見ていないところを探ってみよう、とベラヌールから飛び立ち、すぐにめちゃくちゃな規模の山脈にぶつかって、その崖でしかない海岸線に沿って南東に飛び続ける。
山脈塊から東に、それでもかなり広い半島が突き出ていた。山も多いが平野も多く、人口も多く見える。
「お、街だな」
「確かペルポイと、ベラヌールで聞きました」
降下してみる。
そこは広い石灰岩大地で、複雑なカルスト地形でもあった。
本来なら不毛な大地だが巨大山塊からの黄土に覆われ、一面に巨大なクローバーのような葉の蔓草が覆い尽くしている。
「クズだな」と瓜生が言ったのを、
「そんなことをいってはなりませんよ。いい景色ではありませんか」とラファエルが誤解した。
「でもさ、こんな雑草にはびこられたら畑で作物作ってる人にはたまったもんじゃないよ」ガブリエラが深刻になりそうなのを笑い飛ばした。
「クズってのはおれの故郷の雑草だぞ」と瓜生が笑う。
近くで遊牧していた人に聞くと、この草は家畜の飼料・つるを活かした籠細工や繊維、実はレンズ豆に似て食べられ、太い根はサツマイモのよう、若芽は野菜と多様に使えるとか。
広い野を、多数の遊牧民が馬や一角の大きな羊を連れていた。
泥で染めた皮や色鮮やかな毛糸、つるからとった繊維のざっくりした服で、オーバーオールとポンチョのようなとても機能的な服装だ。
鋼のナイフや剣、鉄鍋、塩などとひきかえに泊めてもらい、ともに古い大鍋で煮たぶつ切り骨付き肉とつる豆をほおばり、馬の乳酒で腹を暖め、骨筒を並べた笛に合わせて歌う。
森のほうではおもに狩猟と炭焼きで暮らしている人たちもいた。
炊煙が集まる街の周辺は、深い谷や窪地があり、その斜面を利用してルプガナと同じような食用の木の実を主食にしていた。
街があったのはしっかりした地盤に見えたが、その裏には底知れないほど深く広い洞窟が広がっていた。
「すごいな」瓜生が呆然とする。
「それより街に入りましょう」
街はとても豊かで、遊牧民から集める毛織物がとても豊富だった。
「ようこそペルポイの街へ!あなたに歌を歌いましょう」と、歓迎に歌いだす歌手もいて、金貨を受け取ってにっこり笑った。
「いい街ですね」
「はい。裏の洞窟もありますから、誰に攻められてもすぐに逃げ込んで扉を閉ざすことができます。安心の街です」
「どんなものがあるか、教えてもらおうかな」
「よろこんで!」
ペルポイの街を歩く四人。白い崖から、石灰岩に磨かれた水が噴き出て滴る。それは解放されていてそのまま飲むことができ、すばらしくうまい。
「この湧き水ならな」
いつも生水を飲むなとうるさい瓜生が、めずらしく水を堪能している。
ミカエラがいつも通り、道行く人たちに話しかけている。
酒場でいつもどおり、飲み食いして、歌ったり酒を配ったりする。
遊牧で得られる肉料理が豊富で、薄い生ハムもいいが、脂肪を貯める尾をそのまま塩漬けにしたのが濃厚でうまい。
「イシスへの砂漠旅でも、こんなのを食べましたね」
「懐かしいな」
「女王さまが恋しいんじゃないか?」
ガブリエラが瓜生をからかった。
「ま、おれは笑いものでいいさ。これなんだろ、甘くてうまいな」
「知らないのかい?蜜をためる大アリさ」
食べかけていたラファエルが吹いた。
ねっとりした根菜、その酒もうまい。
錬金術師が、アレフガルドからの旅人と聞いて酒をおごりながら話しかけてきた。
「わしは魔力のある鍵や剣の研究をしています。どうかうちでお話を」
「アレフガルドにも、鍵を研究している人がいたな」
「人工的な魔物を作ろう、という人もいましたね」
もう懐かしいと言っていい。
ガブリエラがその工房を見せてもらって、いろいろと盛り上がってまた酒場に戻った。
意外なことに、その錬金術師の小さい息子が、ガブリエラに博打で勝ってしまった。
「じゃあ、あたしが一晩かたでいいかい、坊や」
にやにや笑うガブリエラに、錬金術師は半ば悲鳴を上げて、
「いえ、この子に余計なこと覚えさせないで!何か、いいものないでしょうか」
「じゃ、この石を使ってみたら?」
と、風の塔で幻を使う賊たちから手に入れた、魔力のこもった石の破片を渡した。
「ほう、強力な幻術の魔力がかかっていますね。それに剣を強化するのにも使えそうだ。最近、燐光を発する切れ味のいい金属の精錬法を突き止めたんですよ」
「放射能ないだろうな?」
瓜生が眉をひそめた。
「魔力を使った金属精錬なら、アレフガルドにもいい職人がたくさんいるよ」
ガブリエラがいくつか紹介状を書いてやる。
「そうだ、この町の近くに世界樹がある、って話だな」
ミカエラが聞くと、錬金術師の親子がびくっとした。
「え、まあ、でもあれは」
「封じられてるんだってね。なんとかならないのかなあ」
ガブリエラが酔ったふりをして聞き返した。
「まあ、そうらしいですね。詳しくは知りませんが」
「ほう、世界樹をお探しですか?」
かなり贅沢な身なりをした、それでいて蛇のような印象のある男女二人組がやってきた。
「で、では私はこれで」
錬金術師は払って出てしまい、新しい客と会話になる。
「アレフガルドからお越しとか。やっとあそこの大魔王も倒されたようですね」
「ああ、大騒ぎだったよ。そりゃ何十年かぶりに空が明るくなり、希望が戻ったんだから」
ガブリエラがのんきに笑う。ミカエラはすっかり警戒していた。
「お嬢さんも、そんな美女が戦士だなんて。大変なところでしたのね」
連れの女性がミカエラを、興味深そうに見る。
「でもそんな格好では、せっかくの美しさが台無しですわよ。もっといい服を探さないと。よろしければ宅の仕立て屋をご案内しますわ」
「そうだよ。まったく、アレフガルドじゃ戦ってばかり、それに着飾っても光もないで、ろくにおしゃれをするゆとりもなかったのさ」
ガブリエラがまた笑った。
「主人は、皆さんのように強く、世界を回っていらっしゃる戦士たちをもてなすのが好きなのです。よろしければ今夜は、うちで止まって言ってください。主人!この人たちの宿泊予約は取り消しだ、セレエケ家に泊まるからな」
強引な一言に、主人は震え上がって従った。
もう食事は済んでいたが、そのおそろしく太った主人は配慮せず大量のステーキと酒を押しつけてきた。
「どうぞどうぞ、まだまだ食べたりないでしょう」
笑顔でつきあうふりはしているが、四人とももうかなり苦しい。
「あのザハンの海賊が最近治まったそうで、これでうちの商売もやりやすくなるよ」
と、酒をあおりながら言う主人の目は、奇妙なほど鋭かった。
「はあ、そのようですね。ベラヌールではかなり大変だったとか」
「ベラヌールとの交易がうちの生命線だったが、それをずっとあいつらにやられてきたからなあ」
だん、と激しく机を叩く。
「そしてアレフガルドの解放、それがどうなるかはだれにもわからん。デルコンダルもな」
「ひどい内戦らしいな」
「見てきたようなことを言うな?」
脂だらけの口がゆがむ。陪食している、四人を連れてきた男女の目も奇妙に鋭い。
「そうそう、君たちのような、世界を回る戦士たちにふさわしい、大変な仕事がある。うまくいけば大金になるぞ」
「誰がそれを必要としているのですか?」
ミカエラが慎重に聞く。
「みんなだ。ザハンの海賊どもと同じ、もっと酷い連中だ。ベラヌールで何人か連れて、あれを片付けたんだろう?聞いてる。それに別の噂もな」
意地悪に目が変わる……勇者ロト、知られているのか。
「この海図にある、このあたりの島に、鬼がたくさん棲んでいる。たくさんの宝を貯めこみ、いつもいくつもの町を襲ってひどいことをしているんだ。退治してくれ。宝を見つけてきたら、それはこの町の分だけは取り戻させてもらうが、あとはみんな君たちのものだ!」
そう言いながら、贅沢に冷やされたビールを注いできた。
「徹底的に皆殺しにしてくださいよ」
部下が笑うが、目はまったく笑っていなかった。
翌朝、またステーキ拷問の後に館を出、情報収集に回る。
「桃太郎だな」瓜生が笑った。
「桃太郎?」ミカエラが首をひねる。
「おれの故郷で昔からある話さ。普通でない生まれ方をした子が、成長して強い武人となり、仲間を集めて人々を苦しめていた鬼が住む島に渡って鬼を倒し、宝を持ち帰った」
ミカエラたちが顔を見合わせる。
「わたしたちがしたようなことですね。宝は手に入れていませんが」ラファエルが気の毒そうにミカエラを見る。
「賢者の石だけでも、売れば国が二つ買えるさ」ガブリエラが笑った。
「経験上、裏があることが普通だ。慎重に情報を集めよう」
瓜生がまた、周囲の人々に聞き込みに回った。
鬼ヶ島の話は、半ばタブーのようだった。だが、その島の化け物に助けられた船乗りの話もある。
「そういえば、鬼ヶ島の住民に助けられた話が、デルコンダルでもあったな」ミカエラが思いだした。
墓地でさまよっていた、片腕のない老女が、鬼ヶ島の話を聞くと震え上がって、激しく泣き伏せた。
ラファエルが懸命に慰めるが、ただ一つの名前を繰り返しながら泣きじゃくるだけだった。
目の前の墓石に、名はない。
「ないのです、ないのです、名もない、産んでない、産まれていない、墓もない、ない」
そう繰り返しながら、必死で耐えて、それでも耐えきれず泣きじゃくりラファエルにすがっていた。奇妙なことに、憎悪の目をミカエラに向けて。
「まさか……」
瓜生の表情が厳しくなる。それこそゾーマと戦う直前ぐらいに。
「とてつもなく強い相手か?」
ミカエラが腕を撫でる。
「いや。もっと最悪かもしれない」
瓜生がガブリエラとうなずき合い、泣く女と同じ目で町を睨んだ。
「覚悟しておけよ」
ラファエルとミカエラに告げて、まず港近くに行き、瓜生がしばらくうろついて、旗がしまってある事務所兼倉庫にレムオルとアバカムで忍び込んだ。それでいくつかの旗を見て、文様を書き写す。
町を出て飛行艇を係留してある崖の海洞に向かい、旗の一つを複製した。
直後、ミカエラが町を出ようとしたところを、先の老女が包丁で刺そうとした。無論かわして取り押さえ、斬ろうかとしたところを、瓜生が止めた。
「放してやってくれ。理由も聞いちゃだめだ。言葉にできる哀しみじゃない」
「わかったようなことを、わかったような、わかるはずが……ヒィィイ、殺せ、殺してくだされ」
泣き声も出ず引きつるような老婆の手を、瓜生は強く握った。
「最善を尽くします。ふたたび、共に暮らせるように」
そういってラリホーを唱え、余分なチップをつけて宿に預けた。
しばらく偵察飛行を続けて海洞に戻り、渡されたいい加減な海図と、高空からの望遠空撮写真を照らし合わせる。
「言われたような方角には、島はこれしかないな」
「そっちの方に近づいたとき、ものすごい魔力を感じたよ。ちょうどあのゾーマ結界に触れる直前みたい」
ガブリエラが、プリントアウトした空撮写真に線を引く。
「このあたりは雲で、まともに写真が撮れない。逆にそれが、世界樹とそれを囲む結界で間違いないな」
ミカエラが軽く手を打ち合わせる。
「その向こうの、この大きな島が言われる鬼ヶ島だ。そしてこの、でかすぎる山脈のてっぺんに、ロンダルキアか」
果てしない急峻な山岳地帯の写真。瓜生の世界の、ヒマラヤに倍する規模だ。大型飛行艇の航続距離と高空性能でも、とても挑むことはできない。
「その前に、まず仕事だ」
ミカエラが笑って、島を指さす。火山が火を噴き、豊かな森が茂るかなり大きな島だ。
「空路はこれで大丈夫だ。最初の目標点はこの白い峠、目撃されないように……」
としばらく検討し、一眠りして飛び立った。
なぜか、遠くから巨大な、雲の円筒のように見ることができない海域が、半島の先端付近にあった。
「普通に見たら、これは間違っても近づいちゃいけない雲だね」
ガブリエラが言うように、台風や大規模な積乱雲によく似た雲の山。
「でもそれなら移動するはずだ。一切動かない。それにこの魔力」
瓜生が言って、周囲を飛行艇で一周してみる。それをはねつけ襲うように激しい風雨が襲ってきた。
「こりゃちょっと近づけないな。鍵がなければ」
「なら、鬼ヶ島に行こう」
ミカエラが言ったように、その雲柱の近くにある、やや大きな島に向かった。
自動操縦で着水し、ボートに複製した旗を掲げて島に上陸する。豊かな果樹園が広がっていた。
「果樹だけじゃない。それに這わされているつる植物、山芋の類だ。立派に主食になるよ」
瓜生が微笑む。
島の奥から、何人か奇妙な、人に似ているが恐ろしくゆがんだ影や、巨大なムカデが出現した。
「新入りか。だが違う、その時が来たのか」
おそろしくくぐもった、人間とは思えない声。
武器を構える仲間を制し、瓜生が叫ぶ。
「こちらから攻撃するつもりはない!奪うつもりもない!話せないか」
これまでも、繰り返しそうしてきた要求。バラモスにも、ゾーマにさえも。
「そう言って、攻撃しないという保証はあるか」
くぐもった声が響いてくる。巨大なムカデやネズミ、トンボのような羽根を持つトカゲのような飛ぶ何かがわめく気配。充満される、唱えられる呪文。
「おれの射程は、ここからそこの倍以上だ」
と、瓜生が魔物たちがいない、700mほどの遠距離にある岩を見る。ミニミ7.62NATOの伏射を一連射、RPG-7を最大射程で発射する。激しく破片が飛び散り、爆炎が上がり、岩が粉砕される。
「さらに遠距離も攻撃できる。攻撃するならもっと有利な場所から奇襲していたはずだ。互いに知らないのだから、こちらの行動だけで判断してくれ。射程に入っている相手を、こちらは攻撃していない」
「捕まえて、宝の場所を吐かせるためかもしれない。殺されるのは仕方ない、いつものことだ、だがどうか苦しめないでくれ」
くぐもった声。
「富は間に合っている!こちらからは攻撃しない、早まって自害してもいけない!」
瓜生が叫び、手を軽く振ると、身長以上にメイプルリーフ金貨とダイヤモンドの山が積み上がった。
「確かめてみろ。罠があれば攻撃すればいい」
と呼びかけながら、四人がかなり離れたところに移動する。
崩れた、人間に似た影がやってきて、金貨を噛みしめてみたりした。
「本物だ」
その影を、瓜生は遠くから双眼鏡で見て、激しい怒りに地面を殴りつけた。
「やはり!」
「どうしたんだ」
聞くミカエラに、双眼鏡を渡す。
見た彼女の表情が変わった。
「攻撃するなよ。本能的な恐怖と嫌悪を抑えろ。わかったろう」
ラファエルが自分の、バレットM82の高倍率スコープでその姿を見て、震えた。無意識に彼がボルトを引き、安全装置に触れるのを見て、瓜生がその銃口に、自分の指を入れた。いつも言われるように両目を開けていたラファエルがそれを見、激しく息をついてしっかりとセレクターを安全に戻し、銃から震える手を放して身体を引く。
「あなたで、よかった」ラファエルが震える声で言った。
瓜生が指を抜き、受け取った巨銃の銃口を海に向け、薬室を空にする。
「誰だろうと」瓜生が言いかけたのを、ミカエラが背中から抱きしめ、彼のかわりに続きを言い継いだ。
「仲間だろうと、見た目だけで虐殺しようとしたら、あたしが相手だ。勇者ロトの名にかけて、いや全ての人に石もて追われても」
ガブリエラが、瓜生とミカエラの頭に手を置いた。
「運がいいよ。こんなとんでもない力を得たのが、このアホで」
「ハンセン病、に似た症状の病気だ」
瓜生がつぶやく。双眼鏡やスコープで見えるのは、実にさまざまな顔と体の人間たちと、おぞましい魔物たちだった。
「それに、あの魔物たちも敵意はないよ。ある意味魔物ではあるけど、魔王とかの影響を受けない限りは、普通の野獣みたいなもんだ」
ガブリエラが、なぜか悔しそうな口調で言う。
瓜生が怒鳴った。
「その病気は治療できる!」
「できるはずがない。業病だ、旅の者よ、宝なら出す、どうか近づかないでくれ、殺さないでくれ、拷問しないでくれ。われらも戦う民よりきた、最後まで戦い抜く」
「病原体を調べる。治療できる。抵抗は無意味だ!自害してもこちらにはザオリクがある!」
そう言った瓜生が歩み寄る。
怯えている何十人かの影。走ろうとして、不自由な足に転ぶ一人が、崩れた手の間から必死で顔を隠し、見えぬ目で首を振っていた。
「大丈夫だ。少し触れるが攻撃ではないし、どっちみちその病気はものすごく感染しにくい」
瓜生が言うと、白金線で傷口の膿を採取し、別々の試験管に封じる。
「少しキャンプを作らせてもらう」
と、ミカエラがテントを張った。
瓜生が戻って、大型の顕微鏡や発電機などを出し、一人一人診察を始める。
ミカエラとガブリエラは、おとなしい魔物たちにおっかなびっくり接していた。
「くそっ、あんたは本来違う寄生虫病だった。あんたは単に顔をやけどしただけで!ああもう、何万回人類滅ぼしても気がすまないよこれは!あんたは別の、多分遺伝病だ。感染してない。自然免疫がついたようだな、今後も普通に生活して大丈夫だ」
瓜生が怒鳴り散らしながら、半ば力づくで検体を取り、顕微鏡で分析していく。
「ほぼ同じだ、同じ抗生物質が効くはずだが、治験しないとな」
瓜生が患者たちを四つのグループに分けた。
使われていた、温泉の泥と赤い樹液。
単なるワセリン……偽薬、プラシーボ。
瓜生の世界の抗生物質。
そして、その病原体の網目を瓜生とガブリエラが読んで、この島で手に入る薬草をいくつかに、村で見かけた青カビから採取した抗生物質を混ぜ、ニフラムやモシャスの変形呪文をかけた薬。
効果ははっきりしていた。
泥はプラシーボとほとんど変わらない。ただし清潔な生活で、かなり状態はよくなってはいる。
瓜生たちが作った薬は、確かにプラシーボより効いたし見た目が普通の人間に近くなる。だが、人数が少ないので統計誤差の範囲内かどうか断言できない。
抗生物質の効果は、もちろん顕著だった。
それから、対照群の者もすべて抗生物質で再治療し、彼らのそれまでの生活物資を全て焼却または蒸気滅菌し、土壌も深い穴を掘って交換し、別の水源を掘りあげ一度沸かして湯冷ましを用いるよう指導した。
「これで、ちゃんと渡した薬を使えば、君たちの子供たち以降新しい患者は出ないはずだ。あとは寄生虫だな」
と、ハンセン病と誤解され流される患者が何人かいる寄生虫のサンプルを取り、いろいろと調べ始めた。
平行して、ガブリエラやラファエルの魔力も用いて、手術で運動機能などが回復できるものは回復させ、回復できないなら義足なども作る。そしてできる者は自己皮膚移植に呪文も交え、見た目もできるだけ治す。
「まるで聖者ですね」
ラファエルに言われた瓜生は大笑いした。
「おれは伝染病に感染しないし、病原体を出すこともない……こうしてあちこち飛ばされる代償の一つだよ。聖人ってのは自分が感染してもかまわず病者と共にいる人だ。それにみんなだって、平気でこの人たちと接してるじゃないか」
「いただいたマスクや消毒剤があるからですよ。なければ恐ろしくてうかつに近づけません」
ラファエルが震えた。
「第一、おれは嫌悪感とか全然隠してないぞ」
「それが、逆に信頼感を与えています。少しは自覚してください、ご自分が」
「そろそろオートクレーブがすんだか。次の手術を始めようか」
と、瓜生がごまかす。
「結局、どういうことだったんだ?」
ミカエラが聞く。
「聞きたいか?まあ仕方ないな。魔王になるならなればいい、全力で止める」瓜生がミカエラを見つめた。
ガブリエラもうなずく。
「この病気や疑わしい人々を、ペルポイとか周囲の人々がずっと追放し、この島に流していた。それが目障りになったのか、皆殺しにしようとしたんだよ。自分たちでは返り血を浴びるのも怖いから、何も知らないよそ者に手を汚させて。
おれたちが宝を持って帰っても殺されたろうな」
瓜生が平然と言うのに、ミカエラが震えた。
「さあて、どうしてやろうか」
ガブリエラがいろいろと楽しそうに言う。
「それより、この場所が連中にばれている以上、ここにずっと住んでいても危ない。どうすればいい?」
瓜生が言う。
「ジパングからきた夫婦に任せれば?」
ミカエラが聞くのに、瓜生が激しく反応した。
「ジパングの人も、この病については信頼できない。おれの故郷は、ジパングの人たちに精神構造が似てるんだが、あの病気の人たちに一番ひどいことをした人々なんだ。
近代医学が発達し、治せるようになり、また感染の心配がほとんどないと判明してからも、言葉にできないほど残酷な扱いを何十年も続けた。絶対的な隔離、家からの抹消の強要、施設での去勢断種を初めとする実験動物扱いと恒常的な虐待、そして国全体での凄まじい差別」
瓜生が激しい怒りに歯をかみ鳴らす。
「まあまあ、おねがいです、人を憎まないで、自分を憎まないで」
ラファエルが必死で慰めていた。
「怒ってる暇があったら治療続けるよ」
ガブリエラに言われ、患者のところに飛んだのが救いだった。
結局、一度ムーンペタに飛んでそこの賢者に聞いてみた。
「それならば北のお告げ所に聞きなされ」
と言われ、デルコンダルの北方から、立入禁止大陸の東岸を北上する。
そこにも隠者がいた。
「勇者ロトさま!おお、なんとありがたいことでしょう、この老人の寿命があるうちにゾーマを倒した勇者を見ることがあるとは」
「そんなことはどうだっていい。もう勇者ロトの名は捨てたようなものだ。それより、鬼ヶ島の人々やおとなしい魔物たちを助けたいんだ。人間には憎まれ、また魔王の類が出たら魔物にされて人を襲ってしまうだろ。どうすればそのようなことにならずにすむ?」
「それに、上の世界に帰るためにあの大きな世界樹と話したいんだが、封じられているんだ。鍵というのは?」
ガブリエラも問いに加わる。
「そうですな。アレフガルドの南の島に、はるか昔からロンダルキアとアレフガルドを見つめる、人より旧き塔、大灯台があります。その島はゾーマの影響もあり、わずかな番人を除き人は住みません」
老人は歌うように語る。
「その地下には、広い広い地下洞窟があります。それを封じれば悪意なき魔物たちは、後に悪しき波動が地を包んでも平和に過ごせましょう。人々はその島を耕して暮らせばよろしい」
「わかった。ありがたい」
「そして世界樹の封印を解く鍵は、三つあります。あの封印は一つは精霊ルビスさま、一つは大魔王ゾーマ、今ひとつは名をいえぬ邪神王によるものです。ゾーマの鍵は、今やミカエラさま、あなたがお持ちです。
ルビスさまの鍵を得るより先に、ロンダルキアに赴きなさい。その魔城で鍵を得て後、ルビスさまがお住まいになる海の神殿を探しなさい」
「といっても、あそこからアレフガルドはかなり遠いぞ」
ミカエラが、壁にかかっていた世界全図を見る。
「あの島のすぐ近くに、旅の扉が集まるほこらがある。そこから行き来すればいい」
ガブリエラが指摘する。
「そうですね。今あの人たちや魔物たちが住んでいる島にも住み、ペルポイと連絡できるはずです」
「複数の島を使えば必要な隔離もできる。そして、もっと後になってまた鬼ヶ島が攻撃されたら、塔のある島にルーラで逃げればなんとかなる、か」
瓜生が軽く息をついた。
まず瓜生たちが飛行艇で、アレフガルドから南にある塔のある島に急行する。
ありがたいことに聖なるほこらにあった旅の扉は、鬼ヶ島の近くの島に通じていた。
その、消えない火が燃え続けるほこらは、他にもルプガナやベラヌールの北に直通できる重要なポイントだった。
それから鬼ヶ島に戻って、かなり大きめの、違和感が小さい船を出して、それに患者や魔物たちを乗せては大灯台へ運んだ。
「確かに、すごく広い地下洞窟があるね」
ガブリエラが早速、塔の地下への道を見つける。
「悪しき波動を感じたら、ここに隠れるんだ」
と、マホカトールを瓜生とガブリエラが、永続するよう二重にかけた。
「その時は出入り口を封じるんだぞ。アバカム使いにも見つからないように」
知能がやや高い魔物たちがうなずく。
「この島も結構豊かだし、元から人がいない。ゾーマの影響もあったんだろうな」
ミカエラが広い島を見渡す。
「前も言ったが、ちゃんと抗生物質を使い、清潔に暮らし、身の回りの品の消毒を定期的にすること。そして子供が生まれたら指導したように隔離し、非保菌者が十歳ぐらいまで育てること。それさえ守ればすぐ事実上根絶できるはずだ」
瓜生が繰り返し患者たちに言い聞かせる。
「この島も測量しておいてくれ」
ミカエラの言葉に瓜生がうなずき、水利を確認していく。
「この竹みたいな植物、かなり使えるぞ」
葉の形が違い、竹同様に強靭な茎に清潔な水をためる。また地下茎は木綿並みに使いやすい繊維でできていた。
また地下茎を伸ばすシダ植物があり、主食級に豊富なデンプンが得られる。
木を食べる大型のアリもいて、毒針はあるが卵や幼虫は非常に栄養価が高い。
「あと水田も作れるな。ムーンブルクやジパングの作物をアゾラの窒素固定能力で育てるといい。救荒用にソテツとヒガンバナ、栃も導入しておくか、でも毒抜きには気をつけろよ」
と、患者たちが暮らしに困らないよう、ありとあらゆる工夫をしておく。
最後に与えたのは、何トンもの工具鋼だった。すぐ使う一部以外はペンキを塗って防錆する。彼らの中にいた魔力を使う鍛冶屋が、魔力のある金属鉱石や魔物が体から出す薬石も使い、鬼ヶ島の近くの炭田も使って次々と強力な武器や防具を作りはじめる。病で追放される前は勇猛な遊牧民や腕のいい職人たちであり、刃ブーメランや投げ槍の名手も多くいるのだ。
「侵略には、虐殺には使わないでくれよ。あと、これがあるからと技術を忘れないよう、自分たちでの製鉄技術も伝承するんだ」と瓜生。
「でも、彼らほど痛みを知っている民が、侵略や虐殺をするはずはないでしょう」ラファエルが言うが、
「甘い。おれの故郷で、周囲から孤立し独自の宗教を守る、祖国のない民族がある。ある帝国がその皆殺しを推進し、何百万人もが殺された。その帝国が破れた後、生き延びた人たちはその神話上の故郷を侵略し、そこにいた人たちを皆殺しにしたり追放したりして居座り国を作ってるんだ。人は悲しみが多いほど人には優しくできる、なんて嘘だよ」瓜生の言葉に、誰もが息を呑んだ。
「心配いらないよ。こいつらは、むしろ存在を周囲の人々から隠したいぐらいだ。自分から侵略するなんてしない」ガブリエラが悲しげに言う。
「病気の影響がない子孫は?」ミカエラが言った。
「それは、もう自然な歴史というもんさ。そうだろ?」
ただ、天を仰いで、赤く塗り固められた鋼の山を見るほかなかった。
一段落して、ペルポイに戻る。ありとあらゆる報復を四人で相談しながら。
「街ごと消し飛ばす、というのはやめろよ」
ミカエラがどこまで冗談か言うのを、
「そんなことしたら面白くないじゃないか」
瓜生が笑う。
少し離れたところから、普通に街に向かうふりをする。
街に着くより前に、先に四人を迎えた若い男が、数十人の武装した兵を連れてやってきた。
「おお、し遂げてくださいましたか」
顔は笑っているが、近寄ろうとしない。
「ああ、動くものはなにもないよ」
と、ガブリエラが男の肩を抱こうとするのを、男は必死でかわす。
「では、まず宝物を確認し、こちらから奪われたものを記録と照らし合わせ、選別して受け取る作業をしなければなりません。どうか、こちらの港に運んでいただけますか」
と案内されたのは、石灰岩の崖で囲まれた天然の船着場だった。
周囲からはまったく見えない。
「ええ、ちょっと待ってください」
と、偽装した船をもやい、たくさんの金貨や宝石が詰まった箱を運び上げた。兵士たちがどよめく。
「おお!なんと素晴らしい。すぐに主人を呼んでまいります。それまでこちらでお楽しみください」
男が確認し、兵たちが運んできたごちそうや酒が広げられる。
「これはありがたい、腹が減ってたんだ。早速いただくとしよう」
ミカエラが嬉しそうに言う。
「大変に失礼ながら、嬉しい知らせを主人にしなければなりません。どうぞお召し上がりを」
と男が去るのを、ミカエラたちは嬉しそうに笑いながら見ていた。
傭兵たちが遠巻きに見守る中、瓜生たちは楽しげにごちそうの山にかぶりつき、極上の酒をたっぷりと飲む。
そしてしばらくして、突然苦しみだし、一人また一人と倒れていった。
そこに傭兵たちが、油を入れた樽を崖の上から放って、松明を投げる。
激しい炎が燃え上がった。
そこに、若い男女と太った主人がやってきた。
「これで灰も残るまい。宝も、金銀は溶けたのをまた精錬すればよかろう」
笑い声に、いつしか後ろから別の笑い声が混じる。
「まったくだ、でも主な宝が高級布や漆器だったら、もったいないことになってたな」ミカエラ。
「それに美しい金銀の像だったりしても、もったいないですよ。絵画や書物、薬でも」とラファエル。
「大理石の像だって過熱されれば分解してセメントになる。故郷で、どれだけの素晴らしい芸術品がそうして消えたか。それに宝石だって、熱処理に耐えるのは少ないんだぞ」と瓜生。
「まあ、どうせ合成宝石だろ。わざわざ出してまでさ」とガブリエラ。
「もったいないし」
怯えながら振り向く人々。そこには、まったく無傷にミカエラたちが笑っていた。
「毒なんかわかりきってた。でも料理はしっかりしてるんだからご丁寧な話だよ」ガブリエラがくすくす笑う。
「ええ、とても素晴らしいお酒でした。キアリーの使いすぎで少しくたびれましたけど」ラファエルも笑いが止まらない。
「油もかなり高価だったろ?」瓜生はもう、大量の武器を足元に積み上げていた。
「さてと、あたしたちをコケにした代償は、しっかり払ってもらわないと。勇者ロトの名にかけても」
ミカエラがニヤニヤ笑って、リボルバーグレネードランチャーを手にする。
「ええい、何をしている、殺せ!焼き尽くせ!」
叫びと共に、兵たちが思い思いに槍を構え、呪文を唱えようとした……そこに、ロケットランチャーが連発で放たれる。
同時にマホトーンが呪文を封じ、ボミオスが走る足をゆっくりにする。
まず後方炎の嵐に驚嘆し、閃光手榴弾で頭が麻痺する。
それから広がる煙を吸った瞬間、
「ぐ、ぐえほ、ぎゃああ」
催涙ガス。鼻・目・喉などに凄まじい苦痛、それだけで阿鼻叫喚となる。
さらに瓜生の背後にある、奇妙な広いアンテナのような機械。そのスイッチを入れただけで、
「う、な、なんか、あつ、いたいたいた」
兵たちも貴族たちも、激しい苦痛にのたうちまわり、とっさに近くにあった洞窟に逃げこんでいった。
「なんだそれ」
「最新の非致死性兵器。確か電子レンジと同じ原理で、皮膚を刺激して痛い思いをさせるんだったっけ」
「つくづく地獄のような人々ですね」
ラファエルがため息をつくのに、
「ま、一応殺さずに暴動を解散させるためだよ。拷問にも使われてるに決まってるけどね」
と瓜生は笑った。
「こ、ここならば、ううっ」
と隠れたところに催涙ガス弾。逃げ場がないのだから、それは絶望的な恐怖だった。
別のところからまた援軍が襲うが、それも催涙ガスで容赦なく追い散らされる。
洞窟内の人々に、ガスが一段落してからガブリエラが大声で呼びかけた。
「何がいい!」
と。
「だ、出してくれ、あ、あれはもうやめてくれ」
「え、催涙ガス弾が足りないのか!悪かったな」
瓜生が笑い声でどなり返す。
「同じ目にあわせてやるか」
ミカエラの言葉に、瓜生が一斗缶を出しては切り開けて洞窟に流しこむのを何度か繰り返した。
「な、ぬる」
「あ、油」
「お、同じことを」
「ひいっ!」
「ぎゃああああああああああああああああっ!」
「う、うがああ、やめろ!助けてくれ!」
閉じこめられたまま油を流され、生きながら焼かれる……恐怖の絶叫に瓜生が軽く返す、
「それともサーモバリック弾がいいか?」
「あの変な爆炎だろ?首をはねても暴れるライオンヘッドを焼き潰して窒息死させ、動く石像すら砕いたっけ。洞窟内で人に使ったら、いまのごちそうみたいな焼挽肉の山になるぞ」
ミカエルが鋭く笑う。
「元々そのために作られたようなもんだ」
「やめろおおおおおおおおおおおおお!」
絶叫が上がる。
「答えてもらってないぞ。どれがいい?油。ただの泥。蜂蜜。蒸留酒。金貨。汚泥。水。ガソリン。あとサーモバリック弾と催涙弾。好きなのを選べ」
「き、金貨だ!」
叫び声。
「わかった」
と、瓜生が手をかざす。
膨大な量の金貨が、狭い洞窟に滝のように流し込まれる。
「おお、本物の」
「金貨だ!噛むと柔らかい、それに重いぞ、なんて品位だ」
「大金持ちだ!」
喜びの声が、激しい咳に混じって響く。
瓜生は笑みを顔に貼り付けながら、そのまま金貨を注ぎ続ける。
「も、もう、重い」
「え」
ようやく気がついてきたようだ。出口が半ばふさがれ、足元から高密度の金貨に圧迫されて、苦しくなってくる。
「と、止めて」
「金貨だぞ?いらないのか?」
「あ、ま、まさか」
「好きなだけやるぞー。金貨に埋もれて死ぬなら、本望だろ?」
瓜生の言葉に、洞窟内はふたたび、催涙ガスをぶちこんだ以上の阿鼻叫喚に変わる。
「助けてくれええええええええええっ!」
瓜生が手を止めると、打ち身だらけになり、油でぬめる膨大な金貨をかきわけて這い上がる。
「メドローア」
瓜生とガブリエラが人数を数え、洞窟に光の太矢を放りこんで金貨の大半を消し去った。
「ま、このまま与えてやってもいいんだが。たまにやるんだよ、嫌な欲張りへの制裁に……金貨が多すぎれば希少性がなくなり、ただの刃物にできない金属と化す」
「でも、この世界にゃ他にもたくさん人々がいて、必死で貯金してる罪もない商人だっているんだよ」
ガブリエラの言葉に瓜生が肩をすくめる。
その間に、ラファエルとミカエラが全員の手足に手錠をかけていた。
「さてと。まあ、雇われただけの兵士は帰っていい」
ミカエラが兵たちを釈放した。
何人かの、特に贅沢な服装をした人々が残される。その美服も、大豆油と血と泥にまみれていた。
「さてと、われわれに何をさせようとしたんだ?」
ミカエラが微笑を浮かべる。その美しさと怒りが、こうなると恐怖でしかない。
「あ、悪魔」
「鬼」
「魔王」
「どっちが悪魔だ。何の罪もない、まず感染しない病気になった人々や、誰も傷つけていない魔物を皆殺しにさせようとした」
瓜生の口調から、感情が消える。
「悔い改めなさい」
ラファエルが悲しげに祈る。
「そのうえに、あたしたちまでも殺そうとしたね」
ガブリエラが、竜に変身して軽く火と煙を噴き、それだけで岩が溶ける。
恐怖に、拘束されたままのたうちまわって命乞いを繰り返す。
「今に死にたい時がくるさ」
瓜生が、一人一人に注射器を刺し、押しこんだ。
「な、何を」
「さあ、なんだと思う?こうして、特殊な針を使えば、確実にどんな感染しにくい病気でも感染するんだよ」
瓜生が、感情のない笑みを浮かべた。
「感染しにくい病気だ、ということは確かだ。それに、今注射したのは、単なる水かもしれない。本当に病気の種だとしても、症状が出るかどうかは分からない。何年も後に発病するかもしれない。あの病気が死に値すると思ってるのなら、一生苦しめ」
「ほとんど感染しないし治療できる病気だ、ってみんなに納得してもらえれば、人々に石を投げられることはないかもね」ガブリエラが笑った。
「また、自分自身で納得することですね。患者たちに、効果のある治療薬の作り方を教えておきました。あの人たちからなんとか手に入れるんですね、償って。ただしまた襲っても撃退されますよ、武器も大量に与えましたから」
ラファエルが沈痛に言う。
「あと、あたしの正体を誰かに言ったら、病気のことを全世界に言いふらすからね」ミカエラが、凄まじい殺気を叩きつけた。それだけで全員失禁し、気絶する。
「やりすぎでは」ラファエルが言った。
「手加減したつもりなんだけど」ミカエラが肩をすくめる。
「ミカエラが本気で怒れば、常人なんて石になって死ぬね」ガブリエラが悲しげに言う。
そして倒れている貴顕どもの手足の拘束を解き、ルーラでペルポイの街に向かった。
「無論」ラファエルが小声で聞くのを、
「ただの生理食塩水だよ。それでも、一生苦しむことは変わらないんだから」と瓜生が肩をすくめ、ラファエルがほっとした。
街に戻ったミカエラが、民の集まる広場で叫んだ。
「この街の大商人セレエケが、おぞましい虐殺をしようとした。見た目が悪くなる病で追放された人々を、皆殺しにしようとしたのだ。
安心しろ!あの病は非常に感染しにくい。患者と乳幼児は隔離、また患者とこれから説明する接触は避け、清潔なものを食べて衣類も家具も頻繁に洗えばまず感染の心配はない!また感染した者も治療できる。そして追放されていた患者たちも、しばらく治療を続ければ治る!
だが、だから迎え入れて何事もなかったように、といっても無理だろう。
家族を失い嘆く人たちよ、これからはあの島に気軽に出かけて家族と会い、別の島で充分な隔離期間を過ごしてから街に戻るのもいいし、また望むなら患者たちと共に、感染を心配することなく暮らしてもいい」
ミカエラの、ハイダーバーグでの叫びとは別の暖かく大きな語りかけが、町の人々の心に静かに染みこんでいく。
「ミカエラじゃなかったら、素性も知れない旅人が怒鳴ったってどうしようもないよね」ガブリエラが、あえて明るく笑う。
「ああ。金と火力と医療知識なら提供できるけど、人の集団に何かを納得させることは、おれにはできないんだ。憎まれるだけさ」
「ですが、あなたがいなければ……」ラファエルはそのおぞましい考えを、口にできなかった。
ミカエラを刺そうとした老婆が進み出、号泣した。
「で、では」
「名を呼んでやれ、ここで。おおきな声で。誇りをもって。そして、堂々と会いに行け。生きてるよ、」
ミカエラが一人一人、生きている元患者、それから知る限りの死人の名を告げる。老婆だけでなく何人もの人々が、それぞれの愛する人の名を叫んだ。
ハンセン病は、天刑病……何かの天罰、魔術的に罪と罰であると解釈されることすらある。患者は単に疫学的なリスクだけでなく、罪人・反逆者のように人格的にも攻撃されるのだ。そして、罪に対しては連座が人の常識である。その激しすぎる攻撃から生き延びるには、家族さえも感染者を追放し、面会や手紙はおろかその存在自体を否定し、墓からも抹消しなければならない。それほど激しい差別が、瓜生の故郷ではあった。国策として、そして民全体の、世間の空気として。
そして世界のどこでも、瓜生がこちらに来たその時でさえ、そんな差別と殺戮の悲劇は常に水面下にあるのだ。おそろしく感染しにくい、簡単に治療できる病気なのに……
家族と会うことも、名を呼ぶことも、墓に名を刻み拝むことも、思うことさえも禁じられてきた人たちの号泣が、人の集う町をいつまでも洗っていた。
それから、かなりの人数の患者の家族たちが船を仕立て、鬼ヶ島に向かって家族の手を握った。
その後に、その隣の小島を切り開いて、そこでしばらく隔離期間を過ごすことになった。
瓜生は魚網や貯水池など、生活に必要な物資を準備しておいた。
一段落したとき、患者たちがミカエラに強く誓った。
「われわれは、もはや故郷なき民、されど勇者ロトの民。ミカエラさま、そしてあなたの子孫に、永遠の忠誠を誓います」
「もしかしたら、何代か後に助けが必要かもしれないね」
ガブリエラが予言を思い出す。
ラファエルが考えて、名刺大の粘土板に四人が、針で縦にいろいろ書く。
ミカエラはラーミアを図案化したロト紋、ほかアリアハンやオルテガ家などの複合紋章。
ラファエルはアリアハン王族紋。
ガブリエラは各国で通用する、ダーマとテドンを特殊な文字で重ね書きしたサイン。
瓜生は漢字で本名、そしてカテリナ王女が冗談半分で定めて実際上の世界では通用する、メイプルリーフにAKと注射器の交差を図案化した紋章。
その粘土板を焼いてから二つに割って一つを患者たちに渡し、もう一つをミカエルが持ち、子孫に伝えると誓った。
「この紋章、おれの故郷じゃ間違っても使えないな。カナダ政府に怒られる」瓜生が苦笑した。
「あちこちでそれが入った金貨ばらまいているから、しょうがないよ」
ある程度処理が終わってから、いよいよロンダルキアを目指すことにした。
飛行艇でもとても越えられない山脈だが、ペルポイやベラヌールでいくつかの伝説を聞いていた。
ペルポイの北にある、山脈に閉ざされた盆地で、岩山が割れるという。
その盆地には、ベラヌールから旅の扉で行くことはできた。
だが、そこから広がる大山脈には、やはり洞窟などない。
「無理やり登るか?」
「きついよ。確かにあるんだけどね、鍵がない」ガブリエラが魔法で探る。
「洞窟を探せばいいんだろ?」
瓜生が山脈のあちこちに、地震計と爆薬を仕掛ける。何度か爆発させ、地震計のデータを細かく見ていく。
「このあたりは確かに空洞だな。しかしご丁寧にも毒沼だよ」瓜生が呆れながら、かなり大量の爆薬を仕掛け、一時退避し、起爆した。
広く砕かれた岩盤、その向こうには果てしなく深い洞窟が広がっていた。
最初の階層から凄まじい匂いと闇が襲ってきた。これまで幾多の洞窟を踏破してきた四人が、一瞬ひるむほどに。
足元が突然崩れ、落とし穴で落下したそこからは、数限りない死体が燐光を浮かべ、襲いかかってきた。
「まさか、魔王はもういないのに」ラファエルが驚く。
「ここは邪神の影響が強い」ミカエラが隼の剣を抜く。
「なんであろうが、襲うものは無力化する」瓜生がショットガンをフルオートでぶちまける。
「ひさびさだね!」ガブリエラが呪文を唱えながら、器用に銃撃も続ける。
撃ちつくした瞬間、もうラファエルとミカエラが敵を二体ずつ倒す。
ガブリエラは横に飛んで呪文を唱える、「サガルーラ」
前方のラファエルとミカエラが消えて瓜生の横、ガブリエラのそばに瞬間移動、同時にカールグスタフのフレシェット弾をぶっぱなす。鉄矢の嵐と後方炎に、前後から襲う死体が次々と消し飛ぶ。素早く次弾を装填しもう一発、今度は通常榴弾で離れたところの群れも粉砕する。
最初の敵を撃退し、すぐにヴィーゼルに飛び乗って、周囲を強い光で照らし、攻撃を撃退してはなんとか上に行く階段にたどりついた。
最初のフロアに戻り、一度戻って戦闘装備をしなおす。
「かなり長いこと、ろくに戦ってなかったな」ミカエラがあらためてオルテガの甲冑を身につける。もう、その鎧に違和感がないほど背丈も伸び、女性の体ながら筋肉も発達している。
主に彼女が、土木工事用の一輪車、通称ねこ車のようにしたM2重機関銃を扱っている。銃身の下に太いパンクレス車輪がある。最大仰角でロックし、後ろに大きく伸びる三脚の二本を持ち上げれば、そのまま一輪車同様にかなりの不整地でも動かせる。泥や雪で車輪が動かなければ弾薬も含め四人で運ぶ。タイヤの後ろについたブレーキを下ろし、取っ手であった三脚の爪を地面に食いこませれば、反動の強い重機関銃を簡単に一人で制御できる。
「修行は欠かしていなかったじゃないですか」ラファエルが、雷神剣の魔力を合成したパワーナックルをはめ、地獄の鎧が合成された簡素な武闘着に身を包み、巨大なS&WM500リヴォルバーを腰にし、重いバレットM82を軽々と腰だめに持つ。
「また重いね」水の羽衣から水滴をはねながら、ガブリエラがいくつもの魔杖と、ガリルACE7.62mmNATOを身につける。「そうそう、こっち使いなよ」と、破壊隼をミカエラに渡した。
「さて、いくか」瓜生が左前方、フルオートショットガンについた、強力なフラッシュライトで洞窟を照らす。
奇妙な、機械じみた魔物をミカエラが斬り倒し、次々と他三人の火力が別の敵を葬る。
ミカエラとラファエルが突進したら、ラファエルのバレットを瓜生が、ミカエラの重機関銃をガブリエラが引き継ぐ。
二階の、長い廊下と単調なパターンには戸惑った。しかも奇妙なことに、どれだけ行っても終わりが見えない。左右に等間隔につながる通路からは、狭い道があるだけだ。
「繰り返しだ。注意深く行かないと」
やっと上に行く階段をみつけ、三階。その、大陸のスケールで刻まれた長い道のりは、ナメルに乗らなければ精根尽きていたかもしれない。左右のわき道も長く、探索するたびに消耗する。
四階はすぐに階段なのが意外だった。
五階もすぐそこに階段が見える。だが、一歩踏み出したらそこは落とし穴だった。
その下はひたすら広い広場で、邪神教団で見覚えのある炎の魔物が次々と襲ってくる。装甲が溶けそうになるほどの火炎地獄、マヒャド級の呪文を連発してかろうじて抜け出した。
やっと上階に戻っても、ほとんどいたるところ落とし穴。それからやっと上の階に行くと、そこがまた複雑な無限ループ。さらにドラゴンが次々と出てくる。
「なんなんだこの洞窟は!」ミカエラが叫び、ドラゴンを破壊隼の二閃で切り倒す。
「どれだけ登ったんだ?洞窟内なのに、空気が薄いぞ」瓜生が呆れながら、ミカエルに渡された重機関銃で弾幕を張る。
やっと出た、そこには巨大な山脈に囲まれた、とても広く複雑な、見渡す限りの雪原が広がっていた。
「空気がかなり薄いな」瓜生が気圧計を確認する。
突然出てきた一つ目巨人に応戦しながら、少しずつ動ける範囲を広げていく。水路の中の小島に狭い洞窟があり、そこに旅の扉があったので、その周囲に岩を積みセメントで固めて、小さな建物を作る。
ルーラでそこに戻れるように呪紋を刻み、また魔物に攻撃されないようにマホカトールもかけた。
「これで安心だな」と、そこを拠点に探索を続ける。
周囲の岩山から流れこむ膨大な水で、多くの湖がある。しかし標高が高すぎ、空気が希薄で不毛と言える。
人間の姿はない。時に一つ目巨人がうろついているだけだ。邪神の影響を受けて攻撃してくるものもあるし、おとなしく去るものもある。
時には激しい地吹雪に、半ば形なき魔物が混じり、死の呪文を唱えてくることすらある。
百メートルぐらいありそうな巨獣が堂々とのし歩くこともある。
「神話上の存在だよ、一つ目巨人というのは。ある意味神々に属する」ガブリエラが嘆息した。
「おれだけじゃ、こんなところじゃ一日も生き延びられない。戦車や核兵器があったって、体がすくんで魂が砕ける。神々と戦うような、そんな存在じゃないんだから……話すことはできても」瓜生が悲しげにつぶやいた。
巨人たちは、獣のように互いに争ったり、食い合ったり、ミカエラたちはもちろん同じ巨人が見ていても平気で交尾したりすることもある。
昔の船で水兵が山羊を犯すようにメルカバにのしかかる巨人さえおり、辟易しながら催涙ガスを放って逃げたりした。
その、圧倒的な力と野生が荒れ狂う混沌に、時たまミカエラの叫びと雷鳴が閃き、励まされた砲声が轟く。
「もはやここは、人の世界ではありません。半ば神々の、また魔神たちの世界です」ラファエルがじっと見まわす。
「あたしたち、ミカエラとその一部も、ある意味生身の人間じゃない。魂だけ見たって、ゾーマ戦の時なんて、思い出したら狂いかねないぐらい人間捨ててたよ。それにこの戦車自体の力、それ自体が、もう人のものじゃない。あんたの世界の人間たち、滅茶苦茶危ないことしてんだよ」ガブリエラが苦々しげに言う。
瓜生は、わかってるよと肩をすくめるだけだった。
あちこちを探るうちに、天然の広い濠に囲まれた小さい、まがまがしい城が見えた。
「夢で、見たことがある」
ミカエラが目をむく。
「この城自体が、まやかしみたいなもんだな」ガブリエラと瓜生が、丁寧に魔力を編んで真実を見通す。
そこには、邪神と人の中間にいる、何かが多数いた。
ロンダルキア自体がうつし世ではないが、その城はさらにひどかった。
近づくだけで激しい恐怖と不快感、何よりも激しい原初的な衝動に、心身が崩壊しそうになる。
瓜生が、突然赤ん坊のように激しく泣き出す。記憶と感情が、爆発的に襲うのだ。
あのラファエルが、他の二人の目の前でミカエラに抱きつき……彼女がギリギリで叫ばなければ危ないところだった。
「ここは、あぶないよ。不用意に近づくだけで獣に、いやあたしたちなら邪神に堕ちる」ガブリエラが歯を食いしばり、魔力を編む。
「それどころか、このメルカバの巨大な力、そのものが危険だ」ミカエラが判断し、飛びおりてまがまがしい門の前に立つ。
「とんでもない幻影を見せられるか、それとも狂って消し飛ぶか」ラファエルが必死で祈る。
「ぶっとばすか?それとも礼儀正しくノックするか?」瓜生がどちらでも選べるよう準備して聞く。
ボフォース40mm機関砲の牽引対空版、さらに10メガトン級の水爆弾頭とキメラの翼。
「ドアホ!」ガブリエラが雷の杖で瓜生を黒焦げにした。
「ノックしよう」ミカエラが言って進み出、破壊の剣を合成した隼の剣の柄頭で、見ているだけで吐き気がして頭がおかしくなる、バケツに色水を色々混ぜたよう、またはぶちまけられた内臓のような文様が描かれた門を叩いた。
門が開かれる。いや、消え失せる。
その奥には、形容できない力が満ちていた。純粋に破壊と肉欲に荒れ狂う野獣。ただ吹き上げる気象や火山。そして、見て生き延びる者などない超新星の、力。
何万の人間の生死を数字として扱う兵器の力。人を狂わせる金の力。万の人を暴走させる政治と宗教の力。
「力だ」
ミカエラがおののきつつ、勇気をふりしぼり深い呼吸で自らを保って、見る。
「同じ闇でも……ゾーマが暴走した秩序、恐怖と絶望の王……そう、ファシズムのいきついたのと共通点が多い。なら、こっちは純粋な破壊と欲望、虐殺に狂う、ええじゃないかで踊り狂う群衆の狂気だ。闇とも、邪悪とも言えないな。言葉や、色を拒絶する力」
瓜生がおののきながらつぶやいた。
半ば巨人に近い存在になった、邪神教団の服の魔人が踊り狂っている。中にはミカエラたちを襲うものもあり、咆吼したボフォースが吹き飛ばした。
「話すのは無理だな。理性も、言葉も何もない」瓜生が沈鬱につぶやく。
「滅ぼすことも意味がない。ウリエルの爆発でも、あたしの剣でも。これは、あるんだ。形をとったときだけ、その形を斬って封じ直すことはできるだろうけど」ミカエラがじっと見つめる。
「海底洞窟で、器になり得る邪神の像を破壊し、儀式を行う神官たちを殺した。しばらくは、大丈夫だろう」ガブリエラが震えながらつぶやく。
「ここにいる連中は、このなんかがゾーマの影響で活性化してるから、逆に取りこまれて狂っちまってる」瓜生が恐怖につばをのむ。
「この神々と人の中間から、魔王に準じる理性、邪な心を持つ存在が出なければ……これを一部でも制御する器が造られなければ、ですが」ラファエルがつぶやいた。
「さて、鍵だな」ミカエラが言うと、ためらいもなく甲冑を、服を全て脱いで立つ。恐ろしいほど美しい裸身が、混沌とした光と力に晒される。
その凄まじい美しさと迫力に瓜生も、動揺一つせず魔法に全力を集中した。ガブリエラとラファエルも。
ミカエラが稲妻の剣を掲げ、ガブリエラと瓜生が雷の杖に力を集中する。
ラファエルが深く深く祈り、吹き上がる力を受け止めては螺旋に練り続ける。彼が舞い体現するのは、自らの尾を食う蛇。人の師から学び、ゾーマの手本から失伝部を埋めた、人の姿が行う最も真・善・美の動き。
ミカエラが自らの指を噛み傷つけ、血を門に投じる。開いた身体、深くゆっくりと腹の底から出す声から、何かが形になる。
ガブリエラと瓜生の、魔力を全て乗せた歌。瓜生は竜に、ガブリエラはモシャスでゾーマの姿を写していた。
形なき何かが、ミカエラをおそった。重戦車を犯そうとする巨人のように。激しく欲情した男のように。
いや、ミカエラではなく、彼女が喰らったゾーマの精を求めて、腹に突き刺さっていく。流産のように、底なしの闇を体現した半球と、全てを消し去る光剣が混じるような、純粋な魔力とある種の肉を備えた存在が、ミカエラの股間から抜き出され、門の奥の何かを襲った。医学的な妊娠とは、命ある子とは違う、きわめて霊的な存在だ。それでいて、女の身体、血とも魔術の次元で深く関わっている。
いくつかの何かが、桁外れの魔力として感じられる。鎖に縛られた剣。絶望と底なしの暗闇。万年を経た巨木。鋭い矢のような憎悪。食い尽くす蛇。どれほど犯し喰らっても満足しない、幼児の姿で自らの炎に焼かれる巨人。形なき無限の力。
それは人のさまざまな感情のようでもあり、人間の生理作用にも似ており、多様な自然現象のようでもあった。
ほんの一瞬、何かが垣間見える。醜い翼に六つの腕。形をなした邪神、シドーの名。それは遠い未来のこと、そして遠い過去の、限りなく遠い世界でのこと。
ミカエラの姿が、門に失せる。
竜が、恐ろしい勢いで城の回りを駆け回り、炎と爪で地形を変えていく。いくつもの巨岩を溶かす。岩を砕き、地面そのものに深い溝を刻む。複雑な文様で。
ゾーマの姿を奪ったガブリエラが叫び、全てを凍りつかせ光を失わせる極低温を、すべての魔力を無にする凍てつく波動を放つ。
美しい螺旋を描いて舞うラファエルに竜の姿のまま瓜生が力を貸し、巨大な水爆を門に蹴りこんだ……それが正しいと、なんとなくわかって。
奥で時限起爆したのはわかる。だが、広範囲を消し飛ばすはずの高熱と爆風はない。その莫大なエネルギーすら、門の中の何かに食われている。
ゾーマの魂。ルビスの祝福と愛。竜の女王の光。世界樹の陰。そして、シドー。ミカエラの、神も魔も竜も殺すと称される勇気と意思、鎖を引きちぎった剣の叫び。すべてが閃光に暗転する。
ミカエラが人の姿を取り戻し、崩れ落ちた。その門は前と変わらず閉ざされていた。
ラファエルがミカエラを抱き止める。
ミカエラが稲妻の剣を、ガブリエラが雷の杖を手にする。そして城の周囲一面に広く刻まれた、竜の足跡と、炎と血で刻まれた峡谷の文様の、二つの眼に突き刺した。
四人で唱えた呪文が……絶叫となる半神人の歌が、邪神そのものである城ぐるみ、巨大な一枚岩に封印する。
「これで、数百年はなんとかなる……次に奴が形になったとき、わが子孫がそれを斬るだろう」
全裸で、全身を血に化粧し激しく息をつくミカエラ、普段の彼女とは違う予言の言葉。彼女の手には、二つの鍵が握られていた。
はじめて瓜生が、彼女の裸に動揺し、背を向けて毛布を出す。
ラファエルが、苦笑する余裕もなくミカエラを抱きしめた。
ガブリエラが笑い転げる。
着替えてからガブリエラがルーラでマイラまで飛んで、モシャスで姿を変え、ゆっくり入浴した。
「ゾーマと、さっきのと、どっちがまし」
湯上がりの一杯に瓜生が言おうとした、ガブリエラがその口に酒瓶を突っこんだ。
「雷の杖と稲妻の剣、仕方がなかったとはいえ、封印が解けてから悪人に使われないでしょうか?」ラファエルが懸念する。
「稲妻の剣はネクロゴンドの王族以外には触れることもできない。封印するしかないだろうよ。雷の杖も、邪悪な者には本当の力は出せない」ガブリエラが飲みながら、酔った目を空に向ける。
「ま、とにかく……疲れた」ミカエラがあくびをして、最後に瓜生が出していたブランデーを干し寝室に向かうのを、ラファエルが支えていた。
「さてと」
「ムーンペタで福引きでもやるか。それともガライの歌でも聴きに行くか?」瓜生がガブリエラと笑い合う。
ゆっくり休んでから、北のお告げ所で聞いていたルビスの神殿に、飛行艇で向かった。
絶海の、ごく小さな孤島。魔力の持ち主でなければ、それは単なる岩だと思うだろう……異常に美しいが。
導かれるように飛行艇を着水させ、係留し、四人が祈る。
いつしか、四人は階段の上にいた。
果てしなく降りていくと、一番下に十字を基調とした神殿がある。
ミカエラが二つの鍵を両手に掲げると、深く安らぐ光が満ちた。
「ようこそ、勇者ロト」
ルビスの美しい姿が浮かぶ。
ひざまずく四人に、その神聖な美女が温かな心を向けてきた。
「先だってはお助けいただき、ありがとうございました。ゾーマを倒して下さったことも、あらためて感謝いたします。
世界樹の鍵をさしあげましょう、あなたの故郷に戻れるように。
ただその後、心ない人に荒らされぬよう、これで半ば封じて下さい。世界樹は、世界の柱なのです」ガブリエラの手に、複雑なバラの花のような石が舞い落ちる。
「戻ったら、竜の女王の城をお訪ねなさい。よき知らせがあるでしょう、それがわたくしの褒美です」ルビスが静かに告げる。
「そしてあなたの」と、声と共に、ミカエラが腰にしていた破壊隼、着ていたオルテガの鎧と楯が光を放つ。「武装にも、祝福を」
その静かな、美しすぎる音楽とともに、禍々しささえあった合成魔剣は、飾りのなさが美しい十字剣となる。
焼け焦げを残す、強い魔力を帯びた革鎧は実用美を失わぬまま、ミンクのコートより美しい、薄く純白に輝く毛皮の、男女どちらのためとも言えぬ、運動は妨げずミカエラのありのままと調和した、美しいドレスとなる。
無骨な、縦長の楯が煙のように形を失う。そのまま霧が吸われるようにドレスの左腕に一体化し、豪壮華麗な布飾りのように鮮やかに引き立てる。
「すごい」ラファエルが息を呑む。ミカエラの、初めて見るような何倍にも増した美しさに。
「女神」思わず瓜生が声に出す。
「この姿なら、どこの宮廷でもみんなが気絶するよ。ウリエルの世界だってこれ以上美しいドレス、万年あってもデザインできるとは思えないね」ガブリエラが眼を見張る。
「わかる。王者の剣、光の鎧、勇者の盾でもあり、はるかにそれ以上だ」ミカエラが嬉しそうに身を抱き、剣を見つめる。
楯は簡単に手放せ、そのまま左腕を自由に振ってみる。「これなら、銃を使うにも不自由はない」
「その剣なら必要はないだろ」ガブリエラが苦笑する。
「剣も鎧も楯も、あなた自身でもあるのです。神も魔も竜も殺す者よ、あなたの限りない勇気。アレフガルドの三神武装と一体化し、ゾーマから、また邪神たちからもとりこんだ力。もはやギガデインを竜の炎息と同様吐ける、半ば神であるあなた自身の力を、ただ出しただけです」
ルビスの言葉に、四人とも畏れおののく。
「あなたがたにも、わたしの愛と祝福を」ラファエル、ガブリエラ、そして瓜生にも、なにか中から光り輝くような感覚がある。具体的に力が増すとか不老不死とかという……卑小な話ではなく、もっと深い魂のどこかに、際限のない光の泉が湧くような。それがなんなのかは、編み目を読むぐらいでは到底計り知れない。
「なによりもミカエラとラファエル、あなたたちの子孫に、永遠の祝福を」
その言葉と共に、光が満ちる。その光は、万巻の書に等しい情報でもあり、すばらしい歌でもあった。
「お行きなさい、世界樹へ。あなたの故郷へ。そして、この世界を長く守る子孫と共に戻る日も待っています。わたしは二つの世界を、ずっと見守っています」
ただ、その光がいつまでも聖堂に満ちていた。さらに、五つの紋章が世界に散ったのも、何となく知れた。
それから飛行艇で世界樹の島を目指す。
その封じられた島は、海からも空からも近づけない暴風を示す雲塔に守られ、稲妻をまとっていた。
近くの、鬼ヶ島だった島に一度着く。そこでも人やおとなしい魔物たちが暮らしているが、多くは大灯台の島を切り開いている。
何人かがひざまずくのにミカエラがほほえみかけ、軽く挨拶をして、船に乗り換える。
その舳先に、三つの鍵を掲げる。鍵は色も形もないもので、常人が手にしても消え失せていただろう。ミカエラが手にしているときだけ、それは美しくも禍々しい鍵の形をとる。
波。暴風とともに、100mはありそうな大波が襲ってくる。ひるまずに舳先を世界樹に向けるミカエラ、その波が、船をよけるように二つに裂けた。
三つの鍵が形を失い、波の裂け目に飛ぶ。そして突然、大嵐になりつつあった空が、きれいに晴れて風も柔らかなものとなる。
四人とも深いため息をつき、ラファエルは祈り、瓜生とガブリエラは魔力の編み目を読んで歌にする。
岩に囲まれた、小さな島。その中央に、木がそびえていた。
「東京タワーよりでかいじゃないか」瓜生が怯える。
「こんなの……すごいね」ガブリエラがおののく。
「で、でも、枯れかかっているじゃないですか」ラファエルが目を見張る。ほとんど葉も落ち、枝も茶に朽ちつつあり、中央に巨大なうろが腐っていた。
「だが、まだ生きてる」ミカエラが、神剣を抜き天に突き上げた。
そこに膨大な稲妻が走り、ミカエラ自身も叫びと共に一閃の神雷と化し、世界樹を上から下まで断ち割った。
巨大な樹姿が、一瞬で砕ける。
ミカエラが、ラーミアの名を叫んだ。そしてルビスの、竜の女王の、さらにゾーマの。
瓜生、ガブリエラ、ラファエルも、とっさに強力な魔力を編み上げてミカエラを支える。
一瞬見える、柱も何もない三つの穴が開いた錠前。それに、ミカエラが次々と三つの鍵を挿す。
そのまま、光が弾けた。
そこには、健やかで若い木が豊かな葉を茂らせていた。
「甦ったんだ、世界樹が」ガブリエラがなぜか涙を流す。
「あの、樹だ」瓜生も泣いていた。
「ゾーマの力、それで増幅された邪神の力で、ルビスとともに死にかけていたのが……封印を解かれ、甦ったのです」ラファエルが泣く。
「ただ、人間の欲望に任せたらすぐ枯れちまうね」ガブリエラが見上げる。
「上の世界のように、樹の精たちが樹を守れるぐらいの力を持つように」ミカエラがそっと、幹に抱きつき祝福する。
「まだ若い樹、でも自らを守れるように。この樹自体には、ミカエラの子孫以外誰も近づけない、でも稀に風に飛ぶ葉を誰かが手にすることはある、と」
ガブリエラと瓜生がその左右に立ち、呪文を唱え始めた。輝きと共に、ルビスに貰った石に力が集中する。
それを、そっと世界樹の根元に置いた。
「さて、帰るか」ミカエラが、世界樹の力とじっと向きあう。
四人、若木を囲むように輪になり、伸ばした手で囲む。なんとか届く。
そして、心をこめて、ゆっくりと深い呼吸で歌いはじめた。歌詞のない、誰も知らない曲を、世界樹と共に。
微妙な問題を扱っています。
扱っている言葉は、関係者のお気持ちを傷つけるかもしれません。
しかし、この作品の世界は現実の過去と同様、差別があるのが当たり前の世界です。
江戸時代の博徒が「お目の不自由な方」と言うのは、不自然です。
作品そのものを見れば、差別に対する怒りの話だとおわかりいただける、そう信じています。