

 と、四人で祝杯を上げる。

 甘いメロンの酒と、何だか聞きたくもない虫を揚げて塩を振ったのが絶妙にうまい。

 魚も多種多様。海魚も運ばれてくるし、無論湖の魚もうまい。

 焼きたてパンが何よりのご馳走だ。

「ウリエル、パンが嫌いなのか?前から思ってたけど」

 瓜生は肩をすくめてパンをたべ、一種美味に恍惚とするが、また顔を少ししかめ「まあうまいよ。食事が終わったらな」といって揚げた魚の続きを食べる。

 食事を終え、バーのようなところで一息入れ、濁り酒を飲みながら瓜生が、

「パンって、手でこねるだろ?そりゃ、一日に何十回もこねてるし、発酵するし焼くから安全だ、と頭じゃ分かってるけどさ……」

 短いため息をつき、

「トイレして、手を洗う習慣がない、石鹸すら貴重品の世界の人間がそのままの手でこねてる、さらに水だっておれの故郷じゃ下水としても基準値を満たしてないだろう」

「ちょっとそこの兄さん、いいもん持ってるね。ちいっとだけかしてよぅ」

 ガブリエラが、近くにいた戦士に声をかけ、その傍らに置かれた、大金槌を引っつかんだ。

「ま、お手柔らかにな、ガブリエラ」

 その戦士が苦笑しながら答える。

「ありがとね。余計なこと考えるんじゃないよこのドアホ!」

 思い切り瓜生に……

 ミカエラがとっさにアストロンをかけていなければ……とてもいい音がした。

「なんでガブリエラの名を、ムーンブルクでは偽名を……」

 いぶかしんだラファエルが、面頬をずらして見せた顔にはっとした。

「久しぶりだな」

 仲間だったことのある、カンダタの腹心ゴルベッド。

「探してたんだ。それいうなら、ハイダーバーグのジパング系田畑だってやべえだろ」

 にやにやしながら言う。

「ああ、あそこの葉野菜は食えないな。それで漬物ばっか食ってんだろ。でもなポルトガで、晴れが続いて飛んでるほこりが何かって思ったら……」

 ミカエラも酒が回っていたようだ。

「ムーンブルクなんてね、そりゃ伝染病にもなるよ、ウリエルが……」

 それから、酒の勢いもあって妙にそっちの話で盛り上がってしまった。

 上の世界の話が懐かしかったこともある。

 

「デルコンダルで、カンダタがどうしてる?」

 二日酔いを抱え、朝食の粥をすすりながら話す。

「内乱に関わってるようなことを聞いたな」

 とミカエラ。

「ああ、船であちこちぶらついてて漂着して、追われてたお姫様を助けたんだ。それが王室の最後の一人でね」

「まったくそろって」

 ミカエラが忌々しそうに言い捨てる。

「親分、口じゃ関係ねえって言ってたけど、会いたがってたぜ。少なくとも、デルコンダルの外から内戦を煽ってる、厄介な魔物はどうにかしたいみてえだ」

「魔物?」

「ああ。アレフガルドで出た魔物とは違う、人間にかなり近い。邪教の信者が魔物になったみたいな感じだな」

「ここでも聞くな、邪神教団の話は」

「というわけで、ちょっとデルコンダルまで、船で来てもらいてえんだ。たっぷり武器も買いこんだしな」ゴルベッドがわざと、食堂全体に聞こえるよう大声で言う。

「ま、つきあうか」

 ガブリエラがニヤニヤ笑った。

 

 その準備をしている時に、アレフガルドからの旅人がしていた話を聞いて、瓜生がはっとした。

 マイラからリムルダールに向けて掘られているトンネルで、地震に乗じて暴れたものがいて、何人か死人が出たらしいし、逃げている者もいるらしい……瓜生たちは慌てて変装し、ルーラで飛んだ。

「かなりひどい地震だな」

「ゾーマが倒れ光が戻ってから、妙に地震が多いんだよ。この工事も大変だ」

 と、顔見知りでもある監督官が言う。

「でもありがとう、もらった、普通ならとても手が出ない高価な剣や防具、それにあの光る塊なんかがなかったらやばかったよ」

「いや、申し訳ないねぇ。あたしたちが売った連中、だよね」

 ガブリエラが苦々しげに言う。

「やはり甘かったのか。いや、もしかして、あまり扱いがひどくてとか?」

 ミカエラが顔をしかめた。

「とんでもない!ちゃんとしてたつもりです。いつでも見ていただいていいですよ」

 上のほうの、役人ふうの人があわてて言った。

「そのようだな」瓜生が、仕掛けてあった盗聴器を少し確認して宣した。「今は、その連中は?」

「十五人もらった中の、三人が逃げようとして殺されたよ。まだ二人逃げてる」

 武装した監督が悲しげに言う。

「他は大人しく働いてますよ」

「ま、そんなもんだろう」瓜生が言い捨てた。「逃げても無駄だ、ちょっと待ってろ」

 隠れて無人機を操作する。意外と近い、複雑な木のうろにいたのが、ピアスに仕込まれていた発信機からの信号でわかった。

「かなり魔法も使えて、危険な奴なんですよ」

 といいながら、監督官たちとその兵がそこに向かう。

 突然魔法攻撃が来たが、ガブリエラがマホカンタで跳ね返した。

 さらに走りながらツルハシを振り回し、襲いかかってくる……瓜生に。瓜生は長柄包丁を抜き一人の腹を切り裂き、もう一人の心臓を貫いた。

 ひげ面の、汚らしい男が崩れ落ちる。包丁正宗に似た鋭すぎる魔刃に、脂に守られ弾力のある腸も断たれ、あふれ出す臓物に臭い中身が混じる。

「あ、あんたかい……すまねぇな、せっかく助けてくれたのに、棒に振っちまって」

 致命傷。ベホマと手術で強引に治しても、もはやこのトンネル掘りの法でも二列の男の間を棍棒で打たれながら歩く、残虐な死刑しかない。

 瓜生は殺すためのベホマは断り、モルヒネを投与した。

「おれは、ちゃんと選択肢を与えたはずだぞ?五年働けば、ちゃんと新しい町で、家族も得て生きられたはずだ」

 瓜生が、脊髄に直接麻酔薬を注射しつつ、苦々しげに言う。

「なあ、なんでおれって、こんななのかな。まじめに土耕して、女房と子供を可愛がって、って、なんでできないのかな」

 死にかけた男の、悲しい声。

「暴れて奪うことしか、しらねぇんだ。できねえんだよ。兄貴はできてるんだ。でもおれにはできねえんだ」

「なんでか、なんておれは知らないよ。遺伝も、虐待や教育も、ちょっとサイコロにイカサマしかけるみたいに、増やすことはするだろ。でもどうなるか、一つ一つのサイコロがなぜどうなるかなんて、知らない。元々、働くことも殺して奪うことも、人なんだ」

 瓜生がそっと、もう感覚もないはずの手を握った。

「わかんねえや。兄貴かい……おれには、できねえんだよ。許して、くれるか?」

「許すも何も……ただ、おれに牙を向ける者は殺す。許してくれ、っていうのはおれのほうだ」

「ああ……悪かったな。おれが悪いんだよな、親父」

「いいとか悪いとか、どうでもいいじゃないか。苦しくないか?」

 と、空いているほうの手で点滴をひねり、モルヒネを増やしてやる。致死量以上に。

「ああ、なんていい気持ちだ……」

 暴力しか知らない男は、眠るように死んでいった。その顔は、生まれたままだった。

 瓜生は静かに人目を避け、激しく号泣し絶叫した。

 邪悪が存在することの理不尽に、神を呪って。殺人を犯した自らの罪に。幼児のように泣き叫んだ。

 

 そして、一度ベラヌールに戻ってから、ゴルベッドと共に船を出す。

 瓜生がなぜか別行動を取り、一人飛行艇で飛び立った。

 ガブリエラは船に乗り、早速激しい船酔いに悩まされている。

 ミカエラとラファエルは久々の船旅に大喜び、のはずだが、なぜか女装させられていたラファエルがおそろしく悲しそうで、美人だった。

 久々の航海を楽しむ。ゆっくりと、優雅に。

 船員としての重労働でない船旅は、かなり混乱させられるものだった。ガブリエラの調子がいいとき、ミカエラやラファエルに二人同時に、女らしい振る舞いの練習もしていた。

「なんでこんな」

 と何度も文句を言うミカエラだが、元々男であるラファエルが素直に言われた通りしているのを見ると文句も言いにくい。

 そんなある穏やかな夜。突然深い、ミルクの中のような霧がたちこめた。

 そして……奇妙な、不気味な感じの船が浮かび上がる。

「海賊」いつもと違い、ミカエラたちは剣も銃も手にせず、単なる旅の令嬢のように騒ぐだけだった。

「抵抗は無意味だ」

 人間のものとは思えない声。海賊船の舳先で首をもたげていたのは、恐ろしく首の長いドラゴンだった。

 さらに、炎がそのまま手足が生えたような魔物が船を取り囲む。乾ききった木材、タールを塗った帆にロープ……帆船にとって火ほど恐ろしいものはない。

「ま、ウリエルに言わせれば、鉄の戦船でも火薬だらけで燃えたらドカーンだ、って」

 つぶやこうとしたミカエラの口を、慌ててラファエルがふさぐ。その仕草は、足弱の令嬢そのもので、「どうなるのかしら。おそろしい」というのが一番女らしかった。

 誰も抵抗しようとしない、というか魂を抜かれたような、奇妙な魔法にかけられている。カンダタの子分もどこに行ったのか……

 船が止まったことにほっとしたのか、ガブリエラも、普段とは違うかなりいい服で上がってきて、海賊船を見て気絶して見せた。

「ど、どうなるのですか」と怯えて聞くラファエル。

 だが、ミカエラはしっかりわかっていた。その雰囲気は、単なるならず者ではない。

 また、上の世界で会った、統制が取れており、貿易商でもあるし、サマンオサの暴政に抵抗する面もあった海の民とも違う。

 不気味な、人でないかのような感じが恐ろしく強い。

 だが、その後ろの兵士たちは、恐怖に麻痺しているが人間でもあるような気配もあった。

 海賊たちは効率的に、犯すことさえせず美女たちを縛り上げて船底に詰め、男たちを武装解除した。

 甲板の中央にドラゴンを寝かせて拿捕船を回航する。これで逆らう者はいないだろう。

「ど、どこにむかうのよ」

 怯える演技でガブリエラが聞くが、かまわず二隻の船は、妙に生暖かい風を帆にはらむ。

 

 かなり長い、闇の中の船旅。

 食事も最低限で、それも喉を通らない。水の制限がじっくりと苦痛になる。

 何日が経ったのかも、闇の中では分からない。ほぼ完全に口を鎖でふさがれ、わずかな食事もバラバラの時間に監視つき、話しかけようとしても殴られるばかりだ。

 

 水平線に、小さな島が見えた。二つの島が並んでおり、一方に町がある。

 その町の中央は古く大きな神殿に見えたが、無残に汚され、巨大な邪神のレリーフがかけられている。

「ザハン」

 怯えながら従っている海賊の一人が、小声でささやく。

「昔から、神殿だったのですが、アレフガルドが闇に閉ざされた頃から」

 ガブリエラが目で黙らせた。

 囚人たちは選別され、船倉の武器や食料も運び出される。奇妙なことに、ベラヌールの水準よりはるかに低い、鉄芯もない木の柄に穂先をつけただけの槍ばかりだった。

 そして、ミカエラとラファエル、それに数人の美女と武器や金品が持ち出され、ガブリエラはそのまま町に放り出される。

 ミカエラとラファエルを乗せた船は、一時すぐ隣の島に着いて何人か、そして大量の武器だけを下ろした。

 それから、ひたすら大洋を航海し続ける。どれほど見回しても、ひたすらに広大な海。

 竜が退屈そうに、時に海に首を伸ばしては巨大なイカをむさぼり食っていた。

 何日が経ったのか、船が着いたのは、海底からわずかに顔を出す岩だった。

 そのまま、一同は岩礁に空いた、巨大な洞窟に追いこまれる。

 悲鳴をあげ、くたくたと崩れる女たち。ラファエルもその演技をしながら、何人かを支えて従った。

 ミカエラの、伸び荒れた髪の下で、目だけが鋭く輝いていた。

 

 どこをどう通ったか、とても戻れはしない溶岩の海を、魔法で浮かされたまま連れまわされる。

 暑さと恐怖、それは悪夢だった。

 だが悪夢にも終わりがある……溶岩の海の中、小さな穴を通って連れこまれた奥の神殿。

 そこには、右目周辺を除いて完成した、おぞましい彫像があり、その周囲を数人の神官が巡り儀式を行っていた。

 むっとする、焼けつく血と脂のにおいに、女たちはとうとう恐怖に狂乱する。

「いけにえよ!来たか。おお、なんという美しさ。これならば、邪神の像の完成も遠いことではあるまい。五百年の年月、数知れぬ生贄を費やしたものだが」

 人とは思えぬ不気味な声が、溶岩の熱気にかすかに赤く光る、悪夢の神殿に響く。

「ゾーマは倒れた、ならば我らが破壊神を召還し、世界を闇に返すまで!」

「そういうこと、でしたか」

「む、そなた……男か!」

 邪神官の一人が、縛られたラファエルを投げ倒そうとつかみかかり……何人かが吹き飛ばされ、一人は光を発して溶け崩れ、一人は溶岩に放りこまれて燃え上がった。

 頑丈な鎖がやすやすと引きちぎられている。

 そしてラファエルは、あっさりとミカエラの鎖も引きちぎった。

「く、きさまら」

「本拠まで案内してくれて、助かる」

 ミカエラの手に、稲妻がともる。

「だ、だがこの多勢に無勢では。さらに武器もないのだ」

 衆を頼む悪魔神官の、傲慢な笑い声にミカエラが微笑み、カツラの裏から奇妙な砂を落とし、呪文を唱えた。

「リリルーラ」

 瓜生が出現し、すぐに他の女性にラリホーをかける。

「待ってたぜ。よかったよ、トイレの最中とかじゃなくて」

「余計なことを」

 と差し出す手に、AK-103と隼の剣、力の盾が渡される。

「一度だけ言う。降伏しろ」

 瓜生がサイガブルパップを構える。

「え……ええい、斬れ斬れ!斬りす」

 叫び終わる暇もなく、銃声が三発とどろき悪魔神官の頭が消し飛び、胸に大穴が開く。

 ラファエルが素手で突進し、邪神官の攻撃を螺旋の動きで美しくさばき、投げ倒していく。

 ミカエラの剣が稲妻を帯び、一度に二撃ずつひらめき、時には銃声が咆哮する。

「別におれがいなくても、おまえらだけでどうにかなったろ?ギガデインとバギクロスで殲滅できたはずだ」

 瓜生が苦笑した。

「でもまあ、敵がどれほど強いかはわかりませんから」

「驕るな。常に敵は最強と思って戦え」

「ああ」

「わかっているのに、余計なことを言うんですね。いつも一番慎重な作戦を立てるのはあなたなのに」

 敵を全滅させたミカエラたちは、その邪神像に大量の爆薬を仕掛け、完全に破壊した。

「これで何百年か稼げるかな」

 ミカエラが憎々しげに破片を踏みにじる。

「ついでに、この洞窟を水爆で中から消し去るか?」

「かえって災いになりますよ。そろそろ出ませんか?」

 と、眠らせたままの女性たちをラファエルが抱え上げ、リレミトで脱出した。

「ここの位置もつかんである」

 敵の位置を探るため、空から尾行していたのだ。三人とも発信機をつけておいたので、霧の上からでも位置はつかめる。

 ほかの女たちをミカエラがベラヌールに送り返し、ミカエラとラファエルが飛行艇で、ザハンに向けて飛び立った。

 

 ザハンでは、どこからか運ばれてくる木材を、おびえ心を失い、操られた人々が重労働で船に加工している。

 樹皮をはぎ、それから縄を作る者もいる。

 魚を生でくらい、海水を薄めて飲みながら、ひたすら働き続ける。

 中央ではドラゴンと、悪魔神官の監視の目が光り、時に鞭が飛ぶ。

 そんな中、ガブリエラは小さい島の周りを作業ついでに歩きながら、袖の中から小さな輝石を落としていた。

 一周し、また足跡が複雑な文様を刻む。

「まだかな」

 軽くため息をついて作業をしている……その時、上空の隅に、小さな鳥が見えた。

 それが、小さな光を数回、長短規則的にきらめかせる。

「やっとかい!」

 ガブリエラが微笑むと、鎖をアバカムで外し、無気力な演技を振り捨てて、踊りながら複雑な呪文を唱え始める。

「なにをしている!」

 襲いかかる悪魔神官に凄みのある笑みを浮かべつつ、呪文を完成させた。

「邪なる威力よ退け!マホカトール」

 光のドームが、一瞬でザハンの町全体を包む。悪魔神官やドラゴンは、全身が燃えるように輝き悲鳴を上げて、ドームから逃げだす。

「おのれ」

 光の外に一時出て魔法円を襲おうとし、ドラゴンは炎を吐こうと腹を膨らませる……

 そこに、飛行艇から飛び降りた三つの光点!

 瓜生がトベルーラで減速するのに二人がつかまり、それでもかなりの速度を残して落下する。

 三人が離れ、ミカエラはドラゴンを稲妻と共に貫く。

 瓜生はいくつもの小型爆弾を投下し、ゆっくりと着地してマホカトールに魔力を加える。

 ラファエルはバギクロスを放ちながらその中に自ら飛びこみ、横に飛ばされて勢い任せに神官を蹴り倒した。

 飛行艇は海面に自動操縦で着水する。

「遅いよ!」

 ガブリエラの、疲れた声。

「大呪文だったな」

 ミカエラが笑いかける。

 ザハンの、邪神の魔力に半ば支配されていた人々。

 多くは生まれて初めて意識を取り戻し、しばらく恐怖にわめき叫んでいたが、ミカエラの叫びに魂消え、ただ呆然と集まる。

 ミカエラの叫びを魔力として用い、ラファエルが深い祈りで神殿を浄化し、ガブリエラと瓜生が複雑な呪文を唱えてルビスの力を戻し、マホカトールを永続させる。

 その神力により、人々はまともな人間としての心を与えられ、解放を喜び歌う。

「これからは、漁師町としてやっていけますよ」

「残された船もありますし、ベラヌールや、治まればデルコンダルとも交易できるでしょう」

「守りの呪文のおかげで、もう邪神の者たちは近づけないでしょう」

「隣島から旅の扉で行ける大陸では、眠ることはできませんがすぐ海に出れば漁もできますし、木材も得られます」

 その人々の笑顔が、偽物だとはミカエラにも思えなかった。

 

「やれやれ、くたびれたよ。マイラでも行って、ゆっくり温泉入りたいねえ」

「温泉なら、海底洞窟にも湧いてましたよ」

「そりゃいいや、行こう!」

 というわけで、波に流される飛行艇にトベルーラで何とか追いつき、海底洞窟まで飛んで温泉になっているところでゆっくりした。

 それこそ四人別々に、思う存分泳げるほどに熱い海水温泉のところはある。

「いやー、天国だねここは!」

 湯上りのガブリエラが大喜びしていた。

「最初に来たときには地獄以外のなんでもなかったですよ」

 ラファエルが少し震えていた。

 

 それからベラヌールに戻って、ゴルベッドと再合流し、彼のキメラの翼でデルコンダルに飛んだ。

 着地したのは、かなり険しい山に築かれた、高い壁に囲われた町だった。

 甲冑姿のカンダタは、前よりも傷が増えていた。

「久しぶりだな」

 四人を迎えた表情は明るいが、疲労の色が濃い。比較的人数が少ない、主要幹部だけか。ともに旅したジジもいる。

「まず礼だ。あの海賊どもと、邪神教団の連中には困ってたからな」

「何の用だ」ミカエラはぶっきらぼうで、目を合わせたがらない。

「その甲冑、大地の鎧じゃないか?ランシールに返納したはずだが、盗んだね」

 ガブリエラの指摘にカンダタが笑う。

「まあ、座れよ。紹介する、妻のスイセルだ。スイセル、皆、上の世界から来た、アレフガルドで大魔王ゾーマを倒し勇者ロトの称号を受けたミカエル。正体は極秘だぞ」

 隣の、襞が多く上品な、染めないのに美しい黄色の服の女性が頭を下げる。

 十代も終わろうとしているミカエラと同い年ぐらい。きわめて儚そうな印象の美女だ。

 巨体のカンダタの横にいると、奇妙な印象になる……牛の横を蝶が飛んでいるような。

「何楽しそうな目で見てるんだ、ガブリエラ」カンダタがにやっと笑う。

「ま、あんたの武勇伝なんてオルテガに比べりゃ大したことないからね」

 ガブリエラがくすくす笑った。

「あの船でアレフガルドから出て、航海してたら難破して、彼女が助けてくれたんだ。それから彼女が隠れ住んでいた村が襲われて、戦って撃退してって、こうなったんだ」

 カンダタの照れくさそうな表情が、妙にミカエラに似ている。

「デルコンダルの内戦は、あちこちにかなり迷惑をかけている」ミカエラがぶっきらぼうに断ち切る。

「ああ、聞いてるよ。説明してくれるか?」と、かたわらの、見知らぬ老人に顔を向けた。

「かしこまりました。あのときまでのデルコンダルは、この砦のような地形のおかげで」と、老人が壁に掛かった地図に目を向ける。「ほぼ鎖国して安定した王国を保っていました。しかし、アレフガルドが闇に閉ざされた頃、わが国の王様が暗殺され、血筋の者が幾人か蜂起しました。さらに凶作や疫病も蔓延し、国は乱れていきました。

 大魔王の力の影響か、ロンダルキアの山奥に半人半魔の教団が強まったのも同じ頃です。

 内乱は百年続き、数多くいた古き血の王族は、時には相争って敵となった兄弟の一家を皆殺しにし、華々しく戦場に倒れ、火の海に姉妹差し違え、暗殺され、一人また一人と減ってゆきました。ただ一人、スイセル様をのこして」

 女性はしとやかに無表情を保っている。見かけはか弱いが、中には強靱なものがあるようだ。

「ですが、姫様を隠し申し上げた里も、あの邪教や武装集団につきとめられ、累卵の危うさでした。そこを、ほんの数人が村人をまとめ、五倍の敵を一掃してくださいました。

 さらにご子息が、あの海から攻撃を繰り返し、数知れず敵味方の民をどこかに消していた、邪教の海賊も滅ぼして下さったとは……」

 老人がすすり泣いた。ミカエラは、「ご子息」に反応しようとして自らを制した。

「そういう用事だったんだね、こき使ってくれちゃって。十日間も汚い船で船酔いして、二十回はムチでひっぱたかれたんだよ。へたすりゃミカエラや、ラファエルの貞操だって」

 ガブリエラが不機嫌そうに、それでいて楽しそうに言って、ちらっとラファエルを見る。

 ラファエルが真っ赤になってうつむいた。

「まあ怒るな、勇者ロトとお仲間たち」

 カンダタが豪快に笑ってごまかす。

「で、何の用だ?」

 ミカエラが、完全に男の口調で厳しく訊く。

「少なくとも、おれは虐殺・拷問・掠奪・強姦はお断りです。虐殺が嫌いなんだ」瓜生が小さいが、鋭い声で言う。

 ミカエラもうなずく。そしてカンダタも、同じ仕草でうなずいた。

「なら、来いよ」

 そう、厳しい目で四人を見て、そのまま歩きだした。

 

 山がちの地形に、しがみつくような町の、焼け野原には難民キャンプがあった。

 ミカエラが目を伏せる。この状態は、彼女も見ている。伝染病に襲われたムーンブルク、難民を受け入れていたムーンペタでも。上の世界でも、ハイダーバーグやロマリアでジパングから逃げた民が町を作るときは、そんな感じだった。

 焼けた基礎の上にとりあえず作られたテント。

 死体の臭い。焼けた死体の臭い。無数の虫。

 手足を切り落とされ、傷口から蛆を湧かせて死んでいく子。ひたすら奇妙な声を出し続ける、狂い顔を焼かれた女。

「ずっと、こうなんだよ。ここは」カンダタが言った。「いろいろやってきたさ。海賊を手伝って船を襲って、身代金を取ったり人をさらって売ったり、サマンオサから人を逃がしたり宣伝したり。魔王に操られて民を虐殺してた領主をぶっ殺したり」

「シャンパーニュの塔周辺は、半ばこいつが統治してたようなもんだ。ロマリアとも実はなあなあで、善政だったんだよ」ガブリエラが言い添える。

「おれもオルテガの弟だぞ?世界を荒らし回る魔王と、おまえが生まれる前から、ガブリエラのおしめを替えながら戦ってきたんだぞ?燃えあがるテドンをこの目で見たんだぞ!こんなのが、好きなわけねえだろうが!」

 ガブリエラを見ながら吐く激しい怒りが、吹き出すようにミカエラたちに叩きつけられる。

「わたしのことは知っていますか?」瓜生が慎重に、それでいてずばりと切り出す。

「ロマリアでも聞いてる、いやロマリアのガキどもは小さい頃からダチだぞ?」カンダタは笑った。

「ロマリアのアンタニウス十二世陛下の剣友、王太子殿下の武術教師でもあったのですよ」

 ラファエルが言い添える。

「だったけどな、サマンオサが変になったときあの遊び王が、サイモンを助けようともしない」

「バカ、戦争起こす気かい?証拠がなかったんだよ」

 ガブリエラが、激しい怒りを抑えながら、ぎりぎりで笑う口調を保つ。

「それにあの国は、元から王の力がやや弱く、議会が強いのです」

 ラファエルが指を振る。

「それに妙なのが急に出世して、いろいろ吹きこんでアントンのバカが俺を疑いやがったから、腹立って金の冠盗んで飛び出しちまったんだ」

「それならもう大丈夫。あたしたちが行くちょっと前に、アンタニオ・ヴェノス王太子が留学ついでにダーマに助けを呼び、カテリナ王女がバラモスの息がかかってる証拠をつかんで噂にし、自分から出て行かざるを得ないようにした。とどめを刺したのはあたしさ」

 とガブリエラ。

「まあ、それは聞いてたけど今更意地があってな。でもガキどもとの手紙のやりとりは、こっちに来る直前まであったよ。あの小娘が、とんでもない政治家になったもんだ」

 瓜生が沈痛にうなずく。

「この虐殺は、内戦は俺が止める。勇者ロトの、オルテガの名を汚しちゃいけねぇ、ミカエラ。でも、たのむ、この人たちを助けてくれ。いまはおれの可愛い子分たち、妻の大切な民なんだ」

 カンダタが瓜生に頭を下げた。

 瓜生は下を向き、歯を食いしばりながら考えこんでいる。

「どう、したんだ?いつものおまえなら、すぐ飛びだすんじゃ」

 ミカエラが腕まくりをしながら聞いた。

「ここだけじゃないでしょう、この状態は。どこもかしこも、のはず。そして、ここの人を助けたら、助けた人は次にどこかを襲って虐殺するだけだ。もしおれがここの人たちを助けてからすぐに隣の、ここの敵の病人も助けたら、それはそっちに武器を渡すのと何ら変わりはない。敵対行為と判断するはず」

 瓜生が厳しい目で言い、唇を噛む。本当はすぐにでも、ムーンブルクでのように病人や怪我人を助けに飛びだしたいのだ。

「どうしようもないんだよ、アフリカは。援助が、虐殺と腐敗を助けることにしかなってない。この能力を得ておれの世界で、何かできないか必死で勉強した。どうしようもない、何をすれば何が起きるか分からない、が結論だった。何をしても虐殺はもっとひどくなるだけだ。

 ムーンブルクやロマリアにだって、おれは大量の武器を売ったのと同じなんだ。そこが得た力を次の戦争に回したら……MLRSやファランクスを人々に向けてぶっ放すのと変わらない。増えた人口で森を切り倒し、大きな飢餓になるかもしれない。わかってるんだ」

 血の出るような声。

 ガブリエラが瓜生の肩をつかむ。

「あんたらしくないよ!いつもみたいに、後先考えず暴走しなよ。考えて立ち止まるなんて、あんたらしくない」

「甘ぇんだよ。止まってる暇があったら突き進め。血と内臓にまみれて、何をしようがかまわず、好きなことをしろ。後悔しながら死にてぇのか?」

 カンダタが厳しく怒鳴り、瓜生の肩を突き飛ばす。

「俺が斬りかかったら蜂の巣にすりゃいいんだ!誰を敵に回そうが、後先どうなろうが、てめえ自身を裏切るなっ!」その巨大な気迫が、瓜生を圧倒する。「ガブリエラに聞いてるよ。牙を向ける奴は殺すそうでなければ殺さない、虐殺はしないし目の前でしてたらぶっ殺す、患者がいれば後先考えず助ける、それでいいんだよ!」

「……どうしたら、虐殺と内戦の文化が止まり、秩序が生まれるのか……おれは知らない。おれの世界の歴史では」瓜生が顎を鎖骨に押しつける。「虐殺と内乱の横行が止まったのは……最強最悪の虐殺者が領土を広げて帝国を築き、その後を引き継いだ政権が勝手に戦争するなと厳しく引き締めたからだ。イギリスやイタリアがどんなふうに安定した国になったのかは覚えてない。

 まあヨーロッパは統一帝国はできなかったし、中国は周期的に崩壊するし、モンゴル帝国は崩壊したな。イスラムや中国の帝国はそのまま近代国家にはならなかった。

 アフリカでは五十年以上統一に向かう動きが起きない……国家主権という虚妄に世界中がこだわっていることもある。そして最近は内戦指導者が理想を喪失し、人道援助を横領して資源を売って武器を買って、子供を洗脳して兵器にして奪い犯す暮らしそのものを目的にしてる。最も邪悪な人間の、ある意味邪教団が社会を構成してるんだ……天下統一を目指し、金鉱を開発し堤防を築いた、日本の戦国武将には、援助団体も旧宗主国も、武器商人もダイヤ商人もなかった。

 一度内戦の文化が定着したら、誰もがそれで得をし、その状態を保守するようになる。だから統一ができそうな武装勢力の頭はよってたかって殺される。

 日本でも、まず天下布武を主導した信長は部下に殺され、次に統一した秀吉は晩年は誇大妄想に陥り対外征服で自滅、やっと平和な国を作ったのは三人目の家康だ」

 ラファエルが目を見開く。

「ここで助けたら、それがもっとひどい虐殺になるんじゃないか?内戦の文化に、援助の文化が加わったら、そこから立ち上がれるのか?

 天下を統一しようとしたら、それこそ最悪の虐殺者にならざるを得ない、信長と同じように。あなたも……虐殺者となる。血に酔ってそれが当たり前になり、どんなむごいことも楽しむようになる」ミカエラの強烈な眼光に、そちらを振り返る。彼女は唇を噛みしめ、ラファエルに身を寄せていた。

 瓜生は深く息をして、続けた。

「そして成功したら誰も信じられない孤独と誇大妄想、功臣粛清。対外征服。無茶な土木工事で二代で滅んだ……」

「わたしの学んだ歴史に、そのようなことがないと思っていますか?カンダタも学んでいますよ」

 ラファエルが厳しく瓜生に言う。

「百も承知。汚名は俺が着る、返り血は俺が浴びる。お前らの助けがあろうがなかろうが、何千人殺そうが、結果としてもっとひどいことになろうが、俺は突き進む。絶対にデルコンダルを統一してみせる!」

 カンダタが吠えた。

 瓜生は圧倒され、瞑目し、歯を食いしばって目を上げた。

「大きい倉庫はありませんか?」

「その前に、病人をなんとかしないと」

 ガブリエラが袖を引く。

「ああ!」

 瓜生が、やっと切れた笑顔で、野戦病院に飛びこんだ。

 

 十日ほど治療をしていて、敵襲の鐘が鳴らされた。

「おまえらは出るな。ロトの名を汚しちゃいけねぇ。おれたちで戦うんだ」

 カンダタが部下を率い、美々しく出ていく。ミカエラたちは治療に専念していたが、辛いものがあった。

 瓜生はカンダタに、催涙弾のロケットランチャーを渡した……

「人殺しに加担することでは、今やっている医療援助も同じことです。ですが実弾は勘弁して下さい、欺瞞ですが」

 カンダタは笑って出た。

 万一カンダタが戦死したらどうなるのか。答えのある問いではない。

 幸い少ない被害で帰ってはきたが……

 瓜生は、それこそ銃を突きつけかねない意思で、捕虜も治療した。

 

 何日もかけて一段落してから、倉庫の話に戻った。

「近くに巣食ってた豪族が、山一つ掘り抜いて倉庫にしてたよ。長い内戦で空だったのを、邪教の奴らが拠点にしてて、最近掃討した」

 と、案内される。

 凝灰岩の山がくりぬかれ、広大な、ほぼからっぽの倉庫になっていた。

「昔の中国ではこういう巨大な倉庫がたくさんあった、って司馬遼太郎の『項羽と劉邦』にあったな。しばらく待っていてください」

 瓜生が言って、丸半日過ごして出てきた。

「案内します。これが缶入りの乾パン、こっちがスパム缶、こちらの缶は大豆油、あっちの袋は脱脂粉乳。どれも十年は保存できます。多少の野菜も食べるようにすれば一万人が五年食えますし、屑鉄も再利用できるでしょう。

 それにこの山が食塩。この山は木炭。あっちは木綿布」

 空だったときはフラッシュライトも光が届かない、王城がそのまま入りそうな倉庫をくまなく天井まで埋め尽くす、膨大な資材の山に、カンダタは呆然としていた。

「これは?」

 と、奇妙な麻袋の山を見る。

「おそらくこれが一番貴重でしょう、化学肥料です。これを農地に撒くだけでしばらく収穫が増えます。ですが、絶対にやり過ぎないように、適量はあとで口述します。よほど優れた錬金術師がいなければ、いたとしてもまず再現は不可能です……どこかにグアノ島があれば別ですが」

 空気を構成する窒素を肥料に変えるハーバー・ボッシュ法に必要な高圧缶は、並大抵の鉄鋼技術・耐熱素材技術では不可能だ。

「変な武器は?」

「銃を普及させたら、どんな剣士でも狙撃一発で暗殺されますよ」

 瓜生が白い目で見た。

「剣とかは」

「地場産業を崩壊させたらかえって害になりますから。信長は鉄砲や刀の鍛冶を育てました、ダイヤやアヘンを売ってAKを買う連中とは違って」

 他にも、高い技術を用いて作られた機械類、医薬品や治療器具、そして鉄材すらあえて出していない。

 戻って、缶入りの乾パンとスパムの開け方をやって見せ、皆で硬いのを食べながら話になる。

「これで一国を統一できないなら、それ以上の援助はしません。いいですか、結果がどうあれ、援助は一度きりです。援助頼りの武装勢力を作る気はありません。絶対に次はありません」

「わかった!つべこべいうな、これで一国盗めなければ、それ以上助けても無駄だ」

 カンダタが笑う。

「もう一つしておくことがあります」

 と、夜中に川から飛行艇で離陸し、数日かけてデルコンダル大陸全体の航空写真を撮って、プリントアウトして簡易地図を作っていった。

 それを見たカンダタや老臣がうめいた。

「簡易地図です、厳密な測量はしていません」

 瓜生が笑うが、その価値は計り知れないなどというものではない。敵の配置も城の弱点も、漏れなく描かれているも同然なのだ。

 さらに、瓜生はニセアカシア、アルファルファ、ゲンゲ、アゾラなど強力な緑肥植物を渡して使い方を教え、稲とムーンブルクの田豆、デルコンダルの気候に合うキャッサバとアブラヤシ、サゴヤシまで……生産力が大きいためためらいながら、毒食らわば皿までとばかりに渡した。

「統一後、それこそ非常停止した原発を冷却するように社会の余力を抜く必要があるでしょう。ここの運河と貯水池、そして……必要でしょう。しかし、どうか過剰な負担がないよう、泣きながら殺される民が少ないよう、せっかくの国がふたたび乱世にならないよう……」

 瓜生が思うのは秦の始皇帝・隋の煬帝の大工事による悲惨と反乱、秀吉による外征と燃える大阪城。

「ここには、猛獣と勇士が戦う儀式もあってな。それも、血の気を抜く助けになるだろうよ。何か礼はできないか?」

「虐殺を早く止めてくださること……たとえ圧政であるとしても。そしてできれば、せめて冤罪と拷問が少ない国を。それが礼です」

 瓜生はそれだけ言って、カンダタの頑丈な手を握った。

 ガブリエラは、「奥さんのこと、しっかり話しとくよ」とにやにや笑って、カンダタの妻と笑い合った。どうやら兄嫁エオドウナの話をはじめ、カンダタの過去をなにもかも話したらしい。

「戻る気ねぇからなに言われようが知ったこっちゃねえ。ロマリアやサマンオサの連中には、戻れたらよろしくな」

 とカンダタも笑う。

 瓜生やラファエルがカンダタやゴルベッド、ジジと握手し、笑い合う。

 ミカエラはただカンダタを見つめ、何か言いたそうにして、言えずにいた。

 ラファエルに優しく促され、ミカエラは小さく言った、「とうさん、ふたりの」と。

 カンダタは、ミカエラを強く抱きしめ、突き放して屍山血河の覇道に向かった。




原作、DQ3が終わり、そしてDQ2の世界を舞台にした、制限のない自由な旅。
ストーリーに縛られることはなく、ひたすら街々を訪ね、好きなことをする。

これほど想像していて楽しいことはありませんでした。
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