「これは困ったねえ」とタイラーがのんきな声を出す。
いきりたちそうになった古代が、必死で自らを抑えた。タイラーの軍人らしからぬ態度と、それと相反する圧倒的な戦果は、短いつきあいではあるが何度も目の当たりにしてきた。
「必ずみんな助け出す」タイラーの声と目に、奇妙な色が加わる。それを、タイラーとつきあいの長いファミリーのメンバーは知っていた……《信濃》事件のときと同じ、大切な者のために命を賭ける覚悟だ。
「パトロール任務どころじゃない。ラアルゴン全軍の総攻撃以上の事態だ、ヤマモトくん、頼むヨ」
マコト・ヤマモトが鋭く敬礼して立つ。事実上軍から離反するに等しい単独行動を、味方に妨害させない。心では反逆罪にほかならない覚悟。軍法や命令書の隙を探し拡大解釈の限りを尽くし、あらゆる人間関係を武器にしどんな唾棄すべき手でも使って、自らの軍歴も信用もどぶに捨てても。
「やつらがどうやって動くか、何かヒントはないかな?」
タイラーの言葉に、キョンファ・キムが発言許可を求めた。
「敵の交信の中に、テレザート星という名がありました」
「ずっと高指向性レーザー交信だけを使っていたので、わずかな漏れを検出するほかありませんでした。相原さんとウェストフォールさんが見事に見出して」と、グェンが声に敬意をこめる。
「テレザート星!それは我々の本来の目的地なんだ」ニュートン船長が身を乗り出す。
「こちらの宇宙には、テレザートという星は正式にはありません。ただし、ラアルゴン辺境地域の半鎖国状態の星に、伝説上その名で呼ばれる星があったとか。ここからもそれほど離れてはいません」キムの冷静きわまりない声。
「その座標は?よし、もらった座標に一致するぞ」カイ・タングが破顔した。
「じゃあそっちに行こう」タイラーがそう言うと、つと席を立った。それこそ隠居が茶を飲み終えて犬の散歩にでも出るように。
一瞬呆然としたマコト・ヤマモトが、「全艦緊急発進!即刻、今艦にいない者は置いていけ!」と叫んで駆け出す。
「総員発進準備!」古代が叫んだ。
「やるわね、なんてフットワークの軽さ」「急がないと」エレーナ・ボサリ・ジェセックと爪を噛みつぶしていたエリ・クィンが笑顔を向け合い、走り出す。
その、こちらの時空では名もない、けれども多くの人がなぜか避ける星は、ラアルゴンのごく辺境にあった。
その宙域はアシュラン大公国と呼ばれ、かつては皇統に連なる名門だったが、ラアルゴン皇帝家の安定に伴い徐々に力を奪われてきた。先代の公王も、ワングの讒言とはいえ先帝の命令で無残な最期を遂げている。
アザリンにとって幼少期を過ごした懐かしい土地、実の親兄弟よりも懐かしい人々でもある。
懐かしい人、といえば、アムロとブライトたちがどれほどこの、盲亀の浮木よりも得難い再会を楽しみにし、ワープすらもどかしいと思いながら飛んでいたか。
だからこそ、それを阻む数々の宇宙要塞の存在に、どちらの艦隊もすさまじい怒りをあらわにした。そして自らの領土を侵された、若きアシュラン公子三兄弟の怒りがどれほどすさまじいものか。
車椅子の身だが若さにすら似合わぬ威圧感と統率力を見せる長男ルウ、氷をイメージさせる有能な次男ラオ、そして炎のように情熱的な三男シュン率いる恐るべき質の精鋭艦隊が、エンタープライズやエルシオールと肩を並べて要塞群に向かった。
「これほど短期間で要塞を、これはバクテリアンの仕業だな」と、バートンが立ちあがってビックバイパーに急ぐ。
二つの軍勢を分断し、テレザート星への道を閉ざすため、それは恐ろしい規模だった。周辺の巨大ガス惑星やその衛星群、さらに惑星の母星の遠い伴星であった白色矮星の全資源、近くを通りかかっていた人の観測には到底かからぬ自由褐色矮星とその惑星さえも用い、強大な機械と不気味な巨大生物の要塞軍が立ちはだかっている。
「ガスのため、ラアルゴン軍との交信も不可能です。敵要塞、内部の艦艇の規模は、最低限でもわが軍の最盛期における全軍の五倍には達するものと思われます」キョンファ・キムが報告する。
「あのエネルギーの波、とんでもない効率で膨大な量の無人艦を量産してる」ウェストフォールがいらいらしながら部屋を歩きまわる。
「同士討ちに注意せよ。先の交信で、ラアルゴン側にいる並行時空の艦のシルエットやデータも少し手に入った。対艦戦闘部隊は覚えておくように」マコト・ヤマモトの通信。
サカイ・シラギクをはじめとするタイラー麾下の戦闘機部隊、加藤・山本率いるブラックタイガー隊、そしてカミーユやジュドー、キョウスケやブリットなど人型機部隊も一様にうなずき、真剣な目でデータを頭にたたき込んでいる。
SRXチームやATXチームはそれぞれ従来機を使いつつ、タイラー世界の省力化された駆逐艦と強力な牽引ビームを通じて半ばつながり、人型機の大きさでは不可能な速度域で機動する技術を急遽訓練している。主のいないヴァイスリッターなどが、不安げに格納庫で眠っていたのを改めて見上げ、決意を新たにする。
何人かにとって、それは恋人を助けるための戦いでもあるし、そうでなくても大切な戦友を助け出すための戦いに、心ははやりきっていた。
サカイとシラギクが駆るのは、さらわれた恋人を助けるためヒラガーがほんの二日で設計を完成、シリウス号の天才たちを始め多くのスタッフが不眠不休で二機だけ造り上げた、まったく新しい機体である。ビックバイパーのエンジンを参考に極力小型化した波動エンジンを装備、全長50mとかなり大きいが一人で操縦可能。全体はイカに似た紡錘形で前方投影面積が小さく、無論前端には小型の波動砲と高発射速度のショックカノンを搭載している。
後端から長大な多関節触腕が三本伸び、先端部はワーウルフ同様三本指マニュピレーター・ショックカノン・パルスレーザー・大型のビームサーベル・重力内破槍・センサー・牽引ビーム放射器・偏向スラスターを兼ねる。
大きさゆえに戦闘機のように空母運用はできないが、内火艇と同様に戦艦から運用できる。
「確かに受けとった」サカイもヒラガーは嫌っていたが、その機体にこめられた、サカイの恋人ユーミ・ハナーの双子、エイミィへのヒラガーの思いは痛いほどわかっていた。
「ぼくの才能が、操縦でなく設計だったことが呪わしい……だが、これがぼくにできることだ。この機体はぼくの拳だ。敵に叩きつけて、ネジ一つまで使い潰してくれ……コクピットまわりはそのまま、旧来同様だが速度五割増の戦闘機として分離脱出でき、本体のメインエンジンはセットしたとおりワープして自爆するミサイルにもなる」
人間より自分の作った機体を大事にするヒラガーがそんなおそるべきギミックをつけたことに、二人とも度肝を抜かれた。
「無駄にはしない。俺のもう一つの脚も両腕も失っても、二人ともかすり傷一つつけずに連れ帰る」
サカイがヘルメットをかぶり、コクピットに飛び乗った。
「俺たちパイロットにとって、元々自分の機体は自分の身体と同じだ。絶対二人とも助けるよ」
シラギクがヒラガーの握りしめていた拳を包むように握って、コクピットに滑りこむ。
「最終チェックを徹底的にしろ!」ヒラガーが隅々まで愛児をチェックする。
「さあ、ぶわ~っといってみよ~!」タイラーの叫びとともに、あらゆる機体が発進する。
ヤマトからブラックタイガー隊が。ラー・カイラムからワーウルフとZ、ZZが。
エンジンから放たれるタキオンの嵐とともにサカイ・シラギクの二機が飛びだし……その場でヒラガーは倒れた。
「ドクター!」整備員の悲鳴にキタグチが飛んできたが、
「寝とるだけじゃ。何日徹夜したんじゃい若いからって」とぶつぶつ言いながら、そのまま無重量をいいことに隅っこに蹴り込んだ。
突然、光のない牢獄を激しい揺れが襲った。アルフィンとシヴァを抱き止めたマイルズの骨の一つがまた折れる。揺れの中もその音と、マイルズが洩らした苦痛の呼吸は耳に届いた。
「あなた、あちこち骨折しているじゃない」アルフィンがマイルズの身体を探り、悲鳴を上げた。
「骨が砕けやすい体質なんだ。ああ、突然変異じゃなくて胎児の時に母上が浴びたソルトキシン・ガスの解毒剤の副作用だよ」つい、そう補足してしまう。
「そんな」
「タイミングがすべてだ!脱出できる手段があるなら今行動しろ!」マイルズの叱咤で、アルフィンがアートフラッシュを外し、放り込まれたとき一瞬確認した、弱そうな壁面に叩きつけた。
爆炎、それで廊下への穴が開く。そのままマイルズが、痛みをこらえて起き上がり、先頭に立って走り出した。
「収納庫はこっちだ」艦内の通路を走り、壁に掛かっている消防斧と消火器をアルフィンに拾わせる。
走っているさなか、近くのドアが吹き飛んで飛びだしてきた男女に、とっさにアルフィンが斧を、シヴァが消火器を構えたが、「ネイスミス提督!味方だ!」という叫びに手を止める。スティヴンスとナディア夫婦、それにラミア・ラブレス。
「話は後だ!レトリバーに急ぐぞ」マイルズの指揮官としての声に即座に従い、スティヴンスがマイルズを軽々と担ぎ上げる。
そこはろくに警備もされていない。コスモレトリバーの多くは壊れていたが、ラミアが一機に飛びつき、素早くチェックした。
「これは何とか動く!」叫んでコクピットに飛び乗り、かろうじて荷室を開ける。他のメンバーは宇宙服をすでに着ていた……アルフィンのクラッシュジャケットはそのまま宇宙服になるし、シヴァも同様の服をエンタープライズのレプリケーターで作らせていた。
マイルズは特注の宇宙服でないと合わないので副操縦席に乗った。
「行くぞ!」ラミアの声、機首の小口径ショックカノンが咆えて壁を蹴破ると、そのまま虚空に身を躍らせた。
その背後で、アカガネのあちこちから爆発が広がるのが見える。
「それほどはもたない」ラミアの声にマイルズは笑って、「ならあっちに見える惑星につけよう」と指さした。
「待て、右側に小惑星がある。それを攻撃し、破片に紛れればより安全だ。前もその手を使った」スティヴンスが小惑星を指さした。
「やってくれ」マイルズが即承認し、ラミアが実行する。
「どうやって脱出したの?」アルフィンが聞く。
「幸い閉じこめられたのが清掃室で、洗剤がいくつかあったから爆弾を作ったんだ」スティヴンスがおおらかに笑い、ナディアを強く抱き寄せた。
しばらくは激しい破片の衝撃と、あちこち壊れて不安定な機体を制御しながらの危険な航宙にはらはらし通しだった。一度などは宇宙を飛びながら、止まったエンジンをスティヴンスとナディアが船外活動で修理したほどだ。
そのかいもあってなんとか、地球型生命はあるが無人と思われる惑星に、かなり危ないところではあったが不時着することはできた。
「助かった……」
酸素があることはチェックし、全員がふらふらと砂浜に倒れこむ。
単純に、人選を間違えたのだ。ミルフィーユだけは乗せてはならなかったのだ。まして新造の不安定な艦、しかも敵地から奪取した不慣れなクルーときては。
急造の波動エンジンが無理な軌道上ワープで故障し、ネズミがレーダー管制コンピューターを麻痺させたところに小惑星の破片が衝突……その他多数の、めったにないトラブルが同時に起きた。熟練したクルーでもどうしようもない事態で、乗っ取ったばかりの敵にどうできるわけでもなかった。
その間にマイルズたちが脱走し、艦内は混乱に陥った……
最初に起き上がったのはマイルズだった。
「よし、じゃあまず何ができるか」と言って、無理な大気圏突入と不時着で大破したコスモレトリバーの残骸を見て、一瞬絶望しそうになったが強引に笑顔を作る。
「爆発の心配はないが、再び飛び立つのは無理だ」とラミアが冷静に報告する。
「じゃあ、これから何ができるか。それにしてもラミア、あなたの操縦は素晴らしかった。帰ったら必ず昇進を推薦する」
「何だってできるさ」とスティヴンスが笑い、「素敵な助手の奥さんもいるんだし」とナディアを抱き寄せる。
「ネイスミス提督にはお話しましたね。私たち夫婦は前も、脱出艇といくらかの破片だけを持って未開の衛星にたどりつき、そこで鉄を鍛えて水力発電所とエネルギー無線送発振器、ウルトラ通信機を造り上げたんですよ」ナディアが安心しきったように微笑む。
「心配するな、こんな素敵な土地なら何だってできる。前と同じで金属もゴムも繊維もたっぷりある」と、スティヴンスが残骸を指さす。「降りるとき見たけどこの近くはいい炭田だし水も獲物も豊富だ。それに前にやった失敗は今度はしないし、あの時なかった高精度の工具だってたっぷりせしめてきたんだ」と、荷台のガラクタの山を指さす。「近代工業は精度が命だって、たっぷり火傷したり時間を無駄にしたりして学んだからな」
「道理で重いと思った」ラミアが憮然とする。
「脱出前のあの短時間で」とアルフィンがびっくりする。
「それに、あのときわざわざ宇宙に行かなきゃなかったフィラメント用の、タングステンとかタンタルとかの合金をアンクレットにしてつけてきたから……これがあれば真空管が作れるわ」と、ナディアが薄いがずしりと重い、輝くアンクレットを外した。
「ネイスミス提督はまず副木を当てて、動けるようになるまで安静にしたままできる仕事を探そう」スティヴンスがアンクレットを受けとってナディアにキスし、ガラクタに飛びつく。
「ぼくにはそれほどの経験はない。任せる」マイルズが笑って言う。
「でも最終指揮官はあなたが適任だ。船ができるか、通信が通じてからは頼む」スティヴンスが真顔で言い、マイルズもうなずいた。
「お嬢さんたちは」ナディアがアルフィンたちを見た。
「アルフィン。こちらはシヴァです」とアルフィンが言う。
「シヴァお嬢ちゃん、わたしがまず手本を見せるから、提督の副木や包帯の交換、それに火の見張りをお願いするわ。遊ぶのはその後でね」とナディア。
女の子だとばれていたことにシヴァが一瞬ひるむが、アルフィンが肩に手を当てて安心させた。
「この方は」と一瞬アルフィンが言おうとしたが、シヴァが見上げた目を見て首を振って微笑み、「ではお願いします。わたしは」と申し出た。
「そうね、やること、覚えることはいくらでもあるわよ。狩りに鍛冶、お裁縫にお料理、釣りにガラス吹き、畑を耕したりセメントを焼いたりこねたり、たくさん。ラミアさんも、軍のサバイバル訓練とも別の、いろんな事をお願いすると思うわ」
「よろしく頼む」とラミアが頷いた。
「まず全員分大小のナイフと弓矢をサスペンションのバネから作って限りあるエネルギーを使わず狩りができるようにする、そのためにまず鍛冶設備を作る、と」スティヴンスがばかでかいハンマーを引っ張り出し、タイヤの残骸と何かの板からふいごを作り始めた。
「わたしたちは真水を確保してお手洗いと火床を掘り、当座のテントを作るわ。今日はそれから、強い弓を引くための指輪を作って、時間があれば食糧も探しましょう」とナディアが、自分も確保していた消防斧を手にし、少し見まわしてガラクタから歪んだ鉄板を引っ張り出して、溶接されていた棒状の部分にシートベルトをガラスの破片で切って巻いて、残骸でくすぶる火をそこらの枯れ枝に取ってシートベルトの隅を溶かし固めて握りにした……即席のシャベル。
「すごい」アルフィンが目をむく。
「全部経験済みだからよ。さ、しばらくは煙草やチョコレートとはお別れね」とナディアが笑った。
「これが、自由というものなのだろうか……ネイスミス」
火の番を交代するため、マイルズを起こしてしばらく二人火を見つめ、シヴァがつぶやいた。
シヴァもドムの言葉に従ってか、身分などおくびにも出さず積極的に穴掘りなども手伝い、手も足も痛々しくマメだらけ傷だらけになっている。腹一杯の野獣の肉や新鮮な果物、倒れるような熟睡の日々に、地球時間の十日ほどでもう体格すら変わりつつある……皮肉にも、より女性的に。
「……マイルズ、です。マイルズ・ヴォルコシガン卿……バラヤー帝国のグレゴール今上皇帝陛下、父アラール・ヴォルコシガンに次ぐ第二皇位継承者、機密保安庁中尉です。あなたやアルフィンも王族だとは察しています、秘密はヴォルコシガンの名にかけて守ります」
「そうであったか、貴族であろうとは感じていたが」シヴァが安心した顔をする。しばらく火を見つめ、
「恐ろしいのだ、ここの暮らしを楽しいと思っている自分に。皇国のためにとか、考える必要がない。ただ新しい仕事を教わり、失敗してはナディアに怒られたり抱きしめられたりし、疲れてぐっすり眠る。ここに来るまで、肉は動物を殺して食べることだとも知らなかったのだ」シヴァは最初吐いた……マイルズも、ついこのあいだ拾いあげた部下の生首の重さと感触、散乱する内臓を思い出し、吐き気を抑えたことを思いだしてしまう。シャトルのドアをふさぐ壊れた斜路を蹴り飛ばし、ともに落ちていく赤毛……目を閉じて震える。
「だがスティヴンスは戻るため、連絡するためにあんなにも頑張っている。だがうまくいけばまた、人と会うこともできぬ、誰の前でも表情ひとつ変えてはならぬ、多くの人命を背負い白き月をあがめる暮らしに戻る」マイルズはナディアが、シヴァが遊ぶよりも身体を痛めつける仕事ばかりしたがる、と相談してきたことを思いだした。グレゴールととんでもないところで出くわし、冒険したことも思い出す。
「グレゴールや両親だけのことなら、全てを忘れ、別の時空で生涯を終えるのも怖いほどに魅力的な誘惑です。ここで暮らすのもいいし、デンダリィ隊を率いてならなお……ですがわたしには……」じっとシヴァの目を見つめた。「父の所領、山深い貧しい村の、生まれて数日で首を折られた、簡単に治る口蓋裂の……レイナという女の子。わたしは父の代理として……因習……犯人を……彼女の祖母を裁き、そして彼女の霊に誓いました。命ある限りわたしはヴォルコシガンとして故国のため、領民のために……この身体、配られたカードでできるかぎりのことを……だからわたしはバラヤーに帰らなければならない。そのために、今はひとつひとつ、目の前の仕事に集中するほかないのです」
レイナのことを話したのは初めてだった。シヴァは目を見開き、涙をにじませている。
「父上も兄上も、私の存在など見もしなかった……アザリン様も同じだったとか、家族を亡くされたのも同じ……でも私は母が誰かも知らぬ。そうか、私は母が生きているかもしれない……シャトヤーン様は優しかったが、あの方は白き月に仕える身……マイヤーズたちは私を守って撃たれた、生きているのか……会いたい……」顔を伏せ、涙ぐむ。
「今はわれわれがいます。明日も夜明けに起きねばなりません、お眠りなさい。明日から、笑いかたや遊びかたもたくさん学びましょう」とマイルズがシヴァの頭を軽くなで、寝かせた。
「ドム卿も、笑うようおっしゃって……」泣きながらも、重労働に疲れた身体はすぐ眠りこんでしまう。
マイルズは頬の涙をぬぐってやり、低く歌をくちずさみながら油断なくナイフとクロスボウ、スタナーとプラズマ・アーク銃を引き寄せ、火の明かりを頼りにシート用の厚い合成皮革を口紅で引かれた線に沿って縫いはじめた。もう、それにも慣れてきている。
最初に出現したのは、ボーグキューブと百隻以上のビッグコア、さらに多数の戦艦級無人艦隊だった。
要塞から何万発も、ヤマトの主砲級の光が伸びてくる。
「回避!」
「シールド最大!」
次々と指令が走り、緑の光が弾ける。
「要塞に直接斬りこむ」とアムロが叫び、νガンダムが瞬時にかき消えた。
要塞のすぐそばに出現し、剣をふるう。そこに小ワープで直接出現、その衝撃波で周囲の砲台をなぎ払ったビックバイパーと、サカイ・シラギク両機が飛びこみ、アムロの一閃で断ち切られたハッチから要塞内部に飛びこむ。
三つの触腕を持つ急造機の静止操作性は人型機にも劣らない。牽引ビームでつかまってターザンのように動きまわりつつ蠕動する腸のような巨大な要塞のわずかな隙間に滑りこみ、壁から湧きだしてくる巨大な虫のような化け物の急所を次々に粉砕する。
ビックバイパーには元々、要塞突入内部破壊はお手のものだ。半ば別の時空に存在して壁をすりぬけるオプションを自在に操作し、壁の向こうにある砲台や多数の迎撃機を吐くハッチを粉砕し、地形に沿って這うミサイルをばらまいて前進する。
もちろん強力なファンネルと手足を備えた人型機にとっても、要塞内部での戦いは容易なことである。変動する人工重力にもやすやすと対応して足場に着地し、わきあがってくる緑の霧を竜の吐息が陽光が霧を払うように吹き消していく。
そして、一瞬の静寂を突いてエンタープライズと紋章機、ミネルバが要塞に襲いかかった!
ラッキースターはエルシオールのハッチでむなしく主を待っている。ランファもかろうじて起き上がっただけでまだベッドに縛られている。ジョウも治療カプセルに入ったままミネルバのコクピットに縛りつけられている。
敵要塞に強襲揚陸艇の衝角を叩きこみ、乗り移る海兵隊たち。中でもアシュラン軍精鋭の強さは際立っていた。
先頭に立って突撃する、若いが巨体を敏捷に操る末弟のシュン。そして鬼神の如き指揮官たち。
2m40cm近い長身を巨大な強化装甲服に固めたロコフ准男爵、身長こそ標準的な長身だが恐ろしいほど重みがあるバーセルミ男爵がその左右を守る。
三人ともまさに一騎当千。何千何万とも知れぬボーグや人間の倍程度の戦闘護衛兵器が瞬時に砕け、ひしげ、蹴散らされる。
そして強化装甲服の脚に仕込んだバネも活かして桁外れの速さと切れの空中殺法を見せるドナー卿が後を追い、着実にコトセット卿とパーカー卿が切り破る。
次々と要塞や巨艦が内部から爆破され、宇宙に花が咲き乱れる。
「ラアルゴン側もさすがですね。こちらも負けてはいられない、人型機散開、ブラックタイガー隊突撃!援護砲撃斉射!」ヤマモトの命令に、全艦が素早く応える。
要塞の奥から出現した、膨大な大型艦が、一斉に一点を狙って突進してくる。
「狙いはヤマトだ」タイラーが言った。
「やらせるな!」ヤマモトが叫ぶ。
「わかっています。囮として動きます……指示を!」古代の覚悟を決めた声。ヤマモトはその声の調子にキクチヨ・ミフネの最期を思いだし、背筋が寒くなるが、あえて心を鬼にしてコースを調べ、送信した。
膨大なミサイルと艦載機がヤマトを襲う。人型機たちは自分のバーニヤでは到底不可能な高速で動きまわり、強大な牽引ビームで自分たちを振りまわす駆逐艦に身を任せつつ、自らも持ち前の機動力と追従性で強力な兵器を操り、次々と迎撃していった。
「最高速で指示した極座標に投げろ」キョウスケ・ナンブの指示に駆逐艦の技官はびくっとしたが、「警告はします」といいながら牽引ビームを最大にし、恐ろしい速さで虚空にアルトアイゼンが投げつけられる。
その勢いのままぶ厚い装甲と巨砲を持つ球形艦に襲いかかり、あちこち被弾しつつ発射の瞬間の砲口にクレイモアを放ちながらリボルビング・ステークと角を突き出す。
膨大な鉄の塊がそのままぶちあたり、アルトも半ば潰れながら、かろうじて牽引ビームに引っぱられて離脱して爆発を逃れる。
「死んでますよね」
「普通はな」
と駆逐艦内でも呆れた会話があるが、アルトはまた次の敵に向けて高加速を始めた。
敵の編隊に開いた穴に、ブリットのワーウルフが滑りこんで四本の腕足すべてで波動炸薬ロケットを乱射し、空チューブを捨てて駆逐艦に連絡、加速しつつアルトにも牽引ビームを放って軌道を変化させた。
そのまま、足一本動くだけのアルトが額のヒート角で敵機を二機両断する。ブリット機のパルスレーザーも大型ミサイルを次々と吹き飛ばしていった。
「全機帰投せよ。ラアルゴン艦隊と合流する」ヤマモトの指令に、機体たちが次々と敵を振り切って帰艦する。「全艦ヤマトを守り、最高速で迂回する」
「シュン、こっちに集まれ!」ラオの命令で、シュンの艦隊が何十倍もの敵を突っ切り、誘導して動く。
前から決められたとおりの行動。レーダーも通信も阻害されたガス星雲の中、味方と衝突するリスクも大きい。
それこそ、フェラーリでアクセルベタ踏みのまま高速道路を逆走、しかも目隠しのようなものだ。いや、その高速道路の車はすべて機関銃を撃ってくるギャングときている。
シュンを追う敵が次々と微惑星に衝突し、爆散していく。
「ワープ」
全艦が瞬時に、短距離だけかき消える。ボーグキューブを含む多くの敵がそれを追跡した。
「アンノウン大量出現」キョンファ・キムの、この際にもぶれ一つない声。
「最初の一団は見逃していいヨ。その少し後ろに光子魚雷を遅速設定で斉射、直後全艦右舷にワープ」と、タイラー。
キムはタイラーの声をとっさに中継してしまい、やって後悔するが、ハロルド・カトリがその操作をしているのを見て正直諦めた。
ヤマトも忠実にその動きに追随する。
大量の艦が出現し、先頭の小集団がすぐに消え失せ、同時にタイラーたちも光子魚雷を放ってすぐにワープする。
ヤマトを追いつめていた万単位のビッグコア艦隊が追跡ワープの準備に入る、そこに大量の光弾が注ぎ、ワープ直前のエネルギーごと多くの艦が爆発し、僚艦を巻きこむ。
シュンを追った艦隊が、時間差光子魚雷の嵐を浴びて自動的に反撃したのだ。すでにタイラーたちはそこにはいない。
敵は激しい同士討ちに陥る。ガスの影響で、通信による敵味方識別がうまくできないのだ。
シュンの艦隊は即座に小ワープして敵の背後に、逆にタイラーたちは同士討ちをする敵艦隊をシュンと少し角度をつけて挟むように出現する。
「ヤマト、この座標に回頭し波動砲」タイラーの命令。
「牽引ビームで回頭を補助」アンドレイセン旗艦艦長が機転を利かせる。
「ロケットアンカーで近くの小惑星を捕まえるんだ、まわせ!」古代がロケットアンカーを射出する。
徳川が必死でワープ直後の波動エンジンを安定させ、チェンバーにエネルギーを強制注入する。後で大修理が必要になる無茶だ、それは百も承知だ。
牽引ビームとロケットアンカーに無理やり頭を回されるヤマトの艦内は、高波に振りまわされる帆船のような混乱状態だった。がちがちにすべて固定していなければ、船が破壊されていてもおかしくない。
「六、五、座標よし、二、一、発射あっ!」古代がトリガーを引き、炎の嵐が放たれた。
激しく同士討ちをし……それと気づいてそれぞれの相手に向かって反転しようと動きを止めた、味方に千倍する大艦隊が瞬時に光の中崩れ去り、煙のように消えていく。
アシュラン艦隊も、かすかに波動砲に頬を擦られ、恐怖に凍りついた。
「まさか……惑星連合側艦隊も犠牲にして敵を同士討ちさせるつもりだった。それを読み切り、まるでベテランの副官、いや兄弟でもできないほどこちらの作戦に息を合わせ同士討ちをさらに挟み撃ち、だと。連絡すら取ったことのない敵なんだぞ」ラオが表情だけは氷を保ちつつ、がくがくと身を震わせる。
「それに、もう味方を犠牲にするような手はやめろ、と警告つきだ。タイラー恐るべしだな」ルウが微笑む。
「すげえ……さあ敵の一角は崩れた!肉薄するぞついてこい!」とシュンが叫んだ。
ヤマトとタイラーの艦隊、そしてハガネに、さらに何十万という黒い無人艦隊が襲いかかる。
「ひたすらあっちに逃げて」タイラーが軽く指さす。
「閣下、そちらには重力ガス星雲……承知しました!臥竜、薩摩、ヤマトを牽引しろ!」
ヤマモトの必死の声。その顔はもう汗にまみれている。
強力な牽引ビームが機関修理中のヤマトを牽引し、なんとか速度を出させて、それこそ「狂犬にパンツの尻を食われながら」シールド頼りに逃げる、逃げる。
「白兵戦準備!」古代が叫び、覚悟を決めた。
「重力とガス、航路計算はていねいにやれ」マコト・ヤマモトが必死で全員を抑え、死の方向に向かわせる。
「兄者、あれは」先ほどの敵の残りを叩いていたラオが振り返る。
「聞いていた大山とヤマト、タイラーたちの艦隊だな。そうか、釣り野伏せ」ルウの言葉に、ラオは瞬時に諒解した。
「シュン、全艦で敵艦隊の横を突くぞ。向こうから突っ込め、同士討ちに注意して包囲殲滅する」
「やってくれる、先ほどの返礼、ボールをパスし返してコンビプレイを求めてくるか」シュンが眼を輝かせ、ガス星雲の濃密な隠れ家に向かう。濃密なガスの中を、わずかな情報だけで進み……一気に、ヤマトを追って伸びきった敵艦隊の横腹に突進した。
「ヤマトを除く全艦、位置ゼロゼロゼロ・方向のみスターボ130度のゼロ距離ワープ」全速で逃げていたタイラーが突然、鼻歌混じりに言い放つ。
「敵の横腹を、ラアルゴンの艦と見え」報告しようとしたキムが、中断して声の調子も変えず、「方向のみ転換するゼロ距離ワープ、全艦に操作コードを送信。最終安全装置解除・自動制御解除・非常・非常手動操作許可コード11255、フェイルセーフプログラム一時停止ウィルス送信」これほどのことを淡々と言う彼女に、誰もがあきれかえった。
あまりの無茶に全艦のオペレーターと操縦士が気絶しそうになりつつ、震える手で操作する。機関士が天を仰ぎ、思い思いに祈りながら震える手で鍵をこじ開け、最終安全ヒューズを引っこ抜く。
「自爆の方がましだ」
「そ、それは自爆どころか」
「この重力星雲内でのワープ自体が無謀です!」エイタがわめくのを、「やるんだ」とダイテツが重い声で叱る。
「おかあちゃーん!」叫びながらカトリがその入力を行う。
全速で逃げる艦隊が、同時に光の花々と化した。
方向のみのワープ……それで集中暴走したワープのエネルギーが、本来なら自爆するはずが最高速の慣性と白色矮星の重力によってわずかに芯がそらされ、ガスと反応しつつ暴走するエネルギーの嵐が異常重力によって収束され……それこそ桁外れの、表現できない破滅の竜巻となって、脇腹を突かれ応戦しようと混乱する敵艦隊を呑みこみ、完全な虚無に還していく。
タイラーたちの艦は、その波と波が打ち消し合うごくわずかな隙間で、かろうじて無事だった。
「すべての観測システムがオーバーロード!」相原が悲鳴を上げた。
「このまま敵を突っ切れ!全速直進!」死の嵐を見たルウが必死で叫ぶ。
「ひたすら撃ちまくりながらエンジンが焼けるまで突っ走るんだ、シールドを全部加速に回せ!」ラオも怒鳴る。
「全速前進!」タイラーが叫んでその方向にまっすぐ突っ込んだのは、エルシオールを襲おうとしていたボーグキューブの背後だった。回頭では不可能な短時間で方向転換しなければ白色矮星をかわしきれない針路、さらに白色矮星の重力でスイングバイ加速のおまけつきである。
「……なんという……反転反撃。残敵を掃討し、敵本拠に肉薄せよ」ギリギリで余波から逃れたラオがやっと冷静さを取り戻すが、それは口調だけで脇を向いてマイクを隠し、激しく何度も何度も息をつく。
「これもまあ、タイラーがわれわれを信じてくれたということだな。ちゃんと逃げきれる力はあると」ルウがため息をついた。
「何とか無事だ。何があったんだ?とにかく敵は壊滅したな」とシュン。
「こちらヤマト。もう牽引はいい、戦線に加わってくれ」相原が怒鳴る。
「こちら機関室、三割ぐらいなら出ます」徳川が叫ぶ。
「それで充分だ、武器さえ使えればいい。主砲・舷側ミサイル発射!」古代の声。驚くほど口調が沖田に似てきている。
「あ、ヤマトはそっちを守ってて」タイラーの間延びした声。
ミルフィーユとディアナ・トロイは監視者さえどこかに飛びだした間に逃げた。あちこち混乱し、揺れ動く、見知らぬアカガネ内部をさまよっていて、とりあえず手近の怪我人を救護していたクスハ・ミズハと出会った。
「どうか、手伝ってください!医薬品があれば、いや雑誌でも布でも水でも」
その悲鳴にディアナが足を止めた。
「ありがとう、だが私たちでどうにかする。特機パイロットが敵に洗脳されたら、もっと大きな被害が出るんだ……私たちを置いて脱出してくれ!」
負傷者の一人が、苦しい息の下から必死で言う。
「でも」
「彼の言う通りね。ごめんなさい、私には弱いけどテレパシーがあるの。あなた、その……辛い経験があるんでしょ?それに敵にはボーグがいる。捕まったら最後よ」
トロイの言葉にクスハが顔を歪めた。L5戦役で、自分が味方にどれほど被害を与え……ブリットやリュウセイたちを危険にさらしたか。
「では……この止血帯は、あと二分したら外して血を通わせてください」と、口紅で時刻を記す。「一刻も早い輸血と血管結紮が必要です、お医者様がいれば」
「いいから、行くんだ!」
「ごめんなさい」
ミルフィーユまでもらい泣きしながら、三人は負傷者を寝かせて走り出した。
「ありがとうございました……クスハ・ミズハといいます」
「ディアナ・トロイよ。USSエンタープライズEのカウンセラー」
「ミルフィーユ・桜葉です。よろしくお願いします」
移動しているうちに、また激しい揺れが艦を襲う。
そして、近くで激しい格闘の音があった。
「気をつけて!何か武器になるものは」トロイが見まわす。
そこに飛びだしてきたのはブランドンと森雪だった。
「ヴァーナ!ヴァーナ・ピッカリングがどこに連れ出されたか、知っていないか。あのとき、たとえ殺されていても抵抗していれば」ブランドンが壁を殴りつけ、強化された壁すらへこむ。
「バカをいわないで。あなたが今生きている、それが一番重要な事よ」とトロイが励ます。
「ああ、いつもパースが言ってたな、人間というのは心臓の鼓動が止まるまでは死んではいないんだ、って……どうなっていようと、必ず助け出す」ぎりっとブランドンが歯を食いしばった。
彼らがたどり着いたのは、艦首の大きなスペースだった。
そこにはあり得ないほど巨大なガトリング砲など、試作されたさまざまな機械がごろごろしていた。
「ここは」
「ヤマトなら波動砲があるところですよね」
「波動砲だけじゃ平凡だから、なにかとんでもないのを造ろう、とまだああでもないこうでもないと計画してたんだ。その一つがこれさ」ブランドンが指し示したものは、大型のミサイルのように見える。
「ミサイルじゃないですか」
「小型化された波動エンジンさ。ワープで敵陣に飛びこみ、波動砲の暴発とワープの暴走を混ぜたようなので周囲の時空ごと自爆する全自動のミサイル。ちょっとこれとこれを外せば、きついけど入れるかな」
みなが背筋を凍らせる。
「自爆設定を解除して飛び出す」ブランドンがこじ開け、いくつかの真空管をつなぎ替え、全員をわずかなスペースに詰めこんで、艦の壁にある計器板に何か入力して自分も乗って、なんとか蓋をした。
そのまま、クレーンが大きなチューブを動かし、すさまじい圧縮ビームカタパルトの力で、中の人々が危うく死にそうな加速がかかる。アカガネの艦首が一瞬開き、そこから太いチューブが飛び出すと加速を続け、そしてその勢いのまま自らもタキオンの光を後方に激しく放ち、間もなく時空の揺らぎとともに虚空に消えた。
残されたアカガネは、一層激しい揺れに苦しんでいる。
山を崩して造ったダムの上から、滝が流れ落ちている。ダムの近くに、不格好に寝崩れたゾウをかなり大きくしたような物がある。
スティヴンスとナディアが造り上げた宇宙船は、コスモレトリバーやブラックタイガーの残骸から部品を巧みに混ぜて、宇宙線から受けるエネルギーから波動カートリッジを充電して飛ぶ強引な物だった。出力自体はブラックタイガーほどもなく、無論ワープ能力などない、地球から木星に行くのにも一週間ぐらいかかりそうな代物だ。
「でもステルスは徹底しているし、絶縁もきっちりやっているから電波も漏れないわ」とナディアが請け合う。宇宙に出た瞬間敵に見つかって捕まるのでは意味がない……緑のシールドと無事だったパルスレーザー一門は積んでいるが、それが通用するとは限らない。
「どうやらここからは、ラアルゴンとも惑星連合とも連絡が取れないようだ。もしかしたらまた別の並行時空なのかもしれない。でも同じ星系内に、かなりにぎやかに無線通信をしている有人惑星があるから、そこに行ってみて情報を集めよう」
スティヴンスが汗を拭い、ダムから伸びる電線を切り離してバッテリーを確認した。
「本当に宇宙船を作ってしまうなんて」アルフィンとマイルズが呆然とする。
「でもかなり長時間の旅になりそうだから、その工夫もいろいろいるな。水に食事にトイレにプライバシー、たくさん」とスティヴンスがひとつひとつチェックリストを確認する。定期貨客船の設計に参画したこともある彼には、快適に旅するのに必要なものを設計し建造し取りつけるなどお手のものだった。
最後にひと泳ぎしたシヴァが滝壺からあがり、近くにある居心地のいい丸太小屋に向かった。子鹿のように引き締まり、色濃く日焼けした身体は、まだ子供らしさを残しながら生来の美貌がはっきりと見えていた。
「五年後にはどんな美女になるかしら」ナディアが夢みるようにその後ろ姿を見つめる。
「アザリン様に匹敵するかもしれないわ。一度ご覧に入れたいの、もうあまりに恐ろしい美しさなのよ」アルフィンがにっこり笑った。
「その重いのも持っていく気か?」重量をチェックしたラミアが咎めたが、スティヴンスは断固として、
「もしこの精密計測具一式と高精度旋盤と耐熱るつぼを持ってきていなかったら、簡単な旋盤を作って同時に品質の高い合金を作るための耐熱炉にする特殊な土か黒鉛を捜して、それでより精度の高い計測器と定盤とねじを作って、やっと高精度の旋盤ができるまで何カ月も無駄にしていたんだ。人類の歴史で十七世紀から二十世紀中盤までの進歩が詰まってるんだ!絶対に離すつもりはないぞ」と叫んだ。
「ただでさえレアメタルや宝石でやたらと重いのに」かなりのペイロードの多くは、精製された稀少金属や巨大な宝石の原石、それにスティヴンスの工具で埋まっている。
「さて、見落としはないか?」マイルズが全体を再チェックする。
「出発したらすべて提督の指揮に任せるよ、最終チェックが終わったら……」と、ラミアやナディアを連れて、隅々まで見てまわる。
ヘルメットを持ち、クラッシュジャケットを模した服にナイフと短めの剣を差したシヴァが、身長ほどの槍と弓矢とダッフルバッグを肩にかけ、巻いた毛皮を抱えて戻ってきた。
「いいんだぞ、行きたくないってわがまま言っても」とマイルズがシヴァの肩を抱くようにささやく。
「楽しかった、行きたくない気持ちもある。だが存分に楽しんだ、次に何が待つとも行くぞ!」と、輝くように笑った。
「子供っぽくないぞ!」そう言いながらマイルズは手にぐっと力をこめ、シヴァも澄んだ声で勢いよく笑いながら、完治していない骨を痛めないように抱擁を返した。
「忘れ物はないわね?」
聞いたアルフィンに頷き、「オールエックス」笛のように叫ぶと荷室に飛びこむ。そのちょっとした動作でさえ、野生動物のような優雅さがある。
ラミアはしっかりと豊満な肉体を耐Gスーツに押しこめて操縦席に着く。
スティヴンスは鋼鉄の鎧を着たままノートとシャープペンと計算尺をポケットに押しこみ、巨大な剣を腰に差して強弓を担ぎ、先に同じ服装のナディアの手を取って乗せてからレーダー席に着いた。
マイルズも愛用のスタナーと神経破壊銃、プラズマ・アーク銃を確認して機長席に座る……まだ完治していない部分は多いが、スティヴンスが器用に作った補助具のおかげで支障はない。
操縦席のラミアとパッシブウルトラ波長レーダーを担当するスティヴンスがうなずき合うと、機長席のマイルズが「発進」と告げた。
重い機体がふわりと浮上し、みるみるうちに加速する。
「ここの設備は?」アルフィンが聞いた。
「置いておく。戻るかもしれない」とマイルズが答え、飛び立った。
最初の計画が狂い、宇宙気流に飛ばされて小惑星帯を強引に押し渉ったマイルズたちが着陸した星は、有人星ではあったが人口は少ない。全体が深い森に覆われた多島海で、漁業と観光が主産業のようだ。
「やはりコンピューターによる航法計算ってのには慣れないな」スティヴンスがぼやきつつ、すばやく大気圏突入軌道計算を計算尺で検算する。「大丈夫、そのままいける」
「確認は感謝しますですが、必要ありましないですます。計算尺での計算は、コンピューターよりはるかに遅いし、このコンピューターは三重に相互チェックしている」ラミアがいいつつ、ブラックタイガーから強引に救い出したコンピューターとセンサーで最終突入軌道を計算し、次々使用不能サインが出るスラスターをだましだまし使って機体を制御する。
「あの島に大きな平地がある。着陸する」もう赤サインすら出ない、あまりに多くの計器が故障したコクピットでラミアが平然と告げた。
「隆起した海山だな」スティヴンスが観測した。
「大気は酸素が少し多いけど、呼吸可能よ。あ、海に船が浮かんでる!有人星ね」ナディアも報告に加わる。
「あんたらどこからきなすったんだい?そんなボロ宇宙船で。今どき無茶なことをする人がいるんだな」
着陸を見ていた漁師が集まってきて、いきなり大笑いされた。
「確かにワープはできないので、ワープ可能な船に乗り換える必要がある。もしここで売っているなら、買えるかもしれない」
さらに笑いが大きくなったのに、マイルズはむっとした。
「船でワープして旅するなんて、そんな無茶なことするやつぁいねえよ。銀河鉄道があるんだから」
それこそ彼らにとってはわけがわからない話だった。
「銀河鉄道?」
「恒星間を極超光速で結ぶ鉄道さ。この星にも最近支線ができてね。でもチケットは高いよ」
「鉄道で恒星間を!?」マイルズが驚嘆した。
「金になるもんはあるのかい?あるなら、セヤウェ島に大きい町と駅があるからいってみな」
「ついでに魚の干物とヒョウタンカキも買ってくかい?」
「もしそちらで足りないものがあるなら交換しないか?レアメタルと宝石、工具、多少の武器と、野生動物の干し肉やなめし皮、角や牙が少しある」マイルズがさっそく交渉を始めた。
「皮があるのか!そりゃあありがたい、ここいらの島には大きい哺乳類がいなくてね、皮革が全然足りないんだよ」
「でかい虫はたくさんいるけど、卵や殻はとれても皮はないんだなあ」
「ちょっと故障したエンジンも見てもらえるか?」
エンジンから煙を噴いて戻ってきた漁師が聞いた。
「技術水準が高すぎなければいいんですけど」といいながらナディアが工具箱を手にした。
「逆だよ、高かったらたくさん学べることがあるさ」スティヴンスは相変わらず楽天的である。
「歓迎するよ」
「何より、チョコレートと」ナディア。
「煙草はあるかい?」スティヴンスも息がぴったりだ。
「もちろん」
「それから食事にしよう」
「今日は大漁だったしね!」
陽気に笑う島の人々。ラミアは戸惑っていたが、マイルズたちは上機嫌で飛びこみ、飲めや歌えの大騒ぎが始まった。
「ほう、これはちょうどこの星で不足していたレアメタルと……こりゃあいい宝石だ。ここで売るのはもったいないよ、特にいい原石はトレーダーまで持っていくといい。工具は……こんな骨董品、逆に価値があるかもな」
やや大きな都市がある島で、レアメタルや宝石、船自体も現金にする。とにかく人の間に入るとマイルズの強みが出る。田舎星の商人など、ジャクソン統一星の大豪たちに比べれば子供のようなものだ。
スティヴンスはむっとしたが、「この時空の技術水準は桁外れなのよ」とナディアになぐさめられて気持ちを抑えた。
「精密計測具だけ持っていけばいい、それにどこででも買えるよ」マイルズが工具を手放したがらないスティヴンスの腕を軽く叩いた。
「それにしても変な船だねえ、エンジン自体は普通の飛行機からの流用だし」
「ワープ機能もないんじゃ大した値はつかないけど、ばらせば部品は売れるよ」
「強化テクタイト装甲材は高く売れるんだ」
憮然とするスティヴンスを、マイルズが連れ出した。
「ほら」と、屋台で売っていた、ヤシに似た実に入った酒を渡す。
ちょっと飲んでみて、90度……彼らにとっては180……近い強烈さにびっくりしたが、逆に気分がすっきりした。
「ぼくもあの船はいろいろと手伝った」
「なら」
「ぼくの最初の部下も、自分の船を手放すことができなかった。ぼくの宇宙では、超光速航行には特殊な脳手術を受け、ほぼ船と一体化するパイロットが必要とされるが、彼は船の世代が古くなったんだ。結局は船ごと彼を買い上げることになったがね」
その後のすったもんだがよみがえる。質草にしたヴォルコシガン・ヴァノシイが、祖父の代にセタガンダとの戦争で放射能汚染され、夜は光を放つと知ったときの、あの船主の表情ときたら……あれが冒険の始まりだった。
パイロット手術のことを話すと、最初に自分が命令を通じて殺した男……ボサリが引きちぎったワイヤーのことを思いだしてしまう。
「でも君には、何度でもゼロから短期間で宇宙船を造れるだけの器用さ、何より新しい技術を学べる力がある。そして素晴らしい奥さんがいるし、今はわれわれもいる。また何かあって、身一つで飛び出すことになるかもしれないが、その時はその計測具キットは持っていける。何が不足なんだい?」
「そう、だな」
「飲もう!」
「ああ、新しい旅に、素敵な奥さんと仲間に」
スティヴンスがヤシに似た実からストローで強すぎる酒をすする。
「ぼくたちをここまで運んでくれた、すばらしい決死隊2号の栄光に」
「武器も、鉄道での旅に適したのを手に入れたほうがいいわね。ラアルゴン星でクラッシュパックを取り上げられたのが辛いわ」アルフィンが武器の棚を見てまわる。
「手持ち武器はあるけれど、この世界にはより強力なものもあるかもしれない。人型機があればいいんだが」
ラミアも慎重に武器を選ぶ。
「銀河鉄道ローカル路線じゃ、一人につきスーツケース一つと、必要なら2mまでのケースしか手荷物は認められないから、しっかり選ぶんだね」
肩を抱きながらなれなれしく話しかけ、真珠母貝で飾られたビーム拳銃を売りつけようとする男、ラミアが手首の関節を固めたまま突き倒した。
「大変。どんなファッションが人気なのかしら」ナディアが夢中でブティックを見回ろうとする。
「ファッションを気にするより、むしろどんな気候の星になるかわからないから、いい防寒服もあったほうがいい。狩猟に行くつもりで緊急時の行動能力を優先すべきだ。今の大ヘビ皮服は悪くないが、クラッシュジャケットに匹敵する服があれば申し分ない」
ラミアがナディアをひきとめる。
「今入ったパルスレーザー銃、安くしとくよ」とバザー商人の一人が、三人で何とか運べるような、大きな三脚がついた重機関銃を指さす。
「ちょっと待て、それ今売ったおれたちの船から取った、もとはブラックタイガーの機銃だろ」スティヴンスが怒鳴りつけた。
「お、そうなのかい」
「それにしてもこの短期間で、うまく人が使えるように加工したもんだな。どうやったんだい?」
商人とほろ酔いのスティヴンスがいろいろと話しはじめる。
「ヤハバのグレネードリボルバー、出所を内緒にしてくれるなら売ってもいいぜ」
「といっても全員、スタナーと神経破壊銃、プラズマ・アーク銃も持ってるからな」マイルズが憮然とした。
「そんなんじゃ効かない装甲を着た相手もいるよ。この次元反動銃、これで貫けない相手は存在しない!」
「取り回しが悪いわね。ブルパップ式はないの?」アルフィンが振ってみる。恐ろしいほどの美少女が大きな銃を慣れた手で扱うのは、商人たちにとっては明らかに奇妙な眺めのようで、多くの人が寄ってきた。
シヴァはおとなしくアルフィンのそばにいる。
「このレールフレシェットならブルパップ式で、ワルキューレたちでもひるませられるよ」
「ミサイル・ピストルならどんな早く動く相手も追尾するんだ」
「女の護身用には、この腕時計型ブラックウィドーが最適さ。仕込まれてるハチグモは三年間蓋を閉じたままでも生きてるし、ひと刺しでゾウでも即死だ」
「銀河鉄道内での護身だったら、やっぱり刀剣が一番だよ。この仕込み杖、安くしときまっせ」
「それならあるわ」と、アルフィンが背中から細身だが長めのククリ刀を抜いた。左手には袖に仕込んだ、毒を塗った大ぶりの投げ矢が滑り出る。
「少なくとも一本は重力ナイフか超振動剣にしたほうがいいよ、装甲もあるからね」
と別のおばさんがいろいろと見せてくる。
銀河鉄道225号……イルカを思わせるフォルムのローカル線、その旅は彼らにとって、あまりにも異質だった。
ボックス席にただ座り、眠くなれば寝台車で眠る。食事もワゴンで駅弁を買い、あとは飽きもせず無限の星空を見る。
途中の駅からついたゲーム車輛では運動もできる、棺桶のような小部屋の中で、脳波制御のバーチャル空間で泳いだり走ったりすると同時に筋肉も実際の運動と同じく刺激して。
「今はいろいろ勉強ができるな」と、シヴァはスティヴンスやアルフィン、ラミアにせがんで、数学や化学の勉強ばかりしている。数学だけはどこの宇宙でも共通だ。
一日も揺られれば別の恒星系。そして数分、時に数日の停車から、また次の星へ。
停車のたびにたくさんの乗客が降り、また新しい乗客が乗ってくる。
珍しい外見。機械の体、獣の体、虫の体さえ。どんな乗客でも銀河鉄道は受け入れ、ダイヤ通りに運ぶ。
新しい客と出会い、身の上を聞き……どこまでが本当でどこまで嘘か。マイルズの提案でアルフィンたちは全員一つの話を作り、徹底的につじつまを合わせてあったが、それは乗客たちも同じだったろう。
見るからに駆け落ちの若い男女。
どこででも歌わずにはいられない、羽が楽器になっている十脚の虫人。
仕事があるから次の駅で降りろ、と言い張る、何か勘違いをした青年。
突然始まる喧嘩、酔っぱらいの怒鳴り声。
顔中深い傷、それもマイルズには偽装だと簡単に見破られた、夜も眠れないほどおびえた男。
やせ衰え、死相が出ていたまだ若い女。
アルフィンを誘惑しようとしたギャンブラー。
マイルズが一目で震え上がるほど恐ろしい雰囲気をした、それでいて服装も顔も平凡な女。
その女を騙そうとして、どうやったか知らないがあっさり殺されたやたらと派手な男もいた。
時計を見ては頭をかきむしり、しょっちゅうトイレの前で泣きそうな顔で足を踏みならしていた少年。
シヴァをさらおうとして彼女に顔とアキレス腱を切られ、スティヴンスに両手両脚を叩き折られて次の駅で放り出されたひげ面の男。
ナディアを自分の娘だと言い張ってやまない、耄けた老人。
時には突然の、半日近い停車。
薔薇星雲の絶景。
車内にいても重力を感じるパルサーの驚異。
異星の都市。
巨大な二連ガス惑星、その小さな不定形衛星への不可能とも思える着陸。
戦争に荒廃した星。
星を通るたびに変わる駅弁のメニュー。かすかに変わる水の味。強さも味も色もさまざまな酒。
見えてきたのが巨大な二重星、赤い砂漠の惑星ヘビーメルダー。
そこは無法の地だった。どこに行けばいいのか……マイルズやラミアの記憶にあるテレザート星は銀河鉄道路線図にも、手に入る限りの星図にもない。
地球はあるが、この時空での地球はマイルズが集めた情報では役に立ちそうにない。
美女たちを誘い、襲う無法者がすぐに出てきては、油断して無視したシヴァのスタナーに気を失う。だがさらに仲間が出てきて、アルフィンのククリに首を切りつけられてもまるで感じないかのように突進し続け、スティヴンスと激しい力比べの末投げ倒され、プラズマ・アーク銃の直撃でやっと動かなくなる。
「どんな麻薬が蔓延しているんだ」
「見て。機械の体よ、人間の皮をかぶっているだけで」ナディアがうめく。
情報を集めるのも危険だらけ。
つばの広い帽子をかぶった少年が、なにやら怪しい無法者に追われているのにシヴァとアルフィン、ナディアの三人が巻きこまれた。
「すまない、あんたたちを巻きこむつもりは」
「黙って!一蓮托生みたいね」と、袋小路に追いつめられたアルフィンがじっと、その強化金属製の壁を見る。「最後の一個、でも今使わなければ」
アルフィンの胸を飾っていたアートフラッシュが光を放ち、壁にちょうど通れる穴が開く。
「助かった」
「まだよ、追ってくる……逃げた振りをして、そっちに隠れて!頭隠して尻隠さず状態に」
「銃声のする武器は使えない。まだたくさんいるんだ」少年が銃を抜こうとして呻く。
三人の女は楽器やゴルフクラブのケースに偽装していた弓を取り出してすばやく弦をかけ、矢をつがえて引き絞った。
「左の男を狙って」ナディアがシヴァに告げる。
「わかった」シヴァも彼女に合わせた弓をしっかりと引く。
同時に放たれた鋼の矢。その針のように細長い、鉛より重く硬度はダイヤモンドに匹敵するタンタル合金の矢尻が、機械人間の頭脳部分を正確に貫き、音もなく背後の壁に縫いつけた。
「さ、逃げるわよ」
四人は逃げ、それからも何度かアルフィンのプラズマ・アーク銃や少年の大型次元反動拳銃が追っ手を倒して逃げ続け、やっと安全といえる町外れに着く。
「行かなきゃいけない。メーテルを助けなければ。ぼくは星野」
「名乗らなくてもいいわ。こっちも本名を名乗る気はないから」アルフィンの言葉に、少年は頷いて砂塵の中に去っていった。
「あんな、シヴァとあまり変わらない子が、まるで一人前の男みたいに戦いに出るなんて」ナディアが胸を押さえ、祈っていた。
「あれが戦士というものなのか」シヴァが目を輝かせている。
それからしばらく情報収集をしていたが、やはりどこに行けばいいかさえわからない。
「多すぎる選択肢が行動を束縛する、というのもよくあることだな」マイルズがぼやいた。
駅前でたむろする彼女たちに、一人の女性が話しかけてきた。
「ネイスミス提督、スティヴンス、ナディア、ラミア、アルフィン、シヴァ様ですね」
全身を長い黒服で覆った美女。そのかたわらには、しばらく前にアルフィンたちが助けた少年もいた。
「無事だったのね!」ナディアが嬉しそうにその手を取る。
「この間はありがとう」少年はぶっきらぼうに、照れたように挨拶する。だがその大きく歯を見せる笑顔は、相変わらず印象的だった。
「あなたは」
「私はメーテル。これは星野鉄郎。あなたたちをタネローン、いえテレザート星として知られる星に送るために来ました」
その言葉に、マイルズはまた衝撃を受けた。
「あなたたちのための切符も用意しています。超特急999号、一時間後に出発します。そのために特別のルートを取るわ、鉄郎」不安げに見上げた鉄郎にメーテルがうなずきかける。
「銀河鉄道はダイヤや既定路線を絶対に遵守するんじゃなかったのか?」マイルズの問いに、メーテルは答えなかった。「多すぎる選択肢で行動不能になり、今は選択肢は二つになったわけだ」マイルズがにやっと笑う。
「そうね」
「なら行こう。いいな」
マイルズに皆が「オールエックス」と唱和した。
「荷物を取ってきましょう」とナディアがスティヴンスの腕を取った。
そのあまりにも古い蒸気機関車のような外観の、999号はまさに壮観だった。
「こ、これが」
「内部は最新、いや人類が理解すらしていない超技術の塊よ。最高速ではヤマトにもひけを取らないわ」当然のようにメーテル。
彼女が渡したパスには呆れたことに、全員の本当のフルネームが称号つきではっきり書かれていた。長い上に恥ずかしいのでシヴァやマイルズ以上にひた隠しにしているスティヴンスの名……パーシヴァル・ヴァン・シュラヴェンディック・スティヴンスさえも。
ローカル線とは格段に違う乗り心地とスピード。
メーテルと鉄郎は二人で、慎ましく端の席に着いている。
マイルズたちも、どうすればいいかわからないように固まっている。
何もなかったわけではない、機関が異常を起こし、スティヴンスとメーテルがすばやく修理してしまったことがある。正真正銘の天才なんだ、とメーテルさえも驚いていた。
また、奇妙な海賊が襲ってきたこともある。全身を甲冑で固め、前面が鍋のように穴一つない兜で顔がまったく見えない。メーテルは銃を向けた鉄郎たちを制し、しばらくにらみあった。海賊は首も動かさず黙って去った。
「ポイントで少々揺れます」と車内放送が響き、そして周囲の星空が暗くなってがたがたと激しい揺れ。
「時空の境目を越えているわ」メーテルがつぶやく。
そして暗黒ガス雲を抜け、また旅が続く。
「ここの星の配置が前と違うな」とスティヴンスが気づいた。
「そう、もう別の時空よ」とメーテル。
何夜もの単調な旅。贅沢な食堂車と寝台車、図書室車を往復する日々。シヴァはひたすら学び、体を鍛え続けていた。
だが、近い世代の子との旅では、話したくなるのも当然だろう……危険だと止められていても。
「なぜこのような旅を?どこから?」
「地球から。機械の体をタダでもらえる、という星に」鉄郎がいつもの明るさから、頑なな怒りの表情で答えた。
「機械の体?」
「ああ。強い機械の体を手に入れて、母さんを殺した機械人間たちを倒すんだ」腹痛をこらえるように体を曲げた、底から出る言葉。
「すまぬ事を聞いた」シヴァが辛そうに視線を落とした。
「機械の体は、それほど強いのか?」マイルズが静かに言う。
「弓矢で倒したわ。もちろんタンタル合金の矢尻があったからだけど」ナディアが鉄郎とシヴァの髪をなでながら言う。
「人間の肉体こそ、神の似姿であり」言いかけたスティヴンスに鉄郎が、拳を握りしめて小さく叫んだ、
「地球じゃ虫だった。機械人間の圧倒的な力に、人間は何をやってもかなわず、踏みにじられ殺されるだけ。母さんは楽しみのための狩りで撃ち殺され、剥製に、機械伯爵の飾りにされたんだ!」
「それは、貴族と奴隷でも同じことだ。一人の、体の強さなんかじゃない。身分や社会制度、富と分業、集団の力だ」マイルズが鋭く言う。「人が集まって演奏すれば力になる。ヴォルだって、セタガンダのゲムやホーカだってそうだ。みんなで幻想を作って、その一部を演じてるだけだ。そっちじゃ、機械人間たちが集まってそんな演奏をしてるだけだ」
「その機械の体というもののデータはあるか?」ラミアが聞く。メーテルが小声で、細かな技術的なデータを話しはじめた。
「ぼくの部下にも、同じように強さを求めた人が作った兵士がいるんだ。こちらは遺伝子改良……女性だが、ぼくの倍くらいあって、片手で人の首を簡単にねじ切れる。美人だよ」ふと、マイルズはタウラに会いたくなって顔をゆがめた。「でも量産・実用化はされなかった、食糧が五倍も必要になるから。人間の肉体は弱いけど」と、マイルズは自分の、いまだに副木やギブスだらけの体を見る。「でも頭も言葉も手もある。タウラは知能も高い、彼女がぼくたちに貢献しているのは、むしろその頭でだよ」
「生身の人間と素手で戦えば、機械人間が確実に勝つ。でも充分に武装した軍隊どうしなら、さして差はない」とラミアがデータを検討し、告げた。「むしろ機械人間はメンテナンスが面倒で、潤滑や部品など充分な資材が供給されなければ機能を停止する。極地・砂漠・ジャングルなど自然環境の中では、生身の人間のほうが有利な局面もある」
「そう、機械の体で強くなっても、人を率いるなんてできないだろうな。単に金持ちが機械の体になったから、権力も引き継いだだけだ。もし全員をタダで機械の体にしても、身分は変わらないだろう。社会そのものを作る物語、その中の役を正確に演じ、言葉や言葉以外のメッセージを伝える能力……個体の戦闘力なんてほとんど無視できる要因だ」マイルズがややゆっくりと、疲れたように言った。「もし……その時があるなら、デンダリィ隊と合流していればだが……安くしておくよ。人を率いる方法を教えてもいい」
答えは返ってこなかった。
メーテルは哀しげに窓の外を見つめ、鉄郎は頑なに、体にマントをきつく巻きつけていた。
途中、霧に包まれた空域を抜けて嵐の中着地した、ある駅を見てスティヴンスが驚いた。
「ここ、地球のベルリン駅じゃないのか?だがありえない、確か第二次大戦末期、空襲で焼けたはずの」
「ハーケンクロイツって確か、避けるべき例として習ったっけ」マイルズも興味深そうに見つめた。
「そうね。ここで降りても無駄よ、ここは西暦1939年だから」メーテルが冷たく言って、ホームに降りた。
「この列車は?」一人の年齢不詳の男が慌てて逃げるようにホームに駆けこんだ。生来色素をもたぬ白い肌と髪、赤い眼。長い外套にはあちこち傷があり、高い教育がうかがえる気品のある背筋をしている。奇妙に長い、楽器か釣り道具のようなものを負っていた。背後から激しい銃声が聞こえる。
「ウルリッヒ・フォン・ベック?」メーテルの問いに、アルビノの男は警戒しつつ頷く。
「パスは持っていますね」問うメーテルに、懐を探って血染めのパスを見せた。
「レジスタンスの仲間が、ヒトラーとゲイナーにとって大切なものらしいこれを命がけで盗みだし、私に渡した。どんな意味があるんだ、この普通の定期券に」メーテルを問い詰める。
「この列車の切符ですよ。どうかお乗りなさい、運命に向かって」
一見平凡な駅から、そのまま違和感なく蒸気機関車が滑り出ると、崖のほうに向かうのにベックは慌てた……だが、そのまま嵐に隠れて天に向かって伸び上がる、それは驚きを通り越したものだった。
無論、メーテルはすぐに一同に、その後の歴史がどうなったかなどを言わないように口止めした。
そして気がついてみたら一面の星野。ベックがどれほどの反応をしたかはあえて描くまい。
数人の、重装甲の海賊が襲ってきたことがあったが、鉄郎の戦士の銃に援護されたベックは背の包みをほどいて黒い刃の巨大な剣を抜き出し、鮮やかに全員切り倒した。一人だけ逃げた傭兵に、アルフィンもスティヴンスも見覚えがあった……レッド・アイである。
「その剣は見たことがある気がする。アムロが似たのを持ってた」アルフィンの言葉を、メーテルが目で制した。
それから、途中で降りた星……それは科挙制度に支配された星だった……で、鉄郎はマイルズやベックと共にかなり激しい戦いを切り抜け、無事に戻った。
そして汽車が出発して間もなく、マイルズが聞いた、「なぜ学ばずにいられるんだ?」と。
「え」
「年代が近いシヴァが、目の前で勉強している。ぼくもついこのあいだまで少年だったからわかる、恥ずかしさや真似したさに負けてしまうだろう」
「で、でもさっきの星で見ただろう?勉強していた奴らなんてただの屑だった」
「まあね」マイルズは肩をすくめ、メーテルをじっと見て、言った。「なぜ鉄郎を教育しない?」
「そうだ。前途ある少年を預かっているのだから、できる限り教育して正しくしつけ、より多くの可能性を与えることがあなたの義務ではないか?鉄郎の母親がここにいれば、それを望むのではないか?できることはわかっている」スティヴンスがはっきりと面罵する。
「教育はしているわ、立ち寄る星々で、ただ生き延びること自体が教育。鉄郎が望まないことを強いるつもりはないわ」
「教育なんてなくったって、母さんは素晴らしい人だった。毎日遅くまで働いてぼくを育て、ぼくをかばって死んだ」鉄郎がかたくなにマントにくるまる。
「ドム卿……とても、とても強い大人がおっしゃった。学べ、体を鍛え、笑って、強くなれと……」シヴァが、硬い表情で言う。「私はあの言葉に従う」
「無理はしないで、たくさん笑ってね」とナディアが彼女を抱きしめる。
「わからなくはないな。ナチスドイツでの教育は、人をより従順にするため、馬鹿にするためだ……それに、世界一教育水準が高いドイツで、ナチスが政権を取ってしまうんだ。教育の意義も疑いたくなるよ」ベックがため息をつく。
「確かに、そんな教育もある。でも勉強から国が強くなり、また高い戦力になることもある。ある貧しい村で口唇裂の新生児が因習で殺されたのを見て、そこの子供たちが教育を受けられるよう手配したこともある……それも間違っていたのかな?」マイルズが星空を見ながら言った。
「ナチスの心身障害者虐殺……収容所で、この目で見た」ベックがすさまじい怒りを抑え、肘かけを握り砕いた。
「どうしたら区別できるのかわからないが、信じるしかないな」マイルズの言葉に、スティヴンスがうなずく。
「区別できる、と思えるほど人間を信じることはもうできないだろう。あの頃は、私は世捨て人のようだったからよくわからないが、あのナチども……それに、(第一次)大戦での……」ベックが抑えきれぬ痛みに、かすかに震えた。
「勉強なんて、スラムじゃ馬鹿にされるだけだ」あくまで鉄郎は、本を手に取ることも拒んでいた。
「貧困の文化に負けるな。正しい学びが適切な経験に結びつけば、力になることは必ずある」マイルズが真剣に、鉄郎の目を見た。「ここには最高の教師たちがいるんだ。あらゆる科学を見ただけで理解し手で再現できる天才スティヴンス、高い訓練を受けたクラッシャーのアルフィン、我が子の新兵訓練はぜひ任せたい最高の軍曹であるラミア、そして貴族と軍士官の教育を受け実戦経験があるウルリッヒやぼく。みんな、喜んで君に教えるつもりでいる」
「もしかして、今の自分をシヴァと比べて恥じて?それが一番悪いんだ、戻ることを恐れるな。1+1やABCからだって教えるよ」とスティヴンスがはっきりと言った。
鉄郎は頑なに目を背けていた。
「戦士として、男としての君のことは心から信頼している。英雄の資質さえあると思っている。だが、それだけで多数の人を率いて戦い、社会を変えようとしたら、出さなくてもいい犠牲をたくさん出し、後悔を背負うんだ」マイルズは一瞬目を閉じ、決意の目を鉄郎に向けた。「夕食からだ。車掌」呼ばれた車掌が飛んでくる。
「はい、なんでしょうか」
「全員分の正装を用意してくれ。食堂車に、子供のマナー訓練が許容される席と正餐を予約する」
「はい、かしこまりました。ただいま」パスを拝見します、と同様な日常業務として、車掌は一礼して去った。全員がうなずく。
車掌の影に隠れて逃げようとする鉄郎のマントの端を、ラミアが踏んだ。鉄郎は倒れて、慌てて起き上がろうとする。
「危険予知本能はさすがだな」ラミアが冷徹に言った。
「それなら私も教えられるわね」ナディアが楽しそうに言う。
「み、みんな……何をするつもり?」鉄郎は笑顔でいながら逃げ場を探している。
「拒否は認めない。本気だということはわかっているはずだ」マイルズの目に、鉄郎は恐怖と、ほとんど本能的な怒りを向けている。
「君の母親が君に、今すぐここから出て行かなければ、と言ったら君は何の反問もなく荷物をまとめたはずだ。また、この前の戦いで、私が伏せろ、右に走れと命じたら君は反問なく従った」マイルズの背筋が伸び、野戦士官としての目になる。
「だって、あんたは戦士だから」
「これも同じこと、その銃や防弾マントと同様に君の役に立つかもしれないんだ」
「こう考えてみるといい。機械化帝国を倒すためのレジスタンスとして、貴族階級に潜入する演技の訓練、と。それなら私もお役に立てる」ベックが思いついた。
「そうね」アルフィンも笑った。
「生まれながらの貴族だって、いつも演じているようなものだ。演じていることを忘れている馬鹿も多いが」マイルズが軽く笑った。「態度やマナー、服装や清潔は、言葉や武器、旗指物と同じと言える。合言葉や刺青で潜入者を暴いて殺す盗賊団と変わらない、敵味方識別だ。それから貴族は君の身分を判断し、それが君を信用するかどうかの大きな判断材料になる。帝国と戦っているとき、帝国に反抗的な貴族と同盟できるかどうかがそれで変わるかもしれない。それ次第で、大切な戦友を何十人、無辜の民何百万人の生死になるかもしれないんだ」
「軍曹として新兵を訓練せよ、というのなら容赦はせん。敬語は使えないが、マナー訓練もできる」ラミアが立ちはっきりと、別の目で告げた。
「なら、私も共に訓練してくれ」シヴァの言葉にラミアがうなずき、アルフィンが驚きの目で見た。
「正装をお持ちしました」と車掌がワゴンを押してやってくる。
「さて、じゃあまず風呂に行くぞ。それから散髪だ。清潔でなければならない……不潔でいることが、下層民であるというメッセージを出すことが君の、母親に対する忠誠に関わり、また下層民に信頼されるのに役立ってきたことは理解できるが、これは上層への潜入訓練だ。こうして意図を説明するのも異例なんだ、本来なら理解できない命令に無条件で従うよう暴力で強制するんだぞ」マイルズが立つ。
「大変だな。訓練しつつ、自分の頭で考えることを忘れたナチの類にしない。まさにスキュラとカリュブディスだ」ベックが逃げようとした鉄郎の襟髪をつかんだ。
「え、その、ライオンは風呂には」鉄郎が言いかけたのを封じ、
「ライオンに限らず野生動物は常に身体をなめて清潔にする。特にゲリラ戦では、体臭で何百メートルも遠くの茂みに隠れた敵を文字どおり嗅ぎつけることが生死を分ける……戦友もろとも狙撃兵やグレネードの餌食にする気か?何より議論は許さない」とマイルズが厳しい目で言う。
「男なら従え」ベックが厳しく言って、スティヴンスも加わり容赦なく鉄郎を引っぱっていった。
そして男女とも正装に着替え、鉄郎にとっては拷問に他ならないマナーのしつけを始めた……メーテルは無関心だったが、鉄郎が助けを求めても応じなかった。
それからあらゆる教育の基礎であるラテン語原典での「ガリア戦記」、マイルズがタングから散々習った「孫子」と「史記」、数学などの勉強、車内でできる運動、そして日常生活の立ち居振る舞いから射撃、無音殺人術まで厳しい訓練の日々となった。
鉄郎はひたすら、早く目的地に着くことを願っていた……しかも目的地までの日程も、機関車とメーテルしか知らないのだ。
まあこの、結局地球時間の二カ月にもおよんだ訓練は、後にある時空軸で鉄郎がパルチザンとして戦うとき役には立った。
またマイルズは一日で訓練のため、傭兵の訓練プログラムと規則に全寮制幼年学校の時間割を混ぜたようなのをでっちあげ、実行しなければならなかった。デンダリィ隊の経験と士官経験のあるベックの助けがあったとはいえ、また胃潰瘍を心配しなければならない激務となったが、そうでないほうが彼には耐えがたいのだ。
激しい宇宙気流を抜けて、アナウンスが入った。
「次の駅はタネローン。タネローン。お降りのお客さまは……」車掌が知らせる。鉄郎が心からほっとした。
「さあ、着いたわ」
その星はこれまでも何度か見たような、都会的な星だった。
「ここのホテルで待ちましょう、あなたがたの仲間たちを」メーテルの誘いに従う。
「そこならもっと訓練できるな」ラミアの言葉に、にこにこ笑っていた鉄郎がげんなりした。
「来るのか?」マイルズが驚く。
「ええ」メーテルは、ホームで待っていた一人の黒人女性にうなずきかけた。
「メーテル」ガイナンは何の驚きも感動もなくメーテルを迎えた。
「ガイナン!エンタープライズのバーで」面識のあるアルフィンが驚く。
「お疲れさま。大変な旅だったわね。あなたたちの旅はこれからも続くけど」と、ガイナンはメーテルと鉄郎を見る。
「ええ、わたしもあなたも永遠の旅人。そして」と、メーテルはウルリッヒ・フォン・ベックを見て、ガイナンとうなずきあう。
「さ、一休みしましょう。おいしいカクテルを作ってあげる」とガイナンが誘った。
「鉄郎、シヴァ。おまえたちは三十キロ背負って、いいといわれるまで走れ」ラミアが容赦なく言う。
すんでの所を救出したエルシオールをタイラーと、アルトが大破したキョウスケ・ナンブが訪ねた瞬間、何かが起きたのがわかる。
何かに導かれるように、指揮代行のレスターや重傷で車椅子のタクトとの挨拶もそこそこに二人は、まっすぐ格納庫に向かった。
「どうかしたのですか」修理のため戻っていたヴァニラが訊くが、「しっ!紋章機の声が」とクレータが言ったので言葉を止めた。
そこには、ラッキースターが悲しくさらわれた主を待っていた。
「ミルフィー」タクトがつぶやく。彼が、本当の感情を露わにしたのはこれがはじめてだ。
そのラッキースターが、蘇るように息を吹き返し、コクピットの蓋を開いた!
「まさか」
タクトが信じられないように目を見開く。
「乗れ、っていっています」ヴァニラがつぶやく。
「信じられない、いつ複座になったの」
「それに、見慣れない装備も!」
「白き月の意志でしょうか、エルシオールに隠れている何らかのオーバーテクノロジーが、勝手にラッキースターを改造したようです」
整備員たちが大慌てする。
タイラーとキョウスケが、身軽にコクピットに飛び乗る。
すぐにコクピットの輪がその頭を包み、すべてのシステムが復帰する。
「まさか」スタッフたちが全員、呆然とした。
「本来の持ち主が帰ってくるまで、かりそめによろしく、ってこの機体が言ってる」一人のんきにタイラーがのたまった。
「神か悪魔か、ノワールかルージュか、どちらでもかまわん。少しでもエクセレンたちを助けられるなら」キョウスケはもう、扱い慣れたアルトアイゼンででもあるかのように発進シークエンスをスタートさせている。
「二人とも桁外れの強運で知られている、ミルフィーユさんと同じく」古代が言った。
「な、なら……でも」タクトが言った瞬間、タイラーが画面を見た。
「二時の方向に敵!ヤマモトくん、ヤマト、ペリグリン、迎撃せよ!」鋭い叫び。それが、ガス雲の妨害や光速の制約さえすっとばして瞬時に各ブリッジに伝わる。
「少し借りてくよ」と、それだけ言ったタイラー。
「出る!」キョウスケが叫ぶと、そのまま機体が飛び出す。
「くわっか~、戦隊の指揮は!!!!!!!!!!!!」ヤマモトが絶叫した。
「だ~いじょうぶ。こっからでも、ブリッジと同じく、いやそれ以上に指揮は執れる」タイラーの言葉。
キョンファ・キムがいくつか確認し、「その通りです。あの通信速度と情報処理能力なら、ここに立っているのとそこに乗っているのとは変わりありません、空気中を音が伝わるよりそのコクピットとの連絡のほうが早いです」とヤマモトに告げた。
「ぼくは宇宙ヨットのスキッパー(舵取り)だ。よろしく」と、タイラーがはじめて気がついたようにキョウスケに言った。
「わかった」それだけキョウスケは答えると、もう手近の敵陣に突撃した。
強力な装甲を持つカバードコアがミサイルの嵐を放つ、その中に一気に機体をねじこんでいく。
完全な激突軌道。タイラーは何のためらいもなく最大加速……紋章機の水準で見ても信じられない超高速で、ラッキースターが突進していく。
中央のハイパーキャノンが変型する。巨大な槍を抱える重装騎士のように。
「アルトに比べたら、まるでスレイプニールだ」キョウスケがつぶやく。
タイラーと、言葉をかわす必要もない。機関砲を細かく使って致命打になりそうなミサイルだけを迎撃すると、そのまま二人、息の合ったヨットクルーのように最大出力に持っていく。
「ヤマト、左に舷側全砲射撃。ロボット隊に追撃させて。対空砲を上に集中!ロボット隊、ブラックタイガー隊、縦列を組んで敵を掠め、横に撃ち続けろ」タイラーが操縦の手も止めず、そのまま指揮を続ける。
ネルソン提督の帆船時代、縦隊を組んだ戦列艦の舷側に並ぶ多数の大砲が通り過ぎざま巨大な機関銃と化すのと同じように、走り抜ける機体の列から放たれる波動炸薬ロケット弾や無反動ショックカノンが、敵陣の一点に集中して注がれる。
「いくぞ!」キョウスケが叫ぶとともに、ハイパーキャノンの光がビームサーベルの光刃のように銃口近くにたゆたい、ラッキースター全体をつつみこむようになり、そのまま激突する。さらにその背後のローリングコアとディスラプターまで三つ串団子にぶち抜き、背後に爆発を残して抜け去った。
「な、なんて無茶を」
誰もが呆然とした。
「か、閣下は無事なのか」ヤマモトの叫びに、あっさりと無事な姿のラッキースターが放つ砲撃の嵐が答えとなった。
爆発する敵要塞の一つから、飛びだしたνガンダムがなつかしいラー・カイラムに着艦した。
「アムロ!」ブライトが叫ぶ。
「ブライト」飛びおりたアムロが、強くブライトの手を握った。
いくたの並行時空を抜けた、あまりにも長い旅。死んだと思っていた姿……
ブライトには言うべきことがあまりに多くあった。チェーンの死、その命を奪ったハサウェイの分の謝罪。他のアムロと親しいクルーの生死。地球情勢。シャアが敵に洗脳され、攻撃してきたこと。
だが、その暇はなかった。「五時の方角に敵多数!」レフィーナの声に、反応するほかなかった。
「その機体は、こちらのEパックで補給できるか?」
「ある程度は。だが光子魚雷はエンタープライズ、そして剣自体は人命でしか補充できない」とアムロが悲しげに言い、そのまま無重力を活かしてコクピットに飛び戻る。
「アムロ」補給着艦していたゼンガー・ゾンボルトが変型したνガンダム、その背の黒い大剣を見つめ、呼びかけた。「その剣。これまで幾多の斬艦刀を造り、追い求めてきた究極の剣、それをはるかにしのぐものだ。これほど何かを欲しいと思ったことはこれまでになかった」
「なら、交代してくれますか?」アムロが皮肉げに言った。
ゼンガーは手で顔を覆い、静かに首を振る。「人が手にしていい剣じゃない。その見分けぐらいはつく……だが欲しい!欲しい……だが……アムロ、おまえにも母親も父親もいるんだぞ。おまえも人の子なんだぞ」
「どうしようもなかったんですよ」アムロは言って、コクピットを閉じて出撃、即座に消えてから遠くの敵要塞のそばに出現し、ハッチを切り破った。しばらく遅れて、駆逐艦の牽引ビームを借りて加速したゼンガーやタスクが斬りこみ、ブラックタイガー隊が攻撃をかける。